785.魔女の弟子エリスと覚悟を決める覚悟
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!!」
「ダメです、気合を込めるのでななく魔力を込めるんですよ!魔力の出し方は教えたはずです!もう一度!」
「はい!師匠!」
メレクさんが唐突にエリス達に命じた魔獣退治、ミロワちゃんにはちょっと荷が重いだろう課題。それを解決するためやってきたのはヘベルの大穴近くの森……の手前。昨日は丸々移動に使い、銅の街ラダマンテスに宿泊し…朝、エリスとミロワちゃんは魔術の修行を続けていた。
昨日で詠唱は覚えさせた、魔力の動かし方を教えた…だが。
「『風刻槍』!」
(うーん、なんか…上手く発動しないな)
平原に立ち、木に向けて両手を突き出すミロワちゃん。手から放たれる風はそよ風って感じで攻撃力はない。風刻槍は螺旋を描く風が目の前の存在を削り取る技だ…一応風は回転してるが、あんなのじゃダメージなんか入らない。
「うう、なんか上手くいきません」
「ふーむ…」
『やはり雷魔術の方がいいんじゃないか?』
エリスは考える、ミロワちゃんの魔術が上手くいかない理由を。これが現代魔術であったなら発動しさえすれば事の大小さえ問わなければある程度の物が出る。きちんとダメージを与えられるものが誰でも出せるから、現代魔術は広く知られるようになったんだ。
けど古式魔術は違う、細かいところまで術者のコンディションに左右される…。
(基礎は教えてる、理屈も教えてる、となるとあと問題なのは…なんだろう)
首を傾げて考える、理論上既にミロワちゃんに教えられることは教えているし、発動できるはずなんだが…ああくそ、なんでか全然分からない。レグルス師匠に教えてもらいたいけど…この件でレグルス師匠を頼ったら負けな気がする。なにより聞けないしなぁ……。
(うーん、エリスはまだ師匠をやるには早かったのかな…)
なんて考えていると、エリス達に向けて歩いてくる影が一つ。
「ここにいたのか」
「ああ、オリフィスさん」
街の方から歩いてくるのはオリフィスさんだ、彼は既に出立の準備を整えている…、エリス達が修行を終えるまで出発を待っていてくれた、というわけではない。
エリス達は魔獣を倒すため森に行くつもりだ、が今ここで修行しているのは他でもない、オリフィスさんが出発は待って欲しいと言ったから、その時間を利用して修行していたに過ぎない。
「用事は終わりましたか?」
「ああ、その事なんだが…上手くいかなかった」
「上手く?」
「うん、俺達が宿泊したあの街…ラダマンテスにはね、マレフィカルムの集会場があるんだ」
「え!?」
エリス達が昨日宿泊したラダマンテスに…マレフィカルムの基地が!?全然気が付かなかった…。
「可能なら援助をもらおうかと思ったんだが、もぬけの殻だった…おかしいな。いつもなら人がいるはずなのに、襲撃された跡しか残ってなかった」
「ちょっと待ってください、この街の地下にマレフィカルムの拠点があるって本当ですか!?」
「ああそうだよ、なにをそんなに……あ、君って魔女の弟子だったね。これ言わない方が良かったか…」
アホかこの人…まぁエリスも今のオリフィスさんがマレフィカルム側の人間って印象が全くないからたまに面を食らうこともあるが。しかし、あの街の地下にそんな物があったとは…けど人はいなかったか。
「まぁ、もう放棄されているみたいだしいいか…。ともかく援助を受ける予定だったが無理だった、だからもう出発してもいいよ。そっちはどう?」
「いいですが…ミロワちゃんの魔術発動が上手くいかなくて」
「ふむ…なるほど、とはいえ俺より君の方が魔術に関しては実力が上だからね。アドバイス出来ることなんかないんだが……そうだな」
するとオリフィスさんは人差し指を立てながらエリスをチラリと見て。
「一回、エリスが自分で魔術を発動させてみたら?」
「エリスが?」
「そう、エリスが魔術を使う時に必要なものを改めながら、見本を見せる。そうすれば足りない物が見えてくるかも」
「なるほど、理に適ってますね」
確かにエリスが一度やってみて、エリスにあってミロワちゃんにないものを確かめればいいのか。その発想はなかったな…よし。
「じゃあいきますね、よく見ていてくださいミロワちゃん」
「はい!」
いつもは殆ど無意識でやってる魔術発動のプロセスを確かめるようにしっかり発動する。まず魔力、魂から引き出した魔力を腕に回し、拳を握って押し固めてる。こうした方が解き放った時の威力が上がる。
そして足を開き、目の前にある木を睨み…息を整え詠唱の準備を整え。
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ」
唱える、世界に宣言するように呟き…エリスの魂の中から事象を引き出す。そうすれば手の中に風が吹き出し、螺旋を描く。魔力、詠唱…魔術に必要なのはこの二つだ、基本は。
だがエリスは…もう一つ加える、それは……それは!!
(ぶっ殺すッッッ!!!)
闘志!気迫!根性!殺意!決死!燃え上がるような闘争本能を織り交ぜ、相手を睨み…叩き込む。魔術を放つ瞬間、頭の中を全て攻撃に集中させるルーティン、エリスが長い戦いの中で編み出した精神統一法だ、これを使えば…。
「『風刻槍』ッッッ!!」
拳を振るうと同時に螺旋の風が槍のように解き放たれ、余波で大地を抉りながら一気に目の前の木に向けて飛び…粉砕する。折るのではなく、真ん中から粉々に吹き飛ばす。舞い散る木片と葉のカーテンを見つめながら、大きく息を吐く。
「ぁ…ぁあ…」
「えげつないなぁ…迫力がえげつない」
ドン引きする二人を前に…エリスは拳を握る。分かった、これだ、足りないのは…ミロワちゃんの魔術に迫力がなかったのは、きっと。
(敵意が足りなかったからだ)
失念していた、エリスにあってミロワちゃんにないもの。それは戦う理由…エリスは魔術を覚えた当初から敵がいたが、ミロワちゃんは違う。戦ったことも敵がいたこともない。だから戦う感覚を知らないんだ…だからへっぽこみたいな魔術しか使えない。
なるほどなるほど、そういうことだったのか…なら解決法は簡単だ。
「ミロワちゃん、次は…敵をぶっ壊すつもりで魔術を撃ってみてください」
「ぶ、ぶっ壊すですか!?」
「ええ、粉々に吹き飛ばし…自分に逆らったことを永遠に後悔させてやる、そういう気概で撃ってみてください」
「え…ええ、分かんないですよ…そんなの」
まぁそうか、こればっかりは教えられるもんでもない。エリスはミロワちゃんの師匠だ、敵にはなれない。こればかりは実戦でやらないとな…幸い、敵はいる。
「じゃあ魔獣を倒しに行きましょうか、そこで…戦闘を教えます」
「お、おいおい」
籠手代わりに装備した皮のグローブをはめ直し、エリスは歩き出す。修行は終わりだ、魔獣を倒す過程で教える、敵を粉砕する事の意味を。
……………………………………………………
森の中を進む馬車の中、エリスは目を閉じ横になる。伝わってくるのは車輪が石を弾く衝撃、土に沈む音、草を分ける音…。ヘベルの大穴近くの森へ入った。
ここにいるとされるグレイブオークは協会指定危険度Bランクの魔獣だ。本来なら冒険者パーティが複数集まってチームを結成してようやく安全に討伐できるとされるレベル。とは言え現実問題そんなに人員がいるわけではないので、大体の場合は熟練が五人くらい集まって倒すのが一般的だ。
