760.星魔剣とそして全てが走る時
「焉魔四眷の気配が消えた……バカな、早すぎる…」
機器の操作をやめて、私は階下より感じていた焉魔四眷の気配が消えている事に気がつき歯噛みする。
全滅は想定内だ、だがいくらなんでも早すぎる。あれら全てそれなをの調整はしていたのに……。
(まずい、今ここに敵が集中するのは非常にまずい……!)
クユーサーは未だ健在、されど奴は上の守りには上げられない、ならオフィーリアは?いやオフィーリアはどこだ?塔の中から気配を感じない。まさか逃げたのか!?このタイミングで!?なにしに来たんだあいつ!?
「くそッ……」
チラリと魔道具を見る、マヤの魂の吹き出しにはまだ時間がかかる、あと残り凡そ三十分…長い、長過ぎる。高々三十分そこらで焉魔四眷が全滅するのも想定外だ…どうする、どう凌ぐ。
(私が出て戦うか?いや…無意味だ、今の私では敵の戦力全てを食い止められない。なら私のコピー…ダフニア・プーレックスシリーズを投入?いやバカなこと考えるな、ダフニアは全てシリウスの器になる物なんだぞ…それをここで消費したら本末転倒、手段と目的を逆転させるな……いや)
待てよ、と考える…逆転…逆転か。
「逆転の発想…そうだ。抜き出しにかかる時間まで耐えるのではなく、抜き出しにかかる時間を短縮すれば良いんだ」
私はコートを脱ぎ捨て、操作用の魔道具を捨て…壁際のスイッチを押す。するとそこには大切に保管されているシリウスの血とガオケレナの種子、そしてユリウスの血結晶が置いてある。
それらを全て乱雑に手に取り…。
「あぁぐ……」
放り込む、口の中に放り込む、ペンダントを、種を、ゴクゴクと飲み込んでいく。嘔吐感を無視し最後にシリウスの血を飲み干したその時だった。
「うぅグッ!?がぁっ…!!」
シリウスの血を飲み干した瞬間、内臓が爛れる感触が腹部からしたんだ。まるで濃硫酸を飲み込んだようだ!ただ血を飲んだだけでこれか!!いいぞ!流石はシリウスだ!最強の力だ!是非その力が欲しい!!
「グフッ…ハハハッ、後は…あとはお前だけだ、マヤ!!」
床を殴って地面に接続されている魔力パイプを露出させ、それを掴む。これは吸い出したマヤの魂を運ぶための物、マヤの魂吸引装置にそのまま繋がっている物。それに直接手を突っ込み…一気に魔力を解放。そのまま魔力によってマヤの魂を直接掴み出す。
「来い…来い!マヤ…マヤァッ…!」
口の端から血が漏れる、内臓が溶け始めている。マヤの魂が来るのが先か私が死ぬのが先か。いいやマヤの方が先だ、シリウスの血を飲んだのは僅かでもその力を物にする為、魂に干渉するだけの魔力を手に入れる為。
シリウスの血から発せられる魔力を手にした私なら…行ける、行ける…行ける!!
……………………………………………………
「あ…ぁー……クソ。血…止まんねー……」
天井を見上げる、胸に刻まれた血は俺の命を奪うに値する程の物だ。血が止まらない、意識が冷えていくのが分かる、これはやばい。
……俺は、オフィーリアと戦った。戦って普通に敵わず敗北し胸に一太刀食らって、このザマだ。まさかあんなに強いとは……マジで計り知れない強さだった。
(嗚呼…結局、こうなるのかよ…)
ここまで頑張ってきた、バシレウス達に助けられてここまで来れた、けど所詮…強いのはバシレウスであって俺じゃない。快進撃を続けるバシレウスと一緒にいて強いと誤認でもしたか…。
バカだよ…俺は。
(オフィーリアはもう、逃げたか…追いかけたいのに、体が動かねぇ……)
情けない事に体が動かない、血が流れすぎた、骨も折れてる、オフィーリアは逃げた…もう北部から離れるようだ………あーあ。
(ダメだったか)
そんな思考が、まるでナイフのように…俺の胸に突き刺さった。ダメだった、ダメだったか…ってさ……。
そんなの…そんなの……ッ!
「いいわげ…ねぇえ…ッ!」
ボロボロと涙が流れ、震える手で地面を引っ掻く、ダメでしたで終わっていい訳がねぇ!いい訳がねぇんだよ!!俺は一体!ここに来るまでにどれだけの人の助けを借りた!どれだけの人が俺に意思を託した!!
その全てを背負って!戦って!勝たなきゃダメなんじゃねぇのかよ!!!
(諦めきれねぇ…!諦めきれねぇ!!)
俺が死んだら、姉貴も死ぬ…死ぬんだぞ人が!大切な人が!家族が!お前それでいいのかよステュクス!!親父もお袋も!目の前で死んでんだろうが!!お前その時何かしたか!?してねぇだろ!出来なかったからだ!!
あの時のままか!俺はあの時のままか!!なにも変わってねぇのかよ!!!家族が死んで!トリキュローさんが死んで!ティアが死んで!姉貴が死んで……俺も死ぬかよ。こんな残酷な話があるかよ!!
(残される人間の気持ちはどうなる…立てよ、立てよ俺…死んじゃいけねぇだろお前はまだ!!)
俺が死んだらバシレウスはどう思う、ラグナさんはどうする、カリナは?ウォルターは、レギナだっている!みんな待ってる!姉貴を助けて…みんなと一緒に生きる未来を守るんじゃねぇのかよ……俺は…!
「ッッ嫌だ!死にたくねェッ!!!」
血混じりの叫び声を上げる、死ねない…まだ死ねない!死んだら…誰も死なせないって誓いを守れない!!俺が死んだら誰も死なせないことの意味がない!!
「ッ負けたく…ねぇぇ……!」
拳を作って、力無く地面を叩いて、悔しさを吐露する。負けたくない、あんなクズに負けたくない、最悪の人間に負けたくない。あんな奴に…あんな奴にィ……!!
「俺は……俺はぁ……あ、ねきぃ……」
天井に手を伸ばす、まだ…まだ俺は、姉貴を助けてない…まだ……まだ、死ねないん……だ。
「…………………」
視界が…闇に染まり、伸ばした手が…グッタリと落ちる。
俺はまだ…まだ、死ねない…………。
……………………………………
「ハッ!?え!?あれ!?」
ふと、気がつくと…俺は闇の中に浮かんでいた。真っ暗な空間で…浮いていた。さっきまで死にかけて体が動かなかったのに、今は動く。慌てて胸を触ると傷がない……でも治ったって感じじゃない。
そもそもここどこだ……いや、もしかしたら。
(ここは……死後の世界…?)
