719.魔女の弟子と『最強』と呼ばれる者
学問の街エーニアックに存在するディヴィジョンコンピュータ、それを狙って現れたモース大賊団、ジズの体を手に入れたウィーペラ。次々迫る魔人の脅威、それらを打ち払ったエリスの前に最後に立ち塞がったのは…彼ら全てを裏から操っていた存在。
百年前に裏社会の全てを牛耳っていた伝説の大犯罪者、三魔人の元祖とも言うべき存在『業魔』クユーサー・ジャハンナム。
またの名を…セフィラの一角『峻厳のゲブラー』。ダアトやバシレウスと同格の存在にして魔女排斥機関マレウス・マレフィカルム最強の使い手の一人が、エリスの前に現れたのだ。
その強さを一言で述べるなら『理不尽』というべきか。凄まじい魔力量、身体能力の高さもさることながらそれらが霞む程に奴の体は特異である。
不死身なんだ、かつて戦ったヴィーラントと同じ黒い樹木の体を持つ不死身の存在。戦闘経験がないにも関わらずただ不死身と言うだけであれだけの苦戦を強いられたヴィーラントに比べ、その上で更に圧倒的な戦闘能力を持つクユーサーは…正直言って手がつけられないレベルで強かった。
「ギャハハハハハ!オラオラオラオラッ!どうしたよ後輩共!魔女の弟子!これっぽっちかよォッ!!」
「クッ…!」
両腕を木の根に変え、それを鞭のようにしならせ音速で振るうクユーサーにより、エーニアック郊外にある大森林の木々は次々と引き裂かれる。その隙間を縫うように飛び、奴の攻撃から逃げるエリスは、舌を打つ。
「エリス!大丈夫でごすか!」
「なんとか!」
エリスは今、モースさん達と戦っている。モースさん、カイムさん、アスタロトにベリト。特にカイムとアスタロトは覚醒している実力者達。この四人でクユーサーの撃退を狙っている。しかし、それでもなおクユーサーは強かった。
「これが業魔か…!なるほど世界の半分を統べただけはある!」
「チッ、なんだあの体は…不死身か!?」
「姉さんアイツ壊しても壊してもキリがないよ!」
クユーサーの攻撃に対応出来ているのはカイムくらいなもので、あのアスタロトでさえ次々と迫る木の根による攻撃を捌くので手一杯、ベリトに至っては若干ついて来れていないまである。
この人数の覚醒者が合わさってもまるで揺るがないクユーサーの強さ。まるでラセツのような…いや、それ以上か!
「カイム!アスタロト!前面に!ベリトは道を作れ!」
瞬間、モースさんが叫ぶ…と同時にカイムさん達の動きが変わり。
「魔力覚醒!『魔至の炯眼』!」
「魔力覚醒『大太入道要崩し』!」
カイムとアスタロトが覚醒する、と同時に…。
「『大崩界』!!!」
ベリトが両手を開いて周囲の木の根を破壊する。ラグナ曰くベリトの使う錬金術は破壊特化型、どんな物質でも破壊し消し去る力があるとのこと。
その錬金術を用いてクユーサーが展開する黒い鞭を一瞬、空間から消滅させる。当然それも即座に再生するが…。
「『無尽』!」
「剛柔術『雷王手』!」
「チッ!」
木の根による制圧攻撃が無くなりー道が開いたことによりカイムとアスタロトがクユーサーに接近し、一撃を叩き込むことで再生を根本から断ち切る。
一瞬で行われた連携。モースさんの言葉とその意味を瞬時に理解し動く隊長達。これが山賊達の王の力、エリス達と戦った時は個別による各個撃破だったが…チーム戦だったら負けてたかもしれないと思わされるほど、凄まじいコンビネーションだ。
「雑魚がッ!!俺様相手に集るんじゃねぇよハエかお前らッッ!」
「グッ!?」
「まるで動きが鈍らないか!」
しかし、カイムとアスタロトでは止めきれない。腕を振り回し膨大な魔力を放ち爆裂させるクユーサーは二人を押し飛ばしあっという間に状況を元に戻し───。
「いいや、違うでごす」
「むっ!?」
しかし、吹き飛ばされたカイムとアスタロト、その二人と入れ替わるように前に出た影が…大きく手を引き…その手に真っ赤な魔力を集め。
「『鬼面山見舞い張り手』ッ!!」
「ぐぶふぉっ!?」
一撃、爆炎の如く迸る紅蓮の魔力と共に放たれた強烈な掌底がクユーサーの顔面に叩き込まれ、クユーサーの表情が変わる。
モースさんだ。古式武術の一つと数えられる『スモウ』の名手であるモースさんの一撃が無防備なクユーサーに叩き込まれた。カイムさんとアスタロトさんを近づけたのは牽制、本命はモースさんが警戒されず近づくための布石だったんだ。
山魔モースの得意とする距離は、超至近距離…土俵に立ったんだ、モースとクユーサーが!
