730.星魔剣と縛られる王
「暇だ」
「文句言うなって」
「ステュクス、面白いことやれ」
「悪いね、俺面白くない男なんだ」
「ケッ」
ガラガラと音を立てて車輪が動く。街道ではなく整備されていない森の中を進むという事もあり、さっきから馬車に伝わる振動は腰に直に来る。けど文句も言ってられないので俺は馬車の中に座り体を休める。
隣にはバシレウスがいる、猫みたいに体を丸めこの振動など知ったことかとばかりに眠そうに目をしぱしぱしてる。
目の前には剣の整備をする元逢魔ヶ時旅団の第二隊長アナスタシアとハーシェルの一員コーディリアが見える。御者をするのはムキムキの老人ムスクルス……。
俺以外の全員が魔女排斥組織に所属していた経験を持ち、一人に至っては現役という異色のパーティと一緒に俺はタロスを目指す。道中出会ったムスクルス達のおかげで随分移動も楽になったし、何より追っ手も巻けた。
万々歳だ。
「暇だ、つーか馬車で移動しないで走ったほうが早いだろ」
「バカかよお前」
「ああ?」
走ったほうが早い、そんなバシレウスの言葉に辛辣に返すアナスタシア。彼女は剣を腰にしまい、大きなため息を吐きながら…。
「魔力全開で走って逃げりゃ真っ先に捕捉される。そしてまた囲まれるのなんか目に見えてるじゃん。さっきみたいに八方塞がりになりたいの??」
「ンだよ、助けたつもりか?お前ら。言っとくがお前らが来なくてもなんとかなってたからな」
「おいバシレウス、そんな言い方ないだろ。こうやって移動できてんのはアナスタシア達のおかげなわけだし」
「うっせー、俺に偉そうに命令すんな、どいつもこいつも」
そう言ってバシレウスはそっぽを向いてしまう、駄々っ子かこいつは……。
「はぁーやってらんねー、成り行きとは言えこんな奴助けるんじゃなかったよ。これならまだ感謝してくれてるステュクスだけを連れて行けばよかった」
「おーおー、好きにしろ」
「チッ、マジなんなんだこいつ」
「まぁまぁ」
俺は一触即発の二人の間に入りまぁまぁと諌める。バシレウスもこう言っているが本心では感謝してる……かは分からないが、これでも根っこはいい奴……ではないかもしれなけど、うーん怒る理由が分かるけども。
「おいステュクス」
するとバシレウスは体を丸めたままチラリとこちらだけ見て。
「暇だ、なんか話せ」
「俺、話術で食ってる人間じゃないんすけど」
「いいから話せ…そうだな、なんでオフィーリアを狙う。アイツはクソだが表面は取り繕ってる、男でアイツを恨む奴はそう多くない、なのになんで恨む」
「え?言わなかったか?師匠殺されたって」
「敵討ちのためだけに来たのか?お前も存外命知らずだな」
「まぁ、それだけじゃないんだけどな……」
俺はバシレウス君の暇をぶっ潰してやる為に、話を聞かせることにした。どうせここからタロスまでもう少しかかる、その間に暇を持て余したバシレウスが爆発でもしたら大変だ。
「俺の姉貴が、死にそうなんだ。オフィーリアの魔術を食らって死の淵にいる」
「アイツの魔術を食らったら助かる助からない以前に即死だぞ」
「分かってる、けど知り合いの治癒術師がなんとか命を繋ぎ止めてる…あの六日以内にオフィーリアに魔術を解除させなきゃ、姉貴が死ぬんだ」
「ふーん、テメェの姉貴が誰かは知らねーからどうなろうとも知らねーな」
「お前な、聞いといてそりゃないだろ」
「けど、さっきも言ったがオフィーリアはクズだ、性格面じゃゴミカスだ。レナトゥスが命じればなんでもする、昔っからレナトゥスの言うことだけ聞いて、何千人も殺してきた女だ。それが頼まれようが脅されようが魔術を解除するとは思えねー」
「く、詳しいな。同僚だからか?」
考えてみればこいつもセフィラだ、オフィーリアと同じセフィラ。今はコルロ側にオフィーリアがついているから敵対はしているが、一応同じ職場で働く同僚みたいなもんだから詳しいのか…と思っていると。
「いや、俺の親もアイツに殺されたから、よく知ってる」
「え……?」
こいつの親って…つまりレギナの親だよな。え?じゃあオフィーリアは…先代マレウス国王イージスも暗殺してるってのかよ…!とんでもねぇ話じゃねぇか。
するとあれか?今この国の事実上の支配権を握っている宰相レナトゥスの一派が先代国王を暗殺したって…そんなの立派なクーデターじゃないか…。
「お、お前!それマジかよ!」
「ああ、現場は見てねーが。まぁ実際そうだろうな、そう言ってたし」
「なんで怒らねぇんだよ!!」
「怒る必要がない、オフィーリアもクズだが…アイツらもクズだった。くだらねー理想を俺に押し付けて、勝手に期待して勝手に失望して、勝手に見捨てたゴミクズが一匹二匹死んだところで、知ったことかよ」
そんな風に冷たく語るバシレウスに覚えるのは、既視感。そうだ、似てる。姉貴と…性格に言うなら、母親の墓石に恨み言を吐いていた時の姉貴と……。
「お前、親を憎んでるのか?」
「違うな。親『を』じゃねぇ…親『も』だ。何もかもが気に入らねぇ」
「そっか……」
こいつもこいつで、大変だったのかも知れないな。いや実際そうだろうな、だってこんな根性ひん曲がった奴なんか見たことないし。それだけ鬱屈して屈折した幼少期を過ごしたんだろう…なんて、憐憫を覚えること自体が烏滸がましいか。
「俺にとっちゃオフィーリアなんてどうでもいい。だがコルロを追ってりゃオフィーリアも出てくる、そこをとっ捕まえろ。そうすりゃ案外なんとかなるかもな」
「簡単に言うよ、アイツってばクソ強いぞ」
「ハッ、今更弱気になるくらいならやめとけ」
「い、いや弱気じゃない。俺は絶対姉貴を助ける!」
「なら好きにしろ、けどまぁ…目の前に現れたら一緒に戦ってやらんこともない」
ゴローンと寝返りを打ち勝手に始めた会話を終えるバシレウス。なんなんだこいつと思わざるを得ないが…でもまぁ、止めてこないだけマシか。最初は『どうせ無理だ』と言ってきてたわけだしな。
ある程度認めてくれてるんだろうなぁ…とバシレウス翻訳フィルターをつけなきゃマジでこいつは嫌な奴だ……ん?
「あれ?」
「む……」
俺とバシレウスが即座に顔を上げる、なんか尻の下から伝わる振動がおかしい。そう感じたその時だった…。
「危ない!」
瞬間、アナスタシアの声が響き…ガターンと音を立てて床が一気に下に下がった。その衝撃で俺は外に転がり落ちてしまう。なんだなんだ?何が起きたんだ?
