828.魔女の弟子と戦場の掟
エリスがやられた、他者を操る魔の仮面をつけられた。あのバカ、クロノスタシスでいいようにされた反省をなにも活かしていないな!
「バカが!エリス!」
私は咄嗟に叫び声を上げる、エリスが仮面を被せられるのを見て悪態をつく。何度も何度も油断しおってからに、だがまずい状況だ。
今のエリスはクレプシドラ級の実力、それがそのままゴルゴネイオン側に渡れば魔女の弟子達は大損害を被る、少なくともラグナは戦えん、となると今来ている戦力では止められない。
魔女大国なんぞ滅べばいい、不甲斐ないライバルなど倒れればいい。だが流石に全ていいようにされるのはごめん被るぞ!
「チッ、また私が出て……なッ!?」
瞬間、エリスと入れ替わろうとしたその時。私の体が動かないことに気がつく、見れば足元から紫の触手が伝い、私の体を縛り上げているのだ。しかも電撃で払おうとしても電撃が出ない……まさか。
(エリスの中にいる私すらも支配する気か!)
全身を縛られ、私の体は屈服するように膝を突く。クソ、参ったな、どうやらこの仮面は精神そのものに影響を与えるものらしい、業腹だが今の私はエリスの精神の一部に過ぎない。エリスの精神が支配されたら……私も動けなくなるのは必定。
「クソッ!エリス!目を覚ませ!エリス!!!」
仮面が放つ紫色の触手に覆われていく精神世界の中、私は叫ぶ。天に向けて……エリス、頼む。目を覚ましてくれ、そう祈りを込めて叫んだその時。
「なッッ!!」
私の目に飛び込んで来た光景。それを見て……私はただただ、仰天することしかできなかった。
………………………………………………………………
「跪きなさい」
「……はい、デモンズ様」
先程までの暴れようが嘘のようにエリスは私の前に片膝を突き、頭を下げる。顔には我が秘術で生み出した白い仮面。今……魔女の弟子エリスは私の支配下に堕ちたのである。
「勇ましきながらも、美しい。悲哀の中に、勇壮を感じる。流石は兵達の頂点に立つ戦乙女」
我が秘術にて編み出した人心を掌握する仮面『スコルズ・ブライドル』は我が覚醒を経由して洗脳魔術を編み込むことにより生まれる我が魂の分け身。仮面と私の魂は紐付けされ、我が意識を相手に流し込むことで忠誠を誓わせる技である。
その性質上、仮面をつけさえすれば……第三段階であっても命令を聞かせる事が出来る。私自身への負担を考慮しなければだが。それでも仮面をつけた、エリスには仮面を被せたのだ。
私の魂とエリスの意識は今接続され、完全に支配下に堕ちた。どれだけ彼女が心の中で反抗しようとも、私に逆らう事はできない。いや、そもそも反抗しようとも思わない。
「素晴らしい、では貴方はこれよりスコルズ・ブライドル達を導く勝利の女神。十天魔神番外『第零界神』エリスとして、我らの手足となり戦うのです」
「はい、デモンズ様」
エリスの実力の高さについて聞き及んだ時から、この作戦を考えていた、あのジョバンニとバティスタをして『怪物』と言わしめる存在。イノケンティウス様が一目を置く彼女が我々の手勢に加われば……それは数字や言葉では言い表せない利益が生まれるだろう。
他のスコルズ・ブライドルを率いてもう一度本格侵攻を仕掛ければ易々とフリードリス大要塞を陥落させられる。そう、陥落させられるのだ……。
(セフィラの手を借りる必要もなくなる)
今私はマクスウェル将軍……勝利のネツァクの指示を受けて戦っている。今回の下拵えをしたのもネツァクだ。それはとても悲しいことだ、彼等は本質的には我々の味方ではない。
彼等はきっと、最後の最後で我々を手放す。それが勝利であれ敗北であれ、我々と最後まで歩むことはない。
そんな者達の指示を受けて戦うことの如何に心苦しいことか。我々はイノケンティウス様の指示を聞いて戦いたいと言うのに………。
(だがワガママは言えない、イノケンティウス様には後の大業が残っている……故に、フリードリス陥落をエリスに行わせる事が出来たなら、イノケンティウス様の負担を減らせるはずだ)
