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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
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782.魔女の弟子と才能があるもないも


「…………」


「邪魔です、消えてください」


『気をつけろよエリス、こいつらクロノスタシス兵だ。他の八大同盟の雑兵と一緒にするな…!』


ゼルカロ君が消えたとされる森の中、突っ込んでみれば現れたのはクロノスタシス王国の兵士達。つまるところ…エリスは罠に嵌められたと言うこと。


仕組んだのはクロックだ、アイツはエリスが部外者でありオリフィスさんが裏切っていることにも気がついていた…相応の洞察力を持っていると思っていたが、まさかこれほどか。


「…………」


「なんとか言ったらどうですか」


そして、森の中…現れたのは六人の兵士。身につけているのは鈍色の鎧に顔を覆うネズミの兜。はっきり言おう、佇まいが違う。影の内閣が連れていた兵士とは比較にならない威圧感だ…。


これが…三大組織の構成員。世界最大級の規模を持つマレフィカルムをして、最強と謳われる組織の人間。だがここで時間を取られるわけには行かない…!


「……!」


「っと!?」


瞬間、動き出したのは目の前の兵士。手に持った金色の槍、まるで時計の針のようなデザインのそれを握り凄まじい勢いで突きに来た。その突きを身を逸らして避けるが。


「………!!」


(チッ、速い上に的確だ…!)


速い、一発打ってからの二発目…突きの間に存在する隙が殆どない。こいつ、強い…けど。


「ナメないことです、エリスを!」


「ッ…!」


瞬間、空を切る突きを掴み、逆に槍を引き寄せ目の前の兵士を蹴り付ける。が、エリスに蹴られる寸前で槍から手を離し、両手でエリスの蹴りをガードしつつ背後に飛んだネズミの兵士は軽く手を振りながら、腰の剣に手を伸ばす。


「中々やるようですね、名前くらい名乗ったらどうですか」


「………」


「はぁ」


今度は数人がかりで襲いかかってくる、槍による攻め、剣による薙ぎ払い、それらを防壁で弾き逸らしながら避け切りながら隙を探す。どうする、冥王乱舞で一気に蹴散らすか?でもゼルカロ君がどこにいるかも分からない状況じゃ……。


(シン、こいつらの事知ってるんですか?)


『私も詳しく知ってるわけじゃない。噂程度に聞いただけだ』


(それでもいいから教えなさい)


『ああ、こいつらはクロノスタシスの王国軍。噂ではクロノスタシスの兵士は強さによって兜のデザインが変わるらしい…』


シンが語るに、クロノスタシス王国軍はそれぞれ動物を模した兜を被り、それは強さや階級によって変わるとのこと。


最下級の兵士は蟲兵イノセヌス。最下層の兵士であり、クロノスタシス市民や軍部で一番くらいの低い奴がつける兜らしい。


下級の兵士は鼠兵ムリヌス。イノセヌスを統括する隊長格でイノセヌスの数倍は強いとのこと。それでも扱いは下級…。


中級の兵士は猫兵フェリヌス。所謂大隊長ポジション、このクラスになると魔力覚醒を会得している奴もいるらしく、油断できない存在。


そして上級兵は象兵エレファヌス。軍部の最高峰の連中がつける兜…以前シンはこれを見かけたことがあるらしく、アルカナなら幹部クラスの奴が兵隊扱いを受けていて度肝を抜いたとのこと。


『噂じゃ象兵エレファヌス以上の連中もいるらしいが、知らん。さっき教えた兜以外の奴が出てきた注意しろ、多分だが八大同盟の幹部クラスだ』


(ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ今エリスほど目の前にいる奴は敵軍の中でも下の方ということですか?)


『そうだ、早めに片付けろ。こいつらだけがここに来ているとは思えん…増援が来るぞ』


魔術と覚醒抜きで倒すのは難しい、そう感じさせられるほど鼠兵達の練度は凄まじい。これが下級兵か…!


「ッ……!」


「危な!」


瞬間、鼠兵ムリヌスが放った剣による斬撃、それを飛んで回避した瞬間…、狙いを定めたように他のムリヌスが凄まじく速い槍による刺突をエリスに向けて放ってきた。肘から魔力を噴射しての加速、その突きはエリスの防壁を貫通し…。


「チッ!コートと籠手がないのがなぁ!」


咄嗟に顔を傾け回避するが、ダメだ。長期戦をすればするほど不利だ…けどゼルカロ君のことを考えると迂闊に魔術が使えない、エリスの魔術はどれも広範囲だから。それに範囲を狭めた攻撃じゃ……。


「『旋風圏跳』!」


「っ!?」


即座に敵に距離を詰め、その胸に手を当て風の勢いで相手を吹き飛ばす、しかしムリヌスは風の中で受け身を取り、木を足場に着地し即座にエリスに切り掛かってくる。範囲を抑えた攻撃なんか効かないよなぁ!


