737.星魔剣と王のあるべき姿
「ん……んんぅ、あれ!」
ふと、俺は気がつくと…白いベッドの上にいた。周りを見ると木組みの壁に木組の床が見える…なんだこれ、俺…確か地下にいたはずじゃ……。
そうだ、俺は地下にいた。ラダマンテスの地下…そこでゴルゴネイオンの幹部デスペラードと戦うことになって、ボコボコにされて…それでも立ち続けたいと思って、耐えて…それで。
(バシレウス……)
そうだ、最後にバシレウスが助けに来たんだ……それで、その後…その後、どうなったんだっけ?
「ステュクスさんと言いましたか?どうやら気がついたようですねぇ!」
「え?」
ふと、ベッドの隣を見ると…そこには椅子に座った女性が見えた。灰色のショートヘアーに金色の瞳、紫色のローブを着込んだ人、と言えば普通に聞こえるが…問題なのはその頭に生えた山羊のツノのような装飾、そして金色の瞳の中には縦長の瞳孔が見える。
さながら山羊…いや悪魔のような姿をした女性に俺は呆然としていると、女性は徐に立ち上がり。
「クックックッ〜!傷は天の定め!痛みは世界の法律!それに真っ向から相反するは医術の極意!私は今世界に反した!悪の真髄!悪魔最高ナリ〜〜〜!!」
「………え?」
なんだこの人、俺…今どう言う顔をしたらいいんだろう。
「え?あなたが俺のことを治してくれたんですか?」
「しっかり然り!我が名はバフォメット!ゴルゴネイオン大幹部の第四魔神バフォメットな〜り〜〜!控えおろう」
「はあ……」
バフォメットと名乗った女性は杖を頭の上で回しながらいきなりベッドの上に乗り、ピョンピョン飛び跳ね始める。こりゃあまた…濃い人だなぁ……。
「えっと、俺を治してくれたって…ゴルゴネイオンの人なのに?」
「当たり前だ!お前さんカタギだろう?ゴルゴネイオンは他のやりたい放題の組織とは違う!魔女にのみ敵対する組織なり!なればこそ!カタギさん死なせかけておいて放置なんてことはしないのであーるー!」
そうバフォメットさんが言った直後、目の前の木製の扉がゆっくりと開き……。
「アーイエー…申し訳ねぇ、ついつい魂が│叫び(ビート)過ぎちまったぜメーン」
「で、デスペラード!」
ギョッとする、そこには先程俺を痛めつけに痛めつけた張本人…黒い肌にパンクなジャケットを着込んだムキムキドレッドヘアーの巨漢デスペラードが現れたのだから、俺は咄嗟にベッドから転げ落ちつつ構えを取ると、デスペラードは手を前に出し違う違うと首を振る。
「待て待てブラザー、試合は終わってんだ。もう戦る必要はないぜメーン」
「え?試合は終わって……あ、そうか…バシレウスが」
そうだ、バシレウスだ。あいつが終わらせたんだ…一撃で。そうか…そうだったな。
「マレフィカルムを抜けた奴は参加不可…とは言ったが、現役バリバリのマレフィカルムがまさかそっちにいるとは思わなかったぜい。まぁこっちの提示したルール内の事だ、負けは認めるさヘイヨ〜」
「ヘイヨ〜ではない!お前なにしたかわかってんのかー!カタギ相手にあんな大怪我負わせて!」
「そ、そうは言うが……俺っちはそこにいるブラザーを、いいやソウルブラザーをただのカタギとは思えねぇぜメーン?」
するとデスペラードはササっと俺の側により、拳をトンとぶつけてグータッチをすると同時に、金歯だらけの歯をニッの見せて。
「かっこよかったぜ、お前の魂の叫び。マジでリスペクトさ、イエー」
「あ、ありがとうございます…でも俺、立ってるのが精一杯で…」
「別に、謙遜することはない」
すると、椅子に座ったバフォメットさんは静かに腕を組んで頷きながら口を開き。
「魔術も武器も無しでデスペラードと殴り合う、それが出来る人間が世の中にどれだけいるか。こいつを相手に立ち続けただけでも大金星であーる」
