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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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754.星魔剣と天地割砕の刻


ラダマンテスは今、熱狂に包まれていた。


「おい聞いたか!イノケンティウス様が後継者を指摘したらしいぜ!」


「え!?遂にジョバンニ様に跡を譲ったのか!」


「いやそれが違うらしい。譲ったのはバシレウスって若造で……」


最初はそんな噂話から始まった。セフィラとして名が轟いているわけでもないバシレウスの存在が、あの魔女狩り王イノケンティウスの跡を継げるのか。果たしてイノケンティウス様は何を考えているのか……と、考える余裕もなかった。


「おいおっちゃん。あんた飲み過ぎだぜ!」


「うぅ、うるせぇー!俺はなぁ…俺はなぁ、昔はメサイア・アルカンシエルの傘下組織を率いてたんだぞ。それがどうだ…アルカンシエルがなくなって俺達は一気に落ちぶれたぁ…今じゃ居場所もありゃしねぇ」


「ワシも…昔はマレブランケとして頑張っとったわ。ルビカンテ様…あんな見所のある若者は他におらん。今更他の組織について行く気にもなれん……」


「くっ…ぅ、うぅぅう…逢魔ヶ時旅団が無くなった。私はこれからどこでどうやって生きていけば…」


「終わりだ、もう終わりだ。パラベラムが無くなった、全部御破算。マレフィカルム内で築き上げた地位も何もかも消し飛んだ!」


「クソッ、魔女の弟子達め…クソォ」


今マレフィカルムは混乱の極致にあった。八大同盟はマレフィカルムを八等分し治めていた。莫大な傘下を持っていた、だから八大『同盟』なのだ。しかしその同盟も崩れた、八大同盟のうち五つが消し飛んだ。

参加の組織達は居場所を失った。自分達の指導者だった盟主達が居なくなり彼らは絶望していた。イノケンティウスの下についてなんとか食い繋いでいくので精一杯だったからだ。


だが、そんな中に現れた魔王は言った。


『自由を求めるなら俺についてこい、俺はお前らを縛らない、俺の背中にただついてくればそれでいい』と。


魔王はイノケンティウスのように統治はしない、指導者の統治ではなく先導者の道程を見せる形で新たなリーダーとして名乗りをあげた。

それも傘下という形では無く、新たな組織立ち上げに伴い全員を組織の一員にしてくれると言うのだ……噂は即座に熱狂に変わった。


「バシレウス…ありゃ大物だ、こりゃようやく来たんじゃないか!」


「ガオケレナ総帥にすら変わり得る新たな総帥!」


「その組織の一員になれるなんて、こりゃ八大同盟以上に加盟する以上の名誉じゃねぇか!」


「……変わるのか、世界が」


どうあっても、変えられないと諦めていた世界が明確に変わった。そう感じさせられた。ガオケレナのように生まれる前から統治する者と違い新たに目の前で誕生した王、イノケンティウスとは異なり若く精力に満ちた王。


そして身が震える程の圧倒的な魔力とカリスマ。さながら王者の気風……いや、魔王の生き様は多くの溢れ者達を引き寄せた。


「アド・アストラの六王に匹敵するカリスマ……か」


「バシレウス…俺達の新たな王、いや魔王……これは本当にやれるかもしれない」


魔王の背中に実績だの説得力だのはいらない。ただ…閉塞し型に嵌った世界をぶっ壊す型破りの力だけがあれば良い。

このマレウスという王国の正統なる後継者。玉座に座っていれば六王を相手に一歩も引けを取らない執政を行っていただろう人物が、自分達のトップに座る。


「やれる…やれる!やろう!」


熱狂は熱量に変わり、マレフィカルムを突き動かす炎となった。



…………………………………………………………


「つーわけで、俺は今日からこの組織のボスになる!そういうわけでよろしく!」


「よろしくって…なんやとんでもない事になったな」


「フッ、世界を壊す魔王か…まさしく革命だ」


「聞こえは悪いがな」


バシレウスは魔王となった、組織を率い、誰かを守るためではなく自由にやるために、そしてそれについてくる者に自由を約束する最悪の魔王に。

既にラダマンテスは熱狂の渦だ。指導者なく怯えていた連中は、かつて組織を立ち上げた時並みの熱を取り戻し、全員がバシレウスの組織に参加する事を決めつつある。


そんな中、バシレウスはラダマンテスの酒場の一角で全員に報告する。背中には黒いマント、顔には自信と余裕に満ちた笑みを貼り付けて。


「ステュクス、お前どんな説得の仕方したんや」


「俺は説得なんかしてませんよ。ただ…バシレウスがやりたいようにやればいいって」


「やってくれたなぁ、こんなのに好き勝手させたらどえらい事になるで」


「かもですね、でも俺…ウダウダ悩んでるバシレウスより、勝手気ままにやってるバシレウスのが好きですから」


結局バシレウスはそういう奴で、こういう奴だから俺は惚れ込んだ。だったら好きにさせる方が余程いいだろう、後のことは悪いが知らん。詳しいことは考えないようしてるんだ。


「今、ラダマンテスの街はごった返しているな」


「そりゃ無理もないでしょ、八大同盟が次々と潰されて閉塞してたマレフィカルムに新たなリーダー、しかも若くて才能のある奴が現れたんだから。おまけにイノケンティウスからも認められた、セフィラの称号持ちってバックボーンもバッチリ…そりゃ盛り上がるでしょ」


