その女子高生 異世界での装備を整える
「……ところで」
指を一度鳴らしただけでテーブルの上にあったものすべてを消してみせ、誰が後片づけをするかで揉めていた麻里奈たちを唸らせたメガネ少女がその言葉を口にした。
「さすがに結界の外を出歩くのに手ぶらで行くわけにはいかないと思うのですがいかがでしょうか?」
彼女の言葉にふたりの少女が頷く。
「なるほど。つまり、異世界冒険は装備を整えてから出かけるべきということか」
「当然だな」
メガネ少女に応じたふたりの武闘派女子の同意によってそれはあっさりと決まった。
だが、当然のようにここからいつものようにひと悶着が起きる。
「では、まずは防具から。せっかくの異世界だ。やはり、ここはこの世界における女性剣士の標準装備でいくべきだろうな」
「異世界の標準装備?なんだ、それは」
「もちろんビキニアーマーだ」
ビキニアーマー。
それは機能性というか、本来の目的にとってはまったく有効なものではない、つまり役に立たない装備品である。
それどころか、特別な趣味とそれを装着することによって少々の実益を挙げる一部の例外を除けば、着けている者にはいいことなどひとつもない、言わばそれを眺める異性のためにだけ存在していると言っても過言ではない防具である。
だから、自他ともに認める男嫌いの麻里奈の反応は当然こうなる。
「却下だ。すぐ鼻を伸ばす下等な生き物である男を喜ばす以外には何の役にも立たないものなどなぜ着けねばならないのだ?」
もちろん彼女の口からその言葉がやってくるのを予想していた美少年風少女はすぐさま反論する。
「だが、実用性だけのフルプレートは重いだけでちっとも可愛くない。女子高生には可愛さが不可欠だぞ」
「何と言われようが馬鹿な生き物に媚びるようなものは私には不要だ。そんなに着けたければ春香ひとりだけ着けろ」
「頑固だな」
「そちらこそ」
譲る様子がまったくない麻里奈と春香。
そこで妥協案を出したのはメガネ少女だった。
「とりあえず、ハルピ提案のそのビキニアーマーを誰かに試着してもらってから決めるのはどうでしょうか?」
「つまり、現物を見て審査をするわけだな。望むところだ」
「もちろん私も異存はない。だが、言っておくが、私はモデルなどやらんぞ。春香がビキニアーマーを推薦しているのだ。当然モデルは春香だ」
「そうはいかん」
「なぜ?」
「私がそれを着たら、楽し、いや、よく観察できないではないか。それよりも、食わず嫌いはいかん。ここはまりんがモデルをやるべきではないのか?」
「断固拒否だ」
……残念。まりんにモデルをやらせて盛大に笑ってやりたかったのだが。
表情には出さなかったものの、心の中で大いに盛大に残念がった美少年風少女が口を開く。
「仕方がないな。では、その役は……」
ふたりの分の視線は、まず顧問の教師に向かい、すぐに別の人物へと進む。
「わ、私ですか?」
その声を上げたのはここにやってきた六人の中で一番口数の少ない少女だった。
「当然だろう。まみたんは、クラスどころか学校一かわいいのだ。モデルといったらまみたんしかいないだろう」
「チョット待ってください。そういうことなら私よりも先生のほうが……」
押しつけられたジョーカーをすかさず譲ろうとするまみ。
だが、選んだ相手があまりにも悪かった。
ふたりの少女が申し合わせたように首を大きく振る。
「ないな」
「そのとおり。そこのポンコツおばさん教師は女子として賞味期限切れ、いや、消費期限切れだ。そして……」
顧問の教師をバッサリと斬り捨て、まみ本人の意向を完全に無視してモデル役を彼女に決定した美少年風少女が世界で一番汚いものを眺めるように蔑むような視線を送ったのはぼんやりとその様子を眺めていた唯一の男子だった。
「橘。貴様は寝ていろ」
「なぜだ?」
