715.魔女の弟子と俺は友達の方を向いて歩く
戦いは終わった、アマルトさんがラセツを打ち倒すと言う大金星を上げエリス達はパラベラムに勝利した。
セラヴィは黒衣姫と同化して暴れていた物のアマルトさんがなんと休眠カプセルの中に突っ込み9999兆年先まで眠らせることに成功した。と言う事はもうぶっちゃけ永久に外には出てこられない。
レーヴァテインさんの話を聞くにあのカプセルは元々シリウスが星を破壊しても無傷で宇宙空間に出られる仕組みになっているようだし、9999兆年後にはきっとこの星も無くなってるだろうし…アイツが次に外に出られる時は何もない宇宙空間か、よく分からん星のど真ん中だろう。
少なくとも、そんな長い間精神が持つとは思えない、
そして幹部達も全員拘束、ラセツは今も気絶しているが取り敢えず魔封じの縄で縛っておいた…目を覚ましたらあんな拘束意味ないだろうけど。
「終わった〜〜!」
「思ったよりもキツイ戦いになったな…」
「修行してなかったらどうなってたか…」
「エリス不服です、ラセツと決着つけたいです」
「まだやめとこうぜ、俺達には早い」
そしてエリス達はみんな揃って遺跡の外に出た。遺跡はかなり荒れちゃったけど…少なくとも吹き飛んではいない。
いい結末になったんじゃないかとは思う…がエリスは不服だ、ラセツと決着を付けたかった…まぁ、確かに今のエリスじゃあれは倒し切れないなとは思ったけど。
そうやってみんな揃って外に出て、取り敢えずこれから何をするかを決めるためみんなでゴローンと荒野に寝転ぶと…。
「よう、お疲れさん!」
「あ、アマルトさん!」
遺跡の奥から、今回のヒーローのご登場…アマルトさんだ、彼はあの後デティから治癒してもらいもう元気いっぱいだ。
彼はあのラセツとタイマンを張り撃破すると言う今までとは比較にならない活躍をした、その上セラヴィの黒衣姫復活も阻止したし…正直エリス達は何もしてないぐらい彼は一人で何もかもを解決したんだ。
流石アマルトさんです。…と言いたいが……。
「ッアマルトさん!エリスと勝負しましょう!」
「ゲッ!嫌だよ!つーか元気だなお前!」
「だって!…今…アマルトさんが魔女の弟子最強でしょう?」
そう…彼はラセツとの戦いの中でなんと極・魔力覚醒に目覚めたのだ。トラヴィスさんから一番早いと言われていたネレイドさんでもなく、エリスやラグナやデティのような先頭を走ってる組でもなく…アマルトさんが大番狂せを起こし魔女の弟子の中で最速で極・魔力覚醒に至ったんだ!
だからエリスは戦わねばならない!魔女の弟子最強の座をかけて!アマルトさんと!
「んふふ〜…まぁな?」
「きぃー!!その顔ムカつくー!!」
「いやァーッ!悪いねーッ!お前らの血ぃ使ったとはいえよーっ!第三段階に入っちまったぜー!いやーっ!そこまでいくつもりなかったんだけどなーッ!」
「こ、こいつ…今まで覚醒を自慢されて来た鬱憤を晴らすように…」
ぬははーーっ!と笑うアマルトさんを前に地団駄を踏む、悔しい悔しい!エリスも第三段階行きたい!絶対に行ってやる!すぐに追いついてやる!!
なんて考えているとデティが自慢げな顔で現れ。
「いやいやアマルト、ホラ吹いちゃいけないよ」
「あ?何が?」
「あれは私達の血を使ったから一時的になれたんでしょ?つまりあんたはまだ第二段階に入ったばかり!まだ第三段階到達レースは終わってないよ!」
そう言うんだ、確かに…アマルトさんはエリス達の血を使って変身することで第三段階に入っていた。ならそうなるのか?あれは一時的なものか?と思っているとアマルトさんはやれやれと息を吐き…。
「しゃあねぇな、疲れてんだけどな」
「え?」
「ほい!極・魔力覚醒『鬼門呪殺の悪路王』〜ってなもんで!」
瞬間アマルトさんの髪が白く染まり周囲の空間が黒い瘴気に満たされ始めて…って!
「いつでもなれるんですか!?」
「どうやらあの一回で俺の限界を越えられたみたいでさ?俺もう第三段階なのよ」
「じゃあマジの最強じゃないですか!!」
「おうよおうよ!だははーっ!バシレウスだろうがダアトだろうが纏めてかかってこいやーって感じだぜーっ!!」
「な、な、なぁ!くぅー!!悔しい悔しい!エリスちゃん私悔しいよ!」
「エリスもです!必ず追いつきますから勝負しましょう!今から!」
「嫌だよ!寝たいの俺!」
「私も絶対追いつくからねー!修行だ修行だー!!」
なんだかんだデティもアマルトさんをライバル視してますからね…エリスもですが。なので今回の一件は重く受け止め、更なる修行に励まないと…と思っているとラグナがこちらにやって来て。
「まぁ何はともあれさ、アマルト…ありがとよ。お前がいてくれて助かった」
「ん、…力になれて嬉しい」
そう言うんだ…そうですね、何を言ってもアマルトさんはエリス達全員を守るために命を張ったんだ、いやいつも張ってくれている。その強さが…彼を第三段階に至るほどにまで成長させていたんだ。
「ありがとうございます、アマルトさん…本当に助かりましたよ」
「そうだね、まぁぶっちゃけ意外な事もないかな。アマルトっていつも頼りになるし」
「んっ…んふふ、なんか顔にやけちまうなぁ〜」
本当に可愛い人だなこの人は。でも感謝してるのは本当なんだ、みんなアマルトさんが第三段階に行ってしまったことを悔しく思っているがそれは同じ弟子として、友達としてはこれ以上嬉しい事はないんだ。
「凄いです〜!アマルトさ〜ん!!僕にもコツ教えてくださいー!」
「お!ナリア!いいぜ!」
「ん、流石…アマルト。ベンちゃんに勝っただけはある」
「まぁな、神将倒した男だぜ?俺はさ」
「先を行かれてしまったなアマルト、正直…覚醒も私より先だと思っていたがまさか極・魔力覚醒を誰よりも先に会得するとは。流石だ」
「一勝一敗だな、次は第四段階にどっちが先に行くかで勝負するか?」
「フッ、構わん。負けんぞ?私は」
みんな口々に彼を褒め称える、みんなアマルトさん大好きですからね…ただそんな中。
「うう……」
そこで膝を抱えてメソメソ泣いている人が…一人。
「お、おいメグ…お前は俺を褒めてくれんのか?褒めてくれよ俺を」
「うう…私、今回役立たずでございました。幹部倒せてないし…何より陛下と修行して手に入れた技を使う前にやられてしまいました…うう」
「そういやお前なんの修行してたんだ?」
「実戦で披露したいので…内緒でございます」
「なんじゃそら…」
メグさんは今回、ずっと気絶してた。デキマティオ達にやられ、ラセツにやられ、本領を発揮する前に倒されてしまいシクシク泣いているんだ。まぁ…そう言う事もあるでしょう。いつだってみんながみんな何かしらの活躍をできるわけじゃないし。
「泣くなって、メグ」
「うう…泣きません、おめでとうございます…アマルト様」
「うへへ〜!」
アマルトさん…褒められればなんでもいいのか…。
「で…こいつらどうするよ」
ラグナはチラリと腕を組み、見遣るのは……。
「ぅぐぅうう!まさか縄目の恥辱を味わうとは!!」
「アハハハッ!これは負けだ!盛大に負けた!」
「ぼ、ぼきゅを捕まえてどうするつもりだ!」
「クソぉ……」
パラベラムの幹部…デキマティオ、クルレイ、ベスティアス、ポエナの四人、そして…。
「……………」
「おい!ラセツ!起きろ!お前が負けるなんて…あり得んだろ!!」
気絶したまま縄でグルグル巻きにされているラセツ。セラヴィはぶっちゃけもうあのままでいいとして…こいつらはどうしたものかと考えていると、スクッとメグさんが立ち上がり。
「無論、牢獄送りでございます。彼等はパラベラムとしてテロ助長の活動と各地で紛争を煽る活動をしていました。誰も彼も一級の大犯罪者でございます」
「まぁ、それが妥当か」
「ヒィ!刑務所!?我々はただセラヴィに言われて!強要されてたんだ!パワハラを受けていてね!いやぁ君達が倒してくれて助かったよぉ〜!」
「こいつプライドないのかよ…」
まぁそこはあれだ、アナスタシアやコーディリアのように帝国の牢屋に行ってもらうことになるだろう。ぶっちゃけ装備を取り上げたらこいつら大した事ないし。
「……牢屋送りか」
「ん?メルクさん、どうしました?」
「いや、別に……」
「?」
何やらメルクさんが考え込んでいるが、特に何も言う事はなく。取り敢えずこいつら全員牢屋送りだ、特にラセツは危険だからずっと牢屋の中に入れておいてほし────。
『待てぇーっっっ!!!魔女の弟子ぃーーっっ!!』
「ッ…なんだ!」
突如、東部の荒野を切り裂いて。砂塵と共に駆動音が鳴り響きこちらに向かって走ってくるのは…パラベラムの駆動車だ!!
