777.魔女の弟子エリスと破壊旋風粛清拳祭り
「遅い」
無限に並ぶ本棚、どこまでも続く記憶の廻廊…その中心、本の山の上に腰をかける雷の権化は怒り気味に頬杖を突きながらこちらを睨む。
「ようやくお目覚めか、全く…あと少し遅れていたら私が出ていたぞ」
白い髪を揺らし、腕を組みながら立ち上がり…こちらに向かって歩いてくる。不思議な感覚だ、ずっと起きていたのに…まるで寝起きみたいに現実感がない。でも。
「で、思い出したか…エリス」
「……はい」
己の手を見る、ここはエリスの精神世界。そこで拳を握り調子を確かめる…さっきまで曖昧で見えなかった物が全て見える。調子は万全…全く、やってくれたよ、色々と。
「なら上等だ、状況は分かるか?一応纏めてあるが」
「必要ありません、全部覚えてます。エリスが今まで何をしていたのか…今どう言う状況で何をすべきか。全て記憶していますので」
「だったらいい、ほら…いつまでもボヤッとしてるな…行ってこい」
「はい、心配かけましたね。シン」
「別に心配はしていない!」
軽く微笑み、シンの肩を叩きながら横をすり抜け…目を閉じ、そして開ける。
エリスはさっきまでアルクカースで寝ていたはずだ。これからどうしようって悩んでいたはずだ。だが今はどうだ…目を開けば。
「え、エリス……」
「…………」
暗い天井が見える、そして横たわるエリスを心配そうに見つめる三人の影……ここはルカン、マレウス北部の比較的中心に位置する街。北部中心街のブリュスターや聖霊街タロスの間に挟まるような街だ。
なんでこんなところにいるのか…それは。
「やってくれましたね、オリフィス」
「ッ……!」
コイツのせいだ、オリフィス・クロノスタシス…コイツがエリスの記憶を奪い今までいいようにしてきたんだ。今までエリスはコイツを兄だと思い込んで動かされてきた…お陰でこの有様。モルトゥスとミトラースを相手に不覚をとった…全く。
「す、すまない…エリス。だが今は…」
「分かってますよ…今はそれどころじゃないです。ミロワちゃんは何処へ行ったんですか?」
「え?エリス?」
起き上がる、奴ら…転移魔力機構を持っていた。ってことはどこかに飛んだのだろうが、魔力機構の大きさ的に遠くにはいけないはず。幸い記憶を失っていたエリスは魔力を使えなかった…つまり魔力消耗はゼロだ。
そう思いながら体についた煤を払っているとオリフィスは目を丸くして。
「なんですか」
「い、いや。お前…さっきまで瀕死だったよな。なんでケロッと起き上がってるんだ」
「え?まぁ…このくらいの傷なら『慣れっこ』なので」
「えぇ……」
記憶を失ったエリスからすればこの傷は初体験の重傷だが、エリスからすればこの程度の傷擦り傷にも入らない。今までもっと痛い思いしてきましたからね、戦いの経験はエリスに傷と消耗に対する付き合い方を教えてくれました…そう言うのがあるから、全然動けます。
「それより、ミロワちゃんは」
「あ、ああ。実はカレイドスコープ邸に逃げられた…ここからじゃ遠くてとてもじゃないが移動出来ない。だが今のエリスなら!何か方法が思いつくんじゃないか!?歴戦のお前なら!」
オリフィスは必死にエリスに頼み込む。ミロワちゃんを助けたい…その気持ちに澱みはなく、また混じり気もない。本当にあの子を助けたいって感じだ。
サブリエとシャーロウも同じ。不安そうな顔で見て…エリスの言葉を待っている。
まぁ、そうですね。上手いこと裏をかかれた形にはなりますが。
「なんとかなります、なんとかします」
「本当か!!」
「ええ、オリフィス…貴方達は今からカレイドスコープ邸に戻るように」
「お、お前は?」
「直帰します」
「へ?」
一刻の猶予もない。ミトラース達がミロワちゃんを連れてカレイドスコープ邸を出るのにかかる時間はものの数秒、ブリュスターを出るのに数分しか猶予がない。
なら…神速の勢いで戻るしかないだろ。転移にも勝るほどの勢いで……。
「シン!!」
「へ!?」
エリスは叫ぶ、オリフィスは驚いて目を丸くするが…別にオリフィスに行ったわけじゃない。
『なんだ…まだなんかあるのか』
「あります」
エリスの中にいるシンに呼びかけたんだ。エリスの冥王乱舞だけじゃ間に合わないかもしれない…だから。
「力を貸してください」
『なに?ふざけるな!私はお前の敵だぞ!仲間になったつもりは──』
「今そう言うのでいいので!後で聞きますから!力を!」
『〜〜ッ!ええい!分かった!』
彼女なら分かってくれると思っていた…よし、今のシンの力が借りられるなら、『アレ』が出来る!!
