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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
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795.魔女の弟子と覚悟と責務と最後の争奪戦


「クレプシドラ様、ご命令通りミロワ・カレイドスコープを回収致しました」


「ご苦労様です、オルロージュ」


虧月城…謁見の間にて私は女王に向けミロワ・カレイドスコープを差し出す。幾重にも罠を張り巡らせ、カレイドスコープ邸での戦いを制し、無事奪い返すことができた…まぁ当然だこの結果は。

態々私が出撃してまで軍の指揮を取ったのだから、勝ちは当然…。


「今から準備をすれば夕頃の計画指導には間に合う計算となります。どうぞクレプシドラ様…お納めください」


「ええ、そうですね」


当然…なのだが、それは飽くまで私の自認であって、王たる彼女はもう少し感謝をしてもいいのではないだろうか。そんな気持ちをおくびにも出さず私は笑顔を貫く。まぁいい、これでクレプシドラの計画は恙無く進む、つまりここからは流れ作業…私がするべき事は殆どない。


既に、ミロワの母も始末した。ギャーギャーと自分の取り分を要求するゴミクズは今の段階ではいない方がいい。


「それで、魔女の弟子はどうしましたか?」


「え?」


ふと、クレプシドラは気絶したミロワを前に私にそう聞いてくるんだ、意外だ…彼女が敵対者の生死に関心を持つなんて…。


「えっと、手痛い打撃を与えておきましたが…」


「打撃?生きているんですか?」


「え、ええ…」


「あれだけの軍を預け、ヴァントゥーアの全投入を許し、リューズまで出撃させて、打撃止まりですか?」


「い、いや……」


「ふぅ……」


クレプシドラはやれやれと私を前に首を振るう。まるで呆れたと言いたげだが…そりゃ私だってここで魔女の弟子全員の首を持ち帰るつもりで戦ったさ。だが想定を超える勢いで奴らが強かったのだ。


特にエリス、奴はこの私に肉薄するほどに強かった…お互い覚醒を用いて戦ったわけではないから真の実力は分からないままだが、それでも倒そうと思えばミロワの誘拐と言う足枷が邪魔すぎた。


私の覚醒は規模が大きすぎる、館を吹き飛ばして余る威力がある以上使えない。だから封じて戦ったんだ…ミロワの生死など関わらずやっていいと言うのなら私の覚醒で一方的に殺せた。


だが……どうやら女王様はそれがお気に召さないようで。


「老いましたねオルロージュ、お前の実力の高さは我が父にも迫る程、故に生かしておいたと言うのに。年齢を加味するべきでしたか…時は無情にも日から力を奪います」


「ッ……!」


「魔女の弟子はこちらに来るでしょう、戦いの場をカレイドスコープから虧月城に移して満足ですか?オルロージュ」


「お、お言葉ですが王よ!」


クレプシドラの毒のある物言いに私は胸を叩きながら立ち上がる、魔女の弟子などこの先放っておいてもいいじゃないか。


「永久鏡は全て回収してあります、デイデイトが許可しない限りこちらには来れません!だから……」


「奴らは一度、不正な手段でこの国に入った前科があります、一度やった事は二度目もあります。そこを考慮に入れなかったのですか?」


「ッッ……そ、それは…」


「それに、本当に全て回収したのですか?」


全て…回収したはずだ、いや…『一つだけ』残ってるが、それも直ぐに消えて無くなる。だから大丈夫、大丈夫…だが。


不安だ、この私が『大丈夫だ』などと自分を言い聞かせなければならないほどの状況に陥っている事実が…。


「まぁいいです、どの道この城がどれだけ崩れようとも最早クロノスタシスに用はありません。夕頃まで防衛すればいいだけなので…ミロワを展望台へ。魔女の弟子達を近づけさせないようにします」


そう言うなりクレプシドラは精霊を生み出し、それに飛び乗りつつミロワを掴み上げ、玉座の間の天井を突き破りながら展望台へ向かっていく。最早彼女にとってこの城はどうでもいいものらしい。


屈辱だ……。


「ッ…小娘が…この私を愚弄して…」


親指の爪を噛みながら憎々しげに呟く、この私があの小娘に頭を下げるなど、あの小娘に蔑まれるなど、なんたる屈辱。

本来なら、私が玉座に座っていたはずなのに…こんな事になるなんて。


「………だが、まぁいい」


それでもいい、クレプシドラは少なくとも私の思うままに動いてくれている。私が教えた魔術と魔法で力を得て、私が教えた過去跳躍法で八千年前への野心を滾らせ、そしてそれを可能とするべく動いてくれている。


