723.星魔剣と死者の意志は何処へ行く
「オフィーリアァァッッ!!!!」
「ンフフフ…正直間が悪いけどぉ。まぁいいよ、君くらいならパッパッと終わらせられそうだし」
聖霊の街タロスの大聖堂レトゥスにて、俺はようやく師匠の仇オフィーリア・ファムファタールと邂逅するに至った。
無人の聖堂に俺の声が木霊して、オフィーリアが余裕とばかりに笑いながら彫像の上から飛び降り、地面に降り立つなり姿勢を低く取り…処刑剣を構える。
ようやくだ、ようやくこの時が来た。師匠の仇をとって全部終わらせる…その為に俺は北部まで来てんだよ!!
『落ち着かんかい!ステュクス!』
(ロア……)
そんな中、ロアの言葉が脳裏に響き…俺は剣を構えながら、ロアの言葉に耳を傾ける。
『落ち着いて奴の構えを見んかい』
(構え……)
再びオフィーリアに目を向ける。そこには金の髪を床に垂らし、水色のローブを垂らし、二本の処刑剣を構える姿が見える。
隙がない!ってほどじゃない、寧ろ隙だらけだ、一見すると…。
けど少し観察すれば分かる…あれは隙そのものを考慮していない構え方だ。先手必勝、先制必殺を主体とする構え方…そしてそこから滲み出る圧倒的な自信。
(強い……)
一撃で終わらせる気満々の構えだ、こっちがオフィーリアの隙を見つけて打ち込んだが最後。後の先を取られてカウンターで殺される、それが可能だと言うことが…奴の体から滲み出る殺意が物語る。
『迂闊に突っ込むな、アイツは強いぞ。はっきり言って今のお前じゃ万に一つも勝ち目がない』
(じゃあどうすんだよ!ここまで来て引けるかよ!)
『いや引け!ここは逃げるんじゃ!殺されるのが目に見えておる!』
(嫌だ!死んでも逃げない!俺は師匠の仇を取るんだ!)
『じゃから言うとるじゃろうッ!師匠の仇を取るのと手前の命をかなぐり捨てるのを混同するでない!そもそも今のお前は──後ろじゃ!!』
「えッ!?」
瞬間、背後に向けて剣を振るうと…散るのは火花、走るのは衝撃、赤く煌めくその光の向こうに見えるのは…オフィーリアの姿だった。
「あーん、防がれちゃったぁ〜」
(いつの間に!?)
混乱する、さっきまで正面にいたのに一瞬で背後に!?こいつどんなスピードしてんだ!
俺は慌てて数歩たたらを踏んで引き下がると同時に、いつの間にか接近してきたオフィーリアに剣を向ける。
「キミ、不思議な子だねぇ…、と言うか私ちゃんとどっかで会ったっけ?」
「ふざけんな!ステュクスだ!会ってんだろエルドラドで!」
「エルドラド〜?ん〜?」
「テメェが旦那を失って、泣いてるところで…いや、お前。あの時クルスを失った時泣いてたのも…演技だったんだな」
「ああ?ああ〜!クスクスクス思い出した!貴方あれかぁ…お飾り女王のナイト様。エルドラドにキミも来てたねぇ〜…クルスかぁ、懐かしい名前出してきたねぇ」
オフィーリアは相変わらず隙を晒しながら口元に手を当てて笑い、レギナの事を嗤い、俺のことを嘲笑う。そのままブラブラと手元で処刑剣を揺らして。
「うーん、そうだよ。クルスはねぇ…レナトゥスしゃまの駒の癖して好き勝手動くから、誰かが舵取りしなきゃいけなかったからねぇ。男はここに…分かりやすい舵輪があるからありがたかったよぉ」
そう言いながらオフィーリアは己の股をパンパンと叩く。……クルスの奴も、哀れなもんだよ。こんな女に惚れ込んで、身を滅ぼすんだからな。けどよ…。
「クルスはお前のこと、愛してたんじゃねぇのか」
「その方面で何言われても、私ちゃん気にしないから答えらんな〜い。そもそもあのクズ、死んで喜んだ人の方が多いんじゃな〜い?」
「テメェがそれを言うなって話をしてんだよ!」
「あっそう、ああそう、まぁ…私ちゃんどうでもいいけど。それより君さ、自分の心配した方がいいよ…私ちゃん、君を殺すつもりだから」
『来るぞステュクス!彼奴魔力を動かしておる!魔法が来るぞ!』
そうロアが警戒心を露わにした瞬間、オフィーリアは何かを振り撒くように腕を右にゆっくりと薙ぎ払い……。
「『ゾーン・オブ・アボイダンス』」
「え!?」
奴が腕を振るいながら魔力を放ったかと思えば、まるで透明な膜がやつを包むように…オフィーリアの体が消え始めた。な、なんだあれ!何が起きてんだ!?オフィーリアが消え始めたぞ!?
『気をつけぇ!奴め…防壁を周囲に展開して光を屈折させておるんじゃ!目では見えんぞ!──前!!』
「グッッ!!」
いきなり見えない場所から、正面から、斬撃が飛んでくる。再びロアの助言のおかげでなんとか前面に剣を立てて防御出来たけど…そのあまりの衝撃に俺の体は遥か後方まで飛ばされ地面を転がる。
「ぐっ!なんつー威力!」
『まだ来るぞ!』
「どっからだよ!」
俺は星魔剣を片手に構え、もう片方の手で師匠の剣を抜き闇雲に剣を振るう…しかし。
「はぁい隙だらけ」
「ぅグッッ!?」
俺の横を何かが凄まじい勢いで通り過ぎ、胸に切り傷が刻まれ血が溢れ、その衝撃に俺は地面を転がる。
ダメだ、見えねぇ。バカ速い上にバカ重い、これで透明にまでなるとか卑怯だろ!
『ステュクス!次が来るぞ!』
「何が…」
『全力で前に飛べ!!」
「くそッッ!!」
何が何だか分からないまま、俺は全力で足を動かす前に飛ぶ。と同時に背後を見れば、そこには両手の処刑剣を広げるように構えるオフィーリアの姿が見え……。あれ?透明化が解除されて──。
「『ハビタブルゾーン』」
瞬間、オフィーリアを中心に白色の閃光が噴き出て…それが高速で螺旋を描きながら回転を始めた。一瞬だ、螺旋が周囲に広がったのは。まるで爆発するような勢いで回転する光は壁や光を掘削し消滅させていく。
もし、俺の反応が遅れていたら…塵一つ残らなかった事が容易に分かる。なんつー威力の技だ、つーかあれなんだ。
『奴はどうやら防壁を極限まで小さく分解し、微粒子に変えて操れるようじゃのう…さながら『霧散防壁』とでも呼ぼう代物。攻撃的な特殊防壁じゃ』
ロア曰く、今のは防壁を周囲に広げて回転させただけらしい。オフィーリアは防壁を砂塵のように細かく防壁を分割させられるようで、それを空気と共に回転させる事で空間そのものを抉る卸金のように動かしたのだ。
出鱈目だろ、防壁で透明になったり空間を削ったりすることもできるのかよ。
(ダメだ、アイツのやってる事がまるで分からねぇ。立ってる場所の次元が違う…!)
