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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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759.対決 『饕餮』のアーリウム

状況は最悪だ。マヤ救出の前に立ち塞がったのはエーニアックでエリスの事を傷つけ、先日ネレイドやメグを傷つけ、そしてネレイドの母マヤを触った張本人のクユーサーだ。

不死身の強敵『業魔』クユーサー・ジャハンナム。こいつは果てしなく強かった、どう言う原理かは分からないがクユーサーは不死身だ。どんな傷を負っても即座に回復し再生する。


だが、今この場において重要なのは不死身である事以上に…クユーサーが純粋に強いことが重要だ。さっきも言ったが果てしなく強い、カルウェナンやラセツと言った今まで戦ってきた強敵達が全て可愛く思える程…絶望的な実力差を持ち、飽くまでその上で強いってんだから手のつけようがない。


もう少し…真っ当な勝負が出来る予定だったんだが…。


「クソッ……はぁはぁ」


「どーしたよ、もうバテたか?小僧ども…!」


コヘレトの塔の地下、マヤが囚われている地下室の前に立ち塞がるクユーサー。背中から大量の黒い木の根を展開し牙を見せ笑うあの男を前に、俺とメグとネレイドは苦戦強いられていた。

こいつが強いことは分かっていた、だからいくつか策を用意してきたが…そのどれも不発に終わった。…この期に及んで言う事じゃないが…やっぱ。


(やっぱデティがいない穴がデカ過ぎる…!)


こう言う場面で最も重宝するのはデティだ。シリウスと戦った時も最も活躍したのがデティだ、ラセツと戦った時にも支えてくれていたのはデティだ。こう言う全員がかりで行かなきゃいけない相手において必須であるヒーラーの役目を担うデティの不在が痛過ぎる。


それでもなんとかなる計算だったが…甘く見ていた、セフィラのヤバさを。みんなの語るセフィラの強さってのを聞いてはいたが、こうして初めて相対するとそのヤバさが際立つ。


それが後十人いる事実と、今目の前に立ち塞がるどうしようもない絶望を前に…俺は選択を強いられる。


(メグは完全にクユーサーの動きに対応できてない、そこをカバーする為にネレイドが過剰にダメージを負いすぎている。…俺が前面に出てなんとかするしかないが、正直俺一人でどうにかなるとも思えない…向こう見ずな気合いでなんとかなるレベルじゃない)


戦況を確認する為左右を見る、メグはもう結構やられている。そしてそれ以上にやられているのがネレイドだ、タンク役として常に前に出て防御を担ってくれているが…ネレイドの防御が全く通用していない。

そしてまた、俺の攻撃も通じてない。そして何よりメグがかなりキツい、小回りを利かせ相手にダメージを累積させるタイプのメグと再生能力持ちのクユーサーはとにかく相性が悪いんだ。


残された手は、正直言えば奥の手だ。これを切ったらマジで当てがない上に確実になんとかなる確証もない。…けど、じゃあ使わなかったら凌げるかといえばそうでもねぇ。


ならやるしかねぇか!


「なぁに、ボーッと考えてんだ?」


「ッ……!?」


その瞬間、クユーサーが俺の前に肉薄する。速い、過程が見えなかっ────。


「そもそも!!」


「グッッ!?」


飛んでくるのは痛烈な膝蹴り、それが一瞬で俺の腹を打ち上げ、足が地面から離れる。


「俺様に勝ってやろうって魂胆が気に入らねェッ!!」


「ガッッ!?」


そして打ち上げられた体が肘打ちで地面に叩きつけられ大地が割れる、防壁張ってたぞ、今。それ貫通してこの威力かよ…!信じられねぇ…!


「くたばってろやクソガキィッ!」


「ッ…!させねぇ…!」


そのままトドメとばかり降り注ぐのはクユーサーの足。頭蓋を踏み砕こうとするその足を咄嗟に俺は腕を振り上げ抑える事で抵抗する…が、まるで岩山が乗っかって来てるみたいな圧力に徐々に徐々にクユーサーの靴底が迫ってくる。

ダメだ、全力出してるのにパワー負けしてる!俺が抑えきれない…!


「フンッ!ストリートスタイルも知らねーゴミカスがよ!」


「いッ!?」


しかし俺が足を持ち上げるのに夢中になった瞬間、クユーサーはその足から力を抜き一瞬で足を振り上げると共に俺の顔を蹴り上げ吹き飛ばす。


「ハッ!所詮、この程度だろうが…何が魔女の弟子だ、八大同盟如き幾つかぶっ潰していい気にでもなってたか?あんなもんはな、セフィラの俺様から見れば尖兵もいいとこなんだよ。尖兵倒した程度で…本陣本丸の俺様を落とせると思うなよ?」


「クッ……簡単に、落とせるとは思ってねぇよ……」


「ラグナ様…!大丈夫ですか」


ボタボタと流れる鼻血を手で押さえていると、メグが駆け寄って来て…俺にポーションを手渡してくれる。ポーションか…デティの古式魔術程じゃねぇが、ありがたい。


「ラグナ様、正直…このまま闇雲に攻めても、勝ち目があるようには見えません」


「……だな」


俺とメグの視線が注がれるのは、先程から苦しそうに息をしているネレイドの姿。傷ついている上にまだ本調子でもない、万全に動けるのは俺とメグだけ…他の仲間は全員いない。するとメグは。


「いかがしますか、他のみんなをここに呼び寄せますか…」


「………」


エリスとデティ以外のメンツをここにか。メルクさんにアマルト、ナリアがいればまだ多少はマシになるかもしれない。特にアマルトは第三段階、クユーサーに大きく出れる可能性はある…だが。


「いやダメだ、呼ぶな」


「え?」


「考えてみたらあの時あの場にコルロが来たこと自体おかしい。もしかしたら病院周辺…最悪病院そのものにコルロの手先がいるかもしれない。動けないエリスとデティを置いて戦力はこっちに割けない」


色々知った上で考えてみればあの時病院にコルロが現れたのはあまりにもタイミングが良過ぎる。コルロの狙いは100%ネレイドだった筈だ、そのネレイドが入院した瞬間コルロが攻めて来た。

これはどう考えてもコルロ側の密偵があの病院付近ないし内部にいる可能性が高い。ないとは思うが…そいつらがエリスに危害を加えようとしている可能性もある。

何よりあそこはマレフィカルムの本部前だ。動けないメンバーを差し置いてこっちに集中は出来ない。


「ですが……このままじゃ」


「…………」


チラリとマヤを見る、磔にされたマヤは今も光る機械に繋ぎ止められている。俺は魔力機構には詳しくないが…あの光る磔、どっかで見たことある気がするんだ。

そう、ウルサマヨリ。イシュキミリがデティの魂を抜き出そうとしていた時使ったものによく似てる。つまりあの機械そのものがマヤの魂を抜く為のものだろ…あれを壊しさえすれば。


……ん?


「うっ…あぁっっ…!」


瞬間、マヤを繋ぎ止める機械が轟音を上げて駆動を始め、強い音で動き始め光を放ち始める…まさか。


「クククク、どうやら始まったみたいだなぁ。コルロの最終工程が」


「ッ!」


魂の抜き出しが始まったのか!まずい!このままじゃマヤが死ぬ…直ぐに止めないと───。


「そこを退けぇッッ!!」


「ネレイド!?」


しかし、その瞬間俺より動き出したのは、ネレイドだ。凄まじいスピードでマヤに向かい立ち塞がるクユーサーを跳ね飛ばそうとするが…。


「退かねーよ!テメェが道開けろやッ!」


右腕を大木に変え槌のように振るいネレイドを殴り抜く。とても人間に激突した時の音とは思えない轟音が鳴り響きこの地下室が揺れる…が。


「ッマヤを!返せッ!」


「お…根性見せるなぁ」


受け止める、両腕で大木を捕まえ、それでもダメージを抑えきれず頭部から血を流しながらもクユーサーの手を掴み続けていた。クユーサーの一撃を食らって吹き飛ばない…流石ネレイドだ、そして。


「メグ!今だ!」


「装置の破壊ですね!」


ネレイドが抑えている間にとにかくあの装置を壊すんだ、そう叫びながら俺達は装置に向け一気に駆け出す、しかしそれを横目で見たクユーサーは。


「させねぇよ!!」


撃ち出す、左手から拳大の種を撃ち出し俺達の目前に突き刺すと、種はみるみるうちに成長し木が生え…いや違う、生えて来たのは木じゃない。クユーサーだ!


