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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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747.星魔剣と再会の魔女の弟子


「チッ、なんだったんだ…!」


「クユーサーの奴、仕掛けるだけ仕掛けて逃げってたな」


川辺で突然現れたクユーサーから、攻撃を受けた俺達は大きくため息を吐き、消えたクユーサーの気配を探り、完全に戦闘が終わった事を悟る。


エクレシア・ステスで撃退したと思ったらクユーサーだったが、どうやらアイツは諦めてないらしく…俺達の首を取って帰らなきゃメンツが立たねーだのなんだのとウゼェ事言って来やがった。


今回は俺達の総力でタコ殴りにして追い返したが…ありゃまだ来るな。まぁ今回は被害が出なかったからいいが…とは言えない。


「……ステュクス」


ステュクスがやられた、吹っ飛ばされて川に流されちまった。死んではないと思うが…何処まで行ったか分からない。一応ムスクルス、コーディリア、アナスタシアに捜索を頼んだが……。


「ダメだよ、見つからない」


そう言ってひと足先に森の奥から戻ってきたのはアナスタシアだ。チッ…こいつ、使えねーな!


「多分結構遠くまで流されちゃったんだと思う」


「はぁ?あのな、ステュクスが流されてそう時間が経ってねぇんだぞ!それに見ろよその川の流れ!チャプチャプじゃねぇか!これでそう遠くに流されてたまるか!」


俺は川の中に飛び込み水を足で蹴る。流れは大した事ない、遠くに流されてる筈がない。本当によく探したのか?


「ちゃんと探したのかよ!」


「ちゃんと探したよ。けどここからちょっと行った所に川の流れが激しくなってる場所があった。おまけにもう少し行くと滝もある…流れの激しさ的にかなり遠くまで行っていてもおかしくないよ」


「はぁ?じゃあその先まで探しに行けよ!!」


「クユーサーが襲って来てる中で単独で遠方まで出向けっての!?」


「そう言ってんだよ!」


「バカじゃないの、あんた」


なんだとこいつ…!そう殴りかかろうとした瞬間、ラセツが俺の体を掴み『まぁまぁ』とナメた事言いやがる…。何がまぁまぁだ、何が見つけられなかっただ、ステュクスが吹っ飛ばされて生死不明…いやアイツが死ぬわけないから何処かに一人でいる状況なんだぞ。


アイツはオフィーリアを煽った、川に流され傷を負った状態でオフィーリアと戦えば……くそっ!!


「まぁまぁ落ち着きや、オー様。ステュクスかて弱くないし、アホでもない。一人になってもある程度の立ち回りは出来る。けどまだ敵が何処におるかも分からん状況でこっちがバラバラになる方がオレはアカンと思うで」


「賢しらに語るなよ!理屈じゃねぇだろ……」


ラセツに抑えられ、俺は…川を見る。ステュクスが落ちた川だ…俺が飛び込んで探しに行くか?いや…ステュクスの魔力は感じない、俺が探しに行っても見つかる気は……。


「私達だって……」


「む」


歩み寄ってくるのは、コーディリアだ。ステュクスを探しに出て…こいつもまた戻ってきたのだ。


「私達だって、半端に探したつもりはない。私とアナスタシアの目的はステュクスを生かして助ける事…彼が死んだら意味がない」


「…………」


「それでも居なかった。それが事実だからこうして伝えている」


「…………」


実際のところ、俺が探しに行って見つかる可能性は低い。アナスタシアとコーディリアは早い段階で探しに向かっている、今から行っても…意味はないだろうなと、冷静な俺が頭の中でそう言う。


だがもう一人の…雑魚な俺が心の中でこう言うんだ。


(アイツが居なかったら、俺は誰を頼ればいいんだよ)


ステュクスは俺が唯一、この世で対等に頼れる奴だった。アイツが俺の側にいて、側で支えてくれたから、俺は…やっていけると思えていた。


正直言うと、コルロは強い…また一人で戦ったら負けるだろうくらい、コルロ達は強い。誰かと一緒に戦えば勝てるかもしれない…けど。


「しかしとんでもないことになったなぁ、どないするよ。一応車は治ったけど…ステュクスを置いていくわけにもいかんし」


「また我々で探すか?だがバラバラになるのもな…」


「うう、ステュクス〜」


ラセツが肩を竦める、カルウェナンが迷い、セーフが情けない声を出す。俺とアイツらを繋いでいたのは…ステュクスだ、いやこの纏まりのない集団を纏めていたのが、ステュクスだ。リーダーシップはなかったけど…何故だがアイツはみんなを惹きつけてきた。