「今からまみたんがビキニアーマーを着けるために着替えをするのだ。もしかして、貴様はまみたんの着替えを眺めるつもりなのか?そのじっとりとしたいやらしい目で。被虐趣味を兼ね備えた露出狂というだけではなく覗きまでそのレパートリーに加えているとは、貴様は正真正銘の変態だな」
「ふざけるな。俺はおまえが言うような奇怪な趣味とは無縁の名門北高男子の鑑。そのようなことは絶対にしない。着替えが終わるまで目を瞑り後ろを向いているから大丈夫だ。つまり、ノープロブレムだ」
「だが、本当は見たいだろう。言っておくが正直に言ったほうが身のためだぞ」
そう言った美少年風少女は殴る気満々という風に拳を撫でる。
もちろんこの拳に何度もお世話になっている彼は少女が本気であることを知っている。
そして、それが真実かどうかにかかわらず、彼女が考えているものと違う言葉を口にした瞬間、刑は執行されることも。
……まみの前ではあるが、ここは正直に答えざるを得ない。
……いや、違う。こいつの望む答えを言わざるを得ない。
心の中の言葉にもかかわらず、慌てて訂正する彼が口を開く。
「……まあ、見たくないといえば嘘になるが○%×$☆♭♯▲!※」
「素直でよろしい。これはその褒美だ」
その言葉とともに、いや、正確には言葉の前にやってきた某クラブ内ではすでに何度も披露されていた「音速を超えた」拳によって半強制的に男子を寝かせた美少年風少女は再び口を開く。
「魔法で着替えはできるのか?ヒロリン」
「もちろんです」
「では、始めるか」
「はい」
メガネ少女が指を鳴らすと、元学校一の美少女が身に着けていた野暮ったいセーラー服が消え、代わって現れたのは……。
「ヒ、ヒロリン。これはただの水着ではないのですか?」
そう。
彼女が言葉どおり、それは真っ赤なビキニ。
しかも、微妙に露出部分が多いというオマケつき。
「……たしかに、これはただの布だな」
「そうですよ。しかも、布の部分が少なすぎです。まりんさんやヒロリンならともかく、こういうのは私には早すぎます」
「いや。そんなことはない。それどころかまだまだ多い。まみたんならばこの半分で十分だ」
「それはどういうことですか~」
それを摘まみ感触を確かめる美少年風少女と実際に身に着けている学校一の美少女の言葉どおり、その素材はビキニアーマーのものとは思えぬ防御力皆無の水着に使われるものとしてはごくありふれた布。
と言っても、それは元の世界では、ということであり、こちらの世界は存在しない伸縮性のあるものであったのだが。
「まあ、これは関係各所へのサービスのようなもので、次からが本番です。では……」
メガネ少女が再び指を鳴らす。
「お~~~。これがかのビキニアーマーか」
美少年風少女が歓喜の声を上げるが、それを身につけている本人は顔を真っ赤にし、実はモデル役をやってみたいと思っていた顧問の教師はお鉢が回ってこなかったことに安堵するように大きく息を吐く。
もちろんもうひとりも。
学校一の美少女が身に着けているものは紛う方なき革製のビキニアーマー。
まあ、とりあえずそれで防御力が格段に上がるなら、よしとしよう。
だが、実際にどうかといえば、布が革になっただけの代物であり、これだけ肌が露出していればそのようなもの望むべくもない。
つまり、これは実にビキニアーマーらしい結果といえる。
「これはちょっと……いいえ。相当ダメです。色々な意味で」
「具体的には?」
「肌で出過ぎです」
「なるほど。だが、それがビキニアーマーというものだ。いや~初めて見たがやはりおもしろいな。これは」
「おもしろい?」
「いや。言い間違えた。実に素晴らしい防具ではないか」
……なるほど。やはりそういうことですか。
言葉の端々から香りたつ美少年風少女の意図を完璧な形で理解した魔法少女が口を開く。
「では、次はさらに防御力が高くした銅製のビキニアーマーです」
ということで、再び衣装チェンジ。
「お~」
「どうですか?」
「硬くて冷たいです」
