786.魔女の弟子エリスと鏡の国クロノスタシス
「で?どうする」
「ッ……」
俺の脳みそは今、生涯で五本の指に入るほどのスピードで稼働していた。
クレプシドラ側に裏切りがバレた、恐らくはクロックがずっと探っていたんだ。まぁどこかでバレるとは思っていたが…想定外なのは相手の動きの早さ。
少なくとも四日後の期限日までは様子見をすると思っていた…クレプシドラは必ずスケジュールを守る女だ。
それがこうして前倒しで動いたと言う事は…まぁ、そう言う事だ。クレプシドラから完全に敵認定を喰らった、もうこちらの事など眼中にないと思っていたがそうではなかったようだ。
それはいい、もう覆しようがない。問題は敵勢力、ヴァントゥーア騎士団五名…総勢十二名いる騎士団のうち半数近くを投入して来た事実。おまけに副団長のエルフまでやって来ている…その事実に恐怖を覚えたが。
そんな事態すら可愛く見える最悪の存在が現れたんだ……それが。
「リューズ……お前まで来てるなんてな」
青髪青瞳の白いコートの青年…彼の名はリューズ・クロノスタシス。オリフィスにとっては従兄弟に当たる人物であり…別名クロノスタシスのリーサルウェポン。
はっきり言ってこいつはヴァントゥーアとは比較にならない存在だ。クロノスタシス王国においてこいつ以上の存在はクレプシドラしかいない…つまり軍部最強のベゼル・ティックタックと同格の扱いを受ける存在…でありながら未知数の潜在能力と無限の才能を持つ怪物。
今、それが目の前に立っている。いつの間にか馬車に入り込みサブリエを殴り倒して…そこに立っている。
絶望だ、何度考えてもどうしようもないと言う結論しか出ない。リューズ、ベゼル、クレプシドラ…いずれかの三人を出さないよう立ち回るべきだと最初に結論づけて動いていたくらい、こいつはやばい。
けど…あり得ないはずだったんだ。クレプシドラとリューズは絶対に出てこないはずだったんだ…クロノスタシス軍を倒し過ぎない限りベゼルも出てこないから、そこにだけ注意していればよかったはずだったんだ。
だが……前倒しの予定、リューズの出撃、完全なる敵認定…ここから考えられるのは。
(姉様の発作が…強くなってるのか)
姉の心を蝕む毒…クレプシドラ曰く『過去の呪縛』が想定よりも強くなり始めている。それ故にいつもの姉なら…と言う想定が意味をなさなくなっているのかもしれない。
俺は目を閉じ、そう結論づける。意味のない結論だ、今それを理解したとて意味がない…今やるべきは。
「分かった、リューズ…渡すよ」
「え!?オリフィス先生……」
(待て、俺を信用してくれ…大丈夫)
顔には出さず、ただミロワを抱きしめ…その圧力によって伝える、大丈夫だと。とにかくこの場を切り抜ける…それが肝要だ。
幸い…リューズはあまり頭が良くない、口八丁手八丁で上手く丸め込む事さえできれば…。
「頼むよ、オリフィス兄さん…ここはあまり好きじゃないんだ…いつバシレウスが来るか…」
「ああ、そうか。それで鏡は持ってるかい?」
「持たされてる、永久鏡だろ…ほら」
そう言ってリューズが懐から出すのは銀色の手鏡…永久鏡だ。よし、ちゃんと持たされてる…だったら。
「クロノスタシス行きの道を作ってくれ」
「ん……これでいいか」
リューズは手鏡を地面に置くと鏡の光が拡大し…目の前に大きな出入り口を作る。この穴の向こうにはクロノスタシス王国がある、ここから先に踏み込めばクロノスタシスが……ある。
(…………)
リューズは首元をかきながら早く帰りたいとばかりに穴の前に立っている…そこで俺は──。
「ッリューズ!あれはなんだ!!」
「え?」
瞬間、俺は明後日の方向を指差しリューズの視線を誘導する。それと同時に全力で魔力噴射を行いながらタックルをかます、リューズをクロノスタシスへ叩き込むのだ。そしてリューズの永久鏡を奪取しこちらに来れないようにする…!
それでとりあえずはこの場は───。
「って…二度も同じ手喰らうかよ…!」
「なッ!?」
しかし、リューズは引っ掛からなかった。少なくとも俺の知るリューズならこんな子供騙しみたいな手段に引っかかったはずなのに…リューズはまるでそれを読んでいたかのようにグルリと首だけをこちらに向けて…。
「洒落臭いんだよッッ!!」
「グッッ!?!?」
爆発する、リューズを中心に魔力が…いや、こいつなんで魔法みたいな真似が出来るんだ!?魔力も持っていないはずなのに、技術も持ってないはずなのに。
まさか、先日の脱出で…バシレウスとの戦いで、これほどまでに成長したのか。
「ぐぁぁああ!!」
リューズの放つ魔力波動は一瞬で馬車を内側から破裂させ、俺もミロワも、サブリエもシャーロウも弾き飛ばされ地面を転がることになる。
「うぅっ……」
「そもそもさぁ…裏切り者の言うことを信用するわけがなくない?」
「ッ……」
そして、ポケットに手を突っ込んだリューズが、粉々に弾け飛んだ馬車の残骸を踏み締め、ポケットに手を突っ込んで歩いてくる。周囲の温度を奪い、地面に薄氷を伸ばし、明確な敵意を満ちさせながら…俺を睨む。
ダメだ…規模が違う、俺の持っている力じゃ対応出来ない規模の存在だ…こいつは。けど…ミロワを渡すわけにはいかない。
姉様の目的が成ったら…俺の故郷は……!
「おい!お前!!」
「あ?」
しかし、それを止める声がひとつ…先程まで馬車の外を警戒していた、唯一の存在。それが馬車の爆発を受け駆けつけて…そして、リューズの背後に立つ。
エリスだ…彼女はリューズを睨み、メラメラと燃えるような怒りを全身から放ち。
「誰ですか、お前……敵ですよね、まだいましたか…!」
ヴァントゥーアを倒してなお余力のあるエリス。だがダメだ…彼女ではリューズに勝てない、リューズはそれだけ桁外れの存在なんだ……。
事実、リューズは悠然と振り向き…エリスを視界に入れるなり。
「え!?ステュクス!?」
……ん?思ってた反応と違う。もう少し余裕ある返答をすると思ってたんだが、リューズはエリスを見るなり青い顔をしてギョッとし…急にオドオドし始めたんだ。
一体、何がどうなってるんだ。
……………………………………………………………
いきなり馬車が爆発した、ヴァントゥーア騎士団を全員倒したと思ってましたが…どうやらまだ敵がいたようです。
そいつは青い髪に青い瞳を持った優男。ハイライトのない瞳で冷気を纏わせる不気味な男だ…そいつが馬車を内側から爆裂させ、オリフィスさん達を地面に叩き出した。馬車は壊れ、馬は逃げて、そしてミロワちゃん達は敵の目の前…なんとか出来るのはエリスしかいない。
だから、こいつを倒しために、止めるために声をかけたのに……。
「え!?ステュクス!?」
「ステュクス……?」
「な、な、なんでお前がここに。まだヘベルの大穴近くにいたのか…!」
急にオドオドし始めたんだ、ステュクスの名前を呼びながら…こいつステュクスの知り合いなのか?
