741.星魔剣と生きる為の決戦
「それが、蠱毒の儀……俺が生きた地獄の真相だ」
「──────マジかよ」
コルロとクレプスドラ、蠢く敵意と犇く敵襲から逃れる為、俺達はこのラダマンテスへとやってきて、これから宿泊しようって時に……俺はバシレウスの抱える闇の真相を知った。
俺はバシレウスの抱える物を一緒に背負いたいと思った、こいつが一人にならない為に……一人にしない為に、それで聞かされたのがこの話。
蠱毒の儀、ネビュラマキュラ王城の地下で行われた地獄の儀式。それは百人の兄妹達が殺し合い、死なせ合う……悪夢みたいな話だった。
今、姉貴を助ける為に戦っている俺からすると、とてもじゃないが理解出来ない内容の話。それを強要していた組織があったとは……しかもそれが元老院って?アイツらそんな事してたのかよ!
ラエティティアやラヴの件と言いマジで許せない奴らだな、最近は名前聞かないけど……。
「………へっ」
ふと、俺が悶々と苛立ちを感じているとバシレウスはベッドの上に座ったまま、頬杖をついて俺の顔を見て笑うんだ。笑う場面ではないだろ。
「なんで笑うんだよ」
「いや、やっぱそう言う顔するんだなと思ってな。実際……抱えきれないだろ?この話を」
バシレウスはこの話を俺が聞いても何もできないと言っていた。まぁ実際……どうにか出来るのかと言われれば、そりゃなんにも出来なさそうだけどさ、笑う事ないだろ。
しかしそうか、バシレウスとレギナの過去……そんな凄惨な物だとは思いもしなかった。蠱毒の壺に閉じ込められて、殺し合い……か。
「悪い、バシレウス。辛い話させて」
「別に、話す事自体は辛いもんでもない。話しても何も変わらないからな」
「そうかもだけど……、でも俺、その話許せないと思ったよ。それにお前の気持ちも分かった」
「気持ち?」
「ああ、お前はそのユリウスさん達の生まれた意味を、生きた意味を作るために最強になろうとしてんだろ?」
バシレウスは言っていた、あの地獄で生き残った自分は、兄弟の中で最強の存在になったと。蠱毒の儀は最強の存在を作るための儀式だ、それによって生まれたバシレウスという男は…その犠牲を無駄にしない為に頑張ってるんだ。
こいつがコルロを倒して最強になろうとしたのはそういう事………あれ?違うな、自分で言ってて違う事に気がついたぞ、だって……。
「全然違ェよボケクソが」
「う……」
そう、違うんだ。バシレウスは最強になるのではなく最強になる事を証明するとずっと言っていた。証明……誰に対してだ?と思ってたけど、それは多分ユリウスさん達に対してだ。
あれ?ちょっと待て?じゃあだとすると、どうやって証明するんだ?ユリウスさんはもうこの世には……。
「俺の目的は最強になる事じゃねぇ、もっと言えば……最強だって世に示す事でもない。これは過程だ、ゴールじゃねぇ」
「え?だったら……」
バシレウスの表情は、沈痛なものになる。暗く、そして影を帯びたバシレウスは、ただゆっくりと口を開き……その目的を口にする。
「俺の目的は……死ぬ事だ」
「え……?」
「最強である事を示して……それから死ぬ。それが目的だ、そしてあの世に行って……ユリウス達に謝りたい」
「………」
思わず、言葉を失う。今喋ったのはバシレウスか?こいつがこんな他者を想い、誰かの為に動くような事を口にするなんて。いや……これが何よりもこいつの深いところにある本音なんだ。
最強である事を示した後、死ぬ……その為に、あんな無茶な事を。そんな……そんなの。
「馬鹿野郎!!」
俺は思わず立ち上がって叫んでしまう。なに弱気なこと言ってんだよ、お前そう言う奴じゃないだろ……!
