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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
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780.魔女の弟子エリスと才能があるからないか

ミロワ・カレイドスコープを仮の弟子にして一日目、昨日はなにやら色々あったが…ともあれやるべき事は定まった。なので今日から修行を開始して行く。


「おはようございます、エリス師匠。今日からよろしくお願いします」


「よろしくお願いしますね、ミロワちゃん」


エリスとミロワちゃんは館に併設されている訓練場に立ち、お互い挨拶する。今日からここがエリスとミロワちゃんの修行場となる。


……ミロワちゃんはかつて五十人近い家庭教師に囲まれ、半ば忙殺に近い勢いで色々なことをさせられていた。しかしミトラースが消え、そして彼が招き入れた家庭教師が全員いなくなったことにより…ミロワちゃんの家庭教師はエリス達だけとなった。


なので、今日からはエリスがミロワちゃんに全てを教える。不必要なものは教えず、必要なものだけを教えていくんだ。それにより時間もより効率的に使える。


一日みっちりエリスがミロワちゃんをしごいていく…と言ってもあまり時間がないからな、レグルス師匠みたいにじっくりゆっくり時間をかけて、ともいかない。


「さて、…修行に入る前に。ミロワちゃんが現状どれだけの事ができるのか見せてもらいましょう」


「はい!」


と言ってもミロワちゃんはエリスと違う。エリスはレグルス師匠に弟子入りした時、なにも持っていない状態だった。対するミロワちゃんはある程度の訓練を済ませている状態。

となれば基礎練習をいくらかスキップ出来るかもしれない。故にまずはそれを見る。


ミロワちゃんは白いトレーニングユニフォームを着てエリスの前でお辞儀し、気合いの拳をみせる。


「ではまず訓練場を三周しなさい」


「それだけでいいんですか?」


「ええ、見るだけなので」


「分かりました!行きます!」


そう言ってミロワちゃんはエリスの周りをダカダカ走り始める。既にそう言う体力トレーニングを積んでいることもあって、ミロワちゃんの足取りはとても力強い…力強いが。


『やはりてんでダメだな』


(シン……)


『面白そうなことをやっているようだし私も混ぜろ。それよりエリス、お前ミロワの走りを見てどう思った…私相手だ、忌憚なく言え』


脳裏にシンの言葉が響く。彼女は辛辣に言うが…まぁ、そうだな。


(確かにダメですね)


ダメだ、足取りは力強い。だが体の動かし方が素人同然、本来の身体能力をまるで活かせていない上に無駄に体力を消耗させる動き方だ。

前任者のダエーラはなにを想定し、なにを教えていたのやら。或いは…ミトラースは敢えてミロワに無駄に力をつけさせないようにしていたのか…。


(ですが、体力があると言う事は動きさえ教えればそれを活かせます。まずは動きの基礎を教えるところからいきますか)


『お前に教えられるのか?お前はどちらかと言うと天衣無縫のスタイルで戦ってるだろ、理屈で説明できるか不安だな』


(うるさいです、黙ってなさい)


なんてシンと軽口を叩き合っていると…ミロワちゃんは走り込みを終えてエリスの前に戻ってきて…。


「終わりました、師匠!」


「ん、よく見せてもらいました。走り方はダエーラから教わったんですか?」


「え?いえ…なにも教えてもらってません」


「なるほど。分かりました、そうですね…」


色々分かった。まずは動きから教えるべき…と言うより、それ以前か。基礎体力はあるから、基礎的な動きから教えておくか。


「よし、体力はあるようなのでまずは…」


「まずは!」


「ダンスしましょう!」


「は?」


エリスはその場でステップを踏んでピョンピョン跳ねる、足を振って、腰を捻って、手を振って、膝を捻って、一心不乱に踊る…そしてそれを唖然と見るミロワちゃん。


「し、師匠、私は今衝撃を受けています」


「受ける暇があったら!ほら!ステップ!ジャンプ!修行ですよ!エリスの真似をしてください!」


「え、あ、はい!ハイッ!」


ミロワちゃんは慌ててエリスの真似をする。とは言え慣れていないからか辿々しい…なんかトゲトゲしたものを踏んだ人みたいな動きだな。


「ミロワちゃんよく見て!こうですこう!」


「こうですか!?」


「はいハート作る!」


「ハート!」


「ポーズする!」


「ポーズ!」


「からのステップ!」


「師匠めちゃくちゃキレキレですね!?」


「これでも昔エトワールで役者をやってたこともあるので!多少は出来ます!」


『ナリアが見たら笑いそうなダンスだな』


(うるさい!)


