80.孤独の魔女と魔女救出作戦
…………ジメジメとした地下、ミールニアの地下に開いた強制労働施設にして 地上での生活を送れなくなった敗者達の集う地下世界 通称『落魔窟』、その比較的上層に存在する落魔街の暗い道を 一人カツカツと歩く影がある
この薄汚い地下に似合わない小綺麗な執事服を纏う 背丈の小さな美麗な執事が食材を抱えて一人歩く
「おい、あいつ見ろよ 荷物えらく抱えてるぜ、ふんだくっちまおうぜ」
ふと、そんな執事を目にした身なりの悪い男が 物陰で数人の仲間達と会話をしている、落魔街は基本的に治安維持のため見張りをしている軍人の数が少ないため、言ってみれば治安がすごく悪いのだ
その上 ろくな食べ物も手に入らない上にここにいる人間の大多数が真っ当な職につけていない、なのでこのように食べ物や荷物を抱えて無警戒に歩く者がいれば悪漢暴漢に狙われるのは必定と言える
しかし
「バカ、お前知らないのか…あいつメルクリウスの所の執事だぜ」
「メルクリウス…ってあの総司令補佐の!?、なんでそんな奴の執事がこんな地下を鼻歌混じり歩いてんだよ」
「さてはお前地下に落ちたの最近だな…、メルクリウスはここに住んでんだよ、地下にいながら大出世を遂げた軍人なんだ、地下じゃその劇的な出世劇は語り草になってるぜ?」
ヒソヒソと男達が話し合う声が聞こえる、総司令補佐官 メルクリウス・ヒュドラルギュルム 、黒と白の謎の銃を手繰る錬金術師であり国内でも有数の実力と地位を持ちながら未だ地下に住まう謎多き人物
半年以上前、カエルム事件解決の立役者にして犯罪組織による国家転覆を『一人』で成し遂げたと言う偉業が評価され、メルクリウスの名は忽ちデルセクト中に広まり 憧憬と畏怖を集めていた
「それに、噂じゃあの執事も相当な使い手らしいぜ…」
「そういや結構前に銃を持った悪漢5、6人纏めてぶっ飛ばしたとか聞いたな…」
「やべえやべえ、そんなの相手に盗み働いたとあっちゃ何されるか分かったもんじゃねぇ、関わらないのが吉だぜ」
執事を舐め回すように見ていた男達は再び闇の中に消える、…メルクさんも有名になったものだ
執事は…エリスは内心ホッとする、もうここに来て半年以上…もうすぐ一年になろうかと言う時間が経過して、この落魔街という場所にも慣れてきたが…それでも荒事は起きないに越したことはないからね
……そう、半年以上だ カエルムとマレフィカルムの一連の事件を解決してより 戦車のヘットとの激戦から、それだけの時間が経った
あれからエリス達はミールニアに戻り、何も無い日々を過ごしていた 、虚無って程じゃ無いが、それでも事件解決に追われ国中を回っていた頃に比べれば 幾分平和な日々
メルクさんは事件解決の功を評価され、正式に出世 その地位はヒラの軍人から一気に総司令補佐官にまで異例の大出世、紅炎婦人暗殺未遂事件 双貌令嬢同盟瓦解未遂事件 金剛王誘拐事件 そしてマレフィカルムによるカエルム 及び国家転覆計画、その全てを一人で解決したとあれば 彼女の出世に文句をつける者は誰もいなかった
一人で…解決の中にエリスの名前は当然なかった というかメルクさんを立たせる為に敢えてエリスは影に隠れた、別にエリスは出世したいわけでは無いので構わない
今メルクさんはグロリアーナさんと共に低下したデルセクト各地の国力回復に努めている、特にカエルム中毒者の治療だ
カエルムの中毒症状は治癒魔術さえ受け付けない、だが同様の事件がかつてアジメクでも起こっていたということもあり、症状を抑える薬がアジメクにも存在するというのだ
それをアジメクから買い付けつつ、治癒魔術師薬学士をダース単位で雇い カエルムの中毒症状回復の為の研究をさせることで、後始末を図ろうとしている所だ
ソニアさんについては、一応身柄は翡翠の塔で預かる事となった …ヒルデブランドさんは解放されて 主人のいなくなった城を今も一人で掃除している、ソニアさんがいつ解放されるかは分からない…ともすれば処刑もあり得るが、今のところはなんとも言えない
ヘットは…現れなかった、死んだのか 生きて何処かでまた悪巧みをしているのか、さっぱり分からないが 今更彼に出来ることは何も無いだろう、メルクさんが主導で国内の警備をより一層強めている 彼が何をしても未然に防げる
後はなんだ…、エリスが10歳になったり 身長がぐんぐん伸びて執事服新調したりとか…、まぁとにかく色々あった 色々…あの事件の後始末にメルクさんは今も奔走している、エリスはそんな彼女を影で支える日々を送っている
……、だが エリスとメルクさんの戦いが終わったわけじゃない、寧ろ戦いはこれからという段階に入っている
計画しているのはレグルス師匠救出計画だ、もともとエリス達は師匠の救出と栄光の魔女フォーマルハウト様を正気に戻す為に動いていたんだ、マレフィカルムを倒しても戦いは終わらない