グレイブオークは名前の通りオーク種の上位種、見上げる程の巨躯に岩をも砕く剛力、そして物理攻撃の殆どを無効化するほどの防御力を持つ豚獣人…それが岩石魔術を習得し鋼鉄の薙刀を作り、両手に構えている。
エリスも何度か戦ったことがあるが、薙刀を持ってるオークという情報から想像される強さを逸脱してるくらい強い。強敵だ、本来はマレウス北部とかではなくアルクカースの国境沿いやカストリア東北の森に出現するはずの魔獣だ…なんでそれがここにいるかは知らんが、それよりも……。
「あ、あの師匠?」
「ん?なんです?」
「えっと、修行は…」
ミロワちゃんが落ち着かない様子でエリスに声をかけてくるが…エリスはその言葉に対して首を横に振る。
「これから戦いがあるんです、修行で体力消耗する必要はありません」
「な、なるほど」
よっぽど退っ引きならない理由がない限り戦闘前に修行はしない。それはレグルス師匠も一貫していたし、多分魔女様達の共通認識だ。エリス達も突発的に戦闘に巻き込まれる時はともかく、これから戦うぞって日はウォーミングアップ程度に留めてるしね。
Bランクくらいエリスなら目隠しをして両手両足縛って全身に鉛の錘をつけても倒せるが、ミロワちゃんに戦いに赴く時の見本を見せておくべきだ。
「まぁまぁミロワちゃん、落ち着かない気持ちはわかるけどさ…ここはエリスちゃんに従おーじゃんか」
「は、はい」
ピリピリしているエリスに不安を覚えるミロワちゃんを宥めてくれるのはサブリエさんだ。彼女は魔術で魔獣避けを行ってくれており、仕事をしていないわけではないが…戦闘を行えない引け目からか、ミロワちゃんを注意深く見守ってくれている。
(……………)
ちなみに、エリスが横になっているのもサボっているわけでない。床に耳を当てて、周囲の音を感じ取りながらグレイブオークの気配を感じ取っている。奴は常に鋼鉄の薙刀を持ってるいる事から、森の中では絶対聞かないような金属音を発する事がある。
それを探している…探して──。
「見つけた」
「え?」
「シャーロウさん、南東の方角に方向転換してください。そっちにグレイブオークがいます」
「な、何故分かるんじゃぁ…」
南東の方角から金属音がした。多分グレイブオークが持ってる薙刀が木にコツンと当たったんだろう。奇妙な振動音が聞こえた、そっちにいる。エリスは御者のシャーロウさんに伝える方向転換すると…。
「ミロワちゃん、見てください。グレイブオークがいます」
「え…あ」
見えてくるのは鋭利な物で切り取られた葉や木、その断面が一直線に奥に続いている。そしてその切り開かれた道の先にいるのは…赤い体色、獣の毛皮で作られた腰蓑、そして両手にそれぞれ鋭く巨大な薙刀を持ったオークの背中が見える。
こちらには気がついていない…まぁそれも時間の問題だが。
「初手、一発目。あれの背中に一撃を撃ってください」
「ま、魔術をですか…でも私…」
「いいから、狙ってください」
エリスがそう言いながらミロワちゃんの背中を押すと、その手をオリフィスさんが掴む。制止する、エリスを。
「ま、待てエリス。強制するのは良くない、仮にも生死のかかる場に追いやる行いだろ…そこを強制するのはメレクと同じだ」
そう言うんだ、確かに道徳的で倫理観ある言葉だ…だが。
「なにを言ってるんですか、エリスはメレクの言っていることそのものは間違ってないと思ってますよ、やってることがアホ丸出しだとは思ってますが、彼がミロワちゃんに求めていることは至極真っ当かつ当然の事だと思ってます」
「死地へ追いやることがか」
「メレクの言ってる経験を積ませたいと言う言葉の中にはそれも含まれてるでしょう。そしてそれはミロワちゃんが進む道に必要な物です…なにより、進んで魔術を会得した時点で彼女はもう完全に守られる側じゃない、守る側です。そしてこの世において力のない守護者ほど罪深いものはありません」
これはミロワちゃんが選んだことです、戦う力が欲しいと言うのはつまりこう言う場で生き抜ける力が欲しいと言うこと。望む望まない関係なくいつかはこう言う場面が来る…これはそう言う修行だ。
そこら辺はメレクも分かってるはずだ、魔獣を倒すってのはつまり殺すこと、殺されるかもしれないリスクを負ってもそこを学ばせたい気持ちはわかる。
まぁ…にしたっても急だし、行き当たりばったり感が凄い上に相手を選ばない部分があるからエリスもガンダーマンさんも難色を示したんだ。
もっとミロワちゃんに力の蓄えがあり、それなりの下積みがあるならエリス達も文句は言わなかった。
でも『そう言う場面』が来てしまったんだから仕方ない、エリスだって選べなかった、きっとミロワちゃんも選べない。だからやる、やるしかないのだから選べ…ここで。
「ミロワちゃん、覚悟を決める覚悟はありますか」
「覚悟を決める…覚悟」
覚悟を決めたら戻れない、今なら師匠が弟子入りの時に言った『想像を絶するほど過酷な運命を歩むことになる』と言う言葉の意味が分かる。だからこそエリスは最初の一歩は自分の意志で歩み出すべきだと思う。
「っ……」
瞬間、ミロワちゃんは両手を前に出し…魔力を高める、素晴らしい。もうすっかり魔力の扱いに慣れている……。
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ…」
(む……この魔力)
ミロワちゃんの体が光り輝く、それほどまでに魔力が溢れている。ちょっと待て、今までこれほどの魔力を出したことなんてなかったぞ。そんな驚きを覚えるほど、ミロワちゃんの体内から溢れてくる魔力は膨大だった。
いや出過ぎじゃないか?どんだけ出してるんだ…まさか、気負いして動揺してるんじゃ…。
「ミロワちゃん落ち着いて!!」
「『風刻槍』!!!」
ボフッとすかしっぺみたいな魔術が飛び出す…ダメだ、自分の魔力を制御しきれていない。なにより闘争心が足りていなかった、相手を傷つける為の覚悟が足りなかった。
これをミロワちゃんが情けないから!と罵る気になれない…だって。
「なんで、なんでダメなの…!こんなに強く思っているのに!」
ミロワちゃんはその場で頭を抱えてしまう。本気で悩んでいる、本気で考えているんだ……それで力がこもりすぎて制御を疎かにしすぎた。
戦闘をやったことがないのなら、それは仕方ないことで────って。
「ちょっと待ってくださいよ!!」
「ぶもぉおおお!!」
一閃、馬車の前に火花が散る。グレイブオークだ、奴が放った斬撃をエリスは防壁を展開して受け止める。ミロワちゃんの魔力を感じ取り気がついたんだろう。全身真っ赤な体色をした巨大な豚型獣人が牙を剥き出しにしながらその手の鉄刃を振り抜いていた…。
「し、師匠…!」
「こうなっては仕方ありません。ミロワちゃん、行きますよ」
「行くってどこに…うぇぇっ!?」
こう言う時レグルス師匠ならどうするんだろう。エリスが魔術を使えず、敵が目の前にいる。もしかしたら今回は私が倒すから次回までに使えるようにしておけと言って目の前のグレイブオークを師匠が片付けただろう。
けど悪いがちょっと時間がない。エリスの時とは事情が違う…なので荒療治で行く。エリスはミロワちゃんを抱きしめ、背中に背負い…グレイブオークの前に立つ。
「ぶるぅぅうう!」
「し、師匠…なんで私を背負っているんですか」
目の前には樹木と同じくらい背が高い巨大な豚巨人、身の丈ほどの長さの薙刀を二本広げ、牙を剥くグレイブオーク。それを前に怯えるミロワちゃん、なんでもなにも…。
「今からエリスはグレイブオークと戦います、しかし攻撃はしません。防御と回避のみします…なので攻撃はお願いします」
