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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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756.対決 『窮奇』のルルド


何故お前がアルカナの舵を取らないのか分からない。そんな事、何度言われたか分からない。


タヴ、お前は既にマルクトを超えている。お前がアルカナのトップに立てば八大同盟入りも確実だろう。そんな言葉を何度も言われてきた…。


だが結果として俺はアルカナのトップに立つことはなかった。それはマルクトに対する恩義と…シンの気持ちを優先したからと言うのもある。シンは俺と違い優しい奴だった。マルクトが本性を表し俺達を道具同然に扱い始めてもまだマルクトに情を持ち続けていた。


そんな彼女の手前、マルクトを殺す気にはなれなかった…が、結果としてその迷いが、俺から最愛の人を奪った。


マルクトによりアルカナは捨て駒にされ、沈む泥舟の中最後まで戦い続けたシンは、その命とか引き換えに魔女の弟子エリスを殺そうと奮戦し、そして敗れた。

俺もまた後の将軍フリードリヒと全力で戦い敗れ、アルカナは事実上の消滅を遂げて…俺とシンの居場所はなくなったんだ。


……そう思っていた、あの時までは。


シンは生きていたんだ。秘密裏に帝国にやってきていたコフがシンが自爆する中命だけは守り、そしてその身を回収し生かしてくれていたんだ。

コフのおかげで帝国から脱出しマレウスに戻った俺は、シンと再会することが出来た。記憶は無かったが…それもまた良いとさえ思えた。俺のことは忘れ、アルカナのことも忘れたが…あの子は多くのものを背負いすぎた。


もう彼女は戦わなくてもいい。もうあの子は苦しまなくてもいい…あの子に降り掛かる全てを、俺は振り払う。その為にも…マレウスは滅ぼさせるわけにはいかなかった。


だから。


「お前達に!革命するッッ!!」


「ぐふぅっ!?」


星光を纏う蹴りがルルドの腹部を打ち、弾丸の如く射出し壁を砕き叩きつける。今俺は焉魔四眷が一人…『窮奇』のルルドと戦っている。ルルドの肉体は不思議なもので、皮膚は鉄のように硬く、血液は鉛のように重く、身体能力は人の数十倍。魔力を用いずとも凄まじい強さだ。


だが……。


「ぐっ…はぁはぁ…バカな、私はコルロ様に最強の力を授けられているのに…」


「単純な話だ、お前がその程度の力を最強だと思っている事が原因そのものだ」


ルルドは確かに強い、人並外れているし事実第三弾階相当の強さを持っている。だが…それだけだ。

本来第三段階に至る為に必要な鍛錬、修練、実戦、修羅場。その全てをすっ飛ばしてただ力だけを得れば、その力の限界点は本来の第三段階よりも幾分低くなる。


そりゃあそうだ、鍛錬していれば自分の才能のなさに泣きたくなる。修練していれば苦しくて投げ出したくなる。実戦の中で至らない点は山と出てくる、修羅場に出れば…自分のちっぽけさがあらゆる方法で証明される。


つまり、自分の弱さを知らないから…いざと言う時自分を奮い立たせる材料が圧倒的に不足する。鍛え抜かれた精神がないから力と技で拮抗した時、どう抗うかの判断が出来なくなる。


経験が足りないんだ、ルルドには圧倒的に。


「貴様、自分より強い相手と戦った事がないだろう」


「ありませんね…自分より明らかに強い相手と戦うなど、合理性に欠ける」


「そうだな、だが…合理で儘ならぬから、マレフィカルムはあるのだ!」


「吐かせッッ!!」


ルルドはそのまま壁から飛び出し、一気にこちらに向けて駆け出す。その一歩により大地がくり抜かれ、ルルドの足型が石製の床に跡をつける…その上でなおも早い、凄まじい早い。


だが……遅い。


「ここッ!」


「グッ!?」


瞬間、視界から消えたルルドに合わせ側面に拳を振るえばルルドの顔面に当たり大きくよろめく、そこに合わせ俺はもう片方の手を握り。


「動きがあまりに単調だ、工夫が足りない、まだペトロクロスの方が幾分強かったぞ」


「なッ!?」


8型の防壁を作り出しルルドの両足を拘束し、バランスを崩したところに更に蹴りを頭部に叩き込み完全に足を地面から浮かせる。こいつは見た目に反して重量型のパワーファイター、なら足を地面から離せばその力は大幅に減退する。


「この!」


しかもルルドは最悪の選択ミスをした。空中に浮いた瞬間防御ではなく足の拘束の破壊を優先したのだ。全力を用いて足の防壁を粉砕し自由になった…がそれはもう用済みの代物、そんな物に今更対処しても意味がない。


だから来るぞ、革命の嵐が……。


「『ステラエ……」


「ッ…防壁展開!」


両拳に黄金の煌めきが宿る、それに対してルルドは咄嗟に防壁を固めるが、遅い何もかも。


「『ルーメン』ッッ!!」


「なっ…防壁が────ぐぶぅっ!?」


叩き込む、両の拳による怒涛の連打を。それはルルドの防壁を貫通し次々と命中し空中で避ける事もままならないルルドはなす術も無くその全てを身に受け、十発…百発、いやそれ以上の打撃の雨により一瞬で反対側の壁まで飛ばされる。