「ラセツ様ーっ!助太刀に来ましたー!!」
「っ!お前はディーメントの!」
次々と停車する駆動車の中からワラワラと現れるのはディーメントにいたラセツの部下達だ、シンナにモーガン、コレッジョにラッドキング…エリスを治してくれない治癒術師もいる。そいつらが全員銃で武装しこちらに迫ってくる。
「おお!救援か!助かった!おいお前ら!私を助けてくれたら経営部門の課長に昇進させてやるぞ!」
そうデキマティオが叫ぶがシンナは目を鋭く尖らせ…。
「知るか、我々が助けに来たのはボス…ラセツ様だけだ!!」
「何ィッ!?」
「他の幹部なんぞ知らないねぇ!我々を助けてくれたのはラセツ様だけだからねぇ!この人さえ無事ならセラヴィも他の幹部もどーでもいいねぇ!」
「は、背信行為だぞ!貴様ら!」
「ラセツを助けに?」
エリスは腕を組みながらチラリと目を向けると…そこには気絶したラセツがいる。シンナ達もそれを見て顔を青くして…。
「そ、そんな!?ボスが倒されている!?」
「バカな…あり得ん!!」
「ボスを倒せる人間なんてこの世にいるのか…!?」
「お前達のボスはご覧通りです、今から牢屋に送る予定なんでお前らも一緒に行きますか?まぁ…拒否しても行ってもらいますが」
「ッ…貴様らァッッ!!」
瞬間、シンナがエリス達に銃を向けた…その時だった。
「俺のダチに手ェ出すなやッッ!!」
アマルトさんの雄叫びと共に極・覚醒の領域が一気に拡大し黒い霧がシンナ達を絡め取り、麻痺の呪いで動きを縛るのだ。
「う、動けん……」
「一瞬でこの数を制圧しやがった…」
「アマルトつよーい」
本当に一瞬だ、指一本動かさず百人近いディーメントの住人を無力化してしまった…これが第三段階、世界最強の領域か。
「お前ら、バカな事するじゃねぇよ…!」
「ぐっ…クソォっ!ボスさえ…ボスさえ助けられれば!」
「…………」
ともかく、こいつらも一緒に牢屋に……ん?あれ?
「あれ!?ラセツがいない!」
ふと振り向くと、ラセツがいない。そこには引きちぎられた縄だけが残されており…ラセツが拘束を振り解いた証明だけが残っていた。咄嗟に探そうと体を動かすと、エリス達の頭上を何かが通り過ぎ…。
「待て…待ってくれ……」
「ッ…ラセツ」
ラセツは、そこにいた。エリス達の上を飛び越え、ディーメントの連中の前に立ち塞がり、彼等を守るように両手を広げ…膝を突いた。もう立っているだけでもやっとだろうに…腕だけを広げていた。
「待ってくれ…こいつらは…見逃してくれ、オレは…好きにしてくれて構わへん…せやから」
「何を言ってるんですか!我々は戦います!あなたの為に!」
「アホンダラ!上司が…責任被って頭下げてんねん…平社員は大人しくしとれや…」
ラセツは歯の隙間から血を流しながら、ヨロヨロとこちらを見る…ディーメントの連中を見逃してくれと。しかし。
「出来ません、そいつらもパラベラムですよね。そいつらを見逃してまた今回みたいに襲撃されでもしたら大変ですから死ぬまで牢屋にいてもらいます」
「なら…手出しさせんよう、オレが言う…」
「手出ししないなら見逃してもいい、なんて言ってません。そもそもそいつらだって魔女排斥組織でしょう、見逃さない理由はいくらでもありますけど…見逃す理由は見渡した限り一つもありません」
見逃す理由はない、こいつらは敵だ…敵を逃して次にどんな窮地を招く?そもそもエリスはこいつらに銃で撃たれてんだよ…ナリアさんだってメグさんだって傷つけられてんだよ、見逃すわけないだろ。
「見逃す理由はなくても…オレの頼み聞く理由はあるやろ?ほら、助けたやん」
「あれはエリス達を利用する口実でしょ!」
「でも事実やんか…」
「それはそうですか!それはそれです!」
「それもそれや…なぁ、マジで…頼むわ…」
「嫌です!!!!!!!」
断固拒否、敵ですよ!なんで助けなきゃいけないんです!パラベラムの襲撃を受けて…ラグナ達が拘束されているんです。それと同じことが起こり得ないとどうして言える、今度は…ラグナか、デティか、メルクさんか…誰かの命が奪われるかもしれない。
とてもじゃないがラセツの首一つで釣り合いが取れるとは思えない。
「アマルトさんもなんとか言ってください!」
「え?いや……」
「頼む…ディーメントの連中は、オレにとって…家族やねん」
家族…それは確かにディーメントを訪れた時に言ってたな。家族だと…血の繋がったセラヴィではなく、血の繋がらないディーメントを家族と呼ぶ。その感覚はなんとなくわかる、エリスも師匠と血は繋がってないけど…エリスは師匠こそエリスのお母さんだと思っているから。
けどそれはそれ!
