724.星魔剣と赤より出でて赫より紅し
「姉貴ぃぃいいいいいいいいいいッッ!!!」
オフィーリアの即死魔術から、俺を庇い倒れる姉を見て…俺はただ叫ぶことしか出来なかった。
なんで、なんで俺を庇って…姉貴、姉貴!!
「姉貴!おい!姉貴!!」
俺は転んで、足をもつれさせながら慌てて姉貴に駆け寄る。頼むから無事であってくれと手で方を揺らすが、目覚める気配はない。
寧ろ…息もしてない、冷たい……。
「死んでる…………?」
死んでる、姉貴が…嘘だ。なんかの…なんかの間違いだろ。姉貴のことだ…きっと蘇る、だって姉貴だぜ?殺しても死なない…きっと、きっと…なんとか、なんとかなって……。
「あららぁ、間違えて別の殺しちゃった。でもまぁ…いいよね、君よりずっと厄介な奴を殺せたんだからさ」
耳が上手く動いてないのかな、周りの音が聞こえない、目の前の声が聞こえない。それより姉貴だよ…なんだこれ、現実か?
姉貴が…俺を庇って。
(俺が……引かなかったから)
姉貴はずっと俺に退却するよう言い続けた。それを無視したのは俺だ、助けようとする姉貴を巻き込んで、戦わせて、挙句守らせて…、俺が勝手に挑んで…こうなった。
俺のせいだ…俺のせいで、姉貴が死んだ………。
「んまぁ〜寂しいわけ?なら君も殺しちゃおうかなぁ〜」
「……………」
「無視か……あっそう、なら…君も幽世に送ろう。死して姉と再会出来るのなら、その方がいいだろうね」
呆然とする俺に…オフィーリアの手が迫る。けどおかしいんだ、体が動かない…何も出来ない、俺……もう、どうしたらいいか分からない。
「じゃあ死んでね?『アヴローラ・メメントモリ』」
姉の死を前に動けない俺に、オフィーリアは容赦なく死を見舞う。その手はゆっくりと俺に触れようとした…その時だった。
『お前ッッ……!』
「またか…!」
空に、光が宿る。空間に穴が開き…バチバチと魔力が空間に迸り──。
『何してんだァッ!!!』
「チッ!!」
降り注ぐのは電流の一撃。落雷の如き勢いでオフィーリア目掛け降ってきたそれは、寸前でオフィーリアに避けられ地面に突き刺さり…その雷光の中から、影は立ち上がる。
「エリスちゃんに!何したッッ!!」
「今度は誰ぇ?」
立ち上がるのはデティさんだ、魔力覚醒を行い大人の姿になったデティさんが空間に穴を開けて俺と姉貴の前に現れた。いやデティさんだけじゃない。
「エリス!何があった!」
「エリス様!?魔力が…!」
「嘘ですよね!」
メルクさん、メグさん、ナリアさんも一緒だ…けど三人は動かない姉貴を見て即座に駆け寄り、その脈を確認し…顔を青くする。
「脈がない…死んでる……?」
「なッ……嘘だろ」
「そんな……なんで、なんでエリスさんが!」
メルクさん達もまた呆然とする、そりゃそうだ…姉貴が死んだんだから。けどデティさんは緊迫した表情のまま姉貴の胸に手を当て…。
「これは、ただ死んだだけじゃない…ステュクス君!」
「………」
「ステュクスッッ!!!」
デティさんが牙を向きながらこちらを見て、胸ぐらを掴み…。
「何があったの!言いなさい!ショック受けてる場合じゃないの!気持ちは分かるけど…情報がいる!」
そう言うんだ、俺は…まるで訛りのように重くなった唇を開く。俺だ、俺が言うしかないんだ…姉貴はもう、説明ができないから。
「お、オフィーリアです…奴の即死魔術で……」
「即死魔術!?なんでそんなものが……」
「デティ!なんとか出来ないか!」
「するに決まってる…けど、即死魔術か。上手くいくかな…即死魔術は、ただ死なせるだけの魔術じゃないしな……」
デティさんはそう悔しさを滲ませながら必死に姉貴の胸に手を当て、静かに魔力を集中させる。
「……ダメだ、完全に魂と肉体のリンクが外れてる。繋ぎ直せない…!」
「そんな…!」
「でも……諦めないから、私は…死んでもエリスちゃんを死なせない!!」
出来ない、何も。俺はただ呆然とすることしか出来ない。なんて情けないんだ…今姉貴の友達が姉貴を救おうとしてるのに、姉貴を死なせた原因である俺は何も……。
「アハハハハハハッ!バカが集まってさ!一網打尽にして欲しいのかなァッ!!!」
「ッ…貴様!」
瞬間、オフィーリアが執拗に俺たちを狙う。姉貴の友達すらもその手で殺そうと両手の処刑剣を広げ、突っ込んでくる…しかし。
その剣は、こちらに届くことはなかった。
「全員殺してや───ぎゃぶっっ!?!?」
一瞬だった、閃光の如き勢いの拳がオフィーリアの反応速度すらも超えて飛翔し。顔面をぶち抜き、矢のような速度で向こう側の壁に叩きつけ…吹き飛ばす。
「お前……俺の妻に何した」
「ッいってぇ〜〜……何したって、殺したんだよ」
ラグナさんだ、オフィーリアを吹き飛ばしたのはラグナさんだ。けど…俺の知ってるラグナさんと違う。いつもの赤々とした魔力じゃない、ドス黒い魔力が沸々と全身から湧き上がり、その背中を見ているだけで身が震える。
「そうか、分かった」
「なぁに、私ちゃんとやる気?」
「…………」
ラグナさんが一歩、前に踏み出す。拳を握り、踏み出す…だけで、今…空間がミシミシと音を鳴らし始めた。異様な何かが起ころうとしている。そんな異質な気配を俺だけが感じた……そして。
「ッ……!」
オフィーリアとラグナさんの怒気と殺意が衝突し、戦いの幕が開こうとした瞬間だ。爆発が巻き起こったのは。
それはまた別の壁が炸裂した音であり、外からいくつかの大きな影が踏み込んできて…。
「おうおう!助けに来たで!ラセツさん参上や!敵はどこや!!」
ラセツ、そうなるの巨漢が自信満々の顔で乗り込んで来た…あれ誰だ、敵か?味方か?と考えるまでもない。彼の背後にいたのは。
