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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
857/868

788.魔女の弟子と全面戦争前夜


突然、襲われた。


冒険者としてエリス師匠と共にグレイブオークを倒したのも束の間。突然襲撃者に襲われ…私達は戦うことになった。

一度は退けたものの、リューズと呼ばれた男の到来により全てが変わり、最終的に私は捕まった。


オリフィスさんやサブリエさん、シャーロウさんは最後まで飛びかかって助けようとしてくれたけど…ヴァントゥーア騎士団は強く、私は気絶させられ捕まった。


そして、目が覚めたら……。


「これは、一体」


「お目覚めになられましたか、ミロワ・カレイドスコープ様」


目が覚めたら、私は豪華なお部屋にいた。黒曜石のように黒い壁、赤いレースの飾り、ベッドに絨毯、本棚に机…色々置いてあるけど一つ言える事があるとするなら、私の家よりも豪華な部屋という事。


そして私は黄金の座椅子に手枷もつけられず座らされていたんだ…てっきり牢屋の中で目覚めると思ってたから、いきなりの事態に私は混乱する。


「あの、えっと」


部屋の中には一人、メイドさんがいる。黒い髪をした背の高いメイドさんだ。その人に声をかけると……。


「ここはクロノスタシス王国でございます。貴方様の身柄は我々が確保しました、なので貴方様はこの部屋にて待機して頂きます」


「え……クロノスタシス」


「はい、貴方様は四日後の月刻の儀が執り行われるその日まで、ここで優雅に過ごして頂く予定です」


「あの、えっと…」


分からない事が多すぎる、私はクロノスタシスに捕まったのか…?オリフィス先生達はどうなった?エリス師匠は?そもそもクロノスタシス王国ってどこなんだ?…私はなんで攫われた。


(分からない、状況を判断する為の材料が無さすぎる…私はどう動けばいいんだろう)


少なくとも私は捕まっていて、クロノスタシスという敵のアジトに連れてこられたんだと思う。けど牢屋じゃないし…うーん。


私は部屋を歩いて色々探す、すると私の剣…冒険者協会から支給された短剣がタンスの上に置かれているのに気がつく。それを手に取り…再びメイドさんに目を向ける。


「あの、私…帰りたいんですけど」


「それは許可されていません」


「戦って…帰るって言ったら」


「作用ですか。そのようにおっしゃっていますが…如何しますか、陛下」


「陛下?」


そうメイドが口にした瞬間、メイドの隣にある扉が徐に開き……現れたのは炎のように赤い髪、ルビーのように赤い瞳、そして血のように赤いドレスを着た…女性だった。一目で分かった、普通の人じゃないって。


「目が覚めたようですね、ミロワ・カレイドスコープ」


「貴方は……」


「妾はクレプシドラ、クレプシドラ・クロノスタシス…お前と共にいたオリフィスの姉です」


コツン…と一歩、彼女は私を前に歩み出し…ビールを鳴らす。ただそれだけのなんでもない行動なのに私はなにも言えなくなる。威圧?凄み?そのどれとも違う独特の風格…陛下ってことは王様だよね。


これが、王の風格って奴なのかな…。


「……それは?」


ふと、クレプシドラが私の手に握られた短剣を見て聞いてくる、それはなんだと…私は咄嗟に短剣を抜き、鋒を向ける。

捕まえた…という割にはなんでもない部屋に入れ、手枷もせず、剰え武器も取り上げないなんてこの人達は馬鹿なのか?私がこうしないと思ったのか…。


「私を解放してください、私はお父様やエリス師匠のところに帰りたいです」


「いいえ、貴方を解放することはありません。貴方は妾の為に仕事をする為ここにいるのです」


「私は…正義の軍人メレク・カレイドスコープの娘です。あんまりこういう事は言いたくないですけど…乱暴な事してでも帰りますよ。私…これでも魔術が使えるんですから!」


「ふむ……」


するとクレプシドラは手近な椅子に座り、足を組み…膝上に手を乗せる。まさしく余裕の構えと言ったところか。


「確かに、貴方の星の魔力は妾にとっても脅威になり得る。或いは妾を傷つけることも出来るかもしれません…試してみますか?」


「え?」


「ほうら、…打ってみなさい」


瞬間、私が見たのは…なんだ、燃え盛る業火?或いは地上のオーロラ?あり得ないほどの光量がクレプシドラの体から溢れ、波濤のように場を満たす。これは魔力…!?