「孤独やったオレを、家族なんてクソ喰らえと思うてたオレを…救ってくれたんがこいつらやねん、だから…助けたい。頼む…なんでもする、どんな事でもどんな罰でも受けるで…助けてください」
ラセツはその場で頭を下げ、跪いて額を地面につける…エリスはアマルトさんを見ると、アマルトさんはキョドキョドと視線を泳がせ。
「い、いや…その…家族とかなんとか言われると、ラセツの身の上を知る人間としては…弱いと言うかなんと言うか」
「なんですか、消極的になって」
「…………」
アマルトさんは迷う、どうするべきか悩む…すると、エリス達の横に歩み出てくるのは…。
「エリス、ならこう言うのはどうだ?」
「メルクさん?」
「ラセツ、これを見ろ」
「あ?」
ふと、メルクさんが前に出て…一枚の書類を取り出し、それをラセツに差し出す。受け取ったラセツは静かにその書面を確認していくうちに、どんどん顔が青くなり。
「な、なんじゃこりゃ!?嘘やろ!?」
「嘘じゃない、マジだ」
「ま…マジって、パラベラムをM&Aしたんか!!マーキュリーズギルドがッッ!?!?」
「M&A?」
エリスがコテンと首を傾げるとアマルトさんがコソコソと耳打ちを始める。
「M&Aってのは吸収合併のことさ、他の商業的組織を金銭で買収して自分の下につけちまう行為だよ…つまり、メルクは敵対的買収を行った。買ったのさパラベラムを」
「え!?パラベラムって買えるんですか!?」
「一応表向きには商業組織として活動してたしな…多分いけるんだろう」
金持ちだ金持ちだとは思ってたけど…まさか八大同盟を買っちゃうなんて。どんだけ常識はずれの金持ちなんですかメルクさん。
「この戦いが始まる前にギルドに命令してマレウス中にあるデナリウス傘下の商業組織全てを買い上げた…パラベラムは解体しデナリウスは今日からマーキュリーズ・ギルドの傘下だ…」
「う、嘘やん…そんなんあり得るん」
「あり得る。と言う事はここにいる連中全員私の部下の部下の部下の部下の部下の部下ということになる…勿論、ラセツ…お前もな」
「うっ……」
「もしも黒衣姫を持ち逃げされてもいいように打っておいた手だが、まぁ…無駄になったな」
するとメルクさんは腕を組みながら、ラセツを見下ろし…。
「このまま行けば今回の費用が完全に無駄になる。だからデナリウス商会には利益を上げてもらわねば困る、だがセラヴィはもういない…なら。ラセツ…お前が新生デナリウス商会の社長になって利益を上げろ」
「え!?オレが!?」
「ああ、私の部下になれ…そうすればここにいる連中全員の面倒を見る」
「ほ、ホンマかいな!!!」
メルクさんは彼等を助けるというのだ、彼等を部下にして…ギルドに招き入れる!?そんなのいいのか!?許していいのか!?仮にも八大同盟の構成員ですよ!
「メルクさん!!」
そうエリスが食ってかかるとメルクさんは腕を組みながらこちらをみて…。
「エリス、敵を殴り倒して牢屋にぶち込み刑罰を与えるだけがやり方じゃない。更生ややり直しの機会を与える事も…あってもいいんじゃないのか?」
「でも…こいつらは……」
「無論、私達に手出しをすればこの話は無しだ。それにお前達には八大同盟から抜けてもらい情報提供や色々な面で協力してもらう…つまりマレフィカルムを裏切ってもらうことになるが──」
「ああかまへんかまへん!マジで!なんやったら本部の場所も教えたろ!聖霊の街タロスって場所にあるねん!」
こ、こいつ高速で手のひら返ししやがった…。マレフィカルムには未練がないタイプか…。
うーん、うーーん、エリスとしては…こいつらを見逃すのに抵抗がある。敵だし、酷いことされたし、悪い奴らだし、でも…。
「メルクさんがいうなら!従います!」
「ああ、ありがとう、エリス」
メルクさんが言うなら、仕方ない。そうしよう。
「ああほんまに!ホンマにありがとう!なんてお礼言ったらええか…魔女の弟子の…、いや、これからは社長サンって呼ばせてもらうわ!!メルクリウス社長サン!」
「調子のいいやつだなお前も……」
「ぶっちゃけ魔女とかなんだとかどうでもええねん、オレはセラヴィに復讐する為にここにおっただけやし。マレフィカルムにも未練はあらへん……せや、なんやったらこれからオレの車でタロスに送ろか?お前ら馬車やろ?オレの車なら数倍早くタロスに着くで?」
「む、いいのか?」
「ええよええよ、なんやったら…オレも一緒に戦うで?マレフィカルムとな。オレらの雇い主様助ける為やったらオレも全力出すで!!」
「それはありがたいな…!」
ラセツはエリス達をあの車で送ってくれるというのだ。しかも剰え一緒に戦ってくれると言い出し…エリスはちょっと頼りになると思ってしまった。正直タロスで行われるだろう戦いに向かうにはまだ戦力が心許ないところがあった。
そこに第三段階の達人であるラセツが一緒に来てくれるなら…とてつもない戦力アップになる。
「なぁラグナ、こう言ってるが…どうする?」
「受け入れよう、ラセツは内情にも詳しいようだし…あれだけの強さだ。一緒にいてくれるなら心強い」
「よし、なら同行を許す。デティ…ラセツの治癒を、ラセツ…ディーメントの連中に命令して業務にあたらせろ。命令は後ほど下す」
「はいはいかしこまりました社長さーん!いやぁセラヴィよりずっとええわ。お前ら聞いたな!今日からメルクリウス新社長の下真白目に清く正しく清廉潔白なお仕事をしていきまひょー!」
「ぼ、ボスが言うのでしたら!」
まぁ、こういう結末もあるのなら…それはそれでいいのかな。
「なぁメルクリウス!いやメルクリウス社長!我々は見逃してくれるか?」
「いやお前らは牢獄だ」
「なんで!?」
しかしデキマティオ達は見逃されない様子。まぁこいつらは思想的にセラヴィと近すぎる、ラセツを見逃したのはある意味セラヴィと反目しているからだし…彼を新たな社長に据えてパラベラムそのものの無力化を狙っているんだろう…メルクさんは。
それにデナリウス商会はマレウスの生活を支えている企業だ、これが纏めて消えたらそれはそれでマレウスの生活に穴が開く…そういう意味でもこういう選択をしたのかもしれない。
流石メルクさんです!
「おーし、オレの愛車のRS-2も持ってきてくれとるな?社長サン!いつでも北部に出発出来まっせ!あ!靴磨きましょか?」
「いらん、ではどうする?このまま向かうか」
「いやもうちょい待ってや、エンジンの調子見るで。ノンストップで行くなら先に準備しときたいわ」
そう言うなりラセツは車の前部分を蓋のように開き、何やらカチャカチャと動き始める、あんなでかい図体して手先も器用なのか…アイツ。なんて考えていると…。
「あーちょっと手が足りんわ。アマルトちゃん手伝どうてや」
「え?俺?分かんないよ俺」
「ええからええから、こっち来てや」
「しゃあねぇな…」
そう言って、アマルトさんはラセツの隣に立ち…二人で車をいじり出す。みんなこのまま移動する為の準備に取り掛かる中…エリスはそんな二人をジッと見守り続けた。
………………………………………………
「ここ持ってや、アマルトちゃん」
「ん、ここだな」
「せやせや、助かるわぁ」
二人で、機械をいじる。ラセツは慣れた手付きでエンジンを整え…必要なのかどうかも分からない調整を加えていく。すると…ラセツは。
「……アマルトちゃん、ありがとな」
「え?」
「お前がさ、…止めてくれたやんか。オレの事さ」
「………まぁな」
ラセツは俺に視線を向けず、やや照れくさそうに唇を尖らせながらエンジンを見つめ続ける。
「オレは、セラヴィを憎み拒絶するばかりで、いつのまにか逆にセラヴィに囚われとった…あのまま突き進んだら…オレはきっとセラヴィみたいになっとった…そう考えると悍ましいったらないわ、ほんまにさ」
「お前は嫌かもしれないけど、どうやったって親子なんだ。何があったって親子は親子のまま。拒んでも逃げても…変わらねぇ」
「せやなぁ」
「だから向き合うしかない、面と向き合わなきゃ…唾だって吐きかけられねぇしな」
「なはは、確かに」
「だろ?」
二人で肩を揺らして笑う。俺とラセツは同じだ、同じ物を抱えて同じ道を歩いて…そして今同じ場所にいる。だから分かるもんがあるのさ…。
「オレを止める為に…お前はあんなに頑張ってくれた。オレ…出来るならお前らの手伝いがしたい思うててん、そう言う口実をくれた新社長サンにはホンマ感謝しとる」
「おう、真面目に働けよ」
「任せとき、マレフィカルムの裏のアジトの場所ぎょーさん知っとるで。全部話したる…ほんで、その上でお前らの事も守ったる。セフィラもゴルゴネイオンも強いけど…お前らの為やったらオレ頑張るで」
「無茶すんなよ…、俺だってお前と肩並べてんだ。一人じゃなくて…俺やみんなと一緒にやっていこうや」
「……ほんまにアマルトちゃんは凄いなぁ。なんでそんなに真っ直ぐでおられんねん、リスペクトやマジで」
ラセツはなんか俺の方を見ながらほぇーて口を開いている。真っ直ぐ?捻くれ者の俺が?んなわけねぇだろ…けど、そんな捻くれた俺が真っ直ぐ歩いていられているのだとしたら。
「それは全部、ダチのお陰さ」
「友達の?なんで?」
「…俺は捻くれ者だからさ、見る景色が全部歪んで見える。後ろを見てんのか、前を向いてんのかも分からないし自信もない…けど、そんな歪んだ視界の中でも、くっきり見えるものがある、それが……」
「ダチ、か」
俺はラグナ達を見る。アイツらは嘘をつかない、ただ前だけを見て前だけに進んでいる。そんなアイツらだから俺は大好きなんだ…。
「結局、人生なんてのはどこを向いて歩くかなんだと思う」
立ち止まることはない、立ち止まっているつもりでも…みんなどこかに流されていくのが人生だ。なら結局、どこを向いているか…それが重要になる。
「後ろを向いて歩くか、前を向いて歩くか」
どっちを向いても、人は動いていく。流れ続ける世界の中で…見る方向は重要だ。
「どっちを向いても、そっちに進めば前になる…だったら」
そんな歪んだ世界で見つけた、俺の答え…それが。
「俺は、友達の方を向いて歩くよ。そっちがきっと俺にとっての前だから」
どっちを向いたって前になるなら、進む限り前になるなら、俺は俺の前を選ぶ…友達の方を前にする。そうやって歩いていく限り、俺はきっともう後ろには進まないから。
「…………」
その言葉を黙って、ジッと聞いたラセツは煤だらけの手で俺の背をドンっ!と一発叩き…って!
