730.星魔剣と零の男
女王レギナは命じた、メグに頼み込み一時釈放してもらった元逢魔ヶ時旅団第二隊長であるアナスタシアとハーシェルの影その六番コーディリア・ハーシェルに空魔の館改造の手伝いをさせた後、北部に向かいステュクスの手伝いをするように。
そうして二人は北部に向かい、ステュクスを探した。その過程で彼女達が最初に見つけたのはステュクスではなく元悪魔の見えざる手の幹部である筋肉法師ムスクルスだった。
ムスクルスはコルロを追うバシレウスと共に旅をしていたところ、なんとタヴと行動を共にするうちにその存在をバシレウスに忘れ去られ、置いていかれてしまっていたのだ。
ここでアナスタシア達と合流したムスクルスは考えた、アナスタシア達はステュクスを追いかけ、ステュクスはオフィーリアを追いかけ、オフィーリアはコルロと共に行動してサイディリアルを攻めた。ならアナスタシア達と行動を共にすればコルロに行き着く。コルロのところにバシレウスはいると。
そうして行動を共にした二人は…今、ステュクスとバシレウスの元に現れたのだ。
「あ、あんた達。俺の味方なのか!」
「まぁね、今は…だけどさ」
「お前が死ぬと契約不履行になる。勝手に死ぬなよ」
適当そうな見た目で隙のないアナスタシア、なにやら人生全てが燃え滓になりダウナーに落ちたような口調のコーディリアが俺の目の前に立ち、俺を守るように構えている。
レギナが俺に援軍を送ってくれていたんだ。ありがたい…ありがたいけど。
「ふむ、お怪我はないようですな」
「お前はなんで味方ヅラなんだよ!敵だったろ!」
こっちは別だ、ムスクルス。こいつはあのデッドマンの手下だ、悪魔の見えざる手はみんな姉貴達にやられてどっか行ったらしいけど…なんでこいつがここにいるんだよ。
これ覚えてるからな、こいつプリシーラを攫ったりなんだりやった奴だろ!なんで味方みたいな面して側にいるんだよ!
「悪魔の見えざる手は解散しました、デッドマンは消息不明…まぁ生きてはいないでしょう。それはそれとして今はバシレウス様に忠誠を誓う身…見たところ今お前はバシレウス様の味方の様子。ならばこそ私も味方足り得るのだ」
「……イマイチ信用できねぇな」
「なら、この身で体現しましょうぞ!街の西方に馬車を用意してある!それで退散するのです!その道は我々が切り拓きましょう!」
「西方…ってことは敵を突っ切らないといけないな…わかった、兎も角今は一緒に切り抜けよう!」
目の前にはコルロの部下達、けど…一人じゃないなら!
「よっしゃ、久々の実戦だ。腕が鳴るなぁ」
「私はもう…殺しはしない、それがマーガレット…いや、メグへの贖いだ…だが、敵は潰す。そこに変わりはない」
聞いたところによるとアナスタシアはあの世界最強の傭兵団である逢魔ヶ時旅団の上位幹部、それに加えてハーシェルの影も一緒と来た。悪魔の見えざる手のおまけ付き、なにがどうなってんだか分からんが全力としては十分すぎる。
剣を抜き、前に出て、この場を切り抜ける為声を上げる。そして、そんな俺に続くようにアナスタシアとコーディリアも飛び出し……。
「邪魔ァッッ!!」
「退いてろ!!」
振るう、アナスタシアは手に持った鉄剣を。コーディリアはグルリと体をひっくり返し手で地面を掴み蹴りで敵の体を打ち抜き吹き飛ばす。いや強い!こいつら強い!流石八大同盟の幹部クラス!傘下の組織程度相手にもならねぇ!
