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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
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784.魔女の弟子エリスとミロワの冒険


ミロワちゃんを冒険者にする…そのためにエリス達はメレクさんと揃って冒険者協会ブリュスター支部へと向かった。


ブリュスターは比較的都会ということもあり、冒険者協会の建物も中々の規模であり、まるで城のように堅牢な石造りであり、さながら砦のようにも見える。

そこへ赴くのはエリス、オリフィスさん、ミロワちゃん、そしてメレクさんだ。


「おお…おお……」


入り口に立つミロワちゃんは協会に出入りする冒険者達の威圧に押され、口を開けたままエリスの手を掴んでいる。怖い…と言うよりここまで大きな建物をマジかで見たことがないって感じだ。箱入り娘だからね。


「フンッ、相変わらず小汚い場所だ」


一方メレクさんは鼻で笑いながら奥へと進んでいく。この人はあまり考えて喋るタイプではないようだ…そもそも、まだこんな小さな子供を冒険者にしようなんてイカれてる。


「ふぅ…じゃ、行こうか。エリス」


「はい、そうですね」


とは言え、今更止めることもできない。エリス達も揃って冒険者協会に入る…するとどうだ、協会内部はエリスの思った通り、半分悪漢みたいな人相の連中がウロウロしている。冒険者協会とはこう言う場所だ。

それらの人を見てミロワちゃんはやや怖がり、エリスの足にしがみつき…ちょっと冷や汗をかいている。


そんな中。


「おいおいおっさん、偉そうな顔して歩くなよ」


「む?」


髑髏の刺青を入れたスキンヘッドの巨漢がメレクさんとぶつかる。因みに今の『偉そうな顔して歩くなよ』は冒険者語で『ぶつかってしまってすみません』って意味だ。実際巨漢も怒ってるわけじゃない。

しかし、怒ってるわけじゃないのは巨漢だけ。もう一人…即ちメレクさんは。


「貴様なんだそのものの言い方は!私を誰だと思ってる!!」


「え?」


バチギレ、貧乏人が俺の前を歩くなとばかりにメレクさんは顔を真っ赤にして巨漢に詰め寄った。一瞬巨漢は驚いた顔をしたが…直ぐに臨戦態勢。冒険者は売られた喧嘩は購入必至、拳を握り逆に詰め寄り返す。


「ああ?誰だってんだよ、言っとくがここじゃあんたがどんだけ金持ってようが関係ねぇぜ…?」


「私はメレクだ!かつてマレウス王国軍で勇名を轟かせた『剛腕』メレク・カレイドスコープ!聞いたことがあるだろ!」


「聞いたことねぇーよ、誰だよあんた。こんなブヨブヨの腹してよぉ!」


冒険者は無学である、この土地が誰のものなのかなんて知らないし、勿論王貴五芒星も知らない。バカである、バカでなけれな魔獣相手に喧嘩なんか売れない。

しかし完全に喧嘩になってしまった。メレクさんも元は軍人、喧嘩くらい軽くやってみせるだろう…とは思えない、あの人があの家で鍛錬してるところを見たことがない。つまり完全に鈍ってる、ボコボコにされるだろう。


仕方ない…エリスが止めるかとミロワちゃんの頭を撫でて、巨漢に向かう。


「あーすみません、この人一応偉い人なんで、喧嘩とかは勘弁してください」


「ああ!?誰だお前……ん?」


すると、巨漢はエリスの顔を見て顔を歪める、同時にエリスも気がつく。なんかこいつの顔見たことある気がするな…話したことはないが、ちらっと見た…。


「あ、あんた…まさか、大冒険祭にいた…!」


「あ!貴方リーベルタースの人間ですね!」


リーベルタースだ、ストゥルティのクラン。そこの一構成員だ、大冒険祭で軽く吹っ飛ばしたやつの中にこんなのがいた気がする…。と思えば巨漢はみるみる青褪めて引き下がり。


「け、喧嘩はしねぇよ…!流石にあんたに喧嘩を売ろうなんて思う人間は…リーベルタースにもいやしねぇ…!」


「そんな怖がらなくても…、リーベルタースがいるってことはストゥルティはここにいるんですか?」


「いや、ボスはサイディリアルだ。うちらはたまたま仕事で立ち寄っただけで」


「なんだ、そうですか」


ストゥルティがいるなら協力を…と思ったが、流石にいないか。じゃあいいか。


「ならいいです、ほら向こう行ってください」


「あ、ああ…その、またリーベルタースに襲いかかったりは…」


「しませんよ、大冒険祭だから戦ったんでしょう」


「いや…あんた第三戦で試合関係なく襲ってきたじゃん」


「それはそれです」


そう言うなり巨漢は慌てて逃げ帰って行った。ふぅ、しかしよかった、リーベルタースはマジの一流クランですからね、構成員でも冒険者の中でも上澄みレベル、メレクさんが喧嘩してたら半殺しにされてゴミ捨て場に捨てられたでしょう。


