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戦国随一の野心家・伊達政宗の誤算

戦国時代の逸話、有名・マイナー武将の列伝などをエッセイ形式で紹介していきます。

天正19年(1591年)2月4日


東北の雄として権勢を誇った伊達政宗は、幾度目かの窮地に陥っていた。


「葛西・大崎の一揆は政宗が裏で扇動した」


会津の太守・蒲生氏郷が、天下人豊臣秀吉に訴えたのである。


天正18年(1590年)10月16日に東北で発生した大規模な一揆は、豊臣秀吉の奥州仕置により改易された葛西氏・大崎氏らの旧臣による、新領主の木村吉清・清久父子に対する反乱である。


一揆は領内全土に広がり、領主の木村親子は佐沼城に閉じ込められ、木村領は「一揆もち」と称されるまでの大混乱となった。


木村親子の救出を命じられた蒲生氏郷と伊達政宗は、11月16日より共同で一揆鎮圧にあたることで合意したが、鎮圧を始める予定の前日の15日、氏郷の陣に「一揆を扇動したのは政宗である」との訴える者が現れ、さらには政宗の祐筆であった曾根四郎助が、政宗が一揆に与えた密書を持参したのである。


疑心暗鬼となった氏郷は、即座にこれを京の秀吉に報告した。


そして、政宗を警戒しながら別行動をとり、なんとか無事木村親子を救出すると、蒲生軍・伊達軍はそれぞれの働きで一揆を鎮圧したのであった。



一連の状況により、嫌疑を掛けられた政宗は上洛を促され、そして秀吉から直接の詰問を受ける事となる。





「ここに揺るがない証拠がある」


蒲生氏郷は決定的な書状を秀吉に渡した。


それは一揆勢への扇動の事実を示す書状であり、鶺鴒せきれいの花押が入っている。


花押とは、署名の代わりに使用される記号・符号であり、政宗は鳥の鶺鴒せきれいを模したものを使用していた。



政宗は、差し出された書状をちらりと見た後、覚悟を決めた様に、冷静に言上する。


「殿下、これは偽物であります」


「……何ぞ偽物という証拠でもあろうか」


政宗の返答を聞いた秀吉は、天下の独裁者らしい鋭い眼つきで、政宗を恫喝した。


しかし、政宗は少しの動揺も見せず、淡々と言った。


「私の花押であれば、鶺鴒に針を刺して『目』を作っています。その書状にも同様に穴があるでしょうか」


秀吉は、政宗に凄む様に前屈みにしていた姿勢を正し、顎で氏郷に合図を送った。


氏郷は大きく目を見開き、咄嗟に書状を宙に挙げ見つめる。



「……穴は、……ありませぬ」



政宗の口元が少しだけ緩んだ。


それを聞いた秀吉は、低い声で小姓を促す。


「政宗の他の書状を持って参れ」


小姓は待ち構えていた様に、過去に交わしていた政宗の書状を持ちだす。


秀吉は徐にそれを眺め、多少緩んだ声色で呟く様に言った。


「なるほど、確かに、他の書状には穴が開いておるな……」


横に控える氏郷は、歯ぎしりをして憤怒の表情を浮かべる。



(……なんと、抜かりの無い奴だ……)



政宗は真っすぐと秀吉の瞳を見つめ、気丈に言い放つ。


「これは私めを陥れる策略にございましょう。しかし針の事までは気が回らなかったようですな」



秀吉は再び鋭い眼差しを浮かべ、無言で政宗を睨みつけた。



政宗もじっと秀吉の瞳を見つめる。



暫しの沈黙の後、秀吉はフッと小さな笑い声をあげた。


「……よかろう。 お主の無実は証明された。国元へ戻り、仕置きの指図を待つがよい」


政宗は大きく叩頭し、そそくさと退席した。


その背中を見送った氏郷は、我慢ならぬとばかりに、秀吉に言い寄る。


「あのような詭弁に騙されてはいけませぬ! この度の一揆に、あの者が加担した事は間違いありませぬ!」


秀吉は氏郷を窘める様に言った。


「分かっておるわ。誠に舐めた若将よ。 ……しかしこの時を想定してまで細工を施すとは、やはり中々肝の据わった奴じゃ」


「何という事を! それを分かった上で見逃すと申すので……!」


「左様。これだけの機転を利かす器量人をみすみす殺す事もあるまい……」


「しかし……」


憤る氏郷は更に何か言おうと身を乗り出すが、秀吉は徐に人差し指を上げ制すると、笑みを浮かべながら一言呟いた。



「分かっておる。あの童には、改めて天下人は誰か分からせる必要もあろう……」



秀吉の恐ろしく不気味な表情を見た氏郷は、それ以上の言葉は出なかった。






詰問を終え屋敷を出た政宗の背中は、汗でびっしょりと濡れていた。


(一先ずは窮地を脱した……。 この後は天に委ねるしかあるまい……。)


