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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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750.魔女の弟子と母と子と


第三段階の同士の戦い、それはアマルトとラセツの戦いで見たことがある。だが今目の前で行われる戦いがそれと同じ領域の戦いであるとは……とても思えない。


それくらい、凄まじい闘気と威圧で空間が満たされてる。私は傷つき気絶したメグを抱きしめながら…見守る。


「さっさと帰りな、枯れ枝ジジイ」


岩場の上に立ち、拳を構えるのはヴァニタートゥムの盟主にして『現人神』マヤ・エスカトロジー。曰くマレフィカルム五本指の三番手と呼ばれる彼女は拳を構え足を開いて紺色の髪を揺らし、白い胴着をはだけさせながら、その肉体美を誇る。


「小娘が、あんま調子に乗ってんじゃねぇぞ」


ポキポキと音を立てて拳を握るの黒の大男。掻き上げた黒の長髪は杉のように外に跳ね、額からは鋭い黒角が天を突くように屹立する。そして漆黒のコートをたなびかせ、鬼の形相を見せマヤを睨む、

セフィラの一角『峻厳』のゲブラーこと、『業魔』クユーサー・ジャハンナム。三魔人の始祖にしてかつて裏社会を統べていた闇の覇王。


マレフィカルムの二大巨頭が今、私の目の前にて睨み合っている。ただ睨み合っているだけで大地が揺れる、ただ目の前にいるだけで体が震える。あまりにも違いすぎる次元を前に私の本能がこの場から離れることを推奨している。


だが、それでも…同じく本能が告げる、この場を離れていけないと。相反する感情の混濁により一歩も動けない私は……ただ、この戦いを見守る事しかできない。


マヤは私を守るために戦おうとしている、本来なら……私も一緒に戦うべきなんだろうけど。


(悔しい、己の力不足が……)


私は、この戦いに介入することすら、出来ない。


………………………………………………………


「ネレイドには手出しさせねぇ」


「言うねぇ!」


一歩、互いに踏み込む。世界最強の超人と不死身の巨漢が互いに一歩踏み込み距離を詰める。この一歩に意味はない、両者共にお互いを射程範囲に捉えている、始めようと思えばいつでも始められる。


だがそれでも、距離を積めたのは……二人とも同じ気質を持つが故。


「………!」


「…ギヒヒ」


一歩、さらに一歩、もう一歩、踏み込み踏み込み…更に歩み寄る。そうしてお互いの息がかかる程に接近したマヤとクユーサーは小さく笑みを浮かべる。チキンレースは終わった、ここが終着点だ。


そう、これはチキンレース、ビビった方が負けの度胸比べ。相手に近づけばそれだけ苛烈な攻撃に晒されることになる。それを恐れず前に出る、攻撃を嫌がり前に踏み出せなくなった時点でそいつは戦う前から心で負けている。だからお互いに意地を張って前に出続けた。


そう、二人は同じ気質の使い手。それ即ち心や精神性によって敵を凌駕する心理タイプ、お互い別ベクトルで究極の肉体を持つ二人が行き着いたのは奇しくも同じ『心で相手を制した方が勝つ』と言う答え、故に比べた…お互いの心を。


そして得られたのは。


(精神性は互角…)


(簡単には折れねェよな、じゃあ殴り合いしかねェ)


ハッタリや脅しで相手は折れない、つまり肉体的な苦痛を与える実力行使しか無い。最も面倒で時間がかかるやり方しか相手を退ける方法がないと悟った二人は。


「───ッッ!」


動く、同時に。一瞬で拳を握りさながら弾かれるように瞬間的に動く。お互いの拳が、影が交錯し両者共に相手の頬を射抜く。


「………!」


「グッ……へへへへ!」


轟音と共に背後の岩壁が割れる、お互いの拳が同時に頬を打ち抜き衝撃が背後に突き抜けた。がしかしマヤは無傷、クユーサーは顔面が砕けたものの即座に再生、故に無傷。

それを確認した二人は……。


「気に入らねぇな!マヤァッ!!!」


「フッ…!」


静寂を打ち破り、動く。クユーサーの両腕が無数の木の根に変わり、音速を超える衝撃が無数に走る。その間を潜り抜けるように、視認さえ出来ない速度で動き回るマヤは木の根を超えこの狭い穴の中を縦横無尽に駆け回る。