「行きますよシン!」
『合わせろ!お前が!』
二人で意識を整え、重ね合わせるように二つの覚醒を合一する……。
「魔力覚醒!!『ボアネルゲ・デュナミス』!!」
シンの拒絶の意思で封じられていたボアネルゲ・デュナミスを解放する。これからはシンの許しがなければこれは使えないだろう。そこに関してはシンの存在はエリスにとって負担かもしれない……だが。
「からの!」
シンの存在により、可能になった事が一つある。それはシンに許可を取らねばならないと言うデメリットを大幅に帳消しにする……エリスの最強形態の更新。その名も。
「『雷冥乱舞』ッッ!!」
噴き出す紫の炎と四肢に巻き付く黄金の雷帯。エリスの冥王乱舞とシンの雷王乱舞の合わせ技…その名も『雷冥乱舞』!エリスの冥王乱舞を元に作り上げた雷王乱舞は、理論としては殆ど同一の技だ、重ね合わせることもできる。
それでいて、冥王乱舞だけでは出せなかった最大出力を大幅に更新…二倍近い出力すら出せるようになる。これなら。
「行ける…!」
『急げよエリス!私の力を使って結局ダメでしたは許さんからな!』
「分かってますよ……オリフィス!サブリエ!シャーロウ!離れていなさい!!」
「お、おお!」
エリスの爆轟による最高加速、シンの電磁力による超電磁加速。この二つを合わせる…四肢から紫の炎が吹き出し、黄金の帯がエリスの足に絡みつき電流を放つ。足が大地から離れ……今。
「雷冥乱舞……臨界ッッ!!」
「ッッッ!?!?」
放つ。電磁波による前に押し出す磁力、前に引き込む磁力、そこに爆発加速を加え無限に加速を遂げる。その威力は館の外壁を引っぺがし瞬く間に空へと駆け上がり、彼方へとエリスを運ぶ。
これなら間に合う……!
「ぼ、坊ちゃん…アイツ、あんな強かったんすね」
「抵抗とかされてたら、儂等消し飛んでいたのでは……」
そんな中、光の帯を残して空の彼方へと消えるエリスを…屋根が吹き飛んだ館の中で、見上げる三人。ただ記憶を戻しただけで爆発的な進化を遂げたエリスにサブリエ達が呆然とする中……。
「………あれは」
オリフィスは一人、立ち尽くし。エリスが空に残した光の線を見上げ……。
「流星……」
さながら、果てを目指す星の軌道。なににも縛られることなく天を駆ける願いの象徴。幾多の声と祈りを背負い…それでも飛翔するその姿はまさしく…流星そのものであると、小さく呟くのであった。
……………………………………………………………
「……やはり、魔女の弟子でしたか、エリス」
「ミロワちゃんを返してもらいますよ、ミトラース…モルトゥス!」
雷冥乱舞はエリスの想像を絶する程のスピードを出した。一瞬でカレイドスコープ邸の家庭教師量へとエリスを導き…今、その一室へと舞い降りた。
目の前には大穴、モルトゥスを吹き飛ばし作った穴と隣にはミトラース…そして足元にはミロワちゃんがいる。それだけだ、今の家庭教師寮にはそれだけの人間しかいない…まぁ好都合だ、変に周りに気を遣わなくてもいい。
『もういいな!一旦雷冥乱舞は解除だ!』
シンはエリスの頭の中でそう叫び、ボアネルゲ・デュナミスが解除される。エリスに対して非協力的だ…と言うわけではない。シンもこの力をもっと使っていたいと考えていた。
しかし、どうやら雷冥乱舞…維持がかなり難しい。エリスとシンの思考を完璧に同調させる必要があり、精々維持出来て二十秒程度。
それ以上はシンが精神力を使い果たしてしまうから…多分、一分か二分のクールタイムが必要になる。使って初めて分かった制約だが、問題ない。超極限集中と異なりクールタイムさえ守れば一日に何度も使えるんだ…それに。
エリスは、エリスの手でコイツらを殴らなきゃ気が済まない。
「ミロワちゃん…大丈夫ですか?」
「え、エリスさん?…なんか、雰囲気が違う気が……」
エリスはミロワちゃんの縄を解き。その頬に刻まれた傷を見て…どんな扱いをされていたかを悟る。可哀想に、縄で縛られて叩かれるなんて…怖かったろうに。
「もう大丈夫です、エリスが貴方を傷つける全てを破壊しますから…だから、一旦ここを離れて」
「は、はい……」
逃す、その場から。ミトラースは追わない…そりゃそうだ、追ったら背中から掴みかかって真っ二つにへし折るからな、エリスが。
「ふむ、なにやら本調子を取り戻した様子…これは困ったなことになりましたね」
「ミトラース…お前、確かミトラース・メテオロリティスって言いましたよね。レナトゥスの仲間ですか?」
「いいえ?彼女は私の期待を裏切った出来損ない、一緒にしてもらっては困る…それに」
その瞬間、エリスが吹き飛ばしたモルトゥスが瓦礫を押し退け立ち上がり…。
「貴様ぁああああ!!!」
「はぁ、まだ起き上がりますか」
「なんだ急に!覚醒したのか!?」
「答える気がありません」
モルトゥスは覚醒し、電気の鎧を身に纏いズンズンこちらに歩み寄る。真横にはミトラース…ミロワちゃんは今廊下を走っている……か。
「ミトラース先生!コイツは俺が殺します!」
「ふむ……よろしい」
冥王乱舞は維持、敵は二人、双方共に覚醒者、どちらか一方に追わせたら終わり。上等だ、エリスを怒らせてタダで済むと思うなよ────。
「『紫電よ』!!!」
「ッ…!」
「『焼き払え』!」
瞬間。モルトゥスが手に持つ雷の槍を打ち払う。電流は放たれるように伸び目の前にある全てを薙ぎ払う、がそれを跳躍で避けたエリスはモルトゥスに視線を向けず、ミトラースに視線を向け続ける。
「うぉおおおおおお!!!」
払う、払う、払う、無数の斬撃を飛ばすように雷の槍を振り回すモルトゥスの連続攻撃は部屋の中を跳ね回るように乱れ飛ぶ。雷の槍は自在に形を変える、伸びて、広がり、折れて、伸びて、事実上の無限の射程を実現する雷斬は網目のように広がり、覆い尽くす。
それを、…避ける。
「当たらないだと!?!?」
向けない、視線は。飛び上がり、魔力を噴射し、方向修正し、部屋の中を乱反射するように次々と避けていく。部屋の中の机が弾け飛び、タンスが吹き飛び、床材が弾ける部屋の中を踊るように飛びながら…ミトラースを警戒し続ける。
アイツが一番ネックだ、…どう動く!
