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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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外伝・大いなる厄災:首都ゲミンガ攻囲戦


八人の魔女率いるディオスクロア・ピスケス同盟とシリウスとトミテ率いるオフュークス大連合の一大戦争は着々と終局に向けて進み始めていた。


シリウスによって制圧され傘下に入った大国達を次々と撃破し遂に残りの十三玉座達が守るオフュークス帝国の本丸へと乗り込み全ての戦いに決着をつける為決戦に臨んだ魔女達。


しかし、そんな魔女達の動きを読み切りシリウスは既にオフュークス帝国を脱出していた。魔女達が決着を望むように…シリウスもまたこの戦いをケリをつける為先手を打っていたのだ。


魔女達の居ないディオスクロア王国…首都ゲミンガ。そこに侵攻を開始し魔女達の拠点を完全に壊滅させる為シリウスは詰めの一手をかけていた。






「報告!ゲミンガ北部の防壁の損傷許容度が80%を超過!このままでは五分とたたず決壊します!」


対天狼防衛機構内部に報告が響く、青い水晶が光を放ち空中に無数の映像が浮かび上がる防衛戦線司令部は大騒ぎだ。


突如、ディオスクロア王国の首都ゲミンガに天狼の手勢が大侵攻をかけてきた。恐らくオフュークス帝国の残存戦力を一気に投入してきた。元々国力でディオスクロアを大幅に上回るオフュークスの大軍勢を受け止める余力は今のディオスクロアにはない。


だが…。


「問題ない、北部の地下エネルギーラインを閉鎖し爆破させろ、防壁を敢えて崩す事で敵の侵攻を遅らせそこから絨毯爆撃を仕掛けるんだ。向こうも後がないならこっちも切れる手札は全て切ろう」


「は、はい!レーヴァテイン様!」


司令部に立つ一人の天才が、オフュークス帝国の大軍勢を一人で受け止めていた。その名も碩学姫レーヴァテイン…祖国ピスケスが滅んでなおディオスクロアの為、世界の平和の為戦い続ける彼女は司令部に雪崩のように飛び込んでくる報告を一人で捌いていた。


「南部に増援!大規模攻城魔装が防壁の破壊を行っています!」


「なら魔力妨害電磁パルスを放て!魔装を一時停止させ北部の絨毯爆撃が終わり次第アイテールをそちらに向かわせる!」


「と、東部に『蛇の道化』セバストス・ネビュラマキュラが現れました!アダマンタイト兵では手も足も出ません!」


「仕方ない、ゲネトリクス・クリサンセマムに行ってもらう…セバストスレベルの強者の相手が出来るのは彼女だけだ」


「報告!西部防壁が突破されました!」


「報告が遅い!!ボクが周辺市街地を迷宮化させる!捜査権を渡せ!」


レーヴァテインは淡々と火の車のような状況を捌く。情勢は最悪を超えた最悪、いつまで持ち堪えられるか分からないが何をどうやったってか持ち堪えなきゃいけない。


このディオスクロアが最後の希望なんだ。この国が唯一の人類生存圏…ここが落ちたら魔女が勝利しても人類が生き残る領域が消えてなくなる。何がなんでも残さなければならない…だから。


(最悪黒衣姫の起動も考えなきゃいけない時期か…!)


レーヴァテインが開発した最終兵器・黒衣姫…まだテスト運行がまだだが理論上は完璧に作動する筈。あれを起動させればまだ希望はあるが出来るなら魔女達が帰ってきてから使いたい。


魔女がオフュークスを落とせばそのまま最終決戦に移行する。そうなったら残存戦力をシリウス撃破に傾けられる。そこで黒衣姫を披露したい…一度でもナヴァグラハに黒衣姫を目視させればその時点で攻略されてしまうから。


だから温存を……む!


「これは……」


レーヴァテインは見る、西部の大防壁を破壊し踏み込んでくる戦力が。第三段階クラスの兵士が一個師団揃っても破壊されない無敵の城砦を崩して…踏み込んでくる十の影。


防壁を呆気なく破壊した存在を見て…舌を打つ。


「羅睺十悪星か!」


十の影全てに見覚えがある。シリウスが持つ最強戦力、羅睺十悪星だ。しかも最悪なことに全員が揃っている。そりゃ防壁なんかアイツらにとっては紙切れも同然か。


「面倒な…」


レーヴァテインは目を閉じて考える。羅睺十悪星に匹敵出来る戦力は魔女だけだ、その魔女が出払っている以上こちらには対抗する術がない。アイテールによる爆撃も数々の戦術級兵器もアイツらには効かない、となるとボクが黒衣姫で出るしかない。


だがボクが出れば司令部が空く…この状況を持ち堪えられるだけの余裕がなくなる。


(いや、黒衣姫の自動操縦モードに任せつつ…司令部に直接通信すればいけるか)


羅睺を相手しながら指揮を取る。出来ないことはないがデータ送信の一瞬の隙さえも惜しい現状でそれが有効かは分からない…それにそもそも。


ボクが出ても、羅睺を何人持っていけるか分からない。倒せて三人…道連れ覚悟なら、四人…五人か。少なくともナヴァグラハとトミテは絶対に倒せない…ボクのいないディオスクロアがこの二人の猛威に耐え切れるか?