「あれれ?これも避けられた…キミ、背後に目でもついてる?それとも、どっかで誰かが私ちゃんの動きをキミに教えているのかな」
「ぐ…クソが…!」
「まぁいいや」
咄嗟に俺が立ち上がった瞬間、一瞬で目の前にオフィーリアが現れ。
「この距離なら外さないよね」
「うぉっ!!」
一撃、オフィーリアが叩きつけるように処刑剣を振るう。その一撃を両手の双剣で防ぎ、火花が散る。
「ほらほら早く死んじゃいなよ!私ちゃん忙しいって言ってるでしょ〜?」
「ヴッ!くっ!クソッ!クソォッ!」
振るう、振るう、振るう、オフィーリアは重厚な処刑剣を凄まじい速さで振り回す。それを俺は防ぐので手一杯だ、腰を据えて受け止めないとそのままか吹っ飛ばされそうな勢いでこいつの一撃は重たく鋭い。
こんなのまともに撃ち合えない…!やばい、強い…!
「『ロッシュリミット』」
「ッッ!?!?」
次の瞬間、オフィーリアの両手が…ブレる。まるで輪郭を失うような、そんな速度で高速で振るわれた斬撃は瞬く間に俺の防御を跳ね飛ばし、両手の剣が吹き飛ばされ…俺の両手にも無数の切り傷が刻まれる。
やばい、見えなかった…斬撃が!
「はーい!じゃあ終わりねー!」
そして、オフィーリアもまた剣を捨て…右手を開き。
「『アヴローラ・メメントモリ』」
光り輝く、さながら夜天の如く…無数の光を伴う闇を纏った掌が俺に迫る。なんだこれ、何をしようとして───。
『死んでも避けんかい!!』
「ゔっっ!?」
しかし、手が俺に触れる寸前でロアが勝手に魔力を放出し俺の膝目掛け突っ込んできた。その一発により俺の膝は折れ曲がり、俺の顔目掛け振るわれたオフィーリアの掌は空を切る。
「なっ!?なんだよ!」
『阿呆!今のは即死魔術じゃ!触れただけで死んどったぞ!』
「即死!?」
俺はロアを回収しながら地面を転がりオフィーリアから距離を取る。即死魔術?今の…そんなやばい魔術なのか、つーかそんな魔術があるのかよ!?
『アレは対象の魂に直接干渉する魔術じゃ!受ければ即座に魂と肉体のリンクが解かれあの世行きじゃ!』
「そんなおっかない魔術があるのかよ…」
『ある、と言うより本来アレは魔術ではなく魔女の行う魔力干渉の真似事じゃのう。あんな魔術…本来はないはず、どこぞの誰かが魔女真似をするためだけに作ったのか』
「魔女って……」
「……君、さっきから誰と話してるの」
手に黒い魔力を伴うオフィーリアは静かにこちらを見る。やべっ…ロアと口で会話してた…!
「さっきその剣一人でに動いたね。もしかして剣に意識がある?そんなのあり得ないと思うけど…君如きが私の攻撃を捌き切れるとは思えないし、そう考えるのが妥当かな」
オフィーリアがあからさまに訝しむようにこちらを見る。確かにロアのサポートがなけりゃ四回くらい死んでた。
おまけにロアによる助言すら見抜かれつつある。今までロアの助言が効いていたのはロアの存在をオフィーリアが把握していなかったから。
把握した今なら、『それを込み合いで動く』と言う選択をしてくる…奴にはそれだけの余裕がある、
(クソッ…マジかよ……そんな違うかよ)
勝負にすらならない、奴が数度動いただけでこちらは血塗れ、確実に追い詰められていく。オフィーリアの鷹のように鋭い目がこちらを睨み…静かに、ゆっくり処刑剣を回収し、刃で地面を擦るように引きずり、迫る。
「キミさ、不思議な剣を使うよね。よくよく感じてみれば剣の中から君とは違う…別の魔力を感じる。これはもしかして……それ、ロストアーツかな」
「ッ!?なんで知ってんだ…!?」
「ビンゴ…いぃやぁタイミング的にジャックポットかな?コルロにいい手土産が出来た…それ、ちょーだい?」
「い、嫌だ」
「嫌だでチキンディナーを逃せますか。無理矢理奪うからいいよ」
オフィーリアが剣をクルリと手元で回し逆手に構え直す。まずい、分かる、分かってしまう。今までのとは比較にならないくらい殺意の高い構え方だ…ガチで殺しにくる!!