「なんでお前がキレるんだよ」
「キレるわ!お前……レギナはどうすんだよ!」
「レギナは、関係ない」
「ある!レギナだって妹だろ!」
「違う、前も言ったが俺はレギナの兄貴じゃない」
「兄貴だろ!お前と同じ母親から生まれた……正真正銘の兄妹だろ!」
「違う」
こいつは頑なに首を横に振る。なんでだよ、どこにどう否定する要素があるんだよ。マレウスの法律的にも個人の感情的にも兄妹だろ。そう言いたかったが、バシレウスは否定を続け。
「俺は人じゃないから、レギナの兄貴じゃない」
「は?………人だろ?」
「違う」
「人じゃん」
「違う、俺は人のなり損ないだ。俺を生んだ奴も育てた奴も周りの奴もみんなそう言ってた、俺は人のじゃない…獣だ」
「…………」
「兄妹じゃないなら、関係ないだろ」
なんか、弱気になってるな。しかしそうか、そう言うことか。こいつは自己自認と言うか、根っこの部分はかなり脆弱な奴なんだ。確かな自分を持ってないと言えるな……じゃあ、そうだな。
「分かった、じゃあ俺が肯定するよ。お前は人だ」
「は?」
「いや、お前言ってたろ?生んだ奴も育てた奴も周りの奴も人じゃないって言ったから、人じゃないって。だったら今…目の前に立つ俺が言うよ、お前は人さ。誰かの意志のために戦って、己を突き通す覚悟がある…カッコいい人間さ」
「……………」
「他人の言う事でお前の在り方が決まるなら、俺が決めたっていいよな?」
バシレウスは黙ってる、どうだ?反論出来まい、他者の意見によって存在が左右されるというのなら、俺がお前を肯定するよ。例えこの世の全てがお前を否定しても、俺がお前を肯定する。
そして、俺は示したはずだ。この世の有象無象が言う言葉よりも……信頼に足る男である事を。
「だから死ぬな、レギナはお前に死んで欲しいなんて思ってないし、俺も思ってない。だからやめようや、死ぬの…生きようぜ、バシレウス」
「お前…なぁ」
バシレウスは頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。そしてこちらをジロリと見ると。
「別にな、俺は今日明日自殺するって言ってんじゃねぇの、人は誰しもいつか死ぬだろ、その日の話をしてんだ」
「え?あ!寿命の事!?」
「そうだよ、そもそも俺は誰かに殺されるつもりもないし、自分で自分を殺す気もない。いつか死ぬ…その日までにこの世の全てが俺にひれ伏すくらい最強だって事を示しまくる、そう言う話してんだよ」
「あ、あ〜〜……」
な、なんか俺一人で熱くなってたのか。そりゃそうだよな、死ぬのが目的なら今日ここにバシレウスはいない、地上に出た時点で死んでるよな。うん…なんか、恥ずかしいかも。
「ご、ごめんよ。なんか勘違いした」
「別にいいよ、………フッ」
「こ、今度はなんで笑ったんだ?」
「別に」
なんだかバシレウスは口元だけで笑い、俺の顔を見ると。そのままベッドから跳ね起きて…。
「あーあ、なんか長話してたら肩が凝っちまった、おいステュクス。お前ちょっと付き合えよ」
「付き合う?どっかいくのか?」
「最下層に広めのスペースあったろ、そこでちょっと殴り合いに付き合えよ」
「は、はぁ!?」
殴り合いに付き合えってお前…いやいや俺さっきデスペラードにボコボコにされかけたんだぜ?それをお前、デスペラードをワンパンした奴とまた殴り合ったら今度こそ俺死ぬぜ!?
出来るわけないだろそんなこと…。
「嫌だよ、せっかく怪我治してもらったのに」
「いいから付き合えよ、明日…オフィーリアと戦ることになるんだろ?それまでに、ちょっとは強くなっておきたいだろ」
「ッ……って事は、もしかして」
「俺が修行手伝ってやるって言ってんだ」
「マジ!?」
肩越しにニヤッと笑うバシレウスに俺は思わず身が震える。こいつがこんなに協力的になってくれるなんて!めちゃくちゃ嬉しい!実際オフィーリアに現状勝てる気がしてなかったし!
何よりバシレウスの強さはマジの一級品!同じセフィラと修行出来ればこれ以上なく強くなれる!
「ぐちゃぐちゃと俺のあれそれを背負うだの、一緒に抱えるだの、偉そうなこと言ったんだから、その責任を取れ…だから」
そう言いながらバシレウスは俺の方に手を伸ばし、グッと肩を引き寄せ俺を隣に立たせ…。
「今度は、お前も隣に立って戦え。そんで俺に死ぬな生きろだ色々言ったんだ、お前も死ぬんじゃねぇぞ」
「バシレウス……あ、ああ!絶対勝つよ!」
「ヘッ、よっしゃ!精々シゴいてやるか…!言っとくが俺は誰かに何かを教えた経験は全くねぇ!だから手加減はしない!ボコされても泣くなよ!」
「善処します!」
そうして、俺とバシレウスは一緒にホテルの外に出て行く、二人で並んで歩いて、肩を並べて、一緒に歩く。
そうして、二日目の夜が終わる。姉貴の命の灯火が消えるタイムリミットが…五日から四日に変わる。
バシレウスの背負っている物は大きく、俺は無力だ、でも…それでも、共に歩く事はできる、共に戦う事は出来る。
明日は決戦、頑張るぞ…!
