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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十一章 魔女を継ぐ者エリスと怪物王女クレプシドラ
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767.魔女の弟子エリスと怪物王女クレプシドラ


「生き残る最期の機会を逃したな」


「………」


そして、エリスの背後に立ち、奴は嘲笑うように鼻を鳴らす。


崩れ落ちる城郭、大地はヒビ割れ、壁は崩れ穴を開け、外の景色を晒す。


天は赤く染まり、黒い亀裂が走り、紅の電流を迸らせる暗黒の月が…もうすぐ目の前まで迫り、地表を焼いている。


この世の終わりのような、いや事実として世界が終わるその瞬間を示すような景色の只中にて、エリスの前に立つのは…奴だ。


「クレプシドラ…!」


「バカな女だ、お前はつくづく」


絶大な魔力を迸らせるは最強の魔術師。エリスが今まで戦ってきた何よりも強く、万能であり全能である存在。それが素足でペタペタと歩く…その都度に大地が割れ、光り輝く体を揺らし、真っ赤に光る瞳をエリスに向ける。


「利口にこの場から仲間と共に逃げていれば、数分…数秒、いや数瞬…長く生きられたものを。最期のその時を仲間と共に過ごせたものを…!貴様はそれを自ら捨てたのだ!犠牲になって仲間の数秒の為にその身を焚べたのだ!これを愚かと言わず…なんと言うか!」


「お前は、何か勘違いしてませんか」


「勘違い?なら、何の為に…残った」


そんなクレプシドラに向き直り、エリスは欲しい星光の帯を叩くように手を払い…全身に魔力を込める。エリスは別に…仲間達を生かす為に逃したわけでも、仲間達を守る為にここに残ったわけじゃない。


ここに残った理由、それはただ一つ……。


「お前との決着がまだです」


「ほう……」


拳を握り、クレプシドラの顔を睨めつけるように目を向ける。エリスの眼光を受けクレプシドラも瞳孔を狭め、ビキビキと青筋を浮かべ…敵意と闘志をぶつけ合う。お互いの息がぶつかる程の距離で…エリスとクレプシドラはお互いの目を恐れることなく見続ける。


まだこいつが残ってる。例えなにを倒しても、こいつが残っていたら意味がない。エリスはこいつを倒さなきゃいけない…なにより、決着をつけなきゃいけない。


「ハッ…面白い、下民風情が…命を捨てでも妾との決着を望むか。いいだろう…終赫の虧月が落ちるまであと数分、それまでにお前を殺してやるぞエリス」


「ここで終わるのはお前の方だ、クレプシドラ」


バチバチとエリスとクレプシドラの間に、二人を中心に、紫と赤の電流がバチバチと放たれ、赤天より落ちる雷と重なる。


「……………」


「……………」


終赫の虧月が落ちるまでの残り数分、世界の全てが消えてなくなるまで残り数分。過去も、未来も、現在も…その全ての存続は今、エリス一人に任せられた。故に……。


「ッッ……!」


「ッ─────」


故に…負けられない!!!!


「クレプシドラァァァァァアアアッッッッッ!!」


「エリスッッッッッ!!!!」


瞬間、エリスとクレプシドラの拳がぶつかり合い…生まれる衝撃波は、世界に轟く。それはやがて世界の命運を訣る最期の戦いのゴングとなり、エリスとクレプシドラを突き動かした─────。




───────────────────────



エリス達は、ようやく最終目標となる『マレフィカルムの打倒』を成し遂げる為の足掛かり、マレフィカルム本部がある街…聖霊の街タロスを突き止めることに成功した。後はここに乗り込み敵を倒すだけ…と言うところで問題が起きた。


マレフィカルム最強の十一人、セフィロトの大樹の幹部であるセフィラの一角オフィーリアと戦い、エリスが殺されるって事件が起きたんです。まぁそこはいいです、偶然再会したステュクスがなんとかしてくれたので。


しかし、エリスを助ける過程でラグナが戦った、そしてエーニアックの街でエリスが戦ったセフィラ…『業魔』クユーサー・ジャハンナムの存在は、エリス達に大きな衝撃を与えた。


クユーサーは強かった、まさしく別格と言ってもいいほどに強かった。エリス一人では太刀打ちすらできず、ラグナとネレイドさんとメグさんの三人がかりでも通用せず、最後はネレイドさんが劇的な進化を遂げることでなんとかなった物の、…クユーサーの強さはエリス達を驚愕させた。


クユーサーでこれなら、バシレウスやダアトの限界点は更に上ということになる。しかもクユーサーとオフィーリアが脱落してもセフィラは後九人もいる。これらを相手に総帥ガオケレナを倒すことができるのか?