「くくくく、過去に飛ぶ?あんな狂人が過去に飛んで何が変わる。過去を変え新たな世を創造するべきなのはもっと崇高で高貴な存在の方が良い。そう…例えば」


私とか…とニタリと笑う。後は流れ作業だ、クレプシドラの制御は上手くいっている。だから後は…そうだな、もし邪魔をしてくるなら、邪魔者であるオリフィス達と魔女の弟子を殺し……。


私が過去に飛ぶ。それだけだ。


………………………………………………………………


「やばいやばい!火の手が上がってる!エリス!消火は!」


「もうここまで来たら無意味です、それよりも鏡の世界に行く道を!」


エリス達は揃ってアドラ邸へと踏み込む、しかし既にかなりの火の手が上がっており使用人も何も全員逃げ出しておりもぬけの殻。まぁそれはそれで都合がいい。


今エリス達はクロノスタシスへ行くための鏡…永久鏡を探している。アドラがクロノスタシス側の人間ならきっと奴らに通じる何かがあるはず、なければ終わり。ミロワちゃんを誘拐された以上ここに縋るしかない。


元々クロノスタシスへ行くための道として用意していたオリフィスさんの永久鏡は奪われ、ラグナ達が使った鏡の世界に入るための魔力機構はリチャージに数日かかる、最早この賭けに勝つしかない。


だからエリス達はみんなで燃え盛る館を探して回る、部屋を開け鏡を探し…ダメなら他の部屋へ、エリス達八人とオリフィスさん達三人の総勢十一人の総当たりで全ての部屋を探すが…。


「ダメだエリス、ない!」


「って言うかさー!あれ!なんだっけ?アドラ?アイツが見当たらない!アイツがいないってことはその鏡も持ち出して逃げちまったんじゃないか!?」


みんなで廊下に集まり鏡がないと言う結論に至る。アドラの姿も見えない、もしかしらもう逃げてる?もうこの館にいない?鏡を持ち出した?…あり得る。


「いやあり得ない!」


そんな中オリフィスさんが叫ぶ。


「アドラはきっとオルロージュに誑かされている、オルロージュは必ず莫大な見返りをチラつかせて協力を促す。そうやって相手に引くに引けないところまでやって来させて支配するんだ!」


「つまりアドラにはもうこの館やクロノスタシスに見切りをつけて逃げるだけの選択肢はないって?」


「ああ、どこかにいる!例え館が燃えていても…いや、燃えているからこそ!彼は永久鏡の前でクロノスタシスの迎えを待っているはずだ…或いは、まだ何か別の命令をされいるか。少なくともここを離れていない筈だ!」


「なら……」


ラグナは顎に指を当てて、数秒考えると…。


「地下だ、地下にその鏡はありアドラはいるはずだ」


そう結論を出すのだ、どうして?と聞く前にラグナは床を軽く叩き…。


「あれだけの軍勢が一気に現れるには相応の大きさのゲートが必要だろ、ってなると姿見程度の穴じゃダメだ…一気に移動させられる巨大な鏡が必要、ってなったら…それを置いておく空間も必要だ」


「そんな空間、この館になかったな…」


「ああ、メルクさん!見識で探ってくれ!」


「ああ!」


「その必要はございません!確か地下への入り口でございますね!こっちでございます!」


「え?」


するとメグさんが走り出し、廊下の一角にて立ち止まる。そこには何もない、ただ壁だけがある、だがメグさんは迷いなく壁をグッと押すと…なんと壁が開き下に通じる階段が現れるではないか。


「メグさんこれは…」


「先日忍び込んだ時、なーんかこの壁怪しいなぁと思って行ったのですが、地下室という話を聞いて入り口があるとするならここしかないと考えたのでございます」


「流石です!」


バーンとエリスはメグさんの肩を叩く、見るからに隠してある通路、それに地下ならラグナの言ったように大きな鏡があるかも!


「それ!いけいけ!」


そしてエリス達は揃って階段を下る、そしてかなり降ったところで…見えてくるのは巨大な空間。


はっきり言おう、ビンゴだ…巨大な鏡、永久鏡が部屋の奥に飾られており、何よりその鏡の前にアドラがいた……けど。


「なッ!」


エリス達は声を上げる、永久鏡、アドラ…それよりも先に目に入る異常事態が、この地下室で起こっていたのだから。


それは、それは─────────。


…………………………………………………


時は、少し遡る。エリス達が動き始める前…メレク邸の一室で相談しているその話を、部屋の前で、扉越しに聞いている存在がいた。それは……。


「……ミロワが、鏡の世界に攫われた…」


メレクだった。静かにエリス達の話を聞いて…先日受けていた相談を思い出す。



(あれは事実だったのか)