「おい!何すんだよ!」
「頑張れや、アマルトちゃん。危ななったらオレに言え、オレは一生お前のダチで仲間や…」
「……おう」
俺は見る、チラリとこちらを見るラセツの視線を。硬く、冷たい仮面に隠されていたこいつの視線を、太陽を浴び隠す事なく顔を晒す…こいつの顔を。
……こいつはもう顔を隠さない。己の過去を全部放り捨て、今の己と向き合って生きることを決めたんだから。
……………………………………………………
「さぁて!メンテ終わりぃ!いつでも行けるでしかし!」
アマルトさんとの会話を終えたラセツはバンッ!と車の前の部分を閉じて、エリスの方を見る。どうやらラセツとアマルトさんの関係も…新たな段階に進めたようだ。
さぁこれから聖霊の街タロスに向かうぞ、となりみんな立ち上がると……。
「……ん?」
ふとラセツはエリス達をジローっと見て。
「あれ?そういえばレーヴァテインはどこ行ったん?」
そういうのだ、レーヴァテインさんがいないと。ああ、彼は気絶してたから知らないのか…今頃彼女は……。
「そうだ、出発する前に…レーヴァテインに挨拶してからにするか」
「そうですね」
「挨拶?」
「メグ、時界門開けてくれ」
北部に旅立つ前に…レーヴァテインさんに挨拶をしに行く。今頃彼女は……コルスコルピで何をしているんだろうか。
…………………………………………………
戦いが終わっても、レーヴァテインさんは元の時代に戻れるわけじゃない。戦いが終われば…レーヴァテインさんには新たな問題が降りかかる。
故郷なき、数千年後のこの世界で如何にして生きるのか。戦いが終わるまで保留にしていた問題が今レーヴァテインさんに襲いかかった。
彼女は悩んでいた、レーヴァテイン遺跡に残るのか…国民達が命を費やしたこの遺跡で生涯を終えるべきか。彼女はそう言ってここに残ろうとした…けど、それを受けてアマルトさんは彼女に一つの選択肢を与えたんだ。
それを受けた彼女は…今………。
「はい!この問題分かる人ー!」
「はーい!」
陽光の差し込む木目の廊下、暖かな茶色の床と小さな机に座る子供達。ここはコルスコルピにあるディオスクロア小学園…そこで今日も子ども達は勉学に励む。小さな子どものうちから教育を受けることで、子ども達の基礎学力を向上させるのだ。
つまりここは…アマルトさんが運営している小学園。そこに時界門でやってきたアマルトさんとなんとなくついてきたエリスは、二人で廊下を歩く。
「ここが小学園ですか…」
「そういやお前、ここ来るの初めてか?」
「はい、話には聞いてましたが…いいところですね」
「まぁな」
二人で廊下を歩く、子ども達の賑やかな声と先生の優しい声が教室から聞こえてくる。廊下の窓から教室を見れば…子ども達が手をあげて先生の問題に答えている。
いいな、子どもの頃からああいう教育が受けられるのは…とても幸運なことだ。
『はーい、ではこの問題分かる人ー』
ふと、近くの教室から声が聞こえる。その声に反応したアマルトさんがエリスを手招きして…そっと窓から教室の中を伺う。そこにはたくさんの子ども達と…先生がいて。そして…。
「はいはーい!先生!ボク分かるよ!先生!ボク分かる!当てて!」
「レーヴァテインちゃんまた分かるの?すごーい」
「へへへ」
……レーヴァテインさんがいる、子ども達と一緒に机について先生の質問に答えている。あの史上最高の天才と言われた碩学姫レーヴァテインが…小学園で子ども達と一緒に学んでいるんだ。
うーん、なんとも凄まじい光景…これがレーヴァテインさんが選んだ道だ。
「勉強してるな…よしよし」
「でもいいんですかね、子ども達と一緒に勉強なんて」
「しょーがねーだろ、レーヴァテインは今の世を知らない。つまりガキも同然だ…世の中を知らないガキがいきなり自分の生き方を決めますって言っても決められわけがない」
それはかつて馬車の中で話し合ったレーヴァテインさんのこれからを話す時、アマルトさんが言っていた言葉と同じ物。レーヴァテインさんは今の世を知らない、だからまた世界の中枢に向かうこともできないし、旅立つ事も出来ない。
だから彼は…提示した、まず何かをする前にこの小学園で一人の人間として生きていくための教育を受ける気はないかと。そしてそれを受けたレーヴァテインさんは。
「ん、あ!アマルト君!」
「あー!アマルト学園長〜!」
「げっ、見つかった…」
「学園長なんですよねぇアマルトさんって…」
レーヴァテインさんに見つかり、観念したのかアマルトさんは静かに教室に入ると子ども達がワラワラと寄ってくる。本当に好かれているな、今も旅の最中時間を見つけては学園に行って教鞭を振っていますしね…本当に好かれる学園長になれたんでしょう。
「どうだよ、レーヴァテイン。やっていけそうか?」
「ああ、みんな優しいし現代の学問は学んでいてとても楽しい。…これからボクがどうやって生きていくか、それを学んでいくんだ。ここで」
「そうか、頑張れよ」
レーヴァテインさんが選んだのはこの学園でこれからの事について学ぶ選択。その間あの遺跡には戻らず…これからどうするのかをこの数年で学ぶのだ。あの遺跡にはピスケス人達の意識を投影したシステムがある…レーヴァテインさんを守るためその生涯を捧げた人達の意識の残滓がある。
だからレーヴァテインさんはあの遺跡に残る選択も考えた…でも。
「みんなが言ったんだ、今まで戦いに身を捧げてきたボクに…平和な世を享受してほしいって。だからボクは平和なこの世界を生きる必要がある…そう思うんだ」
「いいと思うぜ、その平和な世界は…俺たちが守るからよ」
「相変わらず…かっこいいなぁー!ねぇねぇ!やっぱりボクと結婚しない?」
「しないっての」
「どうして!?」
「どうしてってそりゃ…」
アマルトさんは腕を組みながら…静かに考え、答えを探し…。最後にはニッと笑顔を見せ。
「恋とかなんとか、懲りてるからさ」
「そんなぁ……」
そんな風に答えるんだ…けどエリスはアマルトさんが断る理由を知っている。というかなんとなく想像がつく。
これは言うべきじゃないのかもしれないが……多分。
アマルトさん的に、レーヴァテインさんはあんまりタイプじゃないんだろうなぁとは思う。だって…。
(遺跡に向かう前にアマルトさんが言ってた好きなタイプとまるで合致しないし)