「そうなんすか?でもバシレウスは一発で…」
「あいつを基準にされちゃ世の中の大半が雑魚だぜイエー」
そ、それもそうか…。あいつは普通に世界最強クラスの存在だったな、イマイチ忘れそうになるけどさ。
「えっと、みんなは?」
「外だ、ここはラダマンテスのゴルゴネイオン支部…と言う名の管理事務所であーる。一応ゴルゴネイオンの敷地内だ、他の奴らは入れられないのであーる」
「気絶したお前を騒ぎを聞きつけたバフォメットがここに担ぎ込んだのさぁ!あれからまだ三十分くらいしか経ってないからまだメイト達は心配してるぜ、顔出してやれよソウルブラザー」
「わ、わかりました」
俺はバフォメットさんとデスペラードさんに改めてお礼を言って歩き出す。にしてもあれだけボコボコにされたのに傷の方は全く残っている気配もないし、ダメージもない。バフォメットさん…めちゃくちゃ凄い魔術師だな。流石はゴルゴネイオンの第四幹部だ。
なんて考えながら俺は事務所の扉を開けると……。
「ステュクス〜〜!ホンマにごめんな〜〜!!」
「うわわっ!」
扉を開けると、そこは俺が戦っていたリングのすぐそばで。同時に飛び込んできたラセツさんが俺に抱きつき申し訳なさそうにヨシヨシしてくれた。
「ホンマにとんでもない事させてもうたわ、オレとした事が大失態!」
「大丈夫か?ステュクス」
「ラセツの事はしこたま殴っておいたから、まぁ…頑丈過ぎて全然傷付かなかったけど」
「コーディリア、アナスタシアも…ごめん、心配かけた」
見ればアナスタシアとコーディリアもいる。それもかなり心配をかけたようだ…そんなに不甲斐なかったかな、不甲斐なかったか。
「ごめん、不甲斐ない戦いをした」
「…………」
そう謝るとコーディリアとアナスタシアはなんかドン引きしたような顔をして…。
「こいつ、頭打たれ過ぎておかしくなったのか」
「あの戦いを不甲斐ないって、むしろこっちは早いところあんたが倒れてくれないかヒヤヒヤしてたんだよ!?」
「え!?なんで!?負けた方が良かった!?」
「今にも死にそうだったからだよ!!」
死ぬくらいなら負けてよかったと言ってくれたが、でもごめんな、俺的には死んでも負けたくなかったんだわ……それもこれも。
「バシレウス」
「…………」
少し、離れたところで腕を組んで背中を見せているバシレウスに話しかけると、バシレウスはチラリとこちらを見て、肩越しに軽く笑うと。
「お前、弱いくせに無茶し過ぎたな」
「たはは……」
そう言うんだ、でも…覚えてるよ、お前が俺を認めてくれたのは。
「まぁ悪くなかったぜ、根性があるのは分かったしな」
「だろ?俺頑張ったんだ」
「ああ、少なくとも…俺を言いくるめて城に連れ戻そうとしてる、って感じじゃないのは分かった」
「いや最初からそう言ってたろ」
「俺は口だけの言葉は信じない、俺の周りには口では美辞麗句並べるだけ並べて、腹の中では俺を蔑む奴らしかいなかった…少なくとも、信頼してもらうってためだけに死ぬ寸前まで打ちのめされる奴はいなかったよ」
そう言うとバシレウスは首をクッと振って俺に向けて合図をし…。
「こっち来いよ、ホテルの部屋が取れた。そこで休むぞ」
「え?でも……」
俺は咄嗟にラセツさんを見る。俺があそこで戦ったのは…個人的な理由もあるが、それ以上に。
「ああいや、大丈夫や。エクレシア・ステスの件やろ?その辺はオレがデスペラードに聞いとくわ」
「あ、ありがとうございます」
「寧ろ、無茶させたからな。今日は早いところ休みや」
「はい!」
『早くこーい!ステュクス!』
「はいはい!」
ラセツさんのお言葉に甘えて俺は一足先にホテルに戻らせてもらう事にした。つーかバシレウスも呼んでるしな…にしても。
いやー、なんとかなってよかった!