はっきり言おう、私はエリス達の言葉をイマイチ本気で受け止めていなかった。鏡の世界?そこから軍勢がやってくる?何をバカなと…でも敵がくるなら倒してやると、その程度の認識でいた。


だが、今なら言える。私の認識が間違っていた…兵団が殺され、今目の前で広がる屋敷の惨状を見るに…私は、甘かったんだ。エリス達が言っていた事を聞き入れなかった私は…ひたすらに。


(なら、ミロワが攫われたというのも本当か…)


クロックの恐ろしさを目の当たりにした今なら言える、ミロワは私が想像も出来ないくらい巨大な存在に襲われていると。そして誘拐され…命の危機にあると。


……私は、私は…一体どうしたら……。


『よく考えておいてください!ミロワちゃんは貴方の一部じゃありません、貴方の娘なんだと!』


エリスの言葉が脳裏に木霊する。エリスの言う通り…私はミロワを自分の一部だと考えていたのかもしれない。私が残した兵団でアドラの子をやっつける…そんな様を何度も妄想したが。


果たして、ミロワはそれを望んだか?心から、あの子に私は願望を押し付けて…望ませただけなんじゃないのか?


それを私は勘違いして、痛めつける事を教育だと思い…厳しくする事があの子の為になると考えた。けどそれはあまりにも自分勝手だったと言わざるを得ない。


だって、私はあの子のことを自分の一部として捉えながら、あの子の痛みや苦しみには目をくれず…ただ押し付けるだけ押し付けていたのだから。


(ミロワは…私の娘……)


正しいことだったのか、あの子への態度や対応は。あの子の意思を尊重していたか?……いや、そもそも。


(最後にミロワと会話したのはいつだ…?)


考えるが思いつかない、していたのかもしれないが…記憶にない。なんて事だ、なんて事だ…これじゃあ、これじゃあ。


散々負債を作り、私に全てを押し付けて消えた…ロクでなしの我が父と同じではないか。そんなの…そんなのは─────。


「ッ……!」


走り出す、館を駆け抜け走り出す。エリス達は言っていた、鏡の世界に攫われた…敵は鏡から来ている。鏡だ、鏡がキーワードだ、そしてこれにはアドラが関わっている。


なら、言えることは一つ…アドラの家の地下には大きな鏡がある。随分昔奴が館の地下に空間を作り、そこに巨大な鏡を搬入しているのが見えた。態々空間を作ってまで安置するなんてさぞ高価な鏡なんだろうと…一度見てやるつもりで私は奴の館に忍び込み、見に行ったことがある。


あの時は分からなかったが…もしかしたらあの鏡はエリス達の言う鏡の世界への入り口なんじゃないのか?だったら…だったら。


「ミロワ……!」


走り出す、一心不乱に走り出す。行ってどうするとか、何が出来るとか、そんな事は思考にはない、だが…それでも、それでも。


しかし、私が我が家を出ようとした瞬間……突如目の前の壁が膨張し


「むっ!?ぐぁぁあ!?!?」


爆発した、爆薬が仕掛けられていたんだ、私は爆発に吹き飛ばされ床を転がり倒れ伏す。血塗れになり…火傷で全身が痛む。見れば各地で爆発が起こり、我が家が崩壊していく…我が家だけではない、アドラ邸もだ。


何百年と続いたカレイドスコープの伝統が、歴史が、崩れていくのを前に、私は立ち上がる。


「ふぅ…ふぅ…!」


確かに私は現役を引退して長く、真実も見えていなかった愚か者だ。だがそれでも…それでも私は、ミロワの父なのだ。


父が守らずして、いったい誰が…娘の未来を守ってやれると言うのだッ!!


「ッッミロワ!!」


燃え盛る館を抜け、アドラ邸を包む炎にも迷わず突っ込み…私は一目散にかつて忍び込んだ隠し部屋に入り込む。壁を押して、隙間に体を捩じ込み炎が入ってこないように閉じる。そしてそのまま階段を降りていけば…そこには。


「ッアドラ!?」


「なっ!?貴様が何故ここに!」


そこにはあった、巨大な鏡が、分厚い鉄の門に閉じられ鎖で封をされているがあれは以前見た鏡と同じ。そして…必死に巨大な鏡に爆薬を仕掛けているアドラの姿があった。こいつ…やはりクロノスタシスとか言うのに命令されて!