「『山割り一打』!」


「ぅゲッ!?」


そして呆気なくクユーサーの目の前に飛び出したマヤは、豪快に振りかぶり、全力で振り上げる力任せのフルスイングでクユーサーの顔面をぶち割る。その一撃によりクユーサーの上半身は弾け飛び、下半身はひしゃげながら頭上へと押し飛ばされる、


「ガハハハハハ!相変わらずすげぇ怪力だな!割とマジで防ぐつもりだったんだが、お前相手じゃ防御も意味なさそうだ!」


しかし、弾け飛んだ上半身が即座に生えて元通り。そしてメキメキと音を立てて傍聴した右拳を振り上げ…。


「お返しだ!『獄炎』!!」


放つのは付与魔術、世界そのものに付与を行う界領付与魔術。空間そのものに炎属性を付与し一気に場を制圧する広範囲魔術。それを地面に向けて放ち一瞬でマヤの姿を覆い尽くし蒸し殺そうと焚き尽くす。


「お返しなんていらないよ、気ィ使わないで」


「げぶふっ!!」


がしかし、まるで大地から昇る稲妻のように飛び上がったマヤの飛び蹴りがクユーサーを更に上空へ叩き飛ばす。それによりクユーサーは穴を飛び越え遥か天空にまで追いやられることになる。


「ぅげぇぇ…!アイツ俺様の魔術を突っ切ってきやがった!やっぱ違うか、タヴやラセツとは比較にならねぇ」


マレフィカルム五本指には互角という概念はない。五番手ラセツと四番手タヴには明確な実力差があるし、四番手タヴと三番手マヤにもまた明確な実力差がある。


ラセツとタヴのコンビならギリギリ抑え込めるクユーサーだが、やはりマヤとのタイマンは一筋縄ではいかないことを悟る。


「だが、ナメんなよぅ。俺様はセフィラだぜェッ!!!」


即座に傷を回復させたクユーサーは再び大きく拳を振り上げ。


「何度も同じ手ェ喰らうわけねぇだろッッ!!」


「グッッ!?」


振り下ろし、殴りつける。追い打ちをかけようと更に飛び上がってきたマヤの顔面を打ち抜く。一撃の余波が雲を晴らし大地まで届く轟音が地面を揺らし、マヤの体を撃ち落とす。


「どいつもこいつも、五本指だかなんだか知らねぇが偉そうにしやがって!手前らマレフィカルムの首輪掴んでんのが誰か忘れてんのか!」


「チッ、普段顔も出さず何もしないでセフィラを敬えって方がどうかしてるでしょ!」


高速で地面へ墜落していくマヤに追い討ちを仕掛けるように、魔力噴射で加速するクユーサーの連撃が降り注ぐ。それを体を回転させながら弾き返すマヤ、しかしその顔色は悪く……形成もまた悪い。


(チッ、不死身の体はともかくとしても、この魔力の勢い…どうにかならないもんか!)


クユーサー・ジャハンナムと戦う時、多くの使い手が脅威に感じるのがその不死身の体。だがそれを脅威に感じている間はまだクユーサーの全力を引き出せていないことの証明でもある。


そもそも、クユーサーは不死身になる前から強かった。その圧倒的な実力で裏社会を牛耳った天性のバトルセンス、並の魔術師を凌駕する魔力と出力、何より強烈な魔法の威力。その全てが第三段階上位クラス。


不死身の体は単なる鎧だ、元来クユーサーが得意とする防御を考えない徹底したゴリ押しというスタイルを補強する材料に過ぎない。彼が遊び半分で戦って不死身をひけらかしている内はまだまだなのだ。


「そぉらッッ!死んどけッ!!」


「ぐふっっ!!」


上から飛んでくるのは右ストレート。クユーサーの漆黒の拳がマヤの胴体に突き刺さりそこから爆裂するような魔力衝撃が迸り、今度はマヤの体を落雷の如く叩き落とし、眼科の平原にクレーターを作り上げる。


「っとと!殺しちゃまずいんだったな!手前の体はコルロが使うんだ、飽くまで生け取りにしねぇと!」


そして割れて砕けた地面に着地するクユーサーは肩を回す。不死身の体は彼にスタミナ切れ、魔力切れを起こさせない。無限の継戦能力に圧倒的な勢い、その二つを併せ持つクユーサーは余裕の笑みを見せるが……。


「大丈夫、……この程度じゃ死なんから」


「お?」


底がないのは、またマヤも同じこと。


「『烈神連拳』」


地面に落とされ、地面を砕くほどの勢いで衝突したにも関わらず、マヤは倒れてすらいない。寧ろ即座に戦闘態勢を取り直しクユーサーの目の前に転移するが如く勢いで肉薄し、その両拳を……叩きつける。


