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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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763.同盟討伐戦・第六戦『不死身の吸血伯爵』コルロ・ウタレフソン


最強…その称号は一人の為のものなのに、この世には色んな最強がいるし、そいつそれぞれの最強がある。最強って言葉はそれ以上が存在しないからこそ、多く存在し…言う人間、その時々によって違う。


なら、俺の追い求める最強ってのはなんなんだろうな……まぁでも一つ確かなのは。


今目の前にいる、こいつよりは…強くあらねばならないと言う事─────。


「借りを返しに来たぜッ!コルロォッ!!」


「丁度いいところに来てくれた!本当に!この力を試したくて仕方なかったんだ!!バシレウス!!」


踏み込む。コヘレトの塔、最上階のその部屋に。コルロが待つその部屋に…ようやく俺はここまで戻ってくることができた。長かったが…ようやく……うん?


「あ?」


ジロリと俺は目前に立つコルロの姿を見る。前まではもっとムカつく顔…それこそ魔女レグルスみたいな顔してたくせに、今のコルロは髪が白く染まり、腰まで伸び、目が血走って…なんか異様な空気を漂わせてる。


「なんだお前、見ない間にブスになったな」


「あ…あ?この姿のことか……ふふふふ、私はようやく、究極の存在に昇華出来たんだよ。分からないのは君の目が下劣だからだ」


究極の存在というにはちょっと清潔感がないな。つーか白い髪ってコイツもかよ、本当にイライラする…。


「今の私の体の中にはシリウスの血、ネビュラマキュラの血、ガオケレナの種、そして超人の肉体情報が込められている…分かるかい、最強の魔力と最強の肉体、そして最強の魂を持つ最強の──」


「なぁ、おい」


腕を組み、大きくため息を吐き…コルロの言葉を止める、なにが言いたいのかよく分からないし、お前がどう言う存在かも分からない、だけど。


「これ以上喋るな、最強って言葉が軽くなる」


「…………そうか」


するとコルロは落ち着いたのか、ダラリと手を垂れさせて……。


「なら、この力で、君の体に教え込むとしよう。私がどう言う存在かを」


その瞬間、コルロの足が爆発的に膨れ上がった…かと思ったその時には既に奴の体は俺の目の前まで迫っており…。


放たれるのは凄絶な蹴り付け。思い切り太腿を振り上げ思い切り蹴り抜く乱暴なフォームから放たれる弾丸の如き一撃は、余波だけで壁を貫通させ、床の石畳を舞上げ、俺の体を蹴り飛ばし屋上の向こう側にあった空間、通路のなり損ないのような広々とした異質な空間に出ながら…俺は。


「そうかい!興味もねぇぜ!それより死ぬ覚悟は出来てんだよな!コルロォ〜!」


コルロの蹴りを伏せていたクロスガードを解いて牙を見せ笑う、さぁさぁやって来たぜ、ずっとこの時待ってたんだ。小賢しい化かし合いはやめにしよう、阿呆らしい主義主張の語りはやめにしよう。


計画とか、目的とか、未来の展望とか野心とか、全部全部どうでもいいだろ。ここにいるのは俺とお前の二人だけ、だったら殺し合おう、少なくとも俺達がここにいる理由はそれだけなんだから。


「アハハハッ!死ぬのはお前だ!バシレウス!」


「ッお!」


瞬間、壁を砕いて廊下へと飛んできたコルロは俺の顔面を掴み、そのまま廊下の壁に叩きつけると同時にぐりぐりと壁に押し付けながら全力で走り出す。俺の頭を壁で削るように、廊下を全力で疾走する。


「力とは!思考と検証に宿る!思考を重ね検証を重ねた末に辿り着いた叡智の極致!それがこの肉体!不死身の再生能力に超人の強度、そしてシリウスの魔力!最早シリウスなど頼るまでもない!私こそが!新たなる史上最強だ!」


「ッ……!」


そして、そのまま俺を壁から引き抜いたコルロは、俺の体を振り回し膝に叩きつけ蹴り飛ばす。そのあまりの威力に俺の体は宙を舞う……だが。


「だから最強だなんだのと!繰り返すなってんだろ!『ブラッドダインマジェスティ』ッッ!!」


先程の攻撃で噴き出た血液を使い、空中で姿勢を戻し放つのは紅の閃光。それを空中から投げかけるようなフォームで放つがコルロは一歩も動かず拳を握り。


「事実を述べたまで!」


「なッ…!」


拳の一撃で弾かれる、俺の血命供犠魔術が素手で…アイツ、マジでマヤの肉体並みに強力に───。


「サイディリアルの時から、ずっと言っているだろう…私はお前より強いと」


「ぐっ…!」


いつの間にか俺の前に飛んできていたコルロの踵落としが俺に炸裂し、余波が壁を、天井を、床を引き裂き最上階が風船のように内側から弾け飛び、俺の体もまた下層へ貫通し、コヘレトの塔を下へ下へと落とされていく。


「私は、完成を目指して二十年を費やした。お前はどうだバシレウス、未だ未完の王止まりのお前が私に勝てる理屈が、理論がどこにある!」


「ッと!」


何階下に落ちたか分からないが、地面に当たった瞬間俺は床を掴んでクルリと飛び退くと同時に頭上から降ってきたコルロの蹴りが床を砕く。ここは大広間か?塔がグニャグニャに歪んだ拍子に出来た異質なる大広間…そこへ落ちた俺は地面に着地し、歪んだ壁と床を即座に認識し。


「その理屈とやらを、今証明するためにここにいんだろうが、せっかちになるんじゃねぇよ!」


全身に魔力を漲らせ臨戦態勢を取る。確かに冷静になって考えてみれば勝ち目は薄い、俺はただでさえサイディリアルで一度コルロに負けている、更にタロスで戦っても押し切れず、そして今…コルロは今までとは比較にならない強さを得ている。


そこのどこに俺が有利になり得る材料がある、確かに勝ち目はないな。だが…勝ち目のあるなしでこちとら戦ってねぇし、なにより…負けたから、一度負けたから、俺はコイツをぶちのめしてぇんだよ。戦う理由はそれだけで十分だ。


「なら証明してみろ!」


「ッ!」


しかし、次の瞬間コルロが落ちた事により舞い上がった土煙の中から一筋の紅い閃光が煌めき、全てを両断するように薙ぎ払われる。以前見せた爪の斬撃に魔力を乗せた攻撃だ、咄嗟に地面に伏せて斬撃を見送れば…壁が引き裂かれ外にまで飛んでいく。

前よりも威力が格段に上がってやがる。


「私は研究者だ、理論のない理屈は信用しない!」


「グッ!?」


そして、続け様に飛んできた魔力を帯びた拳が伏せる俺の顔面を打ち抜き割れた壁へと吹き飛ばす。この俺が堪える事も出来ねぇとは……だが。


「ッ…上等だ」


組織の連中を納得させる為着せられたマントを脱ぎ払い、軽くジャンプをして拳を握る。割れた壁が後ろで崩れ、外界の景色を晒す様を無視して俺は目の前で毛を逆立たせるコルロを見遣る。


「未完の王がなにを偉ぶるか!!」


「ッ…!」


動く、コルロが動く。後には砂塵しか残らない、影すら残さぬ瞬息の絶走。右、左、撹乱するように動くそれを目ではなく感覚で追いかけ…瞬間、握った拳を開き。


「ここッ!」


「んなッ!」


振るわれるコルロの拳を真横に転がりながら回避すれば、外目掛け衝撃波が飛んでいく。爆発音のようなそれを轟かせる横で、俺は開いた手をコルロの脇腹に押し当て…。


「『断絶』!」


「グブッ!」


貫く、コルロの体を両断する魔力防壁による剪断。帝国の将軍ルードヴィヒが行った相手の体内に防壁を生み出す絶技。俺は魔力の通り道を塞ぐなんて真似は出来ない、だが出力を上げ相手の体を切断する絶対の刃物にする事はできる。


事実、コルロの体は脇腹から真っ二つに別れ、血を吐きながら上半身が転がり…。


「バカなことを、私が不死身であることを忘れたか?」


「……!」


しかし、別れた上半身だけが動き、倒れそうな体を手で支え逆立ちのような姿勢で地面を駆け抜ける間に、傷口から血管がニョキニョキ生え、骨が生まれ肉がついて…即座に元の形に戻る。代わりに置き去りにされた下半身は塵となって消え…。