『エリス!気にせずやれ!ゼルカロが巻き込まれたらその時はその時だ!バカな家出を敢行した代償だと思え!』


(そんな事出来るわけないでしょう!…こうなったらシン、手を貸してもらいますよ!)


『はぁ?何をする気だ』


(昨日の夜、一緒に考えたあの技を使いますよ…!)


『昨日?ああ、あれか…ならヘマするなよ!』


これでもエリス、ミロワちゃんの修行とは別に自分で修行してるんですよ。今は目を閉じて軽く集中すればいくらでも修行に付き合ってくれる好敵手がいるのでね。

そして、戦闘面においては彼女と連携も出来る、その連携を生かした合体技…そいつを使う。付け焼き刃は嫌いだが、魔術も覚醒も無しならこれしかない!


「行きます…!」


敵の刃の嵐を掻い潜り…中心に立つなり、エリスは全身から満ち溢れる怒りを沸々と燃え上がらせ、毛が逆立つ程の激憤の威圧を放つ。


「『師匠直伝・八方鬼睨み』ッ!」


「ッッ!?!?」


師匠から教わった相手を萎縮させる恐怖の威圧。魔獣も人も何であっても恐れ動きを止める最恐の眼光を八方同時に飛ばす。これによりムリヌス達の動きが一瞬止まり…。


『これでも喰らっていろ!!』


「ぅグッっ!?!?」


ビビって動きが止まったムリヌス達に、エリスから放たれた電磁波が降りかかる。シンが放った電気を纏った波動だ。これを受けると全身が麻痺し数秒動けなくなる。


エリスの威圧による筋肉硬直、シンの電撃による筋肉硬直を組み合わせる事で鬼睨みの拘束時間を伸ばした奥義…その名も『八方鬼麻痺睨み』。非覚醒者なら確実に足を止められる奥義…からの。


「邪魔をするんじゃねぇええええええ!!!」


「ゲフッっ!?」


エリスは相手の槍を二本奪い、大旋風のように矢鱈に振り回し動けないムリヌス達を叩きのめす、頭を打ち、胸を打ち、足を打ち、胴を打ち、腕を打ち、全身を打つ。それは鎧の中にあっても耐え切れるものではなく、辺り一面にそれぞれムリヌス達が吹き飛び転がり動かなくなる。


「ッしゃあオラァッ!!エリスに逆らおうなんて百年早い!」


『喜び方が雄々しすぎるぞ!』


「それより!シン!ゼルカロ君の捜索を!」


『待ってろ!すぐやる…………というか私に命令するな!』


「今更では!?」


そんな思い出したように敵ムーブしなくても!と思いつつシンに電磁波による捜索を行わせると。


『近くにはいない、かなり森の深いところまで行ったようだ』


「チッ、魔獣がいるって噂なのに…!」


『それともう一つ、ここから少しいったところに大量に鏡が設置されている。そこから大量に兵士が出てきているぞ』


「ゲッ!さっきのが!?」


そうあ、クロノスタシスは鏡があればどこからでも現れることが出来るのか。だとしたら面倒極まりないぞ。鏡さえ置けば敵軍は好きなところを出撃場所に選択できるって事だ。


『だが関係ないだろ。近くにはゼルカロはいない…なら本気でやれる』


「そうですね、時間をかけてもあれです。シン…行きますよ」


『派手にやれよ、エリス』


拳を握り、息を整え、目を閉じる。シンと心を通わせ…彼女と意識を重ね合い、迸る電流を感じ取る。それを掴み、握り、御する!


「ッ来た!『雷冥乱舞』ッッ!!」


腕を開き、魔力覚醒と共に一気に雷冥乱舞を発動する。同時にエリスの背後に落雷が落ち、木々が揺れる。両手足に雷の帯が巻きつき、背中から紫炎の羽が吹き出し……!


「よーい!」


足を開き、地面を踏み締め、火花が迸る…。


「ドンッッ!!」


瞬間、エリスの姿がその場から消える。二つの加速法により神速へと至ったエリスの体は木々の隙間縫って進む、風が後ろから追いかけてくる。

この状態ならシンに出来る事が全部出来るようになる。電磁波による物体感知が常時発動している、どこに木があるのか手に取るように分かる、こんなスピードで動いているのに激突する気がしない!


そして……いる!


「かかれ!裏切り者だ!」


木々の向こう、進行方向の奥から声が響く。猫の兜を身につけた中級兵士フェリヌスだ、彼はどうやら口が利けるらしく、黄金の剣を抜いてエリスを指し示すと…無数の鼠兵ムリヌスがガサガサと現れる、その数二十…大した数だ。


けど……!


「邪魔ッッ!!」


「なッ!?」


響くは雷鳴、劈く稲妻、木々の闇を引き裂き飛翔する電雷が迸るように虚空を駆け抜けムリヌス達とすれ違う。否、電雷の如き蹴りを全員に見舞い、蹴り抜いて吹き飛ばしたのだ。

一瞬の出来事、瞬きの間に散ったムリヌス達を前に猫兵フェリヌスは度肝を抜き…。


「落雷チョップ!」


「ガッ!?」


次の瞬間には昏倒する、落雷のような軌道から放たれた手刀が兜ごとフェリヌスを叩き潰し、地面に埋め込み気絶させたのだ。一秒も掛からぬ殲滅、近くにゼルカロ君がいないなら存分にやれる!


