736.星魔剣と雑魚の弱虫
それは、ラセツさん達と酒場で話し合っていた時のこと。突如として現れたゴルゴネイオンの幹部…第七暴神デスペラードが、俺達の前に座ったことから始まった。
「へいメーン!久しぶりじゃねーの!ブラザー!」
「ホンマにな」
「ようよう、ブラッドから聞いたぜ?お前ウチの勧誘断ったんだって?俺ぁ悲しいぜぇラセツぅ!お前さんなら第二龍神のバティスタだって超えられるのによぅ!」
「そこで第一武神ジョバンニを超えられるって言わへんような組織やから、入る気失せたんや」
「ハッハー!どうだろうなぁ、ジョバンニは今めちゃくちゃ強くなってるぜぃ!いやジョバンニだけじゃねぇ、ゴルゴネイオンは来たる決戦に備えて力を蓄えまくってるのさぁ!今じゃアイツら第三段階!参ったぜー!」
デスペラードは席について、向かい側に座るラセツさんと話している。しかも割とノリノリ、ピザを注文しバクバクと食べながら机を叩いて騒いでいる。
すげー親しげだ、マレフィカルムが親しげなのは今に始まった事ではないが、今回は少し違う。
デスペラードだけが親しげで、ラセツさんは塩対応だ。面白くなさそうに応対してるって感じだ。
「なぁなぁブラザー!今ウチの組織はさぁ、めちゃくちゃ大掛かりな作戦を考えてんだ〜!どうだい!お前も乗らないかい!」
「そーかい、興味あらへん」
「そう言うなって。な?パラベラムも無くなったんだろ?じゃあいいじゃないか、俺達んところ来いよ、イノケンティウス様だってお前を高く評価してるし、お前ならジョバンニもバティスタも文句言わないって!」
「なんや、また勧誘かいな。ブラッドには入らへんって断ったんやけど?」
「そうだけどさぁ〜、そうだッ!アナスタシア!コーディリア!お前らも来いよ!!一緒にかまそうぜメーン!」
「それであんたらに使われろって?」
「断る、もうマレフィカルムは懲り懲りだ」
「ツレないなぁ〜」
デスペラードはなんだかバツが悪そうに大きく肩を落としている。なんか見てる感じだが…あんまり敵対してるような感じはしないな。デスペラードは真摯だ、少なくともコルロやオフィーリア、クレプシドラみたいなめちゃくちゃな感じはしない。
「手応えがねぇなぁ、せーっかくお前らを勧誘するチャンスなのに……ん?」
「え?」
ふと、唇を尖らせ残念そうに唸るデスペラードと目が合う。するとデスペラードは斜め上を見て思い出すような素振りを見せるが、すぐに首を振って…。
「え?誰キミ、キミみたいなのは見たことないが…どこの所属?」
「え?あ…いや……」
「コイツはマレフィカルムの人間やあらへん、民間人や」
「えッ!民間人…そいつは流石にマズいぜブラザー。一応ここ、俺達がケツ持ちしてる秘密の隠れ家だぜぇい?そ〜いつをお前…外様の人間に場所バラしたなんて、看過出来ねぇよ」
「それ言うたらオレも外様や、けどこの場所を言いふらしたりはせん。ステュクスもそうや…やろ?」
「え、ええ。勿論!」
「ンンーー!そう言う問題じゃないけどなぁ〜!」
デスペラードは大きくため息を吐く。気持ちはなんとなく分かるよ、けどまぁ勘弁してほしい…今俺たち行くところがないんだ。
「オレたちは今コルロと敵対しとる。コルロがそこら中に手勢を配置してオチオチ眠れもせん…やからここに来たんや」
「つまり……コルロを相手に匿え…と?」
「そや、流石のコルロもゴルゴネイオンにゃあ手出しはせんやろ」
「だろうな、だがそうか……読めたぞ。お前らがこの街に来たのは寝る場所の確保だけじゃなくて、コルロに関する情報を欲してるんだな?」
「話が早いやないか、コルロが保有しとる研究所…エクレシア・ステスの場所が知りたい。知っとるかお前」
「知ってる」
おお!流石はゴルゴネイオン!ここら一帯をシメると言われる大組織の幹部様だ!こりゃいきなり大当たりが引けたか!!