「ッテメェやるもんじゃねぇか!ええ?モース・ベビーリアッ!」
クユーサーも即座にやり返す、メリケンサックのように木の根を拳に巻いて、そこから叩き込む一撃は凄まじい速さでモースさんに向かう、だが。
「ストリートスタイルのステゴロでごすな」
弾く、ビンタで拳を振り払い、そのままその手を掴みながら体全体でクユーサーの体を背負うように持ち上げ、掬い上げ……。
「『燠流風上手掬い』ッッ!!」
「ぐげぇっ!?」
そのまま全身を魔力噴射により加速させ頭から地面に叩きつけ、地面が揺れて粉砕され、地震が巻き起こる……いや。
(いや、モースさん強くなりすぎでは!?)
エリスはモースさんの戦いを見るのは初めてだ。だが話に聞くよりずっと強いぞ…あの時点のネレイドさんじゃどうやったって勝てないくらい強い。
いや、そうか。これが本調子なのか!
(モースさんはあの時点で過度な断食断酒で痩せこけていた…、スモウというあの戦闘スタイルはウエイトを過度に用いる戦い方。痩せこけていた頃よりも本調子を取り戻した今のモースさんのが強いのは当たり前か!)
あれが海の王者ジャック・リヴァイアに匹敵する陸の女王モース・ベビーリア、モースさんの正真正銘の強さ。、エリス達の知る彼女はカイムさん曰く『見ていられないほどに弱っている状態』だった、その本調子は八大同盟の盟主でさえ直接的な接触を避けるほど。
これがモースさんの本来の強さ、なるほど…三魔人の座は未だに揺らがないか。
「そら立てや先輩!あーしがそんなに怖いでごすか!」
「へっ…バカにすんじゃねぇよッ!」
しかし、投げられたクユーサーもまた魔人の一人、否…最強の魔人。地面に叩きつけられ体が裂けても即座に回復し飛び起きると共にモースさんの顎先を殴り飛ばしながらクルリと回転しながら起き上がる。
「グッ…!タフでごすなッ!」
「ナメんなよ、山賊風情がよッ!」
そして、そこから繰り出される怒涛の猛撃。モースさんの張り手とクユーサーの拳が正面から張り合う。近接戦闘の達人であるモースと張り合うクユーサー、セフィラと互角に渡り合うモース…双方共に想像を絶する程高等な近接戦を繰り広げる。
だが不利なのはモースさんだ。クユーサーはダメージを受けない…スタミナもない、あれと耐久戦を強いられている以上いつかは負ける。だから…エリスは!
「冥王乱舞ッ!」
「あ!ちょっと待て!」
「『薙打』!」
「だからちょっと待てってよーー!!」
その殴り合いの中に飛び込み、首目掛け蹴りを放てばクユーサーの首を切断され、頭が森の奥まで飛んでいく。首を失ったクユーサーの体はエリス達を認識する力を失い、ヨタヨタと手を回しており…。
「『煉獄大鵬張り手』っ!」
叩き込み、爆裂させる。何も出来なくなったクユーサーの体に張り手を打ち込み、更にそこから魔力を大砲のように放ち内側から爆裂四散させ消し去り、モースさんは鼻息荒く一呼吸置いて。
「ナメんなよ、今の時代を」
辺りに飛び散る黒い木片を目で追いながら、モースさんは肩を回しエリスの方を見て。
「……なんでごすか、こいつは。傷つけても秒で回復して、治癒魔術とは様子が違うように見えるでごすが」
「エリスもよく分かってません、けど…こいつらはマレフィカルム総帥の力で死なない体になってるみたいで…」
「またマレフィカルム、全くあそこは意味が分からんでごす…。しかもこいつ防壁を全く使わないで…」
使う意味がないんだ、だってあの再生能力だ。エリスもヴィーラントと戦った時…どれだけ高威力の魔術を叩き込んでも終ぞアイツを倒し切ることはできなかったから。
だから、奴の不死身を突破する方法をエリスは知らない。ましてやあのレベルの使いを不死身を突破して倒すなんて……。
「イテェな……」
「ッ…もう!?」
クユーサーの声が聞こえ、振り向くとそこには飛び散った木片が集まり、徐々に再生を始めているクユーサーの姿があった。と言っている間にその体の大部分が再生しており…。
「お前、どうやったら死ぬんでごすか」
「ああ?知らねぇな。俺様も俺様を殺せねぇし…そもそも俺様は死ぬ気もねぇから考えたこともねぇ」
そして、奴はゆらりと立ち上がり…首の関節を手で無理矢理整え、ギロリとこちらを見て。
「ンなことより、俺様ぁ今ブチギレてるぜ?いくら治るからっても痛いもんは痛いんだ。こっちが遊んでたら好き勝手しやがって…ガチで殺す」
クユーサーが拳を握る──────とエリスが認識した瞬間。
「ガハッ!?」
エリスの体は遥か彼方まで殴り飛ばされていた。目の前には折れた無数の木々、殴り飛ばされ木を貫通し吹き飛んだ痕跡…やられたんだ、クユーサーに。
さっきまでとまるで違う、出力も速度も威力も段違い。まさかあいつ…今まで加減して戦ってたのか!
