720.星魔剣と蠱毒の魔王
俺は何をやってるんだろう。ここ最近、そう思う時間が増えた。
俺は元々はソレイユ村って言う西部の片田舎で生まれてさ。元冒険者の父ちゃんやお師匠に憧れて幼少期を過ごしてさ。冒険者になりたいなんて言いながらも、結局どっかで挫折して木こりにでもなって一生を終えるんだろうと思っていた。
ソレイユ村は森に囲まれた小さな世界だ。それでも俺にとっては一つの世界だ。そんな世界から出ることもなく、ただただ他のみんなと同じように生きていくもんだと思っていたし、それに対して悪感情も抱いていなかった。
全部が変わったのはあの日だ。トリンキュローさんがいなくなって、師匠も消えて、それを探す為に村のみんなの制止を振り切って、俺は一人で剣を手に世界を出たんだ。
そこからは激動の日々だった。さながら川に流されるように俺はあれよあれよの状況に流された。
冒険者になり、この国の女王を守った。
冒険者をやめて、魔女大国傘下の工場に警備員として就職した。
かと思いきや、なんか子供を守ったら魔女大国の秘密兵器を手にすることになって、また冒険者になった。
姉貴に殺されかけて、レギナの騎士になって、姉貴と一緒にマレフィカルムと戦って…。
で…師匠が殺されて、俺は今復讐の旅に出ている。
凄い遍歴だと思うよ俺自身。なんの変哲もない村のなんでもないガキンチョが…こんな冒険をするなんて、当時の俺に言っても信じないだろうな。
俺自身信じられない、そして…俺は今。
「ステュクス〜、ご飯出来た?」
「あ、マヤさん。もう直ぐ出来るっす」
「ご苦労〜」
俺は今、フライパン片手に飯を作っている。場所は北部の最奥、聖霊の街タロス。宿屋にてキッチンを借りて、買ってきた肉を切って味付けして焼いて。みんなの為に食事を作ってる。
みんなってのはつまり旅を共にする仲間だ。仲間…って言っていいのか分からないが、少なくと俺は今、この人達と一緒にいる。
「出来ました!」
「ありがとう、ステュクス君」
「いや助かったな。まさかこれだけメンツが集まってまともに料理が出来るのがステュクス君だけとは」
「あ!並べるの手伝いますよ〜!」
「美味しそうですぅ、美味しそうすぎて、く…くく…狂うぅう〜〜!!」
肉をどっさりと大皿に持ってダイニングに向かえばそこには六人の男女がいる。全員がこの旅で知り合ったコルロと敵対する者、或いは俺と目的を同じくする者、様々だ。
「ふぅ〜、じゃ…お酒飲むか」
超人で明らかに引き締まった肉体を持つ緋色の神の女性はマヤさん。いつも酒を飲んでる上にチャランポランで適当な性格をした人だ。が…実力は超一級、少なくとも俺じゃ天地がひっくり返っても勝てそうにない。
「ふむ、マヤが酒を飲むようです。どうでしょうカルさん、一杯」
「酒は普段から戒めていると言っているだろう…だが、まぁ。お前に言われてはな、受けよう」
「では、革命に乾杯」
「乾杯」
金髪にオールバック、浅黒い肌に顔に刻まれた傷、明らかに人相の悪いこの人はタヴさん。話しかけると50%の確率で『革命』と口にする革命の権化みたいな人だ。
そして、そんなタヴさんからお酌を受けるのは全身白銀の甲冑を着込んだ大男。名をカルウェナンさん、俺をここまで導いてくれた人でこの一行の中でも年長者に部類される人だ。
「いやぁおいしそうですねぇ!」
「お肉大好きですお肉、好き過ぎて狂います!」
一緒にいるこの金庫頭はミスター・セーフ。何かとつけて狂う狂うと口にしてる野暮ったい長髪の女はアナフェマ。