『エリス!気を抜くな!まずは鏡をなんとかしろ!あそこが無くならなければ無尽蔵に敵が出てくる!最悪敵の主力級が出てくるやもしれん!そうなったらゼルカロどころじゃなくなる!!』


「分かりました!」


そのままエリスは身を翻し地面を蹴り付けると共に空高く飛び上がり、森を越え空から湖の場所を確認すると同時に滑空、雷鳴を響かせ、雷が落ちる速度で向かうのは森の一角、姿見が五枚置かれた開けた場所、そこに向かって飛び…。


「雷冥乱舞……!」


足先に全てを集中させる。それは軌跡を描きエリス全体を包み…一筋の光、一条の流星と化し、一直線に大地に迫り……。


「『神槍殲煌』ッッ!!」


「ぎゃぁあああ!?!?!?」


叩き込む、大地に。打ち込まれた雷は大地の奥底で炸裂し、地面がヒビ割れ、内側から飛び出す衝撃波と電撃が辺り一面を焼き払う。

配置された姿見、そこから出てきていた兵士達、ムリヌスやフェリヌスを纏めて吹き飛ばし、木々ごと殲滅する…。


「どうですか!」


『全滅だ!よくやっ──いやまだだ!』


「むッ!」


瞬間、電磁波が捉えたのは背後から迫る影、凄まじい速度で飛んできたそれは薙ぎ払うように拳を振るう。そいつを電磁跳躍によるノーモーション回避により空を切らせ、背後を見る。


「まだいましたか…!」


「裏切り者は排除する……!」


後ろにいたのは、黄金の鎧に身を包み、頭に象の兜をつけた最上級兵士エレファヌス。こいつ、エリスの雷冥乱舞に咄嗟に反応してやり過ごしたのか…!?初見で対応されたのは初めてだ!


『気をつけろよエリス!こいつ強いぞ!』


(分かってます!)


『それともうギブ!雷冥乱舞解除するぞ!』


(早い!)


もう制限時間か…!少し修行して継続時間は伸ばせたが…クソ、もうちょっと温存すればよかった!


「消し去る!」


「げぇっ!?」


そして、雷冥乱舞が解除された瞬間。エレファヌスは肩に防壁を何重にも張り、噴射により加速しながらショルダータックルをかましてきた。これが早いのなんの、オマケに激突すると共に防壁が爆発しエリスの体は背後に吹き飛ばされる。


「イテテ…!」


「クレプシドラ様の命令だ、裏切り者は消せと…!」


(裏切り者……ってことはマジでエリスが敵だってバレてるのか、じゃあオリフィスさん達も危ないんじゃないか?)


『エリス!目の前の敵に集中しろ!』


「ッ……!冥王乱舞!」


突っ込んでくるエレファヌスから逃げるように足先から魔力を噴射し背後に飛ぶ、しかしそれを見たエレファヌスもまた大地を強く踏み締め。


「『マルチプルインパクト』!!」


足先から何重にも重なった衝撃波を放ち、自分の体をぶっ飛ばしエリスについてきたのだ。今のは初級魔術のインパクト系?それでこのスピードを出すか!!


「『ムーンサルトインパクト』!」


「チッ!」


そのまま体を縦に回転させ爪先から衝撃波を放ち加速。振り下ろすような踵落としがエリスの肩を掠めバランスが崩れる。上手い…!タイミングと間合いの見極め方が達人の域だ!


強い…強いけど!


「『スクリューインパクト』!」


「エリスは負けません!」


捻るように放たれた拳と同じ方向に体を回転させながら受け流し、全身に回転を行き渡らせ…放つのは渾身の回し蹴り。


「ぐっ!」


「まだまだァッ!!」


蹴りは防がれた、咄嗟に防壁を展開しエリスの足を弾いたエレファヌス、だが遅い。もうエリスの二撃目は始まっている。即座に体を回転させ体勢を整えた瞬間、奴の腰目掛け突っ込み……。


「冥王乱舞!『爆砲』!」


足先から放つ全力の紫炎がエリスを、エレファヌスを加速させる。それは一瞬で最高速度に至り、エリス諸共地面に叩きつける。大地は抉れ軽い地震が巻き起こり、エレファヌスの体は地面に埋まり……。


「ぐっ…バカなぁ………」


動かなくなる…バカなはこっちのセリフですよ、マレフィカルム本部のマルス・プルミラ並みかそれ以上の強さでしたよ、こんなのが幹部ですらないとは。


クロノスタシス王国…これほどか、こんなにも層が厚いのか、三大組織は。


『エリス!』


その瞬間、シンが叫び声を上げ……。


(なんですか───)


『後ろだ!油断するな!』


「はッ!」


しまった!そう声を上げそうになりながら背後を見ると、そこには……。


「死ね!」


エレファヌスが斧を振りかぶりながら立っていた、しまった…そうだ!エレファヌスは強くとも兵士なんだ!他にもいて当然か!