『─────』


「なんだこれ!?」


半分くらいのサイズをした黒い木で構成されたクユーサー、それが四体ほど一気に出現したかと思えば俺達の道を塞ぎ……突っ込んできた。


『─────!』


「なっ!?ぅぐっ!?」


突っ込んできた小さなクユーサーは俺の顔面に飛び蹴りをかまし、そのあまりの威力に大きくのけ反り、同時に別のやつが俺の腹に頭突きをかまし、大きく後ろに吹っ飛ばされる。


「ラグナ様!」


「ぐっ!こいつら!洒落にならねぇくらい強いぞ!」


体を切り分けて、それを分体として操っているんだ。だが分体も洒落にならんくらい強い、ダメだ。簡単には辿り着けねぇ……!


「……ラグナ様も、ネレイド様も、手一杯でございますね」


そんな中、分体に囲まれたメグは静かに拳を握り締める。まずい、二体で手一杯だったんだ、四体に囲まれたらメグでもヤバい!


「退け!メグ!」


「いえ!ここは…使います!電脳世界で陛下から授かった奥の手を!」


「え!?」


あー…そんなのもあった、あれ?メグってなんの修行してたんだっけ?そういえばラセツとの戦いじゃ披露してなかったな…って今そんなこと言ってる場合じゃ。いや或いは打開の手になり得るか!


「では使います!奥の手!その名も『タイム───」


メグが胸に手を当てた瞬間、分体達が一気に動き、足を地面に突き刺し───メグの下から巨大な樹木を生やしたのだ。


「え!?」


「メグーー!!」


あれもあれよという間にメグは木に絡め取られ天井を突き破り上へ上へと追いやられていく。地上へと押しやられているんだ。まずい、離脱させられた…!


「あぁっ!?」


次の瞬間にはクユーサーを抑えていたネレイドが地面を転がり俺の横に倒れ伏す。酷いやられようだ、全身血塗れで左目なんかもう開いていない…。


「さっきのメイドは、てんで弱いが絡め手主体っぽいしな。この場にゃいないに限る…」


そしてクユーサーは未だ健在、まるで消耗している気配もない。余裕綽々と首を回し、ニタニタと笑いながら俺達を見下ろす。


「ネレイド!大丈夫か!」


「うう……」


ネレイドはもう限界だ、ダメージが大き過ぎる。メグも離脱して帰ってこれていない、時界門が使えるアイツが戻ってこれないってことは…そういう事だと考えた方がいい。


「どうするガキ共、なんて聞いてみるが…ぶっちゃけ選択肢はない。俺様はお前らを殺す、抵抗とか一矢報いるとかそう言う付け入る隙ってのを与えず、徹底的に潰す。覚悟の上で来てんだよな?だったら文句はねぇ筈だ」


「………」


後はない、時間もない…だったら、賭けに出るしかないか。


…………………………………………………………………………


「マヤを助ける為…エリスを助ける為だと」


「でクユーサーと戦ってたってか。相変わらず無茶するよ」


「ええ、無茶してます。だから直ぐに戻りたいんですが……」


ミニマムクユーサーにぶっ飛ばされて、私がやって来たのは別の部屋。なんとコーディリアとアナスタシアがいる部屋でした。まさかこの二人がここにいるなんて、二人ともレギナ様に預けて来た筈なのに…なんでここにいるのか。

そういう部分が気になりはしますが、そんなこと言ってる場合ではないようです。


「んー?ああ、君あれか、病院にいたメイド……」


「貴方はヴァニタートゥムの幹部……」


目前にいるのはヴァニタートゥムの幹部、マヤさんがいうに焉魔四眷の一角『饕餮』のアーリウム、燻んだ灰色髪の子供、偉そうにファーがついたジャンパーを着た奴が私をジロジロみている。

こいつはネレイド様を誘拐するために病院に現れた者の一人だ、まさかここで再会することになるとは。


「メグ、余裕がないとは思うがこっちを手伝ってくれ」


「私も本当に時間がないんです、もうマヤさんに時間が残されてない…あっちが終わったらじゃダメですか」


「その間に私たちが終わりそうだなぁ、それに…相手はそれを許さないみたいだよ」


出来れば今直ぐ戻りたい、だがアーリウムは既に私もターゲットの一人にしているようで明らかに敵意に満ちた目でみている。戻る隙を与えてくれそうにない。


(すみませんラグナ様、ちょっと戻れそうにありません。こいつを倒さない限り…でも)


アーリウムも強い、そこは分かっている。今こうして前にしても感じるほどに強い魔力…恐らく第三段階、クユーサーに比べたらそりゃ全然だが、クユーサーと比べたら大体が全然になってしまう。

少なくとも私達より強いのは確かだ。仕方ない…やるしかないか。


「すみませんコーディリア、アナスタシア。手伝ってください…」


「そりゃ、こちらから言いたいくらいだ…」


「まさかあんたとまた手を組んで戦う日が来るなんてね…」


手を組む、コーディリアとアナスタシア…かつて戦い私が倒した二人と。三人で並び立ちアーリウムを前にする、それを見てアーリウムはヘラヘラと笑い。


「丁度いいや、僕のカッコ悪いところ見たお前も殺そうと思ってた…こういうのを一挙両得って言うんだよね!」


「違います」


「じゃあ殺そうかなぁ!軽く、捻ってさ!」


アーリウムが構えを取る、来る!


「死ねやァッ!!!」


「アストラセレクション!」


突っ込んでくるアーリウム、同時に時界門から風の太刀を取り出し…。


「『ヴィーヤヴァヤストラ』ッ!」

 

散開する、突っ込んできたアーリウムの拳を前に全員が三方向に分かれ回避すれば、アーリウムの拳は地面に大穴を開け、荒れ狂う魔力が瓦礫を旋風のように吹き荒れる。

とんでもない威力、あの小さな体のどこにこれだけの魔力が……!


「『冥土奉仕術外典・風神一刀』ッ!」


「おっと!」


そこから更に風を噴射し、神速の一刀を薙ぎ払うがアーリウムはクルリと飛び上がり最も容易く避け────。


「『天霧あまぎる闇路』ッ!」


「いたッ!?」


瞬間、横から飛んできたのは高速で飛来したアナスタシアの飛び蹴り。あれは目にも留まらぬ高速移動を可能にする魔力覚醒!私が来たからか今まで温存していた覚醒を切ったんだ。


「テメェ!ぶっ殺して…!」


「マーガレット!三だ!!」


突如、吹き飛ばされたアーリウムの背後でコーディリアが叫ぶ。三…なるほど!それですね!


「アストラセレクション!『アグネヤストラ』ッッ!」


「あ?炎の槍?」


ヴィーヤヴァヤストラから切り替えるように取り出したのは炎の槍アグネヤストラ。それを取り出し手元で回転させ…一気にアーリウムに迫る。


「ハッ…今更炎の槍程度でビビるかよ!!」


「そうですか、なら…」


「これならどうだ?」


「あ?」


私が前を、コーディリアが後ろを挟み…炎の槍を手に突っ込む私に対しコーディリアが振り撒くのは…黒色火薬。それがアーリウムの周辺を一気に囲み。


「『炎神一穿』ッ!」


「空魔三式・絶煙爆火ッッ!!」


「なッ!」


刹那、私の炎とコーディリアの爆炎がアーリウムを囲み、凄まじい炎の嵐が眼前に出現する。コーディリアが叫んだ三とは空魔三式の事。かつては同じ技を使った者同士だからこそ分かる符号。


私達のコンビネーションを前にアーリウムは炎に包まれる。コーディリアが使ってるのは空魔に伝わる独自製法の火薬。一度爆発してもその場から炎神なかなか消えない嫌らしい火薬だ。……しかし全部回収したつもりでいたのに、コーディリアめ…現地で調合したか。


「よくやりました!コーディリア!」


「お前、また強くなったのか…」


「ええ、今貴方とやったら私が楽勝で勝ちますよ」


「そうか、頼もしいことだ」


「それは私のセリフです」


コーディリアはあの時から大して実力を上げていない。だというのにこの覚醒者だらけの戦場で上手く立ち回っている。本当にこの女の生に執着する心は強いと言ったらない。まぁ…だからこそ、私は彼女の事をある意味では信用しているのですがね。