「お…お前がいるってことは、いるんだろ…!バシレウスが!!」
「バシレウス…?なんでそこでバシレウスの名前が出てくるんですか」
「惚けるな!くそっ…だから来たくなかったんだ…!」
しかもバシレウスの名前まで…なんでステュクスとバシレウスが結びつく。この二人に接点はないはず……いや待て。
そういえばステュクスはエリスを助けるためヘベルの大穴へ向かったと言う。そして…バシレウスもまたこの近辺で確認されている。
……まさか────。
「エリス!そいつはリューズだ!リューズ・クロノスタシス!クロノスタシス王国最強クラスの戦力だ!!」
その瞬間、オリフィスさんが叫ぶ。今の爆発で最もダメージを負ったであろう彼は額から血を流しながらミロワちゃんを抱きかかえ。
「ヴァントゥーアとは比較にならない!はっきり言ってかなりまずい状況だ!そして…今我々は君に頼らざるを得ない!!」
「分かってます、エリスがなんとかします…皆さんはミロワちゃんを連れて遠くへ!!」
「ッッ…すまない!!」
オリフィスさんに迷いはない、こうするしかないと理解しているから。だから涙を浮かべながらサブリエさんとシャーロウさんを叩き起こし、全力で駆け抜けていく……さて。
「やりますか、ミロワちゃんは追いかけさせません」
「……ん?女?ステュクスじゃない?なんだ…驚かせやがって」
「エリスはエリスです、ステュクスはエリスの弟です」
「ああ…お前がオフィーリアの言っていた。ってことはやっぱりオフィーリアは負けたのか……まぁ、別にいいけど」
すると、さっきまでの怯えはどこへやら。リューズはポケットから手を出し…ギロリと鋭い視線でエリスを睨む。
「じゃあなんでもいいか、お前殺して…ミロワを追いかける」
「それをさせないって話を今の今までしてんでしょうが…、聞いてなかったんですか」
エリスはリューズを前に立ち、リューズもまたコキコキと首を鳴らす。さて…どうするか。
(シン、こいつの事知ってますか?)
『知らん…聞いたこともない、リューズなんて人間…だが』
(はい、異様です)
オリフィスさんはこいつをクロノスタシス側最強クラスの存在だと言っていた。なのにそんな感じがしない、と言うか妙なんだ…魔力を殆ど感じない。まさかダアトのような体質?いや、ダアトほど完璧に感じないわけじゃない。
ただ、少なく見える…そんなに強いのか?いや、強いんだろうな…だって変だもん。
(こいつを中心に周りの魔力が吸い込まれてる…まるで穴のようだ)
どう言う理屈かは分からないが、常に周囲のエネルギー全てが奴を中心に渦巻き、奴の中に消えている。どう言う体質だ…なににせよ。
やるしかないか……!!
「ふぅ〜〜…さて、じゃあ」
その瞬間、リューズは口から白い吐息をふぅーと吐き出して…。
「始めるか」
「なッ…!」
一瞬だ、一瞬でエリスの目の前に転移するかのようなスピードで移動し、握った拳を叩きつけるような挙動で振り下ろして来た。動きが読めない、故にエリスは本当にただ反射的に後ろに引いた。
奴の拳は空気を切り、大地に衝突するなりそのまま地面が沈み込み…爆裂した。引き裂けるようにぶっ飛ぶ大地を見て血の気が引く、あんな適当に振りかぶって下ろしただけの拳であの威力!?
油断できないか!
「冥王乱舞!!!」
「お?」
「『星線』ッッ」
刹那、エリスは足先から紫炎を吹き出し…一気に加速。虚空に線を描くようにその一撃は真っ直ぐリューズの顔面に叩き込まれ、蹴り飛ばす。……けど。
「ッ…いてぇな」
(硬い……!!)
エリスが全力で蹴り抜いたはずなのに、リューズは鼻血を垂らしながらちょっと仰け反る程度で済んでいる。硬い、以上に硬い…この硬度、まさかこいつ…第三段階なのか!?
「ッ…!!」
しかし、次の瞬間リューズは怒りの表情を浮かべ全身から凄まじい勢いで冷気を吹き出し、一瞬にして周囲の木々が白く染まり、枯れながら凍っていく。こいつ、温度や生命エネルギーを根こそぎ奪ってるのか。
っていうかエリスの魔力もちょっとづつ奪われてる…!厄介すぎるだろ!
「邪魔すんならお前から消す」
そこから、リューズは本格的に稼働を始めた。足元を一瞬にして凍結させると同時に魔力を噴射させまるで滑るように高速で移動しエリスに向けて突っ込んでくる。
「消えるのはお前ですよ!」
「あーそう!」
リューズの動きは…一切先が読めない天衣無縫のスタイル、才能一辺倒で攻めてくる感じだ。滑りながら片足をあげ、凄まじい勢いで回転しながら繰り出される蹴り、その勢いのまま拳を振り上げるアッパー、かと思えばいきなり突っ込むような頭突きが飛ぶ。
そしてそのどれもが重い。防壁を両拳に纏わせ打ち合う事で相殺するが…。
「そらよッ!」
「ガッ!?」
打ちあった瞬間、エリスの拳が吹き飛び弾き飛ばされる。土台となるパワーが桁外れ過ぎる。
『エリス!冥王乱舞では出力不足だ!雷冥乱舞を使うぞ!』
(そんな事言ったって…!)
「バシレウスじゃないなら、こんなもんか!」
リューズの猛攻が凄まじ過ぎる。動きが一々早い、行動の起点が見えづらい、雷冥乱舞の為意識を集中する時間がない。
突っ込んできたリューズを前にエリスは冥王乱舞で一気に距離を取るが、エリスが加速したのに合わせリューズも加速し……。
「オラァッ!!」
「イっ……!」
意趣返しとばかりに飛び蹴りが炸裂しエリスの防壁を破壊し貫通。そのまま胴に食い込むように衝撃波が走り、胃液が口から溢れそうになるのを…歯を食い縛り耐えて。
「冥王乱舞!『百連・雷旋怒涛』!!」
両腕を高速で動かし、叩きつける無数の乱打…それはリューズの胴体を貫くように衝撃波を背後に飛ばしながら暴威となって荒れ狂い───。
「分かんないなぁ」
────それは、一瞬の出来事だった。エリスが放つ連撃と連撃の僅かな隙間を縫ってリューズが動いた。あれだけの打撃を受けても気にもしてないように、軽く呟きながら手を振り下ろし、エリスの頭を掴みながら大地に叩きつけた。
ただそれだけで、大地には稲妻のようなヒビが入り、木々が揺れ、大気が震え、リューズの体から溢れた過剰な魔力が、周囲の木々や動物から奪いながらも溢れた魔力が爆炎のように、吹雪のように吹き荒れ迸る。
「がァ……」
「俺に逆らうってことは、クレプシドラに逆らうって事だろ…?この程度で?」
そう余裕そうに呟くリューズに対したダメージは入っていない。第二段階最上位にすら通用する冥王乱舞でも、多少なりともダメージも与えられないのか。
またこれか…ラセツやクユーサーの時と同じ、圧倒的な力の差で叩き潰されて終わるのか。また、またエリスは……。
『折れるな!!』
「ッ……!」
瞬間、シンの気付けの電撃により意識を取り戻す…。
『今ここで折れたら終わりだぞエリス!気合いを入れろ…力なら、いくらでも貸してやる!!』
(シン……!)
