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幕間 君と夢中

予想通りというべきか大学四年は非常に忙しく……。

今年度の更新頻度はこんな感じですが、必ず完結まで描き切りますので引き続き宜しくお願いいたしますm(_ _ )m


 ゆるく開けられた窓から流れくる春風が優しく頬を滑っていく。

 どこか花の香りのする愛撫は、ほとんど独り言のような数式の解説よりはずっと魅力的な誘いに思えた。


 つられるように窓辺へ目を向け──視界に揺れる、月下美人の横顔。

 夜空を思わせる黒髪は、抜けるような青天を背景にしても一枚の絵になった。


 呼吸も忘れて魅入られていると、描かれた少女が不意にこちらに顔を向ける。

 その黒真珠の瞳が、不躾な鑑賞者を射抜き──じとっと細められた。


「……なに見てるの? イブキ」

「──ん。なんでもないよ、クシナ」


 掠れる喉を鳴らして返事をすると、彼女は「そう」と素っ気なく視線を切った。


 その首元には、灰色のブレザーによく映える真赤のリボン。

 チェック柄のプリーツスカートは折り目正しく、まだ糊が利いている。


 真新しい──けれど見慣れた、高校の制服姿だった。


 ……夢、かな。


 現実ではもう俺たちは大学に通っている。

 これは、三年くらい昔の日常だ。

 どうしてこんな夢を今見るのだろうか。


 教室には木製の机が几帳面に整列していた。

 最後列の窓際がクシナの席で、その隣が俺の席。

 忘れもしない、高校に入学して最初の席替えで決まった並びだ。


 俺としては嬉しい上に心強い席順。

 けれど、この頃のクシナは幼馴染に対してちょっぴり冷たい時期だった。


 ──否。


「……体調が悪いなら早く言いなさいね」


 冷たく見えて、その優しさが隠しきれてない、そんな時期だった。

 チラチラとこちらを伺う幼馴染の視線に微笑みを堪えていると、授業終了の鐘が鳴り響く。


 出席簿を抱えた教師が教室から出ていくのと同じくして、窓を閉める音。

 見れば、隣人は机に手をついて身を乗り出し、回転鍵へと手を伸ばしていた。


 スカートが、ふわりと揺れる。

 そこから覗く白い脚に、ちょっとだけ落ち着かない心地にさせられる。


 今も昔も、クシナは私服では丈の長いものを好む。

 今更ではあるが、膝丈のスカート姿というのは新鮮だった。


 ──そのスカートの裾が、すっと撫でるように抑えられた。


「──ぁ」

「…………」


 ぱっと視線を上にやると、さっきよりも一段階冷えた視線が見下ろしていた。

 対して、白い頬は恥じらいに薄く色づいている。

 慌てて両手を上げて、


「こ、これは違──ちがく、ないです……」

「もう……っ」


 唇を尖らせてそっぽを向くクシナ。


「……へんたい」

「ごめんなさい……」

「……ちょっとしかダメだから」

「え?」

「なんでもないっ」


 クシナはそれきり答えず、どこか甘い空気だけが残る。

 そう、二人が高校生の時はいつもこんな──こんな……。


「…………こ、こんなことあったっけ?」

「なーに?」

「ナンデモアリマセン」


 あれー? 高校生活でこんなラブコメみたいな一幕なかった気が……。

 普通に二人で登下校したり屋上でお弁当食べたり公園でシート引いてお花見したりカフェで試験勉強したり夏祭りを甚平と浴衣で回ったり海行って沈む夕日をホテルから眺めたり体育祭で意外な活躍を見せたり修学旅行で紅葉狩りしてたら狐に化かされて別世界に迷い込んだり文化祭でデュオで演奏したり林間学校で夜こっそり抜け出してお月見したりスキーしに温泉行ったり年越しテレビ番組見ながら(俺は聴きながら)蕎麦食べてそのまま初詣に行ったりした記憶くらいしかないんだけど……。