「フンッ、逃げ帰ったか!私に逆らうからだ!」


まぁ当の本人はこんな感じだが。


「エリス師匠…冒険者にも顔が効くんですか?」


「え?ああ、エリス一応冒険者なので」


「凄いです!あんな怖そうな人を一睨みで退散させるなんて!」


「そ、そうですか?えへへ」


ミロワちゃんは目を輝かせて褒めてくれた…一方オリフィスさんは『こいつ昔なにしたんだ…』と言う目でドン引きしていた。別に大したことはしてない。


「それよりガンダーマンに会いにいくぞ、アイツには既にアポを取ってあるからな」


「はーい」


もうメレクさんの前を歩こうって人間はいない、と言うかエリスに近づいてくる人間はいない。どうやらエリスは冒険者の中でもかなり名の知れた存在になったらしい。

とは言え、じゃあ彼らに助けを求められるかと言えばそうではない、半分くらい雑魚しかいないしね…。


本題はガンダーマンさんだ。メレクさんと知り合いだと言うし…何よりエリスの事を知っている人でもある。彼に何かしらの援助をもらえればいいが……。


……………………………………………………………


そして、協会の最上階に上がり、受付さんから案内してもらった部屋…執務室に入ると、そこには。


「冒険者協会会長のガンダーマン・ゾディアックである!」


そこには見慣れた筋肉パツパツのお爺ちゃん…ガンダーマンさんが偉そうにソファの上にふんぞり返っていた。それを前にエリス達は軽く挨拶をすると…ガンダーマンにさんは…。


「久しいなメレク…ん?なッ!お前はッ!」


「お久しぶりです、ガンダーマンさん」


「なぜ貴様がここにいる!」


「あはは、色々ありまして」


「何が色々ありましてだ!貴様ヤゴロウの件を確かめに行ったっきり報告も無しに…ッ!ええい後だ、お前逃げるなよ!」


ガンダーマンさんはエリスを見るなりギリギリと歯軋りし拳を握っているが…取り敢えずメレクさんとの会談を先にするらしい。


「で!メレク、何用だ!我輩は忙しい!」


「そう怒るな、私とお前の仲じゃないか」


「仲?冒険者協会に投資した件を言っているならアドラの方が多額の金を入れているぞ」


「ま、まぁまぁ」


そう言いながらメレクさんはガンダーマンさんの前に立つ。しかし早速交渉の雰囲気は怪しいな…ガンダーマンさんは口が悪い上に自分勝手、いくら理屈を並べても本人が気に入らないとなれば簡単にひっくり返す男だ。

この男を相手に娘を冒険者にしてくれ…なんてわがまま通るのだろうか。


「実はな、私の娘ミロワを冒険者にしたいのだ」


「娘ェ……?」


するとガンダーマンさんはミロワちゃんの顔を見るなり、もう瞬く間に顔が怒りの形相に変わり。


「バカにしているのか!冒険者は崇高な職だ!女子供に務まるものではない!ましてや酔狂でやるものでもないわ!!」


「そう言うなガンダーマン、私の娘はきちんと鍛えてある」


「そう言う問題ではない!そもそも怪我をしたら誰が責任を取るつもりだ!!」


「それはヘマを打ったミロワ本人の自己責任だ、協会側に責任は求めん」


「ど阿呆が!!子供は責任を持てん!持てんから大人の庇護が必要なんだろうが!!第一そこで自分の名前を出さんような男の言うことなど聞けるかッ!!」


ガン!と机を叩いて怒号をあげる。ガンダーマンさんの言ってる事は至極真っ当だ。子供とはある意味無責任な存在だ、金銭も立場も持たないが故に責任など取れるはずもない。自己責任が通用するのはある程度成熟した大人だけだ。


とは言うが冒険者協会には十五以下の子供を冒険者見習いにする制度はあるし、ガンダーマンさんもある程度女子供の冒険者協会入りは容認しているところはある、まぁ…そう言う子達にはそれなりの事情があるから仕方ないってのもあるが、今回は違う。

完全に貴族の酔狂だ、聞く理由はない。


「それに護衛ならつける、ここにいるエリスが同行する」


「え?」


エリス聞いてませんけど…いやまぁついて行く気ではありましたが。


「む、エリスがついて行くならまぁ…いいか」


いいんかい!納得早いなぁもう!


「エリスの実力については我輩も知り得ている。憎らしいがこの女はそこらの四ツ字なんぞより余程実力も経験もある。護衛としては打ってつけよ、エリスが同行するならば許す!」


「おお!ありがたい!ガンダーマン!助かった!」


「うるさいわ!だが貴様、冒険者の現場は何があるか分からんもの!いくらエリスとて不慮の事故はある!その時…エリスに責任を求めるな!貴様の無思考無配慮が招いた悲劇として一生悔いろ!分かったな!!」


「分かってる分かってる、では早速下で登録してくる。行くぞミロワ」


「は、はい父様」


「えぇい!二度と来るな!お前みたいなボケカス貴族は一番嫌いだ!!」


メレクさんは全然聞いてない。ガンダーマンさんは口は悪いし強欲で傲慢な人間だが、これでも一流の冒険者だった男だ。経験と言う点ではエリスよりも余程ある、そんな男が言っていることは…もうちょっと聞いた方がいいと思うけど。


