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副支部長の平和な一日

第三章、ラストの間話です。


 白亜の第十支部の天辺に程近い一室。

 そこには急須にお湯を注ぐ──クラシカルメイドがいた。


「ふんふふ〜ん♪」


 本人、信藤(しんどう)イサナはそんなアンバランスさを微塵も気にせず鼻歌混じりにお茶を淹れている。

 その表情は明るく──、


「15時間ぶりの休憩〜♪」


 ……訂正、全体的に明るい気はするが目の下だけ真っ暗である。

 哀れ、第十支部のメイドさんに休みはない。だって第十支部には問題児しかいないんだもの。


 ──例えば。


「こんちゃ〜す!」


 元気のいい声とともに、副支部長室の扉が勢いよく開いた。

 その向こうには小柄な影が佇んでいる。


 髪は赤、瞳は緑。

 一番目立つのは、後ろに背負ったどデカいハンマー。


 倉森(くらもり)クララ。

 第十支部の切り込み隊長である。


 げんなりとしたイサナの視線をよそに、のしのしと部屋に入りながらクララは気勢よく手をあげる。


「二ヶ月前の強盗事件のホシ、挙げたよー。下の拘留室にぶち込んできた!」

「お」


 イサナの目に光が灯る。


「それって、あの路面凍結させてスケートで当直を撒いた女?」

「そっ」

「へえ、よく捕まえられたね」


 副支部長の素直な賞賛に胸を張るクララ。


天稟ルクス照合で、身元の特定はできてたからねっ」

「いや、そうじゃなくて」


 イサナの視線がしみじみ見ているのはクララの背後。


「よく追いついたなぁと」


 そこに背負われたハンマーから見て取れるように、クララは決して動きが機敏な方ではない。

 言いたいことを察したのかクララがにへへと笑う。


「やだな〜、追いかけるワケないじゃん。曲がり角で待ち伏せてドン!だよ」

「ふむ」


 犯人(ホシ)のどこをドン!なのかは知らないが、あんまり見たくない絵面である。


「そいじゃ、帰ってゲームやりま〜す!」


 くるりと踵を返すと、クララは急ぐ予定でもあるのか足早に立ち去ろうとする。

 目を細めるイサナ。


「──んで? 曲がり角でドン!した際にぶっ壊したのは?」


 ピタリ、と踏み出した足が止まるクララ。


「……犯人の顔面」


 クララは振り返らず早口で応える。

 イサナの目がさらに細められた。


「と?」

「…………近くのビルの柱」

「ほう」


 ため息をつくような相槌。

 それを聞いてようやく、勢いよく振り向くクララ。


「いいいやいやいや、柱の一本くらい大丈夫だって! どうせ何本もあるんだから! ねっ?」

「──じゃ、クララたんの骨も一本くらい折れても平気かなぁ?」

「ひいっ! 目の光はどうやって消してんの!? やめてよ、こわいから!」

「消してるんじゃなくて消えてるんだよ、お前たち問題児のせいでなぁ!」

「許してぇー!」


 副支部長室に騒がしい悲鳴が響いた。


 ……この後、クララは器物損壊ということで第十支部下層部の警察方面本部に連れて行かれた。

 連れていく警察官も慣れたもんで流れ作業だった。

 クララだけは涙目でスライムみたいになっていた。


「ふう……」


 ようやく一息、といったところでイサナは自分のデスクに置かれた急須の存在を思い出す。


「ああ、もう。濃く出すぎちゃったよ……」


 肩を落としながらそれに手を伸ばそうとしたところで──。


「あのぅ〜」

「…………」


 開きっぱなしだった扉の向こうからかけられた、おっとりとした声音に手を止める。


「は〜い、こちら副支部長”相談”室です」


 うっそりとした視線を返すと、そこにはクララとは打って変わって背が高くスタイルの良い女性──東雲(しののめ)マヤノがいた。


 マヤノちゃんが来るのは珍しいな、と思いつつ首を傾げるイサナ。


「どしたん?」

「ごめんねぇ〜、イサナさん。ずっと聞こうかと思って迷ってたことがあったんだけどぉ……」

「?」


 マヤノはぴょんと部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めた。

 クララと違ってちゃんと閉められてえらい。


「そのぉ……」

「???」


 なぜか頬を染めてモジモジとしつつ、両手の人差し指をくるくると動かすマヤノに疑問符が増えるばかりのイサナ。

 しかし、ここで副支部長の研ぎ澄まされた勘が如何なく発揮された。


(ふふん、私は空気が読めるメイド。さては相談は相談でも”恋愛”相談だな?)