大地に叩きつけられ、沈んだ体から溢れる電流。それはヒビ割れた大地を粉砕し瓦礫を弾き飛ばす程の勢いを生み出す。
「お、なんだ…?」
『エリス!今だ!奴が面を食らっている今しかない!』
「はい!行きます!……」
即座にエリスは地面を弾いて空に飛び上がりながら、意識を集中させる。シンと意識を同調を試みると…どうだ。今まで以上に強く、シンとの心の繋がりを感じる。
そうか、…シンもエリスに負けてほしくないのか。エリスも…あいつに負けたくない。天性の負けず嫌い二人が難敵を前にして、今完全に心が一つになっているんだ。
これなら、今まで以上に…最高の覚醒が出来る!!
「『雷冥乱舞』ッ!!」
「む……」
全身から雷が溢れ、紫炎が吹き出し、天に暗雲が差し掛かり…落雷が降り注ぐ。未だかつてないほど強力な…いや、雷冥乱舞本来のスペックが発現する。
雷冥乱舞という二つの意思を重ね合わせる魔力覚醒、これを完成させるのに必要だったのは鍛錬じゃなくて…。
『いけ!エリス!勝つぞ!』
「はい!シン!勝ちます!』
根っこからの協力、心の合体が不可欠だったんだ…!これなら制限時間も気にせずやれそうだ!!
「雷冥乱舞!臨界!!」
「ッ…!!」
そして、フルパワーとなったエリスは地面に向けて突っ込む。爆轟による加速、電磁力による瞬速、この二つを掛け合わせた神速の突撃。それはリューズの顔色さえ変えて…。
そして即座に、大地に炸裂したエリスの蹴りはリューズごと大地を爆砕する。
「不思議な奴だ…覚醒から更に覚醒した?何段階強くなるんだ、本当に…変な奴が多いな、その顔をした奴は…!」
リューズが天を舞う。寸前でエリスの蹴りを前に自ら飛び、爆発に身を任せる事でダメージを軽減した彼は、空を飛ぶ瓦礫の上に着地し、同時に瓦礫を氷の塊に変えるほどの冷気を生む。
「上等だ、本気でやってやる…凍崩式!!」
そして、自らの手に、足に、氷の具足を纏わせ…あっという間に空間そのものを冷却するほどの寒波を生み出す。
「死ね……!」
『来るぞエリス!出し惜しみは無しだ!全部注げ!』
「分かってますよ!!」
突っ込んでくるリューズ、鋭い氷の爪を幾度も振るい飛ばす青色の斬撃の雨、それを空中旋回で回避しながらエリスは空を駆け抜ける。リューズもまた瓦礫から瓦礫に飛び移りながら腕を振るう。
放たれる斬撃は眼下の森の木々を両断し、大地を巨人が引っ掻いたような跡をいくつも残しながら、なおも飛び交う。
けど…見える、雷冥乱舞の電磁波探索があれば敵の動きが読める!これなら!!
「いける!!」
クルリと空中で体を入れ替えるように方向転換。同時に足先から無数の電磁波の帯を生み出し…その輪から放たれる磁場に身を委ね…加速する。
「『雷音一閃』!!」
「ッと!!」
一撃、神速の蹴りがリューズを捉えるが…防がれる。籠手を重ねるように両手でエリスの蹴りを受け止めるんだ。
二つ、ある。一つは防がれた事への驚愕、そしてもう一つは…。
『防御したぞ!こいつ!ってことは…』
(クリーンヒットさせたら、ダメージが入る!)
初めてだ、第三段階にここまでさせたのは。雷冥乱舞なら通用するんだ…いや、まだ通用していない、もっともっと研ぎ澄ませ!油断するな!!
「お返し…!」
「グッ!?」
だが次の瞬間には氷の拳が爆発の如く飛んでくる。鋭く突くようなストレートがエリスの顎先を打ち抜き思わず体が大きく仰け反る。防壁で防いでるはずなのに全然防御が効かない…!
こっちとあっちの防御力が釣り合ってない…このままじゃジリ貧か、反撃を許さないくらい打ち続けるか。
『いや、それはさっき通じなかったろ…質だ、量より質を極めろ』
(質って言っても…どうすれば)
『魔力遍在だ!魔力遍在で体を強化するんだ』
(もうやってますよ!って…)
「そらそらそら!!なによそ見してんだぁぁあ!!」
「クソッ!また大暴れを…!」
リューズが再び暴れ始めた、氷の腕がエリスに掴みかかり、逃げる暇すら与えずエリスを地面に向けて投げつける。そのスピードは音の壁すら超え、地面が撓む程の衝撃が大地に駆け抜ける。
「ぐぅっ!」
『エリス!遍在だ!』
(だから!)
『違う、今お前は全身に魔力を行き渡らせてるだろ…一点に魔力を集中させるんだ。一撃必殺の構えで終わらせるつもりでいくんだ』
(一点集中……)
地面に叩きつけられながら、エリスは自分の拳を見る。魔力を一点に集中させて叩きつける技…そう言われて一番最初に思い浮かぶのはラグナの『熱拳一発』だ。あれは魔力闘法の中ではかなり異質な物だ。
魔力を手の中に集め、それを極限の握力で握りしめ圧縮させながら拳に取り込む事で擬似的な覚醒と同じ現象を起こす技だ……。
『バシレウスにせよ、リューズにせよ、アイツらの異常な防御力は常軌を逸するレベルの魔力遍在により肉体を鉄壁に変えているんだ。ならこっちも同じことをする…防御をかなぐり捨てた自殺同然の一撃で防御を抜くんだ』
(なるほど、なんかいいですねそれ…なら頼みたいことがあります)
『なんだ』
(精神世界の本棚、そこからラグナの記憶を取り出してください…そして、その魔力を流れを貴方が模倣して熱拳一発を再現してください)
『無茶を言う!』
「あいこですよ!シン!行きます!!」
大地を蹴って再び天に駆け抜ける。暗雲を前に空を駆け抜けるリューズに向け一直線に飛翔する。
「また来るか!なら…凍崩式!」
迎撃の姿勢をとるリューズ。その手に、魔力が集まる。周囲の木々から集めた魔力を爪の一点に集めたリューズはそのまま大きく振るい……。
「『大切斬』ッ!!」
「雷冥乱舞!最大臨界!!」
放たれたのは巨大な五つの斬撃。空気を切り裂き、天を引き裂き、放たれた蒼い光の奔流はエリスに向かって飛ぶ…が、ここしかない。引くわけにはいかない、最大臨界にて一瞬最高速を超えたスピードを生み出し、斬撃の隙間を縫いながら…拳を握る。
「行きますよ!シン……!」
『やってやれ!魔力はこっちで動かす!!』
意識を全てリューズに向ける。拳を握り、魔力操作権を全てシンに譲渡する。と同時にラグナの記憶を読み込んだシンがエリスの魔力を一点に集める。その瞬間エリスの防壁も遍在も全て消え去り…右腕に魔力が集中する。
すると、エリスの拳の内側に魔力が集中し…光るんだ。それもいつもの光り方じゃない、肉の内側、骨の内側から光が漏れ出す。この現象はラグナの熱拳一発と同じ…そして。
シリウスと同じだ。電脳世界のシリウスがアルデバランさんを殴りつけた時に見せた魔法による打撃、あれもまた拳の内側から光が漏れていた。つまり…ああ、クソッ。業腹だがこれは正解ということ!!
いける!!
「雷冥乱舞…奥義!」
雷冥乱舞に加え…更に王星乱舞も加えた、最高火力。それをリューズの顔面に向けて──。
「喰らうかぁぁあああああ!!!」
「ぅぐっっっ!?!?」
しかし、顔に近づいた瞬間。リューズが雄叫びを上げる、魔力の乗った空気振動、それは殆ど爆発と変わらない。一気に大気が押し出されエリスは逆に押し返されてしまう。
簡単にはいかないか…!!