……………………………………………………………………………
そして、三日目…早朝。ラダマンテスで一日ぐっすり休んだ俺たちは早速オフィーリアがいるだろうエクレシア・ステスを目指して旅立つことになる…ってわけで。
「お前らみんなトイレ行ったか?飯は食うたか?今日は大仕事や、エクレシア・ステスに着き次第オフィーリア相手にカチコミかけて、全員ぶっ潰して生まれてきた事後悔させるまで終わらんで?」
「問題ない、革命の支度は全て終わっている」
「久しくゆっくり休めた、万全だな」
まだ太陽が昇るか昇らないかくらいの時間に俺達はラダマンテスの街の前に集合し、ラセツさんの愛車の前に並ぶ。タヴさんとカルウェナンさんは共に決戦の準備が出来ている様子だ。
「オフィーリアとクユーサーが相手か…ちょっと私達には荷が重いかもね」
「主戦力でない事はわかっているが、仕事はする」
アナスタシアとコーディリアも流石は元プロって感じだ。二人ともコンディションはバッチリだ。二人とも武装を既に整えており、目も据わっている。
「はぁ、緊張してきました…いよいよ決戦ですね」
「もしかしたらシモンさんがいるかもなんですよね…私、会長を裏切ったあの人を前にしたら…狂ってしまうかもしれません、怒りに」
セーフとアナフェマは何やら因縁のある相手だろうシモンという男を意識しているようで、かなり殺気立っている。いつもはのほほんとしているが…戦いを前にしたこいつらの顔つきは凄まじいな。
みんな凄いな、流石は元八大同盟のメンバー…格の違いが滲み出てるぜ。それに引き換え…俺はさ。
「ところで、ステュクス?」
ふと、ラセツさんがこちらを見て…俺の顔を見るなり苦笑いをする。ああ気持ちはわかるよ、俺の顔見たらみんなそんな顔するだろう…だって──。
「お前、大丈夫なん?」
「はひ、はひひょうふでしゅ」
……俺の顔、ボッコボコだもん。蜂にでも刺されたのかってくらい顔は腫れてるし、左目なんて腫れ上がって開かないもん。全員俺の顔を見て呆れたり、ビビっている…はぁ、これ戦う男の顔じゃないよな。
「え?何?デスペラードの傷は治ったんよな?もう一回やったん?」
「ひ、ひへ…バシレウスと…」
昨日、バシレウスと模擬戦をやりまくった。事前に言われていた通りバシレウスは手加減が死ぬほど苦手だった。
ものすごい勢いで襲いかかってきたし、三回くらい走馬灯を見た、なんなら攻撃する都度『死ねェッ!!!』とか『くたばれェッ!!』とか言ってたし…オフィーリアと戦う前に別のセフィラに殺されるところだった。
ちなみに当のバシレウスはというと…。
「ぐー……」
俺の肩に頭を乗せてぐーぐーと鼻提灯を作って寝ている。なんなをですかね、こいつ。
「ふむ、私が治して差し上げましょう」
「あ、ありがとょうごじゃいましゅ」
そんな中ムスクルスが治癒魔術をかけてくれる。本当にこの人いて助かったよ…マジで。
顔の腫れがみるみるうちに引いて行く…はぁ、助かった。
「ありがとう、ムスクルス」
「いえ、この中では最も戦闘面で役には立てないので、これくらいはしたほうが良いでしょう」
「そんな事ないと思いますけど……で、ラセツさん。エクレシア・ステスの場所は分かったんですか?」
「おう、ばっちし聞いてきたで。ここからそう遠くあらへん、二、三時間で着くやろな」
ラセツさんは地図を指差しながら教えてくれる。その地点には何も書かれていない…何もない、ことになっている。だがそこにあるんだろう…他でもないゴルゴネイオンのタレコミだ、確かな情報のはず。
なら、戦いはすぐかもな。
「目的は二つ」
そんな中、タヴさんが口を開く。
「一つ、オフィーリアの生け取り。これはステュクスの姉であるエリスの命に関わる物となる」
姉貴の命に関わる問題、これは最優先でやり遂げなければならない事であり、最も難易度の高い話だ。
