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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
848/871

779.魔女の弟子エリスと始まる師弟の生活



クレプシドラの世界滅亡計画、そのキーとなるミロワ・カレイドスコープを自衛出来るよう育てる…仮の師弟関係となったエリス。


期限は二週間、その間にミロワちゃんを育てつつ…エリスはクロノスタシスの打倒を目指す。やらなきゃいけない事はあまりに多い。だが少なくとも二週間はここにいるつもりだ、だってここはきっと対クロノスタシスの最前線ですからね。


だからラグナ達に連絡をとって、彼らにここに来てもらって…そう色々とやらなきゃいけない事、それらに優先順位を作り考え込む。


「んー……」


半壊した家庭教師寮の一室で考え込むうちに、夕方になってきた。そうしていると…後ろからオリフィスさんがやってきて。


「なにを悩んでいるんだい?エリス」


「ん、オリフィスさん」


「……その、クレプシドラの事で悩んでいるのかい?」


彼は床に座りうんうん唸るエリスの側に立ち、申し訳なさそうに頬を掻く。


「…本当にすまない、俺も色々慌てていた…ミロワを勝手に連れ去って、クレプシドラから遠ざけよう。そういうところにしか目がいってなかったよ、ミロワの意思を無視するなんてね」


「まぁ、状況が状況なので…慌てるのも無理ないかと思いますよ」


「だがそれを言えば同時に、俺は君の意思も無視していた事に気がついた。勝手に連れ出して、勝手にここに連れてきて、そして姉様の計画に巻き込んでしまった…申し訳ない」


そういうなりオリフィスさんはエリスに深々と頭を下げる。律儀な人だ…態々謝りに来たのか。


「大丈夫ですよ、エリスこういうのに慣れてるんです」


「慣れてる?」


「エリスね、行く先々に敵がいるんです。それでエリスが敵惹きつけてるのかなぁと思ったりもしましたが、今回の一件で確信しました。エリスが敵を惹きつけてるんじゃない、エリスはエリスの必要な場所に引き寄せられているんだって」


傲慢かもしれないが、エリスは行く先々で問題を解決してきた。それはきっとエリスじゃないと解決出来ない事ばかりだったと思う。それはエリスが問題を引きつけてるんじゃない…エリスがそういう問題に引き寄せられる運命なんだ。


「だからきっと、今回の一件も…必要な場所に引き寄せられただけだと思ってます」


それこそが、師匠の語った…過酷な運命と言う奴なんだろう。ま、別にエリスはそれでいいと思ってるから、別にいいんですがね〜。


「君は強いな…俺も君みたいに強ければ良かったんだが」


「行動を起こした時点でオリフィスさんも十分強いですよ。それより一つお願いしたいことがあるんですが」


「ん?なにかな?」


「あの、そろそろ返してくれません?エリスの服」


エリスは自分の服を見る。これは…普通の服だ、街娘が着るようなドレスだ。正直言ってエリスにはあんまり似合ってないと言うか、スカートが落ち着かない。敵を蹴った時にパンツが見えちゃいそうになるのが恥ずかしい…。


と言うのともう一つ。戦いづらい…籠手やコートはもうエリスの戦術の一部だ。あれである程度防御しながら戦うスタイルが確立してるから、出来れば返して欲しい。


「あー……すまない、無理かも」


「え?」


「君の服はクロノスタシス王国にあるんだ…。返すには戻らないといけないが、我々はミロワ誘拐を成し遂げるまで王国には戻れない…つまり」


「も、もう返ってこないってことですか!?」


「う、な…なんとか方法は考える。必ず返すようにするよ」


「お願いしますね…あれ大切なものなので」


コートに関しては師匠からの贈り物、籠手も友達からの贈り物、どちらもエリスの相棒だ。出来れば奪還したい、最悪…クロノスタシス王国に攻め込んだ時に奪還するしかないか。