(どうする、何かいい手はないか…いや、ダークマターを暴走させてブラックホールを作れば少しはマシな状態になるか?先が読めなくなるのが怖いが…奴らを好きにさせる方が怖い)


考えている暇もない、今は決断の時だ。よし、ダークマターを暴走させ周囲を焼き払いつつボクが黒衣姫で出撃を……。


「私が出ましょう…」


「え!?」


ふと、振り向くと…司令部に入ってきていたのは。


「アルデバラン!ダメだ君を出すわけにはいかない!」


アルデバランだ、全身に鎧を着込み右手には黒と金の戦槌…星魔槌ディオスクロアを装備した彼女が出撃準備を済ませていた。


彼女はボク達の切り札だ。唯一羅睺を超えナヴァグラハやトミテを倒せる手札であり…同時にシリウス打倒に必須の切れない切り札。


「ですがこの状況は私抜きでは対応は不可能でしょう」


「いやなんとかなる!なんとかしてみせる!だからキミは待機だ。ボクの計算ではあと二時間でカノープス達が帰ってくる!それまでボクが持ち堪える!キミはレグルス達が持ってきた時に備えて───」


待機していて欲しい。キミは…ボク達の希望だから。そう伝えたかったが、その前にアルデバランはボクの手を掴み、静かに首を横に振るう。まるで…もう無理はするなと言いたげに。


「ありがとう姫様、けど貴方は私以上に戦後に必要な存在です。この荒れ果てた世界を再生させるのは…貴方しかいないと私は考えている」


「だからだろう…だから!キミが待機する必要がある!戦いを終わらせるにはキミの力が必要なんだ!」


ボクは手元のコンソールを叩いてアルデバランの手を逆に掴み…叫ぶ。


「ボク達は負けられないんだ…負けられないんだよアルデバラン。今…この司令室にいる人達はみんな、元々正規の軍人じゃない」


周りを見る、そこには制服を着たディオスクロア人とピスケス人が混在し…皆でコンソールを動かしている。彼らは元々正規軍じゃない…いや。彼らだけじゃない。


「今、戦線に出て…必死でオフュークスと戦っている兵士も正規軍じゃないし。今、城砦を突破しようとして銃撃で跡形もなく消し飛ばされてるオフュークス兵も…正規軍じゃない。両国共に…正規の軍人なんて開戦から僅か一ヶ月で死に絶えた!残っているのは、みんな民間人だ!」


「…………」


「ディオスクロアも、オフュークスも、何かの為に戦ってる。信じる世界の為に戦ってる…けど。今その世界がただ一人の身勝手によって壊されようとしている!シリウスによって世界が壊されれば!今ここで戦っている人達の魂はどうなる!?」


ボクは…アルデバランの手を振り払い、近くの机に突っ伏し…脱力感に喘ぐ、無力感に…吠える。


「ボク達は是が非でも勝たなきゃいけないんだよ!この世界を存続させ…未来永劫!大いなる厄災の事実を!この悲劇の全容を!包み隠す事なく伝えていかなきゃいけない義務がある!それが敵味方問わず大勢を死なせたボク達の役目なんだ…!」


「レーヴァテイン姫…」


「だから…今は耐えてくれよアルデバラン。キミは勝つ為の手札なんだ、キミを今ここで切れば勝てなくなる…そうなったら終わりだ。死んだ人間達の存在は全て無意味になる」


「…………」


耐えて欲しい、今は…絶対に。なんとかしてみせるから…だから、そう叫びたかったが、アルデバランは。


「……勝つ前に負けたら意味ありません」


「ッ…」


そう言うんだ。


「すみませんね、これが私の道なんです」


「その道が…なくなると言っているんだ。道が…行き止まりだと!」


「道は…自分で切り開いていくものだって言葉があるでしょう?」


アルデバランは、槌を肩に…ボクを見つめて、そう言った。


「道を切り開いて進む、私はこの言葉好きですよ?私。誰かの後ろを歩いて進むの苦手なのですし...何より切り開くってことは、誰も選んで無い道を歩けるってことでもありますよね」


彼女は底抜けに明るく、底無しに悲しく、戦乱の中で人でも英雄でも無い存在に成り果ててしまった彼女はそれでも自分の正義を貫こうとしていた。そんな彼女が...ボクに向けて、何かを残そうとしている。


「誰も選んでない道を歩ける、それは自分で道を選べるって事なんです。選択の自由ですよ、私が前だと思えばそれは前になる..何かに向けて歩く限り、私は既成概念にも縛られないんです…だから、私は戦う。何にも縛られる事なく私の道を進み私の戦いへ挑み、私が助けたい人たちを救う」


「アルデバラン!!」


「死んだ者達の意志が、魂が無駄になる?そんな事はありませんよ!」


アルデバランはそのまま踵を返し…司令室の自動ドアを開けながら拳を掲げ。


「死した者達の意志が、生ける者を突き動かす。そうして紡ぎ上げられた物が歴史です、この世界です。ならば…死んだ物達の魂も未だ戦っているんですよ、私たちとね。だからきっと…無駄にはなりません」