「そして二つ目、奪われたペンダントを奪い返す事」
これはバシレウスの問題だ、……昨日の話を聞くに、あの血の結晶ってのはユリウスさんの血なんだろう。バシレウス曰くユリウスさんは血を結晶化させる魔力覚醒だったようだし。
何より、ネビュラマキュラ長兄の血であるなら…バシレウスの血の代用品としてはもってこいのはず。
今ならバシレウスがあれだけ躍起になって取り戻そうとしていたのがよく分かる。そりゃあ取り戻したいよな……っていうか。
「おい、そろそろ起きろよ」
「ふガッ…なんだ?」
俺は肩を揺らして俺に頭を乗せているバシレウスを起こす。パチっと鼻提灯を破裂させ目を覚ますバシレウスは周りを見て首を傾げている。
それを見てラセツさんは肩を落とし。
「お前なぁオー様、こう言う時に寝るかいな普通」
「ああ?知ってるぜそれ、テスタメントだろ」
「ハラスメントな、しかもハラスメントやないし」
バシレウスは大きく欠伸をして関節を鳴らし、随分気を抜いているようだ。この状況で気を抜くか?みんな少しは緊張してるってのにさ…。
「おい、今目的の話してんだ、聞いとけよ」
「ああ?目的?なんだそりゃ」
おいおい今更そりゃねぇだろ…と言う暇も与えずバシレウスは一人、車の方へ歩いて行き、俺達に背中を見せながら、肩越しにこちらを見て。
「やる事は一つ、『気に食わねぇ敵を残らずぶっ潰す』…これだけだろ?」
確認するまでもねぇよとバシレウスは笑う。まぁ…極論言えばそうなんだが、…なんか、バシレウスらしいな。
「かっははは!おもろい事言うやんかオー様!そやなぁ!グダグダと目的並べるよりもカチコんで殴り倒す!その方が単純でええや!」
「フッ、革命だな」
「若人の猛火、このカルウェナンを滾らせるとはな」
「よーし!やったりましょー!」
「狂うー!」
どうやら、バシレウスの単純な言葉にみんな何処かで抱いていた緊張がほぐれたようで、寧ろやる気が滲み出してきた。そうだよな、結局戦うしかないんだ、あれこれ考えるより一発かます!これだけ考えとけばいいか!
よし!やるぞ!と思っているとバシレウスは車の扉の前で立ち止まりこちらを見て。
「おいステュクス、扉開けろ」
「えぇ…自分で開けろよ」
「開け方、分からん」
せっかくやる気を出していたところにこれだよ。自分で開けろよなこれくらい…と思い車の扉を開けてやるとバシレウスはカサカサと座席の間を抜けて早速最後尾を確保する。あそこがお気に入りの席らしい。
「ふむ、随分良い関係になったな」
「え?」
そんな中、カルウェナンさんが俺の後ろから話しかけてくれる、バシレウスとの関係のことか?いい関係になった…か。
「そうですね、俺…アイツの背負ってるもん、背負うつもりなので」
「フッ、そうか。ついこの間まで反目していたように見えて…一転して肩を並べる良い友人となる。若人の特権だな」
「友人……?」
俺とバシレウスって友人なのか?分からん、だがこの関係の名前も分からない。でも…俺はただ、アイツを理解できただけなんだと思う。理解出来たことを友人と言うのなら或いはそうなのだろう。
「さて、では行くか、ラセツ」
「アイアイ任せやカルウェナンのおっさん、そら全員乗れ乗れ!燃料も満タンや!かますでしかし!」
そうしてみんな乗り込んでいく。決戦、生半可な決戦じゃないよな…昨日バシレウスと修行して、取り敢えず『切り札』を一つ作っておいたけど、いけるか?
『緊張しておるのか?ステュクス』
(ロア…緊張するに決まってんだろ?)
『バシレウスも言うておったじゃろ、やる事は一つ、戦って勝つだけ』
(そうだけどさ……)
『全く、世話が焼けるのう』
なんか、今日は珍しくロアが優しい気がする。俺はみんなが車に乗り込むのを見つつ、ロアの声に耳を傾ける。
『ええかステュクス、この世の真理を一つ教えちゃる』
(なんだ?)