「退いてろよ!吹っ飛ばしちゃうぞ!」
「ぐっ!アナスタシア!テメェ!逢魔ヶ時旅団が消えてどこに行ったかと思ったら!裏切りやがったのか!」
「聞いてるよ、コルロがマレフィカルムに反旗を翻そうと来てるってね。団長が生きてたら!テメェらみたいな雑魚に調子になんか乗らせなかったろうね!!」
「ぅげっっ!?」
巨漢クラニオがアナスタシアを捕まえようと、その大きな体を動かして腕を振り回す。しかし、…あれだな、まるでお遊戯を見てるみたいだ。
アナスタシアは凄まじい速度でクラニオの腕を回避し、逆に腕の上に乗り、大木でも伐採するような勢いの蹴りをクラニオの割れ顎に叩き込み…。
「私は逢魔ヶ時旅団最速の女『殺剣』のアナスタシア。つまるところ世界最速の傭兵だよ、そんな鈍重な動きで捕まえられると思われてるなら、ショックだなぁ」
「ぉご……」
泡を吹いてクラニオが倒れ伏す。一撃だ、一瞬だ、瞬きする間もなく倒しちまった…。
「俺は運がいいぜぇっっ!!ハーシェルの生き残りを殺せる日が来るとはなァッッ!」
一方、片腕にガトリングガンを装着した男シメールはコーディリアを狙い。
「ジズ亡き今!お前を殺せば俺がハーシェルを超えたことになる!死ねや影女!!」
「はぁ」
ぶっ放す、ガトリングガンから雨霰のような鉛玉が降り注ぎ、コーディリアを狙う…がしかし、コーディリアは大きくため息を吐くと同時に────消える。
「え?あれ?消えた……」
「空魔一式」
「あ」
いや消えたんじゃない。背後に回ったのだ…目にも留まらぬ速度で、コーディリアはシメールの背後から、まるで影のようにぬるりと現れ、そしてその頭に両手を添えて。
「絶影一閃」
「ごひゅっ!?」
ゴキリ、と音を立ててシメールの首が斜めに揺れて…倒れ伏す。シメールの体をヴェール代わりに、倒れ伏したその先に現れたコーディリアは冷たい目で見下ろす。
「よかったな、私が現役時代なら…今のでお前を殺していた。この程度でハーシェルを超えるのは無理だろうな」
(つ、強え……!)
強い、アナスタシアもコーディリアも全然敵を寄せてつけてない。こんなにも差があるか、普通の組織と八大同盟の幹部とは、こんなにも。
よくやってくれたよレギナ!めちゃくちゃ優良な助っ人寄越してくれたよ!
「ほぁあああああああ!!安眠気穴百連打!!!」
「うぎゃあーっ!?すやぁ……」
そして、ムスクルスもまた遠慮なしに戦う。アイツが指を立てて迫る雑魚共の首筋に突き刺せば…刺された者はまるで気絶するようにその場で眠ってしまう。かなりの老体だろうに凄まじい速さで腕を振り回して一切敵を寄せ付けず、次々と気絶させる。
忘れそうになるが、悪魔の見えざる手って元々八大同盟だったんだよな。ってことはムスクルスもある意味八大同盟の幹部だ。八大同盟の一線級戦力が一気に三人も……これなら問題なさそうだ!
「よっと、これなら切り抜けられる……」
俺は剣を振るい目の前の戦闘員を叩きのめしながら前を見据える。相変わらず敵の増援は止まらないが、これなら問題なく突破出来る。
「そらステュクス!こっちに来なよ!一気に抜けるよ!」
「あ、ああ!分かっ……いや」
アナスタシアに誘われ、離脱しようとした瞬間。脳裏によぎるのは……。
「バシレウス…!」
頭上を見れば、空を駆け抜けているバシレウスとリューズが見える。二人の身体能力は互角のように見え、とてもじゃないがこっち側から介入してなんとかなるようには見えない。が…置いてもいけない!バシレウスを置いていけないのはそうだし、リューズがペンダントを持ってるんだ!
「悪い!アナスタシア!コーディリア!バシレウスを助けに行きたい!」
「バシレウス?……げっ!なんかすげぇ魔力が飛び回ってると思ったらあれ帝国にいた白髪のガキじゃん!!なんでここにいるのさ!」
「なんだあれは…!ジズなんか目じゃないレベルの強さだ!」
「むむ!バシレウス様…いやしかし、バシレウス様と互角のあの小柄な青年は一体……」
全員が空を見上げ、驚愕する。やっぱこの人達でもあのレベルはきついか…仕方ない!
「なぁ三人共!馬車があるんだよな!…そこまでの退路!作っておいてくれ!」
「ちょっ!ステュクス!君が行ってどうにかなるレベルじゃないよね!死なれると困るんだけどー!」
駆け抜ける、走り出す、バシレウス一人でリューズを倒すのは…結構時間がかかりそうだ、何よりアイツはまだしっかり休めてない。もしかするとってこともある…だから助けに行く。
俺程度が行っても何も出来ないかもしれない、だけど!何も出来ないのと何もしないのは全く話が違う!ここで指咥えて見てられるかよ!
少なくとも!アイツは俺と戦ってくれたんだ!だったら俺も戦う!!
……………………………………………………………
「グゥッ!!」
「なんだ!なんで手加減するんだ!」
リューズの一撃をモロに喰らい、俺は街で一際巨大な石作りの建造物に突っ込み、壁を砕いて中に転がり込む。
痛いの貰っちまった…クソが、あんなトロトロパンチ喰らうなんてよ…!