 恋愛相談、と聞くと平和ボケしているように感じるが、これが意外とバカにならない。

 天翼の守護者(エクスシア)は一言で表すと「警察とアイドルの中間」である。たぶん、コミックのヒーローが職業になればこんな感じだろう。


 そんなわけで所属する天使たちは皆、社会的に見て芸能人に近い地位を持っている。

 その中でも「うたのおねえさん」ともなれば、知名度は支部で五本の指に入る存在だ。


 男女の格差とそれに伴う待遇がシビアなものになって久しい昨今、そういう有名人は気を遣うことも増えているのである。


(それを理解した上でわざわざ上司に相談しにきてくれるあたり、さすがマヤノちゃん。ぽわぽわしてるように見えて、しっかりしてるんだよなー。クララと同期とは思えん……)


 内心、マヤノの評価を上げつつ、イサナは表情を緩める。


「もし言いづらいことだったら、別に今日じゃなくてもいいよ? 明日も明後日も副支部長は働いてるんでね」

「ふふ……」


 冗談めかした口調に、マヤノの雰囲気が緩まる。


「そのね……気になる人が、できちゃったかもしれなくてぇ……」

「ほう!」


 勘づいていたことなど表情に出さずに、身を乗り出すイサナ。

 その勢いにつられるように、マヤノは照れ笑いしながら──、


「この前の支部見学会があったでしょう?」

「うんうん!」

「その時の参加者にね、男の人がいたじゃない?」

「…………ん?」


 突如動きを止めるイサナに、説明不足だったかとぱたぱたと慌て出すマヤノ。


「え〜っとぉ、亜麻色の髪で……」

「…………う〜〜〜〜ん?」

「綺麗な緑色の瞳……あっ、イサナさんみたいな」

「それはやめて???」


 そもそも別に思い当たる節がなくて困っているのではない。

 思い当たる節しかなくて困っているのである。

 だってそれって──。


傍陽(そえひ)ちゃんのご飯じゃん……)