「ぬあっ!?ちょ!ちょっ待─────!」


「待たん!!」


打つ、打つ、打つ、打ちまくる。クユーサーの体を拳の一発で打ち砕き、直った側からまた打ち砕く、クユーサーに一切の抵抗を許さず怒涛の連撃を叩き込み続けるのだ。


マヤの肉体は史上最高純度の超人因子に満たされている。超人として生まれ、その上で魔蝕の力により超人のタガが外れた存在。人間の突然変異である超人の中にあってなお突然変異とも呼べる彼女の肉体が持つ基礎スペックは、魔力、魔法を凌駕している。


全力で魔法を叩き込もうとも、傷つく事は殆どない。


「っテメェ!いい加減にしやがれ!」


「おっ!」


その瞬間、マヤの足に絡みついたのは黒い根、クユーサーの足裏から伸ばされ地面を潜行し後ろからマヤの足首に絡みついた根はそのままマヤの足を持ち上げ振り回す。

しかし。


「プッ!!」


「は!?」


一瞬、マヤが頬を膨らませ何かを吹いた瞬間、マヤの足を掴む根が両断される。ツバだ、ツバを弾丸のように吐いたのだ。それによりクユーサーの根が真っ二つに引き裂けマヤの体を解放してしまったのだ。


「いい加減になんかしないよ、こちとら…ガチで引けねーんだから!」


地面に着地した瞬間、マヤは拳を握る。するとどうだ、握った拳が紅蓮の炎に包まれ、一瞬にして魔術も魔法も使わず炎拳が作られたのだ。


「いやどういう原理!?」


「『烈炎神拳』!!」


叩き込む、炎の拳がクユーサーの体を焼き尽くす。彼女が普段から飲み続けている酒、アルコール。それを体内に一時的に留めておく事で、発汗と共に高密度のアルコールを手から吹き出し…それに引火させる事で引き起こされる炎拳現象。

それを魔力衝撃と共に放てば、古式魔術にも匹敵する超威力を発揮する。


「ぐぁあああ!クソが!俺様も大概だがテメェも化け物だな!」


火達磨になったクユーサーは必死に炎を振り払う。木の体に絡みつく炎に鬱陶しさを感じるがこのくらいで死ねるんなら不死身は名乗らない。だが……気が付かない。

マヤが打ったこの一手は、別段決めの一撃というわけではなく。


「スゥー……ハァー……」


「む…やべ」


牽制の一撃。それを証拠にマヤは大きく息を吸い、吐き出し、酸素を取り込み、吸収し、肉体に力を蓄えている。この時間を確保する為炎を使ったのだ。

マヤには覚醒とは別にもう一つ、戦闘形態と呼べるものがある。アルクカース人ではないにも関わらず彼女は自分の意志によって肉体のスイッチを切り替えることができる。


「『顕神荒御魂けんじんあらみたま』……さぁやろうぜぇ、ガチのやつ」


体内を絞り、水分を蒸発脂肪を燃焼させ意図的に肉体を飢餓状態に以降させる事で所謂火事場の馬鹿力を引き出す技。他にも筋繊維と神経の結合、精神的に没我の領域に入り、ドーパミン、アドレナリンの過剰分泌などなど……。


細胞の中に眠る情報をエピジェネティクスにて引き出し、完全なる戦闘形態へと移行する奥義。バシレウスの魔力覚醒『エザフォス・アウトクラトール』による身体能力を200%引き出す行いを覚醒を用いず行使する荒技。


これを用いたマヤの身体能力は数値では表せないほど劇的に向上する。これがあるからこそ、彼女は最強の超人と呼ばれるのだ。


「嘘だろお前、弱体化したって話じゃなかったか」


「単純な話だよクユーサー、私は弱体化してもなお、君達と同じくらい強いってだけさ……!」


瞬間、マヤの踏み込みが音を超え…一打、打ち込む。


「ごぇっっ!!」


その一撃はクユーサーね腹をバラバラに打ち砕く、だが同じこと…再生すれば良いこと、だが。


(ぐっ!振動か!再生した瞬間から壊れていきやがる!)