「じゃ、…死んでね?」
そのままオフィーリアは刃を交錯させて、俺に迫る。
「『ステラマージャー』」
刃がそれぞれ光を放つ、奴の霧散防壁が空気を乱反射しているのだ。即ちこれは刃にあらず、触れた物全てを抉り取る鑿岩機のようなもの。それをハサミのように交差させ俺の首を狙う。
死ぬ、負ける、負けるのかよ…ここで、俺は────。
「何を……!」
「むッ!」
瞬間、オフィーリアの目が俺から離れ横を向く。同時に壁が爆裂し…何かが飛んできて…。
「してくれとんじゃァッ!!!!エリスの弟にィッ!!」
「ッッ何さァッ!!??」
爆発と共に飛んできた黄金の光はオフィーリアの剣と衝突し凄まじい轟音を上げる。それは黄金の足甲を纏った足、黄金の蹴り…黄金の髪の。
「姉貴!!!」
「ステュクス!いきなりどっかに行かないでください!心配したでしょ!!」
クルリとオフィーリアから離れ俺の前に着地するのは姉貴だ。姉貴が来てくれた…って聖堂の壁粉砕してるけど大丈夫なのかな。
「……ステュクス、こいつは」
「オフィーリアだ、セフィラの一人だよ」
「こいつが…!」
「ありゃま、セフィラだってことも知ってんのかぁ〜。こぉ〜りゃあまずいまずい」
「セフィラ…美麗のティファレト……」
姉貴はその話を聞くと顔を強張らせ、拳を強く握りしめながら…前に立ち。
「ステュクス、エリスが時間を稼ぎます。だから貴方は逃げなさい」
「は、はぁ!?何言ってんだよ!姉貴も知ってんだろ!アイツなんだよ!俺の師匠を殺したのは!」
「分かっています、でも今ここでやっても仇討ちは無理です」
「無理なもんかッ!今ここでコイツを逃したらもう二度と俺の前に現れないかもしれないんだ!」
「ステュクス!聞き分けてください!貴方の師匠は!ヴェルトさんは!貴方が死地に赴き死ぬことを望むような人ですか!!」
「師匠は死んでんだよ!殺されてんだアイツに!もう何も望まないし!望めない!だから仇討ちをするんだろうが!」
姉貴まで止めるのかよ!無茶は承知でやってんだよこっちは!それに…今ここでオフィーリアを殺せないと、もう二度とコイツとは会えない気がする。そうしたら俺は…一生コイツに対する恨みを抱えたまま生きていくことになるんだ。
だから、ここでやるしかないんだ。
「俺と姉貴で戦えばいけるさ!」
「セフィラは…そんな甘いもんでもありません。ですが……」
「ですが?」
「どうやら、一歩遅かったようです」
「遅かったって……」
すると、姉貴の言葉に呼応して聖堂の壁や床が抜け、その内側から何かが飛び出してくる。
それは、漆黒の黒外套、フードで隠した顔は模様も何も描かれていない赤い仮面で覆われ、銀の籠手が垣間見えるその手には一振りの剣が握られ、漆黒の剣士達が十人、二十人、三十人と現れるんだ。
「な、なんだコイツら」
「禁断騎士団マルス・プルミラ…セフィロトの大樹の戦闘員です。全員が一級の覚醒者です…めちゃくちゃ強いですよ、エリスは昔コイツらに殺されかけました」
「あ、姉貴でも」
マルス・プルミラって昨日みんなが言ってたやばい奴らじゃねぇか…やばい、そういえばここマレフィカルムの基地の前じゃん。ここで戦ったせいでこいつらを呼んじまったのか。
「貴様ら、侵入者か」
「ご無事ですか、ティファレト様」
「あぁ〜ん、怖かったぁ〜ん。助けてくれてありがとチュッ!」
するとオフィーリアはマルス・プルミラに守られるように後方に盛り、黒い騎士達が俺と姉貴を囲む。
「ステュクス、離脱しますよ。こうなっては仇討ちどころではありません」
「嫌だ!俺は師匠の仇を討つんだ!その為にここまできたんだ!」
「ステュクス!!」
「マルス・プルミラ諸君〜!コイツらマレフィカルムの秘密を知ってるよ〜!殺しちゃって〜!!」
「御意!」
向かってくる、黒い剣士達が。その隙にオフィーリアは彫像の上に戻り…見世物でも見るように胡座をかいて座り、後のことをマルス・プルミラに任せる。
その瞬間、マルス・プルミラ達は剣を構え……。
「行くぞ!魔力覚醒!」
全員の魔力が噴き出す、おいマジかよ…いきなりかよ!!
「『荘厳岩壁巨兵』!」
「『影呑み天神』!」
「『幽鬼鱗麟』!」
一人の体が膨れ上がり、巨大な岩の怪物となる。
一人の体が光り輝き、天に浮かぶ光球となる。
一人の体が震え出し、黒衣を切り裂き鋭い鱗が表出する。
それだけじゃない、全員が全員何がしかの覚醒を行い、姿が変異する。異形の集団が俺たちを取り囲み、聖堂の中があっという間に魔力の嵐に包まれる。
「チッ、仕方ない…ステュクス!突破しますよ!」
「オフィーリア…逃さねェッ!!」
「ステュクス…!」
俺と姉貴は二人で並んで、魔力を高め…一気に戦闘態勢に入り、覚醒を発動させる。
「行きます!魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』!」
「やってやる!魔力覚醒!『却剣レーテ・クルヌギア』!!」
「アハハハ!覚醒者かぁ!面白いねぇ…そらやっちゃってぇ!」
「御意!」
迫る、大量の覚醒者達。うち一人、全身から鋭く蒼い鱗を表出させた黒衣の戦士、マルス・プルミラが俺に狙いを定め……。
「『刃傷逆鱗』!」
「ヴッ!?」
突っ込んでくる。全身の鱗を流動させながら体を丸めての突撃。それは剣で受け止めてなお吹き飛ばされ、腕が痺れる程の重さを秘めており。
「グッ!重たい!嘘だろ…これでただの構成員とか!」
「死ねェッ!侵入者!!」
「チッ!」
鱗は一つ一つがナイフのように尖っており、それで両手を覆ったマルス・プルミラは両拳を嵐のように振り回し怒涛の攻めを展開する。その一撃一撃を受け止めるが、衝撃が逃しきれない。攻められる都度一歩、また一歩引き下がるしかない。
「『鱗砕き』!」
「ガッ!?」
そして、グルリと体を回転させ放たれたのは回し蹴り。それは足先から魔力を放ちながら加速を行い、普通じゃありえない威力を発揮させ、叩き込まれる。服の下に着込んでいた鎧が砕け、口から血が漏れ、吹き飛ばされる。
(冗談じゃねぇぞ!!)
地面を転がり、慌てて立ち上がろうとして足先が滑り、手で体を支えて…俺の顎先から冷や汗が伝う。
嘘だろ、コイツただの構成員だぞ。コイツ一人片付けられなくて、その上にいるオフィーリアに勝てるかよ!!
「クソがァッ!!魔衝斬!!」
「甘いわ!」
剣を大きく振りかぶり、魔力の斬撃を放つが…鱗を肥大化せ盾のように展開しながら突っ込んできたマルス・プルミラにより渾身の一撃は容易く防がれる。ダメだ、正面からの攻めじゃ勝てない!
だったら!
「ッ『ロード・デード』!」
「ぬっ!?」
剣を地面に突き刺し、軟化魔術を繰り出す事で奴の足を地面に埋め、その機動力を奪う。今だ…!
「師匠直伝!奥義!『斬武裂』ッッ!!」
踏み込むと共に星魔剣による怒涛の剣撃を繰り出し鱗のマルス・プルミラを叩き切り……。
「フンッ!効かん!」
「グッ!?硬い…!」
がしかし、俺の斬撃は奴の鱗を切り裂くには至らず、剣が弾かれる。斬武裂でダメか…だったら!
「絶神の型…!」
師匠の構えを真似、息を整える…師匠が構築した独自の剣術。アジメク式軍剣術の派生型である絶神の型…ここから繰り出すのは、師匠が持つ中でも最大級の奥義!