とにかく踊る、足を動かしステップを踏んで体を振るう。するとどうだ、走っても息を乱さなかったミロワちゃんがみるみるうちに息を乱すじゃないか。そりゃそうだ、だって出来てないもん。


と思っていると……。


「師匠…ふざけてますか?」


「ん?」


「私は別に、ダンサーになりたいわけではないんですけど…」


ミロワちゃんはステップを止めてしまう。そしてダンサーになりたくない…と言うのだ。まぁ確かに踊りの練習しかしてないからな…そりゃそうか。


「もっとこう…実戦向きの練習をしましょうよ!私は出来ますよ!ほら!」


「それはサンドバッグですか?」


そしてミロワちゃんはポテポテと近くのサンドバッグの前に立つと、バスバスと拳を叩きつける。持つ実戦向きの訓練がしたい……か、けどこれも立派な修行なんですよ。


「ミロワちゃん、じゃあそのサンドバッグを思い切り殴ってください」


「え?わ、分かりました…えい!」


そう言うなりミロワちゃんは思い切り振りかぶり勢いをつけてサンドバッグを叩く、けど腕の振りだけで打ったパンチには重さがない。サンドバッグは揺れることなく、なんならさっきまでのパンチとなんら変わりがない…。


「ミロワちゃん、違います。パンチはこうやってやるんです…エリスをよく見ていなさい」


お手本を見せる。そう言うなりエリスはミロワちゃんを遠ざけ…足を開き、呼吸を整える。魔力は使わない、使うまでもない。


「すぅー…いきます!」


瞬間、エリスは拳を握り…力を蓄え、解放する。足先を捻り、腰を動かし、全身を使って生み出したエネルギーを拳の一点に集約していく。足先で踏ん張り、地面から帰ってきた力、それをそれぞれの関節に受け渡していく。エネルギーは伝達される都度、末端が加速すると言う性質を持つ。


そして、そうやって生まれた回転の力を直線の力に乗せる為肩から腕を射出するように打つ。全ての力を受け取った末端である拳には全身の力が集約し…サンドバッグに炸裂する。


「はぁッ!!」


ズドン、と音を立てたサンドバッグは全く揺れない。微動だにしない……代わりに。


エリスの拳がサンドバッグの向こう側から覗く。貫通したのだ。


「ぉ…ぉぁーーー……!?!?」


「これがパンチです、エリスもまだ半端にしか習得していませんが…貴方のよりはマシでしょう」


サンドバッグから拳を引き抜くと砂がザラザラと出てくる。それを見たミロワちゃんは口を思い切り開けながら絶句している。けどこんなのまだ序の口だ。


ラグナがやったら拳の当たった部分だけがそのまま押し出され、弾丸のように射出され向こうの壁を貫通していただろう。つまり、パンチってのはそれだけで非常に奥深いものなのだ。


やってみよう、出来ました。そう言うものではないんだ。


「す、凄いです師匠…」


「それより、分かりましたか?」


「へ?」


「エリスの体の動き、足を動き、腰の動き、地面を踏む動き、腕の動き…」


「あ、さっきのダンス同じ…!」


動きは全て連鎖し連動する。体を十全に動かせなければこの威力は出せない…ならばこそ全身を動かすダンスで、まずはその動き方を学ぶ。そう言う修行だ。拳の打ち方を教える事はできるが、それで出来るのは拳を打つことだけ。


体の動かし方を学べば、それは全ての応用が効く。


「今の修行はそう言う……」


「ええ、ミロワちゃん。これから先、エリスの修行の内容に納得がいかないこともあるでしょう。ですが…師匠が信じられないなら、弟子である資格はありません。弟子であるなら、師匠を信じて進み続けなさい」


「は、はい!」


「そう言うわけです。さぁダンスの続きです!」


「はい!!!!」


つまるところ、師匠を信じてついていく。弟子がやることはただそれだけだ、けどそれがどれだけ難しく苦しいことか…エリスもよく知っている。

いや、果たしてエリスもキチンと理解しているのか。エリスも何度も何度も師匠を疑ってしまったことがある…師匠の言うことを破って別の技を考えたりもしたし、それで失敗したり…色々してきたな。


