795.魔女の弟子とクロノスタシス戦争
「明日はクレプシドラの軍勢が攻めてくるそうだ。聞いたか?お前ら」
「聞いたよ、で?どうすんだよラグナ。ぶっちゃけ一つの国丸々相手するのに馬鹿正直ってのは嫌だぜ?嫌な思い出があるんだ、帝国でな」
「実際、無策というわけには行かんだろう」
ミロワちゃんの修行を終えたエリス達魔女の弟子チームは今、館の一室で食事を取っている。夕食だ、エリス達家庭教師組は貴族様と同じ食卓を囲むことは出来ない…なのでアマルトさんがキッチンを借りて料理を作り、それをエリス達魔女組とオリフィスさん達は揃って食べているんだ。
因みにミロワちゃんは今中央議事堂で両家族揃ってのお食事中。勿論手薄にはしてない、今ミロワちゃんを見張っているはメグさんだ、隠れながらジッと見張ってくれている、もしこの隙をついてクロック辺りが襲ってきても即座にこの場に転移させて防戦を取れる手筈になっている。
だから今のうちに作戦をまとめる、明日の戦いはどうするのかを…するとラグナは机の上の肉をもしゃもしゃ食べながら。
「別に、一切合切撃滅し、国家の根底を揺るがすほどにボコボコにする必要はないよ。結局のところ俺達にとって脅威なのはクロノスタシス王国そのものではなくクレプシドラが率いるクロノスタシス軍団だろ?」
「そうだな、で?それならどうする」
「決まってる、例の計画をぶっ潰す」
するとラグナは食べ終わった肉無し骨付き肉…つまり普通に骨を机に並べ。
「レナトゥスの話をそのまま受け取るならアイツらの計画にはいくつかの工程がある。まずミロワの魂を抜き出して月に送り、そして城周辺にある四つの巨大バリスタで鎖を打ち込み地面に引き摺り下ろす。そうして大地に月がぶつかったら…まぁクロノスタシス王国が滅びて、ついで世界も滅びるかもって感じだ」
ラグナの前に並んでいるのは七つの骨…うち一つを手に取ったラグナは。
「つまり連中の計画を構成している要素は七つ。四つのバリスタ、魂抜き取り機構、そしてミロワとクレプシドラだ…うち一つ、ミロワが欠けているから奴らは動き出せない。だからまずはミロワをこちらが死守した状態を維持する」
そして一つを横に退けた後、続いて四つの骨をまとめて掴み…。
「その状態で、まずバリスタを破壊する。これを破壊し終えたら少なくとも奴らは月を落とす方法を失う。これで少なくとも直近の世界の危機は解決する」
骨を四つ纏めて握り砕く、そして残ったのは二つの骨…。
「そして問題が二つの要素。つまり魂を抜き取る装置とクレプシドラに…まずクレプシドラをどうにかする方法は置いておくとすて、装置がある限りミロワの魂を先んじて月に送られる可能性が付き纏うから破壊したい…が場所が分からん。オリフィスさん、わかるかい」
「いや…流石に分からないよ。けどこれは直感だがその装置は展望台に配置される可能性が高い」
「なんでだ」
「レナトゥスが言ってただろう、姉様は展望台にて月と世界の衝突を見届けると。つまり…姉様の側に置かれると思うんだ…」
「つまり装置はクレプシドラが守ると?」
「要所だからね、必ず姉様はそこを守ると思う…姉様の立てたスケジュールでは明日の夕頃にはミロワを確保し魂を月に送り込む事になってる。最悪バリスタは捨てても月の墜落その物はスケジュールに組み込まれてないから無視する可能性が高い」
「なるほどな…じゃあ装置を破壊するには結局クレプシドラをなんとかしなきゃダメか」
ラグナは思い悩む、彼もクレプシドラの凄まじさを理解しているから…この戦いをチェスに例えるならクレプシドラはクイーンでありキングだ。倒せば終わるが盤面最強の駒、下手に動かせばこっちに被害が確実に出る。
だから彼はクレプシドラに相当する骨は絶対に触らない。触れればどうなるか分かっているからだ。
なら…言おう。
「ラグナ、クレプシドラはエリスが倒します」
「…………」
エリスがクレプシドラを倒す。そう言うがラグナは答えない。