エリス達が出した結論は『不可能』だった。倒せない、今のままじゃセフィラを数人削るのが限度。絶対的にエリス達全員の総合能力が足りていない。


なら…どうするか、それは。


「組み手をしてください!」


「はぁ……」


エリス達は揃って頭を下げる。…近況の報告をしよう、エリスは今アジメクに帰ってきている。エリスが死んでそれを繋ぎ止める為デティが頑張ってくれた、頑張ってくれたが最後には倒れてしまった。その休養のためアジメクに戻ってきたんだ。


で、エリス達はそのままマレウスに戻るではなくアジメクで修行を積むことにした。そうしてエリス達は今アジメクの首都ステラルウブスの中央に聳える白銀塔ユグドラシルの内部にて…頭を下げている。


相手は……。


「いきなり帰ってきたかと思えば、なんだ。組み手?忙しいんだが…こっちは」


「そんなこと言わずに、お願いしますよアーデルトラウトさん!」


軍本部の執務室にて豪華の机に座り仕事をする緋色の髪を持つ女将軍のアーデルトラウトさんだ。

彼女は引退したルードヴィヒさんに代わり筆頭将軍の座についた軍部の頂点、そして今現在アド・アストラが保有する戦力の中で最強と謳われる存在、

エリスは見た、ガオケレナの帝国襲撃の際にアーデルトラウトさんがセフィラを相手に立ち回るのを。彼女の実力はセフィラ級だ…いや或いは撃退していることから上回ってさえいるだろう。


彼女と戦闘経験を積めば…エリス達はセフィラを想定した鍛錬が詰めるのでは、ということで八人揃って頭を下げに来たわけだ。


だがアーデルトラウトさんは首を横に振って。


「ダメだダメだ、忙しいんだ本当に。今日中に終わらせなければならない仕事が十二件、明日までに終わらせなければならない仕事が八件…今こうして話している時間さえ惜しい」


「またまた、アーデルトラウトさんは時間が止められるじゃないですか。時間止めてしまえば今日も明日もないでしょ〜」


「時間を止めても時間が足りないんだ!そもそも私のタイムストッパーは鼓動が十度動くまでの間しか時間停止が行えない。全く…ルードヴィヒの時代から思っていたが筆頭将軍の仕事が過剰に多すぎるぞ!」


「う…」


確かに、ルードヴィヒさんは時間を飛ばし、過程を省略し、結果だけを即座に出現させる魔術の使い手だったが、それでもあり得ないくらい多忙そうだった。時間停止だけではそれこそ足りないか。


「な、なぁそこを頼むよアーデルトラウト、アド・アストラ軍の元帥として命令…とかじゃダメかな」


「それをやったら私は仕事をボイコットする、そうなったら困るのはお前だ」


「それは確かに困る…」


一応アーデルトラウトさんの上司に当たるラグナが頼んでもこの感じだ。困ったな…とエリス達は身を寄せ合い相談する。チラリとアーデルトラウトさんを見たアマルトさんは顔を引き攣らせながら…。


「なぁおい、これ受けてくれなさそうじゃね?」


「そもそもアーデルトラウトさんを理屈で動かせると思えませんし、難しいかもしれませんね。エリスは少なくとも今諦めかけてます」


「諦めんなよ…なぁメグ、なんとかならないか」


「うーん無理でございます、私…どっちかっていうとアーデルトラウト様に嫌われてるので」


「そこは仲良くしとけよ」


アマルトさんにはあれだがメグさんに頼むは無理だろうとエリスも思う。別に仲は悪くないが、アーデルトラウトさんはカノープス様とルードヴィヒさんに特別扱いされてるメグさんを少し嫌な目で見ているところがある。


頼んだら引き受けてくれるどころか『ルードヴィヒが現役だった頃ならいざ知れず、私が帝国軍のトップに立った以上お前のことは特別扱いしないからな!一師団長として扱う!』と余計な火種を生みかねない。


「困ったな、そもそも帝国のトップを動かすという話自体荒唐無稽なんだ。六王権限でもどうにもならんぞ」


「カノープス様がいない以上アーデルトラウトさんが帝国の頂点だしねぇ、私達でも命令出来ないかも」


メルクさんやデティでも難しいらしい。これはもう諦めるしかないか…でも。


(このままじゃ、絶対いけないんだ…)


今の実力では絶対にダメだ、勝てないというレベルの話じゃない、エリスが戦いたくない。絶対に負ける戦いはやっても無駄だ、チャンスは一度…魔女様達に託されたこの使命をやり遂げるチャンスは一度しかない。それを大事にしたいんだが……。


それはそれとして、アーデルトラウトさんを動かす手段がない。さてさてどうしたもんかとみんなで首を捻っていると…。


「いつまでそこでそうしてる、マレウスでやることがあるんじゃないのか?やることがないなら六王は職務に戻れ、私は忙しいんだ…組み手なんかに付き合っている暇は──」


『組み手か、面白い話じゃないか』


「む……」


アーデルトラウトさんの顔が曇り、同時に執務室の扉を開けて入ってくるのは…。


「受けてあげたらどうだ、アーデルトラウト」


「ルードヴィヒ将軍…」


入ってきたのはルードヴィヒさんだ、現役を引退し帝国軍のご意見板として在籍し、アーデルトラウトさんの補佐をしているらしい彼が扉を開ける。その左腕は肩から亡くなっており、左袖は虚しも潰れており…心なしか、現役引退時から随分白髪が増えたろうに思える。前は凄い精力に満ちた青髪だったのに。


「ルードヴィヒさん、お久しぶりです、老けましたね」


「お前は言葉を選べ」


パコーンとアマルトさんに頭を叩かれる、でも実際老けている。まぁ無理もないか…。


「ははは、まぁそうかもな。若い頃から続けていた職務から解放されたと思ったら…力が抜けてな。どうやら私は私が思っていた以上に仕事人間だったようだ」


「将軍、お体の方は大丈夫ですか?」


「メグか、問題ない。君がよこしてくれた『補佐役』のおかげで随分楽になった」


「それは良かった…」


メグさんはルードヴィヒさんに近づき、その体を心配する。バシレウスに負傷させられてから結構経ったとはいえ…やはり心配なもんは心配なんだ。彼女にとっては親同然だから。