全員が全員、特級の使い手。魔力覚醒を会得している化け物集団、そして…皆マレフィカルムに少なからぬ反感を持っている者達だ。俺は今、この人達と行動を共にして、オフィーリアを探しているんだ。
ああ、それと…もう一人いた。
「おい、バシレウス。飯出来たぜ?」
「……そこ置いとけ」
(礼くらい言えよ)
俺は椅子に座って眠ってるバシレウスの前に、肉の乗った皿を置く。こいつの名前はバシレウス。
バシレウス・ネビュラマキュラだ。そう、ネビュラマキュラ、レギナの兄貴だ……。レギナがハリボテの王だなんだ言われながらも玉座に座ってんのは、こいつが唐突に消えたから。
行方不明になってるとは聞いてたが、こんなところで何やってんだかな……。
「さて、俺も食べようかな」
今俺は、この人達と共にタロスにいる。タロスにいる理由は単純、案内役のマヤさんが道を間違えたからだ。本当はコルロとの所に、そしてコルロの近くにいるオフィーリアを探したい俺としては…そう、それこそ。
俺は何をやってるんだろうな…って心地なわけだ。
「あの、皆さん」
俺は肉を頬張りながらみんなに声をかける。するとみんなも食事をとりながら俺の方を見て。
「二、三日ここにいるって話でしたが。やっぱり明日にでもこの街を出ませんか?そんなにゆっくりする意味…あんまりないと言うか」
「確かにな」
みんなはここで二、三日休みを取るべきと言う話をしていたが…ぶっちゃけて言おう。そんなに休みいるか?昨日の朝方ここについて、そしてここで休んだ。休息としては十分じゃないか?何日もここにいる必要ない気がする。
そういえばタヴさんは俺の言葉に続いてくれる、が…同時にこう続ける。
「で?実際のところどうなんです、カルさん。行けそうですか?」
「むぅ、まだ難しいかもな」
「え?なんかあるんですか?」
タヴさんとカルウェナンさんが何かを話している。その様はまるでここに滞在する理由が休息以外にあるかのような物言いだ。
カルウェナンさんは腕を組み、首を横に振る。その様は簡単に結論を出したように思えず、苦慮の決断というような様だ。
「何か、不都合が?」
「……このタロスという街には、マレフィカルムの本部があると言ったな」
「はい、マレフィカルムってあれですよね。空魔ジズのいた」
「そうだ。つまりそういうことだ」
…………え?えっ!?説明終わり!?この街にマレフィカルムがあるのは知ってるよ!?だから何!?と俺が周りを見ているとバシレウスがブフッと吹き出し。
「バーカ、お前呑気か?」
「何がっ!?」
「マレフィカルムは表向きには犯罪組織だぞ、その本丸がこの街にあるなら…見張りだっているに決まってんだろ」
「見張り……いや、でもマヤさんってマレフィカルムの人間ですよね!だったら…」
「マヤだけじゃねぇ、俺もだ」
「え!?」
バシレウスは机の上に足を乗せ、手を頭の後ろに持っていきながら凶暴に笑い。自分もマレフィカルムの一員だと言うんだ…こいつも。いきなりそんな事聞かされたもんだからギョッとしてしまう。
「つーかお前知らないのかよ、ここにいる全員元マレフィカルムか、現マレフィカルムだぜ」
「え!?そうなんですか!?」
「まぁそこは本題から逸れるから置いておくとして。マレフィカルム本部はこの街に見張りを置いている。そいつらは俺やマヤの命令は聞かない、あのクソ女…総帥ガオケレナの命令しか聞かねー」
「その見張りに見つかったら、どうなる?」
「面倒なことになる。だが面倒なことになるのは現マレフィカルムである俺やマヤだけ、それ以外の元マレフィカルム組やそもそも関係ねぇお前はその見張りに見つかったら…まぁ殺されるだろうな」
