間話・いつかのレグルスと魔女の弟子《報告付き》
──────それは、魔女の弟子がマレウスの旅を開始するよりも前。いや、そもそもエリスがシリウスを撃退するよりも前。よりも更にディオスクロア一周の旅を始めるよりも前……。
「お砂糖をーッ!大匙いっぱいー!」
「更に一周だ、もう一周頑張ってみろ!」
「はいししょー!」
星惑いの森にて、孤独の魔女レグルスと未だ外界を知らぬ幼少期のエリスが森の中で修行をしていた頃の話。二人はただ、平穏な日々を過ごしていた。
「ひぃひぃ、はぁはぁ」
「エリス、詠唱を続けろ。戦いの場では息を整える暇もないぞ」
「は、はひぃ!」
小さな手をブンブン振って、小さな足でピョコピョコ走り、金色の髪に汗を滴らせ、青瞳で前をしっかり見つめる少女の名はエリス。孤独の魔女レグルスの弟子…即ち我が愛弟子エリスだ。
(基礎体力が養われ始めているな…)
そんなエリスを見つめるのは当然、彼女の師匠たる私、レグルスだ。外に椅子を持ち出し走り回るエリスを見守り続け、その修行の成果を確認する。
彼女と出会ってからしばらく経ち、基礎訓練を続ける土壌が整ってきた。始めた当初は直ぐにヘトヘトになっていたが、最近では走り続けていられる時間、言葉を紡ぎ続けられる時間も増えてそれなりの様となった。
とは言え、まだエリスは修行を開始して一年も経っていない。足も早くなりつつあるがそれは所詮ガキンチョの中ではと言うだけ、とてもじゃないが戦場に立てる程じゃないな。
(なんて、私はエリスを戦場に立たせたいわけじゃないんだが)
私はただ、エリスがこれから一人で生きていく事になっても苦労しない程度の力をつけてやりたいだけだ。だがこの世を生きていこうと思うと往々にして力が必要なもので、そして力とは一朝一夕ではつかないものだ。
だからこうして幼い頃から育てているだけ。私はエリスを大いなる厄災のような戦場に出したり、ましてや恐ろしい敵と戦わせたいわけじゃない。
それに、なんの財産も持たない私が与えられるものなんて、力しかないからな。
「ひぃひぃはぁはぁ…」
「よし、ご苦労。それじゃあ茶を飲んで休んだら座学に移るぞ」
そうして規定の回数走り終えたのを確認し、私は次の修行に移る。次はいつも通り座学だ、とは言えエリスは記憶力がいいから一度教えるだけでいいし、こっちはこっちで楽なんだが……ん?
「どうした、エリス」
「……いえ、何も…」
何もって事はない顔だ、明らかに不服な顔だ。珍しいな、エリスがこんな顔するなんて、いつもなら『はいししょー!』ってニコニコしながら座学に移るのに。いや、これはまさか…。
「あの、魔術の修行は……」
「またそれか」
魔術の修行の所望だ。最近この子に魔術修行の基礎としてまずは魔力を扱う練習を始めさせたところ。だと言うのにどうだ、この子は魔力修行を始めてからやたらと焦り、魔術を使いたがる。
何故そうも焦るのか。
「言ってるだろう、まだ早い」
「でもエリス、師匠の言われた通り魔力出せるようになりました!」
「出してみろ」
「ぬぬ……!」
その瞬間エリスは手を前に出し、むぐぐと口に力を込めると…手のひらからぷくーっと小さな魔力が搾り出される。それを私に見せて満面の笑みを見せてくる…が。
正直言うと話にならん、そのレベルの魔力を滲み出して何に使うんだ。
「エリス、何度も言ったが魔術の本格習得のタイミングは私が決める」
「う、……じゃあ、ししょーの真似して魔術の予習とかするのは…」
「絶対にダメだ、それをやったら許さん」
「うぅ……」
私が少し厳しい口調で言うとエリスは目をうるうるさせて震え上がる。そんな怖い顔してないはずなんだが…。
だがエリスはまだ魔術を使うには早すぎる。そもそもまだ五歳だぞ、魔術を使うには早すぎる。五歳と言えば私もまだ魔術を使っていなかった、いやギリギリ使ってたか?それくらいの頃に魔術がシリウスによって開発されただろうし…まぁ、ともあれ。
「魔術の修行はまた今度だ、やらないわけじゃない。ただしっかり今やれる事ができるようになってからだ」
「うう、はぁい」
「それとも座学は嫌いか?」
「そんな事ありません!ししょーのお話聞くのとっても楽しいです!」
「よし、なら楽しい座学の時間だ。教科書を出しなさい」
「はーい!」
トコトコとエリスは小屋に戻り本や筆記用具を取りに行く。私はその場で腕を組みエリスを待ちながらザワザワと揺れる木々を見て、ふと考える。
(エリスに教える魔術…か)
魔術を強請るエリスの姿を見てふと考える。エリスは才能がある子だ、今はまだ魔力の扱いも未熟だがこれも直ぐにマスターするだろう。となると魔術を教える日は案外近いのでは?