「オフィーリア…!まさか貴様がここにいるとはな」
「随分荒れているようだな…小生としたことが出遅れたか」
タヴとカルウェナンさんだ、と言うことはラセツという男は味方か?この三人が聖堂に乗り込んで来たの見たオフィーリアは見るからに狼狽し、都合の悪そうな顔をして…。
「やべ、流石にあのメンツを纏めて相手は出来んかも…」
「オフィーリア…貴様よくもこの場に顔を出せたものだな…!」
すると、カルウェナンさんは一歩前に出て、乱闘を繰り広げる魔女の弟子とマルス・プルミラ達に向け大きく息を吸い…。
「聞けぇええええええいッ!マルス・プルミラ達よ!!」
「あれは…カルウェナン!?」
「なぜ奴がここに」
「今すぐ戦いをやめろッ!お前達が襲うべきは魔女の弟子ではない!!そこにいるオフィーリアだ!」
カルウェナンさんはオフィーリアを指差し、責め立てるような口調で叫ぶ。
「まだ連絡がいっていないか!そいつは今ガオケレナ総帥を裏切ろうとしているコルロと行動を共にする者ッ!即ちマレフィカルムの敵!裏切り者だ!!」
「なんだと…?」
「そう言えば、ティファレト様の帰還報告は受けていない……」
「チッ、ここまでか」
マルス・プルミラ達がオフィーリアに視線を向ける。これにはもう先頭続行は不可能と考えたのかオフィーリアは咄嗟に行動を開始し…。転身したかと思えば…一瞬で姿を消してしまう。
あれだ、透明化の防壁だ…あれを使われたら、探しようがない。
「逃げられた……か」
消えたオフィーリアを前にラグナさんはとても残念そうに手を下ろし、力無く拳を開くと振り向き…。
「デティ!なんとかなるのか!」
「……………」
「なんとか言ってくれ、お前だけが頼りなんだ…」
ラグナさんは、デティさんの前で膝を降り、問いかける…しかしデティさんは目を瞑り、何も答えず。大きく一度…ため息を吐くと。
「ともかく、今はエリスちゃんの移送を。近くに病院があったよね、そこに移して…手伝って。話はそれから」
「分かった……」
ラグナさんは青い顔をしている。終始青い顔をして声が震えている、唇も乾いているし…目も明らかに冷静じゃない。それでも取り乱すことも絶望することもなく、努めて無感情でいようと心がけている。
それなのに…俺は、感情的になって…姉貴を死なせて。その上で…動揺して何も出来なくて……。
「ステュクスさん」
「ッ……」
ふと、顔を上げると…そこには、セーフさんが立っていて。
「ほら、お姉さんが移動するみたいです。近くにいてあげましょう…」
「…そう…すっね」
気がつけばマルス・プルミラも居なくなっていた。戦いは終わった、それなら後は…姉貴の為に動こう。
俺がヨロヨロと立ち上がり、危うくバランスを崩しそうになると…。
「大丈夫です?」
横に立ち、支えてくれたのは…アナフェマさんだ。
「アナフェマさん…」
「動揺する気持ちはわかります、理不尽に打ちのめされる気持ちも。でも…上手く励ませないですが、今は…頑張るんです。向き合わなきゃ、一生後悔しますから」
アナフェマさんは手をキュッと握りグーを作って俺を励ましてくれる。そうだよな、ここで俺が折れてちゃ…ダメだよな。
……デティさん達についていこう。
……………………………………………………
それから、俺達は揃って近くの病院に駆け込んだ、街で一番の病院だ。そこに心肺停止した姉貴を担ぎ込むと働いている看護師が『死人の預かりはできません』と言ってきた。
それに対してメルクさんが無言で銃を突きつける事で半ば強引に一室とベッドを確保することができて、それで……。
「ネレイドもここで入院を?」
「ああ、ちょっと体調が悪くてな……」
借りた一室は大きめの部屋だ。ベッドは二つ、一つはネレイドさん、もう一つには…姉貴が寝ており、今もなおデティさんが手を当てている。
その周りには、魔女の弟子が全員と、俺と、セーフさんとアナフェマさん。そしてついてきたラセツさんとカルウェナンさんとタヴさんの大人数が姉貴を囲んでいた。
「それで、デティ…エリスは……助かるのか?」
ラグナさんが、ただ…不安そうに告げる。するとデティさんは、静かに首を横に振り。
「現状では、エリスちゃんは助からない」
「ッ……」
助からない、その言葉を聞いて再度眩暈がする…しかしラグナさんは顎に手を当て考え込み。
「お前の治癒の中に、時間を巻き戻す奴があったな。あれでもダメか?」
「あれも一応治癒魔術の系統だよ。治癒は基本生者にしか効果がない、あれじゃ生き返らせることは出来ない」
「なら…なら……」
「というより、死者蘇生でも…エリスちゃんを生き返らせることは出来ないよ」
その明確な語り口調に…ラグナさんは歯を噛み締め。抜けていた力が…徐々に籠り始め。
「クソッ…くそぉ……ッ」
ボロボロと涙を流し、動かない姉貴の体に覆い被さり、…泣き始める。
「くそ…これからだろ…これからだったろ、エリス。俺達が…一緒に…暮らしていくのは……」
「…………」
ラグナさんの震えた声に、みんな目を伏せる。メルクさんは窓の外に目を向け、ナリアさんは沈痛な面持ちで、メグさんは表情を変えず…ただ瞳に光を失い、アマルトさんは壁にめたれ、前髪で目元を隠し。皆辛そうな顔で…事実を受け止める。
すると……。
「ん?」
ラグナさんの表情が変わり、涙が引っ込むと共に。
「お、おい…なんか…心音が聞こえる気がするんだが」
「なんだと!?」
「本当ですか!?ラグナさん!?」
覆い被さっていたラグナさんが慌てて姉貴の胸に耳を当て、音を聞くと…。
「やっぱりだ!心臓が動いてる!」
そういうんだ…心臓が動いてるって、ってことはつまり…姉貴は!!
