黒田官兵衛と竹中半兵衛の友情
戦国の名軍師といえば、「黒田官兵衛」「竹中半兵衛」を思い浮かべる人が多いであろう。後世には「両兵衛」と呼ばれ親しまれた、秀吉の天下統一に多大なる貢献をした天才軍師たちである。
戦国史上、勇名を馳せた二人であるが、その接点について語られる事は意外に少ない。
血で血を洗う激動の時代において、揺るぐ事の無い二人の絆について紹介したい。
竹中半兵衛重治は、天文13年(1544年)美濃斎藤氏の家臣で美濃国大野郡大御堂城主・竹中重元の子として生まれ、家督相続後も斎藤家の家臣として、菩提山城の城主を務めていた。
しかし、永禄7年(1564年)2月、突如として主人斎藤龍興を裏切り、居城であった稲葉山城を僅か10数人程の配下で乗っ取るという事件を起こす。
見事下克上を果たした竹中半兵衛の名は全国に知れ渡る事となるが、その数か月後、どういう訳か、乗っ取った城を主君の斎藤龍興に返還し、そのまま近江国へ蟄居してしまうのである。
主人を諫める為という名分であったが、巨万の富を自ら放棄するという、周囲も理解に苦しむ異色の経歴の持ち主であった。
その後紆余曲折を経て、織田家に仕える事となり、そして秀吉の与力となるのは元亀元年(1570年)前後の浅井家攻略の時期と考えられる。
以後、秀吉の軍師として彼を補佐するが、天正7年(1579年)4月、播磨三木城の包囲(三木合戦)中に病に倒れ、36歳の若さで陣中で死去した。
秀吉はじめ、諸将は若き鬼才の死を、非常に惜しんだという。
一方、黒田官兵衛孝高は、天文15年11月(1546年12月)、黒田職隆の嫡男として播磨国の姫路に生まれた。
黒田家は播磨平野に勢力を持っていた戦国大名・小寺則職・政職父子に仕えており、孝高は永禄10年(1567年)頃、父・職隆から家督と家老職を継ぎ、小寺政職の姪にあたる櫛橋伊定の娘・光を正室に迎え、姫路城代となった。
戦国の気風に流され、三好家や毛利家など大勢力との間を離合集散する播磨周辺の国人衆の中、孝高は織田家の将来性を早くから見抜き、信長の勢力が中国地方に影響を及ぼすと、いち早く主人に臣従するよう提言。天正3年(1575年)には名代として信長と謁見している。
そして長男の松寿丸(後の黒田長政)を人質として信長の元へ送ったのが、天正5年(1577年)5月頃であるから、この頃から正式に織田家へ追従した事になり、播磨攻略の為派遣されてきた羽柴秀吉の先鋒衆として組み込まれた。以降、秀吉の天下統一まで、彼の片腕として勇名を馳せ続ける事となる。
両者は秀吉の人生の岐路とも言うべき事由に際し、常に冷静的確な助言を行い、彼を天下人へと導いた貢献者たちであるが、両兵衛の接点は、官兵衛が臣従した1577年頃から、半兵衛が死去する1579年までの僅か2年程という事となる。
しかしながら、両者には半兵衛の死後も揺るぐ事のない強い絆があった。
天正6年(1578年)10月、三木合戦で羽柴秀吉軍に加わっていた荒木村重が、有岡城にて突如信長に対して反旗を翻した。村重は摂津国(大阪)一帯の支配を信長より直々に任された有力大名である。摂津国は、中国方面に進出していた羽柴秀吉と、丹波方面に進出していた明智光秀らにとって重要な中経地点であり、村重の謀反によって両者は孤立することになるため、織田政権にとって由々しき事態となった。
秀吉は村重と旧知の仲でもある孝高を使者として有岡城に派遣し翻意を促したが、村重は孝高を拘束し土牢に監禁してしまう。
「孝高が有岡から帰らぬのは、敵に寝返ったからであろう」
信長は、翻意するよう説得に向かった孝高が帰ってこないのは、村重方に寝返ったからだと判断し、小寺家の人質として預けられていた松寿丸(のちの黒田長政)を殺害するように命じた。
「官兵衛殿が裏切るはずもない。松寿丸は儂が匿う故、信長様へ届ける首は差し替えると致せ」
官兵衛の無実を確信していた半兵衛は、機転を利かせ、自らの命を危険を犯して、松寿丸の危機を救ったのであった。
重治は孝高が救出される前に、平井山の付城で陣没したが、黒田父子を案じる手紙を残している。
のちに助け出された孝高は、このことを非常に感謝し、竹中家の家紋を貰い受け、重治の子の竹中重門の元服の際には孝高が烏帽子親を務めた。
秀吉の死後、関ヶ原の戦いの際には、黒田長政と竹中重門が隣り合わせで陣を張ったことが陣跡に残されており、「両兵衛」の絆は息子たちにも受け継がれている。
そんな二人には、以下の様なエピソードも残されている。
ある時、秀吉が約束した知行の加増をいつまでたっても実行しないことに不満を覚えた官兵衛は、秀吉の花押が入った書状を持って直接不満を述べた事があった。
すると、秀吉の側にいた半兵衛は、徐に書状を手に取り、破って燃やしてしまった。
驚く孝高に対して、「こんな文書があるから不満を感じるのだ。それに貴殿の身のためにもならない」と述べたという。
謀略、殺戮の混沌とした時代において、二人の友情は一際輝いて感じられるものである。
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