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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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外伝・大いなる厄災:星系最強VS史上最強


「シリウス……」


「久しいのうアルデバラン」


バチバチと迸る電光が天を裂き、砕け融解した大地が光を放ち、ディオスクロア首都ゲミンガにて……二人の最強が睨み合う。


ディオスクロア最強にして『英雄』アルデバラン・アルゼモール。


対するは羅睺大悪星、神に最も近づいた存在、天狼…数多の異名を持ちながらもその全てを押し退け、こう呼ばれる女。


史上最強…『原初の魔女』シリウス・アレーティア。


魔女達がオフュークスの中心であるアウズンブラに攻め込んでいる最中を突いて行われたオフュークスの大軍勢による一大決戦。それをただ一人で押さえ込んだアルデバランの前に現れた最後にして最大の障壁は、とてもとてもリラックスした様子で姿勢を崩し。


「やってくれたのう、本当に。ワシの集めた羅睺の悉くをただ一人で撃滅するとは」


「あのくらいなら、いくらでも相手出来ますよ」


「ほうそうか、の割には消耗しておるようじゃが?」


「…………」


「それに魔女達はまだ帝国におる、お前は引くに引けない状態にある。その上でかなりの消耗…これはあれか?チャンスというやつではないか?アルデバラン、お前という面倒極まりない存在をぶっ殺す…千載一遇の」


シリウスはやる気だ、本来ならここには来れないはずのシリウスが態々ここに来たという事はつまりここで戦いを終わらせるつもり。


時間というリソースを投げ捨て、使用法というリスクを受け入れ、その上で私を殺すリターンを得る為に……ここに来た。


「お前が消えれば後は作業じゃ、魔女を殺し、レーヴァテインを殺し、世界を割って中身を取り出す。全て作業よ……ワシを恐れさせる物はもう何もない」


「いいえ、まだ終わっていません。私は死にませんし、魔女はここに来ますし、世界は終わりません。ここで消えるのはお前です、シリウス」


「くかかかかかか!豪胆じゃのう……まぁ、ええが」


シリウスは白く垂れ下がるような上着を脱いで、腰に巻きつける。その内には黒いボディスーツ、そして鍛え抜かれ一切の隙のない白い肉体。それが垣間見え、拳を鳴らす。


「ワシの目的はお前を殺す事、それが達成されるまで引く気はない。故にアルデバラン、手早く諦めてくれる事を祈るが…どうじゃ?」


「無駄です」


「じゃろうな、はぁ…じゃあやるか。ワシの手の中にあるタスクの中で、最も面倒な…『作業』をな」


シリウスが拳を握る、私が槌を握る。温存はナシだ、シリウスが相手である以上…最初からフルスロットルだッッ!!


「ここで終わりにしてやるッッ!天狼ッッ!!」


「くわはははははっ!!英雄が!生意気を吐かすッッ!!」


踏み込む、大地が剥げる。爆裂する、砂塵が天まで届く。さながら巨大な壁が二つ屹立するが如き勢いで踏み込んだ二つの最強は真っ向から衝突し、叩き込む。


星魔槌ディオスクロアの一撃とシリウスの拳が激突し、その圧力により大地が沈む。


「はぁぁああああああッッ!!」


「あひあひあひあひ!ひょほほほほ!」


打つ、打つ、打つ、火花を散らしプラズマを迸らせ槌を振るい迫るシリウスの拳を打ち払いその身に叩き込む。シリウスは硬い、信じられないくらい硬い防壁と常軌を逸した魔力遍在により人類の限界を超えた力と硬さを維持し続けている。


その上で…。


「そら!惰性で打つなよ!」


「チッ!」


まるで払うようにシリウスが足を振るえば地面がそのまま弾け飛び私の足場が消える。それにより私のバランスが崩れ……。


「合わせ術法『天狼一閃』ッッ!!」


流れるように叩き込むのは合わせ術法。シリウスはこれ程の膂力と防御力を持ちながらその上で極限の技術を持ち合わせる。


魔法、圧力をかけただけで空間が歪み光の輪が生まれる程の密度。

武術、天性の才能で我流であるにも関わらずアルクトゥルスすら追い込む技量。

魔術、言うに能わず。


その全てを掛け合わせた一撃は天体の中で収まる威力ではなく。余波だけで天地が乱れる程の威力が発揮され……。


「『波旬天撃(はじゅんてんげき)』ッ!」


「のぅ!?」


迎え撃つ、真っ向から槌の一撃で張り合いシリウスと私の力が拮抗する。確かに地面を崩されバランスは崩した、ですがね…そんなの私には関係ないんですよ。


「虚空を踏んでおる…そうじゃったのう!英雄はこの星の法則に縛られないんじゃった!!」


「はぁぁあああッッ!!」


何もない空間に足を置き、そのまま一気に空気を踏み槌を振り抜きシリウスの合わせ術法を弾き返す。


「ぬははッ!やるではないか!」


「まだです!!」


そのまま槌を横に寝かせ、大きく振りかぶると共に…。


「『星廻撃墜(せいかいげきつい)』!」


一気に振るうと共に槌を投擲。高速回転する槌はプラズマを纏い、隕石のように青色の閃光を放ちながら一気にシリウスに向かい。


「効かんわ!」


弾かれる、拳に防壁を纏わせ裏拳で槌を弾いたシリウスは余裕とばかりに笑い──。


「右は此方、左は彼方、対になる螺旋は万象を分つ。それは刃無き断頭、剣無き煌めき、世界すらも切り分ける一閃……『龍骨一斬(りゅうこついちざん)』」


「あ!」


すれ違う、槌を弾き勝ち誇ったシリウスの隣を通り過ぎ…彼女の体を魔術にて両断する。星の重力と遠心力を操る魔術によって発生する潮汐力。それをそのまま叩き込む大魔術にてシリウスの体が腕ごと真横に裂け、血が溢れる。