なんだか、己自身の在り方も見直せるな。


「はい右足!左足!腰を捻って!それぞれのパーツを意識して動くんです!」


「こうですか!こうですか!こう!」


「違う!キチンと足に力を入れて!お腹を中心に回すんです!腰の回転は打撃の基礎です!」


「はい師匠!!」


そうしてエリスは、ミロワちゃんにダンスを教え続けた。体を動かし、腕と足を振り、腰を回す。これがエリスが今まで培ってきた戦闘の基礎だ。


これをまず、繰り返す。日中はこれをひたすら繰り返す、エリスみたいに記憶力があるわけではないミロワちゃんにはひたすら反復練習を繰り返させる。


そして…………。



「はぁはぁ…ゼェ…」


「そろそろいいですかね」


空を見上げる、細かい休憩を数回挟みとにかくダンスを繰り返した結果。ミロワちゃんの動きは幾分良くなった、とは言えこれは明日には失われているだろうし…また明日も繰り返すとして。


「ではこれから魔術の訓練を開始します」


「は、はい…!」


「大丈夫、次はそう体を動かす修行でもないので…」


腰を下ろす、次は魔力を操る修行だ。本来はオリフィスさんが教えることになっているが…悪いがエリスの方が魔術の扱いは上手い。と言うことでエリスが教えることになった。


「よろしくお願いします、師匠」


「魔力の理論についてはオリフィスさんから教わってますよね、なら今日はその実践…魔力を手元に集めてみましょう」


「ま、魔力をですか?出来るかな…私に」


「エリスがキチンと教えますよ」


魔術を使うには魔力を操る必要がある。師匠はエリスの手を取り、魂から魔力を引き出し感覚を教えてくれたが…はっきり言う、あれは常軌を逸した神業だ。エリスに出来るわけがない、と言うか今の人類で出来る人はいないんじゃないかってレベルですよ。他人の魂に触れてそこから魔力を引き出すなんて。


だけど…感覚自体は教えられる。


「まず、魔力の流れとは…こうです」


「お、おお…!?」


エリスはミロワちゃんの手を掴み。魔力を流す、極々少量だ。それを流すことにより体の中を魔力が駆け巡る感覚を教えていく。


「これを、自分の内側から引き出してみましょう」


「は…はい」


そして今度は自分でやらせる。実践と挑戦、その最中に細かな達成感を散りばめる。これがエリスのスタイルだ、故に最初は地道に…着々とやっていく。


「ふぬぬぬ……」


「力んでもダメですよ、もっと落ち着いて…」


そうしてエリスとミロワちゃんはゆっくりと修行を進行していく、時間がないからって慌てても意味はない。着実にやるなら、ゆっくりと…だ。



………………………………………………………


『サブリエ、お前に頼みたいことがあるんだ』


朝方、坊ちゃんにそう言われ…あーしはまた面倒ごとの予感を感じ顔を歪めた。


『クロックの存在がどうにも気になる。と言うよりクロックを俺達の補佐に選んだ姉様のチョイスが気になるんだ…ただサポートに徹させるだけならクロックは選ばない。アイツは唯一姉様の言うことを聞かない男だからな…』


昨日、あーし達の前に現れた男…クロック、正式な形で呼ぶならクロノスタシス王宮専属道化師クロック・ハンズ。クレプシドラ様が唯一自分への無礼な物言いを許している男だ。


あーしもクロックの事は良く知っているが、確かにクロックをこの大事な計画で起用する意味が分からない。確かに実力はある、多分クロノスタシス軍の誰もクロックに敵わないんじゃないかってくらい強い。


だが、強いには強いがクロックはクレプシドラと同種の人間、つまり絶対にコントロールが効かないタイプの人間だ。それをサポート役に置くかぁ?あーしならヴァントゥーア騎士団の誰かを配置するよ。


『もしかしたらこの起用そのものに裏があるかもしれない、サブリエ。ちょっと行って偵察して来てくれ』


そう坊ちゃんは仰られた。その命令にあーしは二つ返事で『えー!?なんであーし!?』と答えたさ。


けど断るわけにはいかないので…今。


「お邪魔しまーす…」


あーしは議事堂を通ってアレク側の館に入る。一応…入ってもいいらしい、メレク側のメイドがアレク側の館に立ち入ることが許されてはいる…が、一応偵察という形なのであーしは誰にも見つからないように近くの物陰に隠れる。


「はぁ、現場仕事はあーしの得意分野から外れるだけどな…」


あーしは飽くまで研究者だ、なのに最近は鉄火場に連れ出されたり偵察させられたり…まぁ坊ちゃんの動かせる戦力があまりに少ないというのもあるが、せめて戦闘が出来る奴がエリス以外にもう一人欲しいなぁ。


