762・伐戦第二・『美麗』のティファレト
『いいか、ステュクス。よぉ聞けよ』
ここに至るまでに、聞かされた話が一つある。ロア…いやその本名はシリウスか。
『オフィーリアは強い、少なくともお前の何十倍も強い。策を張り巡らせて、相手をそれに乗せて、お前にとって有利な状況にしても勝てん…絶対にな』
シリウスは言った、ヘベルの大穴を駆け抜けている間に…そう言った、真っ向からやっても勝ち目はないと。じゃあどうすりゃいいんだよと言いたかったが、奴はそれを言う前に答えをくれた。
『じゃがどうやっても勝ち目がないわけでもない、強さのみで勝敗が決まるならこの世はとっくに終わっておる。お前にも万に一つの勝ち目がある…これから行うのはその万からたった一つの勝利を得る勝負』
万に一つも勝ち目があるならいい方だ。一回やって分かった、オフィーリアは強いさ…こいつの言う通り何十倍何百倍も、今頭の中で何度も戦闘模様を想像してるが何回やっても五分と持たない。
『戦いが長引けば勝ち目は薄くなる、故に初っ端から全力を仕掛けよ。お前がこれまでの旅で得た全てを『初動の十分』…ここに注げ、これでワシの言った第一フェーズを超える事だけを考えるんじゃ…分かったな』
「分かったよ」
『出せる手札は基本二つ、この二つをどこでどう使うか…焦って変なところで使うなよ、全て予定した瞬間に使うのじゃ』
森を駆け抜け、壁面を駆け上がる、シリウスはオフィーリアとの戦いを三つのフェーズに分けた。話を聞く限り第一フェーズの難易度だけやたらとおかしかったが…ともかく最初のフェーズを超える事だけを考えればいい、勝ち方や勝負の行方は考えず、フェーズについて考えればいいんだ。
そう考えれば多少は楽に思えた…だからまず、行う第一フェーズ、それは。
………………………………………………………
『第一フェーズ!オフィーリアに本気を出させ極・魔力覚醒を引き出せ!』
(分かってるよ…)
両手に剣、セーフ達を逃し…ヘベルの大穴の外縁に立ち、大穴を囲む森の中にて俺とオフィーリアは睨み合う。遂にここまで来た、最終決戦だ。師匠の仇を…姉貴の命を助ける…最後の戦い。
姉貴のタイムリミットが迫っている以上、もうこれ以上時間はかけられない。ここでケリをつけるしかない。
「本当にさぁ、いい加減にしてよねぇ〜…」
だが相手は強大、クユーサーと同格のセフィラ。『美麗』のティファレト…オフィーリア・ファムファタール。俺が今まで戦ってきたどんな敵よりも強く、果てしない相手…こいつを相手に俺が今からするのは、本気を出させる事…極・魔力覚醒を引き出す事だ。その先にも作戦はあるが、ともかく極・魔力覚醒を使わせない限り俺に勝ちの目が回ってくることはない。
即ち奴とある程度戦い、本気の状態にする事だ…それがどれだけ難しいか。呆気なく本気を出してくれる相手とも思えない、何よりこいつの本気を前に俺が耐えられる保証がない…だがそれでもやるしかない。
やるんだ、今……ここで。
「勝つ、俺が!!勝つッッ!!」
「そればっかり、も〜いい加減に……」
クルリと処刑剣を回すオフィーリア、その口元から…一瞬で笑みが消え。
「してよね」
「ッッ!!」
気を抜いたつもりはなかった、目を離したつもりなかった、だが気がつくとオフィーリアは俺の前まで跳躍し、足の裏をこちら向けていて……俺は、
「ガバァッ!?」
蹴り飛ばされる、猛烈な打撃音が響き渡り背後の森の中へ吹き飛ばされ、木々をへし折り飛んでいく。あんな華奢な足にどれだけのパワーがあるんだ……!
「信念と覚悟を含んだ勝利を誓う雄叫びをあげて、かっこよく再登場して強くなれるのは創作の主人公だけだよ。人間は何度立ち上がっても別の誰かにはなれない、君が何度立ち上がっても君のまま…私に呆気なく殺された君のままなんだよ」
吹き飛ばされた先で、鬱蒼した森の中で、オフィーリアの声が木霊する。茂みが揺れ、草木が揺れ、その間を高速で影が行き来する。その速さは相変わらず凄まじく、俺は暗い森の中なんとか立ち上がり目で追うことしか出来ない。
「また立ち上がったなら、また殺すだけ、そして君を殺し私はここから立ち去りそれで終わり。この一件から手を引いて私はレナトゥスしゃまと共にまたどこかへ消える…そしてまた誰かを殺す、何も変わらない、なんにもね…!」
「うるせぇ…!変わるさ、変えてみせるさ、もう誰も…死なせない」
「御託はもっと強くなってから…!」
瞬間、俺の背後に現れるオフィーリア。処刑剣を振りかぶりながら高速で現れたオフィーリアは、背後から俺の頭を狙う。そのスピードは到底俺に反応出来るものでは………。
「オラァッ!!」
「なっ!?」
ガキンと鋭い金属音な鳴り響き、俺の剣と処刑剣が衝突し、暗い森に火花を散らす。防ぐ、オフィーリアの剣を…俺の剣が。
確かにオフィーリアは強い、だが…それでも俺だって無策で来たわけじゃねぇ…!
「言っただろ、俺が勝つんだよ…オフィーリア!!!」
『ええぞステュクス!そのまま叫べ!叫んで覚悟を決めて勝利に執着せよ!それでこそ…『アフェクトゥス・リベラティオ』の力も増すというもの!!!』
シリウスの声が耳をつく。そう、今の俺の体は勝利への執着により強化されている…感情変換魔術『アフェクトゥス・リベラティオ』によって。
ルビカンテが作り出した夢の世界。そこで戦ったマラコーダとの戦闘の最中ロアが作ってくれた感情に呼応して強くなれる魔術。身体能力だけを感情の大きさに比例して強化するこれを使って…今俺はオフィーリアに追いつけるだけの力を手に入れているんだ。
叫ぶことで、勝利への執着が増している。今なら…簡単には負けやしないさ!
「オフィーリアァッッ!!」
「チィッ!!なんだってんだか!」
オフィーリアを押し返せば奴はクルリと猫のように一回転し地面に着地する。明確に苛立っている…よし、いいぞ。
「あんたって本当にしぶとい奴だよね…何度も何度も私ちゃんの前に立ち塞がってさ!!」
「何度だって!挑んでやる!!その理由を作ったのはお前だろ!」
駆け出す、同時に。まるで示しを合わせたように同じ方向に、横方向に駆け出し土埃だけを残し森の中を高速で飛翔する。今度は見失わないよう、薄暗い森の中で必死に足を動かし、木の根を飛び越し枝に乗り、それを蹴って更に加速しオフィーリアの速度に…奴の世界に手を伸ばす。
「『ハピタブルゾーン』!」
「ッ!」
ただ、駆ける事に気を取られた瞬間、飛んでくるのはオフィーリアの霧散防壁を生かした斬撃の雨。キラキラと輝く光の粒子、それが波のように押し寄せ間にある木を一瞬で木粉に変える程の大量の斬撃。
防御は不可能、そう感じ俺は星魔剣を横方向に振るい。
「『魔衝弾』!」
魔力を爆発させの反動で横にすっ飛ぶ事で霧状の斬撃を回避。同時に手を伸ばし通り過ぎる木の枝を掴んで体を回しその上に立つ。
「ちょこまか逃げないでよね!」
「うぉっ!?」
しかし、落ち着く暇もなくオフィーリアも同じ枝に着地し、俺から逃げ場を奪うように剣を振るい大薙の連撃を振るい攻め立てる。
オフィーリアの速度は凄まじい、とはいうがもっと詳しく言うなら技術も威力も重みも凄いがその中でも別次元に速さが際立つと言うだけ…その剣の腕前は俺を遥かに凌駕する。
ましてや今は本気、前までとはまるで違う苛烈な攻めが俺をどんどん後ろに追いやる。
「ほらほら逃げ場がないよ〜!今度こそ死んじゃうねぇ!」
「くっ…!」
振り回すような軌道で放たれる斬撃を一発受ける都度、一歩後ろに下がる、木の枝の上故に左右に避けられず、ただ後ろに下がるしかなく。最後には。
「あ、やべっ!」
背中に木の幹が当たる、逃げ場がなくなった、それを見たオフィーリアは剣を大きく振り上げ。
「さぁとっととくたばれェッ!!」
「ッ…!」
咄嗟に下に視線を向け、足を振り上げ木の枝を蹴り抜きへし折る。その瞬間オフィーリアの立つ木の枝が空に投げ出され、奴はバランスを失う。
「あらッ!」
(今か!)
