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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
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797.魔女の弟子と折れず曲がらずの意地



「フフフフフ、私とやりますか?一応私強いですから…やめた方がいいと思いますよォ〜〜」


「僕だって強いですよ」


ポタポタと右手に血が伝う。廊下の先にいるのは道化師クロック…その脇には気絶したミロワちゃんが抱えられている。このまま逃走を許せば非常にまずいことになる…けど仲間は外で戦っているし、なにより。


右肩に刺さったナイフ、これにより右手が機能しなくなった、魔術陣が描けない…おまけにナイフには毒が塗ってあったようで、さっきから体が痺れる、頭が回らない…まずい、非常にまずい。


まずいけど…僕がやるべきはここでクロックを押し留めること。頑張らないと…全てが終わってしまう!


「気合い入れろ!僕〜!」


首を振って、構えを取る。対するクロックは不機嫌そうに口を歪め笑顔の化粧を崩し…ダラリと片手で血に濡れたナイフを掴み…僕を見下ろす。


「ああそう、やりますか…でしたら……お相手しましょうか。クレプシドラ様の最側近が一人。道化師クロックの力をお見せしましょうッ!」


瞬間、奴が掴むナイフが扇のように広がり大量のナイフに増える、同時にそれを振るい大量のナイフを投げ飛ばす。刃の嵐、されど恐れることなく一歩踏み出し…飛び出し。


「はぁぁ!!」


「おや!防壁!使えるんですねぇ!」


トラヴィスさんとの修行で習得した全身防壁を展開しナイフを弾きながら壁に足を突き、壁伝いに駆け抜け一気にクロックに接近し…。


「ですがそれくらいの防壁ならバターのように引き裂けますよ!」


「ッ…!」


どこからか新たなナイフを取り出したクロックの斬撃が迂闊に近づいた僕の防壁を切り裂き斬撃が鼻先を掠める。けれど、咄嗟に空中で身を捩り攻撃を回避…演劇で習得したアクロバットによる回避、それを見たクロックは目を丸くし。


「えぇ!?そんな事まで!?あなた本当に案外強いんですね!?」


「だから言ったでしょ!」


そのまま僕はクロックの目の前に着地…体を回転させ、一気に足を射出するようにクロックの胴に向けて蹴りを放ち。


「『衝破陣』!」


「ぐげぇっ!?」


普段加速用に使っている靴裏に刻んだ衝破陣を直接クロックに叩き込み、クロックの腹に放った蹴りは衝撃を伴い奴を吹き飛ばし廊下奥の壁に叩きつける。その時彼の手からミロワちゃんが解放されて……。


「よっと!大丈夫ですか?ミロワちゃん」


キャッチし彼女の傷を確認しようとしたところ…。


「え?」


目を丸くする…だって、受け止めたミロワちゃんの顔を見たら、そこには…顔がないんだ、代わりに大きな時計が付いていてチクタクと音を鳴らしていたんだ…これ、時計?いや……まさかッッ!!



「くっふふ…あはははは!!残念ハズレ!!」


クロックの笑い声が響いた瞬間、ミロワちゃんに見えていたそれが時計ついた爆弾に変わり…僕の目の前で大爆発を起こしたんだ。廊下が吹き飛び、壁が崩れ、床が崩れる程の爆発…そのあまりの威力に僕は吹き飛び、ゴロゴロと転がり…倒れ伏す。


「ぐっ…今のは……」


「どーです?私の『イミテーション・カムフラージュ』…幻惑魔術と錬金術の混合魔術。ホントに爆弾がミロワ・カレイドスコープに見えたでしょう〜?」


僕の蹴りを受けたはずのクロックはピンピンしており、代わりに僕はズタボロだ。ミロワちゃんを取り戻したはずなのに……。


イミテーション・カムフラージュ…恐らく物体を別の物体に見せる魔術。恐ろしいのは触った時の感触や触感では全く気がつけない事。本質を見誤らせると言うか点では古式幻惑にも迫る精度の魔術だ…。


そして、ただそれだけの魔術が武器にまで昇華しているのは……全て、奴の…クロックの相手を騙す手際の良さによるもの、つまり。


「こ、この僕が…騙されて乗せられるなんて」


「なぁんですか?ショックを受けてるんですかぁ〜?やだなぁ冗談じゃないですかじょーだん!なははは!」


僕の十八番を…逆にやられた、いつもの僕の戦術をやり返された。この僕が奴の演技を見抜けないなんて…!


「クソッ……」


「あれ?まだ立ちます?…別にいいですけど、そんな状態で私に勝てますか?いや、この状況で…と言うべきか」


「ッ……」


クロックは両手の指に大量のナイフを挟み、静かに笑う。この状況…そう言われ気がつく、ミロワちゃをはどこだ?ミロワちゃんもまたこいつの魔術で別の物に偽装されてるんじゃないか?


……だったら、どこだ?どこにいる?分からない、これじゃあ取り返しようがない…!