 内心首を捻っていると、


「あ……」


 クシナの前の席の男子が消しゴムを落としてしまう。

 ころん、と転がってきたそれに手を伸ばす──のに先んじて、クシナが俺を軽く手で制すと、ひょいと拾い上げる。


「く、櫛引(くしびき)さん……!」


 途端にわたわたし始める男子。

 消しゴムを拾ってくれたクシナを見て、その顔は喜びにだらしなく緩められている。


 無性にイラっとして「次に立ち上がったとき《分離》でコケさせてやろうか?」とか考えていると、


「ありが──」

「はい」


 消しゴムを持つクシナの手が、受け取ろうとする男子の手をすり抜けた。


 あれ?という感じで首を傾げている男子生徒を気に留めず、クシナは消しゴムを彼の机の端の方に置く。

 くるっと俺の方に体を向けると、


「さ、早くお昼食べに行きましょ?」

「……ああ、うん」


 微笑んで小首を傾げるクシナだが……後ろの彼、ちょっと半泣きだけども。

 さっきまでの小さな苛立ちは立ち所に消え、若干同情してしまう。


 意外かもしれないが、別にクシナは誰にでも優しいわけじゃない。


 消しゴムくらいは拾ってあげる。でも、わざわざ笑顔で会話を交わしはしない。

 そんな、ちょっとした冷たさがある。一緒にいると忘れがちになるけど。


 元々良いところのお嬢様だったような雰囲気とかあるし、それにしては優しいというか、慈悲深い?のは間違いない。

 そもそも男子にそんなことしてくれる女子いないからね……。


 ちなみに、これでも男女格差はマシな方の高校です。

 男女の扱いが同程度の高校なんてほとんど無く、地元から少し離れた私立をわざわざ探したくらいだった。


 地域での扱いはほぼ不良校。

 偏差値もお世辞にも良いとは言えず、これから三年間、クシナの学力無双が始まったりするのだが、今となっては懐かしい。

 当時は自分のことでもないのに誇らしげに背後で腕を組んで頷いていたものだ。


 俺も卒業まで二位だったけど、5教科7科目で900点満点のクシナとは30点くらい差があったので、とてもじゃないが自慢する気にはなれませんでした……。


 余談だが、クシナは大学入試まで含めて、試験で解答を間違えたことがないっぽい。

 数学の証明すら一字一句違わず書けるので、部分点制度が存在意義を失っていた。


 それはさておき。


「じゃあ、今日はどこ行く?」


 と、腕を絡ませてくるクシナ。

 窓の外の晴天を見やりつつ、


「天気良くて気持ちいいから────クシナさん???」

「?」


 隣を見れば、至近距離から少し見上げてくる紫紺の瞳。

 そこには澄み切った疑問の色が浮かんでいる。


「どうかした?」

「どうしかしてないが??? いきなり何やって……」

「──いつもこうでしょ?」

「……ん、あれ? そう、だっけ?」

「そうよ。変なイブキ」


 くすりと、彼女の口元が綻んだ。


「あー……そう、だったかも……?」


 なーんか納得いかない……。


「ほら、早く中庭いきましょう」

「ああ、うん」


 欠片ほどの疑問は、花を思わせるクシナの香りに包み込まれるように溶けてゆき──。



 ♢♢♢♢♢



「…………うわ、夢じゃん」


 目を開け、開口一番。

 掠れた声がこぼれ落ちた。


 朝日差すベッドに寝転がったまま、思わず右手で顔を覆う。


 急に捏造高校生活始まったから何かと思ったわ……。

 いや実際あんな感じだったけど、唯一あそこまでクシナと物理的な距離が近かったことはなかった気がする。


 普通に二人で登下校したり屋上でお弁当食べたり公園でシート引いてお花見したりカフェで試験勉強したり夏祭りを甚平と浴衣で回ったり海行って沈む夕日をホテルから眺めたり体育祭で意外な活躍を見せたり修学旅行で紅葉狩りしてたら狐に化かされて別世界に迷い込んだり文化祭でデュオで演奏したり林間学校で夜こっそり抜け出してお月見したりスキーしに温泉行ったり年越しテレビ番組見ながら(俺は聴きながら)蕎麦食べてそのまま初詣に行ったりはしたけど、学校でベタつくなんてラブコメみたいなことするわけないだろ、常識的に考えて。


 まったく、どうしてしまったんだ。

 と、自分に呆れ返っていると、違和感に気づく。


 左腕がまったく動かない。

 ふと目線を落とせば、


「ん……」


 俺の腕を抱くようにして、クシナが隣で寝ていた。

 ラフな部屋着越しに、微かな息遣いが感じ取れる。


「なんだクシナか……」


 びっくりした。てっきり金縛りにでもあったのかと……。


「──なんでクシナが!?」


 跳ね起き──るのはクシナを揺さぶっちゃうので押さえ込んだが、声までは抑えられなかった。


 だって一緒に寝た記憶ないからね!?