私は拳を握る、イノケンティウス様はあまりにも多くのものを背負いすぎている。我々十天魔神が支えなければならないのだ。故に……。
「『第零界神』エリスよ、貴方の仲間達を倒し、ここに連れて来なさい。だが殺してはいけない、生きてここに連れてくるのです」
「……デモンズ様、一つご提案が」
「なんです?」
するとエリスはゆっくりと立ち上がり、周囲の黒衣兵を指差し。
「戦力が足りません。敵は強いです、他の魔女の弟子を倒しても直ぐに援軍が来ます、だからもっとこちら側の戦力を充実させた方が良いかと」
「む……」
確かに、その通りだ。エリスは敵方の事情に精通している、恐らくこの戦場で何かあれば直ぐに敵軍が殺到する可能性がある。であるならもっと戦力が欲しいと言うのは分かる。
だが。
「追加の黒衣兵を。今の倍は欲しいです」
「それは難しいですね、残りの黒衣兵はここからかなり離れた拠点に待機させています」
「どこですか?」
「カーヴル平原の只中にある地下拠点です、ここからじゃ半日かかります。連絡を向かわせるだけでもかなりの時間を要してしまう」
「ではエリスが今からそこに行って連絡して来ます。確かこの街にはアド・アストラの支部があったはずですからそれを利用すれば直ぐにここに連れて来れます」
「なるほど」
ほう、そう言うことも出来るのか。いや助かる、エリスは敵の事情にあまりにも詳しい、こんな情報がたくさん取れるとは。他の者達からはこう言う情報は取れなかった……なんせ。
「だから、地下拠点の詳しい場所を……」
「…………」
なんせ……スコルズ・ブライドルは、反抗を防ぐ為に、その知能を大幅に削減しているのだから。まともに口だって聞けないはず……。
「お前!」
そこに気がついた瞬間、全身が粟立ち、私は咄嗟にエリスの仮面を剥がす。するとその内から現れたエリスの顔は……。
「あ、流石にバレました?」
「なぁッ!?」
舌をチロリと出して悪戯に笑っていたのだ……こ、こいつッ!!
「そいッッ!!」
「げぶふっっ!?!?」
瞬間、エリスは私の胸ぐらを掴み引き寄せると共に鳩尾に一発。鉄製の砲弾かと思うほど強烈な拳を叩き込み、私に膝を突かせるのだ。
こいつ、操られたフリをしていたのか!?バカな!あり得ない!!仮面を被せられて平然としていられるわけがない!何よりエリスの意識と私の魂は確実に接続されていた!なのになんで……。
「エリスだってね、気にしてるんですよ。前なんか記憶を奪われてとんでもないことになったんですから、何度も何度も敵にいいようにされてたまりますかってんです。だから、それなりに対策してたんですよ」
「た、対策なんて、しようが……」
「識確使いの意識に手を出そうなんて、百年早いですよ」
ニッと笑うエリスに、私は悟る。見積もりの甘さを……。
………………………………………………………………
迷った!やられる!仮面を被せられる!そう感じた瞬間、同時に浮かんだ発想。
これ、あえて操られたフリをして情報抜き出せるんじゃね?と。考えたら即行動、エリスは超極限状態になり識確の力を操れるように備えながら仮面をあえて自分から被り、操られたフリをした。
直ぐに仮面から伸びて来た魔力がエリスの魂に結び付けられ、エリスの体を支配しようとした。しかし識確で意識だけは保護して奴の支配を甘んじて受けたのだ。
これによりエリスは奴の支配を受けながらも体と心は自由に動かせる状態になった。半分賭けだったけどさぁ、いやぁ上手くいってよかった。
第三段階に入ってから、ずっと考えてたんですよね。記憶を奪われたり操られたりしてエリスの力が味方に向いたら本当に危険だなって。だから本気で対策した。
この段階に入ったおかげでエリスの識確もより一層精細さを増して、おかげで精神だけを保護すると言う神業まで可能となったのだ。
情報も抜けて万事解決!