「ちょっとちょっと、いい気になるの…早いと思うけど?」


アナスタシアが私達のところに飛んでくる…そうだ、彼女のいう通り。いい気になるのは早い、早すぎる。なんたって……、


「はぁー!ウザッ…マジうざいわほんとに…一人加わっただけで動き良くなりすぎでしょ」


炎の向こうから現れるのはアーリウムだ、バクバクと炎を食べてイライラした様子で現れるんだ。まぁそりゃそうですよね、今のでやられたら二人がこんなに苦戦するわけありませんから。

はぁーにしてもどうしましょう、炎食ってますよ…どういう原理?なんか昔あんなのいましたね、チクシュルーブで戦った気がしますが名前忘れちゃいました。


「奴はどんな物で食うことができる、気をつけろよメグ」


「あらやだ、私美味しいかもしれないのてろ一番に狙われてしまうかも」


「冗談はそれくらいにしてさ、ぶっちゃけどうする?あれ…突破する方法あんの?」


あったらクユーサーに使ってる、ないから苦戦してる。いや…あるにはあるが…使うか、ここを凌がないとダメだから。


「まずはメイド、お前から殺す」


「そんな!コーディリアを狙わないでください!」


「お前だマーガレット!」


「マーガレットじゃありませんメグです!」


「昔の癖だ!」


「だぁぁぁーー僕を差し置いてぐちゃぐちゃ喋るなーーー!!!」


瞬間、アーリウムの体から凄まじい量の魔力が飛び出し、岩が軋む、体が吹き飛ばされそうになる。ただ魔力を解放しただけでこれか!やばい…ちょっと想定以上ですよ!


「死ねッ!」


「ッ!?」


そして、瞬きをしたその時、アーリウムが私の目の前に瞬間的に移動し…拳を叩き込んでくる。


「ぐぶふぅっ!?」


「メグ!」


叩きつけられる、壁に。防壁で守ってもこれか!防壁がないと逆に死んでましたよ今ので…って!


「『骨喰砲』!」


「あぶな!」


壁に叩きつけられた私に向けて、アーリウムが口から大量の魔力を光線のように放つのだ。慌てて下に時界門を作りスルリと下に潜り込み回避すると共に、アーリウムの背後に転移し───。


「見えてんだよッ!」


「ぁがっ!?」


飛んでくる裏拳、それが顔面を打ち私の体が空中で三周する。速い、反応も行動も…!ミスった、近くに転移するんじゃなかっ──。


「オラオラオラオラッ!!早く死ね死ね死ね!!」


「ッ……!」


そして、そのまま幾度となく足を振り上げ私を蹴り回す、その都度衝撃波が私を貫通して地面や壁を粉砕し私はなす術もなく傷つけられる。

即座にコーディリア達は動き出し、私を救うべく飛び掛かる。


「やめろ!」


「邪魔だよッ!」


「うっ!?」


しかし、アーリウムは口から魔力砲を放ちそれを薙ぎ払うことでコーディリア達は吹き飛ばされ、私は天井まで蹴り飛ばされる、敵がちょっと攻勢に出ただけで…これか。

やはり、第二段階相当の人間では勝てないのか…!


「トドメだ…合わせ術法」


「あ、合わせ術法!?!?」


その瞬間、アーリウムが拳を突き出す構えを取る…がそれより問題なのは奴が口にした言葉。合わせ術法?何故奴がそれを…それはシリウスの開発したシリウスだけの技。魔術、武術、魔法全てを同時に発動させることで相手に叩き込む最強にして最高率の一撃。


私も昔あれを受けて死にかけた経験がある…もし奴が本当にシリウスの技を使えるなら、まずい!


「『天狼波濤の絶』ッッ!!」


そして、飛んでくるのは凄まじい勢いの魔力の奔流、それを纏った一直線の拳撃。それが地面から天に向く逆流星の如く私に向かってきて。


「ッはぁっ!」


「え!?」


咄嗟に私は蹴りを放ち飛んできたアーリウムの拳を逸らし真上に飛ばす。打点を逸らすだけでなんとかなった…よかった。


「びっくりした、名前が同じだけの別物か……」


安堵する、どうやら同じ名前の別物らしい。シリウスも全く同じ名前の似たような技を使ってきたらビビってしまった。そう私が胸を撫で下ろしているとアーリウムは驚きながら地面に降りてきて。


「な、なんであんな簡単な蹴り一発で合わせ術法を防げるんだよ!究極の技!シリウスの技だぞ!」


「あ、そうなんですね。でも全然違いますよ…シリウスの奴は目で見えないレベルでしたし、てっきり別物と思いました」


シリウスの合わせ術法の真似だったのか、なんで合わせ術法のこと知ってるんだろう。けど少なくとも彼らは本物を見たことがないようだ。確かに似てはいた…多分威力はレグルス様の体を乗っ取ったシリウスのそれよりも上かもしれない。


だがシリウスはもっと上手かった。そもそもシリウスは魔術の始祖にして、魔法の達人であり、見ただけで武術の奥義を真似できる天才という反則三点セットみたいな奴です。全てのレベルが高水準にあるからこそその三つを合わせて初めて一つの技に出来る。

だから魔女様の誰も真似出来なかった。それを形だけなぞっても…あんまり意味はないように思える。


「その技、使わない方がいいかと思いますが…」


「バカにして…バカにしやがって…弱いくせに!!」


ギリギリと鈍色の牙をギリギリと軋ませ激怒するアーリウムは大きく息を吸い。全身に力を込めると…。


「そんなに殺して欲しいなら、殺してやる…本気出してやる…!『千魎厄赦』!!」


「え!」


メラメラと燃え上がるように煙が身を包み、アーリウムの体が変化する。モリモリと体が巨大化し、手足が伸び…まるでアマルト様の変身のように姿が変わり、そこにいたのは。


「『マゲイアフォーム』!どうだい!これは!」


「女になった!?」


銀髪はそのままに、体はスレンダーな女性のものに変わり、胸は大きく、顔は艶やかになり、アーリウムの特徴を残した別人の顔になってしまうのだ。なんだあれ…っていうかマゲイア?

マゲイアって…そんな名前の女いたな。アルカンシエルの幹部だ、幹部だけど…私会ったことないから分からないんだよな、そう思いコーディリア達を見ると。


「あれは!ババア!」


「ババアと同じ顔!」


「あれ知ってます?マゲイアって人と同じ顔?」


「ああ!アルカンシエルの幹部…マゲイア・ワンドエースと同じ顔だ…」


なんだって、そいつと同じ顔に…そう思いチラリと視線を向けるとアーリウムは胸を抱き上げ。


「そう!僕はね!魂を食った相手の肉体へと変化することが出来る!マゲイアの魂はコルロ様が回収していてくれたからね…だからこうして使えるわけさ!!そして、マゲイアの使っていた魔術も使えるんだ…それも、僕本来の領域…第三段階のままね」


その瞬間、マゲイアになったアーリウムはこちらに手を向け───。


「『シューティングスター・ベルフレイム』!!」


「ッ……!」


両手から放たれたのは凄まじい勢いの火炎。それが我々に向けて飛んでくるのだ。


マゲイアはウルサマヨリにてメルク様と戦った相手。その時の話を聞くにマゲイアは魔術師タイプの使い手であり、現代魔術の腕はイシュキミリにも匹敵しえる程の達人。何より恐ろしいのは相手の魔術を吸収しコピーするミラーリング・テイクオーバーという魔術の存在。これは古式魔術さえコピーしてしまう恐ろしい技だと聞いている。


だが発動条件も聞いている。魔術に奴の手が触れなければいいだけ。そういう意味では私の時界門は相性がいい!というわけで!


「『時界門』!」


二人を守るように前に立つ大きな時界門を開き…繋ぐ先は。


「『帝国海洋砲』!」


帝国近海のど真ん中。水圧で押し出された海水が炎に向かい衝突し相殺され、辺りが白い蒸気で満たされる。


「今です!」


私達はその蒸気を掻い潜り、一気にアーリウムへと向かう。もし私が今考えている事が正しいのなら…きっと!