「凍崩式!『蔵王落花掌』ッ!!」
「げはぁっ!?!?」
そして、振り下ろされた拳、と言うよりリューズそのものが降ってくる。肘から魔力を噴射し極寒の冷気を纏ったまま大地目掛けエリスは連れて行かれ…再び叩きつけられる。衝撃波は木々を凍らせ、粉砕し、白い粒子に変え。一瞬で周囲が白銀の雪原になる。
「俺はさぁ!最強じゃないし究極でもない…へし折られた負け犬だよ、だけどさぁ!雑魚には負けないんだよなぁ!!」
「ッッ…!シン!」
即座に起き上がるが、リューズの猛攻が止まらない。即座に魔力を防壁に戻し籠手代わりに装着し、リューズの氷拳を防ぐが…雷冥乱舞は攻撃特化型の状態、防御姿勢に回るのは得策じゃない。
『距離を取れ!もう一度突っ込むところからやり直す!』
「っ分かりました!雷冥乱舞!」
ビリリッとエリスは識確と電磁波探知を交えリューズの動きを察知し、大振り横薙ぎの一撃をしゃがんで回避する。と同時に全てを切り裂く烈風がリューズの手から放たれる果てまで切り裂く…それと共にエリスは両手を握りしめ。
「『雷神求大魔道』!!」
「がぁぁあああ!?!?」
放つのは雷を交えた極大魔力波動。両手から放たれたそれはリューズを包み込み吹き飛ばし…吹き飛ばし……いや、吹き飛ばせてない!!耐えてる!足を踏ん張って魔力奔流を中で押し留まってる…冗談だろ!!
『エリス!あれを使え!』
「ッ…そうだ!」
シンのアイディアが共有される。咄嗟に魔力奔流を解除し…電撃で麻痺したリューズから一歩離れつつ、エリスは握る。それは冒険者協会から支給された小型のナイフ。それを…。
「雷冥乱舞…!」
両手で包み電磁波を与える。するとナイフは空中に浮かび上がり高速回転を始める。やがて赤熱したナイフは形を変え、真っ赤な弾丸となり電流を迸らせ……出来た!
「『超電磁大魔道』ッッ!!」
「なッ!!」
放つのは『超電磁砲』…電磁力を交えた砲弾。それを大魔道と共に撃ち放てば足元の氷を溶かすほどの熱量を放ちながら一気にリューズに飛び…。
「ぐぶふっ!?」
吹き飛ばす、いや吹き飛ばすだけか!貫通もしないし倒せてもいない!どんだけ硬いんだアイツ…マジで倒せるのか!?って…。
「うぉっとと…なんか、想像してたより威力が出た…」
超電磁大魔道で思わず足が滑る…想像してたより威力が出た。そんなに強い技だったのか…なんて考えていると。
『ッあ!そうか!エリス!いい方法を思いついた!』
「なんですか!」
『今のまま突っ込んでもどうせ迎撃される!最大級の加速でも足りないなら…相手の力も利用するんだ』
「利用……どうやって」
『そこは私がなんとかする、挑発しろ!エリス!アイツを!得意だろ!イラつくこと言う!』
なんだかよく分からないけど、いいですよやってやります。いつもならエリス一人で考えなきゃいけない逆転の一手、それが今回は二馬力で考えられる…便利ですねこれ!
「おい!リューズ!」
「ああ?なんだよ」
対するリューズは、遠方に弾き飛ばされながらも全然元気だ、直撃した攻撃も奴の皮を焼くに留まり致命的なダメージにはなってない…か。
「お前、戦い方下手くそですね」
「あ……?」
「まるでどっかの誰かの猿真似みたい、荒々しく戦っているようでその実ただ雑なだけ。それで自分のこと強いって思ってるんですか?」
「事実お前より強いだろ…!」
「さぁてどうでしょう、……ん?倒さないんですか?エリスより強いんですよね?ほらほら、出来ないんですか?出来ないことは言わない方がかっこいいですよ。それともあれですか?勘違いしてるんですか?エリスより強いって」
うーん、挑発してみたがイマイチだな。正直こいつのことよく知らないし、核心をつくようなことを言えない。やっぱりエリスは挑発とか得意じゃないですよ…もっとラグナみたいに相手の神経を逆撫でするみたいな……。
「ぁあんだとぉッ…!!」
(うぇっ!?想像以上に効いた…こいつ煽り耐性なさすぎでは…)
リューズはギリギリと歯軋りをしエリスを睨みつけている、想像してるより効いた…もっとクールな人かと思ったけど、頭悪いのかな。
「ぐぅうう〜〜!ステュクスみたいな顔で言われるとマジ腹立つ…!アイツに食らった屈辱が蘇る……」
と思ったらステュクス補正が乗ってるみたい。どうやらこいつはステュクスとも戦ったらしい、ステュクスも相手を手玉に取るのが上手いですからね…なんかやられたんでしょう。にしてもステュクス…こんな化け物相手にどうやって凌いだんですか。
……流石エリスの弟!
「望み通りぶっ殺してやるよ!全身全霊だこの野郎……!」
その瞬間、リューズの体は更に周囲の温度を吸い込み続ける…正体不明の吸引は冷気すらも吸い込み、あたり一面から何もかもが消えた瞬間だった。
「凍崩式!『伊吹大零界』ッッ!!」
「うわっ!」
爆裂する、リューズを中心に氷が爆発的に増殖。それはまるで氷の波濤となりあたり一面…螺旋を描きながらガリガリと大地を削りながら視界を圧倒する。
「対バシレウス用に作った新技だッッ!!これ食らってバラバラになれッッ!!」
「し、シン!やりましたよ!怒らせましたよ!次どうするんですか!」
次々と襲い来る氷の波、氷結の刃が四方八方から押し寄せ、エリスはそれをひたすらに避けることに従事する…するとシンは。
『十分だ…あとは突っ込め、それでいい』
(え?作戦は?)
『もう完遂されている、私の考えが正しければ……当たるぞ、次は』
確かにリューズは冷静じゃないが、奴の反応速度は常軌を逸してる、同じ方法ならまた同じ方法で迎撃されると思うが……でも。
シンがやれるって言ってるんだ、ならやろう!!
「行きます!!雷冥乱舞!」
展開する、黄金の帯を周囲に作り…その衝撃で氷の波を砕き、エリスは電磁力に任せ回転する。
雷王乱舞による電磁力加速…これを使って、冥王乱舞の爆発で一気に…って!
(何これ!?いつも以上に磁力が強く…!)
いつも以上に磁力が強くなってる、エリスの体の回転が制御が効かないくらい強く、強く、強くなり続ける、なんだこれ!!
『超電導だ…!電気は極寒の中では抵抗を失い、100%の力を伝えるようになる…。つまり冷気と電気の相性はいいのさ!』
そ、そうなんですね、エリス知りませんでした。流石は電気のエキスパート…でもそうか。だからさっきの超電磁砲はエリスが想像してるより強かったのか!なら、それを応用すれば……!!
飛べる……全ての抵抗を突き抜いて飛べる!!