否、今の一撃はただの一打に在らず。拳を打ち込むと同時に腕の筋肉を高速で痙攣させ、筋振動と共に撃ち込まれた一撃、それまでクユーサーの体を細胞単位で揺らし、再生しても残り続ける振動がクユーサーの体を破壊し続けるのだ。


「セフィラをナメんな?頼まないでさぁ!自分でナメられないようにしたらどうなのさぁ!」


(ぐっ!ヤベェ!ボコられる!)


クユーサーに叩き込まれ続けるのは不可視の連撃、連続、怒涛、そんな言葉では形容すら出来ない程凄まじい拳の雨。それはクユーサーの体を着実に破壊していく、再生を上回る速度と再生を許さない振動。


不死身の肉体、負けはない、よく言われもするがクユーサーは知っている、死にはせずとも負ける事はある。事実としてこの間ダアトに負けている。即ち回復が追いつかない速度でひたすらダメージを与え続けられ、再生にかなりの時間を要するレベルになったところで離脱される…それがクユーサーにとっての敗北。


「オラオラオラオラッ!木片にしてやるよ!!」


(チッ、こりゃ止められんか。付与魔術も魔法も効かねーと来た……が、ナメんなよ俺様は戦士でも武術家でもねぇんだ)


ギラリと歯を剥き出しにして笑った瞬間。


「『荒神一献』!!」


マヤの一撃がクユーサーに叩き込まれる、血流を操作して行う拳による一撃はクユーサーを打ち据えると同時に、クユーサーは内側から爆発四散し粉々に吹き飛ぶ。それを見て拳を握ったマヤは雄叫びをあげ。


「いつまでもセフィラだけが最強だと思ってんじゃねぇよ!」


粉々に吹き飛んだクユーサーを見て気炎溢るる咆哮を響かせる……と同時に、マヤは表情を歪める。


(……あれ?再生しない?)


クユーサーの木片が再生しないのだ。いつもなら即座にカケラがうぞうぞと動き木片が集まり再生するのに、それが起こらない。死んだ、なんて事はあり得ない。だとすると考えられる可能性は……とマヤが思考を巡らせた瞬間。


「お前、武道家相手に正々堂々とした試合を申し込んでるつもりだったか?マヤぁ」


「ッッ……」


背後からクユーサーの声が聞こえる…慌てて振り向くと、そこには。


「なら試合にはギャラリーが必要だろ、連れてきたぜ」


「ぐっ……マヤ」


「ネレイド!!」


背後に立っていたクユーサーは、片手でネレイドの首を掴みながら立っていた。一瞬だ、あの一瞬でクユーサーはネレイドを連れてきたのだ。


タネは簡単、クユーサーは木の根を使い自分そっくりの木像を作り上げると同時に体を木の根に変化させ地中へ潜り高速移動。そのままネレイドの元へ向かい木の根でがんじがらめにして捕縛、それをそのままここに連れてきたのだ。


つまりマヤはまんまと引っ掛けられた形になる。クユーサー渾身の死んだフリに。


「お前……!」


「おおっと、動くな。お前怖いからさ、ビビって手に力が篭っちまう…こいつ、俺やお前ほど頑丈じゃないみたいだし、あんまり無理させてやるなよ」


「あんた、卑怯すぎない?」


「褒めたってこいつは逃さねぇよ。抵抗……するんじゃねぇぞ?」


片手でネレイドを掴み上げればマヤは動けなくなる。悔しさに満ちた表情を見せるマヤは拳を下ろし、開き、両手を上げる。


「ま、参った」


「ッ……マヤ!?」


「フハハハハ!だろうなぁ!聞いてるぜ…コルロから!お前とこいつの関係を!そりゃあ抵抗できねーよな!だと思ったよ、だと思ったから…人質にとった。俺様はマフィアだぜ?今更言うまでもないと思うが…悪いなぁ!」


歯を食いしばる、ネレイドを人質に取られた以上抵抗は出来ないとマヤは目を瞑る。そんなマヤの姿を見て、ネレイドは……。


「関係……?どう言う事!」


「暴れんなよ」


暴れて騒ぐ、しかしネレイドを遥かに上回る怪力がその抵抗を防ぐ。必死な顔で暴れ、足手纏いになるまいと手足をばたつかせるが、その都度にクユーサーはその手に力を込める。


「なんだ、お前知らねーのかよ、マヤとお前の関係をよぉ」


「し…らない、どういう事!マヤ!私の事はいい、こいつを……!」


「無理だ、出来ないね…だってマヤはお前の────」


「言うなッッッ!!!」


マヤは声を張り上げる、言うな、それを伝えるな、それをネレイドが知ればネレイド自身が傷つくことになる。自分は得体の知れない存在でいい、ネレイドにとってよく分からない存在のままでいい。だからそれ以上喋るなと悲痛に叫ぶが……それを聞いたクユーサーは。