「………」
瞬間、ミトラースが動く、懐から拳銃を取り出しこちらに向ける…そこにエリスもモルトゥスも気がつき、そして。
「ッ…!」
撃つ、エリスに向けて弾丸が飛ぶ。それと同時にモルトゥスが動く…。
「ミトラース先生!援護感謝します!」
エリスの意識が銃弾に行ったと考えたモルトゥスは、銃弾と共に雷槍を手に突っ込んでくる。二面からの同時の攻め…コイツ!
「バカですか!」
「は?」
突っ込んできたモルトゥスの雷槍による突きを回避、同時に防壁で銃弾を弾きモルトゥスを睨みつける、バカかコイツは!今のは援護じゃない、お前の援護では断じてない!!
「邪魔!!」
「ごぶっ!?」
拳を握り、防壁で保護し…打ち砕くようにストレートの拳撃をモルトゥスの顔面に叩きつけ吹き飛ばす。今のミトラースの動きは援護じゃない…今のは。
「仲間を捨て石にするつもりか!!」
「一秒も持ちませんか」
即座にミトラースを追いかける…そうだ、アイツは拳銃を撃つと同時にミロワちゃんを追いかけに向かったんだ。つまり攻めあぐねているモルトゥスに無理に攻めさせる理由を作った。援護してもらえていると思ったモルトゥスはエリスに突っ込む…その行為そのものを時間稼ぎに使ったんだ。
初めからモルトゥスを捨て石にして、自分はミロワを確保しにいくつもりだったんだよコイツは…!
「仲間じゃないんですか!」
「仲間ではないですね」
廊下に出て、エリスは一気にミトラースに飛びかかり蹴りを放つが、奴はマントを翻しながら振り向きエリスの蹴りを片手で掴む。やはりコイツはモルトゥスとは比較にならないか!
「全てはマレウスの未来の為、マレウスの栄光の為、ならば人の礎などいくらでも築いて見せよう…!」
「モルトゥスと言いお前と言い、自分勝手すぎるんですよ!」
「なんとでも……」
瞬間、ミトラースはマントを脱ぎ去る…その内から出てきたのは頑健な黒い鎧に包まれた…戦闘形態。そしてマントに隠されていた片手には剣が握られており───。
「言いなさい」
「うぉっ!?」
飛んできたのは薙ぎ払い、モルトゥスの一撃とはまるで違う…重く、鋭い一撃は一閃と共に廊下の両壁を切り裂き、館を軋ませる。対するエリスは思い切りブリッジをして刃を避けるが…危なかった。今のは防壁じゃ防げなかった。
「ッ…なんですか、その剣」
「久々ですよ、私にドッペルト・フランシュベルトを抜かせたのは……」
奴の手に握られている剣は普通の剣じゃない。ゆらゆらと左右に揺らめくような刃…所謂フランベルジュと呼ばれる形の刃が上と下、両側に二つ付いている。かなり大型の武器だ…あんなもん何処に隠していたんだ。
「モルトゥスでは不足なようで、私が相手しましょう」
「お前もモルトゥスもエリスがぶっ飛ばします!!」
髭を撫でるミトラースに向けて飛ぶ、旋風圏跳による加速…しかしミトラースはそれすらも目で捉え。
「遅い…『フラン・クリンゲ』」
燃える、ミトラースの持つ大型のフランベルジュが。それを水車のように回転させ狭い廊下を覆うように振り回される。床も天井も焼き切りながら放たれる高速の連撃はエリスに攻めを躊躇させるほどの圧力で放たれ…。
「『グルート・シュトルム』!」
「ぐっ!?」
剣を握っていないもう片方の手から放たれた火炎の爆裂、それを防壁の展開で凌ぎながらエリスは一気にミトラースの懐に潜り込む。
「なんと、突破するか…!」
「子供を誘拐する奴はエリスが許しません!!」
「アホらしい…」
拳に力を込め、一気にミトラースに向け放つ。同時にミトラースも拳を握り…叩きつけるように迎え撃つ。二つの拳は激突し、衝撃を生み、傷ついてボロボロの壁を、床を粉砕するほどの震動を作り出し。エリスとミトラースの間でビリビリと魔力が迸る。
強い…コイツ。八大同盟の幹部と比べてもなんら引けを取らないレベルだ…簡単じゃないか、倒すのは。
「子も、大人も、結局は全て永遠に続くマレウス史の一部に過ぎない。そしてマレウスの栄光の為…マレウス国民はその身を尽くす義務がある」
「勝手に決めないでください!!」
「そちらこそ、他国の人間が口出ししないでもらおうか」