「『刃血武裂』ッッ!!」
剣撃に更に剣撃を重ねる無数の斬撃。山でさえ細切れにする最大の奥義、それを一気に鱗のマルス・プルミラに叩き込む、叩き込み続ける。
「ぬっ…ぐぅっ!!」
奴も鱗を展開し俺の斬撃を必死に防ぐ、俺の剣術が弾かれる。だが…それでも。
「ッうぉぉおおおおおおお!!!」
続ける、続ける、続ける、斬り続ける。一撃一撃に魔力放出による加速を用いて一縷の好きさえ見せず、ひたすらに叩き込む。師匠の技が、こんな奴に破られてたまるかッッ!!
「グッ!?こ、この……!」
「そこ、退けぇッッ!!」
「うごぉっ!?」
そして、一刃…奴の鱗を叩き砕き、その身から血を溢れさせながら吹き飛ばす。幾度となく斬撃を織り重ねる事で、奴の鱗を叩き斬り、斬り砕いた…。
吹き飛ばされた鱗のマルス・プルミラは壁に叩きつけられ、意識を失い動かなくなる…やったか。
「ッ…はぁはぁ…!」
膝を突く、本来は一瞬だけ展開する斬撃の雨を…あんな長時間行ったせいで体力が尽きちまった。
でも倒せた…倒せたには倒せたが。
(一人倒すだけで、これかよ…!)
どれだけ言っても、倒せたのは一人だけ…対する姉貴は────。
「退かんかいぃッッ!!」
「ごぼはぁっ!?」
一閃、紫の炎を吹き出す拳が巨大な岩の怪物に炸裂し、岩の体に大穴が開く。
「邪魔ァッッ!!」
「ミッッ!?」
一撃、放たれた炎雷により光の弾となったマルス・プルミラが撃ち落とされる。
「うががががーっっっ!!エリスの弟に手を出す奴は全員地獄送りです!!」
「こいつ!魔女の弟子エリスか!」
「既に八大同盟級を超えている…凄まじい強さだ」
暴れる、既に複数のマルス・プルミラを打ち倒し、他の連中も全員姉貴にかかりきりだから俺の方にも来ない。
強い、すげぇ強い。姉貴の奴…サイディリアルを離れてからまた強くなったのか?たかだか数週間だぞ、なんつースピードで強くなってんだあれ。
だが、それでも…。
「なら攻め方を変える!波状攻撃に切り替えるぞ!」
「応ッ!」
相手もまた超一流、個々人による力押しが通じないと理解するや否や陣形を組み替え、耐久力のある者が前に、遠距離攻撃を持つ者が後ろに下がり。
「『熱鋼拳』!」
「『プリミティブランス』!」
「チッ!」
怒涛の攻めを繰り出す。赤熱した鋼の体に変じた者、そして光り輝く槍を作り出した覚醒者達による怒涛の攻撃を受け止めた姉貴に、更に後ろから続々と魔力弾が殺到する。
「グッ…!数が多い!」
「攻め切るぞ!」
「増援を呼べ!数で押せば勝てる!」
姉貴が押され始めた、数の暴力だ。お前に壁やら床に開いた穴からゾロゾロとマルス・プルミラが出てきやがる。
このレベルの奴をこんな数、一体どうやって集めたんだ!?放置したら生えてくるキノコじゃねぇんだぞ!
「クッ…!数が多い!」
「アハハハハハハッ!苦しそうだねぇ魔女の弟子ィ、そっち弟だっけ?お荷物抱えてると大変だねぇ」
「エリスの弟に対してなんて事言うんですか!」
「事実だけど?まぁいいや、さぁ行きなよ消耗品、お前達の存在意義を示せ」
「御意!」
補充されたマルス・プルミラ達が次々と覚醒し姉貴を追い詰めていく。凄まじい猛攻は絶え間なく続き…俺が介入する余地すらない。どうすりゃいい、どうすれば…オフィーリアまで辿り着ける!
「クソッ!邪魔すんなよ!!」
「雑魚に用はない!」
咄嗟に俺は手近なマルス・プルミラに斬りかかる。そいつは両手を刃に変えており…俺が斬りかかると凄まじい速度で反応し、逆に反撃の刃を放ってくる。
「ぅぐっ!?」
その速度は凄まじく、俺は斬撃の斬撃は軌道を逸らされ、逆に奴の刃は俺の肩を切り裂く。しかし…。
「む…!」
当たる、俺の剣がマルス・プルミラの仮面に。刃が仮面に引っかかり、剥ぎ取るようにマルス・プルミラの仮面は地面に落ちて…その顔が顕になり。
「え!?」
驚愕する、だって…仮面の下にあった顔は。
「バシレウス……?」
バシレウスと同じ白い髪、赤い瞳、鋭い口角…マルス・プルミラの仮面の下にバシレウスの顔があった…いや。
(いや違う!バシレウスじゃない…若干違う、と言うよりレギナにも見えるし……待てよ)
ゾクゾクと背筋が凍る。バシレウスにそっくりでレギナにそっくり、まるで他人の空似のような顔つき。俺は……この感覚を味わったことがある。
そうだ、これは……。
(ラヴと同じ!?)
ラヴも自らの寿命を削り、強引に覚醒を行うことができた。人工的な覚醒者だった…ならもしかしてコイツらも、いやラヴは顔を改造してあの顔になっていたはず…でもコイツらから感じる感覚はラヴと同じで。
「何を呆然としている!」
「ゴハッっ!?」
しかし、唖然とすることも許されず。マルス・プルミラの刃の拳を受けて俺は弾き飛ばされ、その隙に奴は仮面を付け直す。
地面を転がり、血を吐いて、血を出して…打ちのめされる。なんなんだ、マレフィカルムって…。コイツらはなんでこんな…意味わからねーんだ。
「ステュクス!」
「隙を見せたな!魔女の弟子!」
「クッ!」
そして、俺がやられたことで姉貴にも隙が生まれて……ダメだ、やられる!
「アハハハハハハッ!所詮魔力覚醒者程度じゃあ私達セフィラの相手にもならないよぉ〜ん!」
(ダメだ、ダメだ!姉貴を助けないと!)
