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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
二十章 天を裂く魔王、死を穿つ星魔剣
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718.魔女の弟子エリスと過去を見る少女


「無理だ」


ジズと戦った翌日、エリスはポツリと呟いた。


「ん?何がでごすか?」


時刻は朝、エリスは夜通し部屋の隅っこに座り瞑想を続けており、心配した様子のモースさんがヒュパティアさんとエリスのために取ってきた魚を焼きながら、そう聞いてくる。


内容は、エリスの呟き、つまり無理だと言う事。


「瞑想を続けて、識の強化を考えてましたが…昨日一日続けて無理だと気が付きました」


「ほう、あーしはその辺よく分からんでごすが、あれでごすよね。ダアトの」


一応ダアトと面識のあるモースさんが腕を組みながら椅子に座りそう聞いてくれる。


無理だと気がついた、昨日一日瞑想をして得られたのは『このやり方は間違っている』と言う事。確かに瞑想をすれば見える物も増えるし、いつも以上に識の力を使えた。けどそれは単にエリスが識の力を意識して使うようにしていただけで、別にこの力が拡張しているわけではない。


瞑想により、更に上の段階に行くのは無理だ。


「まぁ無理だろうね」


「え?」


そんな中、本を読みながら食事をしているヒュパティアさんがチラリとコチラを見て。


「瞑想をして何してるのかと思えば、君は識について考えてたんじゃ無くて識そのものを強化しようとしていたんだね」


「そうです」


「じゃあ無理だ、識はそういう物じゃないからね。そもそも識確って個人で完結する物じゃないから瞑想みたいな自己完結の極みのような方法じゃ強化出来ない。やるなら意識は対外的に向けて、知識を収集する必要がある」


「つまり……」


「勉強だよ、知識を高められるのは勉強だけだ。部屋の隅で丸まっていても賢くはならないだろう?」


なるほど、確かに言われてみればその通り。部屋の隅で座っていても何も得られない。得られるのは自己の見直しだけ、なるほどなるほど。確かにその通り、ヒュパティアさんの言う通りだ…って!


「ならなんでそれ昨日言ってくれなかったんですか!?」


「え?聞かれなかったし」


「う……」


この人、マジで研究以外に興味がない人なんだな。同居人にも興味が全く向いてない。


「なんかお前、ダアトみたいな奴でごすな」


「ダアト?誰だい?」


「あーしを騙した賢ぶった嫌な奴でごす」


「ふーん、まぁそれが誰かは知らないけどさ。識確を鍛えたいなら方法は一つ、経験して学び、本を読み学び、考え学び、学び学ぶ。これ以外に方法はないと私は推察している、だから瞑想なんかやめて勉強しなさい」


「分かりました、それが一番ですね」


でも瞑想によって得られた物もあった。目を閉じ世界を広げる感覚、あれはきっと今後何かに使えるはずだ。魔力や五感に頼らない察知方法…これもしかしたらダアトの存在察知に使えるんじゃないだろうか。


(今度会ったらこれであいつの鼻を明かしてやろう)


そう考えてエリスは取り敢えずモースさんが持ってきた焼き魚を頭から頬張る。魚を食べると頭が良くなるって言うし、もしかしたら魚食べまくれば識が鍛えられたりして。


「もしゃもしゃ」


「ところでエリス、あれどうするでごす?」


モースさんはついついと部屋隅に置かれた水瓶を指差す。まあつまり…。


「ゴボゴボ……」


ジズ、いやウィーペラの首が沈められた水瓶だ。あれから一晩ずっと騒いでたようだがまぁ静かだったよ、水瓶のおかげでね。


「メグさんが今日の昼に迎えにきます。その時あの水瓶ごと移送します」


「いや、あの水瓶。この家のもんじゃないでごすか?」


「む……」


「いやいいよ、持ってっても」


「いいんですか?」


「うん、人形でも生首の沈んだ水瓶とかもう使いたくないし」


「う、そこはすみません」


申し訳ないことをした、これなら地面か何かに埋めておけばよかったか。失敗だった、軽率過ぎた。


「よし、ご馳走様」


「ああ、洗い物はやっておくでごすよ」


「ありがとうございます、なら……」


よし、識の特訓だ。瞑想はダメだから勉強を……いや。


「あの、ヒュパティアさん」


「ん?」


「識確を鍛える方法で一番効率がいいのは、なんでしょうか」


この人は聞かれないと答えてくれない。いやまぁ察してほしいと言うわけではないが、何か有用な情報を持っていてもそれを引き出すアクションをしないと言ってくれないから。一応聞いてみる。すると……。


「そうだねぇ、今更計算問題を解いてとか語学の練習をしてとか、そう言うような事をしても意味がないだろうしね。哲学の領域に入ってみればいいんじゃないかな?」


「哲学?」


「妄想遊びさ」


するとヒュパティアさんは顎に手を置き、そのまま肘を机につけ頬杖の姿勢をとると…。


「とりあえず差し当たって本を読んでみればいい。本は他者が見る世界を、覗き込むことが出来る窓みたいなものだからね。他人の見聞を得るには本を読むのが一番さ」


「本……」


本、本か。現状エリスが持ってる、かつ読んでいない本は一冊しかないな。


「たとえば、これとかどうでしょうか」


「ん?ああ、ノーレッジの」


取り出したのは、識確白書。ナヴァグラハが書いた本…その写しだ。トラヴィスさんがくれて、それでそのまま読まずに取っておいたそれをポーチから取り出す。

これを書いたのはクライン・ノーレッジ。ヒュパティアさんの知り合いであり、恐らくダアトのお祖父さんと思われる人物。

ぶっちゃけて言うとこれ読むの怖いんだ。ナヴァグラハは何もかもお見通しで、エリスがこれを読むことさえ計算済みなのだとしたら、これを読んだ瞬間エリスはあいつの掌の上に転げ落ちてしまう気がして…。


だから今まで読んでこなかった、けど。


(識確魔術の使い手は、識確による予測を無効化できる……なら)


エリスが昔識確白書を読んだ時は、まだ完全に識確魔術を扱えるわけではなかった。だから今の使える状態なら、ナヴァグラハの予知さえも無効化できるんじゃないか?