「え!?」
「エリスも流石にずっと回避はできないので早めに倒してください」
つまりだ、ミロワちゃんを背負ったまま飛び回り、逃げ回る。攻撃はしない、倒すのはミロワちゃんの仕事だ。エリスとミロワちゃん、師弟の共同作業ですね。
「流石に無茶ですよ師匠そんなの!!」
「無茶でもやる!覚悟を決める覚悟がないのなら今すぐ弟子をやめなさい!」
「うッ…!」
「さぁ来ますよ!」
瞬間、グレイブオークは大きく腰を落とし、一気に突っ込んでくる。グレイブオークは全身筋肉の塊だ、そこから放たれる爆発力、そして重量は凄まじく、振るわれる斬撃は一瞬で空気を切り裂きエリスに向けて叩きつけられる。
「よっと!」
「ぶもぉぉお!!」
真横に飛び、斬撃を避ければ薙刀により大地がバターのようにスッパリ切れている。これだ、グレイブオークは自身の岩石魔術により薙刀を作っている。それを幾度となく研いで磨いて切れ味を上げていくと言う習性がある。
長く生きているグレイブオークになればなるほど、その切れ味と武器の扱いが上手くなる…この切れ味から考えるに相当長い間生きてるな。だとするとマレウスで生まれたわけではなくアルクカースあたりから移動してきた?なんでだ。
まぁいい、そんな事より。
「はい!今です!反撃!」
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!ででで出ません!」
ミロワちゃんは手をパタパタ動かして叫んでいるが…叫んでいるだけ、それは詠唱じゃない。
「パニックにならない!!」
「ひゃい!」
「落ち着いて!教えたでしょう…まず息を吸って……」
『エリス来るぞ!』
「チッ!」
咄嗟に飛び上がると足元を薙刀が通過する。同時に左右の木々が倒れ轟音を鳴らす。グレイブオークは完全にエリス達を敵として見ているらしい…。
ここじゃ馬車が巻き込まれるかもしれない…一旦下がるか。
「ぶごぉぉおおおお!!」
「さぁこっちですよ!こっち!」
エリスは飛び上がり、周囲の木々を足場に跳ねて跳ねて空を駆け抜ける。普段なら旋風圏跳で一気に距離を取るが…あまりにも距離を取るとミロワちゃんが狙えなくなる。常に射線を確保した上で、更に一定の距離を保つ…。
「ぶごぁっ!」
「フッ!」
しかし、エリスの作った距離は一瞬で詰められる。グレイブオークの踏み込みはエリスを捉え、叩きつけるような挙動で薙刀が空から降り注ぐ。それを防壁を用いて受け流す。重い一撃だ…クリーンヒットしたら防壁ごと真っ二つかな。
にしても…。
(ここ……!)
グレイブオークの脇腹に視線を向ける。薙刀を振り抜いた奴の脇腹は隙だらけ…エリスならここに打つ。他にもたくさん隙はある、打ち込める隙はある…けど手は出さない。
「ミロワちゃん!」
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!!」
目を回しながら叫ぶミロワちゃん…が魔術は出ない、全然集中出来ていない。完全にパニックになってる…やり方間違えたか?いきなり実戦はまずかったか?でもエリスは最初から実戦だったし…ええい!
「落ち着いてください、ミロワちゃん」
「そんな事言われても…!」
迫る刃の嵐を避けながらエリスはミロワちゃんに意識を向ける。彼女は落ち着いていない…だが落ち着いてもらわねば困る。今ここは死地だ、死地でしか覚悟は生まれない。だが彼女はその死地に怯えているように思える。
『手緩いな、エリス』
そんな中、シンが呟く。
『やり方が手緩い。死地を体験させるなら私ならミロワをグレイブオークの前に突き出す』
(死にますよ)
『それで死んだら死んだ…だ。お前の師匠はお前を実戦の危険性から守りながら育てたか?』
「…………」
『覚悟を決めるなら、命の形を知らねばならない。だが結局この場に至ってもお前が守るからミロワは命の形を掴み切れずにいる。やるならきっちりやれ、やらないならやらないで今すぐグレイブオークを殺せ。どっちつかずはメレクよりタチが悪い』
シンの言う通りだ、言ってることは極論だが今のエリスのやっていることよりは正しい気がする。だがエリスはそれを否定している、メレクの言い分は正しくともやっていることは間違っていると否定しているし、今この場に至ってもそれが正しいとは思えない。
だが、エリスのせいでミロワちゃんが覚悟を決め切れないなら……。
「ミロワちゃん!目を閉じて耳を塞いで!」
「え?」
「早く!!」
「は、はい!」
瞬間、エリスは飛び上がり振るわれた薙刀を踏んで更に跳躍、そしてグレイブオークの顔の前に飛び…両手を大きく振りかぶる。同時にミロワちゃんが目を閉じて耳を塞ぎ───。
「びっくりキャット・スタンショック!!」
「ぶぎゃっ!?」
叩き出すのは手を叩くと同時に鳴雷招を放つことにより莫大な光と爆音で相手の耳を麻痺させるびっくりキャット・スタンショック。これによりグレイブオークはあまりの光と音に怯んで顔を押さえて苦しみ始める…さて。
「じゃあ、ミロワちゃん…降りてください」
「え、師匠……その…」
エリスはミロワちゃんをゆっくり降ろす。すると彼女は申し訳なさそうに眉をひそめ…。
「すみません…私、上手くできなくて…」
そう言って謝るんだ…ん?なんで謝るんだ?、
「なんで謝るんですか?」
「へ?だって…私が出来ないから、修行は中止──」
「中止じゃありませんよ、続行です。さぁ…ミロワちゃん、魔術を撃ってください。さもないと…」
「ふぐぐぐぅぅう……!」
怒り心頭のグレイブオークが視界を取り戻す、こちらを睨む。対するエリスはミロワちゃんを守るように両手を広げて立ち塞がる…。
「エリスはこの身を挺してミロワちゃんを守ります、けど多分一発貰ったら死にます。なのでミロワちゃん、早く倒してください」
「は……?」
「はい、お願いします」
エリスはミロワちゃんの前に立ちながら両手を広げたまま動かない。グレイブオークは既に動き出している。薙刀が振り下ろされたらエリスは死ぬだろう。だって避けないから、防ぎもしない、そうしないとミロワちゃんは死の気配を感じない。
死の気配を感じさせるならこれでいい、エリスの命を賭ければいい。
「師匠!正気ですか!?やめてください!逃げましょう!お願いします!ねぇ!」
「…………」
「お願いします師匠動いてください!!」
エリスは動かない、さぁミロワちゃん。このままじゃエリス死にますよ。なんかシンが『お前キマりすぎだろ…』と引いているが関係ない。さぁ…ミロワちゃん。
「守るんでしょう?ミロワちゃん」
「ッ……!」
「だったらお願いします」
ミロワちゃんの目に炎が灯る。そう、そうだ。この子の原動力はメレクの言った『誰かを守れる強い軍人』…なのだとするなら、今ここで、気合を入れなくてまたなるまいよ。
「すぅー……大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ」
「ぶぐぅぉおおおおおお!」
薙刀が振り上げられる、が…その隣でミロワちゃん大きく息を吐き…その手を合わせ、淡く光る瞳でグレイブオークを見遣る。
魔術とは心だ、意志だ、目的を成し遂げる手段の一つだ。人は願い、祈り、焦がれるからこそ、魔術は生まれた…即ち。
人は…目指す存在を明確にした瞬間、魔術師になるのだ。
「『風刻槍』!!」
「ぶもっ!?」