…フォーマルハウト様、国を守るべき立場にある彼女は 終ぞマレフィカルムの一件について干渉してくることはなかった、それどころか自分の国であるミールニアにヘットが入り込んでもジョザイアさんが誘拐されても無干渉
もっと言えばあの巨大戦艦だって魔女の目なら直ぐに看破できた筈だ、だがそれでも無干渉…やはり 正常な状態には無いのだろう
メルクさんの言う通り、フォーマルハウト様には正気に戻ってもらわないといけない、今デルセクトと言う同盟がはっきり言って窮地に陥っている、いくらメルクさんとグロリアーナさんが奮戦しても限度がある
フォーマルハウト様には正気に戻ってもらい、この国の旗本として立ってもらう必要がある
とはいえ、翡翠の塔上層部には例えグロリアーナさんと言えども易々と立ち入れないようで、中々 上層に立ち入れないまま半年という時間が経ってしまったのだ
いい加減師匠に会いたい、後一歩なんだ 後一歩上手くいけば師匠を助けられる、だが その一歩を踏み外せば…エリスはきっと悔やんでも悔やみきれない、だから慎重に 今は計画を立てている最中だ
まぁ、その計画も今は大詰めなのだが
「にしても、カエルムが無くなったお陰か この落魔街も随分落ち着きましたね」
落ち着いた と言っても治安が悪いにことに変わりはないが、以前はもっと酷かった
ソニアさんの悪質な取り立てにより破産した者がここに次々ぶち込まれていたこと、カエルム中毒になり真っ当な暮らしが出来なくった者 それが大挙してこの地下に送られていたこともあり 治安が悪いと言うより地獄そのものだった
それに引き返し今は落ち着いてる、ソニアさんがいなくなっても破産する人間はいるので相変わらず地下に送られてくる人間はいるし、商売が上手くいかなくて止む得ず落魔街に居を移すことになったものも数多くいるが…薬漬けにされて打ち込まれるよりはるかに健全だろう
…ちょうどここら辺だ、エリスが一番最初 カエルムの被害者に絡まれたのは…、そう懐かしみながら落魔街の道の真ん中で立ち止まる
あの時は道端に座ってる浮浪者のおじさんに助けられたんだ…ちょうどあの辺に座って…
「あ…」
居た、あの時エリスをカエルムの被害者から助けてくれたボロ布を羽織ったおじさんが、変わらず同じところに座っていた、ここ半年 毎日ここは通っているが、こうやって再び目にしたのは初めてだ
…あの時のお礼、改めて言わないと
「あの、おじさん?」
「ん…おや、いつぞやの執事…今日は前と違ってえらくご機嫌だな」
「おじさん私のこと覚えてくれてるんですね」
「別に、この落魔街で執事なんざあんまり見ないからな」
そう喋りかけながら、荷物を脇に置き隣座る…隣に控えたエリスを見ておじさんは若干文句を言いたげに体を揺らすが、何も言わずに受け入れてくれる
「この間はありがとうございました」
「この間って言ってももう半年も前だろう…」
「あはは、時間が経つのは早いですね…おじさん今までどこに行ってたんですか?この半年ほど顔を見ませんでしたけど」
「所用だ」
浮浪者のおじさんになんの用があるのだ なんてエリスの中の失礼な部分が声を上げるが、何 彼とてこの現状をなんとかしようと頑張っているんだ、そこを論うことなどしても意味がない
…あれ?、というかおじさん
「おじさん、髪で顔がよく見えないから分かりませんでしたけど、眼帯してるんですね、怪我をされたんですか?」
「これは昔からだ、別になんてことない怪我でな…もう長いこと片目でやってるからもう不自由に思うこともない」
こうやって横から覗き込んでおじさんの顔を見ると、エリスの側の瞳が黒い眼帯で覆われてるんだ、前髪がボサボサでよく見えなかったけど 眼帯なんかしてたのか このおじさん
「まぁいいです、はい これこの間のお礼」
「またりんごか…、会う度にりんご寄越すつもりか?」
「はい、またりんごが欲しくなったら言ってください、なんなら私が手料理をご馳走しますよ」
「フンッ…」
そういうとおじさんはりんごをその場で頬張ってくれる、素直じゃないけど エリスのことを少し認めてくれたのかな、だとすると嬉しいな
「…お前のおかげで、このデルセクトに平和が戻った…そのことに関しては礼を言う、もうあんな狂った薬に手を出し、人生を棒に振る人間を見なくて済むと思うと 気が楽だよ」
「いえいえ、お礼を言われる為にやったわけじゃないですよ、…それじゃ 、また会いましょう、その時はアップルパイ持ってきますね」
「要らん」
そう言うとエリスはその場で立ち上がり一礼する、このおじさんには助けてもらったからね…彼の言う通り もう薬に手を出して狂う人間はいなくなった、その点ではエリスも気が楽だ
久々にあの人に会えた事もありエリスは踵を返し メルクさんの家に戻る…、あれ?そう言えば
さっきおじさん お前のおかげで って言わなかったか?、カエルム事件解決は全部メルクさんが解決したことになっている、エリスの名前は伏せてあるはずなのに、なんでおじさんがエリスの関与を知ってるんだ?