姉貴の防御が崩され始め、怒涛の猛攻が氾濫を始める。姉貴の危機に、咄嗟に俺が立ちあがろうとした…その時だった。
「なら、その上を用意しようか?」
「へ?」
姉貴の開いた壁の穴から、誰かが現れたのだ。それは…聖堂に踏み込むなり、その身の魔力を湧き上がらせ。
「極・魔力覚醒……!」
瞬間、まるで…空気に染料がぶち撒けられたように、景色が変わる、光が赤く染まり、全ての物体がおどろおどろしい赤い光に照らされ、夕暮れよりもなお紅い世界が展開される。
その中心に立つ男は、黒い剣を手に…その髪を伸ばし、白く染め、力を示す。
「『鬼門呪殺の悪路王』ッ!」
「アマルトさん!」
「ようエリス!助けに来たぜッッ!!」
アマルトさんだ、さっき俺達を追いかけてくれていたアマルトさんが助けに来た…ってか、え?極・魔力覚醒って言ったか?今。
「ッ第三段階だと!?」
「ッあっちだ!先にあっちを潰すぞ!!」
マルス・プルミラ達はその危険度の高さを再判定し、姉貴からアマルトさんの方に切り替える。しかし…既にアマルトさんは動いていた。
「へっ、ビーストブレンド」
マルス・プルミラ達が迫る中、アマルトさんは静かにアンプルを加え血を飲み干すと同時に…その両手を広げる。すると……。
「う?なんだ…!」
「地面が…揺れる?いや、柔らかく…!?」
地面がグニャグニャと揺れる、壁がまるで粘土のように波打ち、マルス・プルミラ達はアマルトさんを前に足を止めた……その時だった。
「何が…ッ!?うぎゃぁああああ!?!?!?」
「な、なんだ!?!?」
突如、地面がパックリと割れ…ズラリと牙を並べた口となりマルス・プルミラの一人を飲み込んだ。いや一人だけじゃない…あちこちで壁や床が変形していく。
「な、なんなんだ!?何が起きているんだーッ!?」
「壁が!世界が!化け物になっていく!」
「手がつけられんッッ!!」
壁からは腕が生え近づくマルス・プルミラを叩き潰し、天井からは巨大な瞳孔が現れ光線を放ち、犬の口のような物が現れ次々と噛み呑み、触手に毒針、爪や角が不定形の地面から這い出てくる。
その様は…さながら。
「『魔獣地獄』ッッ!!」
(マルス・プルミラがまるで相手になってねぇ…!)
一瞬で世界を書き換えたアマルトさんによる、マルス・プルミラ達は三々五々。蜘蛛の子散らして逃げたり、集まって抵抗しようとして潰されたり。さながら地獄のような光景を作り上げ蹴散らしていく。
あれが極・魔力覚醒…!?つーかあの人前会った時はまだ覚醒すらしてなかったよな!?いきなり強くなりすぎだろ!第二段階すっ飛ばしたのか!?
「アマルトさん!ありがとうございます!」
「おう!いいぜ!つーかどう言う状況だよ!お前何勝手に口火切ってんだ!」
「エリスじゃありません!ステュクスが襲われたんです!」
「誰にだ!」
「アイツです!」
「え?私ちゃんからは別に襲ってな───」
そう姉貴が彫像の上のオフィーリアを指差した瞬間。オフィーリアの背後のステンドグラスが割れる。
「テメェ、そいつは俺の──」
「えぇっ!?」
そして赤い髪が、赤い瞳が、赤い拳が…オフィーリアを捉え……。
「義理の弟だよッッ!!」
「グッッ!?!?」
一撃、紅の拳がオフィーリアに叩き込まれる。しかしオフィーリアもまた防壁を展開しその一撃を防ぎながら背後に向けて飛び降り衝撃を受け流し…見遣る。飛び込んできた男を。
「テメェ…だぁれ?」
「ラグナ、ラグナ・アルクカース…そこにいるステュクス・ディスパテルは俺の嫁の弟だ、手出しするならぶっ殺す」
「はぁ〜〜めんどー」
ラグナさんだ、あの人も助けに……追いかけてきてくれたのか。
「ステュクスさーん!無事ですかー!」
「ってマルス・プルミラにティファレト!?なんでセフィロトと戦ってるんですかー!狂う〜〜!!!」
「セーフさんにアナフェマさんも!……みんな」
駆けつけてくれる、セーフさんもアナフェマさんも。これにより数的有利はオフィーリアから消え去ることになる。
ありがたい、あまりにもありがたい。感謝してもし切れない……。
「ステュクス!みんなが切り崩してくれました!今のうちに!」
感謝しても、仕切れないからこそ…。
「チッ、もっと数回してよ〜!マルス・プルミラどんどん来〜い!」
「まだ来んのか!」
「マルス・プルミラくん達頑張ってね〜、私ちゃんはぁ〜その隙に〜…」
今、ここで……諦められない。
「ッオフィーリア!!」
「ステュクス!!」
走り出す、マルス・プルミラの混乱を引き裂いて、俺は一気に突っ込む、オフィーリアに突っ込む。見たからだ、今…オフィーリアがこの場から逃げ出そうとするのを。
今ここで動かなきゃ、コイツを取り逃す。それだけは…決して容認出来ない。
「『魔衝斬』ッッ!!」
「ッ!?お雑魚ちゃん!まだ来るの!?」
衝突する、俺の剣と咄嗟に振るわれたオフィーリアの剣が。今ここでコイツを殺す…それ以外の終わりは必要ない!
……………………………………………
「ガハッッ……!」
「相変わらず、弱えなぁ!お前らはよォ!」
壁に叩きつけられたメグが血を吐き、タロスの街の一角にバシレウスの笑いが木霊する。唐突だった、僕達とバシレウスが邂逅したのは。
僕とデティさんとメルクさんとメグさんで街を散策していたら、突如裏路地から現れて…目が合った。
本当になんの前触れも伏線も無く、さながらコインを投げて裏が出たような…そんなどうしようもない偶然のように、コイツは僕達の前に現れた。
そして戦闘が起こり、僕は痛感した。
(強すぎる……)
今目の前で行われる戦闘は、ひたすら…そして徹頭徹尾一方的だった。肉体をアダマンタイトに変質させたはずのメルクさんは傷だらけで肩で息をし、デティさんもずっと辛そうに僕達に治癒魔術をかけ続け、メグさんに至っては先ほどのダメージが抜けず倒れたままだ。
そして僕は、何も出来ていない。
強い、あまりにも。サイディリアルで僕とラグナさん以外の全員でかかっても手も足も出なかった理由がよく分かる。
絶対的だ…。これほどまでに強いとは。
「はぁ…はぁ、あれから強くなったつもりだが、まだ届かないか…」
「…………メルクさん、メグさんとナリア君を連れて逃げて」
「なッ!?何を言う!デティ!まさかお前…また一人で背負うつもりか!」
「でなきゃ!死人が出る!コイツのヤバさはメルクさんも分かってるでしょ!!」
デティさんが叫ぶ、叫びながらメルクさんに僕とメグさんを避難させるように訴える。事実、この中で最も耐久能力が高いのはデティさんだ…けど。
バシレウスは現代魔術を全て無効化出来る防壁を持つ。現代魔術がメインウェポンのデティさんでは絶対に敵わない。どうなるかなんて…目に見えてる。
けど、誰かが離脱の隙を作らないと…全滅だ。だったら。
「いえ、デティさん。デティさんがメグさんとメルクさんを連れて逃げてください」
「ナリア君……何を」
「僕に、作戦があります」
「…………」
残るなら僕だ、この中で唯一サイディリアルでバシレウスと戦っていない僕だけが…奴に不意の一撃を喰らわせることが出来る。けどデティさんは首を横に振り……。
「ダメ、危険すぎる。っていうか死ぬつもりじゃないよね」
「誰も死なせないために、必要なんです。だから僕が言ったタイミングで…やってもらいたいことがあります」
デティさんは嫌かもしれないけど、僕だって無策じゃない。作戦はきちんとある、それをこっそり伝えると…デティさんは。
「危険なことに変わりはない」
そう一言、口にしながらも僕から離れ…メグさんの回収に向かい。
「でも、死なないでよ…」
「分かってます!僕が…バシレウスを押し留めますから!」
「ナリア君…すまない、感謝する…必ず生き残れよ」
「はい!」
逃す、仲間を…そしてその間バシレウスはそんな僕達を興味なさげに見つめ。
「で?生贄は決まったかよ」
ポケットに手を突っ込み、そう口にする。その目は完全に僕をナメている、侮っている。実際そうだろう、四人がかりで倒せなかった彼を、僕が一人でどうやって倒せるというのか。
でも、やるしかない。僕が一人でバシレウスと戦うしかない!