『なわけあるか!ヒヤヒヤさせて!!』
(すみませんねシン、めちゃくちゃ心配してくれましたね)
『うるさい!天を見上げたら、普通に触手から身を守っているお前の意識体が見えてビビったぞ。こう言う無茶な作戦に出るなら事前に教えておけ!』
(直前で思いついたんですもん)
シンにちょっと不安な思いをさせてしまった、けどまぁそこは一旦飲み込んでいただくとして……。
(しかし、ちょっとまずいですね)
エリスは目の前で膝を突くデモンズを見て考え込む。奴が言っていた『気絶しても戻らない、死んだら廃人になる』と言う話。これちょっとマジっぽいんですよね。
奴の支配を受けて理解した。あの仮面は着用者の魂、それも意識にかなり深く入り込もうとする。あれはちょっとやそっとじゃ解けない。
そして仮面はか細い魔力の紐でデモンズと繋がっている、それを星の魔力で切断しようとしてみたが、そもそも触れない。触れないほどか細いんだ……。
(捕虜がいる場所は割れた、けど元に戻す方法が分からないんじゃしょうがない。こいつを縛り上げて拷問すればいけるかな)
そうエリスがデモンズを見下ろすと。奴はエリスの視線に気がついて肩を揺らし。
「……ここは引きます」
「ダメです」
「いいえ、退却させて頂きましょう!」
そうデモンズが指を鳴らすと、倒したホリンさんとラクレスさんが起き上がり、エリスに向けて飛びかかってくる。いや二人だけじゃない、アルミランテさんや周囲の黒衣兵も一時だ……チッ。
「邪魔しないで……」
クルリとエリスは反転して襲いかかってくる黒衣兵達に向き直り。
「くださいッッ!!!」
流星旅装を展開しながら、放つのは超絶鬼睨み。魔力を込めた威圧に電流を乗せた物理的な恫喝術、極・魔力覚醒から放たれる威圧はさしものカロケリ族も耐えきれず、一部の戦士達しか突っ込んでこない。
「すみません、エリス。迷いました、迷ったら助けられませんよね、だからもう迷いません」
「………」
瞬間、エリスは向かって来たアルミランテさんの顔面に流星の如き加速での拳を叩き込み、吹き飛ばす。すると仮面は割れるが……ダメだな、直ぐに仮面が直っていく、物理的な破壊ではどうしようもないか。
「ッッ……!」
「ホリンさん、貴方と前戦った時は随分苦戦させられました」
一閃、ホリンさんの斬撃が繰り出されるが、空を切る。エリスは既にホリンさんの背後に立っており、そのまま手を軽く前に出して。
「ですが、すみません。エリスはあの時とは違うんです」
「グッ!!」
そして手から放つ魔力衝撃で吹き飛ばし、目の前の民家を粉砕してなおその先に吹き飛ばす。と……同時に。
「チッ、逃げられたか」
「ギッ……」
真横で振るわれたラクレスさんの腕を絡め取り締め上げる、その隙に背後のデモンズに目を向ければ、いない。まぁそりゃあ逃げるよな、一応あいつも魔力覚醒を会得している実力者。だが逃げた先がどこかは分かってる……それより今は。
「はぁ……はぁ」
(これは、ラグナに見せるべきではないか)
苦しんでいるラクレスさんのを見てエリスはそう感じる、これをラグナが見たらどう思うだろうか。いやエリスがラクレスさん達を殴ってる場面をじゃなくて、操られていて、助ける手立てが現状存在しない状態を見て……だ。
彼は迷うか、いや迷わないだろうな。だって彼はアルクカースの王だから。ならエリスも少なくとも今迷うべきではない。
「よいしょ!そうだ、デティに聞けば何かわかるかも」
ラクレスさんをそのまま投げ飛ばし、次々と振るわれるカロケリ族の刃を避けながら、エリスは軍勢を割って進む。悪いがエリスの進路上に立った人は殴り飛ばす、殺さないように加減して、仮面がある程度ダメージを減衰してくれることを祈って、エリスは一人一人拳でぶっ飛ばして進む。
「ラグナ!!!」
「エリス!悪い!援護に行きたかったんだが……ちょっと邪魔が入った」
ラグナ達のところに向かうと、既にそちらでも戦闘が始まっていた。と言うか、居た。