「アハハハッ!さぁどうするバシレウス!私は不死身だぞ!その怖さはお前が一番よくわかってるんじゃないか!」


(ガオケレナとは再生の仕方がやっぱ違う、どう言う原理で再生してんだこれ)


ガオケレナの再生はどう言うわけか衣服まで再生する。それに対してコルロは衣服が再生しない、下が真っ裸だ、なんなら今上着も破り捨て本物の真っ裸になり、魔力防壁を編み込み白い羽衣を作り出した。


再生の仕方が違う、この仕組みを解き明かさない限り俺は…俺はこいつをぶっ殺せない。


「多少魔法の腕と魔力の質が上がったようだが!所詮この程度だ!」


「ッと」


瞬間、突っ込んできたコルロの蹴り払いを受け止め防御する。衝撃を受け流しつつ下に潜り込むようにコルロの腹に蹴りを加えるが、コルロは腹に局所的に張った防壁で蹴りを防ぎ…。


「片腹痛い!」


「グッ…!」


落ちてくるのはコルロの肘打ち。それが俺の頭を打ち地面に足が沈むが…構うことではない、痛みに動きを止めるには…敵の位置が近過ぎる。


「『断絶』!」


「グッ!?」


頭から血を流しながら、俺は切る。今度は縦に、防壁を相手の体内で展開しコルロを真っ二つにするが……やはりコイツは死なない、今度は右側がギョロリと瞳を動かし俺を見る。


「無駄だ、何度やっても!!」


「イッ!?」


右半身だけが動き、俺の顎を蹴り飛ばし地面に転がす。ザリザリと音を立てて転がる俺の体、されど目は見続ける…コルロの再生を。


左半身が炭になって消えた、右半身から再生した…後は。


「これでも喰らえよ!」


「は?」


コルロに蹴り飛ばされながら俺は地面のタイルを引っぺがしながらそれを投げ飛ばす。まるで円盤のように回転して飛ぶ、その攻撃に呆気を取られたコルロだが。


「なにをするかと思えば!こんな物で私の体が傷つくか!」


弾く、拳で。だよな、それ…防壁で防げばいいのにお前は態々手で払う、そう言うところが…。


「お前、凡人だろ」


「え?」


当てる、手を。脇腹に…即座に態勢を整え、さっきのタイルの死角になるように走りコルロに接近していたんだよ。バカだなコイツ、なんで防壁って技術が魔女レベルになっても重用されてるか分かってねぇのか?


魔女クラスの達人だって…戦闘中に相手から意識を外さない。その為にアクションを起こさず防御出来る防壁が重用されてるんだよ…!


「『断絶』!!」


「ガッ!?っだが…!何度やっても同じ!」


再び俺はコルロの脇腹を両断する。やはり奴は血を吐いて吹き飛ぶが…死なない。上半身だけが動き……なるほど。


「なるほどなぁ……」


俺はその場にしゃがみ込む、炭になって消えるコルロの下半身、再生していく上半身を眺めながら指で足元のタイルをくり抜き丸を描く。


「なにを…している、バシレウス」


「二回だ、二回同じ場所を切って、二回とも同じところから再生した。ってことは再生が行われる中心箇所は決まってる」


「は……?」


二回断絶を行い、二度上半身と下半身に分けた、二回とも上半身から再生した。と言うことはやはり再生する中心場所は決まってる…、俺は足元に書いた丸に縦線を二回入れる。


「で、右と左に分けた、右から再生した…ってことは」


「貴様……まさか」


そして、今度は丸に横棒を引く。再生は右から行われた、ってことは再生の中心は右半身にある…なら。と俺は四等分された円の右斜め上を指差し。


右胸ここに何かあるな?」


「ッ……まさか、切断系の技を多用していたのは、私の…不死を解き明かそうとして……」


「遅えんだよ、バカ。俺がただ力頼みのゴリ押しで攻めると思ったか?」


コイツの再生には法則があるはず、と当たりをつけてみれば案の定だ。確かに俺はガオケレナの弟子だ、だから不死身の恐ろしさは分かってる。だが同時にそもそもこの世に完全なる不死身など存在しない事も知っている。あのガオケレナだって弱点はある。


ガオケレナにあるなら、コイツにもあるだろ。


「バカな…お前はそんなことをする男ではなかったはずだ…」


「いつの話してんだ、アホ」


まぁ確かに?前コイツと戦った時には無かった発想だぜ。チマチマ攻撃してあれこれ考えて…そいつは雑魚の戦い方だと思ってた。だが俺はこの旅で知った…雑魚にも強い奴はいる。


特に、手前より遥か格上の敵を前にして…そう言う雑魚なりの戦い方で、勝っちまうような…そんな強え雑魚が。なら俺もそれをしてやるよ、雑魚の戦い方は嫌いだが…負けるよか幾分マシだ。


「さぁて、じゃあ次は…もっと細かく探ってみるかッ!」


「ッッ!?速い…まさか今まで──」


「全力なんか出してるわけねぇだろッッ!!」


「グッ!?」


瞬間、地面を駆け抜けコルロの顔面をぶち抜く蹴りを見舞う。その神速に対応出来ないコルロは鼻血を噴きながら嫌々と首を振り。


「バカな!貴様が以前出していた身体スペックの軽く三倍以上のスピードだと!?たったの五日間で…いやリューズの時を加味すれば一日がそこら!何故こうも急に強くなる!?なんなんだお前は!」


「天才だよ、分かんねぇだろな…凡人には!!」


つっても理由は俺にも分からない、だがここ数日…それこそコルロと以前戦った時から段々と体の調子が良くなってきたんだよな。自分のあまりの調子の良さにさっきなんか蹴りをした後手前の足を確かめちまったくらいだ。


体が軽い、異様に軽い、修行なんかここ最近してねぇのに…なんでこんなに強くなったんだろうな。


(最近で変わった点といえば、ステュクスかな…四六時中アイツがずっとそばに居るから色々と生活が変わったくらいだ)


そう、例えば前までネズミとか虫とか処構わず食ってたのに、ステュクスが『やめろよ、そんなもん食うの。聞いたことない病気になって体壊すぞ』って言って料理を食わせたり。


他には地面で寝てたら『バカ、体壊すぞ』って言ってベッドに連れて行ってくれたり。水浴びをして裸で歩き回ってたら『バカ、体壊すぞ』って俺の体拭いてくれたり。陽を浴び続けたり暗い処に居続けたら『体壊すぞ』って言って別の場所に連れて行ったり、傷を舐めて治そうとしてたら『体壊すぞ』って言ってムスクルスを呼んでくれたり…。


それくらいだ、強くなる要因なんかどこにもない。ただアイツの言う通り生活してたら…今まで肩に乗ってた鉛みたいな重みや、関節を邪魔してた違和感がなくなったんだ。なんでだろうな…。


分からない、分からないが……すこぶる調子が良い!こんなに調子がいいのはいつ以来だ!久しぶり過ぎてこの感覚を忘れてたくらいだ!俺…まだこんだけ力を出せたんだな!


「こっからは俺の番だこの野郎ッッ!散々やってくれたなッ!ボケクソがぁぁああああ!!!」


「ギッ!?がぁああああ!?!?!?」


叩き込む叩き込む叩き込む、様子見は終わりだ、全力で今までの鬱憤を晴らすようにひたすら拳と蹴りを叩き込みまくりコルロの体をひたすらに破壊する、その都度再生するが…腕が吹き飛び、治っている間は腕を使えない。


その間を狙い、俺は右胸に手を当て。


「『断続断絶』ッッ!!」


「ゔぅっ!?ゔぁあああああ!!!」


連射する幾度となく防壁による斬撃をコルロの体内で乱出させズタズタに引き裂き探す。これは俺の推理にはなるが…コルロは完全なる不死身ではない。


ある一点、コアのような何かが体内にあり、そこから肉体が再生を続けている…そんな気がする。ガオケレナも言っていた、この世には理由のない超常現象は存在せず、そのどれもに種と仕掛けがあると…なら、コルロの不死身にも種と仕掛けがある。それがコアだ。


「やめろォッ!!」


「よっと!」


振り回される拳を回避しつつ考え続ける。……恐らくだがそのコア的な物を破壊すればコルロは死ぬ、でなきゃあんな反応はしない、コイツにその手の演技ができるだけの要領があるとも思えねぇしな。


ただ、分からないことが一つ。俺は奴のコアが右胸にあると考えているが…あるんだよ一度、あいつの上半身を纏めて吹き飛ばしたことが。その時は平然と下半身から再生していた…今の状況と話が違ってくる。


もし、奴がコアを自由に移動できるのだとしたら…もう肩から力が抜けるくらい面倒な作業になる。こう言ったらなんだが今のコルロの体、その全てを跡形もなく消し去るのはほぼ不可能だ。ガオケレナみたいに肉体の一部を切り離してそこから再生するなんて真似も出来るかもしれないし。


出来ればコアを見つけたい、その為に考えるべきは……いや、待てよ。


(前は上半身を吹き飛ばされても再生した、今は上半身からしか再生しない…ってことは、もしかして再生のロジックが変わってる?)