「あの、すみません さっきの話…あれ?いない」
気になって振り向いたが、そこにもうおじさんの姿はなかった、立ち去ったのかな?にしては早い気もするが…、まぁいい また会ったら話をすればいいか
それより早く帰ってご飯の準備を済ませてしまおう
…………………………………………
「ただいま帰ったぞ、エリス」
「お帰りなさいメルクさん、今日もお疲れ様です」
玄関の扉を開け疲れた様子で肩を解すメルクさんを労い 少し前より幾分立派になったコートを受け取る、出世してからと言うもの彼女はいつも疲れた様子で帰ってくる、高い役職に就く というのも楽ではないのだろう
「晩御飯の準備出来ていますよ」
「有難い、これがあるから一日頑張れるよ」
「褒め過ぎですよ」
「事実を言ったまでさ」
執事らしくコートのシワを伸ばし壁にかけると共に、メルクさんをダイニングに案内し 今日の晩ご飯を用意する、メルクさんが借金から解放されたこと 出世してお給金が上がったこともあり、メルク邸のご飯は格段に良いものに変わった
使うお肉も調味料もなにもかも 以前のようにゴミを使ったものではなく、真っ当にお金を払って手に入れた最高級品だ
「今日も美味そうだな、うぅ…ヨダレが出てくる」
ただ、使う材料が変わっても メルクさんは変わらずいつも嬉しそうな反応をしてくれる、なにを食べさせてもこの人は美味しい美味しいと全霊で喜びながら味わってくれるから、エリスも料理のしがいがあると言うものだ
「あ、でも食べるのはもう少し待ってくださいね」
「あぇ?、なんで?」
「もうすぐ来られると思うので、お客様が」
既に料理を切り分け大口を開け食べようとしていたメルクさんを止める、もうすぐお客様が来る…そろそろそんな時間だと思うのだ、なんだったらみんなでご飯を食べだい
なんて思っているとメルクさんに続いて扉が乱雑に開けられる
「メルクちゃーん?、エリスちゃーん? お邪魔するわよ〜ん」
「おーう、俺が来てやったぞ!俺が!うははは!」
そう声が聞こえたと思えば 廊下を通ってニコラスさんとザカライアさんが二人で現れる、ニコラスさんは相変わらず 都度都度の間隔をあけながらエリス達のお家でお酒と料理を楽しみにくるのだ
ザカライアさんもミールニアとスマラグドス王国を行き来しながらエリス達の家にたまに遊びに来るんだ、あの旅で他の五大王族がしっかり仕事していることを思い知ったからか、彼もあれからしっかり国王として仕事をしているらしい…と言っても 結構な頻度でここに遊びに来ているので、まだまだ真面目には程遠いんだが
「今日もお酒飲みに来ちゃった、アタシの分はあるかしら?」
「当然用意してますよ」
「俺の分は?」
「勿論あります、…と言うかザカライアさん さっきからキョロキョロしてどうしたんですか?」
「いや、今日はレナードいないよな」
「ははは、今日は来てませんよ」
レナードさん…ザカライアさんへの愛を自覚してから彼も変わった、事あるごとにザカライアさんを付け回しベタベタするようになったのだ、ザカライアさんはレナードさん相手にベタベタされるのが嫌なようで 寧ろ喧嘩をふっかけてこないと調子が出ないと嘆いていた
レナードさんがいないと見るや否や彼はよしと安心して 椅子にどかりと座り込み、早速飯の催促をしてくる…王族なのに礼儀のなってない人だな
「ってかよメルク、お前いつまでこのボロ屋に済むつもりだよ、総司令補佐官だろ?地上で暮らしていけるだろ?借金ももうないんだし、引っ越せよ いちいち地下に遊びにくるの面倒なんだけど!」
「いや、これがいざ離れられると思うと どうにも名残惜しくて、意外とここ住み心地がいいんですよ」
「そう思ってんのはお前だけだろうよ」
「いいじゃないザカライア様、住めば都と言うでしょ?メルクちゃんにとってここは第二の故郷なの、愛着があるのよ」
「こんなむさ苦しいところにねぇ、まぁいいや」
そう言うとザカライアさんはエリスの料理を無遠慮に食べ始め ニコラスさんもまたお酒を開けてグラスに注いで飲み始める、あの旅で一緒に旅したメンバーは あれからなんだかんだと集まって こうやって他愛もなく会話を楽しみながら料理に舌鼓を打っているんだ
ザカライアさんに至っては他国からわざわざ来てるしね、態々別荘に居着いてここに遊びに来てる
「それよかあの白黒の銃…あれの名前決まったのか?」
「ニグレドとアルベドの事ですか?」
ニグレドとアルベドは相変わらずメルクさんの手元にある、元々卓越した銃の使い手であるメルクさんにとっては二丁銃もお手のものらしく 二つの銃をうまく使いこなしている、それにニグレドもアルベドも銃になってからは周囲の物に影響を与えることも無くなったし 安全になったと言えば安全になったと言える
ああ、あと…ミールニアに帰ってからメルクさんは身体に影響がないか調査したんだが、…どうやら身体影響は…出ていたみたいだ、と言っても悪い方向にではない いい方向にだ
メルクさんの体はニグレドとアルベドを錬金した際再構成されていたらしく、究極の錬金術を扱うに足る最適性の体に変化していた、技術者達はその完璧な体を見て メルクさんを『第三工程・キトリニタス』と呼んでいた…理由はよく分からないが
少なくともメルクさんの錬金の力は大幅に向上し、かつ ニグレドとアルベドはメルクさんにしか扱えない物になった、こうして名実共にメルクさんは二つの錬金機構の使い手として認められた
