746.星魔剣と再会の川辺
リューズの一件が終わった頃、エクレシア・ステスの秘密の地下研究所にて…乱雑に扉が開かれドタドタと駆け込む男が一人…シモン・マグヌスだ。
「ひぃ!ひぃ!何が起きてるんだ本当に!ラセツにタヴ!クユーサーにオフィーリア!?なんでそんな怪物達が私の周りで殺し合いを始めているんだ!おまけにクレプシドラが来ていると言う報告もあるし…最悪だ!」
シモンは一人、巨大なボストンバックに資料を入れ、研究成果を入れ、かき込むように腕を動かしバックの中に流し込んでいく。
行っているのは逃げる準備だ、怪物達がこのエクレシア・ステスで殺し合いを始めた、もうこの研究所は終わりだ。コルロも騒ぎの中心になってしまった以上今までのような平穏な研究は出来ないだろう。
つまり、ここで研究していられる時間は終わりだ。このままここにいたらコルロと心中する事になる…それはごめんだ。
「どうしてこうも低脳な人間は殴り合いで事を収めようとするのか!私はただ研究をしていたいだけなのに!くそぅ…クソクソ…!」
押し込む、資料や研究成果をボストンバックの中に突っ込み、上から腕で押さえて必死に口を閉めようとチャックを動かす。ヴァニタス・ヴァニタートゥムには理想的な研究環境が揃っていた、お陰でアルカンシエルにいた頃よりも研究は捗ったが…それも終わりか。
なら次は何処へ行こう。
「アルカンシエルやヴァニタートゥム並みに研究設備が揃っている機関はそう多くない。チクシュルーブが生きていれば理想街に行ったがあそこはもうないし…中央魔術理学院は、ダメだ…ファウストがいる」
ファウストを裏切った以上中央魔術理学院には戻れない。となるとあとは個人で?無理だ、個人でこの規模の研究は出来ない。
何故だ、何故許されない…私はただ、人類を救う研究をしたいだけなのに。
「馬鹿どもは分かってないんだ…どれだけ強くても、人間単位の強さでしかない。天災には…厄災にはどれだけ強くとも敵わない。それは…五十年前の一件で散々身に染みているはずなのに」
思い返す、かつてマレフィカルムの一構成員でしかなかったあの頃…遭遇した本物の厄災。
焉龍キングフレイムドラゴン…アイツと私は遭遇したことがある。マレフィカルムの全戦力を投じて、戦ったんだ。だが結果は惨敗…私も奴に殺される寸前で、彼は現れた。
マレウスの英雄ガンダーマン・ゾディアックだ、私は彼こそが人類に必要な存在だと心の底から打ち震えた。私をキングフレイムドラゴンから救ってくれた彼を研究し人工的に彼のような存在を作り上げる事を命題に研究を続けてきた。
アルカンシエルでは魔獣の因子を用いて人を強化する方法を、ヴァニタートゥムでは因子を取り込ませ最強の存在を作る方法を。そしてようやく…私はその研究を結実させようとしていた、矢先に。
「魔獣による厄災はまた起こる…確実に起こる。だからその前にこの研究を形にしないといけないのに…!」
あと少しなんだ、あと少し…超人の因子があれば、この研究は結実する。必要なのは超人の細胞…それも超高純度の────そうだ!
「アド・アストラだ!あそこならここと同じ…いやそれ以上の研究が出来る!そうと決まれば身分の偽造とコネクションの整理を……」
そう言って重たいボストンバックを持ち上げようとした瞬間だった。
「げぶふぁっっ!?」
「なっなぁっ!?」
突如、扉を突き破り何かが部屋の中に飛び込んできた。それは血塗れになった毛玉のような…巨大な……いや、これは。
「クライングマンか!?」
「ゔぅ…ゔ……かな…しいぜ……」
クライングマンだ、狼の姿になり戦闘態勢を取っているにも関わらず、彼は無惨にもボコボコにされている。馬鹿な、彼は私の研究により第三段階相当のスペックを持っているはず!計算上はタヴにも負けない最強の存在になったはずなのに!!
一体、誰がこんな事を……。
「……所詮、誤魔化しや小細工なのだ」
「ッ……その声は」
ギリギリと視線を動かす。クライングマンを倒し、そしてこちらに歩んでくるとは…巨大な白鎧、ああ…最悪だ。
「か、カルウェナン……お前がやったのか」
「然り、多少は強くなっていたが、当人の力量に技量が追いついていない。その程度の小細工で小生が倒せると思ったか」
カルウェナンだ、しかもほとんど傷を負っていない。馬鹿な…カルウェナンは第二段階だぞ、いくら強くとも第二段階のカルウェナンでは第三段階のクライングマンを倒せるわけが…い、いやそれ以上に。
やばい…この男だけはやばい。
「クライングマンもまたアルカンシエルを裏切った不埒者だが、それ以上に…天誅を下さねばならない存在がいるようだ」
「ヒッ…や、やめろ…!私はただ研究したいだけなんだ!」
「だがお前はイシュキミリを裏切った…ファウストもまた裏切った…!」
「敗れた組織と心中しろとでも言うのか…!私は研究者だ!お前達のような戦闘員とは違う!知を紡ぐ者は簡単に死んではならんのだ!」
カルウェナンは堅物だ、私がアルカンシエルを裏切った事を責めるだろう。だが…仕方ないだろ!アルカンシエルは負けたんだ!よりにもよって十人にも満たない小僧と小娘達に!そんな組織に縋って一緒に死ねと言うのか!そんなのはゴメンだ…!