圧倒的な勢いで噴き出す大量の魔力はクレプシドラの体さえ多い隠し、黒いシルエットとその紅の眼光しか確認出来ない程に充ち満ちる。勢い、速度、何より質量…それは私が知る何よりも大きく、凄まじく…体が停止する。


動けない…打ってこいと言っているのに、なにも出来ない…ただ見られているだけで、この皮膚を焼くような魔力を前に私は悶えることさえ─────。


「つまりはそう言うこと。貴方が逃げるつもりならそれは無駄であると記憶なさい」


「ッ…ハァ…ハァ…ッ!」


そして、一瞬で魔力が消える。それにより私は膝を突き…冷や汗をポタポタと垂らすことになる。今のは魔力を出しただけ…ですらない、ただ臨戦態勢を取っただけ、意識を私に向けただけだ。それなのにこんなことになるなんて…別格、いや別次元すぎる。


この人、本当に人間なのか……!?


「ですが、妾は貴方が必要です。故に妄りに傷つけたり…精神的なストレスを積極的に与える気はありません。外出は許可出来ませんが必要な物があれば王命によって取り寄せましょう」


「……私が、必要…?」


「ええ、貴方の体の中にある星の魔力が妾は欲しい。魔術によって生まれる一時的なものではなく…天然の星の魔力。これを得るのは不可能に近い…貴方は代えの効かない部品なのです」


パンパンとクレプシドラが手を叩くと、どこからともなく現れた執事が机と共に紅茶を用意する。カップは二つ…クレプシドラと、私の分だ。クレプシドラはまるで私にお前も座れとばかりにこちらを見る。


逆らえば…さっきみたいになるのは明白。なら言うことを聞くか。


「…………貰います」


「ええ、そうしなさい」


クレプシドラに倣い、私もまた紅茶を飲む…ん?これ、凄くいい香りだ。少なくとも家では飲まないタイプのやつ。アレクさんの家でも時たまにしか飲んでないような…そんな風雅な香りがする。


「いい匂い」


「貴族として一端の教育はされているようですね。ですがもう少し優雅に飲みなさい」


「あ、はい…」


ってなんで言うこと聞いてるんだ私は…と思ったが、クレプシドラは紅茶を一口飲むのもまた優雅。動きに無駄がない…ああ、マナー講師の先生が言ってたのはこう言うことを言うのか。