「ッ………アルデバラン、頼むから……頼むから」


自動ドアが閉じる、閉じていく、分かる。アルデバランは…アルデバランは。


「頼むから、生きて帰ってきてくれ…勝ちも負けも、捨てても!ボクはキミに死んでほしくない!!」


アルデバランは…死ぬ気だと。


………………………………………………………


「ガシャガシャガシャ!脆い脆い!レーヴァテインが作った防壁など我輩の力をもってすればこんなにも脆い!ガシャガシャガシャガシャ!」


「はぁ〜…プロキオンのいない戦場ってのは、こんなにも味気ない物なんだ」


燃え盛る市街地を踏み越えて、無数の瓦礫を踏み越えて、滅びの十影が歩き出す。


「アルク姉早く来ないかなぁ〜…」


「魔獣達が言っています、彼女達は未だオフュークス帝国にいると…」


シリウスが自ら集め、自らの口で『我が戦力だ』と宣言したほどの超絶たる達人の影が、瓦礫を踏み破る。


「……これもまた、救いの一環足り得るか」


「ゔぅぅううッ!エリス…エリスゥッ!!!何処だ!何処にいる!貴様が出てこない限り殺すぞ!罪もない人間をまた殺すぞ!!だから早く止めてみろエリスーーッッ!!」


聖人も狂人も全て含めてその立場を一切考慮せず集められた世界の破壊だけに特化した史上最強の集団。


「で?何を壊せばいいんすか、ナヴァグラハさん」


その名も羅睺十悪星…。個人単位の戦闘能力、集団としての戦闘能力、どちらも八人の魔女を上回る物であり魔女達にとっても最も警戒すべき存在達。


不死身の大魔神ミツカケ、史上最強の剣士スバル、冷拳一徹アミー、魔獣王タマオノ。

聖人ホトオリ、狂人ハツイ、壊し屋イナミ、そして…。


「素晴らしく偉大な僕様がディオスクロアを態々潰しにきてやったぞ!感謝しろよ!アハハハハハハハ!」


「レグルスさん……」


「ふむ、どうしたものか」


皇帝トミテ、裏切りの弟子ウルキ、羅睺の頭目ナヴァグラハがディオスクロアの中枢に切り込む。魔女達の不在を突いて攻め入る彼らを止める方法はなく城西はあっけなく破壊され今市街地に降り立たせることを許してしまったのだ。


「何か問題でもあったか?ナヴァグラハ」


「……いや、少々状況が混雑しすぎている。私の識確で見れる未来が…少し不安定でね」


聖人ホトオリはナヴァグラハが珍しく浮かない顔をしているのに気がつき声をかけるが、ナヴァグラハは顎に手を当て未来が見辛いと首を振るう。同時並列で世界の分岐点となり得る事態が発生している、未来予測式が冗長になり過ぎている。見えない事はないが、刻々と変化する未来に対応し切れていない。


「だがおかしい、これくらいは私の想定の範囲のはず…いや、まさか───」


「ガシャガシャガシャガシャ!珍しく弱気であるなぁ!ナヴァグラハ!だが今なら我輩でも未来が見えるぞ!この状況になった以上!ディオスクロアはお終いであーる!!ガシャガシャ!」


四本の腕を持つ巨大な甲冑であるミツカケは髑髏型の兜を揺らし腕を振り上げながら突き進む…かと思えた、その時だった。


『それ以上、この国に踏み込むなッ!!』


「ガシャ?」


天が嘶く、咆哮の如く。紅の雷が一瞬視界に映ったかと思えば…それはやがて、ミツカケに向け牙を剥く。


「『赤雷』ッッ!!」


「ガシャーン!?!?」


一撃、それは天から降り注ぎ紅の雷を纏いながらミツカケの頭上に墜落し、伽藍堂の体をバラバラに吹き飛ばし、大地を揺らす。


激る魔力が場を占める、星が泣くほどの力が吹き荒れる。それを見たナヴァグラハが目を細め。


「嗚呼、なんと言う事だ…よりによって、『その選択』を選んだか…アルデバラン」


「これ以上、この国は汚させません。もし踏み入るならば…このアルデバラン・アルゼモールがお相手になりましょう」


腕の一振りで砂塵を振り払い、現れるのは星魔槌を肩に背負った英雄アルデバラン。ディオスクロア最強の戦士を前に羅睺達の歩みが止まる。


「アルデバランか、なんだ面白い奴もいるじゃないか」


「ふーん、消化試合かと思ったけど…そうでもないか」


「……哀しき英雄よ」


アルデバランの強さは全員知り得ている。魔女が出払っている間ただ一人でこの国を守護し続けた存在が彼女なのだ。故に羅睺達もまた武器を手に、拳を握り、魔力を隆起させる。


一触即発の臨戦態勢、圧倒的な魔力を持つ両陣営がただ敵意を持って相手を見ただけで空気が揺れ、空間が歪み、溢れ出た魔力の衝突による放電が発生し、天地開闢の様相を作り出す。


