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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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外伝・星魔剣と生きていく未来の方向は



「ステュクス〜!こっちこっち〜!」


「ああ、今行くよ」


オフィーリアとの戦いを終え、なんとか姉貴を助ける事に成功した俺はその後、姉貴と一緒にアジメクで過ごす事になった。

先程メルティーサンドで軽食を食べ終えた俺と姉貴は、一緒にステラウルブスの街を歩き、久々に平穏な時間を共にする。ほんと、まじで久々の平穏な日々だよ。


考えてみればここ最近ずっと俺は何かに追い立てられるような事態にばかり遭遇していた。エルドラドから帰ってきてから少しの間は平和だったが、ここからストゥルティの一件に巻き込まれ、姉貴達と大冒険祭に参加したと思ったら…師匠が殺されて、そこからすぐに北部に向かって、例の騒動だ。


心休まる時間ってのが、もう遥か昔の思い出のように思える。なんの目的もなく街をブラブラ歩くなんてのはもう本当に久々。それも出歩いているのは未来の都市ステラウルブスだ。すげーよな、この街さ。


「次はなに食べます?お腹空いてないです?お腹空いてたらお姉ちゃんに言ってくださいねー」


「い、いや…俺もうお腹いっぱいだよ姉貴」


「んふふ、遠慮しなくても大丈夫ですからね〜、よしよし」


姉貴は俺の隣を歩き、腕に抱きつきながら頭を肩に擦り当ててくる。しかし、ストゥルティの一件、コルロの一件、その全てを乗り越えた先で…俺はあの姉貴と再び家族のように過ごせるようになったと思えば、頑張った甲斐もあるよな。


それこそ、数年前まで俺は姉貴を鬼のように恐れ、姉貴は俺を蛇蝎の如く嫌っていた。こんな風になるとはな。当時の俺が今の光景を見たら『恐怖で気が狂ったのか!?』とか言いそうだなぁ。


「よし、じゃあこれからそこのスタジアムでサッカーしません?エリスが言えばきっと貸切に出来ますから」


「サッカーならその辺で出来るだろ、ってかやるならもっと大人数がいい。オケアノスさんも交えてさ」


「ああ、そう言えばオケアノスさんって今サイディリアルにいるんでしたっけ」


「うん、頼りになる人だよ」


サッカーといえばやっぱりあの人だよな。なんて考えながら…俺はふと思う。サッカーは十一人で一チームだ、十一人…探そうと思ったらやっぱり思いつくのは、コルロと戦ったメンバー。


タヴさん、ラセツさん、カルウェナンさん、セーフにアナフェマ、コーディリアとアナスタシア、ムスクルス……そしてバシレウス。ここに俺とオケアノスさんを入れたら綺麗に十一人、このチームで組めば姉貴達にも負けなさそうだ。


……みんな、今元気にしてるのかなぁ。


(というか、姉貴とバシレウスを掛け合わせたらなにが起こるか分からないな、出来れば和解して欲しいんだが……)


どうする、バシレウスの件…姉貴に言ってみるか?今の姉貴なら上手い具合に和解の方向に持っていけるかもしれない。でもバシレウスが姉貴達を敵として見ているし…うーん。


どうするかな、と俺が悩んでいると……。


「あー!!!エリス姐ーー!!」


「ん?」


ふと、人混みの向こうから誰かが現れるんだ。そいつは銀色の錫杖を持った銀髪の女、いやガキンチョ。そいつは俺と姉貴に指をさすなりすっ飛んでくるのだ。なんだなんだ?と首を傾げると……。


「あら、アリナちゃん。お久しぶりです」


「久しぶりエリス姐!ってかその男誰!?冴えなさそうな奴だけど…まさか彼氏とか言わないよね!!」


「か、彼氏?俺が?」


アリナ、と呼ばれた女は俺を見てギリギリと歯切りしながら敵意を向けてくる。っていうかこいつ、魔力量やばくね?めちゃくちゃ強いじゃんか、こんな奴街中を平然と歩いていていいわけねぇだろ。


「あ、姉貴。この子誰?」


「もう、なに言ってるんですか二人とも、ステュクス…この子はアリナちゃんですよ、そしてステュクスはエリスの弟です。二人ともエルドラドで会った事あるでしょ?」


「そうだっけ?」


「そうだったかしら」


会った事あったかな、正直よく覚えてない。あの時は色々あって、人の顔を覚えている暇なんかなかったからなぁ。つーかあの頃は大体の人間がこんな風に俺を睨んできたからな。そうそう、敵意ムンムンでお前の事が気に入りませんって顔。懐かしいや、タヴさん達は俺をこういう目で見てこなかったからなぁ。


「覚えてないわ!それよりエリス姐から離れてよ!あんたみたいに薄汚い男がエリス姐に近づいてるとエリス姐が汚れるわ!」


「ひでぇ言われようだな、そういうお前はどうなんだ?エリス姐エリス姐言っちゃいるが初対面同然の人間に言いがかりつけて、汚れるだどうのこうの言う人間が真っ当な性分してるようには見えないが?」


「なんですって!」


アリナは俺の言葉を受けてムキーっと顔を赤くする。なるほどなるほど、やはりこいつはカリナみたいな典型的な魔術師タイプ。魔術ってのは勉強しないと使えないから往々にして頭が硬い奴が愛用する、でそこに若さ特有のプライドを一つまみ、出来上がるのは傲慢チキなインテリゴリラだ。


ゴリラ相手に引くとつけあがる、ここは引かずに寧ろ前に出る。


「あんた喧嘩売ってるの!?あをたなんかエリス姐の弟に相応しくないのに────」


そうアリナが叫んだ瞬間…彼女の体が浮かび上がった、空を飛んだわけではない。ダラリと足が垂れ下がり、足が大地から離れ…顔を、姉貴に掴まれ持ち上げられたのだ。


「撤回しなさい、ステュクスはエリスの弟です」


「アッ!…オッ!カッ…ァ!?」


「ちょっ!?姉貴!?」


壮絶なるアイアンクロー、ミシミシと音を立ててめり込む指がアリナの頭蓋に食い込む。インテリゴリラがノットインテリゴリラに狩られた。と言うかこのままじゃ多分姉貴、アリナの頭をリンゴみたいに握り潰すな。


「ま、待って待って姉貴、殺しはまずい。俺気にしてないから」


「そうですか?まぁステュクスが許すなら許しますが」


フッと力を抜いてアリナを解放する姉貴、やっぱりこの人ちょっとおかしいよな…。


「なぁ大丈夫かいアリナさん」


「ゼェ…ゼェ…流石エリス姐、惚れ直す」


こいつもおかしいな…。


「アリナちゃん、前も言いましたけどいきなり相手に不躾な物言いをするのはやめた方がいいですよ」


「うう、はい…反省します」


いきなり問答無用のアイアンクローもやめた方がいいと思うが。まぁやられた当人がこんな感じだから別にいいが、やっぱり姉貴の妹分ってのは頭のネジが外れてないと務まらないんだな、弟としては身が引き締まる思いだよ。