それは前回の戦い、デキマティオとの戦いが良い例だ。あいつはエリスの未来を見えていなかったから…だから。


「いいんじゃないか?勉強になると思うよ」


「分かりました……では」


ヒュパティアさんもこう言ってるし、今の識確魔術を使えるようになったエリスなら、いけるはず。


そう思い、エリスは一ページを開き───────。










「え?」


パッと目を開くと、エリスは不可思議な空間にいた。視線を下に向けると…手には握られていたはずの本は無く、お尻の下には椅子はない。エリスは緑の運河が如き草原と、無限に流れる白雲の間の世界に立っていた。


つまり、一面に広がる草原に立ち尽くしていたんだ。


「やったなこれ」


顔を手で覆う、やったなこれ。確実にナヴァグラハの影響を受けた、あの本を開いた瞬間ここに移動したんだ。だが転移じゃない、恐らくここは精神世界とかそう言う奴だろう。


(本を開いた瞬間、こんな所に来てしまうなんて…。ナヴァグラハが作り出した世界か?識確魔術使いが本を開いたらこの世界に意識が引き摺り込まれるとか、そう言うやつか?)


理屈は分からないがなんとなく予想は出来る。そして、こんな何もない世界に意識が飛ばされた以上…絶対出るだろ、あいつ。


「お前のせいでしょう、ナヴァグラハ」


「おや、君も未来予測が使えるようになったのかな?」


風が吹く。一陣の風が草を舞い上げたその一瞬の間に、そいつは現れる。生命力に満ち溢れた大樹の如く畝る金の長髪、鋼の如く鍛え上げられた筋骨隆々の体の上から白い法衣を着てこちらを見下ろす巨漢。


高い鼻、鋭い瞳、浮かべるアルカイックスマイル。さながら神の如き様相を持ったその男は…ディヴィジョンコンピュータから溢れた光で見たことがある。


ナヴァグラハ・アカモート、天地黎明を解き明かした哲学者にして羅睺十悪星の筆頭たる男だ。


「こうして一対一で会うのは初めてかな」


「分かるんですか?」


「君の識を読み込んでいるからね、君の中の認識が私を知っている物と言っている」


「この状況について説明は?」


「……あの本の中には君の識確を刺激する文言が込められている。識確魔術の心があるものが読むとこの空間が形成されるようになっていて…、って君随分落ち着いてるね」


「もう慣れましたよ、半分覚悟してたし」


エリスは魔術で溶岩を作り、それに水をかけ固めつつ椅子を作り。手でナヴァグラハに続けて続けてと手で述べる。慣れてんだよお前にはもう、どうせあれでしょ、また主題を仄めかすだけの曖昧な会話だけするんでしょ。分かってんですよ。


「ほら言うこと言ってください、こんな空間を作ってエリスを招いたんだから何か用があるんですよね」


「いや…まぁ、だがこの空間を作ったのは私じゃないよ?」


「え?じゃあ誰ですか?」


「君さ、ここは君の魂の中にある内象世界。所謂臨界覚醒の際に表出する内側の景色さ」


「え!?ここがエリスの臨界覚醒の中身!?」


エリスは咄嗟に立ち上がって周りを見る…けど、見えるのは平原ばかり。師匠の臨界覚醒はもっとこう、荒々しかったのに…。


「何にもないですけど」


「まだね、君がこれから強くなり、答えを知るごとにこの世界は色を増やし、形を得ていく。だが第二段階の状態でここまではっきりした世界が形成されるのもまた珍しい、本来は私の書斎に招くつもりだったが、この私が逆に引き込まれてしまったよ」


ナヴァグラハはエリスの隣に立ち、共に世界を見る。ここが、エリスの臨界覚醒の内部……そうか、エリスが瞑想で見ようとした魂の内側、知識の内側…その最奥にあるのはここなんだ。


ここが、エリスが至ろうとした識確の根源……。


「……ナヴァグラハ、貴方は今…どう言う状態なんですか」


「幽霊みたいな物だと考えてくれ、君があの本を開くことで私は生み出され、本を開いた人間と対話することができるようにしてあるのさ」


「………それって、エリスの為に?」


「さぁ、どうだろうね」


この本を、識確の才能がある奴が開いたら…読んだら、ナヴァグラハと対話できるようになっている、か……。


エリスはナヴァグラハと向かい合い、その目を睨むと…彼はにっこりと微笑み、敵意のかけらも見せない。相変わらずこいつは本当に読めない、電脳世界のシリウスはまだ分かる、あれは狂う前だから、だがこいつは…どうなんだ?


真意がどこにあるのかまるで分からない。本人曰く、敵味方の範疇を超えた所にいるらしいが…エリスからすりゃ普通に敵だよ。


「そんな目で見ないでくれ。君は私の後に続く者…君は第二のナヴァグラハであり、私は第一のエリスなのだから」


「エリスが第二の?なら…ダアトはどうなんですか?」


「彼女か、二つ目の名前で呼ぶとは…ややこしいね」


「お前の弟子ですよ、あれこそお前の後に続く者でしょう」


「嗚呼そうだ、あれは私の弟子だ。だがニュアンスが違う、ダアトは私の弟子であり私の座を継ぐ者。君は私の後に続く者だが私とは違う存在だろう」


「理屈が分かりませんね」


するとナヴァグラハは数歩、踏み出し。虚空から椅子を取り出すと……。


「要はアプローチの違い。『英雄』に対するアプローチさ、私は対面で、君は隣で。そう運命付けられている、ダアトは私に倣い英雄と対面する、君は隣に立つ。大いなる厄災の時には試せなかった試みだ」


「英雄…ラグナですか?」


「その通り。とは言えまだ確定ではないがね?ラグナ君と英雄の座を争う者が居る、世界には同時に一人の英雄しか存在できない…一人が成ったら、もう一人は英雄の力を失う。現状はラグナ君が全てを持っているから…もう一人は零だがね」


「ラグナの他に英雄になり得る存在がいると?」


「英雄は精子さ、誰もが経験し、誰もが忘れている胎内の熾烈な競争…それに勝ち、命を獲得出来るのは一つだけ。つまり英雄とは一人ではなく、複数人で争う者達を指す…必然、彼以外にもいる。まぁ今一番先頭を走っているのはラグナ君だがね?多くの人間はその権利を持っていることすら知らずに平穏に生きる」