……凄まじい力に、哲学を持ち合わせ、その上で気品もある…凄い人なんだろうな、この人は。


「さて、……何か聞きたいことがあるのでしょう?」


「え?」


「貴方は自らの事情をなにも知らない。故にこの状況から抜け出したいと考えている…なら妾はそれを説明しましょう。それが責務です」


パチクリと私はクレプシドラの顔を見つめる、この人…偉い人なんだよね。それなのに態々私に説明に来たの?よく分からないな…強いから、そう言う自信もあるのかな。


「まず、前提を説明します」


そう言ってクレプシドラは色々説明してくれた。ここはクロノスタシス王国で、鏡の中にある国らしい。で、そのクロノスタシス王国の女王がこの人、クレプシドラ。


で、私の中には星の魔力という特別な魔力があるらしい、クレプシドラはそれが欲しい。窓の外にある赤い月に私の魔力を加え本物の月にする事、それがやりたいことだという。


「本物の月に……」


「ええ、圧倒的な魔力質量と星の魔力によって擬似的に天体を再現する。これを実現する最後のピースが貴方なのです。わかりましたか?」


「分かりましたけど…なんでそんな事したいんですか?」


本物の月を作る。話としては滑稽寄りの事だが、ただそれだけだと言うのなら別に私を誘拐しなくても、頼まれればやるよ。そう言いかけたが……。


「いいえ、月は言わば爆薬です。爆薬は爆破させなければ意味がないでしょう?」


「え……?」


雰囲気が変わる、クレプシドラは紅茶を机の上に置く、ただそれだけの動作なのに…クレプシドラの手はガタガタと震えている。寒いのか、恐怖なのか…いや違う。彼女の意思は至って平静、されど意思に反して手が勝手に震えているんだ。

クレプシドラはその震えを見て、忌々しげに目を細める。


「妾は…過去の呪縛に囚われています、今も変わらず」


「過去の呪縛……」


「ええ、決して癒える事のない苦しみ…煩わしく、されど消えぬ棘が刺さったままなのです。これをなんとかするには…全てをやり直すしかない」


「やり直すって、そもそもそれが月となんの関係が……」


「時間遡行です」


「へ……?」


ポツリとクレプシドラが呟く…時間遡行、それって過去に戻るってこと?いやでもそれ。


「不可能です…それ」


死者蘇生、世界崩壊に並ぶ不可能とされる三大魔術、それが時間遡行だ。出来るわけがない、例え月の中に無限に近い魔力があったとしても……。


「可能です、……言ったでしょう。月は爆薬だと…この鏡の世界は全てが偽りですが、唯一現実世界と同じ物が存在しています。何かわかりますか?」


「………分からないです…」


「それは星の魂です。星の記憶も星の意志も存在しませんが魂だけは存在する…観測不可能な程強大な星の魂が、この鏡の世界にも存在している」


「なにが…言いたいんですか」


「偽りの月を地表に激突させ、物理的衝撃と星の魔力による大爆発により鏡の世界の魂を共振させ、超新星爆発を起こします…そしてそれにより発生するエネルギーを用い…妾は過去に飛ぶ」


「なッ……!?」


咄嗟に背後を見る、窓がある、そこには月がある…赤い月、眼下の街よりもはるかに巨大なあの物体を地面に叩きつけて爆発させる?それで鏡の世界を崩壊させるって…正気か!?


「鏡の世界を滅ぼす気ですか!?」


「ご安心を、無駄に消えるわけではありません。妾が過去に戻り、今一度世界を再創造するので…この歪んだ現在よりももっと素晴らしい今が訪れるはずです」


「なに言って……」


クレプシドラは立ち上がる、口元に三日月の如き笑みを浮かべ…虚空を眺めながら恍惚とする、その姿は…悪魔、いや…魔王そのものだ。


「妾が飛ぶ先は八千年前。つまり魔女が未だ未熟だった時代です…そこに飛び妾は過去を改変する。魔女が統べる時代ではなく妾が統べる世界へと創り直す…」


「…………」


「確かに魔女は強い、今の妾でも太刀打ちはできないかもしれない。ですが過去の世界にはウルキが盲信するシリウスもいる、何より起こる出来事全てを知り得ている知識がある。確実に過去は変わる…妾にとって更に都合のいい世界に、過去も今も未来も全て」


完璧な形で調和が取れていた過去の出来事を汚す、ただ一点のインクのシミとなる。それにより自分にとって都合の良い全てを作り上げる。クレプシドラはそう語り…私の肩を握る。


「貴方は、謂わば新世の鍵となるのです…栄誉な事と思いなさい」


「い、嫌だ…私、そんなとんでもない事の助けなんかしたくない!そもそも貴方は!」


私は必死に立ち上がり、クレプシドラの手を払いながら…叫ぶ。彼女のやろうとしてる事は…正直スケールが大きすぎてよく分からない。けれど一つ言えることがあるするなら…それは彼女のしようとしていることは、あまりにも無責任な事だと言うもの。


