725.星魔剣と何も持ち得ぬ者
「この魔力!コルロか!?」
「ガカカカカカ!ご明察!コルロ様直々に究極の肉体を取りに来たのさ!!」
タロスの街の一角でぶつかり合うのは二つの力、二つの陣営。エリスが死の際に追いやられ、助ける為に行動を開始したステュクスに続く者達。
元アルカナ最強の男『宇宙』のタヴと元メサイア・アルカンシエル最強の男『極致』のカルウェナン。双方共にマレフィカルム全体から見てもトップクラスの実力者、しかしまた双方共にマレフィカルムを既に脱退した身。
対するは八大同盟『死蠅の群れ』ヴァニタス・ヴァニタートゥムが大幹部…焉魔四眷。
血よりも赤い巨大な鎧、六つの腕を持つ異形の戦士、『混沌』のペトロクロス。
その様はまさしく人型の鮫、筋骨隆々の五体にずらりと並んだ白い牙を持つ『傲狠』のサンライト。
二つの陣営の実力者達がタロスの街の一角にて、ぶつかり合う。
「『鮫噛竜巻』!!」
「ふんっッ!」
瞬間、大地が爆裂し空気を引き裂く勢いで回転し突っ込んでくるサンライトを両手で展開した防壁で防ぐカルウェナンは、そのまま回転を受け流し。
「甘いッ!」
「おおっと!危ねぇ!」
一閃、カルウェナンの拳が回転するサンライトを穿ち抜く…かに思われたが、サンライトの反応もまた早く。回転を停止させると共にその野太い腕でカルウェナンの拳を受け止める。と同時にサンライトの背後の家屋が余波により押し潰される形で倒壊する。
「ガカカッ!老いたか?カルウェナン!」
「貴様、何があった…サンライト!」
続け様に魔力を纏った連撃を放ち、それを確実に手で受け止めるカルウェナンとサンライト。その一撃の衝撃は大地を引き裂き、さながら砲音の如く轟く。
「貴様は、少なくとも小生の記憶では人だったはず!何故そのような面妖な姿になった!」
「ガカカッ!万年兜外さねぇお前がよォ!面のあれこれに文句つけるかよッ!」
少なくとも、小生が知る限りでは…サンライトという男は普通の男だった。粗野で粗暴な性格が滲み出るような極悪な面、青い髪に紅蓮の瞳…そして剣を主体に戦っていた男だった。実力も八大同盟の幹部らしく第二段階上位級だった。
が、今はどうだ…明らかにその実力は第二段階の領域になく。何よりこの見た目…明らかに何か異常があったとしか思えない。
「俺達はよぉ!コルロ様のお力で強くなったのさ!あの人は天才だぜ?魂を根底まで見通しその究極に至ろうとしている…!その大いなる道筋の過程で、俺達もまた生物として進化した!」
「要は実験動物にされただけだろう、アルカンシエルにもいたぞ…力の為に獣の姿に堕ちた者達が。そして、そういう者は決まって……」
「グッ!?」
「弱かったッッ!!」
瞬間、小生の手がサンライトの防御を手で払い、空いた隙間に一撃…サンライトの鼻先に拳が突き刺さり、吹き飛ばす。
こいつのやった事は、つまるところアルカンシエルがやってきた魔獣因子の取り込みのような…人体改造。マレフィカルムにも昨今増えている外部から力を取り込む方法。
小生はそれをくだらない事と嘲る。力を求める姿勢は良い…だが。
「まやかしの力に目が眩み、己のあり方を歪めてまで得た力に価値はない。小細工、誤魔化し、それは拳を鈍らせる」
この世の頂点を見てみろ。イノケンティウス、クレプシドラ、ダアト…果ては八人の魔女。誰か一人でも、誤魔化しをしているか?小細工を要するか?否である。
真なる強さ、揺るがぬ強さとは即ち、己の道を貫く有り様の中にのみ存在する。それを捨てた時点で…その強さは何かに依存する程度の力でしかないのだ。
「グッ…ガカカカカカ!」
しかし、吹き飛ばされたサンライトは壁に叩きつけられ、家屋の倒壊に巻き込まれながらも起き上がり……。
「相変わらず実直だなぁカルウェナン!だがなぁ…これが俺のやり方なんだよ」
「何……?」
「俺から言わせりゃ、手前の主君も信じられず…フラフラヘラヘラと放蕩する手前の力によぉ、俺達の身を捧げた力が劣るわけがねぇって話だぜ」
「……………」
「何が己のあり方だァッ!!俺もお前も子分だぜ!?親分に逆らう裏切りモンがァッ!偉そうに講釈垂れんじゃねぇぜェッ!」
起き上がり、再び拳を握ったサンライトの全身から魔力が滲み出し、それが大気を押し揺らし大地にヒビが入り…そして爆裂する。
「沈んでろやッ!カルウェナンッッ!!」
「ッッ!!」
一撃が見舞われる、大地を抉り抜く程の勢いで飛翔したサンライトの拳がカルウェナンに叩き込まれ、腕をクロスさせたカルウェナンの体が揺れる…。
確かに、サンライトの言うことには一理ある。こいつにとってはそれが道か…ならばその道は否定すまい、だが。
「それでも、小生の道とは相容れまい。ここは譲らんぞ…サンライト!」
「上等だ!譲ってもらう必要はねぇ!叩き潰して!砕き壊して!押し通る!」
一歩、互いに一歩踏み出し、両者の足が交錯し額が衝突するほどの距離で…互いに睨み合い、打ち合う。一般の領域から逸脱した巨体を持つ二人が真正面から防御を打ち抜き、ただ破壊を目的とした殴り合いを開始する。
そのすぐそばで…同じく戦いのは。
「『星衝のメテオリーテース』!」
「速い」
光速に等しい速度で飛翔し、街中を駆け抜け真紅の大鎧に鋭い蹴りを見舞うも、六つの腕が全て動き、その蹴りを着実に受け止める。同時に大地が揺れ、一度大きく沈み込むと同時にバウンドするように元に戻り地震が発生する。
ぶつかり合うのはタヴとペトロクロス。六つの腕を持つ鎧の大男を相手にタヴは立ち回る。
「フンッ!!」
「そして巧い」
受け止められた足を軸に回転し、そのままペトロクロスの顔面を狙って流星の如き回し蹴りを見舞うもそれすらも避けられる…、と見せかけて今度は掴まれている方の足を動かし、ペトロクロスの足を弾く。回避行動をあえて取らせる事で手を払う隙を作り出したのだ。
「まさか俺の速度についてくるとはな、ペトロクロス」
「宇宙のタヴに褒めてもらえるのなら、光栄だ」
手でコートについた土埃を払いながら、周囲に漂う砂塵の向こうで六つの腕を全てこちらに向ける巨大な影、ペトロクロスを見遣り…俺は一息つく。
ペトロクロスがここまで強くなっているのは想定外だった。と言うかこいつ…元々は俺より背が低かった気がするんだが、何故こんなに巨大化を?腕も六つあるし、人の形に革命を起こしたか。
(にしても、敵方も随分大胆に動く)
チラリと病院の方を見る。今…一瞬だけ現れた魔力、あれは間違いなくコルロの物だった。何が目的かは分からないが、アイツは魔女の弟子達がいる部屋に入って行った。その時点では焦ったものの…すぐ後にバシレウスが現れ、何処かへと追いやった。
(フッ、やはり奴の嗅覚は侮れんな)