…そして、それに当たりあの漆黒の銃と純白の銃にかっこいい名前をつけようと言う話になったのだ、いつまでもニグレドとアルベドじゃ野暮ったいらしい、ちなみに発案者はザカライアさんだ
「勿論名前は考えてありますよ、私の使う 私だけの銃なので、命名権は私にあります」
「へぇ、聞かせろよ」
「アルティメットニグレドバスターとハイパーアルベドカノンです」
えぇ、ダサ…
「ダッセぇ…」
「ダサいわよ、メルクちゃん」
「そんな…」
満場一致で否決になった、いやダサいよ それ…いつぞやの時もそうだったが、この人の美的センスは皆無なようだ…いや皆無というよりマイナスに振り切って壊滅的だ
この辺はセレドナさん辺りに名付けしてもらった方がいいんじゃないか?、あの人なら小洒落た名前をつけてくれそうだ
「じゃあホワイトアルベドブラスターとブラックニグレドバレル…」
「俺から言いだしといてなんだけどこの話やめねぇ?」
「こういうのは変に名前つけるよりそのまま呼んだ方が洒落てるかもね」
「………………」
不服そうだ、恐らく会心の出来だったのだろう…こればかりは擁護のしようがないよメルクさん
「そ それより、真面目な話をしましょう!…エリスの師匠 魔女レグルス救出作戦についてです」
そのメルクさんの言葉によって 場にピリリと緊張感が走る、真面目な話も真面目な話だ、あのザカライアさんも思わず緊張して襟を正すくらいだ
この半年間 何もなくただ闇雲に時間を無駄にしてきたわけではない、魔女フォーマルハウト様の居住空間に囚われている師匠を助ける為 そこに忍び込む為あれこれと計画を立てながら準備をしているのだ
幸いな事にニグレドもアルベドも管理を任された、これを使えばレグルス師匠を助けることができる…だが、だ 大前提として魔女フォーマルハウト様が石となった師匠を手放すとは思えないのだ
魔女フォーマルハウト様 別名世界一の大富豪、デルセクトの五大王族全員分を合わせてもなお溢れる莫大な富を持つ、世界一の金持ち国家の中でも一番の金持ちなのだ
フォーマルハウト様は財宝や美術品を買い集めるのが趣味と言われており いつもその莫大な金に物を言わせて世界中から超貴重な物を屯集しているらしい、そして一度コレクションしたものは決して手放さない…
師匠もそのコレクションの一つに加えられてしまっているなら、エリス達が頼み込んでも決して手放さないだろう
なので、エリス達がレグルス師匠を助けようと行動していると知れば、フォーマルハウト様自ら敵対行動をとる可能性が高い、そうなれば終わりだ 勝ち目がない
故に隠密行動、こっそり忍び込み こっそり師匠を助ける、フォーマルハウト様を元に戻すのはその後だ
しかしまぁ問題はそれだけに収まらないのだ
「翡翠の塔最上階 栄光の黄金宮殿、エリスの師匠ってのはそこにいると見ていい」
「栄光の黄金宮殿、名前からしてそこにフォーマルハウト様がいそうですね」
「いるも何も、フォーマルハウト様は普段そこから出てこねぇ いつもそこに篭ってるんだ、…そして 中には人間の立ち入りは許されてない」
栄光の黄金宮殿、富の象徴としても語られるその宮殿の内部にはフォーマルハウト様が世界中から集めたコレクションの中でも さらに珠玉の品が収められているらしい、中にあるもの 一つでも持ち出せば孫の代まで遊んで暮らせる…そんなものを、保管している空間には 人間は立ち入ってはいけないのだ
「偶にグロリアーナのやつは入ってるけどな」
「人間は立ち入り禁止なのでは?」
「グロリアーナ総司令は 扱い的にはフォーマルハウト様のコレクションの一つ という事になっているのさ」
そういやあの人自分のことを魔女様のための美術品とかなんとか語ってたな、あれ比喩でもなんでもなく本当のことだったのか…
じゃあ その黄金宮殿の中には栄光の魔女フォーマルハウト様とグロリアーナさんの二人がいると見ていいだろう
たった二人 されどこの国最強の二人、この中に無策で入っても 瞬く間に捕まり最悪殺されるだろう
「司令補佐官のメルクさんでも入れないんですか?」
「権限を使えば上層までは行くことが出来るが、よほどの理由がない限り最上階への立ち入りは許されないだろうな」
メルクさんでも最上階へは行けないか…、ニグレド アルベドを使う為メルクさんが最上階へたどり着けなければ意味がない
「やっぱり忍び込むしかないですかね…」
「おう、あれだろ?石像作って その中に隠れて上層まで運んでもらうってやつ」
「そうですね…」
計画は色々立てた 石像の中に隠れ紛れ込む作戦 夜を狙って忍び込む作戦、別の場所で問題を起こしその隙に入り込む作戦、どれもいいように見えて穴がある…グロリアーナさんを抜けないんだ
あの人を出し抜く方法が何にも思いつかない、妙案良案浮かばず こう…イマイチ一歩踏み出す為の機会を見失っている、お陰で半年なんて時間が経ってしまっている
「でも、石像作戦が一番確実ですかね…」
「…エリス、そのことについてなんだが 一つ話がある」
するとメルクさんが難しい顔をしている、腕を組み 考えるように腕を組み、小さく重く呟くのだ、何かいい作戦が思いついたんだろうか
「何かいい手が?」