「まあ、金属だからな。それは仕方がない。ところで、ヒロリン。この形はもう見飽きた。もう少しかわいいデザインのものはないのか?」
「ありますよ」
「では、どんどんいこうか」
この後も次々と衣装チェンジをおこなうものの、ビキニアーマーの評価が一向に上がらないまま、裁定が下される。
「……私としては制服がいいです。肝心の防御力は変わりませんし、なによりも落ち着きます」
「そうだろう。そうだろう」
まみの言葉に、大きく、そして何度も頷くと、麻里奈は勝ち誇るように高校一年生の標準サイズより一回りほど大きい胸を張り、美少年風少女に顔を向ける。
「春香。これが結果だ。文句はないな」
勝利を確信した麻里奈の言葉に、当然もう一方は盛大に悔しがる。
……と思いきや、実はそうではなかった。
……まあ、そうだろうな。こんなもの。
そう。
ビキニアーマーと言い出した美少年風少女も最初からこうなることは予想していた。
それどころか、実を言えばそれを身に着けて出かけることなど彼女自身も毛先ほども考えていなかった。
つまり、彼女は単純に実物が見たかった。
ついでに、面白そうなので学校一の美少女をおもちゃにして遊びたかった。
それだけである。
だが、さすがにモデル役を押しつけたまみの前でそれを口にするわけにはいかない。
渾身の演技で麻里奈の言葉に渋々従うという表情でそれに応じる。
「わかった。ビキニアーマーは取り下げる。だが、まみたん推奨のセーラー服では防御力はゼロだ。つまり、問題は何も解決していない。まりんに代案はあるか?言っておくが、可愛さの欠片もないフルプレートなど御免被る」
最後の最後に本心をつけ加えた美少年風少女のその言葉に応えたのはメガネ少女だった。
「その点はご心配なく。魔法でセーラー服の防御力を上げて物理攻撃、魔法攻撃をすべて遮断します」
「ほう。つまり、異世界仕様のセーラー服というわけか」
「はい」
「いいな」
「私もいいと思います」
「そういうことなら、私も拒む理由はない。いいぞ」
「では……」
ということで、お役御免となったまみの衣装も無事安心安全のセーラー服に戻り、非常に遠回りしたものの、防具は防御魔法が施されたその「異世界仕様のセーラー服」と決まった。
……かに思えたのだが、そうならないところが、この集団の集団たるところであろう。
美少年風少女の口が開く。
「だが、問題は残る」
「わかっている。恭平のことだろう。恭平のセーラー服姿など気持ちが悪くて見ていられんからな」
「いやいや、違う。というか、それは論外中の論外だ」
予想外の返答に大幅にたじろいだものの、それをきっぱりと否定し、誰ひとり幸福になることがないその最悪の事態を見事に回避した美少年風少女が指摘したのは彼とは別の人物のことだった。
ニヤリと笑う少女が再び口を開く。
「私が言いたいのはそこのおばさん教師にもセーラー服を着せるのかということだ」
「たしかにおばさんにセーラー服はいかんな」
「おばさん教師のセーラー服。それは間違いなくセーラー服に対する冒とく行為です。死刑に値します」
「……そ、そうですね。さすがに恵理子先生がセーラー服を着るのは無理があるかと……」
美少年風少女に問われた三人の少女が表現は違うものの、同じベクトルの言葉を口にすると、顧問の教師が力一杯それを否定する。
「し、失礼なことを言わないでよ。私はおばさんじゃないから百パーセントノープロブレムでまったく完全に大丈夫よ。だいたいわざわざセーラー服を着なくても私の服にも同じ魔法をかけてくれれば問題ないでしょう」
前段はともかく後半についてはたしかに正論である。
だが……。
「それがどうもこの世の理はそうなっていないらしく、この魔法をかけられるのはセーラー服だけのようです」
「絶対に嘘じゃ。そもそもこの世界にセーラー服など存在していないでしょう」
「それはどうかわかりませんが、たった今先生の私服に防御魔法はかけられないと神様のお告げがありました」
……ないな。
……普通にない。