ならば、とナヴァグラハは椅子に腰を下ろし。頬杖をつくと…。


「英雄が精子なら、受精した後…それは何になると思う?精子は人になる、なら英雄は?気にならないかい?」


「気になりません、何になろうがラグナはラグナです」


「素晴らしい答えだ、愛だねそれは。愛は理屈を超える、哲学者が最も尊ぶべき概念だ」


「お前と話してると頭痛くなってきますよ、理屈っぽいことをダラダラと。言いたいこと、話したいこと、それらを簡潔に告げなさい。頭悪く見えますよ」


「手厳しいね、なら単刀直入に言おう。私が君を──」


「必要ありません」


「…………」


エリスは再び、作り上げた椅子に座り、首を振るう。分かってる、どうせ識の力を鍛えようとか、高めてやろうとか、そう言う事を言いたいんだろう。なんとなく言いたいことは分かる。


だからその上で断る、必要ない。


「何故だい?君は識の力が欲しいんだろう?」


「エリスはエリスです、孤独の魔女の弟子エリスです。他の誰かの弟子に変わることはありません、なので教えは受けません…ましてやお前のなんか」


「まぁ、そう言うよね。なんとなく分かっていたよ、だがウルキはシリウスから教えを受ける誘いを聞いたら、一も二もなく飛びついたよ?そうして彼女はあそこまで強くなった」


「同時に誇りと標も失った。エリスは師匠という標を目指し旅をしています、それを捨てたら…標も失います。誇りなき、標なき道程は旅とは言いません、彷徨です」


「ふむ、そうか。だが困ったな、私は君に識の力を授けるつもりでここに呼んだ、まさか断られるとは」


「お前の予測も外れるんですね」


「ああ、世界は徐々に私の予測から外れ始めている。君の力が増すほどに、或いは私の知覚し得ない事を…つまり本来は起こり得ない挙動を繰り返し行なっている者がいるせいかな」


「起こり得ない挙動?」


「ああ、例えば…幾度となくタイムリープを繰り返している存在とかね。識の力はこの星限定の力、それに対して時は宇宙の法則だ。時空魔術程度ならまだしも、時の法則を打ち破る絶技を繰り出されたらいくら私でも完璧に知覚する事は不可能だろうね」


タイムリープ?そりゃあまた随分荒唐無稽な話を出してきたもんだ。それはつまり時間遡行、つまり不可能とされる魔術の一つだ。そんな事できる奴なんかいるわけないし、実現だって出来ない筈だ。


だがもし、それが実現されているのだとしたら……。


「……………」


「おや?何か思い当たる節でも?」


「別に、お前には関係ないでしょう」


「まぁこんな感じで私の予測も既に絶対ではなくなっている。だから私は君に頼み込むしかない、君は早急に識確の力を極めなければならない」


「なんでですか、エリスが識確を極めたらお前に何か都合がいいとでも?」


「ならはっきり言う、都合がいい。君が死ぬと星を開く鍵が一つ失われる、それはシリウスの目的に反する。だがこれは私だけに都合がいい話じゃない」


「どういう意味ですか」


「君はもう直ぐ死ぬ」


エリスはキュッと眉をひそめる。もう直ぐ死ぬ?脅しか?


「なんですかそれ」


「君は今まで幾度となく死にかけた事だろう」


「なんならこの間死にました」


「だが君にもう直ぐ訪れる終焉は、次こそ君を幽世へ誘う…確実な死だ。具体的な時間も示そうか?一ヶ月以内だ。君はあと一ヶ月以内に識確を極められないと確実に死ぬ」


「…………一ヶ月以内…って」


随分とまた近い話じゃないか、一ヶ月以内?もしかしてタロスでの戦いで何かあるのか?


「さっきも言ったが、私の予測も曖昧になりつつある、だがそれでも君が死ぬか生きるかの確率は半々だ。そしてあまり詳しい事は言えないが君がこの一ヶ月以内で死ぬと…非常に面倒な事になる」


「曖昧にされても困りますよ」


「……と言っても、君に詳しい事を説明したって分からないだろう。なら分かりやすく言うと『君がこの一ヶ月以内で死なずに生きなければ八千年前の大いなる厄災の結果が変わる』とだけ言っておく」


「は?なんで?エリスが死んだら過去の出来事が変わるんですか、さっき言ってたタイムリープ云々ですか?」


「だから詳しい事は言えないと言ったろう、これはとてもデリケートな問題なんだよ。だが確かなのは君が識確の極みに至らなければ八千年前の戦いに強烈な矛盾が発生する。それで結果が変わるならまだいい、最悪時の修正力によりこの星そのものが消えかねない」


「は、はぁ…!?」


「だからこれは都合がいいどころの話じゃない、私達羅睺達にとっても君に命乞いをするしかない状況だ」


「い、いやいやいや。話が大きくなり過ぎですよ!なんで世界が滅ぶんですか!」


「言ったろう、時間は宇宙の法則だ、一つの天体風情ではどうやっても逆らえない。時の修正力は世界の修正力を遥かに上回る存在だ、はっきり言って比較にもならない。それが発生した強烈な矛盾を修正する為に、狂ったレールを一つ一つ丁寧に訂正する確率は低い。狂ったなら、最初から無かった事にする可能性が高い」


「まるで、修正力に意思があるような物言いですね」


「まぁね、だがそこから話すと意思とは何かという話になるから置いておくとして。君の死によって巻き起こされる所謂タイムパラドックスは誰かにとっての利益不利益の話ではなくなる。つまり私達羅睺でさえ君に命乞いするしかない状況さ、だからこそ…このタイミングで言っている」


「お前の指導を受けろって…そう言う話ですか」


こいつの話は荒唐無稽すぎて信じる気にすらなれない。だが何故だか分かってしまう、こいつは嘘をついていないと。それはこいつの目が真摯だからとか、識確魔術を使う者同士の不思議なシンパシーがとかそう言う話じゃない。


こいつが嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつくと…そう思えてしまうくらいには、こいつは賢く…油断ならない男。そいつが見せるある種の隙とも言えるようなこの話は、ある意味ではこいつなりの誠意の見せ方なのかもしれないと思う。