一閃、ミトラースのフランベルジュが高速で回転し自身を中心にあらゆる物を切断する。咄嗟に防壁を展開し斬撃を弾くがやはり防ぎ切れない、故に敢えて軌道を逸らすように受け、迷うことなく飛び立つ。
「だったらお前も!」
「む!?」
ミトラースは驚きの声を上げる、だって飛び込んだエリスはミトラースの真横をすり抜け通り過ぎたのだから。一瞬逃げたか!?なんて顔をして振り向くが…違う違う、逃げたわけじゃない。
それを証拠に、エリスの手はミトラースの襟元に引っかかっており……。
「他人の人生に口出しするじゃねぇぇええ!!」
「ぐぅっ!?」
襟を掴んだまま、一気にミトラースを引っ張り投げ飛ばし地面に叩きつける。床の板は弾け、残骸が飛び、ミトラースの体が地面に埋まる。それを確認した後エリスはそのまま廊下の奥に向けて走り。
「やぁー!!」
壁を殴り、柱を蹴り、廊下を瓦礫で潰す。このままミロワちゃんを追いかけられないようにルートを潰す!
「やめなさい」
「あぇ!?」
瞬間、エリスの背後に影が伸び…熱が迫る。ミトラースだ、コイツもう復帰して────。
「『旱天』!」
「うぉおお!?!?」
振り向くよりも前に飛んできたのは掌底。それが防壁を貫いて熱の衝撃波となりエリスの体を貫き…そのまませっかく作ったバリケードを突き抜いて廊下の奥まで飛んでしまう。
「やってくれましたね…魔女の弟子。私をここまで小馬鹿にするとは…イライラしますよ」
「あら…怒りました?」
地面を転がりながら、奴を見る。するとどうだ…奴の姿が変わってるじゃないか。全身が紅蓮に赤熱し、メラメラと肩から炎を出し、髭なんか炎そのものになり瞳を赤く染めている…間違いない。覚醒を使ってきたな。
「『熾火之衣冠』…君と戦っていると現役時代を思い出す」
魔力覚醒『熾火之衣冠』…見るからに属性同一型覚醒、効果は恐らく魔力そのものを熱力に変化する物か、或いは肉体を熱力に変換する物だろう。どの道凄まじい熱を放ち、奴が一歩歩くだけで大地が焼けている…。
(参ったな…)
エリスは服についた汚れを払う。参った、なにが参ったってエリスの状態だよ。籠手もない、コートもない、防具が軒並み取り上げられている。その上にデティ達と引き離されているから援護も回復も望めない。
孤軍奮闘…それに加えて。
「先生ーー!!」
「モルトゥス、ミロワ奪還はこの際一旦諦めます。あれを殺します…」
(二対一、しかも両方覚醒者…)
モルトゥスはまだ動いてくる、何回ぶっ飛ばしても食いついてくる…ああいうタイプはこの場において一番邪魔だ……味方もいない、防具もない…嫌な状況だが。
打開策は一つある。それは……。
(シン、お願いしたいことがあります)
『あ?なんだ、言っておくがまだ雷冥乱舞は……』
(違います)
コイツら二人をぶっ飛ばすのに必要な鍵は…シンだ、シンにも戦ってもらう。
「俺にお任せください!ミトラース先生!!」
「行きます!!」
突っ込んでくるモルトゥス、猛烈な勢いで雷を纏い一直線に飛んでくる奴を見据えながらエリスも走り出し……。
「『紫電よ、突き抜けろ』!」
放たれる雷電の一閃。鋭い電流が槍のように迫る…それに対してエリスは手を伸ばして、叫ぶ。
「シン!なんとかしてください!」
『は!?』
瞬間、エリスはモルトゥスの電流を掴む。しかし電流はエリスに通ることなく、寧ろエリスの一部のようにぐにゃぐにゃと歪む…そう、咄嗟にシンがエリスの中の魔力を使い電流に干渉したのだ。
「な!?俺の電流の支配権が奪われた!?」
シンはある程度自由に動ける、エリスの事を感電させて意識を奪ったように魔力を勝手に使う事が出来るんだ。
デティが言っていた、同じ事象操作系の魔術使いなら、より練度の高い方が支配権を握ると…モルトゥスとシンなら、比べるまでもなくシンの方が雷の扱いが上手い!
(シン!エリスの魔力を半分預けます!だからモルトゥスの方をお願いします!)
『ぐっ!?無茶を言う!体も無しに魔力だけで覚醒者の相手をしろと言うのか…!』
(アイツくらい、貴方なら楽勝でしょう?)