今だ、そう感じた瞬間には動き出す。オフィーリアは足場を失い動けない、落ちていく、その間に両手の剣を広げ、大きく息を吸い。
「奥義!『刃千武裂』ッッ!!」
放つのは師匠から授かった奥義。ヴェルト師匠が持つ最大火力の奥義、怒涛の勢いで連撃を放ち相手を粉微塵にする斬撃の波濤。それを木の幹に足をかけオフィーリアに飛びながら放つ…しかし。
「そんなトロい攻撃でやられるわけないでしょッ!」
「なッ!?」
無数の斬撃、それを足場もなしに軽く体を回転させその全てを防いだオフィーリア。俺の最大火力の奥義がこんな簡単に──。
「片腹痛いんだよッ!」
「げぶふっ!!」
そして飛んでくるのは蹴り、魔力で強化された脚力から繰り出される魔力衝撃込みの一撃。それが腹に食い込み、俺は背後の巨大な木を貫通して地面に叩きつけられる。
『欲をかくなステュクス!!迂闊過ぎるぞ!』
(行けると思ってたんだが…攻め手に回った瞬間これかよ…!)
地面を転がりながら立ち上がり息を整える、正直…今の一撃で結構なダメージを負った、許されるならもう少しのたうち回りたい。けどオフィーリアはそれを許さないだろう。
ただ攻め手に回っただけでこれだけの攻撃を、しかも軽く足を振ってこれだ…もっと慎重にならないと。
「そらそら!『ハピタブルエッジ』!」
「ッと!」
次々と降り注ぐのは青色閃光の魔力斬撃。それが燕のように俺に向け飛来しつつ、オフィーリアが頭上から飛んでくる。それらの斬撃から逃げ回りながら星魔剣を握り直し…。
「『喰らえ』!」
魔力斬撃を受け止め吸収する。オフィーリアのメインウェポンである魔力攻撃そのものは無効化出来る…なんとかこれを突破口に出来ないか。
「それ!ムカつく!」
「そうかよ!」
そして魔力を吸えばその隙をついてオフィーリアの突きが飛んでくる。そいつを二つの剣をクロスさせ受け止める。地面が捲れ後ろに滑りそうになるがなんとか堪え切る。
「あーもう!まるで貝だね…!トロトロ動いて殻にこもってやり過ごしてさぁ!」
「なんとでも言えやい!」
地面に突き刺すように食いしばっていた足を地面から離し、後ろへ後ろへ跳ねるように距離を取る。オフィーリアもそれを追いかけるように処刑剣を振るいながら高速で追い縋る。奴が動けば斬撃の光芒も追従し、まるで死が俺を追いかけてきているような錯覚を覚える。
「そうやって耐えてれば…誰か助けてくれると思ってる?」
「イッ…!」
そんな中振るわれたオフィーリアの横薙ぎの斬撃。これを大きくのけ反りながらなんとか回避したその瞬間。俺は見る、オフィーリアの顔が歪んでいる様を。剣を振るいながらニヤリと俺を見て笑ったのを。
三日月のように歪められた口が、ゆっくりと開いて……。
「もう君を助けてくれる人は誰もいないよ。師匠も、お姉さんも…私が殺しちゃったから」
「ッ……!」
「君はもう、独りぼっちだから。でも大丈夫!君はここで死ぬし!君が死んだらハリボテの女王も君の仲間も全員私ちゃんが殺してあげるから!寂しくないよぉ!」
それは、事実を突きつけると言う…何よりも残酷な口撃。師匠も姉貴も…こいつの手によって命を奪われている、奪われようとしている。その事実に…俺はただ歯を食い縛り。
「テメェは…ッ!」
ギラリと瞳に炎を灯し、後ろへ跳ねていた足を反対に、オフィーリアに向けて地面を蹴って星魔剣を握り直し、地面を這うような軌道で斬り上げを繰り出し……。
「ほらやっぱり乗ってきた」
「なッ!」
「貝みたいに硬い防御なら、自分から解かせちゃえばいいんだよねぇ」
しかし、俺の斬撃は軽々と避けられる。斬り上げた剣はオフィーリアのバックステップによって容易く回避され…俺は体勢を大きく崩す事になる。その隙にオフィーリアは反撃の一斬を放つ為ゆっくりと処刑剣を持ち上げ。
「言ったでしょ!変わらない!人は何度立ち上がっても変わらない!君は…タロスで私と戦った時と同じ!自分で自分をコントロール出来ない愚か者のままなんだよぉ!」
「ッ……!」
放つ、首刈りの一撃を。挑発に乗った俺の安易な攻撃が、むしろ俺自身の命を危険に晒して……って!
「ッんなわけねぇだろ!!」
「えッ…!?」
一瞬の出来事だった。不発に終わった斬り上げ、上へと振るわれていた星魔剣…それをもう一つの剣、師匠の剣で打ち軌道修正を行い強引に斬り下ろしに変化させる事で、反撃の為踏み込んできたオフィーリアの肩から腰にかけて逆に一撃を加える。
挑発に乗った?乗るわけがない、もう乗るわけがない。確かに人は立ち上がっただけじゃ変わらないかもしれない、だがそれでも…学ぶだろ、手前の失態から!人は学ぶもんだろ!もう二度と同じ過ちは繰り返さないと!!
「もう挑発には乗らねーよ!オフィーリア!」
「は…?」
袈裟斬りに剣が飛びオフィーリアの体を斬る…が、切り傷がない。斬れなかったんだ、あいつの魔力偏在があまりにも強烈過ぎてただ剣を剣で弾いただけの斬撃じゃあいつの防御力を突破出来なかった。
だが、それでも……。
「お前ェッ……!」
(自分で自分をコントロール出来てなさそうな顔してるぜ、オフィーリア…!)
ギリリッと歯を食い縛り俺に怒りの形相を向けるオフィーリア、今の一撃は完全にオフィーリアの勢いを挫いた。バシレウスも言っていた…オフィーリアの性格はクソだ、そしてリューズの件を見るにこいつは男を手玉に取るのが好きだが…反面、男にいいようにされるのは大嫌いだ。
故にキレる、今まで以上にキレる…!
「どこまでも私をイラつかせてェッ!!!」
「ヴッ…!」
最早それは斬撃ではない、俺に向けて剣を叩きつけるように強引な振りから繰り出される凄まじい威力に俺は防御の上から吹き飛ばされ、地面を転がる。やばい、未だかつてないくらいキレてる…けど、ここだ。やばいと思った時こそ押せ!
「ッそう言うお前は!なんだかんだ言って今も俺を殺せてないよな!」
「あぁ!?」
「宰相お抱えの始末屋がこんな体たらくとは笑わせるぜ!今じゃコルロの駒使いだもんな!あんた向いてないから今のうちに転職考えた方がいいんじゃないか!」
「貴様ァッッ!」
来てる、攻撃が大振りになってる!繊細な攻撃が無くなった!このまま……。
(このまま、暴れさせて…スタミナを削る。そうすりゃ切り抜けられる…!)
『阿呆ステュクス!』
「え!」
しかし、その瞬間シリウスの叫びが脳裏に木霊して……。
『挑発の手を緩めるな!奴に考える暇を与えるでない!」
(考える暇って……)
はたと、見る。オフィーリアの顔を……さっきまで歯を食いしばってキレてたオフィーリアが、目を見開いて口を一文字に絞って…無表情で俺の顔を見ていたんだ。
「お前もしかしてなんか狙ってるか?」
(ゲッ…!)
一瞬で気付かれた上に挑発でスタミナ削りを狙ってる事がバレた…いや、気付かれたのはもっと先の。
「なるほど、お前…敢えて私ちゃんから極・魔力覚醒を引き出そうとしてるな」
シリウスが語った勝利に続く第一フェーズ『極・魔力覚醒を引き出す』言う点まで看破された。嘘だろ…そこまでバレるか普通!
『ちょっと考えれば分かる!お前がなんらかの策を秘めている事、挑発して全力を出させようとしている事、お前がオフィーリアの極・魔力覚醒を見ている事、これらを総合すれば何をしようとしてるかなどすぐに分かる』
(にしたっても…!)
『経験値の差じゃ!オフィーリアはお前が人生五周したって足りない数の修羅場潜ってる一種の達人じゃ!故に考える暇も与えず断続的に手を打つ必要があった…ヘマをしたぞ、ステュクス』
ジロリとオフィーリアの怪しむ視線が斬撃の隙間から見える…ゾゾゾと背中が冷たくなる。やってしまった、オフィーリアが俺の作戦に気がつき始めている。俺がオフィーリアに勝つには作戦を立てて、それにあいつを乗せるしかない…しかし、それが看破された以上。
「なるほど、急に黙ったね、図星か…なら」
瞬間、俺に向けて走っていたオフィーリアの足が反転。地面を蹴って後ろに飛び始めた…ってまさか!
「もう戦うのやめようかなぁ〜」
(やられた…!)