だから指導を受けろと、こいつはそう言うんですね…けど。


「無理です」


「話が理解出来ていなかったかな、もう少し噛み砕いて説明しよう。つまり……」


「何が起ころうとも、世界が滅ぼうとも、エリスは師匠以外の人間から指導は受けません」


「君はこの一ヶ月以内に識確を極めなければ死ぬんだよ?」


「強くならなきゃ死ぬ、そんな状況今に始まったことじゃありません。一ヶ月も猶予があるならマシな方です」


「君が死ねば世界が滅ぶかもしれないんだよ」


「そうですか、なら頑張らないとですね」


「理解出来ないな、君は君自身のエゴにより今仲間と世界の命を賭け皿に乗せているんだ。分かるかい?これはある種の裏切りだ、君は仲間を守る為、仲間と共に世界を守っているんじゃないのかな?」


「お前本当に予測が曖昧になってるんですね、エリスの本質を見誤ってますよ」


「……ほう、ならご教授願えるだろうか」


例えこいつの指導を受けねば世界が滅ぶとしても、結果力が足りず仲間を死なせるとしても。エリスは指導を受けない…なんでかって、そんなもん決まってる。


「エリスが魔女の弟子をやってるのは、意地を張ってるからです」


「……意地を?」


「エリスは師匠を信じています、意地でも信じます。師匠は最強なのでそんな師匠の教えを継ぐエリスは最強です、それを証明する為に戦ってるんです。仲間との未来を守るのは飽くまでエリス個人のやりたい事…師匠の教えを守るのはエリスの人生そのものです」


「分からないな、結果死んで世界が滅ぶとしても?」


「力が足りなきゃ、そこまでです。悪いですがその時は世界には滅んでもらいます、でもエリスも世界には滅んでほしくないので頑張ります」


「エゴだね」


「意地です。第一ね…師匠達は手前の意地貫いて仲間も世界を守ってんです、その弟子のエリスが意地も仲間も世界も守れずしてどうしますか」


「…………君は、つくづくレグルスの弟子だ。会話にならないが、決して他者の理屈に心動かされないその信念の強さは美徳だ、尊重しよう」


するとナヴァグラハはゆらりと体を蜃気楼のように揺らし始め……。


「ならば好きにするといい。だが一ヶ月以内だ、その時は必ずやってくる、これに誤りはない。なんとしてでも生きるんだ」


「問題ありません、生きてお前の親分が蘇るのを阻止してやりますよ」


「……分かった、ならその意地に免じて一つプレゼントをしよう」


「プレゼント?」


その瞬間、ナヴァグラハは拳を握り大きく振りかぶると世界が、エリスの世界が荒れ狂い、天に暗雲が立ち込め始める。


「ちょ!何するんですか!」


「君は己の手で識確を極めるんだろう、しかし指導は受けない。そこは勝手にすればいい…だが私も勝手にさせてもらう」


天が荒れ、空から光が漏れ出て、大地から光が溢れ、虚空から光が生まれ、その全てがナヴァグラハの手の中に集まり、一本の槍に変わる。


黄金の持ち手、白銀の刃、無数の荊が絡んだような鋭い三叉の槍がナヴァグラハの手に生み出され。


「法槍…アカシック・レコード」


「槍…何するつもりですか!」


「こうするつもりだッッ!!」


そのままナヴァグラハの筋骨隆々の腕が更に膨れ、血管が浮き出て、全身から力が滲み出て……。


「『心授識確(しんじゅしきかく)無一物無尽蔵(むいちもつむじんぞう)』ッッ!!」


その槍でエリスの世界の岩盤を貫き、光の柱が地中深くへ突き刺さり、地表が崩れていく。こ、こいつ!


「エリスの世界を壊すつもりですか!」


「違う!お前は己の常識に囚われている。固定観念、既存観念、累積した既知により自分の中で自分の限界を定めている!その常識を破壊したまで!ここからどう動くかはお前次第だ魔女の弟子エリス!」


すると崩れる地表の上に立ったナヴァグラハは黄金の槍をクルクルと回し己の背後にやりながらこちらを見て。


「伝える事は伝えたぞエリス。これより一ヶ月…死の運命がお前に纏わりつく、生きられるかどうかは五分五分、今直ぐにでも第三段階に至らなければお前は呆気なく死ぬだろう!それは日を追うごとに強くなる!死の魔の手は必ずお前を絡めとる!」


「エリスは…死にませんよ…!」


「フッ、だが先も言った通り私の予測も曖昧になりつつある。もしこの死の運命を遠ざけ、お前が十分に覚醒できるだけの時間を稼いでくれる物があるのだとしたら…それはお前がお前自身の選択と行動で勝ち取った成果達による物に相違はない。後は今までの己を信じ、前を見ろ。さもなくばこの世は終わると思え」


燃え上がる大地、溢れる光の中にナヴァグラハは歩み出し、立ち去ろうとし、そして手を軽くこちらに振り。


「君の重ねた成果が、時を作り。そして旅が君に力を与える。君が救った世界の果てで私は待とう、その時は今一度決着をつけよう…新たなる大いなる厄災の中で」


消える……、ナヴァグラハが地殻を破壊し、粉砕し、エリスの中にある何かが壊れ……やがて光がエリスの視界を包み、そして。


……………………………………………………


「何か分かった?」


「ヒュパティアさん?」


ふと、視線を前に向けると…そこには草原ではなく、薄暗い部屋にヒュパティアさんが見えた。つまり戻ってきたのだ…だが。


(ナヴァグラハ……)


今のは夢じゃない、幻覚でも幻影でもない、確かな体験だったとエリスは断言出来る。何故そう言い切れるかって?それは……。


(クソッ…妙に冴える)


『よく見える』んだ…世界が、エリスがさっきまで瞑想で見てきたように世界が鮮明に見える。これはナヴァグラハが最後に行った『常識の破壊』のせいだろう。

瞑想してないと集中出来ないというエリスの常識を破壊し、常識はずれの行動が出来るようになっている。最悪だ、ナヴァグラハの手助けを受けるなんて。


でも…それはつまり。


(この一ヶ月以内にエリスが極・魔力覚醒が出来るようにならないと、エリスは死ぬ…か)