………………………………………………………………
一方、ステュクスやバシレウス達と別れ、情報収集していた小生とセーフ、アナフェマ、ムスクルスの四人は今……酒場にいた。
酒場と言ってもゴロツキがクダを巻くような場所ではない。おしゃれな内装、どこかジャズが聞こえてきそうな大人空間。老齢のマスターがカクテルを振る舞う…所謂バーと呼ばれる場所…。
組織のボス達が個人的密会に用いる『BARピカレスク』にて、カウンターに座るカルウェナン達…彼らは、自分の意思でここに来たわけではない。
「う、うう…私こういうとあんまり来た事ないので緊張します」
「わ、わ、私もです…く、狂う……」
若手組のセーフとアナフェマがガタガタ震える中、努めてどっしり構えるようにしている小生とムスクルスは、腕を組みながらマスターが差し出す酒に手をつけず、口を開く。
「にしても、まさかお前から声をかけてくるとはな」
「こうして相見えるのは、いつ以来でしょうかな?」
小生等が並ぶように座るのは…二人と同じく、老齢により髪を白く染め、黒紫の鎧を着込み、顎髭を垂らした壮年の男。鋭く尖った三白眼の中心で煌めく蒼い瞳孔をチラリと動かしてこちらを見る。
「そう警戒してくれるなら、カルウェナン、ムスクルス…旧友を見て、声をかけるのは悪いことか?」
「それを語るのが、神人イノケンティウスでなければな」
今、そこに座っているのは八大同盟最大勢力を誇るゴルゴネイオン、その現総指揮官にして王。五本指の一番手…神人イノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエその人なのである。
小生等が街中を歩いている丁度そこに、飛んできたのは濃厚な魔力の気配。戦闘時の物よりも安らいでいて、かつ平常時ではあり得ない魔力隆起、これを『誘い』として受け取った小生はこのバーへと立ち寄り、イノケンティウスの隣に座ったのだ。
「久しいな、こうして個人的に話をするなど…それこそ三十年ぶりか」
「まだ見えざる悪魔の手が八大同盟を務めていた頃ですので、そのくらいでしょうな」
「懐かしい、あの頃は余もまだ未熟であった」
グビッと音を立ててワインボトルを傾けるイノケンティウスに視線を向ける小生とムスクルス。元々八大同盟の古株の幹部をやっていた我々はイノケンティウスとの付き合いも長い。
当時から未だ現役を貫く者はそう多くはない。イノケンティウスの言う旧友という者の大半は引退するか死んでいる、そこを理解しあの神人も感傷に浸ることもあるだろうと水を飲む。
「酒は飲まないのか、カルウェナン」
「酒は戒めている。それよりイノケンティウス…お前は何故この街にいる。何故ラダマンテスにお前がいる」
「ここが、余の領地だからだ」
「だがお前はそう容易く出歩ける身ではないはずだ、ましてや散歩がてらに姿を晒せる男でもない…なにをしているんだ、この街で」
「……………」
イノケンティウスは答えない。ただ空になったボトルを眺め続ける…その態度に小生はイノケンティウスが明確な答えを出さない事を悟り、話を進める。
「コルロか」
イノケンティウスが出向く理由に思い当たる節があるのなら、コルロしかない。ヘベルの大穴に最も近いイノケンティウスの領域はラダマンテスだけだ。故に彼がここにいるという事はコルロに対するなんらかの行動であると考えたのだ。するとイノケンティウスはフッと吹き出し。
「そのつもりだった」
「なに……?」
イノケンティウスはゆっくりとボトルをマスターに手渡し。こちらの方を見ずに目を伏せ。
「コルロと余は、必ずぶつかる運命にあった。奴の目的と余の目的は相反する故な、そして奴の計画が急激に進んだ以上…余も動かざるを得ないと考えたのだ」
「が、今は違うと」
「ああ、余は動く必要がないと悟った。脅威ではあるが……それ以上に奴は敵を作りすぎたからな。余が動くまでもなく事態は沈静化する」
「それを小生に言うか?」
つまるところ、イノケンティウスは動かない。我々が動いているから、事実として被害を受け、傷を負いながら戦っている自分達のに対する物言いではないとやや低い声で言うが…イノケンティウスはまるで応える様子もなく。
「そうだ、それにそちらにはいるんだろう…魔女の弟子が」