オフィーリアは引き始めた、奴は逃亡をちらつかせ始めた。つまり攻守を変えようと言うのだ…俺は受け手にいなければいまともに戦えない、そこを理解しているから『攻めなければこのまま逃げる』と言う部分を前面に出されたら。
「待て!」
「いいよーん!」
「ぐぁっ!?」
咄嗟に追いかける、追いかけるしかない、奴の足を止めるため俺は攻めなきゃいけない。しかしそうすると今度は俺の斬撃を払って逆にあいつの攻撃が飛んでくる。斬撃が俺の防御の上から叩きつけられ地面にめり込むほどの勢いで倒れ込む。
やられた、完全に。オフィーリアに冷静に考える暇を与えてしまった、こうなったら俺はもう打つ手がない…俺はオフィーリアを止められないし、オフィーリアは俺の攻撃では揺らがない。つまり奴が受け手に回った以上俺にはもう出来ることがない。
(けど、希望があるとするなら…奴は本気で逃げる気がないと言う事か)
だが完全に詰んだわけじゃない。奴がこの場から完全に逃亡する…これは考えたくないくらい最悪の終わり方だ。そして奴には透明化と言う武器がある以上逃げようと思えばいつでも逃げられる…それをしないと言うことは。
少なくとも、こいつは俺をまだ殺す気でいると言う事…これが唯一残った希望。だが。
「『ロジェリミット』!」
「ぅぐぅぅ!!」
放たれる不可視の斬撃の雨に全身を切り裂かれ俺は地面を転がる、オフィーリアは相変わらず一定の距離を保っている…。希望はあるが、あまりにもか細い…これをどう紡いでいけば。
「そーれ!『ハビタブルエッジ』!」
「いぃっ…!?」
そして転がった俺に飛んでくる飛翔の斬撃。それが地面に衝突するなり大地が吹き飛び、その爆発に吹っ飛ばされる。
『えぇい!間怠っこしいのう…!些か高難易度すぎるわい…どうクリアしたもんか』
(お前遊び感覚じゃねぇだろうな)
『喧しい!もう良い!ワシに体を貸せ!ワシが直接ぶっ潰す!……って出来たら楽なんじゃがな』
(なんだよ体貸すって、妙におっかな……あ!)
ふと、思いつく。吹っ飛ばされ、泥だらけになりながら俺は地面を転がり、そして星魔剣を抱え耳打ちをするように聞いてみる。
(なぁシリウス!お前……)
『ん?なんじゃなんじゃ?ええ事思いついたか?聞かせてみよ』
(自分でやりたいってんなら、自分でやってみるか?)
『お?』
俺はシリウスに作戦を伝える、希望を繋いで…先に進められるかもしれない。正直危ない橋だが、その先に未来があるなら…躊躇なく踏み抜くぜ俺は!
「オフィーリア!」
「はっ、性懲りも無くまた来たかぁ〜」
師匠の鉄剣に手を這わせ、再び立ち上がる。吠え立てながらオフィーリアに突っ込む。奴は受けの姿勢でいる…俺が攻めなきゃ逃げる、攻めたら返す。磐石の姿勢だ…だが。
「殺してみろよっ!!俺を!!」
「ははは!じゃあやってあげる〜!」
喰らいつくように飛び掛かる、剣を振るい突っ込むが軽く弾かれ反撃の蹴りが俺の腹を打ち衝撃が背中を突き抜ける。けど…!!
「まだじゃあッッ!!」
「む!まだ来る!」
口から血を噴き出しながらも両足で踏ん張って耐え抜く。ギリギリと歯を食い縛り下がった分前に進む。オフィーリアも接近を許すまいと処刑剣を振るう手を緩めない。
「ぅダァッ!!」
「マジで死にに来たのかな!」
鉄剣の横薙ぎを受け止めたオフィーリアは、処刑剣をクルリと回し受け流すと共に一歩踏み込む。その踏み込みが地面の土を舞上げ、土柱を突き立てる。そこ踏み込みから繰り出される剛剣を咄嗟に地面にへばりつき回避すると同時に、立ち上がり様に剣を振るう。
しかし、それすらもオフィーリアは軽々と避け。一気に接近すると同時に頭突きを放つ。
「ガッ!?」
「負けてるよね、君は。力でも技量でも魔力でも経験でも信念でも何もかもッ!私ちゃんに劣っている!」
そこから叩き込まれるのはひたすらに俺を甚振る連撃。膝蹴り、柄での殴打、怯んだ所に更に拳骨が顔面を打つ。その全てが骨全てを軋ませ全身から血を噴き出させる威力。そして。
「『デッドパルサー』ッッ!!」
掌から放たれるのは霧散した防壁を水車のように回転させ生み出す斬撃の竜巻。そいつで俺を切り刻みながら吹き飛ばす。
「そんな弱さでなにをする!」
「ガハッ!?」
そして吹き飛んだところに、更に加えられるのはオフィーリアの飛び蹴り。ドロップキック気味に飛んできた両足の蹴りは俺を更に加速させ木に叩きつけ…。
「その程度でなにができる!」
「ッぐ…」
倒れる前に更にオフィーリアの蹴り上げが顎を打つ。鞭のようにしなる一撃を受け大きく体がのけ反り、脳みそが根っこから吹き飛んでしまいそうな感覚を覚える。
「私ちゃんとの実力差なんか明白でしょうに!」
「ギッ!?」
フラフラの俺に飛んで来たのは処刑剣による斬首、これだけは防がねばと咄嗟に剣を立てるが、意識外から飛んできたのは全く真逆の方角から加えられるオフィーリアの拳。これで歯が抜け血が飛び出し、俺は思わずヨタヨタとバランスを崩す。
力でも技量でも魔力でも経験でも負けてるよ、洒落にならんくらい強い、分かってる!がそれでも!!
「ッッッ………」
バランスを崩し、地面を転がりながら、俺はオフィーリアに向けて叫ぶ……。
「ば、バシレウスッ!?助けに来てくれたのか!?」
オフィーリアの背後に向けてそう叫ぶんだ、しかしオフィーリアはその叫びを聞いて鼻で笑い。
「ハッ、そんなくだらない引っ掛けに釣られる私ちゃんだと思う?効くわけないよねぇ!バシレウスの魔力なんか感じないよ!」
笑う、ああそうだいない、バシレウスはいない…だが。
「もういい加減死んで──え!?」
その瞬間、オフィーリアの体が宙に浮き…吹き飛ばされながら鮮血を噴き出す…そう、その肩に刺さっているからだ……星魔剣が!
『ぬはははは!吹っ飛ばしてやるわ!!』
「な、何!?この剣!一人で勝手に飛んでる!?!?」
背後から飛んできた星魔剣がオフィーリアの肩に突き刺さり、そのまま魔力を噴射し木々に叩きつけながら空を飛んでる…そう、シリウスだ。
シリウスは剣だ、一人じゃ何も出来ない…わけじゃない。最初にオフィーリアと戦った時、あいつは一人で魔力を噴射して俺を助けてくれた!あの剣の中にマジでシリウスって人間の意思があるならそれくらい出来て当然だろう。
だから、やりたいなら自分でやれと…俺はシリウスを投げ捨て、俺が囮になっている間に背後に回らせたんだ!!
そうさ!俺は負けてる!力でも技量でも魔力でも経験でも負けてるよ…!だがそれでも一人じゃない!一人でここまで来てないんだよ!俺は!!
「ぐぁあああああ!うざったい!!」
「来い!星魔剣!!」
『おうともさ!』
星魔剣はオフィーリアを巨大な大木に叩きつけ、そのまま俺の手の中に戻ってくる、そして俺は空へと飛び上がり、星魔剣をその手に握る…そして。
「行くぜ……!」
「ハッ…来るの?いいよ!斬り殺してあげる!」
再びオフィーリアは剣を構える、肩から血を流しながらも冷静に構えを取る。このまま俺が攻めればまた同じようになる。だがここで攻めなきゃ勢いを失う。勢いだ…俺は今『勢い』と言う不確定で曖昧な物の上に立ち、戦いの趨勢を委ねようとしている。
だが、冒険者として、騎士として、剣士として生きてきた全ての俺が言っている…ここだ、ここが切り札の出し時だと。
故に先程までの戦いでつけられた無数の傷痕に意思を集中させ、俺は剣を振りかぶり…放つ。
「『ブラッドダイン……!」
「なっ!それ────」
「『マジェスティ』ッッッッッ!!!」
放つ、全身の傷から血を噴き出させ、それを刃に乗せて放つのは紅の斬撃…それが空を駆け抜け巨大な光となってオフィーリアに迫り、爆裂する。
……これはバシレウスの技だ。ラダマンテスでの修練の際アイツに敢えて撃ってもらい、それを吸収する事で習得したアイツの持つ特大火力。対オフィーリア戦用にアイツがくれた切り札!
バシレウスは言った…これを撃てば間違いなくオフィーリアは一瞬『面を食らう』。だから温存した、確実に当てられる一撃故に傷が増えるのを待って、勢いがつくのは待って、待って待って放った一撃は……。
「ぐぅぅうう……テメェ……!」
「いい様だな、オフィーリア…!」
当たる、全身から黒煙を漂わせ…傷だらけになったオフィーリアが、ギロリと俺を忌々しげに睨んでいる。オフィーリアの防壁は防御力がない、偏在で受けるしかないがそれにも限度がある。
効くだろ、魔王の一発は…!
「この私が…!こんな!」
「逃げるなら逃げろい、その背中に…またこいつをぶち込むだけだ」
「…………」
さぁ、どうするよ。お前が受けてに回り続けるならよ。こっちもこっちでやれることはあるんだぜってのを…今証明した。ならもう一つだろ、お前そんな真面目な奴じゃないだろ、楽に殺せるならそれに越したことないだろ、俺を手取り早く殺すなら一つしかないだろ!!