「俺様をさぁ、どうやっても倒せねぇんだから…早々に諦めてりゃ『お遊び』で済ませてやったのに、ムキになるからこうなんだぜ?」
「ぐっ!」
そしてその奥から突っ込んでくるクユーサーの膝蹴りを受けエリスの口から血が漏れる。速い、いや速い上に重い!
「やめるでごす!」
「じゃかぁしいッッ!!『覇拳』ッ!」
咄嗟にモースさんが助けに入るがクユーサーが拳で大気を叩くと、不可視の巨拳が飛びモースさんでさえ耐え切れないほどの一撃が彼女を襲い、吹き飛ばす。
「貴様!」
「モースを傷つける事は許さない…!」
「だから雑魚が集るんじゃねぇよ」
迫るカイムさんの剣を肩で受け止め、敢えて食い込ませる事で拘束。同時に鋭い蹴りを放ち木に叩きつけ、掴みかかってきたアスタロトの手を正面から受け止め。
「『壊雷』!」
「がァッッ!?」
その手から電流を放ちながら殴り飛ばす。その動きは先程まで見せていた物とは違う…繊細になったわけでも技術を見せ始めたわけでもない。
ひたすらに強引、ひたすらに無理矢理、そしてひたすらに理不尽。防御を気にせず攻め、皆が防壁に割いている分の魔力を全て攻撃に回す徹底した攻め。
「トロトロノロノロ、チビチビコツコツ、テメェらのやり方見てると欠伸が出んだよッッ!!」
「ゴハッ…ヴッ…!」
そしてそのまま木の腕を伸ばしモースさんの頭を掴むと共に地面に叩きつけ、ひび割れる大地の上、倒れ伏すモースさんの上に立ちゲラゲラと笑うクユーサーを見ることしか出来ない。
まずい、何もかもが通じてない。何をどうすればこいつに勝てるんだ…。
(せめて、みんながいてくれたら…!)
せめて他の弟子達、デティやラグナ、アマルトさんやメルクさん達が居てくれたらもう少し勝負になるのに…。このままじゃモースさん達をむざむざ死なせるだけで終わらせてしまう。
(それだけは嫌だ…!)
だから立つ、モースさんはようやく娘の事で心配せず、存分に生きていけるようになったのだから、ライデン火山で死なずに今も生きているのだから、こんなところで死なせてたまるかとエリスは立ち上がり…。
「その足を退けろ!クユーサー!」
「言ったよなぁ!俺様はゲブラー!その名は捨てたってよォッ!!」
一気に冥王乱舞で加速しその顔面に拳を叩きつけようとするが…、クユーサーは不死身だから別に受けてもいいという傲慢を捨て、軽く片手で受け止める。
「ストリートスタイルで俺様に勝とうなんて百年早えンだよボケナスッ!」
「ぅガッ!?」
一閃、クユーサーの漆黒の拳がエリスの顔面を打ち抜き逆に弾き飛ばされ…。
「『爆惨』!」
握った拳が開かれると同時にエリスの周囲が突如として爆裂。森の一角を包むドーム状の白い光が周囲の木々を消し飛ばしエーニアック近郊の森にどでかいクレーターを作る。
そして、その中心にいたエリスは……。
「うっ…ゔぅ……」
「しょーもないなぁ、これで終わりか?おうゴルァ」
傷つき、膝を突き、赤熱した大地の上で肩で息をする。咄嗟に防壁で守ったけど…正直ダメージを抑えられた気がしない。
それに相変わらず読めない、奴の魔術が。まるで目の前で爆薬を破裂させられたような、そんな感じがした。
「お前、エリスだろ?孤独の魔女の弟子エリス」
「だから、なんですか」
そして、余裕綽々のクユーサーはポケットに手を突っ込み、クレーターの中に足を踏み入れ。
「ダアトから聞いてるぜ、お前あのダアトと張り合ったんだって?お前如きが?ありねぇだろ、なんかの間違いじゃねぇか?」
「ダアトが…?」
「おう、ライバルだって言ってたぜ」
そのままクユーサーはエリスの前に立ち、髪を掴んで持ち上げ、エリスの体をマジマジと見る。
「ヴぅ……」
「ダアトって言えばお前、俺様達セフィラの中でも頭一つ飛び抜けた怪物だぜ?文字通り最強って言ってもいい。俺様が喧嘩を避ける三人のうちの一人でもある…そんなアイツが、お前をそこまで高く評価する意味が分からねーな」
「ッ…ダアトは!エリスが倒します…!」
「ハッ、無理だろ。アイツの強さはウチでも折り紙付きだ…いや、ルードヴィヒが事実上の引退をした以上、下手すりゃアイツが今の人類最強ってこともあり得る。それとお前がライバル?大笑いだぜこりゃあよォッ!!」
「グッ!?」
そしてそのまま殴り抜かれれば、エリスの金髪がブチブチと引き抜け宙をまい、口から吐き出された血が辺りに飛び散る。
「ダアトの妄言か、或いは俺様がまだ見てない何かがあるのか…どっちだ?いや、わざわざ口で聞いてやる必要はないか」
「な、何を……」
倒れ伏し、必死に立ちあがろうとするエリスを尻目にクユーサーは踵を返し…。
「何をって、当初の目的を果たしに行く。エーニアックを跡形もなく消滅させる」
「消滅って…あそこは、ダアトの故郷ですよ!!」
「へぇ、そうなのか。って言ってやりたいがもう知ってる。だからなんだ?」
「ッ……!」
こいつ、マジでエーニアックを壊すつもりなのか。ダアトの故郷だぞ、仲間の故郷だぞ。あそこにはヒュパティアさんがいる…何より、何も悪いことをしてない人が大勢いる。
そこを一個人の感情と考えでぶっ壊す?消滅させる?許してなるものか…そんな暴虐!!