『ええいうるさいうるさい!やってやる!』
エリスは一気に駆け抜けモルトゥスの横を潜り抜ける。次瞬間にはエリスの背中から無数の電流が迸り、モルトゥスの電流も飲み込みながら荒れ狂う……シンがエリスの魔力を使いモルトゥスの迎撃を行っているんだ。
シンなら魔力を預けるだけでモルトゥスを完封してくれる。ならエリスはミトラースに集中するだけでいい。
「行きます!冥王乱舞!!」
そしてエリスもまた魔力覚醒を行い、一気に加速しミトラースに迫り……。
「『星線』!」
「ぐぅっ!?」
最高加速からの飛び蹴り。爆轟による音速を超える飛翔から繰り出される蹴りはガードの上からでも相手を砕く威力がある。全身燃え盛るミトラースはエリスの一撃を受け血を吐きながらその身を揺らし。
「何故我々の邪魔をする!!」
振るう、エリスの星線を受けても吹き飛ぶ事なくフランベルジュを振るい熱波を斬撃のように飛ばしてくる。その猛威は凄まじいが、冥王乱舞を解放したエリスには届かない…一瞬で斬撃の裏に回り。
「言ってるでしょ!ミロワちゃんを傷つけるからと!」
蹴りを見舞う…その顔面に。しかしミトラースは腕を犠牲にしてでもエリスの蹴りをガードし、燃え盛る瞳をこちらに向ける。
「この国の文化が、この国の歴史が、他国の人間に踏み荒らされ…消えようとする今この時に、子供云々と言っている場合ではないのです!」
「あのね!国の話してないんですよ!子供を巻き込むなって話してるんです!国を救いたいならどうぞご勝手にって感じです!でもね!関係ない人間巻き込むから!エリスみたいに関係ない人間と敵対するんでしょうが!!」
「ミロワ・カレイドスコープはマレウスの人間だ!元より関係ある!」
「それはお前の理屈だろ!」
「喧しい!」
追い払うように振るわれる斬撃の雨、それを掻い潜るように下に飛び、そのまま一気にミトラースの胴体にしがみつく。
「む!」
「冥王乱舞!!」
そして、腕はミトラースの首に引っ掛け、足は胴体をがっしりホールドさせて。その状態のまま…エリスは魔力を噴き出す。四肢それそれら一定の方向に魔力噴射を行い。
「『大水車』!!」
「ぬぉぉおお!?!?」
その場で横に回転する。ミトラースを巻き込んだ状態で水車のように、それでいて車輪のように。超高速で回転し遠心力でミトラースの体を攻撃する。
「ッ先生!」
『させるか!まだまだ雷への理解が薄い!!』
「ぐっ!?嘘だろ…先生と戦いながら何故ここまで的確に俺を迎撃出来る!背後に目がついているのか!?」
モルトゥスもミトラースを助けようとするが、それを阻止するのがシンの役目だ。エリスの死角で動くモルトゥス目掛け電流を放ち、そして奴の飛ばしてくる電撃を乗っ取り跳ね返し、寄せ付けない。
寄せ付けないモルトゥス、抵抗出来ないミトラース…このまま決めてやる!!
「冥王乱舞!」
「ぐっ…ぅ…」
そしてエリスは停止し、一気に急上昇する。天高く飛び上がり屋根を突き破り館の外に出て…眼下に家庭教師寮を見下ろす。と同時にミトラースを頭の上に抱えたまま真下に飛翔…。
そして、再び屋根を突き破りながら寮の中に突っ込み───。
「『紫炎蓮華』!!」
「ぐぅっ!?」
急降下、からの着地寸前で勢いに任せて地面にミトラースを叩きつけると同時に叩きつけたミトラースの上に着地し魔力を放つ。四方八方に炸裂するような魔力の嵐はさながら蓮華が咲き誇る如く。
大地が凹み、消し飛び、家庭教師寮に大穴が開く……その巨大なクレーターの中心で倒れるミトラースと、それを見下ろすエリス。
「力で物事を無理矢理動かせば、それ以上の力が反動として返ってきます。無理矢理子供を攫おうとすれば、それ以上の力で無理矢理阻止されます。分かりますか?これが道理も無視した罪の深さですよ、ミトラース」
「ぐっ……あと、二十年若ければ…お前なんぞに」
「二十年前じゃ生まれてませんよエリスはまだ」
「ッだがまだ諦めるわけにはいかない。ミロワ・カレイドスコープは王になれる器だ…いや、私が王にする。マレウスを再編する為の旗印が必要なのだ…」
「知りません、そんな事エリスに言われても困ります」
「あの子の価値も分からないお前に……守られたくもないわぁぁああッッ!」
「お、元気」
ミトラースは全身から熱を噴き出しエリスを吹き飛ばす。熱をモロに食らってしまったが、大丈夫。だってまだ動けるから…。
「はっ、まだまだ付き合ってあげますよ…!」
「隙ありッ!」
「ぐっ!?」
しかし、吹き飛ばされた瞬間、後ろから雷の刃が伸びてきてエリスの腹が貫かれる…全身に電流が走る。これは……モルトゥスだ、瓦礫の影に隠れていたんだ!