「いてて!なんだ!?何が起きたんだ!?なんか床が抜けたように感じたけど…」
「むぅ、どうやら右側の車輪が外れて馬車のバランスが崩れたようだ」
「えぇ!?」
外に転がり落ちると、ムスクルスが申し訳なさそうに後ろを指す。そこを見てみると…馬車の右前輪が物の見事に外れていた。俺は慌てて転がる右前輪を確保しつつ外れた前輪の箇所を見る。
「おいおい、外れてんじゃねぇかよ。ムスクルス、あんたどんな道走ったんだよ」
「どんなって、森の中だが……」
「木の根とかお構いなしに走ったろ。衝撃で前輪が外れたんだ……あんた、御者の経験は?」
「あるわけがない」
こりゃミスったな、俺が御者をしてればよかった。御者ってのは誰でも出来るわけじゃない、馬を走らせるルートの選定、選択、そう言うのを的確に行わないと馬車は驚くほど簡単に壊れるんだ。
それに見たところこの馬車、結構ボロだぜ。少なくとも姉貴達が乗ってるようなすげー馬車ではない、それで整備されてない森の中なんか走ろうもんならこうなるか。
仕方ない、直せないか試してみるか…と俺は外れた前輪と馬車を見比べる。すると呑気にバシレウスが馬車の外に出てきて、屈んで色々確かめている俺の頭の上に肘を置いて。
「おい、直りそうか?」
なんて他人事とばかりに聞いてくる。けど……。
「無理だな、こりゃ完全にパーツが割れてる。少なくとも今この場じゃ直しようがない…アナスタシア、お前は直せそうかな」
「うーん、無理だね」
俺は一緒に出てきたアナスタシアに聞いてみるが…無理だと首を振られる。彼女も傭兵の経験があるから、少なくとも馬車を自前で直せるだけの技量はあるっぽいが、そんなアナスタシアでも無理なら……。
「しゃあない、一旦ここに乗り捨てよう。必要最低限の荷物を馬に乗せて近くの村を目指す」
「えー、タロスに直行じゃねぇのかよ」
「そこで部品を買って、鉄材で補強しないと直らないんだ。幸い確かこの辺りに村があったはずだからそこに寄れば小一時間でなんとかなる」
「そうか、ならいい」
俺は前輪を置いて壊れた箇所とついでに壊れそうな箇所をメモして、同時に地図を確かめる。近くに小さいが村がある、そこで金銭で鉄とか木材を貰い受ければなんとか直せそうだ。
「手際がいいな…私にはこう言うのは無理だよ」
すると俺の手際を見てコーディリアが褒めてくれる、手際がいいって言うか…冒険者ならこう言うことは全部自分でやらなきゃだからな。馬車が壊れる経験自体は初めてじゃないし。
「あはは、ありがと。一応経験があるだけなんだ」
「だとしてもだ、一番頼りになる。レギナがお前を重用する気持ちがわかる」
「過大評価だよ。よし、じゃあ一応敵を警戒して、俺とバシレウスで前面に立って歩き、後ろをコーディリアが抑えつつ後ろにアナスタシアとムスクルスが警戒する形で行こう、いいかな」
「構わない」
「私も同じ提案しようと思ってたよ」
「そうしよう、何かあれば私がヒーラーとして癒す役目だな」
俺がそう提案するとみんなはそう頷いてくれる。が…一人頷かない捻くれ者がいる、誰だろうな、考えるまでもないんだがな。
「おい、なんでお前が指揮ってんだよ」
「バシレウス…今そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ」
「タロスの時にも言ったが、お前に仕切る権限はないだろ」
バシレウスだ、俺がリーダー面するとすぐ突っかかってくる。一応タロスの時よりは俺を認めてくれているようだが…こいつは大人しく従うってことができないのか、或いはなんか文句言わないと気が済まないのか。
「だったら、お前が指揮取ってもいいよ。実際その方がありがたい、お前は強いし頼りにもなるから」
「ん、分かった」
でも実際俺には仕切る権限がないのは確かだ。ラグナさんみたいにみんなを纏める力があるわけでも、抜きん出た実力があってミスを自分でフォロー出来るわけでもない。だからバシレウスに頼みたい…と俺はバシレウスに指揮権を渡すと、バシレウス以外の全員が不安そうな顔をする。
バシレウスはただ一人、満足そうに笑い、キョロキョロ周りを見回すと…。
「よし、アナスタシア。お前足早かったよな、その村まで走って材料買ってこい」
「はぁ?私一人で鉄やら木材抱えて走れって?手が足りないよ」
「じゃあコーディリア、お前が手伝え」
「私ではアナスタシアに追いつけないだろうが、頭おかしいのかお前」
「じゃあ俺が行く!」
「あんた買うもんわかってるの?」
「…………」
「アホらしい、ステュクスの案で行こう」
「賛成」
そうして歩き出してしまうアナスタシアとコーディリア、ムスクルスもやや遠慮がちに歩いて行き…バシレウスも渋々歩き出し、前面に立つ。そして隣を歩く俺を恨めしそうに見つめ。
「なんで俺の言うこと聞かねーんだよ」
「い、いやいや…お前そりゃ……そうだろ」
今のは命令でも指示でもなくただの無茶振りだろ。俺今さ…レギナが玉座に座ってて良かったと心の底から思ってるよ。絶対こいつが玉座に座ってたらレナトゥスも持て余しただろ。
目に浮かぶぜ、バシレウスの無茶振りを前にあくせくするレナトゥスの姿が…それも見てみたかったかもな。
「俺が一番強えのに」
「まぁな、けど…やっぱ従わせるのと言うこと聞かせるのは話が別じゃねぇの?」
「同じじゃないのか?」
「違うと俺は思ってる。言うこと聞かせるのはそりゃ殴ったり蹴ったりでいいかもだけど…従わせるのは、みんなに『その通り』とか『それしかない』と思わせるしかないんじゃないか?」
俺は帝王学とか学んでるわけではないし、リーダー論なんて持ってない。ただ冒険者として仲間達を導いたことはあるが、それだけだ。ラグナさんみたいなことは出来ない…けど、人を従わせるには相応の理屈が必要だと言うことは分かる。
「ケッ、じゃあ何か。一人一人とお話しして納得させたり言い任せってか、面倒クセェ。そんなに面倒なら俺やらなくてもいいや」
「そうじゃないさ、話をする必要も言い負かす必要もない。従わせるのに必要なこと、みんなにその通りって思ってもらう一番の近道は……背中を見せることじゃないかな」
「……背中?」
「うん、前に立って…ついて行きたいと思わせる、そんな何かを醸し出すこと…かな?」
「なんじゃそりゃ、ふわっとし過ぎだろ。聞いて損したぜ」
ケッと悪態を吐きながらバシレウスは興味なしと言わんばかりに歩き出すが……。
「………」
チラチラと自分の背中を見たり後ろを見たり、明らかに俺の言葉を意識し始める。まぁ俺もフワッとした言い方だったけどさ、エルドラド会談で見た六王の姿、そしてそこで貴族達を従わせたレギナのあり方を見るに…そう思うだけさ。
……なんて話ながら、しばらく歩き。森を掻き分け進んだところ。
「む、あれじゃないか?村が見えてきたぞ」
すると、一団の中頃に立つコーディリアがそう言うのだ。実際見えてくるのは木々で作られた建築物の集落…村だ、村が見える。
けど、おかしいな。
(あれ?俺が地図で見た距離感的にまだ到着しないはずだけど)
俺は小さく首を傾げる。俺が包囲磁石やら地図やらを駆使して割り出した現在位置から考えるに…まだもう少し距離があるはずだけど、計算を間違えたか?