「ぎぇええええええ!!」


「………!」


そして、全身から魔力を噴き出し突っ込み、俺の首を掻っ切ろうとするコルロの手を掴み、俺もまた後ろに飛ぶ。背中に壁が当たり、それを粉砕し、塔の中を縦横無尽に動き回るコルロの動きを押さえながら…チラリと俺はコルロの体を見る。


そこで気がつく、…面白い事実に。


「お前、やっぱり!」


「ッッ見るなァッッ!!」


「ハハハ!答え合わせご苦労さん!」


俺を突き飛ばそうと暴れるコルロを前に俺はその動き、拳や蹴りを一つ一つ丁寧に弾いて笑う。やはりそうだ、透視と魔視を組み合わせてコルロの中を見てみたら……面白いもんが見えた。


「お前!まだ馴染んでないな!全ての要素が!!」


「ッッ!」


見えたのはまるで汚い油が浮かんだ水溜りのような極彩色の魂。コルロの魂の周りに赤やら緑やら青やら白やらがぐちゃぐちゃにへばりつきて混ざりきってない。確かにコイツはその全てを取り込んだが、その全てが合一にはなってない!なんだよ…まだ不完全じゃねぇか!


「誤算だ…!取り込みさえすれば…後は簡単に一体になれるはずだったのに!何故こんな!!」


「叡智の敗北だな!或いは…テメェがとことん凡才だったってだけだ」


「五月蝿いッッ!!」


口から魔力砲撃を放つコルロの一撃を飛んで避ける、これで分かった、コアが何か。


今のコルロには三つの不死性が重なっている状態にある。コルロが元々保有していた高い再生能力と不死性。それに加え今はガオケレナの種という不死身の権化と…シリウスと言う不滅の存在の血…これら三つが今ぐちゃぐちゃに混合して競合している。


コルロはその全てを吸収すればそれら全てを上回る最高の不滅性が手に入ると思っていたようだが、…世の中ってのは数式じゃ表せない、単純な足し算じゃねぇんだ。再生と不死と不滅、それぞれがそれぞれを異物として食い合っている。


しかもそのどれもが簡単には消えない不死身の存在…故に争いが絶えず体内で起こり続けているから、奴の不死身は寧ろ不完全な状態まで落ちている。


ってなったら、コアはなんだ?コルロの再生、シリウスの血、ガオケレナの種子…この中で唯一塊として存在しているのはガオケレナの種子だ。そこにシリウスの不滅とコルロの再生が取り憑いている、つまりそこに全てが集中している!


右胸にあるのはガオケレナの種子だ!


(丁度いいぜ、種子を取り戻せ…ってガオケレナからも言われてたしな。ぶっちゃけどうでも良かったが、そいつを取り戻させてもらうか!)


「分かってきたぜ、テメェのぶっ殺し方が……」


「ッッ……がぁああ!クソッ!クソクソ!どうなってる!」


その瞬間、コルロは自分の胸をガンガンと叩き怒り狂ったように頭を掻きむしる。


「究極の肉体になれたはずだろ!軽く見積もっても私の基礎スペックは魔女と同等のはず!第四段階に入れたはず!なのになんでこうも弱い!第三段階程度のバシレウスを押しきれない!!」


「付け焼き刃の力ってのは弱いもんだぜ、俺とる前に一回モノの試しで誰かと戦っとくべきだったな」


「ぐぅぅうう!!出せ!出せ!!出せェッ!!!もっと力を!史上最強の存在なんだろうシリウス!お前の力はこれっぽっちか!!」


牙を剥き出しにして叫ぶコルロを見て、俺はまたも嘆息する。コイツもリューズと同じだ、濁った。元のコイツはもっといろんな魔術や魔法を使っていた、なのに今は単純な力押しだけ…なんなら前の方が強かったまであるな。


こんな頭チンピラのデスクワーカー相手に勝っても…なにも面白くねぇし、俺の最強の証明に繋がらない。


「ゔううううううおおおおおおおお!!」


「ん?」


すると、そんな中…コルロの体の中で魔力が動く、コルロ本来の赤い魔力の総量が減って、代わりに緑の…不気味な魔力が増幅していく。あの色は…あれか、シリウス。レナトゥスが信奉してるイカれ野郎共の教祖様。史上最強だとかなんだとか言いつつ魔女に負けた敗北者。


その魔力が増加し、コルロの髪色が更に白く、目は更に赤く染まっていく……。


「強くなってるのか…」


シリウスの比率が増して、力が増幅してる……まだ進化するのか、いや不完全から完全に近づいていると言うことか……。


「面白いや、そのまま続けろよ」


俺はその場で座り込み、観察する。どうせこままやっても勝ちそうだし、だったら強い方と戦って勝った方が最強っぽいだろ。そうこうしている間にコルロの様子がドンドンおかしくなり。


「ぁが!あぁああ!あ、頭の裏側に何か…なにかぁああああ!!」


「………」


変わっていく、何がかは分からないが明確に変わる…騒いでいたコルロが、徐々に落ち着きを取り戻すと…。


「……ぬはは!」


ギラリと歯を見せ笑う、変わった、成った。こりゃあもっと面白くなりそうだとウキウキして立ち上がると、コルロはその体の調子を確かめ。


「ぬはは!やれば出来るではないかい!これが史上最強と呼ばれたシリウスの力!その真髄にまた一歩近づけたかのう!」


「……お前、喋り方変わってねぇ?」


つーか、さっきと違ってかなり落ち着いてる…マジで意識に何か、別のものが介在を始めてるのか。


「喋り方など瑣末なことじゃわい!それより…とっととこの戦いを終わらせて、私は私の複製に戻らねば!!」


「ッッ!」


瞬間、コルロは先程までとは異なり…明確な型や動きを意識した姿勢で駆け抜け、こちらに向けて鋭い蹴りを放ち──。


「危ねぇなぁ!」


「ほう!捌くか!」


がしかし、それも手元に作った防壁を盾のように扱い逸らす。さっきまでとは段違いの強さ…いいね、面白くなりそうだ!!


「ぬはははは!それ『フロッギーオイル』!」


「は!?」


しかし、その瞬間コルロは蹴りを放った姿勢で地面に手をつき、ドロリと液体のような物を走らせる。それが俺の足元に来た瞬間悟る…これはオイル、油だ。それに気がついた瞬間俺の足はツルリと滑り。


「隙だらけじゃん合わせ術法『天狼無塵神楽てんろうむじんかぐら』ァッッ!!」


「ガフッ!?」


無数の拳が叩き込まれる、聞いたこともないくらいマイナーな魔術を使って隙を作り、怒涛の連撃を叩き込まれ吹き飛ぶ。なんじゃそら、攻め方が別人みたいに変わってやがる。



「『ノスフェラトゥ・アブゾード』!」


「ゔっ!引き寄せられる!」


そして吹き飛んだ俺の血を吸い込む吸血魔術を発動させる。同時に俺は全身の傷口を防壁で覆うが、それでも体内の血が奴に引き寄せられ、開かれた奴の手に向けて体が飛ぶ。


クソ、面倒な…だが関係ねぇ!弱点は分かってる!右胸の一部、魂のある場所、つまり!


