826.魔女の弟子と新たなる戦線
アルクカース兵による夜襲、それは瞬く間にマレフィカルム兵の間に広がった。奴等は夜中に町に火を放ち兵士を燻し出して逃げ出したところを捕まえるように伏兵を配置し一網打尽にしたと。
これにより、せっかく占領した町が一晩で十個も奪還された。一瞬で戦線が一段押し込まれた。その報せはゴルゴネイオンが統制する暇もなく各地の街を占領するマレフィカルム兵の間に広がり、恐怖を産んだ。
敵は夜に攻めてくるらしい、じゃあ夜中は見張りを立てた方がいい。出来ればもう酒は飲まない方がいい、敵はもう目の前まで来てるかもしれん。日中は町の付近を見回って怪しい影がないか調査した方がいい。
各地では対策会議が開かれていたが、それこそがラグナ・アルクカースの狙いだった。
マレフィカルム兵の目が『夜襲』に向いたその日の日中には……。
「ひぃいいいいい!助けてくれぇえええええ!!」
「なんで敵が町のど真ん中に入り込んでんだよ!!見張りはどうした見張りは!!!」
「うわぁああああ!ダメだぁあああ!外からも攻めてきたぁああ!おかーーちゃぁーーん」
アルクカース中部のとある街、マレフィカルムに占領されていたその街は今未曾有の大被害を受けていた。突然町のど真ん中にアルクカース戦士の一団が現れ大暴れを始めたのだ。
夜襲を仕掛けてくると思ってた、町の外から攻めてくると思ってた。なのに昼間、内部から攻めてきたのだからもうあっという間に瓦解した。
この作戦は一切の滞りもなく、一時間で終結しアルクカース側の勝利で終わり街は解放された。
逃げ延びた僅かなマレフィカルム兵は後に別の街に避難し、こう語る。
『見張りを立てるのはやめろ!アイツら見張りを装って街に入ってきたんだ!だから見張りだと思って入れちまったんだよ街に!』
アルクカース兵は平伏に着替え、日中に立てられた見張りの一団を装って街に入り込んだのだ。これによりマレフィカルム兵は味方と勘違いしてまんまと引き入れ、内側からぶっ壊されたのだ。
引き入れた理由は単純、マレフィカルム兵達は烏合の衆だから。決まった鎧や制服を着ているわけではなく、お互いの詳しい顔を把握しているわけでもない。だから簡単に入れ替わることが出来たから。
これにより、マレフィカルム兵は日中も警戒心を極限まで高め外から来る全てを警戒しなければならなくなった。
そして、その日の夕方。丁度周辺に今回の偽装作戦の話が行き渡ったタイミングで……また襲撃が起こった。
「うわぁあああ!!」
「ぐっ!クソ!押し返せ!押し返せ!!」
「に、逃げ場がない!」
今度はマレフィカルム兵達は外から堂々とやってきたアルクカース兵の侵入を許し、街中で戦うことになった。しかし何故かマレフィカルム兵達は今回は逃げない、いやまるでその場に縛り付けられたように動かない。当然機動力を失った兵など簡単に潰される。
今回も一時間足らずでアルクカース兵が勝利し、マレフィカルムの兵士は少数が逃げ延びることとなった。
そしてその兵が別の町で語った噂は……。
『奴らとんでもない大群だ!あっという間に町を包囲された!気がついたらそこら中敵だらけだった!』
と言う曖昧なもの。だが当然、そんな大群などアルクカース兵は使っていない。
今回、アルクカース側が取った作戦は……町の北側に少数の兵を配置、そいつらは隠れながら鎧をくくりつけた棒を振り回して音を立て、太鼓を叩いて大声を上げ、あたかもそこに大軍勢がいるかのような爆音を鳴らしたのだ。
当然、その音を聞きつけたマレフィカルム兵は認識する。北側に敵がいると……全員視線が北側に注がれた瞬間を狙い、南側から侵入したアルクカース兵が堂々と攻め込み街中の敵を叩いた。
マレフィカルム側からすればまるで挟まれた心地だろう。北にも敵が、南からも敵が来たと。敵は自分達よりも多い、北側に敵がいる以上下手に動いたら余計に囲まれると勘違いしその場で戦わざるを得なかった、そして結果的に負けた。