今までどこで何をしていたかは知らないが、コルロが表立って動いた瞬間行動を開始する辺り、バシレウスとしてもコルロは逃がせないようだ。
しかし…問題があるとするなら。
(コルロの基礎魔力が前回とは比較にならない程高まっていた。あれからまた何かをしたか…ペトロクロス達がここまで強くなったのと同じように、コルロ自身も強くなっているか…前回敗北したバシレウスがどこまでやれるか)
「タヴ、どこを見ている」
「む……」
瞬間、コルロが腕を振るった瞬間…不可視の何かが飛んでくる。故に着弾する前にその場から飛んで近くの家屋の屋根の上に乗り、拳を握る。
「すまない、大局を見ていた」
「そうか、やはりお前がアルカナの司令官だったなら…アルカナは八大同盟に入っていただろう」
「もう無い組織の話をされてもな。さて…大局を見た結果、ここで焉魔四眷の一角を削っておくほうが後々楽だと判断した、取りも直さず…この意味が分かるな、ペトロクロス」
「不可能だ、焉魔四眷は無敵となった…誰も落とせはしない」
「不可能、無敵…なるほど」
沸々と湧き上がる魔力を隠すこともなく、俺は口角を上げる。ペトロクロス…モチベーションの上がる言葉を言ってくれるじゃ無いか。
「ならばこそ!敢えて挑もう!不可能を可能とし!無敵にこそ敵対し!勝利する者こそ…革命者だッッ!!」
「ッッ!?!?」
瞬間、全身を光の速さにまで到達させての蹴りを放つ。それは先程ペトロクロスが受け止めたそれよりも速く、鋭く、奴が防御する暇さえ与えず…その巨大だな体を吹き飛ばし、奴の背後にあった建築物をいくつも貫通させ街の外まで追いやり。
「ぐぅっ!速い…今まで本気ではなかったと!」
「違うな!」
「ッ!?」
ペトロクロスは街の外、平原にて魔力を逆噴射し停止するが…その背後に俺は立ち、ペトロクロスの頸を掴み。
「これは革命だッッ!!!」
「ッぐっ!?」
そのままペトロクロスの体を持ち上げ振りかぶると共に地面に叩きつける…と同時に地面が消し飛び、巨大なクレーターが生まれる。
今までのそれは俺にとって抵抗だった。そこにコイツが不可能、無敵と言う単語を加えたおかげでこの抵抗は革命となった。革命者は革命に於いて無尽の力を得る者だ…故にこれは本気ではなく、本領だ。
しかし……。
(なんだ?)
今、ペトロクロスを投げた時感じた違和感…いやもっと言えば蹴り付けた時感じた違和感。今の衝撃…まるで。
「ペトロクロス、お前…鎧の中身、どうなっている」
「…………」
ペトロクロスは地面に叩きつけられてなお動く。が…その首は180℃後ろに曲がっており、どう考えても死んでいるように見えるが、ペトロクロスはなんなく動き…その兜を一旦外し、元に戻す。
その時見えた鎧の中は……空だった。
「お前……!」
「革命?未だ肉体の殻に押し込められているお前が革命…か、タヴ……私はもう、捨てたぞ」
立ち上がるペトロクロスは腕を展開し、俺を見下ろすようにその巨体を持ち上げる。…その伽藍堂の体を動かし、空虚な鎧を動かして、俺の前に立ち塞がる。
「未だ人間という存在に収まるお前が、果たして私に勝てるかな?タヴ」
「滑稽な。革命とは…人が人の為に行う人の証左だ。人であることを捨てた時点で…貴様に革命の資格はない」
どういう存在に成り果てたか分からないが、悲しいぞペトロクロス。一時は共にマレフィカルムという大軍勢の中で共に世の革命の為に戦ったお前が…革命を捨てたことが、何より悲しいぞ。
「コルロ様に刃向かう者は、全て殺す」
「ならば俺は生きて示そう、革命をッッ!!」
ここでコイツを落とし、コルロに革命を示す!
……………………………………………………
「『魔王の鉄槌』!」
「フハハハハハ!!その程度か!未完の器!!」
揺れる、大地が揺れる、天上より見ればその様はさながら大地を駆け抜ける落雷、街を引き裂きながら亀裂のように左右に揺れる赤と黒の螺旋が高速で飛翔しながら…殴り合う。
「逃げんじゃねぇェッ!!」
「嫌なら当てるんだ、私にな」
衝突する『蠱毒の魔王』バシレウスと『吸血伯爵』コルロ・ウタレフソン。両者共に超高速で街の中を飛び交いながら、被害、損害一切度外視の殺し合いに興ずる。
「だったら当ててやるよッッ!」
「むっ!?」
瞬間、バシレウスが足元の何かを引っ張る。それと同時に足元の瓦礫が持ち上がり中から現れるのは縄だ、その縄はコルロの足に巻き付けられており……。
(街中での戦いで縄を回収し、殴り合いの中で私の足に巻き付けていたのか…!なるほど、小細工を覚えたじゃないか、人のなり損ないが)
バシレウスも闇雲に街中を駆け回っていたわけではない、使えそうなものをそこらから強奪し、上手く利用し、コルロに対して使っていたのだ。当然縄程度ではコルロの動きは縛れない、とは言え一瞬…一瞬でいい。
コルロの動きが一瞬減速した隙に…一気にバシレウスは突っ込み。
「『魔王の鉄槍』ッ!」
「グゥッっ!?」
吹き飛ばす、両足の蹴りと共に放たれた魔力衝撃がコルロの全身をバラバラに破壊しながら街の外まで届く砂塵の衝撃を作り出す。
「カハハハハハハ!やるものだ!」
「チッ」
しかし、バラバラに吹き飛んだ筈のコルロは街の外…郊外の森の中に飛びながら即座に全身が再生する。あの程度の攻撃じゃ死にもしないか、まるでゲブラーだな。
「上等だ、死ぬまで殺し尽くしてやるよ!!」
「さて、それはどうかな?私の力がサイディリアルの時と同じと思わない方が良い」
コルロが両手を固め、全身から魔力を吹き出した瞬間。大地が沸騰し…あっという間に森が真っ赤に染まり、火の海となり焦土へと変わっていく、そして。
「円環術式『アペイロン・シュラウド』!」
「なんだ…!」
燃え上がる大地の中に突っ込んだ俺が見たのは、コルロの背後に紅蓮の光輪が浮かび上がり、全身から迸るような電流が大地に流れ…土を分解し蒸発させている様であった。
サイディリアルでは見せていない、それどころか今まで見たことのない力に俺は、警戒する。しかし、コルロは手を休めず、手をこちらに向け。
「『天焼のゼボイム』!!」
「ッッ!?!?」
飛んでくるのは紅蓮の光条、それが幾重にも重なり、枝分かれし、その全てが俺を狙い飛翔する。その速度の凄まじさに回避行動すら取れない、軽く体を捻り、手足を広げ、不規則な姿勢になることで光線の隙間を縫う…が。
「うぎゃっ!?」
背後に着弾した光線は大地を焼き尽くすほどの爆発を生み出し、その爆風によって俺はゴロゴロと転がる、俺が吹っ飛ばされるほどの衝撃だ、…後ろには炎すら残らず黒く焼けこげた大地が見える。
「なんだそりゃ!」
「円環術式さ、いいだろう?君の協力のおかげで遂に物に出来た」
答えになってねぇな、つーかマジであれなんだ?覚醒でも魔術でもないし…いや。
(魔術か!魔術陣だあれ…!)