「アドラァッ!!恥ずかしくないのか!マレウスの大貴族たるものが…他所者にいいように利用されて!」


「うるさい!この鏡を処分すれば私はクロノスタシスで大貴族にしてもらえるんだ!もう二度と貴様と争う必要もなくなる!沈みゆくマレウスなんて国の貴族を名乗る方が恥ずかしい!」


「貴様ぁああ!」


この馬鹿野郎を殴り飛ばさねばと私はアドラに突っ込んだが…その瞬間、奴は懐から拳銃を取り出し…銃口を私の鼻先に突きつけ…。


「っ……」


「今更何をしようと言うんだ、メレク。バカなお前が動いたところで…何も変わらん!!」


「…………」


拳銃を突きつけながらアドラはニタリと笑う。地上の炎に炙られこの地下室も地獄のような暑さだ…その暑さの中、私は冷や汗を流しながら…立ち止まる。


「メレク…お前は昔からそうだった、大局を見ず…先を見据えず、目の前の何かに固執して立ち止まる。そう言うバカだからやりやすかったよ」


「……ミロワをクロノスタシスに売ったのもお前だな…!」


「ああ、そうだ。お前は気が付かなかったのか?あの子が五歳の時…偶然発露させた魔力の異常さに」


「…………」


確かにミロワは五歳の時、魔力を暴走させたことがある。私はそれを見て…ミロワに魔術を教えるのを恐れたこともあったが、気が付かなかった。魔力の異常さなど…私自身魔術を使わないから、気が付かなかった。


だがこいつは気がついたと…昔から、物事をよくよく観察することだけがこいつの取り柄だったからな。


「お前とは長い付き合いだ、子供の頃から…ずっとずっと付き合ってきたなメレク。だがそれも今日で終わりだ。ミロワをオルロージュ様は高く買ってくれた!ここで私は最後の任務を終えれば!晴れてクロノスタシスの大貴族!勝者は私だ!!」


「……アドラ、お前は昔から先を見据え、大局を見るばかり…目の前のことを蔑ろにする悪癖があったな」


「なに?」


「今館は燃えているぞ、逃げ場は殆どない…お前はこの爆薬を爆破させてどこに行く?外に出るか?燃え盛る館を抜け出して、軟弱なお前にそれが出来るとは思えないが」


「そ、それは…爆破の前にクロノスタシスが迎えに来てくれるんだ!」


「なら何故今お前は一人なんだ?お前の脱出を待たず館の爆薬は爆破された。分からないか?お前は捨てられているんだ…アドラ!」


「ッッ……!」


「付き合う相手を間違えたな!結局お前は親の遺産で私に勝っていたに過ぎないんだ!!」


「ぐぅううう!うるさい!!うるさい!!死ねェッ!メレクッッ!!」


「ッッ!」


瞬間、私は引き金が引かれる前にアドラの手を掴み、そのまま突っ込んで奴の下に潜り込みつつ腕を引いて…。


「どりゃああああああ!!」


「ぐぅう!?」


投げ飛ばす、アドラは地面に叩きつけられのたうち回る…ふん、やはり軟弱だな。


「侮るな、お前が金勘定してる間…私はマレウス王国軍で鍛えられていたんだ!この力の積み重ねは…裏切らんのだ!」


「く…くぅうう……」


腐っても元軍人、拳銃を持った程度の素人になんぞ負けてられるか。このままアドラをタコ殴りにしてやりたいが…それよりミロワだ。きっとこの鏡は向こう世界に通じていて、そこでミロワは今も助けを待っているに違いない。


だが今鏡は分厚い鉄の門により蓋をされており、門の取手には太い鎖により封をされている。……開けられない、いや……開ける!


「ッッフン!!」


掴む、鎖で雁字搦めになった取手を。その瞬間鉄製の取手はジュッと音を立てて皮膚を焼く…その痛みに顔が歪む。どうやらこの熱が取手に灼熱を与えたようだ…だが。


(これしきの痛み…ミロワに与えた痛みに比べれば…)


私はミロワを一部として見ながら、その痛みに目を向けなかった。なら…これはミロワの味わった痛みのカケラと考えるべきだ、私が味わうべきだった痛みのカケラ…なら、構うことか!


「ぐぅうううううう!!」


「バカな奴…バカな奴!!その門は鍛え抜かれた兵士が数人がかりで動かす超重量の門、鎖で封もされている…動かせるわけがない!!」


「ッッッ……!」


歯を食い縛り思い切り引くが門は全く動かない。重い、重すぎる…鎖も取り外せないし、開く気配が全くない。


後ろで騒ぐアドラの言う通り、これは私一人の力では動かせないんだろう。だが…それでも。


向こう側にミロワがいるんだ…私の娘が、向こうにいるんだ!