実際、アルクカース側がこの時動員した兵士は町にいたマレフィカルム兵の総数、その十分の一以下だったのだが。偽の軍音に騙されてしまったのだ。これは見張りを立てていれば防げたことだが、皮肉にも日中の襲撃と話を聞いて見張りをやめてしまった事から起きた事件だった。
これにより、マレフィカルム側は敵の数を正確に把握しきれなくなった。
噂は噂を呼び、いつしかアルクカース兵は地を埋め尽くす程の数で町を蹂躙した。という話に変わり、マレフィカルム兵は余計に恐怖し、たったの一日で疲弊していったのだった。
そして……やってくる、恐怖の時間。夜が……。
「だから!言ってるだろ!敵は夜襲を仕掛けてくるんだから起きてなきゃダメなんだって!」
「無理だ!今日一日の騒動でみんな疲弊してる!起きてたいならお前一人で起きてろよ!!」
「明日の朝になったら敵兵が来るかもしれないんだ……今のうちに酒を飲んでおかないと」
「テメェ!今俺を馬鹿にしただろ!!」
「前線がどんどん押されていく、なんて早さだ……アルクカースの国王が帰ったって噂があったけど、それだけでこれか」
とある町は大混乱だ。急激に増えたタスク、警戒しなければならない要項の増加、それは凄まじい負担となり兵士達を苛み、そしてそもそも規律の取れていないマレフィカルム側を瓦解させていた。
そうこうしている間に町はどんどん解放される、それはマレフィカルム側からすれば死神の足音が扉の向こうから聞こえてくるような、そんな現実感を伴う恐怖を覚えさせただろう。
全ては、ラグナ・アルクカースの手のひらの上だった──────。
「ってわけで、今日は俺寝るわ」
「たったの一日で三十近い町を奪還したって……」
「ラグナ様、戦の鬼でございますね」
二週間作戦一日目が終わった、昨日の夜から数えて丸一日が経ったと言うことになるが。エリスはそれだけの時間でラグナが挙げた戦果を見て、驚いた。
昨日までフリードリスの目の前まで来ていた戦線が一気に二段階南側に押しやり、敵の本拠地があると思われる地点と丁度拮抗するぐらいまで戦況を五部に持っていったんだ。
たったの一日、主戦力も使わず、ラグナが一人で軍を率いて戦った結果、こうなった。おかげで他の主戦力達は温存されたし、エリス達も体を休めることも出来た。その間に出した結果として見るなら凄まじいものだ。
「ラグナ、相変わらず凄まじい指揮能力だね」
「ああ、感服するよ。しかし考えてみれば君が正式な軍を率いて戦争に出るのを見るのは初めてだったな、まさかこんなに強いとは」
「一応俺もアルクカースの王様だし、これくらいはな」
軍議室に集まった魔女の弟子達は揃ってラグナを褒め称える、件のラグナに至ってはやや照れくさそうに椅子に座り、関節を伸ばしている。
ラグナは今日一日動き続けていた。いや動き続けていたと言うと少し語弊があるか。
彼は今日一日を使ってとにかく的に揺さぶりをかける事に専念し続けていた。
まず真夜中に夜襲、それが終わったら深追いせず一旦要塞に帰ってきて数時間睡眠。
起きたら軍団全員に作戦を説明し出撃、速攻で町を開放し、帰ってきてまた睡眠。
夕方に起きてまた説明、出撃、解放、でまた睡眠。
そして今に至る。彼はかなり細かいスパンでの食事と睡眠を行なっている、それは彼自身に疲労を蓄積しないため。態と逃した敵兵が噂を広げるのを彼は寝て待ってから転移機構を使って拠点と前線を往復し続けていたんだ。
「ラグナ、これからまた夜襲に行くんですか?」
「ん?いや、今日は行かない。代わりにベオセルク兄様とリオンが指揮を取る予定だ、流石に二日連続徹夜で夜襲したら俺も疲れちゃうし、敵を疲弊させるのにこっちが疲弊したら意味がないから」
「それはそうですが」
ラグナは徹底的に軍と自分に無理をさせない方針を取っている、それは彼がこの作戦は未だ前座の領域にあることを理解しているから。本格的な反撃は明後日、それまでに出来る限り敵の動きを撹乱したいと言うのが狙いだろう。
「じゃあ明日もラグナは出撃するんです?」
「いや、明日は出撃しない。侵攻も一旦取りやめる」
「な、なんで」