「師匠〜〜!」


「む、可愛い弟子が呼んでます」


すると、窓の外から声がする。立ち上がり窓を開けてみれば…そこには館から出てきたミロワちゃんがムンムン!とやる気に満ちた顔をしているではないか。


「エリス師匠〜!早速修行つけてください〜!」


「うーん、その前に聞きたいんですが…それはなんですか?その格好」


「へ?」


やる気満々なのはいいが、問題は格好。動きやすそうな白いシャツの上に鉛の錘をたくさんつけ、手にはたくさんの本や木剣を握っている。

これから修行する格好と言うより、取るもの取って逃げ出した泥棒みたいだ。


「修行の格好です!」


「そんなに道具は要りませんよ」


「え!?」


「それと今日は修行しません。色々あってみんな疲れてるでしょう?だからお休みです」


「じ、時間ないんですよね!?そんな怠ける感じでいいんですか?」


「誰が怠けていいって言いましたか?お休みをしろと言っているんです、休みも修行の一環です」


休息もまた修行である。師匠はエリスに何度も口を酸っぱくして言ってきた教えの一つだ。勿論鍛錬は毎日続けるものだが常にやるものではない。

戦いで疲れた次の日はなるべく休むよう師匠は言ってきた。無理にやっても体には身につかない、万全で臨んでこそ修行とは意味があるんだ。


「うー…やる気なのに」


「じゃあそのやる気には蓋をして取っておいてください。明日使うので」


「はいー…」


やる気なのはいい事だが、気持ちのやる気と体のやる気は違う。コンディションの自己管理が出来るまではエリスがそこらを管理する。なので今日は休みで。


さて、今日は休みにするが…その前に準備をしておこう。まずシャーロウさんに回復用のポーションを作ってもらって、サブリエさんに頼んで魔術理論の確認をして…それで。


(エリス自身の修行もしないとな…まぁそれはシンがいるからいいか)


『いつでも相手してやる』


幸い、エリスの修行は場所を選ばない。なんなら寝る前にベッドに入りながら修行も出来る、だから昼間はミロワちゃんの修行を…空いた時間でエリスの修行をやっていく事になる。


本当にシンがいてくれて良かった……イテッ!照れ隠しでビリビリするのやめてくれません?


「さて、それじゃあ早速……」


『ミロワお嬢様〜!そろそろ夕食のお時間です〜!!』


「あ、はい!すぐ行きます!」


む、夕食の時間か。カレイドスコープ家の夕食は特別な時間でもある、なんとアドラ家とメレク家…双方が中央議事堂にて共に顔を突き合わせて食べるらしい。敵対していても家族の一員であることを忘れないようにするための伝統らしい。


とは言え、家庭教師であるエリスやオリフィスはその場に同席する事はできない。一応地位としてはメイド達よりも下、部外者に当たる人達ですからね。


なのでエリス達は別室で侘しく飯を食うわけです。そう言えばなんか腹減ってきたんでエリス達も食事にしますかーと考えていたところ。


「そうだ、エリス師匠!師匠も一緒にお食事しませんか?」


「ん?エリスもですか?」


「はい、オリフィス先生も!」


「俺も?いいのかい?」


「はい!皆さんはもう家庭教師ではなく…同志なので!」


なんかやたらキラキラした目で拳を握っている。どうやらこの子…誇りとか同志とか、そういう強い言葉が好きらしいな。


「それに父様に弟子入りの報告もしたいので」


「そう言えば言ってなかったな…エリス、ちょうどいい機会だし、報告しておこう」


「そうですね、ですがクレプシドラが狙ってる件は内緒にしておいた方がいいかもしれません」


「え?なんでだい?メレクの協力はあった方がいいと思うが…」


「バカだからです、メレクが」


「ああ……」


クレプシドラが狙ってると知ったら、アレは『ならクレプシドラを撃ち倒してくれる!』と軍を率いてクレプシドラのところに行こうとするだろう。そうなったら事態はますますややこしくなるし、せいぜいちょっと強い兵士くらいの強さでしかない私兵団じゃクロノスタシスの相手は出来ない。