よくよく背後に浮かび上がる光輪を観察すると、本当に細かくだが何が記号のようなものが書かれている。そして…。
「次だ…」
背後の光輪は十八に分割された筒が組み合わさったような形をしており、それぞれのパーツがそれぞれの方向に回転する。
あの模様は魔術陣だ、それをさながらダイアル式の鍵のように合わせる事で魔術を発動させている。仕掛けは単純…だが問題はその速度だ。
魔術陣とはそれぞれの記号が組み合わさることで効果を発揮するが同時にどこか一つでも線が途切れれば不成立になる。奴はそれを利用しているんだ。
つまり光輪を構成するそれぞれのパーツを前と後ろに回転させる事で『成立』と『不成立』を超高速で繰り返している。一度の回転により成立する魔術は凡そ五種類、それを回転と共に高速で切り替え常軌を逸した速度で連射している。
物理法則すら超える勢いで連射された魔術は一つに折り重なり…。
「『天雷のソドム』!」
「おぁっ!?」
光輪から一発の雷が放たれる。一秒間に五千もの魔術を連鎖させる事で極大魔術へと変貌させる奥義…それが奴の円環術式の正体。
どうやらあれは防壁で作っているようだ、つーことは刻まれている模様…つまり魔術陣の内容も自由自在に組み換えられるってことか。
「めちゃくちゃやりやがる…!」
「いいだろう?私が発明した特殊詠唱さ!そして!」
瞬間、コルロがこちらに手を向け…。
「『ノスフェラトゥ・アブゾーブド』ッ!」
放たれるのは赤い光の螺旋。あれは…吸血魔術か!前回俺が血を抜かれまくった魔術…遠隔から相手の血を引き寄せる蚊とか蝙蝠みたいな技だ。
「チッ!」
まずい、今俺は魔女の弟子との戦いで負った傷から出血している。また血を抜かれる!いや…抜かれてたまるか!
「ぐぅっ!」
その場で足を思い切り踏ん張って魔力を滾らせ、防壁にして傷口をカバーする。これにより血の出所に栓をする。つまりもう血は抜かれな──。
「え!?」
その瞬間、俺の体がそのままコルロに引き寄せられる。吸血じゃねぇのか!?いや…!
「人間の体は、血液の袋さ」
俺の体の中の血液ごと引き寄せたのか!ヤベェ…逃げられ────。
「『天拳のゴモラ』ッッ!!」
「ごぶふっ!!」
無防備に引き寄せられた俺の体は、コルロの魔術を帯びた拳によって打ち飛ばされ、口の端から血を溢しながら、大地が融解し出来た炭の塊に突っ込み、ガラガラと落ちる瓦礫に潰される。
「どうやら強くなりすぎてしまったか、これはもう闘争では私自身の力を推し量る事は出来ないか」
「グッ…テメェ……」
「中部から遥々追ってきてくれてありがとう、バシレウス。そしてまんまと私の前に現れてくれた事…感謝する」
「ふざけんなッ……!」
「まだ立ってくれるか、易々と死なないのはありがたいが…立ってどうする?君では勝てないぞ?私には」
ふざけやがって、勝てないわけないだろ…この俺が。
「それともあれかな?時間稼ぎをして…救援が来るのを待ってるのかな?」
「ンなつもりはカケラもねぇ!」
「だが残念だったね、救援は来ない。イノケンティウスはタロスの街で暴れただけでは出てこないだろう…もちろん十人の魔神達もね」
「ああ?」
「彼は今忙しいんだ、私に対して思うところがあるのは知っているが…彼も彼なりの目的で動いている事は把握している。そしていつかは私と全面戦争をしなければいけない事も…理解しているだろう」
コルロは顎に指を当てて考えるような素振りを示しながら俺に対してベタベタと語り出す。
「私とイノケンティウスの目的は…ある一点で決定的に相反する。出来るなら私としても今この瞬間にイノケンティウスを倒してやりたいが…残念ながら今の私ではイノケンティウスには勝てない、故に君が必要なんだよバシレウス…正確にいうなら君の血がね」
「やらねぇよ、テメェの血でも使ってろボケカス!」
「そうはいかないんだよ」
すると、コルロの背後に浮かぶ光輪がチカチカと点滅を始める…それを見てコルロの表情が曇り。
「む…もう持たないのか、実戦運用は今回が初めて…誤算が出るのは承知の上だが、やはり代用品では持たないか」
「あん?なんだよお前、それもう持たないのか?バァカ、すぐにバテるような力使ってなにイキってたんだよ!」
「正確に言えば、バテたのは私ではない…。この円環術式はね、私とは別の血液を媒介とする事で使用ができる。血液媒介系魔術に最も適したネビュラマキュラの血…これを私の体の中に取り込み、完全に物にすることが出来れば問題なく運用できるんだが」
「は?何が言いたいんだよ、ぐちゃぐちゃと喋り腐って…要点まとめろよ、頭悪く見えるぜ」
「まだ君の血が足りないんだよ、円環術式を完全に使うには…だから、代用品を使ったんだが……」
そう言いながら、コルロは胸の隙間から…何かを取り出す。それは赤い宝石のついたペンダントだ。赤い光を出しながら、それでいて力無く点滅する宝石。それを見せつけながら…コルロは下劣に笑い。
「これが、何か分かるかな?」
「ああ…?」
「サイディリアルに行った時ね、レギナの血では不足と考えた、君が出てくる事自体誤算だった。だから…蠱毒の壺で……確保しておいたんだよ。代用品を」
「代用品……」
アイツはなんて言った、アイツは何が必要だと言った。ネビュラマキュラの血?レギナでは不足かもしれないから他も欲した?それを手に入れるために……蠱毒の壺に?
