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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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727.星魔剣と大いなる厄災の再演


魔蝕の日に生まれ、魔蝕の加護を受け取った子を、魔蝕の子と呼ぶ。


魔蝕の子は、皆他者とは比較にならない何かしらの才覚を持って生まれることがある。しかしその代償として才覚に等しい呪いを受け取り、生まれ落ちる。


例えばエリスは、識確の才能…しかし代償として因果に囚われる呪いを持つ。

例えばデティフローアは、魔術の才能…しかし代償として成長しない肉体を持つ。

レナトゥスは他者の百倍近い魔力を持ち、代償として極度に脆い肉体を持つ。エクスヴォートは魔力適正の高い肉体を持ち、代償として感情を表現する力を持たない。


皆、何がしかの代償を持つ…ならば。


バシレウス・ネビュラマキュラは何か。バシレウスはありとあらゆる才覚を持ち得る代わりに……。




『まるで、人間性を持たないようだ。彼の代償は人間性の喪失…これでは獣と変わらない』


いつか、誰かが言った。曖昧で朧げな記憶の中で賢ぶったクソ野郎がそう言った。俺には人間性という物がないのだと。人間性なんて曖昧なもん、持ってる必要あるかよ。


『お前は獣だ、バシレウス』


そして、あの暗闇の中で出会ったアイツもまた、俺を獣と言った。


『この…呪われた獣め!お前が王座を継いだらこの国は終わりだ!!』


アイツも言っていた、俺と同じ白い髪を持つアイツも。


『死ね!死んでくれ!人の形をした獣め!!』


アイツも言った、俺と同じ赤い目をしたやつも言った。


みんながみんな、俺を獣だと言った。否定するつもりも、必要もなかった…けど。


けれど……。


『違うんだな、バシレウス』


そんな俺が、俺になった瞬間。獣がバシレウスになったのは……。


『お前は獣じゃないんだ、人なんだ。お前は…優しいやつだよ』


あの時だ、血塗られた手で俺の頬を触った、アイツの熱が…俺の何かに触れたその時から。俺は………。



────────────────



「それをォッ!!返せェッ!!コルロォォオッ!!」


コヘレトの塔最上階にてバシレウスは吠える。今しがたコルロが手に取った紅の宝石が取り付けられた首飾り。それを睨み、怒りが更に吹き出し激昂する。


その怒りを嘲笑うようにコルロは首飾りを掲げ。


「返す、なんの話か。私が作った私の持ち物。それを返せとは…フフフ、おかしな話だ」


「違う!!」


許せない、許せない、許せない。アレはアイツが蠱毒の壺から勝手に持ち出した血液の結晶だ。それを持ち出したこと、勝手に使い、穢したこと。許せない。


「それは、蠱毒の壺の中にあるべき物だ…今すぐ返せ」


「ああ、構わんよ。どうせこれは代用品…君の血が手に入れば君にあげよう」


「俺の血もやらん!!」


「はぁ、会話にならん」


会話にならないのはこっちのセリフだ、こいつさっきから人のことバカにしやがって。…今はコルロを倒すこと以上に、あの首飾りを取り戻す事…そっちのが優先だ。せめてアレだけでも取り返したい。


「ところでバシレウス」


「なんだよ」


「リューズ、私が差し向けたアレは…殺したかな?」


「あ?ああ、あのクズが。大したことなかったぜ?あんな雑魚差し向けるとはお前も程度が知れるな!」


「なんでもいい、殺したか?」


「殺してねぇ、尻尾巻いて逃げやがったぜ!情けなくな!」


「………………」


コルロの様子が少しおかしくなる。窓を見たり、近くに置いてあるコップ…その水面を見たり、ペンダントを見たり、視線があっちこっちに移る。何してんだアイツ。


「まぁいい、やるべきことは決まってる。お前を捕らえ、血をいただく。それでいいな」


「………」


コルロの前に、四人の不気味な連中が立ち塞がる。巨大な複腕の大鎧、サメ人間、ツノの生えたメイド、ガキ。こいつらがアレか、コルロの手勢か……チッ。


(どいつもこいつも面倒そうだな…)


こいつら全員第三段階か、けど…関係ねぇ!


「全員ぶっ殺してやる…死にてぇんならかかってこい、遠慮なく死なせてやるよっっ!!」


「コルロ様と戦い、そしてここまでの移動。疲弊もあるだろうに…大した気迫」


「ガカカカカ!そうこねぇと!ガオケレナのお気に入りだもんなぁ!」


「なるべく出血させず、殺しましょうか」


「生きたまま血抜きしなくていいよね、釣りたての魚じゃないんだしさ」


囲むように歩く、四人の下郎共。俺はポケットに手を入れてギロリと周囲に視線を走らせ。


「退けや、マジで死なすぞ」


「よく吠える。死にかけの野良犬のようだ」


「ガカカ、虚勢が透けて見えるぜ?嘘は上手につけや」


「言ったからな、俺は」


チッ、クソが。リューズに思ったより魔力使っちまった、サトゥルナリアにキツいのもらって、そのままコルロと戦って、リューズとやって、…流石にちょっと休憩してから来るべきだったか。


いや関係ねえ!雑魚に負けるか!俺が!