「させませんッ!そんな事ッ!!」
「お、やっぱり……」
手で地面を掴み、無理矢理起き上がると共に背中から黄金の炎を吹き出し…怒りのままにクユーサーに向かう。させない、傷つけさせない、是が非でも!何がなんでも!!
「王星乱舞!!」
ラセツとの戦いの中で、磨き、研ぎ澄ました一撃。トラヴィスさんのところで学んだ複数の手札を重ねて新たな切り札にする手法を基に作り上げだエリスの必殺技。
魔力覚醒使用時にのみ使える大技『旋風雷響一脚』…莫大な瞬間火力を持つが、同時に一度受け止められるとそこからが弱いという弱点を抱える。
冥王乱舞使用時にのみ使える大技『冥王乱舞・流彗』…相手の防御の上からでも貫ける威力を持つが、一度空に飛び上がり加速しなければ使えない弱点を抱える。
この二つがエリスの今の必殺技。これらを重ねて…新たに作り上げる、エリスの新技、その名も!
「『流彗一脚』ッ!!」
「おぉっ!?」
黄金の輝きにより一瞬でトップスピードに至り、そこから更に記憶の中から作り上げた魔術達を爆裂させ推進力に変えつつ相手に突っ込む。雷響一脚にはない貫通能力、流彗にはない瞬発力を併せ持つ黄金の槍の如き飛び蹴りが一気にクユーサーに迫り…………。
「やっぱり、お前は何かが傷つけられる時に力を発揮するタイプだな」
「なッ……!?」
が、しかし。受け止められる…しかも片手で。今までどんな攻撃を喰らってもすぐに砕け再生していたクユーサーの体は、砕ける事なくその腕で軽々とエリスの足を受け止め…微動だにしない。
まさか、これがこいつ本来の耐久性能?嘘だろ。エリスの渾身の一撃を受けても傷一つつかないレベルなんて…そんな……。
「そして、そう言うタイプは…力の差を見せつけてへし折ってやるのが、一番効率がいいんだよなァッ!!」
「キャッ!?」
そのままクユーサーはエリスを投げ飛ばし…右手を広げ、左手を広げ、両足で踏ん張り、凄まじい量の魔力を全身から激らせる。
「『獄門之一技』……!」
その手から滲み出る魔力が、血よりも紅い魔力がエリスを狙い、そして……。
「『業魔神環』ッ!!」
瞬間、クユーサーの魔力が変質する。それは奴が使う魔術のように魔力の色が変ずる…いや、あの魔力の動き…見たことがある。
見覚えのある魔力変質により作り上げられた膨大なエネルギー。それを両腕が吹き飛ぶ程の勢いでエリスに向けて放ち、何もかもを消し飛ばそうと光を放ち…エリスに迫る。
(……通じないのか、エリスじゃ……)
ナヴァグラハの言葉が突き刺さる。まただ、また勝てない…第三段階の達人には敵わない。バシレウスにもダアトにもラセツにもこいつにも…エリスは勝てない。
そうやって、負けて…全部失うのか…エリスは。弱いから、全部…全部。
(クソッ……!)
悔しさに涙を滲ませる。そうしている間にも光が迫り、近づき、エリスの体を包み、エリスはただ、流れる涙を振り払うように目を閉じて──。
「エリス様!?」
「え!?」
ふと、目を開けると…エリスは平原で寝転がっていた。そんなエリスを見下ろす顔は…。
「な、何があったんだ!?エリス!」
「エリス様!大丈夫でございますか!?」
「エリスちゃんまた怪我したの!?!?!?」
「みんな…!?…あ!」
ラグナだ、メグさんだ、デティだ。みんながいる…そうだ。
(そうか!時界門か!)