刹那、放たれた一閃は光を放つ。ミロワちゃんの手から放たれた流星の如き一条の光は螺旋を描き一瞬にしてグレイブオークの腹を貫通し、爆発する。エリスの知る風刻槍とはまるで違う…星屑を散りばめたかのように空を駆ける光の槍は。
まさしく、ミロワ・カレイドスコープの生み出した…彼女だけの魔術。
「……流石、エリスの弟子です」
やれば出来るじゃないか…そんな風にエリスは笑みを浮かべながらミロワちゃんを見遣る。すると彼女は冷や汗をかきながらへたり込み…。
「し、師匠…私、上手く…やれましたか!」
「まだまだでしたが、いい具合でした」
「ぅ…はぁ〜〜……」
口から魂が抜けていくミロワちゃんをニコニコと見つめる。少なくとも修行は上手く行った。一度魔術の感覚を掴めたならこれからはいつでも使えるだろう…とは言えあれほどの物はそう簡単には撃てないだろうが。
「大丈夫か〜!エリス〜〜!」
「無事ですかなぁ〜!」
「また無茶してない〜〜?」
ふと、オリフィスさん達の乗った馬車がこちらに向けて走ってくる。…丁度いい。このままあれに乗ってゆっくり馬車旅を楽しんで帰るとしよう。その帰り道でまた魔術の復習をして…それから、ナヴァグラハの予言についてまた考えて────。
そう、エリスが一瞬…気を緩めた瞬間。
「ッ……!」
「師匠?」
一瞬だけ緩んだ気が、再び引き締まる…それと同時にエリスは思い切り振り向きながら。
「なにすんだテメェ!!」
「え!?」
驚くミロワちゃん、対するエリスは怒号を上げながら防壁を纏わせた手刀で…背後から飛んできた矢を殴り飛ばし粉々にする。飛んできた、鏃が…いや先に飛んできたのは、殺意だ。
「ほう、気が緩んだと思ったが…一瞬で締め直したか」
「誰ですかお前…」
矢が飛んで来たのは…少し離れた木の上、いつの間にか枝の上に立ち矢を番ている黒い外套にフードを被った女だ。龍の仮面で顔を隠した女が、銀の弓を手にエリスを睨んでいた。
誰だアイツ、冒険者じゃないな…だって弓持ってるし、今時弓を武器にする冒険者なんて殆どいない。なにより、冒険者レベルの存在じゃない…生半可じゃないくらい強い、ってことは…。
「どうしたエリス……って!お前は!!」
馬車で駆けつけたオリフィスさんがエリスの隣に立ち、黒い外套の女を見て、ワナワナと震え始める、同時に龍の仮面を被った黒外套の女もオリフィスさんを見つめ…はぁとため息を吐き。
「オリフィス王子…まさか本当に裏切ったのですか?確認の為、一度お話を伺いにきたつもりでしたが…なるほど、どうやらこれは残りの期限を待たずに行動しても良さそうだ」
「お前、エルフか…!なんでお前がここに…!」
エルフ?とエリスが首を傾げていると、すぐ近くに寄ってきたサブリエさんがいち早くミロワちゃんを抱きかかえ…。
「エリスちゃん…アイツ、ヴァントゥーア騎士団だよ…」
「ヴァントゥーア騎士団?」
「クロノスタシス王国が誇る、最強部隊。階級を持たず軍の規律を無視して動くことが許されてるヤバい奴ら…」
「エレファヌスより良いですか?」
「比べ物になんないよ…アイツらが出てきてるってことは、クレプシドラが本気で動き始めたんだ」
エルフと呼ばれた弓兵は木から降りて、エリス達に向けて歩いてくる。その身から漂う魔力量は明らかに第二段階上位…こんなホイホイ出てきていいレベルの奴じゃない。
「オリフィス王子、今ならまだ間に合います。ミロワ・カレイドスコープをこちらに渡してください」
「…………」
「聞こえませんでしたか?王子、私達は陛下のお言葉を得てここにいます、例え同じクロノスタシス王家の人間であれ…邪魔立てするなら殺すしかありません」
「エルフ、理解しているのか。ミロワを渡したら…なにが起こるか」
「陛下の御意志が叶えられる」
「クレプシドラ・クロノスタシスの御意志とはなんだ…言ってみろ、国家の安寧か?民草の平穏か?どっちも違うだろ……!」
「関係ありません」
「あるんだよ…!王家にはッ…!」
オリフィスさん足は震えている、エルフという存在の恐ろしさを知っているから…と同時に、怒りに震えている。クレプシドラがなにをしようとしているかなんて関係ない、その意思が叶えられればどうなるかを…誰よりも直感で感じ取っている人間が、彼なのだ。
「クレプシドラ・クロノスタシスは…壊れているんだ!お前だって分かってるだろ!!まともじゃない…もう、あの頃の姉様はどこにもいない!!」
「……オリフィス王子、今のは国王陛下への侮辱と捉えても…?」
「好きに捉えろ…国家臣民に叛く王には!俺はもうついていけない!クロノスタシス数十万の国民の命を守る為なら!王族の座など捨ててやる!だから消えろ…エルフ!ミロワは渡さない!絶対に!!」
「…………」
叫ぶ、王族としての誇りにかけて。しかしエルフは聞く耳も持たず、静かに矢筒から矢を取り出し。
「もう結構、聞くに耐えない」
「ッ……!」
瞬間、凄まじい勢いで矢が放たれ…それがオリフィスさんの顔面に向かって飛び───。
「いや、待ってくださいよ」
「あ……!?」
オリフィスさんが声を上げる、彼の顔の前で…エリスは矢を握り受け止める。待てよと、ちょっと待てよと。
「お前、何者だ」
「そらこっちのセリフです、いきなりエリスの背中に矢を撃っておいてエリスは後回しですか?それって結構失礼なことだと思うんですけど」
「……知らん、私は陛下の意思のために存在する」
「ああそうですか…なら」
同時にエリスは矢を指で挟み、一気に腕を振るうと共にエルフに向けて投げ返す。咄嗟にエルフは顔を傾け矢を回避すれば…その矢は背後の木に突き刺さる。
「エリスはね、ミロワちゃんを守る気でいます、だから彼女が今後彼女の身を狙う人間から身を守れるよう育てています。けどどうにも、クロノスタシスってのはミロワちゃんの手に余るようなので…ぶっ潰すつもりでいました」
「……潰す?」
「ええ、クレプシドラの御意志とやら完膚なきまでに。今のは嚆矢です…ミロワちゃんを狙うなら、滅ぼしますよ。クロノスタシス」
「大層な口を聞く…、私を相手に」
「小間使いが偉ぶるな、エリスはクレプシドラが用があります。ここに連れてきなさい」
「…………」
エルフの標的がエリスに切り替わる…その手に矢を握り、ビリビリと鋭い殺意が響いてくる。クレプシドラがようやく動き出したようだ…なんでオリフィスさんが裏切ってるってバレたかは分からないが、まぁ…凡その予測はつく。
だったら、今やるべきは…。
「オリフィスさん、エリスがこいつをなんとかします。急いで館に逃げてください」
「館に?…だがきっと館も……」
「館の方がまだ安全です、平原で追いかけっこになったら孤立無縁でお終いです。それならまだメレクのいる館の方が籠城出来ます」
「……確かに。分かった」
するとオリフィスさんはエリスの顔を見つめ……。
「改めて、謝らせてくれ…すまない、巻き込んで…そして。礼を言わせてくれ、エリス。君はやはり…頼りになる」
「いいから行ってください」
「分かった!必ず生き延びろ…俺も必ず守る!」
そう言って馬車に戻り、慌てて馬車を出すオリフィスさん。対するエリスはエルフを睨み…軽く手招きし。
「さぁ来なさいよ、エリスが気に入らないんですよね?それとも…敵を前にビビって手を出さないのもクレプシドラの御意志ですか?だとしたら、王の器が知れますね」
「自殺したいなら…そう言え!」
「したくなったら言いますよ、今はそんな気分じゃありませんが…!」
動く、エルフが踏み込み接近してくる…エリスもまた駆け出し、拳を握る。グレイブオークの時とは違う…全然手出ししますから!!