「ハァッ!!!」


「カハハッ!バカな奴!真っ向から来て僕に勝てるわけ───」


そのままアーリウムの前に飛び出したコーディリア、そのまま拳を握りアーリウムの顔面に拳を放つ。しかし当然アーリウムも反応し……。


「ぶげっ!?」


殴り飛ばされる…アーリウムが、コーディリアに。あの絶対の力を持っていたアーリウムがまんまと殴られた鼻血を垂らしている。やはりそうだ。


「アーリウム!魔術師タイプの人間は近接戦が苦手なんですよ…!」


「チッ!」


近接戦が苦手、マゲイアという人物が近接戦が出来ないというわけじゃない、でなければメルク様があんなに苦戦しない。だが殴り合いが強いかというとそうじゃない、なのにアーリウムはコーディリアとの殴り合いに応じてしまった。だから押し負けたんだ…あそこはマゲイア本来のやり方として魔術で振り撒くべきだった。


「こうも距離を詰められちゃ何にも出来ないでしょ!」


「よくも散々やってくれたな!」


「クソッ!マゲイアの奴全然使えないじゃないか!!」


本来のマゲイアなら絶対に陥らない状況、アナスタシアとコーディリアに距離を詰められるという状況になり、必死に防壁を展開して距離を取ろうとするが…そもそもスピード型の二人を相手に簡単に距離なんか開けられない。


「『迅影』ッ!」


「ァガッ!?」


アナスタシアの音速を超える突撃を受けアーリウムの魔力防壁が叩き割られる。第三段階の実力は維持したままだが、アーリウムの戦い方とあまりにも合っていないマゲイアという人物をチョイスした事で逆に押し込まれる。


「空魔八式・絶拳心砕!!」


「ごほぁっ!?」


そして、無防備になったところに叩き込まれるのは内臓を粉砕し、心臓を止めるコーディリアの拳。胸を打ち抜くような軌道の拳を受け苦しそうに顔を歪める。流石に心臓が止まるほどのダメージは受けていないが…これなら!!


「メグ!!」


「トドメ!このまま押し切れ!!」


「はい!アストラセレクション!『アグネヤストラ』!!!」


手に持つのは炎の槍、このまま一気に押し切って倒す。今しかない、奴がヘマをこいた今しか───そう、思っていたんだが。どうやらその『今』というのは……。


「ッ…『千魎厄赦』…!」


存外に、早く終わったらしい。


「グッッ!?!?」


「うわっっ!?!?」


突如として光に包まれたアーリウムから放たれたのは膨大な勢いの風圧、それにより私も二人も吹き飛ばされ、同時にアーリウムの体が水蒸気に包まれ…そのシルエットがまた変わる。マゲイアに見切りをつけ…また変身したんだ。


「ったくさぁ…もっとこれは温存しておきたかったのに…とっておきだよ、僕の…」


形が変わる、女のそれから男の姿へ。髪は短く、スラリとした立ち姿に変わる…煙の向こうで見えるシルエットが完成する都度に、妙な胸騒ぎがする。


なんだこの胸騒ぎは、とっておき?奴は何に変身する気だ?というかそれ以前に…あのシルエット、どこかで見たことある気が………。


「まぁいいや、殺すつもりなら…これ以上の姿はない」


「ッッな!?」


「バカな……」


水蒸気が切り裂かれる、アーリウムが姿を現す。その姿を見た私とコーディリアが顔を青くする。そりゃそうだ…。


変身と共に変化した服装、黒く質素な規則服。腰には様々な道具を取り付け、革靴がコツコツと音を立てる。


色素の薄い髪は狼の毛のように伸ばされ、顔つきは柔和…だが、そこに装着された片眼鏡、その奥にどれだけの悪意と殺意が込められているかを、私達は知っている。


そうだ、あの姿は…忘れもしない!


「ジズ・ハーシェル…だと……!」


「ご明察、八大同盟ハーシェル一家の家長…ジズ・ハーシェルの肉体さ。人形になる前の純粋な肉体…君達にとっても見覚えがあるんじゃないかな?」


声までジズになってる…!ジズだ、そこにジズがいる。エルドラドで倒したはずのジズがそこに…まさか。いやでもそんな…バカな。


「あり得ません!ジズは今帝国に収監中ですよ!」


「バカだな君は、ジズはとっくに魂を別の宝珠に移していたのさ。そのうちの…スペアのうちの一つを、僕達は回収していたのさ。で…そこに残った微かな魂を食べて、手に入れたのがこの体。八大同盟の幹部やそこらの魔術師の魂はたくさん持ってるけど…盟主の、それもかつて最強格を張った盟主の魂は格別でね。僕にとってもとっておきさ」


クソッ!なんか喋り方も似てる気がしてくる!最悪な気分だ!!っていうかジズの奴…魂を別の宝珠に移していたのか?その可能性もあった…けど彼の言葉を聞くに、どうやらジズは死んだらしい……まぁ、そこはいい。


問題はジズの亡霊が目の前にいるということだ。


「今更ジズがなんだ!ここにいるマーガレッ…メグは!そのジズを倒してるんだぞ!」


「そうか…でもそれさ」


瞬間、アーリウムの姿が消えて……。


「第二段階のジズの話だろ?」


「ッ!?」


後ろから声がした、そう感じた瞬間。すでに私達三人は蹴り飛ばされ空中を飛んでいた。早い、ジズよりも遥かに早い…そうだ、アーリウムは変身しても第三段階のまま。そしてマゲイアの例を見るに技も完璧に模倣出来る様子。


つまり、今目の前にいるのは…ジズの紛い物でもアーリウムでもない。第三段階に至ったジズそのものなんだ。


「ハハハハ!凄いね!これ!流石はかつては天下を取ったジズ・ハーシェルのスペック!……これなら君達を完璧に殺せそうだ」


一瞬だ、ジズの姿が一瞬消え、再び姿を現した頃には既に私達の体には無数の切り傷が生まれ、鮮血の雨を浴びて空中を舞っていた。


斬られたんだ、剣を抜いて部屋中を飛び回り私達の体を切り裂いて元の場所に戻る…その一連の動きが全く見えなかった。始点も過程も見えずただ行動の終わりだけが目に見えた…早過ぎる。


「ぐっ…!」


「私より早いとか無しでしょ!」


そして地面に叩きつけられ、転がる私達三人。最早アーリウムの力は私達に対応出来る範疇を超えており、どうこうする…ってレベルにない。

強すぎる、アーリウムの素のスペックを手に入れたジズなんて…もう手に負える敵じゃない。


「ッ……これまでか」


「………」


かつて、ジズと一緒に戦ってくれたコーディリアの心さえ折りかけるほどに、今のアーリウムは…ジズは強い。だが…それでもコーディリアは折れない。彼女は折れそうな心を抱えたまま誰よりも早く立ち上がり…。


「もうこうなったら、…あれしかない」


「コーディリア……まさか」


「ああ、空魔終式・絶対絶命を使う」


それは自分の命の全てを使い相手を道連れにする強引極まる技、使えばコーディリアは死ぬ…だかり、これまでか……でも。


「ダメです、コーディリア…なんのために貴方を生かしたと思ってるんですか!」


「贖罪のためだろ…なら、これで贖罪にさせろ。ジズの亡霊を連れて行く、それでいいだろ」


「ダメです、そもそも…奴は今ジズそのものですよ。あのジズが…空魔終式に対する対抗策を講じていない筈がありません」


「ッ……」


ジズは用意周到であり、臆病な人物だ。自分を殺し得る技を娘達に与えるとは思えない、確実に私達の知らない絶対絶命の弱点を知っている筈だ。そして今のアーリウムもそれを理解している筈。

効かない、やっても一人泣きを見るだけだ。


「ならどうする!何か策はあるのか!ないだろ!」


「あります!一つだけ…奥の手が」


「なッ…あるのか!?」


本当はクユーサーに対して使うつもりだった。陛下から乱用するなと言われている正真正銘の奥の手の中の奥の手……。私は立ち上がりながら胸に手を当て、静かに息を整える。


これを使えば今のジズにも勝てる筈だ。それだけの物を私は陛下から授かった…あの電脳世界で。色々あって今日まで披露出来なかったが今がその時だ。


「下がっていてください、コーディリア…アナスタシアも」


「あんた、何するつもり?」


「……時空魔術の秘奥、…『タイムジャンプ』です」


「た、タイムジャンプ?」


時空魔術とは、時間と空間を操る神の如き魔術だ。だが私は時間を操る才能と言うものがとことんになく、だからこそ空間魔術の一つである時界門だけを極めてきた。


そこで言われた、陛下に…あの過去の世界を再現した電脳世界で。


『そんなにも時界門が上手く使えるなら、使えるのではないか?…時の跳躍を』


それは、空間を飛び越える時界門を時間に適用し、時間を飛び越える魔術にする奥の手。つまり時間を飛ばすのだ…勿論世界の時間を一気に明日に進めるとかは出来ない。出来るのは私個人の時間だけ。