ステュクスが居なかったら、みんな纏まらない。俺も含めて…宙ぶらりんだ。


(ステュクス、早く帰ってこい…早く……)


川を見る、けどやはりステュクスは戻ってこない。戻らない…もしかしたらもう二度と……。


「バシレウス」


「っ……」


ふと、背後から声をかけて来るのは…タヴだ。そして奴は俺の隣に立ち…。


「大変なことになったな」


「……なにテメェは他人事みたいに言ってんだよ…」


「そうか?だが俺には…お前が一番他人事に見えるぞ」


「は?」


隣に立ったタヴは、俺の目を見据え…腕を組み。そう言うんだ、俺が…他人事?そんなの……。


「お前はステュクスがいなきゃ、何も出来ないか?何もしないのか?……違うだろう。お前はそう言う奴じゃない、ステュクスが付いて行きたがったお前は…そんなのじゃないだろう」


「…………」


「今、この纏まりのない集団を見て、なにを求めている。今ここに必要なのはステュクスか?ステュクスの帰りを待つだけか?……違うだろう」


タヴの言いたいことが、なんとなく分かった気がする。ステュクスが言っていたことが分かった気がする。今俺は…この集団を見て、纏まりがないと思った…俺を含めて、まるで他人事のように、そう捉えていた。


けど…違うな。今俺がやるべきはステュクスの帰りを待つのでも、探すのでもない。


「……分かったよ」


俺はポケットに手を突っ込み。背を向ける…川に背を向ける、そしてそのまま車の方に黙って歩く。そんな俺を見てラセツ達はきょとんとして…。


「およ?どないしたんや?探しにいくんか?」


「ちげぇよ、ラダマンテスに向かうんだろ?車が動くなら…動かせ、ラセツ」


「え?けどステュクスは……」


「アイツは俺達がラダマンテスに向かう事を知ってる。なら戻って来るのはここじゃなくてラダマンテスだ、アイツはきっとそこに向かう…そこで落ち合えばいい」


「あ、なるほど…確かにそやな」


「だから、行くぞ」


俺がやるべきなのはここで待ち続けることじゃない、背中を見せ…皆の前に立ち…歩くこと。ステュクスの帰る場所になってやること。アイツは止まらず進み続けるんだ…立ち止まって待っていたら、置いていかれる。


だからステュクス、必ず戻ってこい。俺は進みながらお前を待つ。絶対お前は死なねぇって信じてるから…そこで待つぞ。


今頃何処でなにしてるかは知らないが…必ず、必ずだ。



…………………………………………………


「いやぁ、すみません…助かりました」


「いやいいんだ、寧ろ随分怪我してる様子だったから…心配したさ」


「ステュクス様の怪我は帝国謹製ポーションで治癒完了済みでございます。とは言えまだ安静にしておいた方が良いかもです」


「はいぃ……」


机に座って俺はカモミールティーを飲む、…クユーサーの襲撃を受けた俺はぶっ飛ばされ川に流され、気がつくと…馬車の中にいた。ラグナさん達に拾われ気がつくとベッドの上…見知った顔に安堵しつつ、俺はなにやら妙な居心地の悪さを感じている。