「思ったよりも奪還が上手くいった、いきすぎた。これ以上攻めると多分兵士じゃ対応出来ない戦力が出張ってきて、それなりの規模の戦いになってしまう。だから明日は一旦取り返されないよう守りを固める方向にシフトして、明後日の本格的な戦闘に備えるようにする」
「……エリスには戦略が分かりません」
「そんな事ないだろ」
エリスはポカンと口を開けることしか出来ない。まぁ取り敢えず言えることは、ラグナの指揮は凄いってことだ。それはマレウスでの旅で分かってることだったけど、それが軍団規模、戦争規模になっても変わることなく振るわれている事実を前にエリスはそう思うのであった。
………………………………………………………………
「やられてんなー……」
報告を受け、顎に指を当てる。今日一日で各地から様々な報告が飛んできた、どれもこれも一貫性のない報告でただそれを聞くだけではなんのこっちゃ分からないものばかりだ。
しかし、それらを全部聞いてから、一つ一つ丁寧に情報を抽出して、一纏めにすれば見えてくるのは『ラグナ・アルクカースが帰還し、それによりアルクカース側が息を吹き返した』と言うもの。
今日だけでかなりの数の町が奪還された……けど。
(だから言ったんだ、町の制圧なんて無意味だと)
「軍師ダアト様!軍内で混乱が起きています!」
「だから私はもう軍師じゃないです」
私は今、とある町のテントにて地図を広げて報告をまとめていた。と言うか今日どんだけボコボコにされたかを聞いていた。出るのはため息ばかり、酷いやられようだった。
だがそれもまた当たり前、そもそもアルクカースとゴルゴネイオンと言う括りで見れば確かにこちらの方が兵力は大きい、だがアド・アストラとマレフィカルムで比べればアド・アストラの方が遥かに巨大な兵力を持っているんだ。
だと言うのに、人員を分割して町をそれぞれ占領し、ここで待機させるなんて愚策中の愚策。そんなことするなと私は進言したのにゴルゴネイオン達はそこに関しては私の意見を聞き入れなかった。
理由は単純、ない。理由はない、ただ兵士のガス抜きとして目に見える戦果を与えたかったくらいでゴルゴネイオン自体に戦略的意図はなかった。
出来るなら、全員を一箇所にまとめておいた方がいいと言うのに。今日だけでどれだけの兵員を失ったか……考えたくもない。
「軍師じゃないなんてやめてください!こんな事態に!我々には貴方の力が必要なんです!」
「何を勘違いしてるか知りませんが、私はただ軍師をしろと言われただけで、そもそも軍師という役職ではないことは忘れないでください」
そもそもの話だ、識確が使えて他より頭が回るから軍師を任されただけで本職ではないんだよ。それに引き換え今回の指揮を取ったラグナ・アルクカースの腕前はどうだ。
識確で情報を取れば取るだにその手腕に惚れ惚れしてしまう。自由闊達にして質実剛健、手段を選ばぬやり方の中に明確な哲学がある。これこそ本職の戦争屋かと痛感する。
もしこの場に逢魔ヶ時旅団がいれば、少なくともラグナ・アルクカースの登場だけでここまで揺さぶられることはなかった。彼らならラグナの指揮にも明確な意図を持って対抗出来たはずだ。まぁその逢魔ヶ時旅団もラグナ率いる魔女の弟子軍団に滅ぼされたわけですが。
本物の戦争を知る人間、それが我々の陣営には欠如している。マレフィカルムは確かに実力がある人間は多いが、どこまで行ってもテロリスト崩れという事に変わりはないのだから。
(援軍が来た時点で察してましたが、これはかなり厳しいですね。負けは確実か)
目を閉じて考える、さて私はここからどう動く。もうゴルゴネイオンは切り捨てるか、彼らは火のついた爆弾だ、どこかで必ず爆発する。それに巻き込まれたら私もタダじゃ済まない。
だったら……。いや、まだか、一応こっちにも勝ち筋はある。
「ダアト様!!」
「失礼、今いいかな?」
騒ぐ兵卒、それを押し退けて入ってくるのは……私が言った勝ち筋達。
「おや、どうされました。レナトゥスさん、マクスウェルさん」
テントの中に入ってきたのは、基礎のイェソドことレナトゥスさんと、勝利のネツァクことマクスウェルさん。マレウスを裏から牛耳る仲良しコンビだ。
「連絡に来た、君に必要かは知らないが」