だから言った、遅いと。


「ぐぅ…がっ……出鱈目な、防壁を張ったのに貫通しただと…」


「『銀河魔術』だ…知らぬわけではあるまい」


銀河魔術…それは究極の魔術と言われる『古式星辰魔術』を雛形に作られ、その威力だけを模倣したとされる現代魔術中最高傑作と言われる魔術の一つ。

星辰魔術は人の魔力を押し除ける効果がある、つまり防壁を完全に無効化する力があるのだ。銀河魔術には本来その魔力無効化能力はない…とされている。


悪いが俺の銀河魔術は特別でな、とある事情によりこの星の魔力の再現が出来る。つまり…俺には防壁が効かない。


「高水準の魔力遍在、凄まじい反射神経と魔力量…そこに加えて、魔力防壁を貫通する魔術だと。こんなものがあって何故お前は…八大同盟にすらなれなかった」


「さぁ何故だろうな」


「ッ……どうやら、貴方の認識を改めねばならないようです。八大同盟ですらない組織で最強を張っていた男、五本指のような曖昧な評価基準に驕る男…では無く、一人の強者として」


「ようやくか?遅すぎるのではないか?」


「妥当な評価だと思っていました…帝国の将軍、それも現三将軍最弱の男フリードリヒに敗北した程度の男ですから」


フリードリヒ…懐かしい名だ、しかしアイツが将軍最弱か。確かに現筆頭将軍のアーデルトラウトや長きに渡り将軍を務めているゴッドローブに比べればまだまだ若輩だろう…だが。


「なにを勘違いしている、フリードリヒは強い、少なくとも俺よりは。そして恐らく今もな奴の方が強い……この俺程度に手こずるようでは、お前は魔女大国では通用しないぞ」


それでもフリードリヒは強かった。きっと今戦っても俺はまた勝てないだろう、そして今こいつは将軍程度と言った。敵の強さ、恐ろしさを理解せずして強さを誇ることほど滑稽なことはない。

そう言う点から見ても、こいつはやはり力に不相応な精神性と言える。


「フッ、何を言うかと思えば…魔女大国を恐れているだけですね」


「恐れているとも、最初から俺は魔女大国を恐れている。恐れているからこそ…革命するのだ」


「情けないことを、ですがお前が強いのは事実……仕方ありません、コルロ様から賜った真価を発揮しましょう」


「む……」


何か来る、そう察するまでもなくルルドの体が変質する。髪が白く染まり、瞳が赤く染まり、体から溢れる魔力の色が緑色に変化する。

これは…ステュクスの言っていた。こいつらの本気の姿……。


「天狼因子解放…ここからが本番です」


「……そうか」


チラリと見る、ルルドの基礎戦闘能力、魔力量が増加している、あれはどう言う種の代物だ?なににせよ、もう簡単には殴れないか。


「我々焉魔四眷は、この身にシリウス様の魂を受け入れる為…器を作る過程で生み出された四つの試作品、私はその内…臓器を司ります」


「む…ッ!」


先に動く、軽く跳ね右足を前に出し受け身の姿勢を取る…と同時に目にも留まらぬ速度で飛んできたルルドの拳が俺目掛け放たれる。それを右足で受け止めるが…出力が先程とは段違いだ…受け止めきれん。


「通常の十倍近い密度を持つ血液、それを正常に運用する強靭な臓器、そしてそれを納める筋肉。この全てがシリウス様の魂を受け入れる器として調整された物」


気がつくと、俺は部屋の中にいなかった。吹き飛ばされたんだ…塔の外まで。壁を突き破り霧で満たされたヘベルの大穴と言う外界から隔離された暗き森へと飛ばされる。


「私の体には、他の焉魔四眷の数倍近い量のシリウス様の血液、そして因子が埋め込まれている…これが意味するところが分かりますか」


「さぁな」


地面に着地した瞬間。頭上から流星の如き勢いでルルドが降ってくる、飛び蹴りだ。さながら神の槍が如き勢いでゴリゴリと地面を切り裂き抉り、地面に巨大な一文字を描きながら木々を破砕していく。

その蹴りを防壁で受け止めながら…俺は観察を続ける。


「コルロ様から賜ったこの究極の肉体と、シリウス様から授かったこの最強の力。これを最も上手く運用出来るのが…私です」


「他人から貰ったものばかりだな、お前が持っている物はないのか?」


「私が培った物ならありますよ…合わせ術法!」


「む」


消える、目の前からルルドの姿が消え…増える。俺の八方を囲むようにルルドの残像がグルリと囲み、腰溜めに拳を構え。


「『天狼八方潰握てんようはっぽうついあく』!!」


同時だ、全ての分身がが同時に俺に向けてまるで潰すような勢いで突っ込んでくる。これはそれぞれが防壁により物理的影響力を与えられている。つまりそのどれもが本物であり、撹乱以上に相手の逃げ道を塞ぐのが目的か。俺が上に逃げる素振りを見せれば即座に上方向に攻撃を切り替えるだろう。


俺が上へ逃げる素振りを見せればな。


「フッ…!」


「なッ!?」


足元に棒状の防壁を突き出しノーモーションで跳躍し、分身の攻撃を回避。それにルルドは目を剥きながらも更に別の構えを見せ。


「合わせ術法『天狼冥痕』!!」


「『シューティングスター』!!」


打ってくるのは手元に魔力を集めた必殺の打撃、しかしそれすらも足先から星の光を放つ魔術にて相殺し、防ぐ。攻撃を俺に防がれる都度にルルドの顔色が変わる、


「ッ…!このッ!」


動く、ルルドの動きがどんどん激しくなる。地面を蹴り抜き矢のような速度で飛びながらその身体能力を活かした肉弾戦を仕掛けようとするが、荒い。動きが荒い、なるほど…どうやら先ほどまで彼女の余裕を担保していたのはこの合わせ術法の存在が大きかったらしい。