コーディリアとアナスタシアの言うようにラダマンテスの街は最初来た時以上に盛り上がっている。まるで…もうバシレウスと一緒に戦うことが既定路線みたいだ。

バシレウスは事実としてこいつら率いてコルロと戦うつもりだ。ってことは…ヴァニタートゥムと戦争って事になるな。八大同盟のヴァニタス・ヴァニタートゥムとだ…。


「俺はコルロに戦争ふっかける、この際アイツをぶっ潰すだけじゃ飽きたらねぇ、アイツの基地からなにから全部ひっくり返してバラバラにする。その為にこの組織を使う…!」


「それはええけど、お前戦争の指揮とかとったことあるんかいな」


「ない、そもそも指揮はとらねぇ。俺が好きにやるから各々他も好きにやれ、それが俺の組織の唯一の方針だ」


「はぁー…やりやすそうやなぁ。オレも現役やったらお前の組織でやりたかったわ」


「なに言ってんだラセツ、お前はオレの組織の幹部だ」


「は?」


ラセツさんがギョッとする。しかしバシレウスは決定事項のように全員を眺め。


「さっきも言ったがオレは雑魚だけを率いるつもりはねぇ。八大同盟には何処も強え幹部がいただろ、だからお前らがその幹部をやれ」


「オイオイ勝手に決めんなや。オレはもうマレフィカルム抜けてんねんで」


「俺もだ、もうマレフィカルムに戻る気はねぇ」


「チッ、ウルセェな。今回だけだよ、コルロとの戦いが終わるまでの間でいい。それに俺が組織を率いるならお前らもその一員って方がやりやすいだろ」


「う……なんやお前、調子取り戻した瞬間、えらい口が立つようになったやないか」


「まぁ確かにな。仮の幹部…形だけの幹部ということならば受け入れられるか」


お、おお…めちゃくちゃ上手く話を纏めたなバシレウス。なんかどっかで吹っ切れたか、なににしてもラセツさん達は幹部って事になるらしい。

そのままバシレウスは立ち上がり、順々に全員を指差していく。


「まず!第九幹部!ムスクルス!」


「私ですか、まぁ妥当でしょうな」


「第八幹部!コーディリア!」


「な!?私もか…八番目というとハーシェルではビアンカ相当か。随分な降格だな」


「第七幹部!アナスタシア!」


「はぁっ!?ちょっと待ってよ!」


順々に指名する中、アナスタシアは第七幹部の称号が与えられる…が、もうそれは凄い不服という感じで顔を歪め机をドンと叩き。


「待って!?私が七番目?ってことはセーフやアナフェマはそれより上って事になるよね、セーフとアナフェマはアルカンシエルで五番目とか四番目の幹部だよね!?私逢魔ヶ時旅団で幹部序列No.2だったんですけど!こいつらより強いんですけど!」


「うるせぇ!強さで順番決めてんじゃねぇ!」


「じゃあなに!」


「なんとなくだ」


「コイツ……!」


「まぁまぁアナスタシア、ここは一旦落ち着いて…仮だから仮だから」


俺は慌ててアナスタシアを落ち着かせる。大体の組織の序列は強さで決まってるが、どうやらバシレウスの組織は違うらしい。


「で、セーフとアナフェマ。お前らは五番手と六番手の幹部だ」


「わ、私五番手ですか…アルカンシエルでは三番手だったので、まぁまぁ降格ですね」


「仕方ないですよセーフさん、流石に上の層が厚すぎます…」


セーフとアナフェマは五番手と六番手…まぁこの辺は妥当だ、強さ順にするならアナスタシアがもうちょい上な気もするが、正直言ってここら辺は誤差、そう言えるレベルで上のレベルが高い…なにせ。


「で、カルウェナン。お前は第四幹部だ」


「む……承った。仮とは言え役職を賜ったのなら、今だけは忠誠を捧げよう」


第四幹部カルウェナン・ユルティム。かつてメサイア・アルカンシエルでは不動の第一幹部を務め、最強の一角を担っていた男が四番手となる。その層の厚さたるや凄まじいものだ。


「ラセツ。お前は三番手だ」


「三番手か〜…まぁ上にタヴやんおるし、しゃあないわ。寧ろ気ィ楽でええわ、パラベラム時代はなんかあったら『おいラセツ』『なぁラセツ』で矢鱈コキ使われとったし、ここでは仕事も上に丸投げ出来そやわぁ」


ヘラヘラ笑うのはラセツさん。パラベラム最強の男であり五本指の五番手…はっきり言ってこの一団の中でも別格の強さと言ってもいい。頼りになることこの上ない…そして。


「タヴには第二幹部を任せる」


「第二……アルカナではシンが担当していた地点だな。なにやらこそばゆい」


そして、第二幹部は大いなるアルカナ最強の男。五本指の四番手…言わずと知れた絶対強者の一人だ、実力はラセツさんやバシレウスに並ぶか、或いは上回る唯一の男……しかし。


「ん?そう言えばタヴやんが第二なんか?第一幹部は誰や」


ラセツさんがそういう、そう…タヴさんでさえ第二なら数が合わないと。そうだよ、そうだよなぁ…思うよ俺も、でもなんとなく分かるんだ。多分第一幹部は……。


「第一幹部はステュクスだ!幹部兼大参謀!俺の右腕を任せる!」


「やっぱ俺か……!」


言ってたもんなぁさっき!だよなぁ…コイツ俺を一番上にする為に実力順にしなかったんだろうなぁ!実際実力順にされたら多分俺はカルウェナンさんの下は確定として、アナスタシアとどっちが上かってのを争うくらいだろうと思うし。


うう、荷が重い…タヴさんやラセツさんの上って、荷が重いよぉ〜!プレッシャーでピィピィ泣いちゃいそう。


「ほう、ステュクスが第一幹部か」


「第一幹部はってのは組織の顔やでなぁ、大変やでぇ〜」


「何かとつけて動かされるからな。覚悟はしておいた方が良いぞ」


タヴさんがニタリとこちらを見て、ラセツさんがからかい、カルウェナンさんは俺に助言を与える…かつて八大同盟やそれに匹敵する組織で第一幹部を張ってた人達の言葉だ、重みが凄い……っていうか。


「そして俺がこの組織の大総統!全員俺に絶対服従!!」


「指示出さん言うとったやろ!!」


見る、周りを。メンツ凄くないか?俺は八大同盟の陣容とか詳しく知らないが八大同盟と言えばマレフィカルム最強の組織だ、その幹部が十人規模で所属し剰えそこで最強だった、全体を見渡してもトップレベルが数人所属する組織。その上人員は今ここにいるだけで数万、全体を見れば八大同盟の傘下組織ほぼ全てが参加するらしいから数十万規模……これは。