マクスウェルさんは灰色の髪を揺らしながら軽く項垂れ、丸メガネを軽く掛け直す。連絡が必要かは分からないってなに?もしかして私に連絡しなくてお前なら識確で分かるだろって?んなわけないだろ、貴方達が来ることは分かってたが流石に連絡は欲しいよ、寂しいし。
「なんです?」
「今すぐ、拠点に戻って欲しいとの事です。こちらも追い詰められてきたので、作戦を第二フェーズに進めるとか」
「第二フェーズと言えば聞こえはいいですがね……」
「ここから先、軍の指揮は私が取ります。立場上あまり戦争に関与するべきではないと考えていましたが、自軍の体たらくを見ていたら、どうにも」
即ち、勝ち筋とは彼だ。マレウス王国軍のトップ、軍の指揮経験を持つ彼なら指揮官として動くことが出来る。がしかし今までなぜ彼が指揮を取らなかった。
理由は二つ、マクスウェルが嫌だったから、それとゴルゴネイオンも嫌だったから。マクスウェル的にも立場がある、マレウスの将軍が明確に魔女大国攻めに参加していると知られれば大問題だ。
そしてゴルゴネイオン的にも、軍師ではなく指揮官をセフィラに任せれば、それは即ち軍の統率権を明け渡す事になる。だが実際ゴルゴネイオンには統率が出来ていなけわですしね。仕方ないですよ。
「私とケテル、そしてレナトゥス様の三人で指揮を取りますので。貴方は拠点にお帰りください」
「はぁい、分かりましたよ」
お役御免というならそれでいい、私はそう思いながら立ち上がりポケットに手を入れてマクスウェルさんの横を通り過ぎてテントから出ようとした、その瞬間。ガッ!とマクスウェルさんが私の腕を掴み、通り過ぎようとする私を引き留め。
「それと、イノケンティウスの動きに注視しなさい」
「…………」
「アイツは裏切り者です」
マクスウェルは私の耳元でそう呟く、裏切り者……か。
「それ、私に言います?」
「それもそうですね、もう分かっている人間に言う必要はありませんでしたか」
「ふふふ」
それだけ言えばマクスウェルは私から手を離し、そして彼自身もテントから離れていく。裏切り者、とは都合のいい表現だ。イノケンティウスは最初から裏切ってなどいない、ただマレフィカルムが望む終わらせ方とイノケンティウスが望む終わらせ方が違うだけ。
イノケンティウスはただ、王になりたいだけなのだ。魔女に救われない全ての人間の王になりたいだけ。彼からすればガオケレナという魔女に救われているセフィラの方が裏切り者に等しいだろうよ。
さて、しかし言われてしまったからには仕方ない注視するしかないか。全く、嫌な役目を負わされたもんです。
あとは、マクスウェル将軍の辣腕に期待するとしましょう。
…………………………………………………………………
「ラグナ、敵の様子がおかしい」
「え?」
後日、俺はベオセルク兄様から受けた報告を前にポカンと口を開けていた。今日は一日攻撃を仕掛けず敵を揺さぶるつもりだった、敵に迎撃の準備を与えることになるがそれでもそれ以上の効果が望めると思ったからだ。しかし。
「敵は殆どの街の占領を放棄、代わりに的確に要所となる場所に兵力を集中させてきた」
兄様は地図のいくつかに印をつける。筆でペッペッとバツを書くが、この地図は帝国の最新式の地形投影魔力機構だからタッチするだけでいいんだが……まぁいい。
それより、バツが置かれた場所。これが問題だ、そのどれもが要塞として機能するアルクカース貴族の屋敷がある場所。しかもこれ以上南に行こうと思うとどれも無視出来ない箇所だ。
これは確実に戦略の知識がある人間が指揮を取ってる。しかも混乱する軍を半日で立て直し再配置するなんて、余程腕が立つ指揮官が出てきたんだろう。
こりゃ参った、こういうのは想像してなかった。こういう指揮官がいるならこの二回の本格侵攻に関わってない理由がない、だからいないもんだと思ってたが。
「……こりゃ、難しくなるかも」
「だな、やり手だぞ。これは……」
腕を組む、昨日までは指揮一つでなんとかなって来たが、これを突破するに戦略のみならず軍略が必要になる。ますますサイラスの手が必要になる、これは捕虜のいる場所の捜索に力を割いたほうがいいか。