「ミロワちゃんに!エリスの弟子に手出しさせません!!」
「言ってろ!!」
「うぉっ!?」
一気に拳を振り抜きエルフを殴り飛ばそうとした瞬間、奴の足から魔力が噴射され一瞬で手が届かないくらい遠くまで離れられた…と同時に奴は高速で矢を放ちエリスを刺し殺そうとしてくる。
なるほど、敢えて相手の攻撃をバックステップで避けるため敢えて一度距離を詰めたのか…だが!
「弓矢なんか当たるわけないでしょうが!」
次々飛んでくる鏃を飛んで回避する。アロー系魔術と違って実体のある矢は追尾してこない、だから弓矢という武器は廃れたんだ。そんな物使ってる時点で甘えで───って。
「当然、追尾してきますよね!」
「なっ!?避けられた!?」
飛んできた矢が、虚空で直角に方向を変えエリスに向けて飛んできた。魔術じゃない、魔法だ、矢に小さな魔力防壁をくっつけて、それを空中で爆発させることで強引に方向を変えたんだ。
アロー系と違って追尾してこない…という発想の裏をかいてくる事くらいお見通しだ。エリスは矢に目もくれず飛び上がり矢を回避し、そのまま。
「『旋風圏跳』!!」
「チッ!」
突っ込む、風を受けたエリスの鋭い蹴りがエルフに炸裂するが、そこは相手もプロだ。上手い具合に腕でガードし、鏃を取り出すと両手に持ち。
「ヴァントゥーアを侮るなよッ!!」
鏃を両手の指に挟み、刃を突き出した状態で回転しエリスを弾き飛ばすエルフ。両手の指先に魔力を集中させ…。
「『纏包魔弓』ッ…!」
「む」
指に挟んだ矢を魔力でコーティングし、それを撃ってきたのだ。矢は魔力噴射で加速、同時に防壁で貫通力を上げ、更に回転する事で空気を切り様々な方向に動きを変える。器用な事をする、矢を介して魔法を使うとは。
なるほど、アロー系を使わないのは魔法の腕に自信があるからか。自身の一部ではない物体を魔法で取り込んで攻撃するスタイル…これは受けたら面倒そうだ。
「そらそらそら!大口はどうした!」
撃つ撃つ撃つ撃つ、凄まじい速さで弓を連射し次々と放たれる魔法矢。着弾と同時に防壁が炸裂し大爆発を起こすそれは並の魔術を遥かに凌駕する威力。おまけにドリルのように回転していることから不規則に動き、尚且つ相手の防壁を貫通する。
その矢を前にエリスはひたすらに距離を取ることしか出来ない…、後ろへ後ろへと飛びながらエルフの近接戦特化型の弓術に圧倒されつつも。
「でもね…それでも弓は弓、魔術に劣る攻撃手段なんですよ」
「なにを……」
距離を取った、矢が放たれエリスに着弾するまで凡そ一秒半かかる距離までエリスは逃げた…その瞬間エリスは両拳に魔力を集中させ打ち鳴らすと同時に炎と雷が吹き出し。
「『真・火雷招』!!」
「なッ!」
シンの記憶、シンの技術を流用した火雷招。それを両手から放てば空気中を飛ぶ魔法弓を一瞬で飲み込み、熱量によって防壁を粉砕、火力によって矢を燃やし尽くし、一気にエルフに向けて飛ぶ。
エルフは咄嗟に弓を捨て両手をクロスさせる。回避は不可能と即座に判断し防壁を展開する…が、それよりも早く。
「ぬぅらぁああああ!!」
「む…!」
横の草むらから飛び出してきた影が、その手に握った大剣を振るいエリスの炎雷を弾き逸らす。エルフをすり抜けその背後で大爆発する火雷招の後光を受けて、もう一人の騎士が姿を現す。
「油断したかエルフ!」
「すまん、想定していた以上に火力が高かった…!」
「また増えた…」
もう一人、大柄なヴァントゥーア騎士団が現れた。そいつはエルフより一回り大きく、赤い大剣を地面に突き刺し腕を組んでいる…こいつも強いな。
「まぁ、そりゃ一人じゃないか…」
「然り!俺はヴァントゥーア騎士団!『五』のフュンフ!相当な使い手とお見受けする!是非名を聞きたい!」
「お、おい!名乗るな!」
「何を言う副団長!我々の目的はミロワ奪取!しからばこの戦いは任務に関係ない謂わば『私闘』!俺は俺の闘いにおいて闇討ち不意打ちは用いない!名を名乗る真剣勝負にて打ち負かしたい!」
「連れてくるんじゃなかった!」
フュンフと名乗る大男は仮面を外しフードを脱ぎ、ライオンのように伸びる金髪と若干生えた無精髭を撫で、大剣を担ぐ。なるほど…そう言うタイプですか。
「さぁ!名を聞かせてくれ」
「いいですよ、エリスはエリスです。孤独の魔女の弟子エリスです」
「孤独の魔女の弟子!件の…!」
む、どうやらエリスがエリスであることまでは共有されていなかったのか。フュンフは大層驚き、エルフもまた顔が険しくなり…。
「オリフィスめ、よりにもよって」
恨み言を述べていた。まぁ向こうの視点で見ればいきなりオリフィスが裏切って大敵である魔女側の最たる配下みたいなのを引き連れてたんだから、そりゃあ困惑し恨み言の一つも言いたくなるか。
なんて考えていると…次々と茂みから黒い外套の騎士たちが現れる。総勢五名…全員ヴァントゥーア騎士団だ。こんなに隠れてたのか…。
「さぁ敵が名乗ったぞ!こちらも名乗ろう!」
「お前が仕切るな!…だが、そうだな。相手が魔女の弟子であればこちらもただの『暗殺』とは割り切れない。我等の先祖を鏡の世界に追いやった魔女…その弟子となれば、これは民族の誇りをかけた闘い。本気を出さざるを得まい…!」
するとエルフ達は同時に外套を脱ぎ去り、黒い鎧に赤いラインが敷かれたその姿を晒し…。
「ヴァントゥーア騎士団!副団長『十一』のエルフ!クロノスタシス民族の誇りをかけてお前に決闘を申し込む!」
弓を構え、こちらに向ける…それに部下も続き。
「同じく!『二』のツヴァイ!憎い魔女!滅すべし!」
黒い髪は肩口にて切り揃え、紅の瞳を向ける無表情の女が双剣を構えエリスに憎悪の視線を向ける。
「『四』のフィーア、殺しにきた…殺す、殺すよ」
グヒヒと笑みを浮かべる緑髪の少年は身の丈程の槌を背負い直し舌なめずりをし。
「あー…『十』のツィーア。クロノスタシスの恨みとか、遥か昔に鏡の世界に追いやられたとか、そういうのは現代の人間にゃ関係ないとは思うけど。おっちゃんも仕事だもんで…許してよ」
ポリポリと淡い金の短髪を掻き、顎髭を生やしたタレ目の男性は申し訳ないと愛想笑いを浮かべ手を振っている。無手…に見せかけて体の至る所にナイフを隠し持っている、油断できそうにないな。
「そして俺は『五』のフュンフ!」
「さっき聞きました」
「我等女王直属精鋭部隊ヴァントゥーア騎士団!魔女の世を滅する為!今一刃の刃とならん!!」
「お前が仕切るな!」
大剣を掲げるフュンフにエルフが切れて膝蹴りを腰に叩き込むが…次の瞬間にはエルフが鋭い視線をエリスに向け。
「……では、やるぞッ!!」
「応っっ!!」
「来ますか!」
動く、五人のヴァントゥーア騎士団が同時に前に出て全身から凄まじい魔力を吹き出させる。その威圧と勢いは洒落にならないレベルで…ただ魔力を吹き出しただけで木々が揺れ森全体が蠢動する。
そんな魔力の嵐を前にエリスは静かに構えを取る。背後には逃げる馬車…一応オリフィスさん達がミロワちゃんを守っているが、こいつらのうち一人でも馬車に近づいたら一瞬で壊滅する…それくらい戦力差がある。
エリス一人で、なんとかするしかない!