「最大臨界!!」
そのまま足先から爆轟の炸裂と共にスタートを切る、そこから発せられるスピードはとてつもない。減速する要素が一切存在せず、極寒の世界をエリスは飛ぶ。電磁力を纏うエリスが氷に近づくと…まるで勝手に拒否するみたいに、磁石のように遠ざかりオートで回避してくれる。
まるで、見えないレールに沿って動くようにエリスの体はとにかく加速する。もう回避も障害物も気にする必要はない…ただ加速だけ力を使える。故にエリスは冥王乱舞で加速をし続け……。
超える、何かの一線を─────。
「なッ…………!」
刹那、近づく…氷の波を作り出すリューズがエリスの接近に気がつき、筋肉が硬直し…信号が脳に伝わり、思考し…反撃法を施行しようとする。だが、遅い、あまりにも遅い…!
拳に魔力を集中させる、超電導による加速が続く、拳が光り輝き力が溢れる。迸る電気が抵抗をなくしどこまでも飛び、紫炎が背後の氷を砕きながら…黄金に変わる。
シンと作り上げた技、練り上げた技、そして今この絶対零度の世界でのみ使える…最大火力。
「名付けて…『超雷冥乱舞』…奥義ッ!」
「ヤバッ……!」
拳から黄金の光が溢れ、辺りを覆う霜も氷を消し飛び、リューズの焦った顔が反撃に移る前…。
「『超電磁雷冥一拳』ッ!!」
「ガブフッッ!?!?」
貫くような一撃がリューズの防御を抜いて叩き込まれる、奴の顔に叩き込まれたそれは口から血を吐き出させ、いつもとは違う…完全なる力押しによって奴を吹き飛ばし……そしてエリスもまた吹き飛ぶ。
これ、…これっ!どうやって止まるんだ!?!?
「と、止まり方が分かりませんーーーー!!!」
『しまった!抵抗がないから減速しないのか!考えてなかった!』
「考えて!!」
エリスはリューズは殴り抜いたまま無限に進んでいく、地面に叩きつけようにも磁力で体が浮いてしまい下に降りられない。加速が続き世界の全てが線になり…流星すら追い越すほどの速度で大地を駆け抜け、そして。
『反対方向に電磁波を放て!』
「ッこのォッ!!」
放つ、大量の電気を。それは偶然魔力と電撃の爆発となってリューズへのトドメの一撃となり、奴を地面に叩きつける。ここまでの加速、全てが乗ったその勢いは凄まじく…大地が捲れ上がり抉れるほどのものとなり、リューズを押し飛ばしていく……。
「ッどうだ!」
そして咄嗟に電磁波を解除してエリスは地面に降りる、目の前には抉れた大地の只中で倒れるリューズの姿が見える。口からは血を流している…ダメージが入った。ようやく入った!
「はぁ…はぁ……!」
熱が灯る、エリスの中に熱が灯る…信じられない。今エリスは…なにをした。
クユーサーの時、あれだけやってもダメージすら与えられなかったのに。この短時間で第三段階級に明確なダメージを与えられるまでになれた。
ちょっと前まで、自分の限界を感じて…一人で落ち込んでたのがバカみたいだ。自分で自分の限界を決めつけて、勝手にこれ以上強くなれないって思い込んで…違うんだ。
限界なんてないんだ、勝手に壁を限界だと思い込んだだけで…エリスは、まだまだ先に進めるんだ!!
(覚悟を決める覚悟がなかったのはエリスも同じだったか…!)
『よくやったエリス、いい技を得たな…まぁ冷気使いでもない限り使えないだろうが』
(ありがとうございます!シン!大好きです!)
『うるさい!』
なんて言いつつエリスはリューズに目を向ける…すると。
「ぁ…あぁー…クソ、痛いの貰った」
(まだ立ち上がりますか……)
『と言うより、まだ全然体力が残っているようだ…』
リューズは徐に手を動かし口元を拭うと、ムクリと立ち上がる。確かにダメージは入った、効かなかったわけではない。ただ倒しきれなかった、アイツの耐久力を削りきれなかった…ダメージが入るのと倒せるのは別だ。
「次はこっちのお返しでいいよな」
「いいえ、ここからはずっとエリスが貴方を殴り続けます」
「はぁ……」
リューズは常に周囲から魔力を吸い込み続けている、故に周囲に生命体が居なくならない以上、魔力が尽きることはない。継続的に体力が回復しているようなものだ…だったら、また同じ攻撃を何回もぶつけていけばいいだけだ。
やってやる…エリスがそう拳を構えた瞬間。
「いや、ここからはって…もう戦いは終わりでしょう」
「は?」
ふと、エリスとリューズ以外の声がする…エリスの背後から。エリスは咄嗟に背後を向き…声の主を確かめると。
「やぁ、悪いね…時間切れだ」
「おまッ……!」
そこに立っていたのは…ヴァントゥーア騎士団『十』のツェーン。壮年のナイフ使いだ…そしてその手には、気絶したミロワちゃんが握られている。こいつ…まさかオリフィスさん達を。
『やられたな…こいつ、お前に吹っ飛ばされてから敢えて戦線に戻らず…お前がリューズにかかり切りになるのを見越して隙を窺っていたんだ』
(油断ならない奴だとは思ってましたが…ここまでですか)
「ミロワはこっちの手に渡った、ああ…いやぁ…こう言うこと言う柄じゃないってのは自分でも理解してるけどさ。一応言っておく、動いたら殺す」
そう言ってツェーンはナイフをミロワちゃんの首元に突きつける…それを前にエリスは拳を握り。
「いや、殺せない。お前ら殺せないだろ、殺したらお前らの目的が果たせない」
「さぁどうだろう、面倒なだけで代替え案はあるかもしれないよ?…それとも、これがブラフだって話に賭けてみる?」
「…………」
「まぁ、そう言うことよ」
ダメだ…エリスには手出しができない。ミロワちゃんを殺したらこいつらには目的を達成する手段がなくなる…ってのは、あくまでオリフィスさん経由の話であって、こいつらにとってミロワちゃんは『第一候補』でしかなく、第二第三の方法があるかもしれない。
可能性が限りなく低いのは分かってる、でも…僅かでもミロワちゃんを殺しても平気な可能性がある以上、エリスは手出しが出来ない。
(シン、こいつが嘘をついているか分かりますか?)
『そんな物探っても無駄だ、こいつは例えミロワが目的達成唯一の方法であってもお前が動いたら殺す気だ。全身から殺気が滲み出ている…後先考えないのは、あっちも同じだろう』
(オリフィスさん達は…)
『分からん、瓦礫が飛び過ぎて遠方まで電磁波で探れん』
「…………」
「さて、じゃあもう戦いは終わりましたし…帰ります?リューズ様」
「……そうだな、いつまでもここに居たらバシレウスが来るかもしれないし」
まずい、連れていかれる…。戦いが切り上げられて終わる。ツェーンは懐から鏡を取り出し、リューズはポケットに手を突っ込み、二人は気絶したミロワちゃんを鏡から溢れた光の穴に落とそうとする。
……どうする、どうする。ミロワちゃんを取り戻すタイミングがない…!