俺としては攻めてる途中に見つけました、ってのが一番望ましかったんだが。多分これ、今から慌てて奇襲を仕掛けても下手すると返り討ちに遭いかねないな。
さて……どうするか。
「ラグナ、どうする。こりゃ今日一日敵を揺さぶるって手はあんまり意味がなくなったように思えるが」
「いや、作戦は変えない。ここで慌てて攻めますって方向転換したら軍全体に不安が広がる、どの道慌てて攻めても効果が薄いなら、まだどっしり構えていよう。と……俺は思うんだが、そっちはどう思う?」
クルリと俺は椅子の上で反転し、後ろに控えていたみんなに聞いてみる。まぁみんなってのはつまり……。
「敵が動いたんだろう、ならこっちも多少動きを見せるほうがいいと思うが」
「そうだね、一切変更なしは怖いと思う。手を出さないにしても前線に軍勢を集めて威圧くらいはしてもいいんじゃない?」
「エリスは何も分かりません」
魔女の弟子のみんなだ、メルクさんとネレイドさんはそれなりの知識があるから有用なアイデアをくれる。確かに全く動きを見せないとそれはそれであれか、なら一応軍を動かしてみるってのも悪くはないかも……と思っていると。
「なぁラグナ、これぁ素人の意見って切って捨ててくれても構わねーんだがよ」
「ん?なんだ」
アマルトだ、彼は地図をジーッと見て軽く頭を掻くと。
「その話を聞くに、その新しく降って湧いた指揮官が厄介なんだよな。じゃあそいつブッ飛ばすってのはダメなの?」
「討ち取るってことか?だがその指揮官が前線にいるとも限らんし」
「そうか?俺ぁいると思うぜ」
「なんで?」
「だって、あれだろ?お前は前線を揺さぶったんだろ?前線にいるマレフィカルムの兵士はみんなビビり散らかして怖がって疑ってる。そこにお前、今お前らのいる街を放棄してここに集まりなさい、なんて遠方から連絡が届いて、信用できるか?」
「む……」
「恐らく、そいつは現地に赴いて顔を見せた。多分相当顔が知られてる奴なんだろう、それが一つ一つ街を回って話をつけた、でなきゃこんな簡単に『疑ってる人間』がキビキビ動けるわけがない」
アマルトに言われて確かにと思い至る。もう俺の揺さぶりをかけるって作戦は意味をなさなくなった、だが昨日までやったことが無かったことになるわけじゃない。
それこそ第二段階最上位くらいの実力があれば前線の街を回るくらいは出来る。そしてある程度名が知られてる奴が現地に行って直接指揮を取れば、混乱している軍も動くことができる。
つまり、指揮官は前線にいる。そいつが離れたらまた同じことの繰り返しになるからだ。
「どうだ?俺、てんで間違ってる?赤点?」
「いや満点だ、指揮官は前線にいると思う。ってなると問題はどこにいるかだが……」
「それなら探せばいいじゃん、私出来るよ」
ピョコっと机の端から顔を飛び出させるのはデティだ。確かに……デティなら。
「私が前線飛び回ってさ、おっきな魔力探せばいいんだよ。あれでしょ?どうせその指揮官ってデカい魔力持ってるでしょう」
「いやそうとは言い切れねーんじゃねぇーの?頭でっかちの貧弱野郎かも」
「いや、絶対強いね。だって毎回そうじゃん、マレフィカルムで偉い奴はみんな強いし、どうせ今回も第三段階とかでしょ、相場で決まってんの」
「む、確かに」
どういう理屈だと思わないでもないが、前線の街を飛び回り、迅速に全てを終わらせるには当人が動くしかない、となるとその指揮官自身が強いって線はありえる。まぁその指揮官がめちゃ強くて有名な奴に頼んで街にいるマレフィカルム兵達を説得したって線もあるが。
「よし、じゃあまず前線に軍を移動させる。そして明日は俺達魔女の弟子が総動員で動いて指揮官を探して叩く。指揮官と戦闘が始まったら即座に前線の兵士達を動かして戦線を更に押し出す。これで行こう」
「よっしゃ!なぁエリス、俺の意見採用された」
「むぅ、エリスは戦働きで返すのでいいです」
「猛将の発想なのよそれ」
みんなに聞いてよかった。つーわけで作戦を立てて行こうか……そう考えた瞬間。