「よかった、せやったらその場所を……」
「教えない」
デスペラードが首を横に振った瞬間、ラセツさんの目つきが急に悪くなり、明確に怒りを露わにし…グラスをコトリと音を立てて、テーブルに置く。
「デスペラード…お前とオレは知らん仲やあらへんよな。ならお前、オレがどう言う性格で、こういう時どう言う気持ちになるか…分かっとるよな」
「勿論だ、だがお前だってゴルゴネイオンがメンツを気にしてんのは分かってんだろ。お前らがここにいること自体を容認している時点でこっちはかなり譲歩してんだ、その上でそっちの要求だけ聞いていいように使われました…は通らんだろ、どう考えても」
「手前、何が言いたいねん」
「知りたきゃゴルゴネイオンに入れ」
「断る」
「なら俺も断る、お前らの要求を」
ラセツさんは明らかに苛立っている。デスペラードもまた鉄火場の雰囲気を纏い、一触即発の空気を醸し出す。だがアナスタシアもコーディリアも慌てない、慣れているからだ…こう言ういざこざは、だから慌てず…寧ろデスペラードを睨んでいる。
でもどうするんだ、相手は引く様子もないぞ……。
「デスペラード……」
「やめとけ、確かに俺だけじゃお前にゃ勝てねぇ、だが今この街にはいるぞ…第一龍神ジョバンニと第四悪神バフォメット、そして神人イノケンティウス様が。喧嘩すりゃ…そっちが負けるぜ」
「ジョバンニにバフォメット…オマケにイノケンティウスか、そら大きく出るわな…」
「なぁ、こっちは飽くまで頼むって形にしてる。それは俺がお前って男に惚れ込んでるからだ、お前をこのまま腐らしとくわけにゃいかねぇから頼んでんだ…ラセツ。入れ、ゴルゴネイオンに」
「嫌や」
「そうすりゃコルロだろうがなんだろうがぶっ潰してやろうじゃんか。ゴルゴネイオンは家族も同然だ、仲間の敵はみんなの敵だ…」
「オレの家族はこの世に一つ、ディーメントにおる連中だけで十分や。これ以上大所帯になるつもりはあらへん」
「平行線だなぁ、ンンー参ったぜ、メーン?」
「メンじゃない」
デスペラードは困ったようにポリポリと頭を搔くと、暫く考え込み。よし!と膝を叩きとびっきりの笑顔で親指を立てて。
「アイトアイト!分かったぜブラザー!お前らの言いたいことはもう全部纏めて理解した!」
「ホンマか?」
「ン勿論!ここでお前らにいくら頼んでも無駄だって事が分かった」
デスペラードの顔から表情が消え、突如冷酷な物言いを口にした瞬間だった。周囲の魔女排斥組織達が唐突に立ち上がり、こちらに向けて…全員が銃を突きつけたのだ。
それをラセツさんは一瞥すると……。
「……そう言うことで、ええんか?」
「落ち着けよブラザー、コイツは宣戦布告じゃあない」
「ならどう言う意味か教えてくれるか、オレも飲みすぎたんかな…今のオレの目にはテメェらが喧嘩売ってるようにしか見えんけど」
「ゲームをしよう」
「ゲーム?」
クルリとデスペラードは回転しながら椅子に立ち、さながら踊るようにウキウキワキワキと手を動かしながら俺達の周りをクルクルと歩き出す。
「俺達は!弁護士でもなければ交渉官でもない、話し合いで決着をつけるなんてそんな眠たい事言ってられない!そうだろう?アウトローじゃないか俺達は」
「だから?」
「だからゲームで決着をつける!内容は単純!殴り合う!アウトローらしくな?武器はなし!魔術もなし!使うのは肉体だけ!拳だけ!そいつでカブーン!と殴り合う…最高にドープでスリリングなゲームだろう〜?」
「なんやねんそれ、喧嘩と何がちゃうねん」
「勝った方は負けた方の言うことを聞く、負けた方は…相手の条件を飲む。このラダマンテスの最下層ちは祭りの会場がある、終わらない祭り、『永騒展』があるのさぁ〜!そこでみんなが見てる中!殴り合ってケリをつける!そうすりゃお互い文句なしさ〜!」
なるほど、メンツか。と俺は理解した、つまるところデスペラードはこっちも向こう側も飲みやすい条件を提示してくれている。
つまるところタイマンでの殴り合い。決着のつかない平行線の話し合いではなく、一対一で殴り合う。それによりメンツを気にするゴルゴネイオンでも飲める条件になるんだ。
だってそうだろう?一対一で殴り合って負けたなら、それは負けたデスペラードのメンツが傷つくだけでゴルゴネイオンは無傷だ。そして俺達は相手に条件を飲ませられるならそれでいい…と。
「お互いの代表者同士が殴り合う!勝った方だけが報酬を得られる!いいだろうブラザー」
「ウィナーテイクオールってか、くだらへん理屈や。やが間怠っこしくなくてええわ、ならこっちの代表者はオレや、殴り合おうか」
「ンいやいや、代表者はお前じゃねぇラセツ。マレフィカルムを抜けたお前に参加権はない…参加するのは、そこにいるブラザー・ステュクスさー!ヘイメーン!」
「…………え?え!?俺!?」
「そーそーキミさキミキミ!キミだよキミー!」
デスペラードが俺を指差す、なんか部外者だと思ったら急に当事者になったんだけど?え?えぇっ!?俺がやるの!?俺が!?
「ちょっ!待てや!コイツは無関係や!」
「ンンーその理屈は通らないぜブラザー、マレフィカルムを抜けたお前に参加権はない、けど彼はまだ抜けてないだろう〜?」
「入ってもないんや!抜けれるかいな!」
「それが嫌ならラセツ、お前もマレフィカルムに復帰するんだなぁ〜!ゴルゴネイオンの席はいつでも空いてるぜーん?」
「ぐっ……!こンのボケカスがぁ〜…!」
ラセツさんは参加出来ない、つまり完全に俺に狙いを定めてきている。デスペラードからすればラセツさんを参加させない形に出来ればいいんだろうけど…とんだとばっちりだよ!!
「さぁやろうかぁ!こっちの代表者は勿論俺っち!第七暴神デスペラードぉー!要求するのはお前達全員のゴルゴネイオン入り〜!」
「チッ、腹たつが…しゃあない!ステュクス!出えや!」
「うぇっ!?出るんすか!?マジで俺が!?」
「しゃあないやろ!お前ならいけるやろ!多分…」
「いけませんよ俺剣士ですよ!?剣なしの殴り合いで勝てるわけないじゃないですか!!」
「もーしょうがないやろ!こうなったら!勝てばええねん、勝てば」
「勝てたらねー!?」
俺見えるよ!未来が見える!ボコボコにされる未来が見える!勝てるわけがない!だってこの人!めちゃくちゃ強いよ!