『勝敗を決するのは力、趨勢を決するは技術、戦いを左右するのは積み重ね…されど、その全てを覆し得るのは一つ、エゴだけじゃ』
(エゴ……?)
『そう、即ちは己を信ずる事のみ。信じればなんでも出来る、それがこの世の真理じゃわい』
(なんだよえらく励ましてくれるじゃないか)
『茶化すでないわ、ここまで来たら負けるところとか見たくないんじゃ。やってれよステュクス』
(……ああ)
ロアの声を聞いて、顔を綻ばせる。俺の周りには、こんなにも優しい奴らで溢れてるんだ。
……もう二度と、何も失いたくない。姉貴も、バシレウスも、みんなも。だからその為にも…勝たないとな!
「ステュクス〜?なにやっとんのや?早う乗りや』
「あ、はい!」
俺は咄嗟に車に乗り込み、決戦の場エクレシア・ステス研究所へと向かう。敵はオフィーリアとクユーサー…手強いけどこのメンツならなんとかなる!!
そう、だって…敵は『二人だけ』なんだから。
………………………………………………………
「動いたか」
「あり、クユたんも気がついた〜?」
「あんなデケェ魔力の集合体だ、気がつかねぇ方がおかしいぜ」
エクレシア・ステス研究所の一室にて、ソファに座り寛ぐ私ちゃんとクユーサーは…ラダマンテスの方角から凄い勢いで飛んでくる魔力の塊を感知して二人で笑う。
ふふふ、笑っちゃうくらいやばい魔力の塊がきてるなぁ…その感じ的にステュクスとバシレウスだけじゃないねぇ。感じ的に…これは。
「んー、誰かなぁ…すっごい魔力が三つ追加されてる」
「俺様はもう分かったぜ?」
「えー言わないでー、私ちゃんが当てるー」
「あ、あの…お二人とも…何を」
ここはエクレシア・ステスの応接間、研究器具ばかり並ぶこの施設において唯一生活ができるくらいには家具や調度品が揃う場所だ、そこで私ちゃん達は迫る魔力の正体について考える。
一種の娯楽だ、この研究所は楽しい場所ではないから。けどそんな中扉を開けて入ってくるのはここの研究主任シモン君、私ちゃん達の様子を見て顔を引き攣らせている……が無視。
それよりこの魔力、誰だろう〜……あ!分かった!
「分かった!タヴにカルウェナン!あとラセツだ!」
「がははは!正解!と言うより俺様も同じ意見だ、多分そいつらだろうな」
「やった〜」
「え!?カルウェナン!?どう言う事ですか!?ちょっと!」
するとシモン君がバタバタと足音を立ててこっちに迫ってくる。まさに血相を変えって奴だ。あはは、面白い顔。
「だーかーらー、そいつらがこれから私ちゃん達を殺しにここに来るの」
「殺しに!?襲撃を仕掛けてくるって事ですか!?ああ…なんて事だ、よりにもよってカルウェナンが……な、なんとかする手立てはあるんですか!?あるんですよね!」
「だって、クユたんある?」
「さぁな、俺がラセツとカルウェナンの相手をして、お前がバシレウスとタヴの相手だろ?……んー、流石にこの四人の相手は厳しいかもなぁ」
「あはは、だよねー」
「なんでそんなに呑気な顔してるんですか!!ああ…研究がようやく最終段階に入るって時に、まさかこのエクレシア・ステスが戦場になるなんて」
「うふふふふ、まぁ人生ままならない事ばかりだしここは一発ドカーンと諦めて……およ?」
ふと、もう一つ魔力を感じる。バシレウス達とは別の方角から来る巨大な魔力……これは。
「あ、やべ」
これは考えなくても分かる、多分…コルロと焉魔四眷だ。おかしいな、まさか私ちゃん達がペンダントを確保している事に気がついた?ちょっとコルロの洞察力をナメてたかも。マジかー…そう来るか。
「何がやばいんですか!」
「んー、コルロに私ちゃん達が裏切ってるのがバレたっぽい、アイツら多分私ちゃん達を殺しにきてるね」
「がはははは!マジか!四面楚歌じゃねぇか!」
「は…は?は!?はっ!?えっ!?ちょっと!貴方コルロ様を裏切ってたんですか!?」
「きゃはは!言ってなかったっけぇ〜?」