「ぐぎゃぁああああああああ!!」


槌が弾かれるのは分かりきっていた、だからブラフに使ったのだ。弾かれ回転する槌をキャッチし私は視線をシリウスに向け…観察する。


「ヴッ!わ、ワシが…このワシが!こんなぁぁああああ!!!」


真っ二つに引き裂かれたシリウスは口から夥しい量の血を吐きながらもがき苦しみ。


「ぅぐぅうううううう!!!屈辱じゃああああ!ぐぎゃぁあああああ!!」


叫び続け…。


「ゔぅぅうう!痛い!とても痛いぞぉ!酷いではないかアルデバラン!こんなことするなんてぇ!」


ポロポロ涙を流しながら、こちらを見て……舌を出し笑う。


「痛いではないか本当に、死んでしまいそうじゃあ〜……おいもっと喜ばんかい」


「………」


「それとももっと迫真の演技をしたほうがええかのう…うぎゃぁああああああ!やられるぅううううへへへへへ!いかんいかん笑ってまうわい!」


……笑っている、体が引き裂かれても笑っている。…これは奴の常套句だ。


「茶番はいいです。治しなさい」


「はぁ、つまらんのう」


シリウスはそのまま治癒魔術にて裂かれた体を元に戻し、舌を打つ。今のは演技だ、奴は痛みを感じていないしダメージもない。


奴は不滅の異法にて死ぬ事はない。その上でスピカと同じ術が使える…いや正確に言うならスピカがシリウスと同じことができると言ってもいい。

奴は相手の渾身の一撃を敢えて受ける。そうして苦しむフリをして…呆気なく治す。これを常套手段のように繰り返しているんだ。


(バカにして……)


奴はこれの手を使って幾度となく相手の心を折ってきた。渾身の一撃を敢えて受け止めそれを無駄だと言わんばかりに全否定しつつバカにして、そして決まってこう言う。


「危うく死ぬところじゃった、次はもっと強い攻撃をしたら案外いけるかもしれんぞ?」


とな、これで相手の自尊心を徹底的に踏み躙る。この手はよく効くもんで、私以外の十三玉座達もこの方法で心を折られた。


魔女も、果ては羅睺さえも。無限の再生能力と圧倒的な実力を持つシリウスとの力の差を前に膝を屈した。


そして皆こう思うんだ。シリウスこそが最強であると。


「ノーコメント…かい、面白みのない奴じゃ」


「私はそんな手には引っかかりませんよ、シリウス」


「そうかそうか、そりゃ結構じゃ」


シリウスをダメージ累積で倒す事は不可能、倒すなら一撃で消し去るしかない…と思わせて奴は細胞の一欠片も残さず消滅させられても虚空から再生して来る。はっきり言おう…こいつを殺すのは無理だ。


少なくとも今の私には、こいつを倒す方法が思いつかない。


だが…やりようはある。


「痛い目を見たいなら、もっと見せてあげましょう!」


「おお!来るか来るか!」


槌を握りしめ、更に打つ。シリウスは見かけ上抵抗しているが…どう見ても待っている、私の渾身の一撃を。それを防いで私の心を折る気なのだ……。


確かにシリウスは強い、心が折れるほどに強い。だが不思議なのはシリウス自身がその手で殺した数が…異様に少ないこと。


(これほどの実力を持ちながら、何故羅睺を使う、何故オフュークスの軍勢を頼る、何故…心を折ることに固執する)


シリウスはその気になれば全員殺せるほどに強い、だが何故かそれをしない。なんなら殺さず相手の心を折ることで戦いを終わらせる場面が多く、その手で殺した数な少ない。


私はここに、一つの仮説を立てた…それはつまり。


(出せないんでしょう、シリウス。お前も本気を)


シリウスは本気で戦えない、本気で戦えばこの星が割れるから。シリウスの目的は世界の破壊ではなくこの星の中心にある星の記憶の奪取…つまりシリウスはこの星を壊すわけにはいかないのだ。


しかしシリウスの火力は既にこの天体を超えている。本気を出せば容易く全てが吹き飛ぶ。それはシリウスにとっても避けたい…だってシリウスはこの星そのものに用があるから、壊すわけにはいかない。だから本気が出せない。


シリウスはさぞ戦いづらいことだろう。さながら割ってはいけない卵の上に立ちながら戦っているようなもの、軽く動けば卵が割れる、それは避けたい。


故に軍勢を使ったり、脅しを使ったりして、戦いを終わらせる。つまりこいつは……。


(私を殺すのに、本気は出せない!)


「ッ…危ねーのー」


鋭く槌を振るえば大地が砕け、シリウスの足が後ろに下がる。こいつは私を殺すのに本気は出せない。シリウスは分かっているんだ、私を殺すだけの火力を用意するには星が砕ける程の火力を用意しなければならないことを。


こいつは本気を出せない、ならこのまま攻め続けこいつに何もさせなければ…魔女達が来るまでの時間は稼げる!


「ッ…色々考えておるようじゃのうアルデバラン、じゃぁが!」


一歩下がったシリウスは拳を握り、全身から魔力を吹き出させ…。


「ワシが本気を出せないと思っておるのか?ワシに出来ないことがあると、思うておるのか!!」


緑色の魔力が突如爆発するように吹き出し地面が抉り取られ消し飛んでいく。内側に収納していた魔力を外に出しただけで、鑿岩機で地面を削ったように大地が消えていく。


緑の光は出るまで伸び、雲を覆い、天を包む。ただ魔力を外に出しただけで世界が覆われたのだ。これがシリウスの本気……だが。


「消し飛ばしてやろうアルデバランッッ!!」


「だから言ってるでしょう…!」


踏み込む、圧倒的魔力の暴威を前に更に一歩、踏み込んで。


「脅しは通用しないとッッ!!」


「ぉぶっ!?」


一閃、槌がシリウスの顔面を穿ち衝撃波が背後に突き抜ける。今のは脅しだ、本気で攻撃する気はない…寧ろ今のは悪手だぞシリウス!

今のでお前が、本気で攻撃出来ない事が確定した!!


「ぐっ…ぅぐぅ〜〜!面倒じゃのう!」


「このまま大人しくしてもらいますよ!」


「嫌じゃあ!ワシはなぁ!誰かから命令されるのが一番嫌いなんじゃッッ!!」


そのままシリウスは魔力を元に戻し、揺らめくような光を手に。


「この声を聞け!力を見よ!、天へと上りし神体は絶対なる力の具現、全てを見下ろし万を焼き尽くす究極の光は!果てまで焼き尽くして尚飽き足らぬ瞋恚の炎!人よ、恐怖せよ畏怖せよ、消え失せよ!『万界炎熱(ばんかいえんねつ)紅蓮地獄(ぐれんじごく)』ッッ!!」


炸裂する、まるでシリウスの体が爆裂するように四方に熱の光波が溢れ一瞬で景色が融解する。圧倒的な熱が周囲を溶岩地獄に変えるが…。


「無駄ァッ!!」


「チッ!属性魔術も効かんのかお前は!」


灼熱を切り裂きシリウスを撃ち抜く。熱さなど随分昔から感じない、寧ろこういう環境にいると調子がいいくらいだ。


「じゃが!ぬはは!!よいよい!このくらいしてもわらねば拍子抜けも良いところ!」


「ッ……」


溶岩に包まれた地獄の中で、シリウスが笑う…笑うが、私は見る。その笑顔の隙間…一瞬だけシリウスが。


(まずい……!)