(チッ、まだ傷が引いてねぇ…!)
体中のあちこちがズキズキ痛む、傷口は塞がったが…コルロ達と戦った時のダメージが抜けたわけじゃねぇ。魔力はある程度戻ったが、前回アイツと戦った時程余裕があるわけでもない…何より。
(あの野郎…前に戦った時より遥かに強くなってやがる)
頬から汗が溢れる。前に戦った時は身体能力押しだったのに、今回は違う…ある程度技を織り交ぜて来やがる。あの一戦だけで得た経験値を爆発的に吸収して、強くなっている。めちゃくちゃな学習速度だ。
クソが、才能は俺の領域だぞ、そこで負けてたまるかよ。
「前回は、もっとすごい技を使ったのに、なんだ…なんでそんなに弱いんだ、もっと凄い技を見せてくれよ」
「ケッ…必要ねぇよバァカ」
開いた穴に着地したリューズ、それと共に地面が凍り始め…霜が乗り始める。こいつも俺との戦いのダメージがあるだろうに、なんでこんなに元気かね。バカだから分かんないのか、ダメージとかよ。
いや……あれか。
『こっちにバシレウスが逃げたぞ!』
『追い打ちをかけるんだ!』
そう言って外の連中が、コルロの部下達がこちらに寄ってくるが…リューズは。
「邪魔しないでくれ」
そう呟くと同時に、周囲に霜を迸らせる。その霜が…コルロの傘下の組織達を絡め取ると…。
『う、うわぁぁああ!!なんだ!魔力が!』
『す、吸い取られ…げふっ……』
まるで雑巾でも絞るように、外にいる連中の魔力や生命力、体力に至るまで吸い取られ、奪われ、リューズに還元される。こいつの傷の治りが早いのは多分、周囲から生命力を奪い取っているからだ。
前回よりも奪う力が強くなってる…そんなのありかよ。
「なぁ、もっと強い技…見せてくれ」
(出来たらやってるよ、バカクソが)
出来たら、やってる。別に出来ないわけじゃないが…やれない。理由は一つ、やればこの街が吹っ飛ぶ。別にこの街の人間が何人死のうが全員死のうが構わないが…まだ街にはステュクスがいる。
ステュクスはダメだ、ステュクスをまだ死なせるわけにはいかない。アイツには借りがある…借りとは即ち勝敗だ、俺はステュクスに負けたも同然の状態にある。
コルロに仕返しを考えるなら、俺はステュクスにも仕返しをしないといけない。コルロには実力で、ステュクスには借りを与えるという形で返さなきゃ…俺は負けたままになる。
それは嫌だ、俺は負けるのが嫌いだ。だからステュクスを死なせるわけにはいかない…!クソが、ステュクスの奴とっととこの街から逃げろよな。
「ああ…ショックだよ、俺はショックだ……」
「は?なんだよ」
「俺は姉様にずっと閉じ込められて…ようやく俺に何かを与えてくれると思っていたのに、その程度なのか…?違うよな、違うはずだ、それとも弱かったのか、本当は」
「ンだと…テメェゴルァ…!!!」
「だったら、見せてくれよ…与えてくれよ!俺に!!」
こいつナメやがって、こいつぶっ殺してやろうか今ここで…!上等だ魔力を全開放して覚醒も使って……!
い、いやダメだ…これ挑発だ、乗ったら負けだ。負けるのは嫌だ。
「ふんっ……」
「……ああそう、そうかい。見せてくれないんだね…」
すると、リューズは大きく手を広げ。
「だったら、消えてくれ…君がくれた、君の技で、君を殺す」
「なッッ!?」
魔力だ、周りから奪った魔力を爆発させるように、暴発させるように一気に放出し解き放ったんだ。その威力は古式魔術にも匹敵する程の出力と威力を持ち、周囲の建物ごと何もかもを吹き飛ばし。
「ぐぅっっ!!」
俺もまた吹き飛ばされ、砲弾のような勢いで街の端に叩きつけられ、衝撃で大地が揺れ、周りの建物が積み木のように崩れ、クレーターが生まれる。
アイツ、魔力の使い方も学びやがった。しかも俺の真似じゃない…自分の使い方、やり方を得つつある。
あれが本当にあの初心者同然だった男の攻撃かよ。
「いい技だろ、君にもらったんだ…俺の物だ」
「チッ…!」
そして俺を追いかけてくるように、リューズがクレーターの端に立つ。クソが、こっちが好き勝手魔力使えないのをいいことに。ブラッドダインマジェスティさえぶっ放せりゃこんな奴……。
(あーもー!早くどっか行けよステュクス!!)