「チッ……」
俺の視線を受け、オフィーリアは舌打ちをし…処刑剣を地面に刺す。来る…あれが。
「ああそうかい、そんなに使って欲しいなら…使ってあげるよ…!極・魔力覚醒を!」
「そう…来なくっちゃ!」
オフィーリアの霧散していた魔力が一点に集まる。黒い煙が青い炎に変わり俺を包み周囲の森を全て染める。
来る、アイツの本気の姿にして…俺がこの戦いを勝利で終える為に必要な段階。
第三段階、人類最強の人間達が使う絶技…極・魔力覚醒が…!
「ファムファタァァァルッ!エランッ!ヴィタァァアアアアアアルッッッッッ!!」
爆裂と共に巻き起こる黒い竜巻、それが晴れると共に出現するのは無数の死因。刃が地面に無数に突き刺さり、炎が生じ、水が浮き、電流が迸り…人が死ぬ要因たり得る物全てがこの空間に出現する。
これがオフィーリアの極・魔力覚醒『ファムファタール・エラン・ヴィタール』…この範囲内でオフィーリアの攻撃を受ける、或いはそこらに転がっている刃や炎に軽く触れるだけで、人間は即死する。
「……そう、来なくちゃな」
震える、頬を冷や汗が伝う。さぁて…第二フェーズの始まりだ。シリウス曰く一番の難関第一フェーズを超えた先にあるのは…。
『さぁやるぞいステュクス!なぁに簡単じゃ!彼奴の極・魔力覚醒を凌ぎ切れ!無数にある手段を適切に選び相手に本気を出させる第一フェーズより簡単じゃ!なんせ…第二フェーズは生きるか死ぬかの二択じゃからのう!!』
(言ってくるぜ…!)
簡単に言う、今こうして前にするだけで…ちびりそうになるくらい、恐ろしい。そこら中に転がってるありとあらゆる全てが…触れるだけで死ぬ要因になり得る。アレだけ喰らっていた攻撃をこの先一発も食らっちゃいけない…絶望的すぎる。
そんな中、オフィーリアはゆっくりと歩き出す。青い炎を背中に背負うオフィーリアは地面に刺さった黒い直剣と大振りの黒い鎌を持ち、両手に構え…。
「お前なんかに使っちゃうのは、正直勿体無いけど…いいよね、減るもんじゃないし」
迫る、いつもとは違う…ゆっくりと、ゆっくりと、一歩づつ一歩づつ…追い詰めるように。
「ッ……」
一歩、一歩…俺も下がる。見えるんだ、オフィーリアが…巨大に。みるみるうちに巨大化して…俺を覆う程にデカく─────。
『ステュクス』
「はッ……」
『呑まれるな、同じ人間じゃ』
シリウスの言葉にハッとする、オフィーリアの大きさは変わってない…人間だ、アイツも。何より…俺は。
「勝つんだ……俺はッ」
勝つ為にここに来ている、ビビって逃げる為じゃない!勝つ為に!ここに!!
「ッッ魔力覚醒!!『却剣アシェーレ・クヌルギア』!!」
両頬を叩いて、気合を入れて、恐れを振り払い…覚醒する。白い髪が黒の中で輝き、絶大な闇を背負うオフィーリアと向かい合う…。
「ふぅん、覚醒で私ちゃんに勝てるかな」
「勝つ……死んでも、いや、死なずに…テメェに勝つッッッ!!」
「あっそう!ならあっけなく殺してあげるよ!!驚くほどに!!」
両手の剣を握り、オフィーリアを相手に構えを取り……始める、オフィーリアとの戦い。その本番を。
………………………………………………………………
死とは恐怖を振り撒く災厄だ。
美とは人を惹きつける本能の発露だ。
私は、死と美に愛された……毒の花だ。
『オフィーリア、お前の仕事ぶりは凄まじい。このまま成長すればいずれジズを使わずとも済む日が来るやも知れん』
元老院のトップ、独裁官フィロラオスは私をそう褒め称えた。若き日のは私は王国の裏処刑人として、星隠影の諜報員としてマレウス中を飛び回り、多くの者達を愛と美で絡め取り殺し尽くしていた。
そう、殺して殺して殺し続けていた。休む暇などない、ただ元老院にとってジズという外注の業者に頼むより、自前の殺し屋を動かす方が安上がりだったからか…ともあれフィロラオスは私を重用した。
『元老院に刃向かう者は、即ちマレウス王国に刃向かう者、不穏なる因子は摘み取るべきだ。オフィーリア、お前がやっているのはこの国を守る行いだ。お前は影の英雄だ』
マレウスの為、もう四十人くらい殺した頃かな。フィロラオスが私を英雄と呼んだのだ。その一言に若き日の私は……何かが決壊した。
叫んだ、心の中で叫んで頭を掻きむしった……『私は人殺しだ、英雄な物か』と。
この頃の私は人殺しの罪悪感に押し潰されていた。時に美貌で男を釣って殺し、時に影から忍び寄って殺し、名前も知らない男達を殺してきたその罪悪感が私を壊していた。
私には彼らを殺す理由などあったのだろうか、私に彼らを殺す権利はあったのだろうか。恨みがあったなら良い、憎しみがあったなら良い、だが私にはなにもない。なんの理由もなくただただ殺して回る…そんな生活に、限界が来ていた。
そんな、ある日だった。
私は…私の人生を変える光に出会った。
『君が、オフィーリア・ファムファタールか。美しいな』
元老院の地下拠点に赴いた際。とある書斎にて本を読んでいる彼女と出会った。メガネをかけて、黙々とページを捲る紫髪の女。彼女は私の方を向かずにメガネを掛け直しながらこう言った。
『なにか悩んでいるようだが、よければこのレナトゥス・メテオロリティスに聞かせてもらえるだろうか、そう…お悩み相談だな』
チラリと向けられた視線に私は目を取られた。レナトゥス…そう名乗った彼女がそう言うと、私はまるで引き寄せられるように悩みを口にした。元老院に言われるがままに殺す日々に嫌気がさしたと。憎しみも恨みもなく、ただただ無意に殺す私はこれ以上なく罪深い存在だと……すると、レナトゥス様は。
『そうか、……時に君。この世で最も強い毒とは何か分かるかな?』
え?と私は声を上げると共に、こう答えた…『お魚ですか?フグとか毒あるって聞きます』。そんな答えを聞いてレナトゥス様は違う違うと首を横に振った。
『違うな、この世には毒を持つ生物は多くいる。蛇、蠍、虫、花、魚…この世には多くの毒を持つ生物がいるが、その頂点に立つのは細菌だと言う』
そう言いながら彼女は読んでいる本を見せる。そこに書かれていたのは食中毒についての項目だ。
『細菌、見えざる存在。彼等はとある毒を生み出す能力がある、そしてそれは蛇やフグと言った者達とは比べ物にもならない程強力で、何千万という人間を殺せる毒を生み出すそうだ……面白いとは思わないか?』
『蛇は相手を捕食する為、攻撃の為に毒を持つ。フグは捕食されない為、防御のために毒を持つ。だがその細菌は…ただ生きているだけで毒を分泌してしまうそうだ。ただ生きているだけで如何なる生存戦略すら下にする程の毒を生み出した命を消し去るんだ。生命の不思議を私はここに見るよ』
『だが同時に思うのだ、菌が生み出す毒とは、即ちそれが生きた証。生きる事を望むからこそ毒が生まれ他の生命を殺す。その殺しは…菌そのものの生への渇望に他ならないのだと』
レナトゥス様は私を見る、本をしまい…立ち上がり、私に向けて歩き出し…ニコリと微笑み。
『君も同じだ、生きるからこそ殺すのが君だ。殺しこそ君の生だ、故に生きる事を恐るな。否定するな』
「ッ……」
『だがもし、君が…その生を肯定し切れないというのなら。間違っているのは君じゃなくて世界の方だ』
私は今まで多くの男と関係を持ってきた、仕事として相手を魅了する為、幾度となく関係を持ってきた。その過程で幾千の愛の言葉を囁かれて、それを受け流してきた。だけど…だけど。今私の手を握るレナトゥス様の口から放たれた……。
『なら、私と一緒にこの世界をぶっ壊そう』
……そんな殺し文句には、抗えなかった。
『欲しいなら意味を与える、欲しいなら理由を与える、君が生きて殺せる全てを私が与える。私は君の力が欲しい、だから聞かせてくれるか…君の名前を』
それが私とレナトゥス様の出会いであり、私がオフィーリアから『美麗』のティファレトになった瞬間だった。あの人は私を使い、共に戦い、いつか元老院の支配から逃れ…絶対なる天狼をこの世に舞い戻し、全てを破壊する事を約束してくれた。
その日から私は、殺しを厭わなくなった。誰を殺してもそれはレナトゥス様の紡ぐ楽譜の一端、音符の一つだと思えば苦しくない。なにを壊してもそれはレナトゥス様が作る夜空の星、輝く光の一つだと思えば怖くない。
いつか訪れる最高の終焉の為、私は今生きる事を恐れない。故に全ては恐れよ、私と言う死を恐れよ。
恐れよ、恐れよ、人よ恐れよ…私を、死を────────。
「オフィィィイイイイリアァァアアアアッッ!!」
「手前はッ!バカかァッッ!!」
今ここに、バカが一人いる。名前はステュクス、ドブネズミだ。ただでさえ暗い森が、私の極・魔力覚醒により暗黒に染まる。周囲には剣が無数に突き出し炎が躍る…そんな地獄の中、このドブネズミは牙を剥いて私に襲いかかる。
恐れない、恐れないのだ。
「ドルゥァッ!!!」
「ッと!!」
鎌を振るえば向こう側にある全てが斬れる。地面から生える剣が、炎が、木々が、全てが私に道を開ける。ただ一人、跳躍し斬撃を避けたステュクス以外が。
「絶対に引かない!!俺はお前に勝つ!勝つ!勝つんだ!!」
「考える脳みそどっかに置いてきてんのかお前はッッ!!」
瞬間、私は片手で剣を高速で振るい、ステュクスを斬撃をの雨で切り刻む。私の極・魔力覚醒は擦り傷一つつければ、相手を即死させられる…これでステュクスは。
「ッ……!」
否、振るった剣がドロリと溶けるのが見える。これは軟化魔術の『ロード・デード』!振るわれた剣に星魔剣を当てて、一瞬で軟化させたのか!これじゃ擦り傷もつけられない!