「ここだろ!『断絶』!」


放つ、防壁による斬撃を。それによりコルロの心臓ごと肩から太ももにかけての巨大な裂傷を作り出し、血が吹き飛ぶ…それと共にコルロの体は炭に変わって崩れ……。


「残念ぅ…!」


「はっ!?」


背後から、消えたはずのコルロの声がする。咄嗟に振り向くと…そこには、俺の背後目掛け投げ飛ばされた拳大の肉塊、心臓と…そこから再生を始めるコルロの体が見えた。


まさか、あの一瞬で自分の心臓を抜き取って俺の後ろに──。


「私は秀才じゃあッ!」


「ガッ……!!」


蹴り飛ばされ地面に激突する。それと同時に地面が崩落を始め再び下層へと貫通する…。動き方がまるで違う、正面突破一辺倒じゃねぇ…想像してた強くなり方じゃねぇ。魔力の勢いが増すとか身体能力が上がるとかじゃなくて、戦い方がひたすらに巧みになる。


想像と違う…なんだこれ!


「ガァッ!?」


「バシレウス!?」


そして、地面を貫通し下に落ちると…そこは。


「あ…ああ?テメェら……」


「お前コルロと戦っとるんと違うんか!?なんでこんな所おんねん!」


「コルロはどうなった…と言いたいが、まだ生きているんだろう」


周りを見ると、そこは大きく閉ざされた巨大な空間、そこにはラセツがいて、タヴがいて、カルウェナンにアナスタシア…そして。


「ご無事ですかな!バシレウス殿!」


「ムスクルス…テメェは無事なのかよ」


「無論!」


血塗れになりながらもなんとか生きているムスクルスがいた。コーディリアやセーフ達の姿が見えないのは気になるが、それでもムスクルスや一緒に連れてきた雑魚達も無事だ。


どうやら、ヴァニタス・ヴァニタートゥムはコルロを残して壊滅したらしい。しかしアナスタシアの奴まさかアーリウムを倒したのか?一体どうやって……。


「おうおう!なにやら賑やかなところに出たのう!」


「なっ!?あれは…」


「ありゃ、コルロか…もう殆ど別人やないか!」


そして、俺が貫通してきた穴を潜って降りてきたのは、羽衣に加え背後に光輪を宿したコルロの姿。いやますます姿が別人になってる、緑の魔力が…シリウスの魔力が増している。あいつまさか飲み込まれかけてるんじゃねぇだろうな。


「ぬはははは!こりゃいい!!人数が多くなった方が楽しいからのう!」


「こ、コルロ様ァァァ〜〜!」


すると、俺達の軍勢にやられたヴァニタートゥムの構成員がゾロゾロとコルロに泣きつくように走って寄っていく。あんな姿になってもコルロだと分かるのか?いやそれ以前に……。


「すみませんコルロ様!コイツらの勢いが凄まじく!突破を阻止出来ませんでしたぁ!」


「見れば分かる事は報告せんで良いわい!安心せえ、元よりお前らには期待などしておらん!ぬはは!」


「え……」


「安心せえ安心せえ、私達はヴァニタス・ヴァニタートゥム。この危機を前に手と手を取り合い、お互い協力し、一丸となって戦おうではないか!」


……それ以前に、あいつらあんな状態のコルロによく近づこうと思えるな。そう思った瞬間、コルロはニタリと悪魔のような笑みを浮かべ…。


「『ノスフェラトゥ・アブゾーブド』!」


「え?え?コルロ様!?なにを……」


そして、発動する吸血魔術はヴァニタートゥムの構成員達の傷口から次々と血を吸い上げていく。その吸引力はかつての比ではなく、あっという間に構成員達の体は萎れていき、その命すらも吸い出していく。


「コルロ様…コルロ様!おやめくださいこのままではぁああ!」」


「ぬはっ!ぬははは!私達はヴァニタス・ヴァニタートゥム!兄弟よりも強い絆で!家族よりも濃い友情で結ばれた同志達!お前達の犠牲はワシが忘れんぞッ!ぬははは!!」


「そ、そんなぁあ……!」


ズルズルと何もかもを吸い出されたヴァニタートゥムの構成員達は骨と皮だけの姿に変わり次々と倒れ伏し、コルロの周囲には大量の血液が浮かび上がる。まるでベールのように血が幕となりコルロの背後に漂う…まずい。


「ラセツ!タヴ!カルウェナン!防御しろ!後ろの連中守れ!」


「え!?」


「ムスクルスは後ろに!アナスタシアは足場になれ!」


「なに言って……」


「やれ!!」


困惑する全員に指示を出し、即座に俺は飛び上がる。それと同時に…動く、全員が…コルロの行うその手の動きを見て。


「それじゃあ死んでもらおうかのう!『紅血神槍こうけつしんそう荊冠いばらかむり』ッ!!」


まるで指示するように指を払ったコルロによって血が蠢く。血の幕がギュルリと螺旋を描いた瞬間、大量の棘が表出する。一つ一つが人間一人分の大きさのそれが雨のように降り注ぎ、伸びる。


その攻撃を前にラセツ達三人は咄嗟に前に出て…防壁を展開する。


「ッッなんじゃあこりゃあ!!」


「出力が以前とは段違いだ…!まさか奴の計画は成ったと言うのか…!」


「バシレウスの指示はこれが由来か…!」


三人の防壁はコルロに削られながらも上手く後ろの連中を…雑魚達を守る。


「ひ、ひぃなんだあの怪物!」


「王が守ってくれなきゃ俺たち全員死んで……」


「お、俺たちどうしたら…!」


雑魚はすっこんでろ、前に出ても死ぬだけだ。それよりアナスタシアだ、俺が視線を送るとなにをしようとしているか理解してくれたのか首を縦に降り。


「分かったよ!全速力だね!」


飛び上がった俺の後ろに回転しながら飛び上がり、俺の足裏とアナスタシアの足裏が重なるように合わさり。俺の足場になる…そして。


「行ってこい!!」


最速の傭兵アナスタシアの脚力、それを俺自身の速度に加算し通常の数倍近い速度で空を駆け抜け無数の棘を粉砕しながらコルロに突っ込み……。


「俺の軍勢に手ェ出すなやッッ!」


「ぬぐぅっ!」


蹴り飛ばす。コルロの胴体を、しかしそれすら腕でガードされ…コルロの体は塔を飛び越えヘベルの大穴、その森の中へと落ちていく。それを追いかけ俺もまた外に飛び出す。一瞬ラセツ達がなにかを言いたそうにしていたが無視する…今、コルロを好きにさせるわけにはいかねぇ。コルロを止められるのは俺だけだ。


折角俺が好きにするために軍勢作ったんだ、いきなりぶっ壊されてたまるかよ!!


「コルロォッ!人様の配下になにしてくれてんだこの野郎!!」


「ぬはは!どうじゃ!私達の友情パワー!」


「どこが友情だ!」


「ここが……」


クルリと猫のように空中で姿勢を整えたコルロはそのまま滑りながら森の大地に着地。砂煙の線を大地に引きながら大きく腕を振りかぶる。その動きに合わせ大量の血が再びコルロの背後に集まり。


「友情じゃろうがッ!!」


「ッ!」


振り払う、それは紅の一閃となり俺ごと森を薙ぎ払う。高出力で放たれた血は斬撃となり木々を両断し、彼方にあるヘベルの大穴の岩壁に衝突し轟音を上げる。


厄介な武器がコルロの手に渡っちまったな。あの血、常にコルロの意思に従い動き、どれだけ動かしても直ぐにアイツのそばに戻りやがる。


「勝手しやがって…!」


その斬撃を咄嗟に体を仰け反らせ回避した瞬間、俺は両手に魔力を集め。


「『ブラッドダインネメシス』ッ!」


拳を打ち鳴らし、その反動で一気に両手を開く。その動きに合わせ放たれるのは同じく紅の一閃。斬撃となって飛ぶ魔力がコルロに迫り。


「ぬはははは!!甘い軟い!」


弾かれる、魔力を纏った拳が斬撃を打ち、真っ向から砕く。現代血命供犠魔術じゃあ歯が立たないか…だが。


「こっちだよ!」


「ぬぉっ!?」


斬撃と共に大地を駆け抜けていた俺は一瞬でコルロの側面に現れ、その顔面を蹴り抜き大きく仰け反らせる。その一撃にヨタヨタと背後に数歩引いたコルロは、口の端からタラリと垂れた血を一舐めで回復させ。


「やるのう、流石はネビュラマキュラが八千年かけただけはあるわい!!」


殴り返してくる、その一撃は重く、速く、両手でガードしても衝撃波が突き抜け背後の大地が抉り取られるように吹き飛んでいく。が…動かない、俺は。絶好調の俺がこれくらいで吹き飛ぶかよ。