そう、俺が祈ったその時だった。
「おーい!バシレウスー!」
「は!?」
「助けに来たぞー!」
クレーターの外から、手を振ってやってくるのは…ド間抜けのステュクスだ。クレーターの斜面に足を取られコロコロ転がりながら俺の近くにやってきたステュクスは…。
「大丈夫か!」
「お前!何しに来やがった!!」
「助けに来たって言ったろ…」
「助けになるか!死ぬぞマジで!」
こいつまさか実力差が分からないレベルのバカなのか!?どうしようもないアホだなこいつ!終いにゃマジで殺すぞ俺が!!
「お前、俺に遠慮して戦ってんだろ」
「は?」
「お前にしては、地味な戦い方してたからさ…。俺を助けようとしてくれてんだよな、でも…俺はお前に助けられるばっかりの男じゃないぜ、何が出来ることがあるならやるさ!」
「……………」
なんだよこいつ、マジのアホだな…救いようがない。出来ることって…あるかよンなもん。
「お前に出来ることがあるとするなら、今すぐ街の外に出ることだ」
「でもそれをしたらお前遠慮なく街をぶっ壊して戦うだろ?流石にそれは申し訳ないよ、この街に」
「はぁ!お人よしは勘弁しろよ!」
すると。目の前にリューズがやってきて…ステュクスに目を向けると。
「誰だい、君」
「え?あ…俺ステュクス」
「そう、どうでもいい。今彼と話してる、邪魔しないでくれ」
「あ!」
思わず声が出る、やばい!アイツステュクスの魔力も奪うつもりだ!ダメだ殺される!早くどこかに行けと叫ぼうとしたが…遅い。リューズは即座にステュクスに手を伸ばし。
まずい、死ぬまで吸われる…全ての魔力を持っていかれる!
「うッ!?なんか吸われる!!」
一気にステュクスの体から魔力が飛び出しリューズに吸われていき────。
「ッ返せ!!」
「は?」
「え?」
と思いきや、ステュクスは思い切り剣を引っ張り…吸われかけていた魔力を一気に自分の中に戻したんだ…何が起こったか分からず、俺もリューズも目を丸くしている。
「あれ?奪えなかった…なんで?」
「あぶねー…なんだお前、星魔剣みたいなこと出来るんだ…けど魔力吸収なら同じことができるんだよ、こっちもな」
「どういうことなんだ……こんなの初めてだ」
リューズは己の手を見て首を傾げている、俺も傾げている。どうやら、ステュクスの剣は魔力を吸い取れるようで、それで逆に吸い返したようだ…そんな事出来たのかこいつ。そんな視線をステュクスに向けると、ステュクスは俺を見て。
「それより、アイツの…リューズのことについて教えてくれ」
「…………」
そう言うんだ、そんなおせっかいに…俺は真剣に考えているのか、ステュクスの目を見て…俺はマジで何を思ったのか、口が勝手に動いちまう。
「……知らねぇ、急に出てきた。めちゃくちゃな身体能力と才能を持ってるのはわかる…戦いは初心者だが、成長速度が俺以上だ」
「戦いの…初心者」
おいおい、何話してんだよ…ステュクスになんか話たって好転するわけがない。まさか俺は…期待でもしてんのかよ、サンライトから逃げた時みたいに都合のいい作戦を考えて、今この俺を助ける作戦を思いついてくれるとでも…思ってんのか?
あり得ない、このレベルの戦いが…ただの思いつきやアイデアでどうにかなるわけない、だから言えよステュクス…どうにもならないって、頼むから……。
「……へぇ、いい作戦思いついたかも」
「…………」
ニタリと笑うステュクスに言葉を失う…マジかよ、こいつ。
…………………………………………………
「よっしゃ、じゃあバシレウスはそこで見てろよ、俺がなんとかするから」
「アホか、なんとか出来るわけないだろ。魔力吸収がなくてもアイツは強えぞ、お前の百倍は」
「まぁ見てろ、いつもの事だから慣れてんだ」
俺はバシレウスの側から立ち上がり、クレーターの中に降りてきた男を…青髪のヒョロガリ、リューズに視線を向ける。その体から溢れる魔力が俺に告げるのは一つ…『俺とは次元が違うところにいます』ってな感じの至極簡単なメッセージだった。
「なんだ君は」
「俺はステュクス、あんたリューズってんだろ?ここからはバトンタッチだ…俺がやるよ」
「は?」
リューズは俺をジロジロ見ると、はぁと大きくため息を吐き…。
「何が何やら、フッ…君が?俺と戦う?見た感じ…君は俺より弱そうだ。みんなそうだ、俺より弱いんだ…バシレウスだけが、俺を満たせる…君じゃない」
「わ、笑うなよ!マジだぞ!」
「フッ……」
こ、こいつ…マジで吹き出して笑ってやがる、まぁ実際ガチでやったら勝ち目はないけどさ。
ナメんなよ、俺を……。
「おい、ステュクス…!マジで死ぬぞ」
「死なねーって、どいつもこいつもナメ腐りやがって…見てろよ」
制止するバシレウスを振り払い、俺は剣を抜き…リューズと見合う。するとリューズも笑うのをやめて…こちらを見る。
「まぁいいよ、手早く君を殺して…バシレウスと続きをやる」
「無理だな、お前にゃ殺せん」
「へぇ、なんでそんなに自信があるんだい?」
リューズはゆらりと一歩踏み出す、ただそれだけで全身が砕けそうな程の圧が体を駆け抜ける。マジでやばいなこいつ…でも、それでも!