「魔女の弟子……いや、いないが」
「いいやいる、バシレウスがそうだ。アイツもまた魔女の弟子だ…そして奴と同じく、他の魔女の弟子達も動いている。であるならば余が動く必要は尚更なく──」
「イノケンティウス……!」
ドンッと、イノケンティウスの言葉を遮り大声を張り上げる。それにより場は静まり、グラスの氷がカラカラと音を立てる…。
「イノケンティウス、さっきからお前は動かない理由ばかり語っているが…お前こそ動かなきゃいけないんじゃないのか、マレフィカルムを守る役目が…お前にはあるだろう」
「それを抜けたお前に言われてもな」
「小生はお前の友人の一人として諌めているつもりだ。語っていただろう…お前は、ゴルゴネイオンを改革し、マレフィカルムを支えると…その為にお前は旅人をやめて、父の跡を継いでゴルゴネイオンの王となった、忘れてしまったのか」
「覚えているとも、だから余は動かんのだ」
「何故だ…!コルロはマレフィカルムを裏切っているぞ、ジズの時とは比較にならない規模の戦力だ、今こそ八大同盟の長としてお前が戦線に立つべきではないのか」
「それはガオケレナの役目だろう。それに今…余は長年の計画を成就させようとしている、そちらを優先する」
「計画……お前が?」
小生は一瞬イノケンティウスから目を離し考える。ゴルゴネイオンはイノケンティウスの代になってから何か大掛かりな計画を動かしたことはない。
一度もない、彼がゴルゴネイオンの王になってから、ゴルゴネイオンは動いたことがない…。
「何をするつもりだ」
そこに異様な物を感じ声をかけると……。イノケンティウスはチラリと視線を向け。
「帝国の転移魔力機構を解析し、模倣することに成功した。軍勢の転移が可能になった…故にそれを使う」
「どこに行くつもりだ…!」
「無論、魔女大国。近日中にゴルゴネイオンはアルクカースを強襲し…ここを滅ぼす」
「ッ!!!」
イノケンティウスの語る計画、それは何かを作り、何かを完成させ、何かを生み出し…そう言う次元の話ではない。いや何かを作る段階は既に通り過ぎている…彼はもう完成させていたんだ。
作っていたのは即ち戦力。五十年の時間をかけて増員を繰り返し、未だかつてない規模と戦力を作り出し、そしてその全てを育て上げ彼は完成させた…魔女大国を滅ぼせるだけの戦力を。
「本気か…!」
「その為に配下を鍛えに鍛えた。カルウェナン…既に第一武神、第二龍神、第三星神はお前を超え極・魔力覚醒を会得しているぞ…それに、セフィラのうち何人かとも連絡を取り増援を頼んでいる」
「…………だが、いくらなんでもお前達ゴルゴネイオンだけでは…」
「問題ないと考えている。今魔女は不在、そしてセフィラからはダアトを引き出している、万全のつもりだ……だからこそ、今我々は手傷の一つも負うわけには行かない」
本気だ、イノケンティウスは本気だ。本気で魔女大国を滅ぼすつもりだ、電撃作戦ならアド・アストラの優位点である大国間連携は図れない、魔女が不在で…尚且つイノケンティウスとダアトと言うマレフィカルム最強戦力を二人も投入すれば…魔女大国と言えど滅ぼせる。
「そう言うわけだ、だからすまんがコルロの一件は出来れば干渉したくないのが本音だ」
そう言うなりイノケンティウスは立ち上がり、数枚の金貨をカウンターに置いて立ち去ろうとする。イノケンティウスの言いたいことは分かった、手が出せない理由も分かった、だが…一つ気になる点が残っている。
「何故だ、イノケンティウス」
「何がとは、なんだ」
「何故それを小生に話した、それは機密事項だろう…お前達組織の抱える最大級の情報。それを…何故抜けた小生に話した」
「決まっている、次がないからだ」
「む……まさか」
察した、全てを。つまるところ…イノケンティウスはアルクカース侵攻戦で死ぬ気なのだと。いくらこちら側に戦力があっても人数では向こうが上、装備でも向こうが上、兵の練度も肉体的強度も数段上。魔女直轄部隊討滅戦士団…団員四十名全員が上位の覚醒者と言う悪夢のような存在もいる。
何より少しでもしくじり他国からの援軍を招いてしまえば……。
やってくるのはグロリアーナ、アーデルトラウト、ゴッドローブ、フリードリヒ…全員がセフィラ上位陣クラスか、或いはそれを上回る怪物達。イノケンティウスとダアトではこの四人相手は負担が大き過ぎる。
