717.魔女の弟子エリスと魔人の宴
学問の街エーニアックで識を伸ばす修行をするエリス、みんながタロスへ向かう二日の間に済ませなければならないこの状況で…エリスは何やら面倒ごとに巻き込まれてしまったようだ。
突如襲撃を仕掛けてきたモース大賊団、それをボコボコにしモースと話をつける事で一応解決はしたが、モース曰くこの街にある宝の情報をシコラクスから聞いたとのこと。
宝ってのはつまりディヴィジョンコンピュータだ。レーヴァテインさん秘蔵の大機構たるアレの存在は秘匿されているはずなのに、何故か知っているシコラクス。
剰えそれを賊に奪わせようとしているんだ。明らかにシコラクスは何からの意図を持って動いていると言ってもいいだろう。
エリスやりたい事あるのに、この街を襲おうとしてる奴がいて、剰えディヴィジョンコンピュータを狙ってる奴がいるかもと考えたら、放置できないよ。
「エリス、どこに行っても何かしら敵がいる気がする」
モース襲撃から数時間、そろそろ夜の帷も降りるかな?って感じの夕暮れ時、エリスの滞在を許してくれたヒュパティアさんの家でエリスは夕食をご馳走になりつつ、ボヤく。
なんかエリス、行く先々に何かしらの敵がいる気がする。この旅もそうだ、行った先になんか八大同盟とかいるし、そんな歩いてて小石につまづくみたいに出会うもんでもないだろ八大同盟とかって。
そして今もそうだ、偶然モースが出てくるって、なんだろう…エリスがいるところに敵が現れるのか、エリスが敵のいるところに行ってしまうのか。或いはエリスが敵を呼び寄せてるのか。分かんないなぁと考えながらエリスはヒュパティアさんの作ってくれたシチューを頬張る。
「そんなもんじゃないかい?人間、外に出れば七人の敵がいる…なんていうしさ」
「いいじゃないでごすか、敵がいるって。退屈しないし」
エリスの前に座り、一緒にシチューを食べるヒュパティアさんは笑い、モースはケラケラ笑う。みんなお気楽だなぁ……って!
「モース!なんで貴方も一緒にご飯食べてるんですか!」
ギッのとエリスは隣を見る。そこには記憶にあるよりも二回りくらい巨大な筋肉を手に入れたモースがエリスと一緒にシチューを食べているんだ。
なんでさっきここで襲撃を仕掛けてた人が普通に食事に参加しようと思えるんだ、そもそもヒュパティアさんも普通にもてなしてるし。
「ええ、食べちゃダメでごすか?」
「ダメです!」
「まぁまぁエリス君、いいんだよ別に。暴れはしたけど彼女達が出した被害はゼロだ」
「ヒュパティアさん…」
「というか被害で言ったら君が暴れて出した被害の方がデカい」
「………すみません…」
「けどまぁその辺は気にしてないさ、ここは学問の街。良し悪しは人を裁く裁量ではなく、哲学的な議論の対象にしかなり得ない。人が死んだわけでもない、別にいいのさ」
「ありがとうございます…」
「まぁそういうことでごす。カイム達には街の外で待つように言ってるでごすし、いいじゃないでごすか」
ヒュパティアさん達は気にしてない。そう考えるなら、いつまでもカリカリしてるのは寧ろ感じが悪いか。
考え方を切り替えよう。久しくモースさんと会えたんだ、この再会を喜ぼうじゃないか。
「こういうのはもう終わりにして、それより元気に旅は続けられているでごすか?ネレイドは元気でごすか?」
「ええ、元気ですよ。ネレイドさんも元気にご飯食べてます」
「そりゃよかった。しかしエリス…一年足らずでべらぼうに強くなったでごすな。一年前の時から強かったでごすが、今じゃ魔法も完璧に扱えてるし、どんな鍛錬積んだらそうなるでごすか?」
「エリスもアレから色々あったんです」
それからエリスはモースさんと色々話をした。東部を離れ、中部に向かい…そこでジズと戦い、それから幾度となく八大同盟と戦い今ここに至ることを説明するとモースさんはふむふむと首を縦に振り。
「なんか想像してたよりずっとやばいことやってるでごすな。なんか普通に八大同盟潰してるでごすが、アレ裏社会だと無敵の存在でごすよ?」
「エリス達もびっくりです」
「五つ潰したって、もう残り三つしか残ってないでごすな?これじゃ三魔人と変わらんでごす」
「三魔人だってもう三魔人じゃないでしょ」
そりゃそうだとモースはクツクツと笑い、どこからともなく酒瓶を取り出し…って人の家で勝手に酒盛り始めてるよこの人。ヒュパティアさんも一口もらえるかな?ってコップ差し出してるし…。ヒュパティアさん状況順応能力高すぎでは?