そんな中……。


「待て、アルデバラン」


「……なんですか」


止める、ナヴァグラハが。


「やめろ、君は戦うな。君はここで戦えば死ぬぞ…君はここで死ぬべき存在じゃないのではないか?君にはやるべき事があるはずだ」


「いつになく必死ですね、貴方そんなに余裕のない男でしたか?」


ナヴァグラハが明らかに狼狽している。明らかに余裕のない表情で前に出て戦いを止めるように手を広げている。その様に異様な言動にアルデバランは訝しみ始める。


「当たり前だ、こんなところまで来て。なぜここで死のうとする、分からないかアルデバラン。君は今間違えている」


「間違えているとか、正しいとか、今の世に於いて最も無駄な言葉ですよ。聡明な貴方がそれを理解出来ないわけがない」


「…………」


「死にすぎたんですよ、人が。最早当初の目的は見失われ、人は誰かの為に戦い死に続けている。さながら世界に穴が空いたように、人はその中に吸い込まれるように、この世界から命が失われ続けている」


「君も、その中に加わろうと言うのか」


「違います、私がこの身を以て…その穴を塞ぐ。人が死なない世を作る、それが私の生き方ですよナヴァグラハ。たとえそれが間違っていようとも…私は私の知る生き方以外は出来ないッ!」


巨大な槌をクルリと手元で回し、片手で構えると共に膨大な魔力を溢れ出させる。


「さぁ来なさい終焉を望む者達ッ!誰かが望み続ける限り!この世界は私が終わらせないッッ!!」


「哀れな物だなアルデバラン!この人数を相手に!この手勢を前に!勝てるものかッッ!!」


ナヴァグラハを押し退け、前に出るトミテ。同時に囲む、ナヴァグラハを除いた九人の姿が一瞬で消え、瓦礫の上に、炎を引き裂き、建物を踏み締め、羅睺達がアルデバランを囲む。


「すり潰してやろうアルデバラン!今日でお前は終わりだ!」


「……勝負です、羅睺十悪星!」


瞬間、アルデバランが…羅睺達が動き出す。ただ地面を蹴って動いただけで、大気が鳴動し空間が歪み、ゲミンガの一部が岩盤にまで伝わる亀裂を生み出す。


「アルデバラァァアアアンッッ!!」


「来ますか!」


空中へと飛び立ったアルデバランに追従するのは巨大な斧を手にした壊し屋イナミ。紅蓮の瞳をアルデバランに向け足先から放つ魔力により一瞬で音速に至り。


「死ねッ!」


「フッ!」


そして衝突する。空中で姿勢を整えたアルデバランの振るう槌と超怪力のイナミの斧が激突。ただそれだけで辺り一体が真空になる程の爆裂が発生し、その只中でも二人は構う事なく動き続ける。


「お前がいるから!ナヴァグラハさんが惑う!お前がいなければッ!いなければッ!」


小さな体躯から放たれる怒涛の斧撃、それは彼の扱う魔術により斬撃の範囲が拡張されており、一度振るうだけで彼方の山が断ち切られ、大地が両断され、空が割れる程の暴威となって荒れ狂う。


そんな中を、アルデバランは空中を踏み締め…踊るように回避し。


「知った事ッッ!!」


「チィッ!!」


一撃、槌を空中で振るい体を回すと共に叩き込む踵落としがイナミの頭上に降り掛かる。されどイナミは即座に防壁を展開してアルデバランの一撃を防ぎ……。


「甘いッッ!!」


「ゴブッ!!??」


……否、一撃では終わらなかった。即座に体を回転させ再度拳を防壁の上から叩き込み。防壁を叩き割る事でイナミの顔面にアルデバランの拳が突き刺さり──。


「『星割り爆拳』ッッ!!」


「がはぁっ!?」


そして爆裂。山のように巨大な魔力を掌サイズに凝縮してから行われる解放。それは一瞬で視界を覆い尽くすほどの光を放ちイナミを地面に向けて押し飛ばす。その速度と圧力によりイナミの体は隕石のように発火し、地面に着弾すると共に爆風が渦巻く。


同時に地面が捲れ上がり周囲の建造物が根っこから吹き飛ばされ地面が更地に変わっていく。


「まだか…!」


しかしアルデバランは気を抜かない、それ程の打撃を行っても未だにイナミが意識を保っていることを感じ取───。


「はい、隙あり」


瞬間、青色の閃光が地面から迸る。


「『剣樹穿通拳』ッ!!」


アミーだ、アルクトゥルスと同じ…そしてアルクトゥルス以上の無縫化身流の使い手にして、史上最強の武術家。その一撃が青色の閃光を放ちながら大地から一気に跳躍しアルデバランの脇腹に一撃を叩き込んだのだ……が。


「やはり来ましたね、アミー」


(嘘だろ…こいつ、防壁硬すぎでしょ…!)