彼は物静かで嫋やかで本とかが好きなタイプが好きだと言っていた。恐らく…サルバニートさんのことなんだろうなぁとは思う。或いは…もっと別の───。
「おや来たんですかバカ弟子来たなら来たで一言くらい挨拶に来なさいバカ弟子」
「うげ…なんで来てんだよ」
その瞬間、背後から響く声にアマルトさんは顔を歪め…そして同時にレーヴァテインさんは目を明るく見開き。
「アンタレス君ッ!!」
「おやまぁ随分懐かしい顔があると思ったら…レーヴァテインじゃないですか」
アンタレス様だ、そう…この人は師匠達と旅に出ずコルスコルピに残っているんだ。ただ師匠達のバックアップがあるから顔は出さないと思っていたが…。こんな事言いつつレーヴァテインさんの気配に気がついて地下室から出てきたんだろう。
レーヴァテインさんは気安くアンタレス様に近づき…。
「アンタレス君…ごめんよ、君達を…ボクは信じられなかった」
「信じられなかった?なんの件で?ああ…私達を見捨てて休眠カプセルに引きこもった件ですか」
「う…相変わらず君はズバズバ言うよねぇ…そう言うところは八千年経っても変わらないか」
「これが私なので」
「でしょうよ、しかし一番最初に再会するのがまさか陰湿引き篭もり女の君とはね」
「あなたも相変わらず無礼ですね」
クスクスとアンタレス様がレーヴァテインさんの物言いにキレず笑っている。レーヴァテインさんもエリス達には言わないような冗談を言っている。…こうやってみると、二人はやっぱり八千年前に一緒に戦った戦友なんだな…と思えるよ。
「……ありがとうアンタレス君、この世界を守ってくれて。八千年も面倒を見てくれて」
「みんなで守ったみんなの世界だから…当たり前ですよ」
「そっか」
そう言って二人は固い握手を交わす。八千年前には交わすなかった…握手だ、レーヴァテインさんも心残りだったろう、魔女様も心残りだったんだろう。その未練が少しでも癒されたなら幸いだ。
「ねぇアンタレス、カノープスは?アルクトゥルス君は?他のメンバーはどこにいるんだい?会いたいよ」
「その件は後程話します貴方が目覚めた以上貴方にも働いてもらいますので…正直今の状況を考えるに貴方ほどの人材を遊ばせておくのはもったいない」
「そっか、分かった。ボクに出来ることがあったら言ってね?現行文明の文化レベルを数百年上げてほしいとか、無尽蔵のエネルギーを作ってほしいとか、そう言う簡単なことしか今は出来ないけれど」
「そう言うのはまた今度にします…さぁ勉強に戻りなさい碩学姫」
「うん、また後で話そう」
そう言ってアンタレス様はレーヴァテインさんや子ども達を授業に戻し…エリス達を教室の外に連れ出し…。
「さて…よく私達の頼みを聞いてレーヴァテインを連れ出してくれましたねこれでかなりこちら側も動きやすくなりました」
「いえ、いいんです…けど」
「けど?」
「何故レーヴァテインさんの解放をエリス達に頼んだんですか?居場所は分かってたんですよね。ならもっと早くに起こしに行ってあげていれば…」
エリスがそう問いかけると…アンタレス様は窓の外に目を向け、目を伏せると。
「まぁ嘘とか誤魔化しとかそう言うのは好きではないので正直に言いますがはっきり言えば怖かったらですね」
「怖かったから?」
「レーヴァテインの技術力がですよあの人が目覚めたら技術抑制してる意味がない」
「ああ……」
技術抑制の件か、技術抑制は元々新たな分野のシリウスを生まない処置…そしてそれを警戒させたのは恐らくレーヴァテインさんの存在が大きい。実際レーヴァテインさんの技術力がどれだけ恐ろしいか…エリス達は今回の一件で思い知ったから。
だったら、なおのことって話じゃないか?
「じゃあなんで目覚めさせるよう頼んだんですか?怖いなら…エリス達に言わなければよかったじゃないですか」
「それは貴方達がいたからです」
「へ?」
「俺達のせいだって言いたいのかよ」
「そうです貴方達が新たな世を作るんだったらもう技術抑制とかいいかなって考えたんです」
「ま、まぁ俺たちももう技術抑制とかする気ないしな…」
「ええそうです技術抑制とか関係ないなら…やっぱり会いたいじゃないですか…数少ないあの頃を知る友達なんですから」
「…………」
レーヴァテインさんはやはり魔女様達にとって大事な友達だったんだ。しかしその友情を天秤にかけてでも…この世界を守る方を選んだ。友達を目覚めさせない選択を選ぶ程に覚悟を決めてこの世界を守ってきたのが魔女様達で、その世界を受け継いだのがエリス達なのか。
……それが、継承なんだよな。
「貴方たちのおかげでレーヴァテインが目覚めました…申し訳ありませんが放課後はちょっと私達の用事に付き合わせるのでしばらく彼女は頼れないと思ってください」
「用事ってあれだよな、魔女様達が旅に出てるってやつ…レーヴァテインの力を借りるほどに重要なのかよ」
「重要です」
「内容は、そろそろ教えてくれよ」
「まだ早いです。マレフィカルムくらい軽くぶっ飛ばせるようになったら教えてあげます」
「…………」
そんなに大変な要件なのか。それでもエリス達には教えてくれないのか…そんな不満げな顔をエリスとアマルトさんが見せるがアンタレス様は完全無視、これについては教えてくれる気配がないな。
「はぁ、分かったよ…なら俺とエリスはマレウスに戻るよ。マレフィカルムの本部を見つけたんだ、ケリつけてくる」
「そうですか多分助けに行けませんので十分気をつけて」
「ああ……」
そう言ってポケットに手を突っ込みアマルトさんはアンタレス様の隣を通り抜け……。
「あ、そうだ」
「ん?」
そう言いながらアマルトさんは立ち止まり、アンタレス様の方を向くと…。
「極・魔力覚醒『鬼門呪殺の悪路王』…!」
ドンッ!と音を立てて魔力を隆起させちょっと控えめに極・魔力覚醒を行うと…ニッと笑いながらアンタレス様を見つめ。
「…出し抜いたぜ、俺。あんたの弟子が最強だって…見せつけてやった」
「おやまぁ第三段階に……フッ…出し抜いたとかなんとかよく分かりませんが…いいですね好きですよその感じ」
「だろ?」
そう言って師匠に己の成長を見せつけ、アンタレス様もまた小さく微笑み…アマルトさんを褒め称える。
……いいなぁー!エリスもそれやりたいなぁー!師匠に極・魔力覚醒見せつけたいなー!褒めてもらいたいなー!早く覚醒したいなー!