暗黒が視界を満たす、体が浮かび上がり、俺は星のない夜空を漂う。何が起きたのか分からないが、漠然とした予測は立つ。
(俺は死んだのか…!?)
それを自覚すれば、燃え上がるような怒りが湧いてくる。ここまで来て…ここまで来て俺は死んだのかよ!折角ヴェルト師匠の仇を!オフィーリアを見つけ!戦いを挑んで…姉貴を助けられると思ってたのに!
負けたってのかよ!俺は…こんな、こんなところでッッ!!
(守りたいと思えた奴を…守れた時こそ、本当に強くなれた瞬間…か)
師匠の言葉を思い出す。俺は弱いからティアを失った、弱いから師匠を失った、そして今………俺は姉貴という存在を失い、ついでに俺自身の命も失おうとしている。
負けられねぇのに、死んでも負けちゃいけないのに、弱いから…負けたのかよ、俺。
(情けねぇ……)
あまりの情けなさに涙が噴き出る。クソ悔しい……こんなのって無いだろ。ここまで来て、ここまで……来て。
「泣くでないわ、情けない」
「ッ……」
暗黒の海に、声が響く。俺以外の声が響く…誰かいるのか?そんなことを聞くまでもない、この声は。
「ロア……?」
ロアだ、星魔剣ディオスクロアの中にいる存在の声だ。なんでロアの声が?と疑問に思うよりも前に、……答えが返ってくる。
「違うのう、ステュクス。ロアというのは世を忍ぶ仮の名前…ワシの本当の名前は」
光が集う、白色の光が目の前に柱のように屹立し…収束すると共にそれは人の形を生み出し、俺の前に一人の女が……現れる。なんか…どこかで見た顔だ。
そうだ、似ているんだ。ロアの声をしたこの女は…コルロに。
「我が名はシリウス、原初の魔女シリウスよ」
「シリウス…って、それって!!」
姉貴達の言ってた…八千年前に人類を滅ぼそうとしたって言う最悪の存在!?コルロが蘇らせようとしてるん存在!?咄嗟に体を動かし構えを取ろうとするが、体が上手く動かない。その間にロアは…いや、シリウスは……。
「情けないのうステュクス。ワシはお前に期待しておったのに…こんなところであっさり負けよって」
「……ッ、言い返す言葉もない…」
「じゃがまぁ実際仕方ないと言えば仕方ない。実力差はあったし、格が違ったと言えば違ったんじゃ」
シリウスという通り、オフィーリアは俺の想像を絶する程に強かった。師匠はあんなのと戦い、バシレウスはあんなのと戦い、撃退したのか…って思ってしまうくらいにはオフィーリアは強かった。
あれは人型の怪物だ。天地がひっくり返っても俺じゃ勝てそうにない。
「挙句、師匠の仇は討てん。友達の期待には応えられず終い…全くもって期待外れじゃ!」
「悪かったな…ってか今更何しに来たよ、正体なんか表して…俺を笑いたいのか?」
「………フッ、そうじゃのう」
するとシリウスは空中を椅子のように扱いその場で胡座をかいて浮かび上がり…。
「ワシとて血の通った人間よ、あ!剣じゃないぞ?ワシは本当は人間なのじゃ」
「…………」
「そんなワシとてお前と今まで共に旅をして…何も思わないということはない。お前と戦ってきたわけじゃし?ここで負けて終わり〜ってのはワシもなーんか釈然とせん」
「だから、何が言いたい…!」
すると、シリウスはグッと俺に顔を近づけ…ズラリと並ぶ白い歯を見せ。
「ワシが力を貸してやる、ステュクス。ワシの弟子に…原初の魔女の弟子になれ!」
「は?」
「そうすれば、オフィーリアを倒せるだけの…仇を討てるだけの力を授けてやろうぞ」
そう言って、こいつは笑ったんだ─────。
「弟子?」
「そう、お前そう言うところにあんまりこだわりなかったよな。カルウェナンに修行つけてくれって頼み込んでたし、バシレウスに特訓つけてもらってたし」
「まぁなんなにも無いわけじゃないが、現状そうも言ってられないってもあるからさ…早く強くならなきゃだし」
「じゃろ?ならワシの弟子にならんか?」
そう言うんだ。弟子になれって…マジで言ってんのか?弟子って…いやいやなんで?と言うか状況が飲み込めん…まず整理させてくれ。
「あ、あの…ロア?」
「シリウスさんと呼べ」
「じゃあシリウス、いくつか聞かせて欲しい。俺は死んだのか?」
「心肺停止しておるのう」
「それは死んでるって言うんじゃないかな…」
「ぬはは!死んではおらん、まだ魂が抜けておらんからな、ワシが食い止めておる。じゃがまぁそれも時間問題、そのうち本当に死ぬのう」
「じゃあまだ後戻りが効くんだな?」
「おうよそうさ」
俺はその場で胡座をかけばプカプカと浮かび上がる。なるほど、まだ死んではいないと、え?じゃあこの星のない夜の空みたいな場所はどこなんだ?真っ暗だし…なにも見えないし。
「で?ワシの弟子になるか?」
「……なぁ、分からないんだけどさ…お前なんだって今までロアって名前を名乗ってたんだ?普通にシリウスって名乗ればよかったよな、つーかそもそもなんで剣からお前の声がしたんだ?」
「質問が多い奴じゃのう、名前を名乗らなかったのはお前が口を滑らせたらえらい事になるからじゃ、エリスにバレたらあの剣真っ二つに折られるわ」
まぁそりゃそうか、ロアと初めて会話した時はまだ喧嘩中だったしな。姉貴とシリウスは敵対関係にあるみたいだし?