「まさか……」
俺が小さく呟くと、コルロはなんとも愉快そうにニヤニヤと歯を見せ。いや…まさか!
「ッッテメェェェェェエエエッッ!!!!」
この野郎…この野郎!!よりにもよって『アレ』を使いやがったのかッッ!!
「そいつにッ!触るんじゃねぇぇぇえええええええッッ!!」
「アハハハハハハッ!!君がそれを言うか!!」
「うるせぇぇッッ!!」
突っ込む、奴のペンダントを取り返すために飛び込み飛びかかりコルロの手に向けて腕を伸ばすが。
「代用品とは言え!まだ必要な物だ!渡すわけにはいかないな!」
「ッ!?」
しかし、コルロの蹴りが俺の顎を打ち抜き…。
「『天槍のニネヴェ』!!」
「げはぁっ!?」
光輪が回転しコルロの手から光の槍が放たれ俺の体を打ち抜き、衝撃波が背後に突き抜け口から大量の血が吐き出され、コルロはそれを浴び…笑い続ける。
「フハハハハハ!出た出た!やはり君が一番純度が高い!欲しいよバシレウス!君の体が!!」
「気色が…悪い…!」
「結構、倫理はとっくに捨てている」
クソッタレ、あの女…よりもよって蠱毒の壺を漁りやがったな、誰も触っちゃいけないものを持ち去りやがったな…!
「ふぅー…ふぅー…ッ」
「ふむ、まだ立つか…将軍ルードヴィヒに勝ったのも粘り勝ちだと聞いていたが…なるほど、これは確かに厄介だ。だが…それでも厄介止まり」
一歩、コルロが踏み出す。ただそれだけで光輪から放たれた光により大地が焼ける。重圧が黒く歪んだ地面を割り砕き、力の奔流を響かせる。
「既にあの病院にも手勢を送っている。そしてここでお前を確保すれば私が神の依代となる準備が整う…やはり天運は私に味方を」
ふと、コルロの足が止まる。そして表情を歪め…ギロリと街の方を睨み。
「なんだと」
見遣る、遠方の病院の方を見て…舌打ちをする。何が気に入らないのか分からないが…どうやらコルロに都合の悪いことが起こっているらしい。
「何故だ、何故奴がここで動く…ホーソーンめ、しくじったか…!」
「おい!コルロ!無視すんじゃねぇ!!」
「チッ、狂った…全て。奴が動いた以上やり方を変える必要がある…悪いが退散させてもらう」
「はぁ!?」
コルロは光輪を消し去り踵を返す。逃げるつもりだ…けど。
「逃すわけねぇだろッ!クソボケが!!」
「いいや逃げる、君のファイトスタイルは理解している。傷つくほどに強くなり、倒れる都度に立ち上がり、無限に強くなり続ける事で相手を超える不死身のスタイル…そんな物バカ正直に最後まで相手するつもりはない。どうしても追いたいなら」
そして、コルロは指をバチンと鳴らし…。
「リューズ!貴様に見繕った相手がここにいるぞ!好きに殺せ!」
「あ?」
瞬間、天空を引き裂いて何者かが飛んでくる…コルロの部下か?何者だ?分からない、分からないが。
「誰だお前」
「……アレが、魔王か」
地面を砕き、着地したそいつは…青い髪に、白銀の瞳を持った憂いを帯びた男。白いパーカーのポケットに手を突っ込み、黒いズボンを動かして、一歩踏み出せば大地が凍る。
なんだこいつ、初めて見るな。
「リューズ、彼が魔王だ。彼は君に驚きと発見を与えるだろう…存分に味わえ」
「そうか、なんでもいい」
「なら好きにやれ」
それだけ言い残し、コルロは消える…追いかけようとしたが、目の前に立つ奴が邪魔だ。リューズ…だったか?なんだこいつ。
「おい、そこどけや青瓢箪。ぶっ殺すぞ」
「……君、名前は?」
「死ねカス」
「そうか…じゃあ俺、今から君を殺すよ、死ねカスくん」
「死ねカスは名前じゃ───」
吹き飛ばされる、いきなり飛んできたリューズの蹴りが俺の顔面を打ち抜き俺は地面を引きずられるように転がり、面を喰らう。
(なんだ今の、なんで俺吹っ飛ばされてんだ?)
起き上がり、体の上に乗った瓦礫を払いのけ…リューズを見る。おかしい、どう見てもこんな事出来るレベルにない。
だってアイツ、魔力を見るに精々が第一段階だぞ…俺に傷一つつけられるレベルじゃねぇのに。
「なんだお前ッ!!」
「俺はリューズ、リューズ・クロノスタシスだ」
「チッ、なんなんだ」
仕方ねぇから相手をする、対するリューズは今もポケットに手を突っ込んだまま構えもしない。なんだあいつ。
「おい、俺はナメられるのと侮られるのが嫌いなんだ。構えろ」
「構える?どうやって?」
「は?」
「やり方が分からないんだ、教えて欲しい」
「はぁ……なら、よく見とけよ」
瞬間、俺は大地を蹴り……。
「見えるならな」
「ッッ!?」
一撃、背後に回りリューズの側頭部を蹴り穿つ。奴の体はそのまま真っ直ぐ大地を蹴り割くように飛び、轟音を上げて瓦礫に突っ込む。クリーンヒット、構えてねぇからこうなるんだ。
「へっ、バァカ。調子に乗るから──」
「こうやるのか?」
「ッ!?」
咄嗟に身を屈めれば背後から飛んで来たリューズの蹴りが空を切る。押し飛ばされた空気が弾丸のように弾き飛ばされ大気を鳴らし、リューズは口から白い吐息を吐きながら俺を見下ろしている。
避けられた、ってわけじゃない。奴の頬には確かに俺の蹴りを受けた跡がある。つまり今の一撃をもらい、吹き飛ばされながらも即座に移動し…俺の目でも追いきれない速度で背後に回ったってか。
こいつ、雑魚じゃねぇか。
「急いでるってのに…」
「悪い、けど…相手をしてくれ」
そのままリューズは振り抜いた足を戻しながら一気に大地を打つ。リューズに踏み抜かれた大地は一度大きく揺れると同時に一瞬にして白い氷に覆われ、俺の足ごと凍結する。
「俺は、俺がどこまでやれるかを確かめたいんだ」
