733.星魔剣とマレフィカルム五本指
どーにかこうにか、離反しそうになるバシレウスを繋ぎ止めたのも束の間。突如として現れた焉魔四眷達、そしてそれを撃退するように現れたタヴさんにカルウェナンさん、そしてラセツさんの三人。
何やらグルグルと目まぐるしく事態は二転三転しながらも俺とバシレウスはタヴさん達と合流を果たしたのだ。
そして……。
「無事でよかったですよステュクス〜!」
「めちゃくちゃ心配して狂うかと思いました〜!」
「おお!セーフ!アナフェマ!」
俺はカルウェナンさん達と共に壊れた馬車のあった場所に戻る。すると既にタヴさん達と共にこちらに向かっていたセーフ達も居て、俺を見るなり抱きついてきた。本当に心配してくれていたようで、俺に頬擦りしてくるんだ。
セーフ、お前…金庫頭だからさ、頬擦りされると痛い。
「ゲッ!カルウェナン!」
「む、おお。お前は逢魔ヶ時旅団のアナスタシアか、帝国に囚われていたと聞いたが…お前も脱獄してきたのか」
「そんなわけあるか!ってかあんたなんでここに居るのさ、え?味方?なら心強いけど」
「ああ…そうか、これが噂に聞くカルウェナン。アナスタシアとガウリイルが二人がかりで喧嘩売って傷一つつけられなかったって言う」
「そうだよ!コーディリアうっさい!」
因みにアナスタシアとコーディリアも一緒にいてくれている。ここで初めて顔合わせになるから自己紹介でもしてもらおうかと思ったが…そういえば二人ともマレフィカルムだった、つまり知ってるんだこの人達の事を。
しかもアナスタシアに至っては、カルウェナンさんと戦ったこともあるらしい。あんだけ強いアナスタシアでさえカルウェナンさんには歯が立たなかったそうな。
「おお、貴方は…確かアルカナの」
「ん?お前は……ああ、悪魔の見えざる手の。俺が新米だった時以来か」
「噂には聞いていたが、なるほど…強くなるとは思っていたがこれ程とは」
そしてムスクルスはタヴさんと何やら話し込んでいる。こちらはやや面識があるか怪しいがそこは落ち着いている二人だ、なんの問題もなくコミュニケーションが取れている…で問題があるとするなら。
「で、お前誰だ」
「いやオレですって!オレ!ラセツですやんか!会ったことありますやろ!?」
「お前みたいなのは知らん」
バシレウスだ、俺が知らない間にタヴさん達と行動を共にし始めたというラセツなる人物は自分の顔を指差しながらバシレウスにあれやこれやと言っているが…バシレウスは分からないと首を傾げている。
すると、バシレウスはピンと何か閃いたように首を上げ。
「ああ、そうか。思い出したぞ」
「おお!マジです?」
「ああ、傭兵だろ」
「それ多分オウマやろな」
「アルカンシエルはいいのか?」
「それはイシュキミリですやんな、両方ともこの世におらん組なのやめてもらえます?」
「…………?」
ダメそうだな…そう確信した瞬間、バシレウスはハッと目を剥き。
「思い出した!」
「ホンマに?」
「テメェよくもあの時はやってくれやがったなッッ!!」
「ちょちょちょっ!何!?マジで何!?マジで誰と勘違いしてんの!?」
「おい!バシレウス!」
そしてなんか急に殴りかかろうとするバシレウスを止める。おいおい何考えてんだよ、どう考えてもお前なんか勘違いしてるだろ。
「落ち着けよ、なぁ」
「せやでホンマに!何と勘違いしとるんや…ほら!これ!これで分かるか!」
するとラセツさんは何より両手で顔を覆いこれで分かるかというのだ。いや、顔を隠して何が言いたいんだこの人は……。
「ああ、セラヴィん所の付属品かお前」
いや分かるのかよ…!