だってそうだろう…。


「にしてもステュクス、お前あんな傷だらけで川を流れてきたけど…今まで何処でなにをしてたんだ?」


「い、いやぁ……」


言い辛い、言い辛いだろ。だってマレフィカルムの人達と行動してたんだぞ俺。いやタヴさんやラセツさん、カルウェナンさん…セーフアナフェマと、殆どの人間はいいけどさ。


バシレウスはダメだろ、だってバリバリのマレフィカルムだし……何より、サイディリアルでの一件もある。


うん、よし決めた。これは嘘ではない、今からつくのは嘘ではない。ただ…円滑なコミュニケーションを取る為情報を取捨選択するだけだ。


「あれらタヴさんやカルウェナンさん、ラセツさん達と一緒にオフィーリアを探してたんです、それであっちこっちで戦って…」


「なに?オフィーリアを見つけたのか?」


「はい、もう三回くらい見つけたんですが…どうにも手強くて」


「マジか、こっちはまだ全然だ。それで戦った…ってことか」


バシレウスの事は伏せて、報告する。俺が何度かオフィーリアと戦っている事を伝えればラグナさんは何度か頷き、考え込む。ラグナさん達もまた姉貴を助ける為に動いているんだろう…にしても。


(人が少ないな…)


周りを見ると、ラグナさんとメグさんしかいない。アマルトさんやナリアさんがいない…いや居なくて当然か、姉貴があんな状態だ…ラグナさんなら病院の方に戦力を残してきているだろう。


で、こっちに割いている戦力がこの二人と……。


「ラグナさんもオフィーリアを探して?」


「ああ、だがこっちはステュクスほど進展がないよ。ここ数日ずっと森の中を移動してる、と言うか…ここ数日思うように動けなかったんだよな」


「え?何かあったんですか?」


「いや…なーんか二日くらい前から調子が出なくてさ。さっきなんか酷かったよ、まるで何処かから力が吸われてみたいでさ。もうなんともないんだが…いやーなんなんだろうな」


力を吸われてたって…リューズか?いやでもここからエクレシア・ステスは相当離れてるし、ここまで奪う力が届いているとも思えないし、普通に体調不良かな。


「ともあれ俺も本調子だ、そろそろ移動開始するよ…ステュクスはこれからどうする?」


「え?」


どうする、と聞かれればそりゃバシレウスの所に戻りたい。ラグナさん達とは嫌…ってわけじゃない。ただ嫌な話をするとバシレウス組の方が現状進展がありそうだし、何よりこれからコヘレトの塔に攻撃を仕掛けようってタイミングだ。


コヘレトの塔での戦いは大規模な物になる。もしかしたらオフィーリアもそこに現れるかもしれない…だから、そこに居たい。


「俺、タヴさん達と合流したいです」


「そっか、じゃあそこまで送ってくよ」


「い……いや、大丈夫っす。俺一人で行けるんで…ヴッ…!?」


立ち上がった瞬間、足が震える。な、なんだこれ…足に力が入らない…!?


「落ち着けよ、お前…ここ数日ずっと動きっぱなしだったんじゃないか?多分、ここ数日は怪我と治癒を繰り返す毎日だったろう。いくら治癒魔術とは言え完全に体内のダメージを消し切れるわけじゃない」


「治癒魔術を継続的に使用し過ぎると魂そのものに不調が出てしまうと言うデータもございます。少なくともステュクス様は一旦ここで休んで行ったほうが良いでしょう」


「う……」


言われてみれば、北部の旅を始めてから傷を負っては治癒、傷を負っては治癒を一日複数回行う毎日を送ってきた。どうやら俺でも気が付かないくらい…体に無理をさせていたようだ。


……くそ、時間がないが…一旦ここで休んでいった方がいいか。


「慌てんなって、ある程度のところまで送ってやるから。それまでしっかり休め」


「は、はい……」


バシレウス達はラダマンテスに行くって話だったな。だったら一日ここで休んだらそのままラダマンテスに俺一人で行こう。ラグナさん達をラダマンテスに連れて行ったらそれだけで騒動になりそうだしな…あの街には俺一人で行った方が良いだろう。


「ではすみません、ここで休ませてください」


「ああ、他でもない弟の頼みだ。聞いてやるよ!」


なはは!と笑いながらラグナさんは肩を叩いてくれる。弟か…そうだな、ラグナさんは姉貴と結婚するんだもんな。妻が死にそうになってる…それはきっと俺以上にの焦りを感じているはずなんだ。そんなラグナさんがこうしてどっしり構えてるんなら…俺もどっしり構えよう。