 イサナは遠い目になった。


「アー、イタカモネー、ソンナヒトー」

「あ、よかったぁ。それでね? いけないことなのは分かってるんだけどぉ……」

「ハイ」

「彼のお名前とか、教えてもらえないかなぁ?」

「イイエ」

「そう、だよねぇ……」

「ハイ」

「うん……うんっ、わかった」

「ハイ。──はい? なにが分かったって?」


 再起動したイサナが問うと、マヤノは豊かな胸の前でぎゅっと拳を握った。


「彼、傍陽さんの知り合いだったみたいなのぉ。だからぁ……」

「え、ちょ」

「傍陽さんに聞いてみるね!」

「おぉん……」


 イサナはもう何も聞かなかったことにして天井を見上げた。


「ありがとぉ〜、イサナさん。色々よろしくねぇ?」

「……はーい」


 くるりと座っている椅子を回して、窓の外へと視界と意識を逸らす。


「あ、そうだ、イサナさん」

「あい?」


 退室の途中で足を止めたらしきマヤノから話しかけられ、肩越しに振り返る。

 彼女はぽわぽわと片手を頬に当てると、


「抹茶好きだよね〜?」

「え? ああ、うん。そうね。なんで?」

「ん〜、今日の収録でテレビ局にお邪魔した時、楽屋のお菓子が抹茶の和菓子だったから」


 左上、右上と視線を揺らしながら答えるマヤノ。


「え、貰ってきてくれたの?」

「ううん? 全部食べたよぉ」

「…………ああ、そう」


 なんやねん。


「そう〜。じゃあね〜」

「うん、じゃあねー……」


 まじでなんやねん、とげんなりしていると今度こそ”うたのおねえさん”は退室していった。

 再び現実逃避しようと窓の外を眺め──バサリ、と。


 窓の外を黒い人影が落ちていった。

 ……言っておくが40階建ての最上階である。


「…………はあ」


 影の正体は、黒の隊服。

 基本白地の隊服がメインのこの支部において、そんな真逆のカラーリングの隊員など一人しかいない。


「もおおおおおおお!!!」


 イサナは椅子から立ち上がると身の丈くらいの窓を、えんやこらと斜めに開ける。

 そこから頭をのぞかせて下を見て、


「こらぁ! 夜乙女(やおとめ)リンネぇ!!」


 見下げた先。

 数階下から飛び出たバルコニーに着地していた少女が顔を上げた。

 美しい銀色のミディアムヘアがさらりと揺れる。

 彼女──リンネはその紅瞳でイサナを捉えると、涼しげな微笑が浮かべた。


「やあ、イサナさん」

「やあ、じゃない! この前、危ないから飛び降りるなって言ったよねえ!?」


 気楽に片手を挙げる支部のエースに苦言を呈す。

 が、彼女はちらりとバルコニーの欄干から下を覗くと、


「建物が小さく見えるね」

「だ〜か〜ら〜!」

「でも大丈夫。落ちるなんてヘマしないからさ」

「……はあ」


 黒の軍帽を押さえながらニコニコと見上げてくるリンネに毒気を抜かれるイサナ。


「いったいどこで覚えてきたんだか」

「うーん、友達? 高いところから移動する時は飛び降りた方が早いって聞いたんだ」

「最近、私は自分の常識を疑いはじめている。……好きな人って食べ物じゃないよね? 道端のおじさんとアイドルって見分けつくよね? 推しの敵にはならないよね?」

「え、こわ。どうしたのイサナさん、疲れてる?」

「……うん」

「あ、そうか。悪いね、窓の外をバサバサして気が散ったよね」

「問題はそこじゃなくてだな???」

「──っと、失礼。そろそろ時間だ。部屋に戻るよ」


 不毛なやり取りを切り上げて、なにやら急いだ様子で中へ引っ込もうとするリンネ。


「あ〜、うん。気をつけて」


 天日干し中の布団みたいに寄りかかって、イサナはリンネを見送る。

 しかし、彼女はもう一度バルコニーからひょこっと顔を覗かせた。


「そうだ、一個だけ。今日の18時以降は空いてるよね?」

「ん? 空いてるけど、なんかあった?」

「うん。とっても大事な伝えなきゃいけないことがあるんだよ」

「嘘でしょ……」

「じゃ、18時に食堂ね。全体ミーティングだから」

「嘘でしょ……」


 なんで副支部長(わたし)が知らない全体ミーティングがあるんだよ……と頭を抱えながら、のそのそと身体を引き戻す。

 追加の闖入者に怯えながら、すっかり冷たくなった急須から濃緑のお茶を入れ、口に含んでしばし。


「…………冷たい上に苦くて渋い」


 広い副支部長室に悲しい呟きが落ちた。

 これが副支部長・信藤イサナの日常である。



 ♢♢♢♢♢



 そこからしばしの書類整理の時間を終え、18時。

 ぺしょぺしょになりながら全体ミーティングとやらをやりに食堂へ向かったイサナは、違和感を覚える。


「うーん……人の気配はあるのに、食堂暗くねー?」


 そう、食堂の電気が落ちている。

 さては乱闘でも起こして全員ぶっ倒れてたりしないだろうな、いや圧倒的強者がいるから何人かは残ってるはずなんだけど、とげんなりしながら食堂に足を踏み入れた。


 その瞬間、



「「「「誕生日、おめでとうございまーす!!」」」」



 パッと電気が点いて、そこに支部の天翼の守護者(エクスシア)が勢揃いしていた。

 

「…………んえ?」


 クラッカーの音色に身構えかけたイサナが動きを止め、目を瞬かせる。


「よーっし、サプライズ大成功!」


 食堂の中心にはよくよく見知った面子が集まっている。

 その中の一人、先ほど連行されていったはずのクララが元気よく言う。

 その隣でにこにこしながら立っているマヤノはその手に抹茶のケーキを持っていた。


 クララの言葉に合わせるように皆が一斉にワイワイと騒ぎ出す。


「イサナさん、おめでとうございまーす!」

「副支部長〜! おめでとーございます!」

「さ、当直のみんな持ち場に戻れー!」

「パトロール中の人たちとも代わってきてあげなねー?」


 おめでとうございます、と言い残してイサナの横を通り過ぎていく部下たちに面食らったままのイサナ。

 が、ようやく思考が追いついてきて傍のカレンダーを見る。


 よくよく考えれば今日は5月10日、イサナの誕生日であった。


「すっかり忘れてた……」

「そんなことだと思いました。おめでとうございます!」


 笑いながらそう言うのは傍陽(そえひ)ヒナタ。

 相棒の雨剣(うつるぎ)ルイが横でぺこりと会釈した。


「おめでとうございます」

「二人とも……ありがとう……」

「リンネ先輩は上です。言伝で『誕生日おめでとうございます』と」


 指を天に向けるルイ。

 屋上のことだろう。


「都市の見張りかぁ。さすが〈桜邑の憲兵〉。……労災だけ気をつけなきゃな」


 苦笑して──それから、へらりと笑う。


「みんな、こんな私のためにごめんねぇ」


 その申し訳なさそうな表情に一斉に声が上がる。


「なーに言ってるんですか!」

「いつもごめんなさいはこっちですよ!」

「こういう時はごめんなさいじゃなくて?」

「空気読めー?」


 一瞬、虚をつかれたように目を見開いてから、


「──ん、ありがとう、ございます」


 柔らかく笑う。

 それを見た一同はぎょっとして、


「あの普段ゆるゆるな副支部長が、敬語を?? めずらしっ」

「初めて見る笑顔です……!」

「今日は銃弾か矢が降るわねぇ〜」

「ただのリンネ先輩じゃないですか」


 口々に笑い合う。


「……ったく、好き勝手言いやがって〜」


 イサナはやっぱり苦笑しながら、用意された飾りマシマシの誕生日席へと歩みを進めるのだった。




おそらく今までの『推し敵』の中で『わたゆめ』本編に一番近いエピソード。

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― 新着の感想 ―
待 っ て た
結局マヤノはヒナタちゃんから修羅の圧力でもかけられたのかな? まあイサナさんはお疲れ様です
ヒナタ「そろそろ狩るか…♥」
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