「それよりエリス姐、アジメクにいるなんて珍しいですね。帰ってきたんですか?」


「一時的にですけどね、またすぐにマレウスに戻ります」


「そうなんだ。じゃあさ!一緒に騎士団の訓練場に行かない?」


「え?友愛騎士団のですか?」


するとアリナは即座に回復し、一緒に訓練場に行かないかと言うのだ。友愛騎士団の……友愛騎士団って、確か……。


「今ね、軍部全体で兵力増強を掲げてて、一般兵卒のみんなの基礎能力の向上を目標に私達上位陣が兵士の訓練に付き合うようにしてるんだって」


「なんだってそんな事……ああ、いえ。アーデルトラウトさんですね、今はあの人が筆頭将軍ですからね、その上ラグナもいないから実権も握っていると」


「そうですそうです、私面倒だからサボってたんですけどぉ、クレアさんが顔見せろっ!って怒って来てさぁ〜…雑魚の面倒なんか見たくないけど、エリス姐となら楽しくなりそうだなぁって」


「でも今は……」


なるほど、今魔女大国では軍拡を始めているようで、アリナってのはその軍拡の教導役に選ばれているようだ。ってなったら確かに姉貴も呼びたいのはそりゃそうだよな、アジメクでも屈指の使い手なわけだし。

しかし…友愛騎士団か。数十万人いる兵士の中からたった数百人しか選ばれないエリートの中のエリートにして、全アジメク男児の憧れの的。きっとその人達も訓練に参加しているんだろうな……。


友愛騎士団って言えば、……師匠がかつて率いていた騎士団で、ん?


「どうした?姉貴」


「いえ、すみません。アリナ、今はステュクスとお出かけ中なので」


「えー!」


姉貴は俺の方を見てごめんなさいと言ってアリナに断りを入れる。ああそう言う事か、俺を気にしたのか…だけど。


「いや、いいよ姉貴。行こう、俺……見てみたい、友愛騎士団を」


「へ?」


「師匠が率いていた物がどんな物なのか、見たいんだ」


「……ああ」


寧ろ見てみたい、友愛騎士団を。こんな機会でもなければ会いに行けないしさ、だから頼み込む。すると姉貴は色々察してくれたのか…小さく頷くと。


「分かりました、では少しの間だけ…顔を見せましょうか」


「やったー!エリス姐が来てくれたら私も張り切れるよ〜!」


友愛騎士団の訓練場に向かう事にした。師匠の故郷で、師匠の戦った場所に行く。出来るなら師匠と一緒に来たかったけど…それはもう叶わないから、せめて俺だけでも行くんだ。そこへ…。


そう思いながら、俺は腰に差された師匠の剣に手を当てて、目を伏せる。


……………………………………………………………………


アド・アストラの軍部ってのは地下にあるようだ。あの天をつくようなユグドラシルの地下奥深く、そこにあるアド・アストラ軍部は数年前復活したシリウスがアジメクに攻めて来た時、この街の中心に開けた大穴を利用して作られた物らしい。


めちゃくちゃやるよな、シリウスもさ。でだ、その軍部には転移装置を使っていくんだが、これがすごいのよ。


ロレンツォさんの自室。屋内に平原が広がってるみたいなアレ、部屋の中にいながら外にいるような感覚を覚えるアレがここにもあった。天井は高く、青色に染められ、床には芝生が張り巡らされ、壁は見えない…地下なのに、地下空間の中に巨大な砦がある。


もう色々別次元過ぎてコメントが出来ないが、凄いよねって感じだ。


で…だ、その軍部の一角、一見すると庭のように見える区画にて豪奢な鎧を身に纏った一団が剣を振って鍛錬をしていた。


「クレアさーん、来たよー!」


「遅い!あんたいい加減にしないとマジで降格するわよ」


「へへへ、やれるもんならやってみてよ〜」


そんな中、アリナがナメた態度で一団に声をかける。ここにくる途中で聞いた事だがアリナはアジメク宮廷魔術師団の団長らしい、所謂天才少女と言われる部類の存在らしく、瞬く間にトップに上り詰めたようだ。

因みに、俺はこいつを見てガキだと称したが…アリナは俺より年上らしい。姉貴曰くアリナと俺じゃあ俺の方が年上に見えるとかなんとか。


「あれ?エリスちゃん?」


「ご無沙汰です、クレアさん」


そんな中、こちらに向けて歩いて来たのは…赤茶の髪をした凛々しい女性。銀色の甲冑に身を包んだ女性はクレアと呼ばれ、こちらに歩いて来る。クレア、その名前は聞いた事がある。


「ん?そっちのは?見ないやつね」


「あ、こちらはエリスの弟のステュクスです」


「ステュクスぅ…?」


「こ、こんにちわ…クレアさん」


名をクレア・ミストルティン。アジメク建国以来最強の天才と呼ばれる人で、ヴェルト師匠の後任として正式に騎士団長に就任した人だ。

師匠も何度か言っていた、自分より若くて自分より才能がある奴がいると言う話。その話に都度都度登場した人物だ、ヴェルト師匠とは直接面識がないようだが…それでもその武名はマレウスにも轟いているらしい。

なんでも…ヴェルト師匠と同じでアジメク士官学校の入学試験を満点で通過したとかなんとか。


「あんたがステュクスね」


「え、え?」


しかし、クレアさんもまた俺に敵意を向けてくる。と言うかめちゃくちゃ怖い顔で俺を睨みながら寄って来るんだ。なんで?アジメクって俺が想像してる以上に怖い人たちが多いのか?と思ったら。


「例のロストアーツ強奪事件の犯人がノコノコと」


「あ……」


やべ、忘れてた。そうだよ俺魔女大国に顔出せる身分じゃないじゃん。普通に俺お尋ね者だったわ、でもでも!メルクさんがもう許すって!