「それでは、これにて任務完遂───」
そう言ってツェーンが鏡から溢れた光にミロワちゃんを押し込もうとした…その時だった。
「──────え?」
割れる、光を作り出す鏡が…そう認識した瞬間。同時に飛んできた光の槍がツェーンの腕を射抜き、切り裂き、両断する事でミロワちゃんを解放したのだ。
なにが起きた、誰もがそんな顔をする。その中で…震えるエリスの目が見たのは、割れて消える鏡の光の向こうに立つ、人影。
傷だらけで立つ、オリフィスさんの姿。
「エリス!!ミロワを頼む!!」
「ッ!!」
「オリフィス!?あんた追いかけて来てたのか!!」
咄嗟にエリスは動く、跳ね上げらたミロワちゃんの体をキャッチするため体を動かして両手を広げ───。
「させないよ…!」
「グッ!?」
しかし、それをさせないのがリューズだ。あれだけ渾身の一撃を叩き込んだのにこいつの動きには一切の衰えがない。転移するかのようなスピードでエリスの前に飛んできたリューズから、まるで間欠泉のように拳の濁流が飛びエリスの顔が滅多打ちにされる。
(だ、ダメだ…反撃も対応も出来ない!)
まだこんなに余裕があったのか…とか、そんなレベルじゃない。全然倒しきれてない!まずい…ここからリューズと一戦やる時間的余裕がないッ────。
「リューズーーーーーッッ!!」
「うわっ!?ちょっ!なにすんだよオリフィス兄ッ!」
しかしそれをなんとかしたのがオリフィスさんだ。ツェーンとのミロワちゃん争奪戦に敗れ、全身血塗れ傷だらけになりながらも根性で動いた彼はリューズにしがみつきその顔を、目を手で覆う。
「あんた分かってのかよ!クレプシドラ姉様に逆らったら俺達───」
「クレプシドラが!やろうとしていることは!!祖国への裏切りだ!最初に裏切ったのはアイツだ!リューズ目を覚ませ!アイツは!!俺達の故郷を殺そうとしてるんだぞ!!」
「うっせ…耳元で叫ぶんじゃねぇよ!!」
「エリス!!!」
必死の形相のオリフィスさんに応えるようにエリスはミロワちゃんをキャッチする。同時にリューズから離れたオリフィスさんはエリスに向けて飛びながら。
「『エーテルキューブ』!!」
無数の魔力体を空中に浮かべ、それらを敵に…リューズとツェーンに狙いを定め。
「『ドライブストライク』ッッ!!」
打つ、魔力体を拳で打ち、指向性を持たせると同時に魔力体から魔力を噴射させ、それらを加速させ打ち出す。高速で飛ぶ魔力体は弾丸ではなく…それこそ光の槍となって高速飛来し二人に連射される。
「チッ」
しかしそこは相手が相手だ、ツェーンは隻腕になりながらも魔力体の掃射を身を捩りながら回避し、リューズは回避すらせず雨粒でも受け止めるように微動だにしない。
「ッエリス!すまない…またしても守り切れなかった!」
「今はいいです!それより離脱しますよ!」
「分かんないかなぁ!こうなった以上、もう詰んでるんだよ!」
リューズはボキボキと拳を鳴らす、まだまだ元気って感じだ…いや、と言うか今気がついたが…アイツ今の今まで覚醒すら使ってないぞ。こっちは雷冥乱舞使ってんのに…極・魔力覚醒も使っていない。
それどころかリューズの背後に空から降り注ぐように現れた影は…。
「ツェーン!大丈夫か!」
「ああ副団長…腕取れちゃったよ。おまけにミロワも取られた」
「いやよくやった…リューズ様、お待たせして申し訳ない」
現れたのはエリスが吹き飛ばしたヴァントゥーア騎士団の面々、傷ついているが…まさかこんなに早く復帰してくるなんて。ヴァントゥーアにプラスしてリューズの相手なんか出来ないぞ…。
(最後の希望があるとするなら、雷冥乱舞による全速力離脱…ミロワちゃんを抱えて魔女大国まで逃げられる……けど、そうなったら)
チラリとエリスはオリフィスさんに目を向ける。彼までは連れていけない…彼を置き去りにすることになる。
そう考えていると…オリフィスさんはふとこちらを見て、エリスの意図を察したのか。
「そうするべきだ」
迷いなく、そう言った。
「元より君は俺が巻き込んだだけの人間、命を懸けるまで行く必要はないんだ…君を置き去りにした時そう思った。残るなら、俺が残るべきなんだ…俺が始めた、俺の戦いなんだから」
「オリフィスさん…」
「行け、命を使っても…稼げて一秒だ」
その背中から感じるのは…覚悟、国の為戦う覚悟。かつてラグナが王位継承戦で見せた絶大なる覚悟を彼は背負っていた。それを無碍にして…エリスも残ると意地を張れるほど、今のエリスは若くない。
「分かりました!オリフィスさん!すみません!」
「いいや違う、寧ろありがとうだ…こっちがね!」
同時に動く、ミロワちゃんを抱え後ろに走るエリス、前に走るオリフィスさん…同時にエリスは全力で雷冥乱舞を解放する。
『エリス!雷冥乱舞の全速力は常軌を逸する、王星乱舞より遥かに高出力が出る…負荷を考慮しろ!』
(しません!していたら…何もかも終わって────)
そうエリスが一歩前に出た瞬間、目の前の空間が歪み…穴が生まれた。時空が歪み、穴が生まれ、その内側から人影が現れる。その光景をエリスは何度見たことか…これは間違いない、時界門!!
(ってことはメグさん!よかった!手紙が間に合った!!)
歪む空間…開く穴、それに目を向け咄嗟に進路を変更した瞬間、その内側から露わになる人影が顔を覗かせ───。
「行かせません」!
「えッ…!」
現れたのは…黒髪、赤目…そして口には虎挟みのような金具をつけた黒服の…いや執事だ。って…メグさんじゃない!?誰だこいつ!!
「ッデイデイト!?!?エリス!そいつを倒せ!そうしないと──ぐっ!?」
「余所見してる場合かよ!」
瞬間、目の前に現れたのは…デイデイトと呼ばれる執事。よくよくその穴を見れば先程鏡によって生まれた穴と同じ物。と言うことはまさかコイツ…!メグさんと同じ空間を行き来できる魔術を使う奴か!
やばい!更に新手が来た…これ以上はキャパシティオーバーだ!
(倒すしかない!!)
エリスはミロワちゃんを抱え直し。足先に魔力を込め回転し鏡の世界から飛び出してくるデイデイトに向け斧のように振るい…。
「これは参りました」
しかし、同時にデイデイトも動く。足先に魔力を集中…同時に足から虹色の光が溢れ出し──。
「一瞬で決着がつくと思われているとは、私もナメられた物です」
一撃、エリスの蹴りとデイデイトの蹴りが衝突する…するとどうだ、エリスの雷冥乱舞と全く同じ威力の衝撃が走り、エリスの攻撃が相殺された。アイツがエリスと同じ攻撃力を持ってる…と言うにはあまりにも寸分違わぬ威力。
まさかコイツ……。
(相手の攻撃力を即座にコピー出来るのか…!!)
弾き飛ばされたエリスは地面に着地しながらあまりにも厄介な力を持つデイデイトに舌を打つ。時間がないのに…!!
「陛下より勅命です、その子供を渡しなさい」
「断ります」
「頼んでません…警告したのです」
デイデイトは仰々しい黒い籠手をカチャカチャと鳴らしながらエリスに迫る、背後ではオリフィスさんの懸命の時間稼ぎが終わり…ヴァントゥーアが迫る、初速を潰された。退路を断たれた…どうすれば!!