(まずい、防壁が間に合わない…!)


気を抜いていた、敵を倒して注意を怠った。仕方ない、頭で斧を受け止めてどうにかこうにか死なずに耐えてカウンターで潰すか…!!


「──────危ない!」


「うぉっ!?」


しかし、エリスの頭に斧が降りかかる事なく、エリスは横からすっ飛ばされながら誰かに抱えられる…って。


「お前頭で斧を受け止めるつもりだったのか!?ギリギリで生き過ぎだ!」


「オリフィスさん!?」


オリフィスさんだ、エリスを抱き抱えながら横に飛んで斧からエリスを助けてくれたんだ。き、危機一髪。あれ?でも……。


「オリフィスさん!ミロワちゃんは」


「それなら…」


瞬間、奥の茂みが…オリフィスさんが飛び出してきた茂みが揺れ、中から何かが顔を出して…。


「やい!悪者!ここはカレイドスコープの領地ですよ!このミロワが相手になります!」


「えッ!?」


「なに…!?ミロワ・カレイドスコープか!」


ミロワちゃんだ、彼女が茂みから顔を出してエレファヌスに向かって啖呵を切っている、あの子またあんな無茶を……いや。


(あの目…!)


ミロワちゃんが見ているのは敵じゃない、エリスだ。エリスの方を見ている…と同時にエレファヌスは完全にミロワちゃんを見てエリスから背中を向けて…ああそう言う事か!!


「都合がいい。ここで捕まえて……」


「させるかァッッ!!」


エレファヌスがミロワちゃんを捕まえようとした瞬間、エリスはエレファヌスに飛びかかり、その頭に冥王乱舞の拳骨を叩き込み地面に埋め込む事で気絶させる。

それを見たミロワちゃんは二ヘラと笑いへたり込み……。


「はぁ〜、よかった。私が狙いなら私が囮になれると…考えた通りでした。作戦成功ですね、師匠」


「無茶しすぎです」


ミロワちゃんは自分を囮にエリスが攻撃する隙を作ったのだ。度胸と言うか、胆力と言うか、凄まじいですねこの子は。


「それよりなんで二人ともここに来たんですか!」


「ミロワがここに来たから…追いかけて」


「私は師匠を追いかけてきました!」


「だからなんで!」


「ゼルカロの名前が聞こえました、彼がここにいるかもなんですよね!?最近魔獣が出るって話ですし、ここにいたら危ないです!私もゼルカロを探す手伝いができると思ってきたんです!…まぁ、兵士がいるのは少し想定外でしたけど」


「む……」


ミロワちゃんもゼルカロ君を助けるために、エリスと一緒に捜索をしようと思っていたのか。けど…不思議だな。


「なんでですか?あんな意地悪されたのに」


昨日なんか水ぶっかけられてたのに…と伺うと、彼女は首を傾げて。


「それとこれとは別の話じゃないですか…?危ない目に遭ってる人がいたら、助けに行く。その人が今まで私に何をしてきたとか、そう言うのは関係ないと思います」


「………なるほど」


エリスは黙らざるを得なかった。まさしくその通りだと痛感させられたから、むしろこんな質問をしてしまったことを詫びたいくらいだ。

危険な目に遭う人間がいるなら、たとえ自分が危険に晒されても突っ込む。それは守る側の人間が掲げるべき信条です。


ミロワちゃんは既に精神面に関してはよい物を持っているようですね……とはいえ。


(うーん、やめろって言いたいけど、エリスはこのくらいの年齢の時は普通にもっと危ないことしてたから言いづらい。師匠もこんな気持ちだったんですかねぇ)


悶々とする。あんな危ないことは二度としてほしくないが…じゃあエリスはどうだったかと言うと、普通に自分の命とか勘定に入れずに戦ってた。

エリス自身は当然の事と思ってたけど、師匠的には止めたかったのかなぁ。


「ともかく、ここは危険ですし戻って…いや戻るのも危険か。エリスと一緒にゼルカロ君を探した方がいいですね」


「はい!お願いします!師匠!私…邪魔しませんから」


「いいでしょう、では……」


さぁこれからゼルカロ君を探すぞ、と言う前に…エリスはオリフィスさんに目を向ける。オリフィスさんは倒れているエレファヌスを見てワナワナと震えており。


「バカな、もう看破されたのか…早すぎる、何故バレた…」


「オリフィスさん……」


彼は、クロノスタシスの恐ろしさを誰よりも知る人間だ。敵軍が攻勢をかけてきた以上…それが何を意味するのか、如実に理解しているだろう。故に恐れ、故に考えているのだ…何故こうなったと。