「そうそう、銭ゲバクソ野郎のセラヴィの付属品や、今は金魚のフンやめて別ん所でお茶汲みしとる、まぁ色々あってな、よろしくなオー様」
「お前仮面はどうしたよ」
「ああ、捨てたで。垢抜けたんやわ」
「ふーん」
よく分からないが、この人も味方…なんだろうか?そんな視線を送っていると、ラセツさんは俺の方を見て……。
「なんやねんそんなジロジロ見て」
「え?あ…いや、すみません。その…知らない人だったから、俺ステュクスって言います…ラセツさん、ですか?」
「せやで!元パラベラムの渉外担当ラセツ君や!って自己紹介しといた方がええかな」
「まぁそうだな、こうしてキチンと話すのは初めてだろう」
パラベラムってのがなんなのか分からないが、ラセツさんとタヴさんは親しげだ。と言うことは彼もまたマレフィカルムなんだろう、元…って言ってるから、カルウェナンさん達と同じ境遇だろうけど。
「タヴさんとラセツさん…お二人は知り合いなんですか?」
「知り合いってか、大体同期?」
「バカ言え、俺の方が先輩だ。先輩後輩の関係に革命を起こす気か?」
「えー?せやっけ。オレ六歳くらいの時からパラベラムにおるで」
「前線に出たのはもっと後だろ、因みに俺が加入したのは五歳くらいの時だ」
本当に仲良さげだな…。なんて感じているとタヴさんはラセツさんを親指で指して。
「まぁなんだ、こいつは物言いが軽薄だが実力は確かだ。以前話したろう?マレフィカルム五本指、俺が四番でこいつが五番。俺に匹敵出来る数少ない戦力だ」
「えぇっ!?五番って…そんなに強いんですかラセツさん!」
「なはは!まぁな、ぶっちゃけ今はタヴやんにも負ける気はしとらんから…四番五番の枠組みは無しで考えてもろてもかまわんで」
マジかよ、じゃあこの人これでカルウェナンさんより強いのかよ…全然そんな感じがしないけど。でもなんとなく分かる気がする。
あるんだよな、独特の雰囲気が…こう言う人たちは。北部に入ってから第三段階に当たる人達と多く関わってきたからこそ見えるようになったと言うか。
まるで、その場の空間全てを掌握しているような雰囲気。バシレウスからも感じるが…これが第三段階って奴なのか。
「えっと、所でマヤさんは?」
「知らん、気ィついたらおらんだわ」
そんな犬猫みたいな…いや犬猫みたいな人だったか。でも惜しいな、あの人がいたらマレフィカルムの三番手、四番手、五番手、六番手が揃い踏みだったのに。
「おい、自己紹介は終わったかよ」
すると、バシレウスが何やらウザそうにポケットに手を突っ込み…壊れた馬車を顎で指し。
「なら移動しようぜ、けど馬車がこの有様だ。この中で馬車を直せる魔術を使える奴、いないか?」
「そんな便利な魔術あるわけないやろ」
「或いは錬金術か、だが生憎この中にはいないな…アナフェマは?」
「いやぁ、そこまで高位の錬金術は流石に。私の錬金術で直してもすぐに壊れてしまうかも」
「チッ、じゃあ問題解決してねぇじゃんか」
俺達があの村に立ち寄ったのは馬車の修理品を手に入れるため、けどそれが手に入らなかった以上…結局ここから移動出来ない事に変わりはないのか。
……ん?いや待てよ、そもそもタヴさん達はどうやってここまで。
「つーか」
すると、ラセツさんが徐に動き、馬車をコンコンと指で叩くと。
「お前ら、まだこんな時代遅れのモンで移動しとるんか?」
「え?」
「にひひ、いいもん見せたる。こっち来いや」
ラセツは俺達に向けて笑みを見せ、グッと親指を立てながら……歩き出す。
一体なんだって言うんだ?もしかして、代わりの馬車があるとかなのだろうか。
…………………………………………………………
「って!?なんですかこれーーーッッ!!!」
「なはははは!すごいやろ!速いやろ!俺の愛車のRS-2や!」
俺は今、森の中を超高速で疾走している。いや具体的に言うなれば今俺の乗ってる物体が高速で移動していると言うべきか。
あれからラセツについて行って、紹介されたのは巨大な車、四つのどデカい黒車輪がついた鉄の箱。馬に引かせてもいないのに動き出すこの車はパラベラムが作った駆動車と呼ばれる物らしく、しかもこれはラセツ用に改造された代物だと言うのだ。
実際、森の中なのに木の根を切り裂き、木々を薙ぎ倒し進んでいる。馬力が違う…こんな物が開発されているのか。