「なんだ、意外に近いじゃないか。おいアナスタシア、お前修理の為の材料、買ってこいよ」
「指示すんなっての」
「お前…俺の言うこと聞けよ」
「嫌だよ私あんたに殺されかけてんだからね!」
「女々しい奴だな」
「女だよ!」
なんて言う風にギャイギャイと騒ぐバシレウスとアナスタシアは放っておいて、俺とコーディリアはとりあえず敵の気配がない為村の方に一足先に歩き始める。
「取り敢えず、ここで鉄材を買うんだな」
「そうっすね、持ち合わせは俺のがあるから普通に買えると思う…けど荷物持ちは頼むかも」
「…………」
「コーディリア?」
ふと、俺はコーディリアの方を見る。荷物持ちを頼むのはやばかったか?と思ったが、何やらコーディリアの目は物憂げで…。
「お前は、話を聞いていないのか?」
「え?なんの?指示を聞きたくない的な?」
「違う、メグからだ。私が…トリンキュローが死んだ一因だという事を」
「………ああ」
その話か、いや聞いてるよ。こいつがトリンキュローさんが死んだ原因の一つだって。ハーシェルと戦ったエルドラドの戦いで、こいつはロレンツォさんを狙って幾度となく攻撃を仕掛けてきた。
その最中だ、トリンキュローさんは死んだ…コーディリアとエアリエルによって殺された。実際には仕掛けられた爆弾からメグさん達を守る為に身を挺した形でだが、ともかく死んだ。原因はハーシェルであり、コーディリア達だ。
俺だってあの場にいた、話は知ってる。
「……聞いてるよ、トリンキュローさんが死んだ原因を」
「メグから聞かされた、お前はトリンキュローと…関係のある人間だったんだろう」
「幼少期、一緒にいてくれた。俺にとっては姉貴分…いや。ある意味母親みたいな人だったよ、出来れば守りたかった」
「…………なら、私を恨むか?」
その話を今するかよ、いや今だからこそするのか。まぁ…そうだな。
「でもメグさんからこうも聞いてる、あんたらハーシェルの影はジズの洗脳教育で殺しに躊躇がないよう育てられてた。トリンキュローさんも催眠暗示で自我がなかったっていうし、あんたも似たような状況だったんだろ?」
「…………」
「それに最後は洗脳教育を振り払って、メグさんを助けてジズと戦ってくれたとも聞いてる。だから……」
「………」
「だから…だからって、ごめん。俺はあんたを許せそうにない」
「ッ……」
思いの外、冷たい言葉が出た。けどそれはきっと本心だからだ、それを受け取ってコーディリアの顔もまた暗くなる。でも悪いがそうとしか言えない、俺はこいつを一生許せない。
例えどんな事情があれ、どんな身の上であれ、どんな過去があれ、どんな贖いをしたとしても俺は一生コーディリアを許さない。トリンキュローさんは俺にとって師匠と同じくらい大切な人だったから、ある意味こいつはオフィーリアと同じくらい許せない奴だ。
けど…それでも。
「でも俺は、あんたに対して敵討ちとかそう言う事をするつもりはない。あんたはさっきの街で俺達を助ける時、殺しをやめたって言ったよな、それはハーシェルからの脱却であり、あんた自身が己に課した贖罪なんだろ?」
「…………」
「だったら、それでいい。きっと苦しいかもしれないし、嫌かもしれないけど。俺は俺の大切な人を奪ったあんたに対してあんまり同情は出来ない…協力してもらってる立場で、言える事じゃないかもだけど…ごめん」
「いやいい、正しい感性だ。メグもまたお前のような存在と向き合わせる為に私を殺さず生かしたんだ。ハーシェルの影から脱却しても私の罪は消えない、私はこの罪に一生向き合うつもりだ……」
ある意味、こうして俺を助ける依頼をレギナから受けたのも…こいつなりの贖罪なんだ。だったらそれでいい、そこでいい。俺がオフィーリアを許さないのは、奴が奴自身の罪と向き合い罰から逃げているから。己で罰することが出来ないのなら…他人がやるしかないからな。
「そう言う事だから、この話はもうやめとこう。お互い楽しくないしさ」
「いいのか?」
「いいさ、寧ろあんたとまで険悪になったら俺はこのパーティでやっていける気がしない。なんせとんでもないワガママ怪獣抱えてるわけだし……」
「ああ…まぁ、そうかも」
「おい、誰の話してんだ?」
ふと後ろを向くと、何やら不機嫌そうなバシレウスが立っていた。やばい…聞かれたか?いやまぁ別に聞かれてもいいが。と言うか多分この顔は自分が仲間はずれにされていることへの不満だろうし、聞かれてはないみたいだ。
「別に、内緒話」
「聞かせろ」
「お前聞かせてもどーでもいいとか言うじゃんどうせ」
「む……」
むっ!じゃねぇよ。言い応えってのがお前にはないんだよなぁ……っていうか。
「ねぇステュクス、ここで材料買うつもり?」
アナスタシアが隣に並び、そう聞いてくる。この村で買う気か?と聞かれれば勿論とは答えられない…何故なら。
「人、いないけど」
「……いないっすね」
周りを見るが、人はいない。寧ろ遠目に見たら村に見えたが…近づいて内に入ってみればこれが村ではない事がわかる。
建てられているのは木製の建築物。丸太を切って組み合わせたような掘立て小屋。それが十個くらい並んでいるような…そんな異質な村、いや村というより。
「まるで何かの前哨拠点だ……ステュクス、これ離れた方が良いかも」
アナスタシアが嫌なものを感じ取る。そうだ、まるで戦争で使われる仮の拠点みたいなんだ、こんな物が森の中にあるって時点で怪しいし、何よりこの拠点…そんなに古くない。つまりまだ使ってる奴がいるという事。
誰が使ってる?何にしても真っ当な奴じゃない。直ぐにここから離れた方が良いって判断は正しいだろう。
「分かった、ちょっと離れて……」
ちょっと離れて別の方法を探そう。そう言いかけたその時だ……。
『あぁ〜れぇ〜?奇遇だねぇ〜〜』
「ッ…この声は」
まるで脳髄を後ろから引っ張られるような、そんな嫌な気配がして顔を上げる。響き渡るのは鈴の音の如き可憐な、それでいて性格の悪さが滲み出した語調。それがこの村のような何かに響き渡る。
咄嗟に俺は振り向く、先程は見えなかった影が…掘立て小屋の上に見える。そいつは。
「あれぇ?バシレウスしゃまも居るぅ〜」
「オフィーリア…!?」
金髪の悪魔オフィーリア・ファムファタール…そいつが処刑剣を手に木組の小屋の上に座り、くすくすと笑っていたんだ。
幻覚か?幻か?アイツが…なんでここに居る。いや、なんでもいい…なんでもッ!
「テメェッ!よく俺の前に顔出せたなァッ!!!」
「ええ?なんで出せない理由があるの?君みたいに雑魚ッパなんて気にしてたら私ちゃん外歩けなぁ〜い!クスクス」
「ッお前……!」
「ところでぇ、お姉ちゃんは元気ぃ?」
「ッッ!!」
剣を抜き放つ、なんでこいつがここに居るのか…どうして俺達の前に現れたのかは分からない。だけど…関係ない!!ここでぶった斬る!!