全てを察する。転移したんだ、あの瞬間エリスは。時間が来たらメグさんに時界門で無理矢理転移してもらうよう頼んでいた時間がギリギリで来たんだ…それでエリスは攻撃を受ける前に転移して……。
(またか……)
エリスはぐったりと倒れる。またか、またギリギリ助かった…エリスはいつもそうだ、負けそうになると、死にそうになると、誰かに助けられる。モースさんの時もそう、エリスはいつも誰かに助けられる…寸前で助けられる。
みんなエリスを強いという、けど実際はそうじゃない。ただ運良く、友達が助けてくれるだけ…いつも、いつも助けられてばかり。
こんなんで…エリスは果たして、第三段階になんかいけるのか?セフィラ達に…勝てるのか?
「エリス!誰にやられた!?エーニアックで何があったんだ!」
「まさか敵がいたの…!?」
「エリス!エリス!!」
薄れる意識、みんなの心配する顔が見える。今はただそれが申し訳なかった…弱くてごめん、頼りなくてごめん。
エリスがもっと強ければ…守りたいものも守れるくらい、強ければ…………。
………………………………………………………
「あ?どこ行った?」
エーニアック近郊の森で、クユーサーは首を傾げる。トドメの一撃をエリスに放った瞬間、エリスの姿が消えたんだ。
消し飛んだ、って具合じゃない。本当に一瞬で消えた…だがあれを回避できる急加速を行える体力はアイツにはもうないはず。
「なんだ?ったくよぉ…仕留められると思ったのに」
なんかギリギリで仕留め損なった気がする。折角ダアトのライバルを殺せると思ったのに…だから態々禁じられている『姿を見せ名を名乗る』なんで行為までしたのに。これじゃ不完全燃焼にも程がある。
(チッ、こんな胸糞悪い仕事任されて…楽しくなりそうだったってのに)
俺様は今、非常に不愉快な気分だ。俺様がここに来たのはコルロの指示だ…だが俺様はコルロの部下じゃない、ただレナトゥスに頼まれてアイツの見張りをしているだけ。一時的にヴァニタス・ヴァニタートゥムに力を貸しているだけ。
だというのにそれをいいことにコルロは俺様をこき使う。まぁ…見張りはオフィーリアがしてるからいいんだけどよぉ、でもこのクユーサー様が…あんな奴にいいように使われるなんて。
「まぁいいか」
思考を切り替える。まぁいいんだ、あいつがどこに行ったにせよ、何処に向かったにせよ、関係ない。やることは一つだ。
「ハハハハハ、んじゃあまぁ心置きなくエーニアックを火の海にさせてもらいますかねェ」
エリスが消えた以上、エーニアックは滅ぼす。そこに変わりはない、故にクユーサーはポケットに手を入れ、再び歩き出した…その時だった。
「誰が」
「え?」
ふと、自分以外の声が響く。だがこの場に自分以外の気配は感じない。モースは倒したしエリスもいないし、他に動ける奴なんかいるはずがない、いや待て、気配を感じない?
「何処の街を」
「まさか……」
慌てて振り向く、気配を感じないが声は聞こえる、つまりこれは…。
「焼くって?」
「ダアトォッ!!??げぶぇっ!?」
振り向いた瞬間、漆黒の矢が胴体を射抜き、同時に後方へ押し飛ばされるように飛翔し、木々を薙ぎ倒し転がる。
「ぐっ…げぇ…やばぁ…!」
焦る、穴の空いた胴体を触りながら俺様はしこたま焦る。まずいことになった、やばいことになった。稼がれてしまった、エリス達によって奴がここに来るまでの時間を。
俺は視線を動かし、先程まで俺が立ってた場所に目を向けると…そこに立っているのは。
漆黒の外套、漆黒の髪、赤い瞳、銀の錫杖…身から沸る激怒の炎。
来てしまった、俺様と同じセフィラの一角『知識』のダアトが。
「久しぶりですね、一年ぶりくらいですか。ゲブラー」
「よ、よう…また強くなったか、小娘よォ」
「関係ないでしょ貴方には、とっくの昔に私の方が強いんだから」
相変わらず生意気な女だが、まずい。
「ええ、まずいですね」
こいつは思考も未来も読める…。
「読めるんじゃなくて識ってるんです」
俺様の目的も、立場も、分かってる。
「貴方がコルロに与してる事も、総帥を裏切ろうとしてる事も、私の故郷を焼こうとしている事も分かってます」
だから……。
「逃げられませんよ」
(まずい、今一番会いたくない奴が来るだけの時間を作ってしまった)
本当ならもっと早く終わる予定だった。俺様が動けばダアトが動く、そこは分かっていた、だが予想以上にエリスが粘りやがった。ダアトがここまで飛んでくるだけの時間を作ってしまった。
ダアトが相手じゃイキがるだけの余裕もない。こうなった以上エーニアックに手出しは出来ない、最悪コルロ側の連中も全員殺される。そいつはまずい、大失態だ。
しゃあねぇ、逃げるしかないか…!癪に障るが!