「にしても」
すると、モースさんは酒を仰ぎながら…。
「いよいよ、時代が変わる時が来たんでごすかなぁ」
「時代ですか?」
「そうでごす、この世界は長らく魔女大国と魔女排斥組織の拮抗という形でバランスが取られていた。そのバランスを維持してきたのが八大同盟でごす。特に今の八大同盟は歴代最強の布陣だった…それがこうも崩されちゃあ、趨勢は決したようなモンでごすな」
確かに、と言ったらアレかもしれないが…ぶっちゃけもうマレフィカルムが巻き返すのは不可能だ。
七つの大国、七人の最高戦力、莫大な兵力。
八つの同盟、十一人のセフィラ、そして統率の取れない数万の組織達。
これで世界のバランスは取られていた。秩序を押し付ける魔女大国と、対抗心から無秩序を広める魔女排斥組織。両者のバランスは極めて絶妙なものだった。
そしてその八大同盟がほとんど崩されている今、このバランスは崩壊している。いくらセフィラが強くとも、無限に戦線に出てくる魔女大国陣営の戦力はどうしようもない。
もし、今全面戦争になっても…戦いの結果は見えてるかもしれないな。
「あーしら悪の華が咲いていられるのも、残り僅かってもんかな」
「山賊引退するんですか?」
「しねぇでごすな。こうやって生きることしかできないから、あーしはこうやって生きてるでごすから…娘にも会わず、この国で」
まぁ、モースさんはそこについてずっと悩んできてたわけだし、今更殴ってでも止めようとは思わないが。実行に移したら殴って止めるが。
「……今の世を、業魔が見たらどう思うか」
「業魔?」
「おや?エリスは知らんでごすか?あーしら賊にとっての神とも言えるような存在。『業魔』クユーサー・ジャハンナムを」
『業魔』クユーサー・ジャハンナム。それは百年ほど前に存在していた最強の賊であり、裏社会を完全に統一していた闇の王の名だ。
遍く犯罪組織はクユーサーに傅き、悪人でさえ恐れる極悪人。モースやジャックが『山魔』、『海魔』と呼ばれるのはこの『業魔』と言う男にあやかっての物だ。
つまり、山賊も海賊も何もかも平伏した最強の存在が…このクユーサーという男。
エリスもその存在については聞いたことがあった。今から随分昔に死んだと言われた伝説の極悪人、今もなおクユーサーの後継を自称する業魔系統の犯罪組織はいくつもある。
「クユーサーは悪の大王でごした。そいつが今の…悪が死につつある世界を見たら、どう思うでごすかね」
「さぁ、エリスその人に会ったことないので分かりませんが。悪は死なないのでは?」
「おや、悪を滅ぼし正義を標するエリスにしては…随分背徳的なセリフでごすな」
まぁ、別にエリスは悪を滅ぼしてやる!正義を世に示す!ってタイプではない、それはメルクさんの仕事だ。エリスはただエリスが正しいと思うエリスなりの正義を実行してるだけで、悪を滅ぼそうとは思わない。
だって無理だから。悪ってのは性質ではなく行いであり、その結果付随する名称のことだろう。どんな善良な人間でも、魔が差して悪いことしちゃうことくらいあるし、それがなくなることはない。
問題なのは、そういうちょっと魔が差して悪いことしちゃうことに対して、何も思わない事。過ちを過ちと認めず、或いは開き直って他者を傷つける人間。それが問題なのであって、悪は無くならない。
モースさんはその手の人間だ。己の行いを顧みてはいるが性質は変えられないと開き直ってる。だが今は何もしてない、していたらエリスはぶん殴る。
つまりは今、目の前で悪いことしてる奴がいたら止める。それだけのことなんだ。
「まぁ、法律ってものが出来て悪が明文化されても、悪人はいなくならなかったわけですし、別に気にすることはないのでは?」
「お前本当によく分からん奴でごすな、悪を許さん姿勢でありながら別に正義も求めてないって」
なんと言われようともこれがエリスだ。誰かにどうこう言われる筋合いはない。エリスはそのままシチューをバクバクと食い終えて皿を水場に持っていく。
「はぁ、ところでモースさん。貴方はこれからどうするんですか?」
「ん?あーしでごすか?」
「私としてはいつまでいてくれてもいいよ」
「うーん。出来ればネレイドに会いたいでごすが、ここに来てないんでごすよね」
「ああ……」
ネレイドさんに会いたいのか。でも彼女はここにはいない、けど二日後になれば時界門が開き向こうからこっちに転送してくれることになってるし…。
「そうだ、エリス達これからマレフィカルムの本部にカチコミかけるんですけど、モースさんも一緒に来てくれます?」
「ん?別にいいでごすよ。つーかお前…マジで言ってるでごすか…マジなんだろうなぁ」
なんか軽く引き受けてくれた。でももしモースが一緒に戦ってくれるならありがたいことこの上ない。