「じゃ、それだけだから。朗報待ってろよ!お師匠!」
「ええ待ってますよ」
「よーし!帰るぜエリス」
「はーい」
「何不機嫌になってんだお前」
「別に〜エリスも極・魔力覚醒したいです〜」
二人で開いている時界門を潜ってマレウスに戻る。レーヴァテインさんはここでまずこの世界の住人となる為に学ぶのだ。その後どう生きる選択をするにせよ…彼女は選択肢を得たんだ。
八千年前には存在しなかった選択肢が、自分で自分の道を選ぶ猶予が生まれたのだ。圧倒的な才能を持つが故に周囲からの期待に応え続けた彼女にはなかった選択肢…それを作ったのが。
「はぁ〜…にしてもとんでもない事に巻き込まれたよなぁ〜」
アマルトさんだ、セラヴィやエリス達のように彼女を碩学姫としてでなく一人の人間のして見続けた彼がいたから…この結末に辿り着けた。
物を教え、正道に導く者…アマルトさん、貴方立派に先生やれてますよ。
……………………………………………………………………
「お、帰って来たな?」
時界門を潜り東部に戻ると既にディーメントの住人は消えており、デキマティオ達も連行された後だった。対して残るのはラセツと彼の愛車である巨大な駆動車RS-2。既にみんな駆動車の中に乗り込んでおり…。
「おお!これが駆動車かぁ!」
「中って広いんですね!」
「ふむ…参ったな、これが普及したらまた鉄道事業がやり辛くなる。いや寧ろ併用させるか?」
「デナリウスを吸収した以上、駆動車製造のノウハウも手に入りましたので製造は可能ですが…問題はエネルギー面かと」
「ごめんね…大きくて」
ラグナとナリアさんは椅子の上で跳ねており、メルクさんとメグさんは外面から車の様子を眺めており…。ネレイドさんは申し訳なさそうに一番後ろの座席を一人で占領していた。
「レーヴァテインさんは元気にしてた?」
「ええ、してましたよ。元気に勉強してました」
「碩学姫が勉強って…色々すごいねアマルト、有望な卒業者が出来そうじゃん」
「へへへ、まぁな?」
エリスはデティを抱えて車に乗せて、アマルトさんもまた車に乗り込む。ラセツが乗り込めるサイズということもありエリス達全員が乗り込んでも全然余裕ありげだ。馬車はメグさんの持つ魔装の中に収納してるし…うん。
移動の準備が整ったな。
「ほな行きます?北部のタロスやったら殆どまっすぐで行けるで大体二日で着くけど」
「二日ですか……」
「ん?どうした?エリス」
二日…二日かと考える。二日あれば行けるか?いや時間があるならそこに使いたいな…うん。
エリスはしばらく考えた後、みんなに頭を下げつつ一人だけ車から降りて。
「すみません、みんな先に行っててください」
「え?お前来ないのかよ」
「はい、エリス…出来ればその二日間でエーニアックに行きたいんです」
「エーニアック…あそこにか」
学問の街エーニアック…ナヴァグラハの影とダアトの過去が残る街。あそこには識の研究がある…もし時間があるならあそこで少しでも識について勉強しておきたい気持ちはある。レーヴァテインさんがいないからディヴィジョンコンピュータは使えないけどそれでも十分に価値はあるだろう。
二日あるなら、決戦を前に行っておきたい。
「ではタロスに着き次第時界門で呼び寄せる形にしましょうか?」
「それだとありがたいです、エリス一人で勝手な行動になってしまいますが…」
「いいさ、君なら無駄なことはすまいよ」
メルクさん達は構わないと言ってくれている。それなら…お言葉に甘えようかな。
よし、じゃあ行こうかな!
「じゃ!エリス早速行ってきます!みんなも気をつけてください!」
「おう、…そっちも気をつけろよ!エリス!」
「はい!ラグナ〜!」
エリスが投げキッスをしながら空に飛び立てばラグナは顔を真っ赤にしつつ見送ってくれる。そのままエリスは空を飛び…エーニアックへと旅立つ。
きっとタロスに行けばダアトと戦う事になる。もしかしたらそこが奴との最終決戦の場になるかもしれないんだ…なら出来ることは全てしておきたい。
奴と戦うなら、第三段階に入り…可能な限り、己を強くしておきたいんだ。
(今度は…エリスが勝ちます)
エリスは一人飛び立ちながら、雲を越えてエーニアックへ向かう…北部の最奥にある聖霊の街タロスで巻き起こる最大の決戦を前に、力を蓄える為に……。
エリスは最後の準備をする、北部の決戦に備えて。
…………………………………………………………………
「いや、話違くないですか」
当初は…目的地に直行で行けると思ってた。いい案内役もついたし、直ぐに奴のところに行けると思ってた。
しかし、数週間かけて移動した先は…全く別の場所だったんだ。騙されたのか?これ…そう思ってしまうのもさもありなんって奴だろう。
しかも俺達をここに導いた本人は…。
「いつもの癖でこっち来ちゃった!」
「いやいつもの癖ってなんですかマヤさん!!」
俺は…ステュクスは案内役のマヤ・エスカトロジーに食ってかかる。俺はこの人と出会い、この人にコルロの場所まで案内してもらう事になったのだが…当の案内役がずいぶんちゃらんぽらんな性格しているようで適当な道案内で全く関係ないところに来てしまったのだ。
いやいや、別に時間制限はないけどさ…出来れば早いところ見つけたいんだよ、オフィーリアを…。
(師匠の仇のオフィーリアはレナトゥスの指令でどこへでも行く…ウカウカしてると国外に行っちまうかもしれないんだ。出来れば北部にいるだろう間にケリをつけたいのに)
俺が北部にいるのは師匠の仇であるオフィーリアを追う為だ。アイツがここにいるかもしれないからここにいる、アイツがいないなら北部には用はないんだ…しかし。
「まぁ、だと思ったが…」
「随分見慣れた所に出たと思ったら…間違えていたのか」
同行者のカルウェナンさんとタヴさんは特に慌てる様子もない。寧ろどっしり構えてちょっとかっこいいくらいだ…けど俺にはそんな大人の余裕を見せている暇はない。
「まぁまぁステュクス君、落ち着いてくださいよ〜」
「マヤさんいつもこんな感じなんです、計画性とか期待したら狂いますよぅ」
「もう俺の計画が狂ってるんすよ」
そして俺を諌めるようにセーフさんとアナフェマさんがまぁまぁと俺を抑えてくれる。いつの間にか俺の旅は大所帯になり…俺とマヤさんとカルウェナンさんとタヴさんと、セーブさんにアナフェマさん、そして……
「ふぁあ〜…眠い」
……レギナの兄バシレウスの七人旅になっていた。なっていたのはいいけど…。
「ここどこなんですか!」
俺は今、北部のとある街にいる…なんかタヴさんやカルウェナンさん達はこの街を知ってるみたいだけど俺は知らない。俺は一体どこに連れてこられたんだ。
「だから言ったじゃん、いつもの癖で来ちゃったって」
「俺マヤさんのいつもを知らないんですけど」
マヤさんは手に持った酒瓶からチビチビとお酒を飲みながら…今目の前にある街を眺める。街の様子は非常に落ち着いている。教会のような建物がたくさん並び、街の中央には見上げるような巨大な大聖堂が聳えている。
街人はどこか清廉な空気を漂わせ、ある意味神秘性すら感じるこの街を…マヤさんは。
「ここはね、私達マレウス・マレフィカルムの本拠地に通じる道がある…聖霊の街タロス」
「聖霊の街タロス?」
聖霊の街タロス?そう言えばそんな街が北部にあるって話は聞いたことがある…え?ここにマレフィカルムの本部があるの?なんか俺とんでもないこと聞いてない?これ姉貴達に教えた方がいいかも……。