「便利だろう、これで我々はタロスから走ってきたのだ」
「はぇ〜〜」
因みに、この駆動車という車。内部がかなり広く作られている、そもそも大柄なラセツ用に作られている事もあり天井も高く、これだけの悪路なのにまるで尻に衝撃が伝わらないふわふわな座席が備え付けられている。
座席は大体内部を三列に分けるように配置されている。一番前は二席、運転席にラセツとその隣に俺。第二列にはカルウェナンさん、タヴさん、アナスタシアとセーフの四人が乗ってる…それでもスペースが空いてるんだから凄い広さだよ。
そして一番後ろの列には。
「あの、バシレウスさん。横になるのやめてもらえません?」
「うっせーな…」
「ひん……」
バシレウスとセーフとアナフェマとムスクルスが乗っている。最悪な事にバシレウスは横になっているのだ…座席のスペースを占領している。マジで最悪だよ、けど……。
「悪い、セーフ。バシレウスはここに来るまでしっかり体を休める暇もないままに連戦を続けてたんだ。ちょっとだけか休ませてやってほしい」
「そうなんですか?疲れてる感じはしませんが」
「…………」
ここに来るまで殆ど睡眠を取れていない、その上傷は治ったとはいえ身体にかかった負荷はこの中で一番大きい。柔らかい床で眠るって事が一度も出来ずにここまで来てる。だからせめて少しだけでも休ませてやりたいんだ。
まぁ、寝てると言うより…若干まだ機嫌が悪いってのもあるんだろうな。俺が上手い事説得しきれなかったから、あいつの中にもまだモヤモヤが残ってるんだ。
「まぁなんでもええけど、座席に寝るんなら靴脱げや?汚い足で座椅子の上に乗ったらマジで殺すでな」
「もう脱いでる」
「ムスクルスさんに脱がせてもらってましたね」
「ならええわ、で?ステュクス」
するとラセツさんはハンドルを握ったままこちらを見て……。
「こっからどうするん?ヘベルの大穴まで直行でええんか?」
「それが……」
俺は今までの状況を説明する、コルロが求めているペンダントを奪われた事、オフィーリア達はそれを持って消えた事、色々説明すると……。
「うーん、間一髪で間に合わんだか。って事やけどカルウェナンのおっさん、タヴやん、どう思う」
「ふむ……」
ラセツはハンドルを握ったまま後ろを向く。出来れば前見てほしいんだが……。その言葉にタヴさんが答える。
「ヘベルの大穴に行っても、ペンダントはないだろうな」
「ま、せやろな」
「え?そうなんですか?」
タヴさんは首を横に振る、ないというんだ。ヘベルの大穴には、そこはタヴさんとラセツさんも同一の認識らしい。
「ステュクスくーん、よう考えてみいや。奪われたんはオフィーリアに奪われたんやろ?」
「はい、だからそのままコルロのところに……」
「持って行くかぁ?オレやったらまぁまず間違いなくコルロのところには持ってかんで」
「え!?なんで…仲間なのに」
「仲間やが、部下やあらへん。協力しとるが、タダで協力する程にアイツらの仲は良くあらんでな。オレやったらコルロが欲しがってるモンを確保したら…交渉に使うか、或いは焦らすか。少なくとも『ハイ、どーぞ』って渡さへんわ」
「そうか、確かにあの二人はコルロに協力してる事に文句を垂れてた……」
俺は勢力図を簡単に見すぎていたのか。つまり今盤面に存在する勢力は俺達とヴァニタス・ヴァニタートゥムではなく……俺達、ヴァニタートゥム、に加えオフィーリアとクユーサーのコンビって事になる。
事実、オフィーリア達と入れ替わるように現れた焉魔四眷は『ペンダントを奪う』と発言していた、つまり情報共有は行なっていないんだ。
つまりオフィーリア達は独立して動いている、ならどう動く。コルロにペンダントを即座に渡しに行くだろうか?あれの重要性は理解してるだろうし、もしかしたらある程度焦らすんじゃないか。
「奴等はステュクスやバシレウスの命そのものを狙っている可能性もある。ならヴァニタートゥム達にペンダントを奪い返したことを伝えず……」
「ヴァニタートゥムに俺達の追撃をさせ、疲弊したところを狙って…動くと?」
「その可能性は高いだろう。だから恐らくヘベルの大穴近辺の何処かに潜んでいるだろうと俺は読む。カルさんはどう思いますか?」