さっき、彼女と少し戦って理解した。かつての痩せ細ったモースはかなり衰えた状態だったと。今の力を取り戻したモースははっきり言って八大同盟の盟主と比べてもなんら変わりないレベルにまで力が増幅してる。
三魔人が恐れられていたのは在野の人間にあるまじき強さを誇るからこそ、恐れられていたのだ。それが味方になってくれるなら、めちゃくちゃありがたい。
「じゃあ明日の夜頃まで待っててもらえますか?迎えが来るので」
「ん、分かったでごす。じゃあそれまでお世話になるでごす、ヒュパティアちゃん」
「了解、じゃあ私はそこで研究してるから。好きにしてていいよ〜」
そう言ってヒュパティアさんはすぐそこの机に向かい合い、カリカリと何かを描き始める。この人…本当に無機質な私生活を送ってるんだな。研究以外全く興味なしって感じだ…。
この分じゃダアトも幼少期は苦労したことだろう…。
「さて…」
「ん?何を始めるでごすか?」
「瞑想です、エリスはもう肉体的に鍛える段階にはないので…」
「ほう、瞑想でごすか。変な態勢でごすなぁ」
「……………………」
エリスは食事を終え、部屋の隅っこで座り込み、膝を畳んでその上に頭を乗せる。
目を閉じて、ひたすら己の内側に意識を向ける。向ける意識の更に内側に、グルッて裏返して見るような感覚だ。
そうしていると、エリスの世界が広がるのを感じる。目を閉じていても…分かる、部屋の構造が、ヒュパティアさんが机に向かってペンを動かしているのが、なんなら何を考えているのか。
そして、目の前にモースさんが座ってエリスをジロジロ見てるのが。
これが識が広がってる感じだろうか…いや、これは単に範囲が拡大しただけ、エリスの目指してる部分とは違う。
エリスがやりたいことは…もっと深くて、濃くて、強い……。
「…………」
「どうしたでごすか?」
「イライラします」
エリスはパチリと目を開けて立ち上がる。ああクソ…イライラする。
「何がでごすか?」
「……邪魔者がいます」
視線を右側に向ける。エリスは静かに瞑想がしたいのに、時間がないのに、どうしても邪魔するんだ。
そう口にすればモースさんは首を傾げて何が言いたいんだと呆気に取られる。けど…分かる。識を広げ、認識可能域を五感以外の部分に頼れば…分かるんだよ。
「ヒュパティアさん、ごめんなさい」
「え?何が──」
「フンッッッ!!」
瞬間、エリスはそのまま近くの壁に拳を叩きつけ、貫通させると同時に家の外側に手を届かせる。それを見たモースさんがギョッとして。
「うぇっ!?何してるでごすか!流石に山賊のあーしもそれはドン引き……」
「こいつが悪いんですよッッ!来い!面ぁ拝ませろッッ!!」
そしてエリスは壁の向こうにいる奴を掴んだまま、一気に手を引き壁を砕きながら引き寄せる。引き摺り出されたそいつは転がるようにエリスの前に飛び出て…青い顔をしている。
髪は青、目は黄色、見た感じ女…と言うか。
「お前、ハーシェルか…?」
「ッッ…!何故私がいることが…!」
こいつ、メイド服を着ている。このメイド服のデザインには覚えがある…ハーシェル一家だ。しかしどう言うことだ?ハーシェルは滅んだはず……。
なんてエリスが動揺していると、モースが女を指差し。
「あ!こいつ!シコラクスでごす!」
「何ですって…!」
「チッ…!」
つまり何か?この街にあるディヴィジョンコンピュータの情報を与えたのは、ハーシェルの人間だって言うのか?だとしたらこいつ、今回の一件の黒幕側か。
なんでハーシェルの残党がいて、それがディヴィジョンコンピュータを狙っているのか分からないが。確定してることは一つ…。
「モースさん、貴方またハーシェルに上手い事使われたようですね」
「そうでごすなぁ、本当に腹立たしいでごす」
「ッッ……!」
その瞬間、シコラクスはエリスとモースさんの隙を突いてその場から走り出し離脱を試み……。
「待て」
「ぅぐっっ!?離せ!」
「お前ナンバー低いでしょう。少なくともファイブナンバーとは比べるまでもないようだ」
逃げ出した瞬間、エリスはシコラクスの首を掴みその場に留める。逃げ方が粗雑、防壁も使えない、固有の空魔殺式も使えない。そんなハーシェルの影なんか論外だろう、今更。
「お前には聞きたいことが山ほどある」
「ぐぎっ!?」
そのままエリスはシコラクスを壁に叩きつけ、咄嗟に腰から何かを取り出そうとしたシコラクスの腕を捻り関節を外す。お前らハーシェルのやり方は分かってんだよ、好きにさせるわけがないだろうが。
「さぁ、ここまで来たら分かるでしょう。質問に答えろ、お前…壁の向こう側からエリスを暗殺しようとしてたでしょう」
「ッ……何故分かった、匂いも、音も、気配も全て消していたはず…!」