「どうせここでお前を殺すんじゃ!今のうちに礼を言っておかねばならんかもな!ありがとうネビュラマキュラ!お前たちのおかげで私は完璧になれたわい!!」


「なに言ってんだお前!」


そして撃ち合う。俺の魔王の鉄槌、そしてコルロの紅の魔拳。それをお互いノーガードで撃ち合い、その都度ヘベルの大穴が崩落するほどの衝撃波が周囲に走り、共に鮮血を飛び散らせながら殴り合い続ける。


「お前達が八千年の道程で証明した!子供を作る繁殖行為は!個体数増加の為の行動ではなく!より人類を高みへと進化させる厳選作業であったと!」


「意味わからねーよ!」


「人類は繁栄すればするほど!やがて少子化していく!だがそれは衰退ではない、より強固な個体が生まれ、脆弱な個体が淘汰された結果故!原初の一組から始まった無限の増殖は!やがて人類がただ一人の答え…真理へと行き着くまで止まらない!!あるいはこれは神の実験なのかもしれないと!」


「ぐぶふっ!」


叩きつけられる、唐突な蹴りが腹を打ち。俺の口から血が飛び出す。洒落にならねぇ威力の奴を貰っちまった…!


「だが!それはあまりにも時間がかかり過ぎるとは思わんか!人類が真理に辿り着くまで一体どれだけの時間が浪費される!より効率の良い方法があるなら…それを試すべきじゃあ!」


「ぐぅっ!」


そして、コルロの背後にある血液が周囲に漂い、絶大な爆発を生み、俺の体はヘベルの森を飛翔し木をいくつも粉砕しながら飛ぶ。


「それが私の計画であり!ワシの復活という偉業!人類は真理へと辿り着き…そしてワシは新たなる真理となる!!」


空へと飛び上がったコルロの手が血を引き寄せ、頭上に大量の血の槍を作り出し、それを雨霰のように降り注がせる。森が引き裂け、大地が吹き飛び、何もかもを貫いていく……。


「その第一歩が、お前じゃバシレウス!ネビュラマキュラはよくやってくれた!礼を言うぞ、マジでめちゃくちゃ感謝しておるわ!ぬはは!」


「うっせェッ!!」


「お!」


降り注ぐ槍の雨、その中を突っ切るように魔力を放ちながら空を飛びコルロのいる頭上を目指す。その道中飛んでくるやるは全て防壁で落とす。狙うは一点、胸だけだ…。


「テメェに感謝されたくもねぇし!そもそも!テメェの為に繰り返したわけでもねぇっ!!」


拳に螺旋状の魔力を纏わせ、一気に解き放つようにコルロの胸目掛け突き出す…が。


「ぬはははは!そうかいそうかい、強情なやつよ」


「なッ!?」


俺の拳が胸に当たる前にコルロは自分で胸に腕を突っ込み心臓を抜き出すと、それを守るように上に掲げ攻撃から守る。俺の腕はコルロの胸に突き刺さるが…心臓には当たらない。心臓だけで回避をしやがった…!


「ならもうええか、とっとと終わらせても!」


「ゔっっ!?!?」


そして足先から紅の魔力が放たれ、まるで流星のような蹴りが頬を蹴り抜き俺は地面に叩きつけられる。それと共にコルロは開いた胸の穴に心臓を収納しケラケラ笑う。人間と戦ってる気がしねぇ、こっちの常識を超えてきやがる。


「私はこのまま、お前を殺し。私の複製を大量に目覚めさせる。それは私と同じスペックを持ち、それ以上の能力を有する…それにシリウスの魂を込め!人類を真理に至らせる。真理を忘れただあるがままに生を享受する愚かしい全人類を死滅させてなぁ!!ぬははははは!!」


そして、コルロは土埃を上げながら大地に着地すると共に……赤と緑の魔力で螺旋を描き、全身に纏わせる。


「これがフィナーレじゃ!極・魔力覚醒!!」


その魔力に呼応して、背後の血液が一瞬で形を変え、巨大な逆さの十字架となり大地に落ち、突き刺さるように食い込む。それと共に大地全てが…紅く、紅く染まる。


「『Noノー Silverシルバー Bulletバレット』…!」


ドンッと一つ大地が揺れる、ヘベルの大穴…その全域が赤い大地に染め上げられる。空が赤く染まり、血の雨が降り始める。さながら地獄の様相…この空間全て、奴にとっての武器に制圧されたも同然の状態になったのだ。


─────肉体進化型極・魔力覚醒『No Silver Bullet』。半径500メートル以内の状態を血塗れの状態へと移行させる魔力覚醒。大地は血溜まりに沈み、空からは血の雨が降る、その状態は即ち血を操るコルロにとって最高の状態であり、地上最高峰の魔力伝導体である血液で周囲を覆うこの環境はコルロに壮絶な力を与える。


降り注ぐこの血はコルロのものではなく、また誰のものでもない。ただ通常の血液の数倍以上の魔力伝導率を持つ『虚血』と呼ばれる代物である──────。


「盛大に往ね!貴様に相応しい派手な終わりをくれてやるわい!!」


「ケッ、上等だ…そっちがそれをアリにするなら、こっちだって解禁だ」


ペッと口元から血を吐き、集中し俺もまた展開するのは己の間合い。魔力と魂で形成する俺の最高の姿。


「極・魔力覚醒!!『ホライゾン・ネグサ・ナガスト』!!」


「ほう…面白いタイプの覚醒じゃ」


一気に展開するのはホライゾン・ネグサ・ナガスト…ヘベルの大穴の中にいる奴ら全員の力を合算して行う強化…けど。エクレシア・ステスの時より強化の幅が小さい。そりゃそうか、リューズや焉魔四眷がもういないんだ、その分……いや。


(待て、コルロの分が追加されてない……)


「範囲内にいる者の魔力を参照し、自身の魔力にそれだけの強化を与えるか。じゃがそれは飽くまで範囲内にいる人間だけじゃろう?悪いが…今の私は神なのだ」


(こいつ、いや…まぁそうか。もう人間ですらねぇってか)


コルロが覚醒の範囲に入ってない。問答無用で相手を上回る最大の利点が潰された…が、問題ない。俺の組織の連中の強化幅だけで!!


「ッ……!」


「神と人の極致!どちらが上かなど!今更決めるまでもあるまい!さっさと死んで終わりにした方が…お互い有益じゃ!」


バチバチと迸る、血の海に沈みかけた大地の上、俺とコルロの魔力が濃縮された電流が天に、地に迸る。バチバチと電撃がぶつかる中…俺は、コルロは。


「終わるのは、テメェだコルロォッッ!!!!」


「ぬぅわぁああああはっはっーー!!!」


爆発、血の海に二つの柱が上がり、踏み込むと共に血の海にを二つに割って突っ込んだ俺達は、衝突と共に周囲の血を弾け散らせる程の拳撃を繰り出す。


「ぬわはははははは!!!」


「ッぐっ…!」


応酬、怒涛の拳が互いを打ちつける打撃の嵐の速度は、コルロが上だ。初めての経験だ、極・魔力覚醒を発動して押されてるのは、足りないってのか…ほんの少し、コルロの覚醒の出力に、俺の覚醒の力が。


「終わりじゃあ!『紅血螺旋衝』!」


「ッ…!」


そのまま放たれるコークスクリュー。コルロの捻りを加えた拳は足元の血、天から降り注ぐ血を巻き込み巨大な血の竜巻を作り俺に放たれる。避けるのは不可能な大きさ…だが。


「『断絶』!」


腕を振るい放つのは巨大な断絶防壁。それは血の竜巻を両断し二つに分け、俺を避けて後ろに飛んでいく。やがて壁にぶち当たり大穴を開け、ヘベルの大穴がまたもガラガラと崩れていく。


「まだじゃあ!合わせ術法『天狼流穴』!」


叩く、コルロは地面を。大地を覆う大量の血がコルロを中心に渦巻き吸い寄せられる、その圧力は大地を砕きヘベルの大穴内部の森を引き裂くように全てを引き寄せる。


「ぐっ…!」


飛ぶ、このままではコルロの作る渦に飲まれて潰される。そう思い飛んだが…同時に気がつく。悪手だった、地面全てを覆う攻撃、それを避ける方向なんか上しかない…俺が上に逃げることくらい簡単に見抜ける。