「全員、殺す!!」


全身から魔力を吹き出し、空間に魔力が氾濫する…。


「……大した魔力だ」


「ガカカ、これで弱ってるってマジか?」


「油断はせぬよう、彼は追い詰められて尚ルードヴィヒに手傷を負わせ現役引退へ追い込んだ猛者」


「きっちりかっちり、ぶっ殺しにかからないとね…それじゃあ」


瞬間、焉魔四眷が動く、同時に俺は視線を高速で動かし。


(右、左上、後ろ、右斜め前!来るか!)


動きを見切り、動き出す…さぁ、やるか!


消える、焉魔四眷の姿が消えると同時に俺も動く。否、消えたのではなく動いただけ、超高速で飛び立ちコヘレトの塔最上階の一室の中を乱反射するように飛び回り奴等の攻撃を回避したのだ。


見えぬ攻撃が壁を砕き、床を砕き、狭い空間の中で荒れ狂う。


「チッ!」


壁に足を突き周囲を確認する俺を追いかけるように、無数の攻撃が乱れ飛ぶ。


「『鮫魔霊撃メガロゴースト』!」


「クソが!しつけぇ!」


空中を飛ぶサメ人間であるサンライトが拳を振るえば、鮫型の魔力弾がバシレウスを狙い飛翔する。鮫型魔力弾は鮫肌で壁を削り、牙で岩を砕きながら周囲の岩壁を削り取っていく。


それを前に壁を掴みながら一気に壁面を駆け抜け鮫の追撃を逃れる。


「ガカカカ!避けるのが上手じゃねぇか!だがな!」


「ッ!?」


鮫型魔力弾を回避し切ったと安堵した瞬間のことだ。バシレウスの体が空中で静止する…いや、静止というより。


(か、体が動かねぇ…!)


「……そこで大人しくしろ」


(ペトロクロス…!)


ペトロクロスだ、奴がこちらに向けて手を伸ばしている。指先から何かが伸びている…なんだこれ、赤い糸?赤い鉄線みたいなのが伸びて俺の体に刺さっている。ただそれだけで指先も動かなくなる。なんだこれ、なにされてんだ!?感覚も麻痺してよく分からね──。


「お命頂戴」


「ッ!?」


その瞬間、目の前に現れたのは…ツノの生えたメイドのルルド。そいつが拳を握り……。


「一発!」


「ガバァッッ!?!?」


殴り飛ばされる。どう見ても筋肉なんかついてなさそうな細腕、そこから繰り出されたとは思えない威力。顔面に叩きつけられたそれに俺は鼻血を噴き出しながら地面を転がり、思わず顔を抑える。


「グッ!?がは…なんじゃそりゃ!」


なんだあの女のパンチ力、並の肉体進化型の覚醒者とは比べ物にならねぇ威力だぞ!おまけに拳も鉄みたいに硬かったし……。


「ルルドはね」


その瞬間、玉座に座ったコルロが口を開き…。


「私の肉体改造を受けている。他の者と異なり外観は変化がないが…重要なのは血液。ルルドの血液と骨は通常の人間の十倍の密度と質量を持つ。合金級の骨格…そしてほぼ固形の鉄と変わらない密度の血が彼女の血管に流れているのさ」


「なんじゃ…そりゃ」


「そこから生み出される運動能力もまた…常人とは比較にならない。だから…ルルド、やりなさい」


「かしこまりました」


瞬間、ルルドは高く飛び上がり…。


「『反重量付与魔術』…解除」


「は!?」


ルルドの体から光が消える。アイツ今まで自分の体に付与魔術かけて動いてたのかよ…バカかよ、肉体付与なんか自殺行為だぞ。

つーか…やばい!


「『冥土圧撃』」


「くっ!!」


反重量付与を解除したことにより本来の…通常の人間よりも何十倍も、何百倍も重いルルドの体重が解放され頭上から降ってくる。それを咄嗟に駆け出し回避するが、地面が砕け、ルルドはそのまま下層へと落ちていく。


あぶねぇ、アレ食らってたら流石にやばかったか?防壁も貫通してきたかもしれねぇ…!


「どこ見てんだよ」


「ッ!?」


「『骨喰砲』!」


ふと、背後から声が聞こえ咄嗟に振り向くと…そこには鉄の歯を持ったガキ、アーリウムが口を開けており。そこから放たれた強力な魔力熱線が俺を包み、吹き飛ばす。


「グッ…!」


「アーリウムも内臓周りを弄っていてね。彼はどんな物でも摂取し自らの力に変えることが出来る、それが大気であってもね。呼吸する都度無限に強くなる…いいコンセプトだろう?」


放たれたのは風魔術だ。空気を食って風魔術として噴き出したのか。壁に叩きつけられ、傷ついた体を起こしながら舌を打つ。


「クソが…全員殺してやるから、一人一人かかってこいや…!」


「断るぜ」


次の瞬間には目の前にサンライトが現れ、その巨大な拳を大きく引いて…。


「『鮫壊嵐撃メガロストーム』ッッッ!」


鮫肌の如き粗い防壁を回転させ。ドリルのように回しながら拳に纏わせ叩き込む。その一撃は岩の壁さえも一瞬で塵に変える程の威力を発揮し、黒い壁に大穴が開いて……。


「ナメんじゃ……」


「むぁ?」


しかしサンライトは気がつく。拳を放った先に俺がいないことに……。


「ねぇよっっ!!」


「げぶぅぁっ!?」


咄嗟に拳を潜って下に潜り込み、そこから地面を押し出すように手で体を伸ばし、下からサンライトの腹を打ち上げるように蹴り抜く。


「ぉげぇぇっ!」


「向こういってろ!!」


そのままサンライトの体を掴んで投げ飛ばそうとした瞬間。


「させません」


「ゔっ!?」


足が急に重くなる。下を見ればそこには地面を突き破り伸びる腕が俺の足を掴んでいた…これは、ルルドか!!