「チッ!テメェとやる程バカじゃねぇんだよ俺様は!あばよ!『獄炎』!」
手元に魔力を集め一気に目の前を炎で覆い、急速反転。後方に向けて走り出したその時だった。
「ゔがっ!?なんだこれ!?」
一歩踏み出した瞬間。俺は体に何かが絡みつくのを感じ足を止める。これは…魔力糸?魔術で作り出した糸だ、そいつが体に絡んで身動きが取れなくなってる!
そこかしこの木々に引っかかった魔力糸が、俺の体に引っかかり、まるで蜘蛛の巣のように動く。いつの間にこんな物……。
「最初からです、ここに行くのが分かっていたので…仕掛けておきました」
「がばっ!?」
まるで俺様がそこで足を止めると分かっていたかのように、ダアトは背後から俺様を蹴り抜き、再び吹き飛ばす。
「ぐっ!ッザケやがって!」
吹き飛ばされながらも手を木の根に変え、大地を突き刺し受け身を取ろうとした瞬間。
「あれ!?」
木の根が突き刺さった地面が、ズルリと形を失う。違う、泥だ、丁度俺様が木の根で突き刺したところだけが泥のようになっていて俺様の体を支えられなかったんだ。受け身を取り損ねた!バランスが崩れ──。
まさか、これもダアトか!
「ご明察」
「ギッ!?」
いつのまにか目の前に迫っていたダアトの蹴りが俺様の頭を蹴り抜き、再び俺様は地面を転がる事になる。
やばい、手も足も出ねぇ!マジで逃げないと……!
「ヴッ!?」
咄嗟に起きあがろうと地面を手で押した瞬間、俺様はバランスを崩す。丁度手をついたところだけ、地面が掘り返してあり、想像してた場所に地面がなかったせいで上手く立ち上がれなかっ──。
「剛の型・爆裂ッッ!」
「ぁがっっ!?」
そしてそのまま頭上から飛んできたダアトが俺様の体を射抜くような蹴りを放ち、魔力衝撃により俺様の体が爆散する。と言っても直ぐに爆散した体は元に戻るが……。
(嘘だろ、俺様が抵抗どころか…立ち上がることすら許されねぇかよ)
次に何をするか、と言う段階を超えて。この戦いで俺様がどう動くかを正確に把握している。戦う…と言う段階にすらなりやしない。
ただ、ダアトによってひたすらにすり潰され続ける。
(ゔっ………)
俺様は再生した体で、周囲を見る。ここは森だ、薄暗い森だ…逃げ道は無数にあるように見えて。
(全部塞がれてる…!)
ダメだ、右も左も後ろも前も上も下も全部ダアトに塞がれている。何処に逃げてもダアトの追撃が来るイメージしか湧かねぇ。よくよく観察するとあちこちに仕掛けのようなものが見えるんだ…けど恐らく、俺様がこの仕掛けを見つけるのも織り込み済み。
何をしても無駄、何処に行っても無駄。これが…これこそが。
(マレフィカルム最強の女……。同じセフィラでもここまで差がついてるかよ)
レナトゥスが『ダアトは強い、と言うよりズルい』と称した理由がよくわかる。これはもうズルだ、反則の領域だ。
「私が、マレフィカルムに加入する時。エーニアックにだけは…絶対に手を出さない、と言う盟約を総帥と交わしていました」
「ッッ……」
「もし、手を出した場合。手を出した存在は…私が跡形もなく撃滅する。そう言う約束がされてるんですよ。ゲブラー」
ダアトがゆっくりと俺様の前に立つ。そして静かに膝を曲げ倒れる俺様に視線を向け、しかし。
「クックックッ…撃滅、撃滅ね。なるほどなるほど」
「…………」
「やってみろよ、撃滅とやらをよ。俺様に…出来るならな」
しかし、こいつは俺様を滅ぼすことなど出来ない。何故なら俺様は不死身だからだ、こいつがいくら俺様を痛めつけてもそれは一時的。長い目で見りゃあまぁこの状況もなんとかなる、こいつのスタミナだって無限じゃない。
「確かに、貴方は不死身です。ここで貴方を殺してハイ手打ち…とは行きません」
「だろう?だから……」
「なので」
だから無駄だ、そう言おうとした瞬間、ダアトは近くの切り株に…少し大きめの砂時計を置く。
「この砂時計の砂が落ち切るまでの間。私は貴方を徹底的に痛めつけます、全力でやります。徹底的に…と、その文字通り」
「は?」
「この砂が落ち切るまでに、分からせてあげます。どっちが上で…私を怒らせるとどうなるかを」