「僕が相手です、バシレウス」
「ふーん、まぁ合理的なんじゃねぇの?一番の雑魚だろお前。雑魚を切り捨てて有用なクリサンセマムを残す、中々に計算出来るんだなお前ら。まぁ雑魚のお前的には悔しいだろうが…まぁ仕方ねぇよな、雑魚だから」
ケラケラと笑いながら、バシレウスは舌なめずりしながら僕を品定めするように見る。散々言ってくれるな、けどまぁ事実だろうな。僕は現状…最も弱いかもしれない。みんなみたいに強く立ち回れるわけじゃない。
けど…それでも。
「雑魚じゃありません。この場において僕は…主人公です」
「はぁ?」
クルリとターン、踵を揃え、手を払い一礼する。さぁ決めるよ、一世一代の大舞台。天蓋を彩る星さえも霞む、光り輝く僕の晴れ舞台。
「行きます!魔力覚醒!『ラ・マハ・デスヌーダ』!!」
「……ほう?」
覚醒し、一気に僕はその数を千人に増やし…バシレウスを囲む大劇団を作り上げる。莫逆のコロス、そして……あの電脳世界で僕が新たに獲得した新技。
レーヴァテイン遺跡群の中では、あまりにも危険すぎて出せなかった大技を…見せますか!
…………………………………………………
(自己増殖系の覚醒、系統は概念抽出型ってところか…ありきたりだが数が多いな)
バシレウスは一気に増えたナリアを見て興味深そうに鼻を鳴らす。見た目じゃ区別がつかないほどに精巧に作られた魔力虚像、それが一度に千人に増えた…つまりところで数が千倍。
自分の分身を作る覚醒はままあるが、異彩を放つのはその数。十人単位で多いと言われる魔力虚像が千体だ、この数は異常と言ってもいい。
「だが、雑魚は何人増えようが雑魚だ」
『うるさーイ!』
拳を鳴らす、虚像達が吠える。見た感じ、虚像の耐久力はかなり高そうだが、身体能力そのものは大したことなさそうだ、それに逆を言えば増えるだけで…奴自身が強くなるわけでもない。
完全なる時間稼ぎ、泥試合に持ち込んで仲間が逃げる時間を稼ごうって魂胆が見え見え。
(面白くもねぇ…)
こりゃあ、すぐに終わるな。そう確信したバシレウスは一気に腰を落とし。
「さぁいけ!分身達!『劇目:エルモピュライの剣───」
「遅えのはお前も分身も変わらねーな」
「えッ!?がぶふっ!?!?」
一瞬で分身の隙間を割って突っ込み、膝蹴りを本体に叩き込む。本物と分身の見分けはつかないが、どういうわけかコイツは目立つ場所に立ちたがる。故に否が応でも本物が分かる。
膝蹴りを叩き込めば、本体は吹き飛び壁に叩きつけられ口から血を吐き。
『え!?』
『本物ガー!?』
『見えなかっター!』
「雑魚の分身も雑魚だろ、悪いが時間はかけてやらねー。本体だけすり潰せば終わりだろ』
「グッ……!」
血を吐き、こちらを見据えるナリアを睨み。拳を握る。分身が動く前に叩き砕いて終わらせる!
「オラオラ!なんかやってみろよッ!!」
「ヴッ!?ガァっ!?」
拳を振るう、足を振り上げる、その都度に血が舞う。反応も出来ない、遅いったらない。まさしく棒立ちを滅多打ちにするように、サンドバッグを打つように、ナリアを甚振り、叩きのめす。
「雑魚がイキがるからこうなるんだよッ!」
「ァガッっ…ぐぶぅ…!」
そして一撃、腹に蹴りを見舞えば、肋骨が折れ、内臓が潰れ、壁と俺の足に挟まれ夥しい量の血がナリアの口から飛び出す。
結局何も出来ねぇじゃねぇか、体良く切り捨てられたのを前向きに捉えて、馬鹿じゃねぇーのかね。
「ヴッ……はぁ…はぁ」
「おいおい、まだ立つかよ。諦めなければなんとかなるとか思ってんのか?アホらしいなぁ…そういうのを負け犬の理屈ってんだぜ?」
「うる…さい、僕は…お前が許せないんだよ」
「へぇ?」
ナリアは膝を突きながらも立ち上がり、ペン先を俺に向けイキがる。
「サイディリアルで、みんなを傷つけて!殺そうとしたお前を…僕は絶対に許さない!!」
「許さないからなんなんだよ」
「暴力でなんとかするのは、嫌いです。けど…お前の方がもっと嫌いなので、僕は…最大限の暴力でお前に仕返しをします」
「言ってろ」
拳を握る。あんまり時間をかけるとクリサンセマムが立て直すかもしれない、そうなったらまたサイディリアルの時みたいに面倒なことになりかねない。
だったらここで、終わらせる。
「その妄言、あの世で言い訳に使えや!!」
拳を引き、魔力を高め、拳に凝縮させる…同時にナリアが動き、筆を動かし。
「『爆炎陣』!!」
空中に魔術陣を書き上げ、俺に向けて炎を放つのだ。しかし、弱い、あまりにも!