「違う、それは私が動かしているだけ」
「え………」
その一言に…再び場が凍る。助かったわけでは…ないということか……。
「私がずっと手を当てているのは、エリスちゃんの中の魔力を循環させて、心臓を動かして、繋ぎ止めてるから」
「なんで…そんなことしてるんだ」
「さっき言ったでしょ…『現状は』無理って」
「つまり、助ける方法があるのか?」
「……うん、一応」
するとデティさんは大きく息を吐き…吸って、一気に姉貴の体に魔力を通すと。
「カフッ…はぁ…はぁ…」
「エリス!息が…!」
再び姉貴は息を吹き返す、しかし…ラグナさんが呼びかけて答える様子はない。ただ呼吸が戻っただけ。これもやっぱりデティさんがやってるだけなのか。
「エリスちゃんが受けた魔術は即死魔術。遥か古に作られあまりにも非人動的という理由からその存在すら抹消された第一級禁忌魔術…これを受けた者は、何者であれ即死する」
「じゃあ、エリスも?」
「うん、しかもこれの厄介なところは魂と肉体のリンクを阻害するところにある、ただ切れるだけじゃない…阻害だよ。体の中に残って邪魔をし続ける、だからどうやっても息を吹き返すことはない。時間遡行も死者蘇生も通じない」
「リンクを阻害か、魂と肉体のリンクが外れたら…魂は外に出ていってしまうからな」
「そう、私は今外部から魔力を循環させて擬似的に魂と肉体を繋ぎ止める役割を担ってる。けど私が一秒でも手を離したら…エリスちゃんは死ぬ、魂が外に出たらもうどうしようもない」
だからデティさんはずっと手を当ててたのか。さながら今の姉貴は心臓を失った状態、そこでデティさんが外部から手を当てて擬似的な心臓の代わりをしているってことか。
息をさせたり、心臓を動かしたりしてるのは…姉貴の体が腐らないようにするための処置だろう。
「これをなんとかするには、術者にこの阻害を解除させるしかない」
「つまりなんとかできるのは…オフィーリアだけ?」
「うん、これは私にも解除が出来ない。オフィーリアをここに連れてきて…解除させるしかない」
「そりゃあ…………」
無理だろ、とラグナさんは言いかけて首を横に振るう。それを言ったらおしまいだからだ。だが現実的に考えて不可能だ。
だってオフィーリアだぞ、ここにオフィーリアを連れてきて…魔術の解除をさせるって。どう考えてもしてくれるわけがない。
でも……。
「分かった、オフィーリアをここに連れてきて解除させればいいんだな」
ラグナさんは立ち上がる。オフィーリアを連れてくることしか助かる道がないのなら、そうする方法がないのならそうすると。
「デティ、タイムリミットは」
「七日間、それ以上は持たせられない…そして私はここから離れられない。私が離れたらその瞬間エリスちゃんは死んじゃうから」
「……分かった、なんとかする」
するとラグナさんは…一瞬、病室の扉の方を見て、その後何かを諦めるように首を振り。仲間達の方を見る。
「みんな、聞いたな。今の目標はエリスにかかった魔術を解除させることだ。オフィーリアをここに連れてきてなんとかするしか方法はない、だから俺達はこの七日間でなんとしてでもオフィーリアを探す」
「そうだな、エリスは絶対に死なせない」
「僕!なんでもします!」
そう言ってラグナさんは仲間達に相談を始める、オフィーリアを確実に捕まえる為に…まずはその下地から整えに行ったのだ。
なんて冷静なんだ、俺ならきっと…即座にあの病室の扉から駆け出して、オフィーリアを探してた。けどラグナさんは確実性のために、己の衝動を諦めたんだ。俺には出来なかった事だ……。
「よし、ならまずは…そっちの話を聞かせてもらおうか?ラセツ」
「んぉ?オレ?」
「というより、後ろのだな…ミスター・セーフから聞いてはいたが、マジでカルウェナンがいるとはな」
「久しいな若人達。と…再会を喜べる状況ではなさそうだ、すまなかったな…小生が少しでも早く駆けつけていればこうはならなかっただろう」
「言っても仕方ないさ、それと…その、もう一人。見たことないのがいるが」
ラグナさんはタヴさんを指差し、タヴさんは無表情にラグナさんに視線を向けた瞬間…。
「いえ、私はこいつを知っていますよ」
答える、メグさんが。しかしその目は…とても友好的な目ではなく……。
「まさか、帝国を脱獄し…マレウスの地に移っていたとは。こんなところで何をしているんですか?大いなるアルカナ…No.21『宇宙』のタヴ」
「えぇっ!?アルカナ!?」
「アルカナって…あのアルカナか!」
「おいおい、なにこいつ味方ヅラして病室に見舞いに来てんだよ…」
魔女の弟子が全員臨戦態勢を取る。当然かもな、だって魔女の弟子のみんなはアルカナに因縁があるらしいから。みんな、アルカナの脅威を知っているから…ってかタヴさんは大いなるアルカナだったのかよ。オレそこから知らなかったよ。
「……俺を覚えていたか、皇帝の犬。お前には帝国で散々辛酸を舐めさせられたな」
「我々も、貴方のお陰で師団がどれだけの被害を被ったか」
「フッ、懐かしいな。本当なら全滅まで持っていきたかったんだが…」
「…………脱獄囚である貴方を、私が見過ごすとでも?」
「やめておけ、無駄だ」
「何を……ッ!」
「まぁまぁ、待て待て」
一触即発の空気になったところをラグナさんが抑え、間に入り…。
「えっと、ラセツが連れてきたってことは味方でいいんだよな?あの場に乗り込んできてくれたわけだし」
「どのように取ってくれても構わん。俺は既にマレフィカルムを抜けている…目的はコルロの討伐、それだけの話だった。本当ならラセツに協力を求めたかったのだが…随分な場面に出会したものだ」
「ああ、それで…さ。あんたら全員元マレフィカルムだよな、オフィーリアの行き先とか分からないか?」