そう言うなり、ダアトは砂時計をひっくり返し──。
「ガバァッ!?」
瞬間、俺様の顔面が爆発四散する。信じられない速度で飛んできた拳骨が一撃で脳髄を吹き飛ばしたのだ。
「同僚とは言え、超えてはいけないラインというのがあります。貴方はそれを超えたんです」
「ぐぎゃぁぁあああ!!!」
「ああ、しっかり耐えてください。砂が落ち切ったら、見逃してあげますから」
叩き込まれる拳が体を砕く。砕いた上で更に痛覚情報を叩き込みありとあらゆる痛みを全身に拡散する。瞬く間に俺様の体は人の形を失いそれでも行われる地獄の拷問になす術がない。
クソが、これ砂が落ち切るまで続くのか…もうちょい小さい砂時計にしろよ。マジで……。
………………………………………
「それで、エーニアックに…『峻厳』のゲブラー…セフィラがいたんです」
「マジかよ……」
エリスが目を覚ました時、既に十数分が経っており。傷の治療を受けたエリスはみんなが移動に使っていたラセツの車の中にて、エーニアックで何があったかを話していた。
エリスの話を聞いて、ラグナは怒り、デティは顔を歪め、メルクさんは信じられんと首を振り、アマルトさんは自分のことのように憤慨してくれて、ネレイドさんは静かに話を聞き、ナリアさんは口を覆っていた。
まさかエーニアックにセフィラがいたなんて…と。
そんな中、いつもとは違う…もう一人の旅の仲間が口を開く。
「そいつぁあれやろ、『業魔』クユーサー・ジャハンナム…セフィラの中でも指折りの荒くれもんやな」
「クユーサー?そういやそんな話ジャックがしてたような…ってか、随分詳しいなラセツ」
「そらお前、オレってばマレフィカルムやし。いや今は元か」
ラセツだ、本名はラヴィベル・セステルティウス。かつてパラベラムにて最強を張っていた使い手が口を開く。かつてつけていた仮面は既に壊れ、鋭い眼光と牙だらけの口に高い鼻、そして赤茶の長髪を乱雑に流すその顔を晒している。
まぁ、口を開くとただの陽気な男でしかないんだが…彼は元々マレフィカルムの中枢にいた男だ。セフィラの事情にも詳しい…とは言え今はマーキュリーズ・ギルドの一社員、つまりエリス達の味方だが。
「しっかし意外やわ。まさかクユーサーが動くなんてなぁ…アイツは総帥のオキニや、戦力的にも影響力的にもよっぽどのことがない限り動かんはずやが……なんでエーニアックなんてドマイナーな街を狙ってんのや?」
「本人曰くディヴィジョンコンピュータが狙いのようです」
「へ?でべぞん?なんやそれ」
「マジかよ!じゃあエーニアックが危ないんじゃ───」
そうラグナが立ちあがろうとした瞬間…。
「いえ、その心配はありません」
車の外から現れるのはメグさんだ。エリスが眠っている間にエーニアックの様子を見に行っていた彼女は…静かに首を振り。
「今見てきたところ、エーニアックに危害は加えられていませんでした。恐らくなんらかの影響によりエリス様を襲った存在は退却したものと思われます」
「え?クユーサーいないんですか?」
「はい、街には既にモース様達も居ましたが、一向に来る気配がないと」
おかしいな、エリスがいなくなった以上奴は嬉々としてエーニアックを襲うはずなのに。だってエリスが気絶して十分以上経ってるんだぞ、あいつなら一分もあればエーニアックを粉々にできるはずなのに。
退却した?モースさん達が頑張ったのか?
「モースさん達がやったんですか?」
「いえ、違うようです。傷ついたモース様達は街で迎撃の姿勢をとっていましたが…来る気配がないと」
「じゃあ本当になんで……」
「それと、もう一つ…モース様から伝言です」
「え?なんです?」
「『ちょっと助けに行くのは無理そうでごす』とのことです」
ああ、一緒にタロスで戦ってほしい…って話のか。そりゃ無理だろう、メグさん曰くポーションを渡してきてくれたらしいが、それでも戦いの疲労もある。彼女達には助けられたから無理には来いとは言えない。
本当は助けて欲しかったが…とは言え、無事ならよかった。
にしても…なんでエーニアックからクユーサーは退却したんだ?