「ラグナ、貴方だって分かってるんでしょう?バリスタなんか壊しても直ぐに修理されます、装置だってそうです、新しいのを取り寄せて準備を整えたら直ぐにクロノスタシスは動き出す…キリがない。だからクレプシドラを倒さない限り意味がないと」
「分かってる、だがクレプシドラの凄まじさはマヤから聞き及んでる。正直言ってマヤは俺より遥かに強い、多分だが人類でも十本の指に入る最強の使い手だ。そんなマヤをして次元が違うと言わしめたのがクレプシドラだ…なんとか出来るビジョンが浮かばない」
ラグナは座椅子の背もたれに体重を預けながら、弱気なことを言う…けどクレプシドラを倒さない限りどうにもならないのは分かりきってる。クロノスタシスという巨大な怪物はクレプシドラの意志一つで動いている。クレプシドラを倒さない限りこれを止める方法はない…。
例え、クロノスタシスの99%を徹底的に破壊しても、クレプシドラ一人残っているだけで完全に危険性を排除することは出来ない。
だから誰かが倒さなくてはならない、ならその誰かにエリスはなりたい…なるべきだと考えている。
「ラグナ……!」
ラグナは難しい顔をした後、ポツリと呟き。
「まぁ……今のは、現実的な話でさ」
一言、そう告げると難しそうに考えていた顔からいつもの余裕のありそうな顔つきに戻り。
「ぶっちゃけ、クレプシドラを倒せるのはお前しかいないって思ってる…これはある意味ロマンチックな話だ」
「ラグナ……」
「いつか言ったよな、エリス。お前には流れを変える力がある、これは強さや技術とはまた違う話さ。今クレプシドラが作る嫌な流れを変えられるのはお前だけだ…お前はそうやっていくつもの国を救ったんだ、だから…それに賭けたいって気持ちもある」
七つの魔女大国を救ったお前なら、鏡の世界もこの世界も救えるはずだとラグナは微笑んでくれる。それはエリスを信頼しているのともう一つ…エリスの意思を尊重してくれているんだ。
「ありがとうございます!ラグナ!」
「ああ、でももう一つある」
「なんですか?」
「俺の嫁に危険な目に遭って欲しくないぃ〜」
ィーー!!と歯を食い縛りながら泣き出す。まぁ…心配してくれるのは嬉しいですね。
「まぁでもあれだろ?例え俺らがミスってもさ、うまく行かないんだろ?クレプシドラの計画」
「魔力が足りないんでしたっけ。僕達がミスっても大丈夫…って考えるのは怖いですけど、不安に思わなくても大丈夫なんでしょうか」
ふと、アマルトさんとナリアさんが二人でアマルトさん謹製ピッツァをわけっこしながらそういうんだ。確か、八千年前に飛ぶには明確に魔力が足りないんだったか…でも。
エリスが勝たないとナヴァグラハは八千年前の戦いの結果が明確に変わると言っていた。そしてその重篤な過去改変により世界は滅びると…なら少なくともこの戦いの趨勢は八千年前に影響があると言うこと。
油断は出来ない、この際みんなにナヴァグラハの話をしようか…と思ったその時、ネレイドさんが口を開き。
「それは主題が違う、私達はミロワちゃんを守る為に戦っている…私達が間違える、ミスするってことは、あの子の命が失われるってこと。クレプシドラが八千年前に渡れるかどうか以前に許容してはならない事」
「それもそうだな、迂闊なこと言ったよネレイド」
首を振って否定する。確かにエリス達が過てばそれは即ちミロワちゃんの命に関わる。クレプシドラが八千年前に飛べる云々以前に、奴にその可能性が生まれてる時点でミロワちゃんの命が失われているんだ、いいわけがない。
「ともかく、手分けしてなんとかするしかないな。バリスタ、装置とクレプシドラ、方々に散ってるわけだから」
「だがラグナ君、クロノスタシス軍を相手にただでさえ少数の我々が手分けするのは危険すぎないか?」
「ああ、それに関しては考えがあるから大丈夫。作戦って程じゃないけどなんとかはなるよ」
まぁ任せろよと言いつつオリフィスさんの心配を跳ね除けるラグナ、クロノスタシス軍をなんとかする方法はある…か。ラグナがなんとかなるってんならまぁなんとかなるか。
更にここから色々詰めていく事になるけど、やっぱり問題は明日の襲撃をどうするか…か。