それを軽々防がれ、徐々に現実的な部分に目を向け始めたようだ。


「何故ッ!何故ここまでやって通じない!?」


「根本的な部分がなにも変わっていないからだ」


ルルドの攻撃力は凄まじい、俺でさえ真っ向からは受けられない。だから奴の拳に手を当て、撫でるようにそっと打撃の進路を少しだけ変えてやり受け流す。それを受け更にルルドは両腕を使い、無数の拳撃を放つ。しかし同時にこちらもコートの内から腕が消える程の速度で手を動かし打撃を捌き切る。


「クソッッ!!なんなんだお前は!!」


「それはこちらのセリフだルルド、まるで赤子だ。力の使い方をまるで知らない、殆ど戦闘経験がないにも関わらず何故お前がその地位に立っていられる…その方が疑問だ」


ビンタでルルドの拳を受け流せば、その衝撃波で地面が粉砕され吹き飛んでいくが、俺の体には傷一つつかない。それはルルドの狙いが荒いから、攻撃を続けていればいつか俺に当たると錯覚しているから。つまるところ動きから考え、技や力の使い方、その全てが粗雑。


少なくとも…ペトロクロスとサンライトの事は知っている。彼らは俺がアルカナにいた頃からヴァニタートゥムで焉魔四眷と呼ばれていた男だった。当然姿は人間だったしそのメンバーにアーリウムとルルドの姿はなかった。


元々はペトロクロス、サンライト、ネフェリム、ヴィクトリアの四人が焉魔四眷…この四人が幹部をやっていた頃はヴァニタートゥムも純然として強かった。しかしネフェリムとヴィクトリアがクレプシドラに驚くほど呆気なく殺されたからか…その代わりとして加入したこの二人により、濁ったと言える。


「戦闘経験も浅く、ただ力だけを持つお前が相手では…こうもなる、結果など」


「ッッ!このッ!」


怒りでも感じたか、ルルドは両拳を握り、爪を掌にグッと押し当て突き刺すと共に。その手のひらをこちらに向ける。


「『血弾大砲』!」


「ほう」


奴の血液の密度は人間の数十倍、故に血管に傷を与えるだけでその圧力から解放された血は体外に凄まじい勢いで排出される。傷口から溢れた黒い液体が光線のように俺に向けて放たれる…回避はされた物の俺の背後にある木々に穴が開くほどの出力だ。

他人の真似事より余程こちらの方が良い。


「私は…コルロ様の忠実なる下僕!あのお方が勝てと言ったのだ!だから!私は勝たねばならないんだァッ!!!」


「忠義を示すのは結構!だがお前の相手は目の前にいる俺だ!故にお前がしなければならないのは従僕ではなく…俺への革命!革命心無き者に…俺は倒せんッ!」


だが、これで終わりだ。もうこれ以上続けてやる理由はない…一気に決める。そう決意を秘めた瞬間俺の体は淡く輝き始める。ヒラリと奴の攻撃を回避しながら…俺は呟く。


「極・魔力覚醒」


「ッ!?」


浮かび上がる、俺の背後が青い闇に覆われ閉ざされる。闇を切り裂く小さな光が明滅し…さながら地上の星空の如く周囲を覆う。これぞ…我が宇宙の二つ名の象徴。


「『星轟アポテレスマティカ』…!」


その呟きの数瞬後に…ルルドの体は吹き飛ばされる事になる。俺の放った星拳がルルドの体を殴り飛ばしたのだ。

星轟アポテレスマティカ…半径15メートル内を星空で覆い、その範囲内での銀河魔術以外の魔術的影響力を弱め、俺の魔法に星辰魔術のように魔力を押し除ける効果を与える覚醒。


即ち俺の魔術を拡張させ、純粋な戦闘能力を向上させる極めてシンプルな覚醒。相手の魔力を押し除ける力を完全行使出来るようになる星の象徴…これを発動させた以上、ルルドは。


「グッ…ぁがぁあああああ!!!」


「浅いな、何もかも」


「ギャッ!?」


顔面に一撃をくれる、星の光が大地に伸びるように放たれた蹴りがルルドの体を射出し、背後の木々を一瞬で破砕し吹き飛ばす。その様はまるで森という名の壁に穴が空くようにも見え……。


「『星衝のメテオリーテース』」


「う…ま、待て─────」


一瞬で追いつく、同時に吹き飛ぶルルドを上から蹴り付け大地に埋め込む…更にそこからもう一度加速。流星の如き速度で移動するメテオリーテースにて復帰を許さない。加速からの蹴り下ろしで地面に埋まるルルドを更に蹴り付ければ…大地が網目上に割れ、耐えきれなくなった地面は四方へと散っていく。


そして俺はそのままルルドの顔面を掴み…持ち上げる。鉛の塊の如き重さのルルドを、片腕で。


「分かるか、ルルド。これが強さであり、これは限界ではない。上にはもっと強い者がいる、だから強者は限界に革命を起こし更なる強さを求め続ける…お前の強さは、単なる加工品でしかない」


「ヴッ……ガッ……だ、ダメ…なのですか、加工品では」


「なに?」


ルルドは口からポタポタと黒い血を吐きながら、指の隙間から俺を睨む。


「私はコルロ様についていくと決めた、コルロ様が正しいと言ったからこの強さは正解なのです。与えられた力に…価値はないと、決めつけないでください」


「なるほどな」


それがお前の理屈か、だったなおの事だろうに。


「なら何故、お前は今の強さに胡座をかいた」


「え?」


「俺も…悪いが普通の出自ではなくてな。元々は帝国のとある師団長に肉体を改造され、普通とは異なる力を与えられた身だ」


「ッ…だったらお前も……」


「力を与えられたと言ってもお前の物よりずっと小さい物だった。分かるか、俺はそこから修練を積んだ…己の正しさを証明するために。革命を成し遂げる為に、革命こそが…人の生きる道であると信じ続ける為に。コルロの正しさを証明したいならお前もまた修練を積むべきだったな」