「ミロワを取り返される心配はなくなりましたし、ゆっくりじっくり殺すとしましょうかねぇ!」


「グッ…!」


次々と飛んでくるナイフの雨、防壁で防ごうとすると。


「はぁいお邪魔します〜なんて」


「ぐっ!?」


防壁を引き裂く近接斬撃が飛んでくる。僕の防壁は奴の斬撃にバックリと開けられそこからナイフが飛んできて脇腹に突き刺さる。まずい…毒に加えて出血が……だけど。


「そこ!!」


懐から抜き放つのは魔術陣を描いたカード、それを指差しながら…


「『剣天陣・稜威雄走いつおはしり』!!」


「うわぁ!?」


カードから飛び出すのは無数の魔力刃…それがクロックの前で展開され、奴を突き刺して……。


「なぁちゃって」


「な!?」


しかし、次の瞬間には気がつく…僕が突き刺したのは瓦礫の方。クロックはその後ろに隠れており…やられた、またダミーに騙された…!!クソッ…結構自信あった不意打ちなんだけど、一旦引いて…。


「あ、そこ危ないですよ」


「えッ…!?」


瞬間、踏み抜いた地面が爆発を起こし、再び僕の体は舞上げられ地面を転がる。いきなり床が爆発した…いや、違う。これも偽装だ…爆弾をあそこに仕掛けてあったんだ…!


「フフフフフ、気が付かなかったでしょう?私…手が早いんですよ。既にここに十個…爆弾を仕掛けてあります」


「ッ…そんなに……」


「ええ、ふふふ…いや、二十個だったかな?三十個?もしかしたら一個も仕掛けてないかも?あれ?分からなくなっちゃいました〜!アハハハハハハッ!」


完全に手玉に取られてる…この僕が……。ズタボロにされて僕は床に倒れ伏す、それを見たクロックはなんとも嬉しそうにニタリと笑い。


「そうそれ、そう言う顔…私、そう言う顔を見るために道化師やってるんですよ」


咄嗟に僕は自分の顔を触る、悔しさと情けなさに満ちた…悲痛な表情をしている。それを見てクロックは態々近くで見るため歩み寄り、しゃがんで僕の顔を見る。


「いい顔ですねぇ〜…悔しくて、情けなくて、自分の何もかもを見透かされているって顔。ええそうですよ、貴方が魔術陣で攻めに転じる瞬間も貴方があそこで一歩引くのもわかってました…もっと言えば君が私に勝てないのも」


「ッ……」


「正直毒で動きが鈍った君を殺すくらいわけないんですよねぇ、でも…それじゃあもったいないですよねぇ!死んだら表情は変わりませんから…君のキレ〜な顔、一回くらい歪ませたいじゃないですか」


「……悪趣味です」


「悪趣味!酷いですね〜!」


バッと立ち上がったクロックは両手を広げ、軽やかにステップをし、クルリと一回転しポーズを決める。


「でもこれが私、私は私の好きなものを作り、組み上げ、味わう為に私になった。貴方も役者でしょ?なら分かりますよね、自己表現ですよこれは。私も君も自らの体で自分の好きな物を表現するんです!」


「ッ…ふざけるな、その自己表現が他人を傷つけその顔を拝む事だって…そう言いたいのか…!」


「ええ、はい、勿論。その為に自ら仮面を被る…役者と変わらないでしょう?違う点と言えば、貴方は舞台の上で演じ…私はこの世界を舞台に演じる事でしょうか〜!」


「だから…ッ!ふざけるなって……!」


こいつ、役者を…俳優を…愚弄したな。許さない…絶対に…そこだけは、譲っちゃいけないんだよ、僕はッ…!


「ほう、立ち上がりますか…なら、どうします?主人公みたいにかっこよく立ち回ります?それとも悪役みたいにダーティな立ち回りしてみます?当ててあげましょうか?貴方は今から仲間に助けを求める……と見せかけて──」


瞬間、クロックは振り返りながら背後にナイフを振るう、と…背後から飛びかかっていた僕の分身が真っ二つに切れる。裏をかいた奇襲は…失敗に終わった。


「ね?分かるんですよ、私…嘘が本職なので」


チロリと舌を出しながらこちらを見るクロックに、僕は愕然とする。まさか…これも見抜かれるなんて……。


「どうやら表現者としては私の方が格上みたいですねぇ」


「ッ……そうですか、分かりました…悔しいですが、今は…そう言うことにしましょう」


「アハハハハハハッ!なんだなんだ、案外あっさりプライド捨てるんですねぇ〜!ならこれから私も役者とかやってみましょうか?簡単そうですし〜?クフフフ!」


「………ええ、好きにしてください」


僕は項垂れながら…自らの情けなさを噛み締める。本当は…ここでこいつを倒してやりたかった、けど…仕方ない、倒せない。だから。


今から僕は、プライドを捨てる。


………………………………………………………………



「死ねェッ!魔女の弟子ィッ!!!」


「死にません!!」


激突するエリスとオルロージュの拳。周囲には既に無数の兵士が倒れており、残っているのは元より敵が主力として連れてきたリューズ、ヴァントゥーア、そしてオルロージュ…ただ主力陣がこれがまぁ強い。


「『エーテルアントノワール』!」


「あぶな!」


今エリスが戦っているのはオルロージュ、拳から放たれる白色の光線は有り余る魔力を高密度に纏めて放っているもの。凝縮魔術エーテルアントノワール…オリフィスさんの使うエーテルキューブと同じ類の魔術研究に使われる代物。

ただ魔力に指向性を持たせるだけの魔術、それを高出力で打ち出しながらまとめる事で攻撃に転用しているんだ。大した腕だよ…こいつ。


「負けません!!」


「ぐぅ…クレプシドラが倒しきれなかっただけあって、タフねぇ!」


「まぁそうですね…!」


オルロージュは多分簡単には倒れてくれない。さっきから攻撃してるがこいつの防壁と遍在の硬さが異常だ。クレプシドラレベルとは言わずともこの防壁を抜くのは簡単じゃない。

だが逆に言えばエリスがここで粘り続ければその分だけ戦況がマシになる。


(ミロワちゃんはナリアさんが確保してる。…きっと彼が守ってくれているからエリス達は戦闘に集中して時間を稼いで敵を撃退すれば…)


既にアマルトさんとデティ、そしてメルクさんとメグさんの四人でヴァントゥーアの十人と戦っている。ヴァントゥーアは一人一人が強いが四人で完全に完封出来ている上に副団長のエルフはエリスが、団長ツヴェルフはネレイドさんが引き離したから動きが鈍い。


これならいける…これなら!