「だからいつもの癖でここに来ちゃったんだよねぇ!」
「いや…いいから早くオフィーリアを探しに行きましょうよ」
「えー…もうお酒無くなったしお酒買いたい」
「貴方お金ないでしょ…」
本当にかつて気ままな人だなこの人は…なんて考えていると、今までぼーっとしてたバシレウスが動き出し。
「つーか疲れた、二、三日ここで休んでいこうぜ」
「え!?俺の話聞いてた!?」
「うっせぇ荷物持ち、休む」
「荷物持ちじゃねぇよ!」
バシレウスはもう完全に休むモードだ、こいつもこいつで勝手な奴だ。レギナを一人にして…挙句本人は放蕩生活ってか。本当に…こいつ見てるとイライラするぜ。
「俺達はコルロの本部に行くんでしょ!」
「いやステュクス君、ここは休んでおいた方がいいだろう。実際ここまで移動しっぱなしだったわけだしな」
「英気を養うという面では悪い選択ではない」
「う…タヴさん、カルウェナンさん…」
しかし勝手ではないこの二人にまで言われてしまうと…弱い。実際疲れてるし…まぁ…いいか。
「はぁ、分かりました…じゃあ休んでいきますか」
全然目的地と関係ない街であるタロスにて二、三日休むことになった俺は大きなため息を吐く。
俺としては早くこの街を離れたいんだ…それはコルロやオフィーリアのところに行きたいって気持ちともう一つ。
(なんか嫌な予感がする)
なんか…とてもとても嫌な予感がするんだ。背筋がゾクゾクするような…そんな嫌な予感が…。
この、聖霊の街タロスから…感じる。
………………………………………………………
「はぁ〜ん、なんであたしがこんなところでこんな事をしなきゃいけないの〜?しかもよりにもよってレナトゥスしゃまじゃなくてコルロなんかの命令を聞いて……」
カフェテリアの一角で変装代わりのサングラスを掛け直し、おしゃれに紅茶を飲む女が一人呟く。麗しい金髪に青色のコートを着て袖で手元を隠した女は…サングラス越しでもわかるほどの美貌を持ち、カフェテリアを通り過ぎる男達の視線を釘付けにする。
「本部の状況を見てこいって…私は使い捨ての駒じゃないんだけどなぁ…」
チラリとサングラスの向こうで瞳を動かす女は…コルロから命令を受けてここにいる。本部の状況を見てこいだなんて命令を受けて…しかも本来の主人ではない人間から使いっ走りにされて不機嫌の極致にある。
だが従わざるを得ない…今はコルロの言うことを聞くように言われているのだから。
「はぁ〜…まぁいいか、とっとと終わらせますか…」
そう言って女は…いや、セフィラが一角『美麗』のティファレト、またの名をオフィーリア・ファムファタールはサングラスを外し…それを見る。
天に聳える大聖堂…聖霊の街タロスの一角にて、彼女はマレフィカルム本部への入り口を視界に収めているのだった。
……………………………………………………………
揃い始める意思、北部…聖霊の街タロスに集結する意思達は争いの螺旋を生み出していく。
魔女の弟子、ステュクスとバシレウス、そしてコルロ達……この局面に残った強者達によって繰り広げられる食い合いに、更にもう一つ…意思が加わる事になると、彼は予見している。
「………………」
漆黒の巨城のど真ん中、玉座の間にて彼は待つ。白銀の玉座には誰も座っていない、彼はその空の玉座を見るように置かれた豪勢な椅子に座り、肘を突きただ黙ってそこで待つ。
「なぜ奴が……単独でこの虧月の虚城に」
「何が狙いなんだ……」
周囲を囲む兵士達は黙って男の姿を目に捉え、震える。兵士達はこの虧月の虚城を守る精鋭でありどんな外敵からでも女王を守る覚悟と自信を秘めている精鋭だ。そんな精鋭が…ただ目にしただけで震えている。
「ただ、座っているだけでこの魔力とは……」
「一体どれほどの修練を積んだら、ここまでいけるんだ」
「これが……マレフィカルム五本指の頂点に立つ男…」
「神人イノケンティウス・ダムナティオ=メモリアエか…!」
兵士達は暴風のように吹き荒れる魔力を前に思わず名前を口にする。そこに座る男の…イノケンティウスの名を。
マレフィカルム五本指最強の存在であり、マレフィカルム最大勢力であるゴルゴネイオンの王が…部下も側近も連れず、たった一人でこの城を訪れた。その異例の事態に兵士達はただ狼狽する。
もし、イノケンティウスに敵意があれば兵士達は戦わなくてはならない。だが恐らくイノケンティウスが戦闘姿勢を取っただけで、その身から激る魔力に吹き飛ばされ兵士の殆どは戦いの場に立つことも出来ないだろう。
「…………」
兵士達は考える。もしこの城にイノケンティウスに匹敵出来る存在がいるとするなら…それは。
「イノケンティウス、約束の時間よりも随分早い到着ですね」
「お前は時間にうるさいからな…クレプシドラ」
現れるのはこの城の主人であるクレプシドラ・クロノスタシス。イノケンティウスと同じ五本指であり、その二番手。怪物王女クレプシドラが己の玉座に座り…神人を見下ろす。
「お前はいつも時間ギリギリに来るんだな」
「五分前行動は時間に囚われた奴隷の行い、王者は常にジャストぴったり。それで?何か用があるから…妾の城を訪ねたのでしょう?」
「まぁな」
今、目の前で会話を繰り広げているのは八大同盟の一位と二位だ。兵士達からすれば天上人達の会話。それは聞いているだけで押し潰されそうな圧力を纏っている。
そんな圧力の中飄々とするイノケンティウスは、今回クレプシドラの虧月の虚城を攻めに来たわけではない、ただ…確認に来たのだ。
「パラベラムがコルロと繋がっていた」
「驚くことではないでしょう、セラヴィは金さえ手に入ればどんな仕事でもする便利屋です。そして仕事相手は選ばない……まぁ、お前はショックでしょうが」
「浅からぬ縁だったからな、切り捨てるのは心が痛んだ」
「またくだらない嘘を…」
クスクスとクレプシドラは笑う。だが兵士達は笑えない、イノケンティウスは今パラベラムを切り捨てると言ったのだ、八大同盟の一角を容易く切り捨てると発言した。それは彼が他の八大同盟とは隔絶した力と影響を持つが故の発言。それに兵士達は背筋が冷える。
「妾とお前がガオケレナ派にいる限りガオケレナの牙城は崩れない…」
「コルロはセフィラのうちの何人かを抱え込んでいるようだぞ」
「それも含めて、問題ないと言っている。妾達を止められるのはそれこそダアトくらいなものだ…そしてダアトは我々の側にいる」
「そうだな、あと分からないのは五凶獣くらいか?」
「奴はコルロと一緒にいましたわ。恐らく敵方でしょうが奴らはカウントしなくても良いでしょう」
「そうか」
イノケンティウスとクレプシドラはガオケレナ派の人間だ。コルロ達の作る反ガオケレナ派の陣容を抑え込むには足るだけの戦力がここだけで形成され、その上でセフィラの主力であるダアトとホドとケテルも確実にガオケレナ派。
故に二人はコルロの反乱を危険視していない。奴らが尻尾を見せたら、その尻尾を掴んで引きずり出して…そこでタコ殴りにする自信があるのだ。
寧ろ、二人が危険視しているのは…。
「魔女の弟子が、タロスに向かっているそうだぞ、クレプシドラ」
「魔女の弟子?」
イノケンティウスの言葉を聞いて、クレプシドラは視線を少し逸らし…指でコツコツと玉座の肘掛けを突き。
「そうか、八大同盟を次々と崩した輩共が…遂に本丸に手をかけたか」
「どうする、お前は動くか?」
「連中の戦力を考えるに、並の組織では最早足止めにもなるまい」