「……シリウスってさ、姉貴達と戦った奴だよな」
「そうじゃのう」
「姉貴の敵なのか?」
「ワシに敵はおらん」
「そう言う話じゃねぇんだが……まぁいいや。でなんだっけ?弟子にするって話だっけ。俺を助けてくれるのか?」
「ああ、助けるとも。ここで負けられても寝覚めが悪いわい、じゃがお前はこのまま起き上がってもなにも変わらんぞ?オフィーリアはお前の十倍くらい強い。じゃがワシの弟子になれば…お前は変われる!」
シリウスがみるみるうちに巨大化していく。俺を前に巨人のように巨大化し夜闇に緑の炎が灯り俺を囲む。弟子になれば…変われるか。
「本当にか?」
そう俺が疑問の言葉を浮かべるとシリウスは胸を張りながらえへんと威張り。
「ワシは魔女を鍛えていた実績がある!ワシにかかればお前も魔女くらい強くなれるわい!」
「俺…魔女ほど才能とかないぜ」
「関係ないわい、ワシがやると言ったらそうなるのじゃ」
おおーすげぇエゴ……。
「で…どうする、ステュクス…ワシの弟子になれば、無限の力を与えよう。オフィーリアなど軽く蹴散らす力をな、ワシの手にかかればこの世に敵などおらん……どうじゃ?ワシの手を取らんか?」
「…………」
シリウスはその巨大な手を俺に向け、広げる。シリウスの弟子になれば…か、でもシリウスはヤバい奴なんだよな?世界を壊そうとした奴で、でも同時にこいつの強さは保証されてる。嘘か本当か分からないが魔女を育てたこともあるらしい…荒唐無稽な話だがな。
俺に死なれると面白くないから…ただそれだけの理由で、か。
「引き受けろ、ステュクス…弟子になれ、ステュクス」
「…………そうだな」
このまま戦っても、立ち上がって、オフィーリアは勝てないもんな。うん、それに……。
「分かったよシリウス、俺…お前の弟子になる」
「おぉ……」
ニタリと笑うシリウスに、答えるように俺も歯をニッと見せて笑顔を浮かべ…そして。
「なんて、言うわけねぇだろ?」
「は?」
「いやそもそもなんで俺が手前の持ってる剣の弟子にならにゃいかんのだ」
「は!?」
「師匠が言ってた、剣に振るわれるな、剣を振るえってな。だから弟子にはならん、剣の弟子になんぞなってたまるか」
腕を組んでお断りする。そもそも剣に弟子入りしてるやつなんか聞いたことあるか?俺はない、ないのでしない、以上!この話終わり!そう俺がキッパリ答えるとシリウスは目を丸くして。
「お前、なにを言うとるんじゃ。ワシは剣じゃない、シリウスじゃ、魔女シリウス」
「シリウス、コルロが蘇らせようとしてるやつだよな」
「ああ…ああなるほど、ワシが敵の本丸であるから、その手は取れんと言うんじゃな?ワシが世界を破滅させようとした存在だから協力はせんと、そう言いたいんじゃな?状況の分かっておらん奴じゃな…その軽率な言葉がどんな意味を持つか分からんか」
シリウスは更に炎を強く燃え上がらせる爪を鋭く尖らせ牙を剥き俺に迫る、けど…怖くない、と言うかそもそも。
「違う、お前の立場なんて知らん」
俺は別にシリウスがコルロが復活させようとしてるやつだから断ってるわけではない。姉貴達と敵対してるのはあるかもしれないがそれは姉貴達の関係だ、それで断るなら俺はバシレウスとも手を切ってる。
「じゃあなんじゃ!ワシが八千年前の大いなる厄災だと理解しておるんじゃろ!!」
「いや知らないよ…っていうか八千年前の出来事を今に持ち出すなよ。昔の人がどれだけ死のうが…悪いがこれには関係ない、ましてや八千年も前だろ?おじいちゃんも生まれてないぜ」
「だったら何故じゃ…?」
まだ分からないのか?簡単なことじゃないか…。俺はシリウスと向き合いながらその胸に指を当て。
「そりゃあ決まってる、俺にとってお前はロアだからだ。お前は俺の師匠じゃない、昔大勢の人を殺した奴でもない、姉貴の敵でも魔女の敵でもコルロの目的でもない。ここに至るまでずっと俺と一緒に旅をしてきた仲間であり、友人であり、相棒のロアだからだ!!」
「だから、ワシはロアではないと……」
「結局、見方なんだろ。姉貴から見れば敵、コルロから見れば救いの女神、お前からすりゃ恐ろしい存在、でも俺からすれば…そうだってだけさ」
「……分からん奴じゃな」
「ならもっと簡単にいうぜ、ロア…俺はお前と友達でいたい、師弟なんて言う関係で居たくない。いつもみたいにお前がドライなこと言って、変なことで話し合って、時に協力して…そう言う関係でいたいから、俺はお前の弟子にならねのさ」
師弟関係ってのは特別な間柄だ、尊敬し合い、尊重し合い、切磋琢磨する関係だ。そんな生真面目な関係俺とロアには相応しくない、そうだろ?