「クソ!離せや!!」


「隙ありッッ!『肉焼閃』!!」


足元のルルドに気を取られた隙に…アーリウムが口を開き赤い熱線を放ち、それが俺に着弾すると同時に炸裂し大爆発が起こる。


「っっ…!」


まともに喰らっちまった。全身を焼き尽くすような熱に耐えながら地面を転がる…やばい、このままじゃジリ貧だ。けど……。


(山ほど血が出た。今ならいけるか…!)


全身から血が流れる…俺の魔術は俺が傷つけば傷つくほど、威力が上がる。今なら…やれるか!一人は持っていく!!


「ッ『ブラッドダイン……!」


「あれは!やばいか!」


アーリウムが青い顔をする、それほどの魔力が腕の中に集まる。血を媒介に魔力を底上げする純粋な破壊魔術!そいつを叩き込む。


「『マジェスティ』!!」


両手で溜めた魔力を一気に放出し、下に向けて放つ。地面の向こうにいるルルド目掛け放出した紅の光は一気に膨れ上がり、そのまま全てを焼き尽くし。


「ぐぁぁっっ!?」


「まとわりつくな、ウゼェんだよ!!」


「ルルド!」


ルルドを焼き尽くし、下層に吹き飛ばす。そして俺は大きく体を捻り大地を蹴り付けると同時に一気に加速。そのままペトロクロスの胴体に突っ込み…。


「『魔王の崩丸』ッッ!!」


「ぐっ!?」


全身に魔力を纏い、繰り出す紅の一撃はペトロクロスを吹き飛ばし壁に叩きつけ、大きく崩す。ナメやがって、この俺を……!


「テメェ!上手にやるじゃねぇか!」


「お前はド下手だよ!」


その直後、サンライトが突っ込んでくる。その巨大な拳を振り回し叩き潰そうとしてくるが、それを目で見てから回避し、一息に懐まで迫る。


「死んでろや下魚野郎がッ!!」


「げはぁっ!?」


そして叩き込むのは溝打ち、俺の拳が奴の鮫肌に大きく食い込み奴の口から胃液が吐き出され頭が大きく下がる。そのまま開かれた口に手を突っ込み、奴の牙を掴むと同時に持ち上げる。


「ウゼェんだよボケクソがッッ!!」


「がはぁっっ!?」


地面に叩きつける、大地が砕け塔が揺れ、サンライトが苦悶の声を上げながら大地に沈む。


「お、お前……!なんでそんな少ない魔力で動けるんだよ!」


「決まってんだろ、最強だからだ」


猛烈に睨んでくるアーリウムを、上回る勢いの眼光で黙らせる。同時に足を動かし、影すら残さぬ速度で肉薄し。


「ッ!速い…!こいつ追い詰められるほど強くなるタイプか…!」


「『魔王の鉄槌』ッッ」


顔面に繰り出すのは魔王の一撃。紅の魔力が吹き出し火炎の如く拡散し、アーリウムの顔を貫くように殴り抜く。


「ぅぐっっ…!」


「こんなモンか、こんなモンかよコルロ!!!!」


壁に埋まるペトロクロス、胃液を吐き倒れるサンライト、大穴の下倒れるルルド、そして地面を転がり倒れ伏すアーリウム。焉魔四眷…こんな雑魚で俺をなんとか出来ると本気で思ってんのかよ!!


「ふむ……」


しかし、コルロは涼しい顔で顔をポリポリと掻いており、そこには焦りも驚きもない。


「やはり君の勢いはある意味では脅威だ。だがね、バシレウス…君は何か勘違いしているのではないかな?」


「ああ?何がだよ」


「焉魔四眷……彼等は私にとって最強の配下だ。だが…私は彼らを最強だから直属の部下にしているわけでも、幹部にしているわけでもない」


「何が言いてぇ」


そういうなり、コルロは静かに指を立て…パチリと鳴らすと共に。


「許可する。受け入れることを」


その言葉は、決して大きくもなければ、低くもない。されどまるで空間に伝播するように響き、轟くように耳に届いた。受け入れることを許可する……その指令は、焉魔四眷に変化をもたらす。


「ゔぅ…ぁああ……!」


「は?なんだ…?」


起き上がる、足元で転がっていたサンライトが…ゆっくりと体を起こし、大きく一度身震いする。ガタガタと震えたかと思えば…奴の筋肉が大きく隆起し、深蒼の肌色が変質していく。