「チッ、兄ちゃん一番面倒なのが来たぜ」
「……エリス」
バディスタとジョバンニの二人組だ、二人とラグナとメグさんが戦っている、さっき巻き起こった爆発はこいつらが攻撃して来たやつか。ってか……割と本気で攻めて来ていたんだな。
「エリス、手ェ出すなよ。俺はジョバンニの喧嘩を買ったんだ、こいつ……俺の拳をバカにしやがった」
「なんですって!」
「武術を標榜しながらも、魔術も扱うその曖昧な立ち方を指摘しただけだ。真の武術家は付与魔術なんぞ使わん」
「言ってろ、勝ち方選ぶ程、お上品じゃねぇだけさ」
ラグナはポケットに手を入れながらも体勢で構えを取りながらジョバンニの前に立ち、ジョバンニもまた拳を落とすように深く構え、二人の間でバチバチと視線の火花が迸る。
そう言えばあそこは武術家同士だからお互い負けられないって感じなのか。
「チッ、面倒くせぇな……」
「それはこちらのセリフでございます」
「お前もお前だ、メイドの癖して強すぎるだろ」
一方バティスタは拳と足を竜の鱗で包みながら、メグさんと撃ち合っている。風刃を使いバディスタの龍の膂力を受け流すメグさんはまだまだ余裕そうだ。
第三段階に入っている魔女の弟子達は敵方の最高戦力相手にも一歩も引かない戦いを繰り広げているようだ。
このままやっても、長期戦になりそうだ。けど……そこにエリスが加われば。
「とにかく今はラグナに伝えたい事があるんです!バディスタ!ジョバンニ!消えてもらいます!!」
全身から魔力を解き放ち、エリスもまたラグナとメグさんの援軍に入ろうとする。同時にジョバンニ達もエリスの衝撃に備え……。
「ジョバンニ様!バディスタ様!!ここで戦ってはなりませぬッッ!!」
「デモンズ!?」
しかし、それと同時に近くの民家から飛び上がり、空高く飛翔する影が一つ。デモンズだ、あいつ逃げたと思ったまだ近くにいたのか!もしかしてラグナ達を操ろうと狙いを定めて……いや丁度いい、まずはあいつを捕まえる!!
「魔力覚醒!」
「デモンズ!魔力覚醒を使うつもりか……!」
「やべっ!」
デモンズが覚醒の構えをとった瞬間だ、バディスタとジョバンニが逃げ出した。突然の出来事に反応が遅れたエリスは迷う事なくデモンズに突っ込む。アイツの覚醒は多分厄介だ、なんせあの仮面を作ったのは奴の覚醒が由来。それを受けるわけにはいかない!!
「『流星一線』!!」
「グッ!?」
叩き込む、デモンズの腹にエリスの渾身の蹴りを。ミシミシと音を立てて骨が割れ内臓が潰れデモンズの口から血が噴き出す、がしかし……奴は。
「『十二欲因大乱照』!!」
「なっ!?」
止まらない、ここで自分が死んでもバティスタとジョバンニを撤退させる。その覚悟から放たれた覚醒は瞬く間に紫色の光を放ち、辺り一面を包み込んだ。
最前線にいたエリスも、大地に立っていたラグナも、呆気を取られたメグさんも……全員が紫色の光に照らされ、停止する。
「な……ん?なんです?」
しかしダメージがない、エリスはデモンズを蹴り飛ばし宙に浮かびながら首を傾げる。なんだ?てっきり洗脳されるもんだと思っていたが特には何もな───。
「あっ……!」
瞬間、エリスの脳裏に妙な感覚が宿る。同時に体が熱を持ち、頭が割れそうなくらい痛くなる。なんだこれ……洗脳されていた時とはまた違う感覚。こ、これは……。
「ラグナ!」
─────分類不能型覚醒『十二欲因大乱照』。それはデモンズが持つ特異な性質を持つ覚醒、これそのものには一切の攻撃能力がない、何をどう扱っても相手にダメージを与えることは出来ない。
なら何をする覚醒か、それは光に触れた相手の『欲を増幅させる』ことにある、即ち欲を操る覚醒、彼はこれを制御し扱うことで他者を操る仮面を生み出している。故に本来はこの覚醒は使わない。しかし一度発動し、相手にぶつけた場合相手はその膨れ上がった欲を自身で抑えることが出来なくなる。
そう、つまり───────。
「ラグナぁああああああ!!ラグナの子供が欲しいですぅうううううう!!」