つまり、使えば出来る……。


「私を十年後の私にまでスキップさせます…十年の時があればアーリウムも倒せるはずです」


「なっ!?」


つまり、私の肉体を十年先まで進める。年齢的には三十代くらいの私だ。しかもただ肉体を成長させるだけじゃない…時間を飛ばすんだ。つまりこれから先十年間に起こる戦いや修行を経験した…私の完成系とも言える姿に進化させる。


だが…制約も多い。陛下からは多くのことを言われている。


『まず乱用するな、そもそも未来に跳躍するということ自体が荒技だ。過去に向かう事程大変ではないが…それでもかなりの荒技。乱用すれば最悪お前は時の狭間に落ちて二度と戻れないかもしれない』


『タイムジャンプを一度行えばお前は十年分の経験を前借りで得られる。ただし継続使用していいのは……そうだな、五分までとする。それ以上使い続ければお前の肉体は元に戻せなくなる。分かるか?十年分の時を失う、友と一緒に成長する筈だった十年を失い、十年の寿命を失うことになる……必ず守れ』


『そしてもう一つ、絶対に守らなければならないのは───』


いくつもいくつも制約を言われた、何度も使うな継続して使用するなら等色々だ、だから今まで温存してきた…それだけ大規模なことを行うのだ、当然だろう。


だがここまできたら仕方ない。やるしかない。


「やるのか…メグ」


「はい、それしかないので……ではッ!」


胸に手を当て。魔力を集中させ…未来を見る。未来だ、時を超え…十年先の世界を夢想し、そこに穴を繋げる感覚で……!


「『時空界門』ッ……!」


両手拳を突き合わせ、ジズを睨みながら跳躍する…体が凄まじい時の流れに晒される。言い知れない感覚に顔を歪めながらも、光に包まれる。


「め、メグ……!」


十年だ、十年。私はこの一二年で急激に強くなれた…ならきっと十年後は、至っている筈!奴を倒せる領域に!!!



「あ……何したの?君…」


光が収まる、体の感覚が変わっている。時間を飛び越え、十年をスキップし、私の肉体は…今。


「成長したんですよ、今ここで…」


手を払い、胸を張る。髪が長く伸び、かつてよりも幾分鍛え抜かれた体で…私は身に溢れる魔力を確かめる。うん、成長してる…十年分!


「成功です!コーディリア!」


「あ……あんまり変わってないように見えるが」


「髪がちょっと伸びただけだよね…」


「そんな事ありません!成長してます!腕力も魔力も比較にならない強さになってます…そもそも私二十代ですからね!?そんな劇的に変わってたまりますか!」


ちょっとふっくらしたかな?って感じはあるが、基本姿は変わらない、だが確かに十年分の力が今ここにある筈なんだ。そう私が体を確かめていると…ふと、アナスタシアが。


「ってかメグは今十年後のメグになったんだよね、なのに私の事覚えてるの?」


「確かに……」


コーディリア達が疑問に思い首を傾げている。十年後まで覚えているのかって?知りませんよそんなの、だって…。


「そりゃ、意識は私のままですから」


「え?」


「陛下から言われてるんです…意識だけは絶対にそのままにしろって、意識まで変化させてしまうと、元に戻れないかもしれないからって」


それは陛下の言葉だ。意識まで十年後の自分にしてしまうと…かなり混乱してしまうらしい。そりゃそうだ、十年後の私が何をしてるかは知らないが、普通に生活してたらいきなり十年前の戦場に呼び出されるんだから。


戦うこともままならないし、何より『五分以内に解除しないといけない』という制約すら忘れている可能性があり、下手したら二度と戻れないまま…今の私の意識が完全に消えてしまうかもしれないんだ。


だから意識だけはそのまま。肉体だけ成長させたんだ。


「大丈夫なのか…お前」


「あんまり時間がありません。とっとと片付けます…アーリウム!」


「ああ、話終わった?なんでもいいけどさ……」


「ケリをつけましょう…魔力覚醒」


メラメラと燃え上がるように、魔力が溢れる。凄い…凄い魔力だ、十年後の私は一体どこまで行ってるんだ、なにを経験したらここまでいけるんだ…今から怖いのと同時に、楽しみになってきた!


「『天命のカラシスタ・ストラ』!!!」


「魔力覚醒?今更?」


先ほど捨てた風神刃ヴァーヤヴィヤストラを持ち上げ、構えを取る。魔力覚醒の強度も出力も向上してる…今ならいける。十年の時を…奴にぶつける!!


「行きます」


「お……!」


瞬間、斬りかかり薙ぎ払う。先程までとはレベルの違う斬撃を前にアーリウムの顔色が変わり、咄嗟に腰の片刃剣を抜き、私の斬撃を受け止める。


「へぇ、凄いね。マジで強くなってる…」


「まだまだ、こんなもんじゃありませんよ!!」


「そうかい、なら見せてくれよ!!」


そして動き出す。始まる、二つの刃、二つの影がこの狭い部屋の中を高速で飛び交い、全てを置き去りにする二人だけの世界を作り上げる。


「風よッ!」


「フハハ!」


加速、空中で数回空気を踏み抜くように風を作り出し私が想定し得る数段上のスピードを出し、アーリウムに向け突っ込む。その過程で数閃の刃と幾多の火花を散らし、断続的に続く金属音が鳴り響く。


「ハァッ!!!」


「ッ…!?」


刀を手で回し、旋風を生み出すと同時にアーリウムの目の前で体を回転させ、蹴りをその側頭部に叩き込み、壁に向けて吹き飛ばす。


「凄い!よくわからないけど押してるよ!」


「…………」


「コーディリア?」


アナスタシアの声を聞きながらも私は手を緩めない。刀を持ち直し壁に突っ込んだアーリウムに狙いを定め。


「『斬神鬼伐』ッ!」


一撃、振るわれた刀は空気を切り裂き、圧力により光が発生。それはそのまま爆発となり壁を斬るどころか跡形もなく吹き飛ばす勢いで粉々に吹き飛ばす。同時に大きく削られた壁の瓦礫から何かが突っ込んでくる。


「フッ…!」


飛んできたのはナイフだ、ジズの使っていたナイフ…こんな物まで再現されているのか。だがそれを刀で弾き──。


「どこ見てるの?」


「なッ!?」


蹴り飛ばされる、背後から。いつの間にか背後に立っていたアーリウムの蹴りを受け逆に吹き飛ばされる。ナイフだ、あれと一緒に飛んできたんだ…全く見えなかった!


「空魔百八式…!」


「チッ…!」


「『閻魔』ッッ!!」


そして吹き飛んだ私に追い打ちをかけるようにアーリウムが飛ばすのは、斬撃の竜巻、手に持った刀を一度振るうだけで全てを飲み込む風の災害が生み出され私に向けて飛翔する。

受ければ死ぬ、だから…防ぐ!


「『麒麟一角』ッ…!!」


一閃を刀にて生み出し、奴の奥義を防ぎ───。


「空魔一式・絶影閃空」


「え!?」


刀を振るった瞬間、再び背後から声が…まさかさっきの奥義も囮!?