「陛下!大変です!!」
「どぅわーっ!?なんだよ!つーか扉壊すな!!」
瞬間、テオドーラが扉をぶっ飛ばし部屋の中に入ってくるのだ。この野郎扉壊すなよ、見ろ!兄様がキレてんだろ!エリスもすげー顔してるよ!けど聞いてるぞエリス、お前も要塞ぶっ壊したんだろ……。
「で、どうした」
「それが……最前線の街が攻められました!奪還に来たようです!」
「なんだって……」
あり得んだろ、だって意味がない。敵は今守りを固めてる、その為に態々街を放棄したのにこっちが解放した街をもう一度攻める必要がどこにある?それは流石に筋が通らない。
それとも余程戦略的に必要な場所か?……いやだとしても計算が合わない、なんだ。どういう裏がある。
「現在ヴァンスの街で敵兵一万から攻撃を受けています!」
「戦況は!」
「かなり悪いみたいで……援軍が必要だと、このままじゃアルクカース戦士隊に大損害が出ます!」
仕方ない、動こう。俺は椅子から立ち上がり出撃を考え背後のみんなに声をかける。
「デティ!メグ!アマルト!ついて来てくれ!」
「おまかせを!」
「アイアイ、まぁエリスちゃんも昨日一日我慢したんだし、多少は大丈夫でしょう!」
「おう、任せとけ。やってやるよ!」
アマルトという遊撃手と、メグとデティというサポート特化を二人連れていく。ネレイドとメルクさん、そしてナリアとエリスは留守番だ、本当は動かしたいが。一応明日が本番なんだ、全員動かすのは早い、そう思った瞬間。
「ラグナ、エリスも出たいです」
「え?だけど……」
「出撃禁止は分かってます、けど……なんだか嫌な予感がするんです」
むぅ、結構エリスは出撃禁止を重く感じてるらしいな、禁止って言葉を使ったのが悪かったか、けどエリスを休ませるって言う目的があっただけで、他はぶっちゃけ取ってつけた理由なんだよな。
けど、エリスは昨日一日しっかり休んでたみたいだ、聞けばメグのマッサージを受けたり、ステラ・ウルブスに戻って温泉に入ったり、とにかく体を休ませることに徹底したらしい。
ならこの一戦だけ、出撃禁止を解除してもいいか?と思うし。
同時にこうも思う。あの子は異様に勘が冴えるところがある。それが識確から来るものなのかは知らないが、彼女が動かなければ!と直感で思う場面には必ず大きな戦いが起こる。
と言うことは、今回の襲撃、俺が思っている以上にヤバい事態なのかもしれない。
なら、やはりエリスはいたほうがいい。
ということで。
「エリス」
「ダメですか?」
「いやいい、お願いするよ」
「ラグナ!」
「メグ!時界門だ!ヴァンスの街には転移機構がある!いけるか!」
「無論、『時界門』でございまーす。さささ皆様こちらへどーぞ」
俺達の前に一つ、時界門が生まれる。ヴァンス行きの時界門だ、これで出撃する……さて。
相手の返しの一手、どう出てくる。
………………………………………………………
エリスは戦略が分からぬ。しかし今この場面で敵が反撃に出ることの不自然さは分かった、態々一旦街を手放しておきながら即座にエリス達が解放した街に攻撃を仕掛けてくる、これはどう考えてもおかしい。
エリスはそこに、言い知れない嫌な気配を感じた。確かにラグナの指揮は凄いが、それでも油断してはならない、敵にはダアトとイノケンティウスさんと言う盤面をひっくり返せる存在がいることを。
故に、出るしかないと感じた。ラグナには悪いけど、ここだけは出させて欲しいと考えエリスは出撃を志願しメグさん、アマルトさん、デティ、そしてラグナの五人でヴァンスの街へと転移したのだ。
「さて、どうすっかね」
「既に、街が攻められてますね」
エリスはふと……周囲を見る。ヴァンスの街、アルクカースらしい石造りの家が立ち並ぶ街。しかし既にそこは戦場と化しており、アルクカースの兵士達が戦っていて────。
「ぐぅっ!……強え」
瞬間、目を疑う。視線の先、街の大通りで戦っていたアルクカースの兵士が、敵兵一人によって撃ち倒され、起き上がれずにいるのだ。
アルクカースの戦士が真っ向勝負で敵兵に負けてる?嘘だろ、どんな強兵が相手だ!