ケケケと笑うバシレウスはそう言うんだ。ここにいる俺以外の全員がマレフィカルムと関係かあるって。つまりカルウェナンさんやタヴさんもマレフィカルム…マレフィカルムって言ったらあれだよな。
空魔ジズや怒りの悪魔マラコーダと同じ…ってことだよな。アイツらと…この人達が、仲間だったって。
「ステュクス君」
すると、カルウェナンさんは腕を組んだままこちらを見て。
「この街を見張っている存在の名は『禁断騎士団マルス・プルミラ』…総帥ガオケレナ直下のエリート部隊だ。それが今この街を見張っている、迂闊に動けば元マレフィカルムの小生やそもそも関係のない君は攻撃を受けるだろう」
「カルウェナンさん…俺が聞きたいのは、そっちじゃなくて。カルウェナンさんが…マレフィカルムって事で…」
「言ったろう、小生はもう抜けている。君に黙っていたのは申し訳ないとは思うが…今は割り切ってくれ」
「…………そうですね」
まぁ、今ここでどうのこうの言って…離脱したり、されたりするのは賢くないか。そもそも察しておくべきだったところもある、この人達が姉貴を知ってるって時点で…マレフィカルムの一員であるマヤさんと面識がある時点で…さ。
「そしてマルス・プルミラも割り切っている。奴らは数十人規模の軍団であるにも関わらず全員が覚醒している、先頭になれば面倒だ」
「だから、この街を離れられないって事ですか?」
「ああ、だが普段はこんな規模で見張りなど置いていない。恐らくなんらかの理由で厳戒態勢を敷いているように思えるな。だから数日様子見る、奴等に捕捉されると面倒だ」
「そんなの、ここにいるみんなで蹴散らして進めば……」
ガンッ!とバシレウスの足が机を叩く。その音に驚いて俺の口は言葉を止めて…ゴクリと固唾を飲んでしまう。
「わかんねーか。こいつはな、テメェの事考えて慎重になってんだよ」
「お、俺?」
「マルス・プルミラと戦ってお前生き残れんのか?アイツら全員八大同盟の第一〜第二幹部クラスの強さだぞ。剰えそれをぶっ潰したら今度はゴルゴネイオンが出てくる、ゴルゴネイオン潰したら今度はその幹部の十神が出てきて、それを倒したら今度はイノケンティウスが出てくる」
「誰ぇ……」
いや誰?イノケンティウスって…と思うと、マヤさんは苦々しく顔を歪め。
「流石にイノケンティウスの相手は私やタヴが揃っててもキツイかなぁ。アイツはセフィラよりも強いからね…」
「イノケンティウスが出てくるのは良くないな。戦えばまず勝てない」
「革命と行きたいが、イノケンティウスはダメだ」
あのめちゃくちゃ強いマヤさんが首を横に振り、カルウェナンさんがお手上げとばかりに手を上げ、タヴさんが難しそうに顔を歪める。
それほどまでに、イノケンティウスという男は洒落にならない強さのようだ。もしマルス・プルミラと戦えば…そうなるってことか。
「マルス・プルミラと戦うってのはマレフィカルムに弓引くって事だ。まぁ当然?ンなことになれば俺もお前を殺さなきゃいけなくなるなぁ?それが嫌ならグヂグチ言うんじゃねぇよ。雑魚の癖して指揮官気取りすんじゃねぇ…ウゼェんだよ」
「ッ……そこまで言わなくてもいいだろ、こっちだって…時間かけたいわけじゃないんだ」
「ハッ、なら振り落とされないように必死に掴まってろよ。雑魚は雑魚らしくな」
こいつマジで嫌な奴だな。でもカルウェナンさんの言いたいことはわかった、つまりこの街を見張ってるマルス・プルミラってのと事を構えたくないんだ。
何十人もいるくせに八大同盟最強の幹部に匹敵するレベルって事だろ?それはつまりあれだ、怒りの悪魔・マラコーダに匹敵するのがワラワラ湧いてくるって事だ。