動かない、アルデバランは全身を覆うように纏った防壁でアミーの一撃を無効化し、逆に拳を握り。


「エリス殿とプロキオンの分ですッッ!!」


「グッ!?」


殴り返す。プロキオンとその盟友である女領主エリスの悲しみの分、それを込めた魔拳がアミーの防御を突き破りながら顔面に炸裂。


「まだ!」


そして吹き飛ぶアミーの胸ぐらを掴み、更に叩き込む。拳の雨がアミーを叩きつけ一方的にタコ殴りにすると同時に…。


「消えてろッッ!外道が───ぐっ!?」


トドメの一撃を叩き込もうとするなり背後から迫った一撃にアルデバランの体が揺れる。


「スバル…!」


「一人に集中していい状況じゃないでしょ、今」


史上最強の武術家アミーにトドメを刺そうとしたところに割って入るのはこれまた史上最強の剣士スバル。膨大な魔力を刀身に集中させる特殊な剣技によりアルデバランの背中を切付け、防壁にヒビを入れる。


更に……。


「『神羅風鐸掌』」


「なッ!?」


叩き込まれる。頭上から迫る聖人ホトオリの拳がアルデバランの防壁を突き破り叩き込まれ、溢れる爆風により体が突き飛ばされ彼方まで飛ばされる。


そのままアルデバランは郊外の山に激突し、その衝撃で山が砕け…地面を転がる。


「グッ…ホトオリ、厄介だな…!」


「ガシャガシャ!さっきはよくもやってくれたなッッ!!」


「チッ!」


即座に地面を叩いて起き上がり体を回転させながら背後に飛んだ瞬間無数の剣が地面を突き刺し、同時に髑髏の大鎧が地面に降り立つ、先程吹き飛ばしたはずのミツカケがもう復帰してきたのだ。


「我輩が!切り刻んでやろう!」


「アルデバランッッッ!!」


「どこまで持つか、見せてもらうぞ…」


「言っとくけど油断はしないから」


そしてそのまま砕けた岩山に次々と現れる羅睺達。先程地面に叩きつけたイナミが全身を真っ赤に染め蒸気を放ちながら飛んできて、空気を蹴ってホトオリが降り注ぎ、剣を片手にスバルが転移の如き速度で現れる。


「チッ…!」


六本の腕を手繰り、それぞれから魔砲を放ち地平を吹き飛ばすミツカケの攻撃を捌きながら飛んでくるホトオリの拳を槌で逸らしつつ目に追えない速度で飛翔するスバルの斬撃を直感で弾き───。


「どりゃァァッッ!!!!」


「ガッ!?」


完全にフリーになったイナミのフルスイングがアルデバランを叩きつける。上から振り下ろすだけの単純な一撃がアルデバランを押し潰し、一瞬で地面が融解し噴火の如く溶岩があちこちに噴き上がる。


「この……!」


即座に起き上がるアルデバラン、しかし砕けた大地の隙間からぬるりとタコの足が飛び出しその両手を拘束し…。


「すみません、アルデバランさん。我々も後がないんです」


「ッ…タマオノ」


体を液体に変えアルデバランの背後に現れたのは魔獣王タマオノ、その両手を蛸足に変化させアルデバランの全身を縛り上げ…。


「いいの貰っちゃったからお返ししないとなァッ!!!アルデバラン!!」


一瞬、拘束された隙に目の前に飛んできたのは先程殴りまくったアミーだ。頭からダクダクと血を流しながらも一切怯まないアミーはその拳を更に握りしめて…。


「『嗢鉢羅金輪拳(うばらこんりんけん)』ッッ!!」


「ぐぶふっ…!」


叩きつけられた拳がアルデバランの腹を打ち、その衝撃波が背後に突き抜ける。それはタマオノの後ろの地面を纏めて抉り飛ばし大地を巨大なスプーンで掬ったように変形させる。が背後にいたタマオノは体を液体に変え衝撃波を逃し離脱してしまう。


「エリスゥッッ!!!」


「ガッっ!?」


更に頭上から降り注いだ狂人ハツイの隕石の如き蹴りが地面ごとアルデバランを砕き、砂塵が空を突き抜ける程の衝撃を拡散する。


「ぐ……ッ…!」


「ガシャガシャ!さしものアルデバランもこの数は手に余るか!」


「……ナヴァグラハの言ったことは本当になりそうだな」


アルデバランは膝を突き、口元から垂れる血を拭う。周囲には羅睺達が控え構えをとっている。


手に負えない、とはこの事だ。一人一人が魔女と同格かそれ以上の使い手達。それが怒涛のように攻めてくるのだから本当に手に負えない。


「今、降伏するなら見逃しますが……」


「ちょっとタマオノ!勝手言わないでよ!これでマジで降伏したらどうすんの!?アタシまだ戦り足りないよ!アルク姉もまだ来てないのに!」


「無用な殺生は避けるべきです…」


「この期に及んで何言ってんだか」


「言い合うな、二人とも」


アミーとタマオノの言い合いを制止するホトオリ、三人が言い合いをしてもまだミツカケとスバルとハツイイナミがこちらを見ている。隙がない、まるで無い。


(これは、温存とか言ってる場合じゃ無いですね…)