「概ね同じ考えだが、オフィーリアは小狡い女でクユーサーは百戦錬磨の大悪党だ。軽率にヴァニタートゥム相手に駆け引きは仕掛けない、下手をすれば両陣営から挟み撃ちを喰らうからな…」
「確かにそうですね、なら…ヴァニタートゥム内部に協力者を作っているかもしれないと?」
「ああ、ある程度自分達に利のある行動をしてくれる連中に目星をつけ、そこに匿ってもらうよう動いているだろう……で、小生はその存在に一つ目星がついている」
「それは…本当ですか?」
す、凄い。ドンドン話が進んでいく。ラセツさん、タヴさん、カルウェナンさんの三人の持つ推進力がえげつない。これがマレフィカルムトップ層の実力とカリスマか…。
「へぇ、流石カルウェナンのおっさんやな。で?その目星っちゅうんわ?」
「アルカンシエルに、コルロと直接繋がっていた奴がいる…マゲイアと参謀のシモンだ」
「ああ、厚化粧おばはんと枯れ枝ジジイか」
「ふむ、確かあの二人はアルカンシエルの会長が『理解』のビナーだった時代からの古株。コルロともセフィラとも関わりがあるか……」
全員がアイツらか…みたいな空気を醸し出すが、知らない。俺知らない人だよ、なんか急に疎外感が出てきたな。誰なのマゲイアとシモンって……。
「で、その二人はアルカンシエル壊滅直後から行方知れずになっている。恐らくはヴァニタートゥムに移籍したのだろう。シモンはこの北部にも研究所を持っていた、もしかしたらオフィーリアはそこにいるのではないか?」
「シモンはビナーと繋がっていて、オフィーリアもビナーと繋がっている。なら点が線で繋がるな」
「あり得る話や、少なくとも闇雲に探すより余程ヒントになっとる、で?どこにあるん?そこ」
「知らん、知ってたら直行してる」
「じゃあなんでその話したんや……」
ガックリと肩を落とすラセツさん。結局ヒントなしじゃんか……いや、だがなんとかなる事が分かっただけでもいいか。
コルロの所にペンダントが渡るのはまずい、オフィーリアは逃したくない。ならまずはオフィーリアを探し出してた叩く。そういう方向でいこう……けど。
(今のまま…オフィーリアと戦っても、結果が変わるとは思えない…)
今のままやっても、また負けるのが関の山じゃないか。オフィーリア一人に対しても攻めきれなかったのに、今は不死身のクユーサーも一緒だ。
勝てもしないのに、挑んでどうなるんだ……。
(俺は……雑魚だしな)
バシレウスに言われた、雑魚だから、弱いから、お前を真に信用する事はないと。背負っているものを共有する事はないと…その言葉が引っかかって、またオフィーリアと戦う気になれない。
「ま、なににしてもさ」
すると、ラセツさんが口を開き。
「腹減らん?もう直ぐ夕暮れやし…近くの街に飯食い行こうや」
気がつくと、既に太陽は傾き始めている。そろそろ飯を食いに行くかとラセツさんはニッと笑う。なんか…やっぱり軽薄な人だな。
「ここら辺に街あったか、ちょい見てくれへん?そこに地図入っとるで」
「え?あ、はい。おっ…凄くいいやつですねこれ」
ラセツさんは椅子の近くにある収納スペースを指差し、俺はそこに手を突っ込むと地図が入っていた。しかもかなり高精度の地図だ、それに一緒に現在地の座標を表示する高性能な魔道具もついてるし。
「あ、このまま真っ直ぐいった所に街が一つあるみたいです」
「お、ええなぁ。一旦そこ行くかいな」
「でも俺達、さっき街に寄った時襲撃を受けて…もしかしたらまた襲撃を受けるかも」
一つ前の街では物凄い勢いの襲撃を受けたんだ。それを考えるに街に立ち寄るのは賢い考えでは……。
「かまへんやろ、このメンツなら」
「ああ……」
後ろを見る、そこにはずらりと並ぶ頭数。しかもただ数がいるだけではなく実力も最高クラス。確かにこのメンツなら…なんとかなるか。
「ええよなタヴやん、カルウェナンのおっさん」
「構わん」
「小生も同意だ。夜道を走るのはお前も怖いだろう、ラセツ」
「まぁ木にぶつかっても傷一つつかへんけど、夜通し運転は嫌やし車中泊も嫌やからなぁ。ほな一旦休んでオフィーリア探すかぁ」
そう言うなりラセツさんは一気に車を加速させグングン進む。バキバキと森を突っ切り車は走り続ける。そうしているうちに森を抜け平原に出て……見える街には。
「ぐへへ、なんか来たぜ。あれ逃げたステュクスとバシレウスじゃねぇか!?」
「今度こそ、仕留めてやる」