「ッ……」


俺もシンも元は普通の人間だった。そこから元師団長ループレヒトの改造手術を受けた……元々、ループレヒトが使っていた研究所は五百年前帝国の第十師団長にして帝国魔術開発機関の局長だったケイト・バルベーロウが自己改造の為に使ったものだった。


そこで魔女の力を得たケイトは後にガオケレナを名乗るようになり今に至る。そこに希望を見出したループレヒトが子供を使ってガオケレナの再現をしようとしたんだ。つまり俺はガオケレナのなり損ないさ。ルルドと身の上的には変わらん。


だからこそ否定しよう、お前は誤った。強さの証明は他者ではなく自己で行うものだ。


「ッ……何を、何を勝手な……だったら、勝てばいいんだろう!勝てばッッ!!」


瞬間、ルルドは目を見開き、俺の手を振り払うと同時に……大きく息を吸い込み。


「極・魔力覚醒!!!!」


「………」


全身に魔力を集めれば、緑色の光が放たれる。それはやがて空間を満たし……発動する。


「『千五十倍致命領域』ッッ!!」


光が放たれる。緑色の空間が形成される……その瞬間だった。緑色の光に当たった鳥が、悲鳴をあげ内側から膨れ上がり爆裂し死んだ。虫が破裂した、木が爆発した、ルルドの周囲50メートル内にある全てが爆裂し消えていく。


………………………………………………………


─────極・魔力覚醒『千五十倍致命領域』。それは彼女の肉体改造により変質した肉体進化型覚醒。通常の人間の数十倍近い密度を持つ自身の体、それを他者に適用する領域を生み出す覚醒。

この領域にある全ての生命体はルルドの意思一つでその質量を二倍から千五百倍まで増加させる事が出来る。彼女が念じればそれだけで他の生物の血液は一千倍近い量に増加し、血液の爆発的な増加に伴い肉体が裂けて死に至る。文字通りの致命の領域。


オフィーリアに並ぶ致死性の高い覚醒…ルルドの奥の手。それを解放しタヴの目の前で発動した…これでタヴは死んだ、と…ルルドは思っていた。


しかし……。


「な……バカな……!!」


「………ルルド、貴様」


目を剥く、私は目を剥く。目の前に立つタヴは…今も生きている。どれだけ念じても奴に干渉できない。そんなバカなと唖然としていると、ふと気がつく…奴の周囲を囲む領域が、格段に狭くなっていることに。


「……なんだそれは」


「極・魔力覚醒の領域を極限まで絞る事により、あらゆる魔力的な干渉を拒絶する鎧を作り出す…『星光闘鎧』。これを展開する限り、俺は如何なる魔術・魔法を完全に無効化する」


「はぁ…!?」


イカサマがすぎる、魔力を押し除ける力を持って星の光を鎧のように身に纏っているんだ。事実今のタヴは全身から青い光を放っている、それが膜のようにタヴを覆っている。

これにより極・魔力覚醒の影響を遮断している。いやともすれば魔女の古式魔術さえも弾き返すかもしれない絶対の鎧…こいつこんな物まで持っていたのか。


反則だろ…こんなのどうやって倒せば……と思っていると。


「グッ……!!」


「え?」


いきなり、タヴが膝を突き四つん這いになったのだ。こちらからは何もしてないのに…いやもしかしたらあれは強がりで、本当は覚醒の影響を受けていたのか?


「ハッ!なんだ…やはり効いてるじゃないか」


「効いてない…お前の覚醒は…だが、だが……俺はこの技を、使いたくなかった…」


「は?」


よく見ればタヴは目からポタポタと涙を流しており、悔しそうに拳で地面を叩いている。なんなら嗚咽まであげて……なんだコイツ。


「ゔっ…うぅ…くっ、こんな技…使いたくなかった。己の周囲に殻を形成しそこに閉じこもる。こんなの…こんなのあまりに『保守的』過ぎる…!!革命とは正反対にある姿…革命者たる俺が…保守に走るなど…ッ!!」


「ほ、保守……」


「反射で咄嗟に使ってしまった、生涯一度も使うまいと心に誓っていたこの技を…。俺はもう革命者ではない…ただのつまらん保守派だ」


「…………」


こいつ、イカれてるのか。なんでそんな事で精神的ダメージを受けてるんだ…全然分からない、コイツの思考がまるで分からない。怖い…怖いですコルロ様。


だ、だが…!


「だが!極・魔力覚醒をそんなに絞ってはもはやロクに魔力も使えまい」


「……ああ、これは完全なる防御を形成する保守の象徴、展開する限り攻撃は出来ない…はぁ、……だが、 それはお前もじゃないのか?」


「ッ……」


「でなければ、もっと早い段階で使っている。デメリットがあるから使わなかった、それだけだろう」


タヴはこちらを見ながらそう呟く。まさかこいつもう見抜いているのか…まぁ、確かに。


(私もこの覚醒を維持している間は、魔法や魔術は使えない……タヴもまた使えない、お互いの戦闘が大きく制限された状態と言えるか)