こいつらを倒してもまだウルキ、トミテ、そしてナヴァグラハの三強が残ってる。特にナヴァグラハに至っては私でさえどうなるか分からない程の強さ。それも万全で戦って…の話、出来るなら消耗は避けたい。


だが…同時に。


「今しかないか……!」


「ッ…来るぞ!」


アルデバランは立ち上がる、そして…切る。


第一のカードを。


…………………………………………………


「ナヴァグラハさん、貴方は…戦わないんですか?」


「ウルキか……」


ゲミンガの只中に残されたナヴァグラハは、不安そうな顔でこちらを見るウルキに視線を向ける。


この場には私とウルキとトミテの三人が残っている。つまり他の全員はアルデバランと戦っている。事実隔壁の向こうから伝わる振動と轟音は今も彼らの戦いが続いていることを表している。


「私達は行かなくてもいいんですか?みんな戦ってるのに。それかみんなが戦ってる間にも…この街を落とした方が」


「いや、それはしなくてもいい」


ウルキの言う事は戦略的には正しい、だが目的とは合致しない。ゲミンガの末路は我々の関与不関与を問わず変わらない、ならば手を出す必要はあまりない。

問題があるとするならアルデバランが出撃した事。これは完全に想定外だ、私の識確による予測を完全に超越した動きをした彼女に…私は今、心をかき乱されている。


(やってくれる、或いはこの瞬間を狙っていたのか。お陰で全て台無しだ)


今私は柄にもなく苛立ち、焦燥し、願っている。私の都合のいい方に事が運ぶ事を祈り願っている。こんな人間らしい事をしたのは生まれて初めてだ、そう言う点では私は今を楽しんでいる。楽しんでいるが…それはそれとして最悪だ。


(これは、計画を練り直す必要があるな)


「ナヴァグラハさん!黙ってないで何か言ってください!私出ますよ!」


「いや、待った方がいいんじゃないかい?」


行動を開始しようとするウルキを私に代わり制止するのはトミテだ、彼は自ら浮遊玉座を降りて、その足で地面を踏み締めると……。


「どうやら仕事が降ってきたようだ。この素晴らしく偉大な僕様の手を煩わせるなんて、不敬極まるね」


「え?」


その瞬間、我々の前に…極彩色の閃光を放つ隕石が着弾し、我々の防壁を避けて爆炎が広がり、大地が割れ…降ってきた隕石が、起き上がる。


「ふぅ…ふぅ…ふぅ」


「ッ!お前は…アルデバラン!!」


現れたのは、体から無数の光の粒子を放つ異様なる姿のアルデバラン本人だった。全身は傷だらけで息は上がっている…そして。


彼女を追いかけてくる羅睺は一人もいない。


「ッ!?他のみんなは!まさか…倒したんですか!?一人で羅睺を!」


「戦闘を開始して十七分、随分かかったね…アルデバラン」


「思いの外、全員手強くて…時間をとりました」


あの光はアルデバランの魔力覚醒、いや…我々の使う物とは異なる『真の意味』での魔力覚醒だろう。それを解放し他七人の羅睺と交戦、一人づつ丁寧に確実に撃破していった。


交戦開始から十七分、アルデバランにしては時間がかかった。恐らく覚醒の温存を考え七分を無駄にしたんだろう。彼女らしからぬ判断の鈍さだ。或いは彼女は我々も倒そうと手札を温存しているのか。


ならそれは間違いだ、手札を全て切ってでも彼女は時間と体力を大切にすべきだった。


「さぁ後はお前達だけです」


「ッ……!私が!」


「退きなさいウルキ。お前は殺すなって言われてるんです…レグルスからね」


「レグルス師匠が…!?」


「ええ、お前を殺すのは…私の役目だ、そう言われました。だから───」


瞬間、アルデバランの姿が消えると同時に空間が歪む。まるで光が引き延ばされるように全ての景色が線となり、その拳が遠景を裂く流れ星のように煌めいたかと思えば……。


「寝ていろッッ!!」


「ゔわぁっ!!!」


一撃、ウルキの真横に現れたアルデバランのフルスイングがその頬を殴り抜きウルキの姿が遥か彼方に吹き飛ばされて消える。相変わらず凄まじい威力の攻撃だ…世界の法則を完全に無視している。


「ははははっ!ウワーッ!?だってウルキの奴。間抜けだなぁ…まぁ露払いはこれくらいでいいだろう。後は素晴らしく偉大な僕様が相手をしてやるッッ!!」


珍しくやる気のトミテが拳を打ち合わせ自ら戦陣を切る。トミテが戦うか……彼は魔術的な素養で言えば人類最高クラスだ。他の羅睺のようにはいかないだろう。


「神よ、我が言に従え。理よ、我が前に傅け。万象はこの身を仰ぎ、万世はこの身を奉る。世に我ある限り、我は世の遍く統べる!『万象神降(ばんしょうしんこう)(ちぎり)』!!」


トミテが両手を広げ魔力を放てば、天が割れ噴き出た光の柱がトミテを打つ。その超常的なプライドの高さ故に自ら戦地に立つ事はなく、立ったとしても余程のことがない限り使わない彼の魔術が、降臨する。