例え全ての人間がこいつを恐ろしいシリウスだと呼んでも、俺はこいつをロアと呼ぶ。今まで一緒に戦い協力してきた相棒だと呼ぶ。そこに変わりはない。
「……………」
ロアは黙り込む、なにを考えているのかは分からない。けど……そろそろやめにしよう。
「だからロア、そう言う試すようなことは言わなくてもいい。俺はもう負けない、折れないし泣かない…諦めない。だから…俺を起こしてくれ」
「……気がついておったのか、ワシがお前を試していると」
「そりゃあ気がつくだろ、ずっと一緒にやってきたんだから」
ロアは俺を試していた、オフィーリアに勝てないからと全てを諦めロアを頼っていたら、或いはロアは応じていたかもしれないが…少なくとも前みたいな関係には戻れなかったし、或いはこいつは俺から興味を失っていた。
試していたんだよ、俺の覚悟を…まだ折れていないかの確認をしていた。だから弟子になれと迫ったのだ。
「まさかこのワシが…上回られるとはのう。それも我が弟子でも、弟子の弟子でもなく、こんな馬の骨に」
そう言ってロアは笑みを浮かべ、周囲の炎が消え去り…まるで、世界は光を取り戻すように。夜闇に星星の光が浮かび上がる。まるで俺は満天の星の下、巨大な湖の上に立つような感覚を味わう。
同時にシリウスは星を写す湖面に立ち。俺の前で腕を組む。
「すまなかったのうステュクス、確かにワシはお前を試した。まだ立つ覚悟が、お前に戦う覚悟があるかを試した。残念ながらワシにお前を強くする事はできん…それだけの力もなにもないからのう」
「なんだ、そこは冗談かよ。奥の手の当てにしてたのに」
「ぬははは!どうせ頼らなかったくせしてなにを言うか!」
「まぁな!」
笑い合う、いつものように気安く話をする。こうやって話していると…本当にこいつがロアなんだって思えるよ…けど、不思議だな。
「にしても俺、お前が悪い奴だと思えねぇんだけど」
「ん?悪い奴じゃぞ」
「でも…お前は世界を破滅させようとしてるんだろ?コルロが復活させようとしてるんだろ?そういう奴には見えないんだよな」
「…………」
そう俺が言うと、シリウスはなにやら難しい顔をして腕を組み考え込み……。
「なんと説明して良いやら、エリス達が戦ったワシやコルロが蘇らせようとしているワシは…ワシであってワシではない」
「え?別人?」
「ワシではある、だが…ワシではない。ワシは本来自我が芽生えないはずの極小量の血液の中に偶然生まれ、変貌する以前の人格を取り戻しているに過ぎん…そして、コルロが復活させようとしているのは厄災たるワシよ。どちらもワシじゃが、ワシではない」
「変貌…?どう言う意味だよ」
「詳しい説明なんかしても分からんじゃろお前は、これを理解したくばきちんと魔術の勉強をしてからにせよ。じゃが…うーん、例えるなら蝋燭の関係に似ておるな。蝋燭とはなにを指して蝋燭と呼ぶ?蝋の塊を蝋燭と呼ぶか、或いは火の方を蝋燭と呼ぶか。火のついていない蝋燭は蝋の塊に過ぎん、じゃが火はなにを着火剤にしても名称は変わらず火であり蝋燭にはならんじゃろ?」
「あー!分からん分からん!ともあれなんかあって悪い奴になったでいいのか?」
「いや悪いは悪いぞ昔から、ディオスクロア大学園で暴れすぎて退学になったし」
そこは変わらないのか、まぁこいつ…前から結構アレなこと言ってたし、普通にいい奴ではないよな。ともあれコルロが復活させようとしてるシリウスとは違うらしい。
ならそれでいい、俺にとってこいつはロアだ。
「ともかくそれならそれでいいよ、お前はシリウスじゃなくてロアだ」
「ぬはは、ワシはお前の真理を無視するところが意外に好きじゃぞ!だからこそ試した!お前がワシに縋る程に心が折れているならば、ワシはここでお前を見捨てておったわ!そんな奴どうせ立ち上がってもまた死ぬ!ワシは無駄な事は嫌いじゃ!心の折れた雑魚ならば立ち上がらんほうが身のためじゃ!ぬはははは!」
う…まぁ確かないい奴ではなさそうだ。人のこと死ぬならば死ねとか…前からそう言う奴ではあったけど、なんとなく分かってしまったかもしれない。こいつが危険な奴だと言われる所以が。
シリウスには無いのだ、人が死を厭う理由、殺しを厭う理由、即ち倫理と道徳が。それ以上に自身の考えやルールを大切にする。まさしくバシレウスと同じタイプの人間だ。
世の中、選ばれた奴ってのはこう言う奴ばかりなのかもな。
「じゃがお前は選んだ、自分で勝つことを。未だ折れず戦うことを…故にステュクス。ワシはお前に一つ知恵を授けるぞ」
「知恵?」
「ああ、原初の魔女シリウスの叡智じゃ、授かろうとしても授かれんぞ?昔なんか諸国の王が頭を垂れて懇願してきたほどのものじゃ、まぁ断ったが」
「お前いつも俺に色々教えてくれてるじゃん」
「そうじゃが、よく聞けステュクス。最早この段階にあって実力云々は重要な要素では無い。そりゃあ強い方が有利なのはそうじゃが、それ以上に大局を定める場面において…重要なのは」
「信念、心とか言わないよな」
俺がそう言うとシリウスはグーを作ってポカリと俺の頭を叩き。
「阿呆、信念なき者はそもそも大局の場に居合わせることも出来ん。それは実力と同じくらいの前提条件。話を聞かんか最後まで」
「ご、ごめん」
「ええか、重要なのは……」
ドンっ!とシリウスは俺の胸を軽く小突くと、目を尖らせ俺の顔を覗き込む。
「下品になることじゃ!」
「げ、下品?」
「そうとも、お上品にお高く止まっておらんか?綺麗事を優先して本質を見失っておらんか?実力や信念で勝負がつかん以上、やり方は選んではいかんぞ」
「嫌だよそんなの、手段を選ばないってことだろ、それは俺の信念に反す──」
「阿呆きちんと聞け」
今度は鼻っ面を殴られた、だんだん容赦無くなってきてるなぁ。次は普通に殺されるんじゃ無いか…?でもつまりは下品になるとはそう言うことだろ、上品に戦うタイプでは無いけどさ、あんまり下品なのはなぁ…。
「つまりじゃ!我慢するなと言うておるんじゃ!」
「我慢?」
「そうじゃ!手前の胸の内にある物!全部曝け出して叫べ!みっともなくとも口にしろ!生きたい、死にたく無い、上等じゃ!負けたく無い!勝ちたい!最高じゃ!執着、固執、責任、使命、誇り、恨み…全部全部お前の心を形作る物じゃ、それを否定するな」
口に出す、つまり…上品に大人ぶって口に出さず、下品に子供のように叫び散らして戦えってことか……。
まぁそれは分かった、けどこれはアドバイスだよな?そんなので本当にオフィーリアと戦えるのか、俺がそんな疑問の視線を向けるとシリウスはニタリと笑い続け、腕を組みながら宙に浮かび。
「そも、魔術の詠唱は何故あると思う。それは自己主張の為である、世界に我ありと示し、世界に己の意思を反映する祈りの一種、口に出して言わないと伝わらない、それが言葉であり意思…魔術とは意思じゃからのう、故に口に出すのだ」
「だから、俺の意思を…世界に示すと?」
「そうじゃ、必要なのは想像力。想像することじゃ、頭で想像出来る事は全て叶う、故に想像した事を口に出せ、さすればそれは現実となる」
その言葉には異様な程の重みがあった。こいつが魔女を育てたってのは事実なのかもしれない、なにがあってこいつがこんな状態になってるか、そもそもシリウスとはなんなのか、ロアとはなんなんのか、色々分からない事はあるが…それでも。
「分かった、俺はオフィーリアを倒して姉貴を助ける。託してくれたみんなの為に必ず勝つ」
口に出す、それでいいのならそうする。ここに来るまでに失われた物、失われそうな物、今ここにある物。ここに来るまでに俺に託してくれた者、任せてくれた者、その全てを背負って俺は戦う…そう宣言すれば、なんだか色々と明瞭になるのを感じて……。
「ダメじゃ、もっと強く叫べ」
「も、もっと?…俺はオフィーリアに勝つ!」
「もっと!!」
「ッッオフィーリアに勝つ!!」
「まだまだ!!」
もっとかよ!ええい!クソがァッ!!!