ようやくシモンはことの重大さに気がついたようだ。だがもう遅い、バシレウス達とコルロ達、両陣営がここに向かってきている、ここは乱闘乱戦の舞台となる。事態がどれだけのいい方向に転ぼうともエクレシア・ステスは滅ぶだろうね。
だが私ちゃん達からすれば事態は最悪どころか多少マシになったと言える。だってコルロはペンダントを取り戻しにここに来るわけでしょ?でもペンダントは代用品、本命であるバシレウスが来ればそっちに向かう可能性が高い。
つまり、こっちからすりゃあ戦力増強ってわけ。まぁ絶賛コルロの部下やってるシモン君からすれば嫌な話だろうけどさ。
「い、今すぐ出て行ってください!」
「んん?それどーいう意味?」
「なんで俺様達が出てかなきゃならねぇんだ?」
「私はね!一応今はコルロ様の部下なんですよ!これでコルロ様の裏切り者を匿っていると知られたら…私はもうヴァニタートゥムにはいられない!マレフィカルムにも居場所が……い、いや最悪殺されるかも」
「クスクス、なんだ死にたくないんだ、だったら尚更私ちゃん達を追い出さない方がいいよ」
「え?それはどう言う」
こいつはさぁ、頭がいいんだか悪いんだか、単純な状況分析能力があれば直ぐに分かる話なのに…。私ちゃん説明めんどい、クユたんお願い。
「はぁ…お前な、これからここにカルウェナンが来るんだろ?俺様達追い出してどう対抗するつもりだ?それともコルロか?コルロがお前に覆い被さって守ってくれると本気で思うか?」
「う……」
「つまりお前は俺様達受け入れた時点で、一蓮托生なのさ…まぁ俺様達も上手く立ち回るからお前も上手くやれや」
「な、なんなんだあんた達。なんでこんなヤバい状況で笑ってられるんだ、ファウスト様もそうだった…セフィラって人間はどうしてこうも頭のネジが外れてるんだ。もう嫌だー!狂人の祭りに巻き込まれてたまるかー!」
涙目になったシモンは慌てて部屋からドタドタと飛び出していく。狂人だってさ、魔獣やら人間やらをメスで切り裂いて研究してるやつに言われちゃおしまいだね。
それに、ヤバい事態だからこそ、笑えるでしょ。だってこんな大騒ぎ中々ないよ、私ちゃん達のような強者は常に孤独だ、その孤独を癒せるのは対等な敵との殺し合いだけ。
「フフフ、気合い入ってきた。マジで」
「だぁな、それにこっちには期待の新戦力もある…そいつの活躍ってのも拝見させてもらおうや」
チラリと部屋の奥に視線を向ける。この大騒ぎを傍観するように、ただ静かに見据えるのは白い影。
座った椅子には霜が走り、床は純白に染まり、部屋の温度そのものを奪い、下げていく。その様相はまさしく白の死神…。
そいつは白いフードを被り、膝の上に肘を乗せ、脱力したように座りながら、フードから溢れる前髪、その隙間から青い瞳を覗かせる。
「……バシレウスが、来たのかい」
「おうよリューズ、どうする?最後にまた俺様と調整するか?」
「必要ない、次は上手くやれる」
『反英雄』リューズ・クロノスタシス。昨日一日中ずっとクユたんと殴り合い、殺し合い、戦闘に適していなかった体を戦闘に特化させた。素質だけで戦っていた頃とは違う、明確な戦闘経験を持った一介の実力者足り得る存在に昇華した。
クユたん曰く、先日までとは比べ物にもならない強さだと言う。たった一日でこの上がり幅だ、もっと時間があればもっと強くなれる。こいつなら…レナトゥスしゃまの切り札になり得る。
バシレウスとは違う、新たな魔女狩りの王になれる。
「バシレウスから、全てを奪う。ステュクスには、借りを返す。…それ以外のことに興味はない」
「クスクス、いいねぇ。じゃあ…やろうか」
処刑剣を手に、私ちゃんはこれから始まる盛大なダンスパーティの為の準備を始める。思いっきり踊ろう、派手に踊ろう、誰と踊ろう……楽しい時間になりそうだ。
……………………………………………………………
「ステュクス、ステュクス!起きいや!」
「はへっ!!え?あれ?なんです!?」
ふと、目を覚ますと俺は…車の中にいた。ラセツさんの大きな声で目が覚める。あれ?俺…寝てたのか?