奴が言ったこともまた事実ということになる。エリスはこの一ヶ月以内に死の運命により死ぬことになる…かもしれない。それを回避する方法は極・魔力覚醒に目覚める事だけ。


そうしないとエリスは死ぬ、そして何故かは分からないがエリスが極・魔力覚醒出来ずに死ぬと八千年前の大いなる厄災の結果が変わりかねないらしい。


既に確定している過去が変わる?何故そんな事態になっているんだ?しかもその結果世界が消えるかもしれないって……。


「……ヒュパティアさん、過去が変わると、世界が消えたりするかもしれないんですか?」


「え?いきなり何を……いや、そうだね」


するとヒュパティアさんは軽く顎に指を当て。


「所謂ところのタイムパラドックスというやつだね。時間遡行魔術について研究してる学者がそんな話をしていた。過去に戻り、過去を改竄すると未来が変化するのか…という話だよ」


「未来が変わる…ですか?」


「そう、だがまぁ研究の方法もないからなんとも言えないけど。この世界には『世界の修正力』という空間に適用される免疫効果がある、それと同じく時間にも修正力があるのではないかという考えもある、時間に干渉するとこの修正力が働くかもしれない、ってやつさ」


ナヴァグラハの言ってた時の修正力、レーヴァテインさんが時折口にしてたタイムフィードバックと同じ物だ。時はこの星を超えた宇宙の法則だと…奴は語っていたな。


「でも帝国には時間を止める術がありますよね…それも時間に干渉してるのでは」


「あれは大いなる時の流れから外れる手段だろう?いや私は魔術師じゃないから詳しいことは分からないが。法則とはつまり…AからBに向かう一定の流れのこと」


ヒュパティアさんは机を指で叩き、それを右にスライドさせる。


「AからBに向かう流れを遅くする、或いは止めても結局AはBに向かう。そこに変わりはない、けどもしもBからAに向かい、AをCに変えてしまうことがあると…AからBへの流れは破綻する。CからBにはいけないからね、結果式は瓦解しそのものが履行されない、つまり消える」


「難しい…!ややこしいですよヒュパティアさん!」


「ややこしいものさ、学問は」


都合のいい言葉だな、学問って。


「じゃあ、その…不可能なんですよね?そのAからBだのBからAだの、つまり時を逆戻りし過去に向かうのは」


「不可能とされてるだけで不可能じゃないよ」


それは師匠も言ってたな、飽くまで人間が…不可能としているだけで魔術そのものには不可能がないって。


「例えば、魔力を集めて…錐のよう尖らせて、世界に穴を開ける。そうやって開いた穴に向けて魔力を放ち、瞬間的にジャンプを行えば事実上は可能だよ」


「え?誰でも出来そうでは…」


「魔力量が膨大なのさ、とてもじゃないが用意出来ない量だし…ああそれと」


「それと?」


「それをやると世界が滅ぶっぽいし、無理じゃないかな」


じゃあ無理じゃん。世界が滅ぶって…そんなことしてまで時間を超えたい人なんかいるのか。いそうだな…世界って意外に碌でもない奴多いし。


「で?なんで識の話から時間の話になったわけ?」


「なんかエリスがこの一ヶ月以内に第三段階に至らないと、そのタイムパラドックスとやらが起きるようです」


「へぇ、君って過去の人間なの?」


「そんなわけないでしょ…」


今いるだろここに。というか話題がすり替わってるな、時間遡行が出来るか出来ないかではなく、今ここにいるエリスの存在の有無で過去が変わるって話だ。これが事実であるか確認する術はない。


けど、そもそも考えるまでもない。だって失敗条件がエリスが死ぬかどうかだよ?死なないよ、エリスは。


(死ぬか生きるか考えるより、強くなる事を考えた方が賢いか)


エリスは本を閉じて、大きく息を吐く。さぁて…どうするかなぁ、瞑想じゃ識確は強くならない、識確白書も実質外れだった。


あとアテがあるとするなら、ビジョン…か。極みに至るビジョンの有無し、そこが必要だとレグルス師匠もシリウスもナヴァグラハも言ってた、三分の二は敵だけど…それでもこの三人が言うなら事実だろうと思えるラインナップだ。


じゃあそのビジョンとやら、探しますかね。強くならないとエリスが死ぬ上に世界も滅ぶようなので……って。


「うん?」


「どうしたの?エリス君」


なんか脳みその裏側がビリビリする。何だこれ…いや、これは。


(識確が反応してる…)


意図的に使わなければ発動しなかった識確が反応する。これもナヴァグラハがエリスの常識を壊したからか?いや今はそれはどうでもいい。


それより感じたものが重要だ…これは。


(何か起こる…!)


未来が見える、壁が粉砕され、瓦礫が吹き飛び、ヒュパティアさんが…燃え尽きるように消し飛ぶ、そんなビジョンが。


「ッ!これは!」


「ちょっ!?エリス君!?」


何かに突き動かされるようにエリスは立ち上がる。今見えたものが何かは分からない、けど分かるのはこうしなきゃいけないってことだけ。エリスは咄嗟に椅子を跳ね飛ばしこの家の扉を吹き飛ばすように開け放ち────。


「…お?」


「なッ!?」


扉を開けた先に、男がいた。上裸に羽織るだけの黒いコート、腰まで伸びた外はねの黒髪、紅蓮の瞳…そして巨大な角を頭から生やした異様な大男が扉の前に立ち、外の景色を覆っていた。


誰だこいつ、何だこいつ、けど…分かる、直感が告げる。こいつは────。


「魔女の弟子か!お前がァ…!」


「敵か!お前ッ!」


敵だ、そう確認する前にエリスは全力で拳を振るい男の腹筋に一撃を叩き込み吹き飛ばす…けど、男は滑るように後方に軽く飛ぶだけで、効いている気配がない。


こいつ、めちゃくちゃ強い。間違いない、今見た全てが吹き飛ぶビジョンはこいつの仕業だ!