「あの、タヴさん」


「ん?なんだ」


「あの、今のバシレウスの組織って…マレフィカルム全体で見てどのレベルですか?」


「む、ふむ…そうだな」


タヴさんにどんなもんか聞いてみると、タヴさんは少し考え込む。腕を組みウンウンと頭を捻って考える。


「いや分からんな、これほど大規模な組織は存在していなかった。人員の規模で言えば全盛期のアルカナ級、幹部の戦闘能力で考えれば一組織に集中していいレベルではないし…ともすればゴルゴネイオンにも喧嘩を売れるかもしれん」


「そんなに…」


「ああ、下手をすればゴルゴネイオンどころか…アド・アストラとも戦争が出来る唯一の組織になったかもしれない」


「それは俺の立場的に勘弁願いたい」


「だろうな。だがこれは飽くまで今だけだ、戦いが終われば幹部は総辞職だ」


けど人員だけで言えば過去最高クラス。そしてバシレウスのカリスマはこれを纏めるだけのものがある…マジで姉貴達に悪い事をしたかも。いやでもバシレウスが姉貴達と和解すれば……或いは。


「でー?ボスぅ、この組織の名前なににするん?」


「え?そりゃお前『無敵のバシレウス大軍団』だ」


「なははははオモロいジョークやなぁ、トップがユニークなんわ風通しが良くてええわぁ」


「冗談じゃないんだが」


「冗談じゃないはこっちのセリフや」


うーん、まぁ…細かいこと考えるのやめにしよう。今はともかく…この急拵えの組織を武器に、コルロを徹底的に叩き潰す方法を模索しないと。


……………………………………………………


「ダメかな、無敵のバシレウス大軍団」


「まぁ〜…不評ならやめといたら?」


と言うわけで始動を開始したバシレウスの組織、無敵のバシレウス大軍団(仮)の大参謀に任命されましたステュクスです。あれから話し合いは平行線、バシレウスが名前を気にして他のことに頭が回らなくなったので…まぁ一応ながら参謀を命じられた身としては色々調整を行った。


ます俺は街の人達に聞き、戦力を確認。現状この街には七万人のマレフィカルム系構成員がいるらしく、全員がバシレウスの下につく事を宣言。つまり俺達は七万人の兵隊を手に入れたわけだ、これでよし。


とはならない、軍団ってのは取り扱いが非常に難しい。兵站は勿論だが行軍の方法はどうするのか、言っておくがラセツさんの車に全員取れるわけがない。

かと言って歩きで行くとちょっと残り時間から足が出る。ならどうするか、一応ラセツさんが近隣にいると言う元パラベラム構成員に連絡を取り、ありったけの駆動車を工面するよう頼んでくれた。


これが届くのが今日の夜。つまり俺達が行動開始できるのが今日の夜になる…戦いは六日目の朝だ。

それまでみんなには体を休めるよう頼みつつ、指示をしないと言うバシレウスに変わり元々組織運用を行っていたタヴさんにお願いし当日の動きをある程度纏めるようお願いした。

すると……。


『仮とは言え第一幹部様のお頼みだ、受け入れよう。だがお前もうかうかしていると革命を起こされるぞ、俺からな』


とめちゃくちゃ輝かしい目で言われたので俺も頑張ろうと思う。


「ステュクス大参謀!」


「大参謀はつけなくていいよ…」


そして今、俺はバシレウスと共に街を歩きながら構成員の様子を見て回っているわけだ。まぁバシレウスは組織の名前決めに夢中なので実働俺一人なわけだが。

そうやって歩き回っていると、構成員さんが俺達に話しかけてくる。屈強な荒くれ者が俺を参謀と呼ぶ。人の上に立つなんてのは全く気分がいいぜ…とは言えない、俺は小心者だ。


「明日決戦なんすよね!武器はどんだけ持っていったらいいっすか!」


「武器…いや必要最低限でいい。多分長期戦にはならない、みんなには雑兵の相手をしてもらうことになるから、なるべく身軽かつ長持ちする頑丈な武器防具で揃えてほしい」


「うっす!わかりやした!」


一応この辺は冒険者時代の知識を応用してなんとか指示出ししてるが、うーん正しいか分からん。出来ればラグナさんがここにいてほしい!あの人も一緒に連れてくれなよかった!

なんてな…絶対無理だが。


「取り敢えず兵站云々は気にせず、ともかく戦線を長持ちさせられるように。ああそうだ、ポーションとかあります?武器よりそっち搬入してください」


「あるだけ用意します!」


「お願いします、今怪我人も多いと思いますが現状ではポーションは使わず。なるべく治癒術師を頼ってください」


「なぁステュクス、無敵のバシレウス超軍団とかどうだ」


「後にしてくれ」


俺はとにかく分かる範囲の指示を行う。こっちは戦争のプロじゃない、だが相手もプロじゃない。大規模なケンカと考えるならやるようはある。そもそも俺は態々ヴァニタートゥムの構成員を皆殺しにする必要はないと思ってる。

倒すのは飽くまでコルロと焉魔四眷、そしてクユーサーとオフィーリアだ。


「取り敢えずこれはこうして、あれはああして…準備はこれだけでいいのかな。ああくそ、こう言う日が来るならラグナさんにもっと色々教えて貰えばよかった」


「ラグナ?誰だそれ」


「気にするな、こっちの知り合い……そうだ」


ふと、俺は指示の合間にバシレウスに一つ…伝えておこうと思っていた事を思い出す。


「バシレウス、実はさ…俺、川で流された先でマヤさんと会ったんだ」


「マヤ?……ああ、そう言えばアイツ、いつの間にかいなくなってたな」


マヤさんのことだ。今いざこざを抱えるわけにはいかないから魔女の弟子達のことを伝えるつもりはないが…マヤさんの事は言う必要があるだろう。


「実はさ、コルロとクユーサーの襲撃を受けたんだが…そこでマヤさんが守ってくれて。捕まったみたいなんだ」


「ふーん、そうか。ってことはあれか、向こうには結局ネビュラマキュラの血と超人の体が渡ったわけか…コルロの目的ももう直ぐ動くか」


「ああ、けど……俺はマヤさんの事も助けたいと思ってる。出来れば、助けてもいいかな」


「いーんじゃねぇの、お前がやりたいならそうすりゃいい。手が空いてたら助けてやってもいい」


「ありがとよ、バシレウス」


協力してくれるようだ。まぁラグナさんがメインで動いている以上表立ってバシレウスと一緒には駆け付けられないが、何かしらの形で援護は出来るかもしれない。そう考え俺はまた後でタヴさんと当日の動きについて話し合おうと考える……と。