しかし、私はエリスにどんな魔術を教えればいい。
(ふぅむ、これが他の奴らなら迷いもしないのだろうが)
もし私がアルクなら、教えるのは付与魔術一択。フォーマルハウトなら錬金術一択。しかし私はそうもいかない、他の八人が使う物以外の全ての魔術体系を会得している私はエリスに教えられる幅が最も広く、それ故にとても悩ましい。
(まず星辰魔術のと虚空魔術は除外するとして)
この二つは除外だ、星辰魔術はシリウスの生み出した最高傑作と言われる極大魔術、私にとってもメインウェポンと言える程に強力な効果を持つ。
自らが持つ人の魔力を星の魔力に変換し行う攻撃。星の魔力は人の魔力よりも比重が濃く、人の魔力と衝突した際問答無用で押し除ける性質を持つ。つまり魔力防壁、魔力遍在による防御を無条件で無視すると言う破格の性能を持つ。
エリスの段階ではあまり意味はないかもしれないがこれが第三、第四同士の戦いになると防壁と遍在は命綱だ。その命綱をややこしい条件を踏まず完全無効化出来るのは強いどころの騒ぎじゃない。
が…星辰魔術はシリウスの意図が強く反映されている部分が大きい。これにより大勢人が死ぬのを見た、出来るならこの魔術は誰にも伝えることなく私一人で完結させたいところがあるから教えるのはダメ。
虚空魔術に至っては多分私以外使えん。無いものを有るものとして捉える感覚は鍛えて養われるものじゃ無いしな、使えるとしたら相当な虚空魔術そのものを扱う才能が必要だ。
となると……。
(無難に属性魔術か)
「ししょー!教科書持ってきましたー!」
ぴょこーんと私の前に現れる小さな小さなエリスを見て、私は考える。属性魔術…教えるならそれになる。この世で最もスタンダードかつ面倒な事を考える必要のない魔術体系。これならエリスでも扱えるだろう…が。
「ししょー?」
(うーん、想像出来ん。エリスが属性魔術を使って戦う様が)
だってそうだろう、こんな小さな子が魔術ぶっ放している姿なんか想像出来るわけがない。しかしこれは単なる愚痴では終われん問題だぞ。
師匠となる私が弟子の成長した先のビジョンを見据えられんとは……これは、早急に考えた方がいいか。
「さて、座学を始めるか」
「はい!ししょー!」
まぁともあれ、今は今やれることに集中しよう。今はこの子が大人になっても苦労しないだけの知識を与えてやるのが私の仕事だ。
…………………………………………………………
そう、私の仕事はエリスが大人になって苦労しないだけの物を与えてやる事。そう考えていた…しかしそれは裏を返すと、エリスはまだまだ子供という事で。
「む……」
座学が終わり、夕暮れになった頃。私はエリスと一緒に食べる夕食の支度をする。エリスは床に座って魔力操作の練習中だ。
そんな中、私は。
(しまった、これじゃちょっとおかずが足りない)
今日は魚を丸々一匹焼いて出す予定だったが、気がつく。魚が少し小さいことに、エリスはまだ五歳とはいえ一日修行してるこの子にはちょっと少ない。何より魚だけでは体力がつかない。
(今から買いに行くのも面倒だな。そう言えば家の近くに食える山菜が成っていたな、あれを使うか)
エプロンを脱ぎ、歩いて裏口を開けて庭を越え少し奥の森に入る。ここはアジメク、しかも実りの秋だ、ちょっと探せば山菜なんか山程取れる。だから私は地面に生えてる食べられる草を何本か抜いて……。
『じじょぉぉおおおおお!!!』
「むぅっ!?」
しかし、その瞬間裏口から爆発するような勢いで飛んできたエリスが私の背中に抱きつき、私はバランスを崩しそうになる。
エリスだ、もうめちゃくちゃに泣きじゃくったエリスががっしりと私の背中にくっつき離れようとしない。
「な、何があった!エリス!」