「いや、…みんなの出した案はいいと思う、けれど 出し抜くのは違うと思う」
「違う?」
「私は非道を嫌い 悪事を憎んできた、そんな私がこの国の為とはいえグロリアーナ総司令とフォーマルハウト様を騙すのは、正道を失う気がする」
…この人は、かつて師匠に対して闇討ちと不意打ちを行った、彼女はそのことについて かなり悔いているよくだった、出来るならもう卑怯な手は使いたくないと、エリス達が今やろうとしていることは この国の為とはいえグロリアーナさん達を騙す行いだ、彼女には許容できまい
「じゃあよメルク、どうすんだよ 諦めるわけにはいかねぇんだろ?」
「ああ、グロリアーナ総司令を騙すのではなく あの人にも理解してもらう、グロリアーナ総司令をこちら側に引き込む、説得する」
「グロリアーナさんをですか!?」
出来るわけがない、グロリアーナさんは確かにいい人だ、けど それは魔女第一主義という大前提があって成り立つ優しさだ、フォーマルハウト様のコレクションを手放させるのを手伝わせるなんてそんなこと 出来るわけがない
その意識は ザカライアさんもニコラスさんも同じらしい
「…出来るとは思えねぇな」
「この一件で、我々のデルセクトを想う気持ちはグロリアーナ総司令にも伝わっていると思います、…魔女様の為 そう言えばグロリアーナ様も分かってくれる筈です」
希望的観測だ 楽観的だ 、真摯に説得すれば必ず分かってもらえるなんて幻想だ
…だが、だがどうしてか エリスはメルクさんの言葉を否定できない、事件を解決する為共に戦った彼女の事を信じてみたい気持ちでいっぱいなんだ
それに、きっと今度またメルクさんに無理矢理正道から外させるような真似をしたら メルクさんはこの国を取り戻しても、きっと納得が出来ないだろう 、師匠は助けたい…それと同時にメルクさんの意思は尊重したい、それじゃあ…ダメかな
「メルクさん、エリスはメルクさんを信じます」
「エリス!?マジかよ!?」
「マジです、エリスはメルクさんを信じ抜く そう決めたんですから、最後の最後までメルクさんを信じます」
「…エリス、ありがとう」
そうだ、エリスはメルクさんを助けようと誓った なら最後まで助け抜く、それは彼女の意思を守る事 最後まで共に歩む事、出来るかは分からない だが彼女となら出来る気がする
「まぁ、お前らがそれでいいってんならいいぜ、手伝えることがあったら手伝ってやる、乗りかかった船だ 最後まで乗ってやる」
そう言ってザカライアさんは笑いながら信じてくれる、頼りになる…彼は本当に頼りになる、その姿はベオセルクさん以上に頼りになりますよ、ザカライカさん
「そうね、…メルクちゃんの正義は時として遠回りになる、茨の道を行くことになる…それでもきっと、行き着く先はどの道よりも華やかな場所に出れるはずよ、頑張りなさい エリスちゃん メルクちゃん」
ニコラスさんもまた笑ってくれる、思えば全ては彼の言葉から始まったんだったな、エリスは彼を最初は疑っていた 信じられるのかどうか 嫌な目で見ていた
けど、今はもう疑うことはない、彼は真摯にエリス達を助け続けてくれた、だからもう エリスは彼を疑わない
「…ありがとう、…エリス 必ず君の師匠を助ける、だから今一度私を信じてくれ」
「言われずとも、エリスはずっとメルクさんを信じてますよ」
メルクさんの手を取り、強く頷く ああ信じるとも、この国でエリスは誰よりもメルクさんを信用している、他の誰よりも彼女の事を…
どうなるかは分からないが、それでも最後まで…助け抜き 信じ抜くんだ!
……………………………………………………
それから、レグルス師匠救出作戦…まぁ作戦と言えるほどの内容ではないが、それが決行されるのは一週後に決まり
それまでエリスとメルクさんは準備をするようなしないような、いつも通りの平和な時間を過ごした
事がいい方向に転んでも悪い方向に転んでも、きっと こうやって二人でこの家で過ごすのは最後になるから…
エリスがメルクさんの為にご飯を作って、メルクさんが美味しそうにそれを食べる、二人で他愛ない話をしたり 一緒に本を読んだり、偶にトランプして遊んだり…最後の戦いが迫っている事など気にしないように 二人でその時間を楽しんだ
アンスラークスのあの日からエリスとメルクさんは同じベッドで寝るようにしている、彼女の手を握っていると嫌な事を忘れてぐっすり眠ることが出来る、…それほどまでに エリスは彼女に気を許しているし きっと彼女も……
そして、そんな日々はすぐに終わり 約束の一週間後が訪れた……
名残惜しいが、その日が来てしまった以上仕方ない エリスとメルクさんは二人で準備を整え地下を出て、翡翠の塔の前まで来る
「エリス、グロリアーナ総司令は私が説得する…だがきっと 危ない場面になると思う」
危ない場面とはきっと グロリアーナさんに襲い掛かられるという場面だろうか、それを物語るようにメルクさんのの表情は固く かつその腰のホルスターにはアルベドとニグレドが差されている
「危ない場面になっても、説得するって事ですか?」
「ああ、あの人の胸に秘めるものは私達と同じ筈なんだ、…分かってくれる いや…分からせる」
燃えている、ソニアさんと対峙した時同様 メルクさんは燃えている、正義に この国を守る為に、それを見てエリスは やはり説得の道を選んで良かったと安堵する