なんて言ってる間にメレクさんはとっとと退出してしまう…さてエリスも下に、ん?あれ?オリフィスさんがいない。


「おいエリス!お前との話は終わっていない!座らんかい!」


「あ、はい……」


どうやらエリスは見逃してもらえないようだ…。


「貴様!!ヤゴロウの真意を確かめると言って東部に行ったな!何故ここにいる!何故メレクと行動している!説明せえ!と言うか報告に来い!」


「す、すみません。あれから色々あって…」


報告に関しては、まぁぶっちゃけ後でもいいだろって事で後回しにしたんですよね…。これに関しては本当に申し訳ないと思っていまして…。


「事情など知らん!で!ヤゴロウは!」


「マレフィカルムの一員、セフィラでした」


「なら報告せんかい!!」


「すみません…」


「だがいい、色々分かった。こちらもセフィラやケイトの同行について探っていた」


「お、何か分かりました?」


「分からん!何もな!成果ゼロ!」


なんて偉そうなんだこの人…。


「だがケイトはもう一ヶ月ほど冒険者協会に顔を出していない。お前にバレたから…もうケイトとして表に現れることはないのだろう」


「……そうですか」


「それと、キナ臭い件ある。レナトゥスがサイディリアルに帰っていない…完全に足取りがつかめていない。あれもまた一級の実力者であり単独で大事を起こせる女だ、爆弾同然の女が今フリーである事を思えておけよ」


レナトゥスが…モルトゥスの一件が最近あったから、なんか考えてしまうな。レナトゥスもまたサイディリアルを離れ行方知れずか、なんだか怖いな。何を企んでいるか分からないって話だし。


「それくらいだ!で?お前はこれからどうする、メレクに付き従うのか?」


「いえ、一時的な物と考えています。直ぐに仲間と合流して…マレフィカルム本部のあるタロスに向かいます」


「タロスに本部が…ん?待て、今ラグナやナリアとは一緒じゃないのか」


「はい、色々あって」


「色々ありすぎだ!」


仰る通りで、でも本当に色々あったんですよ…半分くらい自業自得かもだけど。


「単独か…まぁ、いい。分かった、だが悪いが戦力は分けてやれん」


「それはいいです、ですが多分直ぐに依頼に出ることになりそうなのでいくつか道具を見繕って欲しいんですが」


「むぅ、まぁいいだろう。この街では大したものは揃わんだろう、協会の備品を好きに使え」


「おお!ありがとうございます!」


「礼を言うならお前もお前の仕事をしろよ!マレフィカルムをなんとかする!これがお前の役目だろう!」


「はい、やり遂げますよ」


「うむ!ならば……グッ、ゴホッゴホッ!」


すると、ガンダーマンさんは珍しく咳き込み辛そうに顔を歪めている。いつもあんなに雄々しいのに…珍しいな。


「大丈夫ですか?体調不良とか…」


「そうではない、声を張りすぎた…あのバカ貴族がやたらと怒鳴らせるからな」


「ああ……」


「だが…我輩も歳を考える日も多くなった。同じ時代を生きたデニーロもマグダレーナも引退している、流石に我輩も去就を考える時が近づいているのを感じるわ」


考えればガンダーマンさんもかなりの歳だ。キングフレイムドラゴン討伐から五十年、半壊した冒険者協会の会長を今日まで続けてきた。となればもう彼も年齢的に限界が近づいていると言うことか。

こいつは面倒な奴ですけど、こう…急に老人感を出されると労りたくなりますよ。


「その、えっと…お身体は大切に……」


「なんだ、気を遣っているのか」


「え?」


「言っておくが我輩は年老いて弱る体に不満も思っておらんし、恥じてもいない。寧ろ誇らしく思う」


ガンダーマンさんは腕を組みながら瞼を閉じ…。


「時は明日にしか進まない、そして人は明日になれば一日歳を取る。それは即ち、一日分長く生きたと言う事。不慮の死や不運な死がそこかしこに転がるこの世界を生き抜いたと言う事。老いた体はそんな世界に勝ってきた証なのだ」


「…………」


「時は決して後ろには進まない、そして止まることもなく、進まなくてはいけない。その法則の中でこそ、人の輝きは増して行く。人は、老いて、死ぬべきなのだ…永遠になど生きるべきではない」


「それを、エリスに言いますか?」


「フンッ、若い体に固執するなど二流の在り方!我輩は老いて死ぬぞ!時の流れの上を歩み往生して見せよう!ガハハハハハ!」


この人はこの人なりの哲学で生きている。それは時に強情で、時に受け入れ難い。だがそれでも…この人の言うように今日まで生きてきた証を刻んだ男なんだな。


「まぁ、引退はまだだ。マレウスを、そして冒険者協会に根ざす暗澹たる根を全て切り払い。未来への萌芽を守ってからだ、休むのは」


「そうですね、その通りです」


「と言うわけだ!この老骨が働いているんだ!貴様はその十倍働けよ!」


「あ!老人感を武器にして!」


「使えるものはなんでも武器にする!それが冒険者よ!ガハハハハハ!!」


軽くガンダーマンさんに礼を言い、エリスは会釈しながら立ち上がり、部屋を後にする。時は明日にしか進まないか…確かにその通りだ。けどそれは明日があると言う当たり前の上で成り立つ美学…そんな明日を守る人が、世界には必要だ。


ガンダーマンさんは今まで誰かの明日を守ってきた、だからエリスは今日を生きている。なら今度はエリス達が…他の誰かの明日を守る番なのだろうと痛感しつつ、閉じた扉の前でもう一度お辞儀をし…エリスは下層に向かって走る。


……………………………………………………


「と言うわけで、この依頼とかいいと思うのだが、どうだろうか」


「どうだろうかって…」


下層に向かうと、既にメレクさんが依頼を受注していた。持ってきた依頼書を確認したら…見ろ、討伐依頼だ。普通新米を連れて行くなら討伐補佐か採集依頼、或いは雑事依頼が常識。


