757.対決 『混沌』のペトロクロス
「どぉぉぉおおおおおっせいッッ!!」
「むぅうううッッ!!」
打ち合う、打ち合う、打ち合いまくる。腕を必死に動かしお互いの防壁をぶっ壊すために打ち合いまくる。相手の腕は六本こっちは二本、けどそんぐらいのハンデがあったほうがええやろ…やって。
「狙いが甘いんじゃボケナスッッ!!」
「ッッ!?!?」
相手の六本腕全てを弾き返し胴体に拳を叩き込み吹き飛ばす。こんくらいのハンデがあったほうがええ…やってオレのが強いから。
「……やるものだ、流石は『悪鬼』ラセツ、セラヴィが製造した最強の兵器…伊達ではない」
「やろ?セラヴィも銃とか作るよりオレ大量生産したほうが儲かったやろな!ナハハハハ!」
コヘレトの塔の只中で打ち合うのは焉魔四眷最強と噂される『混沌』のペトロクロス。コイツのせいでみんなと分断されてえらい事になってんねん、そんでオレも一緒にコイツと隔離されて…各個撃破を狙われとる。
まぁけどそこは最強のラセツさんですわ、ペトロクロスの猛攻をもうメタメタに弾き切って押し返してんねん、いや楽勝ですわ楽勝。…って言いたいところやけど。
(うーん、全然効いとる気がせえへんな)
殴り飛ばしたペトロクロスはガチャガチャと甲冑を動かし立ち上がる。六本腕に見上げるほどの巨体……か。
タヴやん曰く、ペトロクロスの中は空っぽやったらしい。鎧の中にはなんも入っとらん、そんな事あり得るか?せやったらオレはなにと戦ってんのや?それをずっと考えて戦ってるが答えは出ない。
そして、いくらペトロクロスを殴ってもダメージを与えられている気がしない、ってことはやっぱあの中身のない鎧をいくら叩いても意味あらへんってことやんな。
(さて、どないするか…アイツの体の秘密を解き明かさん限り勝てそうにもないな)
ポキポキと指を鳴らし、思考を続ける。全力出すのは倒し方が分かってからや、それまでは牽制も込み込みで相手に実力を誤認させる…。まぁ、相手も多分まだ本気出しとらんから意味はないやろけど、まま…ええやんか。
「では、命令を継続する」
「おう、ええで。さぁ来なさい!」
両手を広げ、指をクイクイ曲げてかかってこいと挑発した瞬間…ペトロクロスは足先から魔力を噴射し突っ込んでくる。さぁて、まずは推理をいくつか実証しますか!
「『紅月十字斬』!」
「あぶなー!」
ペトロクロスは四つの腕を同時に動かし上下と左右で交差させ、魔力の刃を発生させた指先で剪断しようと幾度となく攻めてくる。このスピードが速いのなんの…せやけど。
「当たらん当たらん、もっとよー狙いやッ!」
オレ、こう見えて案外すばしっこいねん。つま先で地面を蹴り背後に向けて飛ぶことで相手の攻撃の範囲から遠ざかる…と同時に後ろ壁に足をつき。
「『マルムラビトゥス』…!」
「な…!?」
一瞬や、推進力を操る魔術『マルムラビトゥス』を使い瞬きの間に最高速に至り、ペトロクロスの反応出来ん速度で突っ込み、横をすり抜け背後に回る…と同時に。
「これ、もろてもええかな」
「それは……」
取る、奴の六本ある腕のうちの一つ、右下部の腕…それを強引に引っ張ると案外あっさり抜けた。ってかマジで中身ないやん、内側も空洞やし…コイツ幽霊か何かか?
「返せ!」
「いややー!これもうオレのやもーん!」
カサカサと足を動かし腕を取り返そうとするペトロクロスから逃げつつ奪った籠手の中を見てみる。中には魔術陣が刻まれている様子もないし、トントンと叩いてみてもなんか黒い煤みたいなのが出てくるだけで魔道具が入っとる感じもせん。
マジでなんの変哲もない鎧や…うーん。
「喰らえや!!」
オレはその場で奪った腕に関節技を決めてみる。もし奴の体が中身ではなくこの鎧そのものなら、籠手に関節技を仕掛ければ奴が痛がって……。
「………なにをしている?」
……ないなぁ。ってことはハズレか。
「あ、もうええで、返すわ」
ポイっとオレが籠手を投げ渡すとペトロクロスは怪しみながらも籠手を受け取り、そのまま元の場所に嵌め直す。するとまた籠手は奴の腕のように振る舞い始める。おかしいなぁ…オレが取ったらあの籠手は動かんくなったのに…どういう仕掛けや?