だから弟子入りについては言うが、クレプシドラについては秘密にする。それが一番効率がいいだろう。


それとその後でラグナ達に手紙を書いて…ああいや、雷冥乱舞で飛んで行った方が早いか。ともかくやる事盛りだくさんだ。


………………………………………………


それからエリス達が招かれたのは、二つの館を結ぶドーム型の建造物である中央議事堂。ここに来るのは二回目だが、相変わらず豪勢な内装だ。どこにこんな量の大理石があるんだってくらいふんだんに使われた大理石が床一面を覆い、金とか銀とか使った柱がドンドンってそこらに立ってる。


多分、ネビュラマキュラ城より金かかってますね、これ。


で…だ。その中心にある食卓…巨大でながーい机、それが部屋の真ん中に置かれ、こちら側とあっち側で分けるように椅子が三つ置かれる。


そこに座るのは二つの貴族、六人の家族…アドラ家とメレク家だ。


「では、食事を始めよう」


「ああ、始めよう」


こちら側に横並びに座るのはメレク家…メレクとミロワちゃん、そして名前も知らないメレクの奥さん。化粧をして綺麗な顔をしており、豪華なピンクのドレスを着ているが、何処かオドオドしている。これは直感ですが、エリスはあんまり仲良くなれそうにないタイプの人ですね。


そして、向こう側に座るのはメレクそっくりの貴族…名をアドラ・カレイドスコープ。余裕綽々と言った感じで胸を張りながらナプキンを触っている。そして彼の隣にいるのはなんか不機嫌そうな奥さん。そして……息子だ。


彼の名前だけはオリフィスさんからチョロっと聞いている。確か名前はゼルカロ・カレイドスコープ…年齢はミロワちゃんと同じ、だけど今回の作戦には全く関係ないのでそれくらいしか知らない。


ゼルカロ君は目を伏せ、優雅にナイフとフォークを手に取る…なんか、落ち着いた子だな。


「では、持ってきなさい」


そしてエリス達はメレクさんの後ろで待機だ。オリフィスさんもサブリエさんもシャーロウさんも一緒。勿論ながらこれは貴族の食事なのでご一緒すると言っても一緒に飯を食うわけではない。


「ご飯運ばれてきた…目の前で見るだけ見てろって、酷だよねぇ」


「これ、サブリエ。黙っとらんかい」


何故、二つの貴族が毎日毎日顔を突き合わせて食事するか。当然仲がいいからではなく伝統のため。なら伝統という理由のみによって仲の悪い両名が食卓を共にすればなにが起こるか……決まってる、喧嘩だ。


だが場末の飲み屋でチンピラがするような喧嘩じゃない。やるのは…マウント合戦。


「ふむ、いい匂いだ。今日は魚の気分だったからね。態々ボヤージュ港から魚を持ってこさせた甲斐がある」


「最高級のチョウザメを使ったソテー、優雅ですわ」



「む…むぅ」


アドラはこれ見よがしに豪華で豪勢な夕食を目前に並べる。アレはエリスの目から見ても金がかかってるのが分かるくらい豪華だ。チョウザメのソテーや宝石のような野菜のサラダ、ズラズラと並べられれば腹も立つ。


対するメレクは、貧相かと言えばそうではない。一般家庭から見れば十分豪華なステーキだが、見るからに食材のレベルが違う…アドラの食事を前にしたらまるで物乞いにでもなった気分になるだろう。