「ラグナ!」
「待て!様子がおかしい……」
ラグナはその場で周囲見渡し、そして目の前の大通りからドンドン入ってくる敵兵を見遣る。
「前線が崩されてる、計略も何もなしに、力技でアルクカースの兵士がやられてる。……あれか」
そう言ってラグナは戦場の状態を確認し、そして……敵兵の姿を確認する。それは……。
「……………」
無言、無言を貫く黒衣の兵。荒々しく伸びる髪を背後に伸ばし、何より顔を仮面で隠した兵士達だ。仮面には何も描かれておらず、不気味さが際立つ。それが剣を片手に立っている。
凄い闘気だ、まるで戦の化身みたいなのが十人、二十人……あれは。
「ねぇラグナ、あれ……」
「………ネレイドさん連れて来たほうが良かったか。いや仕方ない、ともかく味方の援護に入る!みんな気をつけてくれ!」
「はい!」
ともかく、味方を守らねばならないと感じたエリスは旋風圏跳で飛び上がり、前線へと飛び込みいち早くアルクカースの戦士達を援護する。
「皆さん!大丈夫ですか!」
「う、王妃様。面目ない……けどこいつらすげぇ強えよ」
倒れたアルクカースの戦士の前に立ち、黒衣兵を相手に拳を構える。マレフィカルムが保有する黒衣の兵と言えばマルス・プルミラが思い浮かぶが、それじゃない。また別の存在だ。
「我が国の兵士達に手出しはさせません!」
「………ッ!」
そうエリスが吠えれば黒衣の兵は全く遠慮なく斬りかかってくる。早い、鋭い踏み込みだ、しかし。防げない程じゃない!
「フンッ!」
籠手で斬撃を弾き返し、そのまま黒衣を掴んで一気に距離を詰めながら頭突きをかます。普通の兵士ならこれで昏倒するんだが、黒衣の兵士はまだまだ動く。むしろ体を捻ってエリスの掴みから抜け出し、凄まじい速さで足払いを繰り出してくる。
「小賢しい!」
しかし、エリスはそんな足払いを上から踏みつけ、同時に丁度いい位置に来た黒衣の兵の顔面を蹴り抜き、同時にうざったい黒衣を掴み一気に投げ飛ばし……。
「チッ、逃げられた……」
だが敵もさるもので、即座に黒衣を脱ぎ捨てエリスの手から逃げ出し、クルリと空を飛びながら地面に着地する。中々の反射神経、そして判断力、一兵卒でこれか。こうなったら流星旅装で全て蹴散らして───。
「ん!」
ふと、気がつく。黒衣が脱げ、露わになったのはその下の体。鍛えられた筋肉、刻まれた無数の古傷、そしてなにより……アルクカース人特有の、浅黒い肌。
「……まさか」
周囲を見渡す、アルクカース兵と黒衣の兵で乱戦になっているが、よく見れば黒衣の兵の殆どはアルクカース兵と殆ど同じ背丈だ。マレフィカルムヘイトはそもそも違う体格をしてる。そして目の前の黒衣兵……あの古傷。
まさか……。
「アルミランテさん……?」
仮面をつけた兵士は、何も言わず構えを取る。だがあの構え、あの古傷、やはり見覚えがある、カロケリ族の村からいなくなったアルミランテさんだ。じゃあ他の黒衣兵もいなくなったカロケリ族か!?