「俺はぁあああああ!!!!」
喉が切れるほどの勢いで叫ぶ。
「オフィーリアにぃぃいいいいい!!」
全身の力を込めて、天に向けて吠える。
「勝ぁあああああああああつッッッッッ!!!」
それは意思表明、世界に対する宣言、ある種の魔術となって俺の頭の中にある全てを実現させるが如く…力が湧く、いや力が湧くんじゃ無い…振り絞っているんだ。もうカラカラになるほどの勢いで、後先なんか考えず、下品に情けなく叫び散らして…俺は。
「よしッッ!それでこそじゃ!!ならば行けぇい!!チャンスは一度!後はない!だが…心配はせんぞ、お前は勝つのだから!!」
歯を見せ笑ったシリウスは大きく腕を振り広げ、世界が光に満たされて……そして。
………………………………………………
「『アンチビーム』!!」
「あはは!当たらない当たらな〜い!よっと!」
「ガァッ!?」
ヘベルの大穴を前にした森の手前、逃げるオフィーリアを押し留める為…アナフェマとセーフは奮戦を繰り広げていた。
アナフェマが杖から光線を放つが、そもそもその光線よりも速く動くオフィーリアは軽々と避け、返す刀とばかりにアナフェマに蹴りを加え、衝突した木がへし折れるほどの威力を発揮する。
「このぉおおおおお!!」
「あ、来る来る〜?」
ズタボロのセーフが立ち上がり超人としての力を振るい凄まじい速さで拳を叩き込む、残像が生まれるほどの連打、しかしそれを前にオフィーリアは。
「キャハハハ!速い速い〜もうちょっとだけ速くなったら私ちゃん避けられないかも〜!」
「くぅぅ…!」
当たらない、両足を動かさず上半身だけを動かすスウェイにてセーフの拳を回避し、そして。その連打の隙間を縫って鋭い膝蹴りをセーフの懐に叩き込む。
「ごぁっ…ぐっ…!」
「脆すぎ〜、いや雑魚すぎなのかー仕方ないよねぇ。八大同盟とか言う中間管理職の中でも更に中間の半端野郎なんだしぃ?いやそもそも八大同盟でもないか…君達のボスってもう死んだもんねぇ〜?」
「ッッ会長の死を貶めるな!」
「だったら守ればよかったじゃーん!」
体をくの字に曲げながら必死に掴み掛かるセーフを殴り飛ばす。必死にその場で堪えるセーフに続け様に蹴りと肘を叩きつけるオフィーリア…そして。
「よっこいしょ!」
「ぅがぁっ!?」
「やーい!ベロベロバー!」
鋭いアッパーカットが叩き込まれセーフの金庫頭が凹み地面に転がる。その様を馬鹿にするように下を出し顔を左右に揺らすオフィーリア、その背後で紅蓮の光が燦然と煌めき──。
「『カリエンテエストリア』!!」
「およ?」
アナフェマだ、木に叩きつけられアナフェマが倒れながら炎の魔術を放ったのだ。迫る巨大な火球、全てを焼き尽くす最上位の現代火炎魔術、しかしオフィーリアは地面に刺していた処刑剣を抜き。
「そんな火花じゃ火力が足りないんじゃない〜?」
一瞬だ、無数の斬撃をその場で展開し巨大な火球を一瞬で解体して消し去ってしまう。その光景を見たアナフェマは呆然と杖を取り落とす。
絶対の強さ、八大同盟の幹部としてマレフィカルムでも上位の強さを持つはずのアナフェマとセーフの二人が全く通用しない。オフィーリアの遊びに付き合わされるように、ボコボコにされた二人は地面に倒れ伏す。
「さぁて、もういいでしょ〜、諦めた?心折れた?ならもういいよね、私ちゃんもう帰りたいんだけど〜」
「ま、まだ……」
それでも、セーフは立ち上がる。逃げようとするオフィーリアの前に転びそうになりながら立ち塞がり両手を広げる。アナフェマもまた杖をついてセーフの隣に立つ…。
実力の違いはわかってる、それでも立ち塞がっているのは…全て、ステュクスが来るまでの時間稼ぎが必要だからだ。
「まだです!我々は負けてませんよー!!」
「はぁ〜分からないなぁ、君みたいな有象無象がさ?その他大勢がさ?なぁに頑張ってるのかな。君達が気合い入れて雄叫び上げても世界は一ミリも動かない、だって君たちにはその資格も力もないから。無駄なのに頑張ってさぁ」
「世界なんか…動かす気はないですよ、ただ我々は…必要だからやってるだけです!」
「必要だから?」
拳を握り、息を絶え絶えになりながら前に、前に出るセーフは叫ぶ。必要だからやっている、それは世界のためではないし、そもそも自分達は世界のためになんか動いていないと。
「お前の言う通り!我々は会長を…こんな私達を友と呼んでくれたあの人を!救えなかったッ!だから今度こそ守りたいんですよッ!友の信念を…ステュクスの信念を!」
「彼は絶対にここに来ます!絶対に来るんです!だから我々がここで…お前を逃さない、その必要があるってだけです!!」
「ふぅ〜〜〜……ああそう、高尚な目的だね、涙が出そうだよ」
オフィーリアの持つ処刑剣がギラリと陽光を反射する、二人を狙う。一歩前に出て何も思わせない無の表情で二人の話を聞き流し。
「じゃ、友達のためなら死ねるよね。高潔な魂…君達の会長のところへ送ってあげるよッ!」
「ッ……!」
そして踏み込む、先程までの近い殴打ではなく斬撃が飛んでくる。神速の踏み込みは超人のセーフであっても見切れない、故にアナフェマは二人を囲む防壁を張るが。
「足りなさすぎるんだよね、君達じゃ」
「嘘…!」
まるでペーパーナイフだ。薄紙を切り裂くようにアナフェマの防壁を切り払ったオフィーリアは、そのままアナフェマの首を狙い斬撃を放ち──。
「グッッ!?」
「ありゃあ」
しかし、弾かれる。防御不可の斬撃が火花を上げて弾かれる。セーフだ、咄嗟に身を挺してアナフェマを庇い、その金庫頭で斬撃を弾いたのだ。しかしその金庫も右隅が切り取られており、封じられていた中身が露出する。
「う……!会長からもらった金庫が……!」
「嘘ー!セーフあんたの顔初めて見たんだけど〜!」
金庫が半分ほど壊れ、中から露出するのは気味の悪い頭部。顔が溶けたような顔が晒される、目は不規則に付き、鼻や口も歪み、とても人間のそれではない。
元より人工生命体として作られ、その悍ましい見た目から忌避されたセーフを、偏見なく能力だけ見て拾ってくれたイシュキミリ。彼がセーフがその顔を気にしているのを知って渡してくれた金庫の破片を見て、セーフは涙を流す。
しかしそんな様をオフィーリアは指を差して笑い。
「ってか顔キモすぎ〜!マジやば〜!そんな不細工だったんだあんた!そりゃあ金庫で隠したくなるわ!いや私ちゃんなら生きてるのも嫌になるかも〜!!」
(ッ……会長!)