そして拳を握ったリューズの手に、薄氷が纏い一気に突き出される。その一撃はどう見ても第一段階のそれじゃねぇ、第二段階の物でもない。第三段階クラスの一撃を第一段階の奴が軽々と打ってきてるんだ。
「一人でやってろ!」
けど、それでも俺が最強である事に変わりはない。リューズの拳を片手で弾き逆に鼻面に一発お見舞いすれば、リューズは苦悶の表情と共に足を一歩分ズラして後退し、鼻血を垂らす。
「俺はコルロを追わなきゃならねぇんだよ!」
「ヴッ…!」
そしてそのままリューズの胸ぐらを掴み、俺は大きく頭を引き、額に魔力を集め……。
「『魔王の打鐘』!!」
「ガッっ!?」
無数の魔力防壁を重ね、その間に魔力を突き詰めた上で相手に叩きつける。帝国の将軍が使っていた必殺の一撃…その応用。衝撃と共に爆発した魔力は壮絶な威力を生み出し、赤黒い光と共にリューズを吹き飛ばす。
「だから、テメェの相手はしてられねー。やりてぇ事があるなら鏡の前で一人でやってろ」
「ッ…なんだ、今攻撃が光った…俺の知らない攻撃方法があるのか」
「チッ、タフだな」
足を氷から引き抜き、目の前を見れば…今の一撃をもらっても平然と立ち上がるリューズの姿が見える。アイツも不死身か?つーかなんだアイツ、魔力も使わず氷を出して…寒いったらないぜ。
「……こうやるのか」
「む」
その瞬間、リューズの手に魔力が宿る。アレは間違いなく魔力遍在…魔法の中でトップクラスに難易度が高いヤツを、そう簡単にやるか。こいつもしかして…。
(むかつくぜ、俺と同種か)
リューズが魔力を引き出せば、その分周囲から魔力が吸い上げられる。草から、木から、まるで根こそぎ持っていくように魔力を吸い上げ木々が枯れ霜に覆われていく。アイツ周りから魔力を吸ってやがる…。
「はぁ、ウゼェよお前」
「次は、上手くやる!」
そして魔力で肉体を強化し、今までとは比べ物にならない速度で突っ込んで来たリューズは、暴れるように拳を振るい、足を振るい、俺を攻め立てる。当然、受けてやる謂れはない、俺もまた背後に飛びながら拳を避け、足を避け…迎え撃つ。
「これでも追いつかないか、やるな…死ねカスくん」
「違うってんだろ!!」
一撃、リューズの蹴りを腕で受け止めれば大地が砕け、土塊が宙に舞う。その一撃はやはり第三段階クラスの物、でいるにも関わらず攻め方がてんでど素人。ここまでやってりゃなんとかなく分かる。
こいつは、所謂所の『天才』と呼ばれる類の物。俺が散々言われてきた物と同じ物をこいつも持っている。そこがムカつく、最強は俺だけでいいのに…こいつは。
「フッ!!」
「チッ!」
そのまま体を反転させ冷気を纏った拳を振り上げるリューズ、その一撃を回避すれば余波で飛んで来た冷気が俺の体に霜を乗せる。
こいつは、戦いの中で成長している。動きがどんどん良くなっている、数合打ちあっただけでこれだ。時間をかけたらどれくらい強くなるか分かったもんじゃねぇ、今そう言うのとやり合ってる暇はない。
「こう使うのか!」
瞬間、リューズは両手を合わせ…その瞬間奴から這い出る白氷が無数の刃に変わり、一気に突き出される。けど魔術じゃない、どうやって出てるかは分からないが普通の氷だ、それなら。
「効くか!」
防壁だ、前方に防壁を展開し白氷の刃を防ぎ……。
いや、待て…!
「なッ!?」
目の前に展開された防壁が、まるで煙のように消え、リューズの手に吸い込まれ消える。何が起こったか判断する前に俺は身を逸らし飛んで来た氷の刃を回避するが、避けきれず身を裂かれ血が噴き出る。
今、身を守る為に展開していた防壁も魔力遍在も一瞬かき消された。吸い取られたんだ…さっき植物から魔力を奪ったように。こいつ、俺の魔力まで奪えるのかよ。
(こいつ…常に何かを奪い続ける性質があるのか。アルカンシエルのマゲイア…アイツの使う覚醒『エンドレス・コンシューマリズム』も他人の魔力や魔術を奪う力があったが……)
咄嗟に飛び退きながら俺は考える。マゲイアの覚醒は他人の力を奪う覚醒だった、こいつの使っている力もまたそれと同じ…いや奪える範囲や規模はマゲイア以上、同時に本人の意思や感情とは関係なく周囲の物からひたすらに奪い続ける性質がある。
つまり、こいつは通常の状態で八大同盟第一幹部クラスの覚醒、それと同等かそれ以上の現象を引き起こし続けていることになる。
(闇雲ゴリ押しじゃ怪我するだけか)
冷静になる、冷静に考え続ける。リューズは周囲の温度を奪い氷を作っている、同時に相手の防壁や体内にある魔力にまで干渉し奪う事ができる。そこは間違いない、見る感じ奴の魔力はさっきから上昇の一途を辿っている。
つまり、戦っている俺の魔力を奪い続けているんだ。どーりで消耗が激しいわけだ…けど。問題は魔力を奪われる事じゃない。
奴の奪える物の種類が魔力や温度だけとは思えない。本来は魔力以外での干渉が不可能なはずの魔力そのものをなんらかの力で吸い寄せている…つまり、奴の奪う力は概念にまで及んでいる可能性がある。
(あの急成長、まさか…俺の経験や力そのものも…)
何も持たない、だが常に相手から奪い続けるが故に何をも持ち得る。その性質はマゲイアの覚醒というより…ガオケレナの作った偽造魔女のニビルに似ている。
「待ってくれ、バシレウス」
「待たない、もうお前と戦ってるわけにはいかなくなった」
俺は一気に後ろに飛ぶ、リューズもまた魔力を噴射し飛ぶ。その過程で周囲から温度や魔力を奪い、氷と魔力が入り混じった衝撃波を放ち、無人の平野に白い線を描き滑空する。
だがどうやら俺は今奴の奪える範囲から抜けているらしく、奴は自分自身で魔力を補充出来ない事から徐々にスピードが落ちる。あの分じゃ防壁も張れない、だったら…!