「じゃ、そろそろ移動を開始するか」


そういうとラグナさんは馬車の外に目を向ける。どうやら馬車の外にも誰かいるようで…。


「おーい、そろそろ行くぜー」


『あーはーい』


そんなラグナさんの呼びかけに応じて、馬車の外からやって来るのは……。


「あ、ステュクス君。目が覚めたんだ」


「ネレイドさん!」


ネレイドさんだ、あれ?でもこの人病室で倒れてなかったか?目が覚めたんだはこっちのセリフ……ってか、まだ後ろに。


「あれ?ステュクス君?」


「え!?マヤさん!?」


ネレイドさんの後ろから現れたのはマヤさんだ。タヴさん達曰く気がついたら居なかったという猫のような挙動で消えた筈のマヤさんが、なんと今俺目の前にいる。


なんであんたここにいるんだよ、あんたがいりゃもっと早く終わった話も色々あったんだぞ。


「ん?ステュクス、お前マヤと知り合いなのか?」


「知り合いっていうか…色々あって俺をタロスの街に連れてきたのがマヤさんなんですよ」


「あれ?ここ知り合いなの?」


「ややこしくなってきた…ラグナさん、どうしてこの人がここにいるか、教えてくれませんか…出来ればこの人が今までなにしていたかも含めて」


「ん、ああ」


それから…俺はラグナさん達が今までなにをしていたか、なんでマヤさんと一緒にいるかを教えてもらった。


……曰く、俺がバシレウスを追いかけた後、マヤさんがラグナさん達に接触。マヤさんからコルロを追えばオフィーリアを捕まえられると言う話を聞き、ラグナさんメグさんネレイドさんの三人に追加でマヤさんを加えコルロのいるコヘレトの塔へと旅に出たそうな。


とは言えそこからはただ延々と移動の日々、三日かけてここまで来たらしい…考えてみれば俺達が移動に使っていた駆動車は馬車とは比較にならない速度。普通これくらいの移動だよな…その上ラグナさんが不調だったならそう言うこともあるだろう。


そして、先ほど…ふと水辺を通っていたところ。どんぶらこと流れる俺を見つけて回収。そのまま近くの森に入りみんなで休息を取っていたとのこと。


……で、なんでマヤさんがラグナさん達と一緒にいたかと言うと。


「まぁ、気にすんな」


「色々あったのよー」


と、ラグナさんとマヤさんから言われてボカされた。俺だって馬鹿じゃない、二人がなにかしらの事情を隠している事は分かっている。けれどこちらも隠し事をしている身、責める権利も問いただす権利もない。


故にここは気が付かないふりをしつつ……。


「なるほど、そう言う事だったんですね」


「ああ、マヤは実力もあるし情報も持ってる、俺達としてもありがたい協力者だ」


「にへへー、褒められると嬉しいよ〜」


俺は納得する。どうやらマヤさんは既にラグナさん達に馴染んでるようだし、そもそもこの人は誰かを騙したり悪い事をしたりする人ではない。適当過ぎると言う悪い点はあるが、悪意がないことに変わりはない。


「そう言う事だ、俺達はコヘレトの塔を目指して進む。オフィーリアを捕まえてエリスの術を解かせるつもりだ、ステュクスにも協力してほしいが…そっちはそっちで動いてるみたいだし、存分に休んでから動き出せばいい」


「ありがとうございます」


ともあれ状況は分かった。バシレウス達は心配だがあの戦力だからクユーサーに負ける事はないだろう、それよりも早いところ合流しておきたい。向かうのはラダマンテス…取り敢えず今何処にいるかの確認と、コンディションにチェックをしてから…動き出そう。


そうこうしている間にラグナさんは席を立ち、御者をする為馬車の外へ向かっていく。対するマヤさんとネレイドさんは。


「ネレイド、大丈夫?汗かいてるけど…」


「問題ない」


「でもほら、そのままにすると風邪ひいちゃうよ。ほら、タオル」


「ん、ありがと」


二人でなにやら話をしている。と言うか、意外な事にマヤさんはやたらとネレイドさんを気にしており、その辺からタオルを持ってきてネレイドさんの汗を拭いている。


マヤさんってこんなに甲斐甲斐しい人だったっけ?