「ししょぉおお!エリスを置いていかないでください!エリスも行きます!エリスも行きます!」
「行かん!どこにも!山菜取りに来ただけだ!」
「ししょぅぅうう!」
泣く、エリスは少し私が離れると直ぐに泣く。これは先日私が山賊を捕まえ領主館に連れて行った頃から顕著になり始めている現象。私に置いていかれるのがひたすらに嫌で、ちょっと離れると泣くんだ。
それは私が山菜を採りに裏庭に行っただけでこれだ。いや、これだけならまだいい。もっと酷いのは……。
……………………………
(ちょっとトイレ……)
夕食を終え、エリスと二人で眠りについた頃。私はベッドから起き上がり便所に向かう。本来魔女はトイレなんて必要ない、それは魔女が元来食事を必要としない体をしているから、入ってこなければ出ないという理屈から。
だが最近はエリスに合わせて食事しているからな、入ってくるなら出てくるもんだ。だから私はトイレに入り扉をバタンと閉めた瞬間だ。
「じじょぉおおおお!!!」
「エリス!?」
トイレに座った瞬間、扉がいきなり開けられ外からワンワン泣いたエリスが私に向かって飛んで来るんだ。
「どこに行くんですか!エリスも行きます!エリスも行きます!」
「どこにも行ってないだろ!?」
「ゔぇええええええええええ!!」
「泣くな!!」
泣きたいのはこっちだ、ただ個室のトイレに入っただけでこれか。トイレをする暇さえない、別に膀胱なんざ破裂してもなんとかなるが、如何にせよ過剰が過ぎるぞ。
「エリスもついていきます〜!エリスししょーと一緒がいいですぅぅぅうう!!」
「分かったから!分かったから!扉を開けたままでいいから!」
エリスはまだ子供だ、私がいないと行動もままならないくらい寂しがり屋。まぁでもまだ五歳、ならこれも普通なのだろうか…だが。
(こっちの身が持たん……)
こんなに精神的に疲労したのは大いなる厄災以来だ。これは何かやった方がいいのだろうか……これでは修行云々以前の問題だ。
………………………………………………………
そしてエリスが寝たのを確認した私はそのままこっそり外に出る。ここで起こしたら余計とんでも無いことになる…だからこっそりだ。
そうやって私が向かうのは……。
「すまんなエドヴィン、こんな真夜中に」
「いえいいんですよ、それよりどうかされましたか?」
ムルク村の領主館。アニクス地方の領主エドヴィンのところだ、こんな真夜中だというのにエドヴィンは快く受け入れてくれて、私は応接間に通される。こんな不躾な奴でもこんな待遇で受け入れてくれるなんて…いい奴だよな、エドヴィンは。
まぁ、快く受け入れてくれない奴もいるが。
「だから!こんな真夜中に来ないでくださいって言ってるでしょ!常識ないんですか賢人さん!」
「すまんクレア…」
「お仕事増えるじゃないですか、全くもう。お茶出すんで待っててください」
クレアだ、この館のメイドのクレアは私を見るなりプリプリと怒り出しキッチンの方に向かっていく。クレアはあんなんだがメイドとしてはそれなりに真面目だ、掃除とかを済ませていたのだろうが…外から私が来た以上また応接間は掃除し直しだ。こんな真夜中に来て仕事を増やして申し訳ないったらない。
まぁ、真面目な奴が客人にあんな物言いするかと言えば、それはそうなんだが。
「で、何のご用でしょう。先日の山賊の件ならまだ皇都から連絡は来てませんが…」
「いや、違うんだ。実はエリスの件でな…」
「エリス?ああ、先日話してらした賢人様のお弟子さんの」
「ああ、最近私が近くにいないと大泣きしてな…トイレにも行けん」
「おやおや」
私がここに来たのはエドヴィンにエリスの件を相談するためだ。正直私一人で悩んでなんとかなる気がしない、だから相談をしたいんだが…まぁ情けないことに私に相談出来る奴と言えばこいつくらいしかいない。だから…。