(動け!やってやれ!やるんだ!!)
俺は、大きく腕を振りかぶり…口を開いて、リューズに向けて…叫ぶ。
「それは!お前の後ろにいる奴が教えてくれる!!」
「え?」
指を差す。リューズはそれに釣られて後ろを見て……。
「どっせいッッ!」
「グッッ!?」
一閃、まんまと俺に背後を向けたリューズの背中から斬りかかり、斬撃を加える。リューズの体は魔力遍在で強化していたのか火花が散るほどの硬さだったが、それでもリューズはそれに突き飛ばされゴロゴロと地面を転がり。
「い!いきなり後ろから斬りかかるなんて!そんなの俺の知ってる戦いじゃない!」
「隙だらけだったから……あれ?リューズ、お前足元になんか落ちてるぞ?」
「え?」
「どりゃあッ!!」
「ゲフッ!?」
転がり、俺に殺意を向けたところを更に俺はリューズの足元を指差せば、こいつはまたもまんまと視線を下に向ける。そこに俺は魔力を込めた渾身の蹴りを加え、下を見るリューズの顔面を蹴り上げ、更に転がす。
リューズは強い、めちゃくちゃ強い…けど。
「チッ!さっきから卑怯な事を…もうお前の言うことは聞かない…!」
「だったら正々堂々勝負だ!!うぉーーーっっ!!」
「ッ……!」
剣を構えリューズに突っ込む、俺の動きを警戒したリューズは待ち構える姿勢を見せる…が、その瞬間俺は……。
「喰らえ!」
「ヴッ!?」
右拳を突き出す、指に装着されてたのは…姉貴からもらった指輪。魔力を通すと光る不思議な指輪、それに全力の魔力を込めて光らせリューズの目を一気に眩ませる。
「め、目が……!」
「『魔衝一斬』ッッ!」
「ごぶっっっ!?」
そして一撃、魔力を爆発させる一撃を無防備なリューズに叩き込み、リューズは防ぐ余地もなく叩き飛ばされる。
そうだ、リューズは強い…けど、強いだけだ。こいつは戦闘の経験がゼロだ、こいつバシレウスみたいに正当に強い奴としかやったことないな?つまり…俺みたいな『なんでもやってくるタイプ』とは戦ったことがない。
「ッッなんなんだお前!!いきなり現れて!」
「言ったろ!俺はステュクスだ!」
「ッッ腹が立つ、こんな気持ち初めてだ…!」
ブチ切れて牙を剥くリューズ、それに向け…剣を高く振り上げ突っ込む。しかしリューズは迎え撃たない、俺の行動を警戒して動けない。対応策が分からないから何もできない、だから受けの姿勢しか取れないのだ。
「もういい、一撃で終わらせる…終わらせてやる」
「やれるもんならやってみろ!喰らえ!魔衝一斬!!!」
「ッ……!」
しかしリューズは学ぶ男だ、それはバシレウスから聞いているから分かる。こいつは相手の行動を受けてそれを確実に記憶し学習してくる。バシレウスもそこに手を焼いていた…しかし、その学習だって…必ずしもいいことばかりじゃない。
俺は高らかに掲げた剣を振りかぶりながら、一度見せた技を…学習する男であるリューズに向ける。一度受けた技だ、対応するためにリューズは剣を受け止めるため両手を広げ受け止める姿勢をとり────。
「なんちゃって」
「え…………」
ピタリと俺の剣がリューズの射程範囲で止まる。しかし同時にリューズを襲うのは……。
「は?え?何が起きて……あれ?」
激痛、それに対してリューズはゆっくりと視線を下に向けると…そこには、リューズの股に食い込む俺の蹴り。即ち…金的。魔力加速やらなんやらを加えた…俺の全力の金的。
食い込む足を見て、ワナワナと震えたリューズの体、ガクガクと震える奴の目は…グルリと裏返り、白目を剥くと同時に口から泡を吹き出して……。
「必殺、子孫断絶キック…ってな。お前、一回受けた技を意識しすぎだぜ?」
「う、嘘だろ…こんな、こんなの…バカだ…あり得ない…あり…え……」
倒れ伏すリューズに、俺は親指を立てる。こいつは学習する、けど学習って言ってもただ覚えてそれに対策をしてくるだけ。対策してくるって分かってるならある程度行動も読める。
例えば、剣を振り上げてさっき見せた技をもう一度繰り返せば、リューズはそれを受け止めようと掲げられた剣を見上げる。そっちにばかり注意が行く、すると疎かになるのは足元だ。
だから普段なら絶対に受けない金的なんて単純な技を…こいつは剣ばかりに気を取られて喰らっちまった。詰まるところそういう事、戦闘経験ゼロだから絡め手には滅法弱い。