 なんで起きたら横で幼馴染が寝てるの!?

 10年一緒に住んでて同じベッドで寝たこと数回しかないよね!?


「……っ! っ!? っ????」


 言葉にできずに驚愕に震えていると、クシナの長い睫毛が揺れ、閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がった。


「あ、いぶき……おはよ……」


 眠たげな半目でこちらを見上げる幼馴染が、ゆる〜っと笑う。


「う、うん。おはよう……あの、クシナさん?」

「ん〜?」


 ぐりぐりと俺の肩に頭を擦り付けながら、くぐもった返事をするクシナ。

 なんで同じシャンプーを使ってるはずなのに良い匂いがするんだろう……じゃないわ。


「そういえばこの完璧幼馴染、唯一寝起きには弱いんだった……」


 最近はずっと、この子の方が早起きだから忘れてた。


 普段なら「クシナ」と呼びかけるだけで「そうね、そろそろ衣替えの時期だから今週末にでもクローゼットの整理しましょうか」と返してくれる読解つよつよ幼馴染なのに……。


「なぁに?」

「いや……」


 俺の腕に顔を埋めたまま、返ってくるのはゆるゆるな問いかけのみ。


 ぎゅう、と一層強く抱きしめてくるクシナが、いつもの調子を取り戻すまで約10分間。俺は心を無にして、遠くの空を横切っていく飛行機の窓の数を数えながら待ち続けた。




「ん……あたしが来てから15分くらいかな」


 正常な思考回路を取り戻したクシナが慌てまくってベッドから転げ落ちそうになり俺が《分離》した結果しばらくベッドの隣の床で幼馴染を抱きしめ続けるという謎事態が収束し、ひとしきり恥ずかしがった彼女は時計を見て首を傾げた。