なのに、持ってきたのは…協会指定危険度Bランクの大物魔獣・グレイブオークの討伐依頼。両手に巨大な刃を持ったオークだ、勿論危険ですよ。それを相手にしろって…頭おかしいんですかね。


「言っておきますけどミロワちゃん単独での討伐は無理ですよこれ。普通なら軍隊が出動するやつです」


「分かっている、だがお前ならいけるんだろう?随分有名みたいだし」


「まぁ…Bランクくらいなら」


エリスならAランクが徒党を組んでもなんとかなる。けど子供をこんな現場に連れて行くなんて…頭おかしいんですね。


「師匠、私いけます」


「本人もこう言っているし、頼んだぞ。わははは!魔獣退治の功績があればマレウス王国軍にも鳴り物入りで加入出来るぞ!」


「……はぁ」


仕方ない、やるしかないか。しかし…グレイブオーク?これって確かアルクカースにしかいないレベルの奴だった気がしますが、なんでマレウスにいるんだ?



「大変なことになったねエリスちゃん」


「儂等もお供しますぞ」


「え?あ、サ サブリエさん、シャーロウさん」


ふと、振り向くと既に旅装を整えたサブリエさんとシャーロウさんがスタンバイしていた。ついてきていたのか…確かに魔術的な知識のあるサブリエさんや薬学に通ずるシャーロウさんは役に立つだろう、けど。


「すみません、冒険者資格のない人は同行できないんですよ」


流石に冒険者資格のない人間をこれ以上同行させるわけにはいかない、一応冒険者協会にもルールがある…と言いかけた瞬間。


「資格なら問題ない、持っている」


「へ?」


そう言って現れたのは、オリフィスさんだ。彼もまた荷物を整えており…ってどこに行っていたと思っていたら、サブリエさん達を呼んできていたのか。しかし。


「資格を持ってるって本当ですか?」


「ああ、ほら」


オリフィスさんの手元には確かに三人分の冒険者カードがある…意外だな、この人達も冒険者だったのか。と思っていると…。


「マレフィカルム構成員の大部分には冒険者資格が与えられるんだ。いざと言う時の身分証になるからね、色々便利なんだ」


「あー……」


この人達はマレフィカルムの人間…つまりガオケレナ側の人間だ。ガオケレナがケイトさんである以上、冒険者資格なんかいくらでも発行できる…だから協会内部にはマレフィカルムの人間が溢れているんだ。


ガンダーマンさんもそれをなんとかしたいと思ってエリス達と協力してたのに…まさかその制度に助けられるとは。


(ガンダーマンさんには言えないな、これ)


「と言うわけで、我々も同行する。これでも旅には慣れてるんだ、いい感じでサポートできるはずだ」


「ありがとうございます!」


だが、人数的にも申し分ない。これならいい感じで依頼に出れそうだ…さて、なら。


「皆さん準備はいいですか?」


「うん、あーしは戦闘とかは出来ないけど魔術のサポートとかは出来るよ」


「儂もたくさんポーション持って来ましたぞ。治癒は勿論、強化に痺れ…後は目眩しに悪い酔いのポーションも」


サブリエさんもシャーロウさんも旅慣れしてそうだし……これは頼りになりそうだ。


(ついでにエリスの装備も整えさせてもらいますか)


ガンダーマンさんが装備を分けてくれるみたいだから、ついでにエリスの物も整えさせてもらいましょう。こんな革靴とドレスじゃ戦いづらいったらないよ。


……………………………………………………………


「ふふ!うふふ!見てください師匠!私かっこいいですか?」


「ええ、格好いいですよ、ミロワちゃん」


そして、エリスたちは早速馬車を手配してもらい…それで向かうのはフィラフト平原。そこにある森の中に例のグレイブオークがいるそうなので、そいつを倒しに行く。


ブリュスターを手で、しばらく西側に進んで…ヘベルの大穴近くの森に向かう。ヘベルの大穴は北部に開いた超巨大な穴だ、これを囲むように巨大な森林地帯が広がっている。

近くにある街はタロスと銅の街ラダマンテスくらいだ。


一応、ラグナ達がオフィーリアを追いかけて飛び込んだ森でもある。なんでもヘベルの大穴の中にはヴァニタス・ヴァニタートゥムの本拠地であるコヘレトの塔があるらしい、いや…あったらしい。ネレイドさんにより吹き飛んだからもう無い。


一応ここから一日日の距離にある場所です。


だから今エリス達は馬主の中にいる、御者はシャーロウさんだ。流石はクロノスタシス王子オリフィスさんの従者、馬の扱いもお上手だ。

そして暇なエリスとミロワちゃんは装備を確かめ合う。


「私、本物の剣持ったの初めてです」


「取り扱いには気をつけてくださいね」


今、ミロワちゃんはいつものドレスから着替え…革の鎧に分厚いブーツ。そして腰には小型の剣を差している。あれですね、どんな子でも装備をつけれない一端の戦士に見えますね。

因みにエリスも同じ感じです、革の鎧の上に革のコートを着てる、このコートに意味はない。ただコート着てないと落ち着かないので。


『呑気なモンだな、エリス』


(なんですかシン、弟子が新しい服着てはしゃいでるんですから水差さないでください)


『お前、忘れてるわけないよな…現地に向かい、敵を倒し、帰ってくるのに大第三日かかる。言っておくがナヴァグラハが残した期限の日まであと五日だぞ?それでなんで笑ってられる?』


(あー…)


そう、エリスに迫っている期限。エリスが第三段階に入らなければ八千年前の出来事が狂ってしまう、結果世界が滅びる。ナヴァグラハはそう言っていた…これがクレプシドラとどう関係するのかは分からないが、少なくとも期限が迫っているのは間違いない。


残り五日、冒険に三日消費する。帰ってきたらもう二日だ…余裕がない、余裕がないが。


(まぁ、なるようにしかならないのでは?)