「オラァッ!!」


「ガッッ!?」


そのまま首を掴まれ背負い投げの要領で地面に叩きつけられ、私は血を吐き…手から刀を落としてしまう。


「なに?この程度なわけ?」


「グッ……」


そして突きつけられる、剣を。顎先に剣を突きつけられ私は動けなくなる……押し負けた、十年後の私が…完全……。



「ちょっとちょっと!?なんで!?負けてんじゃん!十年あっても押し負けるの!?」


「違う…同じ事が起こったんだ……」


「え?」


アナスタシアの驚愕の声と、コーディリアの冷静な声が聞こえる。


「同じこと…って、なに?」


「アーリウムがマゲイアの戦いを理解していなかったように、今のメグも理解してないんだ…十年後の自分がどうやって戦っているかを」


「え……」


「変身のリスク、我々がアーリウムにつけ込んだやり方のように…、メグも同じ失態を犯したんだ…!」


「裏目に出た…ってこと…」


「ああ、この強化でどうにか出来る範疇を超えていたんだ……アーリウムの強さが」


「ッ……」


その言葉を聞いて、理解する。そうだ…あくまでこれを教えてくれたのは過去の陛下。過去の師匠なんだ、みんな過去の師匠の教えを受けてラセツと戦ったが、あくまで善戦で止まっていた。勝つまでには至っていなかった…。


それは…私も同じ、私だけが第三段階相手に勝てるだけ強くなったわけじゃない…。シリウスも言っていた、これだけ強くなっても…第三段階相手に勝つのはかなり厳しいと。


つまり、元よりこの奥の手も…通じなかったというのか。


(そんな……)


覚醒も、タイムジャンプも使って…もうなにもないのに。全部通じないなんて……そんなの。


ないだろう…。


…………………………………………………


これでいいのか、私は。


私はかつて、ハーシェルにいた頃から…マーガレット、いやメグを超える事を目的にしていたし、超えたと自負もしていた。

だが実際に私はメグに負け、ハーシェルは壊れ、私だけが生き残り…収監された。私はメグを上回ることができなかったんだ。


それは…まぁ、納得したからいい。所詮私はその程度だったと納得出来た。だがどうだ、今目の前で起こっている現象、私が見ている物は…。


(メグが、ジズに殺されそうになっている。私は…なにをしている)


今、ジズの格好をしたアーリウムがメグを殺そうとしている。メグの奥の手が通じなかった、殺される…メグが。

私はそれを見ていることしかできない。さっきの戦いを見て分かった、次元が違う。覚醒もしていない私では…役にすら立てない。


ああ、そうだ…なにもできないんだ……私は……。


(これでいいのか、私は!)


唇を噛む…情けない、情けないにも程がある。悔しい、己の無力が悔しい…。


私は贖う為に生きている、今まで殺してしまった全ての為に、私が殺してしまったビアンカのオフェリアの為に、トリンキュローの為に生きて後悔する為に生きている。それが私に課された罰だから。


けどそれは…メグが生きてなきゃ意味がないんだ!


「…………」


「ちょっと、あんたなにするつもり」


「……うるさい!!」


アナスタシアの静止を振り切り私は走り出し、水銀を手に纏い、メグに剣を突きつけるジズに向けて飛び掛かる。


「やめろぉぉおおおおお!!!ジズぅぁぁあああああ!!!」


「はぁ、雑魚が……」


メグを助ける、その一心で私はジズに…アーリウムに殴りかかり。


「寄ってくるなよ」


「グッッ……!」


貫かれる、肩を。奴の剣に…その激痛に顔を歪めた。私ではなにもできない…やはり私の手は届かない。


嫌だ…そんなのは、私は……私はッッ!!


「今すぐ、メグから離れろ…!」


「なッ……!」


肩を貫く剣を逆に掴み、さらに押し込み、私はジズに近づく。一歩、また一歩近づく。こいつはな、ここで死んでいい人間じゃない。


かつて求めた自由の光、自由の光を塞ぐように立つ存在であったメグが…かつては憎かった。だが違うんだ、メグが光塞いでるんじゃない。メグこそが私の光だったんだ。


誰よりも自由に生きるこいつに憧れ、誰よりも理想像のまま生きるメグに焦がれ、そしてこいつに生かされたからこそ…今の私があるんだ!!


「メグが生きてなきゃ!私の生に意味がなくなる!!!」


私は罪深い存在だ、罪には罰がいる。私にとってのメグが…いなきゃ、意味がないんだ。だから……。


「そこを退けぇッッ!!ジズ!!!」


「ッこの光は────!」


体が光り輝く、力が溢れる。来る…まさか、ここでか…出来るのか、いや…やる、やらなきゃメグを助けられないなら、やってやる!!!


「魔力覚醒ッッ!!」


力のままに叫ぶ、祈りのように叫ぶ。生きる意味を助ける力を…くれ!!!


「『天煉のトバルカイン』ッッ!!」


「ッッ!!」


瞬間、私の体から放たれる光が一つの形を成し…ジズの左肩を貫く。生み出されたのは…刃だ。私の背中から無数に生える骨、まるで私に殺された者達の呪いが私に取り付くように、銀色の骨が私を覆い、巨大な骨の怪物を作り出す。


髑髏の怪物、それが握る剣がジズの肩を貫いていた。


「グッッ!!離せ!!」


「メグッ!!」


ジズが骨の怪物を貫いた瞬間、私はメグを引き起こし、同時に足元から銀色の骨を生み出し足場にして跳躍する…なるほど、これが私の覚醒か。


─────概念抽出型魔力覚醒『天煉のトバルカイン』。それはコーディリアの罪の意識と罰に塗れた人生の具現。人を殺す羽金にて形成された人骨、それを召喚し操る事で相手を圧倒する広域破壊型の覚醒。


羽金の骨はいくら破壊されても元に戻り続け、そしていくらでも作り出すことができる。暗殺には向かず、コーディリアを呪い続ける骨の怪物はまさしく彼女の罪悪感が力となった物である。


「メグ!大丈夫か!」


「う……」


メグを抱き抱える。メグの髪が戻ってる…どうやらタイムジャンプが解除されたようだ。だが…いい。


「メグ、私が時間を稼ぐ。お前は下に戻れ」


「え?そうしたらあなたは……」


「いい、ここで死ぬならそれで。お前を死なせるよりずっといい」


「…………」



「逃さないよ!!」


「チッ!」


メグを抱えたまま私は走る。襲いくるジズの斬撃、それを巨大な羽金の肋骨を生み出すことで耐える、一撃で破壊されるが即座に再生させ銀の骨の壁を維持し続ける。

これならメグが逃げるだけの時間は稼げそうだ…。どうせ殺されるだろう、だがそれでも。


「いえ…ダメです」


「メグ……」


「貴方は、こんなところで死なせません…お姉さまは、もっと苦しんだから」


「………だが」


「もう一度、タイムジャンプをします…」


「無駄だ、通じなかったはずだ」


ジズの攻撃が苛烈さを増す、もうこれ以上耐えられないか…いくら覚醒したとはいえ、奴は第三段階、未ださは歴然……やるなら、早くしないと。


「大丈夫、次は……肉体ではなく、意識を飛ばします」


「なっ!?それは止められてるんだろ!」


「もうそれしか、方法はありません。私の強さは…肉体ではなく、この心に宿る物ですから。それに十年後の私ならきっと、あなたを守ってくれる…だから」


「…………くっ!」


それしかないか、なら…なら!


「やるなら早くしろ!その時間くらいは稼いでやる!!」


「分かりました……!」


私は肋骨を解除し、背中から無数の骨の腕、無数の剣を展開し、メグの前に立ちジズに…アーリウムに立ち塞がる。


「私が相手だ!アーリウム!!」


「退けぇッッ!!!」


「ッッ!!」


飛んでくる、飛んでくる、飛んでくる。斬撃の雨、死の嵐。ジズが見せる殺しの意思が乗った無数の斬撃に対し私は全ての骨を全力駆動させ必死に撃ち落とす。


一合撃ち合おう都度に骨が割れる、壊れる都度に骨を再生させ剣を振い続ける。


稼げるのは数秒が限度、全力のアーリウムを相手にこの場で押し止まり続けるのはそれが限度…だが、その間でいい。


それまでの間…この死の雨は!一滴たりとも背後には通さない!!