「つーか組織の名前が思いつかないんだけど」


「まだ言ってんのかよ、なんでもいいだろ」


「そうもいかないだろ、締まらないし」


む、それはそうか。肩書きや背負う名前ってのは即ち一体感を生む…冒険者パーティがチーム名を決めるのも、クランがクラン名決めるのも、つまりはそう言う事。

実力が拮抗し、兵力規模が拮抗し、趨勢が決まるって言う大局面に於いて戦局がどっちに転ぶかを決めるのは、案外そう言う目に見えないものなのかもしれない。


「バシレウスはこの組織をどうしたいんだ?どんな組織にしたいんだよ」


「どんな?自由にやれるヤツ」


「自由にならみんなやってるだろ、コルロだって自由にしてる」


「それはそうだが……」


組織の指針があるのはいい事だが、あんまりにも漠然としてるのはな…。なんて考えているとバシレウスはチラリとラダマンテスの街々を見る。

そこにはバシレウスの号令を受け動くこの街の住人達が、人々がいる。全てバシレウスの意思一つで動いているんだ。


「……俺はなステュクス、組織こそ作りはしたが俺自身の在り方を変えるつもりはないし、価値観を変えるつもりもない」


「つまり?」


「群れなきゃ強くない、そんな存在に成り果てるつもりはない。俺は最強だからな」


バシレウスの言葉の意味は分かる、こいつは群れて戦う事を否定しているわけじゃない。群れて強いなら結構、だが群れなきゃ強くもなんともない…そんな存在になりたくないと言う事。

結構だと想う、それがバシレウスの在り方なら文句はないし、そこを曲げる必要もない。


「だから、俺は庇護しない。守らないし守られない」


「じゃあそれをそのまま名前にすればいいんじゃないか?無敵のバシレウス軍団じゃあお前が代表になっちまうぜ」


「む……確かに、じゃあ……」


「そこら辺は一人で決めておいてくれ。俺は忙しい」


「俺より優先する事か?」


「お前の補佐だよ、お前が指示しないから俺が纏めなきゃだろうが」


「む……うむ!任せた!」


任せた任せたと首を縦に振るバシレウスはそのままタカタカと走って組織の名前決めに向かってしまう。アイツの信条は守ってやりたい、アイツが強いのは腕っ節だけ…性根の部分は脆く、ナイーブだ。信条が守れないと崩れちまう。


だから、アイツは王にしない。魔王になりたいと言うのならそうすればいい。


「ステュクスさーん!」


「ん?」


ふと声をかけられ、視線を反対側に向けると…こちらに向けて走ってくるのは。


「セーフ、アナフェマ、どうした?なんかあった?」


セーフとアナフェマだ、二人は俺の方に向けて走ってくるなり。別に用があるわけじゃないとばかりに首を振りつつ。


「いやぁ、なんだか決戦前夜って感じがしますねぇ」


「もう戦いは目の前です!緊張して狂う〜!」


「ああ、そうだな。夜には車が来る、そこで一気に決めよう」


コルロとの戦いも終わる、北部での戦いが終わる、俺の長い旅が終わるんだ。忙しくて考える暇もなかったが…そう考えるとなんだか寂しい気もするな。

だって、旅が終わったら俺はみんなと別れることになるんだから。


「思えば、遠くまで来ました。場所的な話じゃありません、精神的と言うかなんと言うか」


「黄金の館から始まったこの旅、貴方と出会ったあの村での出来事から、色々なことが始まって……事態はドンドン大きくなり、どうしたらいいか分からない所まで来ていたのに。その戦いに終着点が見え始めたんです」


二人のいう通り、敵は強く、大きく、当初想定していたオフィーリアだけじゃなくなり、敵の目的が想像より大きく、なんだかんだいつも通り負けられない戦いになって…大きく膨らんだ事態に、ケリがつく時がやってきた。


「ステュクス、ここにいる十人で一致団結して、この街の人達全員を含めて巨大になった戦力。これを掛け合わせてもそれでもコルロは強力で恐ろしいです」


「オフィーリアも…何をしてくるか分からないおっかない存在です……」


「そうだな、けど……」


敵は未だ強い、弱く成った試しなど一度としてない。だが、それでも。


「はい、我々で勝ちましょう。助けるんですよね、エリスの…お姉さんの命を」


「ああ、もう何も失わせない。誰の命も奪わせない…これで決着だ」


拳を握る。これでケリをつける、これで決着となる、サイディリアルから始まり北部にまで続き、今コヘレトへと伸びるこの道を走り切る。今ここにいない人達の分を背負って…これから生まれる凡ゆるを守る為に、絶対に勝つ。


「よーし!じゃ!みんなで頑張ろー!」


「はいっ!我々も死力尽くしちゃいますよ〜!」


「私も頑張り狂います〜!」


準備を着々と終えつつある。これが終わったら……後はもう走り抜けるだけだ。


………………………………………………………………………


ラセツさんが呼び寄せた元パラベラム系組織の面々が用意したのは合計千五百台の大型駆動車。中には大体十人くらい乗れる大きさの物だ……が、それでも一度に運べるのは一万五千が限度。もっと用意しろとバシレウスは暴れたがそもそも千台近い駆動車を半日で集められたこと自体が奇跡だとラセツさんは怒鳴り返した。


しかしラダマンテスの戦力は合計七万、仕方ないのであぶれた人達は更に天井に乗ってもらって限界ギリギリ、三万人の移動となる。残りの四万人は待機組だ。

駆動車は俺達をヘベルの大穴に到着後即座に引き返しラダマンテスに戻り追加の戦力を連れてくることにした。


優先はとにかく強いやつ。次点で治癒魔術が使える奴。それから戦士、魔術師と優先順位をつけて編成……正直この判断で正しいのかは分からない。タヴさんの知見を聞きつつやったからまるっきり間違いってこともないだろうけどさ。