「恐らく、これはクロックが仕組んだことです」


「…………それは、分からないが」


「え?なんでそう言えるんです?」


「早すぎる、いくらなんでも。エレファヌスを動かせるのは姉様だけだ…クロックがエリスの正体や俺の考えに気がついて、それから姉様に報告して、軍を編成して動かした、と言うのはちょっと現実的じゃない速度だ」


確かに、殆ど昨日の今日ですしね…確かに早すぎる気がする。


「もしかしてもっと早くにバレてたとか」


「姉様は裏切りを絶対に許さない、ならエレファヌスだけじゃなくてヴァントゥーア騎士団を動かしているはずだ…そう考えると、多分……」


オリフィスさんは何かを静かに考え込んだ後。


「エリス、館に戻ってから…しばらくの間余計なことは言わないでくれ」


「へ?」


なに?どういう意味?そう言いかけた瞬間、エリスの背後の茂みが動き……。


「あ、お前ら…」


「ん?え!?」


茂みから顔を覗かせたのは…ゼルカロ君だ。エリス達が探しているはずのゼルカロ君があっさり現れたのだ。それにエリスは思わず口を開けて驚いてしまい。


「ゼルカロ君!無事だったんですね!」


「お、お前はゴリラ鳥女…」


「ゼルカロ!」


「ッミロワ……」


エリスとミロワちゃんはゼルカロ君に駆け寄る、なんだ。もうちょっと奥に行ってると思ったら案外近くにいたんだな、なんか思っていた十倍くらい呆気なく見つかってよかった。


「ゼルカロ!貴方なんでこんな所に来てたのさ!」


「な、なんだっていいだろ…!」


「みんな心配してたよ!」


「うるさい…!」


心配するミロワちゃんに対し、ゼルカロ君はそっぽを向く。そんな時だ…エリスはふと、ゼルカロ君の手元にとある物を見つける。


「ん?これは……」


「あ!」


「怪我したのですか!?」


エリスはゼルカロ君の手を取る、彼の手の甲に血が滴っているのが見えた。まさか怪我でもしたのかと思い慌ててハンカチで甲を拭うと…。


(あれ?これ怪我じゃない…返り血?)


拭うと、その下からは怪我が出てこなかった。つまり血がかかっただけ…返り血だ。何故ゼルカロ君の手に返り血がついているんだ?彼は森の奥で一体何を……。


「やめろよ!」


「ああ、すみません。それよりなんで家出したんですか?」


「え!?あ…いや、……なんでもいいだろ」


「まぁいいんですが、それより家に帰る気はありますか?家出したなら帰りづらいんじゃないんですか?」


もし帰りたくない、と言うのならその時は考える。だってわざわざ森の方に向かって走ったんだ、よっぽどのっぴきならない理由があるに違いない。ならどうする?とエリスが聞くとゼルカロ君はエリスの顔を見て…なんだか申し訳なさそうに眉を垂れさせた後。


「いや、いい…帰る。僕は…立ち向かわなきゃいけないから」


「え?あ…はい、そうですか」


なんか、やたら勇壮な目でそう言っていた…森の中で何か見たのかな?まぁいい、ともかくゼルカロ君が見つかったのならそれでいい。帰るか…新たな問題もできたわけだし。


…………………………………………………………


『エリスを消してしまえばいいんです、方法は簡単…森の中に向かって走り続ければいい。そうすれば親切な人達が、貴方の願いを叶えてくれるかもしれませんよ』


そうクロックに言われ、僕は走った。森に向けて一心不乱に走った。エリスが憎いとか、エリスに消えて欲しいとか心の底から思ってるわけじゃない。


ただ、先生から見放され、父から見放され、徐々に明るくなるミロワを前に…なにかしなくちゃいけない。そう言う焦りが変な方向に向かった。


そこからはもう無思考、ただクロックに操られるように僕は森に向かって走った。


そして後悔した。


一つ目の後悔、それは…森の中に本当に人がいたこと。チラッと木々の隙間から見えた、鎧と槍で武装した兵士達、少なくともマレウスの軍隊じゃない、見たことない軍がカレイドスコープ領地内に入り、我が家の庭先で陣を組んでいた。


あれがクロックの言った親切な人達?ならアイツらが…僕を追いかけてきたエリスを消すのか?消すって殺すって意味か?そもそもエリスは僕を追いかけてくるのか?来そうだ、前回も追いかけてきたし。


けど…けどじゃああの軍隊はなんだ!?なんでクロックはあの軍隊のことを知ってる?まさかクロックは…とんでもない物をバックに持ってるんじゃないのか?


恐ろしい、アイツはただの道化じゃない。絶対におかしい…僕は今とんでもない事に加担してるんじゃないのか!?