死ぬ、確実に。そんな奴らと戦いになったら。それに絡まれないようにする為に…カルウェナンさんは考えてくれているんだな。
「まぁまぁそう慌てなくてもいいよ、ステュクス君。間違えてここに連れて来ちゃった私が言うのもあれだけどさ。コヘレトの塔はここから近いんだ」
「コヘレトの塔?……ああ、コルロのいるヴァニタス・ヴァニタートゥムの本拠地って言う」
八大同盟の一角『死蠅の群れ』ヴァニタス・ヴァニタートゥム…その本拠地の名はコヘレトの塔というらしい。一応マヤさんはそこの盟主ってことになってるから地理的にも明るいとの事。
まぁ、マヤさんが言うに実質的な指導者はコルロで、マヤさんはお飾りの盟主らしいが。
「コヘレトの塔はこの街から西に数日進んだあたりにある巨大な穴。『へベルの大穴』って名前の巨大な窪地の中にある」
「え!?へベルの大穴って…あのマレウス七大恐怖で語られる、あのへベルの大穴ですか!?」
へベルの大穴…こいつはマレウス人なら誰もが知っていて、そして誰も知らない大穴の名前だ。
街一つ分の面積が、まるで地面に引き摺り込まれるように下へと落ちる奈落の穴であり、超巨大な窪地と言われる区画、それがへベルの大穴。
この穴が恐怖の対象として見られる理由は二つ。一つは穴の中には霧が立ち込めており内部視認が不可能であり、尚且つ中の音が全く外に漏れない構造になっているんだ。
穴の壁面が細かい鋸刃になっているせいで音が上手く反響しない、さながら天然の無響室のような作りになっている。霧とその構造のせいで内部の様子が一切わからない。
そしてもう一つは、内部を探索した探検家が誰一人として帰ってきてない事。
つまり、この穴に落ちたものは何一つとして帰ってこない。人は疎か…音や光さえも。
その大穴の中に、コヘレトの塔がある…ヴァニタートゥムの本拠地があるのか!
(そうか!七大恐怖なんて言う悪評をばら撒いたのはヴァニタートゥムだ。敢えて恐怖の対象として名前を売る事で下手な詮索をさせないようにしてるんだ…!)
未知とは興味を生むが、ある一定の段階を超えた未知は恐怖に変わる。恐怖は興味を殺し、人に手出しをさせないようにする。その恐怖を扱って存在を秘匿していたんだ。
「ここに行けば、直ぐにコルロのいるコヘレトの塔に行ける。だから慌てなくても大丈夫だよ」
「……そうですか、ありがとうございます」
「そう言う事だ。小生達としても目的を達成したい気持ちはあるし、そこに対して逸る気持ちもある、だがだからこそ慎重にならねばならない。敵は強く、また数も多い。焦ってしくじっては意味もない」
「そうですね、すみません。落ち着きます」
俺は椅子に座って、反省する。みんな冷静だ、極めて冷静だ、冷静に環境と状況を鑑みて確実な行動を心がけている。
俺だけだ、一人焦って行動する事そのものに義務感を感じているのは。ここにいる全員が俺よりも遥かに格上…なら、バシレウスの言うように、振り落とされないようにしていないといけないか。
「…………」
俺は静かに、肉を頬張る。師匠の仇を焦る気持ちを…必死で押し殺して、ただ。
そんな俺を……。
「…………」
金庫頭のセーフは、静かに見守っていた。
………………………………
飯を食い終わり、身支度も終えて、後は寝るばかり。幸い俺の宮仕え特有の蓄えがあったからこの宿屋は実質貸切状態となり、一人一つの部屋を確保するだけの余裕があった。
だから俺は今、一人で部屋のベッドに座り…窓の外を見つめていた。
(師匠……)