「ゔう……」


いや、サンライトだけじゃない。ペトロクロスが動き出し、ルルドが這い上がり、アーリウムが起き上がる。そして全員の姿が変わっていく…白く、そして赤く…これは。


「彼らね、私の実験の賜物なんだ。『シリウス様をその身に降ろす』…その実験のね」


「……こいつら」


蠢く、体が。さながら内側から何かが這い出るように姿が変わる。


「サンライト、その身を魔獣と合一しシリウス様を受け入れるだけの強靭な肉体を得る実験」


……サンライトの体色は純白に変わり、その大きさは一回り巨大に。全身から棘が生え…何よりその瞳が赤に変わる。


「ペトロクロス、肉体を排除しその身が占めるシリウス様の比率を可能な限り上げる実験」


……ペトロクロスは赤黒い鎧が全て白く変わり、鎧の隙間から大量の白い光が漏れ出る。


「ルルド、臓器を強化しシリウス様の負荷に耐えられる肉体を作り上げる実験」


……ルルドの青黒い髪は純白に変わり、閉じられた瞳が開き…紅の光が漏れ出る。


「アーリウム、魂を増幅させシリウス様を受け入れる器を作り上げる実験」


……アーリウムの髪は純白に染まり、瞳が紅に光り、全身から凄まじい魔力が溢れ出る。


全員が白く、そして赤く変わる。それはさながらネビュラマキュラのように…いや、ネビュラマキュラと同じ場所を目指し、同じ地点に到達した証…。


「思い至らなかったのか、バシレウス」


コルロが口を開く、玉座に座り頬杖をついて、奴は俺を嘲笑いながら焉魔四眷を指し示し。


「我々ヴァニタス・ヴァニタートゥムの目的は…今も霊体となっているシリウス様を受け入れる肉体を作り上げる事。私の目的もまたそうだ…シリウス様に相応しい肉体を作ることだ、シリウス様再臨の為に私は究極の肉体を作ろうとしている」


「だから…なんだ」


「焉魔四眷はそんな究極の肉体開発の過程で生まれた者達。シリウス様の血液から採取した情報を元に再現、試行、模倣を繰り返し肉体を変貌させた者達。分かるかな?彼らは全員がシリウス様の肉体と…限りなく同じものを持ち、魂さえも変質させた存在。全員が史上最強の器であり、全員がシリウス様となり得る存在なのさ」


立ち並ぶのは白い光を纏った焉魔四眷、その身から溢れる力は…数段高く、そして強靭に変わっている。シリウス…って確かクソ女の言ってた、連中の親分か。


シリウスを受け入れる器、全員がそれだけの素養を持っているってか。ハッ…アホらしい、料理の乗ってねぇ皿に価値はないだろうが。


「へっ…だからなんだってんだ」


「なら、分からせてやりなさい」


コルロがそう命じるなり、動き出すのは……ペトロクロスだ。その瞬間、奴の六つの腕が同時に赤い煌めきを放ち、こう述べる。


「合わせ術法」


そして、同時にその光は一点を目指し繰り出され─────。


「『天狼滅閃』ッッッ!」


「ッッ!?!?」


拳を撃ち放つと共に、繰り出された攻撃。それは空間を切り裂き光条となり、凄まじい速度で駆け抜ける…。咄嗟に身を引き、飛び避ける。直撃はまずいレベルの一撃だった、つーか今なんつった…あの野郎!


「テメェ…今のは!」


「ほう、合わせ術法を知っていたか……」


合わせ術法……聞いたことがある。あのクソウルキが言ってた、シリウスだかなんだかが開発したって言う、シリウスの戦い方。

魔術、武術、魔法…全てを合わせて放つ合わせ術法。現代では失伝しているシリウスの技…それをなんでアイツが。


「焉魔四眷!言い換えるならばシリウス候補!ここにいる四人全員が…シリウス様の肉体を受け入れるだけの力を持っているんだよ。勿論、私も含めてね。ならば当然、技も模倣していて然るべきだろう」


その言葉に従い…焉魔四眷が動き出し、構えを取り。


「ぐるぅぁあっっ!!」


「チッ!!」


突っ込んでくる、サンライトは一気に俺に向けて突撃し、その鼻先で俺を弾き飛ばす。さっきまでとは重さが段違いだ、威力も速度も勢いも…ここまで跳ね上がるかよ!!


「隙だらけです」


「ッ…ぐっ!!」


瞬間、サンライトの姿が消え…奥から飛んできたルルドの蹴りが、俺の鳩尾に突き刺さる。まずい、対応が出来ねぇ…!こっちは殆ど魔力がねぇってのに…こいつら。


(魔力が、ドンドン膨れ上がってる…クソが)


アイツらの体の内側から大量の魔力が現れる。まるで湧水のように、何処からか魔力が溢れて止まらない。こっちがこいつらの真の実力かよ…!


「僕達はね、自己を捨てたのさ」


「ッ……!」


そして飛んでくるアーリウムの拳を咄嗟に払うと腕が痺れる。防壁や遍在を維持出来ねぇ…!