どんだけ強くても、世間知らずじゃトップにゃ立てんぜ。
「さーて、確かこっちのポケットに入れてたな。お!あったあった!バシレウス〜!ペンダント取り返したぜ〜!」
「……マジでお前が勝ったのかよ」
「まぁな、あの手の手合いは真っ向からやってもバカ見るだけさ」
才能や魔力量だけで強さが決まってたまるかよ。結局世の中修練修練、経験経験、苦渋も何も知ってこそ勝てるってもんさ。アイツが戦いの初心者って聞いた時からこの手は思いついていた。
あんなアホみたいなやり方、ちょっと戦闘経験積んだ奴なら受けないしな。
「これ、俺がまだ持ってていいんだよな」
「………ああ」
ペンダントは手に巻き付けプラプラ揺らせばバシレウスはなんか悔しそうにしつつも、頷く。よかったよかった、助けられたみたいで。
「よし、なら行こうぜ!なんか助けが入った!馬車を用意してくれてる人がいる!行こうぜ!」
「なんか納得いかねーけど、仕方ねえ。行くか」
「おう!走れ走れ!走れウス!」
「次それ言ったらお前地面に埋めるからな」
「ウス……」
ペンダントは取り返した、敵も退けた、なら後は逃げるだけだと俺はバシレウスと共に走り出す。西側に停めてあるという馬車に向け進む俺に対し…バシレウスは。
「おい、ステュクス」
そう呟きながら俺の隣を走り、前髪を揺らしながらギロリとこちらを見るバシレウスは。
「礼は言わねえぞ」
そう言うんだ。なんて事を言うのやら…どんな汚い手を使ったにせよ助けたんだぜ?俺は、それに対して礼は言わねーだとよ、全く。
「ふふふ、分かったよ」
「笑うなよ」
でも、笑っちまう。こいつの事が本当に分かってきたからだ。だってさ、礼は言わないってさ、それってつまり…こいつはこの場で礼を言う必要があると考えたからだろ?つまり、恩義は感じてるってことさ。
可愛いじゃねぇか、ロアの言った通りこいつはこいつなりのマイルールで動いているに過ぎないんだ。そこを理解してやれば…ただただ傍若無人なだけの奴ってわけでもない事が分かってくる。
「じゃあ俺は礼を言うよバシレウス、守ってくれたり、気を遣って戦ってくれたりしてありがとうな」
「ケッ、虫唾が走る。そう言うのいいんだよ」
「だははは!お前マジで可愛い奴だな!」
「うっゼェーな!」
なんて話をしながら走っていたところ、目の前の通路を突っ切るように馬車が走り抜け…。
「ステュクス!それと…バシレウス!乗りな!」
「アナスタシア!」
「ん?…お前どっかで見たことあるな…」
「いいから乗れ!」
御者をしていたアナスタシアはそのまま俺とバシレウスを引き込み、馬車に乗せるなりそのまま駆け抜け…コルロの差し向けた手勢の包囲を切り抜け、無事…街から抜け出すことに成功するのだった。
いやはや、なんとかなってよかったよかった。
…………………………………………………
「つまり、オフィーリアは見つけたけど逃げられて。魔女の弟子エリスが死にそうになってるからあの六日以内にオフィーリアに死の魔術を解除させないといけないと」
「無理くさいな」
「そんな事言わないでくれよ……」
それから、闇雲に馬車で走る事数分。俺達は森の中で馬車を止めて一旦話し合うことになった、お互いの状況やら何やらを把握する必要があるからだ。
俺達は馬車から出て、適当な切り株を椅子代わりにして座りながら、森の中で今までのことを話す。
オフィーリアの件、コルロに狙われている件、…そして。
「それで、タロスに行きたいってのはなんで?」
今の目的地についても話た。が…アナスタシアとコーディリアは不思議そうにするばかりで、お互いの目を見合わせている。
「実はタロスに協力者がいまして…、その人達と合流したいんです」
「ふーん、レギナも言ってたけど…あんたマジで人を惹きつける才能があるんだね」
「え?レギナがそんな事言ってたんですか?」
「うん、言ってた」
アナスタシアは腕を組んだまま、大きく頷き……。
「本当に困っている人を惹きつける才能、そう言う人を見つけて助ける才能、そしてそれらを渦としていつの間にか騒動の渦中に誘われる才能ってね」
「う…反論しづらい」