「『ディストーション・ミスト』」


持ち運びしやすい小型の杖を抜いてあーしは自分の周りに水蒸気を発生させる。これは光を屈折させあーしの姿を隠す魔術だ。じーっと見られたらバレるけど、チラッと視界の端に映る程度じゃ分からなくする効果がある。


これを使えばまぁ簡単には発見されないでしょう…さて。


「クロックの奴はどこにいますやら…」


おずおずと立ち上がり館の中を歩き回る。にしてもこの館…メレクの館と全く同じ構造しているな、マジで鏡合わせみたいな家だ。けど…分かる、置かれている調度品の値段やカーペット、こちらの方が明らかに値段と質が上。少なくとも経済力では随分差がついてるなぁ。


なんて思いながらしばらく歩き回っていると…ふと。


「ん?風雅…」


どうからか聞こえてくるのはバイオリンの音色。これがまぁ優雅、風雅、典雅。美しい音楽がどこからか聞こえてきてあーしはまるで誘われるようにその音色が聞こえる場所へとフラフラと歩いていくと……。


『流石ゼルカロ坊ちゃま!婆やは嬉しゅうございます!』


『まぁ、このくらいなら…』


(ゼルカロ…もしかして)


あーしは目の前で開かれている扉の中を覗き込む。そこには陽光差し込む優雅なお部屋の真ん中で、楽譜を見つめながらバイオリンを持つ金髪の美少年、そして彼を褒め称えるお婆ちゃんがいた。


間違いない…あれはゼルカロ・カレイドスコープ。アドラ・カレイドスコープの息子で将来ミロワと鎬を削ることになるカレイドスコープ家の嫡男だ。


彼は高そうなバイオリンを物憂げに持ちながら窓の外に視線を向けている。


にしても。


(こっちもこっちで教育漬けか。マジでカレイドスコープ家は家督争いにはマジだね)


カレイドスコープの人間は小さい頃から様々なスキルを学ばせている。アドラもメレクも子供の頃はたくさんの家庭教師に囲まれて生きてきた。全ては家督を掌握するため、その為だけに二人は生きているし、その為だけに二人の子供は生まれてきた。


まぁ、家督争いにしか興味ないから領地運営はズタズタ。反権力のド左翼団体プラクシスやテロ上等のド右翼団体 影の内閣が肩切って街中を歩けるのも、カレイドスコープが自治をしていないからだ。

どうなのかね、そう言うのは。健全な領地運営があってこそ、家督争いが出来るってもんでしょうに。


(ま、別にいっか)


ここまでやってきておいてなんだが、ゼルカロには興味がない。クレプシドラ様も全く言及してないし、影の内閣も見向きもしていなかった事からゼルカロはなにも特別な物を持っていない普通の少年でしかないんだろう。


だったら関わる必要はない、寧ろ変に関わって傷つけてしまうのも可哀想だ。だからあーしの標的では……。


「食糧輸出事業の方はどうだ、収穫期が終わり各地に在庫の売り払いが終わった頃だろう。利益率の確認は終わったかね?」


(いッ!?)


瞬間、あーしは凍る。ゼルカロを覗き込んでいたから…気が付かなかった、背後から歩いてくる男の存在に。そう、この声は……。


「収支の方は、ふむなるほど。ならこの資金は例の方に回せ、それと農業区画に更なる徴税を……」


(アドラ・カレイドスコープぢゃん…!)


後ろから歩いてきたのはアドラだ、幸い魔術であーしには気がついていないが…彼は多数の商人を引き連れながら商売の話をしながら歩いている。参ったな、下手に見つかったら何を言われるか分からない。ここは動かないでおこうとあーしはその場でしゃがみ込み、魔術の濃度を濃くする。


すると……。


「あ、お父様!!」


部屋の中にいたゼルカロが部屋の前を通りがかったアドラの存在に気がつき、楽譜とバイオリンを手に駆け寄ってくるんだ。慌てても扉の影に隠れ…見つからないように両手を合わせて祈る。


「ん?ゼルカロか。なにかな」


「実はつい先程、また新しい曲が弾けるようになったんです。エトワールに伝わる名曲『湖畔の星』です、是非お父様にも聞いてもらいたいと思って一生懸命練習したんです」


ゼルカロは目をキラキラさせながら、明るい顔で父アドラに練習の成果を報告する。いやまぁ自慢げに語るのも分かる、それほどまでにゼルカロの演奏は素晴らしかった。プロ顔負けって奴だ。