まぁ、もう気にしても仕方ない。


「ここからコルロのいるヘベルの大穴までは直ぐや」


「コヘレトに着いたら直ぐに戦いだな」


そして、俺達はいつものようにラセツさんの車に乗って真夜中の平原を走る。背後には大量の駆動車がついてくる…すげぇ景色だなと思いながら俺は窓から追従する大量の光を見る。


「ステュクス」


「え?」


見る、後ろの席を。珍しく真ん中の席に座り、腰を深く座椅子に沈めるバシレウスはやや気怠そうに半目でこちらを見ている。


「戦いが始まったら、お前は即座に戦線を外れろ」


「え?」


「これが最後の戦いなら、オフィーリアを捕まえられる最後のチャンスはここになる。もし奴が本当にコヘレトにいるなら…お前はオフィーリアに集中しろ」


「いいのか…?」


オフィーリアに集中しろ、つまりこの戦いに俺はもう関われないことを意味する。だってそうだろ、オフィーリアはそれだけで強敵だ…何かを片手間に片付けながらやれる物じゃない。


「いいのかって…結局お前の目的はそこだろ。ここまで付き合わせたんだ、最後くらいお前の好きにやれ」


「バシレウス……」


「コルロはこっちで片付ける。俺がこの北部に来たのは全部奴を倒す為だからな…だからこっちはこっちで好きにやるだけだ」


そのままバシレウスは周囲の人間に目を向ける。ラセツさん、タヴさん、カルウェナンさん、セーフ、アナフェマ、アナスタシア、コーディリア、ムスクルス…全員一人づつ見るバシレウスは。


「お前らにもお前らの目的があるのは分かっている。コルロにも目的があるのは分かってる。だがこの戦いは奴の目的を阻止する戦いではないし、マレフィカルムを守るためでもマレウスを守る為の戦いでもない」


「……まぁ、せやな。せやったら俺らは何の為に戦う」


「無論、…好きにやるだけだ。俺はコルロにやられた借りがある。俺についてきている連中もコルロに痛い目見せられた借りがある。それを返す為に奴を潰す…お前らも同じでいい」


上半身を起こし、未だかつてない程に真剣な面持ち、深刻な顔つきで手を組むと。


「気に食わない奴がいたらそれを潰せ、誰が敵だの裏側の事情だのは気にするな。今だけは、己の本当に忠実であれ…なによりも自由であれ、分かったな。お前ら」


それはバシレウスの持つ闘争本能の根幹、なんの型にも嵌まらない型破りな在り方。その言葉は空気を震わせる…いや。空気感を震わせる。


はっきり言おう、俺からすればバシレウスらしいとしか思えない。それは俺が自由を求める側では無く、安定と安寧を求める側の人間だからだ。故に慮る事はできない……自由を求め、表の社会を捨て去った者達が、裏社会の王となり得る男の言葉をどう受け取ったかを。


「……フッ」


タヴさんが笑う。腕を組み笑みを浮かべ、暗い車内に沸々と湧き上がるのは…安堵だ。


「バシレウス、ならば我らも見せてもらうぞ。魔王の在り方…自由を欲する革命の在り方を」


「なはは、なんでもっと早うに声かけんかったんやバシレウス。セラヴィよかお前のが余程やりやすかったやろな」


「外道も無道も貫けば道となる。小生も好ましく思うぞバシレウス、お前の生き方は今この時、道となった」


「自由にやる、いいですぇ。我々アルカンシエルもなんだかんだ言って自由にやれた事はないので」


「でも自由って怖いですぅ、無責任って事ですよねぇ、狂う〜!」


「自由に……か。思えばハーシェルに自由はなかった。初めての感覚だ」


「あっははは!なになに?急にリーダーらしくなったじゃん!」


全員が笑う、皆…自分の組織のボスが今のバシレウスであったならと考える。それほどまでに今のバシレウスには特有のカリスマ。悪のカリスマが芽生え始めている。

当初出会った時には備わっていなかったバシレウスの気迫。やはりこの男は…何かを背負って立つのがあまりにも似合っている。


「……やはり私の目に狂いはなかった」


そして、ムスクルスがハラリと涙を拭う。こいつもこいつで色々大変っぽいな。


「よし、ラセツ。車絶対止めるなよ」


「は?なに言うてんねん。もう直ぐヘベルの大穴やで?」


「いいから!」


するとそのままバシレウスは車の扉を急に開け放ち、天井を片手で掴むと疾走する駆動車の屋根の上に乗り、立つ。見渡すのは背後からついてくる無数の車達、大量の車、大量の戦闘員達…それを前にバシレウスは拳を掲げ。


「お前ら!!よく聞けや!!」


天に輝く星々の如く、夜闇を切り裂き灯り達に向け大きな口を開き彼は彼のやりたいことをやる。


「お前ら!マレフィカルムの一員だろ!お前ら!やりたいことがあってここにいんだろ!お前ら!意地があるから魔女に抗う道を見出したんだろ!!」


反骨、反旗、反逆の組織。圧倒的な戦力と圧倒的な国土を持つ魔女大国を相手に取って戦う道を選んだマレフィカルム達。ハナから勝てると思って戦ってる奴はいない、それくらい無謀な相手と戦っていることをみんな自覚している。


自覚し、生まれた決意を呼び起こす。バシレウスの叫びに呼応した者達。特に車の屋根にしがみついてる面々が雄叫びを上げる。


『バシレウス様ァーッ!!俺達ぁ今日まで魔女大国に散々やられて腹が立ってんだー!』


『八大同盟もやれちまってよぉ!田舎に帰ろうかどうしようか迷ってた!けどもう帰る田舎もねぇんだったよ!』


『八大同盟の殆どは滅んだ!更にヴァニタートゥムが襲撃まで仕掛けてきた!もうマレフィカルムは終わりだ!終わりだと思ってた!』


『あんたがいなけりゃ!アタシ達終わりだよ!』


「ケッ!やかましい!もたれかかるんじゃねぇぜ!手前の足で立って歩いて走れ!俺に置いていかれねーようにな!」


バシレウスは最早イノケンティウスの後継者に留まらない。マレフィカルムの新たな希望だ、瓦解しつつある八大同盟に取って代わる大戦力にして最強の魔王。それはアウトロー達を突き動かすに充分な力を持つ。