私の覚醒はあくまで他者に影響を与えるだけ、自分の強化は行えないし、この空間内で魔術を撃つと意識が乱され所構わず爆発させてしまう危険性がある…だから使えない。

しかし、それは裏を返せば……これが完全なる肉弾戦闘になるという事。


「……お前も使えない、私も使えない。ならここからは肉弾戦…だが、魔法も使えないお前に私の体を傷つけられる物か」


タヴは魔力遍在も使えないんだろう?ならさっきまでとは話が違う。私の肉体は鋼よりも硬い。遍在抜きのタヴの攻撃なら効きはしない。


「くっ……確かに、そうかも…」


なんかこいつ急に元気なくなったな…。


「肉弾戦ならば、私の有利に違いはない…お前を殺します、タヴ!」


「ッ……!」


瞬間、私が飛びかかり全力で拳を振るう。しかしそこはタヴだ、上手く私の攻撃をスウェイで回避し、同時にその拳を握りしめ。


「フンッ……!」


叩きつけてくる、カウンター気味の拳を私の腹に……だが。


「ッ……硬い」


「効かないと言ったはず!」


「チッ…!」


効かない、まるで通じない。極・覚醒の身体強化はお互い様なんだ、なら物を言うのは素の身体能力。そしてそれが通じない以上…私の有利と言うわけだ!!


「ハハハハッ!形成逆転だな!タヴ!」


「ッ……!」


攻める攻める、怒涛の拳を振るいタヴを攻め立てる。奴の鎧は魔力だけを遮断する。物理は遮断しない、故に私の拳をタヴも全力で避け、徐々に後ろに後ろに後退していく。

形成逆転だ、やはりコルロ様から貰った力は最強だ!!


「アハハハハハハッ!!アハハッ!どうだタヴ!どうだァッッ!!」


「グッッ!!!」


そして遂に、私の一撃がタヴを捉える。タヴも両手でガードするが…意味がない。奴の背中に衝撃波が駆け抜け背後の木が割れる。と同時にタヴの両手からも…血が噴き出す。両腕の骨が折れたか。脆いな人間は。


「フッ…終わりだ、終わりだよタヴ。魔力は封じられ、両腕の骨は折れ、お前は抵抗の手段を失った」


「ああ…これも保守に走った者への罰か……」


「知らん。だがもう勝敗は決した」


ここで宇宙のタヴを殺し、コルロ様の正しさを証明し、私こそが…シリウス様の魂を受け入れる器になる。それだけの名声を得られる、こいつを殺せれば……ククク、アハハッ!


「諦めて首を差し出せ『宇宙』のタヴ!最早私に勝つのは絶対に不可能なのだから!!」


腹を抱えて笑う、あれだけ偉そうなことを言ったタヴが苦しんでいるのがおかしくて、絶対的に優位に立って調子に乗った……だから私は、この時気が付かなかった。


「……絶対に…不可能?」


今私が、失言した事に。


「そうか…そうか、確かに不可能かもな…絶対に」


「ん?」


異変に気がつく、先程まで萎えていたタヴの体から…メラメラと何かが燃え上がっている。ニタリと笑い、俺た腕を動かし、拳を握りしめて…私を睨む。赤く燃える眼光で私を睨み。


「ならば!俺は革命しようッッッ!!お前の不可能にッッ!!」


「な、なぁっ!?」


タヴの魔力が増幅した…!?なんだコイツ!?なんなんだコイツ!!意味がわからない!さっきまで力尽きる寸前だったのに!!あんなに元気がなかったのに!?なんなんだ!!

い、いやだが…変わらない!状況は何も!コイツがやる気になったところで、何も!!


「いい加減くたばれッ!タヴ!!」


「死なん!!革命はッ!」


瞬間、私の放った拳を屈んで避けたタヴは…爆発するような勢いで私の腹に向け、またも拳を叩きつける。だが効かない、ただでさえ私の体に攻撃が通用しなかったのに、今のタヴの腕は折れている。


「ッ……!」


「バカな奴!気合い一つで折れた腕が治るものか!」


逆に私を殴った右腕から血が噴き出す。折れた骨が肉を裂いたのだ、だがタヴは止まらない。


「革命とは…ッ!痛みを伴うものだッ!」


再度、左腕の拳が飛んでくる。私の体を打つ、左腕からも血が吹き出し…私には傷の一つもつかない。無駄だ、無駄なことを繰り返している…のに。


「例えどれだけ傷つこうとも!人は自由を求め!更なる良き世を目指し志す!!」


止まらない、左の次は右、右の次は左、その都度に血が噴き出しタヴの中には壮絶な痛みが荒れ狂っているはず。魔力も使えず、腕も折れている、なのにタヴは…止まらない!


「だからこそ!!俺は!革命者として!!是が非でも屈するわけにはいかんッッ!!」


「ば、バカなことを!!魔力も使えないくせに!!」


「だがッッッ!!革命力は残っているッッ!!」


「なんだそれは!?」


「革命力とはッ!」


踏み込む、大地が割れる。拳を握る、腕から血が噴き出る。タヴの体から…炎の如き何かが燃え上がる、そして大きく腕を引き。


「革命だッッ!!!」


「ヴッ…!?」


その瞬間叩き込まれたタヴの拳は、私の腹に打ち付けられ、……割れる、ヒビが入る。私の腹に。バカな…鋼よりも硬いこの体が、極・魔力覚醒でさらに強化されたこの体が…魔力遍在も使えない奴の拳に割られるだと!?


「あ、あり得ない…!理解できないことが起こっている!!」


「理解できんか…革命が!!」


「お前がだ!!」


どうする!?私も攻めるか!?それとも引くか!?何が起こっているかも分からない!どう対峙したらいいか分からない!怖い…怖い、怖い!!