「分からん、奴はセフィラの中でも特に行動が読めない存在。レナトゥスとマクスウェルと並び共にセフィラの遊撃部隊的な立ち位置にいる奴だ、何処か決まった拠点は持っていない」
だから俺は焦った、奴は決まった拠点を持たない、つまり国外にだって平気で行く可能性がある事。だが…それでも希望はある、だってオフィーリアの居場所を掴む手がかりを、俺やタヴさんは持っている。
だからラグナさんとタヴさん達が組めば…姉貴も必ず。
「そっか…、なぁタヴさん。昔は色々あったかもしれない、だが今は手を貸してくれないか?」
そう言ってラグナさんはタヴさんに手を差し出す、そしてタヴさんもその手を……。
「何を言っている、貸すわけがないだろう。俺はお前達に恨みこそあれど助ける理由はないのだから」
「え……!?」
驚きの声を上げたのは俺だ、俺だけだ。だって…面倒見のいいタヴさんなら受けてくれると思ってたからだ。だってそもそも姉貴に恨みがあるなら俺に優しくだってしてくれないだろ、なんでそんなことを言うんだ。
そんな中、ラセツと呼ばれた大男はチャカチャカと慌てた様子で手を振って。
「おいおいちょいちょい!タヴやん!話しちゃうやんか!オレ達一緒に組もうやって話したやんか!お前かて魔女の弟子の助けは欲しいんとちゃうん?助けてくれてもええやんか!」
「悪いなラセツ、気分が変わった。やはり俺は魔女の弟子とは組めん」
「えぇ…お前そんな気分屋やったっけ」
そう言うなりタヴさんはポケットに手を突っ込み、踵を返して病室を出て…ってあれ?なんか今…タヴさん俺のこと見てた?なんか俺のこと見てたよな?なんで…?
「なんやねんアイツ、手助けせんのやったらなんで病室までついてきたねん」
「……まぁ、元アルカナならエリスを助ける気にはなれないよな、なら…カルウェナンさん」
続いてラグナさんはカルウェナンさんに視線を向けるが。カルウェナンさんは兜を横に揺らし。
「すまんが、小生も同じだ。小生とお前達の道は交わらない、どこまで行ってもな」
「そんな……」
「義理でここまできたまで、健闘を祈るぞ」
カルウェナンさんもまた、ラグナさんの手を取らない。これにはラグナさんも明確に落胆の意思を示すが…それすらも無視してカルウェナンさんは振り返って病室の外へと歩いていき、って…やっぱりだ。
やっぱりカルウェナンさんも俺見た気がする。なんなんだ、タヴさんと言いカルウェナンさんと言い。
「……………チッ、そう言うことかいな」
そして、そんな二人の背中を見たラセツさんはやや不機嫌そうに舌打ちをし、小声で何かを言う。
「協力は得られなかったか…まぁつべこべ言っても始まらない、まずはここにいるメンツで作戦を練ろう」
「そうだな、エリスに加えネレイドも離脱しているのは手痛いが、仕方ない」
「おまけにデティも動けねぇ…これ結構きついぜ」
残された魔女の弟子のみんなは…姉貴を助けるための作戦会議を始める。そんな中…ナリアさんが寄ってきて。
「ステュクスさん、大丈夫ですか?」
「俺…ですか?」
「いえ、お姉さんがこんなことになって……せっかく和解できたのに」
「………いえ」
俺は、心配してもらう価値もない。だって姉貴がこんなことになったのは…俺のせいなんだから。俺があの時、姉貴の言うことを聞いてたら…こんな事にはならなかった。
「本当なら、一番心配してあげなきゃいけない存在なのに…でもごめんなさい、僕達も余裕がなくて」
「いいんです……」
「でも任せてください、僕達が必ず…エリスさんを助けますから!」
そういうとナリアさんは魔女の弟子の皆さんの方に向かう、それを目で追うと…魔女の弟子のみんなが俺を見ていた事に気がつく。どうやら、俺はみんなにかなり心配されていたようだ。
その上で、声もかけられないくらい…俺は悲惨な顔をしてるんだろうな。
(姉貴……)
俺は、デティさんから魔力を与えられている姉貴を見て…力が抜ける。俺のせいで、姉貴はこんな風になっちまった…俺がもっとしっかりしてたら、助けられたのに。
(ごめん…ごめん、師匠…姉貴…俺が弱いから…オフィーリアに勝てないから、こんな…こんな事に)
涙が溢れてくる。なんで俺はもっと強くないんだ、なんでもっと…戦えないんだ。こんな…こんなバカみたいな存在なんだ、俺は。
なりてぇよ…強く。そうすりゃ師匠も死ななかった、姉貴もこんな風にならなかった…俺が!強ければ!
「ステュクス君」
「ッ……」
そんな中、俺は後ろから強く肩を揺さぶられ、慌てて振り向くと…そこにはセーフさんとアナフェマさんが、強い視線で俺を見て。
「落ち込むのはわかりますよ、辛いですよね」
「でも、…今ここで立ち尽くしてたら。後でもっと後悔しますよ」
「えッ……」
その目は、責める視線ではなく…それでいいのかと、俺に強く問う目線だった。
「僕達は、大切な人を前に…行動出来なかった」
「行動出来ず、ただ思考することをやめて…従った結果、失ったんです」
それは…二人が言ってるのは、イシュキミリさんのことだ。イシュキミリさんを失ったことを、二人は今も気にしている。それと今…俺を重ねている。
「どれだけ悔やんでも、会長は帰ってきません」
「でも、貴方のお姉さんはまだ…間に合うんじゃないんですか?」
「姉貴は……」
俺は、再び…姉貴を見る。後悔や懺悔の念ではなく、もう一度今の姉貴の状態と向き合うんだ。
「大切な何かを助け、救い、未来を勝ち取るには、誰かの、何かの言葉を聞いて動くんじゃダメです。自分で選択し自分で動くしかないんですよ、ステュクス君」
今の姉貴は、苦しそうに息をして。意識もなくて、顔色も白い…まさしく死の淵にいる状態だ。そんな姉貴を見てたら…否が応でも思い出す。
俺が、今の姉貴から目を背けていたもう一つの理由は……。
(母ちゃん……!)