「そんなもんで!止められるかッッ!!」
一気に拳を振るい、炎の向こうにいるナリアを撃ち抜くように…必殺の一撃を叩き込む。
「『魔王の鉄槌』ッッ!!」
「ゴァッッ…!?」
黒紫の螺旋が拳を包み、放たれた一撃は爆炎を貫き、向こう側にいるナリアの体すらも撃ち抜き、拳の先から放たれた魔力の爆発は指向性を持ち、ナリアの体に風穴を開ける。
「終わりだな、雑魚」
「ァ…ァァ……」
腹に大穴が開いたナリアは…ゆっくりと崩れ落ち、…倒れ伏すと同時に……光の粒子になって消える──。
「は?」
消えた、光になって消えた…まさかこれ。
(分身!?さっきの炎は目眩しか!)
やられた、そう直感で理解し首を動かす。さっき放った爆炎は俺を止めるためじゃなくて、俺の視界を一瞬でも塞ぐため。その隙に分身と入れ替わったんだ…!なら本物はどこに行った────。
「これが僕の、最大限の暴力です」
「ッッ……!」
右側面、未だ空中に残る炎から転がり出たナリアは…俺に指を向けながら、真っ直ぐ、鋭い眼光で俺を睨みつけながら。
こう言った。
「奥義…『無限無窮のアンサンブル』」
その瞬間、ナリアの分身達が一斉に光り輝き……バシレウスの視界が覆われ、次いで巻き起こったのは、バシレウスでさえ耐えきれないと直感するほどの衝撃。
「ぐぅっっ!?!?」
信じられない程の圧力が全身を包み、口の端から血が溢れる。あり得ない、この程度の奴が俺に血を流させるほどの攻撃を行えるわけがない。わけがないが事実としてそうなっている。
未だ光は晴れず、世界の状態は判然としないが…その中でバシレウスは悟った。
(まさか……!)
ナリアが今行った攻撃、いや今もなお継続して行われている攻撃、それは……。
(分身が一斉に覚醒しやがったのか!!!)
目に映るのは、視界を覆い尽くすナリアの波、その中に叩き込まれたバシレウスは…無限に近い分身達の圧力に押され、血を吐いていたのだ。
──────サトゥルナリアが行った『無限無窮のアンサンブル』。それは分身達に『ラ・マハ・デスヌーダ』を行わせる行為、即ち再覚醒である。
ナリアの覚醒は一度に千人増える覚醒であり、本来は千人以上に増えることは不可能である。しかし増えた分身の基礎スペックは本体と同程度。つまりナリアを経由して分身達もまた覚醒を行うことができる。
するとどうなるか、千人の分身が千人に増える覚醒を同時に行えば…その数は一瞬で百万人に至る。
当然、分身が作り出した分身は更に希薄な存在になり、細かな行動は行えない。サトゥルナリアにかかる負荷も本来想定されていないものになるため莫大になる。しかし…それでも分身の質量は残る上に。
更に重要なことに、曖昧な分身達もまた、覚醒を行えるのだ。つまり再々覚醒も可能ということ。
サトゥルナリアは一瞬で千人に増えることが出来る。一秒後には百万人に増えることが出来る。二秒後には十億人、三秒後には一兆人。物の数秒でディオスクロア文明圏どころかこの星の総人口すら上回る人数に増えることが出来る。…あくまで理論上の話だが。
文字通り、無限に無窮に増えるアンサンブル。それこそがサトゥルナリアの最終奥義である──────。
「もう一発!!『無限無窮のアンサンブル』ッッッ!!」
「グッッ……!!」
増える、百万人が一気に十億人に増え、それが街の一角に収まる程に凝縮されバシレウスを押しつぶす。
覚醒を展開していた時間は凡そ1.5秒…時間にすれば一瞬。ただそれだけの時間十億人の分身を展開しただけで、ナリアの負荷はキャパシティを超え…。
「ゔっ…ブフッ……!」
鼻血と吐血を吹き出し、分身が揺らぐ。これ以上の展開は不可能…そう考えたナリアは、一気に分身達を動かし。
「もう二度とッッ!!僕の友達に手を出すなァァァ!!」
「ッッッ!?!?」
分身達を爆発させるように炸裂させ、一気にバシレウスを吹き飛ばす。十億人の圧力から放たれるその一撃は、バシレウスに建物を貫通させ…街の外まで吹き飛ばさせ…そして。
「ゔっ……」
一斉に分身が消え、口からも鼻からも耳からも、目からも血を流したナリアはその場に倒れ込んだ…瞬間。
「『時界門』!」
「ナリア君!無事!?」
地面に穴が開き、その向こう側にいるメグとデティが倒れたナリアをキャッチする。場所は戦闘地点からかなり離れた場所、ナリアの言葉で戦線離脱し、メグを回復させ次第時界門でナリアを転移させる…という手順をナリアは予めデティに伝えていた。
初めから無限無窮のアンサンブルでバシレウスを撃退するつもりだったが、周囲に仲間がいると使えない以上…一人になるしか方法がなかった。そして現状自分が持ち得る火力の中で最大の物は…やはり無限無窮のアンサンブルしかなかった。
「どんな無茶したのさ、過剰に溢れた魔力で血管の殆どが焼き潰れてるよ…」
「流石ナリア君だ、しかしバシレウスはどうなった」
「街の外まで吹き飛ばしました…けど、倒せてません。また戻ってくるでしょう…だからそれまでに、何か方法を考えないと」
あれだけの事をしても、バシレウスを倒せた気がしない。あれを倒すのは生半可な方法じゃ無理だ、だからこれはあくまで一時凌ぎ。直ぐに仲間達と合流しなければ……。
「よし、じゃあ直ぐにラグナ達を探すぞ!メグ!時界門を──」
そうメルクリウスが口を開いた瞬間。
「ッ……!」
「ん?どうした?デティ?」
デティが顔を上げ、聖堂の方角に目を向ける。そこから感じたのは魔力でも…気配でもなく。
「……なんか、嫌な予感がする。メグさん!急いで!」
それは、言い知れないほどに強烈な、嫌な予感だった。
………………………………………………
「押し返せッッ!!」
「ウヴォルカシュに入れるな!」
一方、聖堂での戦いは混沌を極めていた。大量に溢れてくるマルス・プルミラ達が陣形を組み、侵入している者達と鬩ぎ合う。
その相手は……。
「『獣吠魔喰弾』!」
「『熱焃一掌』!!」
「グギャァッ!?」
壁が、床が、天井が、魔獣の口を形造りそこから雨霰のようにドラゴンブレスが放たれ、同時に放たれる紅の拳がマルス・プルミラの陣形を叩き崩す。
「戦争だオラァッ!!やってやるぜ!なぁ!アマルト!」
「うーん!お前は張り切りすぎー!」
ラグナとアマルトの二人だ、彼ら二人の猛攻はマルス・プルミラでさえ止められず、禁断騎士団はたった二名の攻勢を食い止めるのに精一杯だ。
そんな混乱の中、俺は…動く。
「オフィーリアァァアア!!」
「いい加減ウザったいなぁ…!」
打ち合う、相手はオフィーリア…師匠の仇。この混乱の中でしかコイツを殺すチャンスはない。ここで逃すわけにはいかない、だからせめて一太刀…その覚悟で幾度となくオフィーリアの処刑剣と打ち合う。しかし。
「ほらぁっ!軽い軽い!」
「ぅぐっ!?」
重く、厚く、本来は戦闘用に作られていない処刑剣を軽々と扱うオフィーリアの斬撃は、ひたすらに素早く、ひたすらに軽やかで、ただの一撃で俺の剣は弾かれる。
「そして隙だらけー!」
「ガハッ!?」
ガラ空きになった胴体に激烈な蹴りが見舞われ、まるで風船が破裂するような音を聞きながら俺は口から血を吐き、一歩下がる。
マルス・プルミラをみんながなんとかしてくれて…コイツに接近出来たのに、オフィーリアは魔法を使わない接近戦でも信じられないくらい強い。
「アハハッ!仲間を頼る〜?」
「うるせぇッ!お前は俺が倒す!!」
『ステュクス!落ち着かんかい!!』
「どいつもこいつも喧しいんだよッッ!!」
うるさい、何もかもがうるさい、こいつは師匠を殺してんだぞ、俺の師匠を!ヴェルト師匠を!弟子が仇討たねぇで誰が討つんだよ!!