右手でメグさんの頭を撫でるルードヴィヒさん…なんとも和やかな光景じゃあないか、ほっこりしますね。まぁでも、今この場でほっこりしてない人間が一人いますが…。


「ルードヴィヒ、お前を仕事漬けにしていた業務の山を引き受けている私には一言もないのか」


アーデルトラウトさんだ…、彼女はルードヴィヒさんから筆頭将軍の座を奪い取り、かつて目の上のたんこぶだったルードヴィヒさんに辛くあたってる…ってことはない。元々彼女はこういう人だ。


「ああ、ある。組み手に付き合ってあげなさい」


「断る、筆頭将軍の忙しさはお前も心得てるだろ」


「勿論、君よりも何倍も。故にその分の仕事は私が請け負う、陛下からも筆頭将軍の業務の肩代わりは許可されている筈」


「だとしても、それは有事に限られるだろう。これは有事か?私には子供のわがままにしか見えない」


組み手をしてやれというルードヴィヒさん、対するアーデルトラウトさんは頑なに拒否する。しかし、そこに加勢するのは…メグさんだ。


「いえ、有事です。そもそも陛下の仰られた『有事』とは戦闘・紛争による混乱の事でも可及的速やかに解決すべき事案のことでもなく、将軍が動くに足る理由がある物を指しているのです。『魔女の弟子の組み手の相手』は将来的にマレフィカルムを撃破し得る要因になり得る物です…ならこれは、将軍が動くに足るのではないですか?」


「メグの言う通りだ、筆頭将軍とは目先の仕事に囚われ先を疎かにすべきではない。誰よりも大局を見て最善手を選び続けなければならない、今そちらがやっている仕事は確かに重要だが、先の先を見据えればどちらが重要かは明白に思える」


「くっ…この似た物親娘が…!」


メグさんはこう言う時理詰めで相手を追い込む。そう言う場面は何度か見てきたが…どうやらそれはルードヴィヒさん譲りらしい。直情的なアーデルトラウトさんがメグさんを嫌う要因はここにもあるんだろう。

『仕事がある』と言う言い訳は使えない。『有事でなければ』と言う点も論破された…それならもう、彼女に出来るのは一つ。


「はぁ、分かった。相手をする…このまましょうもないことでグダグダ言われても気が滅入るだけだ。それにデスクワークばかりで鈍るところだった…準備運動がてら、やるか」


「おお!ありがとうございます!アーデルトラウトさん!」


「お前達のためでもルードヴィヒに説得されたわけでもないからな!勘違いするなよ!」


「……ふふ」


「ニコニコするなぁッ!ルードヴィヒィィッッ!!」


そうして彼女はドンッ!とペンを乱暴に置き立ち上がる。そのまま将軍用の白コートを羽織り、腕を組む。

やった!相手してもらえるようだ!これで……これで。


(少しは…追いつけるのかな)


喜びが一気に冷える。現実的な思考が脳裏をよぎる…エリスは、果たして第三段階に行けるだけの何かを、ここで得られるのかな……。


…………………………………………………………


「と言うわけで、急遽だが演習を行うことになった」


「えぇーっ!アーデル先輩一人でやってくださいよ〜、俺遊んでたのにぃ〜」


「お前はもう少し将軍としての自覚を持て!!」


そして、やってきたのはステラウルブスの訓練スペース。普段は兵士達が演習をする際使う巨大なドーム状の空間。空間拡張で巨大化したこの空間に集められたのはエリス達魔女の弟子八人と…アーデルトラウトさんが集めた───。


「お、エリスさん。久しぶり〜!また美人になったねぇ〜」


「お久しぶりです、フリードリヒさん」


黒い髪を乱暴にガシャガシャ掻きむしり、丸いサングラスを掛け直す白コートの男性…お久しぶりに会いますね、彼はフリードリヒさんです。エリスと一緒にアルカナと戦った時につい本気を出して『宇宙』のタヴをぶっ倒してしまった事から隠していた実力がバレ…今や将軍の一人にされてしまったようです。

まぁ、でしょうよと。第三段階なのに師団長やってる方がおかしいんですから。


「いきなりルードヴィヒに呼び出されてみれば、これはこれは…」


「ゴッドローブさん、すみません。でも俺達も急ぎなんです」


「まぁ、こちらも久々の実戦。どこまでお役に立てるやら」


次は白髪を後ろに集めたオールバックの黒肌の大男。かつてルードヴィヒさんと並んで帝国最強と並び称された万断の将軍、ゴッドローブさんだ。ルードヴィヒさんが引退したことによりただ一人…前世代で残った将軍となった彼も来てくれた。


「あんなに小さかった魔女の弟子達が、私達に挑む為呼び出すとは…著しい成長ですね」


「グロリアーナ総司令、胸を借りるつもりはない。我々は貴方を超えに来た」


そして最後は…黒曜石のような髪を胸まで流し、黄金の鎧を身に纏う青瞳の軍人。カストリア大陸最強の名を欲しいままにするデルセクト国家連合軍総司令官のグロリアーナさんだ。


呼び出された四人、この人達はみんな第三段階に達している人達にして魔女大国最強の戦士達。セフィラに匹敵するか上回る戦力達だ。この人達と組み手をして…経験を積めば。


「では、これだけ集めたんだ…手抜きはしてくれるなよ」


「勿論です、エリスはいつだって本気です」


「じゃあ、誰が誰と戦うか…決めるか?」


ラグナがそんな風に言うと、アーデルトラウトさんは鼻で笑い。


「お前らはセフィラと戦う時勝ち抜き方式の試合でもする気か?やるなら無論……」


アーデルトラウトさんは、槍を投げる。上に向けて投げられてクルクルと回転する穂先…と、同時に。


「乱戦だッッ!!」


「グッッ!?!?」


飛んできたのはアーデルトラウトさんの蹴りだ。矢のような速度で飛んできた彼女の蹴りに吹き飛ばされてエリスの体は鍛錬場の床を転がる。

なんて重たい蹴りだ。ただ飛んで蹴っただけでこの威力か!だが!!