「ん、どうしたの?」


ふと、俺がネレイドさん達を見ていると、ネレイドさんは俺を見て首を傾げている。やばい…ジロジロ見てるのがバレたか…。


「あーえっと、俺が最後に見た時。ネレイドさんって病室にいたみたいですけど…体調は大丈夫なんですか?」


「万全ではないけど、問題ない」


「でも汗を……」


「これは修行してたから、マヤと組み手をしてたの」


「え!?マヤさんが!?」


これまた意外だ。あのちゃらんぽらんなマヤさんが態々組み手の相手を?そんな事する人だったか?本当に。なんだか意外だなぁ…。


「マヤは強い、とても強い。私と同じ超人で…そしてそれ以上の存在。学ぶ事も多い、それに…この人と戦ってると、体の不調も和らぐ」


「へぇ、そんなこともあるんすね」


実際マヤさんはクソ強い、この人に指導してもらえたらそりゃいいだろうけど……。


「私はもっと強くなりたい、みんなを守れる高い壁に…分厚い盾になりたいの。だからマヤの修行はありがたい」


「…………」


ネレイドさんは汗を拭いながら、そう語る。そして、語るネレイドさんをじっと見て物思いに耽るマヤさんを見て…俺は何かを察してしまった。いや詳しいところは分からないけど、マヤさんは多分、ネレイドさんの為にここにいるんだ。


なんでかは分からないけど、そこには打算や計算といった物は無いような気がする。そりゃ…俺達のところには戻ってこないか。


「さぁさぁネレイド、汗を拭き終わったら着替えてこようね〜」


「むぅ、指図しないで」


「そんな事言わないで、ほらほらぁ」


そう言って、マヤさんはネレイドさんを女子寝室へと押し込んでいく。その様を見て…俺はただなんとなしに思った。


ともあれ俺はラグナさん達の助けを借りて現在地の割り当てに成功した。まず俺がバシレウス達と離れたのがエクレシア・ステス近辺…つまりヘベルの大穴を中心として見た時西側に位置する地点。そこから大きく流れる川を降って俺は一気に反対側の東側に来てしまったというのだ。


ラダマンテスはヘベルの大穴から見て南側…つまりバシレウス達のいる場所と俺達のいる地点の丁度中間地点にラダマンテスはあるんだ。ってことは俺はしばらくラグナさん達と同行していれば自然とラダマンテスに行ける事になる。


と言う事なので俺は安心してラグナさん達についていけば良い…と言う事になった。今日一日一緒にいれば良い計算だ。


なので俺は今日一日ぐっすり寝てじっくり休もう!と言うわけにも行かない。危機感は持っておくべきだ…オフィーリアがいつ来るかも分からない、クユーサーがまた来るかもしれない。コルロ陣営オフィーリア陣営…この二つから確実にヘイトを向けられている以上、安心出来る時間はない。


やれるだけのことは、やっておこう。


………………………………………………


『ネレイドはいい子ですね、優しい子ですね』


私の祖国を統べる魔女様にして、師匠であり、私の母でもあるリゲル様は…私をそう言って育ててくれた。毎日のように私の頭を撫でて育ててくれた。


私がどれだけ大きくなっても、椅子の上に立って私の頭を撫でてくれた。私は私が普通じゃないことをよくよく理解している。そんな私を他の子達と同じように、いやそれ以上の愛を注いで育ててくれた母には…感謝してもし切れない。


けど同時に、私は…母の、リゲル様の実の娘じゃない。


魔女は子供を作れない。不老の法の影響で子宮が変質しているから子供を作ることができない。それは早い段階から聞いていたし、私の実の母じゃないってことは…分かっていた。分かっていたけど私にとって本当のお母さんはリゲル様だけだ。


けれどやはり、気になる。私の本当のお母さんはどこにいるのか、生きているのか。それだけが気になっていた…ずっと。


この感情のせいでモースやみんなを振り回してしまった事もあった。結局モースは私の母親じゃなかった、で例の話は終わったけど…私の母は分からないままだった。


私を生んだ母は…どこに行ったのか。私を手放した理由は…なんなのか。それがどうしても知りたくて………。


「ヴッ……!」


私はその場で胸を押さえて膝を突いてしまう。まるで内臓が爆発してしまいそうなくらい、体内で別の生物が暴れているかのような激痛に脂汗を額に浮かべ、必死に痛みを堪える。