「アルカンシエルが敗北したのは、小生の不出来が招いた事。その後の身の振り方について…とやかく言うつもりは、ない」
「なら何をしにきた!」
「お前の真意を問いたかった、お前の心はまだアルカンシエルにあるのか、それとも最初からヴァニタートゥムだったのか……と。だが…先程の独り言を聞くにそのどちらでもないらしい!」
「ヒッ……」
き、聞かれていたのか…先程の言葉が。アド・アストラに行くと言う言葉が……。
「貴様は、己個人の利の為に蝙蝠のように勢力を行き来する。そこに忠義のカケラもありはしない…!」
「そ、それは…私の在り方の問題だろ…!」
「かもな、だが…だとするならば、これが小生の在り方だ」
瞬間、カルウェナンは指先をこちらに向け……。
「天誅ッッ!!」
「ぐぶうぶっ…!」
貫かれる、指先から放たれた剣状の防壁が胸を貫き…血が噴き出る。
「小生の在り方は、忠義の生き方。悪いが…小生の主人を…最初から利用するつもりでいたお前を、小生は生かしてはおけんのだ」
「ぐっ…ば…馬鹿者が…!私を殺したら…取り返しがつかない事になるぞ…!厄災はもう目の前まで迫っている…私の研究がなければ…!人類は滅ぶぞ…!」
「滅ばないさ、少なくとも…その程度の物しか作れないお前がいなくともな」
ああ…クソ…この堅物が……!私は…私はまだ…!まだこの研究を完成させていないのに、これさえ完成させられれば…完成させられれば…。私の名は…研究史に残る、はずだったのにぃ………。
「逝ったか、シモン」
見下ろす、バタリと音を立てて崩れ落ちるかつての同輩の亡骸を。小生は殺した、不当な殺しは戒めていたが…すまんなシモン、やはり小生はお前を許せんよ。これでヴァニタートゥムに残ると口にしていたならば、小生は叱責で留めるつもりだったぞ。
これは小生の生き方の問題だ、小生の生き方に付き合ってもらったのは申し訳ないと思うが。お前もまた、お前の生き方に多くの人間に巻き込んだのだ。これもまた、因果と思え。
「……ふむ」
ふと、シモンが落としたボストンバックを開く、奴がそうまで何を紡ごうとしていたのかが気になる。ヴァニタートゥムすら踏み台にしていた以上奴の目的はコルロとは違うところにあるのか。
「……コルロの増殖計画?エクレシア・ステスに八百五十体、コヘレトの塔には千五百体だと?奴め…とんでもない事を企んでいるな」
どうやらコルロは自己増殖を企んでいる様子。そしてその計画はこのエクレシア・ステスのみならずコヘレトの塔でも行われていると。まぁだがどの道この後コヘレトの塔に行く事になる、何よりこれはコルロの目的。
シモンの目的ではない…なら何が……ん?
「各国の魔獣総数の偏位……」
ふと、世界地図に詳しく色々と書き込まれた資料の束を見つけ、パラパラと読んでいく。そういえばシモンはアルカンシエル時代から魔獣について詳しく研究していたな。だがこれは何か……ん?
(各国の魔獣が減少し…マレウスが近辺が増加傾向にある)
周囲の魔獣が減り、代わりにマレウスの周りが増えている。つまり…魔獣達が移動を開始し、マレウスの周辺に集まってきていると言うことか?だが魔獣がそんな目的意識を持って動くことなど……いや待てよ、あったな、一回だけ。
一つ思い当たる事例がある。それはどうやらシモンも同じだったようで…過去の事例を挙げている。
そう、あれはもう十年近く前になるか。マレウスの魔獣全てが移動し…隣国のコルスコルピへ移動し、ヴィスペルティリオを攻めたあの事件。
魔獣大侵攻と呼ばれたあの事件だ。あれと状況が酷似している…だが、規模が桁違いだ。コルスコルピの一件はマレウスの魔獣だけだったが、これは世界規模で起こっている。
これはどう言うことか、そう思い資料をさらに捲ると…そこにはシモンの見解が書かれていた。
それは…。
「なんだと……」
小生は思わずシモンの亡骸を見てしまう。こいつはこんな事を予測していたのか……。
……書かれていたのは。『魔獣大侵攻の主犯である大いなるアルカナ幹部・悪魔のアインは五大魔獣の一角『変幻無編』のアクロマティックだと推察される』
『今回の一件もまた恐らく五大魔獣が関わっている。そして恐らく、今回はアクロマティックのみならず全ての五大魔獣が動いている可能性が高く』
『ここから考えられるのは、魔獣の皇子達が全世界の魔獣を率いて行う魔獣極大侵攻の前触れ。その始発点がマレウスであると考えられる』……と。
即ち、もう直ぐ全世界の魔獣がここに集結し…あの伝説と言われた五大魔獣が、マレウスを踏み潰しにやってくると?
「……馬鹿な奴」
思わず小生は呟く。この話を荒唐無稽と笑っているのではない、これだけの話を自己の功績の足がかりにする為に秘匿していた事を罵っているのだ。自分で作った最強の存在がマレウスを救う事を夢想していたのだ…この男は。英雄になりたかったんだ、シモンは。
もっと早く、この話を方々に触れ回っていれば、もっと早く様々な組織が一致団結できていたと言うのに……。
「だがこの研究成果は小生が無駄にはせん、それが貴様に天誅を降した者の務めだ」
小生はその研究成果を握り、踵を返す。悪魔のアインか…タヴにこの件について聞いてみよう。
………………………………………………………………
「お、来たなぁ」
「無事だったか」
「あ!タヴさん!ラセツさん!」
それから俺とバシレウスは二人で壁を壊しながら真っ直ぐ進むと…恐らく元々は入り口だったろう部屋にみんな揃っていた。ラセツさんもタヴさんもいる。
「ほう、随分こっぴどくやられたな。だが生きていて何よりだ」
「あんたが死んだら私達の任務失敗だからね」!