「なんてね、メルクリウスから聞いてるわ。あんたを正式にロストアーツの持ち主と定めるってね」


「そ、そうなんすね、いやぁびっくりした」


「けど、あんたがあの日ロストアーツを盗み出したせいでこっちがどれだけ苦労したか、どんだけ大騒ぎになったか、理解とけよって話」


「は、はい」


この件に関しては姉貴も守ってくれない、と言うかまぁクレアさんの言う事は事実だ。結果として持ち主が許してくれただけで盗んだのは事実だし、それで迷惑かけたのも事実だから。けど…じゃあ返せって言われたら、悪いけど返す気はないかも。

だって、この剣は俺にとってもう大切な物の一つだから…。


「で、そのステュクス君と放浪中のエリスちゃんが何しに来たわけ?」


「アリナちゃんに誘われて訓練に参加しに来ました」


「エリス姐がいたら訓練捗らない?捗るー!」


「おお!訓練に参加してくれるのね!あははは!いやいいわ!エリスちゃんいても正直邪魔だし!」


「えぇ!?なんでですかクレアさん!」


「だってレベルが違いすぎるもん。手加減下手そうだし」


「下手ですけどぉ〜」


まぁだろうなって話になった。そらそうだろ、姉貴が全力で戦ったら普通に相手をボコして終わり、なんの経験にもならない……けど。


「なら、俺ならどうですか、クレアさん」


「え?ステュクス君が?」


「はい、俺…友愛騎士団と戦ってみたいです」


俺なら、或いはなんらかの訓練になり得るんじゃないか?そう聞くとクレアさんは俺の体をジロジロと見て、そのまま視線をスライドさせ斜め上に持っていくと、小さくため息を吐き。


「正直、他国の人間を参加させるのもね。色々問題ありそう、後からデティフローア様に色々言われてもアレだし、まぁ…でも。デティフローア様があれこれ言って来てもエリスちゃんの弟なら黙らせられるでしょ」


「い、いいんですか?」


「はい、デティが怒ってきたらエリスが守ります!一緒に怒られましょう!」


そういう意味じゃない気がするが…まぁいいか。よし…それじゃあ。


「お願いします」


俺は手荷物を姉貴に預け、星魔剣を腰から外し、師匠の剣一本だけ握り、クレアさんに目を向けると。クレアさんは『ほう』と俺の目を見てニヤリと笑う。


「あんたやっぱエリスちゃんの弟ね。いい目してる、よし……じゃあ素振りそこまで!ちょっと来なさい!」


『ハッ!』


一言で、屈強な騎士達が素振りをやめてこちらに向かって走り、綺麗に列に並ぶ。それを見るだけでこの騎士達がエリートだと分かる、統率が取れており、気概に満ち、そしてなにより上官の命令に忠実。マレウスにも騎士団はあるが…ここまでじゃない。


それもこれもクレア・ミストルティンというトップがいるからだ。マレウスにはいるかな、エクスヴォートさんは飽くまで近衛騎士だから違うし。となると…マクスウェル?論外、ロムルス?もういない。最悪だな。


「今から実戦を想定した模擬試合を行うわ!で!どうやらあんたらに挑戦状叩きつけたいって無礼者がいるみたいよ!無礼者!前に!」


「え?俺?」


「無礼度では今ダントツよ!胸張りなさい!」


張れるかそんなもんで。仕方ない…と俺は一歩前に出て、並ぶ騎士達の前に立ち、一礼する。


「どうも、こんにちわ。マレウス国王レギナ・ネビュラマキュラ直属近衛騎士隊所属、ステュクス・ディスパテルです。皆さんと立ち合いがしたく…クレア騎士団長に頼み込みお時間をいただきました。よろしくお願いします」


「マレウス?マレウスの人間がどうしてここに…」


「マレウスと言えば魔女大国の仮想敵。しかも国王直属?いいのかそんなのがここに来て」


騎士達は俺の自己紹介にあれやこれやと、口々に疑うような言葉を述べる。そりゃそうだよな、だから俺は咄嗟に説明しようとする姉貴の動きを手で制止する。俺が姉貴の弟だとか、お許しを得て来ているとか、そう言う前提となる情報はいらない、代わりに。


「俺の身の上を疑う人がいるなら、前に出てください。力づくで追い返すなり、叩いて潰して力の差を見せつけるなりしてください。それがしたくて…俺はここにいますから」


「へぇ……」


騎士達の体から敵意が溢れる。挑発だ、挑発によって騎士達の敵意と闘争心を煽る。いらないんだ、前段階の情報は。俺はただ…ここで戦いたいだけ。

故に剣を抜き、騎士達に向け手招きすれば…騎士達の列を掻き分けて一人の男がやって来る。


「なら俺が相手をする。友愛騎士団所属『鉄腕』のメルコット、マレウスの雑兵一人蹴散らしてやる」


「いいね、やろうか」


友愛騎士団の一人メルコットが剣を抜けば、周りの人間が一気に遠のき、俺達を囲むように円を描き、人の壁の闘技場が出来上がる。そうしてメルコットが構え、俺が構え…双方気がつく。


「む……」


(構えが同じ……か)


正眼に剣を構え、柄の尻を左手で覆う握り方。初めて見た…俺と同じ構えをするやつを、いや正確に言えば一人は知ってるんだ。師匠だよ…俺の構え方は師匠から教えてもらったもの、つまり──。


「何故マレウス出身のお前がアジメク式の軍剣術を……」


アジメクの構え方なんだ。こうして友愛騎士団を前にしたら…見える、師匠の幻影が。街を歩いている時よりも、この国の空気を吸った時よりも、強く感じる。俺は師匠の国にいるんだって!


「なんでもいいだろ!来いよ!友愛騎士団!」


「ああ!行くぞッ!」


向かってくる、一気に足を前にスライドさせそのまま上半身を引っ張り移動する歩法。相手から見ればいきなり近づかれたように見えるやり方、師匠に教えてもらったやり方。懐かしい、師匠に何度も打ちのめされた日々が甦る。

俺は、何回も何回も師匠に打ちのめされて、叩きのめされて、その都度手をとって立ち上がり、強くなって…今は、もう。


「でぇいっ!」


「フッ!」


「なッ!?避けられたッ!?」


軽々と避けられる、遅過ぎて欠伸が出る。そのまま俺は振り下ろされた斬撃を横っ飛びに回避し、一撃。体を回転させ騎士の甲冑に剣を叩きつける。その一撃は鎧を切り裂きながらも内側の肉には触れず、騎士の動きが止まる。


「は、早い……」


「フゥー……」


勝負あり、とばかりに俺は剣を引いて息を整える。こう言っちゃなんだが、この騎士は弱いわけではない。かなり強い部類に入ると思う…けど、バシレウスだのオフィーリアだのという化け物とやり合った後に戦うとなんともまぁ見劣りする。


ますます、あいつらが…俺がさっきまでいた場所が、世界最高峰のレベルだったことが分かるよ。


「よしッ!次!」


「よーし!なら次は俺が相手をする!!退けメルコット!」


「クソ…!マレウス程度の騎士にやられるとは不覚!」


どんどん来い、この程度ではまだまだ満足出来ん。俺は軽くステップを踏んで円の中心に戻りながら次に来た騎士の相手をする。次の騎士は片手で長剣を操りながら不規則に攻めてくるが、やはり基本はアジメク式軍剣術だ………。


(師匠…俺、今アジメクで騎士達と戦ってる、戦えてるよ)


なんていうんだろうな、この気持ちを。満たされていると言うには…少し物悲しい感じがする、けど今俺は間違いなく充足している。

師匠の国で師匠が生きた場所で師匠と同じ騎士達と打ち合う。姉貴という家族に見守られ、平穏な日々を生きている。それを強く強く感じる都度に…混じる冷たさ。


「はい一本!」


「ぐぅっ!強い!」


「では次は私が!」


「どんどん来いやぁ!」


今の瞬間に、俺は満足しているはずなのに…どうしてこんなにも、今の俺は燃えていないんだ。少し前までならもっと手放しにこの瞬間を喜べたはずなのに…なんで。


「次!!」


目の前の騎士を打ち払い、俺は自然と次の相手を求めていた。その声を発した瞬間、俺は気がつく……幸福な瞬間、満足出来る結果、やり遂げた達成感…そこに混じる僅かな寂しさ、その正体は──。


「ステュクス、ちょっと暴れすぎですよ」


「ッ……姉貴」


その瞬間、姉貴に止められる。まだ三人しか倒してないのに…と言いかけたが、もう三人も倒してると心の中の冷静な俺が言う。何考えてたんだ俺、友愛騎士団全滅させる気だったのか?