「……なにを企んでいる」
「別に?オレってば考えるの苦手やねん。なんでも行動!思い立ったら行動!直感第一やもんで」
「嘘だな、ただの筋肉バカが至れるほど…第三段階の領域は甘くない。お前は賢く、強く、そして才能に溢れている」
「なんやなんや、急に褒めてくれるやんか」
オレは適当に返事しながら考える、さて次はどう試すか。そう考えているとペトロクロスは…カチャカチャと鎧を震わせ始める。
「褒めるさ、私は……何よりも第三段階に焦がれたんだから」
「なんやって?」
「憧れたのさ、タヴに…お前に…クレプシドラにイノケンティウスに、何より…マヤに。だが私はどう頑張っても第二段階止まり、それ以上強くなることはできなかった……」
「ハハハ、なかったんやない?才能」
「ああ、無かった。他人よりはあったろうが…お前達のような選ばれた一握りにはなれなかった、それが…悔しかった。こんなにもコルロ様に尽くしたいのに、私は…俺は……才能がなかった、あまりにも才能がなかった」
ペトロクロスは震えている、悲しみと怒りに、空洞の鎧に木霊する声には様々な感情が込められており、彼は自分の手を見て……項垂れる。
「だから、こんな姿になってまで…私は第三段階になる事を選んだ。人である事をやめてでも、…第三段階に至りたかったから、お前はいいよな…人のまま第三段階になれて」
「………腹立つ物の言い方やな。他人をなんの苦労もせずこの段階に来たような事言うて。なにが人のままじゃボケナス、人扱いされ始めたんわ最近からや」
オレは生まれながらにして人やあらへんかった。不吉の象徴…狼人間、どこ行っても石投げられて、パラベラムに加入しても兵器扱い。屈辱押し殺してセラヴィに尽くし続けた人生の、どこがええ人生なんじゃボケが。
「知らん、お前の事情は」
「ひぇー、会話にならん」
「私は…人である事をやめた。その覚悟で…ここにいる!貴様とは違う!ラセツ!!」
「おッ!」
瞬間、ペトロクロスが腕を振るう。せやけど魔法やあらへん!なんか飛ばしたんか!そんな直感のまま咄嗟に推進力を操り側面に飛ぶと…。
「なんじゃ、壁が切れた…」
キラリと赤い光が空間に灯ったと思えば…壁に五本の線が刻まれる。切り裂かれたんや…斬撃?指から斬撃飛ばしたんか?便利な指やな、料理得意そう。
と言う冗談はさておき、飛ばしたのは恐らく糸。鉄糸みたいなもんを振るって壁を切ったんや、だが魔力でも魔術でもない、とすると奴の体の秘密に関わってそうやな。
「人である事やめて必勝になれるんやったら、オレは犬にでも狼にでもなるで、けどそうやあらへんから…オレぁまだ人のままなんや!」
「喧しい!!」
即座に方向転換、一気に突っ込んでペトロクロスに迫る。その間も不可視の斬撃が無数に飛んでくるが関係ない。見えないし魔力でもないから確認は不可能、けど基本腕を振った方向にしか飛ばんから腕を見てればある程度予測は出来る。
そして!
「そらよ!!」
「ゔっ…!?」
ペトロクロスの真横を抜けるようにすり抜け、同時にペトロクロスの兜を触る、推進力により兜がぐるぐると回転し…。
「はは!目が回るやろ!グルグルやー!」
「死ね」
「むッ!」
六本腕が同時に動き、オレ目掛け不可視の糸が無数に飛んでくる。咄嗟に流動防壁で弾き返すが…コイツ今オレの事狙ってきたな。ってことは兜は飾り、視覚情報には頼っとらんと…なるほどなるほど。
大体わかってきたで、そう言うことかいな…!
「やってくれたなぁ!このー!喰らえやー!啞邪羅華ー!!」
「迂闊だな!ラセツ!!」
咄嗟にオレはペトロクロスに向けて突っ込むが…待ち構えていたようにペトロクロスは六本腕を巧みに操り、不可視の糸を手繰り…。
「『千糸馘』ッ!」
「うぎゃー!」
さながらスライスチーズや、無数の糸がオレを絡め取り、一瞬でバラバラにしてまう。こりゃ痛い、もうズタズタやで?そこら中に肉片が転がってさぁ…もう。
「痛いやんか」
「は?」
まぁ、斬られたのオレやなくて…流動防壁をオレの形に加工した魔力人形やけどな。そいつを代わりに突っ込ませたんや…しかし変やな。魔力防壁を加工しただけで、見た目はオレとは似ても似つかん……なのに。
「なんで間違えたん?」
「いつの間に後ろに…!?」
「あー答え言わんで!オレが当てる。……お前、目やなくて魔力感知で人を見とるな?」
「ッッ!!」
ビンゴみたいや〜、顔色は分からんけど明らかに反応が変わった。まぁ答え合わせするまでもなくそうやろうとは思ってましたがね〜ん。
阿保ボケが、丸分かりじゃ。だってオレは防壁を突っ込ませた後は歩いてコイツの後ろに回ったんやで?目が見え取ったら反応出来るやろ。
コイツは目じゃなくて魔力で感じて反応しとる。しかもその反応は鎧を起点に行われている…ってことは!
「お前!やっぱ鎧の中におるやろ!!」
「ぐぅっっ!!寄るな!!」
「はーい、離れまーす!」
数閃、紅の光が迸るが既にオレはそこにいない。天井近くに飛んで…同時に。
「ほな、やりますか」
ドロリと粘性のある防壁を全身から溢れ出させ…。
「『碁泥』…!」
べちゃべちゃと周囲に魔力防壁を拡散し、それを出来る限り人の形に寄せて配置する…するとどうだい。
「ッ…!どこだ、どれが本物だ…!?」
へへ、やっこさんマジで見えとらんで。必死に周囲のオレ(防壁)を攻撃しとる。ここにオレがおることも分からんか……さぁーて。
「ここじゃボケッッ!!『啞邪羅華』!!」
「!?!?」
即座にペトロクロスの背面に移動し、後ろから打ち込むのは渾身の啞邪羅華。魔力が荒れ狂い竜巻となる勢いでペトロクロスに激突し、奴の体を壁に叩きつける…と同時に。
「『木蓮』ッッ!!」
更に叩きつける、蹴りを。紅蓮の魔力が爆発し一気に壁が崩落、ペトロクロスの体が大きく倒れ込む…がしかし、やはりダメージはないと…だが関係ない、オレがやりたかったんわ。
「ちょっと中身見せろや!!」
「や、やめろ!!」
兜を剥ぎ、腕を取り、鎧をバラバラにしていく。コイツの意識が、何かを感じる機関が鎧の中にあるのは間違いない。だからオレは次々と鎧を解体してポイポイと後ろに捨てていく。
兜、胴体、腕、腰……足……あれ?