「分かるんですよエリスは、お前がそこにいるだけでその存在を感知できる。エリスを暗殺しようとしてたってことは敵だよな、今更ハーシェルが何を企んでる、なんでこの街の宝のことを知ってる、モースを使って何をしようとしてた、答えろ」
「ゔっ…ゔぅぅうう!?」
そのままシコラクスの頭を掴み、壁に押し付ける。このまま黙っていれば、どうなるか…説明せずとも分かるだろう。
「エリス…エリス!魔女の弟子エリス!我らが家族を破壊した憎き女よ!」
「そうです、エリスが破壊しました。で?何を企んでるんですか」
「お前によって壊された我が家を!復興させる為ならば!この命など惜しくはない!」
「復興…?」
生き残りがいたのか…?なんて考えた瞬間シコラクスはその魔力を内側に集中させて…。
「空魔の繁栄よ栄光なれッッ!!」
その瞬間、シコラクスは叫びながら自爆を──。
「フンッ!」
「ごぶっ!?」
──させるわけがない。自爆などさせるわけがない、こいつらが体内に爆弾を抱えていることくらい知っている。
そして、都合が悪くなると爆発することも理解している。だからエリスはシコラクスの背中に掌底を叩き込み、魔力で体内の爆弾を破壊し爆発しないようにする。
「やり方が全て雑です。エアリエルならこんな不手際は許さないでしょうね」
「ゔっ……」
そのまま気絶したシコラクスを捨てる。こいつは後でメグさんに引き渡すとして…さぁて。
「ちょっとエリス、気絶させちゃったでごすよ。情報は聞かんでごすか?」
「必要な情報は手に入れました。復興がしたいんでしょう、そして滅びの要因となったエリスの存在を奴らは認知してる…なら」
エリスはそのまま扉を蹴り開ける。外は既に暗い、夜だ。キラキラ煌めく星空の下、無人となったエーニアックの街に出れば、エリスは拳を鳴らし、関節を整えて。
「エリスはここですよ!来なさい!亡霊の影ども!隠れてチクチクやってエリスを殺せると思うなよッッ!!」
いる、街の至る所に…ハーシェルの影達が。だが全員上位ナンバーにも満たない雑魚ばかり。文字通りの雑魚、こんなの相手になるか…!
「だから!」
瞬間、右後方の物陰から飛んできた銃弾を手でキャッチし、ポイっと捨て、エリスは大きく息を吸い。
「面倒をかけさせるなよッッ……!!」
「ヒッッ…!?」
見せる、師匠直伝『八方鬼凄み』……。魔獣さえもビビらせる睨みを四方八方に拡散させる、睨みの上位互換である凄みを全身から放つ、と同時に動く。
恐怖に反応したハーシェルの影達が物音を出して、足を竦ませる。
その瞬間を狙い、エリスは……。
「『旋風圏跳』」
「どうしたんだいエリス君、急に外に出て…おや?」
そしてヒュパティアさんがエリスを心配して外に出てきた瞬間、彼女は目を丸くして。
「その子達は?」
「潰しました」
エリスの目の前には、山のように積み重なったハーシェルの影。その数十四人…人数はそれなりだが、雑魚ばかり。足が竦んだ瞬間を狙い突っ込んでボコボコにした。
しかし、こんなに数がいるのか?メグさんの話ではジズが負けたことにより他のハーシェル達はみんな自爆したって話だったが。生き残りがいたのか……。
(こんな雑魚が寄り集まって何か、大それたことができるとは思えない。船頭がいる…確実に)
こいつらを操ってる奴がいる、そこは間違いない。だが指揮を取れるような奴はこの中にはいない…ってことは。
「雑魚を前面に立たせて指揮官気取りですか、姿を見せなさい…隠れても無駄だってことはわかってますよね」
エリスは影達の山を蹴り付け、声を上げる。しかし…反応がない、近くにはいない?いやありえない…絶対に側にいる。
だったら……。
「はぁ……」
その場で目を閉じる。深く息を吐き、集中し、再び己の世界を広げる。暗い闇の中に灯りをかざすように明瞭になる世界。丁度いい機会だ…識の修行に使わせてもらおう。
そう考えた瞬間、エリスの世界の中に何かが入り込み──。
「おっと!」
首を傾け、手を動かし顔面目掛け飛んできた物をキャッチする。これは…投げナイフ?チラリと視線を前に向ければ、そいつはいた。
「相変わらず、良い反応だ…」
「……これは本当に、どういうことですか」
投げナイフを手に、エリスは見る。目の前に立つそれを、いや男を。
まるで貴族のように美麗な黒いスーツ、浅い緑と黄色を混ぜたような髪に、片眼鏡。この姿、この顔、エリスは知っている…こいつの名前は。
「ジズッ!?」
家の中から出てきたモースさんが叫ぶ。そう…目の前にいるのはジズだ、間違いない。顔も背丈も何もかもエリスの記憶の中にあるジズと同じ。
一年前、メグさんに敗北し…その人形の体を破壊されたはずのジズが。今目の前に立っているんだ。
こいつが、シコラクス達を操っていた張本人?なんでこいつがいるんだ。エリスはジロジロとその体を見て、首を一度傾げていると…ジズは一歩こちらに歩み出し。