メルクさんは正道にいると強くなる、実力云々じゃない 心がだ、何が何でも正しくあろうとするその姿勢は 時として大流さえも凌駕し動かす、…きっとメルクさんなら…そう 思わせる力が彼女にはある
「分かりました、行きましょうか」
「ああ…行こう」
メルクさんは進む、翡翠の塔を エリスも続くその背中に、軍靴響かせ進むはグロリアーナさんのいる司令室、当然道中他の軍人達にも出会う メルクさんに声をかけようと近寄るが…
「おーい、メルク司令補佐…か…ん?…」
「…………」
かけられない、声を…そのあまりの気迫に気圧され、思わず身を引く軍人、いやこいつだけじゃない 周りで見ていた軍人 向こうから歩いてくる者、全員がメルクさんから立ち上る気迫に圧倒されて道を開けていく
誰にも今のメルクさんは止められない、後ろに続くエリスもちょっと怖いくらいだ
止まる事なく一直線に階段を登り 、辿り着いたひときわ立派な扉…周囲に人影はない、まぁこの国の軍部のトップの部屋の前だ、用もなく通りかかる人間はいないか
「着いたぞ、ここがグロリアーナ総司令の部屋の前だ、いつもここで仕事をしている」
知ってるよ、一回来たことあるもん…いや違いか、問うているのだ、準備は 覚悟はいいかと、己に
「大丈夫ですよ、着いていきます、ついていますから」
「…ああ、分かった…グロリアーナ総司令、失礼します」
扉を叩く、晩鐘のように響く木音 静寂の中に染み渡るように、エリスの耳をつく こんな小さな音一つに過敏に反応してしまうとは…エリスもかなり緊張しているな
なんせ、今から対峙するのは あのグロリアーナさんだ、その強そのデタラメさはこの目で見ている、もし…説得が失敗して どうしようもないくらい敵対してしまったら、…エリスは生き残れるだろうか、勝てる勝てないじゃない 生きていられる保証すらない
…いくらメルクさんを信頼すると言っても それとこれとは別の問題、エリスにはとてもあのグロリアーナさんが譲歩するとは思えないのだ
「ん?、メルクリウスですか?どうしました?入りなさい」
「失礼します、グロリアーナ総司令」
中から聞こえてきたのは 殊の外優しい声だ、いやそうか グロリアーナさんにとってメルクさんは妹分にして今は仕事を補佐する直属の部下だ、その信頼度は高い…
声に招かれ扉を開ける、するとそこには部屋の中央 書類に囲まれたグロリアーナさんが忙しそうにペンを走らせながら座っていた、…忙しそうだ
「おや、ディスコルディア も一緒でしたか、珍しいですね」
「いえ、お仕事中にすみません」
「構いませんよ、でも今日はお休みでしたよね?メルクリウス 言っておきますが休日出勤は認めませんよ、貴方は働きすぎです、このままじゃ錬金術師ではなく連勤術師になってしまいます、あっはっはっ」
「……今日は大切なお話があってまいりました」
「…なんですか?、貴方が大切と言うからには、余程のものでしょう」
そういうとグロリアーナさんはペンを置き、メルクさんの方を見てくれる 彼女が重要というのなら、それは今手につけているどの仕事よりも重要だと言わんばかりだ
「グロリアーナ総司令は 魔女レグルス襲撃作戦のことを覚えていますか?」
「ええ、覚えています 半年程…いえもう直ぐ一年になりますか」
魔女レグルス襲撃作戦、エリスが師匠と別れたあのホテルでの事件だ、エリスを睡眠薬で眠ら師匠の不意をつき襲撃したあれだ
エリスとレグルス師匠はグロリアーナさんに誘き出され ホテルに騙され誘導されたんだ、師匠でさえ見抜けないほど完璧な襲撃作戦、…メルクリウスさんもまたその腕を買われ参加していた極秘作戦の名前が出てきてか 少しグロリアーナさんの顔色が曇る
「それがどうかしましたか?」
「…グロリアーナ総司令は、あの作戦について どう思っているかお聞きしたいのです」
「なんとも、数多ある作戦のうちの一つとしか」
グロリアーナさんは無表情でなんともと答えたのだ、メルクさんが苦悩したあの作戦を…民間人同然の存在を騙し襲撃したあの作戦を、栄光も誇りもない薄汚い作戦をなんとも思っていないと話すのだ
…それは事実だろう、彼女にとって魔女フォーマルハウト様に従うのは当然のこと、そこに自分の意思は一切挟み込むことは無い
「あの、栄光も誇りもない作戦をですか?」
「綺麗事ばかりでは国は回りません、国を守るためなら栄光も捨てなければならぬ事もあります」
「栄光の魔女が統べる国が 栄光を捨てていいはずがないです」
「…読めましたよメルクリウス、貴方 あの作戦に参加していましたね、あの作戦の内容に貴方は納得していないようで、貴方は真面目ですからね」
その通りだ、納得していない 苦悩し涙を流し心が折れかける程に彼女は傷ついた、愛するデルセクトが デルセクト軍が 魔女様が 己自身が、そんな非道に手を染めることに彼女は耐えられなかったからだ
だからこうして、グロリアーナさんと相対している
「はい、納得していません もし私に時を巻き戻す力があるなら、あの日を無かったことにしたいほどです」
「ですがあれば魔女フォーマルハウト様の命令でした、そこは貴方も知っているでしょう?、魔女様の命令は絶対、そこに私情を挟んではいけません」
「その命令が道を違えている可能性はないですか?、グロリアーナ総司令は今の魔女様が正気に見えますか?」
「…メルクリウス?」