「貴方は女王なんでしょう!そんなに強いのに…偉いのに!なんで人々を守るのではなく!害する方に流れるんですか!……力を持つ者は守る側に立つべきです!」


「守る側……なにを言うかと思えば。この世にあるのは奪う側か奪われる側のみ、究極的には己を守れるのは己だけ。貴方がどれだけ拒否しようとも…妾は貴方の魂を使って過去に行く。今の全てを捨ててでも…あらゆる歪みを正し、過去の呪縛を消し去る」


おかしい、この人は狂っている。なんでこんなに嬉しそうに笑えるんだ、自分の国に月を落として…世界全てを破壊してでも過去へと飛び、過去を改竄するなんて…ふざけてる、いやふざけてくれているならまだいい。


この人は…本気だ。


「時を支配してこその…王ですから」


「い、嫌だ……私は絶対」


「関係ありませんよ、貴方は四日間ここで過ごす…新世創造の大役を担う者です。存分にもてなしましょう……ん?」


ふと、クレプシドラが首を傾ける。怯えて動けない私はクレプシドラに釣られるように…視線をそちらに向ける。そこには…ゆっくりと開く扉が。クレプシドラに続いて誰かが入ってきて…。


「貴方は……なにか用ですか?客人とは言え、勝手に妾の城を出歩くのは感心しませんが…」


「ああすまない、ただ…気になったんだ。私もまた魔蝕の子、そう…興味本位だな」


そこにいたのは紫の髪を流すように伸ばした緑色の服を着た…いやあれはマレウス宰相にのみ着用が許された礼服?ってことは……。


「レナトゥス、貴方との会談は終わりました…今すぐ帰るか、妾が与えた宿へ向かいなさい」


「そうカッカしないでくれ…それが例の星の魔力を持った子かな?」


宰相レナトゥス・メテオロリティス…それが金色の杖を突きながら部屋に入ってきたんだ。客人…って言ってたけど、クレプシドラはマレウスの宰相様とも関わりがあるの!?


なんて考えているとレナトゥスはクレプシドラを押し退け私の顔をジロジロと見て…。


「ほう、特別な魔力は感じないがクレプシドラが言うなら魔蝕の祝福を受けているんだろう。しかし代償はなにかな?その辺は分かっているのかな?」


「……レナトゥス、貴方…今の話を聞いていましたか?」


「今の?会談の時の話しかな?悪いが心当たりがない」


「……聞いていないのなら良いです。ですがこの子は妾の計画に必要な存在…もし奪おうと言うのなら」


「分かっている。君の計画を邪魔だてするつもりはない…それより、例の件の答えをくれ。態々ここまで来て話をしたんだ、返答をもらわねば帰れない」


「ゴルゴネイオンに手を貸すと言う話でしたか…」


クレプシドラとレナトゥス、共に一国を動かす者同士が私の前で会話を始める。なんの話かは分からないが…部屋を満たす威圧が洒落にならないレベルに増幅し、私はもはや声すら上げられない。


「ああ、遂にイノケンティウスが動いた。アルクカースに宣戦布告する。恐らくだがこれはマレフィカルム始まって以来の大規模作戦になる…これにはセフィラ側も何人か参加する。私は勿論、ケテルやホド…それにダアトも」


「ふむ、マルクト…バシレウスは参加しますか?」


「……分からない、アレはもう私の制御を外れている」


「なるほど、ようやく分かりました。貴方が妾に作戦参加を希望している理由が。バシレウスの穴を妾で埋めようとしていますね?」


「……………」


「無礼千万ですよレナトゥス、妾を誰かの代わりにしようなど…不敬を理由にここで首を刎ねても良いですが。生憎妾は忙しい…」


「今忙しくても構わない、イノケンティウスが動き出すのは六日後だ。その時までに…」


「四日後に妾の計画が動く。六日後に予定は入れられませんので…理解なさい」


そう言うなりクレプシドラは部屋の出口へと向かって歩いていく…。


「クレプシドラ!私は諦めない…お前の参戦があれば、アルクカースは100%陥落させられる。だから」


「話はこれまでです。妾は公務に戻る時間なので。…ああ勿論ですが、ミロワに手出しはしないようお願いします、もしミロワを傷つけたら…その時はお前諸共マレフィカルムをズタズタに破壊するので、そのつもりで」