「ペンダントを渡せー!」
街の入り口を守るように立つのは、巨漢のクラニオ、片手ガトリングガンのシメール、弓使いのセントー…それ以外もワラワラいる。さっき襲いかかってきた連中だ、懲りずに街を占領し俺達を待ち構えていたのだ。
人数にして三百人近い…が。
「おー、おるおる」
ラセツさんは、なんか虫がいっぱい集まってるくらいの感覚で、一切減速せず目の前の街に向けて加速を続け。
「ほな、やるか」
「ああ、軽く運動しておくか」
「革命だ」
動く、ラセツさんが、カルウェナンさんが、タヴさんが…マレフィカルムのトップ層が同時に腰を上げ、軍勢の前で車を止め…そして。
「また戦闘か、まぁ別にいいけど」
「次はもう刃向かってこれないようにするか」
「ふむ、バシレウス殿、戦闘のようです」
アナスタシアが扉を開け、コーディリアがそれに続き、ムスクルスが座席から立ち。
「お!見せ場ですかね!セーフさん!頑張りましょう!」
「いやぁ〜…このメンツで我々に見せ場あるんでしょうかねぇ」
「チッ、むしゃくしゃするし…暴れるか」
アナフェマが車の外に降り、セーフが肩を竦め…そしてバシレウスがギロリと面倒そうに軍勢を眺める。そんなみんなの後に続き…俺も剣を抜くと。
「よし!じゃあ軽くぶっ潰しますか!」
並ぶ。総勢十名…全員が八大同盟の幹部経験がある…或いはセフィラに所属する怪物達で構成された最強チームがクラニオ達の前に現れる。車の中からゾロゾロ出てきたメンツに流石のクラニオも青い顔をして……。
「え?多…いやつーか…メンツやばくね」
「これ、そんじょそこらの八大同盟より恐ろしいんじゃ…」
「ちょっと聞いてないんですけど〜!五本指にセフィラ!?八大同盟の幹部がおまけレベルでついてくるっておかしいでしょ〜!?」
人数の利は向こうにある。だが…それでも。
「なにビビっとんねん。あー…あんまチョロチョロされると面倒やから、全員一列に並べや、軽く潰すで」
……なんだろうね、全然負ける気がしない。
………………………………………………………
戦況など語るまでもなく、戦闘と呼ぶまでもない。まさしく殲滅と呼ぶべき様相が繰り広げられた。向こうは覚醒者一人もいない、剰え戦闘前からビビってる。そんな奴らを前にこちらが苦戦する要因すらない。
「雑魚すぎやろ」
「ぐげぇ……」
つーわけでオレはもう飽きましたわ。取り敢えず敵方の実力者っぽいクラニオを叩き潰し、ついでにクラニオの部下っぽいのを纏めて薙ぎ払い、取り敢えず休憩する。いや運転疲れたわ〜。
「話にならんわホンマに、数合わせの雑魚がより集まったところでなにになる言うねん」
雑魚共を山のように積み重ねて作った椅子に座り、オレは周りを見る。とはいえ趨勢はほとんど決している。
「せやー!!」
「はいーっ!!」
「ひぃん!狂う〜!」
血気盛んなのはステュクスとセーフとアナフェマの比較的若い組や。殆ど戦意のなくなった雑魚を薙ぎ倒しながら戦い……。
「頭領は倒れた、屈服するのは恥ではないぞ」
「それとも革命するか?受けて立つぞ」
「ひ、ひぃいい!!」
カルウェナンのおっさんとタヴやんは真面目に敵に降伏を促しとる。ま、既にその足元にはボッコボコにされたセントーとシメールがおるわけやが……。
コルロんところはそれなりに戦力をおるもんやと思っとったが…そうでもないんやな。正直がっくしやわ。
「ラセツ…だったよね」
「ん?おお、お前オウマん所の女やんな。でそっちはハーシェルの影かいな」
ふと、休んでいると既に一仕事終えたアナスタシアとコーディリアが寄ってくる。正直こいつら最初見た時は『え?なんでおるん?』って感じやったがステュクス曰くこの国の王様にステュクスの手伝いをするよう依頼されてここにおるらしい。
つまり仲間っちゅう事やわ。すげーよなここにおるんがもう存在せえへん組織の幹部クラスばっかや、なんかマレフィカルムに戻った感じがする〜。
「で、なんや」
「先程雑魚を拷問したら、どうやらこの近辺にコルロの研究所がある事が分かった」
「ほう……」
コーディリアは全部の歯を抜かれ白目を剥いてる雑魚をオレの方に投げてそう言うてくる。流石は元ハーシェル、仕事が出来るはホンマに。
「研究所か。確かシモンのクソジジイは研究者やったな…せやったらそこの研究所におるかも知れんのやな?」