「この雑魚がぁぁあああ!邪魔をするんじゃない!!!」


「するさ…雑魚にも雑魚なりの意地がある、生きる意味が…あるんだよォッ!!!」


歯を食い縛り、耐え続け、そして……。


「なにが生きる意味だ…!」


「グッ!?」


決壊する、骨の腕全てを薙ぎ払われ、私の左腕が…鮮血と共に吹き飛ぶ。ジズの斬撃が私の腕を切り裂いたのだ。そして奴は一歩踏み込み…。


「今から死ぬお前に、関係なんかないだろ」


「………」


ぬらりと刃が首に迫る。ここまでか、だがいい…私が奪ってしまった命の数に比べれば足りないが、今一つの命を守れたんだから。


トリンキュロー…すまなかった、だが…お前の守りたかったものは、私が守った。だから…あとは地獄にでも落ちて、贖うとしよう……………。




「『迅影』ッッ!!」


「ガッ!?」


しかし、刃は私の首に当たり前に…飛んできた影がアーリウムの頭を蹴り飛ばし、吹き飛ばし、遠ざける。


「私の事忘れてんじゃねぇええええ!!!」


「アナスタシア!」


「お前も!一人で満足してんな!」


アナスタシアだ、私の前に立ち傷だらけの体を奮い立たせながら、共に立ってくれる。こいつ……全く、頼りになる奴だよ。


「がァァアアア!!雑魚共がぁあああ!!いい加減にしろよ!!!」


「はぁ、ったく…一人で満足すんなよコーディリア。満足するなら…私も付き合う」


「…そうか、だがその前に……」


怒り狂うアーリウム、それから目を離し…私は背後に目を向ける。そこに立つメグは…先程のタイムジャンプと同じ光を放ち終えたメグに変化はない。肉体ではなく意識を十年先のものにしたんだ…。


カノープスが止めていた事をやって大丈夫なのか、とんでもない代償があるんじゃないのか…いや、大丈夫だ。


こいつは…メグだ。メグ・ジャバウォックはどれだけの時が経とうとも、変わらないはずだ。


「メグ、気分はどうだ?」


「………ここは…?」


薄らと目を開けるメグは周囲を見る、そして小さく首を傾げ。


「あら?私は確か陛下と……間違って時界門を起動させてしまったのでしょうか」


「メグ!しっかりしろ!」


「え?」


チラリとメグはこちらを見る。どうやら意識が十年後から飛んできた事で混乱しているようだ。そりゃそうだ、十年前のことなんか私だって覚えてない、混乱して仕方ない…でも頼む、今はお前だけが頼りなんだ。


せめて、私のことは忘れていても…今の状況だけでも理解してくれ!


「……………」


メグはチラリと目を下に向け、ジズに向け、周りを見て……小さく息を吐き。


「コーディリア、あなたそれ誰にやられたんですか」


「え?」


コーディリア、そう呼んでくれたことない少しだけ喜びを感じながら…私は切り飛ばされた左腕を見て。


「いえ、言わなくても分かります。忘れもしない、ここはコヘレトの塔ですね。そして私はあの時…みんなを守る為にタイムジャンプをしたんでした。……やったのはあいつですね」


「あ、ああ…覚えてるのか?」


「勿論、だって親友のことですから」


「し、親友!?私が!?」


未来で私とメグの関係はどうなってるんだ!?なんて問いかける前にメグは悠然と私とアナスタシアの肩を叩き。


「さ、バトンタッチです。後は私が終わらせておきましょう、お二人とも下がって…っていうかアナスタシア、貴方若いですねぇ〜…そっか、この時は痩せてたんですね」


「え!?私未来で太るの!?」


「待てメグ!私たちもやる、お前は意識だけが十年後のものになっているだけ!肉体は若い頃のままだぞ!」


「大丈夫大丈夫、分かってます…それに」


チラリとメグは…超然的な視線を見せ、アーリウムを見つめると。


「今更第三段階の使い手一人程度、怖いとも思わないので。軽く捻ってきます」


「え……」


それは、フカしでも余裕でもなく…極々当たり前のことを語るようにそう言って私達の前に立つ。第三段階一人程度?嘘だろ…。


「なんだなんだ?今度はなにをする気だ?何をしても無駄だよ」


「さてそうでしょうか?ジズの顔した…えーっと、名前はなんで知ったけ?アクアリウムさん…でしたっけ?」


「アーリウムだよ!バカにすんじゃねぇ!!」


「ああそうでしたそうでした懐かしい〜、昔いましたねそんなの。この頃はこいつより強いやつなんかいないと思ってました…けど、正直あれですね。お前とかあんま大したことない存在でしたね」


「はぁ……?」


「私が今まで経験してきた戦い、その全てから見れば…極々小さな存在。お前如きに止まってるようじゃ…今の私もまだまだです」


「……いい加減にしろよ」


メグの奴、本当にどうしたんだ…あんな大口叩いて大丈夫なのか…!?十年でどんな経験をしたかわからないが、時間制限あるんじゃないのか!?


「もういいや、死ねよお前」


「死にません」


瞬間、アーリウムが動き…目にも止まらない速度でメグに向け刺突を放ち、その剣がメグに深々と突き刺さり──。


「ァガッ……!?」


悲鳴を上げたのは…アーリウムの方だ。あの目にも止まらない刺突を放ったアーリウムに対し、メグは拳よりも小さな時界門を体に作り、剣をその中に入れ…逆にジズの方に繋いだのだ。そして背中に自分の剣が刺さったジズは苦悶の声をあげたんだ。


「グッ…クソが!」


「では、あんまり時間的余裕もありませんので…軽く、やりましょうか」


するとメグはぐるりと回って唇に指を立てウインクし……。


「ネタバレを」


その瞬間、メグの体から魔力が溢れる。おかしい、肉体は進化してないはずなのになんで魔力が増えてるんだ?いや増えてるんじゃない、出し方が上手くなってるんだ……意識が十年飛んだから、その分技量も……!!


「極・魔力覚醒」


「え!?」


第二段階のはずのメグが語る、それはまだ出来ないはずの技…いや、まさか出来るのか…お前は─────。




「『天界のトリシェーラ・クンバヨーニ』」


……展開される、本来使えないはずの極・魔力覚醒が発動し、メグの周りに領域が展開される。その規模は20メートル程、だが異様なのはその景色。


まるで、万華鏡の中にいるような、光が乱反射し、赤や青に変色しキラキラと回る異様な景色がメグの周りに浮かんでいる。なんだこの極・覚醒は……。


「なっ!?お前…第二段階のはずだろ」


「当時はそう思っていましたが、そもそもアマルト様が極・覚醒した件から考えるに私達の実力的にいつ極・魔力覚醒してもおかしくない状況にありました。事実この頃から他メンバーも立て続けに第三段階になりましたし…なので、前借りができるかなぁと」


「ま、前借りだとぉ…!」


「ええ、本当ならもっと凄いことをしてあげたいですが。まぁ…貴方ならこれくらいで十分でしょう。今の私なら…極・魔力覚醒を最大限扱えるので、不足はないかと」


メグは未来では極・魔力覚醒を極限まで鍛え抜いているんだ。覚醒を進化させたように…極・魔力覚醒も。ならつまり…未来のメグのいる段階は……第三段階ではなく……。


「さ、かかってきてください。いや…必要もありませんか、多分…なにしても無駄なので」


歩き出す、メグが歩き出し…右と左に向かう。いや…なにを言ってるか分からないと思うが事実としてメグは右と左…両方に向けて歩いている!


「な、なにが……」


メグの体が二つに分かれ、、さらに二つに分かれた体が四つに、四つが八つに…どんどんと分かれ、終いにはアーリウムを囲むほどに増える。なにが起こってるんだ、あいつの極・覚醒はどんな効果なんだ…。


「な、分身!?分身系の覚醒か!?」


「分身ではなく貴方が私を観測できていないだけです。残念ですがここにいる全てがメグでありメグではありませんし、もしかしたら両方かもしれません…つまりは確率の問題です、分かります?」


「は…はぁ?」


「分かりませんか、まぁ無理もありませんね」


「うるせぇ…的が増えただけだろ!!!」


瞬間、アーリウムは剣を振り回し無数の斬撃を放ち──。


「あ、それは無理です」


「あ……!?」


い、いや…違う、振ってなかった。だがおかしいな、今剣を振ってるように見えたのに、今は剣を振らずに棒立ちで立ってる…な、なんなんだ、なにが起きてる…。


「アナスタシア、分かるか…?」


「え?いや…わかんない、なんでジズは領域の外に逃げようとしたのに、元に戻ってるの」


「は?剣を振ったろ」


「え?逃げてなかった?」


なんでアナスタシアと話が食い違う…こいつどこ見てたんだ……。


なんて全員が混乱しているとメグは首を振りながら。


「これでは勝負にもなりません。ハンデなので教えてあげます…私の極・魔力覚醒『天界のトリシェーラ・クンバヨーニ』…私は元より時間と空間を操る存在でした、それが覚醒で次元という方向に伸びたのです……なら、極・魔力覚醒は次元を強化する方向に進むのかと思いましたが、違ったのです」