そう思えば…ひたすらに涙が出てきた。


そして二つ目の後悔、それは……。


「ぐぎゃぁあああああ!!」


「ヒッ!魔獣!?」


それは、森に魔獣が彷徨いている…と言う噂を失念していたこと。メイドの誰かが言っていた、外から魔獣が入り込んだかもしれない。急いで冒険者に駆除してもらわないとって。

その事を忘れていた僕は、森を走る中で…魔獣に襲われた。


「ぎゃぉおおお!」


「ひ、ひぃぃ!」


熊型の魔獣、真っ黒な毛を揺らし赤い目で僕を狙い飛びかかってきた。対する僕は情けなく地面に座り込み、涙と小便で全身を濡らし…悲鳴を上げることしか出来なかった。


情けない、情けない、こんな…こんな姿を晒すなんて。なにより自分を消そうとする存在を前に泣き喚くしか出来ないなんて……本当なら、本当なら僕だって……。


(僕だって、強くなりたい)




母が、僕にバイオリンを教える前。本当に幼かった頃に聞かせてもらった大冒険王ガンダーマンの伝説。斧一本で山のように巨大なドラゴンを倒したと言う御伽話。

僕はそれに憧れた、いつか僕もこの腕でドラゴンを倒すような存在になりたい、マレウスを守る存在になりたい。


けど、実際僕に与えられたのは剣ではなくバイオリンだった。母が許さなかった…自分がなれなかった音楽家になれと、自分の夢の続きを自分の代わりに見ろと…。

本当は僕も外で木剣を振るいたかった、僕も体を鍛えたかった。その衝動はいつかミロワへの嫉妬に変わった。


僕は出来ないのに、アイツはやってる、恵まれた僕が出来ず、恵まれてないアイツがやってる。毎日比較されるように…窓の外で繰り広げられる光景を前に、僕はただアイツを見下ろすことでしか自分を慰められなかった。


情けない、魔獣を前に泣き叫びながら殺される…それが僕の終わり?だったら、だったらもっと…自分らしく生きておけばよかった。


(クソ…くそぉ……!!)


滲む視界、涙で霞む世界…迫り来る巨影、やがて熊の魔獣は僕に迫り、そして……。


「隙ありッッ!!」


「え!?」


瞬間、熊の胸から黄金の光が溢れる、いや…電気の槍が奴の胸を引き裂いたのだ。その一撃に魔獣は血を吐き、倒れ伏す。

一体、何が起こって……。


「ふぅ、今日の晩飯はこれでいいか……ん?お前は」


「え?」


そこに立っていたのは、黒い装束を来た白髪の男。電気を纏う…傷だらけの男が熊の背後に立ち、その死骸を踏みしめていた。


「子供?」


呆然とする僕の前に立つ男は、小さく首を傾げていた……それが。



それが、僕とモルトゥスさんの出会いだった。



「なるほど、家出を」


「はい、僕…もうあの家にいられない」


それから僕はモルトゥスさんに全てを話した、曰くモルトゥスさんはこの森で戦いの傷を癒している最中らしく、森でサバイバルをしているとのこと。人の家の庭でなんでサバイバルをしてるのかとか…そもそも誰なんだとか、そういうことは気にしない。


モルトゥスさんも僕の名前を聞くだけ聞いて、それ以外の事は聞かなかったから…代わりに、僕の悩みを聞いて、隣に座ってくれた。


「家出か…俺は家とかそう言うのはなかったから、分からない感覚だな。だが、庇護を必要とする人間が、庇護から離れて生きていけないのなら無策に飛び出すのは勧めないな」


「そ、そうですよね…でもあの家にいたら、僕おかしくなる」


「カレイドスコープにか?」


「はい、僕…才能がないって言われて、親も僕を見捨てて…ミロワの才能に注目するんです」


「ミロワの才能に……確かミロワは魔蝕の子だったな。あれは生半可な才能ではない、仕方ない話だ」


「…………」


モルトゥスさんもそう言うんだ、この人はやたらと僕達のことに詳しかった。そこは少し怖かったが…けど、モルトゥスさんは。


「だが、それで負けを認めるのかお前は!」


「え?」


「才能がなんだ!親が見捨てたからなんだ!お前はお前だ!持っていないなら手に入れればいい!力も愛も!それらは全て動かなければ得られない物だ!」


拳を握り、そう言ったんだ。才能がなんだって、家族がなんだって…持ってないなら、手に入れればいい……。


「ミロワには才能がある、お前にはない。ここは変えられない、だがその先は違う、変えられる。血の滲む努力を惜しむな、屈辱と恥辱を薪木に変えて野望の炎を燃やすんだ!」


「で、出来ないよ…僕、そんなこと…」


「信じろ、自分を。少なくとも…目指すだけならタダだ。自分自身にやりたいことがあるのなら…それ以外は全て無駄だ、恐れも謙遜も、全てな…大丈夫、お前なら出来る」


それは、クロックの言葉とは違う。そう感じた、アイツは僕を見透かしたように語ったが…モルトゥスさんは僕を見つめながら話してくれた。それが…それがとても。


「だから立ち向かえ、全てに」


そう言って、軽く微笑んだ。その横顔がとてもカッコよかった…こうなりたいと、そう思えたんだ。


「モルトゥスさん…ありがとうございます…」


「構わん、だが…もし家に戻るなら、俺のことは内緒にしておけ。特にエリスには」


「え?ええ…わかりました」


「俺はもう少し、傷を癒したい…」


そう語るモルトゥスさんの傷は深刻そうで、今も木に体を預け、苦しそうに息をしていた。見つかったらやばいのかもしれない…それに多分だがこの人は、先日の誘拐事件の……。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