「そう考えるのが妥当だろうな。だが詳しい場所までは分からん…だが名前は分かった。場所の名前はエクレシア・ステスというらしい」
「そーかい、そんだけ分かれば上等や」
詳しい場所までは分からんが、カルウェナンのおっさんが言うとった話の裏取りができただけでも御の字。こりゃ想像してたより早めにオフィーリアを確保出来そうやな。オフィーリアを確保したらそのままエリスのところに連れて行って魔術を解かせる。それでよし。
オレがここにおるのはオフィーリアを確保する為やからな。そこさえ達成出来ればなんでもええわ。
「それと、もう一つわかった事がある」
「なんや?言うてみ」
「この街の住人の件だ」
「住人、まぁ…想像はつくけどな」
この街に入ってから、一度として一般人を見ていない。街というより村に近い規模でそれほど大きいものでもないのにだ。で、代わりにコルロの部下がいた、なら住民がどうなったかなんてのは想像出来る。
「殺されたらしい、そしてその肉体をコルロの部下が回収したと聞いた」
「ふーん、まぁせやろうな。けどこの件はステュクスには伏せといた方がええやろ」
「だろうな」
街が一つ滅んでいる、別にオレら裏社会の人間ならその手の話はよー聞くが見た感じステュクスはあんまりそう言う話に慣れとる感じもせん。ここでまた変に感情をかき乱されるような事があったら面倒や。知らんふり、聞かんだふりしとこ。
「まぁでもええわ、街に人がおらんってことは少なくともここは使いたい放題やろ?せやったら、遠慮なく使わせてもらおや」
とりあえず報告を聞いて、オレは立ち上がりながら近くの酒場に向かう。今日はもう運転せんわけやし、お酒飲んでもええやろ〜……っと。
「お前、なにしとんの?」
「あ……?」
ふと、横に目を向けると…その辺の地面に座り込んで不機嫌そうな顔をしているバシレウスと目が合う。こいつは戦わず、一人でボケーっとしてる。オレが言えたことやないけどさ、サボりは良くないんちゃう?
「うっせーな。黙ってろよ」
「戦わんの?」
「戦わねー」
「あっそう、なら好きにしたらええんちゃう?おたく出る幕無さそやし」
「ケッ……」
そして、バシレウスはうざったそうに立ち上がり、その辺をうろうろし始める。なんやねんあいつ、感じ悪う〜…。
「やるせないんだろうな」
「あ?そうなん?」
後ろからコーディリアに声をかけられ、クルリと振り向くと。コーディリアは呆れた顔でバシレウスを見て……。
「今、私達が戦っている連中は一つ前の街でステュクスとバシレウスの二人を襲った連中だった。二人はこいつらに苦労していたんだ」
「えぇ!この程度に?この程度の連中に?」
「いや、これに加えてバシレウスでもどうにも出来ないくらいの化け物がいたんだ。今回はいないが…そちらに手を取られて、バシレウスは上手く戦えず、苦戦した。で…今回はこれだろう」
「楽なら楽でええやんか」
「全て、ステュクスの言った通りになっているのが複雑なんだ。バシレウスは仲間など不要と言い、ステュクスは必要だと言った。そして事実、仲間が増えた現状でこれだ。以前自分達が苦労した存在を相手に難なく立ち回る事ができている」
「……ほーん」
「馬車もそうだ、結局バシレウスはなんの役にも立てていなかったが、仲間と合流したことによりなんとかなった。そこを気にしているんだろうな」
「なんやそれ、つまり拗ねとるってことやろ。器ちっちゃいわぁ、食前酒飲むコップくらいちっちゃいやんか」
「そういうことだ」
アホらしいわ、なんやねんそれ。付き合ってられませんわホンマに。あれが魔女を殺す反魔女思想の王として担ぎ上げられてたんかいな、しょーもない話やわマジで。
「ステュクスー!ステュクスーー!!」
「え?どうしたバシレウス!」
「もう戦わなくていいだろ、雑魚なんかほっとけ!」
「なにキレてんだよ。それより終わったなら飯にしようぜ、腹減ったろ?」
「……おう」
そしてバシレウスはバシレウスでステュクスを呼びつけてなにやらやってる。ステュクスの事が気に入らないのかと思ったが…どうやら逆だ。かなり評価してる、評価してるが誰かを評価するという事そのものに慣れてないから、複雑な気持ちになってるって感じだ。
女々しいなぁ…なんじゃありゃ。
(ステュクスも大変やなぁあれは。マジで変なのに好かれる才能はありそうやなあれは)