思うのは師匠のこと。俺はあんまりにも師匠の仇を焦るばかりで、何も見えていなかった。思えば師匠はいつも俺の焦りを嗜めていた気がする。
(俺はまだまだ弱い…未熟で、視野も狭い。こんな俺でも…やれるのかな)
カルウェナンさん曰く、オフィーリアはとんでもなく強いらしい。セフィラって奴らは一人一人で超絶した強さで、うち一人を落とすのもカルウェナンさんが命懸けでやってなんとかいけるかどうかのレベル。
そんな奴と俺が戦って、果たして戦いになるのか…甚だ疑問だ。
(………もっと強くなりたいな)
弱いと何も守れない、俺は俺の弱さで…大切な人を何人も失ってきた。ティアに師匠にトリンキュローさん…みんな俺の近くで死んだ、俺が強ければ守れたんじゃって思わざるを得ないよ。
バシレウスにも言われちゃったけど、俺はただ…強い人にひっついくダニみたいに、ただただみんなに任せていればいいのかなぁ…。
「はぁ……」
それでいいのか、そんな風に悩んでいると……。
『ノックノーック、いますかいますよねステュクスくーん!』
「え?セーフさん?」
「おじゃま!」
突如ノックされ、開かれを扉。向こう側からやってきたのは金庫頭の紳士ミスター・セーフさんだ。彼は長い手足をコミカルに動かしながら俺の許可を得ず、ガンガン入ってくる。
「ど、どうしたんすかセーフさん、なんかありました?」
「いぃ〜やぁ〜?別に?ただまぁなんて言うかねぇ…うーん」
するとセーフさんはパッと切り替わるように体を動かし、腕を組みながら金庫頭を左右に揺らし、言葉を選ぶと……。
「なんか、悩んでそうだったので」
そう言うのだ。悩んでいそうだったから…と、つまり。
「心配してくれてるんですか?」
「そりゃあまぁそうですよ!心配くらいしますって!」
セーフさんはまるで俺に気を使うように続けていた楽しげな動きを、一旦やめて。申し訳なさそうに頭を下げると…。
「すみません、マレフィカルムの一員だった事…黙ってて」
「え……」
「貴方がエリスの弟だって分かった時点で、少なからずマレフィカルムに悪印象があるのは知ってたのに」
「いやぁ…まぁ」
まぁ俺は姉貴ほどマレフィカルムに敵対心があるわけじゃないが…味方だとも思ってないし、目の前にいたら警戒もする。
だって今までマレフィカルムに痛い目遭わされ続けて来たんだから。デッドマンも元マレフィカルム、ジズには殺されかけたさ、この間はマラコーダやルビカンテに襲われた。いい印象はまるでない。
「でも、わかって欲しいのは私もアナフェマもカルウェナンさんも、多分他のみんなもステュクスさんを騙してどうこうってつもりは全くないんで、そこは分かって欲しいです」
「まぁ…びっくりしただけなので。それに今はもう元マレフィカルム…なんですよね?」
「はい、私もまた…ステュクスさんと同じで、仇を討ちたいんです」
「仇…、あの…出来ればその話、聞かせてもらってもいいです?」
「構いませんよ」
カルウェナンさんは主人の仇を討つためにセフィラの一人、理解のビナーを倒したいと言っていた。俺の狙いもまた師匠の仇を討つためにセフィラの一人、美麗のティファレトであるオフィーリアを倒したい。
ある意味、俺とカルウェナンさん達は最も近いところに目的があると言っても良い。だから……詳しく話を聞きたいんだ。
「僕らの主人というのは、僕達の所属した組織の会長であったイシュキミリ様のことでして……」
「イシュキミリ……、え!?イシュキミリってあのハンサムか!?」
エルドラド会談の時見かけた。金髪で背が高くて優しそうなイケメン。家柄も良くて嫌味じゃない奴で……え?アイツってマレフィカルムの所属だったの!?