そんな風に悩みながらエリス達は食事を続ける…。
「ねぇ坊ちゃん、…あーし緊張して飯も喉を通らないですよ」
「明日には決戦が待っているというのに、エリス殿達は健啖家ですじゃ」
「胆力が違うんだろう…俺達も食べるぞ、明日は俺達もフル稼働だ!」
そう言ってオリフィスさん達も喰らいつくようにアマルトさんの作った料理を食べ……。
「ん!美味しい!この肉!脂の味が濃厚なのに少しも脂っぽくない!凄いな!エリスが作った料理も美味かったが…もしやこれは君が?」
「へへへ、美味いだろ?まぁ〜俺ってば料理上手だし、緊張してても食えるくらいには美味いから安心して食えよ〜!オリフィスさ〜ん!」
「ああ!んん!これも美味い!」
そして、緊張が吹き飛ぶほどに食事をし始める……。
そうして、決戦前夜は過ぎていく……明日は、勝負の日だ。
………………………………………………………………………
「おはようございます」
そして、食事を終えた後就寝したエリス達。それから数時間眠ったエリスはパッチリ目を覚まし起き上がる…毛布を退けて周囲を見れば。
「むにゃむにゃ…」
「くー…」
エリスと同じ部屋で寝ているメルクさん、そしてメグさんがいる。二人ともまだ眠っている…メルクさんはともかく、メグさんもだ。当然だ、窓の外を見ればまだ霧がかかるような未明だ……。
けどエリスは起きる、最後の最後にやっておきたいことがあったから。
「…………」
コートに袖を通し、籠手をしっかり嵌める。靴を履いて息を整え…未だ暗く人のいない廊下を歩く。やりたい事は自主練習と言うか…最後の調整だ。
結局ナヴァグラハが言った期日までにエリスは第三段階に入れなかった、こうなったらもう出たとこ勝負で行くしかない。凄い絶望的だけどなんともならないとは思ってない…なんとかなる、と言うより…なんとかするしかないって気持ちのほうが大きいからだ。
(ここまで来たら、戦い抜くしかありませんからね)
『それでこそエリスだ、安心しろ。第三段階に目覚められるかもしれない奥の手を用意してある』
(なんですか?)
『言ったら意味がない、ただこれはあくまで最後の一押し程度の効果しかないからな。そこまで向かうのはお前の仕事だ』
(ありがとうございます、シン。貴方が居なかったらどうなっていたか)
『礼を言うのは早い、それより修行だろ?どうせ敵は早くから攻めてくる。精々二、三時間程度しか時間はないぞ』
(分かってます)
そうしてエリスは対クレプシドラを想定し体を温める事にする…と、だ。館から出ようとしたところ、外で動く影を見つけ…構えを取る。まさかもう攻めて来たのかと思ったが。
「んん?お前は…」
「あれ?メレクさん」
霧の中から現れたのはメレクさんだ、彼は何やら不機嫌そうな顔で寝巻きのままこちらに向けて歩いて来て…。
「なんだエリスか…こんな朝早くからどうした」
「いえ…ちょっと朝の鍛錬に出かけようかと」
「こんなに早くからか、感心感心」
メレクさんは腕を組みながらうんうんと唸っている。因みにだが…メレクさんには今日襲撃がある事は伝えてある、と言うかラグナが伝えた。一応ここが戦場になるのなら言っておいた方がいいと言う判断だろう。
しかし、…エリスが彼を今の今まであまり関わらせなかったのにも理由がある。その理由が…思う存分発揮されたらしい。
『ははは!敵が来るのなら望むところだ!我が兵団で相手をしてやる!おおそうだ、寧ろ都合がいい!ミロワも出撃させよう!実戦経験はなるべく多い方がいいからな!』
そう言ったらしい。ラグナは開いた口が塞がらないと言っていた。ミロワちゃんを誘拐に来る連中を追い払うのにミロワちゃんを出撃させてどうすると。
だがすっかりメレクさんはその気になっている、面倒な事にはなったが…でもラグナは義理は通した方が良いと言っていた。
「メレクさんはこんな朝早くからどうしたんですか?」
「ん?…んん、いや…珍しくあっちから声をかけて来たのでな、応じていた」
「あっち?」
そう言ってメレクさんが見たのはアドラ邸、ってまさかアドラと話したのか!?