そっくりなんだよ…!母ちゃんと、病気で倒れ…苦しそうにベッドの上でうなされる母ちゃんと、今の姉貴がそっくりなんだ。
姉貴と母ちゃんの顔がそっくりってのもある、状況がそっくりってのもある。
だが何より同じなのは…俺は今、大切な家族の命が失われそうになっているのに、何も出来ていないってのが、同じなんだよ!
(母ちゃん…!俺…俺は……!)
導かれるように、俺は姉貴の手を取る。あの時も…こうやって母ちゃんの手を握った。あの時の俺は、それしか出来なかったから。
なら、今も同じなのか?弱い俺に出来ることは、あの時と同じで何もないのか?
……違うだろ。
(師匠……)
師匠は言った、俺に残してくれた…あの人の最後の教えはなんだった!
『心の底から、守りたいと思える奴を…守れるようになったその時が。本当に強くなれた的なんじゃねぇのか?』
……心の底から、守りたいと思える人を守るようになった時こそが、本当に強くなれた瞬間。なら…俺が強くなるのは、これからなんじゃないか?
(………俺は、俺は…こんなところで、なにやってるんだ」
やるべき事は嘆く事か?後悔することか?自分を責めることか?どれも違う、違うだろ!
「ッ…ラグナさん!」
「……なんだ」
「俺、姉貴を助けます」
「……そうか」
するとラグナさんはこちらをチラリと見て…。
「なら、どうする」
問いかける。まるでずっと俺の答えを待っていたように…だから俺は、言う。
「俺は、家族として姉貴を助けます。だから…俺は俺のやり方でやります」
「…………そうか、分かった」
ラグナさんはこちらを見ることなく、ただ静かに肩を落とす。いや、深く頷く。
本当なら、ラグナさんと一緒に行った方がいいんだろう。けどさ、ダメな気がする。ここでラグナさんを頼ったら…だって俺は姉貴の仲間じゃない、家族だ。
家族は家族のやり方で、助けるんだ。
「お、おいおい。一人で行くって…お前な」
すると、やや怖い顔でアマルトさんがこちらに寄ってきて。
「言い方悪いが、エリスがこうなったのはお前の独断専行だろ。で、その解決策がまた独断専行?俺はあんまり賢いとは思えねぇが」
「…仰る通りです」
返す言葉もない、けどこれは俺を心配しての言葉だというのは分かっている。姉貴がこうなったのも俺を心配したから。もう俺を守ってくれる人はいない…けど。
「アマルト、行かせてやれ」
「なっ…マジで言ってんのかよ、ラグナ」
しかし、ラグナさんはこちらを見ずにそう告げる。腕を組んで、行かせてやれと。
「お前だって、思うところがあるんじゃねぇのかよ」
「勘違いすんな、エリスがこうなったのはオフィーリアのせいだ。ステュクスは悪くない」
「……だが危険だぞ」
「それでも、やるって言ってんだ。男が一人、手前の不手際にケリつけたいって言ったんだから、それを止めるな」
「…………」
「もう同じ轍は踏まないさ、こいつはな」
だろ?とラグナさんはこちらを見て小さく頷く。がそれでもアマルトさんは心配だと言わんばかりに眉を下げて俺を見る…すると。
「安心してくださいよアマルトさん」
「ステュクスさんは一人では行きませんから、今度こそね」
そして、その隣には…セーフさんとアナフェマさんがいる。一緒に来てくれるか…二人とも、ありがとう…本当に。
「気をつけろよ、ステュクス」
「はい、俺…必ずなんとかします。今度は…仇を取る為じゃなくて、守るために」
「ああ、俺達は俺達のやり方でエリスを助けるよ」
「はい!…それじゃあ!」
走り出す、俺は病室の外に駆け出し…廊下に出て…、立ち止まり。
「二人とも、ありがとう」
「え?」
「う?」
礼を告げる。後ろにいるセーフさんとアナフェマさんに、二人がいたから…俺は再び動き出せた、何より…二人の目的は違うところにあるのに、こうして助けてくれるのがありがたいんだ。
「そんなの当たり前じゃないですか、友達でしょ?僕達!」
「そ、そうですよ!え?そうですよね?」
セーフさんは俺の肩を叩いて、そう言ってくれる。本当に…めちゃくちゃいい人だよな、二人とも。
「よし、それじゃあ──」
そう言って、俺は病院の扉を開けて…叫ぶ。これからの旅の目的は───。
「オフィーリアを探しに行くか」
「遅かったな、ステュクス」
「え!?」
ギョッとする、扉を開け、外に出ると…そこで待っていたのは、出て行ったはずのタヴさんとカルウェナンさんだ。
「え!?二人とも…何を」
「お前を待っていた、行くんだろう?オフィーリアを探しに」
「小生達も同行しよう。どの道…コルロのところに行ったのは明白だしな。ならば道中だ」
「な、なんで」
なんで二人まで一緒に…。いや、セーフさん達は分かるよ…個人的な理由があるから、でも二人は……。
「でも、二人は姉貴を助けられないって!」
「言ったな」
「確かに言った。だが小生達は『魔女の弟子エリス』は助けられんと言ったが…『お前の姉』は助けられんとは言ってない」
「え………」
「魔女の弟子ではなく、お前とならば…構わんさ」
タヴさんは俺を見て、歯を見せ笑い。俺の背中を叩き、カルウェナンさんは大きく頷く。
「どうして、そこまで。お二人にも目的があるのに」
「決まっている。革命とは如何なる力、逆境、苦難に向かっていても…決して己の道を曲げることのない様を言う。俺は全ての革命者の味方である」
「ステュクス、この道はお前が切り拓いた道だ。マヤを味方につけ、小生すらも引き寄せた若人の有様…それが紡ぐ道。それを小生もまた見てみたい、だからこそ力を貸す…故に抗い、戦え若人よ」
「……ッ………!」
二人は俺に力を貸してくれると言う。魔女の弟子ではなく、俺に。そうか、あの時俺を見たのは…『俺が俺の道を貫くのを、信じた』から…か。
そうか、そうか…そう……か…ッ!