「マジで何もないやん」
がしかし、結局なにも見つけられなかった。なんや〜?おかしいなぁ〜…ん?
「…………」
チラリと視線を向けるのは、後ろに放り捨てた鎧達…それをよくよく見てみると、捨てられた兜を…胴体だけになった鎧が回収しようとしてる。鎧の中から…なーんかが伸びて───。
「捕まえた!!」
「ッッ!?!?」
掴む、一瞬で移動し兜と鎧の間にある空間を掴むと手に何かが触れる。糸だ…そいつで兜を引っ張って回収しようとしていたんだ。オレはそのまま糸を引っ張り出所を確かめるべく巻き取っていく……すると引っ掛かり、鎧の中から小さな何かが現れたんだ。
それは赤い糸を出す手のひらサイズの小さな塊…いや、これは。
「心臓?」
心臓だ、赤い糸を無数に出した心臓がドクドクと動いているんだ。剥き出しの心臓…しかも心臓単体。それも生きて鼓動する心臓が出てきて固まる。なんか想像してたのとはまた違うモンが出てきた…っていうか。
「まさか、これが…ペトロクロスの」
「触れるなッッ!!」
心臓に触れようとした瞬間、心臓から大量の糸…いや血管が生え、鞭のように振るわれオレの手が弾かれる。そのままオレに掴まれた血管を引きちぎり、心臓はオレの手から離れていく。
千切られた血管はオレの手の中で腐り果て黒い煤になる……なるほどな。
「そういうことかい。お前…『心臓だけの体』になってもうたんやな」
「憐れむな!私をみるな!!」
心臓は血管を使って鎧を引き寄せ次々と組み合わせ、その中に潜り込む。するとどうだい…鎧は再び人の体のように動き出すんだ。
つまりは…あれや。コイツは鎧の中で大量の血管を作り出し、それをびっしり内側に貼り付けて、鎧を操ってたんや。血管を引いたり伸ばしたりして人の動きを真似てたんや…けど、内側に心臓と血管が張り付いてるだけやから一見すると中身がないように見える。
そして、心臓と鎧そのものは接触していないから…鎧を殴ってもダメージが入らん、なるほどなるほど。
「随分な格好やな」
「うるさい…!これは…必要な処置だった」
「どこがや」
「私の肉体では…シリウス様の魂を下ろすには弱すぎた。魂を降ろせば肉体は弾け飛ぶ。だから…肉体を捨てた。弾け飛ぶ肉体がなければ死ぬことはない」
「そういう問題か〜〜?お前、コルロに興味半分で体弄られただけちゃうか?」
「うるさい…と、言っている…!!」
ブルブルと身を震わせたペトロクロスは全身から魔力を吹き出し、赤い鎧が変色していく。赤は漂白されたように色が落ち、純白の鎧に変わり…魔力が緑に変わる。
これは…あれか、シリウスの因子を使うとか言う、バシレウスが言う取った強化形態。素顔公開されてガチに切れたか。気持ちは分かるで。
「私は!史上最強の魂を受け入れられる存在だ!器だ!そうでなくてはならないのだ!そうでなくては…私は!」
「骨折り損のくたびれもうけ…ってか?ええやん、骨も肉もないんやし」
「貴様ァッ……!」
「怒っとんの?冗談やん」
「もう喋るなッ!!天狼因子解放…!」
白い鎧に変わったペトロクロスは全ての指から糸を…血管を突き出させ、地面に向けて放つ。貫通した血管は地面に通され…。
「『大壊天落』ッ!」
「おッ!」
引く、思い切り。まるで網でも引くように六本の腕で血管を掴み一気に地面を持ち上げる。その瞬間足場が崩れ、オレの体が宙に浮かぶ…あかん、バランス崩してもうた!
「なーんて、オレ空飛べるねんな〜……なッ!?」
瞬間、ペトロクロスの指先から放たれた糸…血管がオレに向けて放たれる。一瞬だ、オレが空を飛ぶためマルムラビトゥスを使用したその瞬間を狙い、ペトロクロスは糸のようにか細いそれをオレに向けて放ち、突き刺したのだ……いや問題はそれ以上に。
(う、動けん!体が全然動かんでこれ!)
「……私の生やすこれは、血管であり神経だ。通されたものはどんな物であれ私の肉体となる。鎧も、この塔も、お前の体も…!」
侵食される、奴の神経がオレの神経に食いつき全身が麻痺する。まだそんなこと出来たんかい!ってかこの話は聞いとらんぞ、バシレウス!アイツもうちょい情報共有せえや!