「ああ、そう言うことか」
「ん?何かな?」
その一歩を見て、色々理解出来た。しかしエリスが納得が言ったように目を閉じるその様にジズは表情を歪めている。するとモースさんは……。
「どう言う事でごすか!ジズ!お前はエリスにやられたと聞いたでごす!その後帝国に捕えられたとも!何でここにいるでごす!」
「フッフッフッ、モース。私がそう簡単にやられると思うかい?帝国の牢獄なんか簡単に抜け出せるよ。そんな間抜けな理解力だから…また私に利用されるのさ」
「何をゥッ!!!」
「私は何度でも立ち上がるさ、もう一度ハーシェル家を復興して。今一度お前達に復讐してやるぞ!エリス!」
「……………」
「な、なんだよ」
エリスはただ、冷たくジズを見つめる。立ち上がるね、ハーシェル家復興ね、いいんじゃないか?勝手にすれば。
そんなエリスの冷たい視線を見て慌てるジズに、エリスは大きくため息を吐き…。
「はぁ、モノマネが下手ですね。ジズはそう言う事言いませんよ」
「は?どう言うことでごすか?こいつ…ジズじゃない?」
「な!?バカなことを言うな!私は間違いなくジズ・ハーシェルで…」
「ジズはそう言う時慌てません。そもそも一人称は僕ですし、何より部下がやられた程度でノコノコ出てくる男でもない。お前はジズじゃない」
「い、いや…私は、いや僕は…」
「ジズはそんな不用心に一歩近づいたりしませんよ。お前…ジズじゃなくて、ウィーペラだろ」
「ッッ!?!?」
こいつはジズじゃない、ウィーペラだ。蛇魔ウィーペラ…メグさんの故郷であるシュランゲの街にいた人形使いの小物。かつてジズの配下をしつつ、ジズの人形の体を作ったと言われるあのウィーペラだ。
奴もまた、帝国に囚われていた。しかし…その後に起こったセフィロト襲撃。あの時に脱獄でしたんだろう、なんせアルカナが脱獄している以上…他にも脱獄者がいてもおかしくはないしね。
「な、なんで分かった…!?」
「歩き方と呼吸した際の肩の揺れがウィーペラと同じです。でも分かりませんね…なんでそんな見た目をしてるんですか?」
「ッ…決まってる!ジズ亡き今の世で!今度こそ私が三魔人の一角になる為!ジズの体を作ったのは私だからな!空魔の館の残骸からジズの体を回収し、私の魂をそこに移した!今は私がジズだ!」
「浅ましいですね、つくづく。せっかく拾った命でやるのがジズの真似事ですか。今更三魔人に固執するなんて…視野が狭いと言わざるを得ない」
「言ってろ!私は復興するぞ…ハーシェル家を」
「それで掻き集めたのがあの雑魚ですか?ファイブナンバーもいないハーシェル家なんか怖くもなんともないですよ」
「確かにまだ雑魚だ…だが、私にはファイブナンバーを超える軍団を作り上げる力がある」
するとジズは…いや、ウィーペラか。奴はゆらりと揺れるように腰の剣に手を当て、構えを取る。ただその構えは……。
「む……」
「フフフ、驚いたか?」
隙がない、エリスはジズと戦ったことがないから分からない。だがジズの教えを受けたエアリエルと戦ったことがあるから分かる。
こいつの動きは、エアリエルよりも純度が高い…無駄がない。即ちジズに匹敵し得るほどに無駄がない。こいつこんなに強かったか?いやまさか…。
「そう、この体にはジズの技、動き、歴史、全てが刻み込まれた特別仕様。この体を量産し、影達の魂を込めれば…ファイブナンバーなんか目じゃない、ジズの軍勢を作ることができるのさ…」
「……の割には、ここにいるのは雑魚だけのようですが」
「その為に必要なんだよ、この街の宝が。あるんだろう?ピスケスの計算機が…!」
「なるほど、そう言うことですか」
こいつ目的は自分の軍勢を作る為に、ディヴィジョンコンピュータが欲しいってことか。なるほど、色々分かった、なら後は叩き潰すだけか。
エリスは拳を握り、腰を落とす。ジズとなったウィーペラは手元で剣を回し、逆手に構え…闇夜に紛れるように構える。
「モースさん、ヒュパティアさんをお願いします」
「お願いしますって、戦う気でごすか…?」
「エリスがその気じゃなくても、向こうがやる気なので」
「……分かったでごす、気をつけて」
「はい」
相手はウィーペラだ、がその実力は体のおかげでジズに匹敵するほど。つまり八大同盟の盟主そのものか。
上等だ…エリスは何度か八大同盟の盟主と戦って来たが。まだ一度として勝ったことがない、オウマやイシュキミリと言った面々を倒したのは他の弟子の方だ。エリスは一度もない。
だから、試してみたかった。八大同盟を潰す…感覚というのを。
「相手してやります、ウィーペラ。かかって来なさい」
「空魔の力を、八大同盟を統べる力を見せてやる…!」
深く息を吸い、足を曲げ……よし。
(やるかッッ!!)