「渡しなさい」
「逃げるな!!」
「チッ!」
背後から放たれるエルフの魔法弓を飛んで回避すれば同時に飛翔するデイデイトの蹴り、それを膝で受け止めその反動で体を回し逃げようとする…しかし。
「行かせねぇよ!」
「ガッ!?」
背後からリューズの蹴りがエリスの背中を打ち、衝撃波が突き抜ける。同時に大地に叩きつけられ地面を転がりながらもミロワちゃんを庇う。
「囲め!奴に動く余地を与えるな!!」
「クソッ…まだまだ…!」
立ち上がる、なんとか探す…手を。ここからどう動くべきか…どうするべきか、あるはずだ。……守る。
「はぁあああああ!」
「真剣勝負だぁ!!」
「とっとと終わらせて帰りたいんだよ俺は!」
(守ってみせる!エリスの弟子を!!)
四方から迫るヴァントゥーア、リューズ、デイデイト。その猛攻を掻い潜りながらエリスは歯が折れるほどの勢いで食い縛りながら持ち堪える。次々迫る刃を防壁で弾き、打撃を蹴りで打ち払い、なんとか飛ぼうと試み…。
「凍崩式『大切斬』」
「ァガッ!?」
しかし、それもリューズの手から放たれる凍結の斬撃を背に受け、血が舞い散り…地面に落ちることで終わる。リューズがあまりにも邪魔だ…ヴァントゥーアとデイデイトだけならまだなんとかなる、けどアイツがいるせいでなにも出来ない。
魔力も殆ど吸われて…残りも少ない。雷冥乱舞も今に切れる……どうすれば、どうすればいいんだ!!
(この子は…エリスの弟子なんです…弟子は、師匠が守るものだから……)
必死に抱きしめながらエリスは願う、祈る、なんかする方法を探す。師匠だから…今のエリスは、だからたとえ死んでも守らないと……。
『潮時だな』
(シン……?)
その瞬間、シンがポツリと呟き。
『詰みだ、分かるだろう。敵一人一人があまりにも強く、お前は孤立無援。それでいてお前はミロワを守らねばならず…両手も使えない。更に魔力も切れる。これは流石にお前でもどうにも出来ない』
(なにを……)
『もうこの戦いはやめだ』
「は?」
消える、雷冥乱舞が。魔力がなくなったんじゃない…シンが力を貸すのをやめたんだ。なにを、こんな場面でなにを!!
「シン!!なにしてるんですか!早く雷冥乱舞を……」
『もう終わりだ、分かってるはずだお前なら。このまま行けばお前は殺されミロワは奪われる、どう足掻いてもここは変わらない』
「そんなの分からないでしょ!!」
『……お前を殺すのは私の悲願だ。他人に取られるわけには行かない……故に』
瞬間、エリスの胸が…バチバチと電気を迸らせ……、まさか。まさかシン…やめなさい、今それをやったら─────。
『コイツらに殺されるくらいなら私はお前を殺すぞ、エリス』
「シン!やめ───」
そんな叫びは届かず、エリスの胸を貫くシンの雷により意識が奪われ…エリスの手からミロワちゃんの体が溢れ……。
……ああ、クソ──────────。
………………………………………………………
「ッ……」
目を開ける、体を起こす。見えるのは本棚、無限に続く本棚の空間…エリスの精神世界だ、現実世界じゃない。同時に見えるのは…憮然と立つシンの姿。
……ミロワちゃんを助けなきゃいけない、この大一番で…エリスに牙を剥いた、シンが……!
「てめぇぇえええッッ!!」
「ッエリス!」
瞬間、エリスは飛び起きると同時にシンに向けて飛びかかり、その頬を殴り飛ばす。吹き飛んだシンは本棚にぶつかり、本がバラバラと床に落ちる…。
「シンッ!この!!よくもあの場面で!!」
「ッ手を貸し続けたら!なんとかなったか!!」
「なんとかなるから頑張るんじゃないんです!なんとかする為に頑張るんです!!」
「状況の高いと意地張りは違うぞエリス!!」
「なにをッ!!」
「よく考えろクソボケッッ!!」
シンは即座に起き上がり、エリスと取っ組み合いの状態になり地面をゴロゴロと転がる、なんであそこで手を離した…エリスは、シンなら任せられると…信頼してたのに!!
「お前のおかげでミロワちゃんが攫われる!!もう後がなかったのに!!」
「喧しい!!じゃあどうすりゃよかった!あの場面を切り抜ける策がお前にあったのか!」
「あとちょっとで浮かびました!」
「嘘つくな!!」
「それにしたっても急に手を離すことないでしょ!!」
「離してない!」
ゴロゴロと、ゴロゴロと、エリスとシンは転がるように喧嘩を続けお互い殴り合い続ける。すると……。
「ッ……エリス、今ミロワが回収された」
「なに冷静に言ってるんですか!今すぐエリスを起こしなさい!!」
ミロワちゃんが回収されたと、冷静に言うのだ。だったら尚のこと起きなければならないだろう…そう言うが、シンは物凄い勢いでエリスの顔面を殴り飛ばし。
「落ち着け」
「ぅぐぅぅ…!」
「エリス、落ち着け。…アイツらが帰っていく、気絶したお前とオリフィスは見逃された。命を奪う以上にミロワの回収を優先したようだ」
「はぁ!?そりゃそうでしょう!アイツらの目的は───」
「見逃されたってことは、次があるってことだろ!」
「ッ……」
シンはエリスの肩を掴み、エリスの目を見つめなおして。
「状況を考えろ、四方に敵…全員が強く、お前は消耗していた。ああ言う状況になったら詰みだ、あれはもう勝ち負け云々の状況じゃなかった」
「……そうかもですが…」
「だから、仕切り直す必要がある…」
「仕切り直すって…無理ですよ、ミロワちゃんが攫われたらもう……」
「なんだ?お前はもう諦めていたのか?それじゃあまだ諦めてない私がバカみたいだろ」
「え?」
静かに立ち上がり…腕を組んだシンは瞳を閉じて、語る。
「言ったろ、クレプシドラはスケジュールを何より優先する女だと。オリフィスに課せられた期限にはまだ四日の猶予がある、ならクレプシドラがミロワの命を消費して行動するのは四日後だ」
「そんなわけありません、予定は前倒しに────」
「ならない、絶対にクレプシドラは予定を優先し四日後に動く…それまで奴らの動きは停止する。ここは間違いない…ただミロワを確保しにかかっただけで、行動開始はまだだ」
確信めいてそう言うんだ。クレプシドラは絶対に予定通り動こうとすると…そこまでなのか、奴のスケジュール魔っぷりは。
「故に四日間、ミロワを取り返す猶予がある…あの状況で死ぬまで粘るより、ここは一旦手放してから取り戻す方がまだ可能性がある」
「……確かに、あの状況を切り抜ける手段はありませんでした…」
「ああない、デイデイトという男は恐らく現実世界と鏡の世界を自由に行き来できる魔術か覚醒を持っている。つまりいつでも軍勢を引き出せるということだ……あそこからいくらでも状況は悪くなった」
「…………」
「分かるかエリス、これが国を相手にするということだ。馬鹿正直に真正面からぶつかっても勝ち目なんかあるわけがない。数は力だ、時に個の絶対性すら覆いかねん程に強力な力さ」
シンが言うと説得力が凄い…エリスも一度帝国とやり合ったことがあるけど、シンはあんな戦いを何年も何年も継続してやってきたんだ。そりゃ対国戦の恐ろしさも十分理解してるだろう。
「エリス、今一度改めるぞ…お前はミロワを助けるつもりだな」
「はい、絶対に」
「ミロワを取り戻しても、また同じ場面が来るぞ」