「上等ですッ!やってやりますよ!!魔力覚醒!!」


コロコロ転がりながら受け身を取ると共にエリスは魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』を発動させ、同時に全身から紫の炎を吹き出し…。


「冥王乱舞ッ!!『星線』!!」


飛ぶ、足を突き出し流れ星のような星のラインを生み出す直前の飛び蹴り。それは一瞬でアーデルトラウトさんに迫り……。


「甘いわ!『アマルティア・クロス』!」


両手をクロスさせてから突き出し両掌、それを重ねて前面に出すと共にそこに防壁を集中させエリスの蹴りを防ぐ。…って!


「マジですか!?」


「甘いと言っている!!」


「グッッ!?」


エリスの冥王乱舞を微動だにせず受け止め、同時に放たれる拳によって顎を撃ち抜かれる。魔力遍在で強化し、防壁で硬化し、衝撃で加速し、操作で指向性を持たせる。四種の魔法を巧みに扱い繰り出された拳…それはエリスの想像を絶するほどの威力で放たれ、今度はより大きく吹き飛ばされる。


(う…強い!)


受け身を取るが、足がもつれる、強いのは分かっていたけど…いや分かってなかった。こんなに強いか…!


前戦ったのは、エリスがまだ覚醒すら上手く扱えてない帝国冒険中の頃だった。その時は漠然と強いと思えたその強さの本質が今はよく分かる。


上手い、全ての魔法…それが説明のつかないレベルで上手い。四種の魔法をほぼ極限と思えるまで研ぎ澄ませ、それらを通常攻撃として放つ。防御も攻撃も燃費も隙がない…。これを若干十代半ばで会得し将軍候補に、そのまま将軍になり止まる事なく筆頭将軍まで駆け上がった…まさしく天才の所業だ。嫌になる。


「ですが、エリスも負けてられません…絶対に絶対に!!」


「魔女大国最強の名は誰にも渡さん!有史以来!最強は帝国と決まっている!」


噴き出す絶大な魔力を前にエリスは挑む。一方、乱戦を標榜したアーデルトラウトさんにより…他の面々も着実に動き始めていた。


「しゃあない、先輩がああいった事だし…まとめて片付けますか!」


「殺す気はないが、死ぬ気で来い」


「では!見せますか!我々の力を!」


フリードリヒさん、ゴッドローブさん、グロリアーナさんと言う魔女大国を代表する強者達が次々とラグナ達に襲い掛かり…。


「上等、この壁超えねぇでセフィラに勝てるかよ!!」


「相手はマレフィカルム最強だ、こっちもアド・アストラ最強になってからじゃないと釣り合い取れそうにないしな!」


「よーし!行くよー!」


ラグナ、アマルトさん、デティが前面に出て、他のメンバーも将軍達を迎え撃つ。あっちもあっちで大変そうだが…それ以上に。


「隙ありィッ!」


「ぐぶふっ!!」


エリスだ。全く太刀打ちができてない。エリスの防御を貫くアーデルトラウトさんの打撃が腹を打ち抜き、衝撃波が駆け抜ける、胃液が舞い散る、魔力が迸る。強い…これがアーデルトラウトさんの真の実力…バシレウスさえも寄せ付けなかった新たなる帝国最強の力。


「このッッ!冥王乱舞『円刃』!」


咄嗟に右掌と左肘から魔力を噴射し、高速で回転すると同時にアーデルトラウトさん目掛け蹴りを放つが……。


「『タイムストッパー』」


「しまった────ギャンッ!?」


消える、アーデルトラウトさんの時間停止魔術『タイムストッパー』。無条件で相手に一撃を加える絶対の魔術が使用され。エリスの蹴りを回避すると共に背後に飛び、そのまま頭上から強烈な張り手を喰らわせ、エリスの体は大地に沈み込むことになる。


「うぅ!まだまだ!冥王乱舞!!」


「フンッ…『ラグナロク…」


それでもと起き上がり、同時に手に魔力を集める。アーデルトラウトさんもまた拳の先に魔力を集める…二人の魔力が一瞬で凝縮され、大気に魔力の光が迸る。瞬間的に大気に魔力が満ちたことにより空間が歪み、そしてそれは…。


「『大魔道』!!」


「『スコルハティ』!!」


衝突する。エリスが放つ圧倒の魔力衝撃は大気を圧縮し熱を生み、赤熱した魔力が目の前のアーデルトラウトさん向け一直線に飛ぶ。対するのはアーデルトラウトさんの奥義『ラグナロク・スコルハティ』…以前帝国に行った時はあれを受けエリスはほぼ戦闘不能まで持っていかれた高威力の魔法攻撃。


それが真っ向からぶつかり合い………エリスの大魔道が真っ二つに破られた。


「なッッ!」


アーデルトラウトさんの拳がエリスの魔力を叩き割り、そのままエリスの顔面を打ち…再び吹き飛ばされる。大魔道はエリスの持つ技の中で最強格の技だった。

それがこうもあっさり……そんなバカな。


(こんなにも差があるのか…世界と、エリスの間には)


今エリスが戦っているのは世界という規模で見た時、最上位に分類される強者。即ち世界と戦っている、そして負けている。エリスは先程からドンドン開始地点から押され…有効打を一つとして与えられていない。


いや…まだだ!まだエリスに出来ることはある!