エリスの頭の中は、瞬時にピンク色に染まる。最早敵や周囲のことなどどうでも良くなり、ただラグナを求める欲だけが暴走しラグナに突っ込み、目をハートマークに変えながらラグナに抱きつくのだ。
そしてその光を浴びたラグナは。
「だ、誰でもいいから戦いたい!うがぁぁあああ!ジョバンニぃいいい!どこ行ったーー!!」
「ラグナぁあ!ラグナぁあ!!向こう行きましょう、人いないところに!」
ラグナはラグナで戦闘欲が増幅しその場で暴れ回る、それにしがみつきラグナの頬にキスをしまくるカオス。デモンズの命懸けの一手によりバディスタとジョバンニ、そして黒衣兵達が逃げる時間を与えてしまう。
いや、それどころ。
「もういい!ここでやりましょうラグナ!」
「ここで戦る!?」
ラグナの服のボタンを引きちぎるエリス、このまま行けば公序良俗に反する行いが衆目の只中で行われる……そんな危うさを孕んだ、その時。
「ってなにやっとんじゃお前ぇーーーッ!!」
「きゃん!!」
「エリスちゃん!?遂に狂った!?」
蹴り飛ばされるエリス、咄嗟に背後から飛び込んできたアマルトがエリスとラグナを引き剥がす。少し離れた場所でアルクカース兵の援護を行なっていたためデモンズの光を受けることなくやり過ごしたデティとアマルトは欲望に溺れるエリスとラグナを見てドン引きする。
「ラグナーー!子供作りましょう!」
「戦いてーー!!!」
「あ?なんだこれ、普通じゃないな……おいメグ!何があったんだ!」
「スィー……スィー、踊りたいので踊ってます」
「話にならん」
踊りたい欲を増幅させられる手足をクイクイ曲げているメグを前にため息を吐きつつ、アマルトは腕を組み。
「デティ、これ治せるか?」
「えッ!?わ、分かんないよ。けど……悪酔い覚ましの治癒魔術使ってみる。『スメリングソルート』、えいえい」
パッパッとデティが杖を払い……ようやく、エリスは目を覚ます。
「ハッ!!」
「あっ!!」
「おや」
正気に戻り、震える体、やっちまった。エリス何考えてたんだ、めっちゃラグナと子供作りたくて仕方なくなってた、どう考えても普通じゃないレベルで。
は、恥ずかしい。情欲に身を任せてラグナの服を破いて……はしたない!!ちょっとシン!ヒィーヒィー笑ってないで!エリスが正気を失ったなら助けてくださいよ!!
「お、おほん……敵には逃げられてしまったようです」
「だ、だな。敵の覚醒の威力が凄くて、俺の服破けちゃった」
「エリスとしたことが記憶がありません」
「俺も」
「スィー、スィー、どうです?このダンス」
……取り敢えず、無かったことにしよう。エリスとラグナは小っ恥ずかしくなり背を向けあいながら今回のこの一件はお互い胸の内に封印しようと誓い合う。
うう、バレたかな。エリスが何を望んでいるか、王妃王妃といわれりゃそりゃあ嫌でも意識しますよ。そういうこと……これはエリスが悪いのではなく囃し立てたアルクカース国民が悪いんです、いいですね。
「って!それよりラグナ!大変です!報告があります!」
「い、いやその前に。一旦着替えさせて、敵もいなくなったし……城で話そう」
「あ、はい」
本当、申し訳ないことをした。
………………………………………………………
「デモンズーーー!!死ぬなーー!!!」
「し、死んでません、死にません、死にませんから体を揺らさないでください。ゴフッ、死にます」
「死ぬなーー!!」
オンオンと泣くバディスタ、血を吐いて倒れるデモンズ、二人と共にスコルズ・ブライドルを引かせ、手近な岩場に撤退した我々は、今回の作戦が上手くいかなかった事を悔やむ。
デモンズの力を使い、エリスを我が陣営血引き入れる。この計画は失敗だ、数日前から準備していた計画だったのだが……よもやエリスがデモンズの洗脳を無効化するなんて。
未だかつてない事例過ぎて予測も出来なかった。
「デモンズ、すまない。無茶をさせた」