「このまま!貴様がミンチになるまで!殴り続けるッッ!」
「グッッ……!?」
そのままオレの体は引き寄せられ、防御もままならんままオレはペトロクロスの剛腕を受け殴り飛ばされる…が、それも一瞬の話。飛ばされた瞬間、また引き寄せられさながらヨーヨーのように何度も何度も殴りつけられる。
「ぐぶふっ…!」
「死ね!ラセツ!私の体の秘密を知った者は全員!死ね!!」
拳のガトリング砲や、連続で叩き込まれる拳にオレの体が軋み始める。あかんこれマジで死ぬ…!体が全く動かん上に逃げ場もあらへん、神経で繋がっとるからすぐに引き寄せられる。
口も動かん、魔術が使えん…なんか、他にあるか!何か……。
(そうや!)
殴られながらオレは目を見開き、展開するのは泥のような流動防壁。そいつで全身を覆う…コイツなら口が動かんでも使えるで!
「防壁か、バカなことを…指一本動かせないと言うのに、いつまで防壁を展開し続けられるか!」
(アホタレが…もうちょい考えや!)
オレの防壁は防御だけしか出来んわけやない、流動やで流動。つまり…流れを作ることもできる。
全身を覆うったら防壁をその場で回転させ、雑巾のように絞り絞り引き絞る。超高速で引っ張り、絶大な圧力にオレとアイツを繋ぐ神経を巻き込み、そいつを……引きちぎる!
「ッ動けるようになった!こンアホンダラッッ!!」
「ぐっ…!」
予想通り、神経さえ断ち切れば動けるようになった。そりゃそうや、そんな凄まじいモンやったら持つと早うに使ったとる!故にオレは体が動くようになった瞬間、足を振り上げペトロクロスを蹴り飛ばし…。
「『啞邪羅華』ッッ!!」
拳を叩きつけながら更にマルムラビトゥスを使用し、ペトロクロスを巻き込みながら一気に壁に突っ込む。壁とオレの拳で鎧押し潰して中の心臓ごと潰したる!!
「ぐぅぅうう!がぁあああああ!!!」
しかし、壁に当たる寸前でなんとペトロクロスは敢えて腰部分の鎧を外し上半身と下半身を分ける、それを血管で繋ぎながら驚くべきことに自分の足を背中に取り付け壁に着地したのだ。いやいや変幻自在すぎるやろ!!
「合わせ術法『天狼冥獄の絶』ッッ!!!」
「ギッ…!?」
そしてそのまま背中に足を取り付けたまま、壁を蹴ってオレに向けて跳躍。六つの腕に魔力を纏わせ、目視不可能な程の勢いで怒涛の八連撃をオレに向けて放つ。
「ッいてて!こんのクッソタレが…!」
「合わせ術法『天狼獄死陣』!」
吹き飛ばされたオレに向けて更にペトロクロスが六つの腕を振るい、空間を制圧する勢いの魔力弾を放ちまくる。それは壁に当たると跳弾を繰り返し、数千の拳の如くオレの体を殴りつけまくる。
けど…小技やな!
「ナメんなやッ!!」
流動防壁を足元に垂らし、ペトロクロスが砕いた地面の瓦礫を一気に絡め取りながら、オレはそれを振り回す。石混じりの防壁が魔力弾を粉砕しその全てを打ち落とす…と同時に。
「『マルムラビトゥス』ッッ!!」
「なっ…!」
すっ飛ぶ、今度こそぶっ潰す、その勢いでペトロクロスに全身で突っ込み頭突きてで壁を粉砕する、ガリガリと岩壁を削りながら推進力は増すばかり、やがてペトロクロスの鎧は圧力でズタボロになりながら……。
「おっと!外に出てもうたわ!」
外に飛び出す。壁を貫通し外に出てしまったようだ。地面は遥かに遠く、上には霧が立ち込めている、どうやらここは塔の中腹あたりだったようだ。
それよりペトロクロスだ、ズタボロになったペトロクロスはそれでも動く。中の心臓がある限り動き続ける…ならば!
「『地獄八景』ッ!」
推進力により空を飛び、吹き飛ばされるペトロクロスに追いつきながら…そりゃあもう思い切り拳を引く、全身を捻じ切る勢いで拳を引いて、狙いを定めて…。
「『亡者戯れ(もうじゃのたわむ)』ッッ!!」
叩き込むのは伝播する魔力衝撃、打ち込んだ後に早口でマルムラビトゥス唱えるねん、これで魔力は物質に打ち込まれた後も減速せず衝撃波が全体に響き渡る、それは奴の鎧においても同じこと。
白い鎧は瞬く間にヒビだらけになり…陶器のように粉々になって砕け散る。爆発する鎧を見て…オレはふぅと息を吐く。
「ふぅ!やったかな!」
オレの勝ち!お疲れさん!と歯を見せ笑う。タネが分かれば意外に倒すのも簡単な相手で………待てや。
(あれ?心臓はどこや?)
粉々に散って空中に消える鎧の破片、その中から…心臓が出てこなかった。まさかもう煤になって消えた?いや…最後の最後、外に投げ出されてから。この鎧一度でも動いたか!?