「と、言われましても」
エドヴィンも困る、分かってる、分かってるんだ。エドヴィンだってこんな事相談されても困るよな、だが悪い、お前しかいないんだ。
「年齢はどれほどで」
「五歳だ、多分な」
「五歳、というとあれですね。魔蝕の」
「あ?ああ、そういえばそうだな」
「魔術導皇様と同じ歳とは縁起がいい」
「いやそんなことはどうでもいいんだ。この子が一人でも泣かないようにしたい…どうすればこれが治る」
「いやぁ…僕も独り身なので、子供のことはどうにも……」
と悩んでいると、扉をガツーンと蹴り開けて入ってくるのは、手に紅茶を乗せたお盆を持ったクレアだ。
「全くどんな重要な案件かと思ったら!ガキが泣くからなんだってんですか!」
「く、クレア君。ガキとはないんじゃないかな、ガキとは」
「ガキでしょ事実。それに子供が泣くって…よく言うでしょ!泣いた数だけ強くなれるって!なら泣かしとけばいいんですよ!そうすりゃ一年後くらいには世界最強になってますよ!」
相変わらず無茶苦茶な奴だな。別に泣きたいなら泣いててもいいが、その結果私を探し回ってうろちょろされるのはそれはそれで危ないし、何よりあれだ。可哀想だ…エリスが泣いてるとこう、胸がギューっとなるんだよ。
「で?どのガキの話してんですか?近所のケビン?アイツこの間おねしょして泣いてたらしいっすよ」
「賢人様のお弟子さんとことさ」
「弟子?弟子なんていましたっけ?まぁいいや、ともかく気にしなきゃいいんです。泣いたら泣いた、泣かしておく。そしてそのうち泣かなくなる。でいいじゃないんですか?」
そのままクレアは私達に紅茶を出してあっけらかんと語る。まぁクレアの言うことにも一理ある、エリスもいつまでも子供じゃない。だから今は泣かしておくのもいいかもしれない、だが。
「でも、私もエリスといつまでも一緒にいれるわけじゃない。もし大人になってもこのままだったらと思うと」
「あはは、アホらしい。大人になってもママがいないと泣いちゃうとかそんな奴見たことないですよ」
「でもなぁ……」
エリスだってきっと大人になったら私のところから旅立つんだ。もしその時が来ても私がそばにいないと泣きじゃくる子だったらと思うと…。
「ふむふむ、賢人様はやや気にしすぎなところがあるようですね」
「いや、気にしすぎと言うか、事実として…」
「そこが気にしすぎです。それに弟子と言うのなら師として教え導き、背中を見せるのも良いのではないでしょうか」
「背中…つまり、泣かないように…私の背中、つまりあり方を見せると言うことか」
エドヴィンの言葉を前に、私は考える。確かにその通りかもしれない、エリスは弟子だ、なら成長する姿は私次第、なら泣いたり喚いたりしないで一人で立てる子に育つかも私次第か。
「おお、領主様十年に一回くらいのいい感じの言葉が出ましたね」
「ま、まぁどういう風に育てたりとかは、全然分からないんですけどね」
「いや、いい意見が聞けた。参考になったよ」
背中を見せる、か。少し弱気になりすぎていたか。
クレアの言う通り、今は泣くのも仕方ない。だがいつかは一人で立って自分で歩いていかねばならない。なら…そういう風になれるよう、私が師匠としてあるべき姿を見せ続ける必要があるんだ。
私はエリスの師匠なんだ、…今度は育て方を間違えないように、まずは私が強く立つことからだな。
「じゃあ話は終わりましたね、なら帰ってください」
「ああ、帰るよ。次はエリスを連れてくる、その時は歓迎してやってくれ」
「はいはーい…うん?エリス?どっかで聞いたような」
私はそのまま紅茶をグイーッと飲んで立ち上がり、エドヴィンに軽く礼を言って家に帰ることにする。こんな事のためだけに時間をとってもらって悪いなエドヴィン。