「むぅ、バシレウス殿…随分顔色が悪いですな」
「うー…ムスクルス、治せ」
そしてコーディリア、アナスタシアも無事だ。バシレウスはと言うと俺から離れフラフラとムスクルスのところへ行き、バターンとその場で倒れ込む。アイツもかなり限界な状態だった、血を消費して魔力を維持していたんだ、つまり現状かなり貧血な状態。…失血死してないのがおかしいくらいだ。
取り敢えずムスクルスに診てもらえば安心だな…そう俺が一息ついていると。
「ステュクス〜!」
「無事でよかったですステュクスさーん!」
「おわわっ、セーフ…アナフェマ」
すっ飛んできて抱きついてくれるのはセーフとアナフェマ…二人とも心配そうに俺を見つつ無事で良かったと肩を叩いてくれる。俺としちゃ二人が無事だったことの方が嬉しいが…俺そんなに心配かけてたかな。
「そ、そんなに心配だった?」
「心配でしたよ!だって相手はあのオフィーリア!『美麗』のティファレトですよ!あれと何度も戦って生きてるのって大分異常なことですからね!?」
「そーですよぅ!そ…それでオフィーリアは?捕まえたんですか?」
「い、いや…逃げられた」
そう言うとセーフとアナフェマ…いや他のみんなもやや残念そうにするのだ。そりゃそうだよな、ここに来た本来の目的はオフィーリアを捕まえる為だし…でも。
「大丈夫、手は打った」
「へ?」
「アイツが次会った時、俺を相手に逃げられないように…手を打ったんだよ」
俺は近くの瓦礫に座り込み、大きく息を吐く。オフィーリア逃亡の件については予測してた範疇の事だった、そしてそれを阻止する手立てが無いことも考えていた、だから手を打つことにしたんだ。それくらいしか出来ることがなかったからな。
その代わり、確実に俺はアイツを追い詰めた…次、それも遠く無い時、アイツは必ず俺の前にひれ伏すことになる。
「手を打ったって、何をしたんだ?」
「ん?」
横になったバシレウスが聞いてくる。まぁあの場にいたからこそ、俺がオフィーリアに対してそこまで大それたことが出来ないって分かってるからこそ、気になるんだろう。
「いや別に大したことはしてないよ。ただまぁアイツの性質っていうか性格っていうか。その為諸々が分かってきたから…そこを突いただけだよ」
「ああ?」
そう、俺はオフィーリアが魔力を吸収され、動けないあの時に……。
………………………………………………
「はぁ〜最悪、リューズはダメになったしコルロのところには戻れないし〜こっからどーすっかなぁ〜」
一方、エクレシア・ステスから逃げ出したオフィーリアは近隣の森の中、木を切り倒し作った切り株の上に座り、大きくため息を吐いていた。ここでステュクスかバシレウスのどちらかを殺しておきたかったし、リューズという駒を更に進化させたかった。
だがその目論見は全て外れ、結局私ちゃんは損害だけを被りこうして逃げるハメになってしまった。もうコルロにはペンダントの件もバレてるし…どーすっかなー、こっから。
レナトゥスしゃまにコルロが変なことしないか見張ってろって言われたし、かと言ってコルロは今のところ真面目にシリウスを復活させようとしてるし。なんか数は多そうだったけど別に一人も千人も変わらんよね?知らんけど。まぁ少ないより多い方がいいだろう。
それよりステュクスだ…アイツのせいで私ちゃんのプライドはズタボロ…なんで私ちゃんがあんな雑魚に振り回されなきゃならないのか……。
「しゃーない、クユたん待って次の行動に移っかなー……」
もう私ちゃん個人で出来ることはない、ならクユーサーと一緒に行動しよう。それで一旦コルロのところに戻るんだ、私ちゃんだけならともかくクユーサーも居れば流石のコルロも拒絶は出来ないはず。
それでコヘレトの塔に戻って…それで、うん?
「あり?なんぞ?」
ふと、切り株の上に寝そべった時。背中に違和感を感じて私ちゃんは起き上がり背中に手を当てる。するとガサガサと音がして…なんか髪が張り付けてある。
いつの間にこんなモノくっついて…そう思い私ちゃんは張り付いた紙を剥がし見てみると。
「なっ!なにこれ…!」
その紙にはデカデカと『アホ』と書かれていた…なんじゃこりゃ、子供のいたずら?なに?アホって…アホはこれ張り付けた奴だろ。なんて辟易しながら紙を裏返してみると…そこには別の文が書き込まれていた。
『オフィーリア、俺は殺そうと思えばこの紙を貼り付ける代わりに後ろからお前を刺し殺す事も出来た。対するお前は結局俺を殺せなかったな。宰相の剣が聞いて呆れる』
『分かるか、お前は北部の戦いで誰も殺せていない。そんな情けない有様で尻尾巻いて逃げるお前は滑稽だった』
『もし、この文を読んで悔しいと思うだけのプライドがあるなら、次は逃げずに戦えよ、その為に俺は今お前を殺さないんだ、だから今回のところは見逃してやる。これであの時見逃してもらった恩はチャラにしてやるよ』
『博愛主義のステュクスより、愛を込めて』
「………アイツ」
ステュクスだ、私ちゃんが魔力を吸われて動けない隙にこんなモン書きこさえて背中に貼り付けやがったんだ。挙句それで…見逃した?私ちゃんをアイツが見逃した?