そうこうしている間にステュクスはバシレウスを連れてこちらまでやってきて。
「ラセツさん、終わったっぽいです」
「そか、なんか知らへんけど村の人おらへんし、そこの酒場で勝手に飯だけでも貰おうや」
「え?いないんですか?避難したのかな…だったら食べた分はお金だけでも置いて行った方がいいかもですね」
「せやなー」
周りを見回せば大体の連中がボコボコにされ、残った連中はションベン漏らして逃げるかこっちに取り入ろうとしてカルウェナンのおっさんにぶん殴られとる。つまりは大勝利、バシレウスにとって複雑だろう大勝利だ。
まぁ、別にええけど……なんだってバシレウスをステュクスやタヴやんは気にしてるんかね。
……………………………………………………
「研究所の場所は分からんだけどさ!マジでこの近くにあるらしいで!ほんなら明日は走り回って研究所を探そう思うんですけど!どうでっしゃろ!」
「いいと思う、やれるだけやろう」
「セーフさん!ピザ美味しいですよピザ!」
「いやぁ脂っこい食事っていいですねぇ!」
無人の酒場をみんなで占領して飯を食う。テーブルに並べられているのはピザやらチキンやら、所謂ジャンクな物ばかり。厨房に残してあった作りかけのそれをみんなで調理して並べたのだ。
もしここにアマルトさんがいたらもっと豪勢になったんだろうけどーいないのは仕方ない。
「モグモグ」
そして俺もまた貪るように飯を食う。フライドチキンが美味いんだわこれ。もしゃもしゃと食べ進めていくと、ふと真横に大きな姿見が飾られているのが見えた。
酒場に鏡ってどう言う事だと思ったが、それ以上に気になったのが今の俺の姿。無人の酒場で勝手に飲み食い、すっかり俺もアウトローになっちまったかな。
「ガリゴリ」
「あ、おい。骨ごと食うなよ」
なんて思っていると俺より余程アウトローな奴がいる。バシレウスだ、俺の隣に座ってフライドチキンを骨ごとバキバキ食ってやがる。マジでそのうち腹壊すぞこいつ。
「チッ、うっせぇな」
「機嫌悪いなぁ、まだ怒ってる?」
「怒ってない。けどお前はいいのかよ」
「いいって?何が?」
「あいつらが加わって、旅の主導権が完全に奪われちまっただろうが」
「え?」
そう言いながらバシレウスが顎で指すのは現状我らの首脳陣であるラセツさんとカルウェナンさんとタヴさんだ。あの三人が旅の行方を決めているところを見てバシレウスは不機嫌そうだ。
「お前が決めてたろ、これまでの目的地を」
「いやまぁ、俺しかいなかったし……え?もしかして」
そう言えばこいつ、車に乗ってからやたら不機嫌だったな。それと同時に車に乗ってからあの三人による主導が始まった、つまり。
「お前が不機嫌だったのって、あの三人に主導権が移ったから?俺が決めるのやめたから?」
「…………」
そんな事で怒ってたのかよ…いやまぁ、あの三人は俺より余程場馴れしてるからなぁ。
「お前は俺に指図して来ただろ、偉そうにさ。それを簡単にやめるくらいなら最初から俺に指図すんなよ」
「悪かったって、けどお前が言ったんだろ。俺が指揮官気取りで指図するのが嫌って」
「もう慣れたわ、クソボケが」
「あはは……」
相変わらず面倒臭い奴だな。けど…なんでかな、さっきの一件以来バシレウスがやたらと俺への扱いを改めた気がするんだよな。相変わらず口は悪いし、態度も悪いが……それでも、少なくとも『仲間』として見てくれている気がする。
「それに、俺の背負ってるもん…背負いたいんだろ。だったら根性見せてみろ」
「根性か……」
確かにな、俺はまだバシレウスになにも示せてないからな…なら、見せますか、その根性を。
「じゃあ、ちょっと混ざるか。お前も一緒に頼むよバシレウス」
「ふんっ、バキボキ」
「だから骨ごと食うなって。……えーっとラセツさん」
「あん?なに?」
バシレウスに言われたので、俺も首脳陣に加わるように声をかけると。ラセツさんはワインボトルを傾けガポガポ飲みながら返事をし。
「そのエクレシア・ステス研究所ってところに、次行くんですよね」
「そうや、こいつら拷問したらホイホイ吐いたわ。この辺に研究所があるなら、やっぱりオフィーリアもおるんちゃうか?って考えてんねん」
「なるほどな、だったら戦闘になるかもですね。オフィーリアを確保した場合ってどうすればいいですかね」