私を真顔で観察していた。シリウスの戦闘フェーズが力押しから攻略のフェーズに入った、私を攻略しようとしてる。何か来る────。


「雷を侍らせ、滾れ豪炎、我が望むは絶対なる破壊 一切を許さぬ鏖壊の迅雷、万雷無炎 怨敵消電 天下雷光、その威とその意が在るが儘に。全ての敵を物ともせず響く雷鳴の神髄を示せ『黒雷招』!」


「っグッ!?」


シリウスの両手から放たれた黒の雷が私の防壁を一瞬で貫き腹を貫通する。これは…レグルスの使う黒い雷、感電ではなく相手を引き裂く雷か…!


「物理的な痛覚はあるか、ならこうするとしよう…!」


そのままシリウスはゆらりと腕を動かして。


「合わせ術法『天狼発破』ッ!!!」


「ガハッ!?」


叩き込む、神速の両拳が私の体を射抜き、吹き飛ばす。武術の動きに魔力衝撃を合わせ、その上で震動魔術を重ね合わせてきた。この私の防壁がまるで意味をなしていないなんて…!


「この……!」


「『旋風圏跳』!」


「ぐぅっ!?」


吹き飛ばされ、受け身を取った瞬間。弾丸のような速度で飛び、音の壁を背負いながら飛翔するシリウスの蹴りが私の胴を叩き、その一瞬後に音が追いつき、引っ張られるように土が捲れ上がる。


「ひび割れ叩き、空を裂き、下される裁き、この手の先に齎される剛天の一撃よ。その一切を許さず与え衝き砕き終わらせよ全てを…『震天・阿良波々岐』ッ!」


「ッッ…!」


そして続け様に飛び出すのは震撃魔術。空気が震え物質全てが粉砕される、私も含めて。


私は悟る、シリウスが戦い方を変えてきた。属性魔術での攻撃は控え物理主体の破壊法に切り替えてきた。しかも火力面は二の次で私に何もさせない連撃を主体に。

こうも別人の如く戦い方を切り替えられるか。どれだけ戦法の引き出しがあるのやら!


「ッお返しです!!」


だが私も負けられない、地面を踏み締め震動を乗り越え槌を横薙ぎに振るいシリウスを打ち払おうとするが…。


「なッ!?」


消える、シリウスの体が。槌が触れた瞬間黄金の粒子になって消える。これは…。


「『十元夢影』……初歩的な幻惑魔術じゃ」


「ッ!」


背後から聞こえた声に反応し即座に後ろに槌を振るうが。


「燻しの鉄、陽が落ちる世界、手に剣を、身に具足。落陽は来ず永遠の血乱は世を覆う『銀刃界斬(ぎんじんかいざん)(しん)』」


「アゥぐっ!?」


シリウスの体から放たれた銀色の閃光が私の身を切り裂く。速い、一手一手が速い…!


「ふむ、英雄…とは言え人の身に収まるならば、案外原始的なやり方が有効なのかもしれんな」


「ッ……」


「で、どうする。ワシは手札を出した、お前は?ないなら手番を飛ばすぞ」


血を流しながら転がる私を見て笑わないシリウスは…無傷だ。ダメージを負っていない、何度も打っているのに聞いている感じがしない。そりゃそうだよ治癒で治してるんだから。


そしてシリウスの魂は不滅だ、つまり使っても魔力が減らない。肉体も魔力も常に一定を保ち続ける。


(出鱈目ですね……)


本当に出鱈目だ、これがどうなれば倒せるのか…全く分からない。これが史上最強と呼ばれる存在ですか、恐らく一万年経とうが十万年経とうがこの座は揺るがないでしょうね……。


(……これはもう、仕方ないか)


私は立ち上がる、これはもう…手段は選んでられない。そう考えて私は鎧を脱ぎ、槌を捨てる。


「ん?降伏か?……いや、違うな」


「すぅー……」


本当は、魔女が来てから切るはずだった手札。全てを終わらせる一押しに使うつもりだった、だが私が出て、戦い、そしてシリウスが来た以上。


仕方ない、ごめんなさいカノープス…あとはなんとかしてください。


「『永劫なりし問い、汝魔道の極致を何と見る』……」


「む!それは!」


私が生まれた意味は、私が戦う意味は、いつだってそうだ。


「『永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう』」


私はただ、何かを守るためにあった。だからシリウスと戦った、それが正しい事だと信じて。だから。私の答えは……。


「『魔道の極致とは即ち『永久に続く、この世』である』」


拳を握り、強く叫ぶ。私が得た答えは…魔道の極致とは、即ちこの世である。


無数の奇跡が連なり、無数の希望が織り成す世界こそ、如何なる魔術よりも尊くーまた得難い物である。その答えを出せば…世界は私に、力を与える。


「第四段階…臨界魔力覚醒か!」


シリウスは顔色を変える、私の切り札を前に…だが、違う。私のは臨界魔力覚醒ではなく。


「『真界魔力覚醒』」


真なる魔力覚醒。世界に道を開けさせそっぽを向かれ、代わりに己の世界を展開するのが臨界魔力覚醒なのだとしたら。


真界魔力覚醒は真逆、この世界に在って、この世界を己の物とする真の魔力覚醒。私はゆっくりと両拳を並べるように前に出し。


「『四極十方(しきょくじゅっぽう)無色界(むしきかい)』」


「ほう……!」


溢れ出る白い光が世界に溶ける。これが英雄アルデバランの真の力…私が出せる、全身全霊全力全開です。


「英雄は、星の出す問いに正答を出す事の出来る人類である…と、ナヴァグラハは言っておった。臨界魔力覚醒の門を開ける為には世界からの問いに応えなければならない」


「………」


「そもそも星の問いとはなんであろうな、星にも魂があり記憶がある以上、意識もあるのじゃろう。それが態々人間に何を問うのか…ワシはこれに常々疑問を持っておった、じゃがこの件に関してワシは考えるのを諦めた。何故ならワシは正答を出せる人間ではない以上真に星に寄り添うことは出来ん」