「…ッ……」


「では」


そして、クレプシドラはメイドを連れて部屋を出て行ってしまった。…なんか、とんでもないことになってるな。レナトゥスさんには私に手出ししないよう言い含めていたが、私に対しては『外に出るな』とは言わなかった…そもそも私がここから出られると考えていないんだろうな。


「……ミロワ・カレイドスコープだったね、君は」


「え?」


ふと、レナトゥスさんがこちらに目を向け…優しく微笑む。


「アドラの娘かな?それともメレクの方かな?」


「えっと、メレク・カレイドスコープの娘です」


「そうか。彼は北部の軍備を整えてくれているね…父に似て勇ましい顔つきだ」


カレイドスコープ家が王貴五芒星と言う特別な地位に立てたのは、レナトゥス様がカレイドスコープ家を取り立ててくれたからだ。だから私たちにとっては大恩のある相手……。その人に父を褒められ嬉しくなる。


「君はクレプシドラの狙いを聞いたか?」


「え?」


「勿論、私も聞いた。世界を滅ぼす…あの狂人らしい発想だ。私としてはアルクカースを陥す前にこの世界には終わってもらっては困るんだが…生憎、君をここから出そうとしたらクレプシドラに殺される、私がな」


どうやらレナトゥス様はクレプシドラのあの目的を…聞いていたようだ。隠れて盗み聞きしてたのか…けど、その人でさえ表立って批判出来ない程クレプシドラは凄まじい存在なんだろう。