「こうなったら…双起覚醒!!」


「む…あれは、噂の二段覚醒か」


全身に力を込めながら立ち上がる、するとエリスの体から電流が迸り…この体が電気に変わる。そう…これこそエリスの現段階最強の形態!奥の手も奥の手!シンの記憶を使って変身する……。


「『ボアネルゲ・デュナミス』!!」


弾けるように発動する、シンとエリスの覚醒を掛け合わせた二つの覚醒、ボアネルゲ・デュナミスを──────。


『断る』


「え?」


しかし、その瞬間。どこからか…聞いたことのある声が聞こえ…エリスの体に集まっていた電流が消失する。ボアネルゲ・デュナミスが…発動しなかった。


「え?え?え?」


「む?失敗か?」


失敗した、発動に。今までこんなこと一度もなかったのに、エアリエルの時もカルウェナンの時もマラコーダの時もラセツの時も…一度だって失敗したことのない覚醒に失敗した?というか……。


(あれ?シンの記憶が見えない)


エリスの中にあったシンの記憶が…閲覧出来なくなっている、思い出せなくなっている。エリスが…物を忘れてる?なんで…なんでこんなことが起きてるんだ、何が起きてるんだ、エリスの体に。


(嘘でしょ…ボアネルゲ・デュナミスはエリスの最強形態だったのに、これが使えなくなったら…エリスは)


理由は分からないがシンの記憶が見えなくなった、シンの記憶を使えなくなった。それはつまり、彼女の戦闘経験をプラスしていたエリスの戦闘能力が純粋に下がるということ。最強形態が封じられたということ。


強くならなきゃいけない場面で…エリスは明確に弱体化したということ。


(なんでこんな、大事にな時に……!)


頭を抱えそうになる、今エリスは…強くならなきゃいけないのに。もっともっと高みに昇らなきゃいけないのに!なんで…弱くなって!!


「何をしたいか分からんが!敵は待ってくれないぞ!!」


「ガハッッ!?!?」


混乱しているうちに、アーデルトラウトさんは動く。猛烈な蹴りがエリスを襲い…吹き飛ばす。今度は受け身も取れない、三度バウンドしうつ伏せになる…。

動揺、焦燥、明確な弱体化を感じて…そしてそれの理由が分からなくて、エリスは…エリスは。


(どうしたらいいんだ……)


強くなる、そんな決意すら揺らぐ程に…エリスは、呆然としていた。


……………………………………………………


それから、エリスは十数分ほど戦った……訂正する、十数分間ボコボコにされ続けた。


戦いの中で色々試して分かった事がある。まず古式魔術の威力が軒並み一割近く低下していた。魔力練度も同じくらい低下していた。みんなは気が付かないくらいの差だったけどエリスの記憶は如実に今までとは違う自分の技に…混乱した。


そうだ、エリスはシンの記憶を読み込む事で彼女の戦闘経験をある程度自分に反映させていた。つまり今までの実力はシンの記憶をプラスした値だった。それが確実に無くなっている…特に火雷招は弱体化が著しい。

シンの技術を流用していた魔術の代表格である火雷招の弱体化は当然と言える…そしてその弱体化がシンの記憶がなくなったことによりエリスが弱くなったことを、何よりも証明していた。


「王星乱舞!!『星吼拳』ッッ!」


「狙いが雑だ!」


「ごふ……!」


そして、エリスの最大と一撃も容易くタイムストッパーで回避され、カウンター気味に叩き込まれた蹴りによってエリスは膝を突き、立ち上がれない程のダメージを負う。今…この場に至るまでエリスは、結局アーデルトラウトさんに傷一つ与えられなかった。


そりゃそうだ、ちょっと前までクユーサーに手も足も出なかったのに…弱くなったエリスがクユーサーより更に強いアーデルトラウトに勝てるわけがなかった。


「はぁ…はぁ」


「フンッ、この程度か」


(そんな……)


どうしてこんな事になった、なんでシンの記憶がなくなったんだ。クユーサーと戦っている時は問題なく使えた…エリスの記憶ではオフィーリアとの戦いでも問題なかった、考えられる原因があるとしたら…。


(エリスがオフィーリアに殺されている間……?)


死んでいた頃の記憶はない、けどどう考えてもその間に何かあったと見るべきだろう。だが何があったんだ…エリスの身に何が起きて────。


「『熱焃一掌』!!」


「ふんゥッ!いい一撃だッッ!」


「受け止めるのかよ…!」


ふと見れば、視界の端で戦ってるのはラグナとゴッドローブさんだ。ラグナの一撃を大剣で受け止めるゴッドローブさん、怪力のラグナの最大級の一撃を受け止めても、ゴッドローブさんは揺るがない。けどそれでもエリス以上に渡り合えているのは確かだ。


「『捻れ吼砲』!!」


「うぉーっ!危ねぇなぁー!!」


「アマルト君だっけか、あんたマジで強えな」


対するアマルトさんはフリードリヒさんと戦っている。両者共に極・魔力覚醒を使い、空間を捻る覚醒にて目の前を捩じ切るフリードリヒさんの一撃を、上手く回避し黒い釘状の魔力を叩き込むアマルトさん。