つまり、これがカレイドスコープの食事。両者共に食材でマウントを取り合う場、空間や食材は優雅だが、中身は下劣極まりない。

よく金持ち喧嘩せずとは言うが、それは庶民から見たら喧嘩しているように見えないだけで、きっちり喧嘩はしているって事ですね。


「それで、メレク」


「なにかな、アドラ」


すると、マウント合戦に決着がついたところで、アドラが口を開く。


「なにやら今日は大変だったようだね。カレイドスコープの未来を担うミロワの身になにもなくてよかったよ」


「余計なお世話だ、アドラ。我が私兵団は優秀だ…もしお前の子供に何かあったら、私が助けてやらないでもないぞ」


「結構だ、私は私の館に自分から誘拐犯は招かないからな」


「うぐっ…!」


言われたな、それにミロワちゃんを助けた私兵団はなんの役にも立ってませんよ。寧ろまだ帰ってきてすらいない、今頃ルカンの街でミロワちゃんや影の内閣を探してる頃だろう。動きが遅い。


「それにしても、一つ気になるな」


「ん?」


アドラがエリスの方に視線を向ける。…アドラの視線は鋭い、これはエリスのなんとなくの感想にはなるが、アドラはメレクと違ってかなり賢く、人を見る目に優れているように見える。

メレクは最初エリスを見ても無反応だったが、アドラはエリスを一目見て『会ったことがあるか?』と聞いてきた…その時は記憶を失っていて分からなかったが、エリス達はあったことがある。


エルドラドでの六王会談。あそこにエリスもアドラもいた。直接話さなかったがお互い顔を見ている…それをなんとなく覚えていたのだ。


一年前、視界の端に映った名前も知らない女の顔をなんとなく覚えていたんだ…彼がどれだけ常日頃から注意深く周りを見ているか分かる。貴族としての力はメレクとは比較にならないだろう。


「何故、家庭教師がこの場にいる。同席を許可した覚えはないが…」


アドラの厳しい視線がエリス達を襲う。これはなんでいるの?って質問じゃない、お前ら自主的に出て行けと言う拒絶の言葉だ、だがメレクは毅然と胸を張り。


「私が許可した、議事堂への立ち入り許可を出せるのはお前だけじゃない」


「そうだなメレク、だが何故同席させている」


「それは……」


い、いや答えに詰まるんかい!そこはなんかこういい感じに誤魔化してくださいよ!と言うか共有されてないんですか!?


「私の師匠だからです」


「む?」


ミロワちゃんが立ち上がり、エリスを指し示す。


「今日からエリスさんは私の師匠です、家庭教師ではなく…私の師匠になったんです」


「つまり弟子入りしたと?不用心な。家庭教師であるミトラースに手酷く裏切られたばかりなのに、なにを考えているんだメレク」


「む、むぅ…だがそのミトラースを倒したのはここにいるエリスだ。その点では信用は出来る、なにより腕前もあるし弟子入りしたいなら好きにすれば良いと思う。まぁだが、家庭教師と異なり不適格であると分かったら、即座に解雇するがな」


「……構いません、エリスはミロワちゃんを強くするためにここにいるので。そこは家庭教師だろうが師弟だろうが変わりません」


「そうか」


エリス達の言葉を聞いて納得したのかしてないのか。アドラは再び食事に戻る…なんだったんだ。


「…しかしミロワ、弟子入りなんて話聞いてないぞ」


するとメレクがコソコソとミロワに話しかける。やはり弟子入りの話は共有されていないらしい…いや、しないか。だってしても面倒なだけだ、だからこう言う場で言うしかない…後戻り出来ないからな。


「大丈夫なのか弟子入りなんて…エリスは確かに実力がある、だがよく言うだろう。名戦士は名教官足り得ないと…」


「大丈夫です、父様。私はエリス師匠の生き様に惚れてしまったんです、私はああなりたいです」


「……そうか、だが怠けているようなら即座にエリスは解雇するからな」


「わ、分かりました」


ややメレクは冷たくあしらうようにそう言い、食事に戻る。大丈夫なのか?もミロワちゃんの身を案じているのではなく、自分のやりたい娘強化計画が滞りなく進むかを心配しているんだ。