「さしもの私もクレプシドラと事を構えたくない…だが、このまま君がここにいたら世界が滅びる…か。さてどうしたものか、まだ世界に滅びてもらっては……」


「……私も、自分でここから抜け出すことは出来ません。多分……でも」


私は空を見る、私は自分ではここから出られない。きっと扉から出たらクレプシドラか…私を捕まえたヴァントゥーア騎士団が飛んでくるだろう。自力で脱出は出来ない…けど。


「きっと、師匠が助けに来てくれます」


「師匠?君には師匠がいるのかい?」


「はい!エリス師匠です!」


エリス師匠なら、きっと助けに来てくれる。あの人なら絶対に…だから私も諦めない。もし自分にできることがあるとするなら……。


「エリス……?」


レナトゥス様は顎に指を当て、視線を左右に揺らして何かを考え込むと。


「もしや、君の師匠は孤独の魔女の弟子エリスではないかな?」


「え?師匠は師匠ですけど…」


「ふむ、クレプシドラを相手に喧嘩をふっかける狂人のエリスなど…この世界には一人しかいないな……なら、都合がいい」


そう言ってレナトゥス様は……邪悪に笑う。


………………………………………………


「と言うわけで、今日からミロワちゃん奪還作戦を開始します。作戦の詳細は皆さん覚えていますか?」


「あ、ああ…けど正気か?エリス」


「坊ちゃん無駄です、我々の正気じゃエリスちゃんって人間を計れませんから」


「そうだが……」


アレから一日、期日まで三日になった。エリスとオリフィスさん達はアレから地下の拠点でたっぷり休養を取り、作戦を立てた。

クロノスタシス王国は強い、真っ向勝負じゃどうにもならない。だからエリス達は作戦を立て…こっそり奪還することにした。


「まず、ミロワちゃん奪還の為に必要なのは…ミロワちゃんが城のどこに幽閉されているか、ですが…分かりますか?オリフィスさん」


「多分だが、姉様のポリシー的に地下牢に入れたりはしないと思う」


「え?そうなんですか?」


「ああ、姉様はミロワを大切な駒の一つとして扱うはずだからね。多分豪勢な部屋を与え…そこで思う存分贅沢させると思う。まぁ…本人の意思は無視するが」


エリスは地下室の椅子に座りながら小さく頷く。なるほど、地下牢に入れるのではなくきちんとした部屋を与える…か。変わったポリシーだがありがたい。


今頃ミロワちゃんが冷たい地下牢の石床の上で啜り泣いている…とかだったらエリスは耐えられなかった。


「しかし、どこにいるかまでは…」


「じゃあ仕方ありませんね。現地で探しましょう」


「マジで言ってるのか…」


「ええ、つまり潜入です」


潜入、あの城に入り込んで内側からミロワちゃんを探す。どこにいるかは分からないがゆっくり探している時間もないし、手段もない。だから現地で探す…一応シンの電磁探知とエリスの識を合わせれば不可能ではないはずだ。


で……だ。


「しかし、潜入とは……上手くいきますかのう」


シャーロウさんがソファの上で髭を撫でる。上手くいくか…そんな不安を吐露し始める。


「エリスちゃん、クロノスタシス王城の警備は堅牢だよ。そもそも外敵ってものがいないからね、入り口の警備は特に厳重なの」


それは昨日聞かされた。最初は『侵略の心配がないのなら寧ろ警備は緩くなるのでは?』と思ったが逆のようだ。閉じられた世界だからこそ、許可なく立ち入る存在は全て敵対者として認識出来る。

客人なんてのは中々来ないから衛兵には無用に近づく存在は確認の必要もなく攻撃する権利が与えられているそうだ。


だから下手に忍び込もうとすると、逆に騒ぎになる…か。ですがそこは問題ありません。


「大丈夫、考えてありますよ。ゴールドラッシュ城…いえ、虧月城でしたか。構造はエルドラドの物と同じ…だと言うのなら、真正面から忍び込む必要はありません」


「と、言うと?」


「ゴールデンスタジアムですよ、あそこの地下には迷宮があったはずです。で…確かその迷宮はゴールドラッシュ城にも繋がっていたはずです」


エルドラドでの一件を思い出す。確かあの城は無数に隠し通路があったはずだ。で城の隣にあるゴールデンスタジアムには貴族達が避難できるだけの広大な地下空間があったはず。

そこから城の地下に移動し、内部に入り込める。


「ゴールデンスタジアム?スタシアムなんてあったか?」


「いえ?なかったですよ」


「え?」


「確かエルドラドのゴールデンスタジアムが出来たのは十数年前のはずだ。その頃には既にクロノスタシスの民はここに住んでいた。だから無い」


「ど、どう言う意味?」


オリフィスさん曰く、鏡の世界と現実世界は完全に同期していないらしい。と言うのもこの鏡の世界は人の認識によって生まれた世界。認識によって形は変わる。そして鏡の世界に住むクロノスタシスの民もまた世界を認識し続けている。


鏡の世界は人の認識によって形を変える。現実世界で起きた事象をそのままもう一つの世界に投影することで鏡の世界は形を変えるが、鏡の中の人間がその空間を認識している間はその空間に変化は起こらず状態が固定されると言うこと。


つまりだ、一本の木があり、現実世界でそれが切り倒されても鏡の中で別の人間がその木を認識し続けている限り、鏡の世界ではその木が切り倒された…と言う結果が反映されないと言うこと。


だから、ゴールデンスタジアムが出来る前からここにクロノスタシスの民が暮らしている以上、状態は当時のまま保存されているとのこと。確かにその法則がないとこの街は成り立たない。現実世界でエルドラドが破壊されているからこっちの世界でも壊れてないとおかしいですからね。