「はい、メサイア・アルカンシエルの会長でした。勿論僕達も」
「マジか……」
「会長は……理解のビナーの弟子でした。本来はもっと崇高な目的で魔術廃絶を目論んでいたのに、ビナーは会長の意思を利用して、外道に落とそうとしたんです」
「い、いや……魔術廃絶もまぁ…意思がどうので肯定されるべきではないかもだが……」
「…………」
「悪い、余計なこと言った。謝るよ」
「いえ、良いんです。ただ会長はその結果取り返しのつかないことをして、結果使い潰される形で死んでしまった。だから私達はビナーに問いたいんです……会長をどうするつもりだったのか」
「うーん」
腕を組み、考える。イシュキミリが死んだ事は聞いていたしトラヴィス卿が死んだのも有名だったが。そういう事だったのか。
にしてもアレだなぁ、イシュキミリがねぇ……勿体無いよな。あんな才能がある奴が誰かに使われる形で命を落としてしまうなんて。トラヴィス卿も無念だったろう。
まぁ、トラヴィス卿もトラヴィス卿で強権気味なところはあったけど。
「つーかさ、会長の師匠ならあんた達にとっても上司的なアレじゃないのか?」
「違います、僕達にとって主人はイシュキミリ会長だけ……。ほら、僕こんな見た目でしょ?だからまぁ、人間扱いされてないというか、そもそも人間じゃないというか」
「深くは追求しなかったけど、やっぱ訳アリな出自か」
「そんな僕に、会長は必要だって言ってくれた。仲間だって……だから、僕はアルカンシエルそのものよりも、会長の尊厳を守りたい」
「…………」
仲間、か……。なるほどな、一概にマレフィカルムって言っても、その在り方は様々ってか。そうだよな、どんな組織も人で構成されていて、人には歴史があるもんだ。
その意思を死んでも貫く『意味』が、彼らにはあるんだ。
「すみませんねぇ……なーんかしみったれた話をしてしまって。まぁ何が言いたいかっていうと僕達的にもですね?ステュクスさんの気持ちはわかるんですって感じで、気にしてたらアレかなぁと思って、すみませんね」
「俺から聞いたわけですし、にしてもそっかぁ……セーフさんやアナフェマさん、カルウェナンさんにもそういう理由があったんですね」
俺は腕を組んで考える。そっか、この人達にもこの人達なりの戦う理由がある、その上で今は冷静でいる。何故なら何がなんでも達成したい目的があるから。
なら俺も努めて冷静でいるべきなのかもしれない。変に惑わされてちゃダメか。
「ありがとうございました、話聞かせてくれて。なんか冷静になれました」
「そうです?ならよかったですけど……、それとあんまりバシレウスの言うこと気にしちゃいけませんよ?アイツ根がクズなので」
「ははは……、セーフさん。優しいっすね」
バシレウスがクズなのは分かりきってる話だ。だってアイツはレギナを捨てて好き勝手やってる男で、レギナがどれだけ苦労してるのか分かってる筈なのにこんな所でこんなことしてる。
おまけに飯やっても礼も言わん、俺ぁ今バシレウスをレギナのところに連れて行くべきか悩んですらいるよ。
「優しいですか?僕が?」
「え?」
ふと、考え事をやめて正面を見ると不思議そうな顔……つっても金庫頭だけど。それをして俺を見ているセーフさんが居た。優しいかって聞かれたら、優しいだろ。
「え?いや俺を気にして声かけてくれたり、会長のことだって辛いだろうに教えてくれたし、優しいかなぁって」
「優しいかぁ……あんまり言われた事なかったのでびっくりしたなぁ。そっかそっか」
そう何度か頷くとセーフさんは立ち上がり。
「では、ステュクス君!」
「なんすか?」