「ヴッ…うぅ…」
「ちょっ⁉︎ステュクス君泣いてんです?」
「ゔぅ…俺、誰かに助けられてばっかだけど…でも、嬉しくて……」
姉貴は、最後まで俺を見捨てなかった。不甲斐なく身勝手な俺を見捨てなかった。そして姉貴を死なせようとしている俺をラグナさんは信じて、そして今…セーフが、アナフェマが、カルウェナンさんが、タヴさんが…俺を信じて助けてくれようとしている。
助けられてばかりだ、俺はいつも。だけど…だから嬉しいんだ。俺は独りで戦っていなかったんだ。
「俺、もう…誰も死なせたくない…!」
「ああ、なら…前に進むべきだな」
「ここから先は、泣いている暇もないぞ、若人」
「はいッッ!!」
俺はもう誰も失いたくない、己の弱さでもう誰も失いたくない。でも…どうやったって俺は弱い、弱くて弱くてたまらない!だから…もう誰も死なせないために。
「ありがとうございます!みんな!俺の姉貴を助けるのを手伝ってください!!」
頭を下げる。失わないために、一人では出来ないことをここにいるみんなとやる。俺は俺のやり方で姉貴を助ける…俺のやり方は、一人で戦うことじゃない、ないんだ……。
「いいでしょうともさ!やったりましょう!」
「七日でしたよね、期限。案外早いですねぇ!私時間に追われるとく、く、狂うけど狂ってる場合じゃないですよね!」
「フッ、革命だ…!」
「燃えてこその、若人だ」
俺達の目的は変わらない、みんな相変わらずそれぞれの目的を持っている。カルウェナンさん達はビナーを探すため、タヴさんはコルロを探すため、俺は師匠の仇を討つため。
だが、そのバラバラだったそれぞれの道が…まるで糸で束ねられるように、ある一点を中継する。それが姉貴を助ける事…そしてみんなは俺を助ける事。それが一つの目的となった。
今、初めて…この集団は『一行』と呼べる形になったのかもしれない。
「そうと決まればマヤさん達にも話をしにいきましょう!あとバシレウスにも!」
「そうだな、だが」
「ふむ、どうやら…もう一波乱あるようだぞ?」
「え?」
急いで宿屋に向かおうとしたところ、タヴさんとカルウェナンさんは腕をフリーにして…険しい雰囲気を漂わせる。もう一波乱ある…そんな言葉と共に俺は気がつく。
(あれ?周りに人がいない)
さっきまであれだけ人通りがあったのに、今…外には、街の通りには、人がいない。異様なまでに静かだ…それに。
(なんか来る)
何か…やばい雰囲気を感じる。それはそこの裏路地の闇の中…そこから、ぬるりと現れたのは。
「『宇宙』のタヴと『極致』のカルウェナンだな」
「ガカカカカカ、こりゃあ大物だなぁ」
「な、なんじゃありゃあ!?」
裏路地から現れたその異形に俺は腰を抜かしそうになる、
現れたのは、二つの大きな影。
「こんなところで会うとは、奇遇」
一つは赤い鎧だ。血のように真っ赤な鎧で、おかしな事に左右に三つづつ巨大な腕がついている。おまけに頭は兜に覆われており、その兜はまるで断末魔を上げる人間の顔をそのまま貼り付けたような、不気味な黒い穴が三つ、目や口のように配置されている。
「ガカカカカカ!上手に人を集めたなぁ!」
もう一人は…サメだ。人型のサメだ。ギラリと並ぶ歯に黄金の瞳、そして筋骨隆々の上半身にブーメランパンツ一丁という冗談みたいな格好。だが…両方ともバカ強え魔力を感じる。
「ステュクス、構えろ」
「た、タヴさん!こいつら一体!」
「コルロ直属の部下、ヴァニタス・ヴァニタートゥムの大幹部である『焉魔四眷』だ」
「焉魔四眷!?」
「鎧の方は『窮奇』のペトロクロス、サメの方は『傲狠』のサンライト…どちらも見知った相手のはずだが。おかしいな、前会ったときはもう少し人間らしい姿をしていたはずだが」
コルロの部下?ヴァニタートゥムの大幹部!?なんでそんな奴らがいきなりここに現れるんだよ!?俺さっきセフィラのオフィーリアと戦ったばっかりだぞ!?
「ガカカカカカ!オメェらが何考えてようが関係ねぇ」
「コルロ様の命令だ、この病院付近にいる人間は皆殺しにする」
「え!?」
コルロの命令…?なんでコルロが命令して部下を寄越すんだよ!!
「テメェ!何が目的だ!」
「目的…目的?」
「おいペトロクロス、言うなよ…目的。上手に立ち回れ……」
「……分かった、あそこが目的だ」
「おい!!」
そう言いながら何故か紅の鎧ペトロクロスは六つの手で病院の一室を指差す。それに対してサメのサンライトはキレ、当然ながら俺は困惑。いや…だってまさかこんなあっさり答えてくれると思ってなかったから。
ってか目的は病院?っていうか…こいつが指差してる病室って。
(あれ?姉貴が寝てる病室じゃねぇかッッ!?!?)
「クソが、これだから指示待ち人間はよぉ。指示は聞く割に指示を無視しろって指示は聞けねぇのかよ。もっと上手に受け流せっての」
「すまない、難しい事は分からない」
「割と単純な話だろ」
ペトロクロスが指差したのは姉貴の病室、って事はこいつら姉貴が狙いなのか!?ダメだ…そんなのダメだ!させてたまるかよ!!