「大した腕ね、うちの騎士がまるで相手にならないなんて。マレウスもやるもんだわ」


「すみませんクレアさん、うちのステュクスが」


「いいのよいいのよ、いい薬になったしね」


俺は息を整えながら、服の裾で汗を拭きつつ、姉貴の隣に戻る。いい時間だった、短かったが何か物凄い達成感のような物を感じた。


「さぁさぁ、あんた達も負けてられないでしょ。マレウスにボコられてる程度じゃ友愛騎士団は名乗れない!張り切って鍛錬しなさい!」


「はい!」


そうして素振りに戻る騎士達の背中を見て、離れていくクレアさんを見て、俺はふと…戦いの中で気がついた事、満足感、達成感の中に混じる冷たさの正体について…姉貴に問いかけてみる。


「なぁ、姉貴」


「なんですか?」


「……俺、これからどうしよう」


「え?」


この冷たさの正体は…つまり不安だ。俺は全部をやり遂げた。姉貴を助けるって目的も、アジメクに行くって目的も達成した。師匠を見つけるって目的を達成し、その師匠の仇も討って…俺にはもう、なにも目的がない。

今まではいろんなことをやり遂げる為漠然と強くならなきゃって思ってた。常に朧げな焦燥感に駆られて生きて来た。それらが無くなり、解放されたかと言えばそうじゃなくて…寧ろ焦燥感はより一層強まった。


つまるところ俺にはもう目的がない。いい仕事見つけるって言うのも達成されているわけだし、これからの人生…俺はただ漠然と近衛騎士を務め続けて生きていくのかな。


「師匠も見つけて、姉貴も助けて、アジメクに来て、ある種目標だった師匠も…多分超えたと思う。それは友愛騎士団と戦ってなんとなく分かった。じゃあこれからの俺は…ただ漠然と、呆然と、仕事だけをして年老いて死んでいくばっかりなのかな」


「なに言ってるんですか、レギナちゃんを支えるんでしょ」


「支えるよ、支えるけど……」


なんて言うのかな、それは俺の目的ではないよな。レギナにはレギナの目的があって、その一助になりたいとは思っているが…俺が志すべきものではないよ。それこそ、これからは漠然と生きていくのかって部分の解決にはなってないし…。


レギナを守るために強くならなきゃって気持ちもあるが、オフィーリアを倒し前程燃えてもいない、そう燃えてない。燃え尽きてしまった感があるんだよな。


「うーん…なんでしょうねぇ。やり遂げ感ってやつでしょうか…」


「うん、俺……これからなにを目指して歩いていけばいいんだろう」


導いてくれる師匠はもういない、逃げる敵ももういない、俺はなにを目指して走ればいいのか…そう考えていたら、ふと…友愛騎士団の群れから、一人の男がこちらに向けて歩いてくるのが見えた。


「君、ステュクスって言ったか…さっきの剣は……」


「え?」


その人は友愛騎士団と異なり鎧を着ておらず、やや礼服のような畏まった格好をした金髪のおじさんだった。髪を後ろに流したオールバックに、あんまり似合ってない顎髭、この人は?と姉貴に視線を向けると。


「デイビッドさん、お久しぶりですね」


「あ、ああ久しぶり。また美人になったな……」


デイビットと呼ばれた男性は、しきりに俺を気にするように視線を向けている。なにより、姉貴の言葉を聞いて、俺もその視線の理由に気がついた。


知っているからだ、俺もデイビッドさんの事を。師匠が何度もその名を口にしていた……。


『俺にはな、故郷に残して来た親友がいる。そいつに別れの言葉を言えなかったことだけが…心残りかな』


アジメクを捨て、マレウスに旅立ち、もう二度と戻らないと決めていた師匠が唯一、国に帰ってやりたかった事と語っていたのは、親友…デイビッド・アガパンサスへの別れだった。そうだ、この人こそ、師匠の言っていた親友……。


「こっちはエリスの弟のステュクスで……」


「ステュクス君、その剣は……見間違いじゃなければ」


「……はい、これは俺の師匠、ヴェルト・エンキアンサスから預かったものです」


「ッ…ヴェルトの」


そう聞いた瞬間、デイビッドさんは見るからに顔を歪め…唇を噛み締め、俯いた。多分聞いているんだ、師匠が死んだことを。けど……。


「まさか、ヴェルトに弟子がいたとは…」


弟子がいた事までは聞いてなかったようだ。デイビッドさんは俺の顔をマジマジと見て、その後俺の剣を見る。俺の剣は師匠から預かった物だ、まぁ正確に言えばこの剣でオフィーリアに報いを与えてやろうと思って無我夢中で手に取っただけだが。


にしても、デイビッドさんか。こんな顔をしていたんだな、本当に師匠の話でしか聞いていなかったが……。


「……………」


話に聞くより無口だな、師匠の話ではおしゃべりなヤツだって言われてたけど…いや、違うか。……よし。


「デイビットさん」


「あ、ああ?なんだ…いや、なんだい、ステュクス君」


「俺と試合してくれませんか?」


「え!?俺と!?いやいや俺はもう引退してるんだよ、ここにも教導役として来てるわけだし、現役の騎士が勝てないなら俺に勝てるはずがない」


デイビッドさんの年齢はもう四十近いだろう、引退してるのは不思議じゃない。若く精力に溢れた現役達が呆気なく負けているなら、引退済みの騎士が勝てるわけがない。そう言う理屈は分かる、けど違うだろ。この話は理屈じゃないだろ…そう示すように俺は。


「試合、やろう」


「ッ……」


突きつける、鋒をデイビッドさんの顎に。師匠の剣を…突きつけるんだ、無礼に思われるだろうし、実際無礼だよ、けど……分かるだろ、デイビッドさん。師匠の話していたあんたなら、この意味が。


「っああそう言うことかい、分かったよ、やってやる!」


瞬間、デイビッドさんの瞳に光が戻り、ギラリと鋭く…力を宿すと、礼服を脱ぎ捨て、近くの倉庫に置かれていた鎧を簡易的に取り付け、何処からか取り出したのは紫水晶の取り付けられた大剣。