……確かに私ちゃんは今に至るまでアイツを殺せていない。これで三度だ、三度奴を見逃した…つまり殺せなかった。こんなの初めてだ、こんなにもアイツを殺せなかったのは初めてだ。
「…………あっそう、そういう事。アイツは私ちゃんとそこまで決着つけたいんだ。なるほどね」
紙を破いて、歯を噛み締める。この私が…あんな雑魚にナメられたままでいいのか?宰相レナトゥス様の為に殺して殺して殺し尽くし、その殺しの腕を買われ今の地位に立ったこの私が……あんな甘ったれの腐れ童貞に。見逃された挙句、ナメられて…いいのか?
「……許さない」
私をこうも煽って、そこまで死にたいなら死なせてやる…ステュクス・ディスパテル。アイツを殺す、絶対に……!
…………………………………………………
「ってな感じの文を背中に貼りつけたんです」
「そ、そないな事したんか……」
それから俺達は車に乗り込み、移動を開始しながらオフィーリアにした『煽り』の説明をした。流れる景色をフカフカのマットに座りながら見つつ、俺は今頃オフィーリアが背中の文に気がついただろうなと考えながら目を閉じる。
するとラセツさんが……。
「それ…乗ってくるんかいな」
「え?」
「ステュクスはそれでオフィーリアが次は逃げへんようになった言うけど、そんな幼稚な手に引っかかる相手やあらへんやろ。一応セフィラやで」
そう言うんだ。あの文を読んだオフィーリアは絶対に俺をターゲットして、そして次は確実に逃げの一手を打たないと踏んでいるが、ラセツさんはそう思わないようで、ハンドルを握りながらそう言う…すると。
「いや、乗ってくるぜ」
「へ?」
最後尾で寝ているバシレウスが同調する、徐に起き上がり…寧ろ『よくやった』とばかりに俺に笑みを向ける。
「そうなんか?バシレウス」
「ああ、乗る。オフィーリアは傲慢な女だ、その上で男は全員見下してる…その上でステュクスに煽られりゃアイツはそれを無視出来ない」
「まぁ確かにそうやが」
「何より、文の内容以上に『命を取れたのに見逃した』って部分がアイツの琴線に引っ掛かるだろうぜ。アイツは自分を処刑人だと思ってる節があるからな、殺す側の自分が殺される側のステュクスに逆に見逃され、命を繋ぎ止めた…オフィーリアかステュクスのどっちかが死なない限りこの点は消えねぇな」
「うーん、そう言われると確かにそやなぁ。オフィーリアの性格考えるなら今頃バチギレかもしれへんな…」
くかかか!と盛大に笑うバシレウスにラセツさんは静かに頷く。そんな中口を開くのは…。
「だが逆を言えばステュクスはあのオフィーリアからこれから一生狙われ続けることを意味する。その代償はかなり重いだろうな」
と、いつの間にやら戻ってきていたカルウェナンさんがマットに腰を預けながらそう言うんだ。まぁ…その辺についてはなんとかなるだろ。どの道オフィーリアに勝たなきゃ先はないんだ、だったらもうやるしかない。
奴は今ペンダントも失い、リューズも無くし、これと言って目的があるわけでもない。そこに俺と言う目的を与える。そうすりゃオフィーリアは必ず動き、俺の前に姿を現す。今度は逃げられない、逃げたらアイツのプライドは完全に粉砕される。
見た感じ、オフィーリアはかなりメンツを大事にするみたいだし…まぁなんとかなるだろ。
「と言うか、カルウェナンさん…貴方戦いの最中どっか行ってたみたいですが、どこ行ってたんですか?」
ふと、セーフがそんなことを聞く。確かにそう言われてみればさっき集まった時近くにいなったな、カルウェナンさん。と思ったがカルウェナンさんはなんでもないことのように首を振り。
「因縁を清算してきた」
「ああ……」
というだけだった、セーフはその言葉を聞いて色々と察したようで静かに頷くばかりだ。まぁ…俺にはなんのこっちゃさっぱりだが。
「それより、先程エクレシア・ステスを漁ったらコルロが自身の増殖体を作っていると言う資料を見つけた」
「ああそれやったらステュクスから聞いとる。けどエクレシア・ステスにおったコルロのコピーはみんな死んだみたいやで?」
そこで話はコルロのコピーに移る。正確に言うならコピーではなくコルロの後継体…当人は自分の子供と言っていたが、一般的な感性を持つ俺から言わせて貰えばあれは子供じゃなくて単なる増殖体だ。
そして、培養されてた増殖体はみんな死んだ。リューズが覚醒したことにより周囲の魔力を一気に吸い上げた…あの時だ。あの時コルロの増殖体も魔力を吸われていたようで、その上意識もない状態で吸われ抵抗も出来ないまま全員死んだ。同情していいのかどうなのかも微妙なところだが…これでコルロは目的を失って……。
「だがコヘレトの塔には千体近いコピーが残っているらしいぞ」
「えっ!?あれまだあるんですか!?」
「ああ、エクレシア・ステスにいた分より多い」
俺は跳ね上がって驚いてしまう。マジかよ…コヘレトの塔にも残ってるって?いや残ってるか、コヘレトの塔は奴にとっての本拠地だ。それに今回の増殖は次世代に繋ぐ物ではなく所謂完成系を作る作業に近い、ならその分いつもより数を用意していて然るべきか。
「と言うことはどの道コヘレトの塔に攻め込まねばならんと言うことか」
「戦いはまだ終わってないってことかー」
「それはそうだろう、まだコルロは倒れていないし…何よりクユーサーも倒せなかったんだろう?」
「しゃーないやん!無限再生オバケ相手やで!?寧ろあの状態のオレとタヴやんで撃退したの褒めてぇや!」
戦いはまだ終わってない、コーディリアの言う通りコルロは倒れてないしクユーサーも倒せてないらしい。まぁあの不死身の怪物を相手に魔力がほとんど無くなった二人がどうやって立ち回って撃退したのか気になるが…。
ともあれ、まだ何も終わってない。となると……。
「このままコヘレトの塔に向かうぞ」
バシレウスが全員に告げるように言う。そう、このままコヘレトの塔へ赴きコルロを倒すべきだ。オフィーリアも気になるが…コルロの目的を知ってしまった以上、阻止しなくてはならない。
それにペンダントを失いバシレウスを倒すこともできなかったコルロは、どうせそのうちまた俺たちを襲ってくる。だからその前に…叩いて潰すんだ!