(ロア!なんかいい手はないか!)
『ぬはは!無理じゃ!つーかやばいのう!ワシの手助けなしじゃ勝てんぞ!』
(そんなに強いのか、デスペラード)
『ふざけた物言いじゃが、魔法の腕前に関しては相当なもんじゃ…あれ程までに魔力遍在を高めておるとは、遍在の腕前だけならカルウェナンに匹敵するやもしれん』
(嘘ぉ…!)
つまり何?俺は今からカルウェナンさん並みの身体能力を持った奴と殴り合わなきゃいけないの!?む…無理だ、負ける以前に殺される!逃げなきゃ…!
「サップ、どこに行くんだいブラザ〜?」
「ヒッ!?」
「お前が行くのは下だぜメーン?」
逃げようとしたところ、がっしりと肩を掴まれる、逃げられない…やばい。助けて……姉貴。
……………………………………………………
それで、そのまま最下層のリングに連れて行かれた俺は…こうなった。
『さぁ始まります!このラダマンテスの夜を慰める最高の宴!今宵の哀れな子羊ちゃんが生贄に捧げられるのは今だぁ〜っっ!』
『ゔぉぉおおおおおおおおおおおおお!!』
俺は今、オレンジ色の光に照らされた四角形のリングの上にいる。周りをぐるりと見渡せば大量の椅子に座った荒くれ者やならず者、チンピラに賊とバラエティ豊かな悪人顔が海のように広がっている。
そして、リングの真ん中には……。
「ワッサー!最高のショウを見せるぜチェケラ!見といてくれよブラザー!」
『ゔぉおおおおお!デスペラードの兄貴ーーー!!』
さっきのデスペラードがパンツ一丁で跳ね回っている。筋肉はムキムキ…何より全身に魔力が漲っている。あれマジで強いぞ…。
けどこっちは何もなし、星魔剣は取り上げられ、ついでに服も剥ぎ取られなんとか死守したズボンだけで何もないんだ。
今からあれと殴り合って勝つ?俺だって魔力覚醒してる人間だ…実力差くらいは分かる。無理だ。
「ラセツさぁ〜ん!どう考えても無理ですよ〜!」
俺はそそくさとコーナーにいるセコンド役のラセツさんとコーディリア達に泣き縋る。ラセツさんは既に首にタオルをかけてセコンドやる気満々だ。
「そう言うなや!こうなってもうたらしゃあない!あのボケクソ殴って分からせてこい!」
「でも勝てませんよこれ!代わってください!」
「代われたら代わっとる!けど無理なもんは無理なんやからしゃあないやんか!」
「ステュクス!無理はするなよ!」
するとコーディリアが俺の手を引っ張り、アナスタシアも強く頷く。
「そうだよ、死んだら元も子もないからね!やばそうだったらギブアップすればいいんだから!」
「ああそうだ!最悪ラセツが交渉でなんとかする!コイツは元々パラベラムの渉外担当だったんだ!なんとかする!だよな!」
「勿論や!任せとけ!……え!?オレがなんとかすんの!?」
「当たり前だ!ステュクスに無茶振りばかりしといて何を情けない事言ってるんだ!」
ポカリとラセツさんを叩くコーディリアが怒鳴り声をあげる。とはいえやはり今この場で逃げることは出来ないようだ……くそう、やるしかないのか!
「さぁて覚悟は決まったかいメーン?」
「決まってないけど、やる事は決まってるんだろう」
「あひゃはは、潔いなぁブラザー。まぁお前には悪いがこっちも引けないんだ、お互いやるしかないなら楽しもうぜイェエ!」
「……なぁ、デスペラード」
俺は覚悟を決めて立ち上がり、デスペラードに歩み寄る。もう殴り合うことに関してはしょうがない、割り切る。割り切るが…一つ確認しておきたいことがある。
「これ、殴り合いだよな?殺し合いじゃないよな?」
「え?うははは!何言ってんだよブラザー!これは遊び!プレイさプレイ!言ったろ?ゲームだってさ」
「だ、だよな、あははは」
「そうそう遊び遊び!」
そう言いながらデスペラードは俺の肩を叩いてゆっくりと近づき…ニタリと笑いながら顔を近づけ。
「遊びだよ遊び、でも遊びはスリルがなきゃ面白くないよなぁ?」
「え……って事は」
「死ぬ気で踊ろう、でなきゃピーポーも冷めちまうぜメーン!!」
だ、ダメだーっ!普通に殺し合いだこれーー!!!