「ッ…ちょっとシン!モルトゥスの相手は!?」
『お前ぐちゃぐちゃに動きすぎだ!見失うだろ!』
「ええい面倒になってきました…」
「な、なんだコイツ!あれだけ痛めつけて!雷の刃で突き刺したのに!まだ元気とか!狂ってるのか!?」
「なんと言うタフネス…!」
このまま戦い続けても無駄に消耗するだけな気がしてきた。って言うかお腹に刺さってる雷の刃めちゃくちゃ痛いし、腹立ってきたな…。
『フラストレーションが溜まってきたな、それでこそエリスだ』
(エリスはエリスですよ、それよりシン……)
『ああ、準備万全…十秒だけだ、それで事足りるだろ』
(よし…じゃあ決めにかかりますか。もう十分エリスの手でミトラースは殴りましたので…後は、清算の時間です)
大きく息を整える、クールタイムは終わった…なら後は。
決めるだけだ。
「『雷冥乱舞』」
その一言で全てが様変わりする。エリスに刺さっていた雷の刃が砕け、モルトゥスの表情が変わり、ミトラースの顔が歪む。ここまでは『拳で仕返しがしたい』という単なるエリスの自己満足であり、時間稼ぎでしかなかった。
それが終わった、お遊びが終わったんだよ……終わったんだ!
「清算の時だ!!!」
「ッ!」
まず動く、振り向くと同時に背後にいるモルトゥスに向け飛ぶ。
「く、来るな────」
「嫌です」
「は、速ッ…!?」
奴も無抵抗と言うわけではない。咄嗟に刃を払いながら背後に飛んだが…それ以上の速度でエリスが肉薄した。雷冥乱舞の凄まじさはなんといってもその速度……ではなく、操作性だ。
エリスの瞬間的に最高速に至る冥王乱舞の特性、シンの減速せず常にトップスピードを維持し続ける雷王乱舞の特性。この二つが合わさり冥王乱舞の弱点だった方向転換を克服した…これによりエリスの動きに縛りはなくなった。
まるで蛇のような軌道を描き一瞬でその素っ首を掴み、捕まえると共に。
「雷冥乱舞……!」
「ギッっ!?」
殴り飛ばす。電気を纏う拳で殴り飛ばす、モルトゥスの体は突き飛ばされエリスの前を飛び遥か彼方まで飛んでいきそうになった……が、それも途中までの話。
「な、なんだ…!?」
吹き飛ばされたはずのモルトゥスが虚空で止まる。いやそれどころかエリスに引き寄せられている…いや引き寄せている。エリスが。
シンの雷王乱舞が持つ力…電磁力により奴の体を引き寄せているのだ。これにより奴の体は殴り飛ばされたはずなのにすぐまたエリスの前に戻ってきてしまう。
不便だと思ってたんですよ、一発殴ったら遠くに飛んじゃうの…これならいくらでも殴り放題ですよ、なんせ殴ったそばから寄ってくるんだから……。
まさしく、殴りたい放題!!
「『雷音波濤拳』ッッ!!!」
「ガババババ!?!?」
魔力噴射による爆発、電磁力による加速を生かし高速で動くエリスの拳が雨のようにモルトゥスを撃つ。殴られてもモルトゥスは逃げられない、常にエリスに引き寄せられ続けるから逃げようがない。
これが痛みだ、これが恐怖だ。お前がミロワちゃんに与えた苦しみの万分の一だ、億分の一だ…多少なりとも。
「分かったか!モルトゥスッッ!!」
「げぶふぉっっ!?!?」
食い込む蹴りがモルトゥスを磁力の拘束から解放する。電磁力でも捉えきれない勢いで蹴り飛ばし、弾丸のようにモルトゥスを遥か彼方まで蹴り飛ばす。これでさしものアイツも起き上がってこれまい!
後は……。
(ミトラースだけ……ん?)
即座にミトラースに目を向ける…だが、おかしい。ミトラースの奴余所見をしている…エリスでもモルトゥスでもなく、今このクレーターの中心にいるアイツは…上を見て、地表を見ている。いや地表というより…家庭教師寮の部分だ。
何を見上げているんだアイツは──。
『エリス!上だ!』
「ッ!」
その瞬間シンが電磁波を放ち情報をエリスの脳みそに叩き込んでくる。そう、ミトラースの視線の先…そこにいたのは。
「ミロワちゃん!?」
逃したはずのミロワちゃんが家庭教師寮をからクレーターの中を覗き込んでいた。なんであそこにいる、なんでまだここにいる。もうとっくに館の方に逃げていてもおかしくないのに……まさか、戦いが気になったのか!
(迂闊な!)