「ど、どんな話をしたんですか?」
「頼み事…いやあれは命令だな。ミロワを引き渡せと」
やはりか…そりゃそうだ、アドラはクロノスタシス側…戦う前に交渉くらいはするか。
「このまま行けば後悔する事になる、なんて枕詞を添えていたがそれに応じる私ではないわ。アイツの言うことを聞くのなんて癪だからな」
「……それが理由ですか?」
「それだけだが、何かあるか?他に」
ポカンとメレクさんは口を開けている…本気で言ってるのか?娘を引き渡せと言われて断る理由が相手の言うことを聞きたくないから…って理由だけ?娘を引き渡したくないから、とかじゃないのか。
「あの、メレクさん…前々から思っていましたが、もう少しミロワちゃんを大切にしてあげてください」
「なに?大切に?バカを言え。甘やかして育てたら軟弱者になる!鉄は叩いてこそ強くなる!ミロワはそれくらいでへこたれるような軟弱者には──」
「ミロワちゃんは人です、鉄じゃありません」
「そう言う話をしているわけではない!第一他所者のお前に我が家の教育方針についてとやかく言われる筋合いはない!」
そうは言うが、結局この人は何も変わってない。一番最初…家庭教師に殴られているミロワちゃんを見ても止めず、寧ろ満足すらしていた。そんなのが教育方針?…容認いいわけがない。
「エリスはミロワちゃんの師匠です、あの子が戦う理由…頑張る理由、全部聞いています…貴方は知ってますか?」
「カレイドスコープの誇りだろう?戦う理由などそれ以外ない」
「貴方の為ですよ!父に恥じない子供になりたいからですよ!それなのに…そんな風に貴方が突き放して、貴方は…子供に恥じない父であれていますか?」
「グッ……うるさい!お前にどうこう言われる筋合いはない!!」
「メレクさん、今日はミロワちゃんと一緒に何処かに隠れていてください。昨日言いましたよね、今日ここに敵が攻めてくると」
「そんなもの私と私の兵団が迎え撃って討滅する!隠れる必要もない…ミロワもな!」
「どうしてそこまで頑なに戦おうとするんですか!」
「どうしてって……」
メレクさんは少し視線を泳がせる、彼が兵団を強化しているのは…ミロワちゃんに力を残してあげたいからでしょう?なら、ならばここで戦うのは本末転倒だ。けど分かる、エリスには分かる、彼が戦おうとする理由…それは。
「プライドが許さないからですか…」
「ッ…!」
「貴方は、アドラに負けたくない一心で大切なものを見失ってるんじゃないんですか?そりゃ…負けるのは悔しいかもしれませんが、だからって全部を失ってまで張り合っても……」
「お前に何が分かる!私の屈辱が!幼い頃から勝ち目のない戦いを強いられて!見下され!蔑まれ!理解もされない!この私の気持ちが!これで今の今まで強化して来た兵団を使わず逃げたりなんかしたら…それこそ私は負け犬だ!!」
そう言うなりメレクさんは顔を真っ赤にしながらエリスの肩に自分の肩をぶつけながら真横を通り過ぎて…。
「お前はクビだ!不躾に主に物言いする人間はこの館には要らない!どこへなりとも消えろ!!」
「………メレクさん、エリスのことはどう思ってもいいですから、ミロワちゃんの父親になってあげてください、一度でいいので」
「うるさい!!」
それだけ言って彼は館に入り、鍵を閉めてしまう。まぁ…今日が最後だからクビになっても構わないが。それよりメレクさんは…もっとミロワちゃんと向き合い、本当の意味で父親になってあげてほしい、
でなきゃ、ミロワちゃんがあんな頑張った甲斐がないってもんだよ。
『無職になったな、エリス』
(ええ、貴方と同じですね、シン)
『それより修行だろ、早く行くぞ。時間がない』
「……はい」
今はするべきことがある。だからエリスは手早く駆け出し…館の外に向けて飛び出し、そのまま風に乗って空を飛び、向かうのは北部の海岸部。一瞬でそこまで移動し砂浜に降りるなり、エリスは…。
「ふぅー……」