「ん?」


そう、エリスが考えたその瞬間だ。今の今まで撹乱に動いていたナリアさんの分身が全員動きを止め…大きく息を止めた。そして……。


『みんナ〜〜〜!!あそこにクロックがいるヨ〜〜〜!!ミロワちゃんが奪われちゃった助けてェーーーーー!!!』


「え!?」


「なに!?」


「クロック!そうか!アイツもいたんだった!!」


一点を指差して、ナリアさんの分身が一斉に叫んだのだ。そこにはメレク邸の廊下…その窓の一角から覗くのは。


「えッ…?」


ポカンと口を開けているクロックがいた。アイツ…メレク邸にいる、っていうか……ミロワちゃんを奪っただとォ〜〜〜!!!


「テメェェェェェエエエ!!!」


「げぶるふぁっッ!?!?」


一瞬冥王乱舞を解放しその窓目掛け飛び、クロックの顔面に蹴りを見舞い壁に突き刺し吹き飛ばす。すると既に廊下はめちゃくちゃになっており、血まみれのナリアさんが倒れていた…くそっ!


「ナリアさん!大丈夫ですか!すみません気がつくのに遅れました!」


「こ、こっちこそ…すみません。僕のミスで奪われたのを…取り戻したかったんですが…」


見ればナリアさんの右腕にはナイフを刺したような痕がある。魔術陣を封じられた状態で…しかも覚醒は撹乱に使って戦線を支え、ミロワちゃんのいる方角に戦場を移さないよう気を使って…それでクロックと戦っていたのか。


なんて無茶を……。


「大丈夫です、それよりミロワちゃんは!?」


「それが、クロックがどこかに消して…こいつ、偽装系の魔術を使うんです…どこにいるのか分からなくて」


「偽装系……感覚を惑わせるタイプですか、それなら…」


エリスは目を閉じて意識を集中し…。


(シン!電磁波で探知を!どこにミロワちゃんがいるかを確認してください!)


『人を便利な道具扱いして…分かった分かった!待っていろ!……ん?』


(どうしました?)


『いないぞこの近くに…待て!誰かがミロワを抱えてアドラ邸に向かっている!急げエリス!』


「チッ!やられたか…!」


チラリとさっき蹴り飛ばしたクロックを見るが、いつのまにか消えている。やられた、クロックに裏をかかれた…目の前の敵に気を取られた過ぎた。ある意味クロックが奴らにとっての本命だったんだ。


いいようにやられたよ、今の今まで空気だったからそこまで警戒してなかった…!


「直ぐに助けに行きます…デティ!ナリアさんの治癒を──」


「僕はいいです!それよりミロワちゃんを!」


そうナリアさんが叫んだ瞬間…飛んでくる、凄まじい勢いの魔力弾が。それを咄嗟に首を傾け回避するが…。


「ミロワを確保した?フフフフフ、やりますねクロック…流石です、なら後は時間稼ぎしましょうか」


「オルロージュ…ッ!」


当然、オルロージュが立ち塞がる…こいつ、そうだよな。立ち塞がるよな…参ったな、こいつ下手すりゃ並の八大同盟幹部より遥かに強い。まさかこれほどの奴がまだいたとは。


「退いてください!エリスはミロワちゃんを助けるんです!」


「ウフフ、哀れなこと。大局も見えていないようね」


「なに……」


「国がよ?クロノスタシスっていう国が、何年も前から計画して算段立ててようやく正式に動きますって段階に入った時点で詰みなのよ。私達がただ力押しだけであの子を奪いに来たと思う?」


「…………貴方、まさかまだ何かあるんですか」


「あるんですかって?うふふふ、あるに決まってるでしょうがァ!」


瞬間、オルロージュの全身から魔力が溢れる。それが天に届くほどの柱となってエリスに威圧を与える…そして────。


「エリスちゃん!」


「おわっ!?」


「先行け!」


同時に、エリスの背後から飛んできたのはデティだ。エリスの体を掴みオルロージュの向こう側に投げ捨て…。


「あんたの相手は私がしてやる!!」


「フンッ!小童に負けるわけないでしょうが!」


体を大人に変え、デティはオルロージュと拳を交え二人の魔力が嵐の如く吹き荒れる。その隙にエリスはクルリと体勢を整え廊下を走りミロワちゃんを攫った何者かの後を追う。にしても…誰だ?


ヴァントゥーアは全員中庭で弟子達と戦ってる、リューズはラグナと、オルロージュはデティと、ツヴェルフはネレイドさんと…そしてクロックは今さっきまでそこにいた。雑兵は全員片付けたし……まさか他にも誰かが鏡から出てきていたのか?