「ぐぅううううううううううう!!!」


「な…な…」


歯を食い縛り、歯がへし折れるほどの力で門を思い切り引いていく、するとどうだ。門が少し…また少し、動いていく。骨が軋み、関節が千切れそうだ、だが構うことなく思い切り引く…この門の向こうに、いるんだ…娘が……娘が。




私は、娘を蔑ろにしてきた。目を向けていなかったと言えばいいだろうか。


アドラと比べれば、我が家には金がなく…私の手元には力しかない。兵団と元軍人と言う肩書きしかない私はきっとミロワにとって誇らしい父ではない。賢くなく、金もなく、短気で短絡的な私は父として不適格だ…。


その事実に、プライドの高い私は耐えきれなかった。だからミロワを鍛えて…なんて言い訳をしながら、私は私自身の立場から逃げてきた。


ただ強くあればいい、ただ力さえあればいい。そんな私の願望を…ミロワに押し付けて、私は逃げた。私自身は力もなければ強くもないと言うのに……。


(私の父は…アドラの父に敗北した負け犬だった、そんな父を私は恨んだと言うのに…気がつけば私もまた父のように負け犬に成り下がっていたと言うことか)


ミロワはきっとこんな父を情けなく思うだろう。事実として私は情けないよ…自分の立場と責務と向かい合い直視しただけで…苦しくて苦しくてたまらない。

もっとまともな父であれば、もっと私が賢ければ…私はミロワにとって誇らしい父であれたのか?


分からない…今となってはもう分からない。


「覚醒者でもなければ…魔力も扱えん癖に…何故この門を動かせる…!?」


「ぐっ…ふぅ…ふぅ…ミロワぁ……!」


「ッ……!」


ダメだ、これ以上引っ張れない。鎖が引っかかってこれ以上開かない。だが中に入るにはもっと門を開けないと入れない。だが…私には、これ以上の力がない。


情けない、唯一の誇りだった力もこの程度か?エリスのように強ければ何か違ったのか?


ミロワ…すまん、無力な父を呪え…。私はお前に力を押し付けていた癖に、この程度の門すら開けられないなんて…あれだけ力に固執きていたのに……。



そもそも、私は何故…こんなに力に固執していたんだ?


(軍人だから?いやあの頃はまだそんな力に固執していなかった…なのに)


地獄の苦しみの中、無理矢理取手を引っ張り続け…私は思考する。なんで力に固執した?なんで強くあるべきと考えた?軍人だから?そうじゃない。残せるものがそれだけだから?違う、それは結果論だ…力を固執したから、私はミロワに力を残してやりたかったんだ。


ならなんで…なんで、ああクソ…もっと賢ければこの問にも答えが出せたのに。私はミロワと最後に話した記憶すらもない程に愚かだ…。明確に覚えている記憶といえば…それこそ。



『ねぇー…おとーさま』


「ッ……!」


記憶が、蘇る。願うように思い返せば…ミロワの声が聞こえる。あれはミロワがまだ言葉も拙い頃。

軍人をやめて、手に入れた退役金を使ってもアドラに勝てず、我が家の金銭が尽きかけたあの時。私はどうすればいいか分からず机に突っ伏して嘆いていたんだ。


最早アドラには勝てない、埋められないほどに差がついた。金ももうない、抵抗の手段がない。私は生涯負け犬としてアドラの後塵を拝するだけの人生を送るのかと恥辱に満ちていた、あの時。


『おとーさま…あの』


まだ小さかったミロワが、私のところにやってきたんだ。手にはあの子が小さい頃大好きだったいちごジャムの瓶。それを私におずおずと差し出して。


『開けて?』


そう言って、渡してきたんだ。そして私が固く閉まった瓶を軽く開けて渡すとミロワは…ミロワは。


満面の笑みを見せて、言ったんだ。


『ありがとう、つよいおとーさま。大好き』


「ッ……!!」


そうだ、そうだよ!私が力を求めたのは…あの子に力を、私の思う、私が持つ最大の財産を与えようと思ったのは…あの時の……!!



「やめろッッッ!メレクッッッ!!」


「グッッ!?!?」


瞬間、私の思考を遮る銃声が響く。数発の弾丸が私の胴を貫通し…血が噴き出て、膝を突く。


「もうやめろ!クロノスタシスに逆らうな!!私の計画を邪魔するな…!!」


「………」


「もうカレイドスコープは終わりなんだよ!!今更お前如きがどうこうするなんて!身の程を知れ!!」


「ッ…カレイドスコープは、終わりか…私…如きが、か……ああ、そうかもな」


口の端から血が垂れる。膝をついて地面を見る…確かに私はこの程度さ。元軍人なんて肩書を持つだけのただの貴族だ…だが、だが…それでも…それでもッッ!