「まさか……洗脳か」
誘拐し、捕虜にしたカロケリ族を洗脳して使っているのか……!?先日行方不明になって、まだ二日かそこらしか経ってないぞ、なのに──。
「然り……」
「ッッ!?」
瞬間、背後から飛んできた斬撃を跳躍で回避しながら、エリスは声のした方を見る。即ち背後、見ればエリスは既に周囲を黒衣兵に……カロケリ族に囲まれている。
そんな中、一人。黒衣兵とはまた別の姿をした長身の男が立っている。
「やはり、貴方ならここに来ると、感じていたぞ。戦王妃よ」
「お前は……十天魔神の」
「『第九邪神』デモウス、王の前で傅かぬ無礼を詫びよう」
血で汚れたローブ、青い肌、そして目元を布で隠した長身の男が黒衣兵を連れて立っていた。こいつは初日にフリードリス侵攻の時にもいた奴だ。戦わなかったからどんなやつか知らなかったが……恐らく、こいつが。
「お前がカロケリ族のみんなを操っているのですか」
「然り、我が覚醒と我が秘術を組み合わせ、他者に忠誠を誓わせ扱う御技。彼らは我が手によって黒衣兵団『スコルズ・ブライドル』へと生まれ変わったのです」
「ふざけた真似を。今すぐ返しなさい、出なければお前を地獄に落とします」
「左様か、だが……悲哀。私がお前の前に姿を現した意味が分からないか」
「なにを……」
瞬間、向こう側から……即ちラグナ達のいた場所から絶大な魔力爆発が発生するんだ。ラグナ達のじゃない、敵が攻撃を仕掛けラグナ達を……分断しているのだ。
「転移機構を持つお前達なら、問題が起こればすぐに出てくると思っていた。真っ向から戦えば勝ち目はない、それは分かっている。故に私は一計を案じ、マクスウェル様と共にこの戦いに臨んだ」
「………」
「即ち、戦って勝てないなら、勝てる駒を貰えば良い。魔女の弟子から数人、拝借する予定なれば」
そう言って彼は手元に魔力を集める。覚醒だ、覚醒と魔術を合わせて仮面を作っているんだ、真っ白の仮面……。
「貴方の分の仮面は既に用意してある、貴方には黒衣兵団を束ねる勇ましき戦乙女の王になっていただく」
「嫌です」
「そう言わず、話だけでも」
「いや交渉の余地があるわけないでしょ!」
「では仕方ありませぬ、であれば、悲哀の戦場を作るのみ」
そう言って彼が指を鳴らすと……黒衣の兵達を割って飛び込んでくる二つの影、仮面を被り、黒衣に身を包みながらも、見えるのはアルクカース王族特有の赤い髪……あれは。
「ッラクレスさん、ホリンさん!!」
「…………」
「…………」
分かる、ラクレスさんとホリンさんだ、二人は剣を持ち、黒衣兵となってエリスの前に立ち塞がる。見つからないと思ったら……こんなところに。
……クソ、嫌な戦い方をしてくる奴が出て来たな!本当に嫌だ!むしゃくしゃする!!
「義理とはいえ、姉と兄。貴方に戦えますかな」
「チッ!お前は殺す!」
「悲哀、我が命脈。未だ絶たれるわけにはいかぬのです」
瞬間、剣を構えたホリンさんとラクレスさんが突っ込んでくる、見える、昔と違って二人の動きは見える。だが……。
(攻撃していいのか!?これ戻す方法はあるのか!?デモウスを倒せば戻る……でいいんだよな!?)
迷う、攻撃していいのかどうなのか。いやいいに決まってる!まずは二人を昏倒させて、その後デモウスにかかる!
「どっせいッッ!!」
「ギッ!?」
二人の斬撃を回避し、ラクレスさんの顔面を蹴り飛ばし、同時に鋭い突きを放つホリンさんの剣を片手で掴み、捻り切る。同時に彼女の胸ぐらを掴み地面に叩きつけるように投げ飛ばし……。
「ぎ、義理とはいえ、姉と兄では」
「うるさい!!お前を倒せば二人は戻るんだろ!!だったら!!」
一気にデモウスに突っ込む、こいつをメタメタのミンチにして挽肉にすれば全員元に戻るなら……今は一旦!二人には痛い思いをしてもらいます!!
そう思い拳を振りかぶった、その時。
「いいえ、私を倒しても戻りません。勿論、気絶程度では洗脳は解けません」
「は?」
「そして仮面と私の魂そのものと紐つけられている以上。私が死ねば彼らは廃人となります」
「────」
それは本当か?ハッタリか?判別する方法がない、ただの覚醒なら気絶すれば解除される、だが奴は言っていた、そこにさらに秘術を加えていると。つまりそこら辺の常識は通じない……じゃあ、どうすればいい、どうすれば戻せ──いや違う!
しまった……迷った!デモウスの前で。
「動きが止まりましたね」
「ッッ!」
飛び込んで、攻撃を躊躇すれば当然。奴は動いてくる、その瞬間奴は手に持った仮面をエリスに叩きつけ……エリスの視界が。
仮面で覆われた。