あれはきっとデイビッドさんの愛剣だ、教官として持ち込んでいたんだろう。ヴェルト師匠がよく言っていた…デイビッドさんは、紫色の綺麗な剣を使っていたと。


「おい!ステュクス!」


そして、デイビッドさんは大剣を片手で持ち上げ肩に背負いながら腰を落とすように低く姿勢を取ると…。


「手加減したら許さねぇからな!」


「はい!絶対しません!…姉貴、離れてて」


「え、ええ…わかりました」


俺は師匠の剣を構え、デイビッドさんもまた眉間に皺を寄せ俺を睨む。先程の騎士達との模擬試合、それよりも張り詰めた空気が漂う。デイビッドさんは引退している…いんたいしているが。


その肩書きは…元友愛騎士団副団長兼団長代理、師匠のいなくなったアジメクを支えた大人物。引退してもその剣気は消えやしない。


「行くぞ…行くぞッッ!!」


「来いッ!!」


向かってくるデイビッドさん、その動きは引退しているとは思えないほどに機敏であり、瞬く間に距離を詰められ…。


「ダラァッ!」


「フッ!」


来る、大剣特有の重さに任せた振り下ろし、だが踏み込みが一歩足りない、これなら避けられると後ろに飛んだ…その時だった。


「甘いわ!」


「イッ!?」


大剣を回避した瞬間、地面に突き刺さった大剣を軸にデイビッドさんは逆に飛び上がり、まるで棒高跳びのように飛翔、そのまま俺に蹴りを加えてきたのだ。咄嗟に肩で守ったが…まずい、受け方を間違えた。


「うぉぉおおおお!!」


「ッ!」


そのままデイビッドさんは柄を握りしめ、石突で俺の腹に一撃を加える。大剣を使ったインファイト、その巧みさに惚れ惚れする。これはいかんと距離を取ろうとすれば……。


「ヴェルトは!!」


後ろに一歩、バッグステップをすれば、デイビッドさんは横によろめきながら後ろに構えた大剣を振り回し俺に向け振るう。距離をとったことで大剣の適正距離に俺自身が飛び込んでしまったんだ。


「そんな戦い方を教えたのかッ!」


「ッヴッ!?」


剣で斬撃を受け止めれば、思わず腰が外れそうになるくらいの衝撃が走る。鬼気迫る気迫…その猛撃を前に足が止まる。


「俺は!ヴェルトに勝つために!剣を磨いて…磨いて、磨き続けてきた!」


曰く、ヴェルト師匠とデイビッドさんはライバルだったようだ。とは言え九百回以上戦ってヴェルト師匠は一度も負けなかったみたいだが…それでも言っていた。デイビッドが迫ってくるから、俺は手を抜かず鍛錬にやり甲斐を持ち続けることができたと。


「一度だって勝てなかったけど、勝てなかったけど…俺はまだ諦めてないんだよ!!」


「………!」


振るわれる大剣を冷静にステップを刻み避ける、初撃以降…如実にスピードが落ち始めている。それでも振るう、だってライバルだと思っていたのは師匠だけじゃない、デイビッドさんにとっても同じだから。


この人は負けるわけにはいかないんだ、師匠と同じ剣を使い、同じ戦い方をする俺に…。


「諦めてないのに!先に逝きやがって!クソ…クソォッ!!!」


「デイビットさん…」


「けど!」


瞬間、デイビッドさんは一気に突っ込んでくる。その突撃を剣で受け止めれば、鍔迫り合いにより風が生まれ、火花が光を生み、俺の目の前には…目に涙を溜めたデイビッドさんの顔が映る。


「礼を言うよ、もう二度と叶わないと思ってた…アイツとの再戦、それを叶えてくれて」


「いえ…お礼を言われるようなことじゃないっすよ!」


俺だって負けられないんだと笑みを浮かべる、師匠教えを受け、師匠の剣を使う俺だって師匠のライバルであるあんたには負けられない。故に俺は一瞬で剣を傾けデイビッドさんの刃を滑らせ逸らすと共に一気に後ろに飛ぶ。


「ッ!逃さねぇ!『サンダースプレッド』!」


当然距離を取れば飛んでくる、かつて『紫電』のデイビッドと呼ばれたその名前の由来。空を駆け巡る無数の電流が俺に迫る。けど……魔術戦は慣れてんだよ。


「よっと!」


「なにッ!?剣を投げて…」


目の前に向けて師匠の鉄剣を投げる、ただそれだけで電流が剣に引き寄せられる。避雷針の代わりだよ、そうやって電流をやり過ごした瞬間、駆け抜ける。


「ッ!俺は…俺はヴェルトのライバルだ!負けられない、負けられない!負けられるかッッ!!」


瞬間、投げた剣をキャッチし一気に剣を叩きつける。その一撃でデイビッドさんの防御が崩れ…。


「俺は…!俺はッ!」


一撃、二撃、俺の剣が放たれる都度デイビッドさんの動きが鈍る、体力を使い果たしつつある。それでも牙を剥き気迫だけで大剣を持ち上げ…。


「アイツを超えるために!今日まで生きてきたんだァッ!!!」


そして…一閃。デイビッドさんの腕が下へと振り下ろされる。だがその手に剣はない、俺の一撃で弾き飛ばされた大剣がデイビッドさんの背後に突き刺さり、俺の剣が首筋に添えられる。


勝敗は決した、そして静寂が空間を満たし……デイビッドさんの手が、小さく震える。


「……生きてきた、つもりだったんだが。アイツは…そうじゃなかったみたいだ」


「…………」


デイビッドさんの悲しげな呟きが響く、剣を振り下ろし俯いた姿勢で、彼の籠手が握られ、乾いた音を立てて行き場のない怒りと力が滲んでくる。


「俺はアイツをライバルだと思ってた、けど…結局それは俺の一方的な思い込みだったんだ…アイツは俺を見てやないかった。バカな話だよ、一方的な因縁を今日まで引きずってきたなんて……」


「そんな事、ありませんよ」


「え?」


デイビッドさんは顔を上げ、俺を見る。師匠の剣を俺は肩に背負いながら…言う。そんな事はないと、あるわけないと。デイビッドさんだけがライバルだと思っていたわけじゃない…。


「師匠は俺に何度もデイビッドさんの話をしてくれました。アジメクに心残りがあるならデイビッドさんに別れを言えなかった事だと、けど同時にデイビッドさんがいるからアジメクを任せられると」


「ッ……」


「デイビットさんが居たから自分は強くなれたと、鍛錬に手を抜かなかったと、感謝してもしきれないくらい…大事な親友で、ライバルだったと」


「ッ…ゥ……ヴェルトが……!」


ボロボロと涙を流したデイビッドさんは、ヨロヨロと一歩前に出て、俺の肩を両手で掴むなり…唇を噛み…体を震わせる。ただただ、全身でその言葉を噛み締めて。


「だったら…だったら、帰ってこいよ…!なんでそこまで思ってて…一回も、死ぬまでに一回も…帰ってこなかったんだよぉ…!」


「……そうですね」


「ずっとずっと、待ってたんだぞ…俺達は、アイツなら帰ってきてくれるって…ずっとずっと!なのに…なのに!ゔう…ッッ……!」


鼻の頭を赤く染め、目から、鼻から、涙を流す。デイビッドさんが俺を見ていたのは、これを言いたかったからだ。帰ってこいよと一言言いたかったから、けどこの人は優しい人だ…俺を慮ってそう言う事は言わないし、言えなかったんだろう。


だからこそ、見せた。俺は……あんたのライバルの弟子は、そんなの気にするくらい弱い男じゃねぇよってところを。師匠の気持ちもライバルの悲しみも受け止めて歩けるくらいの男だって、それを伝えるにはこれしか方法がないだろ?