「ぅっ…ぐぅぅうううううう!!」


「な…まだ動くのか!」


立ち上がり再び門に手をかけ、体ごと引く。鎖が引っかかり動かない。力を込めれば全身から血が噴き出る…意識が飛びそうだ、だが同時に迷いも消える。


「動くさ…動く、諦めんよ…私は!」


そうだ、私はこの程度だ。アドラに負け、ミロワを前に役割から逃げた弱い男だ!超常的な力を持つ奴らを前にしてたら手も足も出ないさ!だがそれでも。


「私は…私はメレク・カレイドスコープ!」


歯を食い縛り、最後の力を込めて引く。


「数百年続く誇り高きカレイドスコープ家の男!!」


この先にいるミロワの姿を幻視する…あの子が今、助けを求めている。


「マレウス王国軍百人隊長『剛腕』のメレク!そして……」


待っていろミロワ。今お父さんが…お父さんが……!


「ミロワの!強いお父さんだぁぁぁあああああああッッ!!」


助けに行くぞ…お前が大好きだと言ってくれた、強いお父さんが…この門を開けてやる。だから…お前は…生きていてくれ…ッ!


「な…ぁあああ!?!?」


アドラの声が響く、鎖が引きちぎりれ吹き飛ぶ。門が吹き飛ぶように開き…渦巻く穴を作り出す不気味な鏡が顕になる。


「し、信じられん!覚醒も使えない…魔力も使えない、ただの男が…こんな巨大な門を、たった一人で…!?」


「ミロ…ワ……」


門が開いた影響で、私の体は支えを失い後ろに倒れ込む。無数の銃痕から血が溢れ、瞬く間に私の体は血溜まりに沈む。ああ…クソ、体が動かない…。

ここまでか…だが……ミロワが……。


(ん……?)


薄れ行く意識の中、私は見る。アドラの背後から現れる影……エリスの姿を。


ああ、そうか。駆けつけてくれたか…思えばお前は、ミロワを何度も助けてくれた、誘拐からも救い、そしてダメになっていた私を再び奮い起こしてくれた。

お前がいれば、ミロワはきっとお前のように強くて…優しい子になれる。


……よかった、お前を雇って。…悪かったよ、クビだなんて言って。


だから…頼んだ、ミロワを。


私の大切な娘を、助けてくれ。


……………………………………………………


エリスが見たのは、血溜まりに沈みながらも、門によって閉ざされていた巨大な鏡を開くメレクさんの姿だった。アドラの手には銃、そして無数の爆薬があちこちに仕掛けられており。


「ッこ、こうなったら…!」


瞬間、アドラが爆薬を起動させる為の魔力機構を取り出した…その時。


「お前ッッッ!!」


「ッお前はエリ──ぎゃぶぅううう!?!?!?」


エリスは飛びかかり、アドラを殴り飛ばす。全力で顔面をぶっ叩きアドラを壁に叩きつける。…同時にエリスはメレクさんに駆け寄り…。


「メレクさん!メレクさん!!!」


「───────」


既に、メレクさんは事切れていた。胸に一発…弾丸が命中している。これでは蘇生も…治癒も…無理だ。そしてこんな状態で巨大な門をたった一人で……。


「…………」


メレクさんの顔に手を当て、エリスも目を伏せる…エリスがこの部屋に入ってきた瞬間、メレクさんがエリスに向けた瞳は。勘違いでも、見間違いでもなく、確かにミロワちゃんの救出を願う…父の瞳をしていた。


「すみませんでした、メレクさん…」


エリスは、娘を傷つけ平気な顔をしているメレクさんを…エリスの父に重ねていた。エリスの父ハルジオンもまた貴族であり、娘であるエリスを館に縛り付け…傷つけてきた。


そんなハルジオンとメレクさんを重ねたからこそ、エリスは彼を嫌っていたとも…だが、違う。ハルジオンとメレクさんは別人である、似ても似つかない男だった。


もう届かないかも知れないけれど、謝罪させて欲しい…そして。


「あとはエリスに任せてください、ミロワちゃんはエリスが必ず助けますから!!」


そう言うと、心なしか…メレクさんの体から力が抜けた気がした。大丈夫、必ず貴方の娘は助けます…絶対に、エリスが救いますから。


「エリス……」


「……行きましょう」


「ああ、…アイツは?」


チラリとラグナが見るのはアドラだ、しぶとく意識を保っていたアイツは折れ曲がった鼻を押さえながらひいひいと逃げていく。正直、死ぬほど憎いが…今アイツに割いている時間はない。