「だからこの世界にはスタジアムは存在しないんだ」


「うーん、ですがあの地下はスタジアム建設よりも前からあった感じですし…多分地下空間そのものはあると思います」


「そうか…で、その地下に行って城に忍び込むと?その後は」


「これを使います」


そう言ってエリスが取り出したのは…近くの木箱に隠しておいた兵士の鎧。最下級戦闘員・蟲兵の鎧…それを人数分取り出す。それを見てオリフィスさんはギョッとし…。


「え?それいつ手に入れたんだ?」


「昨日です、昨日夜頃街をパトロールしてた蟲兵を襲撃して奪いました。中身の人間は簀巻きにしてその辺の空き家に突っ込んでおいたので安心してください」


昨日寝る前にちょいちょいっと兵士をぶちのめして奪った。蟲兵だから普通に弱かったし、なんとかなりましたよ!とエリスが笑うと…。


「こ、こいつおかしいですよ坊ちゃん!」


「い、イカれておる…警邏兵を襲うとは、獣か」


「え…エリス、流石に危なすぎるぞ。警邏兵に見つかってそのまま城に報告されてたら終わってたぞ」


「報告されてたら終わってましたね、報告されなかったので続行です」


エリスがそんなヘマするわけない。エリスは鎧をそれぞれに配る。幸いクロノスタシス兵の装備はフルフェイスの兜が採用されている…変装にはもってこいです。


で、全員に配り終えたら…後は簡単、行動するだけ。


「皆さんそれをつけたら、一応顔隠しのポーションを飲んでください。そしてそれを使って城の中を駆け回ってミロワちゃんを助けます」


「…ああ、で…例の作戦は?」


「もしもの時です」


一応、保険となる計画も立ててある。ミロワちゃんを助ける為です、手段は選んでいられないので…とはいえ保険と言いつつ、エリスは間違いなくこの手札を切ることになると考えている。理由は直感だ…ミロワちゃん奪還は一筋縄ではいかないはずだから。


「じゃ、行きますか」


「おう!」


全員で鎧を装備、変装を完了したった四人で一国を相手に子供一人を助ける為の作戦を開始する。待っていてください、ミロワちゃん。


エリスが助けますから。


「よし、それじゃあ潜入開始します」


「は?」


そしてエリスは拠点の壁に手を当てて…拳を握り。


「よいしょ!」


「ちょっ!?エリス!?」


殴りつけ、破砕する。そしてそのまま再び拳を動かし、殴りつけ破砕する。そうやって壁を砕き、岩盤を砕き、ドンドン進んでいく。思ったより地盤が脆いぞ…これなら。


「これならこのまま掘って城の地下までいけそうです!」


「…………」


「坊ちゃん、やっぱこいつおかしいですよ」


「言うな…今、クロノスタシス王国の命運は彼女にかかっているんだから…」


よーし、このままガンガン掘って城の地下まで行くぞー!待っててください!ミロワちゃん!!



…………………………………………………


「邪魔するでーーー!!!」


瞬間、扉を開ける。サイディリアルにある転移魔力機構で転移し、飛んできたのはアジメクの中央都市ステラウルブス。その大通りを全速力で走り、入り口で受付をして、そしてようやく入ることが許された…ここに、白銀塔ユグドラシルに。


思ったよりも時間がかかってもうたが、ようやく来れた…そう思いオレは手紙片手にユグドラシルの執務室に入ると。


「ん?あんた…ラセツ?」


「お?アナスタシア?なんやお前今ここで働いてんの?」


「まぁね」


部屋の中にいたのは元逢魔ヶ時旅団の大隊長アナスタシア。かつては小国一つぶっ潰した怪物が今は制服着て書類の山抱えてんねんからまぁ驚きやわ。つーかアレやな…働いてもええんやな。元八大同盟の幹部が…まぁそれはオレも言えたことやないけど…って。


「騒々しい」


「ゲッ……」


気がつく、アナスタシアと一緒にいる…女、即ちこの執務室で仕事をしている人間の存在に。そいつは緋色の髪を揺らし、こちらを見遣る。その身から立ち上る魔力のまぁどえらい事。