けどデイデイトやベゼルみたいにめちゃくちゃ強い奴らが出てきたら直ぐ分かる…雑兵レベルの奴が回収係として来ていると言うのは考えづらいし……。


(なんだこの違和感、オルロージュはなにをして……)


と考えたその瞬間…物陰から誰かが飛び出して来て。


「ッ……!」


「た、助けてくれ!」


「え!?」


咄嗟に敵かと思い構えたが…そこにいたのはメレクさんだった、血だらけだが…傷はない、多分他人の血だ。しかし彼は酷く狼狽しており青い顔でエリスに近寄って来て…。


「ど、どうしたんですか!?」


「自慢の兵団が殺されてしまった!クロックだ!アイツは化け物だ!このままでは私も殺されてしまう!」


見れば彼の後ろには大量の死体が転がっていた、メレクさんが集めた兵団だ。しかしそうか…クロックと戦って。彼は迎え撃つと言っていたが一向に戦線に出てこないからどうしたのかと思ったが、もうやられていたのか。


「うう!恐ろしい!あんな強い奴がいるなんて…」


クロックは強い、というかそもそも今エリス達が戦っている相手は世界の上位層。利き手を怪我した状態で戦い生き残ったナリアさんが凄まじいだけで…普通はそうなるレベルの話だ。兵団のみんなの無念は偲ばれるが…。


「それよりミロワちゃんが攫われました!今から助けに行くのでメレクさんは隠れていてください!」


「ッま、待て!私を守れ!」


「は!?」


メレクさんはエリスの前に立ち塞がり、両手を広げて首を振る。行くなと…マジで言ってるのか、こいつ。


「ミロワちゃんが!貴方の娘が!攫われてるんです!早く助けに行かないと!!」


「だ、だが…そうだ!ミロワはきっと交渉材料だ!敵はミロワを攫って私の身柄と交換する気だ!きっと狙いは私の命だ!だからミロワは無事で済むかもしれん!だから今はひとまず私の身を────」


「ふざけるのもいい加減にしろッッ!!!」


エリスの怒号を聞いてメレクさんは震え、一歩引く。なにがミロワは無事で済むだ…ひとまずは自分をだ…本気で言ってるのか、こいつは。


「きっと?かもしれない?貴方ね!自分の子供の命がかかってる状態でよくそんな不確かなこと言えますね!!」


「ッだ…だがぁ……」


「エリス達は言いましたよね!昨日!敵の狙いはミロワちゃんだと!!」


「ぐ…ぐぬぅ……」


「娘のために命懸けで戦えとは言いません…ですがせめて娘を心配する素振りくらい見せたらどうですか!!」


「………ッ…」


エリスはメレクさんを押し除ける、今こんなことをしてる場合じゃないんだ。


「そこの部屋で隠れてれば誰も襲って来ません…、だからそこでよく考えておいてください」


「なにを……」


「ミロワちゃんは貴方の一部じゃありません、貴方の娘なんだと!」


「ッ………!」


「そういうことです!それじゃあ!それと鏡の近くには念のため近寄らないでください!」


走り去る、エリスは。ミロワちゃんを追いかけて……。


「ミロワが…私の……娘」


ただ一人、メレクはその場に残され…血まみれの、味方の血だけで汚れた手を見て……。


「鏡に近寄るな……鏡?」


ふと、顔を上げるのだった。


………………………………………


「はぁ…はぁ、これで…これで…!」


カレイドスコープ邸の中央議事堂、メレク邸とアドラ邸を繋ぐこの議事堂の廊下を…ミロワを抱えて走る影が見える。弟子達を出し抜き、ミロワを抱えて走るその存在を見て…俺は、咄嗟に飛び出す。


「待った、ねぇ…貴方どこに行く気です?」


「ッ…お前は、家庭教師のオリフィス…なんでここに」


議事堂の中央に立った俺は、やはりと安堵する。敵の指揮者にオルロージュの顔が見えた瞬間、この可能性を考えていた。オルロージュは戦場でこそ戦う宰相として振る舞うが…彼女の本質は狡猾で下衆な宰相なんだ。


気の狂った姉を前に即座に父様を裏切りクレプシドラ側に寝返ることで生きながらえた女…そんな奴だ、ここにいる人間全員の裏をかく手を打ってくると思った。


そして事実として、今ミロワは中央議事堂に来ている…『裏切り者』の手によって。


「貴方、確か……メレクの妻、ミロワちゃんの母親でしたよね…お名前聞いても?」


「……ジェニファー…ねぇ、オリフィスさん、ここは見逃して頂戴。お願いよ」


そこに立っているのは、メレクの妻…名をジェニファー。ミロワちゃんが過酷な扱いを受けても、メレクが暴走しても、とにかく目立たないよう…メレクから捨てられないよう、カレイドスコープの財産を使うためだけにここにいて子供を産んだ女。それが彼女だ。


事実、俺達がこの館にいても彼女の名を聞くことすらなかったほどに彼女はなにもしてこなかった…なのに、今彼女はミロワちゃんを抱えてアドラ邸に走ろうとしているんだ。


「裏切ったんですか、メレクを」


「違うの!違うのよ!これはただ…その……」


「オルロージュから何か言われたんですか?…そうですね、彼女が言いそうな事を言うなら…うまくいけばクロノスタシスで貴族にしてやる、とかですか?」


「ッッ!!」


図星か。そうだよな、彼女はカレイドスコープの財産にしか興味がなかった、目立たなかったのも下手に目立ってメレクに捨てられたくないから。だから角の立つことは言わなかったし、ミロワのことも見て見ぬ振りをした。