「いいのです、ジョバンニ様。貴方達二人は未来のゴルゴネイオンに必要な人材、対する私は……所詮、使い勝手の良い、便利な駒でしかない。駒は駒らしく使命に殉じます」
「悲しい事を言うな、お前も同志だ」
「フフフ」
今回はデモンズに救われた、デモンズがあの場で捨て身の覚醒を行わなければ我々はやられていたか、そうでなくとも手酷い傷を負っていた。それだけラグナとメグは凄まじく強かった。
デモンズにはかなり無茶をさせてしまったな。エリスから受けた傷もそうだが、第三段階にまで確実に影響を与える効果となると相当な負担があったはず。覚醒を全開で用いて、魔力が暴発寸前にまで高まっている。これ以上無茶はさせられないな……。
残念だが、黒衣兵スコルズ・ブライドルを増やす計画は一旦閉じるしかない。
「デモンズ、よくやった。これ以上スコルズ・ブライドルは増やさなくてもいい、一旦黒鉄城に戻り……」
「いえ、その必要はありません」
「ッ!」
瞬間、俺達の視線に影が走る、咄嗟に振り向けば……太陽を背に灰色の軍服を着込んだ眼鏡の男が、人差し指で丸メガネを掛け直しながら、こちらを見ていた。
いつの間にここに……。
「マクスウェル」
「今はネツァクとして参戦しています。以降その名で呼んだ場合殺しますのでご注意を」
マクスウェル……我々が建てたエリスのスコルズ・ブライドル化計画に手を加えてきた、現マレフィカルム連合軍の指揮官たる男だ。本当ならもっと準備を整えてからいくつもりだったのに、こいつが今すぐ行けとゴーサインを出したのだ。
デモンズを捨て駒同然に突っ込ませようとしたから、私とバディスタが同行したのだ。だというのに……。
「デモンズをこちらに渡しなさい。更に捕虜を獲得しました、彼等をスコルズ・ブライドルにします」
「おい、待てやネツァク!!デモンズはもう満身創痍だ!これ以上やったら死ぬ!!死んだらスコルズ・ブライドルは役立たずになるぞ!」
バディスタはデモンズを守るように立ち上がり、マクスウェルの前に立ち塞がる。しかしマクスウェルは白く輝く眼鏡の奥で表情一つ変えず。
「廃人になるのならそれで構わないでしょう、どの道敵兵を再利用した存在。始末の手間が減る」
「デモンズはどうなる!死ぬぞ!」
「彼一人の犠牲で敵に数万の犠牲を出せるなら、十分かと」
「テメェなァッ!!」
食ってかかる、マクスウェルの物言いは到底許容出来るものではない、俺達ゴルゴネイオンは同志だ、仲間だ、決して仲間は見捨てない。そうやってここまでやってきたのに……こいつは。
「何を、勘違いしているのでしょうか」
「グッ!?」
しかしマクスウェルは一瞬で腕を動かし、バティスタの首を掴み上げ、その巨体を持ち上げるのだ、片手で。
「これは戦争でしょう、あなた達が始めた戦争でしょう。犠牲は最初から許容し考慮に入れているはず」
「ヴッ……」
「戦争とは、こちらの兵が一人死ぬ間に敵兵を二人死なせる。これをどこまで徹底してやれるか、そこを突き詰めた方が勝つのです。あなた達は自ら勝ちを放棄する気ですか?だから私が指揮官に任命されたのでは?」
「だったら!もっと早くから!手ェ貸せよ!テメェのせいでオウマもイシュキミリも死んでんだろうが!あいつらマレフィカルムの未来の希望だったんだぞ!それを捨てておいて、よく言えるぜ!」
「やめないか!バティスタ!」
マクスウェルはこちらの言うことを聞くつもりは毛頭ない、あいつはそういう奴だ。奴が言うことを聞くのは、レナトゥスかガオケレナ。そのどちらかのみ。それ以外は雑兵程度に考えているんだ……何を言っても無駄だ。
「いいのです、バティスタ様」
「デモンズ!けど!」
「私は所詮駒の一つ、駒は駒らしく。最後まで盤面に立ち続けます……そこにしか価値がないのだから」
デモンズは血を吐きながら、ゆっくりとマクスウェルの方に向かう。分かっている、分かっているんだ。私だって、マクスウェルと言う言葉の意味が。
「例え、この身が煉獄の業火に焼かれようとも。その屍の上に花が一輪、咲けば良い。場で様、ジョバンニ様、私は参ります。この身を火に焚べようとも」