「ぬぅぁらぁああああああ!!」
「ぎしゃぁああああああ!!」
次の瞬間突っ込んできたのは大剣を持ったフュンフと大槌を振りかぶるフィーア。二人の男が足元の大地を吹き飛ばす勢いで突っ込み。
「『大壊刃』!」
「『岩揺一振』!」
一撃、同時に叩き込まれる大質量の一撃は大地を吹き飛ばし天に続く巨大た土柱を作り出す。揺れる大地、撓む土床、四方に撒き散らされる瓦礫の雨…を掻い潜るように飛ぶエリスは今の一撃を回避しながらこの場をどう凌ぐかを考えていた。
「死ねぇ!魔女の弟子っっ!」
「チッ」
しかし、思考の隙も与えず瓦礫の雨を足場に空へと駆け抜けてきたのは双剣を構える黒髪の女…ツヴァイだ。奴はエリスを捉えると同時に。
「『ウインドブースト』!」
手足から風を放ち急加速し、回転しながら突っ込んできた。さながら台風のように周囲の瓦礫を引き裂きながらあっという間にエリスに肉薄し…。
「でりゃあああああ!」
(速い…!)
その勢いのまま凄まじい勢いで両手を振るい、雨霰のように斬撃を繰り出してきた。両手に防壁を展開し繰り出される怒涛の連撃を防ぎ、必死に隙を探し…。
『そこだ!』
先んじてシンが見つける、エリスとは別の意識で動く彼女はエリスとツヴァイの想定していないタイミングで電流を放つ。ツヴァイの太腿に突き刺さる電流、それは即座に彼女の体を駆け巡り全身を麻痺させる…止まる、動きが!
ナイスだシン!これなら!!
「『煌王火雷掌』!!」
「グッッ!!」
刹那の時、止まったツヴァイの動きに合わせ顔面に叩き込む炎雷の拳。爆音と共に吹き飛び地面へと飛んでいくヤツを見据えながら…エリスは。
「ヴッ…」
肩に手を当てる。刺さっているんだ…ツヴァイの剣が。アイツ、吹き飛ばされる寸前痺れた体で剣を投げてきたんだ。ただではやられないと言う執念の一撃がエリスの肩から血を噴き出させる。普段なら師匠謹製のコートが防いでくれるのに…。
即座に剣を抜き、親指にちっちゃい火雷招を作り傷口に押し当て止血する…と、ほぼ同時だった。
「『魔天穿ち』!」
「うぉっ!?!」
大地に敷かれる巨大な土埃を引き裂いて無数の魔法弓が飛んできた。それを咄嗟に避けるが、避けた瞬間気がつく、鏃に小さな袋が取り付けられていることに…これは。
「ぐっ!煙幕!」
エリスの目の前で爆裂する矢は、括り付けた袋から大量の白煙を撒き散らしエリスの視界を奪い──背後から気配が!
「ここか!」
咄嗟に煙の中で体を動かし、風で体を回転させ背後に蹴りを放つが…。
『違う!』
シンが叫ぶ、違うと…同時にエリスの蹴りは煙を引き裂き、飛んできた物が…人型の魔力の塊であることに気がつく。つまり…フェイント!!
「取った!!」
『防壁!上!』
煙を吹き飛ばしながら頭上から現れたのはフュンフ。シンの言葉に反射的に頭上に防壁を展開したと同時に叩きつけられる大剣によりエリスの体は地面に向けて弾き飛ばされる。
「ぅぐっ!」
頭がクラクラする、凄まじい威力の一撃だ。防壁で真っ向から受け止めたのは間違いだったかも。地面に叩きつけられる寸前に風を噴射し着地しつつ首を振るう。
強い、思ったより圧倒出来ない…一人一人が強いと言うのもあるが、連携が上手すぎる。
『クソ、私に肉体があれば…』
(アイツら、中々強いですね…)
『どうするエリス、雷冥乱舞…行くか』
(いえ、まだ相手の手札が判然としていませんから…今使っても無駄撃ちに終わるかもしれません。今はまだ、温存します)
『だがこのままでは…』
(分かってます…冥王乱舞でいきます。アイツらの座標…探りつつ常にエリスに共有お願いします、シン)
『分かった』
ゆっくりと起き上がり、魔力を貯める…その瞬間だった。
「君、今どこに意識向けてたのかな」
「ッ…!」
背後から声がした…シンの電磁波探知が始まる前に、接近を許した。まずいと咄嗟に振り向いたが、同時に。
「そら!これあげるよ!」
現れたのはナイフ使いの壮年…ツィーアだ。彼は飄々とした態度で木を掻い潜りながら高速でナイフを投擲してきた。無数のナイフ…全て避け切るのは不可能とエリスは拳に魔力を集め。
「いりませんよ!!」
叩き落とす、しかし…エリスの手がナイフに触れた瞬間、刃から光が溢れ出し──展開された魔力防壁がエリスの手に絡みついたのだ。
「なっ!」
「おっちゃんもう歳だから、若いのにはパワーで負けるんだよね…だから、させてもらうよ小細工を」
ブラフか…!ナイフそのものは単なる見せかけ、実際はナイフに込めた魔力を使って着弾と同時に防壁展開…相手の拘束が目的か!
(物体に込めた魔力を使って防壁展開、エルフもそうだけどこいつら上手すぎる…!)