曰く、私の体は今進化をしているらしい。シリウスに言われた『超人として真価を発揮する』と言う行為を試した結果、私の体は過剰に進化し過ぎて…人間という器に収まらない段階に入ってしまったようだ。


お陰で酷い熱は出るし、普通に呼吸するだけじゃ苦しくて気絶してしまいそうになるし…少し動いただけでバテてしまう。こんなの人生で初めての経験だ…。


これじゃ強くなるどころか弱くなってる。もう…戦えないかもしれない。


「大丈夫?ネレイド」


「……マヤ」


ふと顔を上げると、そこにはマヤがいる。今私はメグさんに頼んで絵画の世界に入れてもらい、アルクカースの荒野で彼女と組み手をしている。私がこんな状態だから、せめて自分の身は自分で守れるようにしたい…という事を彼女に言ったらトレーニングに付き合ってくれるという話をしてくれた。


マヤは強い、八大同盟の盟主の一人でありマレフィカルム五本指の三番手…カルウェナンが六番手、ラセツが五番手である事を考えると今の私達が束になってかかっても勝てるかどうか怪しいくらいの相手だ。


そんな彼女は今、私達に協力してくれている…つまり仲間だ。ちょっと信じられない話だけど仲間だ、実際彼女は優しい…強いから私に色々教えてくれるし、頼りになる人だと思っている。


「ちょっと、苦しくて」


「苦しい…か」


するとマヤは私の前に跪き、そのまま私のお腹をグッと押さえる…と同時に私のお腹に激痛が走り、思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。


「うぐっ!なにするの!」


「まだ苦しい?」


「え?…あ」


咄嗟に振り払おうとするが…気がつくと私の胸に突き刺さっていた息苦しさ、頭を金槌で叩くような激痛は消えており、寧ろスッと…息が出来る。


「なんで…?」


「息苦しいのは君の肺と体躯や身体能力の釣り合いが取れてないから、ただ普通に息をするだけじゃ酸素の補給が間に合わないんだよ。だから息をするなら…大きく全身を使って息をするんだ」


「腹式呼吸のような?」


「違う、全身だ。体を袋に見立て、その中にありったけの空気を詰め込む感覚…こんな風に」


そう言ってマヤは大きく息を吸う。お腹を使い、背中を使い、まるで空気が彼女の口に引っ張られるようにどんどん入っていく。これは呼吸法だ…ラグナが使っている『息吹』と呼ばれる武術の呼吸法。それと同じことをしている。


「やれるかい?」


「ん…出来る」


私はマヤの真似をして大きく息を吸う。ただ吸うだけじゃなくて…下腹部に錘をつけ、それで口元の空気を引っ張り込むような感覚で…吸い込む。すると息苦しさは更に消え、寧ろみるみる体に力が漲ってくる。


「出来た…凄い、体に力が溢れる」


「よしよし、いいね」


そして、そんな私を見て…マヤは満面の笑みを浮かべる。腕を組んで、立ち上がり、優しい視線で見下ろして………。


(お母さんと同じだ)


私はその視線に、何故だかお母さん(リゲル様)と同じ物を見た…。なんで重なったのか分からないけれど、彼女はそれだけ私の事を考えてくれてるって事なのかな。


「なんならもっと強く力が湧いてくる呼吸の仕方教えようか?」


「いらない、教えは受けない」


「はぁ…なーんでそんな意固地になるかな。私ならもっとその肉体の使い方をレクチャー出来るのに」


「呼吸の仕方は、ありがとう。でも技術や技法に関しての教えは受けない。それは最初に言ったはず、私の師匠は貴方ではないから」


「むぅ」


マヤは色々教えてくれる。けどそれは指導という形ではなく…私が見て、解釈し、学ぶという形をとっている。この体について色々教えてくれるのはありがたいけど…それでも教えと言うものは他者からは受けられない。


だから組み手という形をとっている。私が彼女と戦う中で成長する為に。


「まぁそれで色々学べるならそれでいいよ」


そういうとマヤは呆れたようにため息を吐き。


「私もこんな体だからさ、昔は苦労したんだよね。超人だの、人間を超えた存在だのと言われるけど…その実態はただ人よりも出来る事が多いだけの、いや…出来ると思われてる事が多いだけの人間でしかないのにさ」