「『戦神降臨』!」


彼の魔術は『神降術』と呼ばれる極大魔術だ。シリウスは神を『概念、現象を総じた名前である』と仮定し、その理屈を基盤に作られた神をその身に降ろす業だ。

トミテは火の神、水の神など様々な概念を支配する存在へと変ずる事ができる。概念そのものを自身に降ろし、概念そのものを支配する。


私の識る神のあり方とは些か違うが、世間一般において神と形容される物は最上級の意を込めてそう呼ばれることも多い。


そう言う意味でなら、今のトミテは……まさしく神そのものだ。


「さぁ相手をしてやろうアルデバラン!憎きディオスクロアの防人よッッ!!」


「ッ……!」


トミテが突っ込む、『戦』と言う概念を支配下に置きその上位存在となったトミテは肉体を輝かせ、一気に加速。

その速度にアルデバランも表情を変え、槌を手に構えを取り……。


「皇帝が命ずる!極刑である!!」


「フッ…!」


そして衝突する、トミテの光拳とアルデバランの星魔槌が。激突と共に二人の間に力が荒れ狂い、光となり、大地が引き裂けゲミンガの一角を吹き飛ばすほどの光の奔流となり全てが塵に帰る。


「死ね死ね死ね死ね!アハハハハハハハッ!!!」


爆発四散する大地を飛び出し二人の戦場は上空に移る。そのままトミテは両手から破壊の概念を詰めた光弾を乱射し空を駆け抜けるアルデバランを追い立てる。


トミテと言う男は強い。武力と言う一点で言うなら人類最強と言ってもいい、ある種魔女達すら上回るだろう、私やアルデバランよりもそう言う面では強い。


「そら、傅けッ!!」


「ッ!!」


拳を振り下ろせばその余波だけで天が割れ大地が沈み、その間にいるアルデバランが苦しそうに顔を歪め彼女の体を守る鎧が砕けていく。そしてそのままトミテは大きく手を引き。


「傅かないのなら消えろッ!『焔神灼光(えんじんしゃっこう)』!」


両手に熱を集め、全身に焔を纏い熱線を放つ。その熱の余波だけで大地が蒸発し、遥か彼方まで輝く赤い線を刻む。それを受けたアルデバランはただ両手をクロスさせ防ぐ事しかできない。


トミテは強い、火力面ではアルデバランを上回っている……だが。


(トミテでは勝てんな)


私は浮かび上がる大地の上に座り静かに観察する。トミテでは勝てない、理由は二つ。


まず一つは相性が悪すぎる事、そしてもう一つは。


「アハハハハハハッ!次はどうやって甚振ってやろ────」


「『星天流界……」


「え?」


トミテの顔から笑みが消える。アルデバランを見失ったのだ。その瞬間槌を大きく引いたアルデバランがトミテの背後から現れる。、


そう、勝てない理由のもう一つは……トミテは、相手をひたすらに侮るところがある。例え相手が自分の天敵であっても油断する。そう言う点を鑑みてトミテはアルデバランに勝てない。


「『銀光打』ッッ!!」


「ぐッッッ!?!?」


叩き込む、アルデバランの星魔槌がトミテの後頭部を打ち降ろす。その一撃により空気も、光も、何もかもが押し飛ばされ彼女の周囲に闇が生まれ、迸る電流が星光の如き煌めき、同時に渦巻く。


さながら銀河を産む一撃。それを受けたトミテの防壁は焼き菓子のように砕け、口から血を吐き…吹き飛ばされ、地面に叩き落とされると同時に大地が蒸発し広大なクレーターが出来上がる。