「す、すみません寝てました」
「まぁ昨日は大変やったらしいし、別にええけど…それより、もう着くで」
「え!?」
ふと俺は飛び起きる。幸い最前列の席に座っていたことあり、それは容易に確認出来た。
森に囲まれた大地、木々を踏み越え進んだ先に見えるのは、一つの巨大な施設。巨大だ、横にではなく縦に。まるで塔…と言うにはあまりにもいびつだ。
四角形の家屋、それを泡のように無数に積み重ねたような。まるで必要になる都度無茶な増築を闇雲に繰り返したような、そんな黒い石製の建物。外観とかまるで気にしてない…ただ内側にあるものだけが重要。そんな施設だ。
……めちゃくちゃ目立つな、これで秘密施設は無理があるだろ。
「あれがエクレシア・ステス…!あそこにオフィーリアが!?」
「ああおるで、さっきからこっちを意識して誘うみたいに魔力を大きくしとる。やる気満々や」
って事はもうこっちの接近に気がついてるってことか。その上にラセツ達の存在にも気がついてる…なのに、逃げずに戦う気でいると。傲慢なのか…或いは実力に裏打ちされた自信か。
何にせよ好都合だ、またちょこまか逃げられるより余程良い。ここで決める…決めてやる!
「全員戦闘態勢や、お前もええよな」
「はい、いけます」
チラリと背後を見れば既に全員の顔つきが出発前から違う。なんと言うか…真剣な顔だ、これがこの人達の臨戦態勢。クレプシドラの時とは違う、ここで決めてやると言う顔つきだ。
「よし、せやったらええな、掴まっとれよ!突っ込むで!」
「はい!……え?今なんて言いました?」
「突っ込むで!壁面突き破って一気に強襲や!」
「え!?なんで!?」
いやいやそれはいくらなんでも無茶だろ!壁に突っ込む?この車で?このスピードで!?死ぬだろう戦う前に!
「お前なぁ!じゃあ何か?敵の基地の前に駐車してみんなで正面玄関コンコンって叩いて『襲撃に来ました〜』って言うつもりかいな!」
「それはそうですけど!」
「スピード勝負や!敵が何かする前にこっちがする!言っとくが…セフィラはオレらにとってもデカい相手や!油断すんなよ!」
「は、はい!!」
ええいもう仕方ない!覚悟はもう決まってるんだ!やってやる!!
「突っ込むでーーーー!!」
ラセツさんが狂気の笑みを浮かべながらスピードを全開した、その時だった。
「ステュクス!!」
「え?バシレウス?」
ふと、最後方で寝ていたバシレウスがいきなり起き上がりながら俺の名を叫び、…こちらを見て笑うと。
「かますぞ」
そう言って親指を立てるんだ。…そうだな、かますか!
「ああ!」
「よっしゃ!」
俺が大きく頷いた、その瞬間。バシレウスはいきなり後部の窓ガラスを叩き割り、外に飛び出し…って。
「ッてぇぇえええ!!?」
「ゴルァァアアアッッ!!オレの車傷つけんなや!!」
「いいから突っ込め!ぶちかますぜ!!」
そのまま車の天井に立つと同時に、バシレウスは見据える。迫る研究所の壁に向け…大きく拳を引き。
「『魔王の……!』」
バシレウスの拳が光を纏う、壁が迫る、決戦の火蓋が────。
「『崩骸拳』ッッ!!」
粉砕、轟音と共に火蓋は切って落とされる。バシレウスの一撃は研究所に大穴を開け、車は穴を通って研究所の中に乗り込む。中はこれまた薄暗く、無数の研究器具が立ち並ぶ異質な空間となっており…そこには、大量の研究者達がいた。
「ひ、ひぃいい!なんだ!!」
「壁が崩れて…何が突っ込んできたぞ!!」
「オラオラ!俺が来てやったぜ!」
慌てふためく研究者達、アリの巣を突いたようなド派手な大騒ぎの中、バシレウスは車の天井から飛び降り、他のみんなも何故かバシレウスの開けた後部座席の窓から外に飛び出し…バシレウスの背後につく。
そして、バシレウスは拳を打ち鳴らし。
「オフィーリアを出せや、借りを返しに来てやったぜ…!」
宣戦布告だ、そうして今…エクレシア・ステスの決戦が、始まる。