瞬間、エリスは一気に突っ込み、ウィーペラに肉薄する。奴の反応は凄まじく速くエリスが接近すると同時に二度、三度剣を振るいエリス接近を許さず…同時に。
「空魔一式」
消える、エリスの目の前から……けど。
「『絶影閃──」
「分かってんですよッ!後ろだって!!」
「ゴハッ!?」
空魔一式・絶影閃空。目にも止まらぬ速度で一瞬で背後に回り相手の首を掻き切る空魔の常套手段。だが…エリスには効かない。
そもそも空魔の技は初見必殺。即ち初見ではない相手にはその効果は半減どころじゃない、エリスはここに至るまで何度も何度も空魔殺式を味わって来てるんです。今更効きますか、そんな技。
故に振り返ると同時に裏拳をかまし、ジズの側頭部を殴り飛ばし同時にその胸ぐらを掴み。
「叩き壊すッッ!!!」
「ゴッっ!?」
更に叩き込む、拳骨の雨を。何度も何度も叩いて叩いて叩き砕くように頭を殴打し回す。そうしているうちにジズの体はガタガタ震え始め…。
「ナメるなッッ!!」
「ッッ…!」
口からブシュッ!と銀色の吐息を噴き出すのだ。咄嗟に顔を守りながら引くが…これは。
(ガラス片か…!)
微粒なガラス片をガスのように吹き出した、それにより顔が切れ血が滴るが。肉の体ではないウィーペラはその中でもお構いなしに動き…。
「死ねェッ!!!」
「グッッ!?」
右手が外れ、中から砲身が現れ…放たれる。超強力な魔力衝撃が。それによりエリスの体は街の外まで飛ばされ、エーニアックの街の外にある大きな森の中まで転がっていく。
「いてて、身体スペックは盟主級そのものですか…!」
咄嗟に防壁で守ったけど飛ばされた。こりゃ盟主の真似事してる奴、という印象は抜いて…マジで盟主と戦ってると思った方がいいか。
「ジズ・ハーシェルは自尊心が強すぎた!」
「む……」
エリスが顔を上げれば…、宵闇に包まれた森の中、ウィーペラの声が響く。飛んでいる、四方八方を、撹乱するように。
まずいか、空魔を相手にしている時に…こういうフィールドに来てしまったのは。
「奴は自分の力を過信し、殺せないものはないと思い込んだ。思い込む事で時代に置いていかれる感覚から目を背けていた!だが私は違う。プライドなど遠に捨てた!是が非でも勝つ!それが私の信条だ!」
「…………プライドに固執する奴は弱いです。でも、プライドがない奴はそもそも戦いの場にも立てませんよ」
「喧しい!」
影が飛翔する。茂みが揺れ、枝葉が揺れ、高速でエリスの周りを飛ぶウィーペラを相手に、エリスは目を動かし続ける。そして…来る、その時が。
「空魔五式・絶技乱斬!」
「『旋風圏跳』!」
無数の斬撃がエリスの周りを飛び交う、さながら相手を微塵切りにするが如き斬撃の雨。同時にエリスもまた風を纏い飛翔し森の中を駆け巡り斬撃から逃げ伸びる。
「待てぇぇえええッッ!!」
木々が割れる、枝が裂ける、エリスが通った跡を追いかけるように斬影が追従してくる。だが…残念でしたね、ウィーペラ。
確かに身を隠す場所の多い森の中は、空魔の力を120%活かせる絶好のフィールド。だが同時に、エリスも得意なんですよ…こういう物がたくさんある場所は!