見るは初めてや、けど分かる。こいつは……。


「あ、あんたがアレか…帝国の筆頭将軍アーデルトラウト…」


アーデルトラウト、帝国最強の名を欲しいままにする化け物。マレフィカルムにおってこいつの名前を知らん奴はおらん。なんせ帝国将軍言うたらこっちで言うところのセフィラに匹敵する存在。魔女に次ぐ最高戦力やもん。


にしても…マジかこいつ、クユーサーやオフィーリアより断然強いでこれ。マジでセフィラ上位の三人くらいしか太刀打ちできんのちゃうか……。


「そうだが、お前は?……見たところ只者じゃなさそうだが」


「あ、オレこう言うもんですわ」


懐から取り出すのは新調した名刺。パラベラムから転職してマーキュリーズ・ギルドのマレウス支店の代表としての名刺。それを見たアーデルトラウトはギュッと眉を歪め。


「お前か…!マレウスから転職したとか言うふざけた奴は…!」


「そ、その件に関してオレになんか言われても困りますで…!ええよ!って言うたんはメルクリウス社長やし!」


「チッ!本当にアイツらは!好き勝手やりやがってぇ…!!」


あーらら、この人仕事でノイローゼになってるやん。可哀想やなぁ…けど分かるで、仕事が出来る上になまじ真面目やから他人に仕事も任せられん。うちにもそう言うのがおったで、今はもうネズミやけど。


「で!なんだ!なんの用だ!」


「そんな怒らんといてくださいよぉ、今オレ味方やねんけど」


「だとしてもだ!」


「ちぇ、外様出身は肩身狭いんやなぁ……それより!ラグナ達はおるか!知らせがあんねん!」


それよりラグナ達だ、エリスの居場所が分かったんだ。マレウス北部のブリュスターにおる、今クロノスタシスと戦ってるらしい。救援がいると言う手紙を寄越すほどや、一刻も早く助けに行ったらんと。


しかし、アーデルトラウトは。


「ラグナ?知らんな」


そう言ってそっぽを向くのだ…それにオレは軽く舌打ちをして。


「おう、あんた。今の状況がオレの顔見て分からんか。切迫してんねん、こんな時にくだらん意地張っとる場合か」


こいつ、オレが元マレフィカルムやから協力せん言うんか?やったらこっちにも考えがあるで?と拳を握ると…アーデルトラウトは鋭い視線でこちらを見て。


「なんだと?……いや、別に意地は張ってない」


ハッと自分の態度がオレを刺激したことを理解したのか手を前に出し首を振り…。


「あー、ごめんねラセツ。アーデルトラウト様はあんたがマレフィカルムだからこう言う態度じゃなくて、基本誰にでもこう言う態度なのよ」


「は?問題やんそんなん」


「そうなんだけどねぇ…でも、マジだよ?知らないの。ね?アーデルトラウト様」


「ああ、知らない。私は別にアイツらの監視なんかしてないからな…それに。ここ最近やたらと忙しそうに出回っていたな……」


「えぇ!?もしかしておらんの?ここに!」


「いない、いないから私はラグナの分まで仕事をしている」


あー…やからノイローゼなんか…ってかマジか!ラグナ達ここにおらへんのかよ!え?じゃあどこにおんねん!


「なぁ!ラグナ達どこに行ったか分かるか?」


「知らんと言ってる…だがそう言えば今朝方全員でユグドラシルに集まって何か話していたな。確か…『鏡の世界がどうたら』とか」


「鏡の世界……え?」


鏡の世界言うたらクロノスタシス、エリスが今事を構えとるんはクロノスタシス……これ偶然ちゃうよな。え?


もしかして、もう始まっとるんか…魔女の弟子とクロノスタシスの全面戦争……!

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― 新着の感想 ―
やってきたのはレナトゥスでした…… ミロワも圧倒的実力差のあるクレプシドラの前では何もできないか。 クレプシドラの目的は時間遡行……あっ(察し) レナトゥスはクレプシドラの目的が果たされたら困る、とい…
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