政宗の一揆関与は事実であった。


奥州仕置で会津ほか8郡を没収された彼は、一揆を扇動し新領主の木村を失脚させる事をけしかけた。


そして自らその一揆を鎮圧し、功績を得る事で、葛西・大崎旧領を獲得しようと企んだのである。


しかし思いもよらぬ所から内部告発を受け、事が明るみになってしまった。


事前に用意した針の穴など、苦し紛れの言い訳として一蹴される可能性も十分にあった。


焦った政宗は、自ら扇動した一揆勢を口封じのため謀殺し、覚悟を決め上洛したのである。



秀吉は、追い詰められた政宗がどの様な言い逃れをするかとあれこれ予測していたが、それを上回る用意周到な政宗の才覚を賞し、見逃す事としたのである。


無論、政治的観点からも、これほどの才覚働く政宗を厳罰すれば、ようやく収まった天下支配も大きく混乱すると思い、彼を生かす事にしたのであった。



「国内の紛争をいつまでも続ける気は無いわい。 儂は既に世界を見ておる……」



秀吉は遠い目で呟いた。







一揆扇動は不問と達せられた政宗であったが、事実は多少異なった。


本拠地であった長井・信夫・伊達を含む6郡の代わりに、一揆で荒廃した葛西・大崎13郡を与えられ、米沢城72万石から玉造郡岩手沢城へ58万石に減転封されたのである。


政宗に新たに与えられ13郡は一揆による荒廃が甚だしく、加えて200年余もの間伊達氏の所領であった伊達・信夫・長井の3郡を喪失したことにより、実際に被った経済的損失は、減封分14万石を大きく上回るものであった。



「おのれ、猿面冠者めが……。覚えておれ……」



政宗は憤るが、反乱を起こしたところで勝ち目も無く、天下人秀吉に対し屈するしかなかった。




~~~




そして世は流れ、太閤が薨去し、再び不穏な情勢が日本国を覆う中、1600年、徳川家康と豊臣奉行衆との間で関ヶ原の合戦が起こる。


政宗は失地回復の好機とばかりに息巻いて、家康に味方した。


「積年の恨みを返す時が参った!」


そして家康からは旧領6郡49万石の領土の自力回復を許す旨の書状、いわゆる「百万石のお墨付き」を受け取り、西軍に着いた上杉軍との決戦に臨んだのである。




そしてここに及び、またしても政宗の才気と野心が災いしてしまう。




同じ東軍に付き、上杉軍と対峙する為国元を空けた南部利直の領土に対し、密かに一揆を扇動し、家臣の白石宗直の軍4000を派遣していたのである。


「儂の器量に対し、100万石では物足りぬわ!」


常に抜け目のない政宗は、どの世になっても領土拡大の野心を捨てきれなかったのである。






「誠、余計な事をしたな……」




戦後、勝利を得た家康は、この期に及んで強かに暗躍する政宗を危険視し、彼が戦前希望した恩賞の追加はことごとく却下され、結局領地は60万石となったのであった。




大戦に際し、家康と強固な友好関係を結び且つ、好餌で釣られた味方大名の多くは、戦後手のひらを返され、牽制さるように地方に配置された。


そして家康は、譜代衆で固められた関東を中心に、強力な国家形成の準備に入ったのであった。




「最早我らは用済みという事……。 内府(家康)も太閤も本質は変わらぬか……」






政宗は大きく肩を落としたであろう。




若年から瞬く間に東北を制した戦国有数の器量人・伊達政宗だが、その有り余る才覚が仇となり、逆に自身の身を追い詰める、皮肉な結果を繰り返した。




「時代が違えば天下も夢では無かった」と称される彼が、信長や秀吉と同時期に生まれていれば、どの様な進退を行ったであろうか。




後年は3代将軍家光とも懇意な関係を築き、幕府へ忠誠を誓った政宗であったが、




彼の野心は、70歳の高齢で没する直前まで、




天下を覆す大乱を望んでいたに違いない。






戦国随一の野心家・伊達政宗  ~終~

戦国時代を中心に執筆しています。

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