どの道、上の館はもう終わりだ、逃げ場はない。今更階段を上がっても…もう助かる道はない。


「無視しましょう」


「そうだな」


事実、アドラは爆薬を放ってエリス達の脇を抜け、階段を駆け上がる。しかし、隠し扉を開いた瞬間…。


『あ、貴方これはどう言うこと!?館が燃えてるんだけど!そこに逃げればいいの!?』


『や、やめろ!こっちに来るな!寄るな!』


『あんたに人生潰されたのよ私は!一人で助かろうとするくらいなら私に財産を遣しなさいよ!!』


逃げていなかった妻に捕まったのか、燃え盛る業火の中で愚かにも言い合いを始め。


『ヒィイ!なんでこんな事に!』


『オルロージュ様ぁ!オルロージュ様ぁああ!お助けをぉおおお!!』


この世の物とは思えない悲鳴をあげ…炎の中に消えた。エリス達が何をするまでもなく、逃げられないんだ…でも。


(メレクさんが、ここに来ていなかったら…間に合わなかった)


ここには爆薬が仕掛けられていた、メレクさんがここに来ていなければこの鏡も破壊され、アドラにも逃げられていた。彼が決死の覚悟でここで戦ったから…エリス達は間に合ったんだ。


……エリスでさえ苦労するだろうこの門を、たった一人で…か。


確かにメレクさんは魔力は使えなかった、だが彼にはあった…覚悟を決める…覚悟が。


それは人に、魔力なんかよりも余程強い力を与えるんだ…。


「みんな!……覚悟はいいですね」


「ああ、勿論だ」


「…うん!」


エリス達が負ければ、クロノスタシスは滅ぶ、世界は滅ぶ、数えきれない人が死ぬ…けれどそれ以上に。


負けられない理由が出来た。


「行ってきます、メレクさん」


前を見て、歩み出す。


「待っていてください、ミロワちゃん」


鏡の世界に踏み込み。


挑む、最後の戦いに。


…………………………………………………………


「これで全てが変わる」


虧月城、展望台にて…妾は気絶したミロワ・カレイドスコープを十字架型の魔力機構にセットする。このまま魂を抜き取り、赫末の虧月に打ち込む。それだけであの偽りの月は本物の月となる…妾は八千年前に行くことが出来る。


それで、全てを変えられる。ようやくだ…ようやく、妾の大願が成就する。


「計画実行まであと三時間と十五分。色々ありましたが結果的にはスケジュール通りになりました」


腕を組み、陶酔する。時間通り…予定通り、素晴らしい、妾はやはり未来すら支配している。何事も予定通りに済ませる事こそ王たる者の何よりの証明である。


「全てが計画通りに進みます、ありがとうございますミロワ・カレイドスコープ…全てはお前が生まれてきてくれたおかげです」


全てはこの子の誕生により始まった。その時からこの日を迎えることは確定していた。ならばこそ…この先に起こることもまた確定している。


「貴方の命を持って、妾は新世を創造する。新たなる世には貴方の名がなるべく残るようにしましょう」


それがせめてもの返礼である…と、妾が口にした瞬間。


「…させません……」


「おや?意識を取り戻しましたか?」


「させません…今の世界を滅ぼすなんてこと」


ミロワは目を覚まし、ギロリと妾を睨む。だが既に拘束されており動く気配もない…ふふふ、可愛らしいですね。


「させないと、そう言いたいのですか?妾を相手に」


「はい…絶対に…!」


「ふん、無意味です。妾が成すと言ったのならそれは絶対、貴方がなんと言おうとも変わりません」


妾は軽く魔力を放ち威圧する…ただそれだけでミロワは黙り───。


「変わります!!」


「む…」


か細い、か細いながらもミロワが魔力を放つ。妾の威圧を受けても黙らぬと…。


「この世界は…誰かの意思一つで滅ぼされていいものじゃありません…。遍く人々が生きるこの世界は!この星は!お前の所有物なんかじゃありません!クレプシドラ!!」


「ふふふ、いいえ…違います。天地星界遍くは妾の支配下にあり、時さえも妾を前に平伏すのです」


「でも…人は、全ての人は…お前には平伏しません…少なくとも、私は」


ミロワは体に力を込め拘束を外そうとする。以前は妾を前にただ黙り従っていた子が…この短時間で成長を。これはまずいか…想定以上にミロワの精神性が形成され過ぎている。オリフィスめ、何かしたか?いや…どちらかと言うと。