「デモンズ……すまん」
私がそう告げると、彼は口元だけで笑みを作り。マクスウェルの隣に立つ、すると奴もバディスタをこちらに投げ飛ばし……。
「恐らく、翌日は大規模な戦闘になります。あなた達のことも動員しますので、準備をしておくように」
「…………」
「返事は」
「分かった、そうする」
ただその一言を引き出した後、マクスウェルはデモンズとスコルズ・ブライドル達を連れてどこかへと消えていく。後に残されたのは……私とバティスタだけだ。
「なぁ兄ちゃん、これでいいのかよ」
「いい、としか言えない」
「だけど、やっぱりマクスウェルのやり方は俺達にあってねぇ!今からでも総員を集めて、もう一回フリードリスに突っ込もうぜ!」
「その方が死傷者が出るだろ」
「う……クソッ!もっと俺が頭が良けれりゃ……」
肩を落とす弟の背中を撫で、私は……俺は、消えていくマクスウェルの背を見る。
奴は違う、マクスウェルは王ではない。王にはなれない、真の王は如何なる者すらも惹きつけるカリスマと、如何なる者も逃さぬ度量を持ち合わせる。そう言う点で言えばまだラグナ・アルクカースの方が私は好感が持てた。
この世界には必要なんだ、絶対なる王が。混迷を極めるこの世には、必要なのだ。
でなければ、この世界は滅びてしまう。
…………………………………………………………
「ラクレス兄様とホリン姉様、そしてカロケリ族が操られていた……か」
「はい、デモンズという男が操っているようです」
「…………」
エリスはラグナにスコルズ・ブライドルの件を伝えた。ラクレスさん達が敵に捕まり、操られ利用されていることを。そして捕虜はカーヴル平原の地下にある地下拠点にいると。
恐らく、ラクレスさんがジャガーノートを建造していたような、旧時代の遺産とも言える地下拠点を利用しているんだろう。
そして、同時に奴等の洗脳を現状解く手段が存在しないことをエリスはフリードリス大要塞の軍議室にてラグナに伝えると、彼は難しい顔をして。
「デティ、どうだろう。なんとかなるかな」
「難しいかもね。か細い魔力の糸で魂と魂を接続してるんでしょう?これが遠隔で操ってるだけなら治せたけど、強制的に隷属させる為の首輪を嵌め続けてる状態じゃあね。まずは首輪を外さないと」
「……そうか、ふぅむ。まぁその件はなんとか出来るように考えよう、最悪エリスの識確魔術を使ってあの仮面自体を無くしてしまうってのも手だな」
「あ、その手がありましたか」
「最終手段だけどな、どういう風になるか全く想定が出来ない。最悪……例の廃人化のスイッチを踏むかもしれない」
怖いのが、一歩間違えるとラクレスさん達が廃人になってしまいかねないということ。これをなんとかするには……もっと特別な手段が必要だろう。
ここに来て、敵の精鋭とも言えるスコルズ・ブライドル。そしてこちらの戦力を奪うデモンズという嫌な存在が現れてしまったな……。
「……………」
「ラグナ?どうしたんです?」
「いや、色々考えていた」
そんな中、ラグナは冷静に作戦を練っている……これ、エリスが言うのもなんですが。
「あの、悲しくないんですか?お兄さんとお姉さんが操られてるのに」
「ん?ああ、まぁ悲しいが。生きてるならそれでいい、最悪殺されてるのを想像してたから、助ける手立てがある分いいかなって」
なるほど、ラグナはまだ諦めていないんだ。まだ生きてるから、助けられると。ならエリスも諦めない、今日二人をめちゃくちゃに殴っちゃったけど、ラクレスさんとホリンさんは絶対に助けよう。
「で、どうするの。ラグナ、明日は敵の拠点に攻撃を仕掛ける予定だったよね」
「ああ、そのつもりだったが、捕虜がいる場所も分かったし……ここはカーヴル平原をメインに据えようかなと思っている」
「捕虜の奪還をメインにするの?」
「ぶっちゃけ、確かな場所が割れてるのはここだけだ。敵の指揮官もこれから探さなきゃいけないし、だったら捕虜がいることが分かってる方に戦力を割きたい……けど」