「あんたみたいな醜い怪物は、美しい私ちゃんが対峙してあげないとねぇ〜」
「や、やめ!」
咄嗟にアナフェマがセーフを守ろうと立ち塞がるが、それよりも早くオフィーリアの蹴りが炸裂し、轟音と共にアナフェマが吹き飛ぶ。
「邪魔!いい加減にしてよね!」
「アナフェマ!」
吹き飛んだ先でアナフェマは気絶している。近くの岩に当たり、それを砕くほどの勢いで衝突したのだ。もう動けない、しかしそれでもオフィーリアは止まらない、セーフの顔を笑いながら剣を振りかぶり…。
「じゃあねぇ〜」
(……会長、私は……)
あの日、研究者達がその醜さから失敗作と嘲った私を…『君が必要だ』と言ってくれた会長の言葉に従い生きてきた、誰かに必要とされる事が自分の生き方だと信じて生きてきた。そして今…私は新たに出来た友人の為、必要な事をした。
けどどうやらここまでらしい、嗚呼…せめて、せめて死後は……貴方のお側に。
(今…行きます……!)
目を閉じる、覚悟を決めて…ただ、ステュクスに必要なことができたと信じて─────。
『─────────』
「……ん?」
ピタリと、セーフの前で刃が止まる。何かが聞こえ、手を止めて…後ろを向く。
「何か……」
『────ィィリアァァアアアアッッ!!!』
「来る……!」
オフィーリアが手を止める、セーフが目を開く、その先に見えるのはヘベルの大穴。それの壁面を凄まじい勢いで何かが駆け上がる音が聞こえる、何かが雄叫びをあげながらすっ飛んでくるのを感じる。
それはやがて、直ぐ目の前に迫り………現れる。
「オフィィィイイイイリアァアアアアア!!!」
「ステュクス!!」
「そんな馬鹿な……!」
壁面を駆け上がり飛び上がり、穴の中から現れたのは…ステュクスだ。凄まじい怒声をあげ、信じられないくらいの気迫を伴い飛んで現れたステュクスはオフィーリアを見るなり、歯を食い縛り。
「俺はぁあああああああ!!!!」
「なんであんたが!!」
突っ込む、剣を構え砂埃を上げ、今まで見たことのない鬼の形相を浮かべたステュクスが星魔剣を振り上げ……叩きつける。
「勝ぁあああああぁぁぁつッッ!!!!」
「生きてんだよ!!!」
そして激突する二つの刃、その圧力により衝撃波が発生し木々が揺れ、大地が揺れ、二人の髪が揺れ…睨み合う、二人の剣士が。
「オフィーリアァッ!!俺はお前に勝つ!!勝つまで死なねぇぇええええええええ!!!!」
「なんなんだお前ッッ!どうやって傷を塞いだァッッ!」
「っと!!」
そのままステュクスはクルリと体を入れ替えオフィーリアを飛び越しセーフの前に立ったステュクスは自身の胸に刻まれた傷跡を見る。
この傷を治してくれたのはシリウスだ、心肺停止した俺の体を動かしてメグさんが渡してくれた帝国製ポーションを使って傷を塞ぎつつ心肺蘇生してくれた。故に今こうして生きて、ここにいる。ポーションはもうない、同じことは出来ない、つまりこれがラストチャンス。
「……セーフ」
そして、セーフを見る。壊れた金庫から露出したその目を見て…笑みを浮かべ。
「ありがとう!助かった!お前がいてくれなきゃ逃げられてた!後は…俺に任せてくれ」
「ステュクス……!!」
退かせる、後は自分がやり遂げる。そう宣言し…師匠の剣を抜き、二刀流にてオフィーリアと相対する、目の前に立つのは過去最強の敵…オフィーリア・ファムファタール。
「何がなんだか分かんないけど、地獄がそんなにお気に召さなかったかな?…今度は念入りに落としてあげるよ」
「……オフィーリア」
ここだ、きっとここが…一つの区切りになる。
師匠を探してムルク村を出て、カリナやウォルターと出会い冒険者になって。そして挫折し…ギアールの街で働いて。ひょんな事からロアを手に入れ、アスクとクレーと出会い…マレウスに戻り。
レギナと再会し、ラヴと戦い、姉貴とぶつかって、師匠と再会して…そして失って。俺の旅路は遂にここに至った。ようやく出会えた師匠を奪い、旅の中で和解した姉貴の命を奪おうとするこの女との戦いという舞台に。
師匠から始まった俺の冒険。きっとこれは…その終着点。勝っても負けても俺の冒険はここで終わる、師匠の為に剣を振るい…師匠の仇を討つ事で、師匠の為の冒険は終わるんだ。
なら…勝とう。冒険は生きて帰ってこそ…冒険となるのだから。
「俺は勝つ、お前に勝って…師匠の仇を討って、姉貴を助けて…俺は!!みんなのところに帰るんだッッ!!!!」
「上等だよ!いい加減終わりにしてやるォッ!!!」
ここで決着をつける、もう逃さない…これが、俺の冒険の最終決戦だ!!