「『蛇鞭戒鎖』!」
「逃げるなッ!?!ぎっ!?」
展開、魔力の縄を木々に引っ掛け蜘蛛の巣を一瞬にして形成。凄まじい速度で追い縋るウィーペラを即座に絡め取り、動きを止める。
同時に近くの枝を掴み反転。動きが止まったウィーペラに爪先を向け…。
「『旋風雷響一脚』ッッ!!」
「ごはぁっ!?」
爆裂するような勢いで加速しウィーペラの体に蹴りを叩き込み、木々を薙ぎ倒しながら闇の中に突き飛ばす。
「ぐっ…ゔっっ!!」
そんな中、ウィーペラは木を掴み受け身を取りながら…エリスに刃を向ける。
「消えろぉぉおおおお!!!」
剣が光芒を残す勢いで高速で振るわれ、そのまま突っ込んでくる。仮にもジズの肉体だ、そこから放たれる闇雲な斬撃でも凄まじく速い、速いには速いが。
「色々浅いですよ、お前」
「ァガッ!?」
一閃、さながら斬撃の壁をすり抜けるように走り抜けたエリスの拳がウィーペラの顔面を打ち抜き。
「自分だけが強くなったと思い込んでいる!ジズがプライドに固執したのなら!貴様は己の力に固執しすぎです!!」
「がはぁっっ!?」
そのまま足元にタックルし、ウィーペラの足を掴み上げると共に風で加速しながら回転。木に叩きつけへし折りながら森の中を高速で移動し、木をへし折りながら進み…。
「エリスはもうそう言うステージにはいません!!」
そしてウィーペラを目の前に投げ飛ばし、手の中に魔力を集め…。
「『火雷招』!!」
片手で放つ紅蓮の閃光がウィーペラを吹き飛ばし、森の中に爆炎が轟く。確かにアイツの強さはジズ級だ…が。悪いがもうエリスの相手にはならないようだ。
「まだやりますか、ウィーペラ」
「ヴッ……!」
そして、爆炎の中から這い出てくるウィーペラを見下ろす。
…………………………………………………
(どうなってる!?!?)
ウィーペラは今、混乱の極致にあった。
(今の私は、空魔ジズに匹敵する強さのはず…!なのに何故太刀打ちができない!)
剣を手に木々を掻い潜り疾走する。その速度はさながら天穹、されど感じるのはその速度にエリスが的確について来ている事。
騒ぎに乗じて帝国から這々の体で逃げ延びて、なんとかマレウスに逃げ延び、ジズの体を与えられ…そして私は八大同盟の盟主に匹敵する力を。史上最強の殺し屋ジズと同じだけのスペックを手に入れた。
確かに私の元の力はジズには遠く及ばない、だが反応速度や魔力量はジズの物だし、技術や技量も完璧に再現している。発揮されるスペックは間違いなくジズと同等。つまり八大同盟の盟主級の強さなのだ。
だが………。
「空魔二式───」
「遅いッッ!!」
「ぐぶふぅっ!?」
矢の如き速度で飛んできたエリスの蹴りが胸を打ち、再び吹き飛ばされる。
敵わない、まるで敵わない。エリスの強さが私の想像を遥かに超えていた。前会った時は少なくともこんな化け物みたいな強さではなかった。
強くなったのだろう、そこは分かる。だが一年だぞ、たった一年……たった一年でこれほど強くなってたまるか。
「ウィーペラァァアアアッッ!!」
(こいつマジで人間か!?)
すっ飛んできたエリスの拳を剣で受け止めた瞬間、体全体が奥へと押し飛ばされる。違う、これパンチじゃない!
「『颶神風刻大槍』ッッ!!」
「ぐぎゃぁあああ!?!?」
薙ぎ倒される木々と共に吹き飛ばされる。拳を打ち込むと同時に魔術を放ってきやがった!詠唱とかなしかこいつ!!
こうなったら仕方ない!奥の手として残しておきたかったが!!
「ええい!『再現覚醒』!」
体内のピンを外し、ジズの魔力を復元する。ジズの覚醒を再現する私の切り札。一度使えば拠点に戻って魔力補充を行う必要があるが…仕方ない!
「『天獄のアジダハーカ』!!」
全身から魔力を放ち、周囲の大気を操り、空を飛ぶ。これでもう詠唱を使えない!音を縛った!詠唱がなければアイツは────。
「冥王乱舞」
「え!?」
瞬間、エリスの体が光り輝く。大地に立つエリスの体から紫の光が迸り───。
「『逆さ落星』ッッ!!」
「ぐげぇぇっ!?」
叩き込まれる、目にも止まらぬ速度で飛んできたエリスの蹴りが私の体を叩き抜き、空気の層を貫通し、そしてそのまま私の頭を掴み。
「『殲煌』!!」
「ごげぇぇえ!?」
地面に叩きつける。と同時にエリスの体から放たれた魔力が全身を貫き、地面が爆裂する…。
なんだこいつ、なんなんだこいつ!八大同盟の盟主より強いじゃないか!高々一年でこんな強くなるなんてありえないだろ!!一体どんな一年過ごしてたんだこいつ!!
「ウィーペラ……」
そのままエリスは地面に倒れ伏す私の顔面を掴み。
「お前、人形の体でしたね」
「な、何をいてててててててて!!」
首を掴み、ギリギリと締め上げながら引っ張る、体を踏みつけ首を引っ張り、ブチブチと首を引きちぎろうとするんだ。人間じゃないよこいつ!私より人外だよ!!