「ステュクス!アイツがオフィーリア!?」
「……あれがジズに匹敵すると言われた、マレウス王家の抱える裏処刑人か…」
俺と共にアナスタシア、コーディリアも構えを取る。対するムスクルスは距離を取る…分かるんだよ、ムスクルスも。いやアナスタシアもコーディリアも分かっているんだ。
オフィーリアの持つ威圧の凄まじさが。
「私ちゃんが憎い?なら…おいでよォッ!ステュクスちゃぁ〜ん!殺してあげるからさぁ〜!!」
「上等だ!今ここでお前をぶった斬って──」
剣を握り締め、挑み掛かる…やっぱり俺、こいつだけは許せないから。だからそのまま飛びかかろうとした…その時だった。
「『魔王の鉄槌』ッッ!!」
「おひゃ〜!何々ぃ〜!?」
俺を背後から追い越した黒色の閃光がオフィーリアに肉薄し、奴の立つ小屋ごと吹き飛ばし、その一撃を回避したオフィーリアが天を舞う。
俺は何もしてない、俺はまだ何もしてない、なら誰が何をしたか…それは。
「…………テメェの相手は俺だ、オフィーリア」
「バシレウス……!?」
バシレウスだ、アイツが一気にオフィーリアに突っ込んだのだ。なんでアイツがオフィーリアに攻撃するんだ?仲間じゃ…いやオフィーリアはコルロ側だから敵なのか、でもなんで!
「バシレウス!一緒に戦ってくれるのか!?」
「違う!お前は手出しすんな!!コーディリアもアナスタシアもだ!!!」
「えッ!?」
「つーか邪魔だ!他所行ってろ!!」
「いや、何言って……」
それだけ言ってバシレウスはオフィーリアに向かっていってしまう。なんで…一緒に戦ってくれるんじゃねぇのかよ。アイツ一体何を考えて──。
「あーあー、バシレウスの奴。随分考え込むようになってるなぁ」
「え?」
ふと、後ろから声が聞こえ…振り向くと。
「しゃあねぇ、お前らの相手は俺様がしてやる…それで勘弁してくれや」
「なんだ…お前」
後ろには、巨漢が立っていた。黒いコート、黒いズボンに黒い髪…そして黒い角を頭から生やした、怪物のような大男が。
「俺様か?俺様は…『峻厳』のゲブラー…オフィーリアの仲間さ、聞いてるぜ?ステュクスだろう?お前。悪いが死んでくれや」
ゲブラー…そう名乗った男は、俺に向けて拳を振り上げ…絶大な魔力を爆発させるように激らせ、そして……。
………………………………………………
「オフィーリア!逃げんじゃねぇ!!」
「あひゃひゃ!いやいや〜ん!」
腕を薙ぎ払えば衝撃波で木々が吹き飛び、足を蹴り上げれば大地が割れ、破壊と崩壊の旋風の中、オフィーリアは舞うように回避をし…。
「それっ!『ハビタブルエッジ』!」
そして、そのまま空中で蝶の羽ばたきの如く刃を振るい、飛ばす十字の斬撃が俺に降りかかり……。
「バカにしてんのか、お前」
弾く、拳に防壁を纏わせ叩き砕くように斬撃を打ち払い…俺は腕を組む。周囲を森に囲まれた不可思議な空間、木組の小屋が連なる空間にて…俺は小屋の上に着地したオフィーリアを睨みつける。
「くふぅ〜、相変わらず防壁硬い〜…成長したねぇバシレウス様ァ」
「裏切り者がボケ吐かすなよ、それともコルロに尻尾振るのに忙しすぎて…他の事に気が行ってねぇのか?」
「ウフフ、分かってるくせに。私はコルロに忠誠を誓ってるんじゃない、ガオケレナしゃまにも誓ってない、私はレナトゥスしゃまの従僕だから」
「まぁ別にいいが、ガオケレナに人望がねぇーってだけの話だしな、俺には関係ない」
「ンフフフ」
やたらむかつく、オフィーリアは俺を見下ろしながらニタニタ笑い…。
「ねぇ覚えてる、キミがネビュラマキュラ城に来た時のこと…キミはまだガキで、私も若かった」
「お前はあの時からレナトゥスの金魚のフンだったな」
「そうだよぉ、私はレナトゥスしゃまにくっついて…お前の教育を手伝った。だからこそ知っている、お前は誰かに興味を持つ男じゃない、お前は野獣同然の存在だから」
「何が言いてえ」
「んー?いや…キミが、ステュクスを守ろうとしたから…不思議だなぁって」
「…………」
マジで何が言いてぇんだか…。そんな風に顔で答えるがオフィーリアはお構いなしにニヤついている。
「守ろうとしたんでしょ?彼が私と戦えば死ぬと分かっていたから。でもキミってそんな優しい奴だった?私の記憶通りならキミはこんな集団になんか属さず、くだらないの一言で離脱してたよね?」
「……それこそくだらねぇ問答だな」
「でも図星でしょ?」
「いいや違う、俺がテメェをぶっ潰すのは、この俺に刃向かったから。それが理由だ、ただまぁ…ボコボコにしてステュクスの前に差し出すかどうかは、気分次第だな」
ステュクスの野郎は頭に血が昇っていやがった。あんな状態でこのクソ女と戦えば結果なんか見えてる。それで目の前で死なれても気分が悪い、こっちが折角痛い思いしてリューズ相手に死なせないよう立ち回ったのが無駄になるのも気分が悪い。
よって、俺が戦った方が早……ん?
「は?」
咄嗟に振り向きステュクス達のいた方を見ると。
「オラオラオラオラッ!どうしたよカス共!!この程度かぁっ?」
「くっ!こいつなんだ!?」
そこには、大地を引き裂き…無数に這い出る黒い木の根が暴れ狂い、その中心にて木の魔人とかした大男が一人…あれは、クユーサーか!?