「見え見えじゃ…!『ノスフェラトゥ・アブゾーブド』!」


今度はもう片方の手を天に掲げる。発生するのは血を引き寄せる魔術、これで引き寄せるのは俺じゃない…天から降り注ぐ血の雨だ。雨粒はコルロの引力により音速を超える速度にまで加速し、その一粒一粒が鋭い針のようになって俺を撃つ。


「ぐぅっ!いてぇ!」


「隙だらけじゃあ!!」


そして…トドメとばかりに飛んでくるのは、コルロ自身。血の海をまとめて使役し、足に纏わせ作るのは紅の斧。それを足と共に振り上げながら突っ込んできて、俺の腹目掛け蹴り上げる。


「合わせ術法『天狼てんろう骨砕血車ふんさいちぐるま』ァッ!!」


「がぁぁっっ!?」


血の斧が取り付けられた足、そこから繰り出される蹴りは俺の腹を捉えたまま高速で回転し俺は遥か頭上に吹き飛ばす。全く対応が出来ない、あいつのスピードが、パワーが、俺を上回ってやがる…。


「ぬははははッ!『ヴリコラカス・ハザードバッド』!」


血の雨が固まり、血の蝙蝠となって俺の体を次々と撃つ。吹き飛ばされ、血を吐く俺にはそれすらも防ぐ事が出来ず…。


「これっぽっちかのう、正直ガッカリじゃぞ?バシレウス」


「ッ……!」


そして、コヘレトの塔よりも高く吹き飛ばされた辺りで、赤黒の暗雲が覆う空を背にコルロが現れる。あそこから一瞬で俺の上にまで飛んできたのか…ッこの!


「ふざけんなッッ!『魔王の殺弓』!」


両手を合わせ、突き出すと共に放たれるのは全身全霊の魔力射撃。何もかもを貫く槍となった紅の魔力はコルロの胸を穿ち貫通し……。


「学ばん奴じゃのう…」


だがそこにコルロの心臓はない。俺の魔力に撃ち抜かれたコルロは炭のようになり消えていき……。


「これが魔女の領域、第四段階最上位の力よ。魔女すら超えられん未完の王では私は倒せんッッ!!」


頭上、そこに放り投げられた心臓から再生したコルロの拳が…上から俺に叩きつけられる。


嘘だろ、ここまでやって負けるなんてことあるのかよ。マジでこいつは第四段階に入ってるのかよ……!


「ぐぁあああああ!!!」


コルロの一撃により、俺は落ちる。雨粒よりも速く、空を駆け抜け突っ込んだのはコヘレトの塔最上階…。そこに落ちた俺はゴロゴロと転がり…くたばったみたいに大の字で転がる。


強え、これほどかと思えるくらい強い……マジでもう打つ手がない…。


「ぜぇ…ぜぇ……」


「ほう、まだ生きておるか。しぶとい奴…いや、難儀か」


「コルロぉ……!」


そして、コルロもまた最上階に降りてくる。最上階も穴だらけ、それにより外から血の雨が流れ込んできて、むせ返るような血の匂いに満たされた空間は…地獄のように澱んでいく。


「じゃが最早チェックメイトよ、私はもう直ぐ完成する……そうなれば私はコルロであり、シリウスでもある新たな存在へと昇華出来る!このままお前が持ち堪えたとて!終わりはもう目の前よ!」


「…………」


「さぁどうする!諦めるか?それとも無駄な抵抗をするか!どっちでも良いぞ!ワシは大好きじゃそういうの!だが無駄な行為は私は嫌いだ、今直ぐ終わらせてやる…!」


「どっちだよ…」


本格的に狂い始めてきたな。見ればもうあいつの体の中にはコルロの魔力があまり残っていない、緑の魔力…シリウスの魔力がガオケレナの種を覆い、コルロの魂と完全に癒着を始めている。今はまだギリギリのところで上手くいっていないが…それも時間の問題。


これで不完全ってんだから、完全になったらそれこそ終わりだな……ってなったら、俺は。


(ようやく……死ねるのか)


ふと、そう思った瞬間拳から力が抜ける、死ねるのか?ようやく。戦いの中で…俺は死ねる。


死んだら…俺はユリウスに会える、殺してしまった…死なせちまった兄弟の連中に謝れる。死んだら俺は…その時ようやくユリウス達の兄弟になれる。この世で…ただ一人の存在じゃなくなる。


もう、寂しくなくなる……。


「…………」


「お?どうした?マジで諦めるのか?」


……自分から死んだら意味がない、戦いの中で殺されることに意味がある。そう考えて俺はいつも我が身を顧みない戦いをしてきた、その都度運良く生き残っちまったが…今回ばかりはそうもいかない。


もう仕方ないもんな、そう言える。だったらもう…これで。


(いいのか……)


完全に脱力し、覚醒を解こうとした…その一瞬前に、コルロが動く。


「ならば、終わらせてやる…!合わせ術法ッ!」


バチバチと手の中に炎を纏った雷を出現させ…。絶大な魔力が空間を圧倒し、あまりの魔力に周囲の瓦礫が浮かび上がり、電流が迸る。その光はやがて奴の手の中で塊になり……。


「『天狼火雷てんろうからい大威天衝だいてんしょう』ッッ!!」


紅蓮の光を帯びる絶大な光がコルロの手の中から放たれる…死が、終わりが目の前まで迫り───俺の体を包んでいき、そして…………。




『バシレウス、私の願いは……』


(ガオケレナ……?)


ふと、光の中で脳裏に宿るのは…ガオケレナの言葉。かつて、俺とアイツが出会ったばかりの頃、聞かされた話。

アイツの言っていた…『真の目的』の話、あの時は…滑稽な話だと思って聞き流した言葉が脳裏に宿るんだ。


『バシレウス、私は次の魔蝕でシリウスとなる。そこで私は…ようやく終われる、けど……その前に』


アイツは、獣同然の俺を抱きしめて、ただ静かに自分の胸の内を吐露して、俺を弟子にすると言った。何故弟子にするか、どうして弟子を持とうと思ったかを…全て話してくれたんだ。今の今まで忘れていた話が今なんで…そう思った。


けど、そうだ…あの時言われたのは。


『バシレウス、私の願いは───生きて』


涙ながらに、そう言ったんだ。自らが滅びの厄災となり世界をぶっ壊そうって女が、そう言ったんだ。矛盾してるよな…当時の俺もそう思っていたよ、けど……そうだ。


(俺は……)


絶大な熱と光の奔流の中、俺は何かを掴むように、探すように手を前に出す。皮膚が焼かれ肉が焼かれ、燃え尽きて行く中で何かを探す。


『バシレウス、お前は空を目指せ』


ユリウスの言葉が耳を突く、俺は奴らに託されている、まだ俺は空へと辿り着いていないのに、何も成せていないのに…アイツらのところにはいけない。


『バシレウス・ネビュラマキュラ、次代の魔女狩り王よ』


イノケンティウスの言葉が耳を突く、俺は半ば無理矢理イノケンティウスから託された、多くの者達の命を、表社会で生きてけねぇ人のなり損ない達の、俺と同じ…人でいられなかった者達の願いを。無理矢理でもなんでも、俺はアイツらの魔王になったんだ。


なにより……。


(ステュクス……)


ステュクスの顔が思い浮かぶ。ここで終わったら…俺はあいつに会わせる顔がねぇよ。だってあいつは…あいつは俺を─────。


(………最強だと思ってる…)


まるで、何かを掴んだように…俺はハッと目を開く。そうだ、俺はステュクスにとっての最強だ、あいつは俺をそう信じてくれているから…ここまで連れてきてくれた。幾度となく共に戦い、任せてくれた。


最強だと思ってる…最強だと。


(違うんだ、俺だけじゃないんだ…俺を最強だと思っているのは)


俺は最強になる、その為にコルロが強くなるのを傍観したし、事実強くなって俺を殺そうとしている。全ては俺が最強だと証明する為…なら、今の状況は望むところか?違う。


望むべくは……。


(背中…みんなを納得させるだけの、何かッ……!)