……さすがにないですね。それは。
もちろん三人分の心の声である。
もちろん当事者本人も。
「それ、たった今思いついたでしょう。ヒロリン」
「そんなことはありません。とにかく先生の私服には魔法はかけられず、しかもセーラー服を着ることはここにいるステークホルダー全員の総意により却下となりました。先生大ピンチです。ただし……」
「ただし?」
「なんと一見するといにしえの世界に存在したマニア垂涎の小学生用のものに見えますが、実はどんな攻撃を跳ね返すスーパースクール水着が幸運にも一着だけなら用意できます。それを身につければ先生はただのおばさんから無敵スクール水着おばさんに変身できます」
「スクール水着おばさん。いいな。それ。もちろん許す。春香はどうだ?」
「言うまでもないこと。まあ、先生は幼児体形だから小学生用の紺色のスクール水着はよく似合うだろうな。よかったな。スクール水着おばさんになれて」
「乳児体形の春香にだけは言われたくないわよ。だいたい何が小学生用スクール水着よ。私は大人よ。ビキニならともかくそんなもの誰が着るものですか」
「ですが、その小学生用スクール水着を着ないと防御力はゼロです。つまり……」
「先生はただのおばさん」
「だから、おばさんじゃないから」
頑なにおばさんであることを否定する二十四歳の顧問をじっとりとした眼差しで眺め終わると、美少年風少女の笑みはさらに黒味を増す。
「つまり、先生はただのおばさんとして異世界の怪物に食われたいのだな。まあ、本人がそう言っているのなら仕方がない。今のうちに別れの挨拶をしておくか。今まで世話になった。元の世界に戻ったら先生が溜め込んだ金は責任をもって私が使ってやるから安心して成仏してくれ」
わざとらしい言葉にふさわしく深々と頭を下げる彼女の言葉。
もちろんこれは罠である。
そして、それを察した者が続々とそれに続く。
「いやいや、春香。よく考えろ。異世界の怪物もさすがにおばさんは食わないのではないか」
「そうですね。まりんさんの言うとおりたしかにそれは十分にあり得ます。こちらだって選ぶ権利があるとか言って」
「うむ。たしかにそうだな。誰も好き好んで干からびたおばさんの肉など食わん」
「よかったですね。先生。賞味期限切れの干からびたおばさん貧乳教師で」
「まったくだ」
「それはあまりにも言い過ぎじゃ。というか、私は干からびてもいないし、おばさんでもないけど」
「まあ、先生が賞味期限切れの干からびたおばさん教師かどうかはあとからじっくり審議し、もっとも民主的方法である多数決で決めることにして、それでどうしますか?先生。小学生用スクール水着で無敵になるか、異世界の魔物のお腹に入るために、ただのおばさんのままでいるか?どちらを選びますか?」
「……本当にその二択なの?」
「はい」
「それじゃあ……」
「……私のお金を春香に使われるなど我慢できないから、当然その無敵スクール水着よ。本当はまったく納得はいかないけど」
「ファイナルアンサー?」
「……ファイナルアンサー」
「よろしい」
「では、いきます。イッツ ショー タイム」
「ギャア~」
「ウケる」
「まったくだ」
「ふっ……こ、これは……本当にいけません。プッ」
メガネ少女の鳴らす指音とともに現れ、ふたりの少女は盛大に吹き出し、もうひとりも笑いを懸命に抑えなければならない状況に陥らせた顧問の教師の身にサイズピッタリに張り付くもの。
それは……。
「かみむらえりこ にじゅうよんさい ばすと ななじゅうろくせんち えーえーかっぷ うえすと ななじゅうにせんち ひっぷ はちじゅうろくせんち どくしん だれか かわいそうな わたしを もらってください」
ご丁寧にひらがなでそう書かれた白い布が平らな胸部に張りつけられたこれぞザ・スクール水着といえるものだった。
当然本人は顔を真っ赤にして怒り狂う。