「さぁお前ら!今からマジでドープでクールなとびっきりのショウタイムが始まるからなチェケラッ!!」
『いぇーーーーーーい!!』
響く歓声、揺れる大地、跳ねる衆人、逃げ場はなく、煌々と光がリングを照らし…俺とデスペラードだけの殴り合いが……。
『それでは!試合開始いーっっ!!』
始まった─────。
「行くぜぇオラァッ!!」
「うぉっ!!」
いきなりだった。観客の方を向いていたデスペラードがいきなり拳を振るい、まるで打ち上げるような軌道で鋭い拳撃を放ってきた。それをギリギリのところで体を逸らし回避したが、その風圧に前髪が揺れ…威力の高さが直撃せずとも伝わってくる。
今のパンチ、まともにもらってたらどうなってたか分からないぞ。
「クソッ!殴り合いは専門じゃないんだよ!」
「冷めた事言うなよブラザー!!」
なるべく腕を折りたたむように構え、体を丸め、必死に後ろに向けてステップを踏みデスペラードから距離を離す。しかしリングは狭い、あっという間にコーナーロープが背中につく。そして当然デスペラードは追いかけてくる。
「最高にクールでホットなパンチラインを見せてやるぜメーン!!」
「ヴッっ……!」
そして繰り広げられるのは怒涛の連撃、ふざけた物言い、ふざけた立ち振る舞い、そこからは考えられないくらい丁寧で豪快で、細やかで荒々しい拳の嵐。さながら俺は風に打たれる細い枝葉だ。必死に体を揺らして拳の雨を避けることしかできない。
「ヒュー!中々機敏だなぁーっ!」
「は、速い…!避けるだけで手一杯だ…あんた、第二段階か!」
「十大魔神は全員覚醒者さ!」
「ッッ!!」
瞬間、あれだけの巨体が俺の視界から消えた…と思いきや唐突に俺は真横からぶっ飛ばされる。全身を丸め、なるべく衝撃に備えていた俺でさえ…軽々と吹き飛ばされ地面を転がる威力。
まるで砲弾だ、鉄球で殴られたみたいだ…これ。
『おおーっとクリーンヒットーーっ!流石は地下格闘界の破壊神!暴力の大旋風を前にステュクスは何も出来ないーーー!!』
「へいへいブラザー!俺は女王サマじゃないぜーい?打たれるばっかじゃ面白くないさヘイメーン?」
「ぐっ…嘘だろ、あんた…マジでただの第二段階か…強すぎじゃねぇか」
地面を転がりながら体勢を整えるが、ダメだ。打たれた右半身が麻痺してジンジンする。とてもじゃないが第二段階クラスの一撃とは思えない。コイツいくらなんでも強すぎるぞ…!
「シッシッ!そりゃあ勿論!俺っちのパンチは特別製さ!生半可じゃないさメーン!」
「特別製…まさかあんたも、コルロの部下とか…マレフィカルムの連中みたいに体を改造してんのか!」
「フッフッフッ、ピーポーらしい浅はかな感想だぜい、だがまぁ許すぜ俺っち寛大だから!そして教えてやる…ゴルゴネイオンは身体改造は一切やってないと!!」
「ぅぐっっ!!」
手をクロスさせデスペラードの拳を受け止めるが、それだけで足が浮く。凄まじい威力、凄まじい重さ、これが…改造も何もしてない人間の一撃だってのか!
「俺達ゴルゴネイオンはマレフィカルム創立以前からある最古参!その歴史の中で幾度となく魔女に敵対する為の方法を考え、行ってきたさ!身体改造!薬品による強化!外部から魂を入れての魔力増強!様々な過程を歩み!そして学んだ!!」
「ガハッッ!?」
「結局!自力で鍛えた技術には!何も敵わないってな!!」
鋭いアッパーが、緩んだ防御を切り裂いて突っ込んでくる。一発を顎先にくらい、一回転して地面に叩きつけられ…混濁する、意識が。
「分かるかい!魂だぜ魂!何がなんでも強くなってやる、絶対に超えてやる、限界をぶっ壊して進んでやる!そう言う魂のこもった叫びには、肉体改造も魔力増強も敵わない!一番強くなるには一から鍛えるしかないのさメーン!」
「くっ……う」
「だから俺達ゴルゴネイオンは鍛えに鍛え続けた!先人の先人の先人!そのまた先人達が残した教え!修行法!戦闘法!膨大な技術を継承し続けた達人集団!それがゴルゴネイオン!マレフィカルム最強を張る組織の真髄さ!」
降り掛かる言葉には、重みがある。こいつはマジで…一から鍛えて、百まで上り詰めてなお…千を目指していると。そこには一切の濁りも、迷いもない。純粋な強さへの渇望と裏打ちされた努力の結晶が…コイツの在り方を証明している。
「魂のない奴等に俺らは倒せねぇぜ!たった一回勝つだけの為に!魂震わせて立ち上がる俺達には!腑抜けた連中は誰も敵わない!分かったかよメーン!!」
「ッ……分かったよ、デスペラード…!」
それでも、立ち上がる。なんでか分からないけど…燃えてきた。だってコイツは何にも狡いことはしてないんだろ?鍛えて鍛えて強くなったこの男に負けたら、俺の努力の全てが無駄だったと…証明することになっちまうから。
負けられん!頑張って鍛えてきたのはお前だけじゃねぇんだ!
「ヒュー!かっこいいぜブラザー!そう来なくちゃ!リングは魂と魂がぶつかる場所!見せてくれやお前の魂!お前のパンチラインを!」
「見せてやる…見せてやるから、見とけやオラァッ!!」
拳を握りしめ、一気に踏み込み殴りかかり────。
「チェケラッッ!」
「ぐぶふぅっ!」
が、ダメ。向こうのほうが手が長い、足が長い、体がでかい。一緒に拳を振るったんじゃ間に合わない。向こうの拳が先に俺の顔面を捉えて、リングが振動で揺れるほどの一撃を受け…俺はゆらゆらと後ろに下がる。
「ぶるる!くそっ!ちょっと待てよ!ウェイトが違いすぎるだろ!こんなの試合になるわけないじゃんか!」
「何言ってんだいメーン!コイツは表の健全な試合じゃあなくてアウトローの為のアンダーグラウンドな殴り合いだぜぇい!」
「クソッ!だったら!!」
なんでもありなんだな、だったら!どんな手でも使って勝ってやる!見てろよこの野郎!!