「うっ…うぅ…クッ…うぅ」


「……ありがとうございます、デイビッドさん」


ああ、それと。もう一つ。


師匠、あんたのやり残した事…代わりにやっといたぜ。


…………………………………………………


それから、俺はデイビッドさんと姉貴と一緒に訓練場の横に逸れた何もない原っぱに座り、体を休める。姉貴的には退屈かもしれないが、それでも付き合ってもらう。俺としてはもう少しデイビッドさんと話したかったから。


「そうか、ヴェルトはお前を守って……」


「はい、それで師匠を殺した奴には…俺が報いを与えました」


「ありがとよ、アイツは負けず嫌いだったからな。あの世できっとお前の勝利を喜んでるだろうさ」


「ははは、どうでしょうね」


デイビッドさんと共に、座り込み。俺は師匠の剣を見つめる。師匠の剣は先代魔術導皇ウェヌス・クリサンセマムがヴェルト師匠の為に作った特別製らしい。アルクカースの魔鉱石に魔力に対して非常に強い耐性を持つマナタイトという鉱石を合わせた合金。

かつてはアジメクの英雄バルトフリートしか持っていなかった特別な製法の武器、それと同じ物を師匠は授かっていたんだと教えられた。


因みに、バルトフリートの武器は打ち直され今はクレアさんの手に、ヴェルト師匠の剣はそのまま俺に、使い手を変えて今も世に現存している。


「……しかし、あのヴェルトが弟子を持つなんてな」


「最初は普通に断られましたよ」


「だろうな。アイツは騎士団の訓練の時も全部俺やナタリアに丸投げしてさ。『なんでこれが出来ないのか分からない』ってずっと言ってた。マジで天才だったんだよアイツは…教えるのが苦手だった。それを、こんな立派な弟子を育ててさ…」


「全部師匠のおかげですよ、俺がこんな風になれたのは」


「そんなわけあるか、お前の才能があったから成立したんだ。ヴェルト単独でここまで育てられるもんか」


ヘッと鼻を鳴らして笑うデイビッドさんはなんとも懐かしそうに剣を見ている。師匠とデイビッドさんは士官学校からの付き合いだっていうし、本当に長い付き合いだったんだ、それこそ俺と同じくらいには。


「だがまぁ、これからはお前も一端の剣士として生きていくんだろ?ヴェルトの仇は討った…なら後は自由だ」


「……それが」


けど、その話をされた瞬間…俺の喉が引き締まるのを感じた。これからは…か、これからの事について話されると俺は何も言えない。だって俺はこれから何をしたらいいか分からないから。


「……実は姉貴にも相談してたんですが。俺はこれからどうしたらいいんでしょうか」


「え?これから?お前近衛騎士だろ?仕事辞めるのか?」


「いえ、仕事は続けますけど…でも女王を守るのはなんか目的とは違う気がするんすよ。俺はアイツを助けてやりたいけど…それは目的というよりやらなきゃいけないことっていうか。言語化は難しいですけど…そんな感じなんです」


「……まぁ分かる。近衛騎士は仕事だ、ビジネスライクな付き合い方をしろってわけじゃないが、それは人生の目的ではないしな」


するとデイビッドさんは腕を組んで、空色の天井を見上げ数秒考える…すると、軽く口元に笑みを浮かべ、チラリと視線だけがこちらを向いて。


「いや俺には分からんよ」


そういうんだ、分からんと…だが、それと共にこう続ける。


「それは、お前の王と共に見つけるもんだ。ここにいても見つかるもんでもない」


「レギナと……」


「ああ、ヴェルトもそうだった。アイツはウェヌス様を守ることが目的だったわけじゃない、ウェヌス様の作る未来を見届ける事が目的だった。ウェヌスの語る魔術世界を一緒に見る為に誰よりも側にいたんだ……まぁ、ウェヌス様も早世し、その未来を見る事なくアイツも逝っちまったが」


師匠は常に俺に言っていた、口うるさいほどに言っていた。騎士なら王にのみ専念しろと。それはあの人の王であるウェヌスさんを守れなかったからって後悔からくる物…だと、思ってたけど。


或いはあの人は俺に見て欲しかったのか、俺が王と作り上げる未来を。叶えられなかった夢を。


「目的がないなら、目的を見つけるのを目的にすればいい。国王と共に未来を作れ、それがお前に今出来ることじゃないのか」


「…………」


ロアも言ってたな、未来を見る事ができるのは生き抜いた者の権利であり義務であると。それが出来なかった者達が死者であり、出来るのが俺達……か。


(……なるほど、そういうことか)


生と死の間に引かれたライン、それを絶対であり、超える事は許されない。その向こうから…数多の死者がこちらを見ている。マヤさんが、トリンキュローさんが、ティアが、ロアが、ヴェルト師匠が…みんなが見てる、俺が作る未来を見ている。


なら、俺が今目指すべきは……。


「よし!ありがとうございます!」


「なんか、助けになれたか?」


「はい!俺……マレウスに帰って、レギナと話して…作ります、みんなに恥じない未来を」


これから先、俺には目的が存在しなくなる。明確に誰かに会ったら、誰かを倒したら、そういう風に分かりやすいゴールは用意されていない。ただ続くのは漠然とした世界、そこをレギナを守りながら一緒に歩いて、アイツと一緒に…道を作る。


そうだ、俺の新しい目的は…未来を作り生きていく事。それが俺に課された義務なのだとしたら…しっかり生きないと。


「なにか答えは得られましたか?ステュクス」


「ああ、姉貴。漠然と、ぼんやりとだけど…掴めた気がする」


俺は立ち上がり、大きく伸びをして星魔剣を受け取り、姉貴に礼を言う。漠然とした目的だ、目的じゃないよそんなのと言われたらまぁそうだなとしか返せないくらい、空気に溶けるほどに漠然とした答え。だが悩みは晴れた、俺は俺として生きていく…俺の未来を俺が大好きな人達との未来を。