「困った事があれば僕を頼ってくださ〜い!ほらなんか疎外感とか感じてそうでしょ?みんな元から知り合いなのに自分だけ〜的な?」
「ま、まぁ」
「なので!僕がステュクス君の友達になります!友達なら相談しやすいでしょ?」
「良いんすか?いやめちゃくちゃ嬉しいっす!」
「そういうっす!ってのやめようやめよう、オレ達は今日からダチだぜっ!」
パチーンとウインク…しているかは分からないがそんな動きをしながら拳を突き出すセーフさんに、俺はすっかり絆されて、この人の立場とか全部どうでも良くなって来た。
思ってみれば俺はティアとも、ラヴとも仲良くなれた男だ。マレフィカルムがなんだってんだ、セーフさんはセーフさんだ。
「ああ、そうだな。セーフ」
「フフフフ、いやぁ良いもんですね〜!友達って。考えてみれば初めてできたかも」
「アナフェマさんやカルウェナンさんは?」
「友達と言うより同僚ですね、仲はいいですが」
何が違うんだ?まぁいいか。
「んじゃあまた明日〜!出歩くくらいなら大丈夫みたいなんで明日アナフェマと一緒にショッピングにでも出かけましょうショッピング」
「ああ、いいよ。楽しみにして今晩寝るよ」
そう答えるとセーフさんはパッパッと手を振りながら意気揚々と部屋を出ていく。
いい人だな、セーフさん。カルウェナンさんもいい人だし、マレフィカルムだからってこの人達がいい人である事に変わりはない。
マヤさんもそうだ、俺を尊重するような口ふりをしてくれているし、タヴさんも理知的に俺を導いてくれている、変な人だけど。
「ホント、バシレウス以外はいい人ばっかりだ」
本当に、バシレウスはクソだけどな……。
……………………………………………
「ケッ」
月を見ながら、バシレウスは床に寝そべる。ステュクスのあの仕切りたがりの気質にはうんざりだ、アイツは別にこの一団のリーダーってわけでもないし、何よりアイツは……。
「入るぞ、バシレウス」
すると、俺の部屋の扉を開けて、勝手に入ってくる影が見える。俺はそれに向けて威圧を飛ばしながら眼光を向け。
「ノックしてから入れや…!」
「すまんな、これも革命と思え」
入って来たのはタヴだ。コートのポケットに手を突っ込みながら入ってくるなり、ジロジロと床で寝る俺を見て不思議そうに首を傾げ。
「何故床に倒れている」
「寝るんだよ、今からな」
俺は床の上で体を丸め、体を温める。するとタヴはベッドに腰をかけ。
「何故ベッドで寝ない、あるのだから使えばいい」
「俺はこっちのが好きなんだよ。これも革命だっつーの」
「そんなわけあるか、非常識だぞお前」
なんだこいつ……。
「つーか何しに来たんだよ、今から寝るんだよ俺は」
「お前、何故ああもステュクスに突っかかる。いつもなら相手もしないだろう」
「ああ?」
「彼は善良な人間だ。魔女とも関係が無く、ただ一念にて動く純粋な男だ、故に俺もカルさんも彼を尊重している。だがお前は何故か…不必要に噛みつきにかかる。それが気になった」
「バカバカしい」
俺は体を開いてそのまま手で枕を作り寝返りを打つ。何故ステュクスを尊重しないか?必要あるか?ないだろ、そんなの。
「俺はああいうの嫌いなんだよ」
「ほう、嫌いと来たか。理由は」
「如何にも恵まれてます、愛されて育ちましたって面して。オマケにリーダー気取りで提案だなんだと……内心で俺達を見下してんだよ、アイツは」
「被害妄想だな、それは」
「あのなぁ…」
俺はそのまま立ち上がり、タヴを怒りの視線で睨みつける。俺がキレて睨めばどんな奴もビビる、しかしタヴは恐れる事なく寧ろ見つめ返してくる。
「俺はそもそもの話を言えばな、ステュクスだけじゃねぇ。お前も嫌いだ、マヤもカルウェナンも全員嫌いだ」