「いや!その前にラダマンテスや!」
と意気込んでいたのは俺とバシレウスだけらしく。ラセツさんは首を横に振る。
「は!?なんでだよ!」
「なんでもかんでもあるかいな!今さっき戦いが終わったばっかやで!?オレもうしょーじき疲れたわ!一旦休もや!」
まぁ…それはそうだな、治癒魔術でも魔力の消耗や疲労は抜けないわけだし、コルロ達もコルロ達で強敵だし、一旦体制を整えるべきなのはそれはそうかも。
ああなるほど、つまり今ラセツさんはラダマンテスに向けて車を走らせているわけか。俺ずっとどこに向かってるんだろうって思ってたよ。
「チッ、仕方ないな」
ラセツさんに拒絶されるとバシレウスは不貞腐れた様子でまた横になる。バシレウス的には出鼻を挫かれた形になったな。バシレウスとしてはあと残っているタスクはコルロに借りを返すことだけだからな……。
「なんや…?」
そしてそんなバシレウスを見てラセツさんが…。
「アイツ、なんかいつの間にやら随分聞き分けよくなったんやないか?」
…まぁそうだな、ちょっと前のバシレウスなら『だったらテメェらだけでここで休んでろ!俺は一人で行く!』って車を飛び出していただろうし。そう言う意味では聞き分けが良くなった…あるいは理性的になった。
なんて、俺は驚かないさ。だってアイツの変化を…ずっと側で見続けてきたんだから。
「アイツも、色々考えてくれてるんですよ」
「そうか?まぁそれならそれでええんやがな、考えなしよりかは…さて、じゃあこのままラダマンテスに───お?」
「ん?」
ふと、ラセツさんが素っ頓狂な声を上げる。それに続いて俺も声を上げる…なんかおかしいのだ。今まで風を切るように走っていた車が…なんか、徐々に失速してるような気がする。
っていうか……。
「あれ?なんか…止まってません?」
ノロノロと動き…そして最後にはピタリと止まってしまったのだ。いや…何が起こってんだ?
…………………………………………………………
「だぁー!あかん!こらやってもうたわ…」
「おい、動かないのかよ」
それから俺達はみんなで動かなくなった車を押して、近くの河辺へとやってきた。見晴らしがよく、風通しも良い森の川辺だ、そこに車を停めたラセツさんは…前部のバンパーを開けて中を確認し…大きく肩を落とす。
何やら急に動かなくなった車、しかし俺達は車のことなんかまるでわからない…ここで壊れてしまった、というのなら相当困ったことになるが…。
「壊れたんですか?」
「壊れたというより疲れてぶっ倒れたって方が正しいわな。この車、魔力を熱エネルギーに変換して、それでエンジンを動かすシステムになってんねやけど…ほれ、ここ見てみ」
ラセツさんは俺を引き寄せ、車の中を見せてくれる…って!すげぇ熱!?なんかパーツの一部が赤熱してるぞ!?なんだこれ!?
「ぶっ通しで動かし続けて…熱が籠りすぎたんや。こんな大人数乗せて何日も走り続けるなんてやったことなかったから…予測出来へんかった」
「えっと、これ…また動くんですか?」
「普通の車やったら動かん、パーツが溶けて正常な動きをせんくなる。けどこいつは特別製でな…ちょいと特殊なパーツ使ってんのや」
「特殊なパーツ?」
「おう、それはな────」
「あれ?これアダマンタイト使ってるじゃん」
ふと、俺とラセツさんの会話に割って入るのはアナスタシアだ。ひょっこり顔を覗かせた彼女は車の中を指差し…そういうんだ、アダマンタイトと。
「アダマンタイト?」
「うん、不朽石アダマンタイト、この世で最も硬くて熱や経年劣化によって壊れない特性を持つ鉱石だよ。まぁ自然には存在しない代物だから珍しい物だけどね」
「く、詳しいなアナスタシア」
「まぁね、私の同僚にアダマンタイトの体持ってる奴いたから」
とんでもない鉱石だな、つーかそんな鉱石の体持ってるってどんな奴だよ。そしてとっておきの説明を取られたラセツさんは何やら微妙そうな顔をしており…。
「ま、まぁそういうことや、アダマンタイトで出来とるから熱では壊れん、せやけどあんまりにも熱が溜まったから安全装置的ななんかが動いたんやと思う」
「って事は、冷却すれば……」
「せや、やからお前ら!今からそこの川の水で車冷やすで!」
「分かった」
すると今度はバシレウスが現れ、車を下からグッと支え持ち上げて……って!