だからそんな演奏を聞いてもらうため、ゼルカロは父の前でバイオリンを構え…。


「ああまたそれか。今はいい、忙しい。後にしてくれ」


「え…いや、少しでいいんです」


「忙しいと言ってるだろう。おいメレーヌ」


「はい、なんでしょう旦那様」


全く興味がないとばかりにゼルカロに目もくれず、代わりにゼルカロに指導していたお婆ちゃん…多分、音楽の先生に声をかけて呼び寄せると。


「例の…なんだったか?サイディリアル音楽祭?あれにゼルカロが出ると言う話だったな」


「はい、サイディリアル聖楽祭でございますね。坊ちゃんの腕なら必ず喝采を…」


「それは名誉になるか?受賞者には何か音楽界に対するコネクションが生まれたり、優遇処置のような物は貰えるのか?音楽を金に変えるには名前が必要だろう」


「あ、いや。聖楽祭に出る子供達は飽くまで前座で…受賞や売名などは行えない規則でして…」


「はぁ、金にならないならやる必要はない。出場は取りやめだ」


「で、ですが旦那様。坊ちゃんには才能が……」


「音楽で家督が取れるものか、第一私がゼルカロに音楽をさせているのは妻の……」


「旦那様、報告が」


「ああ、すぐ行く。ともかく出場は無しだ、分かったな」


冷たくそう言い切るとアドラはそのまま取り巻きの商人達と一緒に何処かへと歩き去ってしまう。ただ、それを見送るゼルカロは力無くバイオリンを手から垂らして…立ち尽くしていた。


「ゼルカロ坊ちゃま…その、いつか旦那様も分かって……」


「……別にいいよ、音楽なんか…やりたくてやってるわけじゃないし…」


そう言うなりゼルカロはバイオリンを部屋の中に捨てて何処かへと行ってしまう。なんて言うか…あれだね、どっちもどっちつーか…この家やっぱりおかしいぜ。


(家族ってのはもうちょいあったかいもんじゃないのかね…なんて、絶賛姉弟で騙し合いしてるクロノスタシス家の配下が言えたことじゃねーか)


ともかく、こっちもこっちで色々歪んでるらしい。おかしな家だとあーしは考え…そのままこの場を立ち去ろうと立ち上がった瞬間、ふと目に映るのは…。


「……………」


廊下に立ち、窓から中庭を見下ろす…いや、中庭で修行しているエリスとミロワを忌々しげに見下ろすゼルカロの姿だった。


………………………………………………………


「なぁぁあああああんだぁああああ!これはぁああああ!!!」


響く、怒号が響く。中庭の修練場に怒りの叫びが響き渡る、拳を握り、顔を真っ赤にして叫ぶのは…メレク・カレイドスコープだ。


「弟子入りし!どんな修行をしているか気になってきてみれば!なんだこの有様は!!」


メレクが見るのは、その場に座り込み目を閉じウンウン唸るエリスとミロワちゃんの姿だ。それを指差し歯噛みしながらメレクは激怒。


「床に座って!これのどこが修行だ!サボっているんじゃない!ミロワは一流の軍人になるんだ!強くならねばならんのだ!だと言うのに!体を鍛えろ!修行しろ!」


地団駄を踏み修行をしろと激怒するメレク。地面に座っている様を見てサボっていると考えた彼はとにかくミロワに体を動かせと怒り散らす。それに対してエリスは静かに立ち上がり、メレクの方に向かい。


「第一!弟子入りの話だって私は何も聞いていない!さてはエリス!貴様が勝手に決めたんだろう!ミロワはな!将来はマレウス王国軍に入り私のように軍人として活躍してキャリアを積んで力をつけて家督を握らねばならん存在だ!」


メレクの目の前に立ち、そのままギャーギャー騒ぐこいつの首根っこ掴み館の方に歩き。


「遊んでいる暇などない!休んでいる暇などない!修行修練鍛錬修行修練鍛錬修行修練鍛錬練習練習練習練習練習!」


そして、館の前に立ち…扉を開けて。


「今すぐミロワを鍛えろエリス!さもなくばお前は──────」


メレクを館の中に突っ込み入れて、バタン…と扉を閉め静かにさせる。よし。


「それで魔力の方はどうですか?ミロワちゃん」


「もうちょっとです…もうちょっと」


あれからエリスとミロワちゃんは魔力の表出の為に時間を使っていた。数時間近くエリスが付きっきりで練習を続けている。師匠曰く、普通の子なら数ヶ月はかかるだろう魔力の鍛錬…それをエリスのサポートで大幅に短縮させている。


何度も何度もエリスが魔力を流し込み、感覚を確かめさせ。時には肌を密着させて魔力の流れを体感させ、魔力操作を教え込む。そのおかげもあってミロワちゃんは徐々に感覚を掴みつつあるようで……。


「あ、あ!出そう…出そう!」


「落ち着いて、慌てちゃダメですよ」


ミロワちゃんに駆け寄り、手を確かめる。確かに魔力が動きそうだ…早い、早いぞミロワちゃん!感覚を掴むのがエリスよりも早い!もしかして天才か?天才では?いけるか?いや行け!!