焦ったほうがいいのかもしれないが、じゃあ実際焦ってどうなるって事もないし、方法なんかここまで山ほど考えて試して効果がなかった。ならもうやるしかないだろ、なるようにしかならないんだ。


『はぁ、お前なぁ〜…』


その答えにシンは大きくため息を吐いたかと思うと…直後にはクツクツと笑い始め。


『クックックッ…ただ、まぁ。そうだな、お前は土壇場が近づけば近づくほど強い女だ。後がなくなった瞬間こそエリスと言う女の力は最大級にまで膨らむ…なら、それを待つとしよう』


(ふふふ、シンもエリスのことが分かってきましたね)


『お前の旅路を全て見てきたからな。全く、お前ほど不条理なやつを知らんよ私は』


不条理かね、エリスは。


「ふふふ……!」


ふと、そんな事を考えているとミロワちゃんが馬車の出入り口辺りに走る。そしてそこに広がる平原を見て目を輝かせ…。


「綺麗ですね、師匠!緑の絨毯です!」


草原を指差し、風に揺れるそれを絨毯と呼ぶ。箱入り娘であまり外に出たことない彼女にとってはどれも物珍しいらしい。


彼女にとっては、絵本の中に来たような物だろう……けど。


「さて、と…」


「師匠?」


「ミロワちゃん、世界は綺麗ですか?」


「え?ええ」


エリスは関節を曲げ、体のコンディションを整えながら立ち上がり、ミロワちゃんの頭を撫でて馬車の縁を掴み…彼女の目を見る。


「なら見せてあげます、この世界が…どれだけ素晴らしいかを」


「へ?」


「シャーロウさん!馬に鞭を入れて!」


「む?うむむ!そう言うことか!不覚!」


シャーロウさんがエリスの叫びに呼応し馬に鞭を入れる。同時にエリスは縁を掴んだまま飛び上がり、馬車の屋根に飛び乗る。ギロリと周囲を見やれば…感じるのは不穏な気配。魔獣だ。


「ギギッ!ニンーゲン!」


「ゴブリンですか…」


現れたのはゴブリンだ、緑の体色に不気味な顔つきをした人型の怪物。最も人類に近いと言われる魔獣である彼らは近くの草むらから飛び出して来る、数は大第十五…多い。


しかも、彼らは乗っている。スピードウルフ…危険度Fの狼型魔獣に。ゴブリンは他の魔獣を利用し戦う性質がある、つまりこいつらはただのゴブリンではなくゴブリンライダーのようだ。


「エリス殿!奴ら馬を狙っております!近づけてはならんですじゃ!」


「分かってます…」


スピードウルフの脚力は馬より速い、ゴブリンはそれを御している…と言うより背中にしがみついている感じだ。魔獣の狙いは結局人間、利害が一致しているから乗りこなしているように見えるだけで、スピードウルフはスピードウルフでエリス達を食い殺したいだけって感じだ。


そして、ゴブリンはそれを利用し、背中に乗ったまま手製の木製弓を構えている…どうだ。


「どうですか、ミロワちゃん…見えていますか」


ミロワちゃんはゴブリンの声を聞いてビビっている、人間ではなく、ただ命だけを狙う人ならざる存在に恐怖を覚えている。それがいきなり平原に現れ襲って来る…これが世界だ。


飛んできた矢を前にエリスは体を動かさず、頬を掠めた矢により一筋の血が垂れる、…極論を言えばエリスは何もしていない。何もしていないのに…今殺されそうになっている。


これが自然、これが世界、これが旅、冒険、道程、…どうです?理不尽でしょう?


「ふふふ、尊いですよね…世界って」


理不尽で何も思う通りにいかない世界にこそ尊さが宿る、だからエリスは旅が好きだ…この世界が好きなんだ。


さぁ見ていろミロワちゃん。貴方がきっと生きていく世界とは……こう言う物だ!!


「冥王乱舞ッッ!!」


「ぐぎゃーーーー!?!?」


瞬間、エリスは飛び立つと共に奴らの群れに向けて突っ込み地面を蹴り抉る。それにより大地が吹き飛び、一緒に群れが舞い上がり、それに向けて手を伸ばし……。


「燃える咆哮は天へ轟き濁世を焼き焦がす、屹立する火坑よ!その一端を!激烈なる熱威を!今!解き放て『獅子吼熱波招来』!」


「あびゃっ!?」


放たれた熱波が光を放ち、一瞬で天に突き刺さり…ゴブリン達を跡形もなく消し飛ばす。二度と逆らうなよ!!