けどそれが心配なら文句はミロワちゃんじゃなくてエリスに言え。目を逸らすなメレク。


「しかしそうか。そちらが部外者を立ち入らせているなら…こちらも紹介を兼ねて、彼を同席させよう」


「なに?」


「入りなさい、クロック」


アドラの言葉が静かに響く。一人立ち入らせる…その声に反応したように、議事堂の扉が勢いよく開き─────。


「どぉ〜〜〜もぉ〜〜〜!お初にお初に!皆さん元気ですか?元気ですね?はい皆さん揃ってニコニコにこんばんわ!」


「なッ…!?」


入ってきたのは…道化師だ。赤と白の縞々模様の服を着て、とんがった靴を履いた白塗りの道化師、それが仰々しく足を動かしご機嫌に入ってくるんだ。彼は捻ってとんがった髪を振りながらアドラの隣に立ち…。


「ハイポーズぅ〜〜!」


「こちら、私が先日雇用した道化師のクロックだ。息子のゼルカロにユーモアの教養を与えるために雇った」


「ど、道化師だとぉ〜…!」


「貴族に必要とされる教養は二つ、人を納得させる深い知識と人の警戒を解くユーモアだ。そこを理解していないから…お前の懐は寂しいんだぞ、メレク」


「ぐ、ぐぬぅ…!」


なんで負けた気になってるんですか!?しかし意外だ、見るからに堅物そうなアドラがあんなふざけたやつを雇うなんて……ん?


「な、な……」


「どうしました?オリフィスさん」


ふと、横を見るとオリフィスさんは目を見開きワナワナと震えているんだ…そんなに道化師が珍しいのかな、と思っていると彼は顔をこちらに近づけ。


「緊急事態だエリス…やばい事になった」


「なんですか?」


「クロックだ…!アイツはクロノスタシス王宮専属道化師、クレプシドラの最側近の一人…!つまりクロノスタシス側の刺客だ!」


「なッ!?」


クロノスタシス側の人間!?なんでここに!?いや…いつかは来るって話でしたが、それにしたっても早すぎるぞ。まだ三日しか経ってないんですよね!?期限は二週間のはず…なのになんでここで。


「なんでこんなに早く来るんですか…!」


「わ、分からない…あのスケジュール魔の姉様が予定をこんなに前倒しにするはずが…」


「坊ちゃん…!クロックが来ます…!」


なんてコソコソ話あっていると…クロックが徐にこっちに歩いてくるではないか、歩く都度ブピブピとご機嫌な音を立ててやってくるクロックは…エリス達の前に立つなり手を振って。


「やっほー、オリフィス王子。こんにちわ」


「あ、ああ…クロック、久しぶりだね…」


「なになに?顔が硬いよ、スマイルスマイル〜!」


「は、はは…」


笑えん、全然。しかし敵意があるようには見えない…オリフィスが裏切っていることは知らないのか?


「し、しかしどうしたんだ。救援にしては随分早いじゃないか……助けに来てくれたのかな」


「え?違う違う、僕達一緒に協力して動くって話だったろ?」


クロックはコソコソとカレイドスコープに聞かれないようにそう言うんだ…協力してって。ミロワちゃん誘拐の件?ちょっと待て、そんな話聞いてないぞ!?他にも協力者がいるなんて!


「へ?…協力…?」


と思ったらオリフィスさんも知らないとばかりに目を丸くしている。どうなってるんだ。


「ん?女王陛下から言われてない?現地では僕がバックアップのサポートに回るってさ…結構前から決まってたことだけど」


「は?言われてな……まさかッ、これに…ッ!?」


そう言ってオリフィスさんが懐から取り出したのは、一枚の紙だ。なんのことだ…説明してくれとエリスが眼光を飛ばすとオリフィスさんはコソコソとエリスの耳元で説明してくれる。


「すまん、これ…姉様の指令書」


「そんなものあるなら最初から出してくださいよ…!」


「だ、だが……」


そう言ってオリフィスさんが手紙を開くと…そこには。


「なにこれ、子供の落書き?」


「姉様の字は…解読不可能なんだ」


これ字かよ…ってくらいグシャグシャに描き殴られたインクの跡が手紙一面に広がっている、汚いとか下手とか以前に、人間の文字を書く気があんまりないように思える…。


(シン、読めますか?)