「何してんだよバシレウス!」
「冷やすんだろ?川で、だから投げ入れようと思って」
「アホンダラァッ!!テメェ!オレの愛車水没させてみろや!ぶっ殺したるぞオドレェッ!!」
「ちぇ」
なーんていう風にラセツさんに怒られバシレウスは渋々車を下ろす。いやまぁそうだろうよ、いくらなんでも力技すぎるよ。
「お前ら川の水汲んでエンジンにぶっかけてくれや、それだけでなんとかなる。冷え次第また出発出来るでー」
「仕方あるまい、だが何で水を汲む?」
「小生の兜で汲むか?それかセーフの金庫で」
「こ、これは外れませんよ!」
という事で川の水を汲むことになった。とはいえみんなバケツとか持ってるわけではないし、さてどうするかな…っていうか誰か水系の魔術とか使えないのか?アナフェマとか使えそうだけど……って、アイツ…集団行動に不慣れ過ぎて言い出せないでいるな。
仕方ない、俺が提案するか…。
「ステュクス、来い」
「うぇ!?」
そう俺が歩き出した瞬間、俺は後ろからバシレウスに襟を引っ張られ阻止される。いやいやなんだよ、つーか普通に呼べよ。
「な、なんだよバシレウス」
「サボるぞ」
「えー?いやみんな頑張ってるし」
「さっきの戦いで一番頑張ったのは俺とお前だ、これくらい許される」
そういうなりバシレウスは川辺に寝転がる、川辺にはたくさん石が転がっている…そんなところによく寝転がれるな、と思いつつ俺はバシレウスの隣に座る。サボるのは良くないけど、ここで俺が離れたらバシレウスが不機嫌になるしな。
だから、俺も一緒にサボって、川を見る。
「…………………」
俺を誘っておいて、バシレウスは何も言わない。こいつはそういう奴だ…と思って見てみると、バシレウスは懐からペンダントを取り出し、それを日に当ててジッと見ていた。
ユリウスさんの血で出来たペンダントだ、俺達はこれを取り戻す為に頑張った…その成果が今そこにある。
「……くだらないと思うか?」
「え?」
「こんなもんに固執するなんてさ」
な、何言ってんだ?それを取り戻す為に俺達頑張ったんだろ?まぁ取り戻すことになったのは俺が渡しちゃったからだけどさ。でもこんな物はないだろ…。
「おいおい、それ…お前の兄貴の血だろ?大事な物なんだろ?」
「ああ、ユリウスの血だ…だがユリウスはもうこの世にいない、俺が殺しちまったからな」
「そうかもだが…」
「今も、時折頭に響くんだ…お前は獣だ、魔王だっていうユリウスの声が…最強だっていう声が、それを証明しろって声がさ。けど…死んだ人間に突き動かされて、馬鹿みたいだなって思うこともあるんだ」
「……それは」
「リューズを見てて思い知った。手に入らない物、手に入りようもない物に固執する馬鹿馬鹿しさ、俺がどれだけ最強を示してもユリウスには届かないし、何もなりゃしない…」
……ペンダントを取り物して、冷静にでもなったのか。或いは今までの戦いを思い返して、そう思ったのか。まぁ実際否定する程間違ったことを言ってるわけでもない。
こんな物、と言ってしまえばこんな物だ。バシレウスにとっては兄の残した物、コルロにとっては目的を果たすための物、しかし俺たちからすれば…単なる赤いペンダントだ。見方によっては、いくらでも…こんな物になり得る。
そして、ユリウスの最後の言葉さえも…バシレウスにとっては幻聴でしかないのかもしれない。
けど…それでも。
「それでも、お前はそれを抱えて生きるべきなんじゃないのか?」
それでも俺はそう思う。人間ってのはどれだけ忘れたくても忘れられないものがある、苦しくて辛くて、いっそ頭の中から消し去ってしまいたいと思える事柄がある。けどそれでも忘れられない、頭にこびりつくもの…それが本当の願いなんだと思う。
そういう意味では、リューズの本当の願いは…ただ外に出ることだけだったのかもしれない。そしてバシレウスの願いは…兄弟達の分まで生きること、なんじゃないかな。
「生きるべき……か、死人のためにか?」
バシレウスはチラリとこちらを見る。まぁそういう言い方をするとネガティブに聞こえるな、けど……こうも言える。
「俺の姉貴が言ってた、死者はただ…この場からいなくなっただけだって。居なくなっただけで記憶の中には残り続け、そして生きている者の背中を押すと」
「背中を……」
「そうだ、死んでいった人達の思いが俺達の背中を押して、生きていく理由になる。お前はそれがどれだけくだらないと、こんな物だと思っても、背中を押されて…今日まで生きてきたのは事実なんだ。だから最後まで駆け抜けてやれよ」
「…………………」
バシレウスは何を思ったのか、或いは何も思わなかったのか、ただペンダントを懐に仕舞い込み。体を起こすと……。
「死者が背中を押す…ね、お前は本当に面白いことを言うよな」
そう言って笑うんだ、…事実今のバシレウスはユリウスに背中を押されて、死んでいった兄弟達の魂に背中を押されたユリウスに背中を押されているんだ。背中を押された人間は最後まで走らなきゃいけない…俺はそう思うよ…って。
「これ言ったの姉貴なんだけどな」
「姉貴……そういえばさ」
ふと、バシレウスの顔が怪訝そうな表情になる。その表情を見た時…俺は反射で思った、まずいと。
(やばい、俺の姉貴に興味持ったか…!)
迂闊に姉貴のことを話題に出してしまった…これでバシレウスに俺の姉貴がエリスだってバレたら、どうなる?