「卑怯でごめんね!」
「ぐっ!?」
咄嗟に絡みついた魔力を剥がそうと暴れるが、硬い…防壁と同じ硬度だ。とてもじゃないが壊せないと結論を出した瞬間、飛んでくるのは遍在で強化したツィーアの蹴り。それが顎先に炸裂しエリスの体は吹き飛ばされ、後ろの木に叩きつけられる。
「大人しくしてもらおうか!『ファルケンシュヴェールト』ッ!」
そして、迫る追い討ち。同時に多数のナイフを上に向け軽く放り投げ。落ちてきたナイフの柄を殴りつけると同時に魔力を流し込み。魔力噴射を行わせることで一気に加速したナイフがエリスに飛びかかり…。
『エリス!」
「分かってる…冥王乱舞ッ!!」
「おっ!」
冥王乱舞を解放し迫るナイフの雨を風圧で吹き飛ばす。同時にナイフが絡みつく腕に魔力を集め、紫炎を内側から噴き出すことで拘束を粉砕する。やってくれたな…!
「冥王乱舞!『星線』!」
「なんじゃそら!」
右足から魔力を噴射させ体重移動に加速を加え空を飛び、左足を突き出し流星のような蹴りを見舞う。ツィーアはまるで紙屑のように回転しながら吹き飛んでいくが……これは。
「チッ!上手いことやられた!」
敢えて脱力しながら背後に飛ぶ事で衝撃を受け流された、クリーンヒットになってない!またすぐ戻ってくる!まさか冥王乱舞に初見で対応してくるとは…!
『エリス!馬車が!ミロワが攫われるぞ!』
「チッ…!」
だが構ってる暇がない、馬車が襲われている…クソが、どいつもこいつも、これだけの大人が寄ってたかってやる事が子供の誘拐か、恥知らず共が…!分からせてやる!!
……………………………………………………………
私は今日、この日。正式に魔術を使うことが出来た。師匠の修行は過激だけど…確かに私に力を与えてくれた。
師匠の魔術は凄い、私が知るどんな魔術とも違う…凄い威力の魔術を教えてくれた。風刻槍…これから私はこれを極めていくんだ。
これからは、私は力を持つ者として責任を求められる。そして、使命の為志を持って行動するんだ。
それが力を持つ、強き者の役目なんだから──────…………。
………そう思っていた。
「シャーロウ!方角はどっちでもいい!とにかく最高速を維持しろ!」
「坊ちゃん!ダメっすわ!これ!魔力撹乱の効果がないっす!」
「もうダメじゃあ!ヴァントゥーア騎士団がもうすぐそこにおる!儂等はおしまいじゃあ!」
必死の形相で魔力弾を撃ち放つオリフィス先生、魔力を散布し撹乱を行うサブリエさん、涙を流しながら手綱を握るシャーロウさん…それが私の目の前で起こる現象。そして……。
「待たんかいゴルァ!!」
「フィーア!挟み込むようにいくぞ!!」
後ろから追いかけてくるのは黒い鎧の騎士達。大槌を持つフィーア、弓を構えるエルフ…大剣を持ったフュンフ、血だらけになりながら剣を握りながら追いかけてくるツヴァイ。
こいつらは私を狙ってる、何をさせようとしてるか分からないが誘拐しようとしてる。けどそれ以上に目を引くのはこいつら走って馬車に追いついてきていること…馬より速いんだこいつら。
そして…そして。
「エリスを抑えろ!!」
「むははははは!!血湧き肉躍る!いざ尋常に勝負────」
「退けボケカスーーーっっ!!ミロワちゃんに手出しはさせねぇーっっ!!」
エリス師匠…エリス師匠は馬車の周りを飛び回り追手全てを振り払っている。縦横無尽に駆け回り近づくフュンフとフィーアを蹴り飛ばし、矢を放つエルフに魔術を撃ち返し。飛び掛かるツィーアとツヴァイを相手に打ち合い弾き飛ばす。
まさしく嵐の如き戦いぶり…馬車を中心に繰り広げられる攻防を見て、私は……。
(これが…強者の世界…!?)
目の当たりにして、呆然とする。師匠は強い、それは知ってる…前誘拐されかけた時も少しだけでなんとなく理解できるくらい師匠の強さは凄まじい。
けど、魔術を使えるようになって始めて理解する師匠の凄さ。
(魔術の速度が私とは段違い、それでいて狙いも目的意識も明確明瞭…目紛しく変わる戦況に的確に対応している)
私が一発撃つのでやっとな魔術を連射して、そしてそれを余すことなく利用している。魔力を直接吹き出して攻撃するなんて言う意味不明な行為もやっている。
凄い強い…と言う言葉の『凄い』の部分が実感を持って理解出来た。次元が違う、私と師匠では立っている場所の次元が。
(私は…分かってなかった、強者になったつもりだった。けど…違う、これが強者達の世界…力を持つ者達が生きる頂上の世界)
呆然とするしかない。エリス師匠も敵も常識では考えられないくらい強い。こんな世界に私は足を踏み入れたのか…?お父様の言ってる世界はこんな世界なのか?
……私は、まだ入口にも立ってないじゃないか…!!
「冥王乱舞!『風旋怒涛』!!」
「ただ一人でやるものだ!」
しかし状況は悪い、いくら師匠とはいえ強敵を一気に五人も相手にしては不利極まりない。でも師匠は戦うのをやめない…私を守る為に戦ってる。
不利なことを百も承知で…戦うしかないから戦っている。これが守ると言う事なのか……!
(凄い、凄すぎますよ…エリス師匠!)
尊敬する、憧憬を向ける、私がどれだけ情けないかを痛感しながら…それでも師に選んだ人の凄さに、私は焦がれる。
だからこそ……だからこそ!
「オリフィス先生!」
「なんだ!?」
私は咄嗟に動き出す。師匠は私を守ろうとしている…それは師匠が守る側だから、それが守る側の宿命。
なら、それは私も同じだろ。私も今さっき立ったんだ、守る側に!ならもう今までのように後ろで縮こまるだけじゃダメだ!!
「これ、使います!」
「それは…!いや待て!何に使うんだ!」
「借ります!…目眩しのポーション!」
それはシャーロウさんの手荷物から取り出した黄色に光るポーション、確か炸裂したら周囲に猛烈な痒みを与える煙を散布する代物。シャーロウさんが護身用として持ってきたものだ。
これを取り出した私は馬車の縁に捕まり、そのまま屋根に飛び出し……。
「師匠!目を閉じて!!」
「ミロワちゃん!?…それは──」
瞬間、投げる。黄色の液体が入った瓶を私達を追いかける敵に向けて…それはやがて馬車が跳ねた石に当たり空中で爆発し、キラキラと光る粒子を一面に振り撒くのだ。
高速で動く世界、その中で咄嗟に反応出来なかった騎士達…いや、あるいはそもそも私は脅威にすらなっていなかったんだろう。だが…粒子を浴びた騎士達は。
「ぐっ!?なんだこれ!?」
「これは…催涙剤!」
騎士達は咄嗟に目を覆う。駆け抜ける風により瞬く間に粒子は遥か後方に置き去りにされるが…十分だった。騎士達は全員目を覆い動きが鈍る、それでもまだ走って追いつこうとして───。
「ぬぅわははははははは!やるものよ!だが俺は負けん!!」
「え!?」
しかし、想定外のことが起きた。フュンフと呼ばれた大剣士だけが動じなかった。効かなかったわけじゃない、粒子が目に入り眼球は赤く染まり大量の涙が出ているが一切瞬きをしないのだ。
激烈な痒みと痛みに襲われながらも、一切目を閉じず…私に向けて飛んできた。
(そんなのありか!?)