バカな話だ、クロノスタシス王国に貴族制度はない。そもそも統べる領地が一つしかないのに貴族なんか作っても無意味だろ。よしんば本当に貴族にされても…領地を与える名目で僻地に飛ばされるのが目に見えてる。鏡の世界の僻地…死の空間に飛ばされて生きていけるとは思えない。


「はぁ……」


「だ、だって仕方ないでしょ!?贅沢したくて!お金をいっぱい使いたくてメレクと結婚したのに!どう!?いざ嫁いで来てみれば毎日毎日アドラさん家と向かい合ってご飯食べて!しかも向こうの奥さんは私より豪華な服を着て豪華な食事を食べて!折角貴族と結婚したのにこんな惨めな毎日を味わうくらいなら結婚して子供なんか産むんじゃなかった!」


「お前ッ…!それを自分の子供の前で言うか!!!」


「オルロージュ様は言ったわ!クロノスタシスの貴族にしてくれるって!それならもうメレクの顔色も伺わずに済む!私は私のためだけにお金を使って!今よりずっと豪勢な暮らしが出来るの!!」


「そんな単純なもんじゃない!」


こいつは貴族の妻なのに…貴族の責務も知らないのか。そもそも、これから月が落ちてくる国の貴族になってどうする。


「なぁジェニファーさん、頼むから考え直してくれ…!その子は貴方の子で、親の期待に応えようとする優しくていい子なんだ…!どんな財産よりも、ずっと価値のあるものを持ってるだろ!」


「うるさい…うるさい!そんなお為ごかし聞きたくない!もうこんな生活懲り懲りなの!!全部捨てて楽になれるならそっちの方がいいじゃない!!」


「いいわけあるか!あんたがその子を引き渡したらその子は死ぬんだぞ!!!それに奴らは約束を守らない!あんたも殺される!いいのかそれで!」


「もう引けないのよ!!」


話にならない、というのが率直な感想。…オルロージュは世界中にコネクションを持っている、だが誰彼構わず声をかけてるわけじゃない。

仕方ない、しょうがない、と言えるような言い訳を持つ立場で。納得いかない、今のままは嫌だという不満を抱えている人間を見つけるのが上手い。


オルロージュが声をかけた時点で、話にならないのは決まっていたか…なら。


「仕方ない、ちょっと手荒な真似をしますけど…ミロワちゃんを取り返すだけなので」


「やめて!私からこの子を奪わないで!」


「うーん!それ今のあんたの立場で言っていいセリフじゃない気がするんですけど!」


くそぅやり辛い、曲がりなりにも母親から子供を奪う構図だしな…けど、今ばかりは心を鬼にするんだ。そう思い俺はジェニファーに肉薄し──。


「なにやってんの?オリフィス」


「ぐぶぅっ!?」


瞬間、弾き飛ばされる。地面に転がり…議事堂の机を弾き飛ばすように地面を滑る。い…今の声は…!


「リューズ!?」


「はぁ、オルロージュ叔母さんから言われて来てみたら…昔から、あんたは抜け目ない人だったよね」


リューズだ、奴がジェニファーの前に立ち俺を弾き飛ばしたんだ…そんな、なんであいつがここに。


「お前はラグナ君が相手をする予定だった筈!」


「ラグナ?ああ、あの赤髪…向こうの方で寝てるよ。ほんと…アイツの攻撃一々痛くてさ…」


「なっ…」


負けたのか…!?いや、リューズだ…相手はあのリューズ。未熟で頭は回らずとも実力はピカイチ。マレフィカルム内部でも最上位に位置する使い手。生半可な相手じゃない…が。


それは今、俺に対しても言える…生半可じゃない相手が、今俺の前にいるんだ。


「はぁ、オルロージュ叔母さんと言う通り動いておいてよかった。バカを一匹…誑かしたから回収に行ってくれってさ」


そう言うなりリューズは懐を弄り、首を傾げ、俺を見るなり…。


「ああ、そうだ。俺の永久鏡…あんたに取られたんだったね」


「ッ……!」


歩いて寄ってくる、俺の持っている…リューズから奪った永久鏡に目をつけられた、まずい。これを奪われたらこの場でミロワはクロノスタシス王国行き…永久鏡を守る為逃げればどのみちミロワは連れていかれる、永久鏡を破壊したら今度は我々がクロノスタシスに行く術がなくなる…!


(ッどうする…これ、永久鏡をリューズ相手に守り切れる気がしない)


立ち上がり…一歩引く、リューズが一歩出る、それを数度繰り返してから…リューズが口を開き。


「いい加減、諦めてくれないかな…オリフィス」


そう言ってリューズは手をポケットに入れて、下から睨め付けるように俺を見る。諦めてくれと…そう言うんだ。


「分かるだろ、クレプシドラは本気だよ…今ここを凌いだってあれは諦めない。そのうち本当にクレプシドラが来て全部ぶっ壊してミロワを奪う。それに対してあんたなにも出来ないだろ」


「……いや、止める」


「無理だよ、クレプシドラは最強だ。俺一人止められないような連中と一緒にいても勝てるわけがない」


「いいや…違う、エリス達はきっとクレプシドラにも勝つ」


「なんでそう言い切れる」


確かに姉様は強いし恐ろしいし、多分無敵だ。この世のどんな存在を助っ人に連れて行っても勝ち目はないかもしれない。だけど…エリス達なら、そう思わせてくれる。なんでかって?決まってるさ、そんなの……。