「そこは一番ネックなところやが、まぁ取り敢えず口に封して魔封じの縄で縛れば確保は出来る。そこから言う事聞いてくれるかは分からんがな」
「用意がいいっすね」
「こっちくる前に大急ぎで用意したねん。オレ、仕事出来る男やで」
にししと歯を見せ笑うラセツさんを見て、マジで感嘆する。この人本当に頼りになるな、やや軽薄だがそれ以上にいろんなところで真面目だ。リーダーシップもあるし…この人がいた組織は余程強かったんだろうな。
「ですけど、一つ気になる点があります」
「なんや?」
だが、先程俺は勢力図を改めたが……一つ、考え忘れていた事がある。それは俺達、ヴァニタートゥム、オフィーリア達とはまた違う第四の組織……そう。
「さっき俺たちの前にリューズ・クロノスタシスって男が、現れまして」
「リューズ……クロノスタシスやと?」
「はい、そいつがやたらと強くて……」
リューズだ、前回はなんとかなったが次はなんとか出来る保証がない。恐ろしく強く、そしてめちゃくちゃな奴だ。もし大事な場面でまたあいつの襲撃を受けたら……どえらいことになる。だから対策は必須だ。
「リューズと言えば、クレプシドラ秘蔵の……」
「変な体質してるとは聞いとったが……」
「ふむ、それがうろついているとは……厄介だな」
どうやらみんなリューズの事は知っているようで各々で話し合う。この人達をして厄介だと言えるくらいヤバいのか、リューズって。
「リューズって、そんなにヤバいんですか?」
「いや、ヤバいのはリューズやない。その従姉妹のクレプシドラの方や、変に傷つけたらクレプシドラに敵視されるかもしれん」
クレプシドラ……そう言えば前も言ってたな。マジでめちゃくちゃ強いって噂の人だよな。なんせあのマヤさんより強い二番手の達人だ、それと敵対するのは面倒なのは確かにそうだな。
「でも、もし現れたら倒すしかないですよ。リューズ・クロノスタシスは」
「せやなぁ」
「…………むっ!」
リューズは確実に敵だ、厄介で面倒でも倒さなきゃいけない敵だ。だからなんとかしないといけない……そんな話をし始めた瞬間だった。カルウェナンさんが凄まじい勢いで立ち上がり、鬼のような剣幕で……。
「やめろ!ステュクス!その話はするな!」
「え?」
そう言うんだ。その話はするなって……でもしないとだろ?
「いや、でもリューズ・クロノスタシスは……」
「だからするな!『鏡の前』でリューズの話を!」
「あ!アカン!せやった!」
「しまった!そうだ!今すぐ鏡を割れ!」
「え!?」
鏡を割れ、そう言われ俺は振り向く。そこにはさっき見た姿見がある…姿見、鏡だ。それをもう一度確認するように視線を向けると……。
「え?」
異常が起こっていた。まるで鏡が水面のように揺れて……白い指が、手が、ぬるりと鏡の中から這い出て来て……え?なにこの腕!?
「な、なにこ……ぐげっ!?」
そしてその腕は、凄まじい速さで俺の首を掴み上げ……体が持ち上げられる。こんなか細い腕なのに、何も出来ないくらい力が強い。足をばたつかせても地面につかない!ヤバい……何が起こって……。
「ッ……遅かったか」
「アカンことになったな……」
全員の顔が絶望に染まる。同時に部屋の中が深海に沈められたように…壮絶な圧力が襲う。その白い腕の持ち主はゆっくりと鏡から這い出て来て……口を開く。
「今、リューズの名前を呼びましたか?」
女だ、その髪は赤く、着込むドレスはなお赫く。黄金の瞳と長いまつ毛でこちらを見ながら…ギロリと俺を持ち上げ、睨みつける。
「妾の従兄弟の名を。リューズの名を呼んだのは…お前ですか?」
「ぐっ……お前、まさか……」
燃える炎のようなドレスと髪と、星の如く煌めく吊り目。そして頭に輝く黒金の王冠が俺の目に映る。俺を片手で持ち上げるこの怪物は今こう言った……リューズを従兄弟だと。
つまり……こいつこそが。
「クレプシドラ…!やめろ!」
マレフィカルム五本指の二番手。同じ五本指からも、セフィラからも恐れられる人類最強の領域にいるうちの一人。
『神域の精霊使い』クレプシドラ・クロノスタシスだ……!
「答えなさい、リューズはどこですか」
なんだってこんな奴が鏡の中から出てくるんだよ…!やべぇ!マジでヤバい……マジで、殺される!