「『魔影双撃』!」
「お!」
星魔剣の力を引き出し、その機能の一つによって魔力の虚影を作り出す。そのまま一気に俺の虚影を二つともない、事実上の三人がかりでオフィーリアを攻め立てるが。
「弱いよねぇ、キミ。本当に、他者の命を好きにしようってのに自分の制御すら出来ないなんてさ。自分の感情もコントロール出来ない奴が他人の命なんか好きに出来るわけないよねぇ!」
「黙れってんだよ!!」
揺るがない、オフィーリアは手首のスナップを活かし処刑剣を水車のように回し俺の虚影による攻撃を弾くばかりか、一撃で虚影を切り裂き。
「キミみたいなのは初めてじゃないんだよ。こういう生き方してるとさぁ…私ちゃんを殺したぁ〜いって寄ってくる奴がワンサカいるんだよねぇ。そういうのを、皆殺しにして私ちゃんはここにいる…君程度、私ちゃんに敵うわけないよねぇ!」
「ぐっ……!」
一撃、オフィーリアの処刑剣が振り下ろされ、星魔剣を盾にして防ぐが…その重量に地面が割れ、足元が沈む。こいつ俺より細いくせしてなんて怪力だ…!
「んん?」
「ッ……」
すると、剣を叩きつけたままオフィーリアは刃越しに俺の顔をジロジロと見て。ニッと笑うと…。
「ああ!そうかそうか!思い出したよぅ!」
「何が!」
「キミの言ってる師匠っての。誰かなぁって思ってたけど、大冒険祭最終日の夜…私の邪魔した間抜けのことかぁ」
「ッッ……!!」
頭の中で、赤い何かが噴き出す。何処からか湧いて出た熱が頭頂部を突き抜ける勢いで膨れ上がり、俺から思考能力を奪う。
こいつ、こいつ今なんて言ったよ…なんて!!!
「バカだよねぇ彼も!コソコソと影で隠れてりゃ殺されることもなかったのに!ああそうか、そういう人だからキミも出てきちゃったんだぁ!大人しくしてりゃ…私ちゃんに殺されることも無かったのにさぁあ!!!」
「ッてめぇえええええええええええッッッ!!!」
激怒、激昂、憤慨、憤怒、瞋恚…そんな言葉じゃ言い表せないほどの怒りが頭の中で渦巻き、ブチブチと俺の中の何かを引きちぎり、全身の力を使ってこいつの剣を押し除ける。
殺す!絶対ぶっ殺す!俺の師匠を貶す奴は全員──。
「なぁんてね」
「なッ!?」
しかし、勢いよくオフィーリアの処刑剣を押し返した瞬間。まるで狙ったようにオフィーリアは処刑剣から手を離し…俺は支えを失うようにバランスを崩す。
やっちまった…挑発だ、乗っちまった…こいつのやり方に!!
「間抜けは罪だ、死罪モノだよ…」
オフィーリアが俺を狙う、手を構える。その手には…先程見せられた、確殺の光が宿る。
やられる、殺される…嫌だ、こんな…こんなやられ方なんて…そんなの!俺は!!
まだ!まだ師匠の仇も討ててないのに!こいつに殺されるのだけは…俺はッッ……!
「『アヴローラ・メメントモリ』」
(嫌だ…こんなの…!!)
迫る、黒い手が。触れれば即死の悪夢の手が…俺の胸を狙い迫る。俺を殺すために迫る、師匠を殺したコイツに殺される…師匠の仇も討てず殺される…。
こんなの…、こんな終わり方…ありかよ。
(師匠……ごめん)
俺、俺……弱くて、弱くてごめん。ヴェルト師匠────。
「ステュクス!!!」
木霊する、俺を呼ぶ姉貴の声が。残響する…この世で最も俺を案ずる声が、俺の為に叫ぶ。
と、同時に……俺は、何かに突き飛ばされた。
「え……!?」
横に飛ばされ、転がり、オフィーリアの手が届かない距離まで追いやられ…俺は見る。
何が俺を飛ばした、何が俺を救った…決まってる、そんなの……。
「姉貴……!!」
「ッッ………!!」
見えたのは、悪夢の光景。
そこには、俺を庇い、突き飛ばし、代わりに…オフィーリアの即死魔術に胸を貫かれる。
姉貴の姿……。
「あ、あぁ……!」
「ステュ……クス…、無事…に……」
その身から急速に生命力が失われていく。姉貴の皮膚が…血の気を失い、目が光を失い…ゆっくりと後ろに崩れ落ち…………。
「姉貴ぃぃいいいいいいいいいいッッッッッ!!!」
倒れ伏す、姉貴の手は…最期のその時まで。俺の身を案じて…こちらに向けて伸ばされていた。