二人の戦いは完全な互角…というにはややフリードリヒさん有利だが、それでも戦えているのは確かだ。


そしてアマルトさんとラグナの隙間を縫うようにデティが飛び、的確にサポートを行っている。……ラグナ、アマルトさん、デティの三人は将軍の攻勢を完全に凌いでいる。

対するメルクさん、ナリアさん、メグさんの三人はエリスと同じように倒れている。


完全に弟子達の中で明暗が分かれている形だ……だが。


なによりも問題なのは……。


「ぐぅっ……!?」


視界の奥で…膝を突く、勝敗が結した。膝をついたのは……グロリアーナさんだ。


対する相手は。


「まさかこの私が膝をつくことになるとは。強くなりましたね…ネレイド」


「うん、頑張った」


……ネレイドさんだ。多少傷は負っているがネレイドさんはグロリアーナさんを下し、勝利し、立っている。嘘だろって気持ちと流石ネレイドさんって気持ちが入り乱れる。


勝ったのか…いやネレイドさんは事実としてセフィラであるクユーサーを倒している。エリスが手も足も出なかった相手を倒している。当然と言えば当然の強さだ、なんであそこまで急激に強くなったのかは分からないが、ネレイドさんだって修行をサボってたわけじゃない…それが結実したんだ。


「………」


思わず、ネレイドさんから目を逸らしてしまう。自分の不甲斐なさと一緒に…目を逸らす。こんな情けない話があってたまるか、エリスは…エリスは、


(置いていかれている)


友達に、置いていかれている。その事実がエリスの脳みそを滅多刺しにする。お腹の下の方に鉛を打ち込まれたみたいな気持ちになる。涙が溢れるのを必死に堪える…。


「ほう、まさかオライオンの神将が将軍に匹敵する強さを得る日が来るとは、正直気に食わないが…味方ならいい」


「大丈夫、アーデルトラウトさん。私…いつか貴方も超える」


「なにをォ…!ええい!もう組み手は終わりだ!十分だろ!これだけやれば!」


「え?もう終わり?ラッキー!じゃあなぁアマルト君、俺一抜け〜!」


「あ!ちょい待てよ!…いや、いいか。続けてても負けてた気がするし」


そして、アーデルトラウトさんは終了を叫びそのまま踵を返して、特別な組み手は終了することになる。

この戦いが修行になったかは分からない、だが経験にはなった。そしてその上で同時に理解したのは自分達の現在地。今…明確に通用するのはネレイドさん、アマルトさん、ラグナの三人だけ。それ以外は正直戦力にもならないこと。


そして、エリスは……当然ながら戦力外。ただでさえ通用していないのに…弱くもなったのだから当然だ。


(こんなの初めてだ…いつもエリスは最前線に立って、戦ってきたのに。エリスは今…守られる側にいるんだ)


師匠と修行し始めてから、エリスは今人生で初めて『守る為前に出る側』から『守られる側』に回された。それが…たまらないくらい、悔しかった。


でも、でも……どうしたらいいんだ。


師匠、エリスはどうしたらいいんですか。師匠……教えてください。


エリス…もう、泣きそうですよ。


………………………………………………………………


──────クロノスタシス王国、それは鏡の中に作られた王国であり、その歴史はマレウスよりも深い。マレフィカルム創立前から存在していた数少ない組織にして…その歴史は七百年にも及ぶ。


鏡の中、そこは人々の『鏡に映ったもう一つの世界』という認識から生み出されており、現実世界と同じ見た目をしている。大地があり、空があり、海があり、その果てまでもが存在する、恐らく星の果てまで…人が認識し得る領域なら全て再現されているもう一つの世界。


ただ一つ違う点があるとするなら、全てが逆であることくらいか。……そう、この世界は昼が夜であり、夜が昼となる。故に人々が動く時は常に頭の上に月が浮かび続け、眠りにつくと紅の太陽が昇る。それくらいだ、それくらいしか変わりがない……。


そして、そのクロノスタシス王国が存在するのは…現実世界では黄金の街エルドラド、黄金卿ロレンツォ・リュディアが作った街と同じ場所にある。

見た目は全く同じ、ロレンツォが街を作り、それが鏡に映されたことにより鏡の世界に現れたエルドラドを新たな都として作り上げたのがこの街だ。


現実世界では既に破壊され存在しないエルドラドは今も鏡の中に存在している。新鏡都クロノスとして今も…ここに存在している。


新鏡都クロノス…人口四十万、その人口四十万全員がクロノスタシス王国の臣民であり、クロノスタシス王国という魔女排斥組織の構成員である。莫大な兵力の規模、そして絶対不可侵の拠点を持つ、それがこの国、そしてこの組織の特色である。


そんな新鏡都クロノスの中心に存在するのは漆黒のゴールドラッシュ城、空に昇る緋い月に出照らされる漆黒の城『虧月城』にて…今日、王の号令が響き渡る。



「刻が満ちた」


大広間にて、手を掲げるのは…八大同盟が一角、『存在しない国』クロノスタシス王国の女王クレプシドラ・クロノスタシス。緋いドレスに緋色の髪、そして青い瞳を持つ絶対女王は天井に取り付けられた赤鉄鉱ヘマタイトの球体に手を伸ばす。