「喰らえや!!」
「また単調な攻め、聞き飽きたリリックだぜメーン!!」
殴りかかる、一気に。しかしそれもデスペラードには見抜かれ軽々と避けられそのまま合わせるようにカウンターを喰らい…。
「ぐぼはぁっ!?」
「チェケラ!いいのが入った!」
デスペラードの動きは速い上に読めない、だから先手は譲ってはいけない。しかし普通に殴りかかったんじゃ、こんな風にカウンターを喰らう。先手を取っても後手をとってもいい痛い目を見る……だが。
逆を言えば『カウンターが来ることは確定してる』んだ…だったら。
「オゥ?」
デスペラードはようやく気がつく、俺を殴った拳、カウンターに突き出した拳に…リングのロープが絡みついていることに。
「まさかお前!」
そうさ、殴られる瞬間…握っておいたロープを伸ばし、それを腕に引っ掛けておいたのさ
弾性の強いロープ、それは油断したデスペラードをロープ側に引き寄せる、つまり…俺の方に引き寄せる!
「お返し────」
そのまま俺は引き寄せられるデスペラードの腹筋目掛け足を上げ……。
「だッッッ!!」
「ウプスッ!!」
叩き込む!まんまと突っ込んできたデスペラードの腹に突き刺すような蹴りを叩き込む。手がロープで拘束され、引き寄せられたんじゃ防御も回避もできねぇだろ!これなら…これなら、これ……あれ?
「グッ……!?」
「いい手だった、だが…それくらいじゃあ俺っちの魂は砕けねぇぜ?」
「ぎゃぁっっ!!」
足先が砕けるような違和感を感じ、それが痛みに変わり、俺は逆に地面を転げ回ることになる。な…なんじゃそりゃあ!!
「ステュクス!大丈夫か!」
「ら、ラセツさん!どうなってんすか!これ!」
セコンドのラセツさんはリングの外を回って俺の側にやってくる。どうなってる、なんで攻撃したこっちが痛い目見てるんだ…!
「デスペラードの肉体は…そもそもが鋼みたいな硬さなんや。アイツは魔術を使わん、魔力防壁も衝撃も使わん、ただ魔力遍在一本だけを徹底して強化してきた男や…第七暴神デスペラード、別名『鋼体』のデスペラードって…呼ばれとる」
「それ、早く言ってくれません!?」
「す、すまん…けど想定外や、前会った時はこんなレベルやなかった。こいつ…一体この短期間でどんだけの訓練積んだんや、ゴルゴネイオンはどんだけガチなんや……」
徹底して魔力遍在だけを強化し、肉体そのものを強化し続けてきた男。それ故に魔力遍在の技量だけで言えばカルウェナンさんにも匹敵する…か。
ラセツさんが戦慄してるってことは、マジでこの人も想定外のレベルで強くなってんのかよ。
「うっはっはーっ!魂が足りないぜ!もっともっとアガっていこうぜヘイメーン?」
こんな奴…どうやって倒せばいいんだよ。
…………………………………………………………………………
「しまった、失念していた…待ち合わせ場所を決めてなかった」
「アホか」
ホテル・ラダマンテスの予約を終えた俺とタヴはそれから他の連中と合流する為別れた地点に戻ってきたが…いねぇよな、そりゃあよ。
「参ったな」
「…………」
魔力を探ろうにも、地下空間という密閉された場所に、幾つもの魔力が密集してるこの状況じゃそれも無理だろう。魔力が重なり過ぎて誰の魔力なのかも分かりゃしない。
けど…探す方法はある。
「さてどうした物か……ん?どうしたバシレウス」
俺はタヴを無視して、螺旋状に掘られた穴の縁に立って、目を動かし、耳で探る。探すのはステュクスだ、アイツは何処に行っても騒ぎを起こすし、騒ぎが起これば必ずと言っていいほどそこにいる……だからアイツを探せば。
「ん?」
下の方から喧騒が聞こえる、最下層だけなんか妙に盛り上がってるな……もしかしてそこか?