「なんでアイツまでいるんだよ!」
ステュクス達がクユーサーと戦ってる!やばい…クユーサー相手もキツい、アナスタシア達も対応出来てねぇ…いやまぁアナスタシア達は死んでもいいが、ステュクスは死なれると寝覚めが───。
「ハイ、隙アリ〜!」
「チッ!」
瞬間、後ろに向け防壁を展開しながら振り向き直すと…そこには掌に黒いモヤを放ちながら迫るオフィーリアの姿があった。これは…即死魔術か。
その手を防壁で受け止めながら…俺はオフィーリアに眼光を向ける。どうやら俺を向こうに行かせる気がないらしい。
「テメェ、俺を殺す気か」
「うん〜、もうどうでもいいから〜!きっとレナトゥスしゃまも喜ぶよ〜?だからさぁ、お前死んでよ。ムカついてたんだよね…お前!」
「そりゃあこっちの──」
拳を握る、魔力を集める。そのまま大きく引きオフィーリアの顔面を狙い…。
「──セリフだよッッ!!」
「キャハハハ!!」
一撃、俺の拳とオフィーリアの処刑剣の一撃が衝突し大地が揺れ、風圧で木々が薙ぎ倒され土煙が上がる。
「テメェをとっとと潰してクユーサーも潰す!」
「出来るかなぁ!キミにさぁ!私を倒すなんてさぁ!」
「楽勝だよッ!!」
そして光芒を残す乱打と斬撃の雨が舞い上がる。拳を握り、とにかくオフィーリアとの距離を詰めるため幾度となく前へ前へ体を動かし打撃を振り回す。しかしオフィーリアはそれを見越し後ろへ後ろへ後退しながら処刑剣を振るい魔力を纏った斬撃を飛ばし俺の防壁を削ろうと立ち回る。
「そもそも!」
足を大きく薙ぎ払い、風圧を爆発させ轟音と共にオフィーリアを吹き飛ばそうとするが…それも無駄とばかりにオフィーリアは動く。両手を広げながらまるで体を水車のように回転させ風圧を受け流し誘うように剣を揺らす。
「テメェはなんでここにいる、コルロに命令でもされたか!」
「ここにいる理由?帰り道だからに決まってるでしょ〜?まぁ近くにキミ達がいるって話を聞いたから、ちょっかいかけに来ただけかな」
「その為に、こんな意味不明な小屋も用意したのか!」
「小屋?これは私達の用意したものじゃないよ」
「あ?なら……」
瞬間、オフィーリアの姿が視界から消える。消える程の速度で動いたわけではない、本当に消えたんだ。そう理解した瞬間俺は右側面を向きながら両手をクロスさせ…。
「ぐっ!」
「分からないかなぁ!バシレウス!」
体に響くような重たい斬撃を両腕と防壁で防ぎ、俺は後ろによろめく。厄介な防壁使いやがるぜ…。
「何が!」
「なにがって、決まってるでしょ?ここはただの上部でしかない、重要なのは…地下だよ」
「地下?」
そう言われは俺は地面に軽く視線を向けつつ、一瞬だけ透視を行う。なるべくオフィーリアから注意を外さず一瞬だけ見るつもりだった…が。
「なッ……」
見てしまう、足元…いやこの近辺に広がる……地下世界を見て。これは、まるで────。
「キミ、分かりやすいよね」
「ッ!」
完全に気を取られた、業腹だがオフィーリアは完全に俺の事を理解していた、ああ言えば俺が一瞬なりとも地下を見るし、これを見れば俺の動きがフリーズすると。
だからこそ、見せた。見せたからこそ、動く……。
「極・魔力覚醒……!」
オフィーリアが、処刑剣を手放し、解き放つ。少なくとも俺が知る限り、最も……。
……最も、凶悪極まる覚醒を。
「『ファムファタール・エラン・ヴィタール』」
オフィーリア・ファムファタールの用いる概念抽出型覚醒、それはオフィーリアを中心に黒い光を放ち、天蓋にて光を消し去る闇の帷を生み出し……景色を黒く染め上げた。
………………………………………………………………
「オラァッ!だはははは!どうしたよォ!その程度かぁ?」
「ぐっ…こいつ、強え……!」
「ステュクス!無茶すんなよー!」
アナスタシアさんの声に俺は頷きながら、乱れ飛ぶ黒の鞭撃を回避する。相対するのはゲブラーと名乗った巨漢。頭に黒い角を突き立てたおかしな野郎だ。
そいつは現れるなりいきなり攻撃を仕掛けてきた。体から木を生み出し、地面に根を張り、そこら中から木の根を突き出し、さながらタコのようにそれらを振り回し…一瞬にしてこの空間を制圧した。
「よっと!」
俺はクルリとバク宙しながら迫る黒い木の根を切り裂くが……ダメだ、秒だよ。切り裂いた側から一瞬で木の根が再生してしまう、斬っても叩いても意味がない。
奴の抵抗を許さない猛攻に、俺もアナスタシアもコーディリアも防戦一方だ。ムスクルスは咄嗟に身を引いたから戦線からは離れられたが……厳しい。三人だけじゃこいつの猛攻は切り抜けられない。
「なんなんだ……こいつ!」
「お前ら知ってるぜ、逢魔ヶ時旅団とハーシェルの影、その残党共だろう?敗者がノコノコと何してやがる!!」
「ガハッ!?」
コーディリアが一つ、受け損ねた。飛んできた木の根を跳躍で回避した所に、待ち構えるように振るわれた別の木の根がコーディリアの脇腹を打ちつけ、吹き飛ばす。ただそれだけで彼女の体は吹き飛び、近くの木々を薙ぎ倒し飛んでいく。
(一発一発が速い上に重い…!あんなの簡単に振り回していい威力じゃねぇぞ)
木の根は合計数十以上も生えている、それが残像を残す勢いで振り回されており、剰え威力も防壁じゃ受けきれない程重い。そして…切り裂いても即座に回復する。冗談みたいにやばいだろアイツ。
戦いが始まって三分ほど、打つ手がないことが即座に理解出来てしまうくらい強い……それに。
(あの木の根、黒い木、これ…偽物の姉貴の体から生えてたやつと同じか)
黄金の館で戦った偽物の姉貴、マヤさん曰くホーソーンと呼ばれるコルロの部下…アイツと同じなんだ、こいつは。切っても壊しても即座に再生する黒い木の体…つまり、ゲブラーってやつは偽姉貴同様不死身の体を持ってることになる。
まだ、偽姉貴は本体が弱かったからどうにかなった。だがゲブラーは不死身の体に加えそもそもの実力が世界最強格。多分アイツが不死身じゃなくても俺は勝てないだろう、そのレベルのやつが不死身の体まで持ってたらもう打つ手なしだろ!!
「クソッ!なぁ!あんた!」
「ああ?なんだよ」
俺は迫る木の根を剣で串刺しにして地面に釘付けにしながらゲブラーを指差し。
「お前、なんなんだよ。オフィーリアの仲間か…?」
「そう言ってんだろ、セフィラの一角…『峻厳』のゲブラーってな!」
「セフィラってバシレウスと同じ奴らだよな、じゃあバシレウスの味方じゃないのか!それともこの体、お前もやっぱりコルロの子分なのか?」
「子分?たはは」
子分、その言葉を聞くなりゲブラーはクツクツと笑い顔を手で覆いながら肩を揺らし。
「子分、子分と来たか。つーかさっきからお前、オフィーリアの仲間だのバシレウスの味方だのコルロの子分だのと…俺様を型に嵌めたがって」
そして、顔を覆う手がバチバチと光を放ち、周囲に爆発音が響き渡ると…。
「俺様は、俺様だよッ!!誰かの手下だと思うんじゃねぇよッッ!『獄炎』ッッ!!」
「なッ!?」
その掌を向けられ、撃ち放ったのは紅蓮の炎。炎はまるで紙に染み込む水のようにあっという間に空間を敷き詰められ、俺が避ける暇すら与えることなく、一瞬で迫り…。
「ぐぅっ!?!?」
吹き飛ばされる…けど、変なんだ。全身を覆う熱、そして衝撃は凄まじい。さながら熱の津波だ、けど…全身を燃やされているのに、体に火が移らない。火傷が発生しない。
「ぐっ…ゔぅっ…!」
地面を転がり、全身から湯気が立ちながらも俺は前を見る。ゲブラーの放った炎、延焼を起こさずその場で留まるような不思議な火炎。…あれ、見たことあるぞ、俺。
(あの炎は…ゴールドラッシュ城を燃やしてた変な炎だ!!)
ゴールドラッシュ城で突如として発生した不思議な火災。城を燃やしながらも人には燃え移らず、ただ熱だけを振り撒く不思議な炎。あれ…こいつが出してる炎と同じだよ。
ってことは何か、こいつ…ゴールドラッシュ城にいたのかよ!あの騒ぎの一因はアイツか!