それに噂では魔女大国側に新たな第三段階到達者が出たとも聞く…。
どれだけ手早く済ませても魔女大国は引き下がらない、必ず報復が来る。どの道生きて帰ることはないだろう……それでも、イノケンティウスは引く気がないのだ。
「どうせ最後だ、お前なら余の目的を言いふらしたりはしないだろう、なら正直に話したかった」
「分かった、イノケンティウス……感謝する」
「すまんな」
それだけ言い残しイノケンティウスは酒場から立ち去っていく。つまるところ、彼は迫る死期を前に…友と話がしたかっただけなのだ。
王だの、神人だのと言われても…小生は知っている。あの男は…どこまでも人間的であることを。
「後悔していますかな?カルウェナン殿」
そんな中、ムスクルスが小生に声をかけながら、酒を一口含む…後悔しているかと。つまるところマレフィカルムを抜けた事を後悔しているかと言う話だ。もし小生がまだアルカンシエルで、この話を聞いていたならば、何を水臭い事をと彼の肩を叩いて共に戦っていただろう…だが。
「いいや、後悔はしていない…小生の道はこの道だからだ、イノケンティウスの道とは、ただ交わらなかっただけのこと」
「そうですか、なら少なくとも我々は我々の戦いを完遂せねばなりませんな」
「だな」
イノケンティウスの助けは望めない、そこが分かっただけでも収穫としよう。しかしそうなると、また一人…同じ時代を生きた同胞が減ることになるな。それは少し…物悲しいか。
なんて考えていると、ムスクルスが酒の入ったグラスをこちらに差し出して……。
「今日くらいは、戒めを解いてもよいのでは?」
「………そうだな」
この男は、色々と察するのが上手い。では仕方ない…今日だけ、あの男の道に乾杯するとしようか。
「ひぇえ…なんか大人な空気ですねぇセーフさん」
「我々、出る幕なかったですねぇ」
そんな大人な空気に取り残された若人組は、ひっそりと肩を縮めるのだった。
……………………………………………………
「すげー、ベッドフカフカー!豪華なもんだなぁ、街を見た感じ宿には期待してなかったけどこいつはサイディリアルの一級ホテル並みだよ!」
ホテル・ラダマンテス。バシレウスとタヴさんが取ってくれた宿は…いやホテルは俺が想像していたものの数倍は良い物だった。
リビング、寝室、キッチンに浴室まである豪華仕様。白い壁は清潔感があり、よく磨かれた窓を覆う赤いカーテンは王宮を思わせ、足元に見える紺色のカーペットはフカフカ、そしてだだっ寝室の奥に二つ並べられた純白のベッドはフカフカと来たもんだ。
最高だね、まさかこんないい部屋に泊まれると思ってなかった。とは言え…取れた部屋は五つ、俺達は十人、つまり二人で一部屋を使う事になる。だから俺の相部屋は…。
「おいステュクス、この箱の中にたくさん飯が入ってる、美味そうだぞ。食っていいか」
「いいんじゃないかな?」
バシレウスだ、冷蔵魔道具の中に入れられたフルーツをもしゃもしゃ食べるバシレウスを見て、まぁ仕方ないかとも思う。こいつが他の人と相部屋出来るとは思えないしな。
「ふぅー、久々にベッドで寝れる」
「久々…久々か?言うほど」
俺達はタロスを離れてまだ二日目だ、濃密で濃厚な二日間だったが…久々ってほどじゃないだろ、まぁ…気持ちは分かるけどさ。
『おうステュクス、お前酷い目にあったようじゃのう』
(む、ロア)
フルーツを抱えてベッドに向かうバシレウスを見送ると、腰に差したロアが俺に語りかけてくる。酷い目に遭ったとは…まぁつまるところデスペラードの一件だ。
ロアはあれから一旦没収され、その後バフォメットさんからちゃんと返してもらえた。そうして俺達は再会できたわけだ…危うく一生の別れになるところだったよ、こいつと。
『あのレベルを相手によくぞ生き残ったものよ。と…ワシはお前に何度思ったことか』
(まぁな、俺の人生あんなのばっかだしな)
『お前は相変わらずめちゃくちゃに強い敵ばかり引き寄せる癖をして、ちゃんと生き残る。どうやらお前の天運は凄まじいものがあるようじゃ』
(天運?なんだそれ)
『星が与える祝福よ。才能とはまた別のところにある天賦の力、つまるところ幸運に恵まれるかどうかじゃな。天運があればあるほど死地にあって運良く生き残る』