「何が言いたいので」


「今お前が言ったのが正答か?永久に続くこの世が正答か?ワシが思うに……アルデバラン」


シリウスはニタリと笑いながら、両手を開き。


「お前、最後の最後で誤ったなッ!それは星の望む答えではないだろう!捨てたな!自ら英雄の資質を!」


「だから言ってるでしょう、これは…私の答え。アルデバラン・アルゼモールの答えだとッッ!!」


「ハッ!中途半端な答えで何が出来────」


瞬間、シリウスの体が消える。いや、消した…殴り飛ばし、天空と彼方まで押しやった。それを追い、私は天を駆け抜け一瞬でシリウスに追いつく。


「ぅぐっ!?カハハッ!そうか!完全に間違っていたわけでもないようじゃ!これほどの力を星が与えたか!つまり今のお前の攻撃は星の怒りそのものか!」


「シリウス…私は、お前を殺す!!」


「グヒヒ!この期に及んでまさか星がワシに牙を剥くか!!そんなにもワシに殺されたくないか!星よ!!」


天空でシリウスは体を入れ替え迫る私に向け無数の魔術を放つ…が。


「遅過ぎる!」


「ぐぶふぅ!」


一瞬だ、まるで無数の糸が絡むように白い光芒が幾度となくシリウスを貫き…高速で移動する私の拳撃の乱打がシリウスを叩き抜いた。その一撃によりシリウスの口から血が溢れる。


確かに私は正答を出せなかった。分かるんだ、世界が求めていた本当の答えはこれじゃないって、でも…思うんだよ。今この世界ほどに愛おしいものはないと、私達が生きたこの世界こそが、私にとって正解なんだって。


だから答えた、そうでなけれな私は戦えない。故に世界は完全に私に『渡さなかった』…けど、十分だ。何故なら私は英雄アルデバラン…人類の英雄!アルデバラン・アルゼモールなのだから!


「『星界総拳』ッッ!!」


「ッ…!キツいのう!」


叩き込む、純白の光を保つ拳を。それはまるでドミノ倒しのように力が拡散し、シリウスから空気に、空気からか土に、土から星に。順繰りに巨大になっていく衝撃波にシリウスは血を吐いて…笑う。


「ぬははは…これが英雄か、最後に誤ったとは言え出力そのものには何の齟齬もない。火力面では完成形とほぼ同じか…。だからこそ余計残念でならぬぞ、何故お前はそれほどまでに隔絶しながらも、人としての感性を捨てられなんだ!!」


「それは私が人間だからですよ、人の道を捨てたお前と違って…私は、この道を進んでいくと決めているんだ!」


「人の道を捨てたぁ?たわけがぁ…!」


ぶつかり合う、私の振るう純白の拳とシリウスの魔拳が衝突し空が開き、大地が開き、不可視の球体が広がるように衝撃波が走る。


「お前は理解しておらん、アルデバラン!何故英雄が『英雄』と呼ばれるか理解しておるか!」


「興味もない!」


「それは人に課された命題を解決し得る素養がある、他の誰にも解決出来ない人類に課された一つの使命を達成出来るからこそ!『英雄』と呼ばれるのじゃ!その命題から背を向けた時点でお前はもう人類の英雄ですらない!」


「人の使命なんて!楽しく食べて!健やかに眠って!笑って生きること!ただそれだけ!それを邪魔する奴をぶっ飛ばすのが!英雄です!!」


乱打、次々と拳を動かし互いに殴り合う。私は力を解放し、シリウスは魔術を使い、互いに加速し防御を押し退けただ破壊するように殴り合う。


「そして!今お前は…そんな人の営みを破壊している」


英雄としての力を引き出し…干渉する、この世界に。


「『界幕引(かいまくひ)き』」


「ぬぉっ!?」


何もない空間を掴み、引っ張ると空間がカーテンのように引っ張られシリウスの体が引き寄せられる…空間そのものに物理的に干渉する。魔力も魔術も覚醒も使わず、それが英雄としての力。


「『世蓋砕(よがいくだ)き』ッ!」


そして叩き込む一撃により目の前の景色がガラスのように割れ、シリウスの体がバラバラに吹き飛ぶ。空間を腕力によって叩き割る…割れた空間は何も映さない暗黒の空間を覗かせながら、私の意思に従い穴を閉ざす。


「ぐっ…う…!なんじゃあ今の、新感覚じゃ」


「空間そのものを破壊したんです」


「何ぃ?時空魔術とはまた違うのう…そうか、空間そのものを破壊しておるというより世界そのものを破壊しておるのか。故に修正力もまともに働かんと、ううむ」


シリウスの体はガラスのように割れた空間に巻き込まれ、地面に叩きつけられた陶器のようにバラバラになりながらもウネウネとそれぞれのパーツを動かし、考え込みながら肉体を治していく。


「これは参った、強いわ」


「諦めて退散しますか、シリウス」


「えぇー、それちっとカッコ悪くないかのう…ワシ参上ってやってきてさぁ、ヤベッ!強ぇッ!って逃げるって、なーんかなぁー」


シリウスはその場で胡座をかいて頭を捻っている。その言葉を聞いて…私もまた顔を歪める。


ナメた態度にキレた訳ではない。シリウスは『ヤバい』と思ったら即座に逃げるタイプだ、逡巡すら口に出さない、今も迷っているふりをしているが心は決まっている。


戦闘は続行する。シリウスはそれをもう決めている…そしてシリウスは気持ちで行動を決めない、つまり。


(まだ、手札がある……)


「じゃがこのままじゃワシ負けるかもしれんしなぁ〜うーん、やっぱり逃げよっかなー」


シリウスは今の状況を何とか手札を持っている。いや考えるまでもない…私がこの手段を使った以上、シリウスもまた……。


「そうじゃ!ワシも使えばええんじゃ!……臨界覚醒を」


シリウスは立ち上がると同時に…口を開き。


「『永劫なりし問い、汝魔道の極致を何と────」


「させるわけがないでしょうッッ!!」


瞬間、私は拳を振り抜き、衝撃波によってシリウスを吹き飛ばす。だろうよ、来ると思ってた、臨界覚醒だろう。


私達が使えるんだ、シリウスが使ってもおかしくない。


「ぐぎゅ!まぁやっぱ邪魔するよな!」


「お前が臨界覚醒のモーションを見せたら全力で阻止します!このままここで私と待っていてもらいますよ!シリウス!お前にはもう…何もさせない!」


「ぬはは、ワシは成すがままに為し、為すがままに成す。誰もワシを止められん!」


シリウスには何もさせない、本気を出せない通常状態のシリウスと真界覚醒を使った私なら私の方が強い。シリウスに対して何もさせない事は出来る。

こいすの事は、ずっと研究してきた。勝つ為に、勝って平和を手に入れる為に。


「『星割一刀(ほしわりいっとう)』!」


「ぐっ!」


私の手刀がシリウスを切り裂き、奴の右腕が飛ぶ。こいつは強い、文字通り何でも出来る。そこを攻略するのは難しい…だが、逆転して考えれば簡単だ。


何でも出来るなら、何もさせなければいい。文字通りの封殺…このままカノープス達が来るまで耐えきれれば、マイナス分を帳消しに出来る!