怪物王女とも呼ばれる彼女の身から溢れる絶大な魔力は空間を満たし、ただ口を開いただけで大地まで揺れるほどの威圧を誇る。そして目の前に広がる円卓を見て…満たされた刻を感じ入る。


「遂に、妾の悲願が成就する日が来た。今日は国祭である、明日の明朝五時三十分まで夜通し祭りにて祝うよう臣民に伝えなさい」


絶対のスケジュール魔である彼女は珍しく上機嫌に語る。そしてそのまま背後の玉座に座り込めば…、ヌッとどこからともなく現れる影は胸に手を当て、礼をする。


「御意に。全てはクレプシドラ様のお心のままに」


「良い、デイデイト」


クロノスタシス王宮執事長デイデイト・ディンドン。それはクレプシドラの隣に立つをことを許された唯一の存在。青い髪を伸ばし、右目を隠すように垂らし、その隙間から覗く紅の瞳がクレプシドラを真っ直ぐ見据える。

その目にはただただ、磨き抜かれた忠誠心の身が宿る…がそれ以上に目を引くのが、その口に取り付けられたトラバサミのように鉄器具。ギラリのと光る鉄の牙で口元を隠し、両手には鋭い黒爪が取り付けられた籠手を身につけた恐ろしい姿にて…ただ立ち尽くす。


「仔細はデイデイト、お前に任せる。それよりも件の話…妾はこの達成を一分一秒でも早めたいと考えている…故に、ベゼル。軍の編成を急げよ」


「承った!陛下の命とあらばこのベゼル・ティックタック!死力を尽くしましょうぞ!陛下!このベゼルの活躍!見届けてくだされ!」


「…………」


目の前の円卓に座ることを許された男。黒い髪を短く切りそろえた巨漢は鈍色の鎧を身に纏うクロノスタシス王国軍を取り纏める男…ベゼル・ティックタック将軍がギラリと輝く瞳にて、分厚い眉をクイクイ動かし自己主張する。


そして、そんな暑苦しい主張を無視してクレプシドラは話を進めようとする。


「ようやくだ、止まった我が計画の時計の針を進める為、あらゆる手を尽くしてきた…そしてようやく、妾は得た。秒針足り得る存在を」


クレプシドラは歓喜に打ち震えた。この計画の全体像を思い描いてより十年以上、荒唐無稽に思われた計画…この世のあらゆる魔術師、学者、知識者、全てが不可能だと断じた計画。それが今成就の時を迎えようとしている。


全てが始まったのは先日の出来事。時間にして一週間前…バシレウスとステュクスがコルロと戦っている最中にて、バシレウスがリューズとの戦いで見せた血命供犠魔術…いや古式紅血魔術。


あれが、あれこそが欠けていたピースだとクレプシドラは悟った。あの魔術を使えば可能となる…。


「成し遂げるぞ…全てが消えるまで、あともう少しだ……」


そうクレプシドラが呟いた瞬間、ベゼル将軍の隣に座る女が、円卓から立ち上がりパンパンと手を叩き。


「流石はクレプシドラ様、我らが王。このオルロージュ、感銘を受けましたわ。やはり貴方こそ真なる王者に相応しい」


立ち上がったのはクレプシドラと同じ緋色の髪を持ったローブの女、閉じられたように伸びるきつね顔の女はニヨニヨと唇を歪ませる…彼女の名はオルロージュ。


オルロージュ・クロノスタシス。クレプシドラの父の姉に当たる…所謂叔母の立ち位置に立つ女。クレプシドラがクロノスタシス王家を皆殺しにし、簒奪を成し遂げた際いち早く彼女に恭順し、絶対服従を示したことにより生きながらえた存在。


簒奪後、熱心にクレプシドラを支え現在の政治体系を作り上げた女、つまりクレプシドラはにとって大恩ある人物の言葉、それをクレプシドラは冷たく無視するように手を払い。


「おべっかを述べるのは早い、オルロージュ。まだ例の物を手に入れていない…それを手に入れる為、今一度外界に出る必要がある」


「でしたら適任がいるではありませんか、先日…外の世界を歩き回った、放蕩者が」


チラリとオルロージュが視線を向けるのは、同じく円卓に座る…青髪の男。


「……俺かい?」


それはムクリと机に突っ伏していた体を起こし、半開きの目、クマに塗れた黒い瞳でオルロージュを見るなり、顔を歪める。明らかな拒絶の意思、それを無視してオルロージュが声をかけるのは。


「ええそうよ、リューズ。貴方はもう解放されたの、クロノスタシスの一員として…存分に働くことができるわね」


「………嫌だよ、オルロージュ叔母さん」


彼の名はリューズ・クロノスタシス。クレプシドラの父の弟の子…即ち従兄弟に当たる男である。彼は白い肌に青髪のクロノスタシスの男児にして、クロノスタシスの数少ない生き残り。


つい先日まで自由気ままに外を出歩いていた事もあり、オルロージュはとある任務を与えられそうになるが、彼は嫌だ嫌だと首を振り。


「嫌だよ、俺はもう外に出たくない…」


「なぜ、あんなに出たがっていたではないの」


「それはこの間までの話だ…外は、外は怖いんだ。化け物がうろついているんだ…次また外に出たら俺は殺される…!殺されるんだよ!!」


ガタガタと震え再び机に突っ伏してしまうリューズ。ここ最近…『魔王の幻影』を夢に見てロクに眠ることも出来ていない彼は、ただただ狂ったように震えることしかできない。


「うう…ぅうああ…ああああ!バシレウスが来る!バシレウスが来る!俺を殺しに来るーー!!誰か助けてくれーーー!!」


「あ、あらあら…」


「その腑抜けは放っておきなさい、最早守衛程度の働きしか出来ない。全く、オフィーリア達も碌でもないことをしてくれた」


リューズは壊された、エクレシア・ステスで戦ったバシレウスによって。全力を尽くし、死力を尽くし、その上で圧倒的な実力差を見せつけられた彼は…人生で初めての完全なる挫折を味わった。