「どうした、なにか言ったらどうだ」
「……下の方が騒がしい」
「なに?本当だ…というかよくあんな遠くの状況が魔力なしで分かるな」
「ちょっと、先に行ってくる」
「なんだと、あ!おい!」
そのまま俺は飛び上がり、穴の中心目掛け急降下する。
その間、俺は考える。タヴの言葉を…ステュクスと腹を割って話す、その話を聞いてから俺はずっとその事を考えていた。
アイツは、俺の抱えている物を一緒に支えたいと…背負いたいと言っていた。それを拒否した俺の言葉はあいつが弱いから…弱いお前には背負わせられないというものだった。
なら、俺はもし…アイツが強くなったら認めるのか?それはただの言い訳や詭弁じゃないのか、そんな事をずっと考えてた。
けど、それでも…そんな状態でも…俺が一番認めているのはきっとアイツだ、ただ俺が素直になれないだけで……。
(女々しいぜ、己のことながら)
クルリと魔力を体から放ち姿勢制御し最下層に降りる。そこは平たく整地された広大な空間になっており、手狭さは感じないがやや空気の悪さを感じる…マジで地下の地下って感じがする岩壁と岩床に囲まれたドーム状の空間になっていた。
そこかしこで行われる馬鹿騒ぎを見て、反吐が出る。悪人ってのは…地下が好きだな。
「ん……?」
中心、丁度中心だ、ドームの中に作られた櫓、そこでとんでもない馬鹿騒ぎが行われているのが目に入る。立てられた看板には『地下格闘大会』と書かれ、下賎な殴り合いが行われていることがわかった…。
雑魚同士の殴り合いなんか見ても面白くもなんともねぇな。
『おぉーっと!デスペラード様の強烈な一撃がステュクスを打ちのめしたーー!!これは立てないかーーー!!』
「は?」
思わず二度見する。今…向こうの格闘大会の方からステュクスの名前が聞こえた気が……。
(まさか……)
つま先を向けるのは格闘大会の開催場。ポケットに手を突っ込み…歩き出す。
…………………………………………………
あれから、何分経ったのか…或いは何秒なのか、俺は…再び膝を突きポタポタと顔から垂れる血がリングに作る水溜りを見つめながら、息をあげていた。
「ヘイメーン!お前の魂はその程度かーい!」
「ぐっ……!」
汗を拭い、立ち上がる先にいるのは…巨漢デスペラード。めちゃくちゃに強い、拳はデカく、腕はデカく、筋肉は太い、そしてそこにたっぷり乗った魔力遍在…はちゃめちゃに強いぜ、こいつ……。
いくら攻めてまるでダメージが入っている気がしないし、そもそも手が届きもしない…けど。
「ッ負けられるか!!」
「上等な魂だメーン!だけど……」
一気に攻めかかる、今度はカウンターを考慮して避けられる立ち位置で攻めて───。
「ブリング・ザ・ビートさ!今度は俺っちが攻めるぜー!!」
「ガハッ!?」
しかし、今度は俺が殴る前に相手の拳が飛んできた。やばい…攻守交代のつもりだったのか…視界が歪む、意識が混ざる…まずい。
「アカン!ステュクスの奴モロにもらってしもうた!」
「大丈夫かー!ステュクス!!」
「まずい!まだダウンしてない!次が来る!!」
フラフラの俺に、必死にリングを叩いて何かを叫ぶみんなの声が聞こえる。ラセツさんも、なんだかんだ言って心配してくれてるんだなぁ……。
「魂はある!だがそんな腑抜けた魂じゃ!俺っちには勝てねーぜ!」
「ぅぐぅっっ!?」
瞬間、横っ面をどつかれて地面に叩きつけられる。その衝撃でむしろ目が覚める、やばい…今俺寝ぼけてた!?
「うっ…いてぇ……」
つーか、ダメだ…目が覚めたけど…痛い、痛くて立てない。何処が痛いかも分からないくらい全身が痛い、ぐちゃぐちゃだ全身……。
「ヒーハー!最高にアツく決まったぜエクスタシー!!」
「ステュクス!!!」
「さぁどうする!立つか!ステュクス〜!それとも…審判!カウント!」
リングの外から審判が寄ってきてカウントを始める。このゲームって審判とかいたのかよ、そもそもカウントがいくつで負けるのかも説明されてないぞ俺…!
「ゔ……」
ダメだ、早く立たないと負けになる…けど、ダメだ、足が震える。怖くもないのに力が抜ける…!
やっぱ無理だったじゃん!結局…俺には、俺だけじゃ何も……。
「ふぅーー……」
その瞬間、コーナーにもたれかかったデスペラードが、先程までとは違う…冷静な視線で俺を見下ろし、口を開くんだ。
「やっぱり、その程度の雑魚か…こりゃあ燃えないな」
「ッ…………」
雑魚、その言葉が聞こえた。あれだけ煩かった歓声を突き抜けるほどに…その言葉が耳に、脳髄に突き刺さった。
「雑魚って………」
口が震えた、身が震えた、怒りに震えた。俺が雑魚だって…そりゃあ、そうだよ。雑魚だよ…俺は雑魚だよ、俺は今まで一度だって誰も守れなかった。
ラヴも、師匠も、姉貴も、俺が弱いから…失った。このまま行けば…もっと失う、分かってる、分かってる。
分かってるんだよ!そんな事!!!ずっと俺だって…俺の弱さに向き合ってきてんだよ!!
けどしょうがないだろ!一足跳びになんか!強くなれないんだから!!
「ぐっ…ゔぅぅぅうううッッ……!」
「お?」
でも雑魚なのは…それは言い訳にはならねぇんだよ。
弱い分かってる、でも…バシレウス、俺は…お前の何かを背負えないほど雑魚なのか。何も守れないほどに…雑魚なのか!!
「俺は…俺はぁっ!!」
膝をついて、立ち上がる、足に力が入らないなら全身で立つ。腕で体を持ち上げ、腰で体を支え、引っ張るように足を動かして…立ち上がる。
ここで寝てたら、俺は俺のままだ…弱い俺のままだ、一生…バシレウスが背負ってる物を背負えない、姉貴すら…守れない!!
そんなのはもう嫌だ!もう……嫌なんだよ!!だから、言ってやる!立って言ってやる!俺は!
「俺は!雑魚じゃねぇぇぇええええええッッッ!!」
「ヒュー…こいつは、大した魂だぜ…!」
もう逃げない、俺はもう己の弱さから逃げない、弱いから…負けたって仕方ないって!逃げない!!意地でも勝つ!!