『おいエリス、派手にやりすぎだ、ドンドン来るぞ』


「え?妙に多いですね」


見れば、遠くから青銅の牛型魔獣チャリオットファラリスや象型魔獣シルバーエレファント…それとアレはレッドゴブリン?おかしいな、全部この辺にはいない筈の魔獣なのに。


まぁいい、蹴散らすか。


「よいしょ」


エリスは地面に指を突っ込み、一気に引き抜き巨大な岩塊を引き出し…それに『蛇鞭戒鎖』 で魔力縄を結びつけ、巨大なフレイルを作り出し…持ち上げる。


「さぁ死ね!!!」


振り回す、縄を掴み頭の上でグルグルと回して一気に魔力を放ち…。


「冥王乱舞!『刃廻津斗ジェット反魔ハンマー』!!」


「ぶじゅっ!?」


魔力縄から魔力を放ち推進力にした上で岩フレイルを高速で振り回しチャリオットファラリスを一瞬で粉砕、シルバーエレファントの頭を消し飛ばし、風圧でレッドゴブリンをバラバラにする。


よし!快調!!


「うわぁーーー!!師匠助けてーー!!」


「ん?」


ふと、逃げる馬車に目を向けると…襲われている、緑色の巨大なタコ…アレはランクAのフォレストオクトパス!森に擬態するはずのタコがなんで平原にいるんだ!?なんかおかしいぞ!


「エリスの弟子に手出しすんなーー!!」


「ギギギギ!?」


即座に飛びかかりエリスはタコの触手を掴むと同時に振るうそれを全部蝶々結びで拘束。同時に…。


「埋葬ッッ!!」


「バジャッ!?」


蹴り一撃で地面に穴を作り、その中にタコを突っ込み、上から土をかけ…更に蹴りで踏み固めて埋葬する。土葬です、エリスの弟子に手を出した奴は全員こうします。


そのままエリスはグルグルと体を回しながら馬車に戻り…。


「ブイ!」


「し、ししょ…」


「人間台風かお前…」


「エリスちゃんやばすぎない?」


馬車に戻ったら、みんなドン引きしてた。あれ?褒めてもらえると思ったんだけど…。


「し、師匠…殺したんですか?」


「え?ええ、魔獣ですよね?殺しましたよ」


「そ、その…いいんでしょうか」


「まぁ、命です。良い悪いで言えば悪いです、ですが魔獣との共存は不可能です。アレは人間を殺すために作られた物ですから、火事と話し合いで解決とかは無理でしょう?」


「そうですけど…」


ミロワちゃんは血で濡れたエリスの手を見て、顔を暗くしている。懐かしいな、エリスも最初師匠が魔獣を殺した時凄くショックを受けたな…。師匠は凄く優しい方法で魔獣を殺した、相手の首元に手を当てたら魔獣がなんか死んだんだ…血も出さなかったし綺麗に殺した。理屈は分からない、どうやったかも知らないし教えてもらってない。


対するエリスは爆発粉砕、木っ端微塵だ。そらショックも受けるか。けどねミロワちゃん。


「世界は残酷でしょうミロワちゃん、貴方が今から向かおうとしてる場所はこう言う場所ですよ、それだけは理解してくださいね」


「う……」


「訓練とは違います、上手くやればエリスみたいに戦えますが失敗したらこうなるのはあなたです」


そう言ってエリスは手を前に出し、魔獣の血を滴らせる。こうやって滴る血が魔獣の血か自分の血か、それを分けるのは自分の判断だけだ…そこは理解しておいてほしい。


「……わかりました!師匠!」


「よろしい!」


分かってくれたなら良い、口で言っただけ…とも取れるが、口に出すってのは重要な事だ。責任感がある人間なら一度口に出せばそれを反故にする選択は浮かばないし、ミロワちゃんは責任感がある子だ。


「それにしても…魔獣って話に聞いていたより、ずっといっぱいいるんですね」


「普段はこんなにいないんですけどね…それこそ雑魚なのばっかです」


「雑魚?どれくらい雑魚ですか?私でも倒せますか?」


「それこそ下限を言ったらキリがないです、例えば…」


エリスはビッ!と手を振るい、虚空で何かを掴みミロワちゃんに差し出す。


「ほらこれ」


「へ?何も掴んでなくないですか?」


「よく見てください、エリスの手の中心」


エリスは自分の手を指差す、そこには何もない…と見せかけて、実はある。それはホクロよりも更に小さい黒い点、そう…それは。


「コバエ?…いやもしかして」


「世界で一番弱い魔獣のマイクロホーネットです」


そう、これは最小にして最弱の虫型魔獣マイクロホーネット、名前の通りハチだが針は持たない為ぶっちゃけコバエと同じだ。だがコバエよりも小さく普通に生きてたら存在にも気が付かないくらい小さい。


そして弱い、あまりに弱い、人間の吐息や体を動かした際の空気の振動で死ぬ。発見されたのも最近でそれまで誰もこいつがいることに気が付かなかったほど弱い。多分コバエと喧嘩しても負けるくらい弱い。


「魔獣はピンキリです、弱いのならそれこそ日常生活を送ってるだけで殺してます」


「そ、そうなんですね…」


ぶっちゃけこれは極端な例だ。正直エリスもこの魔獣がなんで存在しているのか分からない、作ったのはシリウスなのか、それとも適応進化の中で生まれてしまったのか。ならどういう進化の過程で生まれたのか、さっぱり分からない。