そして、その中心で倒れるトミテは……。


「ぁあああああ!!痛い痛い痛い!痛いよセバス!」


ジタバタと暴れ苦しんでいる。神を降ろした彼の体はあれくらいでは砕けない、だが痛みに対して耐性が低いのもあり、動ける様子がないな。


「痛い痛い!助けて!助けてセバス!何処!?何処なのセバストス!!」


「セバストスは来ませんよ、ここには……」


「ッ……!テメェエエッッ!!」


すぐ側にアルデバランが降り立った瞬間、トミテは腕を振るい壮絶な魔力衝撃波を放つが…。


「お前のせいで、世が荒れた…!」


「チッ…!」


弾き返される。槌の一振りでトミテの魔力衝撃を叩き崩し霧散させる。そして一歩踏み出し…槌を振りかぶる。


「お前のくだらない虚栄心と身に余る野心のせいで!この戦禍を無用に煽ったッ!お前さえいなければッ!世界はこんな事にはなっていない!」


「喧しいんだよッ!愚民のくせしてよぉ!この世界は僕様のものなんだ!僕様が自由にしたっていいだろ…!」


「それがオフュークスの帝王学ですか…哀れ極まりないッ!!」


「ッ……!」


一撃を叩き込む。振り下ろす槌がトミテを捉えるが、今度は更に厳重に防壁を身に纏ったトミテの防御によりアルデバランの一撃は防がれー大地が八つに裂ける。


「この世界は誰の物でもなければ、誰かが好きにしていい道理もない!!」


「違う!この世界は僕様の物だ!寧ろ僕に逆らうお前が世を荒らしてるんだ!!!」


「お前とは……会話にならない」


再び槌を引く、同時にトミテが動く。トミテは油断する男だ、いきなり本気を出す事はない、だが追い詰められたその時…奴は必ず自分の全身全霊を見せようとする。


「会話にならねぇのはお前だよクソボケ女がァッ!!!!『覇界天握(はかいてんあく)───!」


トミテの周囲が、暗く染まる。天が降りてくる、大地がトミテを避ける…来るか、神降術の限界突破、シリウスでさえ想定していなかったトミテ・ナハシュ・オフュークスの傲慢の極致。


あれを使われたらアルデバランに勝ち目はない、勝ち目はない……が。


「黙ってろッッ!!!!」


「げぶふっ!?」


一閃、ゴルフのスイングのように槌が振るわれアルデバランの一撃がトミテの顔面を穿ち、空の彼方まで吹き飛ばしていく……トミテの本気は凄まじい、凄まじいが。


アイツはいつも、本気を出すのが遅すぎる……。


さて、ウルキもトミテも勝てなかったか。いや…決死の覚悟を秘めたアルデバランを止められる存在など、この世にはいないのか他しれないな。


私も何処まで戦えるか、分からない……だが。


「後はお前だけです、ナヴァグラハ」


「……私にも、シリウスへの義理がある。ここで君を殺したくはないが…覚悟はしてくれよ、アルデバラン」


立ち上がると同時に、右手に力を込め…生み出す光が一条の柱となって我が手に絡みつく。


「法槍…『ノウス・アカシックレコード』」


黄金と銀で形成された三叉の槍を手に私は一歩踏み出すと同時に、法槍の鋒で世界を切り裂く。


「『常識改変』」


世界の常識が、乱れ、狂う。天が上であり、地が下であると言う法則が乱れ浮かび上がる大地に立ち、落ちてくる空を見下ろしながら槍を肩に背負う。


「……一瞬で世界が書き換えられた…」


「さぁやろうか『新世界』、『旧世界』がお相手をしよう」


クルリと槍を回せば世界が乱れ背面に太陽を背負い並ぶ星々が強く煌めき、世界を書き換えながら私はアルデバランを迎え撃つ支度を始め──────。




「待った、ナヴァグラハ」


「ッ………」


「お前、なんか勝手な事しようとしとるじゃろ」


……いや、どうやら遅かったようだ。


「…すまない」


背後を見れば、私の乱した世界の法則を無視して、彼女がそこに立っていた。


白銀の髪、紅の瞳、ズラリと並ぶ牙に純白の法衣…そう、彼女こそ我らが大頭目。


史上最強の存在…『原初の魔女』シリウス…。


「ッ……シリウス!!」


「ようアルデバラン、久しいのう。ワシ自ら会いに来てやったぞ」


シリウスは私を押し退けアルデバランを見下ろす。シリウスはここにくる気はなかった、星砕きの白樹を生み出す事に専念しているはずだった。だが羅睺の全滅が彼女を招いたのだ。


いや、そんな事分かりきっていた筈だ。羅睺を倒してもシリウスが来ることなんて。アルデバランだって理解していた筈だ。だから私は止めたのだ…羅睺を退けたとて、彼女が来たら終わりだろうに。


だから、私で終わらせるつもりだったのだが…間に合わなかったか。


「ナヴァグラハ、何故ウルキがやられた時点で…いやアルデバランが出た時点でワシを呼ばなんだ」


「…………察してくれよ、シリウス」


「フッ、お前はワシに腹の底を決して見せん。故にその意図は察するより他ない…が、そうかそうか。お前はアルデバランに期待しておったんだな?」


「君は怒っているかい?」


「いや怒っておらん、お前の本当の目的…その一端がある程度理解出来た。難しい謎解きを解き明かしたようなスッキリ感がある、これに免じて許してやる」


シリウスは…彼女は盟友だ、私にとって彼女は唯一の友達と言ってもいい。故に私は彼女が困るのが好きだ、なんでも解決出来る彼女が困り私を頼るのが好きだ。だが今回に限っては…違う。


今ほどシリウスの到来を憎らしいと思ったことはない。アルデバラン…君は間違えたぞ、シリウスがここに来た時点で、君は……。


「さぁ退けナヴァグラハ、かわいいワシの配下たちがやられたんじゃ。ボスたるワシがなんとかしてやろう」


「……ああ」


「フッ、ナヴァグラハ…お前は人類を愛しすぎじゃ、或いは…人類を諦めすぎじゃ」


そう言ってシリウスは私の肩を叩いてアルデバランの前に向かい飛び跳ね。


「よっし、じゃあ…やるか、今日こそぶっ殺したるわ、アルデバラン」


「…………ここで終わらせます」


私は見る。星の生み出した史上最強の存在アルデバランと神の生み出した史上最強の存在シリウス。その決着を……。


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