「考えているさ、オフィーリア…!俺はどうやったらお前に勝てるかを!」
「喧しいんだよッ!」
ドロドロになった剣を捨て、即座に地面から生えるもう一本の刀を抜き、鎌と刀の二刀流でステュクスに襲いかかる。されどステュクスは引かず、撃ち合って見せる。
「考えて考えて考え抜いた!どうやってもお前は強い!俺より強い!だから…俺に出来るのはこれぐらいだから!…恐れない事だけだから!」
「それをバカだって言ってんだよ!!」
「ッ…!」
一瞬、私は背後に向けて飛びながらステュクスに向け指を鳴らし…。
「『ジャック・ケッチ』!」
生み出す、極・魔力覚醒の力によってこの空間に満ちた濃密な『死』の概念が形を取り、現れたのは巨大なギロチン。それが刃先をステュクスの方を向き、放たれる。
高速で射出される黒いギロチン。それを前に一瞬でも躊躇すれば死に至る…しかし。
「なによりも怖いから!!」
走る、奴は敢えてギロチンに向けて走り近くに刺さった黒い剣を踏み台に空高く跳躍しギロチンを飛び越え、私を睨み続ける。
「怖がって、誰かを失うのが…嫌だから!」
「ッッ…吐かせぇええええええ!!!」
睨み続けるんだ、こいつ…一度として私から目を逸らさない、怖くないのか?擦りさえすれば死ぬ状況が、一瞬の気の緩みが死に直結する状況が!
「『ギャロウズ・バード』ッッ!!」
生み出す、両手の武器を捨て代わりに顕現させるのは無数の絞首縄、それを振り回し周りの剣や鎌などの死をもたらす道具を括り付け、大量の刃が取り憑いた縄の束を両手で振り回す。
恐れろ、この一つにでも当たればお前は死ぬんだぞ!恐れろ…恐れろよ!!
「オフィーリアァァアアアアッッ!!」
しかし、それでも奴は進む。刃の雨を剣を振るい、全く恐ることもなく叩き落としながら向かってくるのだ…くそっ!!
気圧されているのか、この私が!!なんだ!これは!奴は何を原動力に動いている!復讐心だけでこんなに動けるものか!!
(なんだ…奴の背中に、何か見える!)
血と泥と涙に満ちたステュクスの顔のその向こうに、何か薄らとゆらめく何かが見える。なんだあれは…まさか私が、恐れているのか。
恐れられるべき存在である私が!ステュクスの執念を……ッそんなの。
「認められるかぁああああああ!!!」
「うぅっ!!」
振り回し突風を作り出しステュクスを吹き飛ばす。奴の体が紙吹雪のように飛んでいく。それを目で補足し、私は縄から手を離し、ステュクスに向け刃の雨を振り注がせると共に近くの剣を一本手に取り、突っ込む。
「ッッ俺はお前に勝つんだ!勝つ!!絶対に!!」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!一人殺したぐらいでさぁ!」
ステュクスは両手の剣を振り回し私が投げた剣雨を次々と弾く、そんな中突っ込んだ私の斬撃もまた両剣をクロスさせ受け止める。ギリギリと火花が散って刃と刃の向こうに見えるお互いの目を睨み続ける。
「言ったろ!こっちはもっと大きな物のために戦ってる!世界を動かすのはただ一握りの選ばれた人間だけ!それ以外は有象無象!そんな奴殺したくらいでグヂグチウダウダと!!」
「手前は!どこまで勝手なんだ!なにが世界だよ!なにが有象無象だよ!手前の理屈に他人を巻き込むなよ!!」
「私の理屈じゃない!世界の真理だ!」
「ってのが!お前の言い分だろ!それに巻き込むな!」
お互いに一歩引いた瞬間、何度も剣をぶつけ合う。火花散り、轟音響く闇の中私とステュクスの叫びが木霊する。鞭のように剣を振るう私の動きにステュクスは完全についてこれていない。だが…押された分進むことでこの拮抗を保っているのだ。
信じがたい事だ、今この状況を…実力差、技量差、地力差、全てを覚悟と勢い一つで押し切っている。こんな暴挙が罷り通っちゃ極・魔力覚醒もクソもねぇんだよ!
「私はッ!レナトゥス様の見る未来を実現する!あの人が望む世界を作る!それに必要ない物は……全部全部消えればいいィッ!!」
「ァガッッ!?」
全身から放つ強烈な魔力の奔流。それを受けステュクスが吹き飛ばされ近くの木にぶつかり地面に転がる、その機を逃さず私は飛びかかり真上から黒の剣を突き立てステュクスの顔面目掛け串刺しにかかり──。
「ぐっ!」
「チッ!」
がしかし、咄嗟に剣を振ったステュクスに私の刺突は弾かれる。いい反応だ、だがチェックメイトだよ。私は仰向けに倒れたステュクスが立てないように奴を跨いで立ち、再び黒の剣を突き立てる。これで刺せばコイツは死んで───。
「これでも食らえ!」
「ッ…!?」
瞬間、ステュクスは指に嵌められた指輪から、凄まじい光を放ち視界を奪う。光に怯んだ私、その隙を突いてステュクスは私の手から剣を弾き飛ばし…私から剣を奪う。
「どこまでも足掻く…害虫がッ!」
「ぅげっ…!」
どこまでもどこまでも、チマチマと足掻きやがって…私はそのまま手でステュクスの首を掴み、持ち上げる。引きずり上げ首を絞めたまま持ち上げる。
「ごっ…このっ…!」
「いい加減にしてよね、分からないかな。何回も何回も突撃かまして…私と君とじゃこれ程までに実力差があるってさ」
「ッ分かってる!分かってる…けど、それでも引けないのは…お前がそれだけの理由を、俺に与えたからだろ!」
「仇討ち?くだらない!大人しく逃げ回っていれば見逃してやった物をッ!」
「逃げ回れるかよ…!テメェもレナトゥスも俺の敵だ!お前ら二人とも俺が倒す!!」
「なんだとぉッ……!」
「ゔっ!ゔぉぉおお……!」
締め上げる、ギリギリと恨みを込めてステュクスの首を締め上げる。このまま頚椎を砕いてやってもいい…だが、ただそれだけの方法で殺すんじゃあ私の気が済まない。
「お前はッ!」
「ガッ!?」
叩きつける、木に。
「私と!」
叩きつける、地面に。
「レナトゥス様の!」
叩きつける、岩に。
「願いを!!」
叩きつける、膝に…そして。
「知りもしない癖に!偉そうな事を言うなッッ!!」
再び地面に頭を叩きつけ、ぐったりとしたステュクスを再び持ち上げる。即死じゃあ生ぬるい、私を挑発し、私とレナトゥス様の目的を邪魔し、くだらない有象無象の執着し、剰え私の尊厳さえも踏み躙った。
許し難い話だ、だからなるべく痛めつけてから殺す……。
「これで分かったか。この世にて…思想と過程のみ力は宿る。仇討ちなんてスケールの小さい話で動くお前に、私とレナトゥス様の願い…この世の破滅を止められるわけがない」
「ゔ……ぅ……」
口元から血が流れるステュクスは虚な目で彼方を見ている。おっと手に力を込めすぎたか…刃や炎で傷つけなければ即死は発動しないとは言え、人間は首をへし折られただけで死ぬんだ……。
手足はもう動かない、剣を振るう力も残ってない、どうせもう長くないのなら…終わらせるか。
「…………」
周りを見る、手近な剣がない…はぁ、仕方ない。いや或いは好都合か、運命か。
「ありがたく思え、お前の姉と同じ方法で殺してやる……」
「ッ……」
その手に魔力を込める。私がレナトゥス様の配下になり、ガオケレナが貯蔵していた一つの魔術を授かり、私の武器となった…私の象徴で終わらせるか。
「『メメント・アヴローラ』」
それはあらゆる存在を絶命させる最も効率の良い魔術…即死魔術『メメント・アヴローラ』…これをくれたのもレナトゥス様だ。
『ガオケレナから魔術式を預かってきた。これを発動させ、手から死の魔力を放つことであらゆる存在を即死させられる…最強ではないが、最適な魔術だ』
マレフィカルムには魔術復元を行う者達が多くいる。ファウスト…理解のビナーを筆頭として、アルカンシエルが古の魔術を復元することで、現代では使い手のいない魔術を大量に復元すること成功している。全ては五百年を生きる魔術生き字引であるガオケレナがいるから。
これもその例に漏れない。世界で今…私しか使い手のいない魔術だ。
『だがこの魔術は射程が極端に短い、それに使い方を謝れば君自身が死の魔力に絡まれ自死することになる。しかし私は信じている…君なら上手くやると。そう…信頼だな』
そうやって預けてくれた、私のアイデンティティ!それで殺すのだ。
手から滲み出す黒が、肩から腕に伝わり、ステュクスの首を掴む手先に伝わっていく。そしてステュクスの命が終わる、逃げ場はない、これで終わりだ…忌々しいお前との因縁も終わりだ。
さぁ……死ね、絶望して死ね!ステュクス・ディスパテルッッ!!