「それは…過去に向かって歩もうとするクレプシドラじゃ、未来に向かって歩こうとするエリスに勝てるわけがないからさ」


「はぁ?」


理由はそれだけ、たったそれだけ。でも…それが一番大事なことだろ。俺はエリスほど未来に焦がれている人間を見たことがない、確かな未来を信じて未来を守る為に戦い、そして作り上げる。


過去へ飛び、過去を変える…過去の呪縛に囚われたクレプシドラじゃ、未来を見ているエリス達には敵わないのさ。これは強さ云々の話じゃ断じてない。

故に、リューズは笑う、アホらしいと。


「はっ、そう言うロマンチックな話が聞きたかったわけじゃないんだけど…まぁいいや、取り敢えず永久鏡持ってないからさ。頂戴…オリフィス兄ちゃん」


「兄ちゃんなんて呼ぶな、今まで散々呼び捨てだったくせに」


リューズは手を伸ばし俺に向けて進み…そして────。




「ッッリューズはどこだぁああああああああッッ!!」


「うぉっっ!?」


突っ込んでくる、背後の壁を破壊し現れたのは…ラグナ君だ、血まみれで傷だらけ、だがまだ目には意思の炎が宿っており、リューズを視認するなり…。


「リューズッッッ!!」


「ッまだ立つのかよ!?」


一気にラグナ君はリューズに掴み掛かり、そのままリューズを俺から引き離し…リューズもまたラグナに集中し部屋の中心でギリギリと押し合い始める。


「リューズ、なに俺との喧嘩が終わってねぇのに他所に逃げてんだよ」


「逃げてない!お前気絶してただろ!」


「してねぇよ…ただちょっと考えてたんだ、どうすりゃお前を倒せるかってッ!」


瞬間、リューズもまたラグナの体を押したその時を狙いラグナは力を抜き、相手のいなくなったリューズの力はスルリと受け流され行く先を失う。


「おわっ!?」


「けど考え付かなかった、小細工しても結局テメェは耐える!だから!」


そしてつんのめったリューズにラグナは膝蹴りを叩き込む、拳を叩き込む、肘を叩き込む、断続的に乱打を叩き込み続ける。凄い、あのリューズが打撃を苦にして動けないでいる…!肉弾戦でリューズと張り合うなんて!


「テメェが根を上げるまで殴ることにした!!」


「ッあっそう!!じゃあ付き合うよ!だから君もさぁ!ちゃんとついてこいよ!!!」


そして、始まるのは中央議事堂を舞台にした嵐の如き殴り合い。二人は飛び上がり、壁を蹴り幾度となく部屋内を乱反射し勢いをつけて全威力を相手に叩き込み続ける、激烈な乱打は余波だけで部屋の壁が崩れていく。


目で追いきれない、リューズが本気で相手をしてる、ラグナ君が本気で張り合っている。


「リューズ、お前を見てるとなんかムカムカするんだよ!」


「奇遇だねぇ!俺も…君は絶対に倒さなきゃいけない気がする!!」


瞬間、リューズはラグナの拳を受けた瞬間。


「こうかな!」


「なっ!?」


クルリと体を回転させラグナの拳を受け流し、ラグナのバランスが崩れる。これはさっきラグナがやった力の受け流し、もう学習したのか!


「凍崩式『覇皇打斬はっこうださん』!」


「がぁっ!?」


そして繰り出されるのはさながら剣の一撃の如き踵落とし、氷を纏った一撃がラグナの頭を叩き抜き地面に向けて撃ち落とす。そして床の大理石が崩れ、そのクレーターにラグナが倒れ伏す。


「ぐっ…ぅ……」


「ふふ…あはは!どう?やっぱり俺のが強いじゃん」


「そんなわけ───」


ラグナがそう言おうと立ち上がった、その時だった。


「はい、そこまで」


「え?」


別の声が響く。と言うか…なんだこの感覚、腹が熱い?そう思い視線を下に向けると、俺の腹から刃が突き出ていて、じわじわと赤いシミが服に広がり……。


「ごふっ…!」


「永久鏡持ってるんでしたよね、ではこれは没収です」


「デイデイト…!?」


いつのまにか背後に現れたデイデイトが俺の腹に鏡の刃を突き刺し、そして懐から永久鏡を抜き取り俺を蹴飛ばし地面に倒れさせる。


「なんで…お前がここに」


「永久鏡は私の力により出入り口が固定化された鏡です。これだけは私の意思とは関係なく鏡の国への出入国に用いることが出来ます…が、それはそれとして永久鏡の場所は全て把握出来るのです。勿論貴方が持っていることも知っていました…なので、取り返しに来たまでです」


「ッ……ま、待て…」


「待ちません、先程全員に撤退の届けを出しました。永久鏡全てを回収し鏡の国への入国法を消した上で…ミロワ・カレイドスコープをもらっていきます」


そう言うなりデイデイトは鏡を使い目の前に鏡の国に通じる穴を作り出す。しかしそれに対して異を唱えたのはリューズだ。


「待ってよデイデイト、先にこいつだけ殺させて…ここで生かしておいてもいいことないでしょ」


「まぁ、そうですね。お手伝いしましょうか?」


「ありがたい」


「チッ…」


ラグナ君は舌を打つ。リューズだけでも手を焼いているのに更にクレプシドラ最側近の一人デイデイトまで来た。まずいことになった、腹からとめどなく溢れる血を必死に抑えながら俺は歯噛みする。


何かないのか、俺に出来ることは…何か、何か──────。


「ミロワ・カレイドスコープを奪うだと?」


「ん?」


「え?」


その時、外から響く…声が、第三者の声が…そしてそいつは、窓ガラスの向こうから…。


「いいや違う、ミロワ・カレイドスコープをもらうのは!この俺だ!!」


「ッなんだ!?」


飛んでくる、ガラスを割り大理石の床の上を転がり受け身を取り…ラグナとリューズの間に立ち、バチバチと電撃を迸らせる。

デイデイトは目を丸くしている、予期せぬ存在の到来に、ラグナも首を傾げている…だが俺は知っている、あれは…アイツは!