「これはあきらかなセクハラなうえに個人情報保護法に違反でしょう。というか、そもそもサイズが全然違うし」
「そうですか?」
「そうよ。バストは最低でも八十センチはあるから」
「へ~」
「それは驚き。見た目とは随分違うのだな」
どさくさまぎれに微妙に盛った数値をあっという間に看破された哀れな顧問の悲痛な叫びはさらに続く。
「だいたいこれはいらないでしょう。ヒロリン」
金斬り声とともに顧問が指さすのはもちろん二十四歳の顧問の言う「数値が著しく違う風評被害の元凶」の数々が書かれた白い布である。
わざとらしく難しい表情をしたメガネ少女が重々しくそれに答える。
「そう言われても、これは異世界の神様に先生に相応しき最強の小学生用スクール水着をくださいとお願いした結果です。先生の貧相なもののサイズなどを知らないし知りたくもない私にそんなにピッタリなスクール水着は用意できるわけがないことは一目瞭然。つまり、その布とそこに書かれたものはすべてこの世界の神様が先生の防御力アップのために必要と思ったものなのです。ですから、文句を言うのなら私ではなく神様に言ってください」
「……なるほど」
少女にとってその程度のことは児戯に等しいなどとは爪の先ほどにも思わなかった顧問はその言葉を簡単に受け入れると、矛先をその場にいない、いや、本当にいるかどうかもわからない濡れ衣を着せられた者に向けられる。
「ということは、悪いのはこの世界の神ということか。おのれ、異世界。そして、許すまじ、セクハラ神○%×$☆♭♯▲!※」
「さてと。残るは……」
知られてはいけない個人情報が駄々洩れのスクール水着姿の顧問をひとしきり弄りまわした一同が視線を向けたのは現在諸事情により就寝中のグループ唯一の男子生徒である。
「おい、橘。貴様、私たちが真剣に打ち合わせをしている最中に呑気に昼寝とはいい度胸だな。さっさと起きないと一生寝ていられるようにお仕置きするぞ」
もちろんそれは先ほど彼を強制的に眠らせた美少年風少女の言葉である。
「痛っ。やめろ」
力一杯拳を顔に押しつけながらかけられた少女のそのありがたいお言葉でようやく目覚めた彼が目にしたもの。
それは、スクール水着姿の顧問だった。
「……先生。何をやっているのですか?」
「な、なにってそれは色々あって……ねえ……」
顧問は救いを求めるように少女たちを眺めるが、全員が他人になるためあらぬ方向に視線をやる。
当然のように彼女が求めるものはどこからもやってこない。
「とにかく、見るな。見たら罰金だから。一分一万円」
「……見たくもないものを見せられて罰金とはひどいですよ。しかも、まみならともかく先生の水着姿で一分一万円は高すぎるでしょう。……むしろこちらが金をもらいたいくらいだ」
「聞こえたわよ。春香。無礼な橘君に今すぐお仕置きして」
「厳しさは?」
「もちろん最高ランクで」
「了解」
「○%×$☆♭♯▲!※」
「さて、恭平。私たちはこれから異世界を冒険しに行く」
何が起こったかもよくわからぬままおこなわれた、どこをとっても理不尽なだけのお仕置きが終了すると、これまでの彼の人生に災いをもたらすことはあっても幸せと名のつくものは一欠片さえ運んできたことがない幼馴染はそう宣言した。
「……それで?」
まだ痛みが残る各所を撫で回しながら彼が不愛想に応えると、幼馴染は両手を腰に当て言葉を続ける。
「あんたの装備も特別に整えてあげると言っているのよ。叶うかどうかはともかく希望だけは聞いてあげる。一分以内に言ってみなさい」
「……わかった」
そうは言ったものの、突然のことなので彼の頭の中には何もない。
……何もないが……。
彼は必死に考える。
当然である。
彼は心の中で呟く。
……ここで選択を間違うとろくなことにならない。
……本来であれば、この場に留まり、こいつらの酔狂に付き合わないことが正解なのだが、ここは異世界。バカメガネの保護下にいなければあっという間にドラゴンのエサだ。
……さて、どうする?