「痛い痛い痛いやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!」
「喧しい!!」
ゴキンッ!と音を立てて私の首が体から切り離され、魔力が霧散していく。そのままジズの髪を掴んだエリスは頭を掴んだまま、それを天に掲げ。
「ぉぉおおーーーー!!!」
蛮族のように雄叫びを上げる。なんだこいつ、なんなんだよ本当に。
(間違えた、喧嘩売る相手…)
こいつがこんなに強くなってるなんて計算外だ。もうこいつを止められる奴…いないんじゃないか。
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「ただいま戻りました」
「え!?もう!?」
エリスはジズを…いやウィーペラをぶっ潰し、首を引きちぎり、首級を挙げてヒュパティアさんの家に戻る。扉を開けるとモースさんがやたら不安そうな顔で、ヒュパティアさんが机に向かってペンを動かしながらエリスを待っていた。
「ジズ倒しました」
「首ィッ!?」
「あ、こいつ人形の体なんで。首切られても生きてます」
「助けてください」
ポイっと床に投げ捨て、エリスは床に座り込む。確かに強かった、ジズの同等の実力を持っているって謳い文句はあながち嘘じゃなさそうだ……まぁ、ジズが持っていた経験や直感までは再現出来てないが。
とは言え、こんなもんか。どうやら予想以上に効いているようだ……電脳世界での修行が。ラセツ相手だから実感出来ていなかったが、今のエリスは八大同盟の盟主級よりも上の段階にあるらしい。
(が、それほどの実力があっても……ラセツには、第三段階には手も足も出なかった)
このレベルじゃ第三段階には届かないか、となるとセフィラの相手は厳しいか……早く第三段階に行かないと。
「じゃ、エリス瞑想に戻ります」
「え!?こいつどうするでごすか」
「そのままにしておいてください、明日の昼頃には迎えが来るので、そのまま帝国に強制送還です」
「いやだーっ!もう戻りたくないー!!」
「無理です、お前はメグさんの故郷を滅ぼしたんですから。その償いはしてもらいます、人生というコップに残された余白に、全て苦痛と言う水を注ぎ入れて、お前は生きていくんです」
エリスはギャーギャー騒ぐウィーペラを放置して瞑想に入る。座り込み、目を閉じて……。
「いやだーっ!いやだーっ!!」
「…………」
「もう捕まりたくないー!」
「……………」
喧しいな。
「嫌だ嫌だ──え!?ちょっ!?」
エリスはそのまま立ち上がり、ウィーペラの頭を掴み、水瓶の蓋を開け。
「え!?ちょっと!?やめ──ごぼぼぼ!」
「これでよし」
「あんたマジで魔人より魔人でごすな」
水瓶の中に頭を放り込み二人閉じる。どうせこいつは人形なんだ、水に沈めても死にはしない、ならこうしたほうが静かでいい。
「ではエリスは瞑想に戻ります」
「お、おう……にしても」
座り込み、再び己の魂に目を向けて……探る。新たな段階を、更に強くなる方法を。
そんな中、モースさんが腕を組みながら考え始め……。
「こんな小物が、どうやってこの街の宝の情報を手に入れたでごすかね」
小さな小さな呟きが、静寂の中に木霊した。
…………………………………………………
「おいおいマジかよッッ!?ジズの体使ってんだぜ!?ウィーペラの奴!」
遥か遠方にて、木の上に座った大男が夜空の向こうのエーニアックの様子を見て。舌を出して驚愕する。
ジズが負けた、正確に言うならウィーペラだが負けやがった。モースを使った上で負けやがった。
たった一日で山魔と空魔の両方が負けやがった。
「おいおい、あれでも魔人の異名を持つ連中だぜ?不甲斐ないやら…相手がすげぇのやら」
男は木の上に立つ、ぬるりと伸びる身長は高く、外側に向けて跳ねる黒髪は腰まで届き。筋骨隆々の肉体を誇示するように黒いコートは素肌の上から着る男は、ジーンズのポケットに手を突っ込み牙を見せる。
その男が、コキリと肩の関節を動かせばそれに追従して髪が動き、同時にその頭から生えた巨大な黒い角が、ヘラジカのように広がる巨大な角が、人間には決して生えない黒い角が動く。
「しかし面白れェ…魔女の弟子か。エルドラドで見かけた時はゴミカスだったが、高々一年でデカくなったもんだ……こりゃあもう、何嗾けても意味ねェかな。仕方ない、不甲斐ない『後輩』の仇を討ってやるかね」
男の名はクユーサー。『業魔』クユーサー・ジャハンナム、百年前裏社会にて天下をとった最強の犯罪者であり、闇の世界に於いて初めて魔人の名を賜った豪傑。
しかして、本人はこの名を既に捨てている。あの日、処刑される寸前に出会った黒い魔術師の言葉を聞いたあの時から、彼はクユーサーの名を捨てている。
仮に今、彼を呼ぶとしたら…こう呼ぶしかないだろう。
「どの道いつかやるんだ。なら今やっても変わりねェだろ…なぁ、魔女の弟子」
セフィラの一員、『峻厳』のゲブラーと……。