今度何かの礼をしよう、いやそんな事前も思って結局礼をしないでいたな…ふむ。エリスが育ち切ったらその時はエドヴィンに何か盛大な礼をしよう。
私は正体を隠したままだから、大したことは出来んがな。
「さて、行くか」
あまり時間をかけてエリスが起きてもあれだ。私は外に出るなり旋風圏跳を使い空へと駆け上がり、遥かに聳えるアニクス山を超え星惑いの森へと降り立つ。
そしてなるべく音を立てないよう小屋に向かい、扉を開けて…エリスの寝ているベッドに……。
「ッ……マジか」
思わず私はベッドの前に駆け寄り、呆然とする。
……いない、毛布が捲られエリスがベッドから出た痕跡がある。じゃあ何処にと言う私の問いかけに答えるように、背後で物音が鳴る。
「ッ……裏口か!」
裏口扉が軋む音が聞こえ慌てて確認すると、扉が半開きだった。つまりここから出たのだ、何で出た?決まってる、私を探してエリスも一緒に行きますって言いに行ったんだ。だが森の中を探しても私はいない、なら…。
「エリス!クソッ…!」
弾かれるように裏口から出てエリスを探す。まず目視、確認出来ない、恐らくかなり遠くまで行ったのだろう。
続いて音、エリスの事だ。大泣きしながら走っているんだろう…だが。
「ダメか…」
聞こえない、エリスの声が。そもそもこの森はサイズだけは馬鹿みたいにでかい、端の方まで行かれると私の耳でも流石に聞こえな……待て。
「外周まで行ったのか…!?」
まずい、この森は周りをぐるりと崖に囲まれている。だから誰もこの森に立ち入れないのだ、そして同時にその外壁はかなり脆い…それこそエリスがここに来た時同様、下手に近づくと崩落に巻き込まれる危険性がある。
もしエリスが外周に近寄って、崩落に巻き込まれでもしたら……。
「ッ……」
私に出来る全てを総動員してエリスを探す。魔力探知…エリスの小さくか細い魔力を探しながら魔眼を使ってエリスの存在を探す。そうしていると私の気配を感じ取って鳥が騒ぎ出し、キイキイと喚きながら周囲の茂みから飛び立ち始め…。
「うるさい、お前も手伝え」
「ギッ!?」
「───『服従の楔』」
そのまま鳥を掴んで動物使役の魔術を用いる。魔力を脳に叩き込んで私の意思を反映させ空に放つ。すると鳥は私の意思に従い森の外周を飛んで……。
「ッ!見つけた!」
操った鳥の視界をジャックすれば、エリスが見えた。案の定森の外周、岩壁の所にいて…って!
「何やってんだアイツ!?」
鳥の視界を通して見えたのは、エリスが泣き喚きながら岩壁を昇っている姿だった。しかも結構な高さまで登ってる…まさか。
(私を追いかけようとして…単身でアニクス山を越えようとしてるのか!?)
どんな行動力だと言う突っ込みと共に、それほどまで私と離れたくないのかと言う気持ちが湧いてくる。そうか…そんなにも私と離れたくないのか、一時でも離れてしまったのが申し訳なくなるな。
だが……。
「『旋風圏跳』!」
一気に風を切り裂いて、森の中を突っ切ってエリスのところに向かう。エリスは岩壁に張り付いてオンオン泣いている…が、先も言ったがあそこの壁は崩れやすい、ヘタをすると滑落する可能性がある。だから───。
「おおぉおぉおぉぉおお!じじょぉおおおお!エリスを置いていかないでくださいいいいい!エリズもいぎまずぅぅうぅう!」
壁に張り付き泣きじゃくるエリス、その瞬間…。
「あ!」
ガラリと音を立ててエリスが掴む岩が崩落、そのままエリスの体は重力に引っ張られ地面へと────。
「エリスッッッ!!!」
掴む、一瞬でエリスの所へと駆け抜けた私はそのままエリスの下で静止し、落ちてくるエリスをキャッチする。危なかった…危うく落ちる所だった…!