何もなければ…いける。


「ぐっ…あまりワシをナメるなァッッ!!」


その瞬間、シリウスは明確に怒りを見せ、口を開くと共に理由の咆哮の如く膨大な魔力の熱線を放ち私を押し除けようとする…だが。


「効きません!!」


熱線を裏拳で弾き、明後日の方向に飛ばすと共に正拳突きでその顔面を粉々に吹き飛ばす。


「ぐっ…この!」


「余裕がなくなってきましたね、シリウス。以前会った時はそんな顔見せなかったのに!」


顔面を治癒しても、その鼻から血が垂れる。シリウスは焦っている、今自分が封殺されそうになっていることに。

ようやく気がついたか、今お前が取れる手札がないことに!出せる手札がないのなら…ずっと私の手番です!!


「お前は!余裕を見せすぎたんですよ!神にでもなったつもりだったか!シリウス!!」


「ッッ……神になったつもりはない、それはこれからの話じゃ!」


「ッバカなことを!」


殴られながらも切り返してきたシリウスの拳を避け、カウンターを叩き込む。その身が大きく揺れ…口から夥しい量の血を吐く。


「ぐっ……」


「……終わりです、シリウス」


「ワシは終わらん、ワシは不滅じゃ」


「………この際だから、聞いておきます!」


とにかく打つ、身が軋む程の勢いでシリウスを打ち続け…私は声を張り上げる。せめて、こいつには聞いておかねばならないことがある。


「私は、以前お前を見たことがあります。昔は理知的で…暴虐ではあっても人類のことを考える良い人物でした、それが今はこんなことになっている…何故そうも変わったんですか、シリウス!」


「ぐっ……人は変わるものよ、時を経て成長し、老化し、変化する。その変化を否定しては…人類の文明進化は土台から崩れるじゃろうて!」


「そういう話をしてるんじゃありません!」


私の拳がシリウスを叩き抜き、地面に叩きつけ、周囲の荒原が砕け燃え上がる。こいつは変わった、それは変化や老化、成長などと言う言葉では言い表せない…だって。


「言い方を変えます、シリウスッッ!!」


「ッ!」


そのまま足先から魔力を吹き出し、地面に落ちたシリウスに向けて落下すれば体は虹色に輝き、隕石の如き尾を引いて一直線にシリウスに向かい……。


「お前は!『誰ですか』!!!」


「グッッ!!」


天から落ちる星の一撃、それを防壁で受け止めたシリウスは両手が砕け…即座に治癒され、ニタリと笑い。


「誰とは、ワシはシリウスじゃあッッ!!」


「違う!以前会った時と…魂の色が違う!!」


私の体を受け止めそのまま投げ飛ばすシリウスに対し、空中を掴み受け身をとった私は地面に降りて、構えを取る。


違うんだ、シリウスの魂の色が。理知的だった頃と今のシリウスの魂の色が違う。色はよく似ているが、一見すれば同じに見えるが…それでも明確に違う。つまりこれは、今のシリウスの体に入っている魂は……。


あの時の落ち着いたシリウスとはまた別の存在が入っていることになる!


「お前は、シリウスじゃないな!誰だ!誰なんだ!?」


「……………本当に、いい目をしておるのう」


「…認めるんですか」


「じゃが不正解じゃ!ワシはシリウス!そこは変わらん…だが」


牙を見せ、獰猛に笑うシリウスは…胸に手を当て……。


「強ち、間違っているとも言えんかな?」


そう言うのだ。その言葉に私の頭は電流が迸り、様々な考えが巡る。つまりどう言うことか、シリウスは今嘘を言っていない。つまりこれは真実。


なら、その言葉の意味はどう言うものか……いや、待て。


(まさか……)


バチバチと閃きが巡る。もしこの仮説が正しいのなら…そうか、そうなのか。


……なんて事だ、根源が違うのか。大いなる厄災が引き起こされたシリウスとナヴァグラハのせいだ…だが。


違う、全ての根源は……魔術という概念が生まれたあの時────。


(ダメだ…!)


私は悟る、ダメだ。このままシリウスと…いや『奴』と戦っても奴は倒せない。『魔女』と『英雄』だけじゃ足りない!奴を倒すには、まだ足りない!


(魔女達に伝えないと、シリウスを倒すのは…まだ早いと!)


その事に気がついた私は、…晒した。一瞬の隙を、とは言えそれは奴に臨界覚醒を許すほどではなかった。

だが…許したのは。


────接近だった。


「『火雷招』!!!」


「ッ!?!?」


突如真横から飛んできた炎雷が私の体を打った。とは言え効きはしない、それくらいは…だが。


「ウルキッ!!!」


「シリウス様は、やらせはしないッッ!!」


ウルキだ、先程私にやられた筈のウルキがそこにいたのだ。何故奴がここに、いや治癒だ!そうだ!アイツはスピカの教えも受けているんだった!簡単には倒れてくれない!!


「ッ…しまった!」


即座に私はシリウスに視線を戻す。炎雷は効かない、だが一瞬。隙を晒した。臨界覚醒を使われる…いや間に合う、まだ臨界覚醒を使うには時間がかかる、全力で阻止すれば……。


「ウルキ、ようやった」


しかし、シリウスが取っていたのは…臨界覚醒の構えではなく。


「『界輪錬(かいりんれんせい)成』」


(臨界覚醒じゃない!!)