「今から俺達はコルロ・ウタレフソン及びヴァニタス・ヴァニタートゥムに喧嘩をふっかける!理由は一つ!俺に喧嘩を売ったから!俺が買う!それだけだ!」


その在り方は暴君そのもの。


「だからついてこれねーと思うならついてこなくてもいい!だがお前らもまたあいつにゃ痛い目に見せられただろ!白い不気味な連中に痛めつけられて!ションベン垂れて助け求めて悲鳴上げてたろ!情けねぇ!ガキがお前ら!!」


口も悪いし性格も悪いし素行も悪い、だが……。


「やられたんなら、キッチリやり返せ…!受けた暴力の借りは暴力によってのみ濯がれる!!手前ら元より荒くれ者!死んで泣く奴なんぞいやねぇ!だったら死ぬ前に泣かせてやれ!手前らに喧嘩を売ったクソヤロー共に!!」


そこが刺激する、理性を得て知性を得て社会性を得た人間が、どうあっても消し去れない暴力性という衝動を。聞けば聞くほどに壊したくなる、殴りたくなる、ウズウズする、それらどうしようもない衝動がバシレウスと言う男を中心に拡散し、また収束する。


「俺についてくる奴は、覚悟決めろ。ここが!旗揚げだ!俺の組織…『エクス・ルナ・スキエンティス』の!!俺達に逆らう全てを踏み潰していこうぜッッ!!」


『ぉおおおおおおおおおおお!!!』


エクス・ルナ・スキエンティス…それがバシレウスの組織の名前。現行最大クラスの人員、史上最強クラスの幹部陣を持つマレフィカルム最強の組織か。


いずれ、姉貴達の『アド・アストラ』にも匹敵し得る物が…今この時生まれたのかもしれない。


「う、ヘベルの大穴見えてきたで!」


「どうする、止まらなければ落ちるぞ」


すると、車が木々を薙ぎ倒し進んだ先に、見えてくるのは巨大な大穴、ヘベルの大穴。俺とバシレウスの冒険が始まった地がぽっかりと大口を開けている。バシレウスは止まるなと言っているが、このまま進めば落ちて死ぬ…けど。


「ラセツさん!進んでください!」


「あ!?ちょっ!アクセル踏むなや!」


「バシレウスが止まるなと言ったんです!きっとなにか考えがあるはずです!」


「う!あるかなぁ!」


俺は思い切り足を突っ込みラセツさんの踏むアクセルを更に押し込む。進む、バシレウスを信じる、信じて進む。信じて進むしかないんだ、今ここで俺たちがバシレウスを信じないなら奴の作った組織は瓦解する!そんな出鼻を挫くような真似…今更出来ない!突っ込んで死ぬならそこまでだ!!


「へっ…流石、俺の参謀だ……!」


屋根の上から、そんな声が聞こえた気がした。それと同時に…渦巻くのははちゃめちゃなくらいどデカい魔力。


「ついてくる奴は命を懸けろ!代わりに俺が道を作る…!」


そして、バシレウスは大きく拳を振り上げながら穴に向けて一気に振り上げ────。


「『魔王の闢道』ッッ!!!」


一撃、ただ振るうだけで車全体を巻き込むような巨大な魔力の螺旋が生み出され一気に大地を削り、巻き上げ、地形を変形させ、何もかもを押し飛ばす波動の柱となって穴の奥へと一直線に進む、そして。


……出来る、道が。


「マジか!巻き上げた瓦礫を防壁で繋いで道作りよったで!」


「規格外だ…こんな力がバシレウスにあったのか!」


ラセツさんとタヴさんも目を剥く。穴の淵の大地、そこを丸ごと削って穴の奥へと続く橋をかけた。瓦礫同士を防壁で繋ぎ、超巨大な道を作ったんだ。こんな事個人でできる奴がこの世にいるとは信じられない。


(マジか…バシレウス、こんな強かったんだ)


『阿呆、強くなったんじゃ』


「え?」


驚愕する俺に、声をかけるのはロアだ。


『お前もよく分かっておるはず。バシレウスと言う男は常軌を逸した才能と潜在能力を秘めておる、それはバシレウス自身も制御出来るものではない…故にその力は精神によって大きく影響される』


(つ、つまりどう言う事?)


『バシレウスはな、気が乗っておる時こそ強くなる。それも奴が個人で戦うヤケクソ気味の気合いではない、多くの意志を背負いそれを持ち上げる覚悟を決めた極大の気概、それがバシレウスの中にかかっておった諦念というリミッターを外し、限界を数段飛ばしおった』


(つまりアイツは、その気になってる時が一番強いって事?)


『少し違うのう。バシレウスもまた無数の制限を抱えた男じゃ、本人は自覚しておらんが全力全開は無意識的に出せずにいる…謂わばコンディションの違い。今のバシレウスは…奴が生まれてより最大級に強いぞ』


俺はここに来て、まだバシレウスと言う男の凄まじさを測りかねていたのか。これがバシレウス・ネビュラマキュラの持つ真価であり本領。奴は背負えば背負うほどに強くなる、その力に果てはなく…何もかもを引き寄せる。


逆に言うぜ、言わせてもらうぜ…!


(レナトゥスやマレフィカルムは!こんなとんでもねぇ逸材腐らせてたのかよ!)


そりゃ、先がねぇわけだわ。


「行くぜ野郎共ッ!!振り落とされるんじゃねぇぞッッ!!」


『うぉおおおおおおおお!!!』


破壊の軍勢が魔の橋を渡る。世を破壊する叡智の塔へ、悪魔の住まう伏魔殿へ、カチコミをかける…戦いが、始まるんだ。


…………………………………………………………


「素晴らしい、全ての準備が整った…後はシリウスを招来するのみ。皆、よくぞやってくれた」


コヘレトの塔最上階にて、私は歓喜に打ち震える。強引な手に出てなんとか規定の日までに全てを揃えることが出来た。シリウスの血、ガオケレナの種、超人の体、ネビュラマキュラの血…この四つを手に入れることができた。


後は超人の魂から肉体情報を引き出し、ネビュラマキュラの血に累積した情報とベースとなるシリウス様の血を掛け合わせ、ガオケレナの種を元に新たな魂の礎を作る。そしてこれらを私の後継体と私自身に適用すれば、シリウスの魂は私に宿る。


完璧だ、最高だ、私の叡智が!神の加護を超えたぞ!!私こそ神だぁっ!!