「嫌だ、言うね。俺様人が嫌がる事をするのが趣味なんだ」


ベッと舌を出し拒絶。そしてそのままネレイドを持ち上げ言って聞かせるように大きく息を吸い、そして─────。



「お前、なにやってんだよ」


────刹那、声が響く。マヤでも、ネレイドでも、クユーサーでもない…その声は、すぐ近くの大穴から地鳴りのように響いた、かと思ったその瞬間。それは紅蓮の光を伴いながら走り、迸り、ネレイドを掴むクユーサーの顔目掛け……飛ぶ。


「俺の仲間に、何やってんだよッッ!!テメェはッッ!!」


「はッ…テメェ───ごがぁっっ!?」


一撃、紅蓮の魔力はクユーサーの顔面を打ち抜き、吹き飛ばし、その手からネレイドを助け出し…地面に降り立つ。その影の名を、ネレイドは叫ぶ。


「ラグナ…!」


「マヤ!でっかい声出してくれてサンキュー!おかげで場所が分かった!」


「ラグナ君……いや、こっちこそ!助かった!!」


ラグナ・アルクカースだ。マヤの声を聞きつけて飛んできたのだ、そして彼は吹き飛ばしたクユーサーを指差し、青筋を立て、全身から怒りの魔力を吹き出しながら…牙を剥く。


………………………………………………


「テメェあれだよなぁ!『峻厳』のゲブラー!エリスをエーニアックで半殺しにしたクズ野郎だよなぁ!その上にメグもネレイドも傷つけやがって…死んでも許さねぇぜ、テメェ!」


「なんだこいつ……」


マヤに脅しをかけて、コヘレトに連れて帰ろうとしたその時だった、邪魔が入ったんだ。赤髪のガキ、話には聞いてる…こいつは争乱の魔女の弟子ラグナ・アルクカース。俺様の故郷の王様だ、そいつが今目の前に立っている。


だが所詮魔女の弟子程度敵じゃねぇ、軽く捻って潰してやるぜ…と思ってたんだが。


(なんだこいつ、マジでなんだこの気配…リューズ?バシレウス?あれと同類か)


ラグナの体から立ち上る異様な雰囲気、まさしく天に選ばれた…天に立つ事を定め付けられた類の者が纏う気風を感じるのだ。リューズのように特異な気風を纏いながらバシレウスのように王者の気風も纏う…あり得るかそんなの。


リューズもバシレウスもどちらも希少な存在だ、その二人が持つ物を両方持ち合わせてる奴がこの世にいるなんてのが信じられねぇ。


(マヤと同格の超人に、バシレウスとリューズの性質を併せ持つ稀代の存在、おまけに識確使い……なるほど、魔女が弟子を取るのも分かるぜ。千年に一度の才能が八人揃った天才集団、それが魔女の弟子か……こりゃ侮れねぇな!)


史上類を見ない、前例のない天才達。あらゆる意味でのイレギュラーが徒党を組んだのが魔女の弟子という集団、こりゃ確かに八大同盟じゃ手に負えないぜ。寧ろ逆に幸運だったとも言える。


こいつらはそのうち確実に強くなる。どこかの段階で必ず跳ねる。俺様にはそれが分かる、この手の天才はきっかけ一つで爆発的に強くなる。その爆発的に強くなるのを繰り返してこいつらは今ここにいて、しかもその爆発がまだ収まってないと来た。


行き着くところまで行き着いたら、もう誰にも止められなくなる。その前にこうして出会えたことが、何よりも幸運だ。


「ラグナ・アルクカースだな!話にゃ聞いてるぜ!お祖父さんは元気かい!知り合いなんだ!」


「テメェと世間話なんかする気ねぇよ!」


「ガハハ!違ぇねぇや!だったら死んでな!『黒襖』!」


モリモリと両手を膨らませ、内側から大量の木の根を生み出す。それを槍のように尖らせ、一気にラグナに向けて撃ち放つ。さながら黒の壁が迫るが如き攻撃の雨霰…しかしそれを前にしても、ラグナは止まらない。