瞬間 部屋が重圧に飲まれる、圧倒的な魔力…いや純粋なる敵意が部屋を飲み込み エリスの心臓を鷲掴みにする、恐怖…まだ何もされていないと言うのに 突如として湧き上がったそれは まるで部屋の中に風が吹き荒んでいるかのようだ
おいおい、いきなり剣呑な空気になったぞ、説得するんじゃないのかメルクさん
「メルクリウス、…魔女様を貶めるようなことを口にするものではありません、我々は魔女の下僕、下僕が主人に失礼な口を聞いてはいけません」
「違います、我々は軍人です 魔女様のために戦う軍人です、魔女が誤ったのなら 糾すのも我らの仕事です」
「魔女は間違いません」
「間違います、…正気を失っているのなら尚のことです、グロリアーナ総司令 魔女フォーマルハウト様の側にいる貴方なら分かるのではないのですか?、今のフォーマルハウト様が普通ではないことに」
「メルクリウス…ッ!言うに事欠いて貴方は!」
グロリアーナが立ち上がる、その顔は怒りに満ちている 敬愛する魔女を貶められ…正気を失った狂人だと言われ激怒する、それでもメルクリウスさんは続ける 例え相手が怒ろうとも、ただひたすら事実を述べる
「何を考えているのですかメルクリウス、何を血迷っているんですかメルクリウス!…魔女フォーマルハウト様を貶すなど、いくら貴方でも許しませんよ」
「誰になんと思われても構いません、私はただ 糾したいだけです、この国を 魔女を 貴方を、正道を失った者は須らく滅びます、そのような道 このデルセクトに辿らせるわけにはいきません」
「魔女様を糾すと?、不敬ですよメルクリウス」
「…失礼」
そういう時メルクリウスさんは手を挙げ…エリスに向けて振り下ろす、勢いよく振るわれた手にエリスは反応出来ず 声もあげる暇もなく、頭の上に乗せいたカツラが奪い取られる
エリスの…エリスの本来の髪色が 正体が露わになる、ってぅぇえええええ!?エリスの変装を!?何をするんですかいきなりィッ!?
「なっ!?…お前は 孤独の魔女の弟子!?死んだ筈では…」
当然、それを見たグロリアーナの目の色は変わる、驚愕し動揺する、いやエリスだって驚いて動揺しているよ、メルクさん 何を考えているんだ…!
「私が助けました、グロリアーナ総司令 やはり私には何もしていない民間人である彼女を 子供である彼女を!、撃つことも殺す事も出来ません!、総司令もう一度よく考えてください…欲を満たす為に友を騙し子供を殺そうとする今の魔女様が正気と言えますか!」
「…メルクリウス!貴方何をやっているか分かってるんですか!何を言ってるか分かってるんですか!、それは魔女フォーマルハウト様への明確な反逆行為ですよ!」
「叛逆と言われようがなんと罵られようが構いません!、だから答えてください!本当に…本当に今の魔女様の姿が グロリアーナさんの信じた魔女の本当の姿だと思っているんですか!」
「今のフォーマルハウト様の姿が…?、………!」
メルクリウスさんの言葉に グロリアーナは黙る、誰よりも魔女を愛する彼女だからこそ、思い悩むのだ …今の姿があの欲の怪物とか化したあの姿が本当にあの栄光の名を冠する魔女の正体だと言うのなら
それは…いやそれこそが魔女への侮辱に等しいのではないのかと、だが…
「…エリス!、貴様!メルクリウスに何を吹き込んだ…!」
その怒りの矛先はエリスに向いた、怒りの視線がエリスに向けられる、何を吹き込んだ?吹き込んだって エリスがメルクリウスさんを騙したと思ってるのか!?
「違います!エリスは何も…!」
「グロリアーナ総司令!彼女は何も吹き込んでいません!、私が私の意思で魔女様の正気を取り戻そうと」
「魔女は正気など失いません、…エリス 貴方は師であるレグルスを助ける為に、正義感の強いメルクリウスを拐かしたんですね」
「違います!違います!」
ダメだ、話が嫌な方に進んだ、思うよりもグロリアーナのフォーマルハウト様への盲信が強かったのだ、そう 盲信だ 盲目な迄の忠義が…フォーマルハウト様を疑うと言う思考から彼女の目を逸らせているんだ、今起こっている事態を正常に判断せず 都合のいい言い訳を自分の中で作ってそれを自分で正当化している
これではいくら説得しても平行線、グロリアーナは絶対に魔女を疑わない 魔女を疑う者がいると言うのなら、それがグロリアーナの敵なのだ
どうやら、自分を見失っているのはフォーマルハウト様だけではないらしい
「……残念です、メルクリウス 私は貴方を信じていたと言うのに、そんな奴に騙され 魔女様を罵倒するなど、そのような行い デルセクト同盟 連合軍総司令官として…許すことはできません」
「この頑固者!、騙されているのは貴方だ!自分の中の都合のいい部分にいいように騙され真実に目を向けていないじゃないか!、疑わずして何が忠義!意見せずして何が忠臣か!今の貴方は魔女の騎士でも国を守る守護者でもなんでもない!、ただの魔女の腰巾着に成り下がっている!」
「メルクリウス!もう黙りなさい!」
「黙りません!、目を覚ましてくださいグロリアーナ総司令!」
「目を覚ますのは…貴方の方です!」
グロリアーナさんが目の前に置いてあった机を投げ飛ばし一歩踏み出す、ただそれだけで塔が揺れ 地鳴りが起こる、交渉は決裂した この人の説得は無理だった、魔女の非を認めさせるなど 無理だったんだ!