難しい顔で悩む男子高校生。
それをいつも以上に蔑むように眺めていた美少年風少女が口を開く。
「露出狂のおまえのことだ。俺の全裸は最高の防具だとか言って、全裸で異世界を闊歩しようなどと考えているのだろうが、それでは一緒にいく私たちが迷惑する。まず言っておく。全裸だけは却下だ。せめて褌くらいは締めろ」
「ふざけるな。誰が褌など……」
「なるほど。褌が嫌だということは、やはり全裸希望か。この変態。だが、ここは異世界。情け容赦なく魔物が襲ってくる。防御力がないと一瞬で食われるぞ。その辺をよく考えて答えろ」
「それに、実際に役に立つかどうかはともかく生物学的には恭平君はこの中で唯一の男子。憧れのまみたんを守るために恭平君はグループの先頭を歩くことになります」
「……つまり、それなりの防具が必要だということだな」
「そういうことです」
ふたりのありがたいアドバイスを真面目に受け止め一生懸命考える男子高校生。
そして、あることに思いつく。
彼の思いつき。
それは……。
「ちなみに麻里奈たちはどうするのだ?」
そう。
まず、幼馴染がどうような防具を所望したのかを確かめる。
そして、その答えを参考にして方針を決める。
それはすべてにおいて鈍いこの男にしては上出来なアイデアだった。
だが、そこで思い知らされる。
このグループに存在する歴然たる格差を。
「……つまり、麻里奈たち四人は制服のままということか?」
「防御魔法が施されてはいるが、見た目だけをいえば、そうなる」
「そして、年齢が高すぎてセーラー服が着られない先生がその代わりとして手に入れたのがその恥ずかしいスクール水着というわけか」
当然この言葉のあとにはお仕置きが待っている。
そして、思わず口が滑り、事実ではあるが本人の前では言ってはいけないひとことを言ってしまった男子高校生に対して始まったそのお仕置きは当事者の強い要望によりいつも以上に長く厳しいものだった。
それから十分後。
「恭平も自分の馬鹿さと思慮の足りなさを十分に反省したことだし、そろそろ許してやろうではないか」
理由もわからずたっぷりとお仕置きをされ、何を反省すればよいのかもかわからまま何かを反省させられた恭平は彼女の言葉にもちろん納得していない。
だが、ここで余計なことを言えば、再びお仕置きされることくらいはこれまでの悲しい経験から想像はできる。
……ここは何も言わぬことが解。
押し黙る恭平に美少年風少女が黒い笑みとともにもう一度声をかける。
「まあ、どうしてもというのなら、先生とお揃いのスクール水着でもいいぞ。それとも、やはり全裸か?」
「う、うるさい」
……だが、相手は春香とバカメガネのコンビ。このまま何をリクエストしなければ本当にスクール水着を押しつけられかねない。それどころか全裸だってありえる。
……まみの前でそのような醜態を晒すことだけは絶対に避けなければならない。
……そうは言っても、俺はいったい何を望めばいいものなのか?