最強とはなんなのか、ステュクスに聞かれた時答えられなかった。最強と思っているのは俺だけだと思っていたから…けど違う、今は違う。


俺を信じて任せてくれたスキエンティスの連中、ラセツやタヴと言う仲間達、ガオケレナ、ユリウス、そしてステュクス…みんながみんな、俺という存在を通して…前を見ている。俺は今…みんなにとっての最強になっているんだ。


(流れ込んでくる…流れ込んでくる、なんだこれは)


俺は独りじゃない、俺の最強はもう独りの為のものじゃない。俺の背中についてくるみんなにとっての最強が俺なのだと感じた瞬間…何処からか流れ込んでくる。力が…これはなんだ。


ああ、俺の覚醒の力だ。範囲内にいる奴らの存在を認識し…その力を得る。その効果を通して…全員の意思が流れ込んでくる。


俺が勝つ事を信じる、俺がこの戦いを終わらせる事を信じる意思が…流れ込んでくる、そして…なにより。


「ッッ……この力は…!」


そして今、俺の領域内に新たに誰かが入ってくるのを感じる。ヘベルの大穴を降って現れたこの気配を俺はよく知っている。そいつの力が流れ込んでくる、そいつの意思が今…頭に。


『死ぬなよ、バシレウス……!』


(ステュクス……なに、生意気に俺を心配してやがる)


笑みが溢れる、アイツ…オフィーリアに勝ったんだ、その上で俺を心配して戻って来たんだ。……そうかい。


でも違うよな……俺の最強は、みんなにとっての最強は……。


「こんなもんじゃねぇェッ……!!」


「なッ!!耐えておるのか!?」


踏ん張って耐える…まるで背中を誰かに押されるように、俺は絶大な熱の奔流に耐えて、一歩…また一歩前に出る。俺が負けたら、俺は最強じゃなくなる、みんなの最強が最強じゃなくなる!それは嫌だ!俺は証明するんだ!いつかこの世界の全ての人間に俺が最強だって!


それが……俺にとっての─────────。










「え?」


ふと、目を開くと…俺は変な場所にいた。さっきまでコヘレトの塔にいたのに、いつのまにか俺は…宇宙のど真ん中にいた。近くに月が見える、太陽が見える、星々が見える。


何処だここ?宇宙の彼方までぶっ飛ばされた?でも息できるし……んん?


『汝……』


「あ?」


頭の何処かから声が響く、なんだこの声……。


『汝、魔道の真髄をなんと見る』


「は?魔道の真髄?」


何処かの誰かが俺に問いかける、魔道の真髄をなんと見ると…謎の問いかけ。魔道の真髄ってなんだ、よく分からねーな。つーかよ。


『繰り返し問う。汝、魔道の真髄をなんと……』


「今それどころじゃねぇんだよッッ!!黙ってろ!!」


叫ぶ、問いかけに対して。俺は今それどころじゃねぇ、コルロをぶっ飛ばして全員の最強を守らなきゃいけないんだ、こんなところでくだらねー質問に答えてる暇はない。


「お前が誰だか知らねーがな!俺にはやることがある!全員にとっての最強を示す為!進み続けなきゃいけない!足止めするならテメェもぶっ殺すぞ!!」


『……その答えは、誤りである』


「は?」


『だが、今はその答え、保留としよう』


「なに言っ──────」


瞬間、俺の体が光り輝き…全てが光り輝き、視界が薄れて行く。なにが起こってんだこれ…!?


『最上への扉は開かれている、問いかけへの答えが見つかり次第、再び汝に問いかけよう』


そんな言葉と共に…視界が戻って行く。あやふやだったそれらは全て元の状態になり、目の前にはコルロが驚いた顔でこちらを見ている、ボロボロの最上階…つまり戻って来た?ってか俺生きてるの?


「ん?」


ふと、皮膚を見ると…傷が治っている、さっき焼けた筈の皮膚が、肉が、なんならその前に受けていたダメージも治ってる、ああ…そういうことか。


「バカな…バカなバカなバカな、魔力遍在による肉体の再生だと!?第四段階相当の実力がなければ起こせない魔力の奇跡を…何故貴様が」


「………なるほどな」


拳を握って、開く、ただそれだけで悟る。世界が変わった……俺を取り巻く、全ての世界が。


「まさか……この瞬間、至ったのか…未完の王が魔王に……第三段階が……」


コルロの顔が青ざめる、血で汚れた髪を拭うように掻きあげれば、純白だった髪が光を帯び、銀色に変わる…どうやら俺の最強は、より大きな舞台に入れたようだ。


「第四段階に……ッ!?」


「今、俺が負けたら…面目立たねぇ奴らが大勢いるんだ、そこ…退いてもらうぜ。コルロ」


「ッ……いや、臨界覚醒には至っていない。答えをまだ見つけていない…ただ段階だけが第四段階に入った…!?そんな事があり得るのかッ…!?」


一歩歩く、その都度に噛み締める。なるほど、レグルスの目には世界がこう見えていたのか、ガオケレナの感覚では世界がこう映っているのか…なるほど。


そりゃあ世界で敵無しになるわけだ。何もかもがあまりにも脆く見える……。


「ッだが私もまた第四段階級のスペックを持っている!実力は拮抗して────」


「───ねぇよ」


軽く払うように手を横に動かす。ただそれだけで断絶の防壁が飛びコルロの首が飛ぶ。これほどまでに離れていて、コルロが反応出来ない速度で防壁が飛ぶ…その事実は、新たに生えて来たコルロの頭を青ざめさせるに足る事実。


「な……ぁ…そんな事があってたまるか。私は…マヤを犠牲にしたのだぞ…全てを犠牲にして、神の作った天才に抗う叡智を熟成させ、この段階に至った…」


「…………」


「なのにッ!最後の最後で立ちはだかるのも!才能だというのかッッ!そんなの…そんなのあんまり過ぎるだろうッッ!!」


「喋り方が戻ったな、丁度いい…俺が殺してぇのは、お前だよッッ!コルロッッ!!」


瞬間、俺は大きく息を吸い…天に向けて吠えるように叫ぶ。


「全員ッッッッッ!!!見とけッッッッッ!!!」


それは、階下にいる配下達、彼方にいるガオケレナ、天の上にいるユリウス達、そして…俺の側にいてくれるステュクスに向け、叫ぶ。


「誰が最強か!ここで示す!!」


睨む、コルロを…ここで決着をつける。


…………………………………………………………


「う、うわぁあああああああああ!!!」


「遅えよ!!」


バカな、バカなバカなバカな…こんなバカなことがあってたまるかと、私は血を操り槍を無数に生み出し連射する。しかし銀髪になったバシレウスには効きもしない、防壁ではなくあり得ない程に高められた魔力遍在が刃を通さないのだ。


「オルァッ!!!!」


「ぐげぇっっ!?」


そして、そこから放たれる蹴りが私の顔面を打ち抜き…衝撃波が後方に抜ける。背後の壁を粉砕し、崩れた森を吹き飛ばし、ヘベルの大穴の壁を崩落させ、何もかもを破壊する。一撃で私の体が破壊された。


異常な威力、これほどまでに強くなるなんて想定外だ。


「俺は!最強だぁああああああ!!!」


「あ、あり得な──げぇっ!?」


乱れ飛ぶ拳に次々と破壊される肉体。まるで子供が積み木を崩すみたいに、呆気なく吹き飛ぶ腕に足、さっきまでのバシレウスとはまるで違う。


この強化が、成長が、進化が…何かわからない。なんでこんなに急に強くなった、ただ…心持ち一つでこうも変わるものなのか…いや、或いは。


(以前会った時のバシレウスは、コンディション的に最悪の状態だった)


体の頑丈さにモノを言わせ、あまりにも不健康な生活を送り、ダアトからも健康を気遣うよう忠言を受けていた程だった。それが何故か…この六日間で圧倒的に改善され、コンディションが本来のものに戻った。


更に、バシレウスは多くの配下を手に入れ……今、それを自覚した。彼は魔王である己を受け入れた…たったそれだけで、いや……まさか。


(嘘だろ、あり得ない、だが……まさか)


『バシレウス・ネビュラマキュラは今、ようやく本来の姿を取り戻したのじゃろうな』


頭の内側で、別の声が響く。シリウスの声だ…私の魂を掌握しようとする声が、やや呆れたように呟く。


『肉体面は、コンディションの回復により本来のスペックを取り戻した。精神面は、多くの配下を得てこいつ本来の王としての気質が目を覚ました。肉体面、精神面、どちらも十全以上になり無限に高められ続けた結果……爆発を起こした』


(そんな事があり得てたまるか!心一つで力が手に入るなら私はなんのために!)