「こちとら好き勝手やられて、キレてんだよ」


「なッ!?」


俺様の目にはラグナが一瞬煙になったように見えた。それほど軽やかにラグナは槍の隙間をスルリと抜け、一切減速することなくこちらに向かい…。


「だから死ぬのはテメェだ!『熱焃一掌』!!」


「げぶふぅっ!!」


拳が俺様の顔面を撃ち抜く、とてもじゃないが第二段階クラスの威力じゃねぇ!ミスった!これ避けるのが正解のやつか!とんでもねぇもん持ってやがる…だが。


「ガハハ!死ぬのは俺様か、なら殺してやろよ。出来ねぇからさ」


「ッッ……」


痛いには痛いが、効かねーんだな俺様には。なんせ不死身だ、この体にはもうどんな攻撃も効かない。そう笑いながら俺は口元から垂れる血を拭い……あ?


(は?血が止まらねー…なんだこれ)


拭った瞬間また血が漏れてきた、おかしいな。傷は直ぐに再生する、だから血も止まるはずなのに…ポダポタと垂れてくる。もう一度拭うがまだ止まらない、いや…まさか。


(なんだこれ、再生がいつもより遅い…!?)


「すげータフだな、不死身ってのはマジか。でも血が出て傷つくならやれそうだ!」


あり得ないことが起こって思わず困惑する。百年近く生きていてこんなのは初めてだ、まさか血のストックが切れはじめてるのか?俺達不死身の肉体は他者の血を得続けないと再生が緩慢になる性質がある。


とは言え俺様は百年近く、何十万人の血を吸い続け蓄え続けている、ストックが切れるのはあり得ない。ましてや血が切れても再生そのものは行われる。なのに今はやたらと再生の速度が遅い。


まさかこれは…あれか。


(シモンが言ってた、英雄の力。人類の外れ値の力か…!)


こいつが英雄だ、リューズから全てを奪って英雄の力を独占している相方ってのがこいつなんだ!リューズに似た気配の正体はこれか!


英雄の力は、この世のあらゆる法則を無視する性質があると言う。それが何を意味するのか分からねぇがこいつはその力を持っている、それが俺様の不死に何かしらの干渉をしているとしか思えねぇ!マジか…こいつ。


俺様を殺せるのか。


「チッ!バカにすんじゃねぇ!!」


「ごはぁっっ!?!?」


殴り返す、全力で殴り返しラグナを吹き飛ばす。くだらねぇ!この俺様がこんな若造に!ポッと出のはな垂れ小僧に!やられてたまるかよ!!


「俺様はクユーサーだ!『業魔』クユーサー・ジャハンナム!テメェみたいな青二歳にやられるわけがねぇだろうがよぉ!!」


「ヘッ、青二歳相手に…顔真っ赤にすんじゃねぇよ、クソジジイ」


「ああッ!?上等だテメェ捻り潰して───あ?」


吹き飛ばされ、木に激突し、地面に転がるラグナが俺様を見て笑う。気に食わないから潰してやろう、そう思い近づいた…その瞬間だった。体が止まる、足が止まる、腹部に違和感を感じてそちらを見ると。


俺の腹から刃が突き出ていた。背中から、剣で刺されていた……。


「ッッ!これは!」


「よう、クユーサー。いつかは見逃してくれてサンキューな。けど見逃した分の借りはオフィーリアが使っちまったから…もう見逃してやれねぇよ」


「ステュクス!!」


背後から俺様に剣を突き刺したのはステュクスだ、こいつも来てやがったかのか!ラグナは囮!本命はステュクスか!クソが…だが、だが関係ない!傷の再生を阻害するのはラグナの攻撃だけ!ステュクスの攻撃はそうじゃない!


なら直ぐに再生させてこいつから殺す!!こいつを殺して首を持っていけばそれだけで俺様のメンチも立って───。


「この!死ねや!!」


「ッ!星魔剣!『喰らい尽くせ』!」


「お?おおおお!?!?」


背後のステュクスをぶっ飛ばそうとした瞬間、突き刺さったステュクスの剣が俺様の魔力をぐんぐん吸い上げていきやがる!なんだこれ!何が起こってやがる!!


「やっぱり!ビンゴ!テメェの再生って魔力由来だな!なら再生に使われるはずだった魔力を俺が吸い続ければ!」


「テメェは再生出来ない!よくやったステュクス!お前の見立て!大正解だ!!」


やばい!やばいやばいやばい!俺様が!?この俺様が!?こんなカス相手にやばい状況に追いやられてるってのか!?あり得ねぇあり得ねぇ!なんだこいつら!!