「ならエリスは…クロノスタシスを滅亡させてでも、守ります」
「あれだけの目にあってもか?お前一人じゃ無理だぞ」
「分かってます…けどきっと、ラグナ達が来ます。すぐに…彼らが来たら絶対にクロノスタシスとだって戦えます」
「果たしてそうかな、今まで通りにはいかないかもしれない」
「シン」
エリスは立ち上がり、今度は逆にエリスがシンを睨み返し……。
「だとしてもです」
「…………」
そう伝えると、シンはクスリと笑い…背を向けると。
「ならいい、やろう。オリフィスはクロノスタシスの人間だ…クロノスタシスに行く道はある、そこからクロノスタシスに向かい…まずはミロワを取り戻す。そこからラグナ達と合流だ」
「はい!やりましょう!」
よし、よし!やれる!まだ道はある…ミロワちゃんを一度敵に預けてしまうのは嫌だが…大丈夫、必ず取り戻す。そのためのチャンスがもう一度生まれたんだから……って。
「もしかしてシン、エリスの事を助ける為に…いやもしかしなくても助けてくれましたよね」
「……」
「な、なら殴っちゃってごめんなさい。エリス…貴方にとんでもない事を」
「構わん、殴られた分は殴り返したからな」
「うう……でも、それならそうと言ってくれたら────」
そう言った瞬間、シンがガバッと振り向き、エリスの頬をギュウ〜〜っとつねり始め。
「言ったら!聞いたか!一旦ミロワを敵に渡して機を伺おうって!あの場面で言ってお前は聞いたか!!」
「い、いひゃいでひゅ!!シン!いひゃいでひゅ!」
「死んでも聞かなかったろ!お前は!」
「うひぃ〜…ご、ごめんなひゃい」
「それにな!あれはスイッチを入れるのに必要だったんだ!」
「す、スイッチ?」
シンはエリスの頬から手を離し…ニタリと、そりゃあもう悪い笑みを浮かべ。
「ああ、『マレフィカルムの破壊者』エリスという女が持つ最強最悪のスイッチ…その名もリベンジ精神のスイッチ」
「り、リベンジ…」
「お前は一回負けてからが強い。辛酸を味わい、敵に見逃され、もうこれ以上後がなくなった瞬間お前は神懸かり的に強くなる。クレプシドラという強敵を倒すにはこれが必須だ…だからお前には負けてもらう必要があった」
「そんな単純なもんでは…」
「いいや、お前はそう言う女だ。私が言ってんだから間違いない」
「貴方エリスのなんですか」
「フフフフ、ここからが本番だぞ。地に落ちて這いつくばって、泥に塗れてからがエリスの真髄だ。これから面白くなるぞ!」
なんかコイツ変に楽しんでません?気のせいですか?気のせいな気がしない。そんな簡単な話じゃないよ…一回負けたって条件が達成されただけで劇的に強くなるわけがない。
……けど、まぁ。
「……そうですね、次はエリスが勝ちます。死んでも…いや、死ぬのは向こうです」
拳を握り、決意を改める。リューズ、ヴァントゥーア、デイデイト…全てが気に入らない、アイツら全員叩きのめしてこの屈辱を一千倍にして返す。絶対次は勝つ…そんな闘争心が滲み出てくる。
「…………」
そしてシンはそんなエリスの顔を見て…こう、ゾクゾクって感じで嬉しそうに眺めてる。なんだコイツ。
「よし、行ってこいエリス。オリフィス叩き起こしてミロワを取り返してこい!」
「はい!!」
いつの間にか持っていた酒瓶片手にエリスの背中をドーンと叩くシンに激励され、エリスは再び意識を取り戻し……。
………………………………………………………
「ッミロワちゃん!」
跳ね起きる、周囲を見ると平原…リューズとの戦いで辺り一面更地になったまま、現実世界に戻って来れたんだ。って…あれ?
「傷が治ってる…」
ふと背中を見ると、エリスの背中に刻まれたはずの傷が治ってる。そう思い不思議だと首を傾げていると…。
「起きたか、エリス…」
「オリフィスさん!」
いた、目の前に…シャーロウさんからの治療を受けているオリフィスさんが座り込んでいた。全身凄まじい量の傷だ…きっとエリスが気絶してからもしぶとく食ってかかったんだろう…。
「無事でよかった…君が死んでしまったものかと…。シャーロウに治療させたが…」
「エリスは大丈夫です、それより…」
「ミロワは攫われた…すまない、モルトゥスの時といい…今回も、俺は…あまりにも弱い」
弱いかと言われると…分からない、オリフィスさんはかなり強い部類に入る。それこそアルカナの最上位幹部、アインとかよりは強いんだろう。けど今求められている実力の水準があまりにも高すぎるのが問題だ。
エリスだって…力不足を感じている程の戦場で、よく立ち回れているとは思う。
「傷を治したら…我々はクロノスタシス王国に向かうつもりだ…リューズが置いて行った永久鏡がある」
「永久鏡?」
するとオリフィスさんは懐から一枚の手鏡を取り出す、銀色の縁に飾り気のない鏡だ…なんだこれ、いやそういえばツェーンがこんなのを使ってミロワちゃんをクロノスタシス王国に送ろうとして…。
「永久鏡ってのは…デイデイトの力により常にクロノスタシスへの道が固定化された鏡のことだ」
「デイデイト、あの執事ですね」
「ああ、彼は姉様…クレプシドラ・クロノスタシスの最側近。言うなれば組織の最高幹部の一人、クロノスタシス王宮の執事長だ。彼が鏡の世界と現実世界を繋ぐ存在だ…彼は独自の古代魔術を扱える稀有な男でね。普段は彼が道を作っている」
オリフィスさん曰くデイデイトは『神鏡魔術』なる物を扱える存在らしい。遥かな昔クロノスタシス王国が作った独自の魔術でクリサンセマムさえ知らない鏡世界へ行く為の技。それを受け継いだ存在だという。
普段は彼が鏡と現実世界を繋いでいるとのこと…だがそれをするとデイデイトにバレるし、なんならデイデイトが許さない限り決して立ち入ることはできない。
「だが永久鏡は違う。デイデイトの魔力が込められているからアイツの意思関係なく使うことが出来る…これで戻る、だから──」
「行きましょう」
エリスはその鏡を握り、述べる。それにオリフィスさんは……軽くうなだれ。
「せめて君だけは逃げろ…と、言葉だけでも言わせてくれ……けど、分かってる。言葉だけだ、君を頼らないと…どうしようもない」
すると、オリフィスさんは傷だらけの体で静かに両手を突いて、両膝を地面につけ…。
「だから、言わせてくれ…」
顔を上げ、エリスの顔を見て……ポタポタと、水滴が垂れる。口元からは血を、目元からは涙を、くしゃくしゃに歪んだ顔を上げて。
「お願いします!!クロノスタシス王国を!俺の故郷を!助けてください!ミロワという無辜の女の子を!助けてください!!」
叩きつけるようにオリフィスさんは地面に額を擦り付け、そう叫ぶ。
「俺一人でなんとかできたらそれでよかったが…そうはいかない。だから……」
「別に今更頼むまでもないですよ。最初からそういう話だったでしょう」
「だが…」
「言っておきますがエリス、今ので折れてません。行きましょう…クロノスタシス王国に」
銀の鏡を握りしめて…エリスは言う。向かう…クロノスタシス王国に。敵の本丸、鏡の世界へ。
「ッ……ありがとう…」
「問題ありません!」
敵は強い、未だかつてない規模だ…けど。
負けたままじゃいられない、エリスはエリスですから…孤独の魔女の弟子エリスですから!!