『心じゃ、心とは即ち魂である。魂こそが力の源流であるならば…今奴はある意味では真に覚醒の段階に入ったと言える。心技体の充足を条件とする筈の覚醒を驚くべきことに才能の身で行っていた奴が……今、心技体を揃えた。お前なりの言葉で言おうか?二流女、奴は王になった…全てを束ねられる王に』


(そんな…そんなぁ……!)


最初、ウルキ様がなんて言っていたかを思い出す。ガオケレナがなんと言って紹介したか、ダアトが彼をなんと呼んでいたか思い出す。


『バシレウス・ネビュラマキュラは遠からずマレフィカルム史上最強の男になる。ダアトも超えて…最強になる』と。


それが実現してしまった、私は目覚めさせてはならないものを目覚めさせてしまった。私が作ってしまった…最強の存在を!!


「お返しだッッ!」


「ぐぶふっ!!」


腹を撃ち抜かれ血が大量に吐き出される…バカな、こんな…こんなことで負けるのか。いや…まだだ、まだ!!


(シリウスよ!最早私の目的はいい!私のことはいい!私の体をくれてやる!今すぐ私の肉体を掌握し完全なる復活を遂げよ!!)


出来れば私の複製達を目覚めさせてからにしたかったが…こうなったら仕方ない。もうシリウスに体を預けてしまおう。一向に進まない一体化だがシリウスの意思があれば……!


『無理じゃな』


(は?)


『つーか出来たらやっとる、だが……どうやら食い合わせが悪かったようじゃのう』


(なにが……え?)


『分からんか、お前の内側で合一を阻んでおる者が居る…それが居る限り、ワシは復活出来ん』


(まさか……まさか)


胸のうちに意識を向けると…そこにいたのは。


マヤの魂と、ユリウスの血。それがシリウスの復活を阻むように…まるでバシレウスを守るように、私の魂をコーティングしていた。


マヤが、世界を滅ぼさせまいと。ユリウスが…弟を殺させまいと。まるでそうしているように見える、だがあり得ない、意識などあるわけがないのに…だがそれ以外説明がつかない!シリウスの完全なる復活が成し遂げられないのは…こいつらのッッ!!


「ガッァァッッ!!なんでだぁぁああああああああああ!!!!」


「ウルセェ…!消えてろ!!」


「ギッ!?」


バシレウスの拳が…私の頭を打ち抜き黙らされる、再生しながら私は涙を流す。こんな事、あってたまるか…私は、私は!


「ぁああ私は何の為にッッッッッ!!」


手を伸ばす、バシレウスに……だが、その姿は…残酷にも輝く。


「知らねーよ、そんなもん」


幾千の斬撃が私の手を細切れにし…吹き飛ばす。最上階で血を流しながら私は転がり…慟哭する。こんな…こんな事があってたまるか、私は犠牲にしたんだぞ…マヤを。


(マヤ…ああ、マヤ…君なら、君なら勝てたのか…バシレウスに……)


フラフラと立ち上がる、滲んで見える視界がバシレウスの姿を映す。銀色に輝く髪、塔のように膨れ上がる魔力、その姿はさながら星。人たる私が手を伸ばし続け、焦がれ、憧れ、それでも手が届かなかった……そう、まさしく。


まさしく──銀星。


「テメェが何の為に生きようが、死のうが、関係ねぇ…俺は俺のやりたいようにやる。その為に生きてんだ……だから」


バシレウスの左腕が、魔力に包まれる…来る、何か来る、何か来る!防御しなくては、このままでは…そう考えるまでもなく、奴の姿が消えて。


代わりに見えたのは紅の光芒を残す流星で……。


「テメェはもう消えてろ」


「ァガッッッ……!?」


ゆっくりと、後ろを見ると…そこには、バシレウスの姿があった。その左手に串刺しとなった、私の心臓から…血を滴らせながら、立っていた。

今の一瞬で、心臓を穿たれた…そんな、そんなバカな!!!


「ぁ…ぅっ!ネビュラ…マキュラァァァ……!」


「派手な終わりが所望だったな、だったら……くれてやる」


右手が、光り輝く。今までとは比較にならない量の魔力が燃え上がり、何処までも天に伸びて行く。あまりにも巨大過ぎる魔力が…天の果て、空の向こうまで伸びて行く……。


「赫赫たるは生の脈動、熱き血潮の激るがままに、我が手に宿るは曜魄ようはくの極光。其れは定めでもなく運命でもなく、須くを縛る神なる座へ向けし叛逆である『神殺烽燧しんさつほうすい燐掌りんしょう』ッッ!!」


バシレウスの手から放たれたのは古式血盟供犠魔術。紅蓮を超え銀へと至る光の波は、心臓を失った私には耐えられるものではない。指先から灰になって消えていく…ああ、消えていく!私の二十年が消えていく!!


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!私はまだ超えてない!神を!世界を!なのに……嗚呼、いや…それ以上に。


マヤを超えられた気がしない。あの日私の無力さを痛感させたマヤを…結局超えられた気がしない。


神などより、世界なんかより、私はお前を超えたかっただけなのかもしれない…お前を超える力を作り、その力で今度こそお前を強くしたかっただけなのかもしれない……。


「嗚呼、マヤ……マヤ?マヤ…マヤは何処だ…マヤ、何処に行ってしまったんだ……マヤ!マヤぁあああ!!」


私にあの日、可能性を見せてくれた彼女は、何処へ行ったんだ…いや、私は彼女を何処へやってしまったんだ。


私は……友に、なんて事を─────────。



………………………………………


「ケッ、ゴミが。二度とツラ見せんな」


ペッと唾を吐き俺は消え去ったコルロの影を見送る。ようやくカタがついたぜ…長かったが、悪くなかった。おかげで俺は更に強くなれた、先のステージを見る事ができた。何より。


「取り戻したが、どうすんだこれ」


コルロの心臓が黒い霧になって消える、中から現れたのはユリウスのペンダントと……種だ、ルビーのように宝石、これがガオケレナの種だよな。種ってこれ植えたらまた新しいガオケレナが生えてくるのかな。うーん、なんかやだな。


「まぁいいや、持って帰ればいいだけだ」


ポケットにそれらをしまい欠伸をする。さぁて、全部終わったし…後は。


(ステュクスを連れて帰るだけだな)


ラセツ達は下にいる。後はこちらに向かっているステュクスを連れてこの穴を脱出するだけ…その後アイツがどうしたいかはアイツに任せる。ただ……。


俺は、俺を支えてくれたステュクスと言う友に…最後まで恩義を返したい。これっぽっちで返せた気にはなれねぇけどな。


「いや別れる前に一旦飯でも……あ?」


ふと、目を向ける。コルロが消えた跡…そこから、何かが生えて来た、白い肉塊…それが泡立ちながらドンドン大きくなり始めている。何だあれ…まさかコルロが……いや。


『ぬふはははははは!よーやく!くだらん意識から解放されたわい!じゃがあの二流女も中々に役が立ちおる…おかげで、我が魂を現世に呼び戻す楔が打てた!』


「テメェ…コルロじゃねぇな」


肉塊から声がする、コルロじゃない…だとすると、この声は……。


『如何にも!さっきみたいな偽物と一緒にするな?ワシはシリウス!原初の魔女シリウス!本物じゃ!!』


「………テメェが。死人のくせに偉そうに戻ってこようとすんじゃねぇよ」


『なにを言うか、ワシは死んどらん…ワシは永遠にこの世に蔓延り続けよう、ワシは永久にこの世に食らいつき続けよう!ええこと教えてやるわい…ワシはな、ワシはなァッ!!』


そしてみるみるうちに巨大になる肉塊は、崩れた人間の顔を作り出し、最上階を飲み込むほどの大きさにまで肥大化していき……。


『ワシは不滅じゃあ!!!』


……どうやらコルロの計画はある意味では成功していたようで、そしてある意味では…まだ戦いは終わっていないようだ。

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滅茶苦茶メンタルも身体もデバフのかかった状態の体一つで第三弾階を極める直前まで行ってた男半端ない、最強を名乗るだけある。 もう1人の八千年の歴史があるデティのポテンシャルもこれくらいだと考えるとバシレ…
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