「ふすぅー…ふすぅー……」


鼻息荒く、両手を合わせるミロワちゃん…その手の先から、徐々に徐々に淡い光が漏れ始めて──。


「で、出た!ちっちゃいけど!」


「凄い!一日で出すなんて天才的ですよ!!」


出た、毛クズみたいな小ささだけど確かに光ってる!凄い…エリスはもっと時間をかけたのに、ミロワちゃんもしかして魔力操作の才能があるのか!


『いや、年齢だろう。お前が初めて魔力を動かしたのは五歳だろ?五歳の小さな魔力を動かすなんてはっきり言って難しいどころの騒ぎじゃない。対するミロワは十一歳、魔力も成熟し始めているし…何より、これ以前にそれなりに練習していたようだしな』


(な、なるほど)


確かに考えてみたら、初めて魔力を動かしたエリスとミロワちゃんでは年齢に二倍近くの差がある。人は育つと共に魔力の量や親和性が向上する。五歳の子供が魔力を動かすなんてのはそれこそ異常事態だ。


ミロワちゃんは既に年齢的にも魔力を動かせてもおかしくない歳だし、何より魔術の習得を懇願してきたようなので…それなに独学で頑張ってきたんだろう。それがエリスの指導で開花した…って感じか。


(でも十一歳でこれだけの事をするのは相当…)


『お前、十歳の時点でデルセクトでヘットと戦ってたろ。それに比べたらまぁ普通だろ』


(え、エリスと一緒にしちゃいけませんよ…!)


エリスはちょっとおかしな人生歩んでるだけですよ。でもまぁ確かにミロワちゃんの歳くらいにはエリスはもうデルセクトでの戦いもアルクカースでの戦いも終えて、確か冒険者協会で歴代に残るレベルの記録を残していた気がする。


い、いや…エリスと一緒にするのはダメだよ。エリスと同じことは求められないよ流石に。


「やったやった!ようやく出た!師匠見てください!」


「ええ、凄いですね」


まぁ、年齢で考えれば不思議はない…とは言え頑張ったことに変わりはないんだ。ここ褒めようじゃないか…。


「凄く、キラキラして綺麗ですよね…師匠」


「ええ、そうですね………ん?」


ふと、エリスはミロワちゃんの手から出る魔力に違和感を覚え───。


『ッ!エリス!!ミロワの魔力を確認しろ!』


(……これって)


ミロワちゃんの手から出る魔力、それは若干黒く…それでいて妙な気配がするんだ。一目でわかる、普通の魔力じゃない…なんだこれ、こんな魔力初めて見て…いや、違う。見たことあるかもしれない、もしかしてこれ。


「どうしました?師匠……」


「魔力をそのままにお願いします…」


エリスはミロワちゃんの極小魔力に向け、指先から魔力を放つ。エリスの魔力を受ければミロワちゃんの魔力は消し飛ぶ……はずなのに。


逆だ、エリスの魔力を浴びてもミロワちゃんの魔力は揺らがない、それどころかエリスの魔力の波を二つに割り、押し除けるんだ。


間違いない…ミロワちゃんの魔力は!


『これは!星の魔力か!?そんなバカな!!』


(師匠の星辰魔術によって発生する星の魔力に似ている、いや…同質?そんな事があるんですか?)


星の魔力…それは人が扱う通常の魔力とは異なる特殊な魔力だ。曰く、夜空の星々が放つと言われる魔力であり、その密度は人が持つ魔力の数十倍。圧倒的な密度により人の魔力を押し退け無効化する力があると言う…普通に聞いているが、実際のところそれがなんなのかよく分かってない。


夜空の星々の放つ魔力がなんなのかそもそも分からないし、これがどう言う条件で発生するものなのか分かっていない。


一つ分かっているのは、師匠の持つ『古式星辰魔術』にのみよって扱うことが出来るとされていることのみ。ああ、後は『宇宙』のタヴの極・魔力覚醒『星轟アポテレスマティカ』によって発生するくらいか。


……たったの二例だ、数多くの魔術師を見てきたエリスでさえたったの二例しか見ないほど稀有な力である星の魔力、しかもどちらも古式魔術と極・魔力覚醒によって使われるそれを…どちらも介さず普通に出している?