(なんじゃそら、運って不確かなモンに名前をつけてるだけじゃないか)
『そうじゃのう、可視化できん力じゃが、少なくともお前はワシが見た中で五番目に強い天運を持っているようじゃ、お前の姉も相当な天運を持ってがのう』
(五番目…一番は誰だよ)
『ウルキじゃ』
マジで誰だよ、つーかこいつ作られて三年か四年そこらだったよな、じゃあそんなに多くの人見てないだろ、アテにならないな……ん。
(そう言えば)
『どうしたんじゃ?お?』
ふと俺は星魔剣を抜き放ち、その刃を見つめる。その行動にロアもバシレウスも疑問符を頭に浮かべ。
「は?急に剣抜いてどうしたんだよ」
「いや、そう言えば今日夕方ごろにクレプシドラと戦ったじゃん?俺の剣…吸い取った魔術をコピー出来るんだよ、だから…クレプシドラの魔術、精霊魔術『サモン・ゲニウス』も使えるかなって」
「へぇ、そんな面白いこともできるのかよ」
サモン・ゲニウス…クレプシドラが使ったあのヤベェ魔術だ。魔力で作った自律存在…あれを俺も使えるようになったのだとしたら相当な強化だと思って…ちょっと試してみようと思ったんだ。
「いいな、見せてみろよ」
「まぁ見てろって、魔力覚醒『却剣アシェーレ・クヌルギア』!!」
全身に魔力を込めて覚醒をすると同時に、俺は刃を立て…集中する。使うのはクレプシドラ戦で飲み込んだ精霊魔術…それをコピーし、使う。出すのは一時のシンブック!行くぜ!
「『サモン・ゲニウス』!!」
剣先に魔力が這うのを感じる、まるで水が伝うように俺の手から生まれた魔力のコブが刃を通ってそのまま外の世界へと放たれ…光の泡が形を作る!
「ピギーッ」
「出た!けど小さい!」
「だと思った」
出るには出たが…ちっちぇ…拳くらいのサイズしかないよこれ。青色に光る一頭身の生物、まるでぬいぐるみのようなにデフォルメされたそれはプカプカと空を漂っている。
全然ダメだ、なんだこれ…少なくともクレプシドラが使ってたやつとは全然違う。
『そう決まっとるじゃろう。この世のどこに使うだけで強くなれる魔術がある、クレプシドラの魔術はクレプシドラが強いから強力なのじゃ、お前クレプシドラ程才能があるのか?』
(まぁそうなんだけどさ……)
そりゃなんとなく分かってたけど、あれが出ないまでももう少しまともなのが出ると思ってたんだけど。まさかこれ程とは…クレプシドラはこれを鍛えに鍛えてアレを出せるようになったのか…。
「ピギーッ」
「お前は何が出来るの」
「ピギーッ」
「少なくとも会話は出来なさそうだな」
指で俺が出した精霊を突く、ぷにぷにしてる。攻撃力も防御力も皆無だ、多分知能もない。これを今から使える段階に持っていくのは難しいだろうなぁ……。
「ピギーッ」
「ステュクス、それ、ウザいから消せ」
「そこまで言わなくてもいいじゃん」
そしてバシレウスのお気に召さなかったようで、ちっちゃな精霊くんは抹消命令を受けてスゥーッと景色に消える。もうちょっと鍛えたら使えそうだけど…現状じゃ何が出来るかも分からんな。
「にしても」
すると、バシレウスは俺をジロジロと見る。今の俺は覚醒してるからな、いつもと姿が違うんだ。白い髪は腰まで伸びて、赤い瞳になっている…そう、ネビュラマキュラと同じだ。
ネビュラマキュラと同じと言っても一緒なのは印象だけ、実際はよく見ると違う。例えば髪色、俺の髪はマジの純白なのに対してバシレウスやレギナの白髪は若干燻んでいると言うか、銀色に近い色合い。そして俺の目は赤なのに対しバシレウス達はどちらかと言うと紅…。
俺の目がレッドタイガーアイだとするなら、こいつらの目はガーネット。それくらい違う…けど。
「マジでネビュラマキュラそっくりな見た目だな」
「あはは…なんでこんな感じになるのか、俺もイマイチ分かってないんだよな」
似ていることに変わりはない。バシレウスはマジマジと俺の周りをグルグルと歩きながら、髪を触ったり目を覗き込んだり、色々と忙しない。
「なーんで、お前がその姿になるかねぇ」
「悪いかよ…」
「悪いな、お前のその姿…ユリウスにそっくりだ」
「ユリウス?」
「ああ、俺の兄貴」
「は!?」
今なんかとんでもないこと言わなかったか?兄貴?バシレウスの兄貴?レギナの兄貴のバシレウスの兄貴ってことは…レギナの兄貴でもあるよな!?