「我々は個を捨て、シリウス様となることを受け入れた者達」


「ガハッ…!」


そうこうしているうちにペトロクロスの蹴りが背後から叩き込まれ、俺は思わず膝を突く。


「この身に個性は要らぬ、この在り方に雑音は要らぬ、ただ…器であれば良い」


「ただ一念、大願成就…その為ならなんだって犠牲にしてやる、この身だってなァッ!!」


「ゔぐっ……!」


そして挟み込むようにルルドとサンライトの拳が俺を打ち、眩暈がする…やばい、受け過ぎた。敵の場所が分からない、意識が混濁する……。


「合わせ術法」


そうして、俺がフラフラと千鳥足で歩く中。全員が、そう告げる……。


史上最強を受け入れる器となり、史上最強の力を模倣し、造られた新たなる大いなる厄災。そこから放たれるのは…やはり史上最強と知られた者が作り上げた、技の数々。


「『天狼獄死』ッッッ!」


アーリウムが動き、足先に魔力を集め、同時に放たれたのは紅蓮の光を吹き出す一撃。それは俺の体に当たると共に魔力衝撃が背後待てー突き抜け、壁が崩れる。


「『天狼根壊』!」


続くようにルルドが踏み込む、その踏み込みで大地が砕け…貫くような一閃が俺の顔を打ち。同時に光が爆裂し耐えきれず吹き飛ばされる。


「『天狼百天経』!!」


吹き飛ばされた俺に、サンライトが放つのは無数の…雨の如き光。高速で放たれる衝撃の豪雨が俺を容赦なく切り裂き、全身から血が溢れ。


「『死撃・天狼波濤之絶』」


気がつくと、背後にペトロクロスが立っていた。と気がつく間も無く全身に激痛が走り、何もかもが砕かれる衝撃が遅れて伝わり、俺は……。


「ガッ……ぁ……!」


倒れ伏す。怒涛の四連撃を受け…意識が薄れる。ヤベェ…流石にやべぇ……こりゃ、動けねぇかも……。


「う……!」


「んふふ…あはははははは!どうかね!バシレウス!シリウス様の技を完璧に模倣した我が眷属達の力は!!」


焉魔四眷、それはただ強いだけの存在ではなく、シリウスの技を受け継ぎシリウスの力を模倣する…シリウスの系譜を継ぐシリウスの子ら。その力の凄まじさの前に屈した俺を見てコルロは勝ち誇る。


「く……」


「ふはははは!君もバカな男だったね。もう少し冷静になればまだチャンスもあったろうに。残念だが敗れた君は私に全てを奪われる……」


玉座から立ち上がったコルロはペンダントを机に置いて、両手を広げる。


「私の目的も間近だ。必要なものは全て揃いつつある!ネビュラマキュラの血、究極の超人の肉体、ガオケレナの種子、そしてシリウス様の血!!これら全てを私の体に取り込めば…シリウス様を招来する用意が整う!再び!大いなる厄災が地上を覆う!!今度こそ!この世は虚無に帰る!!」


「ッ……」


「今更止めようとしても無駄だ、君を捕らえればあとは消化試合さ。マヤなりネレイドなりを捕まえれば…即座に用意に取り掛かれる。そうすれば世界は滅ぶだけ…君以外の人間もすぐにあの世に行くことになるだろうね」


くつくつと笑うコルロに、苛立ちを覚えるが…ダメだ。もう意識が保てねぇ…ここまでかのかよ。


マジでここで死ぬのか?ここんで死んで…いいのか?


いいわけねぇよ…だって、俺はまだ……。


(ユリウス……俺は…まだ、最強になれてねぇよ……)


闇に飲まれる意識の中、俺は……あの日の約束を思い出す。


……………………………………………


「意識を失ったか、フンッ…他愛もないな」


私は倒れ伏したバシレウスを前に…感慨を感じる間も無くただため息を吐く。私の計画は上手くいくものだ、天にそう望まれているのだから。しかしこうもあっけないとやり甲斐を感じることもないな。


「まぁいい、バシレウスを捕らえたのなら話はそこまでだ。血を貰うぞバシレウス…今度は一滴残らず、クククク」


必要なものは揃っている。バシレウスの血を私の魔術で一滴残らず吸引しシリウス様の血と混ぜておく。あとはガオケレナの種子を元に不滅の異法を解析し…私自身が死なない存在になれば計画は完全なものとなる。


ああ、もうすぐだ。もうすぐ…世界を虚無に返す用意が整うぞ。


「ふふふ、何より僥倖だったのは四つの中で最も入手困難だったシリウスの血とガオケレナの種子が手に入ったことだな…」


正直ネビュラマキュラの血や究極の超人なんかよりずっと入手が厳しかった物が最初に手に入っていたのが大きかった。もう二度と巡ってこないチャンスによって私の手元には二つが揃ったんだ。


シリウスの血は、アド・アストラに忍び込ませてきたグリシャ・グリザイユから持ち込まれたロストアーツ内部に入っていたシリウスの血液。これにより最も入手困難な素材が手に入った。


続いてガオケレナの種子、ガオケレナが帝国に攻め入った隙に本部に入り込み…盗み出すことに成功した。この二つがあったからこそこの計画はここまで進んだ。


(ふふふ、バシレウスの血を抜いたら厳重に保管し…時が来るまで眠らせて)


私は玉座のボタンを押し、壁を開かせる。開いた壁の向こうからは白い光が漏れ手で、白い煙が濛々と立ち込める。その中にはガオケレナの種子とシリウス様の血が保管されている。ここにそこで転がっているバシレウスから抜いた血を入れれば……。


「なァッ!?」


「い、如何されました!?コルロ様!?」


開いた壁の向こう、秘密保管庫内部の光景を見て私は思わず口を開いて…情けない声を出してしまう。いや、だって…え?