(まさか────)
そう、思考が迸った瞬間だった。いきなり…壁が飛んできたんだ。真っ黒な壁が横から、それがオレを撥ね飛ばし、一気にヘベルの大穴の壁に叩きつけ、轟音が鳴り響く。
ありえんくらい、やばい威力やったで今の…ってかなんや、壁が飛んできたぞ。一体何が……って。
「おいおい、冗談やろ……」
チラリと見る。コヘレトの塔を…まさかと思ったんだ、どうやらそれが正解なのがありありと分かる。
だって、今…コヘレトの塔は、まるでペトロクロスのように六つの腕を生やし嘆く兜の如き頭部を生やし、地面から上半身を生やす巨神へと変貌していたからだ。
『よくもやってくれたな、ラセツ……!』
「ペトロクロスか?見ないうちに大きくなってまぁ……」
あれや、コイツ…オレが壁を貫通させるまでに鎧から抜け出して、塔そのものに寄生したんや。神経を刺せば自分の体同然に動かせると言ってたからな。
これがコヘレトの塔が変形した理由、エクレシア・ステスが動いた理由…全てはペトロクロスがああやって自分の肉体として操ってたんや。
『だがもう終わりだ……潰す、私はお前を潰すぞ』
「……マジかぁ」
流石にあのサイズはやばいで、空っぽの鎧であんだけ強かったんや。中身ぎっちり詰まった石の塊を体にするとかやばすぎる。まぁその分動きは鈍くなってるが………!
『消えろ』
振り下ろされる拳がヘベルの大穴の壁面にあたり、大穴がバキリと割れてマレウスの大地に地割れが起きる。あのサイズや、スピードもクソもあらへん。ただちょっと腕振っただけで天災が起こったっでマジで。
「ぐっ……!」
そんな中オレはギリギリでマルムラビトゥスを発動させ、空を駆け抜け拳を避けていた。さてどうする、ヘベルの大穴は広い言うてもあの岩の怪物相手にするには狭すぎる。マルムラビトゥスの推進力ゼロで動きを止めるにしてもデカ過ぎる…。
どの道、全身全霊でぶっ潰すしかないか!!
「上等や!魔力覚醒!!!!」
『待て!ラセツ!』
「え!?ここで待ったとかアリ?」
覚醒を行おうとした瞬間、ペトロクロスは大きな手を動かし、自分の胸を触り。
『今の私はコヘレトの塔そのものだ、中には…お前の仲間もいるぞ』
「ッ……!」
そうやった!他にもおるんやんか!しかもあの中に!!ってことは纏めて粉砕するのはナシや…それどころか戦って大規模に破壊するのもアカン。クソが、これがちょい前の話で中におるんがパラベラムやったら全然遠慮なしにやったんやけど!流石に…アイツらに見切りつけるんわ嫌やわ。ステュクスもおるし……。
なんてオレが迷っているとペトロクロスの口元が、歪んだように見えた。
『もうお前が死ぬしかないんだよ、ラセツ…!』
「チッ!!」
アカン、来るわ。山みたいな拳が向かってくる、しかも避けられる感じやない。受けるしかないか…!せめて砕ければ─────。
『合わせ術法!天狼天下天地無用ッッ!!』
さながら隕石だ、空から降り注いだ拳がオレごと地面に叩きつけられ…何もかもが吹っ飛ぶ。地面が沈み込み、バウンドして土が舞い上がり砕けた岩盤が噴き上がり、木々が木片として空に消え、ヘベルの大穴が拳の一撃で形を変える。
その中心で、押しつぶされたオレは…大の字でクレーターに埋もれていた。
「ペッ……あーあー、やりづらいわ」
口から血を吐いて、体の調子を確かめる。こりゃ…中々色んなところがイカれとりますけれども。けど立てるわ、立てる…だからまぁ…立つわな。
『まだ立つか…ラセツ、もう諦めてくれ。この戦いは私が勝たなければならないのだ、私の存在意義をかけた戦いだ…だから、引け』
「断るわ、引けんから…ここまで来てんのや」
そもそも、オレは喧嘩は好きやが無用な戦いは好きやない、バカらしいからな。それでも危険を承知でここまで来たんわ…魔女の弟子達に恩を返す為や。
今までロクすっぽ人扱いされんだオレの目を、様させてくれたアマルトちゃんの為に…オレぁここで、気ィ張らないかん。
『何がお前をそうまでさせる…!私は…人の体を捨て、覚悟を示し、ここにいる…怪物になってでも、私は私の選択と存在意義を証明し続けなければならな──』
「そらお前、結局…自分の為やん」
『は……?』
「言うたやろ、お前はお前の選択が間違ってたことにしたくないから、従ったコルロが間違ってることにしたくないだけ。それは忠義でもなんでもあらへん」
口元の血を拭いながら、オレは見上げる。オレを見下ろすペトロクロスの顔を。
「人の体捨てたんやって自分が第三段階いきたいからやろ。勝ちたいのはお前の選択を否定したくないからやろ。……アホらしいわ、お前の理屈。聞いてて反吐が出る」
『お前………』
「けど安心せえよ、ペトロクロス。お前は間違いなく人間や……」
大きく息を吐く、それを吸って…魔力を整え、気を張るぜ…だって。
「お前は化け物やあらへん、化け物になりきれん人間や…!そんなお前が、本物の化け物に勝てるわけないやろうが…!」
オレは、化け物や。生まれながらにして化け物と言われ育ち、化け物として育てられ、化け物として振る舞った。こんな人生なんも楽しないわ…けどな。
今は、化け物であることに感謝しとる。こう言う時、力で押し通すって選択が出来るのは…化け物にしか出来んでな!!