メグは万華鏡のように光り、輝き、回る世界を背に両手を広げる。いつのまにか分身したメグは消えており…ただ一人のメグが微笑みを浮かべる。


「今の私が操るのは時、空間、次元に続く第四の領域…即ち『量子』の世界。確率と観測が物を言うあらゆる常識の通じない世界の力です」


「量子……?」


─────極・魔力覚醒『天界のトリシェーラ・クンバヨーニ』は時間、空間、次元に加え量子すら操る覚醒。彼女が持つ半径20メートル以内の空間は彼女の意思により量子の世界の法則が自由に適用される。


全ての可能性が同時に存在する世界、観測されるまで何もかもが不確定、あらゆる物が確立しない世界の法則を彼女は操ることができる。


つまり、この領域内にいる者はメグが観測するまで事象が確定しない。確定させていないものは他の観測者から見れば全く別の可能性、全く別の世界に見えている。


コーディリアから見れば剣を振ったように見える、アナスタシアからすれば逃げたように見える、アーリウムは魔法を使ったつもりだった。その全ての可能性が同時に存在しているからこそ全員見える世界が違う。


そしてメグは、その無数にある可能性の中から『なにもしなかった』という可能性を選択し、観測した。これによりジズの可能性は確立しなにもしなかったことになった…。


「つまり確率を操れるってことですね。この空間の中はサイコロの全ての出目が出ていることになってます。それを私は好きな出目を選んで…六が出た事にできるわけです」


「なんだそれ……そんなもん、神様も同然じゃないか…」


「いい例えです、そうですよ。貴方の先の領域にいる人達はみんな…神様も同然の力を持ってました。出倒すの…苦労しましたよ。まぁ…これは私が鍛えに鍛えて極めまくって辿り着いて手に入れた技なので、この時代の私にはまだ難しいかもですね」


「ッッ……ふざけるなァッ!!!」


瞬間、アーリウムはメグに向けて飛びかかり切り掛かった……しかし。


「本当ならもう少し先の戦いで覚醒するはずでした、そして長い時間かけて…この可能性の操作にたどり着いた」


「な!?」


違う、メグは最初からアーリウムの後ろにいた!アーリウムは全然別の放送に切り掛かっていたんだ!


「それを前借りしたので、まぁ…今の君にはちょっと難しいかもしれませんね、倒すの」


「なッッ!?!?」


そして、振り向いたアーリウムの背後に立ち、肩をポンと叩くメグ。まるで違う、アーリウムとメグが立ってる次元がまるで違う!大人と子供…いやもっと大きな差。


まるで……人間と魔女だ。


「ッッそんなわけないだろ!!見せやる僕の本気!!天狼因子解放!!」


「おお」


メグは口を開けながら見ている。アーリウムの髪が緑に染まり、瞳が赤く染まり、強くなっていくのを……まるで別次元の存在になったメグに対抗し、アーリウムもまた別次元の存在になった…。


「シリウスの真似ですか?あはは、似てませんねぇ〜。シリウスの髪はもっと白いですよ」


「うるせぇ!見せてやる…僕の全身全霊!!極・魔力覚醒!!『鬼喰全漢──」


「面倒なので、それダメです」


「ぇ……!」


しかし、メグがパチリと指を鳴らすと…アーリウムが発動しようとした覚醒がまるでガラスのように割れてしまう、なかった事にしたんじゃない…どういう原理が不明だが覚醒を無効化したんだ。


未来のメグはこんなことが出来るのか…一体未来のメグはどれだけ強くなってるんだ。どんだけ強くなってるんだ…!こんな……。


「さて、確か五分しか猶予がなかったので…そろそろ終わりにします」


「な、なんなんだこれ!なんだこれ!?訳がわからねー!!ふざけんなお前!!」


「はいはい、じゃあもういいですね」


するとメグは両手をゆっくりと当て、逃げ出そうとするアーリウムを見つめる。アーリウムは何度も領域の外に逃げようと走るが、気がつくと元の場所に戻り、永遠に同じことを繰り返している。逃げられない…なにもさせない。そして。


「『量子界・天門来招』」


「えッ!?」


突如、アーリウムが光に包まれる…そしてまるで吸い込まれるように中に消えていき……。


「貴方はこれから量子の世界に向かいます。埃よりも小さな世界、人類が観測出来る最小の世界です…そこを永遠に彷徨いなさい」


「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!僕は!僕は─────」


「はい、パタン」


手を閉じる。アーリウムが消える…消した、どこかにやった。どこにかは分からない…だが、終わった…あれだけ強かったアーリウムが、まるで雑魚同然に消された。


こんな事…あるか?


「はい終わりです、ありがとうございましたコーディリア、アナスタシア」


「え?あ……ああ」


「あと、メグに言っておいてください。未来の自分を戦力カウントするな、今の敵は今の自分で倒せ、でなきゃ経験値にならないので後々苦労しますよって」


「わ、分かった…えっと、戻ってくれるのか?」


「ええ……」


メグは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認すると…ふぅと息を吐き。


「もう間に合いませんか……」


「え?」


「いえ、あともう一つ…いやたくさん言いたいことはありますが、あんまり言いすぎても未来が変わりそうなので…一つだけ」


メグは私に向けて指を立て……こう言う。


「現代のメグにこう伝えてください。デティフローアの話はよく聞けと」


「デティフローア?お前の仲間だろ?話聞いてないのか?」


「そう言う話では……ああもう時間がありません、では戻りますね。……名残惜しい」


それだけ言うとメグは指をパチリと鳴らす。それだけだ、現代のメグが必死に精神集中して行っていたそれを…なんの苦もなく発動させ、消える。


ああ分かる、見た目は変わっていないが…分かる、未来のメグが消えた、雰囲気が変わった。


「ぅ……あ…どうなりましたか?…なにが起こって…」


「メグ!戻ったのか!」


「は、はい…未来の私は上手くやりました…か……?」


メグが戻った!そう思った瞬間、メグはフラフラと倒れ始め……。


「メグ!」


「う、未来の私…どんだけ魔力使ったんですか……もう魔力が残ってませんよ…」


「……いや、よくやったよ、未来のお前は」


「それなら……よかった……ぅ……」


目を閉じるメグを見て…息を吐く。意識を失ったようだ。未来のメグが魔力を後先考えず使ったから気絶してしまったようだ。どうやら未来のメグは本来の自分の体の感覚が抜けていなかったようで…いや、或いは敢えて気絶させるため?


ともあれ、気絶したメグを抱きしめた私は…ぐったりとしながらその場に座り込む。


「どうすんの、コーディリア」


「私は…ここでメグを守る…お前は、まだ動けるだろ…」


「まぁね」


私は切り落とされた左腕を見て…目を閉じる。私はもう動けそうにない、だがアナスタシアはそうじゃない。


「他の奴らを助けてやってくれ……」


「そうだね、まだ戦いは終わってないからね…じゃ、バシレウスを助けに行ってくるよ」


そうじゃなくて…メグが戻ろうとしていたところに、と言いかけたが…これ以上喋れそうにない。だが戦いが終わってないのは事実、今で私に出来るのは…こうやってメグを守ることだけ……。


(親友……か)


私はお前の姉が死ぬ原因を作った人間だぞ、それなのに未来のお前は…私をそう呼んでくれるのか?あんなに酷いことをしたのに…メグ。


(嗚呼…だが、そうなれたらいいな)


メグを抱きしめ、座り込む。アナスタシアが去り二人きりになった空間で…私は座り込む。ただ…未来と親友を抱きしめて。

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― 新着の感想 ―
メグはの戦闘スタイルはこの章でよく言及される外付けの力に近いものがあり、極めるべき魔術も現状時界門しか使えず、威力の高い技もあるがクセが強いで先行きが不安でした。 そんな不安をぶっ飛ばしてくれるくらい…
未来メグさんかっけぇぇ‼︎大人の余裕を感じる。 未来の前借りができるとか強すぎるなぁ。そういえば帝国って平行世界に存在する自分を召喚できる人もいたし、この手の能力も当然あるのか…… 10年後のメグさん…
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