「革命はッ!革命だァッッッッ!!」


止まらない、止まらない、止まらない!タヴの連撃は止まらない、打つたびに加速し、加速する都度威力が増し、ドンドン私の体を破壊していく…遂には私の反射神経すらも超えて、目に見えない速度にまで至る。


「俺は革命を続けるぞルルド!この世に絶対がある限り!不可能がある限り!俺は挑み続ける!それが俺の力の!強さの!存在の源流だからだ!!」


「や、やめ……!」


「故にこそ、革命を忘れ力に溺れ他者の抑圧しか出来なくなった支配者を打ち倒す!!」


バカな、バカな!やられる!?やられるのか!?このまま!こんなわけのわからない力に!魔力でも腕力でも覚醒でもない…こんな、こんな訳のわからない革命に!!


「それが、俺の!」


歯を食いしばるタヴは、逃げようと一歩引いた私に追いつき、壮絶なる威圧、風格を放ち……放つ。


「革命だッッ!!!」


「ァガッッッ!?」


割れる、この体が…ガラスのように、中心からヒビが入り…タヴの拳により吹き飛ばされ、天高く吹き飛ばされる。嘘だ、嘘だ……コルロ様が間違っているはずが、私が間違っているわけがないのにッッ!!


「こんな…こんな事が!あっていいはずがないのにィッッッ!!!」


割れた筋肉から溢れた血は、私の体を引き裂き、抑えきれなくなった血液の奔流により…私の体は──────。




「革命は、終わらない。そういうことだ」


タヴは背を向ける。空中で爆発四散したルルドに目を向けず…ただ歩く、革命は終わらない、革命の旅路は終わらない、こんなところでは終わらない。

俺は革命を起こし続ける、愛すべき彼女が…平和に暮らせる世界を作るまで。


……………………………………………


『ステュクス、お前はオフィーリアに集中しろ』


そう言われ、俺は今…戦いもせずひたすらに走っている。


ラグナさんにエリスを頼むと頼まれて、バシレウスにお前はお前のやるべき事をやれと託され、ムスクルス道を作ってもらい、みんなが戦っている中…俺は俺の因縁に蹴りをつけるため、必死に回廊を走った。


走って…走って、走って…そして。



「オフィーリア……!」


「ん?ああ…ようやく来たんだ……」


石回廊の先に通じていた大きな部屋…そこに奴はいた。壁を切り裂き無理矢理この回廊に道を作り、部屋に踏み入ってきたのはオフィーリアだ。いた…奴が、やはりここに。


「探したよぉ〜お雑魚ちゃん。ペトロクロスの奴が塔をめちゃくちゃにしたから君の居場所がわからなくてさぁ…ほーんと疲れちゃった」


「お前マジでどのツラ下げてここに戻って来れたんだよ」


「別に、私ちゃんコルロの部下じゃないし。あいつになんで思われてもしらーんちゃん」


手には使い古された処刑剣。それで地面をガリガリ削りながら引きずってこちらに歩いてくる。顔はもうニコニコだが…目が全然笑ってねぇ、未だかつてないくらい…キレてる。


「本当にさ、もういい加減にしたいんだよね。君が私ちゃんの前に現れてからさ…めちゃくちゃだよもう」


「全部お前から始めた事だろ」


「ふふふ、レナトゥスしゃまがお前を大嫌いっていう理由が分かった気がする。うざいんだよね、力もないくせに口だけは一丁前、なのに実力も理解せず首突っ込んで掻き回す…まさに虫ケラ、あるいはネズミ」


「そっか、ありがとよ。ゴミクズのお前よか高尚に見てくれてるみたいだ」


「ンフフフ…アハハハハハハハ!君さ、人の神経逆撫でする事に関しては本当に天才的だよね。マジでさぁ…もう、イライラしてしょうがないよ」


「そりゃ、悪かったな」


剣を抜く、師匠の剣と…星魔剣、対するオフィーリアは処刑剣を持ち上げ、構えを取る。コイツは大嫌いだ、世界で一番コイツが嫌いだし、多分あいつもそう思ってる。けどここでケリをつける…その部分でだけは意見が一致しているらしい。


「今日ここで終わらせる」


「私ちゃんも、もうこんな馬鹿馬鹿しい話には付き合ってられないのでレナトゥスしゃまのところに帰るんだ。コルロはもう計画を終えるみたいだしね…だから、最後にやり残した仕事を終わらせる」


ジャリ…と足の裏で砂利が転がる。オフィーリアがゆっくりと足を動かし距離を測る、共に刃を向けながら数秒睨み合って、ある瞬間のことだ…。


「ッと!」


「危なっ!」


凄まじい勢いでオフィーリアが飛んできた。首狙いの一閃、それが空気に白の線を引き…咄嗟に身を反り返して回避する、前段階とかモーションとかなく一気に飛んできやがった!相変わらずすげぇスピードだ!


「避けられた、しぶといねぇ君もさ!」


「ッ…!」


そして、オフィーリアは振り向きざまに四度剣を振るう。どれも目に見えない速度だ…二本の剣を使ってようやく弾き返せる速度。最初はこのあり得ないスピードに苦戦させられた…けど。


「あーもー!君ちょっと面倒すぎる〜!」


(見える、動きが…)


バシレウスとの特訓でセフィラクラスの動きに対応出来るようになった。オフィーリアは縦横無尽にそこら中を飛び回り、さながら鷹のように幾度となく飛びかかり斬撃を浴びせてくる。


それを両手の剣で体ごと回転しながら捌き続ける。慌てるな、慌てず捌き続けるんだ…そうすればがいつか必ず隙が見える。見えてくるはずだ…そして隙が見えたらそこを攻めるんだ。


「もうー!さぁ!ウザすぎ!」


瞬間、オフィーリアは処刑剣を突き立て凄まじい勢いの突きを放ってくる。咄嗟だ、それを咄嗟に師匠の剣で受け止めたその時。


「でも甘すぎ」


剣と剣が触れる瞬間、オフィーリアは処刑剣から手を離し、逆に持ち手の部分を手で上へと叩き上げる。一瞬で剣は俺の前で縦に回転し…って違う!見るべきは剣じゃなくて。


「はいっ!」


「グッ…!?」


蹴りが頬を打ち抜き俺の体は一回転する。突きと見せかけたフェイント、剣を囮にしやがった…しかもそこから別の攻撃に派生する速度までバカ早え…!