まずい、俺様の再生は魂の形を常に一定にし続けることにより再生する力。

肉体が欠損すれば本来は魂も欠損する。その魂の形を常に一定にし続けることにより肉体が傷ついても魂とのリンクにより再生し続けるんだ。


今、ステュクスはその魂と肉体のリンクに干渉してきてやがる。魂が肉体に与える影響を魔力という形で吸い上げてやがる!再生が出来ねぇ…今攻撃をもらったら、マジでヤベェ!!!


「ふぅ〜!行くぜ!」


「ぐっ……!」


ラグナが大きく息を吐き、立ち上がり、拳を握り……。


「『熱焃……!」


(あれはまずい…!)


あれはまずいやつだ。貰ったらやばいやつだ、嘘だろ?なんかの冗談だろこれ、夢か?それとも悪夢?この俺様が…こんな雑魚に────。


「『一掌』─────え!?」


その拳が放たれ、俺に当たる寸前だった…大地が弾け飛び、全てが光に包まれ…何もかもが吹き飛ばされたのは。


「うぉおおおおお!?!?」


「ぐっ!?なんだこれ!?」


凄まじい魔力の奔流が降り注ぎ、ラグナが吹き飛ばされ、ステュクスが吹き飛ばされ、その拍子に剣が抜け再生が戻ってくる。体を一旦砕き衝撃を受け流しながら…俺様は見遣る。魔力とが飛んできた方向を…そこには。


「大丈夫かな?同志よ」


「コルロ……」


「助けに来てやったぞ」


コルロだ、クレプシドラを相手に離脱したと思われていたコルロが天から降り注ぎ、ニタリと俺様を見て笑う。コルロが俺を助けたんだ……ああ、くそ。


最悪な結果に終わった、俺様のメンツが…丸潰れだ。


………………………………………………………………


「コルロ…!貴様…」


「ようやく会えたな、マヤ…!」


突如、天を裂く巨大な光の柱が地面に降り注ぎ、何もかもを吹き飛ばした。助けに来てくれたステュクス君も、ラグナも…何処かへ吹き飛ばされた。そして場に残ったのは…マヤと、レグルス様そっくりの奴と、…私だけだ。


地面は捲れ上がり、赤熱し、所々ガラスになった焦土の只中で、私達は邂逅した。


(あれが、コルロ……レグルス様そっくりだ)


マヤの話だとコルロは青髪のタレ目だったはず、しかし今…光の柱と共に降り注いで来たのは、レグルス様そっくりの女。

あれがコルロの言っていた、理屈や理論で最強を目指すと言う言葉の体現……。


「ん……」


そんな風に私がコルロを見ていると、コルロは私をチラリと見て。


「君が、ネレイドか。こうしてお互い顔を合わすのは始めてか。まぁ私は君の寝顔を三度ほど見ているわけだが」


「……貴方が、マヤの言っていた、コルロ・ウタレフソン」


「ああそうだとも、何を言ったかは分からないが…まぁ大方想像もつく、…しかしまさか、君とこうして言葉を交わす日が来るとは思いもしなかったな」


コルロは何やら懐かしそうな目で天を見上げる。彼女の言っている意味が分からない、彼女の言葉をそのまま受け取るなら、まるで…彼女は私を知っているみたいだ。それもかなり昔から。


「コルロ、何をしに来た」


そんな中、マヤがコルロの前に立ち…両手を広げ私を守る、それを見たコルロもまた、牙を見せ笑う。


「決まっている、迎えに来た。急を要する事態でね、今直ぐ超人の肉体が必要になった。どこぞの誰かさんのせいで私の完璧な計画は…後退の一途を辿っている。そろそろ私も我慢の限界でね、君を遊ばせておく期間は終わりを迎えたわけだ」