「お前誰ですか!」


「クククク、普通…確認する前に殴るかねェ。まぁいいや、実際…敵だし」


「話聞いてましたか?誰だって聞いてんです、テメェが敵なことくらい百も承知です」


「それを聞くにゃあ、ちょいと人目が多すぎる。話してやるから…向こう行こうや!」


「むぅっ!?」


瞬間、大男が腕を振るうと…見えない何かに体を掴まれ、エリスの体が投げ飛ばされる。エーニアックの大通りにいたはずのエリスはそのまま空高く投げ飛ばされ、エーニアック近郊の森の中へと落とされ、地面を転がる。


「ぐっ!?何!?」


木々の生い茂る森の中、体を回転させて受け身をとったエリスは正体不明の投げ技に困惑して体を確認する。何かに掴まれた、けど腕じゃない、何だ?何に掴まれた。


と言うよりアイツ、めちゃくちゃな魔力持ってたぞ。なんであのレベルの奴が家の前に近づいて来ていることにエリスは気がつけなかったんだ!?


「よう、改めましてだな、魔女の弟子」


「ッ!?」


瞬間、エリスの目の前の地面が引き裂かれ…亀裂から黒い樹木が生え、その内側を引き裂いてさっきの男が現れる。なるほど、地中を高速移動出来るのか…いや、それ以上に。


(この黒い木…ヴィーラントと同じ…!?)


こいつの黒い木は、不死身の男ヴィーラントの体と同じ物。よく見ればこいつの頭に生えている角…これ角じゃない、木だ。成長した枯木が角のように両側から生えてるんだ。


つまりこいつはヴィーラントと同じ…いや。


「マレフィカルム総帥…ガオケレナに連なる者。お前…セフィラですね!!」


「ぉあっはははは!おいおいマジかよ!俺様なんも言ってねぇのに大正解じゃねぇの!おうともさ…俺様ァセフィラさ、セフィロトの大樹の一角。『峻厳』のゲブラー…またの名を」


ゲブラーと名乗った男はギラリの白い歯を輝かせ、真っ赤な瞳孔をこちらに向けながら、両手を広げ。


「『業魔』クユーサー・ジャハンナム…まぁ名乗っといてなんだが、この名は捨ててんだがな」


「クユーサー!?」


今こいつ、クユーサーって言ったか?今朝聞いた、三魔人の元祖となった史上最初の魔人。百年前にいたとされる最強の魔人クユーサーが…こいつ?でもこいつは処刑されたって話じゃ……。


(いや無理だ、処刑されたって死なない!この黒い木が出ている以上!こいつも不死身だ!!)


不死身だ、ヴィーラントと同じならこいつも歳を取らないし死にもしない。正真正銘の不死!そんな奴が処刑をされて死ぬか?百年前の人間ってだけで死ぬか!なるほど、処刑されたと見せかけて、大方セフィラに加入して雲隠れしていたんだろう。


「アッハハハハハハハ!その反応が欲しかった。聞いたぜ!お前ら三魔人全員倒したんだってなぁ!おまけに刺客として空魔モドキと山魔送ったのに、それも軽々撃退。俺様ぁもう情けなくて仕方なかったぜ!天下に名を馳せる魔人ともあろうもんが!ガキに蹴飛ばされて道譲るなんてよ!」


「……何しに来たんですか、ウィーペラとモースさんを送った?お前が…今回の一件の黒幕ですか」


「まぁなぁ、ディヴィジョンコンピュータ…だっけか?あれ、あると困るんだ。だから消しに来たが…俺様はあんまり表立って動けないもんでよ、何しろ世間的には死んでるからな。だから駒使いを寄越したんだが…間がいいやら、悪いやら」


クユーサーはポケットに手を入れ、こちらに歩いてくる。ただその威圧感だけで分かる…こいつ第三段階だ、極・魔力覚醒者だ。そりゃあそうだ…セフィラだもんな。


ダアトとバシレウスと同じ、セフィラ…世界最大クラスの組織であるマレフィカルムに於ける、最強格の存在。そのうちの一人が、こいつか。


「お前がいるとさ、俺様仕事し辛いんだわ…」


「お前さっきからペラペラと目的やら正体やら喋ってますけど、お喋りですか?」


「そうなんだよ聞いてくれよ。俺様ってばよ、最近陰気臭い所で仕事させられててさ、話し合いもクソもあったもんじゃねぇの…飢えてんだよなぁ話し相手にさ」


「守秘義務も守れないんですか?」


「問題ねぇさ、証拠を隠滅すりゃ…ヘマしたことにはなんねぇ」


ポケットから手を抜いて、エリスの前に立つ。巨大な体がエリスを見下ろす、エリスもまた拳を握る。つまる所、ここでエリスを始末して…全部無かったことにする気だから何を喋ってもいいと。


なるほど…そう言うことですか。


「そら、十秒くれてやる。先に抜け…魔力覚醒。出来んだろ」


クユーサーのドスの聞いた声が響き渡る、覚醒者と戦う最たるセオリー…相手に覚醒させないと言う定石をぶっ壊す『先に魔力覚醒をしろ』と言う発言。それは余裕であり、自信であり、それがないと勝負にもならないと言う侮り。


けど事実だ、通常じゃ勝てない!なら!


「遠慮なくさせていただきます!魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!!」


「話に聞いてた通り、面白い覚醒だな」


エリスは全身から魔力を放ち…同時に背中から紫の炎を吹き出す。それを見たクユーサーは表情を変え。


「むぅあ?なんだそ───」


「冥王乱舞!!」


だが、そんな隙さえ与えない。エリスは一気に拳の先から魔力を放ち…それをクユーサーに叩き込む。


「『大魔道』ッッッ!!」


「うぉっっッ!?」


それは超高密度、超高出力から放たれる魔力の塊。瞬間的に放出することにより空気を圧縮し熱を生み出し、紅蓮の光と共に射線上の全てを焼き尽くすエリスの大技。それを前にクユーサーは防壁すら展開せずまともに受けて吹き飛び……。


「チッ……」


エリスは見る、魔力を振り払った先に居たのは…胴体が消し飛び下半身だけになったクユーサー。だが…死んでない、分かる、傷口からニョキニョキのと木の根が生えている。それはやがて人の形を取り、すぐさまコートごとクユーサーの姿に戻り。


「すげぇな!お前!マジで第二段階か?火力が段違いすぎるぜお前!」


(こいつ、不死身なのをいいことに防御を一切しやがらない…!)