迸る黄金の光は錬金術の光、それが溢れ出し…世界を書き換えていく。まさか、コイツ……。


「『無央創生(むおうそうせい)娑婆世界(しゃばせかい)』」


世界が光に包まれる。シリウスの手から放たれた光によって世界が覆われていく。膨大な魔力が私を、世界を、星を包み込み……。


「これは……!」


景色がガラリと変わる。何もない平原だ、足元には草がそよぎ、風が頬を撫で、いつ以来見ていない青い空が広がる、何もない巨大な平原が映る。


荒れた雲も、砕けた大地も、ウルキの姿もない。ただ見たことのない平原に私とシリウスは立っていた。ただ、それだけの情報で察する。


「作ったのか…星を!」


星だ、奴は錬金術で新たな世界を作り上げたのだ。臨界覚醒と異なりその範囲は膨大で、本来の世界を押し退け生まれた別の世界が今ここに広がっている。


……だが臨界覚醒と異なり、この世界はシリウスに力を与えない。与えないが、それ以上に問題なのは。


「形成逆転じゃ、鬱憤…晴らしてやろうではないかッッッ!!!」


シリウスの魔力が爆発し、一気に大地が吹き飛び天を貫き、青い空が黒く染まる。


本気だ、本気の魔力だ。そりゃあそうだ、この世界は……シリウスにとって壊れても良い世界なのだから。


(やられた…!)


やってしまった、臨界覚醒だけを警戒しすぎた。シリウスは臨界覚醒を狙う素ぶりを見せていたのはブラフ、狙っていたのはこっちの方か!


奴が本気を出す条件が、揃ってしまった。


「じゃあのう、別れは寂しいがいつかは来るものじゃ。つーわけで」


シリウスの山脈の如き魔力が消え……その姿が視界から消える。


「死ね、英雄よ」


背後から、一撃が飛んできた。問題はその一撃の範囲…一発の攻撃で周囲が白い閃光に包まれ、轟音と共に何もかもを吹き飛ばしたのだ。


「ガハァッ!!」


その閃光の中、私は吹き飛ばされる。何が起こったのか…分からな───。


「『神風瞬統』」


閃光を切り裂き、世界を引き裂き、一条の光が私を叩き抜く。シリウスだ、風で大地を抉り飛ばしながら飛んできたシリウスの蹴りが私の体を蹴り飛ばし、私の体は海原を超え別の大陸の山に激突する。


「ぅぐっ…ガハッ…!」


何という威力の蹴り、今のがシリウスの本気?出鱈目すぎる…今私は外洋を超えて別の大陸まで飛ばされたぞ。一個人が出していい威力じゃない。


「英雄とは頑丈じゃのう、苦痛が長引いて可哀想じゃ。自費をくれてやろうか?」


「ッ……」


はたと頭上を見るとシリウスの姿が見え……。


「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖(じゃべんかいさ)』 」


天空に立つシリウスは、頭上に向けて魔力の縄を伸ばす。片手から這い出る紫色の縄は凄まじい速度で天に登っていく。


……あれはレグルスが敵の拘束に使う技、それで何をしようというのか。と考えたところで、悟る。


「嘘でしょ……」


シリウスは何かを捕まえ、近づける、引き寄せる。右手から伸びる縄を掴み、片手でゆっくりと下に下ろす。


そうやって引き寄せられた縄の先に括り付けられていたのは……。


「月……!」


「ぬははははッ!ワシは派手好きと言うたじゃろう!」


月だ、シリウスは片手で月を引き寄せている。近づいてくる、大質量の塊が…それにより海が荒れ膨れ上がるように大洪水が巻き起こり、火山が噴火し、重力が狂う。


月を落とすつもりだ、ここに!


「ッ……!」


無理だ、逃げる事は。受け止めるより他はない…出来る、私なら。そう思い私は立ち上がり、両手に力を込め、凄まじい速度で落ちてくる月を前に私は両手を広げ……。


「ッ!?シリウスは何処だ!?」


気がつくとシリウスが消えていた、さっきまで月を引き寄せていたのに何処にもいない、まさかと頭上に目を向けると……。


『合わせ術法』


響く、天空から…シリウスの声が。そうしている間にも月はもう目の前に迫り───。


天狼(てんろう)月砕脚(げっさいきゃく)ッッッ!!!』


……シリウスは天に昇っていた、引き寄せた月とすれ違うように成層圏を超え月の真上に位置取り、そのまま全力で次に向けて飛び、蹴りを見舞った。


それにより月は地上間近で大爆発を起こした。蹴りの一発で月を粉砕し、それにより生まれたエネルギーが一気に全開放、電磁波が荒れ狂い、熱線が炸裂し、重力が狂い、破片が散弾のようにこの星に当たり─────。






「本当に頑丈じゃのう!」


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ」


シリウスによって作られた星は、シリウスによって破壊された。彼女が行動を開始して数分、星は黎明の景色を取り戻し大地の大半は海に沈み、残された大地も火に覆われ、天は暗雲に閉ざされ雷鳴が降り注ぎ、その只中で私は…倒れていた。


意識が朦朧とする、星が半分消し飛ぶ程の衝撃波が私を襲い…体が砕けた。何で生きているのか自分でもわからない。


(これがこいつの本気か…いや、本気かどうかも分からない。少なくとも…単純な力押しじゃ、この世の誰も敵わない…私以上に完成された英雄であっても、絶対に勝てない)


「お?まだ起き上がるか」


シリウスの魔力が一瞬にして凝縮され、彼女の周囲に光の輪が浮かび、重力レンズにより遥か彼方の星の景色を浮かび上がらせる。それほどの魔力を前に…私は立ち上がる。


だが…これはもう。


「敵わない、分かるじゃろうアルデバラン。あの時心を折っておけばよかったものを…じゃがお前は生かしてはおけん。ワシの秘密に気がついたようじゃしな」


「……ああ、全て分かった。確かに…お前はシリウスであり、そうではない…そして……お前を殺すには、ただ破壊するだけではダメだ」


足りない、足りないんだよ。英雄だけじゃダメだ…魔女だけでもダメだ。英雄と魔女だけでも…ダメだ。足りない、こいつを倒すには足らない。


シリウスを倒し得るのは、力でも…数でもない。本当に必要なのは。


(善良な心を持った識確魔術の使い手……)


シリウスを真の意味で倒せるのは識確魔術を使える者だけだ。だが今…この世には識確魔術を使える者がナヴァグラハしかいない。識確の素養を持って生まれながら、善良な存在が今この世にはいない。