『ステュクス、注意せい…アイツの炎はただの炎じゃないわい』
「え?」
ふと、ロアが俺に語りかける。目の前で燃え上がる不思議な火…物に燃え移らず、その場で燃え続ける変な火炎。その正体を見極めたロアは……。
『ありゃあ属性魔術じゃないのう、付与魔術じゃ』
(付与?付与って剣とか槍に使うアレだよな)
アルクカース人がよく使う魔術だ、剣に炎を付与したり、槍に射程拡充の効果を付与したりする魔術だ。けどあれはどう見ても付与魔術に見えない…。
『勿論普通の付与ではない、アレは『界領付与魔術』…即ち世界その物に効果を付与出来る極大付与魔術じゃ』
「世界そのものに…!?」
『射程は奴が認識する領域全体、世界そのものに付与するが故に空間を伝播して効果が波及する…つまり防壁や防御では防げん。それを常に体の中に留め攻撃と共に振り撒くことで詠唱もなしに発動しておるのじゃ』
「体の中にって、そんなことできるのかよ」
『出来んな、少なくとも普通の人間では肉体に付与することもできる。が…奴は不死身の体を持っておるしな、体の中に空間を燃やす炎を格納することくらいワケないじゃろう』
出鱈目だろそりゃあ。防げない炎って…しかもあの巨大なゴールドラッシュ城をたった一人で燃やし尽くし火力だぞ、マジか。強さに加え、不死身さに加え、防げない魔術と来たか……。
(どう……切り抜ける)
俺は必死に考える、そうしている間にもアナスタシアが追い詰められていく、コーディリアも戦線に戻ったが…ダメだ、二人でさえゲブラーに攻撃を加えられる気配がない。きっとそこに俺が加わっても無駄。
なら何をする、どうする、アイツらの目的はなんだ、どうすれば俺たちはここから生きて離脱が出来る。出来ることはなんだ、やれることはなんだ。
(考えろ、考えろ……)
思考を巡らせる、頼みの綱のバシレウスはオフィーリアと戦い、アナスタシアとコーディリアはゲブラーと戦い、完全にこちら側に戦力が足りていない。
(だったら、俺がバシレウスに加勢してオフィーリアを手早く倒させて、ゲブラーの方に戦力を割けば……)
咄嗟にバシレウスの方を見かけ、……俺は首を振る。違う、それは俺の願望だ。この場に至っても俺はオフィーリアへの恩讐を捨てきれていないんだ。
馬鹿野郎がよ、俺が無茶した結果…どうなったよ。姉貴が死にそうになっただろ。また同じ過ちを繰り返させる気か。
違うだろ、やるなら…そうじゃない。この場を切りに抜けられる、唯一の方法は……。
(……コルロとオフィーリアは繋がってる、なら)
俺は、静かに立ち上がりながら…せめて、みんなを生き残らせる為の、生きて帰る為の選択をして─────その時だった。
「『ファムファタール・エラン・ヴィタール』」
「え?」
瞬間、世界が暗くなった。まるで空に天井が生まれたように世界が影に包まれ、あちこちに黒い炎が生み出され、世界が…景色が、一変した。
「な……んだこれ」
俺は動きを止める、止まらざるを得なかった。突如地面に迸った炎の中から、無数の刃が突き出し、俺の首前で止まった。いや首だけじゃない、無数の刃が俺を囲む檻のように展開され、少しでも動こう物なら刃に触れてしまいそうなくらい、刃が密着したしたのだ。
「なんだよこれ…」
「動くなッッッ!」
そんな中、バシレウスの叫び声が聞こえ、そちらに目を向けると。
「こいつはオフィーリアの極・魔力覚醒だッッ!!一歩でも動いたら死ぬぞ!!」
バシレウスもまた無数の刃に囲まれ、首には虚空から垂れる麻縄がかかり、身動きを封じられていた。
これ、オフィーリアの覚醒?この地面から這い出る刃が?…いや違う、刃だけじゃない。
「はぁい、全員動かないで〜…死んじゃう〜?」
一歩、闇の中を歩くのは…黒い炎を背中から吹き出し、身を焼かれるオフィーリアだ。奴が歩いたところから、世界は変わる。
地面からは無数の黒い刃、黒い槍、黒い槌、漆黒の武器が無数に飛び出す。
空からは、まるで飾り付けのように輪を作った麻縄が垂れる。
炎が大地を包み、黒い液体が宙を舞い、虚空に電流が迸る。
さながら地獄…いや。
『死…そのものじゃ、刃に触れるなよ。触れたら傷の有無に関わらず死ぬぞ…ステュクス』
「え?」
『分からんか、これはオフィーリアの極・魔力覚醒じゃ。奴の覚醒は人の死因を生み出す力なのだろう。人の死因となり得る物を生み出し、人を殺す…死の覚醒じゃ』
────オフィーリア・ファムファタールの極・魔力覚醒『ファムファタール・エラン・ヴィタール』…それは概念抽出型の中でも際立って異質かつ極めて効率的な覚醒。
範囲は半径50メートル全域、オフィーリアを中心として漆黒の円を描き内側を黒い炎で焼き尽くし、炎の中から無数の死を生み出す。
死は人の死因になり得る全ての形で具現化される。刺殺、斬殺は剣や槍として。絞殺は麻縄として。燃死は炎、溺死は水、感電死は雷、他にも存在し得る全ての死が形ある『死因』として生み出され、オフィーリアの領域内を覆う。
人の死因となり得る物全ては濃密な死の概念を纏っており、命ある生命体が触れればその時点で死ぬ。例えば黒刃の腹に触れようと、黒い水に足先だけが浸かろうと、掠っただけで即死する。
長時間領域内に滞在するだけで急性心筋梗塞を患い問答無用で即死する死に満ち溢れたこの覚醒、その適用外となるのは唯一オフィーリアのみである─────。
「ちょっとでも動いたら、殺すからねぇ」
死が溢れ、濃密な殺意が充満する世界の真ん中で、オフィーリアは地面に刺さった黒剣を抜き、もう片方の手には地面に刺さった槍を携え、俺達を見回す。俺も、コーディリアも、アナスタシアも、バシレウスでさえも刃に囲まれ動けない。触れれば即死、当たれば即死の反則級の覚醒を前に…何もできない。
「さて、どうしようっか。クユたん」
「はぁ、お前…この覚醒あんま好きじゃなかったよな。なんでこうホイホイ使ったよ、間違って俺一回死んじまっただろうが」
「別に嫌いじゃないよ、でも前にさ、街中で使ったらレナトゥスしゃまが『殺し過ぎだ』って怒ったから、街中じゃあんまり使わないようにしよ〜って思っただけ、内容に関しては…寧ろ好き」
ゲブラーは地面に突き刺さる刃を無視してへし折りながら歩く、触れる都度に死ぬが、死ぬ都度に生き返るゲブラーはこの領域の中でも無防備に動けるのだ。そして二人並んだアイツらは俺達を見やり。
「じゃ、どう殺すか」
「えぇ、残酷にでしょ〜」
「ッッ……!」
動けない俺達に向けて、オフィーリアが笑う、ゲブラーが同調する。やばい…終わりか、いや…まだだ!