「なら何故共にいる」
「俺が使ってやってんだよ!俺がな!テメェら利用してるんだ!用済みになったら全員始末してやるぜ」
「フッ、稚拙な理屈だな魔王よ。だが呆れ果てたぞ」
「ケッ、テメェになんて言われても知る事か」
「そうか」
タヴはムカつく奴だ。いつも俺を見透かしたように見る。今もそうだ、まるで俺の目ではなく、俺の内面を見ようとする。
そういう歩み寄ろうとする態度や、分かり合おうとする低次元な行いそのものが嫌いだ。人間なんてそもそも理解する事は出来ない。
この世で最も未知なのは、暗い洞窟の果てでも、永遠に続く海の底でもない。人の内面なんだ。
そこに踏み入って気になる。そういう連中が俺は唾棄する程に嫌いだ、だからこそ……ステュクスが嫌いなんだよ。
「孤高であろうとするのは結構だ。誰かに寄りかかる事なく立てるのは強い事だ」
「当たり前だ、俺は強い」
「だが敵はもっと強い。言っておくがコルロは既に五本指の上位に食い込む強さだろう、そもそもお前がアイツと前回張り合えたのはお前の存在が奴にとって想定外だったから。次からは対策を立てて、的確に攻めてくるぞ」
「関係ねー」
「そういう奴と戦い、勝ちを得るには。必要なんじゃないのか?仲間が」
「ハッ!仲間?仲間と来たかよ!で?お前仲間は?居ないだろ、全員死ぬか逃げただろ?アルカナはもうない。負けたからな、仲間がいてその体たらくの癖して何を偉そうに俺に説教垂れてんだよクソが」
何が仲間だ馬鹿馬鹿しい、友情パワーで大勝利ってか?そういうのをアホの極みってんだよ。そんな真似するくらいなら俺ぁハラワタ抉り出して死んでやるね。
隣に立ってる人間に仲間なんてラベル付けしたって所詮他人だろ、他人なんか信用できるか。
「耳が痛いな、だが俺にはまだいるぞ?心を通わせる仲間が…友が。お前にはいるか?」
「そもそも必要ねーんだよ」
「ならまずはそこからだな、精進しろよ。未熟な魔王、お前にはまだ…革命を起こさせるだけの物もない」
「テメェ喧嘩売りに来たのかよ!」
タヴはそのまま立ち上がり、歩み出し、部屋の外へと歩いていく。なんなんだこいつ、何がしたかったんだこいつ。
なんて俺がタヴの背中に吠えていると、タヴは足を止め。
「バシレウス」
「まだなんかあんのかよ!」
「王なら、背を見せろ。孤高であっても孤独であるな、お前は希望なんだろう…魔女に反感を示す全ての人類の」
そう言って、タヴは俺に背を見せ…肩越しに語る。魔女に反感を持つ全ての人類の希望?
「バァカ、ンなもんになるか。俺は俺だ、バシレウスの在り方はバシレウスの為だけにある」
「そうは見えんがな」
「おい!」
それだけ言い残しタヴは去っていく。アイツ、寝込み襲って殴りつけてやろうか…!
「ケッ!アホらしい馬鹿馬鹿しい」
ゴローンと床に寝転がり、俺は再び窓の外に目を向ける。
何が仲間だ、何が友だ。そういうのは雑魚や有象無象がやるもんだ…俺は最強だぞ、最強は一人だ。
そうだ…一人だけが、最強になれる。だから俺がいるんだ。
(…………俺は、一生一人でいなきゃダメなんだ)
誰かと一緒になる道を選ぶんなら、とっくの昔に俺は死ぬ道を選んでる。生きてるって事は…俺は一人で生きていく道を選んだって事なんだ、だから。
(嗚呼、だから……)
頭を抑え、耳を塞ぐ。分かってる、分かってる…しない。やらない。仲間なんか作らない、俺は人じゃない、怪物だ。
怪物は一人で生きていく。そういう生き物だ…だから。
『──────』
(黙ってくれ……)
耳の奥、頭の裏側から聞こえる声に必死に頼み込む。黙ってくれと…すぐに、示してみせるから。