「モルトゥス…!」


モルトゥスだ、アイツ…まだ生きていたのか!なんて事だ…ただでさえ手がつけられない状況なのに影の内閣まで現れたらそれこそ収縮がつかないぞ!?


まずい…本当に!これはもうどうしたら……。


「え…?バシレウス?」


「は?」


しかし、モルトゥスの顔を見て一番反応したのは俺ではなかった…リューズだ、リューズはモルトゥスの顔を見るなりワナワナと震え、涙を流し、一歩…また一歩後ろに下がり。


「な…ァ、あ…ッあ…!?バシレウス!?」


「バシレウス?…こいつが?」


「バシレウスがなんでここにいるんだよ!!聞いてないよ!いないんじゃなかったのかよぉぉおおおお!!!!」


小便を漏らし、腰を抜かし号泣しながらリューズは必死に足を動かし後ろへ後ろへと逃げていく。そういえばそうだ!リューズは一度外界に逃げた時こっ酷くバシレウスにボコボコにされたんだ!


あの時のトラウマは凄まじく、自ら外界に逃げたはずのリューズが自分から引きこもってしまうほどだった。

ただ、ラグナはどうやら事情を知らないようで首を傾げてモルトゥスの顔を見ている。


「なぁ、あんたが例のバシレウスか」


「違う、俺はモルトゥス…影の内閣、マレウスの新たなる指導者!モルトゥス・メテオロリティスだ!」


「ひぃいいい!バシレウスぅうううう!!」


「違う!」


モルトゥスが何を言ってもパニックのリューズには聞こえない、リューズは即座に立ち上がりデイデイトの胸ぐらを掴み。


「おいデイデイト!逃げるぞ!早く鏡の門を閉じろ!」


「で、ですがまだミロワが…!それにあれはバシレウスでは!」


「うるさい!!!早くしろ!!殺すぞ!!!」


そう言うなりリューズはミロワを回収する事なく鏡の世界への門へと逃げて行った、デイデイトを抱えたまま……なんか、なんとかなった…のか?


「ん……?」


一安心するラグナ、首を傾げているモルトゥス…そんな中、俺は気がつく。


「ッラグナ君!ジェニファーだ!彼女を止めろ!」


「なっ!?」


しかしジェニファーが動いていた、門が開いた瞬間彼女はここから逃げたいと考えたのか、その中に向けて走っていたんだ、そして閉じていく穴に向けてミロワを抱えて飛び込んだ。


「ッ待て!…グッ!?」


ラグナ君も追おうとしたがその瞬間足の力が抜け、膝を突く。そもそもが限界の状態で戦っていたんだ…それがここに来て祟って───。


「ゼルカロ!行くぞ!」


「うん!」


だが、その場で唯一無傷のモルトゥスは…何故か一緒に窓の外から現れたゼルカロ君と共に閉じて小さくなった門の中に身を滑り込ませ鏡の世界へと飛び込んでいった。まさかミロワを狙って鏡の世界までいくなんて…いやそもそもなんでゼルカロ君が……。


「ッラグナ!?オリフィスさん!!」


「エリス!」


そして、門が閉じた瞬間…エリスが奥からやってきて、全てを悟る…遅かったと。


「ぐっ…足止めさえなければ……」


「すまんエリス!守りきれなかった…」


まさかの裏切りだった、まさかミロワの母親が誑かされているとは。恐らくタイミング的に数日前か…或いは昨日声をかけてきていたんだろう。つまり昨日一日開いたのはオルロージュが万全と準備を終えるまでの期間でしかなかったと。


そういうことだ…奴は狡猾な女だ、恐らくまだ二の矢三の矢も用意していただろう。これは…完全にオルロージュにしてやられた形になるな。


「ッオリフィスさん!?大丈夫ですか!」


「大丈夫…だ、でも永久鏡も奪われた…敵もどんどん撤退していく…」


窓から中庭の方に目を向ければ気絶した兵士達も一人残らず所有していた永久鏡から発生した穴に吸い込まれて消えていく、オルロージュも…恐らくクロックもツヴェルフも撤退が済んだだろう。


永久鏡が取られた…鏡の世界へ行く道が…もう、ない。


「………」


しかし、エリスの顔はまだ諦めた顔をしていない。まだ…前を見ている。彼女は即座に周囲を見回し。


「わかりました!取り敢えず全員合流しましょう!ナリアさんとラグナの傷が酷いですから!オリフィスさんも!立てますか?デティに治療してもらいましょう」


「あ、ああ…だが、だがミロワが…」


「まだ終わってません、だからまずは目の前の問題を解決しましょう…」


「……ああ」


俺はエリスに支えられ、悔しさと情けなさの嵐の中で…やはり、エリスという人間を頼って良かったと悟る。


そうだ、まだだ、まだ終わっていない。


………………………………………………………


「ごめん…私がもっと早くツヴェルフと決着をつけてれば…」


「いや、こっちもヴァントゥーアに手を取られすぎた…」


「リューズ…くそっ……」


それからエリス達は全員揃ってメレク邸に戻ってくる。とはいえこっちの館もボロボロだ、ここで十分休んで…ってわけにはいかないだろう。


今みんなデティに傷を治してもらってなんとか万全に持ち直した。特にやばかったのはナリアさんだ、どうやらナイフに神経毒が塗ってあったようで…あと少し遅ければ死んでいたかもしれないレベルだった。