「あ………」
すると、キャッチされたエリスは呆然としつつ、キョロキョロと眼球だけを動かし周りを見て、私の顔を確認すると…。
「ゔぅ…じじょぉぉおおおお!!」
ダバダバと涙を流しながら私に抱きついてくる。その手は血塗れで、傷を厭わず私を探し回った様がありありと感じ取れた…。
「エリス…」
「ししょー!エリスは…エリスはししょーと一緒にいたいです!置いていかないでくださいぃぃ!」
「……いいか、エリス。私は……」
その瞬間、頭上から異音が響く。鈍く…重い音だ。まるで亀裂が走るように広がるその音を確認するため視線を上に向けると。
「……チッ」
壁が崩れ始めている。巨大な岩が私達の上に落ちようとしている。エリスが昇った衝撃が伝播したのだろう。
私は静かに天に手を掲げ…。
「───『火雷招』」
撃ち抜く、天に突き刺す釘の如く。赤く煌めく光を頭上に放ち、迫る岩を一瞬で蒸発させ消し去り…天を仰ぐ。
「し、ししょ……」
「エリス、いいか。私はいつまでも一緒にいられるわけじゃない」
天を仰いだままそう言えば、エリスはあからさまに拒絶の意を示すようにキュッと私を掴む力を強くし。
「ん、んん!嫌です!エリスはししょーとずっと一緒にいたいです」
「エリス、我儘を言わないでくれ。どうあれずっと一緒というわけにはいかない…いつかお前は、お前自身の足で立ち、お前自身の手で未来を掴んでいかなくてはならない」
「ししょー…」
「お前は嫌かもしれないが」
私はこの子の母親にはなれない、一緒そばにいてやることもできない。だから私はこうしてエリスを鍛え、育てている。泣いてもいい、喚いてもいい、だがいつかは…自分で選択する日が必ずやってくる。
どれだけ嫌でもな。けど…エリス。
「それでも、お前なら出来るさ。泣きたくなっても、悲しくなっても、前に歩んでいける子になれる」
「でも…エリス…そんな強い子になれる、自信がないです…」
「なら信じろ、自分自身を…、けれどもし…悲しくなって、泣きたくなって、立てなくなって、折れてしまいそうだと思ったのならこう叫べ」
私はエリスを見て、出来る限りの笑みを浮かべ。その胸に手を当てる。
「お前はエリスだ、孤独の魔女の弟子エリスだと。私の弟子ならきっと大丈夫」
「エリスは…エリス。孤独の魔女の弟子…エリス……」
「そうだ、お前は私の弟子なんだ。そう思えれば…まぁ勇気も出てくるだろう」
私はそれだけ伝え、エリスを抱いたまま歩き出す。今はまだ泣いてもいい、けどいつか…泣いていたら誰かを助けられない日がやってくる。その時、勇気を出せるかどうかで、全てが変わってくる。
そしてその時、必要になるものを…私は与えるよ、エリス。
「ししょー…」
「ん?なんだ」
「エリス、強くなります…もう泣いたり、騒いたりしません」
エリスは私の腕の中で、静かにそう呟く。そうか、泣かないか、それは大変だぞ。私も気合を入れて育てないとな…。
「フッ、そうか…」
「はい、だって……エリスはエリスです、孤独の魔女の弟子エリスですから」
「ああ、そうだ」
そうして私達は二人で帰路に着く。また明日を始めるために、明日の明日を生きるために、ずっと未来の明日を守る力を、培うために。
孤独の魔女とその弟子の日々は…続いていく。
おまけとはなりますがこちらで報告させてください。
この度、マイクロマガジン社様のGCノベルズにて書籍化が決定し、その情報公開がGCノベルズ公式アカウントにて行われた事を発表させてください!詳しいことは活動報告にて行いますが、皆様の応援のおかげで《孤独の魔女と独りの少女》の第一巻が世に出る運びとなりました!誠にありがとうございます!!