悩む恭平。
その彼のもとに突如天啓が訪れる。
……そうだ。
……あるではないか。
……この世界で行動するのにふさわしいものが。
「いいだろう。では、教えてやる。そして、聞いて驚け。俺が望む装備はどんな剣でも貫けない最高ランクの防御力を持つ真っ黒い甲冑だ。そして、俺はこの世界で最強の暗黒騎士を目指すのだ」
「ほう」
「まあ、それはそこのバカメガネが用意できれば、の話であり、それができなければ俺も制服で……」
「ほい」
その声とともに彼の視界は突如遮られた。
当然ながら、臆病で小心者の器の小さいその男子高校生は大いに慌てる。
「お、おい。ヒロリン。何をした?」
「もちろん恭平君が所望したフルプレートの甲冑ですよ。色はジェットブラック。漆黒の剣士という称号がすぐに与えられるくらいの完璧なものです。もちろん見た目だけではありません。一番薄い部分でも厚さ一センチもあるタングステン製のものですから余程のことがないかぎり剣で貫かれることはありません」
「だが、前が見えないというのはどういうことだ?」
「それはバイザーが下りているからです。それを上げればよいだけです」
……なんだ。そういうことか。
……てっきり、またおかしな罠が仕掛けられたかと思ったぞ。
……だが、よかった。
……声は少し裏返ったが、動揺した表情が見られなかったのだから。
……ここはこの天祐を生かし、その素晴らしい甲冑が似合うかっこいい俺が持っている男らしさをたっぷりと見せつけて、まみの評価を上げることに専念しようではないか。
三十回ほど深呼吸をしてしっかりと呼吸を整え、何事にも動じないかのように見せかけるために口を開く。
「まあ、そうだろうな。もちろん俺もそうではないかと思っていた。では……ん?」
バイザーを上げるため腕を動かそうとした彼はそこでようやく気づく。
「……腕が上がらん。というか、動かん」
「どうかしましたか?恭平君」
「だから、全然動かん」
「情けない。貴様の気合と根性が足りないからそうなるのだ」
「覚悟と日頃の鍛錬と男らしさも足りんな」
「意気地なしの恭平君はついでに力も足りません」
三人の少女はピクリとも動かない彼を見て彼に不足しているものを指摘する。
もちろん彼にはそのすべてが不足している。
それは紛れもない事実である。
だが、現在彼の身に起こっている惨事はそれが原因ではない。
そう。
この甲冑には気合や根性なのではどうにもできない根本的な問題があったのだ。
「お、重すぎるだろう。これは」
「恭平君の希望は高い防御力だけでしたので、俊敏性を対価に最高の防御力を神様にお願いしました。それがこの結果なのですが何か問題でも?」
「おおありだ。……これの重さはいったいどれくらいあるのだ?」
「片腕たった百キロ。胴体部分は上半身、下半身それぞれ二百キロくらいでしょうか。安心してください。頭は三百キロを少々超える程度ですから余程の負荷をかけないと首の骨が折れることはありません」
つまり、彼が身に着けているものは総重量約一トンに迫るというとんでもない代物。
しかも、可動性というものは一切考慮されていない。
いわば金属の塊。
その中に現在彼はいる。
動かしたくても動かないのは当然のことである。
もっとも、ここまで来ると動きたくても動けないと言ったほうが正しいのだろうが。
「おい、麻里奈。ぼ~としてないで早く俺を救出しろ」
「知らん。自分が望んだ結果だ。自分でなんとかしろ」
「そのとおり。だいたいその程度のことで大騒ぎするとは橘は本当に情けない男だ」
「でも、今の恭平君はお地蔵様みたいでかわいいです」
「では、こいつは今から置物だ。まりん。私たちが異世界にきた記念に橘をここに設置することにするのはどうだ?」
「いいな」
「ということで、喜べ、橘。私たちは貴様をここに放置することに決めた。つまり、これから貴様は私たちとは無関係の人間だ。そして、もうひとつ嬉しいお知らせだ。今生の別れの選別代わりに辺鄙な場所に設置されるおまえを異世界の方々がすぐに見つけくれるように様々な手立てをおこなうことを約束してやる。おまえがお仕置きされることに専念できるように赤の他人になってやるという寛大な決定を下しただけではなく、おまえが一刻も早くお仕置きされるように手助けまでしてやる心優しい私たちに感謝しろ」
「ふ、ふざけるな」
次回は、「その女子高生 異世界の方々に遭遇する」です。
お楽しみに。