(欲を言えば、ネビュラマキュラの血はユリウスの物ではなくより純度の高いバシレウスのもの、超人も因子漏洩で衰えたマヤではなく完全なる因子を持つネレイドが欲しかったが…贅沢は言えないか)


何もかも完璧に上手くいったとは言えないが、条件は満たした。なら欲はかかない、私は学者…規定となるラインを超えることができたらそれを成功と呼ぶ。


「コヘレトの塔にいるダフニア・プーレックス全てを同期状態に移行。孵化の前に全てをシリウス様の器とする……」


「コルロ様」


「なんだ、今忙しい」


私は手元の魔道具を操作しながらこの先の事を決めていく。マヤとペンダントから情報を抽出するまで一時間、それが済み次第即座に移行出来るよう調整を続ける。そんな中だ、アーリウムがなにやら眉を下げながらこっちに寄って来たのは。


「その、実は」


「なんだ、手短に」


「そ、それが……」


その瞬間、扉が開かれ……中に入って来るのは。


「はにゃーん!こんちわー!いやただいまー?可愛いオフィーリアちゃんがただいま帰りました!タロスの偵察任務を終えた私ちゃんに労いの言葉よろよろー!」


「…………」


目を見開き、扉の方を見る。口を開け…驚愕した、なんと入室してきたのは…オフィーリアだ。彼女はきゃるるーんとウインクしながらこの最上階の部屋に入って来るなり、近くのソファに座り。


「いやぁ疲れたよ〜タロスからここまで歩いてくるの〜。でも大丈夫、タロスの偵察任務はしっかりしてきたよ!つまり異常ナシナシ〜」


「実はオフィーリアが帰ってきました」


「見れば…分かる」


私は思わず手元の魔道具の操作を忘れてしまう、作業を止めてしまうほどの衝撃が襲ったからだ。タロスの偵察任務、それは五日前…全てが始まる前に私がオフィーリアに命じていた任務だ。


それが終わりました…と言うオフィーリアに私は驚きを禁じ得ない。いや…こいつまさか。


(まさかエクレシア・ステスの一件。私からペンダントを隠そうとし反旗を翻した件を無かったことにしようとしているのか…!?なんだこの面の皮の厚さは…!)


確かに私達は今まで一度も顔を合わせていない、タロスでもエクレシア・ステスでも…一度もだ。クユーサーでさえ何度か顔を出してきたのにこいつは一度も私の前に姿を現さず、タロスの街から放蕩を続け…剰え一度裏切ったのに。


なんだこの太々しい態度は。なにか裏があるとさえ思えてしまうくらい凄まじい横暴ぶり。よくもまぁ顔を出せたな…。


「……オフィーリア」


「なぁに?コルロちゃん」


「もうこの際なにも言わん。邪魔だけはするな」


「フフッ、別にいいよ〜ん。私ちゃん、あんたに用があってきたわけじゃないし」


「なんだと?」


「ステュクスがここに来る。バシレウスがお前を狙っている以上アイツもここに来る、それは間違いないでしょ…だから、私もここにいる」


「ふむ……」


そう言う事か。こいつが何故ステュクスにそこまで執着するかは分からないが、矛先がこちらに向かないならそれでいい。今更こいつに暴れられても困るし…大人しくしてるならもうそれでよしとする。


「それよりクユたんはぁ?」


「クユーサーは今地下にいる」


「地下?ここ地下もあるんだ」


「ああ、そこでマヤの魂抽出作業を行なっている。その警護だ」


「あ、捕まえたんだ」


クユーサーは今マヤを見ている、クユーサーが見張りをしている以上マヤは逃げられないし他の誰にも解放は不可能。不死身のアイツが守りを固めている以上、如何なることがあろうとも大丈夫だろう。


クユーサーはもう私に逆らえない、奴の価値観がある以上…私に借りを作ったアイツは私に逆らえない。それがアウトローなりの生き方だ。


「私ちゃんもクユたんと一緒にいる?」


「いやいい、適当な場所にいろ。いや誰かの目に触れる場所にいろ」


「うーい」


こいつをマヤの守りにつけたらなにをしでかすか分からない。クユーサーの動きは読めてもこいつの思考は読めない。ならもう邪魔だけはしないでくれ……あと少しなんだ。


あと少しで私は神を超えられる、叡智により最強になり、新人類を作り神を超えられるんだ。その邪魔は誰にも……いや。


「コルロ様」


現れる、オフィーリアが開けっぱなしにした扉を潜り、ペトロクロス、サンライト、ルルドの三人が…。彼らの顔を見れば分かる、なにが起こったか。


「来たか?」


「はい、バシレウスです。今…奴らがここに向けて突っ込んできます」


「やはりか」


やはり来るか、このタイミングで。バシレウス・ネビュラマキュラ…最後に立ち塞がるのが、シリウスの器としてウルキ様に育てられたアイツだとはな。だが良い、それでこそだ。


最後の最後に、シリウスの力ではなく私の手で屠ってやろうと考えていたところだ。


「へぇ、ステュクスも一緒?」


「………」


「おい答えろよデカブツ」


「ペトロクロス、バシレウスは仲間を引き連れているか」


「ええ、引き連れています……その数、凡そ三万」


「三万?」


ちょっと待て、どっから湧いて出たそんな数。奴らの人数は多くて十人そこらの筈、それなら私と焉魔四眷とセフィラ二人でなんとかなる試算だが…三万だと?なにがどうなった、先日までそんな数じゃなかったろう。

まさかガオケレナが援軍を任せたのか?いや…それにしても数が多すぎる。


「どうやらラダマンテスと住人を味方につけたようです」


「イノケンティウスの傘下だろうあれは、まさかアイツ…魔女大国攻めを取りやめて私の方に?」


「そんな様子はありませんでした、ただ…バシレウスが一団のリーダーとして振る舞っている様子」


イノケンティウスはいないのか、なら安心……いや待て。


(バシレウスが…リーダー?)