危険視しているのは魔女の弟子の方だ。八人と言う少数精鋭ながら幾多の八大同盟を潰して来た恐るべき敵。それがどうやってかは知らないがマレフィカルム本部に通じる道があるタロスへ向かっている。
即ち決戦が近いと言うこと。しかし……。
「知ったことか」
クレプシドラはそっぽを向く、自分には関係ないとばかりにイノケンティウスから目を背けた彼女を見て…神人は静かに手元で手を組んで。
「戦わないのか?」
「タロスに向かっているなら、イノケンティウス…寧ろお前が対応すべき案件だろう?妾が相手をすべきとは思えない」
「そうか」
「それに妾が手出しせずともセフィラの迎撃を受けて壊滅するのが関の山、妾は別件で動いているから…お前が対処せよ、イノケンティ…う……ッ!」
瞬間、クレプシドラが動きを止め…額から玉のような汗を流し忌々しげに己の手を見つめる。
「クレプシドラ?」
「…………」
クレプシドラは答えない、ただ静かに…ガタガタと震える右手を見つめ、握り潰さんが如き勢いで左手で右手を掴み、呟く。
「止まれ…止まらぬか……」
震える右手を左手で抑え、目を瞑り苦しそうに呟くクレプシドラを見て…イノケンティウスは息を吐き。
「例の病か?」
「違う…これは病ではない、ただ…妾の王道を嫉む者達の怨念が、憑いて離れぬのだ…」
「随分物悲しい王道だな」
「ッ……!」
瞬間、クレプシドラの瞳が煌めき波濤の如き魔力が衝撃波となって溢れ出し、イノケンティウスにぶつけられる。しかしイノケンティウスは展開した防壁で魔力を弾き代わりに周囲の兵士達が吹き飛んでいく。
「ぅぎゃああああああ!!」
「クレプシドラ様ァアアアアア!!」
「部下が吹き飛んだぞ、クレプシドラ」
「妾の王道を否定するなッッ!!」
「分かった、謝罪する」
「イノケンティウス!貴様魔女の弟子の話をするためだけにこの城を訪れたのか、この話を聞かせるためだけにお前は妾の時間を取ったのか!だとするならば妾はここで貴様を処刑─────」
「違う」
激昂するクレプシドラにイノケンティウスは静かに手を前に出し…。
「ただ伝えに来ただけだ。…リューズ・クロノスタシスが単独でタロスに向かっている。お前は確かあれの単独行動を禁じていたはず…これはどう言うことだ?」
「リューズが……ハッ!」
咄嗟にクレプシドラは視線を動かし、城の中にリューズの気配がないことに気がつきドッと汗を流す。それを見たイノケンティウスはリューズの拘束が解かれ独断で本部のある場所に向かったのだと悟る。
リューズ・クロノスタシスとはクレプシドラ・クロノスタシスの従兄弟…つまりクロノスタシス王族の一員だ。だが問題はその力の高さ。
その別名は『史上最強の第一段階』…リューズは未だ第一段階でありながら第三段階のクレプシドラの目を欺き、拘束以外の対処を選ばせない程の強者だ。
クレプシドラが奴を恐れ拘束しているのは、リューズに徹底的に実戦経験を積ませない為。もしリューズが外に出て誰かと戦えば一瞬で第二段階に到達するだろう。そうなれば少なくともマレフィカルム最強の第二段階であるカルウェナンに匹敵するかそれを上回る。そして最悪の場合第三段階に到達し…クレプシドラもイノケンティウスも超える可能性がある。
何より…目覚めさせてはいけない最たる理由が。
「まずい…奴の英雄の資質が目覚めては、手がつけられなくなる」
リューズ・クロノスタシスが英雄の資質を持つと言うこと。その瞬間クレプシドラが立ち上がり…。
「嗚呼忌々しい、妾の予定が全て崩れる。崩れるが…仕方あるまい、アレを抑えられるのは妾しかいない。デイデイト!門を開け!妾がタロスに向かいリューズを連れ戻す!」
「御意に」
その瞬間クレプシドラの背後に現れたのは黒い小手にトラバサミのような黒牙を口元に装着した一人の執事、それを侍らせながらクレプシドラは。
「謁見は終わりだイノケンティウス。リューズの件を報告してくれたことはありがたく思うが妾のいない城にお前を置いておくほど妾は不用心ではない。即刻立ち去れ」
「……ああ、分かった」
イノケンティウスは立ち上がる。これ以上駄々をこねてここにいる必要も意味も感じない、とっとと帰ろうと彼は椅子から腰を持ち上げ、ぐるりと白い髭を揺らしながら踵を返し玉座の間を出る。
「ん?」
扉を開けて、廊下に出ると…イノケンティウスを出迎えたのは。
「ほう、オリフィスか」
「お久しぶりですね、イノケンティウス様」
そこにはクレプシドラと同じ金髪と碧眼を持った麗しい一人の青年が立っていた。服は豪奢な服の上にまるで街人が着るようなコートを羽織った…歪な姿。それを見てイノケンティウスは表情を変え…警戒する。
「何を考えている」
「…………」
オリフィス…またの名をオリフィス・クロノスタシス。リューズ同様王族の一人でありクレプシドラの実の弟。そんな彼がやたらと殺気だってイノケンティウスを見るものだから警戒せざるを得ないのだ。
「別に、私はただ…お前の考えが読めないから、こうして警戒しているんだ」
「警戒、警戒ときたか…ならその必要はない。としか言えんな」
「お前の目的はなんだ。八大同盟の中でお前の動きが最も読めない…お前は、何がしたいんだ」
「……………」
オリフィスの言葉を無視して、横を通り過ぎようとするが…オリフィスは手を広げ額に青筋を浮かべギロリとイノケンティウスを見上げる。
「答えろって…俺はあんまり気が長い方じゃ───」
「口調が崩れているぞ、オリフィス」
「えッ?あ…!」
一瞬、オリフィスが切り抜いた隙を縫っていつの間にかオリフィスの向こう側を歩くイノケンティウス。それに気がつき咄嗟に止めようと振り向き…。
「おい!」
「案ずるなイノケンティウス、余の目的はただ一つ…『魔女を殺すこと』、ただそれのみだ」
「魔女を殺す……?本当にそうか?」
「ああ、魔女を殺す…その為だけに、余は半生を捧げた。必ず…この手で殺してみせるさ」
「ッ……」
その身から魔女への怨念を滾らせる。燃え上がる怒りの炎で鋼の使命を打ち、その身をただ一振りの刃に変える覚悟を示す。そのイノケンティウスの壮絶な覚悟を目で感じ取ったオリフィスは押し黙ってしまう。
それを見た魔女狩りの王は……。
「フッ…」
小さく、オリフィスを煽るように鼻で笑うと。
「オリフィス、お前に…一ついいことを教えてやる」
「教える?何を…」
「お前が探しているであろう人間の名前だ」
「ッ……何故それを」
「いいかオリフィス、お前はクレプシドラと共にタロスに向かえ、そうすればアイツと出会える」
一歩、振り向くと共に…告げる。オリフィスが探す条件を満たした者の名を。
「その者の名は…エリス。孤独の魔女の弟子エリス…奴に接触し、その目で見てみろ。きっとお前も満足出来る筈だ」
「エリス…孤独の魔女の弟子?だがそれは──あれ?」
オリフィスが再びイノケンティウスに目を向けると、既にそこにいなかった。逃げられた…そんな感想と共に。
「アイツはどこまで何を知っているんだ…?」
圧倒される、元より何を考えているか分からない男だったがここ最近は輪をかけて理解が出来ないとただ一人残されたオリフィスは…廊下の窓から、クロノスタシス王国を見遣る。
「しかし、エリス…エリスか。孤独の魔女の弟子エリス……探してみるか」
イノケンティウスに告げられたその名を反芻し、オリフィスは胸に手を当てる。
タロスに集い始める意思達、その運命の螺旋はやがて世界に波及し…そしてその末に与えることになる。
八千年前の厄災にさえ、変化を───────。
……………………第十九章 終