相変わらず一筋縄じゃいかねぇか……けど!


「まだまだ!『ロード・デード』!」


咄嗟に俺は剣を地面に突き刺しオフィーリアの周りの地面を泥のように変え……。


「小賢しいって言うんだよ、そういうの」


しかしオフィーリアは足が地面につく前に足を前に出し、泥沼同然と地面の上を走り抜けこちらに向かってくる。嘘だろそんなことまで出来んのかよコイツ!


「君、私ちゃんを甘く見てるよね!」


「ヴッ…!」


そして加えられる痛烈な一撃。振り下ろされた処刑剣を受け止めれば、俺の足元の地面が砕け逆に俺が地面に沈められることになる。そんでもってそこに怯めば…。


「甘く見過ぎなんだよねぇ私ちゃんのことを!」


「ガハッ…!」


回し蹴りが飛んでくる。コイツ…前回の反省を活かしてシンプルな剣技に切り替えて戦ってきてる。まずい…純粋な実力勝負じゃマジで勝ち目がない。


「私ちゃん、これでもセフィラだよセフィラ。マレフィカルム最強の使い手集団の一人なの。分かる?君が頼りにしてたタヴやラセツよりも強いわけ、それが何?虫ケラ同然の君が私ちゃんを万が一にでも倒せると思った?」


「ッ……」


地面を転がり、俺は倒れ伏す。分かってるよ、オフィーリアがどれだけ強いかなんて…洒落にならない強さだってのは、ここにくるまで何回もみんなに言われてきてる。それでも折れる気がねぇんだ…俺は。


「はっ…よくいうよ、そんな強いくせして、お前はまだその虫ケラ一匹!殺せてねぇだろ!」


「……カッチーン、怒っちゃうよそれ」


「怒れよ、こっちはもうとっくにブチギレてんだよ!散々めちゃくちゃにしやがって!テメェ一人のせいで!何人もの人生狂ってんだよ!!」


立ち上がり、吠える。コイツは俺の師匠を殺した、バシレウスとレギナの親を殺した、あるいはもっと色んなやつを殺してるかもしれないし、実際殺してる。コイツがいるから、人が死ぬ。それが許容できないってんだよ俺は。だからここでお前を倒すんだ…!


「……バカだね君は本当に」


するとオフィーリアは処刑剣を地面に突き刺し、ため息を吐く。


「何人の人生が狂ってる?知らないよそんなの。この世を動かしている人間ってのは…総人口の中でたったの数%だよ?この世を動かせる人間以外はその他大勢なの、それが死のうが知ったことじゃないんだよ…実際、世界にはなんの影響もないんだし」


「なんだと……!」


「その数%のうちの一人がレナトゥス様、そのレナトゥス様のご意志により私はただその他大勢を消しているだけ。その事に対して一々カッカされても困っちゃうよ」


コイツ……マジで言ってんのかよ。許せねぇよ…許せねぇ、俺の姉貴が!師匠が!バシレウスの親が!コイツにとっちゃその他大勢だってのかよ!言わせねぇ…死んでもそんな事、言わせねぇ…!!


「で、今その他大勢のうちの一人が、私ちゃんと本気で渡り合えると思ってる…私ちゃん、怒っちゃったよ。だからもう本気で殺す事にするよ」


「あ?なんだ?今まで本気じゃありませんでしたってか?そりゃいくらなんでも負け惜しみが……」


剣を手放したオフィーリアは、足に履いていた靴を脱ぎ俺の前に投げ捨て裸足になる。カラカラと乾いた音を立てて俺の前にオフィーリアが履いていたハイヒールが転がるんだ。

靴脱いで本気になるってガキかよ………あれ?いや待てよ。


(コイツ今まで、ハイヒール履いてあの動きしてたのか……?)


あの常軌を逸したスピードをハイヒールを履いてやってたのかよ…じゃあ、裸足になったら、一体どうなって────。


「あ…!」


気がついた時にはもう遅かった。目の前には…オフィーリアの足の裏が映っていて、そしてそれが次の瞬間にはあり得ないくらい遠かった。俺の体は壁に叩きつけられ、瓦礫が砕け、地面に落ち…口からは夥しい量の血が噴き出る。


「げぇ……!」


「お前なんか、魔法も使う必要ないね…分かった?これが本来の実力差。助けが来たり、誰かに救ってもらったりとか…そういう偶然はもう終わり、本来ならもっと早くこうなる予定だっただけで…何にも変わらないよ」


次の瞬間にはオフィーリアが目の前にいて、奴の掌が俺を打ち、同時に壁が完全に崩落し、骨が幾多も割れる。早いなんてレベルじゃねぇ…これがオフィーリア本来のスピード!?ダメだ、バシレウスとの特訓で見えてたレベルとは訳が違う…マジかよ。