「ここは死んでも通さねぇ!!姉貴にはもう手出しさせねェッ!!!」
「通さない?」
すると、ペトロクロスはこちらをじっと見るように兜を向け、ゆっくりと首を傾げ。
「何を言っている、我々の目的はあの病室だが…先も言ったが我々の仕事はこの街の人間を虐殺する事。あそこには…『既に別の人間が行っている』ぞ」
「え?」
「阿呆か、これから乗り込もうってのに、真正面から入り込むやつがあるかよ」
そう言われた瞬間、俺の背後で爆発が起こる。姉貴が寝ている病室の壁が…爆発を起こし。
今、何かが病院の中に入り込んだのが…見えた。
………………………………………………………………
「なんだ!?」
「な、何が起きて…!」
突如として、巻き起こされた爆発。何かが外から病室に突っ込んでくるように壁を粉砕し土埃が上がる、そんな事態を前にラグナ達は飛び上がるように立ち、事態の確認を急ぐ。
敵襲か、だとしたら何が来た…そう土埃を手で払った瞬間。現れたのは。
「ごきげんよう、諸君…」
「え!?」
土埃の向こうから現れたのは…孤独の魔女レグルス様だった。その顔を見てラグナはホッと胸を撫で下ろし。なんだ敵襲じゃないのかと警戒心を解く。
「なんだ、レグルス様でしたか…いや、そうか。この事態を察知してきてくれたんですね」
そうだ、エリスがこんな事になったんだ、師匠として見に来たんだろう。本来なら魔女様の力は借りちゃいけないが…緊急事態だ、ここはレグルス様の力を借りよう。レグルス様とてエリスを見殺しにするような真似はすまい。
「レグルス様、実はエリスが敵の即死魔術にかかって…今はデティが命を繋ぎ止めてますけど、一刻の猶予もなくて……」
そう言ってラグナは入り込んできたレグルスに歩み寄り、状況の説明をする。レグルス様ならきっと力を貸してくれる…そう、思っていたのだが。
「え?……」
近づき、その顔を見て、猛烈な違和感を感じる。顔は…顔その物はレグルス様だ、なのに。
目が違う、エリスを見る目がレグルス様のそれじゃない。なんだこれ…何が起こって──。
「違う!ラグナ!!」
その瞬間、エリスの命を繋ぎ止めているデティが叫び。
「そいつ!レグルス様じゃない!!!」
「え────」
違う、レグルス様じゃない、その言葉が響いたその時だった。
「邪魔だ」
一撃、レグルスと思われていた者が拳を振るい、裏拳にてラグナの体を病院の外まで弾き飛ばす。そのあまりにも衝撃的な情景に全員の動きが凍る。
「な…何してんだよ!!」
「レグルス様…じゃないのか!?」
「同じ顔の別人?にしては…あまりにも魔力が」
レグルスのような奴は、レグルスが普段着ない白いコートに紅の装飾をあしらったそれを翻し…魔女の弟子達を一瞥する、それを見て…反応する男が一人。
「こいつはレグルスやないで、敵や…普通にな」
ラセツだ、既に戦闘態勢を取り拳を握り睨みつけている。その様を見たレグルスのような女はニタリと笑い。
「ラセツ!こいつ誰だ!」
「聞いたことあらへんか!ヴァニタス・ヴァニタートゥムの事実上のトップ!コルロ・ウタレフソンや!少なくともオレが知ってる中で一番やばいヤツや!お前ら構えや!!」
「ヴァニタートゥム…!」
「敵!?」
ヴァニタートゥムの事実上のトップ、コルロ・ウタレフソン…その名を聞いた瞬間、全員が認識する。これはレグルス様に顔が似ているだけの別人であり、敵だと。
しかし……。
「認識が遅い、私が現れた瞬間にでも…対応しておくべきだったな」
先に動いたのはコルロだ、先程まで何もせず立っていたというのに…次に認識した時には、既に行動を終えていた。
「ぐっ…!?」
「ぁがっ!?」
その足がメルクリウスの脇腹を打ち抜き、拳がナリアの腹を叩き抜き、二人の体から衝撃波が飛び出し口元から血が溢れ、次の瞬間二人の体は壁に叩きつけられる。
「メルク様!ナリア様!!」
「テメェッ!何しにしやがった!!」
瞬間、アマルトは黒呪剣を作り出し、一閃。目にも止まらぬ速度で剣を振るう、その一撃はコルロの背後の壁や部屋そのものを切り裂く…が。
「別に、目的は一つだけだ」
「な!?」
素手だ、素手でアマルトの剣を受け止め…笑っている。第三段階のアマルトの剣が受け止められた、その事実にメグは慄き…。
「それを預かりにきた、完全な肉体を持つ者を。君達の生死如何には微塵も興味がない」
「それって……」
コルロが指差す先で眠っているのは、ネレイドだ。それを確認したアマルトは…。
「させるわけがねぇだろ…!」
「いいや、する。私は為すがままに成し、成すがままに為す。故に世は為すがままに成される!」
瞬間、コルロなアマルトの剣を離し拳を振るう。その手に伴う絶大な魔力は迸る様に空気を引き裂き二度三度と振るう度に雷音の如き振動が響き渡る。
「ッこいつ速え…!」
「アマルトちゃん!そいつは第三段階や!気ぃ抜いたらあかんで!!」
コルロの拳を回避し背後に飛んだアマルトはそのままラセツと同時に踏み込み、コルロの目前で散開。そして全く同じタイミングで左右から突っ込み…。
「『賽斬・マセドワーヌ』ッッ!」
「『啞邪羅華』ァッ!!」
叩き込む、左右から同時に行われる挟撃に挟み込まれたコルロ…しかし。
「私を前に、障害となり得る物はない」
「ゥグッ……!?」
一閃、左右に手を伸ばしたコルロの指先から放たれたのは紅蓮の棘、まるで血のように赤い何かが無数に指先から伸び、二人の体を貫通し…攻撃ごと撃ち抜く。
「ァガッ…!ぐっ…コルロ…テメェ、また強ぉなったんか!」
「お陰様でな」
そして、とどめとばかりに左右に魔力衝撃を放ちアマルトとラセツの二人を吹き飛ばし、片付ける。こちら側の第三段階が、あれだけ強かったアマルトとラセツが吹き飛ばされている。それを見たメグは青い顔をしながらネレイドの前に立ち。
「な、何が狙いですか!ネレイド様を連れて行こうなんて…そんなの!」
「許さない、そう言いたいのか。だが私は誰の許しも請わない、私は私の目的の為なら神にさえも背くさ」
コルロはレグルスが絶対にしない顔をしながら手を振り上げる、最早メグ一人なんか相手にもならないとばかりに大きく拳を振り上げ、握りしめ、迸るようなドス黒い魔力が天井を覆い…。
「さぁ渡してもらうぞ!完璧な肉体を───」
そして、その拳がメグを捉え、ネレイドへの道を阻む者を全てを消し去り…コルロは目的を達することが………。
……………出来なかった。
「ッッ!?!?」
それは、唐突に壁を突き破り…さながら黒い雷光の如き勢いで飛来し、コルロの顔面を横から蹴り抜いた。あまりの速度、あまりの威力、そしてあまりにも唐突な攻撃にコルロは防ぐことも出来ずモロに顔で受け止めてしまう。
突如現れた助け、それを見たメグは咄嗟に理解した。
(ラグナ様!)