魔女達はきっと、識確を恐れている。だが本当に必要なのは識確使いだ…それを仲間に引き入れるしかない。だがそれにはあまりにも時間が足りなさすぎる。


善良な識確魔術使いを探すだけの時間が…いや、下手をすればそれが生まれ育つまでの時間が足りない。シリウスはもう世界崩壊に王手をかけているんだから。


「よう分かったか、ならこの作業を終わりにするとしよう…今度こそ、この手で殺す」


「………ッ」


英雄と魔女だけじゃ倒せない、きっと魔女達が戻ってきても倒せない。何よりきっと…私はここまでだ。


識確の才覚を持った人間を用意するだけの時間がない。もうシリウスを倒せる手立ては…ない。けど。


「ッ…ハァぁぁ……!」


「む?貴様……」


拳に力を込める。私にはシリウスは倒せない、魔女達にも真の意味でのシリウス打倒は無理かもしれない。時間がないんだ、この厄災を打ち払うだけの力を養う時間が。


なら……それを、私が用意する。


「シリウス、私は折れませんよ」


「貴様、何処までも…!」


「ええ、私は…人類の為の英雄ですから!」


「アホらしい、人類がなんじゃ…星がなんじゃ、全て意味のある物ではない、人類は真理に至って初めて意味がある存在じゃ!ド阿呆めッ!」


シリウスが構える、私が腰を落とす。


すみません…カノープス、レグルス、アルクトゥルス、フォーマルハウト、アンタレス、プロキオン、リゲル…レーヴァテイン。


私は皆を救う真なる英雄にはなれそうにありません。ですがいつかきっと、私を超える英雄が生まれるはずです。


善良な識確魔術使いだってそうです。人類と言う帯が長く続く限り、いつかきっと…生まれるはずです、揃うはずです。


だからその帯を、ここで絶させるわけにはいかない。例えこの身が礎になろうとも…私は、皆の英雄としての役目を果たします。


「刮目し記憶しろッ!シリウスッ!この輝きは!今はお前を殺し得ないだろう!だが……!」


拳を引いて、全てを込める。


進めるのだ、歴史を。紡ぐのだ、未来を。その為に私は全てを守る、守ってみせる!


守り、続け、紡ぎ、繋げ。


そうして、いつかきっと。


「いつか、この光が…人の光は!何倍にも大きく膨れ上がり!いつかお前を殺し得るだろうッッ!!」


「吐かせッッ!アルデバランッッ!!!」


踏み込み、拳を引いて突っ込む。シリウスもまた、拳を振り抜き、全力の一撃を放ち……衝突する。


「『星闢一拳』ッッ!!!」


「合わせ術法ッ!『天狼一閃』ッッ!!」


交錯する拳、全てを込めた両者の拳がすれ違うだけで星を割る程の光を放ち…私は見る。


ああそうだ、見るんだ。これはきっと幻覚でもなんでもない。


いつかきっと、揃うはずだ。シリウスを倒せるだけの人の意思が…。


魔女を超え、真なる救世をなすことの出来る人々が。


天に刃を突き立て、自由を吠える銀星が。


魔術の真髄に至り、時を超える天星が。


私を超え、英雄の高みに至った紅星が。


善良な心を持ち、識確の才能を持ち、私と同じように世界を愛する流星が。


肩を並べ、シリウスと言う巨悪を撃ち倒すその日が、きっと来る。


いつか来る、その日の為に…私は。この命を使う。



(あとは任せました、みんな)


魔女よ、人よ、世界よ。


今はまだ、暗く冷たい闇の中にあろうとも。


空には重く、分厚い暗雲が立ち塞がろうとも。


諦めるな。


何があろうとも進み続け、何があろうとも戦い続け、勝ち取れ。


例えこの暗雲が永遠に晴れないものであったとしても。


突き抜ければそこには、満天の星空が広がっているのだから。


故に私は、背中を押しましょう。全てを紡ぐその時を楽しみしています。


……………………………………………………


二人の全霊、それが衝突したことによりシリウスが生み出した偽りの星は粉微塵に吹き飛び、偽りの世界は吹き飛び…二人は現実世界に戻されることになった。


「ッ……」


その時、ウルキは見た。別世界に消えたシリウスとアルデバランが再び現世に舞い戻る姿を。即ち…決着の行方を。


それは……。


「シリウス様!」


「………」


拳を振り抜いた姿勢のシリウスと…。


「勝ったんですか…、死んだんですか…アルデバランは」


「……………」


左半身が消し飛び、虚な目で右拳を振り抜いた姿勢のアルデバランの姿を。即ち、シリウスは勝利したのだ…が。


「こいつ、捨ておったな…」


「え?」


シリウスは呟く、苦々しく…歯噛みしながらアルデバランの骸を睨みつける。それに違和感を覚えるウルキ、シリウスはいつも勝った時はとても嬉しそうだ、それも今回は相手が相手。勝ったなら喜ぶはず……。


「あ!」


ウルキはそこで気がつく。振り抜かれたアルデバランの右拳が…シリウスの胸に突き刺さっている事に。


「シリウス様!それ!」


「騒ぐでないわ!今更心臓一つ潰されても問題はないわ!問題はないが…アルデバランの奴、勝利を捨てて…ワシの動きを縛りに来たわ」


シリウスはアルデバランを押し退け、突き刺さった拳を抜くが…本来なら治癒魔術をかければ再生するはずの傷が癒えない。それを見たシリウスは舌打ちをして…。


「チッ、やってくれた。肉体再生のアルゴリズムが崩されておる…」


「つ、つまりどう言う事ですか…治せないんですか?」


「治せる、治癒の働く力の動きが完全に乱されただけじゃ。それを解析すれば治せるが……やってくれた」


シリウスは指を噛み、考える。これは明らかに時間を稼ぐ行為だ。心臓付近を狙い魂を狙って特殊な攻撃を放ってきたんだ。


(これは間違いなくナヴァグラハが語った真なる英雄の持つ力…法則性の書き換え。アルデバランと奴め、最後の最後で真なる英雄の力に目覚めておったか…これは完全に誤算じゃ)