目を閉じて集中し、魔力を高める。間合いに魔力を集めたまま…エリスは砂浜を走る。黙々と。
ウォーミングアップがてらの砂浜ランニング。目を閉じて色々集中すれば…いろんな顔が浮かんでくる。
(敵は多い、その上強い…)
相手は八大同盟であり、同時にマレフィカルム最強の三大組織の一角クロノスタシス王国。頭領は未だかつてない最強の敵クレプシドラ…彼女は強い、多分エリスが戦って来た中で一番強い。下手したら真っ当なパワーならダアトや師匠の体を乗っ取ったシリウスより上なんじゃないかと思うくらい強く、その上でエリスを遥かに上回る技量。
どこをとっても弱点なんかないようにも思える戦略と果てのない魔術。あまりにも強すぎる相手とエリスは今日戦う。
(思えば遠くまで来た)
チラリと海を見れば、思い出が蘇る。丁度エリスのマレフィカルムとの戦いが始まったのもまたこんな風に海が見える場所だった。
大いなるアルカナ…No.7『戦車』のヘット、彼と決着をつけたのはこんな風に海が見える戦艦ウィッチハントの甲板だった。昔は超強敵に思えたが、マレフィカルム全体、世界全体で見ればヘットでさえまだまだ序の口と言えるほど…敵の存在は果てしなかった。
第一の影『黄王殺』エアリエル、『極致』のカルウェナン、『悪鬼』ラセツ、数多くの敵と戦いその都度死にかけ、死ぬ思いの中で勝って来た。何度も成長し、限界を超えて戦って来た。
かつてディオスクロア文明圏を一周した時はこれ以上ないくらい強くなれたと感じていたけど、まだまだだった。師匠と言う通りエリスは…この旅の中で確かに成長出来ている。
そしてなお、世界の広さ、大きさ、果てしなさに参っているよ。
(師匠、エリスは今…本当の意味で貴方の言葉を理解し始めています)
立ち止まり、拳を握り…型の確認をしながら、明日を流す。
師匠は言っていた、過酷な運命を辿ると。それは魔女の弟子だから…じゃない、力があるから…過酷な運命を辿るのだ。
力があると、人が守れる。この世界には守りたい人が多すぎる、けれど同時に敵も多すぎる。それら全てから全ての存在を守ろうとすると…やはり手にしている力だけじゃ足りないから、強くなり続け…そして戦い続けないといけない。
過酷だ、どれだけ辛い修行をしても…戦いは苦しくなる一方だ。時には心が折れそうになったりしたけれど…それでも。
「はぁっ!!」
拳によって突風が起きて…エリスは感触を確かめる。
それでもエリスは強くなれている。ならこれからも一緒だ、強くなり続けて…守り続けるんだ。
『なら一つ問うぞ、エリス』
そんな中、シンが口を開き。
『お前にとって、強くなる意味はなんだ。守る事か?倒す事か?』
(エリスにとって強くなる意味?……それは)
拳を握り、エリスは一つの答えを出す。いや、出ている答えを確認すると言った方がいいか、誰かに言ったことはない…多分師匠にも。もし師匠に同じことを聞かれたら『前に進む事です!』と答えるが…。
どうせシンには隠しても無意味だ、なら言おう…エリスにとって強くなるとは。
「旅の終わりを迎える為の、工程です」
『旅の終わり?』
「はい、結局…旅って行き着くところまで行き着いたら終わりでしょう?けど力がなければどこかで倒れる。エリスは旅を最後まで続けたいんです。それには力がいるし、その為には強くならなきゃいけない…だから、言い換えるなら」
それはエリスにとっての答え…言い換えるなら。
「ここまで来た、って…思えるその日の為に。エリスは強くなり続けるんです」
エリスは旅する風だ。けれど旅はいつか終わる、いつか終わるその日の晩に…ああ、ここまで来れたんだな…って、そう思えるようにエリスは戦いたいんだ。
『旅を終えるその日の為にか、ならクレプシドラは倒さないとな』
「ええ、それまで世界には無くなってもらっては困るんです。だってまだ見てないものがたくさんあります、聞いてない話がたくさんありますし…話してない話がたくさんありますから」