あっという間に元に戻ったクユーサーはケラケラと笑っている。こいつ自分の回復能力の高さを理解している。だから防壁も魔力遍在による肉体強化もしてない、完全なるノーガード。そしてそれを成立させる不死性…完全にナメてる、エリスを。


いや、全てを。


「んじゃあ次、俺様の番…行くぜ」


そしてクユーサーはぬるりと手を前に出し、凄まじい魔力が体から溢れ出す。噴火の如く噴き上がる赤の魔力の奥でクユーサーの血よりも紅い眼光が煌めき……。


「『獄炎(ごくえん)』ッッッ!!!」


「ゔっっ!?」


クユーサーが腕を振るうと共に、放たれたのは膨大な火炎。そのあまりの熱波にエリスは吹き飛ばされ、木々を複数薙ぎ倒しながらも空中で受け身を取り、着地する…。


なんて威力の攻撃だ、エリスの防壁でも殆ど防ぎ切れなかった。と言うか…今の一撃で森が火の海だ。あちこちに炎が飛び散り四方八方で赤い光が膨れ上がる。


(ん?)


ふと、エリスは周りを見る。確かに奴の攻撃で森が燃えている…はずなのに。


(延焼していない?)


飛び散った炎はそこに残り続けており、その規模を膨らませる気配がない。事実これだけ燃えているのに茂みや草木には全く燃え移る気配がない。


試しに近くの炎に手を突っ込むが…熱い、めちゃくちゃ熱い、火傷はするが…手は燃えない。


全く延焼しない炎?なんだこれ。なんなんだこの変な炎…奴の使う魔術はなんなんだ!?


「余所見してる場合かよォッ!!!」


「チッ!」


しかし、その疑問を解き明かす暇もなくクユーサーが突っ込んでくる。その巨体からは考えられない程の速度で木々を吹き飛ばしながら突っ込み、一撃…拳を叩き込む。


咄嗟に飛び跳ね拳を回避するが、クユーサーの拳骨が地面に触れることはなく、代わりに放たれた大量の魔力衝撃が一撃で大地を吹き飛ばし森の一角が瓦礫として宙に飛び上がる。


「クソッ!火力が一々おかしすぎる!」


「ギャハハハハハ!久々の大暴れだ!楽しませてもらうぜェッ!!!」


空に飛び上がるが、クユーサーもまた足先から魔力を放ち凄まじい勢いで跳躍。そのまま空に飛び上がるエリスを捉え…。


「『鏖風(おうふう)』ッッッ!!」


「ぅぐっっっ!?」


掌底と共に手のひらから放たれた絶大な突風がエリスを地面に叩きつける。その出力はエリスの冥王乱舞をかき消すほど…だが、やはりおかしい。


エリスは空を飛ぶ時風を纏って飛んでいる。即ち風の鎧を身に纏っているんだ。なのに今奴が放った風はエリスの風の鎧と衝突することはなく。寧ろ風をすり抜けてエリスを吹き飛ばした。


風をすり抜ける風?そんなもん聞いたこともないぞ。


「ッ……!」


「そぉらどうした!それっぽっちか!」


「んわなわけないでしょうが!!」


次々と降りかかるのはクユーサーの腕が変形し生まれた枝の槍。黒く染まった木の根がエリスを狙い飛んでくる、それを地面を蹴りながら後方に向かい回避する…が。


「ハハハッ!遅せぇな」


「ガッ!?」


全く見当違いの方向…即ち背後から飛んできたクユーサーの蹴りがエリスの後頭部を打ち据え吹き飛ばす。空から飛んできていた木の根は伸縮自在なようで、大きく上から迂回するように降ってきていただけでクユーサー自体は何処にでも移動が可能なのだ…奴の居場所を見誤った理由はそれだ。


「グッ…」


「おまけだ、取っときたな…『覇拳』ッッ!!」


「えっ!?」


そして吹き飛んだエリスに向けて、さらに追い討ちとばかりに放たれたのは…拳だ。奴の拳が空気を叩くと、大気が奴の拳の形に変化し地面を抉り木々を潰す程の半透明の巨拳と化して突っ込んできた。


さながら空間を操る時空魔術のような挙動…いや、まさか奴の魔術は───。


「ぐぶふぅっ!?」


「ハッハーッ!おいおいこの程度でへばんのかよ、だらしねぇー!」


防ぐ術すらなく吹き飛ばされたエリスは木を三つ貫通し地面に転がり、口から血を吐き地面に伏す。

分かってはいたが、めちゃくちゃ強いな…!


「ッ『火雷招』!!」


「お!」


咄嗟に起き上がり両手から炎雷を放ちクユーサーにぶつけるが…、雷はあっけなくクユーサーを貫通し、体に大穴を開けるのみに留まる。開いた傷はまるで縫合されるように木の根が伸びて隙間を埋め、あっという間に元に戻ってしまう。


「痛いじゃねぇの」


(ダメか…!)


不死身の相手がどれだけ面倒かエリスは理解している。元々大した戦闘能力を持たないはずのヴィーラントがあれ程強敵だったのは、その不死性に起因する部分が大きい。

どれだけ戦ってもダメージが発生しない。傷による消耗が起こらない。何も気にせず常にフルスロットルで挑んでくる。


それでもエリスがヴィーラントに勝てたのは、アイツが戦いの素人だったから。対するクユーサーは…第三段階の使い手だ。そもそもがエリスよりも格上であることに加えあの不死身の体。


(これ、どうやって勝てばいいんだ…!)


「ギャハハハハハ!次!俺様の番な!」


「クッ!」


クユーサーは拳を握りそれを嵐のように振り回す。速度、重さ、威力、技量…その全てがエリスを上回る絶技とも言える拳によるメチャクチャな殴打は余波だけで地形を変え……。


「オラァッ!!」


「ぅグッッ!?!?」


叩き込まれる、右ストレート。両手をクロスさせて体を守るが衝撃波が防御を突き抜け、更に体を貫通し背後の木がへし折れる。ヴィーラントもあり得ないくらい怪力だったけど、こいつはその比じゃない。


まずい…これ。


「とっととテメェぶっ殺してさ、あの街消さなきゃなんねぇんだ、急いでんだよ俺様は。早めに死んでくれや!」


(死ぬ……!)