『信じられん!こいつ…まさかその身に宿している魔力そのものが星の魔力なのか!?だとしたら…ひっくり返るぞ、世界が…!』


(エリスも使えない星の魔力を、普通の魔力と同じように扱える?そんなの……)


『ああ、無敵だ』


星の魔力は人の魔力を押し除ける。つまり魔術も跳ね除けるし、防壁も貫通する。魔力防壁で身を守り魔術を叩き込むのがこの世の上位層の常識的な戦い方である事を考えると…この二つを完全無効化する星の魔力がどれだけ強力かなど言うまでもない。


事実、師匠は星辰魔術によって…大いなる厄災に於いて無敵に近い強さを発揮したらしいんだ。それを魔法や魔術に織り交ぜて使えるのだとしたら…この世の誰もミロワちゃんに勝てないことになる。


今はまだその魔力を出すのがやっとだが…成長し、第二段階にでも入ってみろ…手がつけられないぞこんなの。


(でもどうしてこんなことが…)


『魔蝕だ、それしかあり得ない!ミロワは十一歳…前回の魔蝕が十一年前、こいつは前回の魔蝕の時に生まれているんだ!魔蝕の才能がある…だから影の内閣も狙ったんだしな』


(じゃあみんな挙ってミロワちゃんを狙うのは…ミロワちゃんの才能がどこかでバレて……)


『想像以上の物が出てきたな…タヴ様と同じ力を使うのは腹立つが、エリス。育て方によってはとんでもない化け物が生まれるかもしれないぞ』


ミロワちゃんはその身から発生する魔力そのものが星の魔力なのか。だとしたらそりゃあみんな狙う、育て方によっては文字通り最強の存在に出来るのだから。


通常の手段では絶対に出てこない星の魔力がこんな簡単に……なんて事だ。


「えっと、師匠?」


「……ミロワちゃん、貴方には確かに才能がありますよ」


「本当ですか!?やったー!!」


才能がある…ありすぎる、もしミロワちゃんにエリスの古式魔術を教えたら……一体どうなってしまうんだ。湧いてしまう、興味が…この子がどこまでいけるのか見てみたくなる。


これなのか、師匠がウルキ・ヤルダバオトという過ちを生み出してしまった…過ちの感情は。この子がどれだけ強くなるのか見てみたいという興味心が…!!


(少なくとも、古式魔術は教えられないな)


でも、エリスの冷静な部分が告げる。古式魔術は教えられない…下手に教えたらどうなるか、恐ろしいんだ。防壁でも防げず、魔術でも弾けない無敵の火雷招なんて飛び出してみろ、人が何人死ぬか想像出来ない。


「ともかく、今はゆっくりでいいんで…魔力を操作出来るようになりましょうか」


「はい!」


でも希望は見えた、この子には多少の魔術を教えるだけで自分を守れるようになる…けど逆にその多少の塩梅が難しいな。


そうエリスが悩み、ミロワちゃんが魔力を集中させ始めた瞬間だった。


「ぶわっぷ!?」


「ミロワちゃん!?」


突如、空から水が降り注ぎミロワちゃんを濡らすのだ。集中豪雨?局所的降雨?違う…誰かが館の二階から水を投げたんだ、それは……。


「お前、まだ才能もないのに必死に訓練なんかしてるのかよ、馬鹿馬鹿しいな。親の都合に振り回されて可哀想な奴!」


「ぜ、ゼルカロ!」


アドラ側の館、その二階から水を滴らせるバケツを持ち、窓から顔を覗かせるのは…昨日の少年。アドラの息子のゼルカロ・カレイドスコープだった。


「女のお前がいくら努力しても男の兵士より強くなれるわけないのに、どうせお前の父親はお前に見向きなんかしないよ!」


「な、なんでそんな事言うの!」


「見ていてイライラするんだよ!汚らわしいから今すぐやめろ!才能ないってお前の先生達も言ってたろ!」


喧嘩だ、喧嘩が始まった。ゼルカロはミロワちゃんを嘲笑うように才能がないとかなんとか言っている。なんなんだ急に…言いがかりにも程がある気がするが。


「そっちの家庭教師もそうだ!言ってやれよ才能ないってさ!」


「ありますよ、ミロワちゃんには」


「ハッ!言えないか!クビにされちゃうもんな!ほんと…くだらない、くだらないよ!大人は全員!才能才能!!天才天才!口ではなんとでも言える!!どいつもこいつも!くだらないったらないんだよ!!」