『フッ、にしてもお前が旅を終えるね…私はお前が死ぬまで旅を続けると思ってたよ』
「失礼ですね、旅は終わるから旅なんですよ。終わらない旅は放浪ですって…ミロワちゃんにも言いました」
『じゃあ実際どこまで行ったら終わりなんだ?』
「ん?そりゃあ────」
エリスはシンに旅の終わりに見たい光景を伝える、ずっと夢に見ていた光景、それを見れるその日まで戦いたいと。しかし……。
『え?それがお前の見たい景色か?』
その終わりの景色を聞いたシンは……。
『プッ!アハハハハハハッ!なんて凡庸!なんて平凡!それが見たいが為にお前は世界を救うのか!?これは傑作だ!』
「わ、笑わないでくださいよ」
『いやぁ、私はお前を勘違いしていたようだ。絶世の傑物ではなく…お前もただ独りの少女だったか。そこを失念していた』
「うっさー…」
『それよりあと数時間だ、第三段階の極意!ここで閃くぞ!』
「おー!」
エリスは拳を掲げランニングを続ける、朝方までには戻れば大丈夫だろう。
……………………………………………………………………
時は朝、カレイドスコープ邸で朝食が終わった頃…彼らは堂々とアドラ邸に現れる。
「ぃや〜!お待ちしてましたよ〜!私一人じゃキツいんで〜!」
アドラ邸地下、そこに配置された巨大な永久鏡…そこからゾロゾロと現れる軍勢は…。
「ふむ、魔力の感じ的にレナトゥスはいないな…ゴルゴネイオンと合流しに向かったか?」
十二人の黒外套、龍の仮面を被りしクロノスタシス切っての精鋭軍団、ヴァントゥーア騎士団…その団長『十二』のツヴェルフが仮面越しに館の全域を探知し、レナトゥスの不在を悟る。セフィラがいるのといないのでは話が違うからだ。
「はぁー…なんで俺、毎回毎回同行させられてるんだ…」
「文句を言わないでください、リューズ様。貴方が自由に動かせる最大戦力なのですから」
「……あの赤髪、今回もいるのかな…」
副団長エルフから慰められているのは…髪をいじり不機嫌そうなリューズ。ほぼ毎回戦線に出てほぼ無傷の彼は今回も元気に参加決定。やや気乗りしないのか注意が散漫な様子。
そして、大量のフェリヌスとムリヌス、そしてイノセヌスを引き連れ現れるのは今回の作戦の指揮を取る……。
「それで?クロック、敵は今どちらに?」
「はいオルロージュ様、敵である魔女の弟子は今メレク邸に」
クロックの歓待を受けるのはクロノスタシス王国の宰相…そして、魔女排斥組織としてのクロノスタシスに於ける最高幹部の一角、オルロージュ・クロノスタシス。
クレプシドラの叔母であり、先代国王インデックスの時代からクロノスタシスを支えた辣腕の宰相。その実力は八大同盟の第一幹部級とも言われており…。
クロックはオルロージュの戦線投入にクレプシドラの本気度の高さを伺う。
「ふむ、戦線復帰は久しぶりですが…私にかかれば八人程度容易い相手。などとは思いません、我々は単なる魔女排斥組織とは訳が違う。優雅なるクロノスタシス王宮の人間、即ち完全勝利は絶対条件…優雅に勝つ為、油断はせぬよう」
ポキポキと拳を鳴らし燃えるオルロージュにクロックは苦笑いする、ここに揃っている戦力だけで一体どれほどの国が滅ぼせるのか…そして未だ女王の両翼であるデイデイトとベゼルが控えている現状に頼もしさを覚える。
そんな中……。
「お待ちしておりましたオルロージュ様」
「おや、久しぶりですねアドラ。お元気なようで何より」
「全てはオルロージュ様のおかげでございます」
地下室の階段付近から現れるのはこの館の主アドラ・カレイドスコープ。彼は揉み手すり手でオルロージュに近づいてくる。アドラにクロノスタシスへのコネクションを与えたのはオルロージュだ、と言うより…オルロージュは世界各地にコネクションを持っている。