まだ打つ手はある……!あるはずだ…。
「さぁて、それじゃあまず……」
「待て!!!これを見ろ!!!」
咄嗟に俺は、刃の隙間を縫って懐から…取り出す。紅のペンダントを……。コルロが狙っているペンダントだ、それを取り出せばバシレウスはこっちを信じられないという目で見て。
「おい、お前なにしようとしてる…!」
その言葉を聞いて、一瞬悩む…悩むが……迷いはしない。
「これはコルロが俺達から取り返したがっているペンダントだ!これを渡す、だから…見逃してくれ」
「んん?なにそれ」
「いや、確かコルロが言ってたペンダントじゃないか?それ。なんでテメェらが持って……ああなるほど、盗み出したのか。笑えるぜ、コルロの奴ヘマしたんだ」
「おい!!ステュクス!!!」
バシレウスの言葉を無視して、俺はペンダントを握りしめ、オフィーリア達に差し出す。少なくとも、今この場を切り抜けるにはこれしかない。
「あれを俺様達が取り戻せば、少なくともコルロはデカい顔出来ないようになるな。貰っておくのも悪くないかもしれないぜ?オフィーリア」
「ふーん、で?だから?なんでそれを貰ってアイツらを助けなきゃいけないの?欲しいんなら殺してから奪えばいいじゃん」
「なら、俺はこの場でこのペンダントを壊す」
俺はペンダントを握り締め、力を込める。もし俺達を殺せば…その前に俺はこのペンダントを握り締めて壊す、それはコルロにとって最悪のシナリオだ。
「もし、ペンダントが失われればネビュラマキュラの血はバシレウスの物だけになる。そうなりゃお前ら、バシレウスも殺せないぜ」
「……欲しいのは血でしょ、殺して死体を届ければいい」
「残念だがそうはいかないぜ?コルロが言ってたんだ、バシレウスの血は生き血である必要があるってな、だからコルロは今日までバシレウスを殺さなかったんだ。それをお前らが殺せば…もうコルロの目的は達成出来ない、恩売るどころか大戦犯になるぜお前ら」
これはハッタリを交えた交渉だ。俺の手元にあるペンダント、コルロが必要だと言っていたのはネビュラマキュラの血…即ち、このペンダントかバシレウスのみ。
当然俺はその詳細を知らない、だから『生き血でなくてはならない』なんてのは口から出まかせだ。真実の中に一滴の嘘を垂らした交渉…嘘がバレれば即座に全員死ぬ。
その交渉を…行っているのに。
「違う!生き血の必要はねぇ!俺の血でいい!だからそれを差し出すなステュクス!!」
バシレウスが邪魔をする、馬鹿野郎お前、この嘘が通じなきゃ全部終わりなんだぞ!俺もお前も殺されて!ペンダントと血の両方取られて終わる!そんな事もわからねぇのかよ!
「ふーん…クユたん、どう思う?」
「バシレウスの奴が本当のことを言ってるとは思えねぇな、アイツはバカだからよ。あれを鵜呑みにするのは怖え…が、ステュクスって奴の言葉が本当とも限らねぇがな」
ゲブラーはジロリとこちらを見て、ゆっくりと近づいてくると…。
「……俺を殺せば、その瞬間俺はペンダントを壊す、死ぬ間際でもそれくらいは出来る。そうなればお前らはバシレウスを殺せなくなる…ペンダントを渡せば、お互いウィンウィンだろ?…見逃してくれ」
「ふーん、お前いい度胸だな。俺様を相手に交渉か?」
「違う、命乞いだ。半べそかきながら小便漏らしかけながら…助けてくれって頼んでる。ペンダントを渡すから見逃してくれ…」
「いいのか?お前…オフィーリアに師匠だかなんだかを殺されてんだろ?そんな憎い奴相手にこんなもん渡して…お前、それでいいのか?」
「…………」
ここでペンダントを渡せば、元の木阿弥…またコルロは力を取り戻す。結局コルロを倒さなくちゃいけない事から考えるに…ペンダントは渡すべきじゃない。分かってる、分かってるが命には変えられない。
なにより、オフィーリアをまた取り逃すことになる…けど、それでも。
「構わない、死ぬのは嫌だ」
俺は死ねない、誰も死なせたくない。もう俺は…俺個人の感情を優先して、誰かを傷つける気にはなれない。
「へっ、そうかい!おいオフィーリア!こいつガチだぜ!こりゃやられたな!呑むしかねぇ!」
「こいつらの言うこと全部信じるの?」
「いや、こいつは俺様の経験則だが。手前の命一つ賭け皿に乗せて騙し合いを仕掛けてくる奴の嘘は見抜きようがない、こいつがマジのこと言ってる可能性もあるし、嘘を言ってる可能性もある、どっちにせよ後がないから焦りもなにも見定められない。そこが見抜けないなら…嘘の可能性を考慮して交渉は呑むしかなくなる」
「あっそう、ならそれでいいや。ペンダントはもらう、だからそれを寄越しなよ」
「その前に…これを解け、怖くて手が開かない」
「チッ」
瞬間オフィーリアは極・魔力覚醒を解除する…そして解除され、自由になった瞬間。俺は全身を動かし……。
「じゃあ!!これで手打ちで!!」
「あ!」
思いっきり明後日の方向に投げる。ペンダントは木々を通り過ぎて遠くへと飛んでいく…それを見てオフィーリアはバチギレの視線でこっちを見て。
「手前!」
「ッッ…!」
一瞬、拳を握りこっちに向かってきそうになるが…それをゲブラーは止めて。
「まぁ待て、利口な判断だった、怒る必要はないぜオフィーリア」
「はぁ?何言ってんのクユたん!アイツペンダント投げて取ってこーいってしたんだよ?」
「それはペンダントを受け取った瞬間、俺達が再び襲いかからないようにしたんだろう。俺様が同じ立場なら同じ事をした、賢明だぜ?こいつのやったことは…俺様は評価する」
するとゲブラーは歯を見せて笑いながらペンダントの方へ向けて歩き出し…。
「おいお前、ステュクスって言ったな。テメェはてんで雑魚だが立ち回りは一番よかったぜ?もし俺様が現役のマフィアやってた頃なら、お前にゃ支部の一つでも任せたかもしれねぇ」
「……マフィアじゃないから、嬉しくない」
「そうか、だが俺様はマフィアだ、履行された契約は果たす。だから今回のところは見逃してやる…だが、次襲いかかってきたら…同じような交渉を飲んでやれるか分からねーぜ?」
「…………」
「ガハハハハハ!つーわけだ!精々賢く生きろよ!」
「チェ…まぁいいや、それじゃあねぇ?ステュクス君。次もまた懲りずにかかってきてねぇ〜?そうしたら、大好きなお師匠さんとお姉さんに会わせてあげるからぁ〜、アハハハハハ」
「ッッ…………」
響く、ゲブラーのオフィーリアの高笑いが。オフィーリアの言葉に俺は唇を血が滲むほどに噛み締めながら、俯いて耐える。いいんだ…今はいいんだ、落ち着けよ。無茶して突っかかって…それで死んでちゃ意味がねぇよ…うん。
(クソッ……)
けど…情けねぇなぁ……師匠の仇だぜ、姉貴の命を奪おうとしてる奴だぜ、それをまた…みすみす見逃すなんてさぁ…もっと、もっと俺が強ければ……俺は。
「ステュクス…助かったよ」
「悔しいけど、セフィラの相手はやはり厳しいかもな」
そうして、オフィーリア達が立ち去った後。アナスタシアさんとコーディリアさんが礼を言ってくれるが…仕方ない。俺もみんなも弱いわけじゃねぇ…アイツらが常軌を逸するほどに強いんだ…だから、仕方ない。
「大丈夫ですかな、怪我があれば私が治して……」
と、戦力外を自覚していたムスクルスが咄嗟に草むらから出てきて怪我を治そうとした瞬間だった。安堵の息をこぼす暇もなく…そいつは怒号を鳴り響かせながら、飛んできた。
「ッテメェェェェェエエエッッ!!!」
「ッッ!?」
俺は、すっ飛んでいたバシレウスに押し倒され…そのまま丸太小屋に叩きつけられる。ガラガラと崩れる丸太に押しつぶされそうになりながらも、バシレウスはそれを払い除け。怒りに満ちた表情で俺の胸ぐらを掴みながら地面に押し付ける。
「テメェ!!なんであれを渡した!!なんでだよ!!」
「っぐ、仕方ないだろ!ああするしかなかった!渡さなきゃみんな死んでた!!」
「関係あるかよ!!あれを渡して…テメェは!!」
バシレウスは今までにないくらい怒っている。牙を剥き、目を見開き、吠えている。ただでさえ怖いバシレウスがいつも以上に怖い顔してる。けど…どうしてかな、俺はこのバシレウスを見て、怖いと言うより…悲しそうに見えるのは。
「ちょっとバシレウス!お前いい加減にしろよ!ステュクスが交渉してなきゃお前も死んでたって分からないのかよ!」
「うるせェッ!!雑魚共!!」
咄嗟に止めようとしたアナスタシア達を追い払おうと、バシレウスは俺から手を離し腕を振り回し立ち上がる。徐に立ち上がり…肩を揺らし、もう怒りを抑えきれないとばかりに拳をギュッと握る…そのバシレウスの背中を見て、何も言えない。
何も言えないけどさ、そりゃ…違うだろ。
「ッ…ふぅ…ふぅ、ふざけんなよ!なんのために今までペンダント守って戦ってたんだよ!」
バシレウスは息を荒げながら、倒れる俺を見下ろし…そう吐き捨てるんだ。なんのためにって…いや、おいおい…。
「待てよ…じゃあ、あの場で意地張ってみすみす殺されてた方が良かったのかよ…」
「ああ?ボソボソ言ってねぇで腹から声出せよ!」
「ッお前な!いい加減にしろよ!!」
立ち上がる、こいつだって切れてるかもしれないが…俺だって頭に来ることはあるんだよ。ペンダントは渡すな?じゃあどうすりゃよかったんだよ!こっち側にペンダント以外向こうを納得させる材料なんてなかっただろ!!