ラグナはゆっくりと、それでいて大きくため息を吐き。
「けど、戦況的に手早く指揮官を叩きたい気持ちもある。だからデティにだけは指揮官探しに動いてもらおうと思っている」
「別にいいよけど、なんでそんな悔しそうな顔してるの?」
「ん、敵にとっても捕虜がいるカーヴル平原は要所中の要所だ。指揮官が健在なら確実に守ろうと動くはずだ……出来るなら、指揮官とカーヴル平原、この両面を叩きたかった。だが今からデティに指揮官探しをさせても明日には間に合わない、必ず時間差が出来る」
カーヴル平原に攻撃を仕掛けてから、指揮官を見つけても意味がない。出来ればこの段階で指揮官の居場所を見つけてから双方同時に攻撃を仕掛け、カーヴル平原の守りを薄くしておきたかったのがラグナの本音だ。
だがそれはもうどうしようもないことだ、今更予定を遅らせるわけにもいかない、いきなり現れた指揮官に対応が遅れるのも仕方ないこと。
「……綻びが出始めた」
「え?」
「綻びだ、俺一人で軍を動かしてきた綻びが。俺は指揮官だ、目の前の戦場に対応は出来るが、先を見通すことは出来ない。それをやるのは軍師の役目だ……」
軍師、即ちサイラスさんの存在が必要だと彼は言う。しかしサイラスさんは現在行方不明……ん?そう言えば今回のスコルズ・ブライドルの中にサイラスさんはいなかったな。というかあの人は肉体労働は全く出来ない珍しいタイプのアルクカース人だ。
スコルズ・ブライドルは知能が大幅に下がるらしいし、彼を操ってもいいことは何もない。もしかして役立たずのヒョロガリメガネとして殺されてないよな、サイラスさん。
「…………」
ラグナは苦しそうな顔をする、隣に今一番立っていてほしい存在がいない。そりゃアジメクからはデズモンドさんとか軍師系は色々来ているが、それでも彼が一番信頼する軍師はこの世に一人だけで────。
「大変です!!!陛下!!!」
「だはぁっ!?だから!扉壊すなよ!!」
瞬間、軍議室の扉をぶっ壊して入ってきたのはテオドーラさんだ、いつもいつも扉をぶっ壊して入ってくる彼女にラグナは若干キレ気味に返すが、そんなのお構いなしにテオドーラさんは突っ込んできて……。
「陛下、これ……これが届きました」
「なんだ、それ」
「手紙です、読んでください」
そう言ってテオドーラさんが差し出したのは、一枚の紙。ボロくて汚い紙だな。そう思いつつエリスはラグナに手渡された紙をチラリと見て……。
「ッ!これは……」
そこに書かれていた文字を見て、ラグナは顔色を変え……。
「……作戦は決まった、明日。指揮官を討つぞ」
「え?でも指揮官の居場所は……」
「そこは、優秀な軍師がなんとかしてくれた」
そう言って彼はエリス達に紙を見せてくれる、そこには血で書かれた文字で……こう記されていた。
『敵指揮官は鉄軍街ヴィルヘルムにあり、至急攻撃をするべし』
『貴方の優秀な軍師サイラスより』……と。
「これ、サイラスさんが書いた手紙!?」
「間違いない、あいつの字だ……あいつ、捕まらず敵に紛れて情報を取っていたんだ」
身が震える、まさかサイラスさんは今まで姿を隠していたのか?ベオセルクさんがフリードリスを守り、エリス達が援軍としてやってきて敵を牽制し、そしてラグナが帰還し反撃の支度が整うのを……開戦直後から読み切って、あえて姿を隠して動いていたというのか。
神算鬼謀、そんな言葉すら浮かぶ一手に……エリスは思う。
やはり、彼はラグナが信頼する唯一無二の軍師だと。
「明日!この戦争を一気に動かすぞ!!」
これにより、決定する。カーヴル平原を攻撃し捕虜を救う作戦、そして指揮官を撃破する作戦。
あとはーデモンズからスコルズ・ブライドルを……ラクレスさん達を取り戻す手段さえ見つかれば、完璧だ。
ここで一旦書き溜め期間に入らせていただきたいです。次回更新は一週間後の2月24日となります。お待たせしてしまい申し訳ありません。