そう、世界各地にだ。彼女は若い頃から各地に出向き多額の金銭を元手に繋がりを作っていた…そのコネクションは魔女大国でさえ例外にはならない。そしてそのコネクションの一つがアドラなのだ。
「それで?アホのメレクと交渉は?」
「決裂しました…色々脅しをしたのですが」
「なるほど、なら結構。思う存分向こうの館をぶっ壊せます…どうせ私たちがここに来た時点で魔女の弟子も私達の到来に気がついているでしょう。気がついていないような雑魚ならそもそも勝負にもなりません」
アドラにはあまり興味を示さず、オルロージュは連れてきた部下達に命令を下す。
「まずはミロワの確保、それが終わり次第魔女の弟子の殲滅、これを行います。メレク側の人間もまぁ皆殺しでいいでしょう。それと…永久鏡は閉ざしておきなさい。魔女の弟子がクロノスタシス側に来れないように」
「はっ!」
命令されると共に兵士達はアドラ邸の地下に配置された巨大な鏡に門のように巨大な蓋をする。複数の人間でようやく動く鉄の門を重厚な音を立てて閉まる様を確認するオルロージュ…そこに。
「そ、それでオルロージュ様。今回の戦い…我々アドラ側に被害は…」
「ええ、なるべく出さないよう気をつけますが、不慮の事故はありえますので」
「で、出来れば勘弁願いたいのですが…我が家にはメレクの家と違って数多くの貴重な芸術品や、価値のある品が多くあり…もしもの時に金に変える為保存してあり」
「知りません」
ピシャリとアドラの言葉を無視、その対応にアドラはもうなにを言っても無駄だと悟りガックリと項垂れる…そんな風に諦める彼の様を、オルロージュは鼻で笑う。
(御し易い)
アドラという男は別段賢くない、ただ人より特段臆病なだけ。他者の顔色を伺い、その時その時で都合の良いことばかりを言うだけの男。だから利用もしやすい…利用しやすいってのはよく使えるって意味ではない。いつ切り捨てても痛くない…と言うことであると、オルロージュは自らの哲学によって彼を笑う。
「さて……おや?」
ふと、階段の影に隠れる小さな影を見て、オルロージュは顔色を変える。小さな子供がこちらを見ている…あれは。
(アドラの子供のゼルカロ?あんなところで…隠れているつもりでしょうか?まぁ、今回の目的ではないので…無視でいいっか)
プイッとゼルカロから視線を外し、オルロージュは指揮棒を手に取り…大きく振り上げ。
「では作戦開始です、今日の夕ごろには例の計画が始まるんです、それよりも前にミロワ・カレイドスコープを拉致し確保しますよ!迅速果敢に終わらせます!作戦開始といきましょう!!」
そして…開戦の狼煙が上がる。魔女の弟子とクロノスタシス側の…世界の命運をかけた長い戦い、その前哨戦の狼煙が。
…………………………………………………………………
「すみません遅れました!」
「帰ったかエリス!」
「それより…この気配!」
「ああ、来た…!」
エリスが館に帰ったその瞬間、アドラ側の館に無数の魔力の塊が現れた。既に館の一室で控えていたラグナ達は一斉に立ち上がり…。
「すげぇ量だな、数もさることながらえげつねぇ規模の魔力だ…!」
「これ、一人一人が凄まじく強いよ」
「腕が鳴るな、と言っている側から来るぞ…ミロワは!」
「ここに!」
メグは既に部屋に転移させたミロワを抱きしめ、戦いの開始を悟り防衛の姿勢に入る。そして…オリフィスは。
「ふぅ…我々もやれることはやるぞ!」
「はい坊ちゃん!」
「この日の為にデティ殿と山ほどポーションを作りましたぞ!援護は任されよ!」
戦いの準備を整え、ラグナ達と共に立ち上がっていた。エリス達八人、オリフィスさん達三人…そして。
「……私も、頑張ります」
ミロワ・カレイドスコープの決意が溢れでた……。
「よし、じゃあ…行きますか!!」
「おう!!」
動く、全員で。窓を開け…外に飛び出す。同時にアドラ側の壁を突き破って無数の兵士が現れ……カレイドスコープ邸の庭先にて始まる。対クロノスタシス王国との戦争が。