「ありがとな、姉貴」


「うう、もう少し一緒にいたかった」


なら……後は歩いていくだけだよな。な?姉貴、レギナ…みんな。



……………………………………………


「って事があったわけで……」


「だ、大冒険でしたね」


それから俺は数日をステラウルブスで過ごし、その後タロスに移動。タヴさん達と合流してみんなと共にサイディリアルに戻ってきたんだ。


俺がサイディリアルに戻り、城に帰還するとレギナは俺の手を取り泣きながら『無事でよかったよぅ〜!』と叫んで無事を喜んでくれた。カリナやウォルター、オケアノスさん達とも再会し…俺はいつものように庭先でレギナと一緒にお茶を飲みながら旅の報告をしていた。


「ですがよかったです、無事で。私もう毎日毎日不安で…」


「ははは、悪い」


「笑い事ではなーい!」


「はは……」


レギナは白い髪を揺らしながら、赤い瞳で俺を見る。こうしてまじまじとレギナの顔を見ると、つくづくバシレウスとそっくりだ。そりゃそうだ、兄妹だからな。

因みにだが、まだレギナにバシレウスのことは言えてない。現状言うかどうかも決めてない…って言うのも。


バシレウスはサイディリアルに戻る気はない、そのバシレウスの話をされてもレギナを傷つけるだけなら気がする。けどせめて無事だけでも知りたいかとも思うし…悩み中だ、言うか言うまいか、だから今は言ってない。正解がどっちか分からないから…でも。


「なぁ、レギナ……」


「ん?なんです?」


「……俺、これからはお前に専念するよ。お前の背負ってるもんを、俺も背負う。お前を守るよ…命をかけて」


レギナもまたバシレウスと同じく蠱毒の儀を経験し、この世の地獄を見ている人間の一人。こう言ってはなんだがバシレウスは強い奴だからまだよかった。我を通せる部分もあったから、強いからこそ背負わなきゃいけないものもあったが…レギナは逆に弱いからこそ、背負わせてもらえなかった苦しみもある。


だから、その苦しみを俺も背負う…レギナは俺が守る。兄貴に代わってな。


「な、ななんなん…何言ってるんですか急に、お茶ぶっかけますよ!」


「なんで!?」


「そんな事ね!一々言わなくてもいいんですよ恥ずかしい!もう!当たり前でしょ!貴方は…私の騎士なんですから」


なにやらレギナは顔を真っ赤にして、お茶をチビチビ啜っている。どう言う情緒だ、バシレウスもだがこの兄妹は変に気難しいな…。


「もう離れちゃ嫌ですよ、ステュクス」


「ああ、離れない」


「離れたら…退職金出しませんから」


「生々しいな……」


なんて話をしていると…感じる、いつもだ、いつも。こう言う風にここでお茶をしていると誰かが嫌な報告を持って走ってくるんだ。前はいきなり客人が来て、姉貴からルビーを押し付けられたり、カリナがストゥルティが冒険者協会を占領したって報告が来たりした。


ならそろそろ来るか?と思い後ろを見てみると、城の扉が開き…案の定、誰かがやってきた。


「おーう、お二人さん。こんなところでお熱いやんか〜!」


「邪魔をしてしまったか?」


「ふむ、優雅な庭だ」


「あぇ!?ラセツさん!タヴさんに…カルウェナンさんも!」


扉を開けて現れたのはラセツさん達だ、彼らは悠々と城の中を歩き、闊歩しながら俺たちの方にやってくる。ここに送り届けてくれてから別れたはずだが…なにしに来たんだろう。


「な、何者!?」


「ああ、この人達は俺を助けてくれた人達だよ」


「ん〜?」


一瞬警戒するレギナを落ち着かせると、ラセツさんはレギナをジロリと見ると、うやうやしく両手を開いたかと思えばその場に跪き…。


「恐れ入ります、女王陛下。私はラヴィベル・セステルティウスと申す商人でございます。貴方様の居城、貴方様の御前をこの靴で汚すを、どうかお許しください」


「え、えぇ……」


胸に手を当て静かに、そして確かに尊敬の念を込めて振る舞うラセツさんに俺もレギナも口を開けて唖然とする。この人こんな人だったか…?


「え、えっと…なにをしに来たんですか?」


「我が友ステュクスに、一報入れたく参りました。この場にて口を聞く事をお許し願えますでしょうか」


「い、いいですけど」


「ほな……ようステュクス!話があるねん!」


レギナがギョッとする、それほどの豹変ぶりを見せるラセツさんに俺もびっくりだよ。この人以外にフォーマルな立ち振る舞いが出来る人なのか、の割にはバシレウスやラグナさんと言った王族の前じゃいつもと変わらなかったけど。…なんならタヴさんもカルウェナンさんも腕組んでいつも通りだし、どう言う空気だったんだ今のは。


「なにがあったんです?」


「まず報告や、オレはもうちょいサイディリアルにおることになった。エリス達が向こうにしばらく滞在するからオレはお留守番や。そもそもオレはマーキュリーズ・ギルドのマレウス支部の支部長っちゅう事やしな、向こうに行く必要はあらへん」


「おお!まだここに居てくれるんですね!」


「せや!休みの日はドライブ行こうや!それとタヴやんとカルウェナンのおっさんやが…」


チラリとタヴさん達に視線を移すと…。


「俺は近くのカフェに再就職する事ができた。そこでカルさん達も一緒に雇ってもらえることにもなってな…」


「え!?カルウェナンさんカフェに就職するんですか!?」


「食い扶持を稼ぐ必要がある。就職など初めてだが食っていくには仕方あるまい」


ええ…タヴさんとカルウェナンさんが働くカフェってどんなだよ。戦争して勝てる国がいくつあるんだ?ってレベルの戦力を抱えるカフェって聞いた事ないぞ。

つーか…働けるのか、カルウェナンさん。こう言ってはなんだが、かなりの社会不適合者だぞ。


「えっと、冒険者協会じゃダメなんです?」


「ダメだな、あそこに行くのは危険過ぎる」


「そうなんですか?」


「ああ」


冒険者協会が危険過ぎる?なんでだろう、カルウェナンさんならそれこそストゥルティ相手にも全然負けない…と言うか普通に勝てるだろうし、魔獣相手に負けるところなんか想像出来ないが。まぁ本人がそう言っているなら、それでいいか。