『読めるか!少なくともディオスクロア共通言語で書かれてないぞ!』


(ですよね……)


こりゃ読めない、でも多分ここに作戦の詳細が書かれているんだ。で…多分そこにクロックが現地でサポートする旨も書かれていたと。そりゃないだろ…こんなの作戦の指令書とは言えないよ…!


「ハハハハ、女王陛下の字は下手だからね…」


「言うな…」


「でもそう言うことだから、僕と協力して今日中にやっちゃおうよ…」


「ッ……」


まずいことになった、話が変わった。もっと後になると思っていた刺客の存在が今ここに現れてしまった。これじゃあもうエリス達は片時も気を抜けない…それどころか、今この場を凌がないと、下手したら……。


「そ、それが…現地に来てミロワと接触して分かったんだが、まだ彼女は力に目覚めてないんだ…」


「え?魔蝕の力に?」


「あ…ああ、ああそうなんだ。だから暫く育成してからにしようと思っている。使い物にならない物を陛下の前には出せないだろう?」


お、おお…オリフィスさん、流石です。いい感じに誤魔化そうとしている…と言うか誤魔化さないと今晩にもミロワちゃんを連れて行くかクロノスタシスに本格的に宣戦布告するかのどちらかを選ばなきゃいけなくなる。


「なるほど〜確かに」


「だろ?」


「でもそれクロノスタシス王国でやればよくない?連れてくだけ連れてこうよ」


「ッいや、…連れて行った時点でミロワの精神状況が悪くなる、キチンとした育成が出来ない」


「確かに…そうだ、記憶消しは?」


「作れない、材料がないんだ…なぁシャーロウ」


「そうですじゃ」


「うーん……」


「クロノスタシスでいいならここでもいいだろう?リスクは犯さない、万全に盤石に…そうだろう?クロック」


「オリフィス王子らしいね、わかったよ。焦らない〜」


よかった…なんとか誤魔化せたようだ……ん?


「なんですか?」


「で、君誰?」


って今度はエリスにターゲット向けてきたぞ…こいつしつこいな!!


「この子は…エリスだ、俺の協力者でね。妹ってことになってる」


「僕知らないけど」


「気にするな」


「でも…」


「気にするな。それより今は夕食中だ、あんまりコソコソしてるとアドラに睨まれるぞ」


ゴリ押し、完全なるゴリ押しでオリフィスさんはクロックを押し出し、アドラの方に戻す……で、だ。


「どうするんですか、オリフィスさん…」


「わ、分からん…どうしたらいいんだ。これじゃあミロワを連れて逃げるって方法も取れなくなった…」


クロックは目だ、クレプシドラに通じる監視の目そのもの。変な動きをすれば即座にクレプシドラに報告が行き、簡単に追跡され…襲撃される。

今この状況はオリフィスさんが裏切っていないと思われているから成り立つ薄氷の上の平穏でしかない。


ミロワちゃんを連れて外に逃げ出せばクロックに悟られる。そして簡単に追いつかれ殺される…逃走という手段はもう事実上封じられている、いや封じられていたに等しい。


「もうミロワを育て、ある程度自衛出来るようにするしかなくなった…」


「やるしかないってことですね、最初から……」


見た感じだが、クロックは恐ろしく強いように思える。多分だがミトラースとモルトゥスの両方を相手にしても勝ってしまうんじゃないかってくらい強い、つまり普通の覚醒者の倍近い強さだ。


物理的な排除も難しいし…それに。


(アイツ、…もしかしたらオリフィスさんの考えてることにも気づいているかもしれない)


やたらと釘を刺すように何度も質問を飛ばしてきていた、確信はないだろうが…なんとなくおかしいな?って考えているかもしれない。まぁつまりなにが言いたいかというと。


隙は見せられない…エリスが一旦ステラウルブスに戻るのは無理になった。やっぱり手紙を出してステュクス経由で魔女大国に届けてもらおう。


(みんなと合流するまでは…なんとかエリスだけで切り抜けないと)


少なくともエリス単独の状態じゃクロノスタシスと全面戦争は出来ない。なんとかかんとか誤魔化しながらやるしかない。


はぁ〜〜…大変だ、やるしかないぞ!エリス!