「──────分かってねぇのはお前だよ、オフィーリア」
「は?」
鮮血が舞う、私の目の前に紅の血が舞う。それは突如下から突き上げられた星魔剣…が、私の腕を貫いていた、そして。
「『喰らえ』!!ロアァッッ!!」
「ッッッ!?!?!?」
ステュクスに向かって伸びていた死の魔力が奴の剣に吸い上げられる。まさか…私の腕に剣を刺す事で、直接魔力を吸い上げて────。
「バカな!もう動けないほどに衰弱していたはず!!」
「『俺は』……なッ!!」
「グッッ!?!?」
私のメメント・アヴローラを吸収し終えたステュクスを投げ飛ばす。動けないステュクスは地面を転がるが…私の腕には星魔剣が残っている。しかし星魔剣は一人でに動き私の腕から逃れ、ステュクスの手の中に戻っていく。
やられた、剣だ。剣が一人でに動いて私の腕を刺したのだ…そこが思考から外れていた。
「言ったろ…俺はさ、一人じゃねぇって……」
「ッ……今更立ち上がってどうする」
そして、星魔剣を杖に立ち上がるステュクスを鼻で笑う。確かに…私は今片腕を失った。大穴が開いた腕には力が入らない。健がやられたんだろう…だが今更変わらない。
片腕でも変わらない、なんせもうステュクスは動けない…それに対して私は。
「満身創痍の癖をして、これをなんとか出来ると?」
背後に燃え上がるのは致命の炎。歩いて…近くの剣を抜き、ステュクスに向ける。状況は殆ど変わっていない、むしろ悪化しているよ…ステュクス。
「出来るから…挑んでッ…ぶぐふぅ…!」
「あーあ、もう限界じゃん。立ってるのも無理なんじゃないの?」
ここに来るまでステュクスはあまりにも大きなダメージを負いすぎている。喋った途端、口からゴボゴボと血の滝を吐き再び膝をつき、魔力覚醒が解除されん。これでどうするというのか。
「そのまま、首を出していろ…今すぐ、終わらせてやる」
「…………俺…はッ…」
「ん?」
魔力ももう殆ど残ってない、体力もない、極・魔力覚醒発動以前に既に満身創痍だったんだ、その状態を気力一つで突き動かしてきた。そしてそれも今尽きた。終わりだろう…だというのに。
「俺は……懸ける!」
ガクガクと足を震わせ、みっともなく膝を開き、肩を揺らし、青色の吐息を吐きながらも剣を杖に立つ。コイツは一体いつまで立ち上がり続けるんだ、何度立ち上がったんだ、いい加減にしろ…一体なにがお前をそうさせて………。
「己の命と、友の献身、女王への忠義と…その心遣いに対する想い」
「お前は……」
「親愛なる姉、雄弁なる我が友。その全てに報いいるため…戦ってきた」
見える、もう死の寸前に立つ筈のステュクスの背を押す…無数の手が、この死に満ちた世界にあってステュクスを生に繋ぎ止める手が。なにより…なにより。
「故に誓う!これまでの全てと!我が師ヴェルト・エンキアンサスの尊厳と教えに!誓う……」
幽鬼の如く構えるステュクスの背に、奴の師匠の幻影が見える。死者が…生者の背中を押すというのか!!
「オフィーリア、お前は…何に懸けて戦う……」
「私ちゃんは……私は!最初から!レナトゥス様ただ一人のためにッッ!!」
「それっぽっちかァッッ!!オフィーリアァッッ!!」
魔力も体力も気力も尽きたステュクスを突き動かす死者達の手、そして生者達への想いを背に立ち上がり続けるステュクスが、血混じりの雄叫びを上げる。
バカな奴!バカな奴!バカな奴めッッ!!
「私の主人を侮辱する奴は!死に晒せ!」
「言ってんだろ!俺は!一人じゃない!!」
突っ込んでくるステュクスに対し、私も黒の剣を構え、最後の打ち合いに応じ───。
「我が友ッ!星魔剣よッッ!!」
一歩、踏み込んだステュクスは星魔剣を突き立て……叫ぶ。
「『喰らい尽くせ』!!」
それは、奴が見せた……最後の光、最後の……そして最大の、切り札だった。
この瞬間まで、これを……隠し持っていたのか。
──────────────────
バシレウスとの特訓で手に入れたものは…切り札である『ブラッドダインマジェスティ』。……だけじゃない、これは切り札とは呼べない、もう一つの手。
『ステュクスよオフィーリアに極・魔力覚醒を発動させたら…なるべく早く『メメント・アヴローラ』を発動させるようとにかく接近しろ、逃げ回るな。ここを凌ぎ切れば必ず奴はお前をメメント・アヴローラで殺そうとする筈じゃ』
シリウスはここに来るまでにそう語った、それは第二フェーズの内容。つまり相手の極・魔力覚醒の中で…オフィーリアの魔術を使わせる事。正直出来る気はしなかったがやるしかないと思った。
メメント・アヴローラの発動は必須だ。これは後に必要になるから…だが極・魔力覚醒の発動まで必要だとは思わなかった。
『極・魔力発動中でなければ…奴は手傷を負った時点で逃げの選択肢がチラつく。そうなったら逃げられる、だが極・魔力覚醒が発動中であったなら奴は逃げない。自身が絶対の有利だと思い込むからな……お前は、エリスを助ける以外にも、師匠の仇を討ちたいんじゃろ。ならきっちり決着をつけよ』
そう言われた、確かに……奴は絶対に最後の最後で逃げようとする。それを防ぐためにあえて有利な状況を作る…か。まぁ納得できる。
だが、俺に極・魔力覚醒をなんとか出来るとは思えない。例えメメント・アヴローラを発動させても……。
『そこは任せよ、バシレウスとの戦いで感覚は掴んだ。極・魔力覚醒はワシが必ずなんとかする…そうなったら、あとはお前がなんとかせよ』
そう…俺に言ってくれたんだ。そして今…その時がやってきた。メメント・アヴローラを発動させそれを星魔剣で吸い込んだ、ならあとは……オフィーリアを倒すだけだ。
そして俺は、シリウスに頼み……星魔剣の最大出力を放った、それは……。
「私の領域を斬ってる……!?」
「ッッゔぉぉおおおおおおおおおお!!!」
光り輝く星魔剣、それが空間を割いて…本来の景色を、闇の向こうの景色を取り戻させる、オフィーリアの極・魔力覚醒を斬っている、いや…喰っているんだ!!
『やったるわい!!星魔剣ディオスクロアの吸収能力の最大解放じゃ!!オーバーヒートなど知った事か!この千載一遇!全てを投入せんで如何にするか!!』
一気に吸い上げるように、カーペットを引っ張るようにオフィーリアの領域を吸い込む。魔力覚醒だって魔力だ、通常の魔力覚醒は肉体の中で完結しているから手出しできないが、極・魔力覚醒はその限りじゃない。
とはいえあまりにも膨大な量、星魔剣のキャパシティをオーバーする。当然星魔剣にも絶大な負荷がかかるし…何より。
「ぐっ…ぐぁああああああああ!!」
俺にも、来るんだ。反動が。腕の皮膚がビリビリと裂けて、服が弾け、何もかもが崩れそうになるのを。この行動は最初から星魔剣に想定されていた挙動じゃない、ただ可能と言うだけで事実上は不可能…だが、その不可能をただ一念、師への誓い一つで乗り越える。
死が満ちたこの世界すらも…切り裂いて、道を作る。俺の持つこの剣こそ…それを可能にする!!
そうさ、自慢させてもらうぜ…俺の盟友は……!