「なんだ…」


「なんで僕を励ましてくれるんですか?」


だから気になった、僕を助けたのは偶然にしても、励ましてくれたのはどうしてなのか。気まぐれか、あるいは打算か…そこが気になったんだ。するとモルトゥスさんは…僕ではなく、遠くを見つめ。


「俺の身の上に重ねたからだ…お前の姿を」


「え?僕の?」


「俺にも…魔蝕の才能を持つ姉がいた。レナトゥスという名の…絶世の傑物だ」


レナトゥスって確か、この国の宰相の?…いや、多分同じ名前の別人だよな、そうに決まってる…。


「俺は、アイツに負けた。負けて己の価値を親たる人物に示せなかった…結果俺は使い捨てのコマにされて、捨てられた。俺には夢がある、野望がある、この国を守ると言う野望が…けど、それが全て…姉の才能一つでひっくり返されたんだ」


「…………」


「俺は全部を失った、帰る場所も仲間も親同然の先生も、姉によって奪われた。だがそれは俺が奴に屈服したからだ…ゼルカロ、お前は屈するなよ。でないと…今の俺みたいに、惨めな人生を送ることになる」


「モルトゥスさん……」


「つまりは気まぐれだ。浮浪者の戯言と思い聞き捨てろ…さぁ帰れ、森が騒がしい。なにか騒動が起きているのかもしれない」


「は、はい……」


だから僕は立ち上がり、モルトゥスさんに促されるように立ち上がり…足を止める。


「モルトゥスさん、僕の夢は…音楽家じゃありません。強くなって…この国を守ることです」


「……ほう、いいな。それはいい…」


「だから、またここに来ていいですか?…薬とか、食べ物とか持ってきますから」


「どうせ来るなと言っても来るんだろう、好きにしろ」


そうモルトゥスさんは言い、体を休めながら…静かに瞼を閉じた。多分起きているのも辛いくらいなんだろう、なら…せめて痛み止めくらいは持ってこないと。


なら、また戻らないとな…あの館に。


(才能がないなら、何もないなら…手に入れるしかない、か……)


僕は何もない、恵まれているとかなんとか…そんな事言えるほどの状況じゃない。


だったら、手に入れるためにも、立ち向かわないと…。


ありがとうモルトゥスさん。僕…頑張ってみるよ。


……………………………………………………………


なんか決意に満ちた顔で戻ってきたゼルカロ君を連れて、エリス達が森から館に戻ると…だ。


「ゼルカロ!私の手を煩わせるなと言ったはずだ!!」


「と、父様」


迎えが来ていた。つまりアドラとその妻とクロック…その他大勢の従者達が。全員で人だかりを作り、ゼルカロ君を見るなり怒鳴りつけたのだ。

出迎えというより、懲罰隊ですね。


「いやぁゼルカロ坊ちゃん!ご無事でよかったぁ〜…私心配したんですよぉ?」


「…………」


なによりクロックだ、ゼルカロ君が森の中に消えたのがこいつの罠なら、つまりゼルカロ君の家出はこいつの差金じゃないのか?なんかしただろ、こいつ。もう敵対してるならやっちまうか…そうエリスが拳を握った瞬間、オリフィスさんがエリスを制止し、ズンズンとクロックに歩み寄り。


「クロック、どう言う事だ」


「どういう事とは?」


クロックを一団から引き離し、少し離れた茂みの中に連れて行く。エリスもまたそれについていき…様子を伺う。すると二人はコソコソと会話を始め。


「森の中に軍がいた、イノセヌスじゃないぞ…エレファヌスがだ。それに俺達は襲われた…お前の差金だな」


「いやいや何言ってるんですか、クレプシドラ様からの指令にあったでしょ?軍と協力するって」


「ほう、それは口頭からは伝えられていないな…なら」


するとオリフィスさんは懐からクレプシドラの指令書を突き出し。


「具体的に、どこに、どのように書いてある。言ってみろ、指差してみろ」


「え、えっと……」


クロックの顔色が変わる。そこには解読不可能な指令書があるんだ…どこにどう書いてあるかなんて読みようがない。クロックの白塗りを溶かすような冷や汗が頬を伝い。


「えーっと、ここにほら…軍と協力って」


「あるんだな?書いてあるんだな?なら確認するぞ…姉様に、言っておくがお前、姉様の命令を曲解し俺に嘘の指令を伝えたとあれば…分かるな?俺は許すさ、けど自分の言葉を利用されたとあった姉様がどんな顔をするか」