「極・魔力覚醒!!『呵呵哄笑之涅哩底王』ッッ!!」
ドンッ!と爆発するように半径5メートルがオレの領域となる。紅蓮の円で囲まれ、燃え上がるように赤く照らされる。さて、オレの底力…これでやるのは一か八かの力押し、どこまで通じるか。
『バカなことを…いくら立ちあがろうとも、お前は私を倒せない…故に、死ね…!ラセツ』
「ッ……」
再び降り注ぐ拳、だがもう通じない…一瞬で最高速度に至る推進力を用いて俺は逆に飛び上がり降り注ぐ岩の拳に飛び乗り、飛び越す。大きいからこそ、こうしちまえば攻撃は喰らわない…!
『ッ…逃さん』
しかし、今度は振り上げた拳から大量の血管が突き出し、その全てがこれを狙う。一発でも貰えばおしまいや、また捕まって今度は普通に潰される。だが…!
「ちょい待ってや」
オレの領域に入った血管全てが停止する、その推進力を奪い動く事が出来ないよう…全ての動きを封じた。それにより血管は動かなくなり…その隙にオレはペトロクロスに向かって飛び───。
『極・魔力覚醒』
「え?」
『天地応声骨喰虫』
牽制だ、今の血管は奴の牽制だった。そう悟った瞬間には遅く…ペトロクロスの体から吹き出した魔力が天を染める。緑色の不気味な光に照らされた世界は、その全てが緑に染まる、緑の空、緑の雲、緑の大地に緑の水…その全てが対象となった。
と…同時に。
『私は全てを賭けると言ったろ…ラセツ』
大地が引き裂け、巨大な口になって飛び出し…オレを飲みこんだんだ。その瞬間悟ったよ、奴の覚醒は…『寄生』の覚醒だと。
─────『天地応声骨喰虫』。本来は肉体進化型の覚醒だったそれが大幅に変質し分類不能型へと変じた覚醒。その効果は自己の肥大化。
これを覚醒した瞬間、ペトロクロスの持つ寄生の範囲は神経を通した場所のみならず領域内の全ての無機物を自身の体として扱えるようになる。故に今大地も木々も全てがペトロクロスの体の一部となり、その意思一つで動く形になっている。
だが何より常軌を逸するのは…その効果範囲、本来はその範囲は20メートルそこそこ…がしかしそれはペトロクロスが人間サイズであった時の話。
ペトロクロスは今百倍近く巨大化している。故にその効果範囲もまた百倍…彼は今2キロ圏内を領域としている。つまり2キロの範囲は彼の胃袋の中も同然ということ。
「チッ、面倒な…」
大きな口に飲み込まれたオレは、まるで飲み込まれるように地下へ地下へ押し込められていた。狭い洞窟が食道のようにグネグネと動きオレを地下へ押し込み圧殺しようとしているんだ…確かに凄まじい覚醒だ。
巨大化している事も相まって世界を支配しているかのようだ。
(だが悲しいなぁペトロクロス、やっぱお前はどこまで行っても人間や……それがこの攻撃で証明されてもうたで)
だがオレの中に焦りはない、寧ろ安堵感すら生まれている。ペトロクロスと言う不気味な男のヴェールが剥がれ、その奥からなんとも言えないくらい…普通の男が出てきたからだ。
こいつはこんな姿になり、凄まじい力を得ても…感性が普通の領域を出なかった。そこがペトロクロスの限界だと理解したから…オレは危機感以上に…。
勝利を確信した。
「ほな、いきますか…!」
ぎゅうぎゅうとオレを奥へ奥へ押し込む力に対し、オレは目を見開き全力で推進力を生み出し、全方位に前へ押し出す不可視の力を解放する。それにより一気に穴は開き、地下は吹き飛びオレを飲み込んでいた口ごと地面が吹き飛ぶ。
見た目は派手だ、地面が口になって飲み込む、とても派手だ…だがその実、効果はとても地味。だってその後地下へと押し込んで圧殺って…そんなもん第三段階の人間相手に効くわけないやろ。
『ッラセツ!』
「地面の中には仲間おらんからな、普通に吹っ飛ばさせてもらったわ」
『この!』
ペトロクロスの覚醒の力によりヘベルの大穴が捻れ、木々が、大地が腕になり次々とオレに向けて伸びる。その数は千か万…関係ない。
「邪魔や」
軽く手を薙ぎ払えば…その余波で向かってくる腕が全て、諸共吹き飛ぶ。そもそもの話やこの覚醒やったら別に腕とか口に囚われる必要…なくないか?変幻自在に地面を操り、津波のように動かすこともできる…だがこいつはそれをしない。
何故なら、発想が乏しいから。悲しいなペトロクロス…これがお前の言う才能なら、お前はホンマもんの凡人や。
「言うたやろ、地面の中には仲間はおらん。オレからすりゃ地面だろうが木だろうが関係なく吹っ飛ばせる」
『なら…なら今度こそ押し潰してやるッッッッッ!』
地面におりだったオレ目掛け、ペトロクロスは拳を振り上げ…隕石の如き勢いで振り下ろす。オレはそれを目を細め、ため息と共に見つめ……握る、拳を。
『私は間違っていない、私の選択は間違っていない!私は…強くなった!強くなったんだッッ!!』
「そこで、もっと強くなる…言えへんから、限界なんやで」
『喧しいィィイイイイ!!!』
迫る拳、それに向け…オレは、目を見開き一気に力を込める。いいからペトロクロス、強くなる言うんや誰かを上回るってことや、それは力だけの話やあらへん、発想や感性…そして思想で相手を上回る事で初めて明確に誰かより強くなった言うねん。
肉体を捨て強くなったにも関わらず肉体を捨てた選択に尾を引き、人であることを捨てたのに人であることに固執した。その時点でお前はそれ以上に強くなれない…つまりだ。
「笑えばよかったのさ、お前は今を」
例え化け物であっても、笑い飛ばせば…それでよかったんだ。そう呟くと同時にオレは迫る超巨大な拳に向け、一気に拳撃を放ち塔の体を手に入れたペトロクロスと真っ向から拳で撃ち合う…と、共に…放つ!