そうしなきゃ、背負えねぇもんな…バシレウス。
「俺は!背負えるんだよ!!」
「おっと!フラフラだが容赦しねぇぜブラザー!」
「うぐっ!」
必死に殴りかかるが、それすらヒョイと避けられ防御もままならない顔面に拳が飛び、危うく倒れそうになるのを必死で堪える。
「背負える…俺は、雑魚じゃねぇ…!今、証明してやる…!」
「ヒュー!倒れねー!魂だ!魂がそこにあるぜ!」
「俺は!!!!」
だから殴りかかる、もうめちゃくちゃだ…視界が、けど敵がいる方は分かる…分かるから、殴りかか───。
「ドープ!!」
「ぎっっ!?」
打たれる、今度もっと強く、激しく、そのまま俺は後ろに突き飛ばされ地面に吸い込まれるように倒れ……。
「ぐっ……まだまだ…!」
「へいへいマジかよ!」
否、ロープに手を引っ掛けもたれるようにして倒れるのを回避する。次倒れたら…もう起き上がれない気がする。
それは、このゲーム内での話であり、俺の人生での話でもある。ここで俺が倒れたら…俺は大事な物を失う。一生弱さを言い訳にする人生に戻っちまう…それは嫌だ。
嫌なんだ……。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「おいおいブラザー、根性は認めるがこのままじゃ、マジでお前が言った通りスリリングでドープ、そしてスプラッターなゲームになっちまうぜメーン?」
「うるせぇ……負けられねーんだから仕方ねーだろ」
「ブラザー、俺が用意してる逃げ道に気がついてないのかい?負けてもお前にゃ損がないんだぜこのゲーム!」
デスペラードは俺に顔を近づけコソコソと話をして……。
「俺っちはラセツ達が欲しいだけでお前にゃ何もしない、それにゴルゴネイオンに入ったってデメリットはないぜーい?俺達はどの道コルロと戦うつもりだった、だったら十大魔神とゴルゴネイオン全軍と一緒に戦えばいいじゃないの〜」
「……俺が狙ってんのは…オフィーリアだ……」
「アイトアイト、分かったぜ、オフィーリアだな。だったらそっちも任せろよブラザー、だからそろそろ倒れたほうがいいぜ〜?流石に関係ないカタギさんを殴り殺したとあっちゃあ俺がイノケンティウス様から怒られるぜぇい」
「あのな……なにが言いたいか分からないが、俺はッ…!」
その瞬間、俺は近づいてきたデスペラードの顔目掛け拳を振るう…が、それも簡単に避けられる。
デスペラードの言いたいことは分かる、結局これはゲームで…そこまでマジになるなよって話だろ、分かってる。けど…けどな。
「俺は!今…俺の魂の為に戦ってんだよ!」
「魂かい……」
「そうだ、俺は…もう弱いままじゃいられねぇんだよ!!!」
叫べば、口の端から血が垂れる。ボコボコの顔面が歪んで、骨が軋んで、狂うほどに痛いが…それ以上に今、俺は心が痛いよ…!
「俺のせいで姉貴が死にかけてる!俺のせいで師匠が死んだ!俺のせいで…今目の前にいる奴が背負ってるもんを!分かち合えないでいる、全部俺が弱いからだよ!雑魚だからだ!!」
「…………かもな」
「アイツに言われて、雑魚だって言われて言い返せなかったんだ!それが悔しくて…悔しくて悔しくて!俺は……!」
血と共に涙が溢れる。バシレウスの背負ってる物を分かち合いたい、ただ孤独でいるアイツのせめてもの慰めになってやりたい。
バシレウスは確かに勝手な奴だけど、いい奴なんだ…!そんなアイツを放っておけないのに、俺が弱いから手出しができない。雑魚だって言われて拒絶されたら、何にも言えない!
それが嫌だ、だから強くなる。弱さを言い訳にはしない、弱いのなら強くなるしかないんだから…ここで負けるわけにはいかないんだよ!!
「だから!ここで負けるわけにはいかない!弱さに負けるわけにはいかないんだ!!!」
「……オーライ、聞いたぜお前の魂の叫び(ビート)!マジでリスペクトだぜ!ワックなこと言って悪かった!だったらガチでやろうぜ…魂をかけてよォッ!!」
「上等だッッ!!」
バシレウスの背負ってるモンを、一緒に背負えるくらい強い奴になる為に…負けられないんだ、ここで!!
「ッビート!!」
「グッッ!まだ…まだだ!!」
血が迸り、痛みが駆け巡り、体が揺れ、打ち飛ばされても、進む…俺はもう俺の弱さを言い訳にはしないから。
…………………………………………………
「ッ……」
オレは今、衝撃を受けとった。デスペラードの強さが想定を大幅に上回っていたからや。確かに魔力は強化されとったが…そんなレベルやあらへん、技量がそもそもオレの知っとるデスペラードとは別人レベルや。
故に後悔をしとった…ステュクスのレベルなら、デスペラード相手にもある程度善戦できると踏んだから…戦いを挑ませたが、これは失敗やったか!
「ラセツ!!」
隣でコーディリアが俺の肩を掴み、鬼の形相で睨んでいる。
「このままじゃステュクスが死ぬぞ!いいのか!いいわけないよな!今すぐ降参しろ…タオルを投げれば降伏の証になるんだろう!」
「…………」
オレの肩にかけられたタオルをコーディリアは掴み、そう言うんや。コーディリアはステュクスに同情的や…それはこいつの役目がステュクスを守る為、と言うところ以上に…なにか、贖罪のような感情を感じる。
分かっとる、降参するべきや…せやけど。
「……ええんか、降参したらお前、ゴルゴネイオン入りやぞ」
「構うものか!こんなゲームでの約束なんか守るつもりもない!!」
それはちょいと…通らん話やろ、向こうはこっちの約束を守る気や、それをステュクスも分かっとるから戦っとる。ステュクスを戦わせて、こっちは約束を守らんってなったらステュクスは殴られ損。
だがそれ以上に、これ以上ステュクスを傷つけるわけにもいかん…!