目を擦る、もう一度見る…けどやっぱり変わらない、いやどう見ても…。


「ない…ない!ない!?シリウス様の血とガオケレナの種子がない!!」


「えっ!!」


ダバダバと焉魔四眷が駆け寄って一緒に確認するがやはりない。どこにもない!バカな!なんでだ!?そんなホイホイ外に出してないのに!!そもそもこの保管庫を開けられるのは私だけ!部下が持ち出したのもありえないし……。


「あ!コルロ様!保管庫に穴が開いてます!」


「何!!」


よく見れば保管庫の奥に人が一人潜り抜けられるだけの穴が開いている。バカな!!まさか外から誰かが穴を開けて入ったのか!?だが何故正確にこの場所が分かって……。


その瞬間、背後で…音が鳴る。


「ッ誰だ!!」


鳴ったのは浅い金属音だ、私の座っていた玉座の方角。だがなんだ?バシレウスは気絶している!まさかタヴ!?だがアイツが近づいたら分かるし…まさかクレプシドラか!!


「あ……やべっ…」


「………え?」


そこにいたのは、コソコソとしゃがんで歩き…机に置いた私の赤いペンダントをこっそり取ろうとしている…金髪の少年で……。


「誰!?!?」


「見つかった!!」


「誰だお前!!」


誰だこいつ!!見たこともないぞ!?どっから湧いて出た!?いやエリスに似ている気がするが…いやだがこいつは男だぞ!?誰だこいつ!!


「お、俺!ステュクスっす!!」


「聞いてない!!」


「聞いたじゃん!!」


「貴様どっから忍び込んだ!!」


ステュクスと名乗る少年はおずおずと指をさす…その先は穴の空いた保管庫、そして奴の手には…シリウス様の血とガオケレナの種子、そして今しがた盗んだ赤いペンダント…まさか、こいつ!!


「貴様ァッッ!!」


「待って!!」


瞬間、ステュクスは腰の剣を抜いてガオケレナの種子…真っ赤な赤い宝石のようなそれに刃を押し当てるのだ。それを見て私の動きは止まってしまう。


「ッ……」


「これ、あれだよな、あんたがさっき独り言で言ってた…ナンタラの種子だよな。これがないと困るんだよな…じゃあ、動くな……」


「無駄だ、ガオケレナの種子は貴様には破壊出来ない。傷つけてもすぐに再生するからな…そんな事をして脅しても無意味だ」


「なら……一も二もなく俺を殺すよな。それしないってことは…こうされたらマズいってことじゃねぇの?違う?」


「…………」


「オッケー…動くな」


こいつ…!魔力も感じ取れないくらい弱い癖して、私を相手に交渉か!そもそも何でアイツは保管庫のことを知ってた、そもそも誰なんだ……。


「それを返せ、お前…それがどれだけ貴重か分からないだろ」


「あんたの顔見てりゃ、なんとなく分かる……おい!そこの赤鎧!動くなってんだろ!分かるんだからな俺!ちょっとでも動いたらマジでやるぜおい!」


「チッ……」


咄嗟にペトロクロスが動いて解決しようとしたが、ステュクスはそれを機敏に感じ取り種に刃を押し当てる。あれを破壊されるのはマズい。破壊はされないとは思うが…まだあの種に刻まれた不死の法を解明してない。傷ついてそれに変化が起こったら研究もクソもなくなる。


絶対に傷つけてはいけない……だから保管してたのに!


「動くなよ、こっちには人質…種質?わかんねぇけど、それがあるんだからな!ちょっとでも動いたら…マジで、壊す」


「壊したら、殺すぞ」


「マジ?まぁ別に返してもいいんだけどさ…俺、そいつ迎えに来ただけなんだよ」


ステュクスは顎で倒れているバシレウスを指す。こいつバシレウスの仲間か?こんなのいたのか?まぁそれなら。


「わ、分かった。取引をしようじゃないか。それをおとなしく返せば…バシレウスも君も無傷で返そうじゃないか」


「本当に?」


「ああ、嘘はつかない」


そんなわけあるか、保管庫の場所を知ってるやつを生かして返すか。取り戻したら即刻殺す…!


「あー信用出来ない、あんたさっき俺のこと殺すって言ってたし。殺すとかなんとか言う人はあんま信用出来ない」


「ぐっ……!」


「いいよ、俺…普通にアイツ連れて帰るからさ…」


ステュクスはカニのように足をスライドさせて横歩きでバシレウスの元まで向かい、ちょいちょいと足先で倒れたバシレウスを突いて。


「おい、おい!バシレウス!お前生きてんだろ!死んでねぇよな!起きろ!おい!」


「………」


「マジかよ、マジで伸びてんの?ああクソ…荷物いっぱいで背負えねえよ」


……ん?ステュクスの意識がバシレウスに向いている。今ならいけるか?一瞬だ、奴が反応すら出来ない速度で一瞬で心臓を貫いて…取り返せば──。


(今だ…!)


「なぁあんた!」


「うっ!?」


一歩踏み込もうとした瞬間、ステュクスは私の方を向いて。


「これ返して欲しい?」


「何?」


ステュクスは両手のガオケレナの種子とシリウスの血が入った試験管を掲げ…。


「ならさ、ほら!とってこい!!」


「なァッ!!??」


瞬間、ステュクスは三方向に分けるように種子、血液、ペンダントを投げ飛ばし…ってなんて事をするんだアイツは!!


「ええい!キャッチしろォッッ!!」


「御意!」


咄嗟に動く、ペトロクロスが種子を、アーリウムが血液を、私がペンダントを…無事か!よし!よし!傷ついてない!これなら……ハッ!