今まで何も与えられてこなかった彼にとって、バシレウスという挫折の象徴は恐怖の対象に変わり、バシレウスがいる外界を怖がるようになってしまった。


クレプシドラに回収されてより一週間、彼はあれだけ嫌がっていた砦に自分から籠り、ガタガタと震えながら譫言のようにバシレウスの名前を呟く腑抜けになってしまった。だからクレプシドラは外に出したくなかった。…物を知れば弱くなると理解していたから。


そんな目論見もオフィーリアに破壊され、最早リューズはクロノスタシスのリーサル・ウェポンでは無くなってしまった。後に残ったのはただただ強い力と、物を奪うだけの能力。欲望も活力も全てバシレウスに踏み壊された。役に立つことはもうないだろうとクレプシドラは首を横に振る。


「ですがクレプシドラ様、外界に手勢を向けるにしても誰を向かわせますか?」


「であるならばこのベゼル!立候補させていただきましょう!陛下!我が勇姿!外界でも曇ることなく輝き続けることでしょう!」


「…………。既に…誰が行くかは決めてある」


クレプシドラはチラリと横に視線を向ける、円卓に座っていない唯一の人物…それは。


「なぁ、オリフィス」


「…はい、姉様」


整えられた金髪、煌めく碧眼、そして豪奢なコートに身を包んだ王子のような…いや事実として王子であった男がそこにいる。


彼の名はオリフィス・クロノスタシス…クレプシドラの実弟に当たる人物であり、クロノスタシス王家の生き残りの中でなんの役割も与えられていない人物である。クレプシドラは実弟オリフィスに対し、家族の情など存在しないかのような冷たい視線で目を向け。


「お前が外界に向かえ、そして『例の女』を捕まえて来るのだ」


「御意に。姉様のご意志をこのオリフィスが叶えてみせましょう」


「ああ、任せた」


胸に手を当て、静かに金髪を前に垂らすように礼をするオリフィスは、誓う。姉に向け…任務の遂行を。


「これより!我らがクロノスタシス王国は動き出す!!」


クレプシドラが両手を広げ立ち上がる、それに合わせ全員が起立し拍手を刻む。円卓を前に立ちしはリューズ、オルロージュ、ベゼル、デイデイト… それらを一瞥し、クレプシドラは手を振り下ろし。


「十五分と四十五秒経過…これにて朝の会合を終えます。これより今日のスケジュールを敢行する。カレンダー大臣、準備を」


「まさかまさか、大願成就の日取りを刻む日が来ようとは」


スススッとクレプシドラの横に現れるのは頭にカレンダーを貼り付けた小太りの男。カレンダー大臣と呼ばれた小太りのチョビ髭男はカレンダーを差し出すように頭を下ろし、クレプシドラは期日までの余裕を再確認。


「クロック大臣、現在時刻を」


「よもやよもや、これほど待ち遠しい時を刻もうとは!」


サササッ!とクレプシドラの左隣に現れたのは頭部に巨大な時計を取りつけた小さな男。クロック大臣と呼ばれたその男は膝を突き時計をクレプシドラに見せ、女王は小さく頷く。


「ではこれより四時間と三十五分十五秒の間、政務に入る。ミニット大臣、セコンド大臣、アワード大臣、補佐を」


「さてはさては!」


「もしやもしや!」


「なんとなんと!我々も励みましょうぞ!」


それそれ秒針のような細い帽子を被ったミニット大臣、分針のようにそれなりの帽子を被ったセコンド大臣、時針のように太い帽子を被ったアワード大臣が現れ、それらを引き連れクレプシドラは政務活動を行う為玉座を降り、執務室へと向かっていく。


「ああそうだ、オリフィス」


すると、足を止めたクレプシドラは…これから任務に向かう実弟オリフィスを気にかけてか、足を止め…ゆっくりと振り向くと。


「先程城内に『虫』を見かけました…ついでです、排除しておきなさい」


「…………」


ただ、それだけを告げ。クレプシドラは去っていく。激励も励ましもなく、ただただ命令だけを残して。


そんな姉の背中を見つめるオリフィスは、ただ一人胸に手を当て決意を露わにする。これより始まるのは壮大な計画、それは、一人の女の確保により…始まる。


(……魔女の弟子エリス、お前を手に入れれば…我々は)


オリフィスは静かに目を閉じる、今…求める物はただ一つ。その名は…。


─────孤独の魔女の弟子エリスだ。


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― 新着の感想 ―
待ってました!更新有難うございます。 いよいよエリスちゃんの章。楽しませて頂きますウフフ
待ってました! 8月あたりから読み進めてきましたが今回からリアタイで読めると思うとワクワクが止まりませんね! さっそくエリスが曇らされていますね、囚われる事も内定してそうで前途多難だ…… シンの記憶が…
更新待ってました! 前回の死闘による経験値の差どころか内なる強敵にそっぽを向かれてしまったエリス、幻覚の中で自我を形成してたとは言え記憶が意思を持っているのはとんでもないことなのでは? 冒頭のメンチは…
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