「『ブラッドダイン…!」
両手に血を媒体として生み出した紅の魔力を集める。収束する紅の光が迸り電流の如く大気に伝播し轟く。生み出すのは破壊の渦、放つのは血光の……。
「『グランジャー』ッッ!!」
「なッ…!」
両手から叩きつけるようなモーションから放たれたのは紅の旋風。風ではなく魔力の螺旋、それは大地を削り、土塊を粉砕しながら一気にリューズに向かう。咄嗟にリューズも吸い取る姿勢を見せるが……。
「ッ奪えない!ぐぁああああ!?!?」
奪えない、奪えないに決まってる。その為に螺旋型にしたのだ、常に渦巻き変動する魔力、それを一方向に集約させるには力以上に技量が要る。そしてその技量はないだろう…なら。
切り裂かれ、吹き飛ばされる。リューズの体は螺旋に飲まれ、高く打ち上げられるように吹き飛ばされ、全身を切り刻まれ錐揉みながら大地に落ちて……。
「バァカ…お前が天才なら、俺は超天才だ。殺り合って勝てると思うなよ」
「ぁ……が」
「二度と逆らうなよ、ボケカスが。ペッ!」
呆然としたように動かないリューズに唾を吐きかけ、俺はポケットに手を突っ込み歩き出す。本当なら殺してやりたいが今はそんな事をしてる暇もねぇからな。今日のところはこれで勘弁してやる。
「う…待って、待ってくれ」
「……話しかけんな」
「まだだ、次は上手くやる…だから相手をしてくれ」
「はぁ、次はねぇよ、そこで野垂れ死ね」
これ以上やるのも馬鹿らしい。縋りつこうとするリューズを足蹴にして俺は進む。確かにこいつは強かったが、それだけだ。技量はカス、技術は付け焼き刃、それで俺に勝てると思われる方が腹が立つ。
それよりコルロだ、アイツはコヘレトの塔に向かったんだよな。ならあっちか?分からん、分からんが向こうの方に飛んで行った気がする。
(クソが、変なことに魔力を使っちまった。今の魔力量でいけるか?いやいく)
一瞬迷う、リューズの魔力を奪う力のせいで考えていた以上に魔力を使っちまった。が…迷う暇もないんだ。
アイツが持っているペンダント、アレは蠱毒の壺の中になきゃいけない物なんだ…アレを取り返す、何がなんでも!
そうして、バシレウスは前へ進む……もう既に頭の中にリューズの存在はない。
リューズと言う危険因子を、彼はこの時点で忘却していたのだった。
………………………………………………………
俺は、生まれた時から何も持っていなかった。
クロノスタシス王国、その王家の一人として生まれ…物心がついた時にまた暗い石塔の中で親の顔も知らずに生きた。太陽の昇らぬ国で最も暗い場所で…俺は一人で生き続けた。
閉じ込められる理由は分からなかったが、ただ孤独だった事だけは分かる。
俺は魔力も何も持っていない。ただ何処からか流れてくる魔力を吸い寄せて、命を繋ぐだけの糧にして、俺は石塔の中で生き続けた。
そんなある日だ、クレプシドラが王国を離れ…俺の監視が甘くなったのは。
『脱獄する為の千載一遇のチャンスだ』
とは、思わなかった。生まれた時からこの石塔で生き続けた俺には外に出ようなんて考えすら浮かばなかった。ただなんとなくクレプシドラがいない事だけは分かった。
ただ、それだけのはずだった。しかし俺が何気なしに石塔の扉に、鎖が雁字搦めにされている扉に指先が触れた時だ…全く力を入れていなかったのに、ただ触れただけで鎖が切れたんだ。
鎖が切れて、扉が壊れて、俺は…生まれて初めて外に出る道を得てしまった。そこからは…流れだ。
なんとなく外に出て、なんとなくクロノスタシス王国を出て、なんとなくマレウスに向かった。
まるで何かに導かれるように歩く俺は…道中色んなものを見た。
青々とした草木、可愛げに鳴く小動物、流れる雲、音を奏でる川、そして何より…暖かな太陽の光。
何も持っていなかった俺には、何もかもが眩しかった。けど…俺の手はそれらに触れる事を許さなかった。
俺は、何もかもを奪う力を持つ。草木に触れれば凍り、小動物に触れれば命を奪い、雲は避け、川は動かなくなる。
何にも触れられない。何も触る事ができない、何も得る事ができない。結局外に出ても俺は何も持たないままだった。
……と、思っていた。
「彼は…彼は……」
俺は傷ついた体で立ち上がり、白髪の彼…死ねカスと名乗った彼を追いかけようと足を動かす。
コルロという人物に促されるままになんとなく戦った彼を、これ以上なく欲した。触れても死なず、止まらず、俺を見続ける彼に…どうしようもなく焦がれた。
常に氷に覆われ、ただ冷たく世界を見ることしかできない俺に…初めて灯った熱。
欲しいと思った。望まず奪うこの体でも奪えない彼という存在を欲しいと思った。
どうすれば俺はああなれる、どうすれば俺は彼と同じ事ができる。どうすれば彼はもっと俺を見てくれる。
欲しい…欲しい、なんで俺はああじゃない、なんで俺はああなれない。なりたい、欲しい。
「……こうすれば、いいのか?」
俺は手を前に差し出す。その瞬間周囲の草木が枯れ…魔力が宿り、そして閃光と共に放たれる。彼がやった事と同じ事をする…魔力を解き放つ技。そうだ、彼はこうやっていた。
なら次はこれを彼にぶつけよう、ダメならもっと色んな事をやろう。
「もっと…もっと、もっと色んなものをくれ…」
彼と戦えば俺は色んなものを得られる、いい加減寒いんだ…俺も、普通の人間みたいになりたいんだよ。
だから…追いかけよう。きっとクレプシドラが追いかけてくるけど。まだ捕まるわけにはいかない。
彼の全てを……奪うまでは。
…………………………………………………………
「はぁあ〜…面倒なことになっちゃったかも〜」
一方、オフィーリアはタロスの街の一角…空き家の中にて、椅子に座り。お茶を飲みながらため息をついていた。
正確に言うなれば空き家になったというべきか。今さっきまでこの家の持ち主だった男の体に刺さった処刑剣を引き抜き、刃を見つめながらオフィーリアはは大きなため息をつく。
「本部の様子を見に来るだけだったのに。なーんでこんなことになっちゃうかなぁ」
コルロから頼まれていたのは、本部の動向とゴルゴネイオンの動きの確認。その為にコヘレトの塔から態々タロスまで出向いてきたのに、結果的にあんなことになり、本部の前で騒ぎを起こしたせいでもう動向の確認はできなくなった。
それもこれも全部ステュクスとかいう男の仕業だ。アイツさえいなければと考えつつも…同時に。
「まぁいいや、レナトゥスしゃまの指令じゃないし」
所詮、コルロは仮の主。真の主はレナトゥスしゃまだけ、そのレナトゥスしゃまからコルロの側にいて奴を見張るように言われていただけなのだから。コルロからの任務の可否などどうでもいい。
というかどうしよう、そろそろコヘレトの塔に帰ろうか…今頃コルロはクユーサーが見張ってることだろうし、アイツにいつまでも仕事を押し付けると後が面倒そうだ。
(にしてもなんだろう、さっきからやたらとどでかい魔力がドンパチやってるけど…戦争?まぁ私ちゃんには関係ないからいいか)
そうだ、帰る前にサクッとステュクスだけ殺していこう…そう思い、オフィーリアは椅子から立ち上がると。
「一つ、聞きたいことがある」
「へ?」
ふと、背後から…誰もいないはずの部屋で背後から声がする。咄嗟に処刑剣を振るいながら背後に振り返ろうとした瞬間。
「質問への返答だけを許す」
「グッッ!?!?」
背後にいた存在は私ちゃんの首を掴み、そのまま勢いよく壁に叩きつけ…首を締め上げる。その瞬間私ちゃんが見たのは自分の首を締め上げる者の顔…それは、それは…!