そう感じたその時には…既にミトラースが動いていた。足先から大量の火炎を放ち、火の化身となってミロワちゃんに向けて飛んでいた。
「ミロワ・カレイドスコープ!マレウスの未来の為犠牲になってもらう!!」
「ハッ…!」
ミトラースの手がミロワちゃんに届く…その寸前になってエリスはようやく動いた、動き出した……。
「させない」
でも、間に合う。一瞬電流が迸り…ミロワちゃんに伸ばされた手を蹴り払い、ミトラースの目の前で道を阻む。雷王乱舞のおかげで反射速度も劇的に上がっている…故に後手に回っても先手を取れる。
「ッッどこまでも邪魔をする!!」
「雷冥乱舞……『真・雷神求大魔道』ッ!!」
悔しそうに歯噛みするミトラース目掛け放つのは圧縮した魔力波動、それは黄金の光を放ち…さながら超電磁砲のように放たれ目の前の全てを吹き飛ばす。ミトラースの体は魔力により弾き飛ばされ再びクレーターのど真ん中に叩きつけられる…と同時にエリスは背後のミロワちゃんを睨み。
「逃げなさいと言っているでしょう!!!」
「ッご、ごめんなさい…!」
ここは危ないんだ…けど、まぁいい。
だって、もう終わるから。
「ミトラース!エリス!お前の理屈が嫌いです!」
「ぐっ…ぅ…!出鱈目な…!」
傷だらけになり立ちあがろうとするミトラースに狙いを定める。コイツのせいでとんでもないことになりかけた…やはり許せん!
故に放つは…最大奥義。
「雷冥乱舞…奥義」
雷の帯による加速、魔力衝撃による加速、それら全ての最大解放…雷王乱舞、冥王乱舞、王星乱舞、全てのノウハウを掛け合わせた…今のエリスに叩き出せる最大火力。
加えるのは回転、電磁力による超回転。一瞬にして高速回転し始めたエリスは体を伸ばし、足先に魔力を集めて……射出する。エリス自身を────。
「『真・流彗一脚』ッッ!!」
「ッッぬぐぉぉおぉおお!?!?!?」
さながら消えるが如き勢いで飛んだエリスの体は、そのままミトラースに突っ込み…奴の燃え盛る体の中心を叩く。同時に衝撃は背後に突き抜け大地を引き裂き地表を揺らし粉砕し…崩れた岩盤が家庭教師寮の半分を鎮めていく。
地面に伝わる振動は甚大な地盤沈下を引き起こし、目の前の光景を一変させる。それが今のエリスの最大火力…凄い、凄いぞ。王星乱舞を遥かに上回る火力を出したのにエリスの体に全く負荷がない!
流石はシンの作った雷王乱舞!上手く自分の体への負担を抑えるように作ってあるんだ!自分の体を守るって発想があんまりなかった!
「よっと……これで分かりましたか、ミトラース」
「ぅ…………」
大の字になって倒れるミトラースは、全身がクレーターの底に埋まり、白目をむいている。コイツは未来の為の犠牲とか、マレウスの為にミロワちゃんを犠牲にするとか言ってましたけど、エリスそう言うの嫌いです。
「目的のためなら犠牲を払ってもいいって発想も、犠牲を出せば物事が上手くいって考えも、エリスは嫌いです」
『き、聞こえてないんじゃないか?やりすぎだろ』
腕を組みミトラースを見下ろす。このゴミクズが……と思っていると、ミトラースは唇を震わせ。
「ば、バカな…後少しだったのに。ようやく計画を始動させたのに、目的まで…もう少しだったのに、何故このタイミングで…お前が来るんだ、何故…失敗するんだ……」
『分かる、分かるぞ。その気持ちはよく分かるぞミトラース。私は今お前に共感している、理不尽だよな、エリスは。コイツはいつだって最悪のタイミングでやってくるんだ』
「シンうるさい」
なんていっているうちにミトラースは気絶し、雷冥乱舞も解除される。うーん、今のエリスとシンでは十秒ちょっとの維持が限界ですか。まぁ今さっき思いついた技にしては上等だったか。
さて……。
「……ミロワちゃん」
敵は叩き潰した。救うべきは救った…ならば後は。ミロワちゃんだ…エリスはクレーターを一足で駆け上がり、ミロワちゃんの前に立ち…睨みつける。
「…あ、あの…エリスさん」
「何故逃げなかったんですか」
「………」
オドオドするミロワちゃんはエリスの言葉を受けて肩を揺らす…だが、涙を目に溜めながら、胸を張り。
「ッ誇り高き!メレク・カレイドスコープの娘として!敵に背中を見せる事は出来ません!私は父の名誉と栄光の為なら!戦地に残ります!」
「巻き込まれていたら、死んでましたよ」
「死など怖くありません!!」
叫ぶ、涙ながらに叫ぶ。それがミロワちゃんの誇りか、それがミロワちゃんの言いたいことか……なるほど、よく分かりました。
なら、エリスも言わせてもらいましょう。
「バカッッ!!」
「ッ…!?」
パシン…とエリスはミロワちゃんの頬を叩く。この手で、エリスは彼女の頬を叩くんだ。
「え……」
エリスに殴られないと思っていたのか、彼女は頬を抑えて信じられないとばかりにエリスを見る。だがなんと思ってもらっても構わない…だって。
「死んだら元も子もないんですよ!死ぬことが貴方の強さの証明になるんですか!貴方を守る為に多くの人が動いているんです!その事をきちんと理解しなさい!!」
