みーつけた
私の生まれ故郷には、町外れに一軒、古い神社が建っている。そこには昔から、奇妙な言い伝えがあった。
「夕方五時以後、あの神社では絶対にかくれんぼをしてはいけないよ」
私の親や学校の先生から、そのような話を何度も聞かされた。理由を聞いても、はぐらかされるばかりで何も教えてくれなかった。
そんな理由も教えられずに言いつけられても、子供が守るわけがない。むしろ度胸だめしとばかりに、夕方五時ギリギリまでその神社でかくれんぼをし、管理者のおじさんに見つかって叱られるような毎日だった。
神社には幹の太い木や社の床下など、隠れられる場所が多かったのだ。敷地も広く、かくれんぼの舞台としてここまで適した場所もなかった。
これは、私がまだ小学3年生の頃の話だ。
ある日のこと、いつものように、神社で友達四人とかくれんぼをしていた。何度も鬼と隠れ役を繰り返し、時計の針はそろそろ夕方五時を指そうとしていた。
しかし、いつもなら管理者のおじさんが見回りに来る頃なのに、一向に姿が見えない。ついに時刻は、夕方五時を過ぎてしまった。
「どうする? もうかくれんぼやっちゃいけない時間だけど」
「なあ、五時すぎてからかくれんぼやったらどうなるか、気にならないか?」
友達のその提案は、とても魅力的だった。好奇心が抑えきれない私達は、じゃんけんで鬼を決め、かくれんぼを開始した。
「いーち、にーい、さーん」
鬼の友達の声を聞きながら、私は真っ先に神社の床下に潜り込んだ。そこは定番の隠れ場所ではあるが、様子を伺って移動することもできるため、人気の隠れ場所だ。私達のかくれんぼには、隠れ場所は早いもの勝ちというローカルルールがあったため、我先にと確保した。
「きゅー、じゅー! もーいいかい!?」
「もーいいよ!」
遠くから、鬼が数え終える声が聞こえた。返事をし、辺りへの警戒を始める。人気の隠れ場所だからこそ、鬼もまずはここを探しに来ることが多い。床下の更に物陰に身を潜めながら、鬼の様子を伺った。
鬼はどうやら、先に他の場所から探しに行くらしい。神社裏手の林の方へ向かうのが見えた。一安心しつつも警戒は解かず、外の様子を伺い続けた。
赤い、きれいな夕焼けの色が、床下にも伸びていたことを覚えている。
「みーつけた」
不意の声に、心臓が飛び跳ねた。鬼は確かに、林の方へと駆けていった。なのに、すぐ後ろから女の子の声が聞こえたのだ。
(いつの間にそこに? もしかして、林に行くふりをして引っ掛けたのかなぁ)
鬼の策略にはまったものだと思い、床下から出るかと考えた。が、違和感に気づいた。
(……今の声、誰だ?)
今、神社で一緒にかくれんぼをしているのは、男友達だけだ。女の子はいない。それに、その声自体知らない声なのだ。知り合いの女友達が乱入してきたわけでもない。
「みーつけた」
再び、女の子の声が聞こえた。知らない声に呼びかけられ、思わず身体が固まる。
「みーつけた」
更に声が聞こえてくる。肩を叩くわけでも、前から覗き込むわけでもなく、ただ後ろから呼びかけてくる。
(だめだ、振り返っちゃだめだ)
本能的にだろうか、それに反応しては行けないような気がした。一切その場から動かず、頑なに前を見続けた。
「みーつけた」
何度も何度も、声は聞こえてくる。得体のしれない呼びかけに、私はただ震えることしかできなかった。
「こら!! そこにもいるんだろ!? 出てきなさい!!」
別の怒鳴り声が、後ろの方から聞こえた。聞き慣れた、神社の管理者のおじさんだ。ハッとして、つい振り返ってしまった。が、そこには女の子などいなかった。おじさんが鬼のような形相で、こちらを覗き込んでいた。
集められた私達は、おじさんにこっぴどく叱られ、家に帰された。だが、私はあの女の子の声が頭から離れず、おじさんの叱る言葉など全く聞こえていなかった。集められた場には、やはり女の子などいなく、念の為他の友達に確認しても、私達以外は誰もいなかったと言われた。
結局、あの女の子の声はなんだったのか。全くわからないまま、この事件は終わった。
はずだった。
あの日以来、私の周りが、少しだけ違っているのだ。
父はしいたけが苦手だったのに、好んで食べるようになっていた。昔から好物だったと、不思議そうに言われた。
隣の家の玄関先に、赤いチューリップが植えてあったのに、白いものに変わっていた。始めから白かったと、変な目で見られた。
好きだったアイドルグループに、知らないメンバーがいた。初期からいるメンバーだと、怪訝な顔で言われた。
仲の良かった友達の誕生日が、一日早くなっていた。勘違いしていたのだと笑われた。
今までの日常が、ほんの僅かではあるが、異なっている。その違和感を、とてつもなく気持ち悪く感じる。
かくれんぼのルールを思い返す。鬼に見つかった段階で負けなのだ。
あの時、みーつけた、と、そう言われた。私はあの時、何かに見つかっているのだ。
その結果、ほとんど同じ、けれども違うこの世界に連れてこられたのだろうか。
私は未だに、元の世界に帰れていない。僅かな違和感まみれのこの世界に、大人になっても残され続けている。
皆さんは、どんな小さなことでも、ルールは絶対に破らないようにした方がいい。
私のように、取り返しのつかないことになってはいけない。