「く、クレプシドラ!?!?」
「久しいな、サイディリアルぶりか」
赤の髪をカールさせ、鋭い黄金の眼光をこちらに向ける、赤いドレス…その陶器の如き白い肌、全てに見覚えがある。
クレプシドラだ…クレプシドラ・クロノスタシス。マレフィカルム五本指の二番手にして、怪物とも神域の使い手とも恐れられる…世界最強クラスの化け物。
「や、やばぁ……!なんでいんの…!」
焦る、そりゃあ焦りますよ私ちゃんも。だってクレプシドラだ、流石にこいつ相手に刃向かおうって気は起きない、何故なら普通に勝てないから。
それはサイディリアルでやってはっきりしている。こいつの防壁と私のアヴローラ・メメントモリの相性は最悪。何より……。
「どうする、ティファレト。極・魔力覚醒を使うか?」
(無茶言うよ、この状態で使ったらアンタ…私ちゃんを容赦なく殺すでしょ)
頼みの綱の極・魔力覚醒が封じられている。使えるには使えるが零距離かつ私自身が動けない状態では私の極・魔力覚醒を発揮しきれない。
発揮しきれなければどうなる?決まってる、こいつは私ちゃんを殺す。魔術を使う素振りを見せても殺す、助けを呼んでも殺すだろう。
つまり、詰みでーす!キャハッ!!
「ひーん、助けてください〜」
「お前は御し易いな。自分が危機に陥ると逃げる、どうにもならなければ助けを求める、その浅ましい自己保存本能に免じて直ぐに殺すのはやめてやろう」
「ひん、そ…それで…あんた、ここで何を」
「探し人がいる、リューズ…妾の従兄弟が国から消えた」
「リューズ?ハッ…だから言ったじゃん。憂いになる前に殺せってグゲェッ!?」
「黙れ」
締め上げられる、やばい!落ちる落ちる!ギブギブ!とクレプシドラの腕をパンパンと叩くとクレプシドラは手を緩めてくれる。危ない危ない、死ぬところだった。
「リューズは殺さん、あれは我が国の抑止力だ。あれの存在はある種の保険…殺しはしないが、同時に好きにさせておくわけにもいかない。そしてその抑止力が消えた…居場所は知っているか?」
「し、知りません……」
「チッ、もし彼奴が誰かと戦闘を行ったら…事だ」
リューズ・クロノスタシスの存在は知っている。通称『史上最強の第一段階』…第一段階にあるまじき実力を持つという話は聞いている。だが……分からない。
「なんでそんなに恐れるかな、無敵のクレプシドラ様が」
「なんだと?」
「だってアンタより強い奴なんかこの世に今何人いる?まともに張り合えるのなんかセフィラの中にも極小数、五本指の中でもイノケンティウスくらいしかまともに戦えないし、魔女大国側を見たって将軍くらいしかいないでしょ?」
「…………」
「今あげた奴らとだって、真っ向から戦えば勝敗は分からないって程度。アンタより明確に強い…と言われる奴なんか、それこそ魔女しかいない。それでもリューズが怖い?」
「妾はリューズを恐れてはいない。だが…リューズは…何も与えてはならない存在だ」
「どれだけ言っても第一段階でしょ?」
「違うな、第一段階とは魔力をある程度扱えるようになった段階、魔術を扱える段階を第一段階と言う。そう言う意味では奴はまだそこにも立っていない…第零段階だ、その時点でマルス・プルミラよりも強い」
マルス・プルミラよりも強いってことは…八大同盟の幹部じゃ敵にもならないってことじゃないか?第一段階にも立ってないのにそのレベルは流石にないだろ。
「リューズには徹底して何も与えていない、食事も生存可能な範囲だけ、文字も教えず文化も教えず、当然魔力の存在も教えていない。何もない…そんなアイツがもしこの脱走で何かを得たとしたら」
クレプシドラはリューズを恐れていないと言ったが、違うな。こいつは明確にリューズを恐れている…いや。
恐れているのはリューズが強くなる事以上に。
「恨まれるのが怖いか、クレプシドラ」
「………」
図星か、図星だろうな…そりゃ図星だ。だって…。
「そりゃあ恨まれる。だってお前は親も親族も親戚も…恭順を示さないクロノスタシス王家の殆どを鏖殺している。残された数少ない親族やお前の弟オリフィスだってもしかしたらお前を恨んでいるかもしれない」
「………」
「お前は怖いんだ、敵対者が増えるのが…自らの王国を揺るがす存在が生きていることが。滑稽だねぇクレプシドラ…無敵と称されるお前でさえ、王の憂鬱からは逃げられなッッ!?カァッ!?」
「妾は黙れと言っていただろう」
首が締め上げられる、まずい…煽りすぎた!殺される!待って待って!殺さないで!ガチ死ぬ!
「ァガッ!がぁぁあ!」
「妾は何者も恐れぬ、何者も信用せぬ、何者も許さぬ。ただ万物は女王たる妾に首を垂れ…従っていれば良い、そのルールから外れる者は全て消す。それだけだ」
ま、まずい…こいつマジで私ちゃんを殺す気だ!これ…やば────。
「おいオフィーリア!お前コルロのところにいるんじゃなかったのかよ!」
「ん?」
ふと、扉が開き…誰かが入ってくる。それは……。
「く、クユーサー…!」
「お前は、小悪党か」
「ゲェッ!クレプシドラ!?なんでここにいんだよ!?」
クユーサーだ、コルロのところにいるはずのクユーサーがなんでここに…いや。
「よっと!」
「む」
一瞬、クレプシドラの意識がクユーサーに向いた瞬間を狙い私ちゃんはクレプシドラの手をすり抜け拘束から逃れ……。
「『サモン・ゲニウス』」
「危なッ!」
クレプシドラが指先を動かした瞬間…半透明の剣士、精霊が現れ私ちゃんに斬撃を放つ。それを処刑剣で弾きつつ後ろに跳ねて距離を取る。
「ふぅー、危ない危ない。ありがとねクユたん!」
「お前何したんだ、クレプシドラがガチでキレてるぞ」
「ちょっと煽ったら抜群に効いちゃった〜ん!」
「アホか。だがまぁいい…テメェと俺様なら、こいつだって楽勝だろ」
「そーだねぇー」
「………」
クユーサーが指を鳴らし、私ちゃんは剣を手にしゃがみ込む。対するクレプシドラは泰然自若…とでも言おうか。やることは変わらない、ただ殺す…そう言いたげに両手を広げている。
私ちゃん一人なら無理でも私ちゃんとクユーサーのセフィラコンビならいけるかな?