「死を穿つ星魔剣だッッ……!!」
「んなァッッ!?」
砕ける。星魔剣を強く突き込み捻り回せば黒い世界が破砕しガラガラと崩れ、オフィーリアの『ファムファタール・エラン・ヴィタール』が全て破壊され、無効化される。
魔力は全て、星魔剣が吸い込んだ…喰らい尽くしたんだ、けどその代わり…。
『ふぅー…ステュクス、やり切ったぞ、悪いが少しの間魔力吸収は一切出来ん…ワシのサポートも与えられん、故に…任せたぞ』
(ああ、ありがとよ…シリウス、いや…ロア)
極・魔力覚醒は潰した、オフィーリアの渾身の魔力を込めた覚醒が潰れ…今や奴は普通の状態に戻った。まぁそれでも強いには変わらない。
なにより、俺にはもう覚醒するだけの気力も魔力もありゃしねぇ……だが。
「ッ……私の、覚醒が……そんな、バカな!」
「ゼェ…ゼェ……オフィーリア、勝つのは…俺だッ……!」
「ぐっ…!」
剣を前に、出す。俺にはもう魔力が残ってねぇ…けど、最後だ。これが最後だ、最後の最後…!もう少しだけ付き合ってくれよ、俺の全てよ…!!
「魔剣……完全放出」
ギリギリと星魔剣を掴みながら、思い切り吸い込んだ魔力、その全てを解放し…開眼する。
「『魔統解放』!!」
全身から光が、魔力が溢れる。星魔剣に備えられた機能の一つ。内側に貯蔵された魔力を用いて数十秒だけ…魔力覚醒と同等の力を発揮させる荒技。それを使い、全身から魔力が噴き出し、俺に最後の時間を与える。
さぁ、締めるぜ……師匠の仇、取らせてもらう!!
「ッッなんなんだお前ぇぇぇっ!!」
「オフィーリアァッッ!!」
打ち込む、全身に残った全てを使い一気に突っ込みオフィーリアに剣を打ち込む。すかさずオフィーリアは捨ててあった処刑剣を拾い俺の一撃を受け止め火花が散る。だが…今度は押されない。持ち堪える…だが。
「私が!私が負けるかッ!!お前如きに!お前なんかにィッッッ!!」
「ッ…!?」
そこはオフィーリアだ、あちらも最後の力を使って押し返してくる。覚醒が潰されてもまだこれだけ体力が残ってのか!いや…だが!押し切れ!ここしかない!今だけが俺に残された唯一の時間なんだから!だからありったけを注ぎ込め!
「『ブラッドダインマジェスティ』!」
「な!?」
星魔剣から魔術を引き出し、全身の血を使って星魔剣にバシレウスのブラッドダインマジェスティを帯びさせる、放つのではない、刃に紅の血によって生み出された魔力を纏わせるんだ。更に…まだ乗せる!
「『火雷招』!!」
今度は師匠の鉄剣を叩きながら、放つ。姉貴の持つ火雷招を。鉄剣と姉貴の雷が融合し…今ここに生まれるのは赤白の光を帯びる鉄剣。その二つを打ち鳴らし…構える。
俺は弱いさ、お前にゃ勝てそうにないぜオフィーリア。本当に俺は弱い!
姉貴に守ってもらって、バシレウスに連れてきてもらって、ラセツさん達に助けてもらって、みんなに道を作ってもらって!シリウスに作戦を立ててもらって!師匠に背中を押してもらって!ようやくだ!
ようやく…俺は今、お前を追い詰めることができた。それだけの助力があってようやくなんだ、弱いだろ…俺は。
でも、一人じゃない。
「『火雷天剣魔王』……これが俺の全身全霊だ」
魔剣解放を行い、ブラッドダインマジェスティと火雷招をそれぞれの剣に纏わせ、赤黒のと赤白の光を両手に構える、こいつが俺の最強の姿さ。たった一人じゃどうやったってなれない姿さ!!だからこそ俺は一人じゃないのさ!だからこそ…俺は!
「俺は!!お前に勝つッ!」
「グッッ!?!?」
撃ち抜くように剣を振るい、オフィーリアを弾き飛ばす。今の剣から放たれる一撃はバシレウスの魔術と姉貴の古式魔術、両方を乗せた威力を発揮する。そのあまりの威力にオフィーリアは吹き飛ばされながら目を剥いて。
「なんなんだ、なんなんだお前!なんで私がこんな…こんな奴に!!」
「報いさ、オフィーリア!!お前が奪ってきた全てが!今お前を…追い詰めているんだ!!」
叩き込む、叩き込む、叩き込む、オフィーリアを追いかけ次々と赤と赤の剣を叩き込み続け、その都度爆発が起こり周囲の木々を押し退け、オフィーリアを押し飛ばしていく。
そうして、ヘベルの大穴の目の前までオフィーリアを押し返せた……やっと、やっとだよ。
「グッ…ぅぐぅうう……」
「ゼェ…ゼェ……」
師匠、見てるか…俺、あんたに教えもらった剣で、あんたに守ってもらった命で、ここまでやれたよ。
俺、不出来な弟子だからさ。そんなに強くなれなかったし、正直あんたには迷惑ばかりかけたと思ってる。最後まで情けない姿…見せたよな。
「何が報いだ…何がッッ!!ゴミムシの分際で上から吐かしてんじゃねぇよ!!テメェも早く死ねよォッ!!」
「ッッがぁあああああああ!!!」
今、オフィーリアに向けて走る一歩、また一歩は…あんたがくれたもんだ。あんたがいなけりゃ俺はここにいなかった…そうだ、ここにいなかったんだ。
ここに来るまでの冒険もなかった。そりゃこの冒険は信じられないくらい大変だったし何回も死にかけたし、ビビって逃げ出すことも沢山あったよ。
けどそれでも、来て良かったと思えるくらいには…楽しかった。全部全部、師匠がくれたもんだ。
「消えろッッステュクスッッ!!『エグゼキューション・ロンギヌス』ッッ!!」
「ッッ……!」
放たれる紅の槍。オフィーリアが処刑剣を思い切り振るい放たれる霧散魔力防壁の集合体が、何もかもを切り裂く最強の矛となって、圧倒的死となって迫り来る…だけど。
踏み込む、一歩を…師匠がくれたこの一歩を、踏み込むことを…俺は恐れない!!
「ゔぁぁあああああああああああ!!!!」
「バカなッッ!?!?」
踏み込みながら、体を傾け、肩に槍が触れ、削り飛ばされ、抉り取られても止まらないこの足は…オフィーリアの目の前まで迫り───。
全部全部師匠がくれたもんだから、俺は捧ぐよ…この成長、この冒険の果て。
だから…だから、見ててくれ…今俺は。
「ッな、や…やめッ……!」
「絶神の型…!」
あんた(師匠)を超えるよッッ……!!
「『桜花繚乱・満天星』ッッ!!」
「なァッ!?」
刹那、オフィーリアとのすれ違い様に放たれた二つの斬撃は、流星群と花吹雪の如く乱れ飛び、交錯し、無数の光が敵を斬る。幾多幾千幾星霜…燃え上がる執念と信念が作り出す、斬撃の波濤が乱れ飛ぶ。
師匠の編み出した最強奥義、絶神の型・刃千武裂を…更に発展させた俺の到達点だ。いくらオフィーリアでも…受けきれない!
「ぎゃあああ………!」
事実俺の斬撃の応酬を受け、オフィーリアは全身から血を吹き、白目を剥いて吹き飛んでいく。師匠…見てたか。あんたの教えた技が…あんたの育てた弟子が今、世界最強に届いたぜ……!
「ふぅ…う…うぅ……」
そして、同時に魔統解放の力も、姉貴とバシレウスの魔術も消え…俺を支える力がなくなり、俺は膝を突き息を吐く。無理をし過ぎた…もう限界だ、でも…オフィーリアは。
「グッ!?ガァッ!?」
無数の斬撃に切り裂かれ、全身血まみれになったオフィーリアは地面を転がり、そしてそのままヘベルの大穴の縁までゴロゴロと滑り……。
「うっ、あっ…あぁ!や、やだやだ!」
落ちる寸前になって、必死に片手で地面を掴み、体が大穴の淵に吊るされることになる。今奴の体を支えているのは片手だけ、もう片方の手には星魔剣が開いた穴がある…そっちの手は使えない。
「いくら…お前でも、その傷じゃ…下に落ちりゃ助からないだろうな…」
「うぅううううう!」
必死に這いあがろうとするが、俺の与えたダメージは深刻なようで、あちこちから血を流し、頭からもダクダクと血を流し、奴に這い上がる為の体力を奪う…お前に魔力も殆ど残ってない、これはもう…助からないだろうな。
「ッやだ、落ちたくない…やだ!やだやだ死にたくない!!」
「なに…今更ンな事言ってんだ…馬鹿野郎が」
ガリガリと爪を立てて必死に落ちまいと抵抗するオフィーリアは、涙を流しながらそんなことを言うんだ。それを聞いて呆然とするよ…なに言ってんだ、こいつは。
「…テメェ、一体何人殺してきたんだよ、死にたくない奴を何人……」
「……………」
すると、オフィーリアは最早自分の力だけでは助からないと悟ったのか。潤んだ瞳で…こっちを見て。
「……助けて」
「ッッ……」
そう言うんだ。助けてくれ……と。
「バカな…事言って、バカな事言ってんじゃねぇよ!!アホかお前は!!」
「……助けて、反省する。今までの事全部謝罪する……だから、だから助けて!!」
「ふざけんな!こっちは師匠殺されてんだぞ!テメェが!今まで俺達になにしたか!!」
「反省するから!謝るから!なんでもする!どんなことだってする!あなたが望むならなんだって!!」
身が震える、やめろよ…そんなこと言うなよ。潔く散ってくれよ…なにも言わずに消えてくれよ…。なんで今更になってそんなこと言うんだよ。
「遅いんだよ…全部!」
「お願い!お願い!私死にたくない!死にたくないよォッ!!こんな…こんな意味のないところで死にたくない!!」
「意味のない…ところだとッ……!」
「そうだ!寂しいなら!私ちゃんが貴方の寂しさを埋めてあげられる!ねぇ!一生貴方を支えてあげる!だから……」
ガックリと項垂れ、悔しさで涙が出る。俺はこんな女を今まで恨んで…こんなところまで追いかけて、こんなになるまで戦って…追い詰めたってのかよ…。
こんな奴に…師匠は殺されたのかよ……。
「もう、なにも聞きたくない……勝手に消えてろ…」
「やめて!行かないで!!」
剣を杖に立ち上がり、俺は背を向ける…するとオフィーリアは泣きじゃくり始め…。
「私は!私はレナトゥス様とまだ一緒にいたいのぉ!あの人の果てを!見届けたいのォッ!!それまで…死にたくないよォッ!!」
「ッ……」
足が止まる…奴もまた、誰かへの忠義のために戦っていたことが…伝わってしまったから。
けどあんな奴生かしておけない!だって師匠を殺して……師匠を、殺して──。
『ステュクス、お前の剣は…人を殺す剣じゃねぇ。誰かを守る剣だ、そうだろ?』
だから無闇に殺すな……そんな師匠の言葉が耳に蘇り───。
「あ、あぁ!落ちるッッ!!」
「ッ……クソがぁああああああああ!!」
瞬間、振り返り、片手に握った星魔剣を捨て、俺は飛びつくようにオフィーリアの手を取る。落ちそうになるオフィーリアの手を握り…ギリギリのところで助ける、助けてしまう。クソ…クソォ!!師匠!俺…俺どこまで行っても…あんたの弟子だ。
殺せない、無闇に殺せない。殺せないよ………!