今の一撃によりシリウスの体に働く法則が完全に乱された。魔力もまともに運用できる気がしない。これでは星砕きの白樹を育てる事も、魔女を殺すこともできん。


「……時間稼ぎか、だが無駄じゃぞアルデバラン。これで稼げる時間など数ヶ月程度。それで一体何が変わる…或いは、何かを見たのか…?」


シリウスは息絶えながらも何かを祈るような清廉なアルデバランの顔を見て牙を剥く。ああ腹が立つ…腹が立つが。


「今は、それに乗ってやろう。ウルキ、時界門を開け」


「え?ですがゲミンガは……」


「もう無理じゃ、ほれ」


「へ?」


シリウスが後方を首で指し示す。すると…暗雲に閉ざされた空の向こうから、何かが闇を切り裂いて飛んでくる…それは。


『アルデバラァァアアアァァアアアンッッッ!!』


「ッ!アルクトゥルス!」


アルクトゥルスだ、それが凄まじい速度でこちらに向けて飛んできて…大地を砕きながら地面に降り立ち、シリウスとウルキの前に…立つ。


「ッアルデバラン!!……ッシリウスッッ!テメェこの野郎ッッ!!」


「一歩、遅かったのうアルクトゥルス。しかしお前が来たということは…そうか、オフュークスは落ちたか」


「もうテメェらに出来ることはねぇ…後はテメェらをぶっ殺すだけだッ!」


「ふっ、出来るかのう…お前らに、む?」


アルクトゥルスがここに来たということは奴らが向かっていたオフュークスは敗北したということ。その事実を軽く受け止めつつ立ち去ろうとしたその瞬間、シリウスは何かに気がつき背後を見た瞬間。


「歯を食いしばれ…シリウス」


「ッ!お前────」


「──『煌王火雷掌』ッッ!!」


「ぐぶふぅっ!?」


叩き込まれる、炎雷の拳。防壁も何も展開出来ない状態でまともに受けたシリウスはその一撃により叩き飛ばされ、地面を転がり…拳を放った張本人を見る。


そこにいたのは、全身から漲るような魔力と、怒りと、想像を絶する程の憎しみを抱いた…。


「レグルス……」


「よくも、よくもアルデバランを…殺してくれたな、シリウスッッ!!」


「カカカ、今更何を言う。貴様とて、大勢殺してきたじゃろう!!」


シリウスは立ち上がりながら、牙を見せ笑う。レグルスは、アルデバランと亡骸を前に…涙を浮かべ、シリウスに憎しみの瞳を向ける。


「アルクトゥルス!シリウスは弱ってる!今ここで殺すぞ!!」


「命令すんじゃねぇよ!やってやる…ッ!!」


「させない…シリウス様は殺させない!!」


「カカカーッッ!!飽きんわい…本当に!」


動く、アルクトゥルスとウルキが…レグルスとシリウスが、今ここで戦いを決める為に。


されど、ここで決着がつくことはない。シリウスはその後まんまと逃げ果せるし、傷を癒して万全の状態で魔女達との最終決戦に望む。


だが英雄アルデバランでさえ倒せなかったシリウスと言う存在を、八人の魔女が撃ち倒すことも変わらない。だからこそ魔女達は世を統べる救世主として神の如く崇められているのだ。


そしてその歴史は連綿と続く。八千年後に至るまで続いていく。それは間違いなく魔女が勝ち取った物だ。


だが、アルデバランが守ったディオスクロアと言う国が、命によって稼いだ数ヶ月がなければ…その結果が如何様になったか。


彼女が国を守らねば、ディオスクロア文明圏はなかったろう。


彼女が時間を作らねば、魔女に繋がる道はなかっただろう。


そしてその二つがなければ、彼女が見た真の勝利は望むべくもなかっただろう。


故に魔女は言う。その有り様は間違いなく、英雄と称えられる物であったと。


………………………………………………………


だが、同時に英雄の死は……波及する。


「アルデバランが、死んだ……!?」


報告を聞いたのは、レーヴァテインだ。シリウスの到来を前にレーヴァテインは黒衣姫の起動の準備をしていた…が。


「ッ……」


彼女は迷った、逡巡した。黒衣姫を使い、得られる力と…その後の地獄を天秤にかけてしまった。その迷いの時間が、アルデバランの命を奪ってしまった。


(見殺しにした…ボクが、アルデバランを…ボクが…ボクがッッ!!)


レーヴァテインは頭を抱える、顔を握り潰さんが如き勢いで掴み、跪く。バカなことをした、愚かなことをした、分かっていたはずだ。この頭は戦いの結果を演算しアルデバランの勝ち目が薄いことを理解していた。


なのに、迷った……黒衣姫を纏い、未来永劫何も感じられない体になることを、恐れた。たったそれだけの理由でボクは全てを見捨てた。


ボクが助けに行けばアルデバランは死ななかったのではないか。


ボクがもっと強ければ何かが変わったのではないか。


「あ…ああ……」


ボクがもっと備えていれば。


この事態の本質を理解していれば。


もっと…早く行動していれば。


「あぁぁああ……」


アルデバランが死んだ、彼女が死んだ。


アルデバランが死んだ、ここまで積み上げてきた全てが潰えた。


アルデバランが死んだ、もうシリウスを倒す手立てがない。


アルデバランが死んだ、最後の一手を打つ為に犠牲にしてきた全てが無駄になった。


アルデバランが死んだ、みんな死んだ、その全てが無駄に──。


「あッ……!ダメだ……」


レーヴァテインの頭は答えを出してしまった。


「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!!」


気がついてしまった、今まで見ないふりをしていた犠牲の数に気がついてしまった。


そう、アルデバランだけじゃない。死んだのはアルデバランだけじゃない、世界を取り戻そうと手を重ねた多くの人達がここまで死んでいることに、最後の最後に勝利することを信じて散って行った全てに気がついてしまった。


気がついてしまったら、もう……。


「ああ………嗚呼…」


ぐったりと、レーヴァテインは脱力する。


もうダメだ、勝てない……。


アルデバランで勝てなかったんだ、何よりここに来るまであまりにも多くのものを犠牲にしすぎた。


それら全てが…無駄になる。人類が生きた証拠が全て天狼に飲まれる。


飲まれて…終わる。


「それ……なら…せめて」


もう、この星は終わりだ。なら……もう。


諦めよう…この星を。



レーヴァテインは拳を握る。この星を諦め、他の星へ向かう。休眠カプセルを作り、シリウスがこの星を消し飛ばした後に別の星に漂流出来るように…可能性は薄いが。


もう、それしかない。せめて…人類を絶滅させないことが、アルデバラン達に報いいる唯一の…贖いだ。

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シリウスが狂った原因を理解して何かしらの負い目を感じているレグルスに、狂った魂を祓うために識確が必要、さらに第一部で回収されなかったプロローグが先の事を示唆しているのなら嫌な予感しかしない。 銀星が…
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