「で、でも…私はお父様の──」
「貴方の話をしてるんです!お父さんの話はしてません!それに…貴方のお父さんだって、貴方が死んだら悲しいに決まってるでしょ!」
肩を掴み、叫ぶ。エリスは子供を叩く奴を許さない、けど…同時に自分を蔑ろにする子供も許せない。死んでもいい…そんな事を言う子は、怒らなきゃいけない。例えエリスが嫌いな子供を叩く奴になったとしても、怒らなきゃいけない。
だって……師匠がそうだったから。エリスが無茶をしたらあの人は怒った。それはエリスが気に入らないからでも、単に怒りが抑えられなかったからでもない。心の底からエリスを心配したから…怒ったんだ。
「自分を大切にしてください、貴方はどう言ってもまだ子供…貴方を守るのはエリス達大人の仕事なんです。だから…強がる必要も、死を恐れないフリもしなくていいんです」
だからこそエリスも怒る。心の底から怒る……それを受け、ミロワちゃんは大粒の涙をポロポロと流し。
「ご、ごめんなさい…エリスさん。私…私……バカだった」
「はい、大馬鹿です。大馬鹿ですが……無事でよかった」
「っエリスさん……」
「叩いてごめんなさい、痛くなかったですか…痛かったですよね。けど…本当にこれっぽっちじゃ済まないところだったんです…」
抱きしめる、頭を撫でる、殴ってごめんなさい。本当にごめんなさい…。けど…嗚呼、無事でよかった。本当に本当に無事でよかった。
「エリスさん……私、強くなりたい…」
「なれますよ、必ず」
「……本当に?」
「エリスは敵にしか嘘は言いません」
「なら、エリスさんは……」
「言ってるでしょう、エリスはずっと貴方の味方です。だから貴方が強くなりたいと言うのならなんでも教えます、家庭教師として……」
「そ、その…」
すると、エリスに抱きしめてられているミロワちゃんがポツリと呟く、ん?どうしたんだろう?……。
「その、私…教師と生徒じゃなくて、エリスさんとは……」
「なんですか?」
「で…弟子入─────」
「何事だ!!!」
その瞬間、いつかのデジャヴのように響く声…それは半壊した家庭教師寮を律儀に入り口から入って現れた男…そう。
「た、多額の資金を叩いて作り上げた家庭教師寮が怪獣に踏み潰されたみたいになって……ってミロワ!?それにエリス!?な、何がどうなってるんだ!?」
メレクさんだ、あのメレク・カレイドスコープ…王貴五芒星唯一の生き残りが、なんともまぁ情けなく慌てふためきながらズカズカと入ってきたではないか。すると彼はエリスを見て…。
「なるほど、全て読めたぞ…これは全てお前の仕業だなエリス!」
「え、お…お父様!違──」
「ミロワ誘拐計画の真犯人は貴様か!家庭教師寮をこんなにしおって!許さん!ミロワを返せ!!」
「……はぁ」
立ち上がる、ミロワちゃんの肩を優しく叩いた後。エリスはヒーヒーひゃーひゃー騒ぐメレクに歩み寄る。エリスが犯人だとかエリスが悪いとかなんとか言っているけど…その前に。
「こっち来い」
「えっ!?」
首根っこを捕まえ、持ち上げる。そのままブラブラメレクを持ち上げながらクレーターの淵に立ち…。
「な、何をする…!」
「あれ、あれ見えますか?クレーターの真ん中で寝てる奴、ミトラースです。アイツが今回の件の首謀者です。ミロワちゃんを誘拐しようとしてました」
「え?」
「アイツが内通者で内側に色々招き入れたのも仕掛けをしたのもアイツです。体罰をしていたのもミロワちゃんを洗脳するためでしょう、危うくミロワちゃんを誘拐されかけていましたよ貴方」
「え?え?」
「それもこれもお前が体罰容認とかしなければよかっただけの話です。次からはもっとミロワちゃんに優しく…いいですね?」
「い、いや話がまだ飲み込めてな──」
「い、い、で、す、ね?」
「は、はい」
ギロリと睨みながらミトラースを指差す。有無など言わせるか、文句があるならその前にきちんと親としての勤めを果たせ、果たせないなら地平の彼方まで投げ飛ばす。
「フンッ」
「ぎゃん!?」
メレクを投げて床に転がし、腕を組みながら天を見る。ミトラースは潰した、不埒な家庭教師もいなくなった。現状ぶっ飛ばさなきゃいけないやつは全員ぶっ飛ばした。
一息つけるな、これでようやく。
『終わったな、エリス』
(シン、ありがとうございます)
『別に礼はいらん。それより帰るのか?お前なら飛んで魔女大国まで戻れるだろう』
(そうですね……)
シンの言葉に内心で返しながら考える。ラグナは心配しているだろうか、みんなは心配しているだろうか。いきなり消えたことになってそうだしな…みんなには悪い事をした。
出来るなら直ぐに帰りたい……けど。
(まだ終わってませんよ、シン)
『オリフィスだな?』
(ええ、アイツらがなんでエリスを攫ったか…それを確かめなきゃここを立ち去れません)
オリフィスだ、エリスを妹にしてまでやろうとした事を確かめなければならない。帰るのはそれからでもいいだろう…。
だからラグナ、すみません。もうちょっと待っててください。