………………………………………………………………………
「もう直ぐか?マヤの魂が潰えるのも……」
ジロリと地下室でクユーサーは磔にされ苦しむマヤを見つめる。魔力を吸引する速度が急激に上がったのだ。故にもう直ぐ…そう言う、それを…私は。
「やめろぉおおおおおおお!!!」
叫び、立ち上がる。もう体がバラバラになりそうなくらいの傷を全て無視して、クユーサーに掴み掛かる。あいつが退かないとマヤのところに行けない!!
けど、クユーサーはチラリと私を見て……。
「うっせぇなぁ!ガキかテメェは!」
「うぐっ…!」
飛んでくる黒拳を避けることができず、まんまと顔面を殴られ後ろに転がる。痛い…痛い、痛いのは体じゃない、胸だ…私は、なんで…こんな。
「う……お母さん一人、守れないんだ……」
「ッッ………」
母を守れない、折角会えたのに…力が足りなくて、今失われる命を守れない。これでなにが神将か、なにが魔女の弟子か……!
「ネレイ…ド……!」
マヤが私を見る、もうやめてくれ…傷つかないでくれ、そんな祈りが伝わってくる。けど…ダメだ、私が逃げたら、貴方が死んでしまう…それが嫌だから、ここにいるんじゃないか!!
「マヤ……私は、私は貴方に…酷いことを言った…謝りたい、謝りたいんだ…」
「なにを………」
「私、自分の出自を疑うような事を言った……けど、違う、違うんだ」
壁を掴んで、立ち上がる。息を絶え絶え、立っているのもやっとだよ…だけど、それでも、伝えなきゃいけない。
私は、悪人の血が流れていたならばと…不安に思っていた、事実それをマヤに伝えてしまった…けど違うんだ、違ったんだ。マヤは…悪人じゃない、少なくとも…子を思う母の心に悪などあろうはずもないだから。
何より…なによりも。
「母を前に…自分の生まれを疑うような事を言ってしまった事を、謝罪したい…私は、己の母の愛を…疑ってしまっていた…」
捨てられたのだと思っていた、手放されたのだと思っていた。だが違ったんだ、捨てられたんじゃない、手放したんじゃない…守ってくれたんだ、マヤは…私を。
「私を…守ってくれたんでしょ…マヤ!」
「……………」
「私は、そんな貴方に酷い事を言ってしまった…だから、せめて!一度でもいい!恩返しがしたい!貴方に…私を産んでくれた母に!!だから──」
「うるせぇんだよっ!!」
「ガッ!?」
飛んでくるのは、マヤの返答ではなくクユーサーの蹴りだ。一撃が据えられた再び私は地面を転がる。もう防ぐ余力もない……立ち上がる元気もない、けど…それでも立つ、立ちあがろうと必死に地面を掴む。
恩返しがしたい、私を産んでくれた貴方に、私を守ってくれた貴方に…だから──。
「私は!!」
「マヤ……?」
そんな中、マヤは冷や汗をかきながら、声を張り上げる。その声に…私は動きを止める。
「私は…君になにもしてあげられてない。君と一緒にいなかった、君の成長を見ていなかった、初めて言葉を喋るその時にも!初めて立ち上がったその時も!歯が生え変わる時も友達を作る時にも大人になったその時も側にいてあげられなかった!そんな私に!母としての恩なんてありはしない!!」
「…………違う」
「だからもうやめろ!これ以上私の為に傷つくな!!逃げてくれ!頼むから…これは私とコルロの問題だ、そこに子供が首を突っ込むな…!お願いだから!!」
違う違うとマヤは首を振る、確かに一緒にいなかった、けどそれは代わりにお母さん(リゲル様)が見守ってくれた、貴方のおかげで出会えた母が見てくれた。だからと言っても貴方がなにもしてないわけじゃない…だって。
「産んでくれたから!!」
「っ……」
「貴方が産んでくれたから…私はここにいるんだよ!?貴方が…居てくれたから、私は生きてるんだよ…!」
産んでくれた、それが全てだ。この人生、楽ばかりではなかったとも、されど苦で満たされていたこともない。ただ生きて、ただ歩んだ、私がやったのはそれだけだ…その道を作り出した原点たる貴方に、私は…感謝をしてるんだよ。
「だから守る!!産んでくれた貴方に!恩を返すために!!」
「ネレイド……」
「恩返しをさせて、お母さん」
それだけだ、私の目的は…ただそれだけだ、それ以外になにがいる。立ち上がる理由
戦う理由、ここにいる理由、全部それで十分だろ…!再び立つ、壁を掴んで胸を張り血を滴らせながら立ち続ける。
「なんか、勘違いしてるみたいだけどよ」
そんな中、クユーサーが頭をかいて…。
「別に、俺はお前ら親子がどうなろうがやる事は変わらねーよ。娘が死のうが母が死のうが両方死ぬまでここを離れねぇ…どっちも逃さねー」
「クユーサー…お願い、娘を見逃して」
「無理だね、…どの道魂の抜き出しが始まってんだ…お前も長くねぇ。だが折角だ、その前に見せてやるよ」
クユーサーの体から魔力が溢れる。爆発が如き勢いが奴の背に纏う、それはそのままクユーサー自身の速度に変わり…。
「テメェが産んだ!娘の最期をッッ!!」
「ぅぶっっ!?」
轟音が背に抜ける、凄まじい威力のボディーブローに思わず口から血が溢れ、一歩引く。いや引くな…引くな!一歩も!!