クルリとマヤは私に背を向けて、肩をすくめる。彼女は私と違って超人として完成されている…そんな彼女でも、超人の憂いからは逃れられなかったようだ。


「貴方も…苦労したんだね、超人して完成されている…貴方でも」


「いいや、私は完成などしていないさ。完成されていたら…守りたいと思った物を守れてるはずだから」


「守りたい物……?」


「そう、守りたい物が守れなきゃ…例えこの拳骨で大陸を破れたって仕方ない。どれだけの強さを持っても仕方ない。力を持ってる事が…ただひたすらに虚しくなるからね」


私は、立ち上がり…マヤの背を見る。あれだけ強く、あれだけ多くの事が出来るマヤの背中は、ただ小さく見える。彼女は長く生きて、多くを失い、その自尊心を叩きのめされ生きていた。それが滲み出すような…自己肯定感を感じさせないその背中を見ていたら。


気になった……。


「マヤ、貴方は…どうしてマレフィカルムにいるの?」


「え?」


「貴方は、どうにも…私が今まで見てきたマレフィカルムの人達とは違う」


私は今まで、多くのマレフィカルム構成員を見てきた、八大同盟も…盟主も、多くを見てきた。その大多数がその背に猛るような炎を、悲壮に満ちながらも燃える炎を、諦念に塗れながらも燻る炎を…心の炎を宿していた。


何かを成し遂げる。その覚悟が盟主達には宿っていた…少なくとも今のマヤのように、自己肯定感の希薄な者などいなかった。だから、気になった、気になったから、聞いた。

するとマヤは流し目で私を見て…。


「うーん、難しい事を言うなぁ。別に私は私の意思でマレフィカルムに所属してるわけじゃないしなぁ」


「え?じゃあ…なんで?」


「私を取り巻く環境がそうさせた。私は一歩も歩いていないのに、私の周りで城が建てられて、気がついたらその城がヴァニタートゥムと呼ばれるようになって、それがマレフィカルムに所属しただけ」


「じゃあ、抜けたら?」


「そうもいかないから、こうしてるんだよね。……私にはもう他に生きていける場所なんかないわけだし」


マヤの言葉は、そのどれもに重みがない…と言うか、まるで霧を掴むようにあやふやで、答えてもらった実感もない。あやふやだ、多分当人にも答えがないんだと思う…悪い言い方をすると『どうでもいい』、悲しい言い方をすると『どうしようもない』だ。


「ネレイドはこうなっちゃダメだよ」


「え?」


「守りたい者があるなら、諦めないで。敵がいるなら、迷わない。傷ついても、苦しくても、怯む事なく突っ込んで、やりたい事だけ押し通す。そう言う生き方をしなよ」


そう言ってこちらに向けた目を細めるマヤの言葉は、先程とは違い確かな重みと実態があった。まるで長い人生…その事だけを考えて生きてきたような。


そんな、悲しい実態があったんだ。


「その為にも、力がいるね。今の君じゃあコルロにもセフィラにも敵わないしね、もっともっと強くならなきゃ」


「それって、どれくらい」


「うーん、大体のセフィラと私が互角くらいだから…私より強く?」


「難しそう、だけど…頑張る」


「ああ、頑張れ!と言うわけで…組み手をもう一丁行くよ!」


「うん、お願い」


拳を構え、私は大きく頷く。結局マヤが何を考えていて、何をしようとしていて、何を伝えたいのかは…よく分からなかったけれど。今それを知るべきではないと私の直感が告げていた…それよりも、今はもっと強くなることの方が重要だ。


マヤと一緒に、強くなろう。

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― 新着の感想 ―
投稿お疲れ様です、再開だー! あれ?バシレウスパート2回入ってる? ともかくラグナ達と合流!マヤさん母性が隠せてないぞー。ネレイドさん見てない所でどんどん強くなってる!
久しぶりの更新待ってました‼︎ ですが、途中表示がおかしくなっていて、内容が繰り返されています
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