え?誰だよユリウスって、俺そんな人知らないぞ……。
「お、お前!誰だそのユリウスって……兄貴なんていたのか、お前」
「まぁな」
「お前ら三人兄妹だったのか?」
「いや?」
そう言いながらバシレウスはベッドの上に寝転び、こらちをマジマジと見ながら…口を開き───。
「ネビュラマキュラ王家は代々百人兄妹だ、ユリウスはその長兄だ」
「え………」
百人兄妹…?百人もいるの?そんなにいるのに、なんでレギナに王族の全責任が被さって……いや待て。
(代々百人兄妹…?あり得ない、マレウス国王は代々『一人っ子』の筈だ…先代国王イージスも先先代国王ラワーも一人っ子だ、…じゃあ残りの九十九人はどこに行ったんだ)
流石に俺だってマレウスの歴史くらい知っている。王族はその殆どが一人っ子…百人もいたなんて聞いたこともない。勿論それはレギナに対しても言える…バシレウスとレギナ以外の王族はいない。
ユウリスなんてやつは…国内に存在していない。バシレウスが嘘をついてる…とも思えない、こいつの目は…いつになくガチだ。
「あんま他言すんなよ、これ…国家機密だからな」
「国家機密…いや待てよ、誰だよユリウスって、なんだよ百人兄妹って、そもそもお前は───」
「だから!」
バシレウスはそのまま体を起こし、ベット上で胡座をかくと、そのまま膝を叩き…こちらを見る。真剣な目で…こちらを。
「背負うんだろ…俺の背負ってるモンを、だから教えてやる…俺が背負っている宿命、ネビュラマキュラの呪われた宿痾…八千年前から続く、とびっきりのバカな話を」
「ッ……バシレウス」
俺は思わず覚醒を解除し、バシレウスの前に座る。教えてくれるのか、背負わせてくれるのか、お前の背負ってる物を…俺にも。
だがそれは逆を言えば、もう戻れないことを意味する。こいつの背負ってる物、レギナが抱えている物、ネビュラマキュラというこの国の光であり…最大の闇について知る。既知は未知には覆らない…知れば、もう戻れない。
けど……。
「教えてくれ、お前とレギナの過去に何があったんだ…」
それでも俺は知りたい、レギナとバシレウスという兄妹の身に何があったのかを。それを知らなきゃ俺は……何も出来ない。だから頼むとバシレウスに迫ると、彼は飽きられたように口を開き。
「そのつもりなんだからウダウダ言うなよ」
「わ、悪い……」
「お前、この国の国王になるには…儀式が必要なのは知ってるか」
「あ、ああ、なんかやってるのは知ってる…内容は知らないけど。アルクカースの国王継承の儀みたいなモンだろ?」
「ある意味な、だが…こっちはもっと頭が悪い方法でやってる」
そうしてバシレウスは目を閉じ、トントンと膝の上に置いた手を動かし、指先でリズムを刻むと……。
「ネビュラマキュラ王家の継承の儀、それは王城地下で執り行われる『蠱毒の儀式』…。内容は単純、ネビュラマキュラの血を継ぐ百人の子供を地下に閉じ込め、一人になるまで殺し合わせる儀式」
「ッ…………!」
言葉を失う、ネビュラマキュラの闇…それは玉座の下に埋まった九十九の兄妹達の死体により成り立つ…悪夢のような事実。つまるところバシレウスは……バシレウスがここにいるってことは。
「俺は蠱毒の儀…その生き残りだ、ユリウスも他の兄妹も俺が殺した。俺の足元には九十九の死と血の海が広がっている」
それはバシレウス・ネビュラマキュラという呪いの集大成が生まれた原因にして、この国を蝕む悪意の根源…………全ては、二十年前の蠱毒の儀から始まっていたのだ。