ふと考える、あいつはそんなタイプではない。人を率いられる人間ではない、それが人を率いている?もしそうなのだとしたら……まさか。


(未完の王が……成ったか!)


レナトゥスはバシレウスを恐れていた、私がバシレウスを殺さなかった事を愚かだと言った。奴はバシレウスを恐れている…それは奴の力そのものではなく、潜在能力の高さを恐れていた。


魔女の弟子達が近頃急激な成長、爆発的な潜在能力の覚醒により次々盟主達を倒している。バシレウスもまた魔女の弟子、その爆発的な成長が起こらないとも限らない…レナトゥスはそこを恐れていたんだろう。


あり得ないと私は考えていた、そんなことが起こるわけがないと……だが。


「……迎え撃つぞ、計画の達成は目の前だ。今更誰かに邪魔などされてたまるか」


「御意に」


「ふぅ〜、私ちゃんも出ようかなぁ〜……面白くなりそうだしねぇ」


最早生かしておくことはできん、奴の血はもう諦める。それより計画遂行の方が大事だ。このままもし、バシレウスが本当に成ったのなら…レナトゥスと元老院が恐れた王としての覚醒を迎えたなら。


イノケンティウスも、クレプシドラも…ダアトさえも押し退けて、バシレウスの危険度は最上位へと躍り出ることになる。放置すれば食われる、今食われるわけにはいかん!


「乗り込んでくるなら、今度こそ殺すだけだ…バシレウス」


迎え撃つ、焉魔四眷…そして、オフィーリアの力を持ってして、連中の氾濫を!



───バシレウスの突撃、抗争の狼煙が上がり、コルロは今バシレウスにだけ注意が向いていた。


だからこそ、気が付かなかった。彼女が動かしていた魔道具が…『緊急事態発生』の赤いランプを点灯させていることに。


………………………………………………………


「クソがッッ!!おいコルロ!!テメェだろうがなんかあったらこのボタン押せつったのは!いつになったら降りてくんだよ!!」


一方、コヘレトの塔最下層。暗く、黒い石煉瓦の石室の中、魔道具が照らす青い光だけが照明となる闇の中。

地下奥深くにて…クユーサーは壁の赤いボタンを殴り潰していた。このボタンを押せばコルロに連絡が行く仕掛けになっていると…説明を受けていたにもかかわらず。来ない。コルロが一向に来ない…その事に激怒し地団駄を踏むクユーサーは舌打ちをする。


「クソが……『侵入者』がきてんだよボケナスが」


先程から、この地下の何処かに突如として魔力の塊が突っ込んできた。その数はおよそ三人分…恐らく魔女の弟子達、連中がここに忍び込んできたんだ…つまりは襲撃者だろ。襲撃の対応までは約束してない。自分はマヤの監視だけを頼まれていると舌打ちをするクユーサー。


「チッ、クソがよ。……どうやら助けが来たみたいだぜ、マヤ」


「……まさか、ネレイドが」


今、マヤは部屋の中心。巨大な十字架型の魔道具に取り付けられている。魂の吸引を行うための機器だ、これで魂を引き抜きその内側の情報を使う為、マヤはここで死ななくてはならない。

それを邪魔しに来た…魔女の弟子達が。それを感じたマヤは薄らと目を開け。


「今すぐ、作業を開始して…」


「は?」


「早く、私を死なせて…出なきゃあの子達にがここに来ちゃう…!」


「……つくづく、分かんねーかなぁ」


マヤは娘のネレイドを助けるために態と捕まった。脱出の意思を見せないのは娘を守るため、その生贄になるため。だからこそ今すぐ作業を進めろと言うのだ……だが。


「お前さ、今更お前の命一つで全部が全部解決すると本気で思ってんのか?テメェはもうマヤの計画を成功させるためのパーツの一つでしかねぇんだ。例えるならデカい機械のネジ一つ、そんなもんなくなろうがまた新しいネジ持ってきてハメ直せばいいだけだ、つまりお前が死んでもなにも変わらん」


「ダメ…あの子達を殺さないで、私の娘と…その友達を…!」


「俺様だって追い回して捕まえて殺す気はなかったさ、だが……」


その瞬間、この部屋の扉が開く。跳ね飛ばす程の勢いで開く……そして奥から駆け込んできたのは。クユーサーよりデカい巨大な影。


「マヤ!!」


「ネレイド…来ちゃダメ!」


ネレイド、そして魔女の弟子達…三人組だ。三人がまとめて飛び込んできた、理由は明白、マヤの救出。


「あーあ、捕まえてまで殺す気はなかったんだが……仕方ねぇよな。来たんだから、踏み潰すしかねぇよなぁ!!」


「クユーサー…マヤを返して、そして…懺悔しろ」


「エリスの分も、今までの分も…ここで返してもらうぜ、クユーサー」


「ここで決着、つけさせてもいます」


立ち並ぶネレイド、ラグナ、メグの三人。対するはクユーサーただ一人、されど戦況は火を見るよりも明らかに、クユーサーに傾いている。


「上等だ雑魚どもが。退屈してたところだ…喧嘩、買ってやる」


かつて、裏社会の覇王として君臨し、長きに渡りセフィラを務めた『業魔』が牙を剥く。腕から木の根を生やし、青白い光に照らされた地下室で…今。


「テメェら如きが!俺様に勝てると思うんじゃねぇぞ!!!」


「勝つ、勝って…マヤを助ける…!」


始まる、バシレウスとコルロ、その戦いの裏で…もう一つの決戦が。

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魔女の弟子対クユーサー‼︎エリスやネレイド、更にはステュクス、マヤといった身内に手を出したクユーサーにけじめをつけさせるんですね⁈ バシレウスのネーミングセンスが……最後はかっこよくなったけど、誰か助…
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