瞬間、ゼルカロは空のバケツをミロワちゃんに投げつけ……。


「その、なにが言いたいか分からないですが、そもそも何で水をぶっかけたんですか?」


「は!?」


飛んできたバケツをエリスは拳で叩き砕き、弾けたバケツが明後日の方向に飛んでいく。ゼルカロ君の言いたいことはとても抽象的だ、そもそもなんで水をかけたかって質問に対して見苦しいって…なんでそう思うのか聞いておきたい。


「答えてくれませんか?ゼルカロ君」


「ッゴリラ女が!お前と話すことなんかなにもない!」


そう言ってゼルカロ君は二階から吐き捨て、エリス達から逃げるように廊下を走っていてしまい……。


「いや、じゃあせめて謝りましょう。大丈夫、エリスは怒ってませんよ」


「は?」


手を掴む、ゼルカロ君の手を掴む。二階の廊下に立ち、彼の手を掴んで止める。するとゼルカロ君はエリスの顔を見て開いた窓と交互に見つめて…。


「は?は?は?は?お前なに?え?ここ二階だけど…お前さっき中庭にいたはずじゃ…」


「飛んできました」


「鳥?」


「それよりエリスと一緒に謝りましょう、大丈夫。謝ることは恥ずかしいことではありません」


飛んで窓に飛び込み追いかけただけだ。それより謝ろう、流石にこの寒い季節に水をかけたのは悪いことだし。そうエリスが言うが彼は認めず歯軋りし…。


「うるさい!うるさいんだよ!誰か!誰か!!ゴリラ鳥女が僕を掴んでくるよ!!」


「大丈夫、怖くないですよ」


「怖いよ!!」


優しく彼を掴んで微笑むが彼は何故か怯える…すると。


「貴方なにしてるの!?」


「ん?」


瞬間、廊下の奥から走ってきて女…いや、確かこの人は。


「私の息子を離しなさい!!」


「ああ、ごめんなさい」


ゼルカロのお母さんだ。彼女はエリスの顔面をビンタで叩く、流石にこれは悪いかと思いエリスは手を離すと彼女はエリスからゼルカロを取り戻し……。


「汚らわしい!野人が私の息子に触るなんて…!才能のない人間に触られて可哀想に…ウチの子から才能が吸われたらどうするの!!」


「そんな才能は空気とかじゃないんだから…」


「うるさい!!」


もう一回ビンタされた…そんなに怒らせてしまったか、申し訳ない。しかし才能か…ゼルカロ君が才能才能言ってたのはこの人の影響かな。


「さぁ行くわよゼルカロ!と言うより貴方!今は音楽の授業中じゃないの!?サイディリアル聖楽祭に出るのにそんなのじゃダメよ!!」


「ご、ごめんなさいお母様…」


「謝罪はいい!とにかく練習をしなさい!貴方は一流の音楽家になるんだから…!絶対に!私があんたを音楽家にしてあげるから!」


「う……うん、分かったよ…お母様」


「来なさい!」


「い、痛いよお母様…」


そう言ってゼルカロ君は強引にどこかに連れて行かれてしまう…なんか、向こうの体も大変そうだ。と言うかちょっと強く掴みすぎじゃないかアイツ、もしかして虐待か?止めるか?やるか?アイツを……。


「エリス師匠〜!戻ってきてください〜!」


「おっと、修行の最中でした…今はあちらに戻りますか」


まぁ今は修行中だし、ゼルカロ君も嫌がってないし…仕方ない、見逃すか。そう思いエリスは中庭に向けて歩き出す。


しかし…星の魔力使いか。ちょっと思ってたよりも才能がありすぎるな…どうやって育てるか、もう一回考え直そう。

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その壱 そう言ってミロワちゃんはエリスの周りをダカダカ走り始める。既にそう言う体力トレーニングを(以下略) ダカダカって、あんま聞かん言葉だな。これって誤字なのかな。う~ん、分からん。 その弐 お…
ようやく発覚したミロワちゃんの特異性…… 確か星辰魔術はシリウスの十八番でもありましたよね。 クレプシドラの目的は民から徴収した魔力を星の魔力に変えてブッパするってことでしょうか?魔女10人分の星辰魔…
予想以上の化け物じみた力が出てきてびっくりしました。成長したらほぼ防げない攻撃とほぼ無敵の防御力を得るなんて英雄もびっくりな才能ですね。クレプシドラの計画には星の魔力が不可欠ということなのか?それなら…
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