姉貴とバシレウスは敵対してる、もしかしたら…今まで築いた関係が崩れて………いや。
違うだろ。
(前、そうやって…俺はバシレウスに隠し事をして、俺はこいつを傷つけたじゃないか。また同じことを繰り返す気か)
俺はここまでバシレウスと上手くやってきた、仲良くやってこれた、その関係が壊れることが怖くて…隠し事をして、それでどうなる。俺は本当の意味でこいつを理解出来たと言えるのか……。
言うべきだ、この事について話し合いを今ここでするべきだ…そう考えた瞬間、バシレウスは。
「……………いや、なんでもねぇ」
ふと、話題を切り替えて…そう言うんだ。何にもないって事はないだろ…お前今絶対……。
「ステュクス、実は俺惚れてる女がいる」
「え?え!?お前が!?」
そしていきなり投げ込まれる爆弾発言…え?なんの話?つーかお前…女に惚れる事とかあんの?嘘…信じられない。
「俺は人のなり損ないだ、俺は俺を理解してくれる奴が欲しくて…同族のその女に惚れた」
「へ、へー……」
つまりバシレウス並みに頭のネジが外れたイカれ女がこの世にもう一匹いるの?怖え…。さぞ怪獣みたいな女なんだろうな、山とか蹴り砕く感じの。出来れば生きてる間は会いたくないな。
「でもぶっちゃけ俺、そいつの面が好きってところもあるから、別に死んでてもいいんだよな」
「お前それマジで言ってんのか?」
「お前はおかしいと思うか?」
「え?うん…おかしいよ、つーか好きな人なら傷つけちゃいけないんじゃないか?」
その人が誰かは知らんし、どんな人かも知らんけどさ。そういう恋愛ってのはこう…もっとお淑やかにするべきだと思うんだよ。ほら…居ただろ、サイディリアルに暴力的な恋愛をしようとするイカれ野郎が…ロムルスって名前の。
「そうか、なら…下手に傷つけるのやめとくわ、お前が言うんならそっちの方が良さそうだしな」
「そーしてくれ」
って言うかこれはなんの話だったんだ?姉貴の事を気にしてたんじゃないのか?なんで急に恋バナになったの?どう言う話の繋がり?理解が出来ん。けどバシレウスは一人で納得してるし……。
一体どう言う事で──────。
「よう、楽しそうな話してるな」
ふと、後ろから声をかけられ俺は即座に跳ね起きる、やばい!サボってるところがバレたか!謝ってすぐに作業に入らないと……ん?
待てよ、今の声…仲間の声じゃ……。
「って!お前…!」
「また会ったな」
「クユーサー!?!?」
そこに立っていたのは、見上げるような巨体に筋骨隆々の体をコートの内側から覗かせる、黒角の悪漢。エクレシア・ステスでラセツさん達に撃退されたはずの…クユーサーだった。
「ッ!?テメェ!なんでここに!」
「ら、ラセツさーん!クユーサー出ましたー!!」
『なんやと!』
「おいおい人をそんな害虫みたいに言うなよな」
咄嗟にバシレウスは立ち上がり、俺もまた川で水汲みをしているラセツさん達に声をかける。そうだ、こいつは前回もそうだった、何もないところに急に現れて後ろをとってきた。クユーサーには何かしら姿を見せず高速で移動する手段があると考えて然るべきだった…って言うか!
「オフィーリアは!」
「アイツは俺様を置いて逃げやがった。そして…全面戦争かましといて敵の首一つ取らずにおめおめと逃げ帰ったら俺様のメンツが立たねぇんだ、ここにオフィーリアは関係ねぇ…!」
ダメだ、いつもの様子が違う。クユーサーの顔がガチだ、ガチで取りにきてる!俺たちの命を!!
「言ったよなぁ小僧!次はそう簡単にゃ見逃さねぇってよォッ!!!」
「っグッ!?」
クユーサーが拳を握り、地面に叩きつける。ただそれだけで地面がひしゃげ、足元の石が散弾のように周囲に飛び散り、その衝撃波により俺は吹き飛ばされる。まずい…こいつはオフィーリアとはタイプが違う。
バシレウス曰くクユーサーは耐久タイプ。不死身の体を活かした豪快豪胆極まる攻撃で押し通してくるタイプ…小技メインの俺じゃ勝ち目がねぇ。
「クユーサーァッッ!!」
「へっ、テメェの首でも持って帰ろうか!バシレウス!!」
そんな中、ラセツさん達が駆けつけるよりも前にバシレウスが飛びかかり、その足を槍のように突き立て、同じく拳を握るクユーサーに向け突っ込んで……。
「なんてな、お前の相手は疲れるんだ」
「なっ!?」
しかし、クユーサーは応戦すると見せかけて防御を解き、敢えて体を脆くすることで自分の肉体をバシレウスに貫通させ、攻撃を受け流す。これによりクユーサーの体には大穴が空くが…アイツには関係ない、傷なんか即座に回復する。
まずい、俺一人になった!殺される!