「す、ステュクス……貴方…」
「ッ…うるさい」
「あ、ああ…ありがとう、ありがとう……本当に……本当に」
オフィーリアは俺の手をギュッと握り、涙を流し、そして……。
「バカでいてくれてありがとう」
チロリと舌を出しながら笑い…、その握った手に魔力を流し。
「『メメント・アヴローラ』……ッ!」
どす黒く燃えるように、オフィーリアの体から魔力が噴き出す。最後の最後まで、誰かを騙し、陥れ、誑かす事でしか生きれぬオフィーリアは…その最後の魔力を殺しに使う。
その黒い瘴気がオフィーリアの腕を伝って俺に……。
「俺の方こそ、ありがとう」
「え……」
瞬間、光芒が俺とオフィーリアの間に走る。銀の閃光がオフィーリアの腕を過ぎる。もう片方の手に握られた…師匠の剣が、血を払う。
「最後までクズでいてくれて…」
「あ……ああ!」
切り裂いた、俺はオフィーリアの腕を。二の腕から真っ二つにし…オフィーリアの死の魔力は俺に届く事なく、己を支える唯一の手を失い、オフィーリアは…闇へと落ちていく。
分かっていた、こうなる事は…いや、分かってなかったかもしれない、分からない…分からないけど、それでも俺は…アイツに手を伸ばすしかなかった。
そして、アイツもこうするしかなかった…ただそれだけだ。
「あぁ、ああぁああああ!いやぁあああああああああ!!!」
奈落へと落ちていくオフィーリアは切断された腕から溢れ、行き先のなくなった死の魔力に逆に包まれ、悲鳴を上げながら落ちていき…ヘベルの大穴の奈落へと消えていく……。
『バカな女じゃ、即死魔術は何かを殺さぬ限り消費されぬ毒のようなもの。射出口である腕を失い…逆に己が即死魔術に絡め取られ自滅し死んだようじゃ、ありゃあ地面に落ちる前に死んだのう』
「………」
『あの最後の魔術分の魔力があれば、最悪落ちても一命を取り留めるだけの受け身が取れたやもしれぬのに。全く因果なことじゃ』
「…………かもな」
俺はその場に座り込み、師匠の剣についた血を拭う。終わった、胸糞は悪い形だが…終わった。終わったんだな…俺の冒険も。
『傷心か?安心せえあれは自業自得の自滅じゃ、お前は悪くない』
「別に…」
『なら姉のことか?なら問題はない。お前が即死魔術を吸収した以上、術の解除はお前にも可能…それは最初から考えておった事じゃろう』
まぁな、最初からオフィーリアをに術を解除させようなんて考えてない。ここに至った時点でそれは不可能だと考えていた。だからこそ俺は奴からメメント・アヴローラを吸収する必要があった、俺が吸収すれば…俺もまた即死魔術を扱えるからな。
だから姉貴は助けられる、メメント・アヴローラの発動という難関をクリアした時点でな。だから今気にしてるのはそこじゃない。
「そう言う話が聞きたいんじゃない……なぁシリウス。命ってのは…なんなんだ、あんなクズでも奪えちまう、こんな脆い物の上に立って、俺たちは生きてるのか?」
『そうじゃのう……』
俺は星魔剣に問いかける、命を持たぬ者に問いかける。命とはなんなのか、生きて、死んで、誰かの死を見て、誰かのために死んで、そして誰かが生きていく。命とはそういうものなのか?俺は分からなくなってしまった。
ここに来るまで何人も死んだ、そしてその終着点にいたアイツも死んだ、俺だけが…生き残った。この旅にはあまりにも多くの命と死が伴った、だが結局俺はその答えを見つけられなかった。
なら一体、命って……。
『命とは、権利じゃ』
「権利?」
「そうじゃ、今を変え、未来を変え、紡いでいく。その権利を…なんの因果か受け取ったのがお前であり、かつてのワシであり、そして今までに散っていった者達じゃ。この権利を持つ限り、お前には今を変える権利がある」
「今を変える……か、なにか変えられたのかな」
『それを知るためにもまた、生きねばならん。それを知るのもまた、権利のいる話じゃ』
「そっか……」
俺は、色んな人たちからその権利を預かっただけなのかもしれないな。ティア、トリンキュローさん、親父…お袋、そして……師匠。俺、今を生きるよ、みんなに背中を押されて、姉貴と一緒にさ。
「……よし、行くか」
『む?帰るのか?』
「バカ言え、義理がある。バシレウス達の戦いを…最後まで見届け、助ける」
『ほう、ええじゃろう。出涸らしのお前になにができるか見届けてやる』
俺は立ち上がり、再びヘベルの大穴の奈落の前に立つ。まだバシレウスが中で戦ってる、なら…最後まで見届けないとな。ちょっと休憩したし…好き勝手させてもらったし、最後くらい付き合わないと。
「ッと、その前に……」
『お?なんじゃ?』
「これから忙しくなるだろうし、先に聞いとくよ…なぁシリウス。お前さ、やっぱりいい奴だよな」
『ぬはは!どうした急に』
シリウスに目を向ける。こいつは俺と一緒に最後まで戦ってくれた、オフィーリアとの戦いで挫けそうになっても折れなかったのはコイツがそばにいて、そして戦ってくれたから。コイツはいい奴だ、ロアと呼ばれていた頃からなにも変わっていない…俺の盟友だ。
「やっぱり俺、コルロ達が蘇らせようとしている開くの化身みたいなシリウスとお前が同じ人物には思えない。お前は自分であり自分じゃないと言っていたが…つまりどういう事なんだ?」
『ふむ……』
そこが気になったから、休憩がてら聞いておく。するとシリウスは少し悩み……。
『そうじゃのう、強いて言うなればワシは魔女達の師匠としてのシリウス…と言おうか。狂い果て世の破滅を望む前の…『アレ』に成り果てる前の元来のシリウスよ』
「元来、っていうとやっぱりコルロが復活させようとしているのは…」
『いやアレもまたある意味ではシリウスよ、少なくとも現代でシリウスと言えばあちらを指す』
「なら、その違いはなんだ?」
『お前になら伝えても良いじゃろう。どうせワシがこのような意識を持っているのも…何かの間違いなんじゃ、いつあちらと同じになるとも分からぬしな……良いか、よく聞け。世の破滅を望んでいるシリウス、奴の本来の呼び名は─────』
そうしてシリウスは過去になにがあったかを俺に語ってくれた。色々と、なんだかよく分からない出来事や単語がたくさん飛び出してきたが…でも、それを総合すると…。
「なんだそりゃ……そんな事、あり得るのかよ」
ただ、絶句するしかない話だった。俺の理解と常識を超えた地点にある話。その話がマジならシリウスは二人いることになる。本来生まれた人であるシリウスと……。
人の歴史が生んだ、災厄の悪魔であるシリウス。二人ともシリウスであって明確に違う点がある。コルロが蘇らせようとしてるのはこっちだ、やばい方だ。
って言うかこれがマジなら、コルロの新人類を作るって目的そのものが瓦解してるんじゃないか?だって……アイツが蘇らせようとしてる方、人間じゃないぞ、比喩でもなんでもなく。本当に人間じゃない……。