「魔女様を貶す者は…例え相手が誰であろうと許しません、誰であろうと消します!私はあの時そう誓ったのです!それこそが私の正義だと!」
「貴方が昔語った正義は…そうじゃないでしょう!、例えこの身を悪に落とそうと このデルセクトの為に魔女様のために戦う、それが 貴方の…私の正義です!」
グロリアーナは激怒している、突かれたくないないところを突き回され 見たくないところに目を向けられ、指摘され叱咤され 図星を突かれ…大人気ない怒り方だ、だがだからこそメルクさんは指摘したんだろう
貴方も本当は分かっている筈だと 目を逸らすなと…魔女を想うなら守ろうと思うなら、時として魔女を否定することさえ厭わず戦うべきなんだ、ただ魔女の行いを全肯定して寄りかかるだけでは重荷と変わらない
…メルクさんの説得とはグロリアーナさんを言い含め味方に引き込むことではない、フォーマルハウト様同様 自分を見失ったこの人の栄光を取り戻させる事だったんだ
だから荒事になるといったのか…、いや言うまい メルクさんはきっと もう嘘をつきたくないんだ、大好きなデルセクトに 敬愛するフォーマルハウト様に…憧れのグロリアーナさんに
「飽くまで魔女様の否定をしようと言うのですか」
「今の魔女様をです、今のあの欲に溺れた姿を 見過ごすわけにはいきません」
「……貴方の正義の炎はいき過ぎている、それが悪事に向いているうちは良かったが まさか魔女様にも向くとは、もはや浄化の焔だ…こうなっては仕方ありません、…悲しいですが 消します」
怒りに満ちた目が突如冷却され 途端に冷酷な冷淡な怜悧な目へと変わる、…あの目は エリスとレグルス師匠を騙していた時の目と同じだ、心の内側が読めない …使命を全うする時の目つき!
グロリアーナさんは腕を重ねる、十字形に構えたまま…静かに、魔力を隆起させる
「エリス、正念場だ…魔女様の前にグロリアーナ総司令の目を覚まさせる、過ちから目を背けるその性根を叩く、…私が変えたい国とは 魔女様だけでなく彼女も含めてなんだ!」
「え!?戦うんですか!?勝てるわけないですよ!」
「弱音を吐くな!…私を信じろ 上手くやる」
上手くやるって…戦ったら勝ち目はないんだ、アルクカースにいる最強集団 討滅戦士団…たった一人でもエリスは手も足も出ないようなそんな人達が束になっても敵わないと言う魔女大国最強の戦士デニーロ…
それと同格と言われるグロリアーナさんと戦闘になれば、エリス達は…
「魔力逆流…封鎖」
部屋を満たすグロリアーナの魔力が突如として逆巻き、まるでその体に収められるように吸い込まれていく魔力を外に押し出す魔術とは全く逆の行動 、今まで見たことのない行動
だが、だがエリスは知っている 知識として知っている、師匠に一度言われた事がある 教えてもらった事がある
魔力を使い 魔術を扱い、所謂体外に魔力を放出し操る技術を『第一段階・魔力操作』と呼ぶ、ただ魔力を操るだけでも相当な鍛錬を積まねばならず 一生をかけてもこれを極める事が出来る者は少ないとされる
だが稀に、それを極め 魔力をただ操作するだけにとどまらず、更に上の段階に昇る者がいると言うー師匠はそれを『第二段階・逆流覚醒』と呼んでいた
「魔力…覚醒」
魔力とは魂より出ずる、それを体外で操る技術を魔術と呼ぶ、しかし熟達し極めた者は逆に魔力を逆流させ 魂へと取り込む事で、己を大幅に強化する事が出来る
それは魔術にあって魔術に非ず 名を『魔力覚醒』、その者の本質を存在を一段階上へと押し上げる絶技
それを用いた者は絶対的な力を手に入れ 、魔女の座に指がかかる程にまで…強くなる、それは 魔力操作の段階にある者達には決して超えることのできないほどの力 即ち…
エリス達では絶対に勝てないことを意味する
「…『覚醒『ティトラカワン・オブシウス』」
グロリアーナさんの鎧が漆黒に染まる その手が黒色の鉱石へと変わる、魔力覚醒を用いた者は その者を体現する力と姿を得ると言う
あの全身を黒曜石に包んだ姿こそがグロリアーナさんの本質を体現した姿、この国最強の人間の戦闘形態、エリス達では未だ至れぬ遥かな高みに位置する力、それが今 エリス達に向けられる
「来るぞ、エリス…グロリアーナさんと全霊だ、あれを受け止め 目を覚まさせる」
無理だよ!と言いたいが…言いたいが…!
「分かりました!メルクさん!やりますよ!」
構えを取る、覚悟を決める やるしかない、どの道 エリス達がレグルス師匠を助ける為にグロリアーナさんを超えて行かねばならないのは確定してたんだ、ならもうジタバタしない 勝てなくとも、目を覚まさせる事ができればいいんだ!
どうすればいいかは全くわからないけれども!
「魔女に刃向かう者 メルクリウス 、フォーマルハウト様の敵エリス…お前達を、ここで殺す」
デルセクト同盟国家群 連合軍総司令官、この国で最も強い人間にして最も魔女に近い存在、それが今 エリス達に牙を剥く…
メルクさんの、説得という名の戦いが始まる