「オドレェッ!!また性懲りも無く来腐ったか!!」
「ぐぶっ!?ラセツぅっ…!」
否、一瞬で飛んできたラセツさんがクユーサーの横頬を蹴り抜き、その体を蹴り飛ばした。そこに続いてタヴさん、カルウェナンさんも俺の側に到着し。
「クユーサー…お前、我々から逃げたと見せかけてこの機を窺っていたな」
「ラセツとタヴだけでは仕留めきれなんだが…今なら違うぞ」
「チッ、存外動きが早えな…」
クユーサーはバシレウス、ラセツさん、タヴさん、カルウェナンさんの四人にプラス俺を見てクツクツと笑い。
「あんまナメんなよ、セフィラを。小賢しい計算抜きにすりゃテメェらなんぞいつだって殺せんだ…!」
来る、こいつ退かないぞ…!やる気だ、けど俺…ここに居ていいのか?足手纏いじゃ……。
『ステュクス!他所ごとを考えるな!』
「え?」
瞬間、ロアの声が響き渡り……。
「吹っ飛べやッ!『獄叫鉄設拉末梨林園』ッッ!!」
「わッ…!」
クユーサーが腕を木の根に変え、足元に突き刺した瞬間、大地が膨れ上がり、内側から巨大な爆発が発生する、地面で加速度的に膨張し増幅した木の根が槍襖のように突き上がり、周辺一体を吹き飛ばし黒い槍の森にで覆う。
圧倒的な破壊力、絶対な攻撃範囲。それは俺達全員を巻き込み…俺は。
「ぐはぁっっ!?」
吹き飛ばされる。咄嗟に迫ってきた黒樹の槍を剣で防ぐが、その衝撃までは防ぎきれず、吹き飛ぶ瓦礫と共に空高く打ち上げられるのだ。やばい…想定してた十倍くらい威力がある。真っ向からセフィラに挑んだらこのレベルの攻撃が飛んで来るのかよ…!
「ッステュクス!!」
吹き飛んだ俺を見て、咄嗟にバシレウスが手を伸ばす…しかし。
「余所見かよ、バシレウスゥッ!!」
「チッ!邪魔すんじゃねぇ!!」
突き出た木の根から突然生えてきたクユーサーがバシレウスを殴り飛ばし、真っ赤に染まった目で雄叫びをあげ暴れ回る。
その猛威にバシレウスは俺の方に向かえず、俺もまた…何も出来ない。
「ぐわっぷ…!」
そのまま俺は川の中に落とされ、その激流に乗ってどんどん流されていく。うう…か、体が動かねぇ…ダメージが大きすぎるんだ、泳げない…!
『グハハハハハハハ!!オラオラオラオラッ!!俺様をナメるんじゃねぇよ小僧共がぁああ!!』
水飛沫の向こうに見えるのは巨大な黒い木の根で作られた龍をいくつも操り、大暴れするクユーサーと、それを必死に抑え込むバシレウス達の姿。それがどんどん遠ざかる…酸欠により意識が薄れ、視界がボヤけていく。
嘘だろおい…こんな呆気なく…やられるのかよ。俺…こんなところで……。
(く…クソ………)
ブクブクと音を立てて沈んでいく体、闇に消える意識…痺れる手足は陽光を遮る水面に向いて…俺は─────。
『終わり…か、いや…それにしては味気ないのう。……仕方あるまい』
…………………………………………………………………
薄れて消えた意識が…戻ってくる。瞼が動く…水に沈んだ筈なのに…胸を動かせば息が出来る…あれ?どうなってるんだ?息が出来るぞ?
俺…クユーサーにやられて、そんで…死んだのか?死んで魚にでも生まれ変わって……いや、違う。これは……。
「ハッ…!え!?」
ふと、俺は体を起こす。手はある、足はある、エラはない…人間のままだ、どうやら俺は助かったらしいと周囲を見ると。
「ベッド…?」
目を覚ますと、そこは風情のあるログハウスだった。木の壁はなんとも落ち着く色合い、床もよく掃除されていて、今俺が寝ているベッドも清潔な白いシーツが張られていて……ベッド?
(何処だここ……!?)
おかしい、俺は吹っ飛ばされて川を流れてたはず。水底で目覚めるならまだしも、こんな綺麗な部屋の中で目覚めるなんてあるはずがない。いやもしかして何処かに漂流して誰かに拾われたのか?
見れば服も別の物に変わっておりこれまた綺麗なシャツになっている。何処かの誰かが介抱してくれたようだ。
(助かったのか……)
どうやら俺は、運良く助かったらしい。いやもしかしたらバシレウス達が俺を回収してくれたのかもしれないな…うん。
っていうか、こんなこの部屋…見たことある気がするな。俺ここに来たことあるぞ?何処だここ……何処だっけ、ここ…ついこの間まで、ここにいた気がする。
「……ん?」
ふと、目の前の木製の扉がガチャリと音を立てて開く。誰かが入ってくる、俺を介抱してくれたであろう人物が、この部屋に踏み込んで来る。
その人は……。
「あら」
俺の顔を見るなり驚いたように口を開ける。髪は綺麗なクリーム色、白と黒のメイド服を着て水差しの乗ったお盆を持った……あれ?この人。
「ステュクス様が目を覚ましたようです!」
「本当か!」
その人は俺の名を呼び、奥の部屋にいるだろう人達を呼び寄せると、ドタドタと音を立てて俺の部屋に入ってくる…その顔ぶれを見て、俺は確信する…そうだ、ここは…この人達は!
「大丈夫かステュクス!お前が川辺に倒れてるのを見た時は肝を冷やしたぜ…」
「ら、ラグナさん!?」
ラグナさんだ!そうだよここ魔女の弟子の馬車の中だ!!思い出した思い出した!メイドはメグさんだ!…え!?俺この人達に拾われたの!?
い、いや…マレフィカルムのみんなと逸れた瞬間、次に合流したのが魔女の弟子って…俺、どうなるんだ?どうなってるんだ!?これ!!
物語も一区切りし佳境に入り始めたところで一旦書き溜め期間に入らせてください。一週間の書き溜めの後8月18日に投稿再開いたします。お待たせして申し訳ありません。