「じゃあ取引成立ってことで!無傷で帰してね!!」


ステュクスは傷ついたバシレウスを抱え、塔の窓に向かって走っていく。アイツ!今のはブラフか!!


「ルルドォッ!!追えーーーー!!!殺せーーーー!!!」


「御意!!」


「やっぱ話違うじゃんかッ!クソがーーっっ!!」


そのままステュクスはルルドから逃げ切るように剣先から魔力を噴射し、なりふり構わずガラスを突き破って外に逃げ、コヘレトの塔の外、深い霧の中に消えていく。

くそっ…!逃げられたか!


「チッ、なんなんだアイツは…何者だ!」


「コルロ様、血液と種子は無事確保しました」


「……そうか、まぁ…それが無事ならなんでもいい」


まぁ、アイツが何者かは分からないが…奪われた物は無事取り返せた。バシレウスを逃したのは痛かったが、最悪ネビュラマキュラの血の代用品となるこのペンダントがあれば……。


「ん?」


ふと、ペンダントを見ると…なんかデザインが違う気がする。そう思いよくよく見てみると。


『弟大好き(はぁと)』


「な、なんだこのペンダントは!?」


全然知らないペンダントだ!これ土産物?…まさかアイツ、ペンダントを投げるフリをして偽物を……グッ!ぐぁぁああああああああ!!!


「おのれぇぇええええええええッッッ!なんだアイツはぁああっ!私の計画をぶち壊しやがってぇえええええ!!」


地面にペンダントを叩きつけ割れた窓ガラスから外を見て…。


「追えっっ!!あの男をここに連れてこい!!この手で殺さねば気が済まない!!」


「ぎょ…御意!」


「今すぐだ!今すぐ連れてこい!!」


なんだこれは、なんだ。悪夢か?根を詰めすぎて変な夢でも見てるのか?私が二十年かけて組み上げた計画が、天に選ばれ成功することが確定している計画が…狂い始めている?


それも、魔女の弟子でも、タヴでも、クレプシドラでもない。今の今まで警戒も注意もしてこなかった顔も知らない路傍の石ころに……。


「ぐっ……!」


ありえない、あってはならない。私の手元からネビュラマキュラの血が消えた…バシレウスも代用品も纏めて持ち去られた。これじゃあマヤもネレイドも手に入れても意味がない!!


「おのれステュクスぅぅ……!」


ギリギリと歯軋りしながら窓の外を見る。あの男は死んでも許さんぞ…!必ず地獄に落としてやる!!!


………………………………………………


「はぁ、はぁ、ひぃひぃ、魔力使い切った、疲れた」


歩く、重たい荷物バシレウスを引きずって俺は歩く。場所は例の大窪地…ヘベルの大穴。重たい霧に覆われた穴の中には巨大なジャングルが広がっており、鬱蒼とした緑のカーテンが視界を阻み、その上で霧もかかっていて全然前も見えねえ。


そんな中で、俺は全力で飛んだ。コルロ達から逃げるため星魔剣の魔力を使って空を飛び、足りなくなったら俺の魔力を突っ込み更に飛んで、とにかく全力で飛んで逃げた。

全てはバシレウスを助けるため。アイツがコルロってのを追いかけたと聞いて…絶対に無茶をすると思ったから。実際助けに来てよかったぜ、来てみたらボロ雑巾になってんだもんな。


(いやしかし、助かったぜロア。お前の機転がなけりゃ乗り切れなかった)


『ぬははは!じゃから言うたろう!敵の嫌がる事をする!それが戦いの基本じゃからのう!』


ヘベルの大穴の中にあるコヘレトの塔を見つけた瞬間、ロアが提案したのは『最上階になんか大事そうなのがあるから、それを奪ってから動け』と言うもの。そんなことよりバシレウスを先にと思ったが…奴らの大事な種と血を確保してから動いたおかげで、殺されずに済んだ。


(にしてもなんで場所が分かったんだ?ナンタラの種子とシリウスの血…その場所がさ)


『ワシにはそう言う機能があると思っておけ!』


(あ、そう。それならいいんだけど…ってところでそろそろ)


俺はその場で立ち止まり大きく息を吐く。はぁ疲れた…けどここまで来ればアイツらも直ぐには追ってこれないだろうな。


バシレウスの救出は出来た。あとなんか大切にしてたペンダントも確保出来た…代わりに姉貴から貰ったペンダントを置いてきたが。


いいんだ、俺はまた姉貴から買ってもらうから。また姉貴と買い物に出掛けて、その時に。


「う…うう……おい、テメェ…何しやがる」


「お、目が覚めたか」


ふと、バシレウスを見ると…何やら唸りながらこちらを睨む。が全然元気がねぇな、威勢はいいけどさ。


「離せや…俺は今すぐ、コルロのところに戻る!」


「お、おいおい落ち着けって。せっかく助けてやったんだから命捨てるような真似するなよ」


「誰が助けろって頼んだよ!」


目を覚ましたらすぐこれだ。それが命を助けてもらった人間のセリフかよ…本当に勝手な奴だな。


「あのな、覚えてるか分からないけどお前は負けたんだよ!」


「お陰さんでな!テメェが俺を連れて逃げたせいで負けになった!あのままやってりゃ勝てたのに!」


そう言いながらバシレウスは俺を跳ね飛ばし、そのままフラフラと倒れ込み、近くの木にもたれかかる。だから言わんこっちゃない…メタメタにやられてんじゃねぇか。


「意地は張るのはいいけどよ。お前に死なれると困るんだよ」


「うぜぇ、勝手に困ってろ」


「おいお前いい加減にしろよ」


こいつが死ぬと、レギナが悲しむ。こんなクソな兄貴でもレギナにとっちゃ唯一の兄貴なんだよ。その無事をずっと祈り続けて来てるんだ、なのに顔の一つも見せやしねぇ兄貴が、どっかよく分からない場所で死にました…なんて俺に言わせる気か?ありえねぇだろマジで。