逆転の芽さえ見えない絶望的な実力差。明確に感じる死の気配…まさかこれが、ナヴァグラハの言った死の運命?だとしたらあまりに早すぎるぞ。


「冥王乱舞ッ!『一拳』!!」


「効かねぇよッッッ!!」


エリスの渾身の一撃はクユーサーの右半身を吹き飛ばすが、クユーサーはそれを気にもせず左腕を叩き込むカウンターを繰り出す。こちらの攻撃が意味をなさない、対する相手の攻撃は死ぬほど痛い。この構図で勝てるわけがない。


エリスはカウンターにより地面を転がり、血を吐き……。


「ヴッ……」


「大したことねぇなぁ、お前それでカルウェナン倒したのかよ。いや仕方ないか…カルウェナンだって人の子だ、老いる人間だ。老いた人間ってのは…惨めだもんなぁ」


そして倒れたエリスの上に足を置き、クユーサーは下劣に笑う。黒いシルエット、角の影、その様はさながら悪魔の如く悍ましく…凶悪だ。


「俺様も昔は悩まされたもんさ。ナイフだろうが魔術だろうが…何を向けられても恐れなかった俺様も時間だけは恐れた。日に日に老いていく体が怖くて堪らなかった、そうしているうちに若い奴に追い抜かれるのが屈辱で溜まらなかった!」


「ガフッ……」


「分かるかよ小娘、俺様ぁ今イッちまいそうなくらい気持ちいいんだぜ?テメェみたいに図に乗ったガキを足蹴にしてる時程、今の在り方を愛せる瞬間はない」


死ぬ…マジで殺される、第三段階に至らないと死ぬってまさか…これからの戦いで、力不足で死ぬってことか?だとしたら、これ以上ないくらい悔しいぞ。


嫌だ、それは嫌だ。死ぬのは良いとしても力が足りずに負けて死ぬのは嫌だ…だって、だって。


「ッエリスは、エリスです…孤独の魔女の弟子エリスです!!!」


「だからなんだよ!死に晒せェッ!」


クユーサーが拳を握る、殺される、死ぬ、死んでたまるか、死んでたまるか、エリスはまだ…師匠に追いついてない──────。



「『双覇煉獄張(ふたばれんごくは)り手』!!」


「うぉっ!?」


瞬間、飛んできた巨大な手がクユーサーを軽々と吹き飛ばし…吹き飛んだ先でクユーサーが爆発四散する。壮絶な魔力衝撃を打ち込み、内側で炸裂させたのだ…いや、そもそも。


助けられた…!そう思い顔を上げると、エリスの体を覆うように巨大な影がぬるりと現れ。


「おうゴルァッ…!この子はあーしの娘と会わせてくれた恩人なんだよ、それに手ェ出すとはいい度胸だなオイ」


「モースさん!」


「立てるでごすか?エリス」


モースさんだ、拳をコキコキと鳴らし…エリスに大きな手を差し出してくれる彼女の手をとって立ち上がる。

助けられた、助かった…のか。


「いきなり外に出て何してると思えば、喧嘩でごすか…それもまた結構なのとやってるみたいで」


「アイツ、メチャクチャ強いです…」


「ほう、そこまで言わせるとは…アイツ、何者でごすか」


「本人はクユーサー・ジャハンナムを名乗ってます」


「クユーサー……?」


モースさんの顔が明らかに不快と不愉快に染まる。そうしている間に爆発四散したクユーサーの体があっという間に元に戻り…。


「いてて、俺様が油断してたとは言えよぉ…先輩叩くとはいい度胸した後輩じゃねぇか、なぁ?モース・ベビーリア」


「テメェ、マジのクユーサーでごすか?の割にはあーしより歳下に見えるでごすが。百年前の人間がそこまで若々しいたァ…随分美容に気を遣ってるみたいでごすな、まるで年頃の女の子でごす」


「魔女が幅利かせてる世の中で、見た目で判断するんじゃねぇよ」


「……まぁ、なんでもいいでごすが。こいつはな、あーしの恩人でごす、テメェも分かんだろ…エリスを傷つけられたら、こっちのメンツが立たねぇんだよ」


「メンツ!?だははは!懐かしいなぁその感じ。そうさなぁ!面倒見てる奴がボコられたらテメェの面目も丸潰れだ!そいつは許せねぇなぁ!だはははは!」


モースさんはエリスと一緒に戦ってくれるのか、深く腰を落とし、拳を地面につけている。がクユーサーの余裕さは変わらない、いや…どうあれ死ぬことがないから余裕なのか。


「なに言ってんでごすか、お前」


しかし、余裕の表情を崩さないのは…モースさんも同じだ。


「潰れるのはあーしのメンツじゃなくて…モース大賊団のメンツだ」


「は…あぇ?」


瞬間、クユーサーの顔が二つに割れる。いや、顔だけじゃない…体が真っ二つに割れたのだ。その中心から生えるように伸びる白銀の刃、それはクユーサーの体を両断し…。


「お前の時代は終わっているんだ。今は業魔の時代ではなく山魔の時代だ」


「カイムさん!」


「カイムだけではない!我々もいる!」


クユーサーの背後から現れたカイムさんは、その一刀で奴の体を真っ二つに引き裂き…そして同時に茂みから飛び出したのはアスタロトやベリト。山魔の幹部達だ。


「ッ背後から斬りかかるたぁ躾のなってない奴だな」


「あーしのメンツはモース大賊団のメンツでごす。つまりお前が今から相手にするのは…あーしらでごすよ。死した伝説」


「死なねーんだな、俺様は永遠に伝説のままさ。後輩共」


しかし、クユーサーもまた切り裂かれてなお体は即座に再生し、両手を広げ…拳を握り。


「上等だ、全員纏めて相手してやるッ!!かかってこいやッ!」


「行くでごす!エリス!」


「はい!」


魔力を吹き出し戦闘態勢を取るクユーサー、迎え撃つはエリスとモース大賊団の連合軍。エリス一人じゃ無理だったけど…この数なら、行ける…!?

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― 新着の感想 ―
誰からのどんな状況であっても意地でも指導は受けない、それでこそエリスって感じではあるのですが…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけナヴァグラハの指導がどんなものかっていうのが気になりました笑 ただ、シリウ…
なんと、山賊総出でエリスの援護ですか。でも同じ第三段階のラセツ相手にした時は第二段階極めてた魔女の弟子でも歯が立たなかったからなあ。モースさんには死んでほしくないのでなんとかエリスには第三段階に至って…
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