けどこいつが厄介なのは…高速で飛んでると時々目に入るんだよ、そう言う時は洒落にならないくらい腹立つ。


「草原を征くなら、強さは必須です……だから」


チラリとエリスはミロワちゃんを見る、時間もないし…実力的にもそろそろいいか。


「魔術の練習、ここらでやっておきますか?」


「今ですか?」


「魔獣はエリスが倒します、覚えた魔術で戦えとは言いません。でも覚えるだけ覚えておきましょう」


冒険に出ている最中!?と…オリフィスさんは驚いているが、本来の予定なら今日の午後から魔術修行を始める予定だったんだ。じゃあなんでやらなかったか?昼間の修行を終えて休んでいたら、いきなり冒険に出ろとメレクさんに言われたからだ。


だからこれは本来の予定通りとも言える、故にエリスはミロワちゃんに魔術を教える…。


「魔術を教えてくれるんですね!師匠!私頑張ります!どんな魔術を教えてくれるんですか!!」


「さて…何を教えましょうか」


教える!ってことは決めてるが、ぶっちゃけなにを教えようってのは決めてない。正直過剰過ぎる火力は持て余すと思う、師匠もエリスの経験によって教える魔術を選んでいたような気がする。


しかし、それと同時に最初に習得する魔術は重要だ。エリスは『旋風圏跳』と『火雷招』を最初に覚えたから一撃離脱スタイルになったし、そこから派生して一撃必殺スタイルに変化した。


最初に覚える魔術が人生を左右する…。


『教えるならサンダーアローでいいだろう。魔術師入門編とも言えるアロー系統で、かつ最も対人戦闘に適した雷属性。ミロワの星の魔力があれば確実に一発は当てられるし、当てたら感電による昏倒間違いなしだ』


(意外に堅実な教え方をするんですね)


『足場がしっかりしてないと根は伸びないからな』


(エリスはもうひと足くらい難しい魔術でもいけると思いますけど。次を見据えずとも一芸に特化できるくらいの物があればそれである程度渡り歩けますし)


『それはお前みたいに常に戦場にいる人間の考え方だ。こいつは貴族だろ、そうそう戦場には出ない』


(戦場には出れないからこそ、強力な魔術を一発教えておくべきでしょう。経験が積めない以上そのまま使って強い魔術の方がいいです)


『分かんないやつだなお前も!』


(エリスの弟子なんだから口出ししないでくださいよ!!)


シンめ、そういう堅実的な発想は自分の天井を低くするんですよ、最初に強力な魔術を覚えておいた方が後から別の魔術を習得した時楽になるんですよ!経験則です!


「師匠、もしワガママが言えるなら…」


「ん?」


ふと、ミロワちゃんがエリスの顔を伺いながら…。


「出来れば、師匠が一番最初に教えてもらった魔術が学びたいです…師匠みたいになりたいので」


「エリスが一番最初に教えてもらった魔術ですか」


腕を組み、考える。なるほど、エリスのスタート地点と同じ場所に立ちたいのか…それはいいな。


『なら火雷招か?』


(いや、それは教えてもらった魔術じゃなくて勝手にエリスが見て学んだだけなので、一番最初に教えてもらった魔術じゃないです)


『おかしいだろお前』


旋風圏跳も火雷招も教えてもらった魔術じゃない。師匠がエリスの前で使った物をエリスがレオナヒルド打倒のために勝手に練習した物で、教えてもらったわけじゃない。

師匠も常々『火雷招は古式魔術の中でも上位の存在、本当なら今の段階のお前が扱うべきじゃないんだが…』と言っていた。

エリスも十全に使いこなせるようになるまで時間がかかったし、火雷招を教えるつもりはない…となると、一番最初に教えてもらったのは。


「『風刻槍』を教えましょうか」


「風刻槍…」


それはアニクス地方を離れた時、エリスが師匠に正式に教えてもらった魔術第一号。本来エリスがメインウェポンにする予定だった魔術だ。まぁこの魔術であんまり敵に有効打を与えたことはないんだが…使い勝手はいい魔術だ。


昔はこれを試行錯誤して使ってましたね…懐かしい。


「それ!使いたいです!」


「よっしゃ!じゃあ風刻槍で行きましょう!」


『雷魔術じゃないのか……。まぁ、風も風でいい。コフを思い出す』


教える魔術は風刻槍に決めた。思えばこれを教えてもらった時も馬車の中だったな…なんだか感慨深い。


エリスみたいに戦場に出て戦う魔術師にしたい、というつもりはないが。それでもミロワちゃんが一人で生きていけるくらいの物は教えてあげよう。



そして、…エリス達は一日を移動に使いつつ、目的地である森を目指すのだった。


……………………………………………………………


それから、エリス達が魔獣討伐に出かけ…一日が経ち、カレイドスコープ邸にて。


「ようこそおいでくださいました、クロノスタシスの皆様」


アドラ・カレイドスコープ邸の地下…そこに作られた巨大な鉄門。真っ暗な地下に配置された鉄門が開いた先にある巨大な鏡に向け、当主アドラは恭しく頭を下げる。


この巨大な鏡は、常にクロノスタシス王国へと通じる道が開かれている特別な鏡。時を選ばず現世へと転移出来る数少ないクロノスタシスへの入り口と言える鏡だ。


そこから、現れるのは無数の影。アドラが招き入れたクロノスタシスの来賓達。それはマレウスの王貴五芒星を相手に横柄な態度を取り…。


「挨拶はいい、状況は」


「オリフィスはどこにいる」


「ミロワ・カレイドスコープの所在を知りたい」


「敵は?敵は?」


ゾロゾロと現れたのは五名の戦士、全員が黒い外套に赤い線が入ったフードを被り、龍の仮面をつけた者達。それらは足先まで隠すような外套を引きずり、周囲を見回している。


(こ、これが…クロノスタシス王国軍最強の精鋭達…)