 時計は9時を少し回ったくらいを指し示している。


「あれ、今日は遅いね? いつも7時くらいに起こしにくるのに」

「ん。まあ、日曜日だしね」


 くし、と目元を擦る幼馴染。

 そのまま袖で口元を隠し、


「だから、その……同じ布団に入ってた時間は大して長くないわ」


 目を逸らしながら言う。


「だ、大丈夫! 全然気にしてないから」

「──全然気にしてないの?」

「えっ?」


 クシナが上目がちに此方(こちら)を見た。

 紫の水晶が、じいっと俺を捉える。


「あ〜、その……ちょっとしか気にしてないから……」

「そう」


 ややあってクシナがベッドから降り、きしとスプリングが鳴った。


「じゃ、そろそろご飯食べましょ」

「う、うん……」


 その足取りはどこか軽いように見える。

 ……どうしよう、旅行から帰ってきてからというもの、クシナのことが分からない瞬間が増えてきた気がする。



 ♢♢♢♢♢



「なーんか夢見てたような……」


 着替えている最中、なんとなくモヤモヤしていたのが今夜の夢についてである。

 どうにも寝起きのインパクトが強すぎて夢の内容を覚えていない。

 悪い夢じゃなかった気はするんだが……なんだったかなぁ。


 夢といえば、昨日二人で見てたバラエティ番組で、寝てる間に五感が受けた刺激がどう夢に影響するかを検証してたな。

 その実験では耳元で囁いたシチュエーションが被験者の夢で再現されていた、みたいな結果だったっけ。


 あれ、疑わしいにも程があるよな〜。

 絶対ヤラセで元々台本に書いてあったか、実は起きてたかに決まってるよ。俺ってば勘がいいから気づいちゃうんだよね。


 などと取り留めもなく考えながら一階に降りると──メイドがいた。


「あ」


 おおよそ本来のメイドからかけ離れた丈の短いフリッフリのスカートと、何故か胸元が空いたメイド服を着た……着せられたお嬢様、御子柴(みこしば)ミラがいた。


「────」


 彼女は油断しきって、ソファに寝転がりスマホを弄っていた。

 が、入ってきた俺を見ると猫のように飛び起きて胸元とスカートを押さえて、こちらを睨みつけてくる。


「──よし、殺しますわ」

「判断が早いッ!!」


 俺の叫びを無視して、袖口から滑り出した鉄扇を構えるミラ様。

 その首元が、ちょいっと摘まれた。


「ミラ?」


 音もなく真隣に立っていたクシナに、ミラ様の赤く染まっていた顔が、一瞬で青く変わっていく。

 黒髪まじりとは言え基本金髪だし、赤青黄で信号みたいだなーとか呑気なことを考える俺。対するミラ様は、緊張した様子ではくはくと口元を動かした。


「……く、クシナ、様……これはその……」


 そんなに怯えてどうしたんだろうか。

 クシナは優しさと蜂蜜を煮詰めて10年間熟成させたみたいな子なのに……。


「あのね、ミラ」

「は、はい」

「──味噌汁、冷めていたわ」

「……え?」


 ミラ様は猫が宇宙に飛ばされたみたいな表情になった。

 首を傾げながら隣のクシナを見上げ、慈母のような微笑みをまじまじと見る。それから困惑を滲ませつつも恐々とした感じで、


「で、ですが、温めておけと言われたのは二時間も前ですし冷めていて当然──ひぃっ!?」


 言葉の途中で首をすくめて固まるミラ様。

 まるで摘み上げられた首元に力を入れられたみたいな反応である。クシナがそんなことするわけないのにね。


「な、なんでも、ありませんわ……口答えしてもうしわけありません……」

「ええ、そうね。あたしはさっき(・・・)言いつけたばかりだものね?」

「へ? いえ──ひゃ!? そ、そうですわ! つい先ほど言いつけられましたぁ!」


 涙目でプルプル震え始めたミラ様がようやく床に下ろされる。

 ……あれ? 今まで宙に浮いてた?


 ミラ様はクシナから逃げるようにおずおずとソファの端っこまで離れると、ソファには座らずその前に体育座りした。

 呆然としてらっしゃる。おいたわしい。


 ……ハッ、ここはオタクの出番だなッ!?


「ま、まあでもミラさ……ん、は華族のお嬢様だったわけだし、急に言われてもできないことはいっぱいあるよ!」


 色々と見えないようにクシナの横に移動しながら、ミラ様のフォローに出る。


「なっ」


 目を白黒させながら、体育座りお嬢様がバッとこちらを向く。


「人間だもん、できないことがあってもしょうがないって!」

「ちがっ……くっ、ぅ……!」

「コンロの使い方とかもこれから覚えてこ! 最近のは便利だよ!」

「ふ、ぅ〜〜〜〜ッ!!」

「……あ、あれ? え、なんで睨まれて──」


 馬鹿にするなと言わんばかりに涙交じりに睨んでくるミラ様に、全肯定フォローオタクだったはずの俺は退散を余儀なくされるのだった。




「ふう……危なかったわ……」





ちなみに勉強面だと、

ヒナタは暗記系はダメだけど、思考力系は勘で解ける。数学は公式を覚えずに自分のやりやすい解き方をしてきたので多分これから苦労する。分からない問題があっても記号なら鉛筆を転がすと8割がた正解しているので、それが主流の解き方だと思っている。

ルイはどっちもダメ。教科書の表紙に折り目すらついてない。物語は好きだが、文字を追っていると頭が痛くなってくるので国語も無理。教科書体よりヒナの方が目に良い。けど、なぜか授業を聞き流すだけで平均よりはできる要領の良い子。

ミラは全教科基礎は完璧だけど、応用は6割くらい。歴史は満点。数学の証明問題は好きだが、国語の記述問題は好きじゃない。感覚が庶民とズレすぎているので「は? パンがないならケーキ食べればいいでしょうが」となり迷宮入りする。

結果的には、ミラが一番勉強ができる。


芸術系はルイが全ジャンルで入選。

ヒナタは画伯(笑)。

ミラは模写が得意。実は可愛い系のデフォルメイラストも描ける。

音楽は二人ともルイほどではないが得意。


体育は三人とも超次元体育。

身体能力とセンスに限って言えば、ヒナタが頭ひとつ抜けている。

球技で念動力使ってくる他二人相手に、勘でメタ読みして勝利する原作主人公(あと3日で誕生日)。


と、バランスの取れた(?)原作主人公ズ。

クシナは全部完璧にできる。幼馴染なので。

唯一、芸術方面は「技術は完璧だが、面白みはない」みたいな感じ。

でも基本何でもできる。だから寝てる人間の夢をほんのちょっぴり弄ることだってうわなにするやめっ

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― 新着の感想 ―
一瞬考えちゃった。2時間前とは大分、ですねえ。
「普通に二人で登下校したり屋上でお弁当食べたり公園でシート引いてお花見したりカフェで試験勉強したり夏祭りを甚平と浴衣で回ったり海行って沈む夕日をホテルから眺めたり体育祭で意外な活躍を見せたり修学旅行で…
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