「つまり、オレらしばらくサイディリアルにおることになった。せやでまぁよろしくな、ステュクス」


「はい!皆さんとまだ一緒にいれて嬉しいです!つーかもうこのままみんなうちで働きません!?近衛騎士やりましょうよ!いいよな、レギナ」


「まぁ、ステュクスが言うなら」


「あーそれはやめとくわ」


「国王に恭順はしない」


「なにより、我々のようなならず者を配下に加えればどこかで軋轢が生まれる。やめておけ」


「うう……分かりました」


大きくため息を吐く、みんなが一緒にレギナを守ってくれたら…心強かったんだけど。でも仕方ない、あくまでみんなにはみんなのやるべき事があるんだから…。


「では、俺は先に帰らせてもらう」


「へ?え…ええ、タヴさんもう帰っちゃうんですか?」


「止めたんな、アイツにもおんねん。お前みたいにいの一番に会いたい奴が」


そして、報告が終わるなりタヴさんはそそくさと帰ってしまう。あの人は他の面々と異なり元々サイディリアルに住んでいるようだった、で戦った理由もマレウスに住む仲間を守るためって話だったな。ならその仲間に会いに行ったんだろう。


いいさ、サイディリアルにいるならまた今度会いにいけば。


「にしても嬉しいなぁ、みんなが一緒にいてくれるなんて」


「いや、ステュクス。そう呑気に構えていられんかもしれないぞ」


「へ?」


そんな中、カルウェナンさんが懐から一枚の紙を取り出し、渡してくる。なにがなにやらわからず…俺はただその紙を受け取る。ちょっと待て、今回の報告はいい報告だけで終わるんじゃないのか?


それとも、あるのか…いつもみたいな面倒事が。


「読んでみろ」


「え?……えッ!?」


……撤回する、その紙に書かれていた内容を読んだその瞬間。脳裏を駆け巡った今までの面倒ごと、それが霞むほどの…とんでもない事が書かれていた。いつものような面倒事じゃない、今ここに降りかかったのは。


「エクレシア・ステスで見つけた。奴らの研究によると…そう遠くないうちに、世界中の魔獣がマレウスに向けて集まる『魔獣大侵攻』が起こる可能性がある。もしこれが発生し、今のままその時を迎えれば……」


「マレウスが…滅びる?」


「ああ、そして猶予が殆どない。今すぐにでも対策を始めるべきだ。


──────オフィーリアや、コルロなんかとは比べ物にもならない。俺史上最大最悪の大事件だった。


……つーか、もっと早く言ってくれよ!姉貴達に共有できてないよ!?


姉貴達…早いところマレウスに帰ってきて……くれるよな?


……………………………………………………


コルロという厄災を跳ね除け、マレウスの危機は去った。一時とは言え平穏を取り戻した俺は、いつものようにプリンケプス大通り渡り、その路地裏にある館の扉を開けて…声を上げる。


「ただいま帰ったぞ」


「お!タヴ!」


「タヴ様!よくぞご無事で!」


「レーシュ、メム、家をよくぞ守ってくれたな」


この館は、俺達大いなるアルカナの元メンバーが揃って暮らす館だ。古いだけで広々とした館は全員で暮らすには丁度よく、かつて根城としていた古城よりも住み心地は良い。

俺が扉を開ければ、橙色の髪をした長身の女レーシュと、黒髪の男メムが走り寄ってくる。俺は二人に軽く挨拶をし、玄関先を越えれば。


「コフ、大事ないか」


「ああ、ないよ。至って平和だった」


「コルロは、倒されたか?」


リビングに行けば、紺色の髪をした青年『運命』のコフと、浅黒い肌をした巨漢『正義』のラメドが共に出迎える。二人はエリスにやられて以降、このマレウスに潜伏し、この館を手に入れ、他のアルカナメンバーを受け入れる土台を作ってくれていたんだ。


「ああ、コルロは倒した。久々に実戦に出て少し疲れたよ」


「あははは!君が傷だらけになるなんて珍しいねぇ!」


「強敵だったからな。ああそうだ、カルさんに久々に会ったよ、ラセツもいた」


「随分なメンバーだなぁ」


レーシュ、メム、コフ、ラメド。ここにはいないが寝ているであろう『星』のヘエ、レーシュの部下のアグニとイグニ、全員で住んでいる館に戻ってきて、俺は平穏を手に入れる。

平穏を守る為に戦う、ある意味保守的だが…今この動乱の世にあって平穏を望む道もまた革命となり得る、それ程に今世の中は荒れている。

故に俺は、せめて仲間達だけでも守りたいと…立ち上がったのだ。


なにより、なによりも守りたかったのは……。


「それで、彼女は……」


『あ!タヴさん!』


「ッ……!」


ソファに座り、落ち着こうとした瞬間、聞こえた声に俺は立ち上がる。ダイニングの扉を開けて、現れた彼女の姿をいち早く見たかったから…。


「おかえりなさい、旅行の方は楽しかったですか?」


「……ああ、とても。そっちは無事過ごせていたか?オーランチアカ」


現れたのは、白いエプロンに身を包み、白い長髪を、白い肌を陽光によって光らせる女性。俺にとって誰よりも大切な…相棒。


オーランチアカ…かつて、審判のシンと呼ばれた、女傑だった者だ。


「ふふふ、ええ。この間なんかレーシュさんが料理するって言って、全身火達磨になって大変で、でも楽しかったです」


「それは俺も見たかったな」


シンは、エリスとの戦いで命懸けの自爆を試みて…結果的にコフによって救出されたが、魂の大部分が破損してしまった。魂とは記憶や感情を内包する存在。その記憶の部分が消えてしまったんだ…故にシンは、アルカナの事も、俺の事も忘れていた。


だが、ある意味でそれで良いと思い…俺達はシンにアルカナや裏の世界のことをなにも教えていない。あんな記憶、ないならないでそれでいいからな。


「毎日とても楽しいです、その毎日に…タヴさんも加わるなら、今までよりももっと…」


「ああ……」


俺はそっと寄り添うシンを抱き寄せ、目を伏せる。彼女がこうなってしまったのは俺が原因だ、俺が彼女に無理をさせたからだ。俺がもっとしっかりしていればシンは自らの命を燃やすことなどなかった。

だから俺は今の彼女を受け入れて、死ぬまで守っていくつもりだ…。


だがふと思う日がある。もし…もしも、彼女が昔のことを思い出し、かつての姿を取り戻してくれたら……どれほど嬉しいことか、などと。


(あり得ない妄想は、空虚ななだけだな)


彼女の記憶は失われたのではなく消えてなくなったのだ。取り戻す方法など存在しない…もうどこにも、彼女の記憶はないのだから、そんな事思うだけ無駄だ。


そうだ……オーランチアカは生きているが、審判のシンは…もうこの世にはいないのだ。


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「え!?俺と!?いやいや俺はもう引退してるんだよ、ここにも共感役として来てるわけだし、現役の騎士が勝てないなら俺に勝てるはずがない」 共感役って、何…?
内戦ばかりのマレウスに新たな危機が… 魔獣絡みの面倒事は五凶獣の仕業にしか見えない… 次は姉弟で母の故郷のエトワールに旅行してもらいたいな
ヴェルト師匠そういえば結局アメジクには戻れないままでしたね。ステュクスを通してデイビッドさんと決着をつける展開最高ですね!剣を受け継いだことで、未来の世代へと移り変わっていくのがわかって…… ステュク…
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