「『牡丹灯篭』ッッッッッ!!!!」
一閃、ペトロクロスの拳に打ち込んだのは熱だ。推進力を操るこの力にて粒子を超高速で動かし、生み出した純粋な熱エネルギー。これをこれまた推進力にて指向性を持たせ真っ直ぐ飛ばす。
それはペトロクロスの腕を貫通し、奴の腕の中を飛んでいく。大きさにして人差し指くらいの光線。普通に見ても細い光線、ペトロクロスからすれば髪の毛一本分にも満たない針の一撃やろう、
だが……。
『なッ……!』
腕を貫通し、肩を貫通し、反対側の背中から飛び出した熱線…ペトロクロスはその一閃に驚愕の声を上げる。どうやら…当たったようだ、一か八かの賭けが……!
『な、何故だ…何故だラセツ…何故、分かった……』
「分かったって、なにが?」
『……心臓の、位置が』
ペトロクロスの体が震えて、力が消え始める、そう…今の一撃でオレはペトロクロスの心臓を穿った。そうすればペトロクロスの体をぶっ壊して中の仲間に危害を加える必要もない…必要最低限の攻撃だけで、あの大きな体の中の小さな心臓をぶち抜いたんだ。
ペトロクロスは何故心臓のある場所が分かったと言うが…分かるやろ、そら。
「そら、お前が人間であることを捨てれんかったからや」
そもそもの話、あの鎧の時点からおかしかった。ペトロクロスは心臓だけの存在やのに…なんで胴の中におったんや?鎧全体を操るだけやったらどこにおってもええし、なんやったら鎧の中を縦横無尽に駆け回ってた方が弱点把握されんと済むやん。
しかしそれをしなかった理由は単純。こいつの感性が人だったから、人間本来の位置に心臓を置きたかったから…。
それは今回も同じ、どれだけ大きな体を持ってもやっぱ必ず胸部…それも人間と同じ位置に心臓を置くと思った…だからそこを狙った。それだけの事、それだけのことをそれだけの事と言えるような奴が…第三段階になれるねんで。
「塔全体を掌握したのに人型に拘る、攻撃には腕を用いる、これ全部人の発想や。そこを抜けられんかったから…お前の限界はそこやったんや」
『くっ…くぅ……クソ…………』
「ほな残念、また来世…!」
ペトロクロスの腕が瓦解し首がガックリと項垂れ…事切れるペトロクロスを見て、オレは指を立てて 別れの挨拶をする。可哀想になぁ、ヴァニタートゥムでもなきゃもうちょいうまいことやれたやろに。
けど、ヴァニタートゥムでもなけりゃお前はお前になれんかったで、ペトロクロス。
「ふぅー……はぁ、思ったより苦戦させられたわ」
体を見れば血だらけだ、けどまだ戦いは終わってへんよな。戻るか…とオレは歩み出す。そんな中…ふと思う。
「っていうか、塔があんなに動いたけど…中のメンツは大丈夫なんやろか」
塔に必要最低限の傷しか与えなかった、けどだとしても…塔そのものがあんなぐわんぐわん動いてたけど…みんな大丈夫かなぁって、気になった。
………………………………………………………………
「うわぁああああああ!!!なんだこれぇええええええええ!!!」
コルロを目指し、天井を掘り進んでいた俺は…突然動き出した塔の影響を受けて掻き回されていた。まるで渦潮の中にいるみたいだ!一体何が起こってんだ!これもペトロクロスの仕業か!?だとしたら許さねーペトロクロスーーー!!
「ぅがぁあああああ!!邪魔ぁああああああ!!」
ワタワタと腕を動かして周囲の岩を掻き分け空間を作る。このまま掻き回されたら挽肉になってしまうからな。しかし俺がそうやって落ち着ける空間を作った瞬間。
「イッ!?」
突如、何処からか飛んできた熱線が鼻先を掠め、そのまま通り過ぎて真横へ駆け抜け岩壁を貫通しながら飛んでいった…なんだあれ、いや本当になんだ?ペトロクロスはの攻撃?そうは見えなかったが…危ねぇな、危うく当たるところだった。
なんて考えていると塔そのものの流動が止まる。ペトロクロスが塔を動かすのをやめたんだ…なんでかは分からないが、今がチャンスだ…そう思いは俺は再びモグラのように岩を掘り進み、コルロを目指す、アイツは何処だ…!上に行けば会えると思ったけど全然会えん!
塔がかき回されたから今自分が何処にいるかもよく分からなくなった…クソ!
「コルロぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
…………………………………………………………
「ペトロクロスが止まった…やられたのか」
塔に寄生していたペトロクロスが止まった事を感じ、私はペトロクロスが死んだ事を悟る。まさかペトロクロスがやられるとは…むぅ、これはあまり時間が稼げないかもしれないな。
「もう少し時間を稼いでくれればと思ったが、強化幅が弱かったか?」
コヘレトの塔、歪んだ最上階の部屋にて私は首を傾げる。ペトロクロスはのスペックはまさしく第三段階相当だったはず、極・魔力覚醒も会得していたし…だが何故やられたのか。本来の第三段階と何処で差が生まれたのか。
いや考えるまでもなかったか、探究心だ。奴は私と異なり今の力に満足していた、満足すればそこが限界になる。もっと上へもっと上へ、他を掻き分け蹴落としてでも上へ行こう…そういう気概が奴からは感じられなかった。
強さを求め飢える、そんな気配を感じたから私は奴を掬い上げたんだが…どうやら力を与えたのは間違いだったらしい。
「ふむ、少し作業を急ぐか……」
ネビュラマキュラの血から情報を抜き取ることは出来た、後はマヤから魂を抜き取りそれを分解し私の物にすれば良いだけだ。やや危険だがいくつかの工程を省いていけばいい。
それまでにヴァニタートゥムが全滅するならすればいい。結局この組織は私が強くなるためだけに用意したものだ。その目的が完遂できるならヴァニタートゥムのみんなも本望だろう。どうせ…私がシリウスの魂を受け入れたら皆殺しにするつもりだったし。
だってそうだろう、焉魔四眷は自分達もシリウスの魂を入れてもらえると思っているようだが…何故私の肉体よりも劣る彼らに魂を分け与えなければならない?どうせ耐えられないのは目に見えてる。
あれはあくまで試作段階であって完成品じゃない。完成品じゃないなら私が淘汰する旧人類の一人でしかない。故に全てが終わったら始末するのは当然の結論。
だから魂の受け入れさえ滞りなく終えられれば……うん?
「緊急連絡が入ってる、クユーサーからだ……」
ふと、魔道具の一つが赤いランプを点灯しているのが目に入る。クユーサーに伝えておいた緊急用の連絡装置だ…地下でも何かあったか?まぁだが。
「別にいいか」
目を逸らす、私はクユーサーを見張のために置いたつもりはない、守衛のつもりで置いたんだ。そもそもクユーサーを相手取ってマヤを救出出来る存在などいない、セフィラで不死身の彼を突破する方法はない。
故に無視する、あと少しなんだ…私がここから離れたらその分計画が遅延する…あと少し、あと少しでマヤの魂を抜き取れる。
そうしたら私は…本当に史上最強の存在になれる。神すら超えた存在になり、神の叡智を超えることが出来る…あと少し、あと少しで…全て上手くいく…!!!
…………………………………………………………
「らんたったーらっんたったー!ペトロクロスも派手にやってるねー、けど私ちゃんもう関係なーい」
ヘベルの大穴の森を駆け抜ける私は、そのまま穴の壁面を駆け上がり穴の外へと逃げる。今頃バシレウス達は私ちゃんを探してるかな?『オフィーリアはどこだ!』ってね。
でも残念残念、私ちゃんはもうヘベルの大穴に居ませーん。もうこんな馬鹿馬鹿しい話には付き合いませーん。そもそも死ぬまで戦うって感じでもないし、飽きたら逃げちゃえばいいだけだし〜。
「くふふふ〜さぁて、コルロが上手いことシリウス様を復活させたら…私ちゃんも任務完了だよねぇ〜レナトゥスしゃまに褒めてもらえるかなぁ〜」
ヘベルの大穴の崖を登り終えた私ちゃんはニヨニヨする。邪魔なステュクスも殺したし、計画も上手くいったし、終わりよければ全てよしってねぇ〜!あとはレナトゥスしゃまに報告するだけ〜!
さぁて、確かレナトゥスしゃまは今西部に潜伏してるんだったよね…じゃあ私ちゃんもそっちに……。
そう、私ちゃんがヘベルの大穴の外に出て西部に向かって歩き出した…その時だった。
「待て!!!!オフィーリア!!!」
「あ?」
足を止める…私ちゃんを呼び止める声が聞こえたから。まだ何かいるのか?と視線を向けたそこに居たのは……。
「やはり、お前は…逃げるんだな」
「あ?ああ、アルカンシエルの」
目の前の森の奥から現れたのは…怒り心頭って感じの二人、金庫頭のミスター・セーフにボサボサ頭のアナフェマ。魔女の弟子に組織を滅ぼされた負け犬二匹が…私の前に現れたんだ。
「まだ何か?私ちゃん忙しいんだけど」
「お前は逃しません…ステュクスがお前を倒す、それまで…ここに居てもらいます」
「あーあ、ステュクスが私ちゃんを見つけるまでの間の時間稼ぎのつもり?でも無駄だと思うよ、ステュクスきゅんはもう死んじゃったから〜!」
「嘘です、彼は来ます…必ずここに!だからそれまで!」
構えを取るセーフとアナフェマに私ちゃんは呆れたように笑みを浮かべる。ああそう、信じないわけ…まぁいいけど。
「お前をここに押し留めます!!!!」
「……好きにしなよ、けど…無理だと思うなぁ〜」
無理だと思うなあ、八大同盟の幹部如きが私ちゃんと戦って、ほんの少しでも時間稼ぎしようなんてさ、しかも相手はもうこの世にすら居ないってのに…まぁいい。
軽く……屠殺してやるか、負け犬を。