「それに、言ったでしょう…エリス師匠もいると」


「エリス……」


またアイツか、アイツがここまで妾の建てた予定を狂わせるか…憎らしいヤツ。


「ならば妾が殺しましょう、遍く叛逆者を殺し尽くし…妾だけの世界を作り上げる」


「そんな事させないって言ってるでしょう!私が!」


「フッ、貴方に何が出来ると」


その瞬間、ミロワの目つきが変わる…まるで、エリスのように…折れぬ意思を持ち…妾に眼光を飛ばす。


「出来ますよ、なんだって…だって私はミロワ…!エリス師匠の弟子であり…誇り高きカレイドスコープの女、そしてッ…!!」


燃え上がる、拘束されながらも全身から魔力が炎のように吹き出し、燦然と輝く星の如く…煌めく。


「『剛腕』メレク・カレイドスコープの娘!ミロワ・カレイドスコープだぁあああああ!!!!」


「これは…」


爆発するかのように魔力が膨れ上がる、さながら突風とも言える魔力の乱気流は妾の放つ魔力の中でも一切衰えることなく噴き上がり…。


「がぁああああああ!!!」


「ッ…星の魔力か!」


凄まじい勢いで魔力を放つ、魔法にもなり得ないただの魔力放出。しかし…問題なのがその全てが星の魔力ということ。妾が放った魔力を押し飛ばし霧散させる。素晴らしい、あんな弱い魔力で妾の魔力波動さえも打ち消すか!!


「いい実践です、貴方の力が証明されました…やはり貴方は必要な存在です」


「うるさぁああああい!!!」


だが所詮弱々しい魔力、妾には何のダメージもない。防壁を吹き飛ばそうともミロワの拘束すら破壊は────。


「『焼き穿て』!!」


「ッ!?」


瞬間、どこからか飛んできた雷の槍を前に飛び上がり回避する。ミロワの魔力を前に防壁すら張れない状態では回避するしかない…いや、そもそも誰だ。この王国で妾に攻撃する不敬者は…!


「頂いていくぞ!クレプシドラ!」


「貴様は…バシレウス?」


そして雷の槍と共に飛んできたのは…白い髪、赤い瞳、黒い外套を身に纏った…バシレウス?いや雰囲気が違う、そもそもバシレウスならさっきの初撃は絶対に外さない。なら…。


「ああ、影の内閣とやらですか…」


名前は確かモルトゥス、レナトゥスの義理の弟ですね。そいつが電撃によりミロワの拘束を破壊し…抱き止める。まさかこいつまでここに来ているとは…つくづく。


「つくづく苛立つ、どいつもこいつも…『サモン・ゲニウス』」


「っ!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!!」


モルトゥスに抱き止められたミロワは咄嗟に妾が生み出した精霊に向け風の槍を放つ。あんな攻撃、効かないはずの精霊が…風の槍に貫かれ霧散する。

厄介な、妾の精霊さえ一撃で消し去るか…!


「フッ!よくやったミロワ・カレイドスコープ!」


「貴方私を攫った人ですよね!もう誰でもいいです!すみません助けてください!」


「助けるつもりはないが!ここからは逃げてやる!」


「チッ…待て!」


そして精霊が消えた瞬間、モルトゥスは展望台から飛び降り妾から逃げていく…くそっ、またか!だがあの程度なら直ぐに捕まえられる。


(いや、今ここを離れるわけにはいかない)


月が落ちた時、展望台付近に時空の穴が開く計算になっている。そしてオルロージュ…アイツは油断出来ない、妾の代わりに過去に飛ぼうとしている。今ここを離れればヤツが展望台を占領する恐れがある…なら。


「ミニット大臣!セコンド大臣!タイム大臣!」


「さてはさては!」


「もしやもしや!」


「なんとなんと!お呼びでしょうか?女王よ」


妾が呼べば、即座に現れるのは三人の大臣。細い帽子のミニット大臣、それなりの帽子のセコンド大臣、太い帽子のタイム大臣の三人がササっと妾の側に待機し…。


「モルトゥスを追え、そしてミロワ・カレイドスコープを確保しろ…もう二度とこの国から出すな」


「さてはさては我らの出番ですな」


「もしやもしや侵入者ですかな」


「なんとなんと一大事、我らにお任せを〜!」


そして三人の大臣は同じく展望台を飛び降りミロワを追う。不測の事態だ…だが。


変わらない、結果は。妾がそう望んだのだから…世は、時は、妾の思う通りに廻る。


これが最後だ、最後のミロワ争奪戦…制してみせる。

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クレプシドラ倒した後、両親が生きてたらミロワちゃんは実家暮らしのまま定期的にエリスから学ぶ形になってたのでしょうか?  保護のためにミロワを攫うことを拒否したエリスが弟子だからと両親から引き離すとは思…
混沌としたミロワちゃん争奪戦になりそうです…… カレイドスコープは子供を残してほぼ全滅ですね。アドラもそのままだと焼け死にそうだし…… メレクさん……最後の最後に父親になりましたね。子は親の背中を見て…
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