…………………………………………………
(全く、久々に休みを取って実家に帰ってみたら、厄介な事になって……)
ダアトは上着を脱ぎ、拳を奮ってゲブラーを叩き潰しつつ、考える。
総帥から、少しの間組織とは関係のない単独行動を許され、『やるべき事』を色々済ませていたところで、不意に察知したゲブラーによるエーニアック侵攻。
慌てて来てみれば何故かいるエリスさんが街を守って戦ってくれていた。彼女がいなければ街はゲブラーによって破壊されていたでしょう。
全く、敵であるエリスさんが私の街を守り、本来味方であるゲブラーが街を壊そうとするとは。やめたくなりますよ、マレフィカルムを。
(にしても、何故この街が巻き込まれた……)
恐らくゲブラーはコルロからこの街にあるディヴィジョンコンピュータの事を聞いていたんだろう。多分目的は奪取ではなく破壊、あれはレーヴァテイン姫でなければ使う事もできない旧時代の遺物。
その性能的にコルロは欲しがるだろうとは思っていたが、コルロだってあれが使えない物であることは分かっていたはず。だから多分、邪魔されないよう破壊をゲブラーに頼んだのだろう。
そこはまでは分かるが…。
(相変わらず読めない、エリスさんの動きが)
エリスさんがあそこにいた理由が全く分からない。放浪を好み何処で何をするか分からないと言うエリスさん元来の気質と、識確で動きを読めないという性質が合わさりエリスさんの行動が全く予想できない。
本当に…本当に……。
(あの子は私を楽しませてくれる…)
今回の一件、完全にエリスさんに貸しが出来た。帝国で助けられた件をサイディリアルで返したばかりだと言うのに。
けど彼女はこれを貸しとは思っていないだろう。そう言う面も含めて好感が持てる。
だが……。
(もう直ぐ、魔蝕が始まる。ガオケレナ総帥がシリウスとして羽化する日も近い)
今年の暮れ頃にその日はやってくる。きっとエリスさんもそれを把握してる。だったらきっと…そこらで決着の日が来るだろう。
彼女とケリをつける日が……。
………………………………………………
それから一時間後。砂が落ち切り、ダアトは脱いだコートを肩に背負い…背を向ける。
「では失礼します、次エーニアックに手を出したら次は肉片を全部瓶に詰めてテトラヴィブロスに沈めるんでそのつもりで〜」
返事はない、返事をする為の肺も口も何も形が残っていないから。彼は賢い男だ、プライドも高い男だ。これだけやればもう手出しはしないだろう。
故に私は立ち去り、エーニアックへ向かう。
(エーニアック、変わりはないか)
森を抜ければ、エーニアックが見えてくる。両親が死んで一人になった私を受け入れてくれた街。私の幼少期を過ごした街…と言っても、過ごしたのは数年だけだが。
それでも、私にとっては大事な故郷だ……。
「うん……よし」
遠目から街を見て、私は満足して踵を返す。エーニアックには入らない、ましてやあの人にも会わない。ただ…大仕事を前に、最後に故郷の様子を見たかっただけだ。
私はきっともう二度とここには戻ってこないから、せめて…見たかった。私は体質的に一度見たものは決して忘れない、だがそれはそれとして…肉眼で再確認したいものはある。
それが済んだから、もうよしとするのだ……だから。
「おい、君……もしかして」
「ッッ!?」
ふと、足を止める。呼び止められて、足を止める。声の主は…駆け足になりながらこっちに走って来て。
「やっぱり、君か!ノーレッジ!」
「ヒュパティアさん……」
振り向くとそこには、記憶にあるより、少しだけ老けた……私にとっての第二の母親が立っていた。しかしおかしいぞ、私が見た未来ではヒュパティアさんはここには来ないはず。
なのに何故今彼女はここに……。
(嗚呼、そうか…全く。読めないな、彼女は)
エリスだ、エリスがこの街にいたから…私の予測が破壊されたのだ。全く…彼女がめちゃくちゃにしてくれたおかげで、私の予定もめちゃくちゃだ。
「帰ってくるなら、帰ってくるって連絡くらい寄越せばいいのに」
「すみません…ただ、近くを立ち寄っただけで…」
「そっか、ならお茶くらい飲んで行く時間はあるかい?君の近況を聞きたい」
「……いいんですか?いつものように研究に没頭しなくても。貴方にとって研究が一番──」
その瞬間、ヒュパティアさんが…私の手を握り。
「一番大切な物は何か。説明しなきゃいけないくらい疎い子じゃないだろう?ノーレッジ」
「……すみません」
「帰ろうか、元気でやれてるか。聞かせてくれ」
「健康には気を付けてます」
「結構、私の教えは守っているようだね」
ヒュパティアさんは私の手を握って、引っ張るように家に帰る。私の幼少期を過ごしたあの家に…私の家に。
本当はこのまま、タロスに直行するつもりだったんだが、これは二、三日解放してくれないかな。
まぁ…いいか。今は。
「そう言えばさっきまで私の家に客人が来てたんだよ」
「分かってますよ、エリスさんですよね」
「おや?知り合いかい?」
「ええ、まぁ…一応」
「面白い子だったよ、まぁ君のほうが面白いけど」
「ふふふ、絶妙に悪口な気がします」
「あはは、そうかな?」
人には誰しも、母がいる。母とはただ、その血の繋がりを表す言葉ではない、子供とはただ、その血の繋がりを意味する言葉ではない。
『愛してる』と言わずとも、母になれる。
『抱きしめて』と言わずとも、子になれる。
人は人と繋がるからこそ、親子足り得るのだ。