「よっしゃ!行くぜオフィーリア!」
「うん!任せた!」
「は?」
瞬間、クユーサーがクレプシドラに向かったタイミングを見計らい私ちゃんは窓を開けて外に逃げ出す。
「おい!!オフィーリアァァッッ!!!!」
私ちゃんが外に出た瞬間、クユーサーはクレプシドラの放つ精霊の斬撃を受け細切れにされる。がアイツは死なない、死なないならそれでいい。私ちゃんは逃げさせてもらいます!
(バカだなぁクユーサー。勝てるわけないでしょガチのクレプシドラに。私ちゃんとお前のコンビじゃ絶対勝てんよ)
少し考えれば分かる。クレプシドラが無敵と称される理由は常時纏っている防壁の分厚さにある。絶対破壊出来ない精霊の防御に加えセフィラクラスの人間から見ても異常としか思えない分厚い防壁。
この二つを突破するには私ちゃんとクユーサーのコンビじゃ火力不足。耐久型のクユーサーと速度重視の私ちゃんじゃ勝ち目はゼロだ。これがもしマクスウェルやレナトゥスしゃまとか防壁を突破出来る人だったら戦ってたが…アイツとじゃ無理!
と言うわけで逃げまーす!コルロのところに帰るかなぁ〜!どーせ時間厳守のクレプシドラならクユーサーの相手は時間の無駄だと理解して直ぐに退却するだろうし、これが一番だ。
(けど残念、クレプシドラがうろつくような街になんか長居は出来ないし…ステュクスの始末はまた今度にしよう)
と言うわけで私ちゃんってばスタコラサッサ〜!!
クユーサーごめんねー!また今度ご飯奢るぜー!
「最悪!オフィーリアの奴俺様捨てやがった!」
「………」
そして、その場に残されたクユーサーは頭を掻きむしりながらため息を吐く。ダアトにボコられてから一旦タロスに寄ってみたらどうだ?オフィーリアの気配を感じ、本来はコルロの見張りをしているはずのアイツが何故かここにいた。
だから様子を見に来たのに、とんでもないもん押し付けられたぜ。
「おう待てやクレプシドラ、オフィーリアだろ…お前煽ったの、俺様を攻撃すんなよ」
「……まぁ、お前は殺しても死なないので、時間の無駄ですか」
クレプシドラを手で制して俺様は無関係だと説明する。クレプシドラは傲慢で自分本位だが話を聞かない奴じゃない…それよりどうなってんだ?
コルロは俺様にはエーニアックに向かわせ、オフィーリアにはタロスに向かせた。どちらもレナトゥスからコルロの見張りを言いつけられているメンツだ。それを騙くらかして…何企んでやがる。
クソが、セフィラを思うがままに動かしてもうマレフィカルムの新王気取りか?コルロの奴。
「チッ、オフィーリアのヤツ…俺様を見捨てやがって」
しゃあねぇ、この件はコルロに話を聞くとしようと俺様は背を向けると…。
「そういえばオフィーリアはマレフィカルムを裏切っていたのでしたね」
「あ?」
「ならそれと繋がってるお前も裏切り者ですか」
瞬間、俺様の首が引き裂かれ…宙に舞う。そして飛ばされた俺様の首をクレプシドラはキャッチし……睨みつける。
「はぁ、なにすんだよ」
「あら、本当に死なないのね」
「死なねぇよ、知ってんだろ。俺様とケテルは総帥から加護を受けてるからな」
「加護を、その癖をして…お前はコルロ側につくのですね」
「はぁ?んなもん当たり前だろ」
「……何故です?」
何故って、ああ…こいつにゃ分からねーのか。王様だもんな…なら教えてやるか。
「俺様はな、別にコルロについたつもりはねぇ。ただガオケレナを裏切りたかっただけさ、アイツにも最初から言ってあった…油断したら寝首をかくってな」
俺様がガオケレナを親分として認めたあの日から、俺様はアイツを裏切る瞬間を狙い続けてきた。だって当たり前だろそんなの…俺達ぁアウトローだぜ?お利口な公務員とは違うんだよ、色々とな。
それを込み合いでアイツは俺様を引き入れた。そう言う話さ。
「つまり、最初から裏切るつもりでガオケレナについていたと」
「そう言うこった、だからさ…お前も」
「ッ!?」
一撃、首を失った俺の体が魔力を伴った回し蹴りをクレプシドラに放つ。その一撃はクレプシドラの防壁を打ち、奴の体を動かし足を滑らせ壁を砕いて向こうまでスライドさせつつ、首を取り戻し。
「だからお前もこっち来いよ!ガオケレナに未来はねぇ。アイツは現を抜かしてる…もう未来を見てねぇ」
「ふん、命令をするな。妾はガオケレナを盟友として認めている…コルロは認めていない、それだけの話」
「そうかい。なら好きにしろ、沈む船の上で優雅にダンスパーティでも開いてろよ女王様、俺様はこの死なない体でいつか世の天下をとってやる」
「浅ましい、賊はどこまで行っても賊ですね」
「そうさ!俺様はどうなろうが業魔のままさ!賊に倫理観を求めんなよバーカ!」
それだけ言うなり俺様は足元に木の根を伸ばし、地中に潜り込み高速で移動し…その場を立ち去る。これ以上クレプシドラの相手してても意味がねぇ、それよりも今だ、今のために生きるんだ。
ガオケレナには未来がない、多分だがコルロにもない。この先の世を統べるのはレナトゥス…そして、そのレナトゥスを殺し、俺様がトップに立つ!
「……ふん」
そして、その場に取り残されたクレプシドラは面白くないように…視線を向ける。向けるのは街の外、コヘレトの塔がある方向で────。
……………………………………………
時間は、少し進む。バシレウスがコルロを追いかけ、それをステュクスが追いかけ。オフィーリアが逃げ出し、クレプシドラが行動を開始し始めた時。
一方その頃、魔女の弟子達の身にとある選択が降りかかっていた。
「今、なんて言ったんですか」
「とても信じられる話じゃないな」
メグとラグナは目を見合わせる。倒れ伏し、治癒が行えないデティに代わりポーションで傷を癒しているアマルトとメルクリウス、ナリアの三人を休ませつつ…二人は目の前に立つ者が持ちかけた話を受け、訝しんでいた。
「この状況で、お前を信じられるわけがねぇだろ…!俺達は今ヴァニタス・ヴァニタートゥムの襲撃を受けたんだぞ」
「何より…八大同盟の盟主である貴方が、私たちを助けるなんて」
その者は…八大同盟の盟主にして、今最も敵対が疑われる存在。その名も……。
「マヤ・エスカトロジー…ヴァニタートゥムはお前の組織だろ」
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
『現人神』マヤ・エスカトロジー…ヴァニタス・ヴァニタートゥムの支配者にして五本指の三番手。それが目の前に現れ…そう持ちかけてくるのだ。
「それでも選択肢はないだろう?オフィーリアを探すのを手伝ってやる…条件は一つ、そこにいる女…ネレイドを同行させる事だ」
そう言いながら、マヤ・エスカトロジーはそう告げる……。