「う……」


「で?どうなんだ!」


「す、すみませんすみません、ジョークですよジョーク」


「フンッ、ならあの軍はなんだ。エレファヌスが動いていたぞ…」


「それは私が事前に陛下に頼んで動かしてもらっていたものですよ」


「なに?事前に?いつからだ」


「オリフィス様が出発する前にです。もし『何かあったら』必要になるかと思い…」


「……なら何故襲ってきた」


「それは、そちらの彼女が本当に味方なのか確かめる為です」


「え?」


クロックがエリスを指差し、目を細める。


「私は貴方が作戦に参加するなんて聞いてませんよ?ましてやクロノスタシスの人間でもない。ならもしかしたら…裏切り者、邪魔者かもしれません…」


「バカな、彼女は俺が見定めた協力者だ」


「ですがねぇ、エリス?でしたっけ?名前、あの魔女の弟子エリスと同じ名前って…怪しさ満点ですしぃ」


「ッッ……」


「だから、この際消せたらなぁと思ったまでです」


「勝手な真似をするな…!」


エリスはドッと冷や汗が出る。まさかこいつエリスが敵だと分かったから襲ってきたんじゃなくて、確認も込めて襲ってきただけ?なんとなく邪魔そうだからってだけで?危険すぎるだろ、こいつの発想。


だが、バレてない…のか?怪しまれてはいるが。


(変なこと言わなくてよかったぁ……)


これか、オリフィスさん言ってた余計なことは言うなってのは…。


「エリスは仲間だ、これ以上勝手なことをするなら許さんからな」


「分かりましたよう…」


「それと、もう二度と俺に隠し事をして騙そうとするな…お前の手口は知ってるんだ。人の事見透かしたような物言いで擦り寄り、その実なにも理解していない人でなしのやり方はな…!」


「ひどいなぁ、もう…」


バレてないというか、なんとかしてくれたって感じか。オリフィスさんが…エリスの事も身を挺して守ってくれたし、戦ってくれたし、庇ってくれた。


「……オリフィスさん、ありがとうございます」


「いいさ、君には俺も助けられてるんだから」


クロックが立ち去り、その場にエリス達だけになったのを確認してから礼を言う。エリスだけなら…クロックの疑念は確信に変わり、その瞬間クロノスタシス本隊がここに攻め入ってきていたかもしれない。

ミロワちゃんに与えられた猶予も消え去り、エリス達は終わっていた…本当に助かった。


「……俺は君に賭けたんだ、命とクロノスタシスの未来を。なら俺も相応の物を差し出す…これは利用する側とされる側ではない、対等な関係だからこそだろ?」


「ふふ、そうですね。エリス…今初めてオリフィスさんを心の底から信用できた気がします」


「な、なんだそりゃ…」


彼は本気でクロノスタシスを助けたいんだ、ならそれにも手を貸そう、エリスを助けてくれた彼に…エリスも報いよう。

時間はオリフィスさんが守ってくれた、この時間を大切にして…ミロワちゃんを──。



「来い!ゼルカロ!勝手なことをする奴はお仕置きだ!」


「ご、ごめんなさい父様!」


「クソッ!面倒な事を!商談が潰れたらどうしてくれる!」


「もうこんなことはやめてゼルカロ!貴方の手は音楽を奏でる…私の夢を叶える手なのよ!」


ふと、背後から…声がする。ゼルカロ君とその両親が言い合い、ゼルカロ君の手を引っ張り館に引き摺り込んでいる。心配の言葉もなにもなし…か。


「お、おいエリス。流石にアドラをぶっ飛ばすのはやめろよ…」


「しませんよ…」


「顔怖いぞ…って、しないのか?」


「しません」


確かに、エリスは子供を傷つける奴が嫌いです。ですが…もっと詳しく言うのなら、それは抵抗出来ない子供が傷つけられるのが嫌と言うこと。


……なら、今のゼルカロ君は。


「彼の顔を見ていたら、そんな野暮な事は出来ません」


先程見せていた勇壮な顔を、まだ続けている。まるで何かに立ち向かう男の顔をしている。あんな顔をしている子供の決意を、覚悟を、踏み躙る真似は出来ません。



「ゼルカロ……」


そして、ミロワちゃんはそんなゼルカロ君を見送っていた。ただ、呆然と。


覚悟と勇気を得たゼルカロ君、覚悟と勇気を示したミロワちゃん。二人の子供を中心に回るカレイドスコープという星は、今もまだ廻り続ける。廻り続けてどこに向かうのか、それは分からない、分からないが……。


子供達が前を向いている以上、未来はその先にしかないのだ。


……そうして、エリスの激動の数日は幕を閉じたのだった。

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― 新着の感想 ―
やっぱクロックは独断で動いたか。 それにしてもレナトゥス弟……こいつも味方に見捨てられたせいでいっそ吹っ切れたのかな。よかったな。多分ゼルカロの件をエリスが知ったらエリスポイントが減ると思うよ! それ…
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