「ッッッぐぅぁぁぁああああああああ!!!クユーサーァァアアアア!!!!」
「へっ!そこで見てろよ!マヤ!!お前はもう終わりだ!その拘束はお前の魂が抜け落ちるまでお前を離さない!!その前に娘ぶっ殺してやるから感謝しろ!!」
マヤは決壊したように暴れる、拘束具を引きちぎろうと力を込めて暴れる。しかしその前にクユーサーが私を殺そうと迫る。
「やめろ!やめろクユーサー!!もうやめてくれぇえええええええ!!!」
「ギャハハハハハ!!!!!いい声で泣くじゃねぇか!!マヤァッッ!!」
「ぐっ…ぅぐっ!?」
叩き込まれる怒涛の連打、顎、腹、鳩尾、頬、次々とクユーサーの拳が叩き込まれ…私の意思など無視して膝から力が抜ける、意識が薄れる…ダメだ、まだ…死ねない。
「ネレイド……!!」
目が合う、うっすらの開く目にマヤの哀しげな顔が映る…嗚呼、なんで私は…私には、こんなにも力がないんだ。
悔しさが滲む。そしてそんな哀しさすらも覆うように、マヤとの間にクユーサーが現れた、木の根をドリルのように変形させたクユーサーが、悪魔の笑みを浮かべ私に向けて鋒を突きつける。
「死んでろや…クソガキィッ!!」
「っ……!」
迫る、迫る、死が迫る…それよりマヤは、マヤは…どうなる。私が死んだらマヤは…誰が助け───────。
「ごめん、マヤ…恩返しが…出来なくて」
そんな祈りは、神は聞いてくれていたのだろうか。それとも…これもまた神の試練か…或いはそれは。
悲しい奇跡なのか。
「ッッッ違う!!!」
「がァッッ!?!?」
瞬間、私の目の前を覆うクユーサーの顔面が弾け飛ぶ。粉々に砕かれ…真横に向けて吹き飛ばされる…消え去ったクユーサーの背後から現れたのは……。
「マヤ……?」
「違う、ネレイド……」
マヤだ、クユーサーを蹴り飛ばして…そこにいる。でも拘束は?破壊したのか?助かったのか?でも……あ、あれ?
「ぅ…」
「っ!ネレイド」
ふらりと体から力が抜けて倒れ伏す。それを支えるマヤもまた…座り込み、私の頭を優しく膝の上に乗せ…顔を撫でてくれる。助かったのか…そう思ったが、見えてしまった。
マヤを繋いでいた拘束は、壊れたのではなく解除されていた。そしてマヤの顔は…とても色が悪い、とても…悪い。土色だ。
「まさか……」
「心配すんなよ、大丈夫…それより。よく聞きなさい、ネレイド」
マヤは悪い顔色で、ありったけの笑みを浮かべ…私を見つめる。私を……。
「恩返しなんか、必要ない。私はもう…貴方からめいいっぱいの物をもらってるんだから」
「私はまだ…なにも……」
「産まれてくれた」
「っ……」
マヤの涙が、私の顔に落ちる。ただ一言…彼女はそう言う。
「貴方は産まれてくれた、ただそれだけで…私はもうなにもいらない。私の全てが…貴方だから……ネレイド、だから…貴方は生きて」
「マヤ…マヤ……!!」
「最期に大事な物を守れて死ねるなら、それでいい。だって私は……」
私は震える手でマヤの手を掴む…その手からは既に、熱が消えていた……。
「マヤ…お母さん……!」
「そう、私は貴方の…お母さんだから」
目が閉じられる、笑みを残して…その時マヤの全てが止まった。マヤが……死んだ。
「っまさか!自分から魂を手放して拘束を解除したってのか!?んなバカな!じゃあテメェは娘への愛だけで動いてたってのか……って、もうくたばりやがったか」
クユーサーが動く、けど私は動けない、笑みを残して逝ったマヤの顔を見て、動向を震わせることしかできなかった。クユーサーが近づく、私たちに近づく…。
失われた…マヤが、私のお母さんが……死んで。
「今、お前ら二人とも、あの世に送ってやるよ!!」
「…………お母さん」
クユーサーがこちらに手を伸ばす、全てを終わらせる為、だがそれでも……神は私を守る。
「待てやッッ!!」
「あ?」
瞬間、クユーサーに向けて飛んでくる。クユーサーが生み出した小さな木の人形が飛んでくる…それを投げた張本人は、傷だらけになりながらも、静かに歩み出し。
「今、ネレイドに触れるな…俺が相手になる」
「テメェは……」
「…………悪い、ネレイド…守れなかった」
ラグナだ、彼は…動くない私を守る為、ただ一人で…木の人形を全て片付け、クユーサーの前に立ち。
「代わりに、こいつは俺が…ぶっ殺すッッ!!」
「やってみろよ…ガキクソが…!」
睨み合う、ラグナとクユーサーが…そして二人の視線をきっかけに、地下室での戦いは…最終局面へと移る。
ただ一人、マヤ・エスカトロジーという…尊い命を置き去りにして……。
……………………………………………
「くははははははははははははは!!!来た来た来た来た来た来た来た!マヤぁあああ!やはり君は最高だ!!」
体から力が無限に溢れてくる、シリウスの血を克服したんだ!私の計算は正しかったんだ!全てが揃った!シリウスとネビュラマキュラの血!ガオケレナの種子!そして今…マヤの魂を吸い上げ、その力により私は究極の肉体を手に入れた!!
コヘレトの塔の頂上で、一人私は笑う。ただ独り笑う、喜びを誰かに分かち合うこともなく、ただ独りで。
「ああぁああああああ!!いい!いいぞ!私は神を超えた……!」
髪が白く染まっていく、体が淡く発光する…力が満ちて仕方ない、最早新人類など求める必要もない!シリウスを復活させる必要もない!私一人この世にいればいい!ただそれだけで人類は完成される!私という究極の人類が一人いれば!!
「うははははははははは!!最高だぁあああああぁぁぁ!!!」
さぁ手始めになにをしよう、なにを壊そう、なにを殺そう!ああ力と共にこの力を振るいたい衝動が満ちてくる、私はどうなってしまったんだ!マヤという無二の友達が今死んだに!どうしたんだ私は!もういい!なんでもいい!殺したい壊したい壊したい殺したい!!
「私は……なにになったんだ……!!」
顔を抑える、内側から張り裂けそうな何かを感じる、直ぐにこの魔力を解き放ちたい…直ぐにでも、私は……。
その瞬間だった。背後にで突如として床が割れ爆裂し……それが現れたのは。
「っと!ようやく頂上に出れた……あん?」
「お前は……」
ゆっくりと、地面から這い上がってきたのは…今の私と同じ白い髪を持った男、ただ一人の…魔王。ああ、嗚呼ちょうどいい!
「コルロ、ようやく見つけたぜ?ケリつけようや」
「バシレウスゥッッ!!」
服の埃を払い、マントを翻し、私の前に立ったのは…バシレウス。もはや必要もない男が私の前に現れた。
丁度いい…この力を試すには、あまりにも!!
「さぁぁ!!やろう!バシレウス!私は最強になったぞ!!」
「最強?ああ、じゃあこっちも丁度いい」
そして彼は、拳を握り………叫ぶ。
「最強は、俺だ……!」
……ようやく、ようやく…この時が来たのだ。私が神を超え、最強になる日が。