これがセフィラ本来の力……そりゃそうだよな、俺一人じゃクユーサーにも敵わない。これが本当の差……。


「フンッ!」


「ゔっ…くそ…!」


投げ飛ばされ、地面を転がる。だけど…例えどれだけ無理でも、俺は…諦めるわけには。


「はい」


再び、立ち上がる。剣を杖に立ち上がる…と同時に聞こえたのは地面に刺さった処刑剣が抜ける音で───。


「終わり」


「───ッ……!?」


次に聞いたのは、骨と肉が裂ける音。気がついたらオフィーリアは目の前にいて、奴の手には処刑剣が握られていて…剣の先には、血が滴っている。俺の体に…傷が。


肩から腰にかけて、ザックリと…巨大な赤い線が引かれて───。


「他愛もないよね、勝てるわけないのにさ」


水音と共に倒れ、血の海で大の字になって倒れるステュクスを見下ろし、オフィーリアは軽く笑う。今までオフィーリアと戦って生きてきた事自体が奇跡であり、奇跡はそう何度も続かない。


虚な目で天井を見上げるステュクスに一瞥もくれる事なく、オフィーリアは歩き出し。


「じゃ、私ちゃんはもう帰るね〜…レナトゥス様のところにさ」


そうして、オフィーリアは立ち去る……その場から─────。


……………………………………………………


「ごはぁっ!?」


「ラグナ様!…ぎゃっ!?」


「オラオラオラオラッ!!もっと足掻けよ雑魚共がぁっ!!」


荒れ狂う、エクレシア・ステスの地下にて黒い樹木が荒れ狂いラグナを吹き飛ばしメグを叩き潰し、私を吹き吹き飛ばす。


マヤを救う為、立ち塞がったクユーサーと戦った魔女の弟子達三人…けど、その実力差はあまりにも絶望的だった。


「この、これ以上みんなを傷つけないで!!」


「ネレイド!よせ!」


私は立ち上がり、目の前のクユーサーに向けて突っ込む。両腕から木の腕を生やすクユーサーは、私を見るなり木の腕を巻き取り人の腕を作り出すと…。


「洒落くせぇっ!」


「ガッ…!?」


飛んでくる、凄まじい速さ、凄まじい重さ、凄まじい威力の黒腕が。鉄壁防壁を張っていたのに一瞬で貫通し、私の顎をクユーサーは殴り抜く。今…この場に至ってクユーサーは一度も再生能力を使っていない…。


「ちょっとでも俺様に通用すると思ったか?なぁ!おい!!」


「ッ……!」


咄嗟に身を引くが、クユーサーの攻めは苛烈極まる。両拳を嵐のように振るい、防御すら間に合わない勢いで幾度となく殴られる。殴られる都度、私の体に穴が開くような痛みを感じる。

完全に私がパワー負けしてる、スピードでも防御力でも全てに於いてクユーサーに上回られてる…!


「テメェ!ネレイドに何すんだ!「?


「邪魔くせェッ!!!」


ラグナが私を守るために飛び掛かるが、恐ろしいスピードで反応したクユーサーはラグナを逆に掴み返して地面に叩きつけ、黒い大地を粉砕すると同時に…。


「『獄炎』ッッ!!」


「がぁっ!?」


片手から吹き出した紅の閃光でラグナを焼き飛ばす。瞬殺だ…あのラグナが歯牙にもかけられていない。まるで通じていない…私もラグナもメグも、三人の力がクユーサーに。


「おいゴルァ…テメェのせいで俺様のメンツは丸潰れだぜオイ」


「グッ……!」


そして、ラグナを倒したクユーサーは私の胸ぐらを掴み、持ち上げる。私も必死に抵抗するがやはりダメだ、クユーサーはびくともしない。

私が本調子なら…とかそういう段階の話じゃない、まるで違う。何もかもが。


「この『業魔』クユーサー様にナメた真似してくれやがって、この落とし前どうつけてくれんだ?ああ?」


「ヴッ…知らない…!マヤを返せ!」


「はぁ……ウゼェんだよお前は!」


「ガハッ!?」


そのまま槌でも振るうように何度も何度も私を掴んだまま地面に叩きつけたクユーサーは、私を軽く上へ放り投げ……。


「弱え奴の理屈は通らねぇ!そりゃあこの世の掟だろうがよぉッ!!」


「ゔぁっっ!!!」


蹴り飛ばされる。私の体はクユーサーの魔力衝撃の伴う蹴りにより弾丸の如き勢いで吹き飛ばされ、壁に当たり、壁を砕き、地面に落ち、地面を砕き…口から溢れた血が私から言葉を奪う。


「ッ……」


「グッ…クソ……」


「……そんな」


痛みにより動けない、私だけじゃない、ラグナもメグも動けない。全員が蹲り、倒れ伏し、クユーサーただ一人が立ち続ける。


「あーあ!終わりか?軟弱なガキどもだなぁおい!もっと楽しませろよ!こっちはまだまだイラついてんだぜ?」


「う……」


絶望、そんな言葉が浮かび上がるほどに実力に差がある。これがセフィラ、これが…業魔。これ…私達で倒せるのか……。




「ネレイド…もうやめて、もう……私が、私が死んだら…諦めてくれるの…ネレイド」


目に映るのは…涙を流す、私の母の姿。私の手は……マヤには、届かない。


今日!8月29日!書籍版『孤独の魔女と独りの少女』発売されました!!!ちっちゃくて可愛かった頃(過去形)のエリスやかっこいいレグルス師匠が見られます!!是非是非読んで頂けると嬉しいです!!

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己が身を守るために無意識に殻へ閉じ籠ってしまい保守派へと堕ちてしまった革命者… 保守派になるとシナシナになってしまうのは自明の理であった。 こうしてみると帝国に反逆していた時はコンディション最高潮だ…
うああああタヴさんのかっこいい?戦いを見てからのこの絶望2連チャンはきつい泣 タヴさん……そんな鎧あるなら帝国で使えよとか思った直後の保守化による弱体化……この人が重度の革命おじさんって事実完全に忘れ…
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