「勝手に俺を連れ出してんじゃねぇよ!!俺はまだ負けてねぇ!!勝手に邪魔するな!!」


「するだろ、邪魔……だって、死んでたんだから」


「そこも俺の勝手だろ!」


勝手じゃない、勝手じゃないんだ。一人で熱くなって、一人で張り切って、仲間の制止を振り切って敵と戦って…死んで。それが自己責任の一言で済まされるほどに…軽くないんだ、こいつも……俺も。


そうだ、そうだよ。俺は捨ておけなかった。まるでこいつの一人で進んでいく様が…オフィーリアを前にした時の俺のようで。そしてバシレウスが死ねばレギナは悲しむ…。きっと俺が死んだら姉貴も悲しんだ、レギナも悲しんだ。


そういうところに、俺は意識がいってなかったんだ。きっと…姉貴はこんな気持ちだったんだ。バカだったよ、俺。バカだったからこそ……放っておけるわけがない。


「おい、なんでそこまで固執するんだよ」


「俺はまだ、アイツに勝ててねぇ」


「だからって本部に乗り込むかね……」


「それに、アイツのペンダントを…取り返してないから」


「ペンダント?」


ペンダントって、これだよな?と俺は確認するために懐から取り出す。ペンダントって…これ普通に普通のペンダントだぜ?赤い宝石がついた奴。にしてもこの赤い宝石、変な宝石だな。ルビーというには色が濃いし向こう側が見えない、ガーネットよりもっと濃い。なにこれ。


「お前それ…!」


するとバシレウスはペンダントを見てギョッと顔色を変え、立ち上がり手を伸ばそうとして…崩れ落ちるように転ぶ。これそんなに大切なものなのか?


「お、おい無茶すんなって」


「う、うるせぇ…でもなんでお前がそれ持ってんだよ」


「スッた、コルロっての?アイツがなんか調子に乗ってベラベラ喋ってる隙に部屋の中動き回って取り敢えず取れそうなもん全部取ったんだ。まぁ手元に残ったのはこれだけだが」


「…………」


「お前、これを取り戻したかったのか?」


そんなに大切なものだとは思えないが、でもこいつにとっては大切なものなんだろう。だったら…。


「はい、返すよ」


「…………」


ペンダントを手に乗せ、俺はバシレウスに渡そうとするが…バシレウスはプイッとそっぽを向いてしまい。


「いらない」


「はぁ!?なんで!お前これを取り返しに死にに行ったんだろ!?じゃあ受け取れよ!」


「いらない」


なんだこいつ、頭叩き割ってやろうか…今ならいけるだろ。


「いいから貰っとけよ」


「……じゃあお前が預かっとけ」


「え?」


「それを受け取るのは、コルロを殺してからでいい」


「そんなお前…。面倒臭い奴だなお前も」


「うるさい!」


本当にあれな奴だな、まぁでも……。


「でも、これがあるなら今すぐコルロのところに行く必要はないのよな?じゃあ一旦逃げよう。ここは敵地だ、すぐに追っ手が来る」


「チッ、分かってる…体を休めたら、次こそ勝つ」


「だな、よし!ってわけで移動開始〜」


ともかく納得してくれた、ならそれでいい。今はとにかくダヴさん達と合流して…それから考えよう。俺は一刻も早く姉貴を助けるためにオフィーリアを探さなきゃいけないわけだしさ。


そうして俺は歩き出したわけだが……。


「………おい」


振り向く、するとそこには木の根に座り込んだまま動けないバシレウスがいる。立たない、歩かない。なんだこいつ。


「行くぞって言ってんだけど」


「…………」


「なぁ!バシレウス!」


「……立てない、支えろ」


プイッとそっぽを向いたままそういうんだ。はぁ〜〜〜!


「立てないってお前そんなのでコルロのところに行くつもりだったのかよ」


「うるさい」


「はぁはいはい、仰せのままにお嬢様」


「お前覚えとけよ」


「こっちのセリフだ」


俺はまだバシレウスに肩を貸して歩き出す。今はこのヘベルの大穴から抜け出すことだけを考えて動こう。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! 魔蝕の子の代償に人間性を喪失したバシレウス。しかして今の彼からは確かな人間性を感じます。そんな彼に「人間性」を与えたであろう人物、ユリウスですか。バシレウスがあそこまで頑…
活躍する度に現地妻が増える事に定評のあるステュクス、誰にも懐かない孤高の魔王もステュクスの手に掛かればあっという間にデレさせてしまう。 そして落とす鍵となったのがまさかのエリスのはあとネックレスだった…
ステュクスとバシレウスこいつらただの仲良しじゃねえか。 ステュクスくんは魔力その他で他に劣る分機転が効くんだよな。そこがいちばんの強み。 目覚めたエリスさん「ペンダントどうしたのステュクス」 ステュク…
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