飛んでくるフュンフを前に私は己の軽率さを恨む。敵の強さを測り損ねた…これくらいじゃ止まらないのか、このレベルは…!!
まずい…捕まる!師匠助け──。
(いや…まだだ!)
師匠に助けを求めそうになるが、その前に私は首を振り…指を一本立てる。私にはあるだろう、なんとかする術が…。
師匠から魔術を教えてもらったろう!それで…なんとかする。
「すぅー……」
一本立てる指、それを迫るフュンフに向け…大きく息を吐く。一刻一秒を争う場面だが…だからこそ落ち着いて、息を整える。
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ」
集中する、全てを忘れるほどに集中し…考える。
(さっき撃った魔術、勢いが凄すぎる、下手に撃つと制御出来ない。けど小さくしたら今度は効かない…だったら、絞るんだ。縮めるのではなく圧縮する…威力はそのまま、形だけを小さく)
手ではなく指で狙う。発射口を小さくしつつも質量は変えず。凄まじい勢いを制御する為全体をまとめ、そして整え…狙う。先にはフュンフ、迫る腕が見える…恐ろしいくらい強い、大きい相手、怖くてたまらない。
怖くてたまらないけど…どうしてだろう。
(やってやるッ…!)
内側から闘争心が溢れて止まらない!抑えきれない情動、抑えることない律動、これが私の──。
「『風刻槍』ッッ!!」
「むぅぁ!?魔術だとッッ!?!?」
放たれたのは先程放った風刻槍よりも数段細く小さな竜巻、されど回転と勢い、そして規模は変わらない師匠直伝の風魔術。そのスピードは凄まじく一緒でフュンフに向かい……。
「ッ防壁展開ッ…ィッ!?!?」
咄嗟にフュンフは手を引っ込めなんかバリアみたいなのを展開したが、私の風の槍は一瞬でフュンフの防壁を貫通し奴の肩を貫通。そのまま穴を開け奴の顔色を変えさせる。
凄い、あれだけ強い奴の防御を貫いた…流石は師匠の魔術だ!!
「なッ!バカなァ…!これしきの威力、問題なく防げるはずなのに…我が防壁が押し退けられただとぉ…!?」
「ぐっ…ひひひ…ッ!最ッ高……!!」
肩から血を吹きながらよろりと減速していくフュンフを睨みながら、私は風刻槍を放った指を抑える。ふふふ、反動を抑える為発射口を限定したのは…反動そのものを消すためではない。
……指を見ればジクジクにへし折れている。そうだ、反動を指の一点に集中させたんだ。だから私は吹き飛ばされず、指が潰れるだけで済んだ。当然痛い、痛いが。
この痛みが…私の勝利に現実感を与える…!そう思えば涙より先に笑みが出る!
「おい、お前」
「なっ!」
「エリスの弟子になにしてんですか」
すると、その瞬間…現れたのは師匠だ…フュンフの頭を掴みながらギリギリと握りしめている。私の使った目眩しのポーションをちゃんと目を塞いで防いでいたんだ。
師匠はフュンフを睨み…そして私に一瞬目を向けると。
「ナイスです」
「師匠…!」
軽く親指を立てて、微笑んだ…そして。
「さぁ弟子が上手く決めたんです!今度は師匠が派手に決めてやるから覚悟しろお前らァッ!!!」
「ぬぐぉおおおおおお!」
フュンフを思い切り投げ飛ばし、未だに目を塞いで走っているエルフ達に投げつけると同時に…その両手を開き。私とは比較にならない程の魔力を解放し。
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ」
噴き出す、風が。師匠の両手から放たれた風は帯のように伸びて、師匠の体が横に回転し…回転し、加速する。
「荒れ狂う怒号、叫び上げる風切 。その暴威、代弁する事をここに誓わん」
師匠の輪郭が伸びるほどに加速が最高点に到達し、天に暗雲が立ち込め、周囲の木々が根っこまで露出するほどの大風が師匠を中心に吹き荒ぶ。
その時、理解する。師匠が撃とうとしているのは私の風刻槍の上位…否、最上位風魔術…!
「故に天籟よ響け、故に瑞風よ彩れ。靉靆なる空の如く、縛られる事なく果てを臨めッ!!『龍刃颶風大螺旋槍』ッッ!!」
巻き起こるは暗黒の風、師匠を中心に発生したハリケーンが瀑布の如く溢れ出し、目前にいるエルフ達目掛け放たれる。それはもう槍とかそう言う次元じゃ…いやそもそも魔術にすら見えない。
「うぉぉおおおおお!!??」
「ぐっっ!?出鱈目なァッ!!!」
災害、一種の災害。極めた魔術はこれほどまでに至るのか…そう痛感するほど、絶対的な猛威、暴威、神威……。
ある種の神々しさを感じるほどの大暴風は一気に敵対者を吹き飛ばし、目前の森に巨大な線を引くように何もかもを消し飛ばし、戦いを終わらせる。
「っふー!どうですか…周囲への被害度外視のエリスの超大技!!」
「カッコいいです師匠!」
「なっはははは!いつか教えてあげますよ!」
そして、あれだけの大技を撃ったのに師匠はピンピンしてる。流石は私の師匠だ…そして、私はこの人の弟子なんだ、それがたまらなく誇らしい……。
「師匠師匠!」
「はっはっはっ!ミロワちゃんのおかげでなんとかなりました!安全運転で帰りましょう!」
「いいから戻ってきなさいミロワちゃん!」
「わわ、すみません」
なんで騒いでいるとオリフィス先生に首根っこを掴まれて馬車の中に引き戻される、流石に無茶しすぎたのか…いつも温厚なオリフィス先生がプリプリ起こっている。
「すみません、無茶して…」
「いや、そこはいい…正直大人である我々が君をしっかり守れない事そのものが問題なんだ。だけどそれはそれとして流石に命知らず過ぎる…だから注意させてくれ」
「は、はい…」
「怪我したんだろ?指、シャーロウのポーションを使って回復しよう」
「はい!」
そう言って私はオリフィス先生に抱きかかえられながら馬車の中に戻り…そしてシャーロウさんの荷物が置いてある馬車の奥に目を向け──────。
「まさかまたこの森に来ることになるなんて…バシレウスいないよな…」
「は?」
「え?」
馬車の中に目を向けると…そこには、知らない人がいた。
青い髪、青い瞳、白い肌に白いコートを着た男の人が馬車の奥に座り込み…ブツブツ呟いている。
誰だこの人、こんな人いたっけ?というかいつの間に入った?そもそもこの人の気配を全然感じなかった……。
「お、お前……」
「やぁ…久しぶり、オリフィス兄さん…」
オリフィスさんが震える、足元には目の前の男の人にやられたであろうサブリエさんが倒れ込んでいる。そして…同時に、床が霜に覆われ、パキパキと氷結し……。
「早く帰りたいんだ、その女の子…ちょうだい」
「リューズ……ッ!?」
エルフ達を前にした時のオリフィス先生の顔は恐怖で彩られていた。だが…この男、リューズを前にした兄さんは恐怖よりも前に…絶望の表情を浮かべている。
魔力を殆ど感じない、気配も殆どない、だというのに…分かる。
リューズ…この人は、今までの奴等とは桁が違うことが。
「それが無理なら…奪うまでだけど、どうする」
最悪の事態は続く、まるで…私が地獄に落ちるまで続くかのように。