人を助ける才能だの助ける才能だのがあるかは分からないが…気がついたら騒動のど真ん中にいる自覚はある。いつの間にか話が大きくなって、やたらヤバいのと戦わされたりそう言うのばっかりだからな、俺の人生。
「だから、あんたは必ず騒動の中にいる。そして、現地で仲間を作ってるってね」
「……別に、俺が仲間を作ったわけじゃない、ただ優しい人に会えただけだよ」
「はぁ〜、如何にもってカンジ〜!」
「任務でもなきゃ関わりもしない人種だよお前は」
アナスタシアからはジト目で見られ、コーディリアからは冷たく突き放される。この人達…優しい人じゃないかも。
「で、あっちの調子はどう?」
そして、アナスタシアが見遣るのは…バシレウスだ。今バシレウスは少し離れた地点で…ムスクルスから治療を受けている。意外なことにムスクルスは元々アジメクで医者をしていた経験があるらしく、かなり卓越した治癒魔術使いらしい。
あんなムキムキな癖して、ヒーラーなのかよアイツ。
「ふむ、流石の耐久力ですな。バシレウス様」
「……治せるか」
「無論、この場で」
「上等、やっぱりお前を連れてきて正解だったぜ」
なんてバシレウスはダークな笑みを浮かべているが…なんでもコイツ、ムスクルスの存在をつい最近まで忘れていたようなのだ。元々北部までバシレウスを連れてきたのはムスクルスなのに…そう考えるとムスクルスの奴も可哀想だ。
「にしても、アイツがあそこまで傷つけられるなんて意外だね…私やメグ、エリスの三人がかりで戦っても傷一つつけられなかったのに」
「え?アナスタシアさんや姉貴ってバシレウスと戦ってるんですか?」
「うん、帝都でね。殺されかけたよ」
ボソボソとアナスタシアさんは俺に耳打ちしてくれる。なんでもバシレウスは総帥なる人物と共に帝国を攻めていたらしく、そこでアナスタシアさんとも戦ったようだ。
が、結果は惨敗。あの姉貴でもまるで敵わないとは…めちゃくちゃ強いな、バシレウス。つっても姉貴はどうやら負ける時は結構普通に惨敗するタイプらしいしな。
大冒険祭の時も、ネビュラマキュラ城の地下に行って、何者かに半死半生の大怪我を負わされていたし。結局あの時戦った相手が誰なのか…聞けず終いだったが、何にしても世の中には姉貴より強い奴はワンサカいて、そのうちの一人がアイツってことだ。
「となるとコルロはどうやら私が知る時以上にとんでもなく強くなってるって事かぁ。流石にバシレウスにあそこまでの怪我を負わせる相手は私一人じゃキツイかも、逢魔ヶ時旅団がまだ残ってりゃなぁ」
「贅沢を言っても仕方ない。それに私達の目的そのものはコルロを倒すことじゃない、オフィーリアを倒すことだ、とは言え…どっち道オフィーリアも強いわけだが」
「そうっすよね」
北部の戦いを味わってから、俺はまるで何も出来ないガキの頃に戻ったような感覚を味わっている。レベルが違いすぎる、確実に人類の上位層が今北部に集まっている、人の領域から外れてるような奴らが戦ってる。
そして、その人の領域から外れてる奴のうちの一人を…俺はなんとかしなきゃいけないわけだ。
力が足りないと痛感する。きっと俺もアナスタシアもコーディリアも弱いわけじゃない、ただ…敵が強すぎるだけだ。
「治った!元気になったぜ」
「お、顔色がいいな、バシレウス」
「次リューズとやったら殺せる。その時は手出しするなよ、ステュクス」
と、バシレウスはムスクルスの治療を受け終え、ピンピンした様子で立ち上がり何故か俺の隣に座る。しかしムスクルスの奴…マジですげぇ腕前だ、カリナも治癒魔術が使えるが明らかに次元が違うレベルの腕前だ。
ある意味、戦闘能力とはまた別の領域において…コイツもまた卓越していると言えるのかもな。
「ようやくバシレウス様と合流出来た。置いていかれた時はヒヤヒヤしましたが…」
そして、俺達の輪にムスクルスも加わり…ドスンと地べたに胡座をかくと。
「しかし、バシレウス様。私と離れている間…何か食生活に変化はありましたかな?」
「あ?よくわかんねー」
「嘘つけ、お前その辺の物ばっかり拾い食いするから俺が色々食わせてやってたろうが」
「あー、まぁそうだな」
コイツ……。そのくらいの認識だったのかよ…いやまぁそうだなって認める辺り食わせてもらってる認識はあるんだろう。…あーもうバシレウスとのコミュニケーション面倒くせぇ〜!!