「……エリス師匠?」


「ん?」


すると、ミロワちゃんがエリスの方を見て…。


「私、頑張りますよ…!」


そう言うんだ、なんで今それを言うんだ?いや…あれか、エリス達がコソコソ話してるのを見てなんとなく察したんだろう、クロックが自分にとって不都合な存在で…状況が悪くなったと。


だから頑張るか、…いい気合いだ。やることはたくさんあるが、今はあの子が自分で生きていけるだけの力を与えるのが先決か…。


すみませんラグナ、ちょっと合流が遅れるかもしれません。


早速、明日から修行再開だ。


それにしても…………。


(ミロワちゃんはなんでここまで狙われるんだろう……彼女の中に眠る才能って一体)


普通、ここまで多くの人から狙われたりはしない。余程の才能があるんだろうが。


果たして、何が眠っているやら……師匠としてしっかり把握しておかないと。


……………………………………………………………


「うっ…ぐぅ……はぁ、はぁ…」


カレイドスコープ家での夕食が終わり…周囲もすっかり暗くなった、そんな頃。


カレイドスコープ家の庭先から逃げるように這いずり、森の中に入り込む影があった。それは傷だらけの体を引きずり、息も絶え絶えと言った様子でなんとか森の中に入り…木に体を預ける。


「ミトラース先生は…いや、ミトラースは捕まったか…仲間もいなくなった…影の内閣は本格的終わりか……」


その影は…いや、モルトゥスはエリスにやられた後、自分だけでその場を離脱し逃げ出していた。ミトラースは既に捕まり…直ぐに牢屋に入れられる。助かったのは自分だけ、影の内閣はたった一人の女により壊滅させられたと言ってもいい。


いや……。


「それもこれもミトラースが仲間達を切り捨てたからだ…!クソッ、あんな男に従うんじゃなかった……レナトゥスの言った通りだった」


全部ミトラースのせいだ。ミトラースこそ自分にとっての救いの主であると崇める俺に対し諌めるような言葉を思い出す。


自分と同じくミトラース様の『メテオロリティス』の性を与えられ、俺の姉となった存在…マレウス宰相レナトゥス・メテオロリティス。元老院滅亡の一助となった裏切り者だが、結局アイツの言ったことは正しかった。


『ミトラースの時代は終わっている、私達はミトラースの代弁者ではなく…新たな時代を作る新たなる指導者だろ』


傲慢にも思える言葉だったが、結局奴は元老院に気に入られ、新たなる支配者としての立場を確立し、そして自らを育て上げた元老院さえ滅ぼし…唯一の存在となった。


結局、アイツが正しかった…間違っていたのは俺の方だ。ミトラースはただの老人だった、支配者になり損ねた敗北者だった…そう痛感させられたよ。


だって……負けたからな。


「まだだ、俺はまだ負けてないぞエリス…必ずミロワを誘拐し、再び影の内閣を再建してこの国を作り替えてみせる…必ずだ、必ず勝つ…」


俺はまだ諦めてない、ミトラースのように敗北して終わる男じゃない。必ず国を救ってみせる…必ずマレウスを救ってみせる。その為にもミロワを頂いてみせる……。


この傷を癒したら…直ぐに行動開始だ。やってやるぞ…必ずな…!!!


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― 新着の感想 ―
ああ、女王の字の汚さの弊害がここに…… 普通の覚醒者の倍くらい……つまりエリスよりは下だけど瞬殺はできないくらいの強さ?めんどくせー ステュクスはクレプシドラと面識あるからな。ラグナ達とも情報共有でき…
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