しかし。俺の態度にバシレウスはブチギレ…俺の胸ぐらを掴み上げ。
「いい加減にしろだと…俺がなんのためにお前にペンダント預けてたと思うんだよ!」
「知らねぇよ!テメェは何も言わないだろ!なにも話さず!なにを聞いても答えねぇ!それでテメェの事情全部察しろってか!」
「そうだよ!」
「無茶苦茶言うな!何も話さない人間の何を信じて、何を守れってんだよ!!」
俺もまた頭に血が昇り、バシレウスの手を払いのける。ふざけんな、なんにも口に出して言わない、何かを聞いても無愛想に答えるだけ。それで察しろ、心の中を考えろ…だと?バカなこと言うのも休み休みにしろ。
「あの場で!ペンダントを渡さなきゃ!お前も俺も死んでたんだよ!」
「知るか!そんなの!」
「知るかはねぇだろ!じゃあお前はあの場で死んでた方が良かったのかよ!みんな!一個人の感情で!死なせてもよかったってか!!」
「あれを渡すより、そっちのがマシだ…!」
「ふざけた事を…!」
咄嗟に俺がバシレウスに向け拳を握りながら迫ったところ…、後ろから引っ張られ止められる。
「おいおい、落ち着けって。こんな所で喧嘩して何になるんだよ」
「見るに耐えない、今すぐやめろ」
アナスタシアとコーディリアだ、今すぐ喧嘩をやめろと言うんだ…けど、でも。止まれるか、こんなところで!
「……バシレウス!お前はもう少し自分を大切にしろよ!無茶苦茶に敵に喰ってかかって!闇雲なんだよお前!さっきのオフィーリアの件だって!一緒に戦ってたら…」
「ッ……なんだよ、お前みたいな雑魚がオフィーリアと戦ってたら!どうなってたかなんて考えるまでもねぇだろ!」
「雑魚で悪かったな…!けど、それでも…お前は死なせるわけにはいかないんだよ!」
こいつは死んじゃいけない、ここで死んでいいわけがない、だって…だって!
「だってお前にはレギナがいるだろ!!」
「ッッ…!」
バシレウスはレギナの名を聞いて、目を見開く…それはレギナの存在を聞いて思い直したとか、そんな感じじゃない。寧ろ…ショックを受けたような、そんな変な顔をして。
「レギナって…そう言えばお前、初めて会った時もレギナの名前、言ってたな…なんなんだ、レギナの」
「ああ?俺はレギナの騎士だよ…マレウス王国軍近衛部隊所属の…。言ってなかったか?」
「……つまり、レギナの子分かよ」
「そうだよ、レギナから聞いてる!お前レギナの兄貴だろ!今レギナがどんな状態か知ってるだろ!お前の代わりにレギナは玉座に座り!この国の全てを背負ってる!レギナはお前の代わりに頑張ってるんだよ!」
「………」
おかしい、こんなにも訴えかけているのに…届いている気がしない。寧ろ、話せば話す程…バシレウスとの距離が離れている気がする。なんでだ、なんで……。
「お前を死なせたら!レギナに合わせる顔がない!だから…バシレウス、この一件が終わったらお前はネビュラマキュラ城に──」
「一つ言っておく」
その一言に、俺の言葉は遮られ……。
「俺は、レギナの兄貴じゃない」
「ッ…」
バシレウスの眼光に、俺は体が動かなくなる。冷たく、そして…失望するようなそんな瞳で、俺を見るんだ…そして、バシレウスは俺に背を向け。
「ハッ…結局、打算かよ。テメェが俺についてきてたのも、一緒にいたのも…城に連れ戻す為か。お前も…同じかよ」
「……そうだよ」
「俺は俺を縛る者が嫌いだ、お前も俺を縛ろうってんなら……。…もう失せろ」
それだけ口にして、バシレウスは背を向け歩き出す。まるで俺から立ち去るように。…なんだ、レギナのために動いてるのが、そんなに嫌か…?何に対してそんなに怒ったんだ?
「……なんなんだよ」
訳がわからない、立ち去り消えたバシレウスを見送るように俺はただ呆然と立つ。マジで勝手な奴だ、内心を察してくれなんて勝手な事言って…それで。
「まぁ、ほっとけば?」
ふと、アナスタシアが声を上げる。
「あれがいても厄しか呼ばんでしょ」
「……アナスタシア」
「まぁ、あれが一緒にいることが絶対条件ではないからな」
「コーディリア……」
みんな、バシレウスを放っておけと言う。俺も放っておこうと思う。だってアイツはもうほとほと愛想が尽きた。これ以上アイツに付き合っても……。
(…………レギナ)
バシレウスはレギナの兄貴だ、けどアイツと会って話して、理解したのは別に連れ戻してもバシレウスはレギナの代わりに玉座になんか座らないってこと。これはもうかなり早い段階から分かってた…分かってた。
なら、なんで俺は…アイツを助けようとした。
(………………)
……助けようとした、って言うとちょっと変か。
でも、そうだな。俺がバシレウスをコルロの所から助け出したのも、一緒に行動していたのも…全部、全部──────。
(……アイツは、なんであんなにも…)
バシレウスは強い、一人でも生きていけるくらい強い。それでもアイツは俺を側に置こうとしたんだ?役に立つから?役に立ってたか?俺。
違うよな、アイツはきっと俺の事を…信頼してたんじゃないのか。だからあんなにもショックを受けてたんじゃないのか。
「すみません、俺…ちょっと行ってくる」
「え?どこに?」
「バシレウスのところ」
その言葉を口にした瞬間。俺の中で色々な物がスッキリして、言語化が出来るようになった。
助けたいんじゃない、アイツを連れ戻したいわけでもない。俺は……一人で生きようとするアイツを放っておけない。アイツが俺を放っておかなかったように…放っておけないよ!
だから、もう一度アイツと話に行く……だって俺はまだ。
アイツの本音を…何も聞いてないから。