そんで質問したムスクルスの方も何やら『なるほど、通りで』と一人で納得してるし…なんなんだ。
「って言うかお前!お前だよ!ピンク髪!」
「え?私?」
するとバシレウスはアナスタシアを指差し…。
「テメェ、帝国で俺に襲いかかって来た奴だよな。敵じゃねぇか」
「まぁそうかもね、私はステュクスの味方だよ、あんたの味方じゃない」
「あんだと…!けど、ステュクスの味方か?……じゃあまぁいいか」
「あれ?」
一瞬バシレウスは敵意を見せるが、すぐに興味を失ったのかどうでもいいとばかりに頭をポリポリ掻いたり、欠伸をしたり、呑気にしだす。それを見たアナスタシアさんは目にも留まらぬ速度で俺の隣にやってきて、耳元で声を出し。
「え?なに?君この猛獣男手懐けてんの?凄くない?」
「手懐けてるわけじゃないっすよ…でもまぁ、ここまで一緒にやってきた認識はあるみたいで」
「ふーん、マジで君才能あるんだね…」
そう言うもんじゃない気がするけど…。バシレウスの思考は並列ではなく順序立てなんだ。
『これ』より『あれ』の方が優先されるなら、『これ』はどうでもいい。
『それ』より『これ』の方がムカつくなら、『それ』はどうでもいい。
それやこれには人物の名前だったり行動の名前が入ったりする。そう言う風に考えているから執念深いし、コロコロと価値観が変わったりする。『それ』も『これ』もムカつく!ってことは無い、必ずどちらかを選んで、もう片方の優先順位を可能な限りゼロにする。
それがコイツの思考の法則なんだ。今は俺にある程度の恩義を感じてくれているからこうして側にいるけど、その優先順位を超える何かが現れたら、こいつはフラッと居なくなる。それがなんとなく分かるから好かれている気はしない。
「それより、いつまで休憩すんだよ。とっととタロスに行くか…或いは引き返してヘベルに行くか?」
「行かねーよ、流石にこの戦力じゃコルロの軍団は相手出来ないだろ」
「ふーん、タロスにいるメンツ集めても無理だと思うけどな」
「め、珍しく弱気じゃねぇか」
「弱気じゃねぇ、他人を当てにしてないだけだ。だからあそこにいるメンツを集めて行っても、俺とお前で戻っても、結果に変わりはないと考えてるだけだ」
そう言うなりバシレウスは馬車の中に戻ってしまう。俺は…そんな事無いと思うけどな、アイツはタヴさん達をただの頭数としてしか捉えてないが、一緒に戦ってくれる仲間が多ければ多いほど、戦いってのは楽になる物だ。
まぁ、けどアイツがそう言う風に考える気持ちも分かる…多分だが、アイツは誰かと一緒に戦った経験が極度に浅い。そう言う意味ではリューズと同じだ、分からないから…対応が出来ない。
だからあんな事言ってるだけなんだろうな。
「さて、じゃ俺達もそろそろ行くか」
「はぁ、先行き不安だなぁ…マジであんな爆弾抱えて戦うつもりかな」
「どの道、信頼と信用で成り立つパーティじゃないんだ、構わないだろう」
「かもねー」
そして、俺とアナスタシア、そしてコーディリアとムスクルスと共に馬車に戻り…タロスへの道を行く。何にしても俺は早くタヴさん達と合流したい、あの人達が居るのと居ないのでは話がまるで違うしな。
というか、みんな今頃何やってるんだろう。