「ええいクソ、せめて…せめてオレが交代出来たら!なんとか誤魔化せへんか…マレフィカルムを抜けた奴は出られへん、そこをなんとか…」
例えばデナリウス商会をオレは脱退した訳やないし、そこをなんとか使って……いやあかん、デナリウス商会そのものが既にマレフィカルムからアド・アストラに引き抜かれとる…。
もうだめなんか、もう…降参するしか────。
「マレフィカルムを抜けてなきゃ……いいのか?」
「え?」
ふと、背後から…声がした。
…………………………………………
「うぉうぉうぉうぉッ!さぁどうする!どーするよブラザー!!」
「ぐっ…!ガッ…!?」
迫り来る拳の嵐、防ぐ防がない以前の問題。足はもう棒のように動かず、ただ腕を畳んで必死に攻撃を耐えることしか出来ない。
揺さぶられる脳と臓器、口から血が溢れ骨が崩れ、意識が瓦解する。辛い、苦しい、痛い、終わりたい…そんな仄暗い感情さえも覆い潰すほどの衝動に突き動かされ…俺はひたすらに耐える。
「負けたく…ない!強くなりたいッッ……!!」
歯を食い縛り耐え続け、腕の隙間からデスペラードを睨み続ける。倒れたら立ち上がれない、もう二度と俺はバシレウスと立つことも姉貴と歩くこともできなくなる、それだけは嫌だ絶対に嫌だなにがなんでも嫌だ!!
「いいねェ!最高だぜブラザー!!お前の魂受け取ったぜ!!だから!もう倒れとけよ!」
その瞬間、デスペラードが大きく拳を引く…拳に魔力が集中するのが見える。来る、今まで使わなかった魔法が…魔力遍在をフルに活かした攻撃が来る。今までとは比較にならないレベルの攻撃が!
(受けたら死ぬ、避けられないし…防御も出来ない、ここまでか……いや)
違う、避けられないんじゃない…防御出来ないんじゃない!俺は!!
(逃げない!!!)
拳を上げて、せめて耐える姿勢を見せ…迎え撃つ!
「フッ……行くぜ!!『ソウルビート・パンチライン』!!」
光り輝く拳がアッパー気味に大きく振り上げられ、光芒を刻み、拳の跡を虚空に刻みながら叩き込まれる。その壮絶な一撃にリングが一度大きく沈み込み、爆音を鳴らす。
一撃だ、たったの一撃が今までの全ての攻撃を上回る威力を叩き出し、俺の体は簡単に弾き飛ばれる。
ああ、これまでか…もう体に力が入らない。もう…倒れて……。
(クソ……もっと、強く…なりてぇよ………師匠……)
天井が見える、遠ざかる、落ちるように俺の体は下に吸い寄せられて─────。
「選手交代だ」
「ぇ……」
否、支えられた…後ろから誰かが手を回し、俺の体を支えた。俺とデスペラード以外の誰かが…リングに上がり、俺の体を支えている…誰だ。
うっすらと開く瞳の隙間から見えるのは、光に照らされる白銀の髪…鋭く伸びる紅瞳、ああ…そうか。
「バシレウス!?」
「よう、マレフィカルムを抜けた奴は出れないってルールらしいな。なら…俺が交代してもいいんだよなぁ!」
バシレウスだ、なんでここにいる…いや、駆けつけてくれたのか…助けて、くれたのか……。
「わる…い、バシレウス……俺…」
「ステュクス、テメェは雑魚だ」
ギロリとバシレウスは俺を睨む。その言葉に…俺はなにも言い返せない、実際俺は負けて…。
「だが、弱くはねぇな。少なくとも…どんな苦痛にも負けやしない。そんだけ強いんなら…まぁ、上等だ…後は任せとけ」
そのままバシレウスは俺をリングの外に放り投げ…、咄嗟に動いたラセツさん達が俺をキャッチする。その一連の動きの中で…俺は確かに見た。
「ちょちょ!待てよバシレウス!俺っちはお前の参加は許可して────」
「うっせぇッ!!テメェはもう…黙っとけェッ!!!」
瞬間的に魔力を拳に集め、デスペラードも反応出来ない程の速度で肉薄し──。
「『魔王の鉄槌』ッッ!!」
「ぅゔげぇッ!?!?」
叩き込む、その腹に。俺がどれだけ打ち込んでも崩れなかったデスペラードの体がくの字に曲がり、一直線に吹き飛び、コーナーロープを引きちぎり、遥か彼方の壁にまで飛んでいき、叩きつけられ…動かなくなる。
『い、一瞬…一瞬だァーッ!!!まさかあのデスペラード様が負けるなんて…信じられない事が起こったッ!!これが!セフィラの…いや!『魔王』の名を冠する男の実力かーーーっっ!!』
カンカンと鳴り響くゴング、ただ一人リングの上に立つ…魔王の背中、拳を掲げ…俺に勝利を示すその背中を見て。
俺は呑気にもこう思ったわけだ……。
(かっけぇぜ…バシレウス)
あれが強さの象徴、俺が焦がれた力そのもの…。嗚呼…クソ、マジですげぇ奴だよ、お前はさ。
「ステュクス!ステュクス!大丈夫か!ホンマに…無茶させた!誰か!治癒術師はおらんか!」
「ムスクルスは!近くにいないのか!」
「ちょっと私走って探してくる!!」
そんなことをしている間にも、俺は意識を失って───ただ、バシレウスの背中だけは、最後の最後まで見続けていたのだった。