ラグナだ、先程コルロに吹き飛ばされたラグナが戻って来たのだ。と…思ったが……違う。
違う、ラグナじゃない…現れたのは、コルロを蹴り抜いたのは。
「よぉおおやくッ!見つけたぜェッ!!コルロォオオオオッッ!!」
「ッバシレウス!?!?」
全身血まみれのバシレウスが外から飛んできて壁を砕き、そしてコルロの顔に鋭い蹴りを見舞ったのだ。他でもない、先程自分たちを襲った筈のバシレウスが……だ。
しかし、バシレウスはこちらに見向きもしない。ただ一瞬現れ、コルロを蹴り抜いたまま…壁を突き抜け、コルロごと病院の外に突っ込んで行った。
「な、なんだったんですか」
いきなり通過し、いきなり消えたバシレウスにメグは呆然とする。助かったのか?なんとかなったのか?いやでも現れたのはバシレウスだぞ…。
そう考えていると、病室の扉が開き。
「メグさん!姉貴は無事ですか!」
「ステュクス様!?」
「うわ酷い有り様!」
病室を開けて穴だらけの部屋の惨状を見て、ステュクスはギョッとしつつもエリスのネレイドの無事を確認し胸を撫で下ろし。
「何があったんすか!」
「そ、それがコルロが現れ…そしてバシレウスも現れ、二人とももつれて外に」
「バシレウスが………」
ステュクスはバシレウスの消えた方角に開いた穴を見て…静かに固唾を飲み、何かを決心すると。
「すみません俺行ってきます!」
「え!?ちょっ!?ステュクス様!?」
そのまま迷うことなく、何故かバシレウスの飛んでいった方角へと走り去ってしまったのだった。
「一体、何がどうなって……」
そしてただ一人残されたメグは、呆然とするのだった。
…………………………………………………
「オラァッッ!!」
「ッ…!」
そのまま蹴りの勢いを利用し空中で加速したバシレウスは街の一角にコルロごと墜落し、地面を叩き砕きながらも一回転し、コルロから距離を取る。
「会いたかったぜコルロッ!!」
「まさか…レナトゥスの言ったように、本当にここに来るとはな…バシレウス」
コルロはバシレウスの一撃を受けても、なんでもないようなリアクションをとりながら再び立ち上がる。そりゃあそうだ、こいつは不死身に近い再生能力を持ってる…今の俺の『挨拶代わり』程度じゃあビクともしねぇよな。
「ひ、ひぃい!何こいつら!」
「化け物だ!逃げろー!」
「チッ、キーキーキャーキャーうるせぇな」
突如として飛来したバシレウスとコルロに街の連中は混乱し、蜘蛛の子を散らすように逃げる。別になんでもいいが、邪魔するんなら遠慮なく消し飛ばすつもりだ。
「フッ、しかし幸先がいい。やはり天運は私に味方しているようだ」
「ああ?」
すると、コルロは白いコートを手で払い、まるで歓迎するように手を広げ。
「実はサイディリアルで君から提供してもらった血液だが…」
「提供してねぇ」
「まるで量が足りなかった。追加分がちょうど欲しいと思っていたんだ…今度は君そのものを捉え、限界まで血をもらうとするよ…雑巾を絞るように、一滴も残さず」
コルロは雑巾を絞る真似をしながら、こちらを煽る。それに対して俺は中指を立てて舌を出し。
「何が言いてぇかも、してぇかも、まるで分かんねぇけどよ…取り敢えず死んでくれや。お前が生きてると思うだけで寝覚が悪い」
「結構だ。お返しとして永遠に、かつ安らかな眠りを提供しよう」
コルロはゆっくりと腰を落とし、拳を握り、右を前に左を後ろに手を構え…軽く力んだだけで絶大な魔力が全身から溢れる。さながら背後に赤黒い壁が現れたような、巨大な魔力。それは周囲の建物の窓ガラスを割り、壁を砕き、大地を揺らす。
(こいつ、前会った時とは比べ物にならないくらい強くなってやがる。マジで俺の血を使って強くなったのか)
前回はオフィーリアと同じくらいの強さだったのに、今はもう並みのセフィラよりも断然強え。この短時間でそこまで強くなれるはずがない、俺から奪った血を使って何かしたと考えるべきか。
(或いは、それ以外にも何かあるか…だな)
「さぁ、抵抗は許す。好きにするといい…バシレウス」
「抵抗じゃねぇ、殺戮だ。俺による一方的な殺戮だよッ!!」
拳を握り、魔力を解放すれば俺の赤黒い魔力が天を穿ち、大地を引き裂き、今…タロスの街の中心で同じ色の魔力が二対、激突する。