しかしそこをシャーロウさんの解毒のポーションとデティの治癒魔術の合わせ技で無理矢理回復させたのだ。


がしかし…それでも。


「すまない!俺がミロワを守りきれなかった!」


オリフィスさんが頭を下げる。だがエリスはそれに対して何も言わずシャーロウさんが作ってくれた疲労回復用のポーション入りお茶をフラスコからグビグビと飲んで。


「今、反省会してる場合じゃないので後にしてくださいみんな」


「う……」


全員にピシャリと言う、だがそもそも今はまだ戦ってる最中に等しい、やるならそう…全てが終わってからだ。とは言えエリスにも落ち度がないわけじゃない、何より想定外だったミロワちゃんの母親の裏切り、家族の中に裏切り者がいたんじゃ守りようがなかった…だが悔やむからこそ、動き続けなければ。


「オリフィスさん、以前言ってましたね。計画が完全に動き出すのは夕暮れ頃と」


「あ、ああ。以前見た計画書ではそんな話だった」


「夕暮れまであと数時間…猶予がない。早く鏡の世界へ行くための方法を見つけないと」


エリスは腕を組み考える、永久鏡は取り上げられた…なら他のを探さないと。だが敵は全て引き上げた…もう鏡の世界へ行く道はない、ラグナ達が使った魔力機構もまだチャージが終わっていない。


なら後は…後は、何かあるか。


「しかし。今回の戦いで主力級はあまり削れなかった…本来はここで幹部クラスを倒しておく予定だったが」


「他の八大同盟とは幹部のレベルが段違いだったな。もうちょっと前の俺達だったら太刀打ちできなかったぜあれ。第三段階の俺への対応の仕方も完璧に心得てたし…ありゃあ相当しごかれてる」


「生半可じゃないね」


みんな腕を組み、敵の戦力を確認する。


「今回倒せたのはエリスが副団長のエルフを一人」


「後俺が三人倒したぜ?フュンフとアハトとノインとフィーアってのを」


アマルトさん曰く敵はその三人に前衛を任せ戦っていたらしい。第三段階のアマルトさんを相手にしたらもう被害は割り切れないと考え半分近くを切って捨てたらしい。このクレバーな判断は恐らくゼクスだ…あのおっさん、あいつがそう言う判断をしたに違いない。


「それと、ツヴェルフも倒したよ。向こうに古式治癒使いでもいない限り…治癒魔術を使っても全治は一年だと思う」


「どんな目に合わせたんですか?」


「………」


ネレイドさんはそう聞かれるとキュッと口を×に変えて黙ってしまう。ど、どんな目に合わせたんだ?


だが少なくとも敵方最大のMVPは団長ツヴェルフだろう。なんせネレイドさんをここまで釘付けにして時間を稼いだわけだから。


「だがオルロージュとリューズが顕在、おまけに乗り込めばクレプシドラが追加されるか……」


ラグナが呟く、思ったよりも強かったオルロージュと思った通り強かったリューズ、そして考えるまでもなく強いクレプシドラ。クロノスタシス一族の恐ろしさがのしかかる。だが…。


「それでも、やりましょう。もしかしたらアドラ邸にクロノスタシス側に行ける鏡があるかも」


そうエリスが言うとみんなエリスの顔を見て…はぁと息を吐き。


「そうだな!よっし!落ち込んでる場合じゃない!乗り込むぞ!」


「そうだね!もうめちゃくちゃにしてやろう!」


「クローーック!アイツは僕が倒します!!」


「うん、私、頑張る」


全員が立ち上がる、まだ誰も諦めていない…相手が強いって言うのは、諦める理由にはならないんだ。なら戦い続ける…折れるわけにはいかない!


「……ありがとうみんな。よし…それなら」


そうオリフィスさんが立ち上がった瞬間だ。


突然爆発音が響き渡り、館全体が揺れる。それと共にあちこちで火の手が上がり…ってまさか!


「アイツら!爆弾仕掛けてたのか!?」


「クロックだ!アドラ邸もメレク邸も燃えてる!!」


「……なるほど!」


クロック、あいつだ。エリス達が戦っている間に…いや下手をしたらもっと前からあちこちに爆弾を仕掛けていたんだ。エリス達諸共この館を消そうとしてる……!


まずい、このままじゃアドラ邸にクロノスタシス側に行ける鏡があったとしてもそれごと消えてしまう!!


「急ぎましょう!みんな!」


「ッそうだな!」


このままじゃどうしようもなくなる。それよりも早く、鏡の世界へ向かわないと!!

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対クロック戦!ナリアくんは正面からの戦闘は苦手ですからね……それでもナリアくんを演技で手玉にとれるとは…… 余裕がなかったと言うのもあるでしょうが。 ミロワちゃん誘拐……あの親碌な奴らじゃねぇな。エリ…
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