アドラはクロノスタシス王国と秘密裏の交流がある。故に彼らの保有する軍事力を目の当たりにしたことが幾度となくあるのだが、その際見た兵士達の装備とまるで違う。

虫の兜イノセヌス、鼠の兜ムリヌス、猫の兜フェリヌス、象の兜エレファヌス…本来はこの四つだけであるはずのクロノスタシス王国軍の装備デザイン。


その中にあって彼らがつけるのは…龍。即ち軍部の頂点に立つクロノスタシス王国軍の主力部隊。


(ヴァントゥーア騎士団…見るのは初めてだ)


総勢十二名、龍の仮面をつけ、黒い外套を翻すクロノスタシス最強の戦士達『ヴァントゥーア騎士団』。一人一人が八大同盟最上位の幹部と同格か、あるいは上回るとされる存在。それが今、五人も来ている…はっきり言ってこれは異常事態だ。


そんな中、黒い外套の騎士達の中で一際小柄な騎士が、甲冑を鳴らしながら目の前に立ち。


「アドラ・カレイドスコープさんですね?」


「貴方は…」


「自己紹介が遅れて申し訳ない、私はヴァントゥーア騎士団の副団長、『十一』のエルフと申します」


エルフ、と名乗った騎士はフードを外し、その下からまるで人形のように整った顔つきの女性が姿を現す。黄緑の髪を綺麗に整え、サファイアのような瞳孔でコチラを見る。その風貌はまさしく美麗…されど、美しさ以上に感じるのは。


冷淡さ…冷酷さ、あまりに冷たい。こちらに一切の友好的感情を持っていない、一応味方なのに。


「ご協力感謝します、それでミロワ・カレイドスコープはどちらに」


「あ…それが、メレクの奴がいきなり冒険者協会に向かわせると言ったきり、帰っておらず。恐らく魔獣退治に向かわせたものと…」


「なるほど、ここにはいないと……場所を探ります」


するとエルフは小指を加え、唾液にて濡らした指を天に掲げる。風を読む姿勢…されどここは地下、風など吹くはずもないが、彼女は虚空を眺め…。


「なるほど、ヘベルの大穴に向かったようです」


「わ、分かるんですか!?」


「私は風属性の属性同一型の魔力覚醒が使えますので、限定的に覚醒すれば…風のない地でも風を読めます」


どういう理屈なんだかさっぱりだが、これほどの探知能力を持った人間を寄越してきたということはクロノスタシス側も本気ということだ。


「ガハハハハハ、最初からこうしてりゃあよかったんだ。オリフィスに隠密なんぞさせず、我らの武力でミロワを引き摺り込む。それで解決だったろう」


「フュンフ…何度も言っているでしょう。このやり方を望んだのは陛下、陛下の御意志は理屈を超越する。我らが動いている時点で陛下の御意志が反故にされたということ…怒るならそこだ」


「違いない、バカな男だオリフィスも。数少ないクロノスタシスの男だってのに…子種を残す以外の利用価値もない男が逆らうなんてな」


一際大きな騎士…フュンフと呼ばれた騎士が野太い男の声でゲタゲタと笑う。そんな中、エルフは鏡の方に目を向ける。


「とはいえ、陛下の命令が更新され以上オリフィスに任せる義理は無くなりました…なので、貴方も怖がらずにこちらに来てください」


もう一人いる、鏡の中にもう一人。アドラがそこに気がついた瞬間…それは鏡の波紋の中から足を出し…大地を踏みしめる。その瞬間、その足が踏んだ地面に霜が張り…。


「はぁ…来たくないのに、本当はもう二度と来たくなかったのに…」


それは黒いズボンを履き、白いジャンパーのポケットに手を突っ込み…青い髪と青い瞳を持ったその顔を鏡から出し、現れる。全身から冷気を放ち、同時に…凄まじい威圧を醸しながらヴァントゥーア騎士団に出迎えられる。


「また来てしまった、外に……バシレウスはいないよな」


「ええ、彼は近隣にはいません。ご安心を…リューズ様」


「そっか、なら…いいかな」


リューズ…そう名前を呼ばれ、彼は目を細めながら、アドラを見つめ…笑い。


「じゃあ、とっとと終わらせようか。こんな世界…一刻も早く抜け出したい。邪魔する奴はみんな…この手で殺しておくから」


クロノスタシスの本隊とも言える部隊の到着を前に、アドラは確信する。計画の完遂とミロワの身柄確保を。

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― 新着の感想 ―
リューズの奴、モルトゥスと鉢合わせればきっと盛大にビビるな
久々のガンダーマン。この人はよくも悪くも普通の、大人としては真っ当なキャラなんですよね。決して悪い人ではないけど権威とかには屈してしまう…… ミロワちゃんの初めての冒険!魔獣大侵攻の影響がここに…… …
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