「……完璧な計画ね、君はさ…昔から色々荒いんだよ。目算と言うか計算と言うか、自分の能力を過信し過ぎている」


「それは君もだろうマヤ。自分の超常的な力があれば何かを打開出来るとでも思っていたのか?それこそ慢心だ…!」


「かもね、…だから私、全力を出すことにした。君を止めるよ、コルロ」


「不可能だ。私はもう止まらない、止まれない。誰にも止めることは出来ない」


何が何だか分からない、けど事態は悪い方向に向かっている気がする。コルロは強い、それは分かる、マヤも強い、それも分かる。だが二人が戦ったらどうなるか…分からない。


「ネレイド、今直ぐここから離れるんだ。コルロは私が倒す」


「……二度目だなマヤ、君は二度同じ過ちを繰り返そうとしている」


「そんな事、ないさ……今度こそ私は!!ネレイドを守る!!!」


瞬間、マヤは動く…コルロもまた動く。かつて無二の友として、相棒として肩を組み合った二人が……。


「コルロォォォオォオオオッッ!!!」


「マヤァァアアアッッッ!!!」


衝突する、拳と拳が激突し…そして。


大地が割れる。


「マヤ!マヤ!!!悲しいぞマヤ!!私は!悲しくて悲しくてたまらない!!」


「何を言うか!!」


駆け抜ける、二人の体は一瞬にして消え去り。天空を駆け抜け幾度となく衝突する。マヤの身体能力と肉薄出来る程に凄まじい魔法の腕を持つコルロは、拳から魔力衝撃を放ちマヤを打ち付け、マヤもまた蹴りによってコルロを吹き飛ばし、大地が、雲が、張り裂け破れていく。


「お前は無敵だった!少なくとも私と共にあった時は!お前は無敵だった!!」


「今もさ…!」


「いいや違う!お前は魔蝕の日に生まれるべきではなかった!究極の肉体に唯一出来た穴!誰も、君さえも予期しなかった代償が!お前を蝕んだ!!」


マヤとコルロの蹴りが衝突し、思わず吹き飛ばされそうになる…けどどうしてだろう。私は地面を掴んで、その場から離れることを拒否した。見なければいけない気がしたから、効かなければいけない気がしたから、逃げちゃ…ダメな気がしたから。


「ッッ…代償なんかじゃないさ」


「いいや代償だ!途方もない代償!それにより君は…大きく弱体化した。分かるだろう、君の代償!それは……」


そして、コルロは大きく拳を振いマヤを吹き飛ばしながら…吠える。


「『子供を作れば、その力の大部分を子に奪われる事』……君は子供を作るべきではなかった!!」


「っグッ……違う!」


「違うか?だが私の推察した通りになっただろう。君の代償、それは命を紡ぐ過程に重大な齟齬が発生し、本来持ち得る超人の因子が子宮を通じて子供に流れ込んでしまう事。言い換えれば子供に力を奪われる代償だろう……だから私は子供を作るなと言ったのに!!」


ギロリとコルロの視線が私に向いて……え?なんで私を。


「なんの因果か、マヤの超人としての細胞、因子を受け継いだ子供もまた…元より超人だった。最強格の超人としての才覚を持つ子供が、現最強の超人の力を受け継いで生まれた。最強の超人二人分の因子を持つ史上最強の超人…ネレイド・イストミアが生まれた」


「えッ…………」


今、なんて言って……マヤの超人としての力を受け継いで生まれたのが、私…?


「女は子を産めば力を落とす。それに加えて因子の流失…マヤ、君は見る影もなく弱くなった、これがなければ今頃クレプシドラにだって負けない存在だったろうに……或いは、伝説の超人ホトオリにだって匹敵したかもしれない」


「……違う」


「何も違わないだろ!事実としてお前は未完成の私にも勝てず……」


「あの子は私の子供じゃない!!」


吹き飛ばされ、ヨロヨロと立ち上がるマヤは必死に首を振るう。私はそれを……呆然と見る。


「あの子はね、優しい子なんだ。私みたいなロクでなしの子なわけ、ないだろ。違うんだ…あの子のお母さんは私じゃない」


「くだらない戯言はやめろ、既にデータがある。マヤ・エスカトロジーの娘はネレイド・イストミア。間違いない…それとも何か?また庇うのか?」


「違う……違う、ネレイドの母は…私じゃないんだ…だから」


「……………」


見てしまった、首を振り俯くマヤの目から溢れる涙を、察してしまった、全てを。


……気になっていたんだ、マヤがどうして私を救おうとするのか。どうして私の体について詳しいのか、どうして…さっきの話で。私が雪の中捨てられていた孤児だと知っていたのか。


でも今、ああして私を必死に守ろうとする姿を見て……気がついてしまった。


マヤ・エスカトロジーは私の……お母さんだ。


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― 新着の感想 ―
コルロぉぉぉ 最悪の形でカミングアウトしてしまいましたね。ネレイドさんの為に嘘をつこうとし続けるマヤさん。魔女の弟子達なら、「ネレイドさんを想うならネレイドさんと向き合うべきだ」くらい言いそう。 >>…
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